カテゴリ:音楽 (Live)( 260 )

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昨年の 10月 30日の記事で、ポーランドの名指揮者アントニ・ヴィト指揮の読売日本交響楽団の素晴らしい演奏会について書いた。それはフランスの名匠ミシェル・プラッソンの代役としてフランス音楽を指揮したものであったが、今回新日本フィルの指揮台に立って彼が披露したのは、母国ポーランドの音楽ばかり。結論から言ってしまうと、これは実に素晴らしい演奏会であり、東京の音楽水準の高さをまざまざと見せつけるとともに、今年 73歳になるこのヴィトという指揮者が、これからいよいよさらなる高みに達して行くであろうことを予感するに充分なものであった。
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ポーランドの指揮者というと、もちろん先般 93歳で亡くなった巨匠スタニスラフ・スクロヴァチェフスキを思い浮かべるが、彼は後年の活躍の場を米国・英国・ドイツなどに求め、米国籍を取得した人。その点このヴィトは、音楽監督のポストはもっぱら母国ポーランドで持っており、その分、国際的な活躍の割には知名度が低いと言えるかもしれない。ポーランドにはほかにも (作曲家として高名なクシシュトフ・ペンデレツキに加え)、カジミエシュ・コルト (1930年生まれ)、イェジー・マクシミウク (1936年生まれ)、ヤーツェク・カスプシク (1952年生まれ) などが現在でも存命または依然活躍中で、私もそれぞれに思い入れがある。あ、若手では将来有望なクシシュトフ・ウルバンスキ (1982年生まれ) もいる (彼は来月、旧北ドイツ放送楽団、現 NDR エルプ・フィルを率いて来日するが、私は残念ながら出張のため、聴くことはできない)。

さて今回新日本フィルに初登場したヴィトが指揮したポーランド・プログラムとはいかなるものであったのか。
 スタニスラフ・モニューシュコ (1819 - 1872) : 歌劇「パリア」序曲
 ショパン (1810 - 1849) : ピアノ協奏曲第 1番ホ短調作品 11 (ピアノ : クシシュトフ・ヤブウォンスキ)
 カロル・シマノフスキ (1882 - 1937) : 交響曲第 2番変ロ長調作品 19

なるほど、ショパンの協奏曲以外は、あまり演奏されない曲である。だがこの 2曲を堂々たる暗譜で指揮したヴィトの演奏によって、これらの曲の魅力は大全開であった。

最初の曲の作曲者、モニューシュコは、ポーランドの国民楽派を起こした存在で、母国ではショパンと並び称されているとのこと。今回舞台に現れたヴィトが、聴衆の拍手が鳴りやまないうちに振り返りざま指揮棒を振り下ろし、見事な音響が勢いよく流れ出したのを目撃して、以前 FM で耳にした、カルロス・クライバーがウィーン・フィルを指揮した「英雄の生涯」を思い出したものだ。とにかく音の広がりが素晴らしく、新日本フィルも技術的に完璧な演奏を繰り広げたのである。私も初めて聴く曲であったが、大変にドラマティックな曲で、聴きごたえ充分。ヴィトはワルシャワ・フィルとともにこの作曲家のバレエ音楽集と序曲集をナクソス・レーベルに録音している。この機会に聴いてみようと思う。これがモニューシュコの肖像。
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次にショパンのコンチェルトを弾いたのは、これもやはりポーランド人のクシシュトフ・ヤブウォンスキ。1965年生まれだから私と同い年。1985年、第 11回ショパン・コンクール 3位であるが、面白いのはこの時の入賞者の顔ぶれだ。1位 スタニスラフ・ブーニン、2位 マルク・ラフォレ、4位 小山実稚恵、5位 ジャン・マルク・ルイサダ。今日でも活躍している人たちが多いのである。
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彼が弾いたショパンの協奏曲は何が素晴らしかったかというと、この作曲者若書きのロマン溢れる名作を、いささかの感傷性もなく、完璧なタッチで弾き切ったことである。この曲の冒頭はオーケストラによる序奏が長くて、ピアニストが集中力を維持するのは大変であると思うが、いざピアノが登場となると、叩きつけるように激しく音楽を奏でるピアニストが多い。だが今回のヤブウォンスキは、むしろ切ないようなきれいな音で始めたのである。そして千変万化のその音色は、曲本来の持ち味を充分に出し切っていたと思う。静謐な第 2楽章も、やはりロマン的な情緒を抑えつつ、非常にピュアな音に終始した。それでいて、最初の長い節回しが終わって次に進む箇所では、音の質量が明らかに増していて、その巧みな音響設計に魅了された。第 3楽章では笑みを浮かべ、走りすぎることなく一定のテンポを守りつつ、自由な音を奏でていた。アンコールももちろんショパンで、ワルツ第 2番とノクターン第 20番。後者はあの名作映画「戦場のピアニスト」で使われていた曲だ。ここでもヤブウォンスキのピアノは淡々としながら情感あふれる、瞠目すべきものであった。私は何度かワルシャワを訪れたことがあるが、彼の心臓が埋め込まれている教会で、その激しくも短い人生に思いを致したものであった。その真実の姿は、力任せでもなく耽溺することもない演奏により、ここ東京で明らかにされたと考えたい。これはドラクロワ描くところの 28歳のショパン。
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そしてメインのシマノフスキ 2番。この作曲者の作品としてなじみがあるのは、2曲のヴァイオリン協奏曲や、ヴァイオリンとピアノのための「神話」である。交響曲もそれなりに聴いたことはあるが、この 2番を生演奏で聴くのは初めてだ。この曲は、ハンガリーの名指揮者アンタル・ドラティが晩年にデトロイト交響楽団と行った一連の優れた録音のひとつ (第 3番「夜の歌」とのカップリング) であるので、今回久しぶりにその CD を引っ張り出して予習して行った。2楽章からなる 35分くらいの曲で、今回のプログラムでは「ワーグナーを思わせる」とあるが、私の印象ではむしろロシアのスクリャービンに似ていると思う。このスクリャービンはシマノフスキの 10歳上、1872年生まれ。後年神秘主義にはまって行くが、初期のピアノ曲など聴いていると、まるでショパンのようである。ショパンの音楽から影響を受けたスクリャービンが、ポーランドの作曲家としてその後輩にあたるシマノフスキに影響を与えたとすると、大変面白いことである。ともあれ今回のヴィトと新日本フィルの演奏は、やはり技術的な課題はすべてクリアした名演であり、ウネウネと続く曲想を抉り出すように暗譜で指揮したヴィトは、まるで手の先から光線が出ているようにすら思われた。こんな演奏はそう滅多に聴けるものではないだろう。ダンディな作曲者シマノフスキも、自分の音楽が極東の地でこれだけクリアな音で鳴っているのを聴くと、満足するのではないか。
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そんなわけで、これから指揮者として真の円熟を迎えるであろうアントニ・ヴィトの音楽を、また早く東京で聴きたいものである。今日の東京は、このように地平線から雲がモクモク沸いてくるような不思議な天気であったが、ポーランド音楽の神髄を聴いた後では、こんな風景に神秘性を感じるのを抑えることはできなかった。まぁでも、電線が汚いなぁ (笑)。
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by yokohama7474 | 2017-02-26 01:21 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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しばらく出張に出ていたので、井上道義と大阪フィルによる東京公演 (ショスタコーヴィチの 11番・12番!!) を聴けなかったし、パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 響による横浜公演 (マーラー 6番!!) も聴き逃してしまった。また、政府の方針によって始まったプレミアム・フライデーなるものの初回も経験できなかった。だが、出張の行先はロンドン。空いている夜があれば積極的に文化イヴェントを狙いに行くことが可能な大都市である。というわけで、なんとか見に行くことができた公演がこれ。イタリアの作曲家フレンチェスコ・チレア (1866 - 1950) によるオペラ「アドリアーナ・ルクヴルール」である。このオペラ、もちろん無名作品というわけでは全然なく、むしろ音楽ファンにはよく知られた作品と言ってもよいのだが、一般の人には恐らく全く知られていないし、何より私自身も、生で見るのは確か今回が初めてである。アリア「私は芸術のしもべ」(この曲の邦題にはいくつものヴァイエーションがあって、定着したものはないようだが) は知っているが、これがフランスの女優を主人公にした物語ということや、作曲者チレアの作品としてはほぼ唯一今日でも上演される機会に恵まれる作品であるということ以上のイメージはなかった。確か日本では、1970年代のイタリア歌劇団の来日公演の演目としても含まれていたはずと思い、調べてみると、1976年、カバリエ、コッソット、カレーラスという豪華メンバーで上演されていて、これが日本初演であったようだ。ほかには 1993年にボローニャ歌劇場の来日公演で、フレーニ、またもやコッソット、そしてP・ドヴォルスキーという顔ぶれでも上演されている。だが、来日する歌劇場の演目としてはそれほどポピュラーなものではないことは確かであろう。

