カテゴリ:音楽 (Live)( 302 )

ブルガリア国立歌劇場来日公演 ボロディン : 歌劇「イーゴリ公」(指揮 : グリゴール・パリカロフ / 演出 : プラーメン・カルターロフ) 2015年10月11日 東京文化会館

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まあそれなりの年月、オペラを聴いてきている身としては、一般に名の知れたオペラ作品で未だに生の舞台で見たことがない演目は、それほどないと言える。だが、もちろん奥底の知れないクラシック音楽の世界、聴けども聴けども未知の作品は数知れず。実は今回も、生まれて初めて生の舞台を経験する作品だ。演奏頻度はそれほど高くないが、知名度は高い、そんな作品、ボロディンの「イーゴリ公」である。

ロシアの作曲家、アレクサンドル・ボロディン (1833 - 1887) は、19世紀ロマン派の時代に活躍した、いわゆるロシア五人組のひとり。五人組とは、このボロディン以外に、バラキレフ、キュイ、ムソルグスキー、そしてリムスキー・コルサコフだ。ほぼ同世代のチャイコフスキーが西欧的な洗練を目指したのに対し、よりロシア的な情緒を大事にした (とはいえ、チャイコフスキーだってロシア情緒溢れる曲も沢山あるわけだが)。五人組のもうひとつの特色は、もともと音楽の専門家ではないことで、武官だったり船乗りだったり数学専攻だったりと様々だが、中でもこのボロディンは、化学者兼医者という変わり種だ。特に化学者としては国際的な実績を残した人らしく、自らも「日曜作曲家」と称し、作品数はそれほど多くない。オペラの分野では、この「イーゴリ公」のみが知られるが、中でも、「ダッタン人の踊り」というバレエシーンの伴奏曲が非常に有名だ。サイモン・ラトルとベルリン・フィルの演奏はこちら。様々にアレンジされることもあり、誰もが聴いたことのある曲だと思う。
https://www.youtube.com/watch?v=Uq984sKqokI&list=RDUq984sKqokI#t=0

今回この公演に出掛けるに当たり、20年以上前に BS から録画したヴィデオテープから焼いたブルーレイ・ディスクを見た。演奏は、最近の記事で採り上げた、ベルナルト・ハイティンク指揮する英国ロイヤル・オペラだ。ディスクを再生しようとしてびっくり。なんとこの曲、4幕からなり、演奏に 3時間半近くを要する超大作なのだ!! うーん、随分以前のインタビューでハイティンクは、共感できない作曲家としてこのボロディンを挙げていたが (「タクトと鵞 (はね) ペン」という本に所収されているバーナード・ジェイコブスンによるインタビュー)、この演奏の頃までには考えが変わっていたものであろうか。

わざわざハイティンクの話を持ち出したのには意味があって、確かにボロディンの作品は、シンフォニーにしてもそうだが、ロシアの土臭い雰囲気をそのまま持っていて、恐らくロシア人以外にはとっつきにくい要素があるように思う。その点、今回来日したブルガリア国立歌劇場は、民族的にも歴史的にもこの作品の根源に近い (と言っては語弊があるかもしれないが、政治的な点を抜きにして考えればやはり事実であろう) だけに、ちょっと見てみたいと感じたものだ。

ところが会場に着いてプログラムを見ると、今回の演奏は 2幕構成で、演奏時間も正味 2時間半くらいになっている。これはどうしたことかと訝っていると、開演前にプレトークがあるという。出てきたのはオペラ研究家の岸 純信と、この歌劇場の総裁で演出家のプラーメン・カルターロフだ。
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このプレトーク、岸の投げかける日本語の質問をブルガリア人通訳がカルターロフに伝え、カルターロフの回答を通訳が日本語にして喋るという方法で進められたが、通訳の日本語が充分にこなれていないため、「これこれこういうことですね」と解きほぐして岸が言うと、それをまた通訳がカルターロフに対して訳して説明する (= 本人にしてみれば、自分の発言がぐるっと回ってまた返ってくるということ) という堂々巡りになってしまった (笑)。とはいえ、理解できた演出家の意図は以下の通り。
・この作品は作曲者の死によって未完成に終わったものを、友人のバラキレフとリムスキー・コルサコフが断片を集めて完成させた。作曲者自身がいかなるエンディングを考えていたのか不明。
・主人公のイーゴリ公は実在の人物で (12世紀にモンゴル人と戦争をして、このオペラの筋書き通り捕虜になっている)、その手記が残っているが、それによると本人は、モンゴル人との戦争は感情に任せて鍛錬のできていない兵士を大量に投入し、多くの犠牲を出してしまったと後悔している。よって、通常の版における演出のように、彼を英雄視するエンディングには疑問がある。
・このオペラのテーマは異民族との友愛であり、有名な「ダッタン人の踊り」を婚礼の宴としてラストに持ってきて盛り上げることで、メッセージがより明確になる。

ということで、不要な 1時間をバッサリとカットし、後半の曲の順番を入れ替えた、新たな「カルターノフ版」をこの劇場では採用しているということらしい。なるほど、その成果やいかに。ところで、プレトークの進行役の岸さん、舞台上でこの「イーゴリ公」の大きなスコアを取り出し、「ではカルターロフさんにサインして頂きましょう」と言ってその場でサインをしてもらったので、てっきり終演後に抽選で聴衆にプレゼントかと思いきや、そんな話は微塵もなく、ちゃっかりご本人のコレクションに入った模様。先の通訳堂々巡りとあわせ、会場のそこここで聴衆のハテナマークがポコポコ浮かんでいたのが、5階客席にいた私からはよく見えた。

ところで、実はこの作品、驚くべきことに台本も作曲者自身が書いているのだ。なんと、ロシア版ワーグナーか?! ところが調子が悪いことに、明らかにドラマとしての流れが悪い。例えば悪漢として描かれる后妃の兄ガリツキー公。女を街から強奪するなど好き放題して、「がっはっは」と高笑いをしているところに「敵が攻めてきた」という知らせが入って、そして・・・そのまま出てこなくなるのだ。おいおいおい、悪い奴はどこかで成敗されるのがお決まりのパターンでしょう。これ、尻切れトンボです。きっとボロディン、化学者としての活動が忙しくて、悪い奴のキャラクターを描くのが面倒だったのではないか。写真は、戦に赴く前のイーゴリ公と、見かけ倒しの悪漢くずれ、ガリツキー公。
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ことほど左様に、確かに話の流れはブツブツ切れ、音楽も、印象に残るドラマティックなメロディーはないこともないが、やはり流れがよいとは決して言えない。もともと弱点の多いオペラなのだ。ただ、有名な「ダッタン人の踊り」だけは、渦巻くエネルギーが凄まじく、名曲の名に恥じないものだ (但し洗練はされていない)。この曲、実は第 2幕の冒頭とラストをつなげたもので、主人公のロシア側から見れば敵方の、モンゴル人陣営での踊りの音楽だ。ちなみに、ダッタン = 韃靼とはタタールのことで、厳密にはこのオペラの敵方はタタール人ではなくポロヴェッツ人と呼ぶのが正しいらしく、この音楽も、「ポロヴェッツ人の踊り」という呼称も増えてきているようだ。うーん、まあでも、こういうことを言うと怒られるかもしれないが、我々日本人にとっては、正直ダッタン人と呼ぶ方がゴロもよいし、曲のイメージにぴったりだと思うのだが・・・。

さて今回のカルターノフ版だが、まあ確かに最後にダッタン人の踊りを持ってくることで、大団円の盛り上がりにはなったものの・・・正直私にはしっくり来なかった。なぜならば、これはバレエ音楽なのだ。オペラなのに大団円がバレエということは、あまりオーソドックスとは思われない。つまり、少しお手軽に盛り上がりを演出したという印象を免れないのだ。たとえ粗削りではあっても、ドラマ構成やラストの説得力に問題はあっても、作曲者に近い人々がまとめた通常版を尊重するのが筋ではなかろうか。そのアマチュアリズムこそが、裏を返せばボロディンの魅力なのだと評価すべきではないか。実際、この大詰め以外の箇所についても、今回の再構成によって、ポンと膝を打つような流れのよさは実現されたとは思えず、やはり台本の弱さは覆いようもない。因みに大団円はこんな感じ。スキンヘッズ軍団がグルグル回ってオペラは終わる。
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このブルガリア国立歌劇場は、同国の首都ソフィアにある。私も一度だけソフィアに出張したことがあるが、普通のオフィスビルの入り口にセキュリティゲートがあって、まあそれだけなら驚かないものの、このマークには驚いたものだ。
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いやいや、そりゃ当たり前でしょう。「お、そうかそうか。銃は禁止ね。しゃーねーな。じゃ、ここに置いておこう」というビジネスマンがいるのだろうか??? ただ、街中は特に怖い感じもなく、なかなかいいところでしたよ。劇場の前も通ったが、残念ながら演奏は体験できなかった。今回初めて知ったのだが、この歌劇場の来日引っ越し公演は、2000年以降の 15年間で実に 6回目になるそうだ!! 日本には明治ブルガリアヨーグルトという力強いスポンサーがいるおかげだろうか (あ、冗談ではなく本当です。以下写真参照)。それとも、超一流どころのオペラハウスの引っ越し公演に比べれば安い価格で見ることができるからだろうか。
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今回の日程を見ても、この「イーゴリ公」を東京以外では西宮と名古屋で、「トゥーランドット」を東京、福岡、福井、三原、岡山で演奏する。「トゥーランドット」と言えば、この国出身の大歌手ゲーナ・ディミトローヴァ (2005年に死去) の当たり役で、この歌劇場の引っ越し公演の初期から日本では取り上げられていたらしい。ところが意外なことに、この歌劇場の来日公演としては、ロシア物の上演は初めてで、これまではすべてイタリアオペラだったという。

