カテゴリ:音楽 (Live)( 302 )

ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー指揮 読売日本交響楽団 2017年 5月19日 東京芸術劇場

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この演奏会は本来、ポーランド出身の巨匠で、読売日本交響楽団 (通称「読響」) の元常任指揮者であったスタニスラフ・スクロヴァチェフスキが指揮する予定であったもの。このブログでも話題として採り上げた通り、スクロヴァチェフスキは残念ながら今年 2月21日に 93歳で逝去。日本で大変尊敬されたこの名指揮者の再度の来日に対する聴衆の期待が大きかったがゆえに、彼が指揮する予定であった 2種類 3回のコンサートにおいて、代役としていかなる指揮者が指揮台に立つのか、気になるところであった。ベートーヴェンの「英雄」をメインとする 2回の演奏会には、以前新星日本響 (のちに東京フィルに吸収合併) の指揮者として活躍したチェコ人のオンドレイ・レナルトが登場。そして残る 1回は、なんとあのロシアの名指揮者、読響の名誉指揮者でもあるゲンナジー・ロジェストヴェンスキーに託された。レナルトも既にベテランで今年 75歳だが、こちらのロジェストヴェンスキーは実に今年 86歳。93歳で逝った名匠の代役としては、いずれも申し分ないものと言えるであろう。レナルト指揮の演奏会のチケットも持っていて、興味はあったのだが、残念ながらほかのコンサートのために行けなくなってしまった。だがこのロジェストヴェンスキーについては、なんとしても聴きたかったのである。その理由は曲目にある。
 ブルックナー : 交響曲第 5番変ロ長調 (シャルク改訂版)

ブルックナーの 5番自体は、もともと予定されていた曲目だが、クラシック音楽ファンなら既にご存じの通り、ブルックナーの弟子であった指揮者フランツ・シャルク (1863 - 1931) の改訂による版は、今日演奏されることはまずない、大変珍しいものである。もちろん、もともとスクロヴァチェフスキが予定していた版ではなく、ロジェストヴェンスキーの選択によるものであろう。ここで、クラシック音楽にあまりなじみのない方のために書いておくと、ブルックナーという作曲家は、自作の交響曲に自らも頻繁に手を入れたし、シャルクをはじめとする弟子たちの手によってもオリジナルと異なるものに改訂されることが多かった。その理由は、この作曲家の作品の際立った独自性、つまり、壮大で劇的だが形式感を欠き、ときにあまりにも冗長に響くという特徴にある。今日我々は彼の作品を繰り返し聴く機会に恵まれ、その特徴をよく知っているが、当時の聴衆はなかなかそれを理解しなかったのである。その無理解を作曲家自身も恐れたし、弟子たちはなんとかして師の作品が受け入れられるようにしたいと思ったことが、ブルックナーの楽譜に様々なヴァージョンが生まれる理由があったわけだ。だが、1930年代からはブルックナーの作品の原典版が出版されるようになり、その後どんどん原典主義が支配的になって行くにつれ、シャルク改訂版を実演で聴く機会は激減し、今やほぼ皆無という状況が過去何十年も続いている。これがブルックナー晩年の肖像だが、彼の書いた壮大この上ない音楽と、伝えられる人間的内向性のギャップが面白く、人間の精神作用の、ひとつの極端な例として興味がある。
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実は今回の指揮者ロジェストヴェンスキーは、ブルックナー演奏においてひとつの大きな金字塔を打ち立てている。それは、未完の 9番の補完された終楽章や、0番、00番はおろか、あらゆる異稿をすべて網羅したブルックナー全集を完成させていることだ。オーケストラは、当時ソ連政府がロジェストヴェンスキーのために既存の楽団を再編成してできた国立文化省交響楽団、現在のロシア国立シンフォニー・カペレである。私は学生時代にアナログレコードでそのいくつかを聴き、その鷹揚な音の響きを楽しんでいた。今では CD で 2セットに分かれた 16枚組が手元にある。あ、もちろんすべて聴いたわけではありません (笑)。
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ところが、ここにも含まれていないヴァージョンがある。それはたとえば 8番のオリジナル版 (インバルがの世の中に紹介した版)、それから、一連のシャルク改訂版である。つまりこのシャルク版は、86歳の老巨匠にとっても、恐らくは新レパートリーではないかと思われるのである。こんな版を実演で聴ける東京は、改めてすごい街だと思うのであるが、録音においても、通常知られているこの曲のこの版は、往年のドイツの巨匠ハンス・クナッパーツブッシュ (長い名前なので、「クナ」と略される) 指揮のものしかないのではないだろうか。ウィーン・フィルを指揮した 1956年のものと、ミュンヘン・フィルとの 1959年のライヴが知られる。ここではウィーン・フィル盤の懐かしいアナログレコードのジャケット写真を掲げておこう。
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私も今回、この演奏会に出かけるに当たって、久しぶりにこのクナの CD を取り出して聴いて行ったのだが、世の中でオリジナル版の長所をズタズタに改ざんしたように言われているシャルク版も、ただ音で聴いている分には、実はそれほど奇異ではない。もちろん、本来弦楽器だけのところにティンパニや金管が伴奏しているとか、弦の音型が少し違っているとか、オクターブ上になっているとか、あるいはこの曲をよく知る人には明らかな終楽章の大幅なカットという点には、気が付くだろう。だが、例えばあのレオポルド・ストコフスキーが手を入れたチャイコフスキー 5番のような、ショーマンシップに溢れた「改ざん」ではなく、もっと地味で真面目である。やはり、尊敬する師の作品を、少しでも聴衆に理解してほしいという弟子の思いが裏にあるからであろう。

さて、今回のロジェストヴェンスキーの演奏である。この人は以前から指揮台を使わず、自分の周りに金属の柵を立てて、長い指揮棒で指揮をするのだが、その点は今回も同じ。だがさすがに 86歳。舞台には椅子 (ストゥール) が置いてある。結局彼は、第 1楽章はすべて立ちながら指揮をし、第 2・3楽章は座って、第 4楽章はコーダの大団円のみ立ち上がって指揮をした。見た感じでは、その指揮ぶりも以前よりは小さい省エネぶりだが、若いころから「指揮棒の魔術師」の異名を取った人のこと、老いたりといえどもオケへの指示は明確で、その棒の振り方も実に自在。左手に指揮棒を持ち、右手の素手だけで指揮するかと思えば、利き腕でないはずの左手だけで指揮棒を振るシーンも見られた。また、第 3楽章スケルツォでチェロに強い指示を送った際に、指揮棒が手元から飛んで行ってしまうアクシデントもあったが、慌てず騒がず、予備の短めの指揮棒をすぐに取り出して振っていた。さすが、百戦錬磨の現場処理能力 (笑)。
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全体のテンポは概してかなり遅め。以前からロジェストヴェンスキーは細部を締め上げるようなことはしない人だが、今回も流れはオケに任せているように思われた。だがその結果、何か大変静かな雰囲気で曲が進行して行き、奇妙な神秘感をそこに聴きとることができたのである。ある意味ではメリハリのきいていない演奏で、スタイリッシュでもなく、切れ味よくもないものの、この指揮者とこのオケが長年培ってきた阿吽の呼吸が、その瞬間目の前で鳴っている音を超えた独特の空間を創り出していたように思われた。ブルックナーの音楽はもちろん神秘的な要素が強いが、今回の演奏は典型的なブルックナー演奏とはどこか異なっていて、何か達観したような雰囲気には、聴き手に感傷すら許さないようなものがあったのではないか。もちろん指揮者の年齢を考えれば、聴衆の方には、彼の音楽をもうあと何年聴けるだろうという感傷が出てきてもおかしくないわけであるが、ひたすら音を聴いていると、そんなことは忘れてしまい、時も場所も超えてただ淡々と音が鳴っているように思われたのであった。だが、最後の最後に来て驚きが待ち構えていた!! この曲の終楽章は、西洋音楽史上稀に見る強烈な盛り上がりを持っている。その終楽章で、上にも書いた大幅なカットがあって、さていよいよクライマックスというところで、最後列にズラリと並んだバンダ (別動隊のこと。ここではホルン 4、トランペット 3、トロンボーン 3、チューバ 1、それにシンバルとトライアングル) が、一斉にすっくと立ち上がったではないか!! そして、作曲者が譜面に書き付けた音をさらに増強した、凄まじい音響でコラールが堂々と演奏されたのであ。なるほど、これがシャルクの言いたかったことであり、いたずら者のロジェストヴェンスキーが、曲の最後の最後で東京の聴衆に示したかったものなのか!! この種のバンダの活躍を基本的に好きな私としては、この箇所を聴くことができただけでも、この演奏会に来た甲斐があったと思ったものであった。そう、冒頭のポスターに、「ブルックナーは爆発だ!」とあるが、長く不思議な静謐感の果てに鳴り響いたこの大音響は、岡本太郎ならずとも、爆発という比喩を使いたくもなろうというものだ。終演後の拍手は大変に温かいもので、オケのメンバーが引き上げたあとも指揮者ひとりが呼び出されていた。さすがにこの大曲を振り終えたあとで、老巨匠の様子に疲れは歴然としたものがあったが、その飄々とした持ち味は今でも変わらぬもの。また次回の来日を楽しみにしたい。あ、ブルノ・モンサンジョン演出によるロジェストヴェンスキーの長いインタビュー作品の DVD も未だ途中までしか見ていないので、次回までに見ておかないと。