作曲者チレアは、「道化師」のレオンカヴァッロより 9歳下、プッチーニより 8歳下、「カヴァレリア・ルスティカーナ」のマスカーニより 3歳下、「アンドレア・シェニエ」のジョルダーノより 1歳上。ヴェルディ以降のイタリア・オペラの主要な作曲家はこの世代、1850 - 60年代生まれに固まっているわけであるが、多くの作品が今も演奏されるのはただひとりプッチーニだけであって、ほかの作曲家は、上に記したそれぞれ 1作ずつによって歴史に名を留めているに等しい状況である。その意味ではこのチレアも、この「アドリアーナ・ルクヴルール」1作によってその名を残していると言って過言ではないだろう (ほかには、カレーラスがアリアを歌うことのある「アルルの女」という作品もあるが、全曲はほとんど演奏されない)。調べてみるとこのチレア、1950年まで生きたにもかかわらず、最後のオペラ作品は、この「アドリアーナ・ルクヴルール」の次の作品で、トスカニーニが 1907年に初演した「グローリア」という作品であり、現存するオペラ作品はたったの 5つ。寡作家であったのである。
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この「アドリアーナ・ルクヴルール」は 1902年に初演された作品で、伝統的なオペラの優美さとは異なる、激しい人々の生きざまを描くヴェリズモ・オペラに近い作品と位置付けられる。ただ、流れる音楽を聴いていて連想するのは、ほかのヴェリズモ・オペラというよりは、フランスのマスネの作品ではないだろうか。多彩な旋律美がここにはあって、退廃的とは言わないまでも、美麗ではある。フランスに実在した女優アドリエンヌ・ルクヴルール (1694 - 1730、オペラではイタリア語の発音で、ファーストネームがアドリアーナになる) をモデルにしており、オペラの設定通り、ザクセン伯モーリッツ (オペラではやはりイタリア語でマウリツィオ) という人と恋に落ち、ブイヨン公爵夫人に毒殺されたという説が本当にあるらしい。大変興味深いことに、このオペラの主要登場人物 3名にはいずれも生前に描かれた肖像画がある。つまり、いずれも当時から有名な (まあ、ルクヴルール以外は貴族だからある意味当然かもしれないが) 人たちだったのである。そのような人物が実名で登場するオペラは、あまりないのではないか。以下、順にアドリエンヌ・ルクヴルール、ザクセン伯モーリッツ、ブイヨン公爵夫人。
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そしてこのオペラの初演時のポスターはこれだ。この時代の雰囲気がよく出ている。モダニズムの香り。
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このように、17世紀フランス絶対王政期の宮廷での確執を、20世紀初頭のイタリアにおけるドラマ的感性で美麗に描いたオペラということになる。ラストで女性の主人公が死んで行くという点では、「椿姫」や「ボエーム」と同じだが、ひとつ大きく異なる点は、主人公が病気ではなく (あるいは「蝶々夫人」や「トスカ」のような自殺でもなく) 殺害されるということだ。その場には犯人は登場せず、通常のオペラにはあまり例のない終わり方なのであるが、不思議とカタルシスが不足する感覚はない。それはやはり音楽がよく書けているからではないか。脇役も多くて、多少ストーリーが無用に込み入っている感はあるものの、やはりなかなかの名作であると思う。

今回ロイヤル・オペラで鑑賞したものと同じプロダクションが、既に映像作品として市場に出ている。2010年の収録で、主演はルーマニア出身の名ソプラノ、アンジェラ・ゲオルギュー (私と誕生日が数週間違い)。共演はヨナス・カウフマンとオリガ・ボロディナで、指揮は英国人マーク・エルダーである。
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今回はその再演ということで 7回上演があるが、そのうち 5回が同じゲオルギューで、残りの 2回は、今回ロイヤル・オペラ・デビューとなったアルメニア人の若い歌手。その名は、Hrachuhī Bassēnz。うーん、上についているチョンのかたちが正しいのか否かもよく分からないが (笑)、フラシュヒ・バセンスとでも読むのであろうか。YouTube には彼女の歌う映像が幾つか見つかるが、名前の発音までは分かりません (笑)。ともあれ、その若い歌手が出演する上演を鑑賞することとなった。
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対するザクセン伯マウリツィオは、米国人の Brian Jagde。この姓の発音は、「ジャッジ」でよいのであろうか。彼は既にピンカートン役でロイヤル・オペラにはデビューしているようだが、やはり若い歌手。
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そしてブイヨン公爵夫人は、ウズベキスタン出身の Ksenia Dudnikova。うーん、これはクセニア・ダドニコワと発音するのでしょうか。彼女も今回がロイヤル・オペラ・デビュー。
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このようにフレッシュな面々が顔を揃える公演であり、まさに欧州の最前線で活躍する歌手たちを聴くには絶好の機会であった。結果的にはこの 3人、それぞれに優れた歌唱であったとは言えると思うが、ひとつには、ルクヴルール役は有名なアリア以外には意外と低い声で歌う部分が多く、あまり華麗な響き方にはならない。主役の華麗さはあまり出てこない点、このオペラがヴェリズモ的と言われるゆえんであろうか。マウリツィオ役は、舞台映えが今ひとつ。ブイヨン公爵夫人役は、強い声の持ち主であり、この 3人の中では最も印象に残った。そして今回指揮を取ったのは、イスラエル出身のダニエル・オーレン。1955年生まれなので、既に今年 62歳になる。オーレンの指揮は大変丁寧で、好感の持てるものではあったが、いかんせん、このオペラハウスのオーケストラは (以前も書いたが)、残念ながらやはり力不足。
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演出のデイヴィッド・マクヴィカーはスコットランド出身で、現在世界各地で活躍中。東京の新国立劇場でも、2010年から 2011年にかけて上演された、大野和士が渾身の指揮を聴かせた「トリスタンとイゾルデ」を手掛けている。決して奇をてらうことのないオーソドックスな演出であるが、4幕からなるこのオペラの各幕で共通して登場する建物の構造は、ルクヴルールの栄光と軌を一にするように、舞台の裏になったり表になったり、あるいは骨組みだけになったりするのである。
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さてここでいくつか、この公演に関連するトリヴィアを披露しよう。まず、主役のバセンスがアルメニア出身であることは上に書いたが、同国の首都はエレヴァン。私はその都市に出張で行ったことがあるのだが (日本人でここに出張する人は珍しいだろう 笑)、プログラムに掲載されているこのバセンスの経歴を見てみると、彼女が卒業した学校はコミタス (Komitas) 音楽院とある。また彼女は、アルメニア政府からコミタス・メダルを授与されたとある。コミタス・・・。おぉっ、その人物を主人公とした映画を私は見たことがある。1869年生まれ (つまりチレアと同世代の人)、1935年没。修道士であり作曲家であったアルメニア音楽の父と呼ばれる人。彼を描いた映画、その名もずばり「コミタス」は、1949年アゼルバイジャン生まれの映画監督、ドン・アスカリアンの 1988年の作品。彼のもうひとつの作品「アヴェティック」(1992年) も私は見ているが、いずれもタルコフスキーとの共通性を感じさせる神秘的な映画。だがこの「コミタス」、このような手作り感満載のプログラムしか作られなかったのである。
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それから、この「アドリアーナ・ルクヴルール」に登場するザクセン伯マウリツィオのモデルである実在のザクセン伯モーリスは、ポーランド王の息子。そしてこの人の曾孫が、あの有名なジョルジュ・サンドなのである。この後に記事を書く予定だが、今日聴いた新日本フィルのポーランド・プログラムでショパンとその恋人ジョルジュ・サンドに思いを馳せたばかり。ポーランドの生んだ最大の文化人であるショパンの恋人の祖先が、ポーランド王の子孫であったとは。うーん、歴史の綾って面白い。これがジョルジュ・サンドの肖像。
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最後のネタは、このオペラの中でルクヴルールがその台詞を語る、ラシーヌの悲劇「フェードル」である。この演劇の初演は失敗であったようだが、それは一世代上のフランスの悲劇作家、コルネイユの後援者の画策によるものであったらしい。そしてその後援者とはほかでもない、このオペラでルクヴルールの敵役であるブイヨン公爵夫人なのである!! これはラシーヌの肖像画。
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そんなわけで、絶対王政時代のフランスの豊かな文化と、現代において多くのオペラ歌手を輩出しているロシア・CIS 地域の豊穣さがミックスした、得難いオペラ体験となったのである。

by yokohama7474 | 2017-02-25 23:44 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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金沢は私のお気に入りの街のひとつで、これまで何度も訪れている。加賀百万石前田家の城下町で、街には独特の気品がある。兼六園はもちろん素晴らしいし、地方の美術館としては異例の人気を誇る 21世紀美術館も大いに見る価値ありだ。また、泉鏡花と室生犀星というおよそ対照的な作家を輩出し、鈴木大拙と西田幾多郎という日本有数の思想家たちが同級生として勉強した街。これだけ文化の香り高い街に本拠を置くこのオーケストラ・アンサンブル金沢 (OEK) は、1988年に岩城宏之を音楽監督に迎えて活動を開始した室内管弦楽団である。当初より名門レーベル、ドイツ・グラモフォンと契約するなど、その能力は高く評価されてきた (現在では自らのレーベルを持ち、良心的な価格で数々の面白い録音を世に問うている)。この文化都市にこのユニークなオケが存在している意味は、限りなく大きい。また、いわゆる室内管弦楽団の活動にありがちな古典派のレパートリー偏重ではなく、コンポーザー・イン・レジデンスと称する制度があり、常に現代の作曲家に活動の機会を与えていることも特筆される。すなわち、古典から現代音楽までを広くカバーするのみならず、新たな音楽を作り出す意欲を持った、高水準の楽団なのである。今回私が東京から日帰りで聴きに行ったこの演奏会など、まさにこのオケらしい意欲的な試みとして評価できるし、ともすれば東京だけが文化・経済の中心になりがちなこの国において、改めてこのオケの存在価値を実感することができる機会となった。実のところ、以前鈴木大拙の「日本的霊性」についての記事を書いた際、「近く金沢に行って、この鈴木大拙と、西田幾多郎の記念館に行きたい」と述べたが、種明かしをするとそれは、この演奏会のチケットをその時既に買っていたからである。だが、安藤忠雄の設計になる西田幾多郎の記念館は街中から少し離れていて、アクセスが若干不便。レンタカーを借りようと思ったが、天気予報によると雪が降って荒れ模様とのこと。そんなわけで今回は泣く泣く、2つの記念館は諦めて、この演奏会だけに行くことにした。もっとも行ってみれば天気は穏やかで、金沢滞在時間の短縮が、ちょっと悔やまれましたが (笑)。