今回の演奏自体については、オケも歌手も、正直、それほど感銘を受けることはなかった。ただ、后妃ヤスラーヴナを歌ったガブリエラ・ゲオルギエヴァだけは、スラヴ人らしい力強い声に繊細さも持ち合わせていて、大器の片鱗を見せた。既にウィーンや MET やチューリヒで歌っているらしく、今後の活躍を期待しよう。
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内容についてあまりホジティブには書かなかったものの、遠く東欧から頻繁に日本を訪れて、地方都市でまで公演を行ってくれること自体は、大変に貴重である。そのような体験から日本のオペラ需要がより高まり、ブルガリアヨーグルトの売上も伸びれば、こんなに素晴らしいことはありません!!

by yokohama7474 | 2015-10-17 11:09 | 音楽 (Live) | Comments(0)

早坂文雄 没後60年コンサート 大友直人指揮 東京交響楽団 2015年10月10日 ミューザ川崎シンフォニーホール

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東京交響楽団の「現代音楽の夕べシリーズ第 18回」と題されたコンサートは、作曲家 早坂 文雄 (1914 - 1955) の没後 60年を記念する演奏会。この生没年を見て気づくのは、昨年生誕 100周年だったということだ。同年生まれで同じ北海道で育った作曲家に伊福部 昭がいるが、昨年は伊福部の生誕 100年関連イヴェントはいろいろあったのに、早坂に関するイヴェントは思い当たらない。長命であった伊福部と、若くして亡くなった早坂。同様に映画音楽を手掛けたとはいえ、大衆にアピールする「ゴジラ」を書いた伊福部と、黒澤、溝口といった巨匠監督に曲を提供した早坂。この違いはいかんともしがたい。従って今回のような機会は、早坂という作曲家の真価を考える上で、大変貴重なものであった。また演奏の質も特筆すべきもので、昭和時代の日本の文化遺産の価値を再認識する機会ともなったのである。

以前何かの本で読んだか、あるいはテレビで見たのかもしれないが、早坂の早すぎる死を巡って、黒澤明と溝口健二の間で諍いがあったと記憶している。今、記憶を辿りつつ、西村 雄一郎の名著「黒澤明・音と音楽」や、黒澤、溝口それぞれの作品を紹介する本を書棚から持ってきてひっくり返しているのであるが、どうも該当の情報が見当たらない。黒澤の「七人の侍」が (ちょうど伊福部が音楽を担当した「ゴジラ」と同じ) 1954年の公開。黒澤の次作「生き物の記録」(1955) の制作途中で早坂は亡くなっているが、その前後に早坂は、溝口の映画では、「近松物語」(1954)、「楊貴妃」(1955)、「新・平家物語」(1955) と立て続けに担当している。確か黒澤が、「近松物語」で溝口が早坂を酷使したので早坂が死んでしまったとなじったという話ではなかっただろうか。もっとも、なじられた溝口自身も、早坂の翌年、1956年に世を去っているのであるが。

もしこれらの邦画にイメージのない方が読んでおられれば、チンプンカンプンの話かもしれない。その場合は、このように認識されたい。日本映画の黄金時代、天才監督に従って音楽・音響設計をしたこの作曲家は、映画音楽の一時代を築いたのみならず、絶対音楽の分野でも傑作を残したものの、結核に侵されて41歳でこの世を去ったのだと。また、この時代には、分野を超えた芸術家たちの高度な共同作業があったのだと。それから、日本が生んだ最高の芸術音楽の作曲家とみなされる武満 徹が、音楽を独学で習得したと言いながら、実は唯一師と仰いだのがこの早坂文雄なのだと。

この日演奏された曲目は、すべて早坂の作品で、詳細は以下の通り。
 映画「羅生門」から 真砂の証言の場面のボレロ
 交響的童話「ムクの木の話し」(アニメーション映像付き)
 交響的組曲「ユーカラ」

最初の「羅生門」の音楽は、この映画を見たクラシックファンなら一度見れば忘れないと思う。You Tube にも音声のみながらアップされているので、ご興味ある方はご一聴を。明らかに、有名なラヴェルのボレロの模倣である (この頃、著作権は大丈夫だったのか???)。
https://www.youtube.com/watch?v=1y_-0r5cgBM

ご承知の通り、「羅生門」(1950) は黒澤の代表作のひとつで、真砂というのは、この映画で京マチ子の演じている役柄。こんな感じだった。
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黒澤明という監督の音楽の趣味は後年に至るまで明らかで、いわゆる西洋の名作への敬意が如実であると思う。いや、音楽だけではなくて、文学の上でも、シェイクスピアやドストエフスキーという歴史上のビッグネームを発想の源泉にしているケースが多い。いわゆる名作主義とでも言おうか。映画マニアの武満徹が「乱」で黒澤に映画音楽を提供したとき (これが初めてではなく、その前に「どですかでん」で組んではいるが、「乱」とは全く毛色の違う作品だ)、マーラーの「巨人」の第 3楽章の葬送行進曲に似た音楽を強要されて困ったという話も、いかにも理解できる。ただ、早坂と黒澤の関係は、まさに火花散る芸術家同士の格闘であったのだろう。これは以前テレビで見たことを明確に覚えているが、「七人の侍」の中で、旗が強い風にはためいてバタバタバタと強烈な音を立てるシーンは、早坂の発案によるものだったという。映像と音楽のせめぎあいについて、鋭敏な感覚を持った作曲家であったようだ。
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今回は横道にそれてしまうことが多いが (笑)、ここで本来の話題に戻そう。2曲目に演奏されたのは、終戦後間もない 1946年に東宝教育映画部が制作したアニメーション映画第 1作、「ムクの木の話し」に早坂がつけた音楽だ。大変珍しいオリジナルの白黒アニメーション映像 (20分程度) が後方客席に設置されたスクリーンに投影され、それに合わせて生演奏がなされるという趣向。戦時中の言論統制を批判した内容で、森の中のムクの木の回りの豊かな世界が、怪物によって一面の氷と化してしまうが、女神が光を放ってその氷を溶かすというもの。当日のプログラムには、ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」を思わせるとあるが、同じ作曲家のほかのバレエ音楽、つまり「火の鳥」と「春の祭典」を連想させるシーンもあり、それから、露骨にラヴェルの「マ・メール・ロワ」の模倣も聴かれた。当時としては演奏困難なスコアだったのではないか。実は、本編のクレジットに記載された演奏者は、上田 仁指揮の東宝交響楽団 (つまり、この映画は無声映画ではないところ、この演奏会では映像だけの投影を行ったということだ)。おっと、このオケはその名の通り、映画会社の東宝の専属のオケか。そうなのであろうが、より大事なことは、この東宝交響楽団が、今回の演奏団体、東京交響楽団の前身なのだ。しかも、このオケは、この映画の制作と同じ1946年の設立であるようだ。この映画はまさに、戦後すぐに新たな文化的挑戦がなされたときの記念碑的な存在であったのだろう。興味は尽きない。

そして、この日のメイン、交響組曲「ユーカラ」。ユーカラとゆーからには、もとい、言うからには、早坂が幼少の頃を過ごした北海道におけるアイヌの伝説をテーマにしているのであろう。実際その通りなのであるが、そのような標題は実はあまり重要ではなく、この 50分を要する大作において渦巻く音響に虚心坦懐に耳を傾けることこそが重要だ。なにせ、冒頭のプロローグではクラリネットソロが 3分以上、全く無伴奏で演奏するという異例の事態に始まり、メシアンを思わせる神秘的な音響が随所に聴かれるのだ。この曲は 1955年に日比谷公会堂で、やはり上田 仁指揮の東京交響楽団によって初演されたらしいのだが、その演奏に聴衆として居合わせた武満徹は、「これは早坂さんの遺言のようだ」と言って、声を出して泣いたということだ。果たして、病弱な体をおして過酷な創作活動を続けた早坂は、その 5ヶ月後にこの世を去ることになる。

この「ユーカラ」、上記の通りの名曲で、何度も聴き返すだけの価値があると思うのに、なかなか演奏機会に恵まれない。ところが私は以前にも一度、この曲の生演奏を聴いていて、それは今ライヴ CD にもなっている、1986年の山田 一雄指揮日本フィルの演奏だ (前座でベートーヴェンの 5番が演奏され、山田が熱狂のあまり指揮台から平場のステージに落ちてしまったことを鮮明に覚えている 笑)。今回の演奏会前にその CD を引っ張り出して予習して行ったのだが、この録音時から約 30年、日本のオケの進歩は顕著であると、つくづく思う。今回の東響の豊麗な演奏を聴くと、山田のライヴ録音は、残念ながらどこかにすっ飛んでしまうと思う。指揮者の大友も、永遠の爽やか青年のようなイメージだが、これまでに何度も素晴らしい生演奏に接している私としては、さらにアグレッシヴな活躍を期待したいと思ってしまうのだ。
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今回の演奏会でもうひとつ興味深かったのは、客演コンサートマスターを迎えていたこと。なんと、長らく東京フィルのコンサートマスターを務める荒井 英治だ。
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昔から変わらない人である。最近ではモルゴーア・クァルテットという弦楽四重奏団を組織し、自身大好きであるらしいプログレ (ッシブ・ロックです。念のため) の編曲物も、バリバリにこなしている。このジャケット、ご存じだろうか。
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そう、キング・クリムゾンの「キング・クリムゾンの宮殿」のジャケットのパロディで、このモルゴーア・クァルテットのメンバーたちの顔写真のパーツを組み合わせて作っているのだとか。私も持っているが、大変に面白いアルバムだ。ご存じない方は少ないと思うが、念のため、オリジナルのジャケットは以下の通り。ちょっと視線の向きが違いますな (笑)。
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ええっと、何の話でしたっけ。そうそう。客演コンサートマスターだ。面白い試みだと思うので、東京のオケの水準をますます高めて行くためにも、これからも見てみたいし、日本の文化遺産の価値を日本人自身が再発見することにつながればなお結構。次の機会を楽しみに待っています。


by yokohama7474 | 2015-10-17 00:22 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ベルナルト・ハイティンク指揮 ロンドン交響楽団 (ピアノ : マレイ・ペライア) 2015年10月3日 京都コンサートホール

