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鼓童 ワン・アース・ツアー 混沌 (演出 : 坂東玉三郎) 2015年12月19日 文京シビックホール

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これは、むしろ演劇の範疇でご紹介すべきものかもしれないとも思い、あれこれ考えた挙句、やはり音楽としてご紹介することにする。佐渡に本拠を置いて世界的な活動を続ける和太鼓演奏集団の鼓童 (こどう) は、一般的にどの程度名が知られているのか分からないが、今回の公演が老若男女で満員 (結構な数の外人も含む) であったことから、私ごときがとやかく言うまでもなく、かなりの人気であることは明らかだ。今回、創立35周年を記念して行われている、「混沌」と題されたツアーは、なんとあの坂東玉三郎の演出である。実はこの玉三郎、2012年からこの鼓童の芸術監督を務めているのだ。いやいや、そうとは知りませんでした。ただの女形 (いや、それだけでも大変なものだが 笑) にとどまらない彼の幅広い芸術的才能が、こんなところで発揮されるとは、なんとも意義深いことである。

さて、この鼓童、私にとっては彼らだけの単独公演を聴くのは初めてだが、その生演奏ということなら、29年前に既に聴いていて、その後、主として日本の現代音楽との関連でメディアを通してその演奏に触れてきたのである。29年前の公演とは、これだ。
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ついこの間のような気がするが、1986年、サントリーホールのオープニングシリーズの一環として行われた、「小澤征爾と日本の作曲家たち」というコンサートで、石井眞木の「モノプリズム」に出演した彼らの演奏にびっくり仰天。和太鼓の凄まじい迫力と意外に多様性のある音に圧倒されたのである。この鼓童、その前身は「鬼太鼓座 (おんでこざ)」といい、創設者のひとり林 英哲 (確か毎日フルマラソンをしていると言っていた!!) は、時折クラシック音楽とも接点があり、例えば、小澤の 60歳記念演奏会では、そのオープニングで和太鼓をソロで叩いたし、ケント・ナガノ指揮するベルリン・フィルとも共演している。もちろん、今のメンバーの大半は、この 30年近く前の演奏会の頃は生まれていないであろう。そう思うと、このグループのユニークな活動が形を変えながらも継続・発展して来ていることは、誠にご同慶の至りであり、今回のように多くの聴衆を集められること自体、本当に素晴らしいことだと思う。今回のツアー日程は以下の通り、1ヶ月に亘って全国で行われ、ここ東京の文京シビックホールでの 5公演が締めくくりだ。
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どんな曲を演奏するのか。以下がプログラムに掲載されている曲目。玉三郎自身の作品もあり、ほかは主としてメンバーの作品だが、パフォーマンスは曲の区切りに関係なく続いて行くので、どの曲がなんという題名であるかは定かではなく、ただ舞台の推移を眺めていれば充分楽しめる。
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さて、鼓童はこれに先立つ近年の公演では、「伝説」「神秘」「永遠」というタイトルを冠してきたらしい。今回のタイトル「混沌」について、玉三郎の言葉を引用しよう。

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作品を創っていくうちに「混沌」という言葉には更に (注 : 無秩序とかはっきりしないということ以上に) 複雑な意味が有るということに気付きます。この世の中自体がどんなに整然となり、人間がどんなに進化し、どんなに文明の開けた時代を創りあげようとも、結局は結論のない「混沌」とした世界なのだとも考えられます。それを音楽の世界で皆様に感じていただくのはとても難しいことです。(中略) この世に有るあらゆる音が脈絡も無く交差し、いかにも形が整ったのではないか・・・と感じた途端に、また混沌とした所に行ってしまうような作品を・・・と考えました。(後略)

UNQUOTE

ホールに入場する聴衆が上演開始前に舞台上に発見するのは、稽古場そのままの雑然とした状況で、一部の楽器にはシートがかけられているし、それ以外の楽器は袖にしまわれている。そこをメンバーたちがラフな格好であちこちうろついていて、スタッフと立ち話などしている。そのうちメンバーの一部が太鼓の紐を 2人一組で強く縛るなどして準備を整えだすと、自然とあちらでポン、こちらでトンと、音が響き始める。そうするうちに客席の照明が落ちて、徐々にそれぞれの楽器を持ったメンバーたちが舞台に登場し、気がつくと合奏になっているという趣向。なるほど、混沌の中から秩序が生まれるというイメージだ。この後も、笑いを取るシーンを含め、台詞こそないものの、奏者の演技が舞台の進行を作るという要素が見られたので、冒頭に書いた通り、演劇の範疇にすべきかと考えた。だが、それぞれの奏者が音を出しながら演技をするということは、少なくともそこに鳴る音なしには舞台は成り立たないのであるから、メンバー間の相互作用も含めて、この舞台の主役は音楽であると整理できるであろう。

数えてみると17名のメンバーが舞台にいて、あれこれの楽器を演奏するのであるが、その中に女性も 3名いる。彼女たちはこのようなパンクな恰好に着替えるシーンもあり、何をするかと思えば、ビニールでグルグル巻きにされたタイヤをボコボコ叩くのである。それが意外にも様々なニュアンスに変化するのが面白い。ちなみにこのタイヤ、全編を通してしょっちゅう舞台上を行ったり来たり、前後左右に転がることになる。
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基本的には太鼓の演奏集団であるので、大小様々な太鼓を演奏するが、笛や鈴も使われるし、中にはフルート 3本と中国の揚琴 (弦を叩いてノスタルジックな音を出す。ハンガリーのツィンバロンに類似。以下写真参照) で大変静かな叙情あふれるシーンもあった。さすがに太鼓をドコドコ叩くだけでは、休憩 20分を挟んで 2時間の上演時間はもたないし、逆にこれだけのバラエティを盛り込んでくれることで、聴衆が退屈することはまずないだろう。
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メンバーはいずれも素晴らしい腕を持っていて、このような合奏においても息がぴったりだし、演奏を聴いていてなんとも楽しくなるのだ。
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また後半の見せ場は、3人のメンバーがドラムを叩きまくるところだ。本来和太鼓とドラムは、同じ打楽器とはいっても撥の使い方が違い、今回のステージのためにプロのドラマーの特訓を受けたという。そのドラマーとは、あのロック・バンド、ブルーハーツでドラムを叩いていた梶原徹也という人。おー、25年間くらい一貫してカラオケで「TRAIN TRAIN」をがなりたてている私としては、なんというかその、ちょっと気恥ずかしい・・・ (笑)。
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そして最後は、ドラムと巨大な和太鼓の対決となる。これぞまさに鼓童。録音ではとても味わえない、腹の底に響いてくる生の太鼓の音に、なんとも言えない高揚感を覚える。
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このようにあれこれ工夫が凝らされた舞台であるが、最後は静かな中を数名の上半身裸のメンバーたちが客席に背中を向け、体をひねって虚空に字を書くような動作で公演は終わる。まさに混沌から生まれた秩序がまた混沌に返る瞬間。だが、その過程で一旦秩序が生まれたことは、確実に次の混沌を前の混沌とは違うものにしているのだ。なんとも余韻のある終わり方である。

以下は練習風景。玉三郎がいかにも嬉しげだし、厳しくも創意工夫に満ちた練習過程が偲ばれる。2枚目の写真で玉三郎と喋っているのが、ドラム監修の梶原徹也であろう。
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鼓童のこれからのスケジュールであるが、来年はヨーロッパ及び南米公演、その後 6月から 7月にかけて「混沌」の再演、そして 8月にはサントリーホールで 3夜連続公演だ。9月から12月にかけては、「螺旋」という新作上演。翌 2017年 2月には北米公演と、まさに世界をまたにかけた活動が続く。特にサントリーホール公演は、同ホールのオープン 30周年の記念行事の一環。30年の時を経て、あのホールでまた鼓童を聴けるのを楽しみにしよう。こうして世代を超えた技術伝承がなされているのであろう。

by yokohama7474 | 2015-12-20 18:03 | 音楽 (Live) | Comments(0)

第九 アンドレア・バッティストーニ指揮 東京フィル 2015年12月19日 サントリーホール

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毎年繰り返していることであるが、ふと気づくともう今年も残りわずか。冗談じゃない、まだまだやり残したことがいっぱいあるのに、と思いながら、12月中旬以降のクラシックの演奏会は、第九に占拠されてしまい、その演奏会に足を運ぶと、おのずと年末モードに追いやられてしまうのだ。あ、念のためであるが、ここで言う第九 (だいく) とは、ベートーヴェン作曲交響曲第 9番ニ短調「合唱付」作品125のことだ。この破天荒な「楽聖」が書いた最後の交響曲。大規模な声楽を導入した永遠のアヴァンギャルドだ。私は今年は 5種類の第九演奏を体験することになっていて、まあせっかく今年からブログも始めたことだし、つれづれなるままにその印象でも綴って行こう。

年末の第九として今年最初に私が楽しんだのは、イタリアの俊英、アンドレア・バッティストーニ指揮の東京フィルの演奏だ。今年の一連の第九演奏会の比較ができるように、いくつかのポイントを箇条書きにして、それぞれの演奏会ごとにチェックして行こう。早速今回の演奏会だ。

・第九以外の演奏曲
  ベートーヴェン : 序曲「レオノーレ」第3番作品72
・コントラバス本数
  6本
・ヴァイオリン対抗配置
  なし
・譜面使用の有無
  指揮者 : なし (但し「レオノーレ」3番はあり)
  独唱者 : あり
  合唱団 : なし
・指揮棒の有無
  あり
・第 2楽章提示部の反復
  あり
・独唱者たちの入場
  第 2楽章と第 3楽章の間
・独唱者たちの位置
  合唱団の前 (オケの後ろ)
・第 3楽章と第 4楽章の間のアタッカ
  なし