さて、会場の池袋、東京芸術劇場のロビーには、スクロヴァチェフキの遺品の数々が並べられていて大変興味深い。以下の表示にある通り、展示は少しずつ変えながら、7月12日まで続くとのこと。小さな熊のぬいぐるみなど、意外とかわいいところのあるおじいさんであったのが分かって微笑ましい。なお、写真に書かれたサインはもちろん直筆である。
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以下は、上の表示にある通り、直筆の予定表 (2013年)。簡潔ながらきっちりとした性格を彷彿とさせる。そして、最後の来日時に指揮したブルックナー 8番の総譜と、今回指揮するはずであったブルックナー 5番のパート譜 (あ、もちろん、シャルク版ではない 笑) で、いずれも指揮者自身の書き込みのあるもの。どれもこれも、今となっては貴重な遺品である。
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亡き巨匠を偲びながらも、今我々が実際に聴くことのできる名指揮者たちとの実り多い邂逅を、これからも味わって行きたいと、心から思う。

by yokohama7474 | 2017-05-20 01:16 | 音楽 (Live) | Comments(0)

エサ=ペッカ・サロネン指揮 フィルハーモニア管弦楽団 2017年 5月18日 東京オペラシティコンサートホール

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以前の記事で書いたことであるが、年初から来日オケには世界の超メジャーはほとんどなかったという印象であるが、今年も 4ヶ月半が過ぎようかというところで、ようやくいわゆる超メジャー級の登場である (但し、誤解なきように申し添えると、超メジャーであるか否かは私の独断だし、超メジャー以外がダメと言っているわけでは断じてないので、念のため)。その超メジャーとは、指揮者はエサ=ペッカ・サロネン。1958年フィンランド生まれの 58歳。そしてオーケストラは、戦後、EMI の名プロデューサー、ウォルター・レッグによってロンドンに創設され、その後も数々の名指揮者のもとで輝かしい歴史を刻んできた名門、フィルハーモニア管弦楽団。サロネンがフィルハーモニアの首席指揮者に就任したのは 2008年。以来このコンビは数年に一度は来日していて、日本でも既におなじみだ。実はこのサロネン、作曲家としても大いに活躍中で、昨年 10月からヨーヨー・マのために新作チェロ協奏曲を書くべく指揮活動を一時中断していたというが、その曲は今年 3月 9日、無事シカゴ交響楽団の演奏会で初演されたという。実はそれに先立つ今年 1月、フィルハーモニア管との契約更改が発表された。来季は首席指揮者就任 10年になるわけだが、今後は期限を決めずにその地位が自動更新されて行くという。有名指揮者があちこちから引っ張りだこの昨今、サロネンほどの指揮者をこのような契約でつなぎとめることのできるフィルハーモニアは、やはり大したものではないか。
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私のサロネンへの思いについてはまたあとで述べるとして、まずは今回の演奏会をご紹介しよう。こんな曲目であった。
 ストラヴィンスキー : 葬送の歌 作品5 (日本初演)
 マーラー : 交響曲第 6番イ短調「悲劇的」

なるほど、ストラヴィンスキーもマーラーも、サロネン得意のレパートリーであり、このコンビなら大変期待できるプログラムと言えるだろう。だが、マーラーはまだよいとして、このストラヴィンスキーの曲にはなじみがないが、一体なんだろう。冒頭に掲げたポスターを見ると、マーラー演奏を高らかに謳いながら、左下の小さな丸の中に、この曲について「106年ぶりに発見!」とある。そして実際にこれがなんと、この曲の日本初演!! 実はこの「葬送の歌」という曲、2015年の春にサンクトペテルブルク音楽院の図書館の改修工事の過程で楽譜が発見されたものらしい。発見後の蘇演は、昨年 12月にヴァレリー・ゲルギエフによってなされたばかり。作品番号がついているということは、作曲者自身が自分が世に問う作品と認定していたということであろうが、長らく作品目録には「紛失」と記されていたらしい。この曲は 1909年、作曲者 27歳のときに書かれたもので、前年に亡くなった恩師リムスキー=コルサコフを悼んで書かれたものとのこと。12分くらいの曲であるが、大規模なオーケストラを駆使した哀しみの音楽になっている。だが、冒頭部分では誰しもが「火の鳥」を連想するのではないだろうか。初期の作品とはいえ、これは紛れもないストラヴィンスキーの作品であり、ここにある哀しみは、例えばこのわずか 26年前に書かれたチャイコフスキーの「悲愴」交響曲のそれとは大いに異なって、都会的であり近代的であると思う。演奏後の拍手に応えて指揮者サロネンが、楽譜を大きく掲げていたのが印象的であった。これが、集団写真の中のストラヴィンスキーとR=コルサコフ。えぇっと、弟子がカメラ目線なのに対し、師匠は知らんぷりですね (笑)。これだけ見ると、2人の関係 (特に、師から弟子に対する感情) は微妙だったのではないかと思いたくもなるが、本当のところはどうだったのだろう。
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そして、演奏会は休憩なしでメインのマーラー 6番に入って行った。サロネンのマーラーは、例えばバーンスタイン的な情念の音楽ではなく、この上なく輝かしい力感に満ち、また新しい音響に対する極めて貪欲な作曲家の姿勢 (= それは作曲家サロネンの大いなる共感でもあろう) が強調されるのが常であると思うが、今回もまさしくそのような演奏で、聴く者みなを圧倒するような、マッスとしてのオーケストラ音楽の威力を、最大限発揮したものであったと思う。その意味では、通常のケースよりも若干軽めの音で始まった冒頭の行進曲から、弾け散るように壮絶な最後の和音まで、一貫した強い流れがあったことが、この演奏の大きな特徴であったろう。以前も書いたが、この曲の第 2楽章と第 3楽章の順番には演奏によって違いがあり、昔は第 2楽章スケルツォ、第 3楽章アンダンテが普通であったが、作曲者の意思を尊重し、最近ではその逆の順番で演奏されることも多くなっている。だが私は、つながりから言ってスケルツォ - アンダンテの方が断然よいという立場であり、今回はその順番であったことに、ある種の安心感を覚えたことは事実。その安心感によって、細部がどうのこうのと言う気はなくなったとも言えるが、ともかく全体の流れがすこぶるよい演奏であったのだ。日本でもマーラー演奏は頻繁に行われているので、その比較が興味深かったのだが、全体的な水準としては、東京のオケも決してフィルハーモニアにひけはとっていないと思う。それどころか、例えば第 3楽章アンダンテで特に重要になる木管楽器の緊密な溶け合いなどは、時として東京のオケの方が上ではないかと思われる瞬間もあった。また、弦楽器の厚みやつややかさも、決して昨今の東京のオケは負けてはいない。但し、弦楽器奏者個々人の積極性という観点で見ると、やはり海千山千のフィルハーモニアはさすがに懐が深い。あえて言えば、ときにガサガサする音すら聞こえるほど、弦楽器セクションの前進力に圧倒されたとも言えるだろう。きれいごとでない音楽の凄みを、このコンビで聴くこととなったわけであるが、サロネンの指揮は、実は決して呼吸の深いものではない。それゆえ、音楽の縦の鳴り方という点では、ほかにも優れた指揮者がいるであろうが、横に流れて行く力の素晴らしさには、毎度唸らされるのだ。しんねりむっつりは皆無。切れ味鋭く、集中力の強い音楽は、この指揮者とオケのコンビが現代において持っている高い価値を示していると思う。マーラーの演奏として、これが唯一無二とは言わないが、大いに満足できる演奏であった。終演後には客席は大いに沸き、アンコールはなかったものの、指揮者もオケもまた、満足そうであった。