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このコンサートに先立つ 5日前、9月28日にもハイティンクとロンドン交響楽団の演奏会をサントリーホールで聴いていたが、実は先にチケットを買ったのはこの京都でのコンサートであった。というのも、曲目がより私の好みであり、かつ移動の自由が利く週末の公演であったからだ。曲目は以下の通り。

 モーツァルト : ピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491 (ピアノ : マレイ・ペライア)
 ブルックナー : 交響曲第 7番ホ長調

この指揮者ハイティンクは、以前の記事でもご紹介したオランダの巨匠であるが、若い頃からブルックナーとマーラーを盛んに取り上げていて、今回も、ペライアをピアノに迎えてのモーツァルトの 24番のコンチェルトの後のメイン曲目として、日によってマーラー 4番とブルックナー 7番があったわけである (ほかにブラームス 1番がメインのプログラムもあり)。クラシック音楽がお好きな方には容易にご納得頂けるように、どうせハイティンクを聴くならやはり、より壮大なブルックナー 7番が聴きたい!! というのが人情だろう。ま、そんなわけで京都のチケットを買い、ついでと言ってはナンだが、先の記事でご紹介した京都観光も行ったというわけであった。

サントリーホール公演と異なり、今回は正面の席で鑑賞したので、1曲目のモーツァルトでは、ペライアのピアノの巧まぬ抒情性が、そのペダリングの妙とともによく聴き取ることができ、同じ曲であっても今回の方がより感動した。全体の静かな印象は前回と全く同じだが、美しい音の響きは前回よりも深く心に入ってきて、本当に純粋な音楽を楽しんだ。このペライア、今ではそんなことを全く思わせないが、実は過去に指の故障で何度か演奏家生命の危機を迎えたことがあったらしい。そう思って聴くと、この至福の時間への感謝が一層増すというものだ。誰しも、たとえいかなる天才であっても、いつでも人生順風満帆というわけではない。人間たるもの、様々な困難を乗り越えて意志の力で続けなければならないことがある。自ら痛みを抱えた人間こそが、他人の痛みを癒すことができるのだ。ここでは、その痛みを抱える前かもしれない、ペライアの若い頃の写真を載せておこう。
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さてメインのブルックナーであるが、冒頭のチェロの朗々たる音に圧倒されることに始まり、70分の全曲を通じて、海千山千のロンドン響の面々の老巨匠への多大なる尊敬がそのまま音になったような、温かみのある世界に耽溺することとなった。全く奇をてらうことのない清々しい音楽で、マーラーのときのような遅さも感じられることはなかった。ブルックナーの交響曲には様々な楽譜の版があって、大変複雑なのであるが、ハース版とノヴァーク版の 2つがメジャーである。私は専門家でもなければその道のマニアでもないので、各曲におけるその 2つの版の差を詳しく語ることはできないが、5番のようにほとんど違いのない曲もあるものの、この 7番でははっきりと分かる違いがある。それは、第 2楽章アダージョのクライマックスで、ノヴァーク版にはシンバル、ティンパニとトライアングルが入り、ハース版には入らないということだ。世界の頂点に達したブルックナー指揮者であった朝比奈隆や、その他のいわゆる枯淡の (?) ブルックナー指揮者は、派手さのないハース版であえて勝負することが多いというイメージを持っているが (実際、未だに耳に残っている朝比奈の演奏でのこの箇所は、いわば雷鳴のない嵐のような凄みがあったものだ)、今回のハイティンクはノヴァーク版を採用。彼の以前の録音を全部知っているわけではないが、ちょっと調べてみると、以前はハース版を使っていたところ、ある時期からノヴァーク版に変えたようだ。この第 2楽章、大変に深遠な音楽なのであるが、それには理由がある。ブルックナーがこの楽章を作曲している途中で、彼が深く尊敬するワーグナーが死去したので、この楽章はそのままワーグナー哀悼の音楽になっているのだ。そのひとつの証拠は、ワーグナーチューバという、ワーグナーが楽劇「ニーベルングの指環」で使用するために作らせた特殊な楽器 (通常のチューバとは違う) が、この楽章で使用されていて、ホルン奏者が持ち替えで演奏するのだ。興味深いことに、この日の演奏会では、(通常の) チューバ奏者は、ほかの楽章ではトロンボーンの横で演奏していたところ、第 2楽章ではわざわざワーグナーチューバの横に移動して吹いていた。音色の混ざり方を考慮してのことであったのだろう。

このハイティンクという指揮者は、昔から派手なところがない一方で、完全に枯れるということもない。感傷に溺れることもないが、乱暴にオケを煽り立てることもない。いわば中庸の美徳を追求して来た指揮者であると言えるだろう。実際に耳にしてみると、その中庸は凡庸とは全く違うものと分かるのであるが、今回の来日で、老いたりとはいえその健在ぶりを示したわけである。彼の指揮する映像を見ていると、左手が時にヴィブラートをかけるように微細に振動していることがあるが、今回のブルックナーの演奏が終わったとき、聴衆の拍手が起こってもまだ彼の左手は振動していた。きっと私はあの振動を忘れないだろう。音楽という神秘の海に溺れる体験をした証左として。
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by yokohama7474 | 2015-10-15 00:14 | 音楽 (Live) | Comments(0)

東京二期会公演 リヒャルト・シュトラウス : 楽劇「ダナエの愛」(指揮 : 準・メルクル / 演出 : 深作 健太) 2015年10月2日 東京文化会館

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ドイツの後期ロマン派を代表する大作曲家、リヒャルト・シュトラウス (1964 - 1949) は、生涯で 15本のオペラを作曲した。この 15という数、例えばベートーヴェンの書いたオペラの数、1本 (! 笑) に比べれば多いと言えば多いが、ヴェルディのように 30本を超えているではなく、シュトラウスほどの重要な作曲家であれば、すべてのオペラが知られていてもよいような気もするが、実際によく演奏されるのはせいぜいが 5本くらいか。それも、比較的初期 (もっとも、40歳を過ぎてオペラの活動をメインにする前に、あの有名な傑作交響詩群をすべて作曲しているわけだが) のものばかり。初期の 3曲は除外するとしても、オペラ作曲家としての出世作、4作目の「サロメ」以降、「エレクトラ」「ばらの騎士」「ナクソス島のアリアドネ」「影のない女」。ここまでがポピュラーであるが、この後の円熟期に作曲された 8本の演奏頻度は、がくっと落ちるわけである。今回上演されたこの「ダナエの愛」は、実は第 14作目、つまり最後から 2番目の作品で、日本では 2006年になってようやく若杉 弘が演奏会形式で初演。そして今回が舞台上演としての日本初演である。

妙なところに話が飛ぶが、私が生涯で初めて見たオペラは (新国の「ラインの黄金」の記事で少し触れたが)、実は R・シュトラウスの最後のオペラ「カプリッチョ」。しかも場所はザルツブルク音楽祭で、ホルスト・シュタイン指揮のウィーン・フィルであった。なんちゅう大それたことか。でも、その後、シュトラウスの「サロメ」以降の 12作全部を見ることができたかというとさにあらず。今数えてみると、「無口な女」「平和の日」「ダフネ」の 3本をまだ見ていない。でも、そうであればこそ、この「ダナエの愛」を今回見ることができたのがいかに貴重であったかと思い知るのである。

まあそんな珍しい作品であったためか、あるいは金曜の 18時30分という開演時刻のためか、会場の東京文化会館は珍しく空席が目立ち、せいぜい 6割という入りであったか。事前にチラシの配布は盛んに行われていたのだが、さすがのマニアックなクラシックファンの多い東京でも、なかなかにハードルの高い挑戦だったわけである。だがしかし、二期会がやらねば誰がやる。今後も、ワーグナーとシュトラウスは、全作品上演を目指して頂きたい。というのも、今回の演奏も、なかなかに水準が髙かったからだ。私の見るところ、最大の功労者はやはりこの人、指揮の準・メルクルだ。
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1959年の生まれなので、今年 56歳。今まさに指揮者として油の乗り切った世代と言えようか。父がドイツ人、母が日本人で、ドイツやフランスの歌劇場やオーケストラで活躍の場を広げてきた。過去にはライプツィヒやリヨン等、いろいろなポストを歴任して来ているが、現在はどうやらバスク国立管弦楽団の首席指揮者という、ちょっと渋いポストに就いているのみだ。むむ、これは今後シェフを求める機会のある日本のオケにとっては、土下座しても来てもらいたい指揮者ではないだろうか。何せ今回の上演、私の席からは指揮者がよく見えたが、スコアにほとんど目をやることなく、オケに細かい指示を出していた。シュトラウスのオペラは、一旦始まれば、1幕の間ほとんど音が切れることなく流れて行くのだが、その複雑な音の奔流が完全に頭に入っている様子で、感嘆した。オーケストラは、なんと前日の新国立劇場での「ラインの黄金」と同じ東京フィルだ。このオケは以前、合併を経て巨大な規模を擁していることから、このような芸当ができるのかもしれないが、それにしても、ワーグナーとシュトラウスを同時期に公演するとは、なかなかに大変だ。今調べてみると、「ラインの黄金」は、10/1、4、7、10、14、17 の 6回。「ダナエの愛」は、10/2、3、4 の 3回だ。10/4 (日) は、両公演とも 14時開演だから、分身の術でも使わない限り (笑)、やはり楽員を二分し、かつ、少しはエキストラも入れているのであろう。楽団員の分け方は知るところではないものの、「ラインの黄金」よりもこの「ダナエの愛」の方が、正直よく鳴っているような気がした。