クラシックの好きな人なら、このデータだけで、この日の演奏についてなんらかのイメージを持つことができよう。と言えば言い過ぎか (笑)。今回の演奏はこのイタリア人俊英指揮者にとって初の第九の指揮であったとのことであるが、そのことがこれから 20年、30年先に価値のあることになるだろうか。現時点ではなんとも言えないが、非常な熱演であったことは間違いない。現在弱冠 28歳のバッティストーニは、今年から東フィルの首席客演指揮者を務めている。ふと考えてみたのだが、日本のオケでイタリアで歌劇場のポストを持った人を主要なポジションにつけた例が、果たしてあっただろうか。いわゆるシンフォニーの指揮者なら、日本のオケの発展向上に寄与した世界的指揮者たち、特にドイツ系のマエストロが何人もいる。だが、オペラ指揮者が日本のオケを鍛えたのは、例えばこの東フィルが以前名誉指揮者に迎えていたアルジェオ・クワドリという渋い例があるくらいではないか。その意味で、まだ若いバッティストーニがオペラとシンフォニーの両面で東フィルと結びつきを深めつつあるということは、本当に画期的なことではないか。

演奏を思い出してみよう。まず最初の「レオノーレ」3番であるが、冒頭の和音は、ドイツ系の指揮者なら往々にしてズドーンと重く腹に来るところ、今回の演奏ではむしろ天に舞い上がるような音であった。この曲は周知のように、ベートーヴェンが唯一のオペラ「フィデリオ」の序曲として何度も書き直した末に到達した高度なオーケストラ曲で、今日では、このオペラの大詰めの場の前に演奏されることが多い・・・と言いながら、原典主義が進めば進むほど、オペラの中でこの曲が演奏される機会は減っていて、純粋な管弦楽曲として扱われる傾向が強くなってきている。だが、今回の演奏を聴いて私が改めて思ったことには、この曲には、政治犯としてはかりならずも獄中の人となったフローレスタンの苦悩と、明るい日の光のもとに彼を解放しようとする愛妻レオノーレの姿、もしくはそれらを多少抽象化したものが描写されているのではないか。つまり、冒頭の和音の後にヴァイオリンが長い音を奏でる際、ヴィブラートはほとんど使われず、でも一方でチェロにはヴィブラートが充分かかっていたことから、高音と低音の間に何かギャップがあるようであった。つまり、フロレスタンの置かれた過酷な状況と、そこからの解放というドラマが、この冒頭の静かな箇所から現れているように感じられた。それから音楽は劇的な様相を呈して、そして大臣の到着を告げる舞台裏のトランペットに至る。私の席からは下手のステージドアがよく見えたのであるが、このトランペットのファンファーレ、最初の 1回はステージドアを閉めたまま、2回目はドアを開けて演奏されていた。きっと、大臣の進軍が近づいてきていることを示したのであろうが、聴衆が聴き取れるか否かも定かではない細かい配慮である。

メインの第九は、一言でまとめれば、大変に早いテンポで駆け抜けながら、随所に細かい配慮を見せた名演であったと言えよう。但し、その快速テンポは、東フィルにとって技術的には対応可能であったにせよ、さらに迫真の演奏ができる可能性も残したと思う。第 1楽章の中間あたりの壮絶な盛り上がりと、駆け抜けるチェロは、この曲の大きな聴きどころであるが、さらに鬼気迫る表現が可能ではなかったか。第 2楽章スケルツォは破綻なく進んだが、第 3楽章アダージョは、この速いテンポでは充分歌いきるわけには行くまい。だが、ふと気づくのはトランペットの表現力だ。随所で弦の海の中から響いてくるトランペットの歌。これこそ、日本の主要オケが未だかつて充分に薫陶を受けていないイタリアのオペラ指揮者の紡ぎ出す歌ではないのか。実際に声楽が入ってくる第 4楽章で、この演奏は真の輝きを増したのはそれゆえだろう。これは紛れもなくオペラ指揮者の作り出す音のドラマ。きっと日本でこれまでに鳴り響いた無数の第九の中でも、際立ってオペラ的な演奏ではなかったろうか。オペラを書いても器楽的と言われるベートーヴェンのオペラ的演奏とは逆説的だが、大変刺激的な演奏であった。

独唱者と合唱団を記しておこう。
 ソプラノ : 安井 陽子
 アルト : 竹本 節子
 テノール : アンドレアス・シャーガー
 バリトン : 萩原 潤
 合唱 : 東京オペラシンガーズ

この中で圧巻だったのは、テノールのアンドレアス・シャーガーだ。ウィーンで学んでおり、バレンボイム指揮の「神々の黄昏」でジークフリートを歌った実績があるという。また 2013年のチョン・ミョンフン指揮の東京フィルでの演奏会形式の「トリスタンとイゾルデ」(私はどうしてもチケットが手に入らず、泣く泣くあきらめた公演) ではトリスタンを歌ったようだ。今回の演奏では、独唱のトルコ行進曲で音楽全体を牽引し、コーダ手前の四重唱でも存在感を存分に発揮して、演奏全体を大いに引き締めることとなった。
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面白かったのはカーテンコールで、普通なら最初に合唱指揮者が出てくるのに、全く出てこない。プログラムを確認すると、合唱を務めた東京オペラシンガーズの合唱指揮者については記載がないではないか! 指導者は当然いるものと思うが、私の目には、これもオペラ的と映ったものだ。実際、オペラの終演時に合唱指揮者が出てくることはまずないではないか。バッティスティーニは、初めての第九ということで、合唱の指導まである程度は自分で行ったのであろうか。並々ならぬ熱意から、そのようなこともあるのかもしれないと考えた。

さて会場には、今年 5月にバッティステーニが演奏会形式で採り上げたプッチーニの「トゥーランドット」の CD が売られていて、先着順で直筆サイン入りポストカードがついてくるという。私もこの演奏会に行って大興奮であったので、早速 CD を購入。
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東京フィルは、前の常任指揮者のダン・エッティンガーが現在は桂冠指揮者のひとりということになるのだが、来年度のプログラムを見てみると、このバッティスティーニと、特別客演指揮者のミハイル・プレトニョフ、そして桂冠名誉指揮者のチョン・ミョンフンの 3人に、ほとんどの演奏会の指揮が任される。正直なところ、私はエッティンガーはあまり高く買っていなかったので、今後はこのバッティスティーニにこのオケを強力に引っ張ってもらう必要がある。まだ若い今のうちなら、常任指揮者を引き受けてもらえないものだろうか。もしそうなれば、いとう呉服店以来 100年以上の歴史を持つこのオケに、新鮮この上ない風が吹くことであろうに。

by yokohama7474 | 2015-12-20 01:46 | 音楽 (Live) | Comments(0)

マルク・ミンコフスキ指揮 東京都交響楽団 2015年12月15日 サントリーホール

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全く参った。東京は一体どういう街なのだ。東京都交響楽団、通称都響のプログラムは、このブログでもいくつかご紹介して来たように、最近とみにマニアックなのであるが、その中でも相当にマニアックな内容のコンサートがほぼ満席、しかも、在京のオケで起こる頻度は非常に低いと思われる、楽団員が引き上げたあとも拍手が鳴りやまずに指揮者だけが再登場するという事態 (朝比奈隆の晩年以降、本当にどのくらいあることだろうか) が発生するという、この日のコンサートであった。一体どのような内容であったのか。

まず、指揮者は上にある通り、マルク・ミンコフスキ。この名前はそこそこのクラシック音楽ファンなら知っている名前であろう。フランスのルーヴル宮音楽隊という楽団を率いて、古楽器でバロックや古典派を録音している指揮者である。日本でもレコード・アカデミー賞 (私は正直、全然興味ないのであるが) を何度か受賞しているので、それなりの知名度であるはず。都響には去年の夏一度客演していて、オール・ビゼー・プログラムを指揮して大変素晴らしかった。今回が二度目の共演であるが、さて、曲目は一体何だろう。

 ルーセル : バレエ音楽「バッカスとアリアーヌ」作品43 第1組曲・第2組曲
 ブルックナー : 交響曲第 0番ニ短調

なぬ?! 上述の通り、ミンコフスキは日本では古楽の演奏家として名を上げた人。それなのに今回は、フランス近代音楽とオーストリアの後期ロマン派の、しかもどちらも決して演奏頻度が高いとは言えない曲だ。いやいや、一緒に食べたら消化不良を起こすような組み合わせではないか (笑)。しかし。しかしである。マニアックとはいえ、これこそ聴くに値する素晴らしい演奏会だ。というのも、このような曲目では演奏の質が大きく問われるからだ。

アルベール・ルーセル (1869 - 1937) はフランス近代を代表する作曲家のひとりだが、知られている作品はそれほど多くない。以前このブログでも、ステファヌ・ドゥヌーヴ指揮 NHK 交響楽団が演奏した彼の 3番の交響曲を採り上げたが、多分それが彼の最も有名な曲。そして、それに次いで 2曲のバレエ曲、すなわち、この「バッカスとアリアーヌ」と「蜘蛛の饗宴」が比較的有名だ。しかし、前者は演奏される場合もほとんどが第 2組曲で、今回のように第 1組曲が演奏されるのは珍しい。この第 2組曲、フランス人指揮者ならほとんどがレパートリーに持っている曲で、代表はなんと言ってもシャルル・ミュンシュだが、ジャン・マルティノンとかジャン・フルネも得意としていたし、珍しいところでは、ベルギーの往年の巨匠、アンドレ・古い箪笥、いやクリュイタンスがこの曲の大詰めを鬼気迫る表情で指揮している映像もある。また、高齢のせいか最近活動を聴かなくなってしまったフランスの名指揮者、セルジュ・ボドが読売日本響を指揮した白熱の熱演では、隣に座っていた若い男性が反対隣の彼女に、「スゲー!! 人生変わった!!」と興奮して話しかけているのを目撃した。今思い立って、「日本の交響楽団 1927 - 1981」という演奏記録を引っ張り出して見てみると、記録にある 1927年以降で初めてこの曲が日本のオケによって演奏されたのは、1961年の日フィルで、指揮はなんとなんと、あの作曲家ブルーノ・マデルナだ・それに続き、同じ日フィルで翌年にはあの悪魔的巨匠、ミュンシュが演奏している。だがこの記録でも、第 1組曲の演奏記録は 1981年までは皆無である。