数年前、ラ・フォル・ジュルネ金沢をやはり日帰りで聴きに行ったときには、羽田から小松まで飛行機に乗り、そこからバスで金沢に移動した記憶がある。だが今や北陸新幹線はこの金沢まで開通しており、2時間半も乗れば着いてしまうのだ。新幹線「かがやき」に乗ると、東京を出ると大宮、長野、富山にだけ停まって、そして終点金沢だ。これは便利である。車窓から外を見ると、なんと埼玉県から富士山がかなりきれいに見える。
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もちろん新幹線に乗って行くうちに、長野県に入るとこんな景色になるのであるが (笑)。
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そして到着した金沢駅はこのようなモダンな装い。人が多くて大変に賑わっている。
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今回の演奏会の会場であり、OEK の本拠地である石川県立音楽堂は、この金沢駅に文字通り隣接。徒歩 1分である。これは交通至便と言ってよいだろう。現在の音楽監督、井上道義の顔をあしらった大きな宣伝が掲げられている。
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演奏に先立って、音楽ジャーナリストの潮 博恵 (うしお ひろえ) が舞台に登場して解説を行った。この方、私は存じ上げなかったのだが、1990年に当時のさくら銀行 (現三井住友銀行) に入行し、総合職として 10年間、法人向け融資・為替業務を行っていたという。銀行退職後には法律の勉強をして行政書士となり、現在でもご主人とともに合同会社うしお事務所という事務所で経営コンサルタント業務を手掛けておられるらしい。その一方、もともと大学では音楽学を専攻しており、国内外のオーケストラ、オペラ、音楽祭などの運営の実態を研究してきたとのことで、2012年にはマイケル・ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団についての著作を発表。それがきっかけで OEK を取材することとなり、その成果はやはり著作として世に問うておられる。私は常々、クラシック音楽というものが閉ざされた一部マニアのためのものではなく、実社会とのつながりの中でこそ生きてくると考えているので、今回知った潮さんの活動を大変興味深く感じている。尚、この日の解説の中で言及されたことには、今回の演奏会は、「世界における我が国オーケストラのポジション」という、文化庁による事業の一環として、国外からも評論家を招いてその演奏を鑑賞してもらい、2/21 (火) には大阪でシンポジウムが開かれる (既に終わってしまったが) とのこと。日本オーケストラ連盟のサイトで関連情報を見ることができるが、米・英・墺・仏・そして日本の評論家が 5つの楽団のコンサートを鑑賞したらしい。それは、① ヤルヴィ指揮 NHK 響、② 秋山和慶指揮 広島響、③ リュウ・シャオチャ指揮 九州響、④ 井上道義指揮 大阪フィル、⑤ このマルク・ミンコフスキ指揮 OEK の 5つである。このような文化庁の事業も不勉強にしてこれまで知らなかったが、近年進境著しい日本のオケの現状を国外にも知らしめるための手段として、非常に有効であると思う。本当はこのブログなども、英語で書けば海外発信できるのであるが・・・。

ともあれ、前置きが長くなったが、演奏である。2015年12月16日の記事で、東京都響を指揮したその演奏を大絶賛した指揮者、マルク・ミンコフスキ (1962年生まれのフランス人) に対する大きな期待があったからこそ、私はこの演奏会をわざわざ金沢まで聴きに行ったのだ。そしてその期待は、充分満たされたのである。現在この OEK のゲスト・プリンシパル・コンダクターの地位にあるミンコフスキ。
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もともとバロックを中心とした古楽の分野で名を挙げた人であるので、このようなロッシーニの歌劇には適性があると思っていたが、いやその自由自在な指揮ぶりから沸き立つ本当のロッシーニの音は本当に楽しく、そう滅多に聴けるものではない。もちろん OEK の個々の奏者のレヴェルが高いということも大きな成功要因であると思うが、ミンコフスキが何か魔術的な手腕で、全体の流れをぎゅっと決めてしまったような響き方であった。その上で、個々の場面での細かいニュアンスが見事に表現された。すなわちオーケストラパートは、この軽妙なロッシーニのオペラ・ブッファの演奏として、まず完璧と言ってよいほどの出来であった。

歌手陣は、世界の歌劇場に出演経験を持つ伸び盛りの若手歌手たちが中心で、国際的な顔ぶれだ。アルマヴィーヴァ伯爵は米国のデイヴィッド・ポーティロ。ロジーナはイタリアのレセーナ・マルフィ。フィガロはポーランドのアンジェイ・フィロンチク。バルトロはイタリアのカルロ・レポーレ。このうち圧巻であったのはバルトロ役のレポーレで、調べてみると昨年のリッカルド・ムーティ指揮のウィーン国立歌劇場来日公演の「フィガロの結婚」でやはりバルトロ役を演じていた。因みに「フィガロの結婚」はこの「セヴィリアの理髪師」の後日譚にあたる物語で、主要登場人物は同じであるが (ここで誠実にロジーナを口説く青年である伯爵は、後年やはり誠実に (?)、今度は配下の女性でフィガロの妻となるスザンナを口説くのである 笑)、このバルトロ (とバジーリオ) は、2作に同じ名前で登場し、その性格設定は似ているが、同一人物とするにはちょっと無理がある。だが、堂々たる声で笑いを取らなくてはならない、なかなかの難役という意味では 2作に共通する。今回のレポーレの歌唱は見事であった。それ以外の歌手たちもそれぞれ役柄に必要とされる個性を備えていて、聴きごたえは充分。ただフィガロ役のフィロンチクは、もっと声量があればよかったと思う。その他、バジーリオを歌ったやはり若い後藤春馬をはじめ、日本人歌手たちも大健闘。また、東京藝大出身者を中心にこの日のために結成された合唱団も (作品自体に合唱の見せ場がさほどあるわけではないが) 万全の出来であった。
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それから、演奏会形式とはいえ、細かい演技もそれなりにつけられていたが、演出は 1960年生まれのイヴァン・アレクサンダーという演出家の手になるもの。
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フランス人であり、その活動は主として母国であるので、ミンコフスキとは旧知の仲であるのだろうか。ジャーナリストでもあるらしく、ということは知性派であろうから、何か奇抜なことをするかもしれないと思ったが、演奏会形式という制限もあってか、作品の邪魔をするような過剰な演出は周到に避けられていた。舞台の奥 (オケの後ろ) や客席まで活用した、動きの多い演奏会であったとは言えるかもしれない。
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そんなわけで私は今、今後の OEK の演奏会と合わせて、いずれ金沢を再訪し、今度こそ鈴木大拙・西田幾多郎の両記念館に出かけることを画策し始めている。また、ミンコフスキのコンサートであれば曲目を問わず聴く価値ありと再認識したので、7月に都響を振りに来る (メインはブルックナー 3番) のを聴き逃さないようにしないと、と気を引き締めているところであります。それから、日本のオケの真価を世界に知らしめる活動には、今後にも期待したい。海外から日本のオケを聴くためのツアーがどっとやって来るような事態になると、チケット確保の観点からはちょっと困りますがね。ま、現時点では考えすぎかもしれないが、それだけの価値はあると思いますよ、実際。

by yokohama7474 | 2017-02-25 01:15 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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東京フィルハーモニー交響楽団 (通称「東フィル」) が、首席指揮者であり世界的にも有望なイタリアの若手指揮者、1987年生まれのアンドレア・バッティストーニの指揮で演奏したのは、ジュゼッペ・ヴェルディの「レクイエム (死者のためのミサ曲)」である。これを聴かずしてなんとしよう。ただ会場が若干珍しくて、新宿文化センターなのである。このホールにはかなり以前、小澤征爾指揮新日本フィルによるマーラーの 7番のコンサートを聴きに来たことは覚えているが、実際に足を運ぶのはそれ以来なのではないだろうか。因みにそのコンサートは、手元にプログラムを引っ張り出してきて確認したところ、1988年のこと。今回の指揮者バッティストーニが未だ 1歳の赤ん坊であった頃だ (笑)。堀口大井という人 (定期会員と書いてあるが、一般の人だったのだろうか) によるメチャクチャ詳細な曲目解説が、実に 11ページに亘って掲載されていたのも懐かしい。これが新宿文化センター。ホールとしては決して悪い音響ではないし、オルガンもある立派なホールだ。
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私はこの会場に辿り着くまで、このホールの選択はひとえに、サントリーホールが改修中であることが原因とばかり思っていた。ところがそうではなくて、このコンサートは、新宿区成立 70周年を記念するものなのである。そのひとつの象徴が合唱団で、新宿文化センター合唱団という名称を持つが、それはほかでもない、今回の公演のために一般公募によって結成された 270名の合唱団。昨年 7月から練習を重ねてきたという (合唱指導は山神健志)。なるほど道理で、合唱団メンバーの家族友人知人の皆さんが客席に多くいたわけで、メンバーが入って来たときに舞台に向かって手を振る人もいたし、私の周りでも、「あ、いたいた、右から○人目」などと言っている人もいた。おかげでチケットは完売御礼。そして、舞台に居並ぶオケと合唱団、そして独唱者はすべて日本人で、指揮者のバッティストーニのみが外国人という事態にあいなった。開演前に会場アナウンスで、新宿区長も鑑賞に訪れていることが告げられ、スポットライトが当てられて区長の紹介がされたが、スピーチの類はなく、すぐに演奏に入って行ったのは一見識であった。ちなみに、このような記念の機会には、通常はもう少し祝典的な曲 (典型例はベートーヴェンの第 9番であろう) が選ばれるのが普通であり、死者のためのミサ曲とは一見ふさわしくないようだが、後で述べるように、この曲に刻まれているのは、あらゆる人間の生と死のドラマなのである。都内でも有数の活発な人の動きを持つ新宿区にて、過去にここに生きた人、そして今生きている人、これから生きて行く人、すべての人のドラマが一般市民による合唱団によって歌い上げられるのだと思うと、大変意義深い演奏会なのである。