今回のもうひとつの興味は、映画監督として知られる深作 健太が、オペラを初演出することだ。まあ、ご本人としてはこの紹介はいやかもしれないが、避けて通れない (笑) 紹介としては、父はあの「仁義なき戦い」シリーズの名匠、深作 欣二だ。なんでも、健太という名前は、高倉 健と菅原 文太から一文字ずつ取ったという。それはまた、なんとも重い。でも、ご本人はこんな感じの童顔で、決してヤクザ役を背負っている雰囲気はない (?)。
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父親の欣二監督は、「仁義なき戦い」シリーズの超絶的な凄さもさることながら、「バトルロワイアル」(原作も好きで、作者、高見 広春のサイン本も持っている。本棚でなぜか、「日本の名著 平田篤胤」と並んでいる。笑) に絶賛を惜しまない私なのであるが、彼が志半ばで逝去し、完成できなかったその続編、「バトルロワイヤル II 鎮魂歌」を、この健太監督が完成させ・・・大変申し訳ないが、率直に申し上げて、とてもガッカリな出来だったと記憶している。なので、今回の演出には少し不安を覚えて臨むことになったが、結果的にはまずまず好感の持てるものであった。簡素な舞台装置ながら、作品を邪魔することのない演出であった。この作品は 3幕から成るが、第 1幕では、ポルクス王の宮殿という閉ざされた空間に債権者が殺到し、王は娘のダナエの嫁入りによって財政的な窮地を逃れようとする。
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ところが、ダナエに惚れたユピテルが、ダナエが憧れるミダス王 (例の、触るものみな黄金に変えてしまう王) の格好で入ってくる。私の見るところ、この空間はダナエの処女性を象徴しているのではないか。ギリシャ神話で知られる通り、ユピテル (ジュピター) は、黄金の雨に変身してダナエと関係を持つのだ。
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第 2幕では、ダナエが本物のミダスとユピテルの間で選択を迫られ、最後にはミダスを選ぶ。
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第 3幕は、この 2人がともに人間として駆け落ちすることで、既にミダスの黄金の魔法もなくなっているが、それでもこの 2人の間には愛が芽生えている。それと対照的に、ダナエを諦めきれないユピテルは自らの老いと向かい合って絶望感を抱くこととなる。
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このオペラ、実は 1944年に完成して、作曲者の生誕 80年記念にザルツブルクで初演されるはずが、さすがに戦局の悪化が著しく、関係者だけを招いた内輪のゲネプロ (総練習) の上演しかなされなかったらしい (その後 1952年に一般初演)。シュトラウスといえば、戦争中にドイツの帝国音楽院総統を務めるなど、ナチズムに屈服したという評価もあるし、未だにイスラエルではワーグナーとシュトラウスの演奏には多大な困難がつきまとうわけだが、実際にこのシュトラウスの創作活動を追うと、全く政治には興味がなかったのだなと思う。この「ダナエの愛」もそうだが、最後の作品、「カプリッチョ」は、オペラにおいて音楽が先か台詞が先かというテーマを扱っているのだ!! おいおいおい、ドイツが壊滅の危機を迎えていた戦争末期にそんなに悠長でいいんかい。本当に爽やかなまでに政局に興味がなかったのだなと思う。もっとも、凄惨な戦争の継続に嫌気を差して、ひたすら清澄な世界を求めたということなのかもしれないが。

今回出演した歌手たちは、それぞれに大健闘であったと思う。特に、ダナエの林 正子と、ミダスの、日本を代表するテノールであり続ける福井 敬には、大きな拍手を送りたい。

さて、このように見応え充分、考える材料充分の、価値ある公演であった。歌手も演出家も全員日本人。オケも多分ほぼ全員日本人。指揮者も、半分日本人。一国でこれができる国はそうそうあるものではない。もちろん、見る方は、日本人だからどうのということではなく、海外の演奏に接するのと同じ水準で評価すればよい。シュトラウスの残りの作品も、是非是非お願いします!! 作曲者もあの世からそう願っているに違いない。
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by yokohama7474 | 2015-10-04 00:09 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ワーグナー : 楽劇「ラインの黄金」(指揮 : 飯守 泰次郎 / 演出 : ゲッツ・フリードリヒ) 2015年10月 1日 新国立劇場

東京、初台の新国立劇場。言うまでもなく、日本で唯一のオペラ専用劇場である (より正確には、大、中、小劇場とあるうちの大劇場、いわゆるオペラ劇場がそれである)。今日が今シーズンの開幕で、演目は、おっとまた出ましたね、ワーグナーの 4部作「ニーベルングの指環」の最初の作品 (序夜と題されている)、「ラインの黄金」だ。会場入り口には、この公演や今シーズンのラインナップについての展示がある。
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現在の音楽監督は、ワーグナーの聖地バイロイトで助手を務めた経験があり、日本における現存指揮者の中ではワーグナーの第一人者とみなされている飯守 泰次郎。
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昨年の就任時には、いきなり名刺代わりの一発としてワーグナー最後のオペラである「パルシファル」を採り上げ、昨シーズン中にはもう一本、「さまよえるオランダ人」も指揮。そして就任 2年目にして、早くも超大作「ニーベルングの指環」である。なんとまぁ、徹底したワーグナー攻勢だ。考えてみればこの新国立劇場、1997年にオープンして 19シーズン目に入ったわけだが、その間に既に「指環」のツィクルスが既に 3度目!! この「指環」は、今年の夏のバイロイトの記事でも散々採り上げたが、演奏に 15 - 16時間を要する超大作で、そうおいそれと 4部作のツィクルスを組めるわけではない。世界広しと言えども、20年に満たないのに 3サイクル目という歌劇場は、ほかにないであろう。それだけ日本人が異常なワーグナー好きということだ。全く、1億総活躍社会ならぬ、1億総ド M 社会なのか、このニッポン!!

過去 2回のツィクルスは、英国のキース・ウォーナーによる、いわゆる「トーキョー・リング」と言われたポップなもの。私は最初のツィクルスを 4年がかりで見たが、大変面白かった。そして今回、飯守音楽監督の指揮、東京フィルの演奏になる新ツィクルスは、なんとなんと、今は亡きドイツの名演出家、ゲッツ・フリードリヒの演出によるものだ。かつてベルリン・ドイツ・オペラで現代的演出を手掛け、日本ではとりわけ、4部作の一挙上演として日本初演となった「指環」の演出で知られる。これは、時を表すトンネルが常に背景にあることで、「トンネル・リング」と呼ばれ、日本でも有名となった。その実演は 1987年のこと。当時学生であった私は、人生初のオペラ体験を、あろうことかザルツブルク音楽祭でするという大それたことをやった年であったが、「指環」の全曲は録音でもまだ聴いたことがなく、もちろん経済的にも余裕がなくて、「いやー、日本で指環ツィクルスを聴けるなんて、すごい時代になったねぇー。ぜってー行くだろ、オイ」と言う先輩を羨ましく思ったが、ぜってーと言われても、行くことが叶わなかった。実はこのフリードリヒ、人生で 3回、この「指環」を演出していて、このベルリン・ドイツ・オペラのものが 2回目。最初は英国ロイヤル・オペラであり、最後の演出が 1996年フィンランド国立歌劇場での公演で、今回日本で上演されるのは、この最後のものだ。つまり、亡きカリスマ演出家の遺産を日本で初紹介するということであり、飯守音楽監督の意気込みが感じられる。尚、この公演、入り口で SP が沢山いるなと思ったら、皇太子ご夫妻臨席の公演であった。私の安い席からは、お姿を拝見することはできなかったが、皇太子のオペラ・コンサート鑑賞は決して珍しいことではなく、会場では特に混乱もない。

さて、この演出であるが、極めてシンプルな舞台装置で、歌手の動きも多くなく、先のバイロイトの「指環」などを見てしまった身としては、むしろ保守的な演出とすら言ってもよいだろう。ちゃんと冒頭でヴォータンは寝ているし、アルベリヒは隠れ兜を被って大蛇にも蛙にもなる。また、フローラの背の高さに黄金が積まれるシーンもちゃんとあり、なんだかとっても安心するのだ (笑)。トンネル・リングを見ていない私としては、比較はできないものの、その後のベルリン・ドイツ・オペラ来日時に見た一連のフリードリヒ演出のワーグナー、「マイスタジンガー」「トリスタン」「オランダ人」「タンホイザー」などを思い出しても、とりわけこの「指環」はおとなしいような気がする。それにしても、今、1993年と 1998年の同オペラハウスの来日公演のプログラムを見てみると、演目も多いしスター歌手も沢山出ていて、プログラム自体も分厚く、「フリードリヒ」「フリードリヒ」と、この演出家についての記事があれこれ掲載されている。彼は 2000年に死去しているが、現在、これだけの知名度と人気のあるオペラ演出家は、もういないだろう。これは、私も面識のある音楽ジャーナリスト、寺倉 正太郎氏の記事。
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話が脇道にそれてしまったが、演出という点では、なにか枯淡の境地のような印象。残りの 3作では、どのように変わって行くのだろうか。尚、些細なことだがひとつ気になったのは、ファフナーに打ち倒される巨人の兄弟、ファゾルトが、その後神々がヴァルハラ城に入場する終幕まで、ずっと舞台で死に続けていたこと。これは正直、邪魔であった (笑)。このような演出家が死去している場合の細部の演出は、どのように行うのだろうか。ちょっと考えた方がいいと思う。それから、最近の演出では大詰めでも神々が城に入場しないケースもあるが、ここでは、神々がそれぞれ横に手を伸ばして、音楽に合わせて行進するのだ。とはいえ、舞台の奥行きの関係から、2歩進んで 1歩下がる。そして、奥の方まで行くとあまりスペースがないので、歩幅が狭まるというわけだ (笑)。むむむ、これ、どこかで前に見たことがあるぞ。多分、キース・ウォーナーのトーキョー・リング (確か、神々は沢山出てきて、被り物を被ったりしていた) ではなかったか。もしそうなら、キース・ウォーナーはフリードリヒ演出をパクった・・・いや、フリードリヒへのオマージュを捧げたのであろうか。