というわけで、今回のルーセルであるが、ミンコフスキは指揮台に登壇すると、振り返りざま、すぐに演奏を始めた。この人、気持ちを作ると非常にストレートに音楽にのめり込むタイプで、前回のビゼーもそのような名演であったが、今回の都響は、そのミンコフスキの厳しい要求に楽々応えて行く。実はこの曲、第 1組曲と第 2組曲を合わせてバレエ音楽の全曲なのであるが、とにかく最初から最後まで指揮者はせわしなく動き回らなければならない忙しい曲なのだ。この指揮者、このようなずんぐりむっくりな体型だが、その身体能力の高いこと。相変わらず芯のしっかりした都響の響きを縦横に捌いて、見事の一言。ここで彼は、古楽演奏にとどまらない、フランス指揮者としての出自を明らかにした。私がふるいつきたいくらい好きな終結部の盛り上がりも、まあ人生が変わるほどではなかったにせよ、実に颯爽と駆け抜けた。
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さて、後半のブルックナーである。この作曲家はもちろん数々の荘厳な大作交響曲で知られているが、番号つきの交響曲は、未完を含めて 9曲だ。ところが今回演奏されたのは、「0番」である。よくご存じない方は驚かれるであろう。だって普通、作品を作ったら 1番から始めますよね! (笑)。実はこの曲、順番としては第 1交響曲の後 (1869年) に作曲されたが、どうやら気に入らなかったようで、楽譜は (自筆譜表紙に「交響曲第 2番」と書いていたにもかかわらず) 完成後も放置され、その次に書かれた交響曲に 2番のナンバリングをしてしまった。ところが晩年になって作曲者はこの楽譜を引っ張り出して来て、手書きの「第 2番」を消して「無効」と書き換えた。そして、「0番 (ドイツ語で Nullte = ヌルテ) 」として生地リンツの博物館に寄贈したという。尚、ブルックナーには 1番より前にもう 1曲習作の交響曲があり、それは「00番」と呼ばれる。野球選手の背番号ではないが、覚えやすいとは言えますな。この0番、しかしながら、作曲者が破棄せずに博物館に楽譜を寄贈したということは、やはり愛着があったのではないか。それは聴いてみれば明らかだ。初期の作とはいえ、ブルックナー以外の何物でもない音楽だからだ。録音もそれなりに沢山あり、ブルックナーの権威朝比奈隆、日本で実演も披露したスクロヴァチェフスキや、その他メジャーな指揮者では、ショルティ、マゼール、インバル、シャイーらが録音している。

今回のミンコフスキの演奏は驚くべき水準であり、曲の再評価を促すようなものになった。ヴァイオリンを対抗配置 (向かって左に第 1ヴァイオリン、向かって右に第 2ヴァイオリン) にしていたのだが、この曲にはその配置が大きな効果を発揮した。冒頭すぐに旋律を弾くのは第 2ヴァイオリンだけ。それがとにかく、強くて艶のある、いい音だ。そしてそれを受けて第 1ヴァイオリンが演奏する際には、分奏、つまり半分ずつ違う音形を弾くのである。もちろんその第 1、第 2ヴァイオリンの間にヴィオラとチェロがいて、右奥にはコントラバスがいる。指揮者はその弦楽器群に対して大きく弧を描く身振りで、壮麗な音を弾き出していた。あたかも後年のブルックナーの交響曲で音の大伽藍が立ち現われる前、ロマネスクの聖堂というと語弊があるが、豪快というよりはきめ細かい、しかし絶妙のハーモニーを作り出す音の建造物という印象だ。以前、ハーディングの指揮するブルックナー 7番の感想で、その曲は弦楽器があたかも滔々と流れる川で、そこに管楽器が浮かぶようだと書いたが、この 0番は全く違う印象で、弦楽器同士は鋭い音形で絡み合い、木管が活躍しだすと弦が黙ってしまう箇所もある。でもそれが非常に新鮮に響き、ブルックナーの創作の原点を考えさせる結果となったのである。ミンコフスキは楽章の間でも指揮棒を構えたままで、曲の推進力を重視していた。全曲が終了したときに彼は譜面台からスコアを採り上げ、抱きしめながら、「これこれ」と指差した。「あまりなじみがなかったかもしれないけど、素晴らしい音楽でしょ!」という意味であったろう。そして指揮台から下りると、コンサートマスターの矢部達哉をハグして両頬にキスだ。それからカーテンコールの間、終始嬉しそうで、楽団員からの拍手を受けて再び指揮台に登ったときに出た聴衆からのブラヴォーの声に、自分の右耳を差して、次に右手親指をグッと突き出したのだ。「ブラヴォー、聞こえましたよ。アンタ、分かってるね!」という意味だと解釈した。そして、冒頭に記した通り、楽団員が引き上げても拍手は鳴りやまず、指揮者ひとりを再度ステージに呼び戻したのである。

そんなすごい演奏であったのだが、このミンコフスキ、誰かに似ていないか。そう、ほかでもないブルックナーだ。この肖像画は上の写真と角度が似ているので、分かりやすいだろう。古楽の専門家と思っていた指揮者は、実は現代のブルックナーであったのだ!!
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というわけで、今回も都響の演奏に圧倒されたわけだが、このオケは今年創立 50周年。ということは、私と同い年ではないか。近い将来、記事に書くことになる見込みがあるのだが、考えてみれば、私が初めて聴いた生のオーケストラは、実はこの都響であったのだ。今回の会場であるサントリーホールには、このような自立式ポスターが展示されていた。素晴らしい歴代の指揮者たち。存亡の危機を乗り越えて、今日の高度な演奏水準に辿り着いた道程を思うと、感慨しきりである。大野和士音楽監督のもと、さらなる飛躍を期待しております。東京の文化シーンを熱くするマニアックプログラム、大歓迎!!
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by yokohama7474 | 2015-12-16 00:33 | 音楽 (Live) | Comments(0)

クリスティアン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル 2015年12月13日 愛知県芸術劇場コンサートホール

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もし、世界のピアニストの中で、誰をいちばん聴きたいかと訊かれたら、ポリーニにしようかどうしようかと考え、迷った末に多分この人を選ぶと思う。クリスティアン・ツィメルマン。1956年生まれのポーランド人。まさに現代最高のピアニストだ。1975年、弱冠 19歳でショパン・コンクールを制した若者は、その後 1980年代、カラヤンやバーンスタインという巨匠と次々と協演、レコーディングも盛んに行った。当時の彼の録音のジャケットはこんな感じだった。
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まさに美男を絵に描いたような若いピアニストであったわけだが、少なくとも日本ではアイドル風に騒がれたという記憶がない。その当時から、内容で聴かせる芸術家であったというわけか。実演を初めて聴いたのは、小澤征爾指揮の新日本フィルが伴奏するブラームスの 2番の協奏曲であった。その後しばらく実演に接する機会がなかったが、10年以上前になるだろうか、スイス、ジュネーヴのヴィクトリア・ホール (あのスイス・ロマンド管弦楽団の本拠地である美しいホール) で彼のリサイタルを聴いて衝撃を受けた。ブラームスをメインにしたプログラムであったが、全く軽はずみなところのないピアノに、楽器自体の限界を超えて深いところから響き出す強い音楽を聴き取ることができ、心の底から感動したのだ。それ以来、私にとって現代最高のピアニストは彼になったのである。また録音では、ショパン没後 150年を記念して彼が自らポーランドのオケを振って演奏した 2曲のピアノ協奏曲が、後期ロマン派の作品かと思うくらい強烈な表現力に溢れた凄演であった。

そのツィメルマンも、既に60歳手前。上のポスターにあるよりも、実際には白髪が多くなっており、髪も髭も、すべて真っ白だ。激しく陶酔するのではなく、静かにピアノを弾いている姿を見ると、哲学者のようにも見える。信念をもって音楽の道を進む求道者であると言ってもよい。実は私は、先月倉敷を旅行した際、ツィメルマンの演奏会のポスターを見かけた。その時点で私の持っている彼のリサイタルのチケットは来年 1月10日の横浜公演のものだったから、2ヶ月も日本に滞在して演奏旅行をするのかと、大変驚いたものだ。今回名古屋で購入したツアーのプログラムを見ると、確かに最初は 11月19日の倉敷。それから来年 1月18日の武蔵野市での公演まで、2ヶ月の間に13公演が予定されており、名古屋はその真ん中あたり、6公演目だ。クリスマスと年末年始は公演は予定されていないが、それを割り引いても、一流音楽家のこのような長期に亘る日本ツアーは異例だ。プログラムに載っている文章には、「ツィメルマンが東京にも拠点を設けて、既にかれこれ十年」とある。これはどういうことなのだろうか。彼は、通常のピアニストと違い、ツアーでも自分のピアノを持ち歩く (あ、ヴァイオリンではあるまいし、持ち歩くとは正しい表現ではないですね 笑) と聞いたことがある。確か、911 テロ後に米国の通関で彼のピアノが危険物と誤解されて破壊されたことがあって、「文化を解さないこんな野蛮な国にはもう来ない」という発表をしたと記憶する。それ以来本当に米国で演奏していないのか否か分からないが、彼ならそうしているかもしれない。そうすると、東京に拠点を設けるとは、彼が許可したピアノが東京には保管されているという意味なのであろうか。ご存じの方、教えて下さい。

ともあれ、徹底したこだわりを感じさせるのは今回の日本ツアーの曲目だ。13公演すべて、メインはシューベルトの最後のピアノ・ソナタ、第21番変ロ長調 D.960 だ。前半には、今回の名古屋を含む 3回だけは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第 31番変イ長調作品110、ほかの 10回はすべてシューベルトで、7つの陽気な変奏曲と、ピアノ・ソナタ第 20番である。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタは全部で 32曲。長いもの短いもの、陽気なもの深刻なもの、抒情的なもの劇的なもの。様々であるが、最後の 3つのソナタ、作品番号でいえば 109、110、111は、まさに孤高という言葉がふさわしい、神秘的で深遠な内容を持つ。この 3曲のどれかひとつでも弾くには、相当な覚悟が必要であろう。かつて日本でもアルフレート・ブレンデルがこの 3曲を一晩で演奏したが、儀式的と言ってもよいような厳粛な演奏会になった。今回のツィメルマンは、ブレンデルのような透明感のあるタッチではなく、もっと太い音で、ドラマを内包しながら進んで行く。そうだ、私がジュネーヴで聴いたブラームスと同じような音だ。音の流れは途切れることなく、人々の心にそのまま迫ってくるようだ。やはり晩年のベートーヴェンの名曲、ミサ・ソレムニス (荘厳ミサ曲) に作曲者が書いたという、「心から出でて心に至らんことを」という言葉を思い出す。いささか月並みな表現とも思いがちだが、このような音楽を言葉で表現するとなると、ほかに手段がない。言葉の無力を思い知る。