私はバッティストーニの才能を極めて高く評価する者であるが、過去にこのブログでも何度か採り上げた通り、すべての演奏を大絶賛というわけでもない。だが今回は、結論から先に言ってしまうと、大変に感動的なコンサートとなり、この曲の偉大さ、ひいては (月並みな表現だが) 音楽の素晴らしさをつくづく実感することとなった。そもそもこのヴェルディのレクイエムは、クラシック好きの人にとってはもちろんよく知る曲であろうが、このブログはクラシックに造詣のない方にも読んでもらいたいと思って書いている。その私は、ここで強く主張しよう。もしあなたがこの曲を知らないとすると、それは人生にとっての大きな損失。是非是非、いかなる手段でもよいからこの曲を聴き、何度も鑑賞を繰り返し、その偉大さを心の深いところで享受して欲しい。西洋音楽の頂点のひとつであるから。これが偉大なるオペラ作曲家、ジュゼッペ・ヴェルディの肖像。
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と書いてはいるが、この曲の冒頭の神秘性は、録音では決して真価が分からない。墓の底から湧き上がるようなかすかな低弦、そしてピアニッシモによる呟きのような合唱。こうして書いているだけでも、ゾクゾクしてきてしまうのである (笑)。今回の演奏でも、この冒頭の弱音はことさらに神秘的であり、この日の演奏を生で聴いた人だけが実感できた金縛りの瞬間と言えるだろう。そしてこの演奏においては、バッティストーニの指導力云々よりもむしろ、オケ、独唱、合唱すべての人々がこの上ない自発性を発揮して成し遂げた充実感を感じることとなった。実に彫琢豊かな演奏で、曲の個々の部分が持つ持ち味と深みを充分に表しており、合唱団の人たち (かなり年輩の方も多く含まれていた) にとっても、きっと生涯忘れられない経験になったことだろう。独唱の 4人は、ソプラノの安藤赴美子 (つい先頃まで新国立劇場で、名匠フィリップ・オーギャン指揮のもと、「蝶々夫人」の主役を歌っていた)、メゾソプラノの山下牧子 (深い声で常に安定感を示した。彼女も新国立劇場の「蝶々夫人」でスズキを歌っていたのである)、テノールの村上敏明 (予定された歌手がインフルエンザにかかり、急遽代役で登場したにもかかわらず、実に美しい高音を聴かせた)、バスの妻屋秀和 (いつもの通りの強い表現力)。いずれも素晴らしい出来であったが、中でもソプラノの安藤は、最終曲「リベラ・メ」の冒頭のソロでは、ついに楽譜を持つ片手を離して、体を屈しながら、深い感情を込めた歌唱を聴かせた。そうなのだ、この曲は古今のレクイエムの中でも最もドラマティックでありオペラティックな曲。人間のドラマこそが曲の命であり、感情の赴くままに自由なテンポ設定をする指揮者にオケも食らいついて行き、なんとも生々しい人生のドラマが展開した。繰り返しだが、これは全員の勝利であり、現代の東京で実現できる音楽の水準の高さを示すものであったろう。主演後のバッティストーニも、実に嬉しそうにしていた。
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今回バッティストーニと東フィルによるほかの演奏会に心当たりがなかったので、帰宅してから調べると、この「レクイエム」と、翌日に静岡県磐田市で演奏会を開くのみ。たった 2回の演奏会のためだけに来日したのだろうか。彼はまた 3月に東フィルの指揮台に戻ってくるが、イタリア指揮界若手三羽烏のひとりとされる人であるから、世界が彼を待っているはず。日本に長く滞在する可能性は低いのではないか。実は演奏中にふと気づいたことには、やはりこの三羽烏の一人とされるダニエーレ・ルスティオーニも、ちょうど今来日中のはず。二期会の「トスカ」と、それから東京都交響楽団とのコンサートもあるはず。残念ながら今回私はいずれにも足を運ぶことはできないが、昨年 6月の東京交響楽団との演奏会を記事として採り上げた。
http://culturemk.exblog.jp/24489238/

ちょうど同じ時期にイタリア三羽烏のうち二人までが東京に滞在しているとは、東京はやはりなかなかだと思っていたのであるが、実は、この演奏会終了時、充足した思いで会場を出ようと通路を出口方面に歩いていると、客席に白人がいるのが見えた。・・・な、なんとそれは、そのルスティオーニその人ではないか!! 一瞬ジロジロ見てしまったが、自分でも驚いたことに、考える間もなく彼に話しかけてしまったのである。
 私「マエストロ・ルスティオーニですか?」
 彼「(ちょっと戸惑って) は、はい」
 私「今日はどうでしたか。彼はあなたのライバルですよね?」
 彼「(やや気色ばんで) ライバルじゃない。同僚です!!」
 私「(丁重にお辞儀して) そうですか。では、『トスカ』がんばって下さい」
 彼 (無言で笑ってうなずく)

その後楽屋に向かう風情であり、そんなところで一般人からあれこれ言われたくないのはよく分かるので、自分の無遠慮さを申し訳なく思ったが、実は、後で調べて分かったことには、彼はこの日 14時から東京文化会館で二期会の「トスカ」を指揮していたのである!! このバッティスティーニのコンサートは 18時からであったから、ルスティオーニは、オペラを振ったあとすぐに上野から新宿に移動したに違いない。やはり二人は親しい友人なのであろう。すると、バッティスティーニも二期会の「トスカ」を見たのかもしれない。これがルスティオーニ。バッティストーニよりも 4歳年上である。
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ところで今回のプログラムに、バッティストーニの以下のような言葉が掲載されている。

QUOTE
ヴェルディの「レクイエム」には、イタリア人と神との関係が反映されています。イタリア人の「祈り」は、とても個人的なものなのです。自分と「神」との対話。私は神にこう尋ねる、とか、私はこのようなことが起こらないように願う、とか。だからこの「レクイエム」は、とても個人的で、人間的な作品なのです。
UNQUOTE

なるほどよく分かる。では今回、ひとりのイタリア人のもと、何百人もの日本人が成し遂げた演奏を、バッティストーニは、そして「同僚」のルスティオーニは、どのように感じたであろうか。そして、今後の音楽界を担うイタリア三羽烏のうちの二人までが集う、新宿文化センター。なんとも素晴らしい出来事ではありませんか!!二人して新宿界隈に飲みに行ったのでしょうかね (笑)。

by yokohama7474 | 2017-02-19 01:55 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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今月の NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の指揮台に立つのは、首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィ。このブログでは再三ご紹介している通り、エストニア出身で、今や世界の指揮界で引っ張りだこの名指揮者。先週末に続いて私が今回聴くことができたのは以下のプログラム。
 シベリウス : ヴァイオリン協奏曲二短調作品 47 (ヴァイオリン : 諏訪内晶子)
 ショスタコーヴィチ : 交響曲第 10番ホ短調作品 93

なるほど、ヤルヴィが先週採り上げたシベリウスの交響曲第 2番は 1901年の作で作品番号 43。同じ作曲家のこのヴァイオリン協奏曲はそのしばらく後、1904年の作で作品番号 47。但し現在演奏されるヴァージョンは、改訂を経て翌年 1905年に初演されたもの。この改訂初演のときのオーケストラはなんと、リヒャルト・シュトラウス指揮のベルリン・フィルである。西洋音楽史上で最も愛好されるヴァイオリン協奏曲のひとつになっている名曲だ。ソロを弾いたのは名実ともに日本を代表するヴァイオリニスト、諏訪内晶子。
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もちろんこの曲などは彼女にとっては目をつぶっていても弾ける曲なのであろうが、今回の演奏は彼女の新境地すら思わせる、大変に素晴らしいものであった。冒頭の静かな湖面の波紋を思わせる繊細な弦楽合奏のさざ波に乗って歌い出すソロ・ヴァイオリンは、強い集中力というよりも余裕を感じさせるもので、既にして諏訪内の音楽が尋常ならざる高みに達していることを思わせた。全曲を通して、完璧なテクニックが耳につくというよりは、時に音程すら危うくなるくらいの強い表現力を持って音楽を進めて行く様子に、終始圧倒されたのである。正直なところ、ひと昔前までは彼女の演奏には出来不出来がそれなりにあったように思う。だが今では、そのヴァイオリンは常に何かを語り続けるのである。我々は今後ともそれを傾聴しよう。彼女は今回も、アンコールとしておなじみのバッハの無伴奏ソナタ 2番からアンダンテを弾いたが、それはやはり確固たる自信に満ちた音楽であり、聴き手の心にストレートに響くものであった。ところで、諏訪内が音楽監督を務める「国際音楽祭 NIPPON」も今年が 5回目の開催。5月と 7月に東京と名古屋で意欲的なコンサートの数々が開かれ、最後は東日本大震災の被災地である岩手県久慈市でのチャリティコンサートで締めくくられる。きっと強い音楽で聴衆を勇気づけてくれることであろう。
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後半に演奏されたショスタコーヴィチの 10番は、1953年、スターリンの死後すぐに書かれた、この作曲家らしい屈折した難曲であるが、ここでも好調のヤルヴィと N 響のコンビが、聴きごたえ充分の演奏を展開した。改めて感じるのは、ヤルヴィの指揮の見通しのよさである。この交響曲を書いた作曲者の複雑な真意が何であるにせよ、このように個々の音楽的情景が揺るぎないクリアさをたたえた演奏によって純粋な音のドラマが立ち上がる様に立ち会うのは、なかなかに得難い体験なのである。彼は決して爆演系の指揮者ではなく、いかに音楽が熱狂しようとも、常に長い腕で冷静に音の流れを統御しているのだ。それでいて、音自体の迫力に不足することは決してない。沼の底から魑魅魍魎が浮かび上がるような冒頭から、なぜとも知れぬ熱狂が宙に舞い上がって行くエンディングまで、移り変わる情景に、人が生きる苦しみと喜びがにじみ出ている。この曲が作曲者自身を象徴する音型 (D-S-C-H) によって成り立っていることは以前から知られているし、不気味な第 3楽章が恋人を象徴しているらしいことも、もはや定説であろう。だが今回のプログラムによると、この曲は彼のいわゆる「戦争三部作」の掉尾を飾るものとして書かれたことが近年判明しているらしい。ショスタコーヴィチの戦争三部作とは、いわずとしれた交響曲第 7・8・9番であるが、このうち戦後に彼の交響曲として初めて発表された第 9番だけは、人を食ったような小規模でふざけた曲なのである。作曲者の中では、その第 9番の特殊性は充分認識されていたわけで、重厚な音が跋扈する (その一方でピッコロなどの高音の活用も大変に印象的な) この第 10番こそが、戦争三部作の 3作目であったとは、なかなか面白い。これからも新資料の発見によって評価が変わって行くであろうショスタコーヴィチ。
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今回の堂々たる演奏により、私にとってのヤルヴィと N 響は、これからも必聴のコンビであることを再確認したが、ひとつ残念なことがある。N 響は従来、3通りのプログラムによる定期演奏会のうち 1つはサントリーホールで開いているのであるが、同ホールは現在改修のために閉鎖中。このホールを本拠地とするほかのオケは、異なる会場を確保して定期演奏会を継続するのであるが、どういうわけかこの N 響だけは、サントリーホールシリーズは単に中止となり、つまりはこれから 9月定期までは、定期演奏会のプログラムは 2種類となるのである。だが今回ヤルヴィは、サントリー定期の代わりとして、ほかの会場で 2回のコンサートを開く。会場は横浜みなとみらいホール。曲目は極めて意欲的で、武満徹の弦楽のためのレクイエムと、マーラー 6番。しかも途中休憩なしに一気に演奏されるのだ。これがそのコンサートのポスター。聴きたい聴きたい!!
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だがここで問題がひとつ。横浜で平日のコンサートは東京勤務の人たちにとってはつらい。加えて、2/23 (木) は 15時開始だ。これはなかなかに厳しい。そもそも私は来週出張のため、これらのコンサートには行けないのだが、それにしてもこれは大変残念なこと。なんとかならなかったのであろうか・・・。

by yokohama7474 | 2017-02-18 23:57 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の首席指揮者、エストニア出身のパーヴォ・ヤルヴィが、今月もまた意欲的なプログラムに取り組む。この日の曲目は、ヤルヴィの出身地であるバルト海沿岸の国の音楽による大変興味深いもの。
 アルヴォ・ペルト (1935 - ) : シルエット - ギュスターヴ・エッフェルへのオマージュ (2009年作 日本初演)
 エルッキ・スヴェン・トゥール (1959 - ) : アコーディオンと管弦楽のための「プロフェシー」(2007年作 日本初演、アコーディオン : クセニア・シドロヴァ)
 シベリウス : 交響曲第 2番ニ長調作品 43