さて、歌手について簡単に触れておきたい。まず、ヴォータンのユッカ・ラジナイネンは、前回の新国立劇場の「指環」ツィクルスでも同じ役を歌ったらしいが、安定した歌唱で、なかなかよかった。さらに突き抜けた何かがあればもっとよかったが・・・。さらに、ローゲ役のステファン・グールドとエルダ役のクリスタ・マイヤー。この 2人には共通点があって、なんと、私もブログで取り上げた、今年のバイロイトでの「トリスタンとイゾルデ」(10月25日深夜に NHK BS プレミアムで放送予定) で共演しているのだ。グールドがトリスタン役、マイヤーがブランゲーネ役。ただ、今回はグールドの方が若干ミスキャストではないか。トリスタンやジークムントを歌う人がローゲを歌ってよいものでしょうか?! 先入観もあってか、狡猾さがあまり感じられなかった。一方のマイヤー、エルダ役がなかなか向いていると思う。カーテンコールでもいちばん大きいブラヴォーをもらっていた。以下は、劇場で売っているゲネプロからの生写真。このオペラは今日が初日だったから、多分、ネットに上げている人はまだ少ないと思う。サービスサービス。
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この公演では、重要な役はすべて外国人で、脇を日本の歌手が固めていた。二期会のワーグナー公演を聴くと結構いいと思うのに、世界の一線で活躍する歌手と並んでしまうと、さすがに課題が浮き彫りになる。でも、それが日本のオペラ上演のレヴェルを上げて行くと信じたい。冒頭で黄金を守るラインの乙女の 3人は全員日本人。これは、オリンピックで金メダルを目指すシンクロ選手たちではありません。
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それから、2人の巨人にとらわれるフローラ。尚、巨人のうち、殺される方のファゾルトは、日本人のバスの第一人者、妻屋 秀和で、ファフナー役の外人が若干ガラガラした声であったのに比して、全く遜色ないどころか、むしろ上だったのでは。但し、上述の通り、殺されるシーンから最後までずっと舞台上でうつ伏せに寝ていなければならない点、負担だったであろう。以下の写真の右。
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あと、ローゲが地下でつながれたミーメをほどいてやる場面。この文字が私の席からだと、上の方が切れていて、 "Anger" と見えたので、何を怒っているのかと思いきや、"Danger (危険)" でした。
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あ、それから、これがアルベリヒの変身する大蛇。はっはっは。フリードリヒともあろう人が、なんと古典的な。
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最後にオーケストラに触れておこう。ワーグナーだから、相当強く鳴る必要あるわけで、大音響の場面は概してよかった。特に大詰め、神々のヴァルハラ城への入場は、大いに盛り上がっていた。しかし、残念ながら、この休憩なし 2時間半を超える長丁場の中で、特に管楽器にさらなる精妙さが求められるシーンがあちこちにあったことは否めない。飯守の指揮は情景の描き分けを充分に志向していたものの、結果的には少し物足りないような気がした。とはいえ、随所に手慣れた感じも出ていて、カーテンコールでブーが出ていたのはちょっと酷なような気がする。まだ初日なので、日を重ねてよくなって行って欲しい。日本のド M 軍団、耳が肥えているから大変ですなぁ。

by yokohama7474 | 2015-10-02 01:29 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ベルナルト・ハイティンク指揮 ロンドン交響楽団 (ピアノ : マレイ・ペライア、ソプラノ : アンナ・ルチア・リヒター) 2015年 9月28日 サントリーホール

昨日 N 響との協演を聴いたブロムシュテットは今年 88歳、そして今日ロンドン交響楽団との来日公演の初日を聴きに行ったベルナルト・ハイティンクは、今年 86歳。そのキャリアから言えば、現役指揮者でも最高の存在。もちろん、その音楽は世界中のファンから慕われている。
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つい先日まで、英国ロイヤル・オペラが来日中だったが、入れ替わりに英国を代表するロンドン交響楽団が来日しているわけである。今年は日本と英国の間に何か記念すべきことでもあったのだろうか。まさか、映画「キングスマン」公開記念ではあるまいな (笑)。

さて、このハイティンクはオランダ人の指揮者で、同国を代表する世界最高のオーケストラのひとつ、アムステルダム・(現在は王立) コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者を、60年代から80年代まで 25年間務め、その間もロンドン・フィルの首席を兼任しながらベルリン・フィル、ウィーン・フィルを定期的に指揮し続け、英国ロイヤル・オペラの音楽監督も務めるかと思うと、これまた世界最強オーケストラコレクション (?)、ドレスデン・シュターツカペレ、シカゴ交響楽団の首席も務めた。加えて、ボストン交響楽団からは名誉指揮者の称号を得ている。改めて見てみると、すごいキャリアだ。現存指揮者ならずとも、もしかしたら歴史上最高かもしれない (ベームはどのくらい米国で活躍しましたか? カラヤンはどのくらいの数のオケを定期的に指揮しましたか? マゼールはひとつのポストに長期的に留まったことがありますか? ムーティは欧州一流オケのシェフを務めたことがありますか? ヤンソンスはオペラハウスの音楽監督を務めたことがありますか? )。また、一時期、全集魔という言葉もあった通り、膨大なレパートリーの交響曲を録音しているのだ。ただ、この華麗なキャリアに比して、カリスマ性という意味では、実はそれほどでもないのが不思議と言えば不思議。ある意味、あまりにとんがった個性の持ち主なら、これだけの一流どころに受け入れられることはないのかもしれない。

実は私にとってはこの指揮者、尊敬はするものの、もうひとつ熱狂的に支持しようというところまで行かない存在であるのだ。ひとつには、日本にある時期なかなか来なかったという理由が挙げられる。今回のプログラムに、このハイティンクの過去の来日公演の一覧が掲載されており、大変興味深いので、ご紹介する。まず、コンセルトヘボウとの初来日 (1962年) から第 2回来日 (1968年)。
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そして、1969年にもうひとつの手兵、ロンドン・フィルと来日。それから 5年後の 1974年に、コンセルトヘボウとの 3回目の来日。
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そして、1977年にコンセルトヘボウと 4回目の来日。この頃まではかなり頻繁に来日していると言ってよい。
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ところが、次の来日は 15年後の 1992年、しかもオーケストラではなく、オペラハウスの引っ越し公演だ。もちろん、英国ロイヤル・オペラだ。私が本格的にコンサートに通うようになったのは 1980年代だから、その頃、ハイティンクは充実した録音が続けて発売されるのに、実演を聴くことができない指揮者だった。音楽雑誌などを見ると、「若い頃に来日しても低い評価しか得られなかったので、日本が嫌いになったのだ」という論調が支配的であった。ところが、1997年以降はこんな感じで、急速に来日機会が増えた。今回を含めて18年間に 6回の来日は、有名指揮者としても多い方だろう。
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さて、このような歴史を経てきたハイティンクと日本であるが、私個人としては、ニューヨークやロンドンで彼の指揮に触れても、それほど大感動する機会がなく、80年代で「円熟」と言われ始めた頃の音楽そのままだな、という思いを抱いて来た。ところが今回、かなり違う世界を体験させてもらったのだ。昨日のブロムシュテットと共通するが、本当の円熟とは、これほど力が抜けた融通無碍なものなのか!! という素晴らしい感動である。

曲目の紹介を忘れていた。
 モーツァルト : ピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491 (ピアノ : マレイ・ペライア)
 マーラー : 交響曲第4番ト長調 (ソプラノ : アンナ・ルチア・リヒター)

マレイ・ペライアは、1947年生まれなので、今年 68歳。ニューヨーク生まれのユダヤ系ピアニストだ。
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彼は英名高き名ピアニストで、録音も数々あるにもかかわらず、なぜかこれまで実演に接する機会がなかったが、知識として知っていた通り、大変リリカルな素晴らしいピアニストであることが確認できた。以前の記事でも触れたことがあるが、モーツァルトの時代の器楽曲で短調は非常に例外的。ピアノ協奏曲では、この 24番と 20番の 2曲のみだ。20番の方が少し劇的色合いが強いと思うが、それはつまり、24番の方がうまく聴かせるのが難しいとも言えると思う。今日の演奏では、ピアノもオケもピンと張りつめた緊張感の中、ある意味で大変静かな演奏がなされた。つまり、劇的な音楽を聴かせようという野心のない音楽。自然のまま淡々と流れ、そこに充分な感情も込められた音楽。これはなかなかできるものではない。ハイティンクの指揮のもと、ロンドン交響楽団は、特有の分厚い層の音を出していて、決して爽やかとは言えなかったが、これみよがしのパッションに頼るのではなく、大変に誠実な伴奏であったと思う。演奏後の拍手はいつもながら (私はこれがいやなのだが) アンコールをおねだりする長いものになったが、結局アンコールはなし。そこあたりの清々しさも、今回はよかったと思う。