そして、後半のシューベルトも、まさにこの世とあの世の境のような音楽で、相当な確信がないと演奏できないタイプの曲であろう。そもそもピアノ・ソナタで 50分を要するという規模に驚く。私が初めてこの曲を知ったのは、高校生の頃、ルドルフ・ゼルキンの録音だった。ゼルキンはタイプとしては上記のブレンデルと近い、澄んだ音で聴かせた人 (特に晩年は) であったが、第 1楽章で深く沈んで行くような音楽に空恐ろしいものを感じたのをよく覚えている。もしこの曲をご存じない方に説明するとすると、以下のような感じだろう。まず、あなたは広い野原で青空を仰いでいる。安らかな思いで平易なメロディが口を突いて出る。その平易さはラジオ体操のようだ。気持ちのよい体操の時間だ。深呼吸。とその時、遠くでゴロゴロと雷鳴が響く。あなたは不安を振り切ってラジオ体操を続けようとするが、段々に気持ちが高まり、天を仰ぐ。黒雲に心乱され、叫びたくなる。でも大丈夫、ラジオ体操の時間がまた戻ってくる。あなたはじっと自分の心の中を覗き、そこにあるものを認識する。・・・孤独である。
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あ、ツィメルマンとは関係ないイメージショットに走ってしまいました。これは邪道です (笑)。ともあれ、ツィメルマンの演奏は、決して枯淡の境地というわけではない。ベートーヴェンの第 2楽章でも、シューベルトの第 3楽章でも、テンポはむしろ早めで、強い音が鳴っていた。また緩やかな箇所でも、凛とした表現力が常に存在しており、いたずらに感傷に流れることは皆無であった。これこそが彼の真骨頂だ。孤独に沈んで世をはかなむのではなく、声高に叫んで煽動するのでもない、信念のある芸術家の姿に、人は大いに勇気づけられるであろう。それこそがツィメルマンが若い頃から続けて来た音楽なのだと思う。

予想はしていたが、アンコールは演奏されず、開始から 1時間 30分でコンサートは終わった。でも、会場を後にする人たちは皆、ずっしりと重い感銘を胸に、帰路についたことであろう。人々の心にこのような感銘を与えられるピアニストが、そうそういるとは思えない。それゆえ、彼は現代最高のピアニストなのである。

by yokohama7474 | 2015-12-14 00:36 | 音楽 (Live) | Comments(0)

シャルル・デュトワ指揮 NHK 交響楽団 2015年12月12日 NHK ホール

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N 響の名誉音楽監督のデュトワは、今年も 12月に来日して、3種類の定期演奏会を指揮した。そのうちのオペラ「サロメ」は既に採り上げたが、この日演奏したのはこれまた大作、マーラーの交響曲第 3番ニ短調だ。以前にも書いた通り、この曲は演奏に 100分を要する桁違いの長さの交響曲で、以前はギネス・ブックにも載っていた。そんな大作を実際に聴く機会はどのくらいあるのだろうか。統計があるわけではないが、私の経験から独断に基づいて申し上げると、世界の主要都市、ニューヨークやロンドンやパリや、そこに北京やシンガポールや香港を加えてもよいが、どの都市でもどんなに多くてもせいぜい年に 1回か、かなりの確率で数年に 1回であろう。この曲は長いだけではなく、アルト独唱、女声合唱に、児童合唱まで必要で、しかもその声楽陣の出番は、全曲の 1/10 くらいだろう。なんと不経済な。そうそう演奏できる曲ではないのだ。ところが。ところがである。今年の東京では、私が聴いただけでも在京のオケがこの曲を演奏するのは 4回目だ。まず、2月の山田和樹指揮日本フィル (この演奏はこのブログを始める前なので記事を書いていない)、6月のテミルカーノフ指揮読売日本響、9月のノット指揮東京響、そして今回のデュトワ指揮 NHK 響だ。こんな都市、世界中を探してもほかにあるだろうか。しかも、どの演奏会も満員だ。おそるべし東京。

デュトワのレパートリーの中でマーラーは、決して重い比重を占めているわけではない。だが、その華やかなオーケストラの能力の最大限の活用は、デュトワの持ち味にかなり合うのではないか。特に、世界苦を背負って絶叫するような後期の作品ではない、この 3番なぞ、かなり彼には適性がありそうだ。今回のアルト歌手はドイツ人のビルギット・レンメルト。
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世界的に活躍しているようだが、調べてみると、私が経験した演奏としては、2011年に新国立劇場で上演されたドヴォルザークの「ルサルカ」の魔法使いの役がある。ラトルとウィーン・フィルのベートーヴェン 9番の録音でもソリストを務めている。また合唱は、女声が東京音楽大学、児童合唱が NHK 東京児童合唱団だ。歌手・合唱団は全員暗譜での演奏。そのあたりも東京らしい執着ぶりだ。

演奏は、期待にたがわぬ充実したものになった。いかにマーラーが日本でよく演奏されると言っても、この長い曲を終始緊張感を持って演奏するのは並大抵のことではないはず。デュトワの指揮は、「サロメ」の記事でも書いた通り、纏綿と歌うところもないし、クライマックスでテンポを落として大見得を切るところもない。楽譜が着実に音になって行くという感じだ。それが物足りないと言う人はいるかもしれない。だが、これだけあれこれのレパートリーをこれだけの安定感で指揮できる人もそうは多くないと思う。この指揮者は本当に音楽の道程がよく分かっている人だなといつも感心するのだ。今回興味深かったのは、終楽章 (第 6楽章) を、指揮棒を持たずに素手で指揮したこと。デュトワの演奏会には随分来ているが、指揮棒を持たない姿は思い出せない。これはやはり、オケから柔らかい歌を引き出そうということであろうが、このなんとも美しい楽章の、特に大詰めに向けての波のような盛り上がりを巧まずして演出していた。それからこの曲の最後では、2対のティンパニが堂々と鳴って、あたかも巨人の歩みのように巨大な響きを沸き起こすのであるが、この最後の最後の大詰めで、2対のティンパニがほんのわずかでもずれてしまうと、画竜点睛を欠くということになってしまうので、いつもハラハラするのであるが、今日は面白いものを目にした。第 1ティンパニ奏者は指揮者を見て叩き、第 2ティンパニ奏者は指揮者でなく、第 1ティンパニ奏者を見ながら叩くのだ。つまり、2人のティンパニ奏者がそれぞれ指揮者を見てしまうと、ごくわずか呼吸が合わない可能性があるところ、この方法なら、合わせることの難易度がぐっと減るからだ。おかげで、ラストの盛り上がりは大変よくまとまり、かつ感動的なものとなった。

このデュトワという指揮者、大変な巧者であるがゆえに、音作りでも非常に現実的な方法を取るように思われる。上記のティンパニの例が指揮者の指示なのか否か分からぬが、その可能性は高いだろう。また、通常は切れ目なしに演奏されることでこの曲の奥行きを増すことになる第 3楽章以下も、今回は数秒ずつの切れ目があった。特に、第 5楽章の「ビム・バム」の合唱の余韻が残っている間に、あの無限の感情を湛えた安らかな第 6楽章に移る際の微妙な呼吸は、この曲の醍醐味のひとつだが、デュトワは第 5楽章が終わると合唱団を座らせ、それから第 6楽章を始めたのである。さすがに東京の聴衆はこの曲をよく知っているのであろう、そのような楽章間で咳をする人は少なかったが、もしゴホゴホ咳をされれば、指揮者のコントロール外で危うく音楽の流れが痛むところだったかもしれない。でも、これがデュトワの実務的な手腕なのであろう。気を取り直して (?) 始めた終楽章は、感傷的ではないが、充分抒情的であったのだ。このデュトワが東京のクラシック音楽シーンを面白くしてくれていることは論を俟たない。来年も 12月に N 響の指揮台に登場するが、未だ曲目は発表されていない。来年も楽しみにしていますよ。

ところで、マーラー (1860 - 1911) がこの交響曲を作曲したのは 1895 - 96年の頃。ザルツブルク近郊のアッター湖の作曲小屋で、夏休みを使って集中的に作曲した。シーズン中は指揮者として忙しかったからだ。この写真は 1892年のものなので、近い頃の肖像だ。当時まだ 32歳。ほぅ、そんなに若くは見えませんがね。
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私の世代は、若い頃に一流のマーラー演奏を、東京に居ながらにして生であれこれ聴けた幸福な世代。もちろん、先に見た通り、今でも東京は巨大マーラー消費市場であるが、そのような状態への礎を築いたのが、やはりバブル期の熱狂的なマーラーブームであったと思う。今、2015年になって、もはやマーラーは特別な作曲家ではなく、東京のオケなら弾きこなす必要のあるメジャーな存在だ。そうであればこそ、最高の音質を最高のホールで聴くことこそが、東京の音楽ファンの願いであり、当然の大前提だ。今日のような熱演こそ、NHK ホールという巨大な体育館では、本当にもったいない。早く N 響を素晴らしい残響の中で日常的に聴ける日が来ることを切望します。同じことを何度も言っているとお叱りを受けるかもしれないが、このブログの記事はすべて、私の率直な思いをぶつけているので、今後も同じことを言い続けると思います。

by yokohama7474 | 2015-12-13 00:09 | 音楽 (Live) | Comments(0)