つまり、前半 2曲はエストニアの違う世代の作品を置き、いずれも日本初演。そして後半では、その埋め合わせのように (?)、シベリウスの 7曲の交響曲の中で最もポピュラーな第 2番を採り上げる。これは大変意義のあるプログラムであろう。東京の音楽シーンをリードするべきヤルヴィと N 響のコンビにふさわしい。
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まず最初のペルトであるが、彼はその静謐な音楽によるヒーリング効果により、一時期は大層もてはやされたものだ。古いキリスト教の音楽のようなティンティナブリ (鐘) 様式と言われ、ミニマル音楽のような単純さも持ち合わせている彼の音楽は、誰でも一聴して耳になじむものだ。私は 1980年代にリッカルド・シャイーが当時のベルリン放送交響楽団 (現ベルリン・ドイツ交響楽団) を指揮した「ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌」を FM で耳にして仰天。恐らくは日本にペルトの音楽が紹介された最初の機会であったのかもしれない (今でも探せばその演奏を録音したカセットテープが出てくるはず)。その後、ギドン・クレーメルとキース・ジャレットが共演した「フラトレス」を収録した ECM レーベルの CD「タブラ・ラサ / アルヴォ・ペルトの世界」を購入して何度も何度も聴いたものだ。この種の天才は、ふとこの世からいなくなってしまうことが多いが、幸いなことに彼は、81歳になった現在でも健在のようだ。
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エストニア出身のヤルヴィにとっては母国の大作曲家。当然近い関係であろうと思うのだが、今回の演奏会のプログラムを読むと、ヤルヴィが指揮をしたペルトの作品を収めた CD を作曲者が聴いて感銘を受け、ヤルヴィに電話をして、当時ヤルヴィがパリ管弦楽団の音楽監督に就任間近であったことから、そのお祝いのために作品を書きたいと申し出たらしい。その作品が、今回日本初演された「シルエット - ギュスターヴ・エッフェルへのオマージュ」である。ええっと、ヤルヴィが指揮したペルト作品の CD なら、私の手元にもある。これだ。オケはエストニア国立交響楽団。
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今回日本初演されたこの作品、演奏時間は 7分程度と短いものの、ペルトの作り出す音響が凝縮されている。昔の作品に比べると少し神秘性は減退したようにも思うが、弦楽合奏と打楽器という編成が自然を模倣するように思われ、ある意味で武満徹の音楽との共通性を感じさせる。もっとも作曲者の言によると、エッフェル塔 (もちろん、作曲当時ヤルヴィが主要な仕事場のひとつとしたパリを象徴する) の設計に存在する合理的構造とエレガンスが、音楽に通じると感じて作曲されたもの。今回の N 響の弦は実にニュアンス豊かに鳴っていて、曲の本質を明らかにする名演を成し遂げた。

2曲目は、やはりエストニアの作曲家、トゥールの作品。ヤルヴィより 3歳上の 1959年生まれ。この「プロフェシー」(予言の意) は一種のアコーディオン協奏曲であり、ここではエストニアの隣国ラトヴィアに 1988年に生まれた若手アコーディオン奏者、クセニア・シドロヴァがソロを受け持った。
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ラトヴィア (ちなみにこの国出身の音楽家は、マリス・ヤンソンス、ギドン・クレーメル、ミッシャ・マイスキーなど超一流揃いであり、首都リガの歌劇場は、一時ワーグナーが楽長を務めていたことでも知られる) ではアコーディオンは冠婚葬祭に欠かせない身近な楽器であるらしい。確かに彼女の演奏を聴いていると、あたかも体の一部分のような自然な鳴り方をしていて、これはなかなかに得難い才能であることは明らかだ。今回日本初演されたトゥールの「プロフェシー」は、続けて演奏される 4楽章からなり、音楽は難解ではないものの、光と影の交錯に若干戸惑う人もいるかもしれない。冒頭はあたかもリゲティ、特に「2001年宇宙の旅」に使われた「アトモスフェール」のような雰囲気だ。なかなかに深い内容の曲であり、印象に残る熱演であった。そしてシドロヴァが弾いたアンコールは、キューバの作曲家エルネスト・レオクーナ (1896 - 1963) の「マラゲーニャ」という曲。この題名は、スペインのマラガ地方の舞曲を指すらしい。マラガは私も訪れたことがあるが、あのピカソの出身地である。この曲はポピュラーソングのようなタンゴのような、またバロック音楽のような面白い曲。N 響の定期演奏会でこのような刺激的な曲が聴けることは大変に嬉しいことだ。

後半に演奏されたシベリウス 2番も、実に瞠目すべき名演であった。N 響はパーヴォの父でやはり名指揮者のネーメ・ヤルヴィの指揮で 2014年 4月にこの曲を演奏しており、記憶の中に息づいているその演奏は、終楽章で音が爆裂的に鳴り響く凄演であったが、パーヴォの指揮はより端正で知的である。いつもの通りその長い腕を駆使した見通しのよい演奏であったが、今回改めて思ったことには、音が強く鳴り響く箇所ではオケの力を解き放ちつつ、一転して沈黙に入ると極めてスムーズにその次元に移行する。そしてまたギアを入れ換えて次のクライマッスクに突進する。この曲の終楽章は延々と続く坂道のようにできていて、途中で息切れする演奏にも出会うことがあるが、ヤルヴィの巧みなドライヴによって、若きシベリウスの情熱がストレートに立ち昇ることとなった。N 響は指揮によく反応していて、このコンビが今後向かうであろうさらなる高みを予感させるもの。このような音楽を聴けるなら、やはり N 響は日本一のオケである。

パーヴォ・ヤルヴィの名前は、フィンランドの名指揮者パーヴォ・ベルグルンド (1929 - 2012) に因んでつけられたものらしい。私は彼の実演に接することはできなかったが、左手で指揮をするという特徴もさることながら、3度に亘るシベリウス全集という素晴らしい成果を残したことで歴史に名をとどめた。私は彼とヘルシンキ・フィルによるシベリウス全集でこの作曲家に親しんだので、ベルグルンドには特別な思い入れがある。日本でこれからさらなる活動を展開してくれるであろうもうひとりのパーヴォも、幅広いレパートリーの中で、今後シベリウスを積極的に採り上げて行って欲しいと思う。その創作活動には謎めいた部分のあるシベリウス。整理された音響による新たな発見を期待したい。作曲者もきっと楽しみにしていることだろう。
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by yokohama7474 | 2017-02-12 23:54 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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このところ、東京はちょっとしたカルメン・ブームなのである。昨年 12月にはシャルル・デュトワ指揮の NHK 交響楽団が演奏会形式で採り上げたし、先月は新国立劇場で上演され、今月はこの藤原歌劇団の公演、そして来月は小澤征爾音楽塾の公演と、なんと 4か月連続で異なる上演がなされるほど、この「カルメン」が大人気なのである。その理由についてもっともらしく、女性の自由を求めるカルメンの生き方が人々の共感を呼んでいるからだとか、世界の右傾化による不安を情熱的な音楽で払拭したいという思いが蔓延しているだとか、まぁこじつけてもよいのだが、私の考えは単純。「カルメン」はそれだけ人気のあるオペラであり、重なるときはこんなもの、というだけだ。こんないい加減なことを言うと、評論家の先生方から怒られますかね (笑)。

ジョルジュ・ビゼー (1838 - 1875) が作曲したこの歌劇「カルメン」は、メリメの小説を原作とするフランス・オペラの代表作であり、古今東西のオペラの中でも屈指の人気作。どのくらい人気かというと、21世紀の極東の国で、4月連続で別々のメンバーで演奏されるくらい人気なのである (笑)。かく申す私も、このオペラは大好きであり、カルメンの紋切り型の妖艶さ、闘牛士エスカミーリョの尊大さ、ドン・ホセの情けなさ、ミカエラの消極性などに、見ていてイライラする瞬間も多々ありながら、何より管弦額曲としてよく知られる名曲を沢山含んでいる上、音楽自体が心理描写に長けているので、聴く度にやはり素晴らしい作品だなと納得するのである。例えば有名な威勢の良い前奏曲のあと、暗い運命のモチーフが現れるところや、第 1幕でカルメンがドン・ホセを誘惑して「ハバネラ」を歌い、合唱が茶化したあとの唐突な弦のドラマティックな調べ、終幕で、ホセによるカルメンの殺害を予告するような、闘牛場の喧騒がグニャッと折れ曲がる音楽、これらはいずれも天才のわざとしか言いようがない。実は作曲者ビゼーは、この作品の初演からわずか 3ヶ月後、36歳の若さで世を去っている。天才が心血を注いで書いた傑作、それがこの「カルメン」なのである。
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私がこの公演を見ようと決めたのは、もちろん指揮者が山田和樹であるからであった。このブログでも何度も彼の公演を採り上げて絶賛してきている、今年 38歳の若手指揮者。これまでオペラを指揮したことがあるのか否か知らなかったが、どうやらこれがオペラ・デビューであるようだ。なるほど、この素晴らしい指揮者の初オペラを体験できるとは、なんともラッキーなこと。
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ところでこの作品の上演方式には二種類あって、ひとつはオリジナル通り、いわゆるオペラ・コミック、つまり音楽の間にセリフの入る方法。もうひとつは、ビゼーの死後、友人のギローという作曲家が語りの部分をレチタティーヴォ (朗唱と訳される、音楽つきの語りのようなもの) に仕立てた版に基づく方法だ。原点ばやりの最近は前者の機会が多いように思うが、なにせセリフがフランス語であるから歌手には負担が大きいし、芝居の間は音楽が停まってしまうので、後者による上演の方がスムーズに進行するケースがある。特に今回の演奏の顕著な特徴は、スタッフ、キャストがひとりを除いてすべて日本人であること。このような場合は、やはりレチタティーヴォつきの方がよいと思う。そしてその唯一の外国人というのが、主役カルメンを歌うミリヤーナ・ニコリッチ。おっとこの写真は、先日見た悪魔的な映画「ネオン・デーモン」のワンシーンか?! (笑)
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彼女は旧ユーゴスラヴィアのセルビア生まれのメゾ・ソプラノ。ベオグラード歌劇場でデビューした後、2001年にミラノ・スカラ座の奨学金を得て、「オベルト」「タウリスのイフィゲニア」などではムーティのもとで歌っている。このカルメンも各地で歌っているようで、調べてみると、2011年にはルーマニアのブカレスト歌劇場の来日公演でも歌うはずであったが、震災の影響で公演自体が中止になってしまったようだ。なるほど、そのことはプログラム中のこの歌手の紹介欄には言及されていないが、本人には期するところもあるかもしれない。因みに今回の藤原歌劇団の「カルメン」は 3回公演があってダブルキャストが組まれている。このニコリッチは、初日の 2/3 (金) と、私の見た 2/5 (日) に出演。2/4 (土) の歌唱は、ゴーシャ・コヴァリンスカというポーランド人歌手が受け持った。