さて、後半のマーラーであるが、これがちょっとないほどの名演奏であった。正直なところ、マーラーの交響曲でも、5番とか 6番なら是非とも聴きたいが、彼の交響曲中最も穏やかなこの 4番には、あまり食指が動かなかったのである。ところが、今この円熟のハイティンクを聴く曲としては最適であったとは、聴いてみて初めて分かったのだ。まず、テンポが終始緩やかで、冒頭、鈴とフルートでシャンシャンやってから弦が主題を歌い出すところで、ぐっと音楽が粘る。昔聴いたメンゲルベルクの録音の強烈なポルタメントとまでは行かないが、老齢のみが可能にする音楽の懐を感じさせる。その後もオケの各パートは実に丁寧に指揮について行き、楽団員の指揮者に対する尊敬がそのまま音に表れていた。その感動的なこと!! これは私が今まで聴いてきたハイティンクとは一味違う。滋味深いという言葉がぴったりで、聴きながら胸が熱くなったり、ワクワクしたり、深い情緒に浸ったり、まさにこの曲の持つ様々な要素が、力まずして耳に入ってくる。帰宅してから彼がベルリン・フィルを指揮した CD (1992年録音) を少し聴いてみたが、やはり今回、その録音よりもテンポはかなり遅くなっていることが確認できた。86歳にしてさらなる円熟!! 今回ハイティンクは、指揮台にストゥールを置き、座って指揮するには安定が悪いなと思ったら、楽章の間にちょっと腰かけるだけに使い、演奏中は一度も座ることがなかった。ただ、指揮者の顔がはっきり見える場所で聴いていたので、やはり楽章を追うごとに疲れは明らかに目に見えた。指揮者という音楽家の不思議なところは、そのような老いが、むしろ音楽を沸き立たせる力になることだ。この力こそが、派手なカリスマとはまた異なる、本当の音楽家のみに許される特権なのであろうし、これができるからハイティンクは世界の一流オーケストラから慕われるのだなぁと実感した。

このマーラーの 4番の終楽章ではソプラノ独唱が入り、「天上の生活」を歌うのだが、その独唱はドイツの若手ソプラノ、アンナ・ルチア・リヒター。
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先月にはルツェルン祝祭管弦楽団と、同じハイティンクの指揮のもと、このマーラー 4番を歌ったとのことで、落ち着いた様子で清浄な歌を聴かせてくれた。音楽を語るのに容姿のことを言うのは邪道とのお叱りもあるかもしれないが、でもやはり、天上の生活なのだから、天上から落ちて来そうな体重の歌手が歌うよりは、まぁ、それは、ねぇ (笑)。実際彼女の歌は、ただ清らかというだけでなく、後半では情念すら感じさせるようなものに昇華していた。素晴らしい才能だと思う。終演後、聴衆の拍手に応えて、指揮台に置いてある譜面を指差し、そして天を指差した。「(自分の貢献ではなく) 天上を描いたこのスコアが素晴らしいのですよ」という謙遜か。

同じ演奏家を何度も聴くことで得られる変化の楽しみもあれば、新しい演奏家によって与えられる新鮮な楽しみもある。今回の演奏会は、その一音一音に、様々な楽しみを見出すことができる貴重な体験であった。

by yokohama7474 | 2015-09-29 00:14 | 音楽 (Live) | Comments(2)

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 NHK 交響楽団 (ピアノ : ティル・フェルナー) 2015年 9月27日 NHK ホール

今年も巨匠ブロムシュテットが N 響を指揮する季節がやって来た。この大指揮者は 1927年生まれなので、今年実に実に 88歳 (!!!!) ということになる。未だに立って指揮をする。
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今回の曲目はオール・ベートーヴェンで、
 交響曲第 2番イ長調作品36
 ピアノ協奏曲第 5番変ホ長調作品73「皇帝」(ピアノ : ティル・フェルナー)
である。先週の曲目は同じくベートーヴェンの交響曲 1番・3番であった。こうなると、来年は 4・5・6番、再来年は 7・8・9番と、3年で全 9曲を踏破して欲しいものであるが、さていかがなものであろうか。

ブロムシュテットが N 響でベートーヴェンを振るのは 5年ぶりとのことであったので、5年前、2010年 4月のプログラムを見てみると、そのとき (指揮者は既に 83歳の高齢であった) は、
A プログラム : マーラー 9番
B プログラム : ブルックナー 5番
C プログラム : ベートーヴェン ピアノ協奏曲 5番「皇帝」(ピアノ : ルドルフ・ブフビンダー)、交響曲 3番「英雄」

うっへー、これはすごい。そうすると、さすが北欧の長命指揮者と言えども、この 5年で少しは軽めの曲目に移行したということか (笑)。因みに私は 5年前はすべてのプログラムを聴いたが、今回は残念ながらこの 1回だけであった。

さて、感想は「素晴らしい」の一言。もともと私はこの指揮者がドレスデンの音楽監督であったときに素晴らしい録音 (モーツァルト、ベートーヴェン、ブルックナー・・・) を耳にして以来、基本的には変わらないと思っていて、タングルウッドで聴いたボストン響を指揮した「英雄」も、名古屋で聴いたチェコ・フィルとのブルックナー 8番も、年齢を感じさせないものの、1980年代から同じ演奏を続けていると整理していた。で、今回の演奏であるが、無理やりそのように整理しようとすればできるだろう。でも、何かが違うのだ。音の緊密さとでもいったものが、より融通無碍になっている。これぞまさに澄み切った老巨匠の境地。それを見事に音にした N 響の高い能力。第 2楽章では、別に感傷的な音楽が流れているわけでもなんでもないのに、何やら胸が締め付けられる思いがして、自分でも不思議であった。人間の営みは、昨日と今日、今日と明日で、寸分違わないように思われることもあるが、実はその日その日、何か違う要素が存在していて、ふとそれに気づく瞬間こそ、あ、自分は生きているんだと実感できる瞬間であると思う。この演奏会は、昨日あったような今日や、今日あるような明日に対して、さながら「時よとまれ。そなたは美しい」というファウストの言葉を投げかけたくなるような瞬間に満ちていた。ブロムシュテットほど悪魔的なもののイメージから遠い芸術家はいない。だが、その透徹した音楽の高みはついに、通常人が遥か仰ぎ見るような次元に達してしまった。

ピアノのティル・フェルナーは、あの不世出のピアニスト、アルフレート・ブレンデル (未だ存命だが既に引退してしまった) の弟子で、どこかの記事で、ブレンデルの衣鉢を継ぐ唯一のピアニストと表現されていた。今回初めて実演に接してみて、その言葉が分かるような気がした。1972年ウィーン生まれ。既に 40を超えているものの、かなり若く見える。
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この「皇帝」というコンチェルトは、とにかく派手な始まり方をするので、腕に覚えのピアニストはかなり力任せに鍵盤を叩く傾向があり、それはそれでワクワクするものもあるのだが、今日のフェルナーの演奏は、正確に淡々と弾かれ、熱狂することはない。だがしかし、師匠ゆずりの粒立ちのよいタッチには、熱狂は必要ないのだ。このピアニストしか持ち合わせていない言語で、隅々までクリアなベートーヴェンが紡ぎ出された。このような演奏を聴くと、自らの音楽性に充分な信頼を置いて公衆の面前で演奏をするという、音楽家が生業としている作業が、本当に至難の作業であることが分かる。こちらはただ座って聴いているだけなので、まあお気楽なものだが、せめて演奏家の克己心の数分の一でも、音楽に対する純粋な気持ちを持ちたいものだと痛切に思う。

終演後 NHK ホールから出ると、秋の青空が広がっており、いい季節だなとひとりごちた。今日は中秋の名月で、夜自宅でバルコニーに出てみると、雲が多いものの、その切れ間からぽっかり満月が覗いていた。川の上に反射して輝くという風流な景色にまでは行かなかったものの、なんとも季節感があって、しみじみしたものだ。このような情緒豊かな季節に、今日のような極上の音楽は誠にふさわしいと思いながら、また来年、ブロムシュテットのかくしゃくたる指揮姿に接することができますようにと心の中でつぶやいて、アルコール分を存分に摂取した中秋の名月の夜でした。
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by yokohama7474 | 2015-09-28 00:02 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ハーゲン・クァルテット 2015年 9月26日 ミューザ川崎シンフォニーホール

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このブログをご覧の方には核使用、いや、隠しようもないが、いやいや、もとより隠す気など毛頭ないが、いわゆるクラシック音楽を愛好する私ではあるものの、興味の中心はまずオーケストラ、次いでオペラ、そして現代曲なのである。リートなどの声楽曲、室内楽、器楽曲は、常識レヴェルでは聴いてはいるものの、身も世も忘れて没頭するところまで行っていない。・・・まあなんであれ、別に身も世も忘れる必要などないのだが、趣味というものは時として一般の人たちの常識を超えてしまうもの。そういう意味では、例えばこの室内楽への関わりなど、趣味という領域にも至っていない、恥ずかしい素人レヴェルなのである。

能書きはともかく、今回足を運んだのは、現代を代表する弦楽四重奏団 (クァルテット)、ハーゲン・クァルテットだ。ザルツブルク出身の兄弟姉妹が始めた若手クァルテットだ・・・と書いてみてから調べてびっくり。このクァルテット、1981年にロッケンハウス音楽祭で賞を取って本格活動を開始したというから、もう 35年くらいの歴史があって、とても「若手」とは呼べないのだ。そういえば私が初めて彼らを聴いたのは、クレーメルが中心となったロッケンハウスのライヴ録音だった。一聴して、その鮮やかで勢いのある音に魅了されたものである。ただ、今まで、個別メンバーがオーケストラをバックに協奏曲を弾いたのを聴いたことはあるが、クァルテットとしては今回が初めて生で聴く機会である。本当に室内楽素人は困ったものだ。

今回の曲目は以下の通り。
 ハイドン : 弦楽四重奏曲第 58番ハ長調作品54-2
 モーツァルト : 弦楽四重奏曲第 21番「プロシア王第 1番」ニ長調 K.575
 ベートーヴェン : 弦楽四重奏曲第 14番嬰ハ短調作品131

見事、ウィーン古典派で統一されている。室内楽素人の私としては、ベートーヴェンはともかく、ハイドンとモーツァルトについては予習をする必要があった。ハイドンに関しては、もう随分前に交響曲全集、ピアノソナタ全集と並んで弦楽四重奏曲全集も購入しており、それぞれ CD 33枚組、12枚組、22枚組であるが、一応全部聴いてはいる。だが、ハイドンの 74曲ある弦楽四重奏曲 (番号は 83番まであるが欠番がある) を全部記憶するわけにもいかず (笑)、今回の演奏に備えて CD 棚をガサガサあさり、第 58番を探し出して聴いた。全く、こんなに沢山の曲を書きやがって、ハイドンは本当に迷惑な人である。