リヒャルト・シュトラウス : 楽劇「サロメ」(演奏会形式) シャルル・デュトワ指揮 NHK 交響楽団 2015年12月 6日 NHK ホール

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昨日の「金閣寺」に続き、今日は「サロメ」を鑑賞。いくつもの共通点と相違点のある 2つの作品だ。共通点は、名高い文学作品を原作としていること。オリジナルの言語から翻訳されたドイツ語で書かれていること。内容的にも、主人公の美的な執着心という点で共通する要素がある。相違点は多々あれど、ひとつ挙げるとすれば、「金閣寺」の台本が原作の凝縮版だとすれば、この「サロメ」は、世紀末を彩る天才のひとり、オスカー・ワイルドの原作をそのまま台本にしている点だろう。原作と言っても、もともと演劇用の戯曲であるので、オペラへの転用はその点ではハードルが低いとも言える (もしこのオペラの創作に、強いてハードルが低いところを見つけろと言われればの話だが・・・)。作曲者リヒャルト・シュトラウス (1864 - 1949) は、その長い作曲家生涯において、40歳前後までは数々の管弦楽曲を書き、1905年に初演されたこの「サロメ」以降は、一貫してオペラを書き続けた。次の「エレクトラ」とともに、聖書・神話に基づいてヒロインの個性を強烈かつ血なまぐさく描く凄まじい内容で、世界のオペラ史に衝撃を与えた。私はこの作品を実演でも録音でも繰り返し体験しているが、何度聴いても戦慄する。永遠の問題作である。

そんな作品を N 響定期で採り上げたのは、このオケのかつての音楽監督で現在の名誉音楽監督、スイス人のシャルル・デュトワだ。
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この楽劇「サロメ」、2つの点でデュトワの通常レパートリーとは異なる。ひとつは、彼の得意分野はなんと言ってもフランス音楽で、そもそもドイツものを採り上げる比率は低い。もうひとつは、彼のこれまでの経歴に歌劇場の音楽監督というものはなく、もっぱらオーケストラを率いてきた。そんな彼がオペラを採り上げること自体が珍しい。ところが私は、このプログラムが発表されたとき、これは絶対聴きに行かねばと思ったのである。そもそもフランス音楽が得意とは言っても、当然ドイツものも手掛けるし、特にこの作品は、オペラと言っても通常のケースとは比べ物にならないほどオーケストラが重要だ。その色彩的なオーケストラ書法こそ、まさにデュトワの手腕の見せ所ではないか。N 響との継続的な関係を通して、既に披露していないレパートリーはないのではないかと思われたが、まだこんな大物が残っておったか (笑)。2003年には「エレクトラ」を採り上げており、干支が一回りして、R・シュトラウスの過激な姉妹のもうひとりに取り組むというわけだ。考えてみれば、これが「ボエーム」とか「トゥーランドット」の演奏会形式なら、デュトワの指揮ではちょっと違和感あるが、「サロメ」なら期待できようというもの。

オペラの演奏会形式と言っても、狭い舞台を作ったり少し歌手が演技したり、あるいは映像投影やライティングがなされる場合もあるが、今回は純然たる演奏会形式で、聴衆は正面から音楽に向かい合うこととなった。主要な役はすべて外国人、それ以外は二期会の日本人といういつものパターンではあるが、歌手は全員譜面なしでの歌唱であったので、そのまま舞台上演になってもバッチリ大丈夫だ。

主役のサロメは、ドイツ出身のグン・ブリット・バークミン。2000年にデビューしているとのことなので、まだ若手に分類できよう。
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ワーグナーやシュトラウスを得意のレパートリーとし、特にこの「サロメ」は当たり役で、ウィーン国立歌劇場でも歌っており、2012年の同歌劇場の来日公演 (私は見なかったが、当時の音楽監督、ウェルザー・メストが右腕の故障で来日中止となり、ペーター・シュナイダーが指揮した公演だ) でその役は既に日本でも披露済だ。このサロメ役は、実際の舞台では大詰め手前で 7つのヴェールの踊りを踊るという無茶な設定となっており、そこだけ代役のダンサーが踊るケースも多いが、演奏会形式の場合は、その箇所は大詰めに向けた体力温存の箇所となる (笑)。この歌手のドラマティックな歌唱はさすがであり、特に最後の独唱には大いに聴かせるものがあったが、ただ、ピットに入らない舞台上の大編成オケを従えての歌唱には、やはり無理もあり、NHK ホールという広い会場では、どうしてもオケに負けてしまうところが散見された。

私が今回とてもよいと思ったのは、ヘロデ王とその妃ヘロディアスだ。ヘロデ王は英国人テノール、キム・ベグリー。ヘロディアスは米国人メゾ・ソプラノ、ジェーン・ヘンシェル。以下の写真はいずれも過去の出演作だが、ベグリーの方は一見して「ニーベルングの指環」のローゲであろう。ヘンシェルの方は分からない。なんとも強烈だが (笑)、「ヘンゼルとグレーテル」だろうか?
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今回のこの 2人は、この凄惨なオペラの中での、悪役たちであるにも関わらずブラックな漫才のような掛け合いで笑いを誘うという難しいキャラクターを、阿吽の呼吸で演じていた。最後の方では自然と身振り手振りの演技まで出て、本当に舞台上演さながらだ。特にヘロデ王のベグリーの表現力は素晴らしく、テノールを絶対に英雄的な役柄で使うことのなかったシュトラウス (「ばらの騎士」の歌手役は、完全にパロディーであるが、シュトラウスの書いた唯一の英雄的テノール歌唱では?) がこの役に求めたものを充分に表現していて、また本人も楽しそうであった。経歴を読んでみると、上記の写真にあるローゲを得意としているらしく (今日のヘロデを聴けばそれも納得)、バイロイトでも歌っているとのこと。私が今年見たバイロイトの指環では彼ではなかったし、ティーレマンが指揮したその前のチクルスの CD が手元にあるので調べてみたが、そこでも名前は見当たらなかった。でもインターネットとは誠に便利なもので、戦後バイロイトで歌った歴代のローゲを紹介する記事を見つけ (いやー、そのマニアぶり、本当に頭が下がります!!)、彼の登場は 2000年に 1回だけだと判明。これはシノポリの指揮ですなぁ。ベテランだ。

ヨカナーンを歌ったのは、ラトヴィア出身のバス・バリトン、エギルス・シリンス。
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調べてみると、新国立劇場での「パルシファル」でのアンフォルタスや、東京・春・音楽祭でヤノフスキ指揮で行われている指環の演奏会形式上演においてヴォータンを歌っているなど、私も過去何度か舞台に接していることが分かった。力強い声で、立ち姿もよく、ヨカナーンらしい堂々たる歌唱であった。

デュトワの指揮は、やはりかなり器用にオケを操作していたと思う。この人はいつも、何か特別なことをするわけでもなく、情緒を纏綿と歌うということでもないが、ツボを心得た指揮ぶりには安心できるのだ。毎度同じことを書いていて申し訳ないが、NHK ホールという大きなハコで、細かいニュアンスを充分に聴きとることが絶望的に難しい環境では、まずはストレートな音作りのデュトワを信頼するしかないでしょう。怪しい炎のようなサロメ、ということではなかったが、オケに必要とされる機能性はまずまず発揮できていたと思う。・・・次回は「ボエーム」の演奏会形式にでも挑戦して頂ければ、また何か違ったデュトワを聴けるような気がする。いかがなものだろうか。

by yokohama7474 | 2015-12-07 00:12 | 音楽 (Live) | Comments(0)

黛 敏郎 : 歌劇「金閣寺」(指揮 : 下野 竜也 / 演出 : 田尾下 哲) 2015年12月 5日 神奈川県民ホール

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これまで、機会があればなるべく日本人の手になるオペラを見るようにして来た。だが、日本のオペラを見れば見るほど、日本語が音楽に乗らないことに絶望的な感覚を抱いてきたものである。その点、黛 敏郎 (まゆずみ としろう 1929 - 1997) のオペラ 2作、この「金閣寺」と「古事記」はどちらもドイツで初演されているのでドイツ語で書かれており、私にとってはその事実だけでも、妙なくびきから離れて鑑賞できるオペラなのだ。

題名で明らかな通り、あの三島由紀夫の小説を原作としたオペラである。三島と黛は政治思想も近かったであろうし、実際に生前親交があったらしい。私にとって三島は文字通り特別な存在。学生時代にこの「金閣寺」をはじめとする新潮文庫の数々の三島作品を読んで驚愕し、文学を究極まで突き詰めると、ストーリーなどどうでもよくなってくるのだと感得した。今に至るも、例えば映画を見てもストーリーを二の次三の次と思うのは、多分この三島文学経験によるものであろうかと思われる。実際、ニューヨークとロンドンに在住していた際にも、日本から三島由紀夫全集全 36巻を携えていたのである。もっとも、谷崎潤一郎全集も一緒だったのであるが。ほとんど読めませんでしたがね (笑)。今でも本棚の、すぐ手が届くところに並んでいる。
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黛敏郎。戦後日本を代表する作曲家のひとりだ。生前はその右寄りな言動や、テレビ番組「題名のない音楽会」のスマートな司会ぶりが、むしろ実際の創作活動よりも知られていた。
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だが、日本の現代音楽を愛する人たちには常識に属する事柄として、黛は芥川也寸志、團伊玖磨とともに「三人の会」を結成し、それぞれにクラシック音楽の普及に尽力したのである。ジョン・ケージの影響を受けた初期の作品から、日本回帰を明確にした「涅槃交響曲」「曼荼羅交響曲」、いくつかのバレエ音楽まで、多様な作風で知られ、そして数多くの映画音楽 (金閣寺炎上をテーマにした市川 崑監督の「炎上」を含む) を作曲し、さらには終生ジャズを愛した人であった。そのような彼の活動の中でも、ベルリン・ドイツ・オペラの委嘱によって書かれ、1976年に同オペラハウスで初演されたこの「金閣寺」は、創作の頂点をなすと言ってもよいであろう。これまで日本では、岩城 宏之が 1982年に抜粋を演奏会形式で初演して以来、同じ指揮者がさらに 3回上演している。1991年、舞台上演としての日本初演。そして 1997年と 1999年に大阪音楽大学ザ・カレッジ・オペラハウスが上演したもの。1991年の上演は CD になっており (今回の「金閣寺」上演に先立ってタワーレコードが限定復刻)、1997年の上演は NHK で放送された。私の場合、1991年上演の CD を聴き、1997年上演の放送を昔ヴィデオに録画したものを見、そして、1999年の舞台は実際に生で見ている。なので、今回日本で 5回目の上演となるこの作品については、それなりにイメージがあっての今回の鑑賞である。この上演は神奈川県民ホールのオープン 40周年を記念するもので、オーケストラは地元の神奈川フィル。指揮するのは、1969年鹿児島生まれの下野竜也だ。
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私は、小柄ながら精力的な指揮をする彼の音楽が大好きであり、その実演に接して期待が外れたことは一度もない。その明確な指揮ぶりは、今は亡き岩城宏之 (「初演魔」の異名を取るほど数々の現代音楽を日本に紹介し、この「金閣寺」の過去の上演をすべて指揮した人) にも共通するものがある。これからさらに一般的な人気を博して行くことであろうと思うし、この果敢な試みは大変に頼もしい。また、演出は、ドイツの名匠ミヒャエル・ハンペの弟子である田野下哲。昭和期の遺産を将来に受け継いで行く世代による意欲的な公演だ。会場である神奈川県民ホールの入り口にはこのような垂れ幕が。題字は人気書家、武田 双雲によるもの。今回は 2回のみの公演であるが、大変な金のかけようである。
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撮影禁止ということで写真には撮れなかったものの、会場ロビーには作曲者の自筆譜や今回の演出ノートが展示してあり、興味深かった。また開演前には、演出家の田尾下哲と舞台美術の幹子・S・マックアダムスが登場してプレトークを行った。この演出のコンセプトとして、美の象徴である金閣寺は展開するドラマにかかわらず常に舞台にあり、また、心理劇は金閣寺の中で行われること、コロスのような役割を果たす合唱団 (特に女声が重要) は、歌っている内容と舞台上で進行する劇を切り離すために舞台に登場せずに声だけを響かせることなどが語られた。また、会場で配布されたプログラムにも様々な情報が満載であり、演出家と指揮者の対談も掲載されている。
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この作品を見る際には、三島の原作にどこまで縛られるかという点がポイントになってくる。今般、本棚から原作 (三島由紀夫全集第 10巻) を引っ張り出してざっとオペラとの違いを検証してみたが、ストーリーの流れはほぼ原作を踏襲している。ただ、やはり三島の修辞的な文章にひとたび目を通すと、これを文学以外で表現することは全く不可能であることを思い知る。このオペラの台本は、ベルリン・ドイツ・オペラの当時の総監督、ルドルフ・ゼルナーの意を受けたスタッフであるクラウス・H・ヘンネベルクという人が英訳版から作成したもので、それなりに苦心した様子が伺える。この台本について、三島自身が目を通す機会はなかったのであろうか。黛自身が 1991年の上演に際して書いたメモの中に以下のような部分がある。