さてここで、「川沿いのラプソディ」名物、寄り道です。私のサロネンという指揮者に対する思い入れを少し書いてみたいので、彼の指揮に興味のある方にはそれなりに有用な情報になればよいと思います。そもそも彼の初来日は 1987年、当時首席指揮者の地位にあったスウェーデン放送交響楽団とであった。私はそのときにシベリウス 5番をメインとするコンサートを聴きに行き、終演後にサインももらっている。これだ。
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もうあれから 30年経つのかと思うと感慨深いが、当時の 28歳の若者の面影を、サロネンは 58歳の今も保っていて、本当に音楽まで若々しいのが嬉しいではないか。実は彼が世界のスターダムに突如として現れたのは、1983年にこのフィルハーモニア管弦楽団の指揮台に、マイケル・ティルソン・トーマスの代役として急遽登場してマーラー 3番を振ったときであった。よってサロネンにとってはこのオケとのつながりは、マーラーを介して始まったわけである。そして CD では、メシアンのトゥーランガリラ交響曲という名盤をその頃フィルハーモニアと録音していて、それは私の文字通りの愛聴盤になったのである。何度繰り返し聴いたか分からないほどだ。だが、私がサロネンとフィルハーモニアの実演に初めて触れたのは、初来日から 15年を経た1998年のこと。コンポージアム 1998と題された現代音楽のフェスティヴァルで、今回と同じ東京オペラシティコンサートホールを舞台に、リゲティ作品を中心とした一連の演奏会が開かれたが、私が聴いたのは、クリスティアン・テツラフを独奏者とした、そのリゲティのヴァイオリン協奏曲の圧倒的な演奏で、今でも鮮烈に覚えているのだが、その演奏会のメインは、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」第 2組曲。大団円で音がぐぁーっと盛り上がって行ったときのとてつもない興奮は、本当に昨日のことのように思い出される。これが当時のプログラムと新聞記事。当時はロサンゼルス・フィルの音楽監督であって、未だフィルハーモニアの首席には就任していなかった。
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さらに、その後のロンドン在住中には幸いなことに、このコンビを頻繁に聴くことができた。彼が首席に就任したシーズンに開かれた極めて意欲的なシリーズ、「夢の都市ウィーン 1900-1935」。ここでは最初のシェーンベルク「グレの歌」を皮切りに、ツェムリンスキーの抒情交響曲や、マーラー 9番、6番、7番、ベルクの「ヴォツェック」など、私のような世紀末ウィーンの熱狂的ファンにとっては、まさに垂涎、狂喜乱舞のプログラムであった。私はこのシリーズにおいて、今回の曲目と同じマーラー 6番をはじめとする多くの演奏会を体験することができ、当時既によく知っていたサロネンとフィルハーモニアの間のケミストリーに、改めて圧倒されたのである。尚、このときの 6番 (2009年 5月の演奏) はライヴ CD にもなっている。
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ここではこれまでの私のサロネン体験の一部をご紹介したのみだが、考えてみれば私は、彼が未だ 20代の、キャリアの初期の頃からずっと聴き続けている指揮者であるということだ。その意味では、ラトルやシャイーや、それ以降の世代については皆同じ状況なのであるが、これらの指揮者たちが今、音楽の歴史を作っているわけである。サロネンの場合、見た目の若さもあって、未だ「巨匠」という名称はしっくりこないものの、やはり現代における最も優れた指揮者のひとりであることは間違いないだろう。今回のサロネン / フィルハーモニアの演奏会には、別プログラムでもう一度行くことができるはずなので、ここで書けなかった点も含め、また次回、サロネンについて熱く語りたいと思います。

by yokohama7474 | 2017-05-19 01:08 | 音楽 (Live) | Comments(4)

マーティン・ブラビンズ指揮 東京都交響楽団 (ピアノ : スティーヴン・オズボーン) 2017年 5月16日 東京オペラシティコンサートホール

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今私がこの記事を書き出したのは、このコンサートが終了してから 2時間半後。既に夜半となり、風呂上がりのビールを飲んだ私は、いつものようにほろ酔い気分。このところの出張や業務や接待メシや文化活動、それに伴う移動などで、それなりに疲れが溜まっていて、少し眠気を覚える。だがそれにもかかわらず、私の耳の底には未だ、このコンサートで鳴り響いていた第一級の音が渦巻いているのである。実に素晴らしい演奏だった。

このブログをご覧になっている方は先刻ご承知かと思うが、東京におけるオーケストラ活動は、私の見るところ、間違いなく世界一。もちろん、何をもって世界一と評価すべきはなかなか簡単ではないので、例えばウィーンやベルリンよりも本当に上かと訊かれれば、即答はできない。だが、ここ東京に存在するオーケストラの数と、来日オケ公演を含んだ演奏会の数、それから、もちろんそこに登場する演奏者の顔ぶれ、ホールのクオリティ (この点は若干の例外もあるが)、聴衆のクオリティ、そして、演奏される曲目のヴァラエティ、それらをすべて勘案すると、やはり東京は世界一のオーケストラ都市であると言ってよいと思うのである。上記の要素のうち、曲目について考えてみると、マーラーやブルックナーの大曲が多いことは言うまでもないが、最先端の現代音楽や古典派のレパートリーも絶えず演奏されている。だがそんな中で、東京で聴く機会が決して多くない分野のひとつに、英国音楽があると言えるように思う。もちろん、尾高忠明は、かつて BBC ウェールズ交響楽団のシェフを務めた関係で、英国音楽を演奏するケースが多いが、彼のコンサートで演奏される頻度が多い英国音楽は、エルガーやウォルトンではないか。その点、今回東京都交響楽団 (通称「都響」) が取り上げた曲目は意欲的だ。
 バターワース : 青柳の堤
 ティペット : ピアノ協奏曲 (1955年作、日本初演)
 ヴォーン・ウィリアムズ : ロンドン交響曲 (交響曲第 2番) (1920年版)

日本では英国音楽の愛好家は決して多くないと思うし、正直なところ、私自身もそうである。昔は三浦淳史という音楽評論家がいて、随分と積極的に英国音楽を紹介していたが、最近そのような評論家がいるとは思えないし、そもそも音楽評論なんて、読む機会が激減してしまっている。なので、このような曲目ではきっと客席はガラガラかと思いきや、満席ではないものの、結構席が埋まっていたのである。つまり、あまり聴く機会のない曲への期待感が、聴衆の側にはあったはずだ。そしてこのような曲目であるから、指揮者も英国人である。1959年生まれのマーティン・ブラビンズ。彼はつい最近まで名古屋フィルの常任指揮者を務めていたのは知っていて、どうやら職人的手腕のありそうな指揮者のようで、ちょっと興味はあったのだが、実際に聴くのは今回が初めて。現在はロンドンのイングリッシュ・ナショナル・オペラの音楽監督だ。
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英国からは数々の名指揮者が生まれていて、私もその中の何人か、例えばエードリアン・ボールトとかジョン・バルビローリとか、あるいはコリン・デイヴィスのような巨匠たちは、心から尊敬するものである。彼らの誰もが多かれ少なかれ英国音楽を演奏し、多くの録音も残されているが、英国の管弦楽曲で最もポピュラーと思われるエルガーの交響曲ですら、私は溺愛するには至っていないし、英国の多くの作曲家の作品に聴かれる保守性に、少々うんざりすることもある。だがそれゆえにこそ、このようなすべて英国音楽というプログラム、しかも 1曲は日本初演というプログラムには、興味を持ったのである。