ともあれ、このハーゲン・クァルテット、各自の音色の均一感が際立っている。オリジナルメンバーから第 2ヴァイオリンが変わっているとはいえ、ほかの 3人は血を分けたきょうだいであり、後から入った第 2ヴァイオリンのライナー・シュミットも、ほかのメンバーと同じザルツブルク・モーツァルテウム・アカデミーの出身であって、その意味では共通する音楽的バックグラウンドを持っているがゆえに、弦楽四重奏団としての均一性が実現されているのであろう。実際、ソリストたちが集まって室内楽を演奏することもあるが、例えば旋律を弾く第 1ヴァイオリンの技量はその方が高いことがあっても、必ずしも統制の取れた演奏になるとは限らないのが音楽の面白いところ。

今回の 3曲、意識的か否かは分からないが、少しユニークな共通点があって、それは、曲の起承転結がありきたりではない面があること。いずれも「おっとこれで終わりかい」という終結部を持っている。ハーゲンの演奏だと、ある意味で曲の曲折を経ながらも常に均一な音が流れて行くため、どこで終わってもおかしくないと言うと語弊はあるものの、なるほど弦楽四重奏の極意とはこれかと、室内楽素人としては痛く感心したものだ。

それにしても、3曲続けて聴くと、ベートーヴェンの後期のクァルテットがいかに独特で深い内容を持つか、改めて感じる。これまで東京クァルテットや、カーネギーホールでの連続演奏会で聴いたエマーソンクァルテットでもベートーヴェンの弦楽四重奏体験をして、唸ったことがあるが、これはまさに深い森に分け入って行くような音楽だ。特にこの 14番 (以前もご紹介した通り、バーンスタインがウィーン・フィルと弦楽合奏版の録音を残している) は、切れ目なしに演奏される 7楽章によって成り立っており、しかも、弦楽器の特殊奏法であるスル・ポンティチェロ (楽器の駒に非常に近い部分を擦って軋んだ音を出す奏法) が音楽史上初めて使われている。ベートーヴェンという永遠の前衛の闘士の顔には、険しさ、優しさ、諧謔等々、いろんな表情が混ざり合っているのだ。

今回のハーゲンの来日では、室内楽ホールでの演奏会がメインで、今回のような大ホールでの公演はほかにない (特にトッパンホールでは 4日連続でモーツァルトを採り上げる)。このコンサートが実現した背景は、このクァルテットの出身地であるザルツブルク市と川崎市が姉妹都市であることである。ホールにはこのような展示コーナーもあって、川崎とザルツブルクがこれまでに様々な交流を果たしてきたことが分かる。
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ザルツブルクは、アルプスに近い風光明媚な避暑地で、モーツァルトの生地でもあり、欧州の富裕層がきらびやかに集まる世界有数の音楽祭が開かれる街。それに対して川崎市は・・・となるとちょっと難しいが、まあ、近年は音楽都市を標榜している川崎市としては、ザルツブルクとの姉妹都市とは、なんともゴージャスだ。実際、以前ジョナサン・ノットと東京交響楽団についての記事で触れた通り、このミューザという素晴らしいホールで生まれる音楽が、地元の人々に支持されており、市として音楽教育も盛んにしているということなので、姉妹都市である意味は大いにあるだろう。東日本大震災でこのホールが大きな損傷を受けたとき、ザルツブルクからも温かい援助があったと聞く。いわば今回のハーゲンクァルテットは 2つの都市を結ぶ親善大使。私のような室内楽素人 (そろそろしつこくなってきましたね) でも恩恵にあずかることができて、本当に有難いことであった。今後も実りある関係が続きますように。

by yokohama7474 | 2015-09-27 00:35 | 音楽 (Live) | Comments(0)

オリヴァー・ナッセン指揮 東京都響 (ヴァイオリン : リーラ・ジョセフォウィッツ) 2015年 9月24日 東京文化会館

今日も東京文化会館はほぼ満員だ。それもそのはず、あのオリヴァー・ナッセンが東京都交響楽団を指揮するのだから。あの、誰もが知る大巨匠、オリヴァー・ナッセンだ。
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えっ、知らない? ではなぜ、今日の演奏会はこんなに混んでいるのだ? 因みに曲目も極めてスタンダードな、誰もが知る以下のようなものだ。

 ミヤスコフスキー : 交響曲第10番ヘ短調作品30
 ナッセン : ヴァイオリン協奏曲作品30
 ムソルグスキー (ストコフスキー編) : 組曲「展覧会の絵」

えっ、どれも知らない? 「展覧会の絵」の編曲はラヴェルだろうって? うーん。

・・・もちろん冗談である。英国人で主に作曲家として知られるナッセンであるが、新橋であろうと渋谷であろうと自由が丘であろうと、道行く一般の方々 100人に訊いて、知っている人はよくて 1人か 2人だろう。また、これらの曲目のひとつでも実際に訊いたことのある人は、やはり同じくらいの率ではないか。私の疑問は、それなのになぜこの演奏会が、かくも盛況なのかということなのだ。もしかして東京は、知らないうちに世界ナンバーワンの教養大国 (?) になったのか???

オリヴァー・ナッセンは 1952年生まれのスコットランド人だ (ということは、昨日行われた日本とのワールドカップラグビーの試合を日本で見たのかもしれない)。ご覧の通り大きい体で大らかに見えるが、書く作品はいわゆる現代音楽である。「かいじゅうたちのいるところ」という童話を原作とするオペラで一応知られてはいるものの、まあ一般の知名度は高いとは言えないだろう。私は、よくロンドン・シンフォニエッタとの演奏を FM で聴いたものだし、アナログ時代から彼のディスクを買う機会もあり、例えば 1998年にサイモン・ラトルがバーミンガム市交響楽団と来日してマーラー 7番を演奏したとき、前座でナッセンの交響曲第 3番が日本初演されたが、そのときも手元にある自作自演のアナログレコードで曲を予習して行った記憶がある。また、何かのシンポジウムで武満徹 (ナッセンとは親しい友人だったはず) たちと一緒に登壇し、質問は何であったか覚えていないが、「僕自身が子供だからね。あっはっは」と陽気に笑っていたことを思い出す。作品が大好きというわけではないのだが、その外見と作る音楽のギャップを楽しみたい、そんな作曲家 / 指揮者である。今回のポスターは以下の通り。
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左上の赤い部分に、この演奏会の意義が記されている。
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とのこと。20年前の都響のプログラムを調べてみたが、私自身はそのときの演奏を聴いた形跡はない。だが、なぜだか気になるオリヴァー・ナッセン。もともと大きな人だったが、さらに大型化しており、膝でも悪いのか、杖をついて舞台に登場、座って指揮をする。面白いのは、その杖を指揮台の後ろの柵にひっかけ、指差し確認してからよっこらしょとスツールに腰かけるのだ。これが指揮台の写真だが、杖をかけるところ (柵の横棒の2本目、左寄り) に灰色のラバーが巻かれているのがお分かりになるだろうか。
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今日の 1曲目は、ロシアの作曲家で、実に 27曲もの交響曲を書いたニコライ・ミヤスコフスキー (1881 - 1950) の、交響曲第 10番 (1927年完成)。この作曲家、ひとえにその交響曲の数の多さから、オーケストラ・ファンの中ではそれなりの知名度がある。でも、実際にその作品に接する機会は非常に稀だ。でも私自身は、何を隠そう、何年も前から16枚組のミヤスコスフキー交響曲全集を持っているのだ。しかも指揮があのエフゲニ・スヴェトラーノフ。なかなかにマニアックだ。だが、加えて何を隠そう、今回のコンサートの予習のために初めてボックスを開け、まずこの第 10番を聴いてみた次第 (笑)。これを機会に、少しずつ聴いて行きたい。で、この曲は、20分ほどの手頃な長さだが、上の写真の解説にある通り、プーシキン原作の叙事詩「青銅の騎士」と、ベヌアという画家の挿絵から霊感を得て書かれた曲。ナッセンの言によると、「まるでチャイコフスキーがシェーンベルクの時代まで生きていたかのようです。・・・この曲はまさに、革命後のロシア 1920年代に花開いたモダニズムの短くも魅力的な時代の所産であり、驚くべきサウンドを聴かせてくれます!」とのこと。なるほど言い得て妙だ。ロシア・アバンギャルドは、私が生涯をかけて研究して行きたいテーマのひとつ。モソロフという面白い作曲家もいたし、絵画でもフィロノフとかマレーヴィチとか、詩人ではマヤコフスキーとか、もちろん演劇のメイエルホリドとか、いろいろ興味あるが、ここでは省略する。今回のミヤスコフスキーの 10番、正直、曲としてはそれほど面白いとは思えない。だが、冒頭の低弦をはじめとする都響の相変わらずの充実ぶりには驚嘆した。

2曲目はナッセンのヴァイオリン協奏曲を、カナダの女流、リーラ・ジョセフォウィッツが弾いた。
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ニューヨークで彼女の演奏するプロコフィエフの 2番のコンチェルトなど聴いたことを思い出すが、非常に鋭い現代的タッチで演奏する人だ。その意味では、このナッセンのコンチェルトにはふわさしい演奏家である。2001年の同時多発テロ後に書かれた曲で、中間部には哀歌が含まれるが、ナッセンの作る叙情は決して感傷的にはならず、美しいのだが、その時間はあまり長続きしないのだ。全体として、ある意味スタイリッシュなテイストに貫かれた曲だが、ワクワクドキドキという感じにはならない。ジョセフォヴィッツは全く難なく演奏をこなし、アンコールには、サロネン (こちらは超一級の指揮者として知られるが、作曲活動もずっと続けている) の、「学ばざる笑い」という無窮動風の曲を、これまた見事に弾きこなしていた。