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(ゼルナーとの) 何回かの話し合いの末、結局「金閣寺」でいこうと決心したのは、1970年になってからのことである。
その年の夏、原作者の三島氏に会った私は、オペラ化の許可と、出来ることならリブレットの執筆もと依頼した。三島氏は、「俺はオペラといえば新派大悲劇調のイタリア・オペラが好きで、ゼルナー流の表現主義は性に合わないから、台本は勘弁してくれ。でも、初演の時は喜んで見に行くよ」といって許可をくれた。そしてこれが、私の三島氏に会った最後となってしまったのである。

UNQUOTE

ご存じのことと思うが、三島の自決は 1970年11月25日だ。つまり、作家の最晩年になってこのオペラは始動し始め、その衝撃的な死のあと 6年経ってからドイツで初演されたことになる。

今回の演出は大変に手の込んだもので、演出家の思い入れのほどが随所から伝わってくる。原作よりも音楽を重視したものと言えるであろう。オペラと原作の最も顕著な違いは、原作では主人公の溝口は吃音という障害を持っていたところ、台本作家はそれではオペラにならないと思ったのであろう、右手が不自由という設定に変えている。そもそもの原作が溝口の複雑な心理を追って行く内容になっているため、オペラでも溝口はほぼ出ずっぱりで、溝口のモノ・オペラと言ってもよいくらいだ。原作でもこれまでの上演における演出でも、溝口はコンプレックスの塊で、内向的な恐ろしい人間という描き方であった。例えば、1999年の上演時のプログラムの写真をご覧頂こう。まるでアングラ芝居のチラシにようで (笑)、なんとも陰鬱だ。
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それを今回の演出では、溝口のキャラクターをもう少し逞しいものにしており、それなりに興味深い。これは父親とのシーンであるが、溝口は、まぁ爽やかとは言わないが (笑)、いろいろな場面で感情をきっちりと表に出す人間に描かれている。
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プレトークでも触れられていた通り、物言わぬ不動の美の象徴、金閣寺が、全編を通じて舞台奥に堂々たる姿を見せている。私の席は 3階であったので、この建物が黒い床に反映して揺るぎない美を創造していたのが見えて、なかなかよかった。因みにこの神奈川県民ホールは、横に長い構造であって、客席の最前列から最後列までの距離が短いので、3階のいちばん上の席でも、鑑賞には全く問題ない。私の席はたった 3,000円だ。なんというコストパフォーマンス!!
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さてこの金閣、四季折々の姿を見せるのだが、これがまた大層美しい。以下の 2枚で、見にくいかもしれないが、金閣寺のミニチュアを抱えたり掲げたりしているのは、この寺を建立した足利義満だ。幻想的で美しいシーンである。
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このオペラを予習していたとき、必ずカットされているシーンがあるのに気が付いた。それは第 3幕第 4景。歌が入らずオケだけの演奏で、京都の夜の人々の往来のシーンである。これまでの日本での演奏 4回ではすべてカットされてきた由。今回はその部分も演奏されていたので、見てみてカットの意味が分かった。ここでは沢山の人たちが鮮やかな衣装を身に着けて一斉に舞台に登場するのだ。相当予算がないとこのシーンは上演できないだろう。その一方で、今回演出家の意向でカットされたシーンがある。足の不自由な友人、柏木が尺八を吹いて、溝口にそれを渡すシーンだ。原作では、吃音という障害を持つ溝口が、実は尺八を器用に吹きこなすという設定になっているところ、このオペラでは障害は手にあるので、そもそもシーンの意味をなさない上に、ドラマの流れがここで停まってしまうと演出家は考え、カットする決断を下したという。プログラムに載っている指揮者と演出家の対談でもその点に触れられ、ドイツでの初演時には日本的なエキゾチックな要素が必要だったのでこのシーンが考えられたのかもしれないという点で両者の意見が一致している。なるほど一理ある。

この作品、聴いた感じはメシアンとオネゲルとベルクを足して 4くらい (?) で割った感じの曲だ。ただ、クライマックスに向けての盛り上がりは凄まじく、強い表現力が必要とされる。1997年の上演の際のインタビューで岩城宏之は、「オケと合唱団にはオイシイ箇所が多々あるものの、歌手の人たちはとにかく大変で、ワーグナーよりもきついかもしれない。特に出ずっぱりの溝口役の歌唱は拷問に近い」と語っていたが、まあその通りであろう。今回の歌手は二期会の人たちで、熱演ではあった。ただ、溝口役の小森 輝彦は、安定感があって立派な歌唱であったが、気の毒なことに時折オケに飲まれてしまっている感があった。また、演出家の意図によって合唱団は舞台袖で歌ったのであるが、そのせいで声がよく通らず、音楽本来の表現力が減じてしまったのはなんとも惜しいことであった。

そんなわけで、大変意義深い公演であると同時に、課題もあれこれあったと思う。是非また再演の機会を目指して欲しいものだ。

ところで最後に、このオペラとその原作で引用されている恐ろしい言葉に触れてみたい。それは、9世紀の中国の高僧、臨済 (禅宗の臨済宗の開祖) の言葉を集めた「臨済録」にある以下のような言葉だ。

QUOTE

仏に逢うては仏を殺せ。祖に逢うては祖を殺せ。羅漢に逢うては羅漢を殺せ。父母に逢うては父母を殺せ。親眷に逢うては親眷殺せ。始めて解脱を得ん。

UNQUOTE

大変に過激なこの言葉、世の中には絶対というものはなく、自らを形作るものをすべて打ち壊すほどの厳しい態度を貫いて初めて、真理を会得できるのだ、と解釈することは可能だ。だがこの言葉、自己陶酔にもつながる危険な言葉ではないだろうか。自己の弱さを転嫁する先として、永遠の美の象徴である金閣寺に火をつけるに至った溝口の心理を表していて、慄然とさせられる。また、自らの体を切り裂いてこの世を去った三島という作家の壮絶な人生感を思わせると同時に、そこにもやはり、絶望と表裏一体の自己陶酔がなかったと誰が言えようか。私は必ずしも三島の死が彼の文学の根本的な要素をなしているとは思わないし、残された作品を虚心坦懐に文学として味わえばよいと堅く信じるものの、文学の神髄には、危険な陶酔があると思う。でもそれは、文学といういわば絵空事での話。現実世界で貴重な文化財を傷つけるなど言語道断だ。守ろう文化財!!

by yokohama7474 | 2015-12-06 00:27 | 音楽 (Live) | Comments(0)

オスモ・ヴァンスカ指揮 読売日本交響楽団 2015年12月 4日 サントリーホール

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ほぼ一週間前、11/28 (土) に、同じ指揮者、同じ楽団のコンサートに出向いた。今年生誕 150周年のフィンランドの作曲家、ジャン・シベリウスの作品を、フィンランドの名指揮者、オスモ・ヴァンスカが指揮するシリーズだ。今回の曲目は以下の通り。
 交響曲第 5番変ホ長調作品82
 交響曲第 6番ニ短調作品104
 交響曲第 7番ハ長調作品105

はて。最近何やら同じような曲目を聴いたような。とぼけるのはやめにしよう (笑)。11/29 (日) に、やはりフィンランドの指揮者オッコ・カムが本場フィンランドのオーケストラ、ラハティ交響楽団を率いて行った来日公演の一環、私が以前の記事で大絶賛したあのコンサートと、全く同じ曲目なのだ。このヴァンスカが天塩にかけて世界最高のシベリウスオーケストラに仕立て上げたラハティ響を、先輩指揮者であるカムが振り、ヴァンスカは以前から関係の深い読響で同じシベリウスを演奏する。これぞまさに現代最高のシベリウス対決。東京のクラシック音楽シーンはかくも活発なのである。