このような、たったひとりの外国人歌手を主役として、ほかは全員日本人という上演は、日本ならではだと思うが、内容はまずまず楽しめるものであったと思う。ニコリッチのカルメンは、終幕の表現力には一目置くべきものがあったし、その舞台映えする容姿を含め、カルメンらしさを出していたものの、歌唱自体は概して標準の出来であると思った。ドン・ホセ役の笛田博昭は、この役にしてはもっと声に甘さが欲しいようにも思ったが、声自体は大変に美しい。第 1幕のミカエラとの二重唱や、第 2幕の「花の歌」あたりでは、時折ほんのわずか不安定な感じがしないでもなかったが、終幕に向けて調子を上げて行った。エスカミーリョの須藤慎吾は、圧倒的とは言わないまでも、この役らしい気取りと威厳をうまく表現していた。そしてミカエラ役の小林沙羅は、昨年大晦日のミューザ川崎でのジルヴェスターコンサートの記事でも書いた通り、大変澄んだ声の持ち主であり、全体としてはよかったと思うが、部分的には、彼女ならもっとストレートに伸びる声を期待できたような気もした。だが、盗賊団の人たちも含め、アンサンブルオペラとしてのこの作品にそれぞれが真摯に向き合った熱演であり、聴衆が充分楽しめるレヴェルに達していたことは間違いない。これは会場で売っていた、ミニアーナ・ニコリッチと小林沙羅のサイン入り生写真。こういう記念の品にも、オペラのワクワク感があるのである。
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そして期待の山田和樹の指揮であるが、これは素晴らしかった。オケは、彼が正指揮者を務める日本フィル (通称「日フィル」) で、私は年明けから在京メジャーオケのほかの 6団体は聴いてきたものの、この日フィルは未だ聴いていなかったので、その意味でもちょうどよい機会になった。冒頭の前奏曲からしていかにも山田らしい溌剌とした音楽であり、次々と登場する名旋律をスムーズかつ充分な明晰さを持って歌い上げた。情熱渦巻くエスカミーリョの登場シーンや、大詰めの息詰まるような殺戮シーンもオケが雄弁に歌手をサポートし、合唱団の貢献もあって、作品の持てる力を解き放っていたと思う。山田の鋭敏な感覚が、全体の上演レヴェルを上げていたことは疑いないだろう。彼は今年 11月だったか、今度はドヴォルザークのこれも傑作オペラ「ルサルカ」を指揮するようなので、それも是非楽しみにしたい。

今回の演出についても簡単に触れておこう。演出家の岩田達宗 (たつじ) は、東京外大フランス語学科卒。劇団「第三舞台」で演劇人としてのキャリアをスタート、1991年から栗山昌良に師事し、1998年から 2年間ヨーロッパで研鑽を積んだとのこと。帰国後の活動は、この藤原歌劇団をはじめとする日本の団体がもっぱらであるようだが、大変多くの舞台を手掛けている人である。今回の「カルメン」では、群衆を巧みに使ってダイナミックな運動性を強調する一方、登場人物たちの愛憎関係は、オーソドックスな手法で手堅く描いていた (ただ、山の中のシーンでカルメンに、山歩きをするワンダーフォーゲル部員のような恰好をさせたのは、いかがなものか 笑)。そして舞台には常に赤い不気味な月が出ていて、地面にもその赤い投影が常に存在しているという趣向。演出家によるとこの月は、人々の想像を掻き立てる魔性のアイコンで、抑えられた情熱に火を点け、社会規範や法律が制御出来ない炎を導くもの。ビゼーもこの赤い月による異常な情熱に突き動かされて、この作品を書いたはずであるとのこと。なるほどそのイメージは理解できるが、だがシュトラウスの「サロメ」ならともかく (そもそも台本に不気味な月への言及もあるし)、「カルメン」においては、もちろん情熱は重要ではあっても、それは決して退廃的なものではない。自由を求める女は、月の魔力に動かされているのではなく、自己の解放を求める内なる欲求に突き動かされているがゆえに、この作品には人を感動させる何かがあるのだと思う。その点で、月に込められた演出の理念に関して異議ありというのが、私の率直な感想だ。だがもちろん、日本のオペラ界においては、実際に様々な上演がなされていることこそが重要で、聴衆は国際的な水準に照らしてそれぞれの成果と課題を認識して、そして何より、スタッフやキャストの揚げ足を取るのではなく、オペラを楽しむことこそが重要だと思う。その意味では、私は今回の上演を楽しんだので、それだけで満足です。

ところで私の周りには、「オペラに興味はあるけど、高くてとても・・・」と嘆く人が時折いる。だが今回私が鑑賞したこのオペラ、代金はたったの 3,000円。これなら誰でも簡単に払える値段である。この安い席は、それでいて舞台や指揮者はよく見えるし、音はバッチリ聴こえるのだ。それは、東京文化会館の最上階である 5階の、左右の席。これまでオペラを経験していない人でも、この席はお奨めである。この写真で見る通り、最上階はかなり高く、エレベーターはないのでその点の不便はあるが、この席から多くの音楽的な充実感を得ることが可能である。是非今後ご検討頂き、日本のオペラを盛り上げましょう。
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by yokohama7474 | 2017-02-06 00:46 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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読売日本響 (通称「読響」) が常任指揮者シルヴァン・カンブルランのもとで演奏する曲目には、かなり凝ったものが含まれるのが通例で、先月から今月にかけての演奏会でも、先に記事を書いたメシアンの「彼方の閃光」や、少々通好みのフランス音楽集などがあったが、今回は極めてオーソドックス。上のチラシにある通り、チャイコフスキー・プログラムである。しかも以下のようなポピュラーなもの。
 ヴァイオリン協奏曲二長調作品 35 (ヴァイオリン : シモーネ・ラムスマ)
 交響曲第 5番ホ短調作品 64

クラシックを聴く人なら、知らない人はいないどころか、好きではない人はいないような名曲 2曲。今日と明日の 2回、同じ演目が演奏されるが、土日ということもあり、チケットはいずれも完売。日本人に大人気のチャイコフスキーである。かく言う私も、ヴァイオリン協奏曲は正直、少し聴き飽きた感がないでもないが、5番のシンフォニーはまぁ、わが生涯を通して本当に飽きもせずに繰り返し聴いているものだ。クラシックの入門曲なので、高校生の一時期は、文字通り毎日毎日毎日毎日聴いていたこともある。そして、50を越えた今となっても、ふと気づくと頭の中でこの曲が鳴り響いていることがよくあるから厄介だ (笑)。きっと高尚なクラシックファンの方からすると、この交響曲などは、感傷的で陳腐な曲だと思われるであろう。何より作曲者自身がそう言ってこの曲を低く評価していたのだから、きっとそうなのでしょう (笑)。私とても、高尚なクラシック音楽を嫌いとは言わないが、でも、この親しみやすく、時に感傷的なチャイコフスキーという作曲家の作品には、きっとなにか人生の真実が秘められているがゆえに、多くの人々と同様、私も抗しがたい魅力を感じるのだと、ネットの大海の片隅で堂々と宣言しておこう。

コンチェルトでヴァイオリン・ソロを聴いたのは、今回が初来日となるオランダの女流、シモーネ・ラムスマ。
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経歴を見ると、19歳で英国王立音楽院を最優秀の成績で卒業、これまでロイヤル・コンセルトヘボウ管、フランス国立管、スイス・ロマンド管、セントルイス響などと共演しており、やはりオランダ出身の指揮者でニューヨーク・フィルの次代音楽監督に内定しているヤープ・ヴァン・ズヴェーテンが「世界をリードするヴァイオリニストの一人」と絶賛しているという。どこどこコンクール優勝という経歴の記載はないので、地道に活動を広げ、能力が認められて実績を重ねて来た人であるようだ。オランダ人の常として大変長身で、舞台映えする点は有利かもしれないが、もちろん背の高さで音楽をやるわけではないから (笑)、世界の人々に訴えかける何かを持っているのであろう。実際この日のチャイコフスキーを聴いた印象は、優美なテクニックよりも強い表現力を重視するタイプであろうかと思う。第 1楽章の終結部で音楽が熱を帯びる箇所や、第 3楽章の導入部で音楽が走り出す箇所では、ややテンポを上げて情熱的に弾いていた (カンブルランは平然としながらぴったりと合わせていた)。また第 2楽章でも、陰鬱な中音域で注意深く音楽の呼吸を生み出していて、自然な佇まいの中に強い集中力が感じられて素晴らしかった。その表現力は、アンコール (聴衆に向かって「アリガトウ。Thank you!」と言ったあと英語で曲名を告げた) で演奏されたイザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第 2番の第 4楽章でも発揮され、浮かび上がっては消えて行く「ディエス・イレエ (怒りの日)」の旋律には鬼気迫るものがあって、なるほどこういう持ち味のヴァイオリニストなのだなと納得できた気がした。一方で、もう少し端正な音楽も聴いてみたい気もしたことも事実。もちろん未だ若手なので、これからの成長には大いに期待できるだろう。今回、東京でのリサイタルは 2月10日 (金) に浜離宮朝日ホールで開かれる。私は彼女のエージェントでもなんでもないが (笑)、チラシを掲載しておこう。
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カンブルランの指揮は切れ味鋭いもので、あまり感傷的な要素がないのが特色であるため、チャイコフスキーの交響曲をどのように料理するのか興味があったが、今回の第 5番、概して大変オーソドックスな演奏であったと思う。もっとも、冬のロシアの寒くて曇った空を思わせる暗い冒頭部分は若干遅めのテンポを取りながらも、主部に入るとあまり粘らない歌い方できっちり弦を刻ませていて、情緒纏綿というイメージではない。身も世もない哀しみというよりは、音響のドラマとしてのチャイコフスキーが冒頭から提示されていたと思う。全体を通して、木管の歌いまわしも金管の咆哮も素晴らしく、時折微妙にテンポを変えながらかなり丁寧な身振りを伴うカンブルランの指揮を、読響がよく音にしていた。音に勢いはあるが、だが勢いに任せて暴走することはない。第 3楽章から第 4楽章へは、多くの場合、間を置かずに続けて演奏されるが、今回は完全に楽章間が切り離されていた。このあたりもカンブルランの感性が、情緒によりかかりすぎることなく、音のドラマを引き出そうという意図につながっていることを端的に示していたと思う。スタンダードな曲目において、この指揮者とオケならではの味わいを持ちながらも、誰もが楽しめる演奏を聴くことができることは嬉しい。「休日の午後のチャイコフスキー」に、聴衆は皆、満足して帰ったことだろう。