今回の最初の曲目、バターワースの「青柳の堤」は、題名は聞いたことがあるものの、実演で聴くには初めてだ。そもそもこの作曲家の作品は、あのカルロス・クライバー指揮の非正規盤で小品を聴いたことくらいしかない。ジョージ・バターワース (1885 - 1916) は、英国の民謡を採集して創作にいそしんだが、惜しいことに第 1次大戦に出征して戦死しているので、ごく少数の作品しか残っていないのである。家柄は結構よかったらしく、イートン校からオックスフォードに進んだインテリ。顔にも、どことなく野性味のある知性が窺われる。
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この「青柳の堤」(原題は "The Banks of Green Willow") は、6分ほどの短い曲で、彼が採集した民謡と自身の作曲による旋律から成っている。英国音楽らしい平明で保守的な面はあるものの、傾聴するとなんとも美しい曲であり、そして、ブラビンズの的確な指揮による都響の、実に美しい演奏!! 31歳で散ってしまった才能を惜しむ気持ちは誰でも抱くであろうが、だが、限られた人生でこんな佳曲を残したという事実だけでも、後世の人たちが忘れてはならない人であると思う。

そして 2曲目は、20世紀英国音楽を代表するマイケル・ティペット (1905 - 1998) のピアノ協奏曲で、なんと今回が日本初演。ティペットの作品は、代表作であるオラトリオ「我らの時代の子」を、録音でも実演でも聴いたことがあるし、ショルティが初演した交響曲第 4番や、チェリビダッケがロンドン交響楽団と来日したときに採り上げた典礼舞曲 (オペラ「真夏の結婚」から) などを通して、その作風には一定のイメージがある。だが、その長い生涯の経歴についてはほとんど知識がないし、ピアノ協奏曲を書いていたことも知らなかった。
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解説によるとこの曲は、1950年に英国公演を行ったドイツの名ピアニスト、ワルター・ギーゼキングが弾くベートーヴェンの 4番のピアノ協奏曲のリハーサルを聴いて刺激を受けて作られたものとのこと。第 1楽章が全体の半分を占めることや、緩徐楽章である第 2楽章が短い点がベートーヴェンの 4番のコンチェルトと似た構成とある。うん、たしかに 4番はそういう構成だが、楽章の長さよりも顕著な特色は、第 1楽章はピアノ・ソロで入り、第 2楽章はオケの弦楽合奏で入るという、鮮やかな対照が明確である点ではないか。このティペットの曲は、そのような対照は意図されていないようなので、あまりベートーヴェンの曲のことを気にする必要はなさそうだ。聴いていると、この曲においてはピアノはあまり雄弁に語ることはなく、終始何か呟いているような印象で、一方のオケの方も、壮大に鳴る場面は多くなく、木管の一部がハモったり、弦楽器のワン・セクションだけが旋律を奏でたりと、薄い音響が多く聴かれる。面白かったのは第 1楽章のカデンツァで、チェレスタの伴奏がつくこと。このようなキラキラした感じが、ティペットのひとつの持ち味と言えるであろうし、何よりも、ここでもオケの妙技が抜群で、非常に楽しめる演奏になった。あ、言い忘れてしまったが (笑)、ソリストはやはり英国人 (と言っていいのかな、スコットランド人である) のスティーヴン・オズボーン。1971年生まれで、2015年の都響ヨーロッパツアーで共演歴があるらしい。今回は驚くような演奏ではなかったものの、譜めくりを横につけながら、自然体でうまく曲の流れを作り出していたと思う。
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さて、そして後半の大曲は、レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ (1872 - 1958、RVWと略される) のロンドン交響曲。彼も英国を代表する作曲家であり、9曲の交響曲を書いていることは有名だが、実演で聴くことは決して多くない。ましてやこのロンドン交響曲は、作曲後に交響曲第 2番という番号が与えられているが、50分の大作であり、誰もが親しんでいる内容とは言えない。これが若い頃の RVW。
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私が RVW の交響曲に最初に触れたのは高校時代で、アンドレ・プレヴィンの指揮する南極交響曲 (第 7番) だったと記憶するが、正直なところ、あまり乗れなかった。その後、ハイティンクとロンドン・フィルの全集も購入したものの、そのセット物 CD のすべてを聴いたわけではないという、その程度のつきあい (?) である。だが、「トーマス・タリスの主題による幻想曲」(映画「聖杯たちの騎士」での使用が印象的であった) と「グリーンスリーヴスによる幻想曲」は大好きでよく聴いているし、RVW が指揮者として残したマタイ受難曲の録音も持っている。ともあれこのロンドン交響曲、標題音楽の一種であるが、作曲者自身が詳細の説明を好まず、「ロンドンっ子が書いた交響曲」と称している。今回初めて実演で聴いたが、なかなか面白い音楽だ。第 1楽章をたとえてみるなら、冒頭はシュトラウスの「アルプス交響曲」風の夜明けに始まり、「オペラ座の怪人」と「パリのアメリカ人」と中国の音楽が順番に出てくる、と言えばよいだろうか。この曲を聴いたことのない人にはチンプンカンプンだろうが (笑)、知っている人には分かるはず。以前何かのテレビで、その「オペラ座の怪人」風の箇所を面白おかしく紹介していたし、また、ロンドンの街の喧騒を表す音楽は、まさにガーシュウィンの「パリのアメリカ人」のようだ。そして、いかにも中国の音楽のようなメロディで盛り上がるのだが、これはいわゆる五音音階という奴で、RVW が採集した英国民謡から発想されているようである。ちなみに RVW は前述のバターワースよりも 17歳上だが、この二人は意気投合して英国民謡採集をともに行う仲であったらしく、このロンドン交響曲は、戦死したバターワースに捧げられている。さてこのようなごった煮音楽を面白く聴くには、ひとつ重要な条件がある。それは、とびきり上質な音質である。その点こそ、今回のブラビンズと都響の演奏の成功の第一の理由であろう。弦楽器はもちろん、木管も金管も、もうこれ以上ないほどのクオリティであり、音のパースペクティヴが完璧であった。まさに惚れ惚れする音とはこのこと。弦楽器の各パートは、先頭から最後列まで均一の音が鳴っていたが、これは一流オケの証明である。実際、演奏し慣れているはずのないこの曲を、手慣れたマーラーを演奏するごとくに余裕をもって演奏した都響のメンバーに、最大限の賛辞を捧げたいと思う。そしてもちろん、オケに気持ちよく演奏させたのは指揮者の功績。奇をてらったところは全くなく、実に真摯に棒を振り続けたブラビンズ、期待通りの高い職人性で、素晴らしい音楽を成し遂げたのである。

曲が静かに終わったあと、東京のコンサートホールではいつも聴かれる静寂があり、そして大きな拍手とブラヴォーの声。聴衆は皆、この演奏を楽しんだのである。印象的だったのは、ひとしきりカーテンコールが行われたあと、指揮者が聴衆に対して拍手をしたこと。きっとブラビンズは、東京の聴衆のレヴェルの高さを再認識したに違いない。決してポピュラーとは言えない英国音楽をこれだけ高度な音にするオケと、それにブラヴォーで応える聴衆。我々はそれを誇りに思いたい。私は常々、いわゆるお国ものには疑問を覚えることが多く、英国人指揮者だからといって英国音楽を指揮すべきだとは思わないが、このような演奏が聴けるなら、お国もの大歓迎である!! このコンビによるヴォーン・ウィリアムズの演奏、今度は 5/21 (日) に池袋の東京芸術劇場で、南極交響曲 (交響曲第 7番) が予定されている。私はそれに出かけることはできないが、これはお薦めである。

さて、記事を書き終わろうという今、酔いは既にさめてしまったが、でもあの都響の音は耳に未だ残っている。今晩はよい夢を見ることができるだろう。ロンドンの喧騒の夢でないことを祈ります (笑)。
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by yokohama7474 | 2017-05-17 01:14 | 音楽 (Live) | Comments(0)