前回の記事でもご紹介した通り、ヴァンスカの指揮は大変明快で、その身振りがそのまま音になったような気がする。但し、今回は 2つの理由で、正直なところ前回ほどの感動はなかった。ひとつは、やはりやはり、カムとラハティ響の超絶演奏を既に聴いてしまったこと。もうひとつは、前回のような初期のロマンティックな作品とは異なり、後期の晦渋な作品であるので、明快な指揮ぶりだけではなんともならない複雑な響きが要求されることだ。ひとつめについては触れても仕方なく、音楽家にとっては、自らの骨肉となっている音の表現に関して、有無を言わせぬ神秘な世界があることを再認識した。しかしながら、音楽は国際的なものであり、何もお国ものばかりがよいとは限らない。その意味では、今回の演奏ならではのよさも随所に聴くことができたのもまた事実。ラハティ響の記事では、5番の冒頭から 7番の終結部まであたかも一貫した音楽のように記述したが、今回の演奏では、それぞれの曲の聴きどころ、例えば 5番の終楽章の羽ばたく鳥の群れのようなめくるめく音の重なり、6番の第 1楽章でハープがリズムを刻んで舟が海原に出て行くような感じ、7番の千変万化する凝縮したドラマ性、等々が曲の個性を演出しながら幻灯のように過ぎて行き、明らかに音の密度が高まる瞬間を何度も聴き取ることができた。やはり素晴らしい演奏であったと思う。その一方で、ヴァンスカの作り出す音の線は、明快であるがゆえに、パートごとにいい音が鳴っていても、複雑に溶け合う際に、時としてほんの少し作為が目立つということもあるような気がした。いや、それとても、作為のかけらもなく自然がそのまま鳴っているようなラハティ響を聴かなければ気づかなかったことであろう。

シベリウスの交響曲について改めて思う。最も人気のある 2番や、それに次ぐ人気曲の 1番、また、ヴァイオリン協奏曲や交響詩「フィンランディア」などの初期の作品の数々は、もちろん豊かな自然を思わせる部分もあるものの、人間感情を反映した劇的な部分があるので、なじみやすいとも言えるだろう。歴史的事実であるロシアの圧政とそこからの解放というイメージも、多かれ少なかれ初期の作品にはあるだろう。それに引き替え、今回の後期の 3曲には、もちろん劇的な部分もあるにはあるが、長い盛り上がりはほとんど聴くことができない。書かれたのは、5番が 1914-15年 (1919年に改訂)、6番が 1915 - 1923年、7番が 1924年である。つまり、第 1次大戦中から両大戦間、その間の 1922年には弟を失っている。そして、7番を初演した 58歳以降、シベリウスはほとんど作品を発表しないまま、1957年に 91歳で亡くなるまで、実に 30年以上の沈黙を守るのだ (だから、シベリウスの人生においては、これら 5番以降の交響曲の作曲時期を「後期」と呼ぶのは不適当なのである)。この謎の沈黙について、通説があるとは聞かないので、謎は謎のままだろうと思うが、私の勝手な思い込みでは、やはり 2度の世界大戦を経験したことが大きな要因ではないのだろうか。フィンランドは第一次大戦後に念願の独立を果たしてからも、決して平和に過ごしてきた国ではないようだ。若い頃はロシアからの解放という政治的なメッセージを込めた曲で人々を鼓舞した彼も、抽象的な音楽の世界で祈りや高揚を描いたものの、戦争の惨禍やその後の他国との関係の中で、次第にその先いかなる音楽を人々に発するべきかが分からなくなったか、あるいは美しい自然と裏腹の人間の行いに深い絶望を抱いたのではないか。こんな光景を見てしまうと、人間の争いなど無益に思えるのも道理だろう。
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ところで今回の演奏会、荻原尚子という女性ヴァイオリニストが客演コンサートマスターであったが、そのプロフィルはプログラムに掲載されていないので調べてみると、名門 WDR ケルン放送交響楽団のコンサートマスターを 2007年から務めているとのこと。抒情的であったり、切れ切れの盛り上がりであったり、突然の疾走であったり、様々な場面を乗り切る必要のあるシベリウスの後期の交響曲で、颯爽とオケを率いていた。最近海外の名門オケで活躍する日本人が昔より減ってしまったような気がするので、今後ますます頑張って頂きたい。
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ところでこのケルンのオケの首席は、ビシュコフ以来イメージがないなと思って調べると、今はユッカ・ペッカ・ラサステだ。彼はもうひとりのフィンランド人名指揮者。そして、なんとも面白いことに、彼も以前ラハティ響の首席であり、しかもその在任期間は、今回の読響の指揮者ヴァンスカと、今のラハティ響の首席であるカムとのちょうど間である。奇遇だなぁ。フィンランドシリーズの番外編エピソードでした (笑)。


by yokohama7474 | 2015-12-05 01:53 | 音楽 (Live) | Comments(0)

オッコ・カム指揮 ラハティ交響楽団 2015年11月29日 東京オペラシティコンサートホール

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驚くべき演奏を体験した。これは東京のコンサート史上に残る名演奏であったと思うし、首都圏のクラシックファンでこれを聴き逃した方には、地団駄踏んで悔しがって頂こう。フィンランド人指揮者オッコ・カムの指揮するフィンランドのオーケストラ、ラハティ交響楽団が、フィンランドの作曲家シベリウスを演奏した。上記のポスターの通り、3日間で 7曲の交響曲すべてを番号順に演奏し、ヴァイオリン協奏曲を間に挟むという内容。前日のオスモ・ヴァンスカ指揮の読売日本響の記事にも書いたが、シベリウスの生誕 150周年を祝ってのチクルス演奏だ。私はかろうじてその最終回にだけ行くことができたのだ。

会場には、前日読響を指揮してなんとも素晴らしいシベリウスを演奏した指揮者、オスモ・ヴァンスカその人の姿もあった、と思う (そっくりさんを見間違えたのでなければ・・・)。私としては、是非そうであって欲しいのだ。それは、このフィンランドの小都市、ラハティのオーケストラ (創立は 1910年と古いのだが) を世界一のシベリウスを演奏する団体に変えてしまったのは、ほかならぬヴァンスカであるからだ。このヴァンスカとラハティ響のコンビはシベリウス演奏のレコーディングで名を上げ、1999年に初来日して、そのときもシベリウスチクルスを演奏した。私も一部を聴いたが、よい演奏ではあったという記憶はあるものの、詳細は忘れている。そのオケが今回、違う指揮者とともに、今までに聴いたこともないような最上質のシベリウスを東京で鳴り響かせることになろうとは!! その場に、今ではこのオケの桂冠指揮者となっているヴァンスカが居合わせている必要が、やはりあるだろう (そっくりさんだった場合はゴメンナサイ)。

指揮者のオッコ・カムは、私の世代にとってはおなじみというか、むしろ懐かしい人と言ってもよい。第 1回カラヤン指揮者コンクール優勝者として名が知られ、ベルリン・フィルを指揮してシベリウスをドイツ・グラモフォンに録音していた。その後、日フィルを振りに来たり、渡辺暁雄と指揮を分け合って、日本の数都市で行ったヘルシンキ・フィルによる日本初 (だったと思う) の素晴らしいシベリウス・チクルスもあった。ところが最近はメジャー・オーケストラでの活躍はあまり伝えられず、あのラハティ交響楽団の首席指揮者に就任しているとは、今回の来日で知った次第。1946年生まれだから未だ 70になっていない。カラヤン・コンクール優勝は 1969年だというから、彼がまだ 23歳の頃だ。以下は、最近の写真と、若い頃 (あまり若く見えないが 笑) のベルリン・フィルを振ったレコードのジャケット写真。
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つくづく思うのだが、音楽家はその時々の環境によって演奏の充実度や、曲の解釈も変わることがあるのだろう。いろんな巡り合わせで栄枯盛衰が決まって行く。有名だから幸せとは限らず、成功しているからと言って本人が納得しているとも限らない。今日の演奏を聴いて、この指揮者の過去の栄光や、きっと続けていたであろう地道な努力といったものを少し考えてしまった。フィンランドで最も権威のあるオケは、当然首都に所在するヘルシンキ・フィルであろう。実は、シベリウスの 7曲の交響曲中 6曲をこのオケが初演している。ヘルシンキ・フィルは文字通りフィンランドの No. 1 オケである。カラヤンの名を冠した権威あるコンクールで優勝し、世界一のベルリン・フィルと録音もし、フィンランド一のオケの首席指揮者であった (ついでに、もともとはそのオケの楽員でもあった) 人が、60代も後半になって、かつて後輩指揮者が訓練して有名になった小都市の「新興」オケの首席指揮者に就任したということは、人によっては都落ちと見るかもしれない事態だ。フィンランド人のメンタリティーはよく分からないし、就任の経緯も知らないが、プライドが高い指揮者なら嫌がるかもしれないポストだ。だが、そこで最大限の結果を出せば、指揮者にとってもオケにとっても、大変結構なことであって、今回の演奏はまさに余計な雑音や好奇心を忘れさせてくれるものであった。

今回演奏されたシベリウスの交響曲は、以下の 3曲。
 交響曲第 5番変ホ長調作品82
 交響曲第 6番ニ短調作品104
 交響曲第 7番ハ長調作品105

演奏開始前にステージを見ると、これらの交響曲で使用されないはずの、ティンパニ以外の打楽器、具体的には、大太鼓、タンバリン、シンバル、トライアングルがあって。はっはぁこれはアンコール用だなと思ったのだが、タンバリンはともかく、シンバルやトライアングルを使ったシベリウスの作品と言えば、ま、まさか、あの曲か??? 私の予感が当たったか否かについては、また後で。