カンブルランの次回来日は、新シーズン最初の 4月。ほんの 2ヶ月後である。マーラーの「巨人」をメインとするプログラムで開幕。そして、バルトークの歌劇「青ひげ公の城」の演奏会形式上演もある。彼らしい意欲的なプログラミングにおいて、また素晴らしい演奏を期待したい。
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by yokohama7474 | 2017-02-04 18:14 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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2017年 1月の東京におけるオーケストラコンサートは、ニューイヤーコンサートの類を除くと、期せずして 2系統のプログラムがメインストリームとなった。ひとつの流れは、ブルックナーの交響曲。小泉和裕指揮東京都響による第 5番や、佐渡裕指揮東京フィルによる第 9番をこのブログでもご紹介したし、それ以外にもピエタリ・インキネン指揮日本フィルが第 8番を演奏した。そしてもうひとつの流れは、フランス音楽及び感性的にそれに近いもので、武満徹やスペイン音楽まで含めると、このブログでご紹介したものでは、秋山和慶指揮東京響やファンホ・メナ指揮 NHK 響、井上道義指揮新日本フィルの演奏会がそれに属する。そして今回、この流れにおける必聴のコンサートが開催された。読売日本響 (通称「読響」) の演奏会で、曲はメシアンの大作「彼方の閃光」、指揮は常任指揮者であるフランスの名匠シルヴァン・カンブルランである。実はカンブルランと読響は、1/25 (水) にも、デュカスの「ラ・ペリ」、ドビュッシーの夜想曲、ショーソンの交響曲という、これまた素晴らしいフランス音楽プロを組んだのであるが、私はそれを聴くことができなかった。それゆえもあり、このメシアンの大作はどうしても聴きたかったのである。カンブルランは1948年生まれの 68歳。指揮者として油の乗った年代であり、銀髪のポニーテールがトレードマークである。
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20世紀フランス音楽の巨星、オリヴィエ・メシアン (1908 - 1992) は、このブログでは既に何度も採り上げており、私がもらった直筆サインの写真も以前披露した。カトリックに基づく神秘的な宗教性や鳥の声を多くの作品のモチーフとし、数々の素晴らしい作品を残した。今回演奏された「彼方の閃光」は、この偉大な作曲家が完成させた最後の作品。ニューヨーク・フィル創立 150周年を記念して委嘱され、1991年に完成したが、作曲者は翌年死去、ズービン・メータの指揮するニューヨーク・フィルが世界初演したのは、作曲者の死後 5か月ほどを経てからのことであった。大規模な管弦楽による 11楽章、演奏時間 75分の大作である。この曲の日本初演は 1995年 3月22日、東京文化会館における若杉弘指揮東京都交響楽団によるものであった。私も当時それを聴きに行ったので、プログラムの写真をここに掲げる。作曲者の未亡人であるピアニストのイヴォンヌ・ロリオの日本初演に寄せるメッセージが貴重である。
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さてこの作品、この日本初演以来 22年間、何度演奏されたのであろうか。私の記憶にはほかになく、調べてみると、2008年に湯浅卓雄指揮の藝大フィルハーモニアで演奏されていることは分かったが、それ以外の実演があったのか否か。尚 CD では、恐らくチョン・ミョンフン指揮パリ・バスティーユ・オペラ管のものが世界初録音であろうか。それ以外にこのカンブルランがバーデン・バーデン & フライブルク SWR 響と録音しているし、あのサイモン・ラトルとベルリン・フィルによる録音もあるし、インゴ・メッツマッハーとウィーン・フィルも録音しているが、ほかのメジャー指揮者による録音は皆無である。と、そのような珍しい曲目だから会場はガラガラかと思いきや、なんのことはない、チケットは完売、サントリーホールは満員御礼の大盛況。東京おそるべしだ。これがカンブルランの録音。
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今回の演奏は、カンブルランと読響なら驚かないが、大変にクリアな素晴らしい演奏で、曲の持ち味を充分に表現したものであったと思う。実はこの曲、大編成のオケによる長大な曲ではあるのだが、すべての楽器が一斉に鳴り響く箇所はほとんどなく、管楽器だけ、弦楽器だけ、あるいは管楽器と打楽器だけという楽章が多くある。弦楽器の使用法も、常に高音に重きが置かれていて、弦楽合奏でもヴィオラの一部、チェロ、コントラバスが沈黙している箇所が多い。コントラバスに至っては、第 8楽章で初めて出番が来るが、演奏時間は大変短い。いつもオケの土台を支える縁の下の力持ちであるコントラバスは概して損な役回りが多いが、この曲に限っては、大変効率的な登場ぶりなのである (笑)。このような曲なので、緩やかなテンポの箇所ではその流れを保たなくてはいけないし、メシアン特有の神秘性を作為なく醸し出さなければならない。また、多くの鳥が鳴きかわす第 9楽章では分離よい響きが求められるし、第 10楽章でこの曲唯一の凶暴な盛り上がりに至ると、溜めていたパワーを全開しなくてはならない。終楽章ではトライアングルが一貫して鳴り響く中、美しい弦が空中を浮遊して天に消えて行かねばならない。カンブルランの指揮ぶりは隅々まで実に明確かつ確信に溢れたもので、オケとの相性も抜群であった。2010年から続くカンブルランと読響の関係は、いよいよ充実感を増してきたように思う。この曲自体が、例えばメシアンの代表作であるトゥーランガリラ交響曲のような大傑作であるか否かは一旦置くとしても、このような珍しい曲のこのような安定した演奏を聴くことができる東京は、やはり世界に誇る音楽都市であると言えると思うのである。

それにしても、4月から始まる読響の新シーズンのプログラムを見ると、その素晴らしいラインナップに対する期待感に胸が高まる。特にカンブルランのメシアン演奏は、今回に続いて次は11月に、あの超大作オペラ「アッシジの聖フランチェスコ」を、演奏会形式ながら全曲日本初演するというのが大きなニュースである。これは日本の音楽史上に残る事件になるのではないかという予感がする。尚 93歳の巨匠、スタニスラフ・スクロヴァチェフスキの来日は 5月に予定されていたが、以前このブログにもコメントで情報を頂いた通り、彼は昨年 11月に脳梗塞を起こし、手術後の経過に鑑みて来日中止が発表された。残念ではあるが、ここは巨匠の回復を願いつつ、代役が誰になるのかを期待して待ちたいと思う。

さて、上に「彼方の閃光」の若杉弘による日本初演について書いたが、ひとつ面白いことを思いついた。指揮者若杉弘 (1935 - 2009) は、数多くの作品の日本初演を手掛けた人であり、凝ったプログラミングによる彼の活動が、日本の音楽シーンの発展に大きく貢献したことは論を俟たない。私が持つ彼の演奏会の思い出は沢山あるが、中でも忘れられないシリーズがある。それは、NHK 交響楽団とのブルックナー・ツィクルスである。それは彼がドレスデンのポストを解任 (? Wiki を見ると東西ドイツ合併によって音楽監督就任人事が白紙に戻ったとあるが、実際には何が起こったのであろう) されたあとの時期の、あたかもやり場のない怒りをぶつけるような、この温厚な指揮者としては異例の壮絶な演奏ばかりであったのだが、全曲予定されたブルックナー交響曲のライヴ・レコーディングも途中で頓挫してしまい、その実際の内容については、残念ながら正しく評価されていないように思う (ちなみに我が家には、全シリーズの FM での放送をエアチェックした DAT --- なんと懐かしい!! --- がある)。この場を借りてあの若杉 / N 響のブルックナーの素晴らしさを主張するとともに、そのプログラミングの妙についても、再評価したい。なぜなら、ブルックナーの全 9曲の交響曲それぞれと組み合わされていたのが、メシアンの作品であったからだ。この 2人の作曲家はカトリシズムという共通点はあるものの、実際の音楽の内容はかなり違っている。だが、その組み合わせは、聴いてみると非常に新鮮であった。そして気づくことには、今年 1月の東京の音楽シーンで、上記の通りブルックナーと、メシアンその他のフランス音楽がそれぞれに鳴り響いたことは、なんと、まさに若杉のプログラミングのようではないか!! そんな点にも、東京における音楽活動の発展を知ることができる。若杉が生きていれば、なんと言うことであろう。
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この機会にもうひとつ記録しておきたいのは、2月からサントリーホールが改修のために休館期間に入ることである。以下の写真は同ホールの 2階通路にある、月別にコンサートのチラシが貼ってあるコーナーだが、手前が 1月分、そして奥にポツンと 1枚だけ貼ってあるのが 2月分である。この 2月のコンサートはオルガンの連続演奏会とのことであり、少し特殊なもの。通常のオーケストラや器楽の演奏会としては、今回の読響のものが休館前最後のものということになる。
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開館 30周年を経て、このホールも改修が必要な時期なのであろう。ちょっと淋しいが、9月の再オープンまで、東京芸術劇場や東京オペラシティ、あるいはミューザ川崎や横浜みなとみらいホールで代わりのコンサートを楽しみたい。中には N 響のように、サントリーホールでの定期演奏会 (A/B/C 3シリーズのうちの B シリーズ) を、別の会場を使うことなく開催中止してしまうという、ちょっとびっくりな (笑) 楽団もあるが、ほかのオケは、別会場をやりくりして定期演奏会を継続する。各オーケストラの皆様には、それぞれに競い合いながら、東京の音楽シーンを、引き続き盛り上げて頂きたい。

by yokohama7474 | 2017-02-01 01:32 | 音楽 (Live) | Comments(2)