山田和樹指揮 日本フィル マーラー・ツィクルス第 7回 2017年 5月14日 Bunkamura オーチャードホール

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1979年生まれの若手指揮者のホープ、山田和樹が日本フィル (通称「日フィル」) を指揮して行っているグスタフ・マーラー (1860 - 1911) の全交響曲の連続演奏会、いわゆるツィクルスも、今年で 3年目に入り、いよいよ最後の 3つの交響曲 (番号のついていない「大地の歌」及び未完成の 10番は除く) が演奏される 。上のポスターにある通り、「第 3期 昇華」というタイトルがついている。因みに第 1期は「創生」、第 2期は「深化」であり、毎年 3曲ずつ順番にマーラーの交響曲を演奏して来ているのである。また、もうひとつの特色は、名実ともに日本を代表する作曲家、武満徹 (1930 - 1996) の作品を毎回組み合わせていること。このブログでは昨年の 4・5・6番をご紹介したが、私はこのツィクルスを最初から (出張で聴けなかった 2番を除き) 聴いて来ているので、いよいよ 3年目の仕上げに入ったことに大きな感慨と期待を抱くものである。そして今回の曲目は以下の通り。
 武満徹 : 夢の時 (1981年作)
 マーラー : 交響曲第 7番ホ短調「夜の歌」
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今回もいつものように演奏前に山田が登場してプレ・トークを行った。それによると、このシリーズを続けてきて、自らも、計画した当初考えたことと、実際にやってみて分かることとの違いを感じるとのこと。それは、自らの指揮の変化、マーラーの作風の変化、そして武満とマーラーの意外な共通性といったものである由。未だ 30代の指揮者としては、いかに天才といえども当然、日々進化の過程にあるであろうし、また、よく言われる通り、マーラーの作品には彼自身の人生が暗示あるいは予言されているという要素もあるので、創作の過程を時系列に従って辿ることによる発見は、必ずあるだろう。そして、これまであまり言及されて来なかった武満とマーラーの共通点については、私自身も毎回新鮮な思いを抱いている。もちろん、共通点とともに相違点もまた多く感じるわけであるが、時代も場所も文化的背景も超えて、例えば生と死の問題であるとか、人間と自然の対立や融和とか、あるいは音響美学という点においても、興味深い共鳴を耳にすることができるように思う。さて山田は今回演奏する第 7番が、マーラーの中で最も人気のない曲ゆえ、今回のコンサートのチケットの売れ行きもよくないと嘆いて聴衆を笑わせたが、なんのことはない、会場のオーチャードホールはほどんど満席だ。もちろん、この 7番がマーラーの交響曲で最も人気が低いことについては私も同意するし、多くの人が同意見であろう。山田はその理由のひとつとしてまず、マーラー自身が、初期の交響曲について書いたような詳細な曲の内容についての説明を、後年はしなくなったことを挙げた。そして、「夜の歌」というタイトルがよかったのか悪かったのか分からないが、終楽章などはハ長調で光が差すような音楽であって決して暗くはないし、交響曲として珍しいギターやマンドリンといった楽器の使用 (マーラーがうまく書いているので、PA 使用による補強も検討したが、なくてもよく聞こえるので不要と判断したと) も、夕方のセレナードというよりは、東洋的な雰囲気を出すために使われていて、そこにはロマン主義という時代の美学もあると主張。さらに、マーラーと武満の共通点として、バッハ研究を挙げた。マーラーは晩年バッハの楽譜を持ち歩いていたらしく、特にこの 7番の終楽章は、バロック音楽の研究成果であるという評価が一般的だ。また武満もバッハを深く尊敬し、最期の病床でもマタイ受難曲を聴いていたことを例に挙げていた。そして興味深かったのは、このような現象はもちろんバッハ個人の音楽への傾倒もさることながら、西洋音楽の原点であるバッハに遡ることで、モーツァルトやベートーヴェンをもそこに見ていたのだろうという山田の言葉である。つまりそれは、西洋音楽の流れの中に自分を置く試みであって、マーラーも武満も、そのような先人たちに学ぶ姿勢によって歴史に名を留める存在になったということを意味していよう。現代にもそのような作曲家たちが多く存在して欲しいと思わないではいられない。ここでは大バッハに敬意を表して、その肖像画を掲げておこう。
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さて今回の演奏であるが、山田の内外での活躍ぶりを知っているせいか、これまでよりもさらに一段の高みに到達したように思われてならない。最初の武満の「夢の時 (ドリームタイム)」は、オーストラリアの先住民であるアボリジニの天地創造の神話に想を得たもの。典型的な武満の美しい作品で、思い出してみると岩城宏之が手兵メルボルン交響楽団と来日したときに取り上げていたのをテレビで見たのが、私のこの曲との出会いであった。それは 1987年のこと (ちなみに岩城はこの曲の初演者であり、それは 1982年に、当時の岩城のもうひとつの手兵であった札幌交響楽団を指揮してのものであった)。私は当時、最初にこの曲を聴いたときから、時折ズーンと鳴り渡る和音に心地よさと神秘感をいつも覚えるのである。また、ここでの夢の世界の顕現には、映画芸術の夢との類似がイメージされているようで、いかにも映画マニアの武満らしい。だが驚くべきことに、この曲はもともと、チェコ出身の前衛振付家、イジー(英語読みで「イリ」とも)・キリアンの委嘱による舞踊音楽なのだ!! ダンスの音楽にしては全く拍節感がないのであるが、それはそうだ。夢の世界だもの (笑)。ただ音楽史には、拍節感のないバレエ音楽として有名な例がある。それはもちろん、伝説のニジンスキーが踊ったドビュッシーの牧神の午後への前奏曲だ。武満との共通性という点では、真っ先に名前の挙がるのが、この作曲家である。また、以前も記事で採り上げたが、武満の創り出した美しい音響は、ロシアの天才監督、アンドレイ・タルコフスキーの映画に表現されたような究極の夢幻性との共通点も、感じずにはいられない。武満の描いた夢の時間はまた、音楽史や映画史の記憶と結びついた、美的感覚に酔うことのできる時間であったのだ。今回の山田と日フィルの演奏のように、極めて繊細に、だが自然に美麗な音が響いてくると、このような曲はレパートリーとして定着し、将来の聴衆にも是非楽しんでもらいたいと切に思うのである。これが、「夢の時」初演に近い頃のキリアン。
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そしてメインのマーラー 7番であるが、山田の解釈は非常に洗練されたものであり、弦を中心とするオケの熱演によって、この渋い曲の魅力が、実は侮れないものであることを再認識させるに充分であったと思う。例えば冒頭部分、さざ波が起こって湖にボートが動き出すような音楽は、普通はもっと緩やかに重々しく奏されることが多いが、今回の演奏では、陰鬱さを感じさせないテノールホルンのしっかりしたソロによって、遠い世界への呼びかけのように響いた。英語で言うと Evocation などという言葉があり、日本語では「召喚」ということになろうか、神秘性を含む言葉のイメージだ。だがこの場合の神秘性は、前半の武満の曲のそれと同様、あくまで美的な感覚であって、おどろおどろしいものは感じない。今思い返せば、今回の山田の解釈では、第 3楽章の「影のような」と譜面に書かれたスケルツォですら、必ずしも闇の音楽ではなかったし、終楽章も、様々な演奏の可能性のある中で、かなり輝かしさに意識を置いたものであったと思う。第 2楽章、第 4楽章の「夜の音楽」の性格も、そう、たまたま前日にジョナサン・ノットと東京交響楽団で聴いた「タクシードライバー」の危険なニューヨークの夜の雰囲気とは異なり (笑)、あくまで美学としての夜のイメージ、ここではないどこかを思わせる遥か彼方へのロマンということであったろう。そうなると、頻繁にオケがひきつけを起こすような第 1楽章も、これも前日のノットと東響で聴いたベートーヴェン 8番のスフォルツァンドとは異なり、諧謔味はないが、しかし退廃的なものでもないように響いたと書いてしまおう。全曲を通しての弦楽器の共鳴には素晴らしいものがあり、特にヴィオラが深く音楽をえぐっていた。中音域の充実によって、この曲らしい晦渋さは表現されていたものの、素晴らしいのは、それがしんねりむっつりしたものではなく、常に前進力を音楽に与えていたのである。要するに、ここで山田は、陰鬱な世紀末的退廃ではなく、美的なロマン性を推進力を持って表現することで、この曲の魅力に新たな光を当てたということではなかったろうか。

演奏を終えた山田の顔には、充実感が溢れており、自身もかなり手ごたえを感じる出来であったろう。多くの場合日本のオケの課題である金管パートには、今回もごくわずかな課題はあると思ったが、炸裂する音響も随所に聴かれ、迫力充分であった。何より、山田和樹という若い逸材とこのような充実した共同作業を行うことで、オケの皆さんの語彙もより拡充するであろうから、日フィルのマーラーの在り方を今後も追求して頂きたいものだと思ったことである。このツィクルス、次回はいよいよ 6月初旬、超大作の 8番だ。鳥肌立つ名演を期待しております。

by yokohama7474 | 2017-05-15 00:39 | 音楽 (Live) | Comments(2)