シベリウスの作風は、初期のロマン派風で平明なものから、徐々に抽象的で凝縮されたものに移って行った。まさに、先に見たモネの画風のようなものだ。実は人生の最後の 30年くらいは一切作品を発表しなかった彼であるが、その沈黙の真意は分からぬものの、交響曲に関して言えば、ある意味では究極のところにまで至ってしまって筆を折ったとも思われる。従ってこれら、最後の 3曲の交響曲は、シベリウス芸術の精華なのである。だが、それはマーラーの晩年のような、人生への惜別という痛々しい様相を呈するのではなく、フィンランドの美しい自然、その神秘的な森と湖のイメージを散りばめたような、繊細で夢幻的な曲になっている。今日の演奏では、5番の冒頭のホルンから、7番の最後で弦が中空に消えて行くまで、まさに音楽の美ということ以外、いかなる雑念も入らない絶美の世界が現出した。音が正確だとか、テンポが適正だとかいう次元ではなく、なんというか、楽譜に書かれた特殊な言語を、もともとその言葉の秘密を知っている人たちが目と目を合わせて、呼吸だけでコミュニケーションを取って、ともに語り続けるような、そんな感じ。あぁこの音はこんな風に鳴るのかと瞠目した瞬間が何度あったことか!! こうして書いていても、言葉の無力を感じる。ラハティ交響楽団、以前のヴァンスカ時代よりもさらに進化しているし、これだけのシベリウス演奏は、世界的に見ても、未だかつてそれほどなされていないだろう。カムは椅子に座っての指揮であったが、丁寧に楽譜を繰りながら、大げさな身振りなく、オケと呼吸を合わせていた。誠に稀有の名演であった。

そして、アンコールが 3曲演奏された。いずれもシベリウスの作品で、まずは、「アンダンテ・フェスティーヴォ」。弦楽合奏が祝祭的でたおやかな演奏を聴かせ、最後に少しティンパニが入る。私にとっては懐かしい曲で、それは、シベリウス自身の指揮の録音を FM からエアチェックしてよく聴いていたからである。2曲目は、「ある情景のための音楽」。ここでタンバリンが登場した。さて、そして 3曲目、私の予感が的中した。シベリウスの若い頃の作品ながら、最もよく知られた曲、「フィンランディア」である。この日初めてカムが暗譜で振る。久しぶりにコンサートで鳥肌が立ちまくった。金管の分厚さも申し分なく、かといって鈍重にはならない。シンバルもトライアングルも、きっちり鳴っている (笑)。弦楽器は、なめらかというよりも、何か中身のしっかり詰まったような音だ。そうだ、これは、木を叩いたような音だ。シルクとか黄金に例えられる弦楽セクションを持つオケはあると思うが、木に例えられるオケとは、フィンランドならではだろう。IKEA の家具か。おっとあれはスウェーデンですな (笑)。ともあれ、この通俗名曲を聴いてこんなに感動したことはない。有名な祈りのようなメロディでは、奏者たちがハミングしているのかと思ったが、そうではない。森にハミングがこだましているような音を、弦楽器が出していたのだ!!

大歓声の中、ふと思い出したことがある。音楽誌のインタビューであったろうか。このオッコ・カムが、「シベリウス以外でお好きな作曲家は?」と訊かれて、「おや、私がいつシベリウスのことを好きだと言いましたか?」と返していたのを読んだことがある。それは、フィンランド人であればなんでもかんでもシベリウスに結び付け、世界のどこに行ってもシベリウスを演奏させられることへのささやかな反抗と皮肉であったのであろう。私もそれはよく理解できて、フィンランドのオケがドイツ物やフランス物を演奏するのを聴いてみたい。いわゆるお国もの偏重はおかしいと思う。だが。だがである。今回のような特別な演奏を聴くと、音楽の根底に位置する、理屈ではない国民性のようなものは、やはり存在するのだなと思った次第。なので、これはこれで、本当に貴重な機会であった。であるがゆえに一層、あれだけの音が出せるオケなら、次回の来日ではドビュッシーかラヴェルなど聴いてみたいものだ。尚、帰宅してから調べて分かったことには、今回の 3回の演奏会では、それぞれ日によって違うアンコール曲が、毎回 3曲ずつ演奏された模様。いやいや、オケの方々、お疲れさまでした。

今日もまた終演後にサイン会があるというので、このコンビによるシベリウス全集を購入し、サインをもらった。これだけのレヴェルの生演奏を聴くと、CD を聴くのがちょっと怖いような。
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このような演奏を作曲者が聴いたら、驚くとともに喜ぶだろうなと思う。彼が早い時期に筆を折った事情について興味があるのだが、よく知らない。なんとなく私の中にイメージがあるのであるが、まずは世の中に出ている本で、機会があれば調べてみようと思う。というわけで、今回は老年のシベリウスの写真でお別れです。
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by yokohama7474 | 2015-11-30 01:56 | 音楽 (Live) | Comments(0)

オスモ・ヴァンスカ指揮 読売日本交響楽団 (ヴァイオリン : エリナ・ヴァハラ) 2015年11月29日 東京芸術劇場

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以前、ピエタリ・インキネン指揮の日フィルの記事で触れたが、今年はフィンランドの国民的作曲家、ジャン・シベリウス (1865 - 1957) の生誕 150年である。これを受けて東京で活発にシベリウスの演奏があちこちで行われたかというと、実は今年の前半から半ばまではそのようなことになったというイメージがない。だが秋のシーズンに至り、全 7曲の交響曲のチクルス演奏が 2回開催され (ひとつはまだ進行中)、それに加えてこの読響の演奏会と、一気に百花繚乱状態。指揮はいずれもフィンランド人指揮者で、世代を異にする彼ら指揮者のこの三つ巴は大変に興味深い。まずチクルスのひとつは、ハンヌ・リントゥ (1967年生まれ) と新日本フィル、フィンランド放送響の分担。もうひとつは、オッコ・カム (1946年生まれ) 指揮のラハティ交響楽団。リントゥ指揮の演奏会はひとつも聴いていないのでなんとも論評しかねるが、カムとラハティは明日出掛けるので、追って記事にすることになろう。

さて、もうひとりのフィンランド人指揮者、オスモ・ヴァンスカ (1953年生まれ) は読響を指揮して、シベリウスの 7曲の交響曲のうち、3番と 4番を除く 5曲を演奏する。上のポスターでの曲目には 2番が含まれていないが、その曲は既に 11月20・21日に演奏済だ。もう一度この 3人のフィンランド指揮者を生年順に整理しよう。
 オッコ・カム (1946年生まれ) : 1971 - 1977 にフィンランド放送響の音楽監督。2011年より現在までラハティ響の首席指揮者
 オスモ・ヴァンスカ (1953年生まれ) : 1988 - 2008 にラハティ響の首席指揮者
 ハンヌ・リントゥ (1967年生まれ) : 2013年からフィンランド放送響の音楽監督
なんのことはない、2つのオケのポストは、これらの指揮者の間でぐるぐる回っているのだ (笑)。

と書いてから、慌てて訂正しよう。フィンランドは彼ら以外にも多々名指揮者を出している国 (現存者だけでも、セーゲルスタム、サロネン、サラステ、オラモ、マルッキ等々) で、それぞれの個性があるが、今回再確認したことには、このヴァンスカはその中でも、これから巨匠の域に入って行くことは確実だ。素晴らしい指揮者だとは知っていたが、なお進化を続けている。これからも彼のコンサートには可能な限り出掛けたい。
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こういう言い方をしてみようか。クラシックを聴かない人はよく、指揮者が何をやっているのか分からないとおっしゃる。そのような人には、このヴァンスカの演奏を聴いてみて頂きたい。この身ぶりからこんな音が出るのか、ここではこういう表情を強調したいのか、ここのテンポはこのように指示されるのか。そう言ったことが彼の指揮からは大変明瞭に伝わってくるのだ。また、その長身の立ち姿がなんともよい。音楽を体の中に貯めて、オケに対して解き放つような、そんな印象だ。ちゃんと指揮棒を持ち、ヴァイオリンの左右対抗配置も取らない。流行とは関係ないところで、音楽の本質に肉迫することのできる稀有な指揮者である。この人、上記にも名前が出てくる (私が明日、カムの指揮で聴きに行く) フィンランドの地方都市のオケ、ラハティ交響楽団を一躍世界の檜舞台に押し上げた名トレーナーであり、その後も大植英次の後任として名門ミネソタ管弦楽団を最近まで率いていた。読響でも、ベートーヴェンとかニールセンのシリーズをかつて手がけ、いずれも素晴らしかったのである。このオケには今回、3年ぶりの登場。

上記の通り、曲目はすべてシベリウス。

 カレリア組曲作品11
 ヴァイオリン協奏曲ニ短調作品47 (ヴァイオリン : エリナ・ヴァハラ)
 交響曲第 1番ホ短調作品39

最初の 2曲は、聴いてみると意外に構成上の共通点が多い。いずれも 3つの部分または楽章からなり、開始部は森の雰囲気、中間部は静かで緩やか、最後は行進曲調だ。ヴァンスカの指揮は実に効果的にオケのパートごとの強い音を引き出し、見事の一言だ。ソリストのヴァハラは聞きなれない名前で、もしかしたら室内楽はともかく、ソリストとしては初来日かもしれないが、ヴァンスカの秘蔵っ子のような存在らしい。
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フィンランド人で、母国シベリウスのコンチェルトを弾きますというと、あたかも 1発屋であるかのように思うが、なんのなんの、その歌い回しの細かいニュアンスといい、安定した技術といい、世界クラスの音楽家であることは間違いない。アンコールには「ドウモアリガトウゴザイマス」と挨拶してからバッハのサラバンドを演奏したが、これも気品あふれる名演奏であった。ブラームスあたりも素晴らしく弾くに違いない。

メインの交響曲 1番は、テンポは速めであったが、音響のまとめ方が実に堂に入っており、読響が気持ちよさそうに演奏しているのが伝わってきた。冒頭のクラリネットソロや、結構活躍するティンパニ、いざというところで厚く鳴り響く金管も、目立ち過ぎずにしかも充分な表現力だ。ヴァンスカと読響の相性は非常によいと思う。来週はシベリウス・シリーズの第 2弾で、5番・6番・7番という技術的にも難易度の高い 3曲だ。今から大変楽しみだが、読響はこの指揮者とさらに活動を広げるべきだ。場合によっては、現常任指揮者カンブルランの後釜をお願いするというのはどうでしょうか!! そのためには、できればマーラーとかブルックナーのような大曲をヴァンスカの指揮で聴いてみたいものだ。読響の方、もしご覧になっていれば、よろしくお願いします。シベリウスも賛成してくれよう。
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by yokohama7474 | 2015-11-29 00:20 | 音楽 (Live) | Comments(0)