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ホールを満たした 2000人の聴衆の前に、たったひとりで立つ。ステージで手にするのはヴァイオリン一丁。オーケストラはおろか、通常ならリサイタルで伴奏してくれるはずのピアノもいない。これから始まる、音楽の正味演奏時間だけでも優に 2時間を超える多彩な作品の演奏において、奏者は音楽のテンポや強弱やその他微細なニュアンスまで、たったひとりで表現しなければならない。これはなんとも大変なことだ。ヴァイオリニスト冥利に尽きるとも言えるかもしれない。だがその孤独感はいかばかりか。そもそも音楽を奏でる際、演奏家は厳しく自己と向き合い、そして最終的には聴き手に放たれる音たちを、自らの深いところから引き出さねばならない。バッハが書いた 6曲の無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータは、音楽史上燦然と輝く名曲であるが、奏者を究極の緊張感に置くものではないだろうか。

韓国の生んだ世界最高のヴァイオリニストのひとり、チョン・キョンファは現在 68歳。来年デビュー 50周年を迎える。若い頃にはまさに激しく燃える情念の音楽で世界に切り込んだ彼女は、いつの頃にかレコーディングはあまりしなくなり、一時期は指の故障もあって演奏活動を数年間休止せざるを得なかった。少なくともクラシックの世界では、昔と違ってメジャー・レーベルがスター演奏家のレコーディングを陸続と世に出すという状況はもはやなく、常にその名声と演奏活動が安泰で、新録音も定期的に出るという演奏家は、極端に少なくなってしまった。そんな中、東京では様々な世界的演奏家の実演に頻繁に触れることができる環境があり、その意味では我々はアジアのほかの街と比べても、格段に恵まれていると思う。チョン・キョンファの場合、2013年に久しぶりに日本を訪れて以降、2015年、そして今回と、2年に一度は来日公演を開いており、昔を知っているファンもそうでないファンも、現在の彼女の音楽に大きな喝采を送っているのである。しかも今回は上記の通り、ヴァイオリン音楽の最高峰、バッハの無伴奏ソナタとパルティータ、全 6曲を一晩で演奏する。そもそもこの曲目で収容人員約 2000人のサントリーホール、及び世界の主要ホールを満員にできるヴァイオリニストが世界に何人いるだろうか。多分、片手を超えるか否かというレヴェルではないか。一例として、昨年このブログでも採り上げた、中堅ヴァイオリニストとして実績も知名度も充分であるはずのクリスティアン・テツラフですら、800席の紀尾井ホールでの演奏であった。そもそもヴァイオリンの音がちゃんと響くホールのサイズとしては、本来その程度が限度であり、2000人のホールでヴァイオリン・リサイタルを行うということは、それだけ聴きたいと思う人の数が多いということを意味する。今回、どういうわけか全館休業日となっていたこの日の暗いアーク森ビルで、唯一灯りがともっていたサントリーホールの当日券売り場は、しかしブラインドが下りていた。つまり、満員御礼である。皆、彼女の音楽を聴きたいと思ってこのホールに集まって来たのである。
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今回の演奏曲目詳細は以下の通り。すべてバッハ作曲。
 ソナタ第 1番ト短調 BWV.1001
 パルティータ第 1番ロ短調 BWV.1002
 = 休憩 15分 =
 ソナタ第 2番イ短調 BWV.1003
 パルティータ第 2番ニ短調 BWV.1004
 = 休憩 20分 =
 ソナタ第 3番ハ長調 BWV.1005
 パルティータ第 3番ホ長調 BWV.1006

開演は 18時30分、終演は 21時35分。まさに演奏家と聴衆が音楽を挟んで対峙する、密度の濃い 3時間であった。チョンは昨年 5月に北京で、これら 6曲を一晩で演奏するコンサートを演奏。この 6曲の大変な通し演奏は、今回日本では、福岡、大阪に続いて今回の東京での演奏。そして 5月にロンドン、その後ニューヨークと続くとのこと。またそれに先立ち昨年 4月、実に 15年ぶりのスタジオ録音としてこれら 6曲を録音。日本でも昨年 10月にワーナー・クラシックスから発売されている。尚、68歳でのこの 6曲の録音は、これまでの最高齢記録イダ・ヘンデル (やはり素晴らしい伝説的ヴァイオリニストであり、88歳で未だ現存のようだ) の 67歳を抜いて新記録であるとのこと。この記録は、きっとチョン自身が将来更新するのではないか。

今回の 6曲を聴いてみて改めて思うのは、まずはこの音楽の内容の深さ。これは演奏云々 (あ、これは安倍首相の言うように「でんでん」ではなく、正しくは「うんぬん」と読みます。念のため) の前に、まさにこの不朽の音楽の持つ価値によるものであろう。そしてここでのチョンの演奏には、彼女ならではの明確な個性が刻印されていて、まさに圧巻だ。バッハのようなバロック音楽は、もはや作曲当時の楽器の演奏法を考慮することなしには演奏が難しいが、もしそのような古楽奏法を第一と考えれば、ともすると、流れはよくても血圧の低い、面白みのないバッハになってしまう可能性がある。その点チョンは、さすがに一味違う。彼女にとってこの曲集は、ニューヨークのジュリアード音楽院で稀代の名教師イヴァン・ガラミアンに師事した頃から半世紀以上勉強して来たものであるというが、だがそれは半世紀以上前の解釈というわけでは決してない。最近の流れである古楽奏法も明らかに意識した上で、彼女でしかなしえない表現力を強く押し出したものになっているのである。昔のように情念をそのままぶつけるという印象は減じているものの、その音楽は決して常に流れが流麗であるわけではなく、楽章によってはアクセントが強すぎるように感じる箇所もある。また楽章の終結部などでは、ほんのわずか呼吸する間を空けることで、インテンポが崩れる場合もある。だがそれがチョンの個性。演奏スタイルにおいては時代の趨勢に充分留意しながらも、磨き抜かれた音と安定したテクニックはもちろん健在で、ここぞというときの集中力と深く聴き手の心に訴えかける表現力には瞠目すべきものがあった。特に有名なシャコンヌを終楽章として持つパルティータ 2番における没入ぶりは素晴らしく、また、例えばソナタ 3番の第 2楽章などでも、先へ先へと進む生命力に打たれる瞬間が何度も訪れた。まさに自分と厳しく向き合った結果としての、説得力の強い音楽を聴くことができたと思う。

今 2013年の公演プログラムを手元に持ってきてみると、その前年にソウルでこのバッハの無伴奏全 6曲を演奏したとある。そのインタビューでの彼女の発言を抜粋しよう。

QUOTE
それは、かつてない充足感を与えてくれた経験でした。自分の演奏にとても批判的な私は、若い頃はバッハの「無伴奏」を全曲演奏しようなどとは、夢にも考えませんでした。しかし昨年は、今の私を受け入れて演奏する他に、選択肢はないと思ったのです。バッハの無伴奏は録音も決定しており、それは今年か来年に、実現するはずです。録音が実現したら、ツアーでも全曲演奏を手掛けたいと思っています。
UNQUOTE

なるほど、この発言にある通り、数年前から計画されたレコーディングでありツアーであったわけである。いみじくも本人の言う通り、「今の私を受け入れて演奏する」、それが今回聴かれた音楽であったと思う。そして、件の録音は、これである。
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そう、これは今回の演奏会終了後のサイン会で、CD のブックレットに私がもらったチョンのサイン。長蛇の列をなしたファンに対して彼女は非常にフレンドリーに対しており、笑っている人には "I like your smile!" と言い、笑っていない人には "Smile!!" と呼びかけ、ずっとハッピーに喋っている感じ。そして私にサインをくれたときにも喋っていたことが原因であろう、サイン右下のハートマークを誤って 2度書いてしまい、"Oh! You have two hearts!!" と微笑みかけてくれた。ご覧の通り、右下のハートマークに加え、左上には "Love" とあり、意外と「女の子」しているチョン・キョンファであった (笑)。

いや、非常に強い集中力で知られる音楽家である彼女が、聴衆に対しては大変にフレンドリーな人であることは、彼女の音楽を考える上でも、認識しておいてよいかもしれない。というのも今回の演奏中に、滅多に見られない珍しいシーンがあったのだ。2曲目、パルティータ 1番の第 2楽章コレンテは急速なテンポで突き進む超絶技巧を要する楽章だが、その危なげない演奏の途中でチョンは突如として弓を楽器から離し、演奏を完全に止めてしまったのだ!! 何が起こったのかと固唾を飲んだ次の瞬間、彼女は激しく咳き込み始めた。空気の乾燥によるものか、あるいは気管支に唾液でも入ってしまったのであろうか。ひとしきり咳き込み、落ち着いてきた彼女に対し、客席から男性の声が飛んだ。"No problem!!" --- これで客席には笑いが起き、当のチョン自身も満面の笑顔で声のした方を見て、会場には拍手が沸き起こったのだ。私自身は、音楽を聴く緊張から自分を解放したくなかったので拍手はしなかったが、あのようなステージと客席とのコミュニケーションは好ましいものと思われた。そして楽章冒頭から再開された音楽は、より一層集中度と音の鮮度が上がったように聞こえたものであった。生演奏ならではのハプニングから、演奏会の素顔が見えることがあるが、今回はそのよい例であった。

これから 70に向かい、さらに充実の活動を繰り広げてくれるであろうチョン・キョンファ。年齢とともに変わるもの変わらないもの、それぞれに楽しみにしたいと思う。これは 9歳のとき、つまり本物の「女の子」の頃の彼女の写真。楽器を持つ構えは変わっていませんねぇ。天才少女が本当の天才になるだけでも大変なのに、70の声を聞いて新たな境地に向かうとは、本当に素晴らしいことだと思う。たったひとりで 2000人の聴衆の前に立つだけの価値がある演奏家なのである。
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by yokohama7474 | 2017-01-29 02:05 | 音楽 (Live) | Comments(0)