ピンカス・スタインバーグ指揮 NHK 交響楽団 2017年 5月13日 NHK ホール

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今月の NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の定期演奏会には、二人の指揮者が登場する。ここではそのうち、イスラエルの名指揮者、ピンカス・スタインバーグ (上の写真の左側) が指揮した演奏会をレポートする。スタインバーグは 1945年生まれだから今年 72歳。これまで、ウィーン放送交響楽団やスイス・ロマンド管弦楽団のシェフを歴任し、2014年からはブダペスト・フィルの首席指揮者である。実は N 響には過去登壇していることは知っていたし、ウィーン放送響との来日もあったが、私はこれまで彼を生で聴いたことがない。彼の父、ウィリアム・スタインバーグはやはり実績のあった名指揮者で、ボストン交響楽団の音楽監督にまで登りつめている (小澤征爾のすぐの前任者で、任期は1969年から 72年まで)。私は若い頃、この父スタインバーグとボストン響によるホルストの「惑星」がひそかな名盤であると耳にして、廉価版で出ていたアナログレコードを購入して楽しんでいたことがある。派手さはないが、職人的な信頼感を感じる指揮ぶりだったと記憶する。最近では彼のアンソロジーなど購入しており、再度聴き込みたいと思っているのだが、ちょっと待て。息子ピンカスは現在活動中なのだから、彼の実演をこそ聴くべきではないのか。そう思うとこの指揮者が無性に気になってきたのだが、今回の演奏会の曲目が面白い。
 スメタナ : 連作交響詩「わが祖国」

この曲はチェコ音楽の父と呼ばれるベドルジハ・スメタナ (1824 - 1884) による 6作の交響詩群で、チェコ人特有の強い愛国心に裏打ちされた名作なのである。極めて有名な第 2曲「モルダウ」以外にも、チェコの過去の英雄や民族の戦い、あるいは自然の美しさを謳い上げた 75分ほどの大作。
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だがその特性から、返ってこの連作全曲の一般的な演奏頻度は、低くなってしまっている。毎年チェコの首都プラハで開かれる音楽祭「プラハの春」のオープニングでは、チェコ第一のオーケストラであるチェコ・フィルがこの曲を演奏することになっており、チェコの人たちにとってはそれだけ大事な曲。なので、チェコ人以外の指揮者が全曲を実演で取り上げること自体がまず珍しいし、チェコ以外に存在するオケにとってもそれほど馴染みのあるレパートリーにはなっていない。今回のように、イスラエル人の指揮者と日本のオケによる演奏は従って、この音楽の価値に純粋に耳を傾けるよい機会なのである。プログラムによると、スタインバーグは N 響には過去 5回、1986年、1992年、1994年、1997年、2005年と登場しており、今回は実に 12年ぶりの共演。この「わが祖国」全曲は既に一度、初顔合わせの 1992年に採り上げている由。実に 25年ぶりということだ。世界で経験を積んだこの指揮者を聴くタイミングとしては、なかなかよいのではないかと思い、会場の NHK ホールに足を運んだのである。因みに、上記「プラハの春」音楽祭の初日、つまりこの「わが祖国」が毎年演奏されるのは、スメタナの命日で、それは 5月12日。ちょうどこの演奏会の前日であった。
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結果として私はこのコンサートを大変楽しんだ。スタインバーグは全曲を暗譜で指揮したが、全く危なげなく、完全に掌握したレパートリーであることが明白であった。また、爆発力も見せながら、一方で楽員の自主性を重んじるところもあり、例えば冒頭のハープ 2台の演奏には、後ろ姿だけから判断すると、キューを送っている様子も見られず、開始のタイミングは奏者に任せたように思われた。この「わが祖国」は、上述の通りのチェコの民族性の要素はあるものの、大変劇的な音楽であり、例えばチャイコフスキーほど気が利いた音楽ではないにせよ、時折思い出したように、素晴らしくカッコいい響きが鳴り響くのである。従って、各曲の性格をきっちり描き分けて、聴かせどころを外さなければ、チェコ云々という要素なしでも充分楽しめるのである。その点、今回の演奏では指揮者の意図が明確に感じられる箇所が多く、純粋に劇的な音楽として楽しむことができた。事前のイメージ通り、職人的な指揮ぶりと言えばそうかもしれないが、指揮者とはそもそも職人性がないとできない職業であり、長年鍛錬した究極の職人技からカリスマ性が出てくるケースが多いことは、例えば先般亡くなったスタニスラフ・スクロヴァチェフスキの例などでよく分かる。この指揮者も、今まさにそのような円熟の境地に達しているのではないだろうか。楽員たちを同じ方向に導き、必要なところで必要な音を、つまりは繊細な音、豪快な音、長い音短い音、まっすぐな音曲がった音、そのような様々な音たちを自在に引き出すことは、共演を重ねたオケでないと難しかろう。スタインバーグと N 響は、長い付き合いではあるものの、その間に何度も空白があるので、オケとの呼吸の点ではごくわずかな課題もあったかもしれない。だがそれでもこの演奏では、尻上がりに音の鳴りが自在になっていったと言えるのではないか。情緒に流れるところは皆無であり、常に明確に指示を出し、きっちりとリズムを刻む姿は、ちょっと意外なたとえかもしれないが、ゲオルク・ショルティを思わせるところもあった。つまりは、究極の職人であり華麗なるカリスマであった指揮者である。その意味では、このスタインバーグはこれからどんどん充実の音楽を聴かせてくれるのではないだろうか。N 響は本当によい指揮者を招いているものだと、改めて感心するとともに、今後のスタインバーグへの期待もまた高まったのである。

ところで今回のプログラムに、今年 2月から 3月にかけて N 響が行ったヨーロッパ演奏旅行の詳細なレポートが載っていて興味深い。指揮はもちろん首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィで、ベルリン、ルクセンブルク、パリ、アムステルダム、ロンドン、ウィーン、ケルンという一流の音楽都市ばかりでの勝負であった。ベルリンのリハーサルでは、ダニエル・バレンボイムや樫本大進らベルリン・フィルのメンバーも顔を見せたらしい。ちょっと不鮮明だが、なかなか興味深いツー・ショット。昨年サントリーホールで開かれたバレンボイムとシュターツカペレ・ベルリンのブルックナー・ツィクルスをヤルヴィが聴きに来ていたことはこのブログでも記事にしたが、この 2人はパリ管の音楽監督として先輩後輩でもあり、意外と親しいのかもしれない。
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プログラムには、各地での新聞評が載っているが、どこもほぼ絶賛である。以前は日本のオケと言えば技術的には正確でも、精神的な部分で不足しているところがあるという評価が一般的だったが、これらの評を読んでいると、明らかにそのレヴェルを超えたと見做されており、率直な驚きが見られる。例えばアムステルダム、あの素晴らしいコンセルトヘボウ管を持つ欧州有数の文化都市での批評の最後の部分を引用しよう。

QUOTE
弦楽器はクラシック愛好家が通常ウィーン・フィルの特徴とみなす輝きを放っていた。ヴィオラはベルリンなさがらであった。日本人は、このコンセルトヘボウ (注 : ここではオケではなく同名のホールのこと) という虎穴でアムステルダム的な切り札を切った --- どんなに指がまわっても、見せびらかしはありえない。このオーケストラを知らぬ間に世界トップに持ち上げた男の名前は、パーヴォ・ヤルヴィという。
UNQUOTE

くーっ、痺れる批評だなぁ。これは是非楽員の方々も誇りとして頂き、日常の演奏の糧として頂くことを切望するのみです。ところで、今や押しも押されぬ音楽界のドンたるバレンボイムも、1973年に N 響の定期公演を指揮している。久しぶりに振ってみたいと思って頂けないものでしょうかね。上の写真でヤルヴィが大先輩のバレンボイムの肩に手をかけて話しているのは、もしかしたらそのことではないか、と勝手に想像するのも楽しいではないか。

by yokohama7474 | 2017-05-14 01:08 | 音楽 (Live) | Comments(6)

ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 2017年 5月13日 東京オペラシティコンサートホール