さて、後半の曲目は、ムソルグスキーのピアノ曲を原曲とする有名な「展覧会の絵」だが、普通演奏されるラヴェルの編曲ではなく、往年の名指揮者、レオポルド・ストコスフキーの編曲によるものだ。ストコフスキーは、有名曲にあれこれ手を加えて派手な演奏効果を狙ったとして、異端視されることもあるが、私は結構好きで、マイナーな放送録音からの CD など、せっせと集めている。この「展覧会の絵」の編曲は、自分で指揮した録音もあり、また、今日の指揮者ナッセンがクリーヴランド管と録音している。あ、調べてみると、最近では若手のホープ、山田和樹も録音していますね。この編曲の特色は、ラヴェルの行ったキラキラしたフランス風の華麗な音への昇華ではなく、オリジナルのロシア性を強調するもの。なので、「テュイルリーの公園にて」と「リモージュの市場」というフランスの光景を表した曲は省かれている。また、ラヴェル版では冒頭、トランペットが朗々とプロムナードのテーマを吹いて颯爽と始まるところ、この編曲では弦楽合奏だ。その他、いろいろ興味深い相違点やまた共通点もあるが、正直申し上げて、ラヴェル版が耳になじんだ身には、さほど面白いとも思えない。もちろん、ストコフスキー自身の録音も聴いていてよく知っているが、なるほどと思う場面もある反面、「どうやってラヴェルと違うことをしてやろうか」という意地に、若干辟易する。しかしながら、今日の演奏でひとつの発見が。終曲の最終和音、これってマーラーの「復活」へのオマージュではないのか。ストコフスキーは声楽付の大曲を得意としていて、マーラーではこの 2番「復活」や 8番、またシェーンベルクの「グレの歌」などを早くから手掛けていた。ストコフスキーの志向する音楽のイメージが、少し広がったような気がする。それから、ここでは都響の金管にびっくり!! 素晴らしい音で鳴っていましたよ。恐らくは指揮者が演奏の出来に満足したせいであろう、「卵の殻をつけた雛の踊り」が、急遽アンコールとして演奏された。

とまあ、長々と書いているが、今日の 3曲、奇しくも「曲としてはあまり面白くない」が共通点になってしまった (笑)。それにもかかわらず、なんとも後味のよいコンサートであったのは、ひとえにナッセンの人柄と、それに都響の充実した音のおかげであろう。実は帰り道の電車でふと見ると、都響のあるセクションの首席奏者の方が乗っているではないか!! 私は、先週土曜日の名誉の負傷によって未だ早くは歩くことはできず、また、途中で小腹が減ってオヤジの集う立ち食いそば屋に寄ったりなどしたが、それにしても、舞台から下りて着替えた演奏家が聴衆と同じ電車に乗るとは、なんとも素早いこと (笑)。でも、あのような壮麗な演奏に参加しておいて、何事もなかったかのように郊外の私鉄電車で家路につくなんて、格好いいなぁ。同じ沿線であることも分かったし、引き続き都響のマニアックなプログラムに期待が止まりません!!

by yokohama7474 | 2015-09-25 00:22 | 音楽 (Live) | Comments(0)

大植 英次指揮 東京フィル 2015年 9月21日 オーチャードホール

今月の東京フィルの演奏会では、既にご紹介したイタリアの若手、アンドレア・バッティストーニに加えて、大植 英次が指揮台に立った。
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大植は 1956年生まれだから、今年 59歳ということになる。気力溢れる指揮ぶりにいつも圧倒されるが、既に還暦近しと思うと、少し複雑だ。3年前に大阪フィルの音楽監督を辞任してからは、東京のオケにも時折登場するようになったが、この東京フィルの指揮台にも何度も立っている。特にこの楽団でポストを有しているわけではないようだが、2014年 3月の、楽団創立 100周年を記念してのワールド・ツアーの指揮者として、ニューヨーク、マドリッド、パリ、ロンドン、シンガポール、バンコクで公演したとのこと。今回の演奏会では、その際のプログラムのひとつである、ブラームスの 2曲の交響曲、第 3番ヘ長調作品90 と、第 4番ホ短調作品98 という、逃げも隠れもできない曲目が採り上げられた。会場に展示してあるポスターがこれだ。写真はニューヨーク公演の模様である。大植にとってニューヨークは、かつて名門ミネソタ管の音楽監督として何度も訪れ、高い評価を得た街。きっと期するところ大であったことだろう。
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さてこのブラームス、表現意欲という点では申し分ない演奏であったと思う。大植らしく、大きな感情のうねりにまかせて時にテンポを煽り、3番も 4番も、第 1楽章の大詰めではオーケストラの空中分解寸前というところまで追い込みをかけて、それがなんともスリリングであった。特に 4番は、充分に燃焼しないと作為的に聴こえてしまうところ、オケの集中力に助けられて、充実した音が鳴っていたと思う。その一方、改めて思うことには、ブラームスの交響曲ほど、音色の美しさを求める音楽はない。演奏の質が高まれば高まるほど、さらに緊密で艶のある音が聴きたくなる。日本のオケ全体の底上げがされて、もはや欧米のそこそこのオケのレヴェルを超えてしまっているのは素晴らしいが、これからはさらに、音の密度が求められて行くものと思う。それには優れた指揮者の力が必要である。このブログで時折触れている通り、西洋人のエラい指揮者につき従っている時代は過ぎ、ともに音楽を作り上げて行くパートナーとしての指揮者こそが必要で、その中には同胞人もいるべきだ。大植のような指揮者こそ、これからの日本のオケのさらなる向上に必要な人であると思う。ただその一方で、日本の箱庭に閉じこもるのではなく、欧米での活躍も続けて欲しい。

さてこの大植 英次、よく知られている通り、稀代の名指揮者レナード・バーンスタインの晩年の弟子にあたるが、その実質的な日本デビューについて少し書いてみたい。1990年、バーンスタイン最後の来日の際、札幌で PMF (Pacific Music Festival) が初めて開催され、御大バーンスタインは、そこでの学生の指導と、一連のロンドン交響楽団との演奏会を行う予定であった。札幌でのシューマン 2番のリハーサルの情景と本番は、感動的な映像ソフトとして永遠に残されているが、まさに死を直前にした巨匠の健康状態が、思わぬ副産物を生み出したということを、25年経った今、つくづく思う。ひとつは PMF 音楽祭の継続で、今年のゲルギエフ指揮による演奏会は、以前このブログでも取り上げた。もうひとつは、この大植 英次と、それから佐渡 裕が活躍の場を得たということだ。大植は当時全くの無名であったが (その 5年前、バーンスタインが企画・参加した広島平和コンサートでも指揮していたことを後で知った)、バーンスタインがロンドン響を指揮したサントリーホールでの演奏会で、2曲目に置かれた自作の「ウエストサイド物語」のシンフォニック・ダンスが、当日突然大植の指揮に変更されたのだ。よく覚えているが、その場には天皇・皇后両陛下も臨席され、バブル期のことでもあるから (笑)、巨匠の演奏に聴衆の期待が盛り上がっていたところ、突然の指揮者交代、しかも名前を聞いたこともない日本人の登場に、会場はあからさまに落胆の雰囲気が支配した。ところがその演奏たるや、まさに瞠目すべき素晴らしいもので、そのリズム感やダイナミックな盛り上げは、その後の大植の活躍を思うと当然であったのであろうが、大変に驚いたものである。それは 1990年 7月10日のこと。その後バーンスタインはタングルウッド音楽祭でボストン響とベートーヴェン 7番等を演奏した後、10月 3日に死去したので、まさに巨匠の人生最後の日々であったわけだ。ところが、そのときの報道においては、主催者側の不手際を責める論調が支配的で、代役を立派に果たした大植のことに触れた記事を見た記憶がない。それゆえ、世界の片隅の川沿いの住居からの発信ではあるが、ここで当時の新聞記事をお見せすることで、歴史的検証をしてみたい。バーンスタインは本当に死に瀕しており、大植は素晴らしい演奏をしたのに、それらに触れた記事がないことは嘆かわしい。以来私は、マスコミの言うことをうのみにせず、自分の耳と価値観で、あらゆる芸術に接しようと心を決めたのであった。

たまたまスキャナーが故障しており、新聞の切り抜きを写真に撮って掲載するので、見にくいかもしれないが、何卒ご容赦を。これは、大植の代役の翌日、7月11日の朝日新聞の記事。一応大植の名前はあるが、騒動を揶揄するようなトーンである。
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これは 7月15日の日経新聞の記事。ここには「日本の若手指揮者」としか書いていない。
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次は 7月18日の朝日。本文の中に大植の名前も見えるが、「バーンスタイン騒ぎ」という見出しの語る通り、この代役の件や曲目変更の件、そもそもチケット代が高い件などをあげつらい、おもしろおかしく書いている。肝心の大植の演奏がどうだったかについては一切記述なし。
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最後は、8月 2日の日経。主催者側が近く新聞にお詫び広告を掲載することになったとある。野村證券がスポンサーであったので、当時よく話題になった「メセナ」の先行きに不安が示されている。実際に起こったことは、その後日本はバブル崩壊を経験し、苦難の道を歩むことで、確かに日本の企業の文化支援は全体的に減少したが、野村證券はウィーン・フィルの来日の継続的なスポンサーシップなど、特筆に値する「メセナ」を行った。
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もちろん、予言者ではない普通の人間のしていること、結果論で語ることは慎みたいが、大きなプレッシャーの中で見事な演奏を成し遂げた大植のことを一顧だにしないマスコミは、視野が狭いとの批判を受けてしかるべきであろう。なので、音楽を聴くときには、何よりも自分の感性を信じることこそが大切であり、私にとっての大植英次は、その象徴のような存在であるのだ。


by yokohama7474 | 2015-09-23 09:55 | 音楽 (Live) | Comments(8)