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今月は東京交響楽団 (通称「東響」) の指揮台に音楽監督、ジョナサン・ノットが帰ってくる。予定されているのは 2つのプログラムによる 3回のコンサート。そのうち私が今回聴いたものは、この東京オペラシティでの演奏会ただ 1回だけのプログラム。このコンサートの曲目を見ると、これは必聴のものと誰しもが思う・・・かどうかは分からないが、少なくとも私はそうであったのだ。以下のようなもの。
 ハーマン (パーマー編) : タクシードライバー オーケストラのための夜の調べ
 バートウィッスル : パニック アルト・サックス、ジャズ・ドラムと管打楽器のための酒神讃歌
 ベートーヴェン : 交響曲第 8番ヘ長調作品93

では何がそんなに私に期待を抱かせたのか、順番に見て行こう。まず最初の作品は、映画好きならすぐに分かるはずの、これだ。
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1976年制作、マーティン・スコセッシ監督、ロバート・デ・ニーロ主演の映画「タクシードライバー」。私は公開当時この映画を封切で見るには未だ幼かったが、もちろんその後テレビで見て、衝撃を受けた。そして、初めてニューヨークを訪れた 1996年の冬に、あちこちのマンホールの蓋から白い蒸気が立っているのを見て、「まるで『タクシードライバー』ですね!!」と興奮して、当時の駐在員に笑われたものであった。そしてこの映画で見事に表現された夜のニューヨークの雰囲気には、アルトサックスが奏でるこの映画のテーマほどふさわしいものはないのである。この映画の音楽を書いたのが、「市民ケーン」や、「サイコ」をはじめとする数々のヒッチコック映画でその天才を示した、あのバーナード・ハーマン (1911 - 1976) であることを知ったのは、さらに後年のことであった。熱烈なヒッチコック・ファンである私は、当然このバーナード・ハーマンの映画音楽の CD (サントラではない)を複数所持しているが、ひとつは作曲者自らがロンドン・フィルを振ったもの。もうひとつは、あの名指揮者エサ=ペッカ・サロネン (ちょうど来週から来日する予定だ) 指揮のロサンゼルス・フィル。前者はヒッチコック作品だけだが、後者には「タクシードライバー」も含まれている。これが指揮をするハーマンの写真。いやそれにしても「サイコ」の音楽、サイコーでしょう。シャレではなく本当に。
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さて、今回の演奏会では、生前ハーマンの作曲をサポートした英国の作曲家・編曲家のクリストファー・パーマー (1946 - 1995) の編曲による 9分ほどの短い作品が演奏された。コンサートの開演は 14時であったが、この音楽とともに会場は、未だ危険の多かった頃のニューヨークの夜の雰囲気で満たされた。オーケストラはほぼ通常編成だが、一見して明らかなことに、主要楽器の中ではオーボエを欠いている。なるほど、夜の雰囲気にこの高音を奏でる楽器は不要ということか。ノットは暗譜で指揮を取ったが、いつものように丁寧な指揮ぶりで、この後に演奏されたような前衛音楽でもなく古典の名作でもない、映画音楽という、ともすれば芸術家から軽視されそうなレパートリーに対する彼の深い愛情を感じることができた。と書いている今も、「タクシードライバー」のテーマを口ずさんでいる私 (笑)。

そして 2作目は、1934年英国生まれ、既に 83歳で Sir の称号を持つ偉大な作曲家、ハリソン・バートウィッスルの作品。
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私は彼の作品の熱狂的なファンというわけでもないが、ブーレーズが指揮した彼の作品集の CD などで、それなりに馴染み深い作曲家である。今回演奏された「パニック」という作品は、1995年にアンドルー・デイヴィス指揮 BBC 交響楽団によって、夏の風物詩であるプロムスのラスト・ナイトで初演されたもの。アルト・サックスとドラムスがソロとして活躍し、一方のオケには、なんと弦楽器が一切含まれておらず、管楽器と打楽器だけ。結果として繰り出される音響はかなり刺激的で、カオスと言ってもよい。独奏楽器たちは酒神バッカスの奔放なふるまいを表しているらしく、神話的でありかつ演劇性も持ち合わせるこの作曲家らしい作品と言える。ここでのアルト・サックス独奏は、「タクシードライバー」と同じく波多江史朗。ドラムスは萱谷亮一で、ともに目まぐるしい音響の中をよく泳いでいた。ここではノットはさすがに譜面を見ながらの指揮であったが、常に動いていなければならないこのような現代曲こそ、もともと彼が得意とする分野のひとつ。若干うるさい音楽であったことは事実だが、それでもノットの良心的な演奏に充実感を覚えることとなった。

そして最後のベートーヴェン 8番。なぜそれまでの意欲的な 2曲の後のメイン曲目が、ベートーヴェンの交響曲の中では決して派手ではないこの曲であったのか。指揮者自身のコメントは見当たらないものの、私の勝手な解釈では、いずれの作品でもリズム及び打楽器が大事である点がひとつ。それから、1曲目の作曲者ハーマンは、「映画音楽のベートーヴェン」と呼ばれているらしいこと。加えて、2曲目のバートウィッスルに見られたような、楽器の擬人化に近い効果が、このベートーヴェンの交響曲にあるからではないか。彼の書いた 9曲の交響曲のうち最後から 2番目であるが、最後の第 9は明らかに古典派の範疇を越えてロマン派に入っているのに比べると、この曲の場合、長さは 30分程度と短く、伝統的な 4楽章制を取っていて、一見すると古典派風に見える。だが、序奏もなくいきなり流れ出る冒頭の流麗なメロディや、実は大シンフォニーにも負けないくらい激しく畳みかける音響が聴かれる第 1楽章からして、ハイドンやモーツァルトの音楽とは全く違うのである。そもそもここには、ある種の痙攣するような音楽が頻繁に聴かれる。いわゆるスフォルツァンドという楽譜の指示なのだが、例えば交響曲第 2番の古典的なスフォルツァンドとは異なっていて、諧謔味が濃い上に、表現の幅が広い。それにより、特にそれぞれの木管楽器が、何らかの喜劇的性格を与えられて、擬人性を感じるのだ。再び暗譜で行われた今回のノットの指揮を聴いていると、このスフォルツァンドが絶妙に響いていて、音楽的視野が突然さぁっと広がるような気がした瞬間が何度も訪れた。ヴァイオリンは (ベートーヴェンだけでなく演奏会を通して) 左右に振り分けられ、弦楽器の編成はコントラバス 5本 (チェロが 6本だったので、コントラバスは本来の 4本より 1本増やして低音を充実させたのであろう)。ティンパニは、最近ベートーヴェン演奏でよく見かけるような硬い音のする小ぶりなものではなく、通常のものであった。つまり、サイズや配置は古楽器オケ風であっても、この曲が必要とする多彩な表現を求めていたことが分かる。弦と管のかけあいも素晴らしいものがあった。全体を通して、曲の性質への理解がないと正当な評価が難しい、ちょっと通好みの名演であったと思うが、客席からは盛んにブラヴォーが飛んでいて、大変気持ちのよいコンサートであった。ノットと東響、いよいよさらなる高みに昇って行く予感である。
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さて、最後にオマケとして、今回の最初の 2曲と関連する私の体験を書いておこう。まずバーナード・ハーマンであるが、ニューヨーク・フィルのコンサートの中で、やはり彼の音楽を演奏したものがあったことを覚えていて、しかもそこにはスペシャル・ゲストが出演していたのだ。記憶を頼りに書庫をあさって引っ張り出してきたのが、2006年 4月24日のコンサートのプログラム。指揮はあの作曲家、ジョン・ウィリアムズ (彼も既に今年 85歳と高齢。まだまだ元気で活躍して欲しいものだ)。この時には実はコンサート前半にハーマンの音楽 (「市民ケーン」を含む初期の作品やヒッチコック作品に加え、「タクシードライバー」も)、後半には自作を指揮したのである。そしてスペシャル・ゲストとは、前半がマーティン・スコセッシ、後半にはなんと、スティーヴン・スピルバーグだったのだ!! 資料として貴重だと思うので、プログラムの写真を掲載しておく。
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そして私は思い出したのだ。このとき前半に登場したスコセッシは確か、ニューヨーク生まれという自らの生い立ちを語ったあと、「タクシードライバー」に関するハーマンとの思い出を語っていた。特に、「このときはハーマンは既に病気で、最後の録音の直後に亡くなった」と言っていたことを、まさに今日思い出したのだが、調べてみると確かにそうだ。1976年、バーナード・ハーマン最後の作品がこの夜の音楽、「タクシードライバー」であったのだ。脳の中にかろうじて残っていた 11年前の記憶が、思わぬかたちで甦った。ボケ防止にはよいことだ (笑)。

そしてバートウィッスルに関しては、2008年 4月15日、ロンドンのロイヤル・オペラで、「ミノタウロス」というオペラの世界初演を見た。この作品、今では DVD も市販されている。音楽監督アントニオ・パッパーノの指揮で、主演はジョン・トムリンソンであった。
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ここにもギリシャ神話に傾倒する作曲者の姿勢が見える。聴いて楽しい音楽では決してなかったと記憶するが、バートウィッスルの作品の流れに対するあるイメージ作りとしては、貴重な経験をしたものであると思う。

たった一回の東京での音楽会から、映画にギリシャ神話に、そして正統的な古典音楽の斬新な解釈まで、たくさんの刺激を得ることができたわけだ。一粒で何度でもおいしいコンサートでした。さすがノットである。

by yokohama7474 | 2017-05-14 00:01 | 音楽 (Live) | Comments(7)

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2017 井上道義指揮 シンフォニア・ヴァルソヴィア (和太鼓 : 林英哲) 2017年 5月 5日 東京国際フォーラム ホールA

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今回のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン、音楽祭の期間はあと一日残っているものの、明日は別件があってでかけることのできない私が、最後に楽しんだコンサート。それがこれだ (19:00 開演、コンサート No. 215)。絶好調の井上道義が、ポーランドの室内オケであるシンフォニア・ヴァルソヴィアを振る。そして曲目は以下の通り。
 フィリップ・グラス : 2つのティンパニとオーケストラのための幻想的協奏曲
 石井眞木 : モノプリズム (日本太鼓群とオーケストラのための)

最初に言ってしまうと、非常に大きな期待を込めて出かけたこのコンサート、大変な熱演であり、本来 45分で予定されている演奏時間が 1時間を越えても、聴衆は温かい拍手を演奏者たちに送り続けていた。今回の音楽祭の中でも特筆すべき成果のひとつになったのではないか。

まず、最初のグラスの作品から始めよう。1937年生まれのグラスは、今年既に 80歳になると聞いて驚くが、日本でもそれなりに知名度のある現代音楽の作曲家ではないだろうか。いわゆるミニマル・ミュージックに属する作曲家と一般にはみなされていて、「コヤニスカッツィ」のような映画音楽や、あるいはデヴィッド・ボウイ、ブライアン・イーノと組んだヒーローズ・シンフォニーなどが知られているかもしれない。私にとっても長らく近しい作曲家であり、手持ちの CD も多いし、代表作「浜辺のアインシュタイン」の天王洲での日本初演 (1992年) には当然出かけたが、長い公演時間中、ホールに出入り自由で、なんとも楽しい思い出になっている。そんな彼の音楽は、ほとんど常に前進するリズムをまとっているので、ダンスがテーマの今年の音楽祭には最適であろう。
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ここで演奏されたのは、2000年の作で、文字通り 2つのティンパニがステージの前面に並んで、ほぼ全曲叩きまくる協奏曲。それぞれのティンパニは、7つの太鼓から成っているので、合計 14台の太鼓が鳴りまくるわけである。こんな珍しい曲、日本初演ではないのかと思いきや、2015年 (因みにコンサートのプログラムに 2014年とあるのはどうやら間違いのようだ) に、常任指揮者パスカル・ヴェロ指揮のもと、仙台フィルが日本初演している。私は聴いていないが、これがそのときのポスター。以前このブログでヴェロと仙台フィルの東京公演を絶賛したところ、ありがたいことに地元のファンの方からコメントを頂いたが、このような意欲的なプログラムを聴けるとは、仙台のファンの方々が羨ましい!!
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今回の独奏ティンパニは、ふたりのポーランド人のピョートル (ポーランド語で Piotr と綴る) で、ひとりはピョートル・コストゼワ。彼はこのシンフォニア・ヴァルソヴィアのティンパニ奏者。もうひとりはピョートル・マンスキで、彼はワルシャワ・フィルのティンパニ奏者。曲は 3楽章から成っていて、特に第 1楽章は典型的グラス風、目くるめく音楽で面白い。第 3楽章の冒頭には 2人のティンパニ奏者によるカデンツァがあって、その部分では舞台の照明が落ちて、主役二人だけが浮かび上がるという趣向。ここで井上は、暗いところでもよく見えるためだろう、赤い蝋燭のようなもので指揮を取っていた。とにかく井上の指揮はいつもの通りあちこちに指示の出る忙しいものであるが、リズム感がしっかりしているので、オケも弾きやすかったのではないか。但し、その後の舞台転換の際に出てきて井上が言うことには、両側でドコドコ容赦ない轟音が響くので、指揮台でオケの音が聞こえなくて困るとのこと。なるほどそうでしょうね (笑)。

そして井上が、後半のソリストを舞台に呼んだ。それは和太鼓の第一人者である林 英哲。
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この人は現代音楽の分野でも様々に活動し、海外でもよく知られた存在である。以前、和太鼓集団鼓童 (現在は坂東玉三郎が芸術監督) の記事を書いた際に触れたが、とにかく日本の太鼓を世界に知らしめた第一人者。既に 65歳と聞いて仰天である。その鬼気迫る演奏姿は、全く年による衰えを感じさせない驚異的なもの。これは別のときの写真だが、巨大な太鼓に打ち込むバチが殺気立っている。
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その林が率いる和太鼓ユニット、英哲風雲の会が今回アンサンブルとして参加 (7 - 8名だったろうか)。こんな筋肉隆々の若者たちである。
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今回彼らが演奏するのは、石井眞木 (まき、1936 - 2003) の代表作のひとつ、「モノプリズム」である。もう亡くなって 14年。私はこの人の音楽が好きだったし、父親が日本の文化面でのモダニズム開花に大きく貢献した舞踏家、石井漠であることも、もちろん、もともと大きな興味の対象であった。
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今回、舞台転換時に井上が林を舞台に呼びだしていろんな話をして大変興味深かったのだが、この「モノプリズム」は 1976年に小澤征爾とボストン交響楽団がタングルウッドで世界初演していることが紹介され、その時に 30歳 (井上自身は「25歳くらいだったかな」と言っていたが) の井上も立ち会っていたとのこと。小澤はこの曲を恩師のバーンスタインが絶対気に入ると確信し、リハーサルに呼んでいたところ、案の定、演奏が終わったあとにバーンスタインは林のところにやってきてハグし、キスの雨を降らせたとのこと。なんともありそうな光景だが、実際に経験した人の口から聴くと、改めて感慨が沸くというもの。舞台上には、奥に巨大な太鼓が据えられ、これは両面を 2人で叩く。舞台前面上手側には、一人用の太鼓 (足で挟んで全身で叩く、結構な大きさのもの) が 3つ。そして舞台前面下手側には、締め太鼓というらしいのだが、それを持った奏者たちが 7 - 8名演奏前に出てくる、という趣向。井上は、「締め太鼓のフォルテッシモはすごーい音がするけど、前の方の列の人たち、大丈夫? 心臓悪い人いないね?」と訊いて笑わせた。これが締め太鼓。
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さぁ、そして始まったこの「モノプリズム」の演奏。神秘的な脈動を示す締め太鼓の弱音での合奏から大音響での律動、鬼気迫る大太鼓の連打、阿鼻叫喚と化すオーケストラのうねる響きまで、聴衆はみな唖然茫然。地の底から湧き上がってくる得体のしれないパワーに圧倒される 30分間であったとしか言いようがない。和太鼓を世界に紹介するという意気込みで石井や林や小澤が大胆に行った試みは、もはや今日ではなしえないことかもしれない。1970年代、世界はこのような刺激を待っていたし、日本の方にも自信を持って出せる素材があった。もちろん、当事者たちは (作曲の石井以外) 未だ存命ではあるものの、やはり時代の勢いがないと、このような試みはできないだろう。音楽はより個人的なものになりつつあるような気がする。その意味で、芸術音楽の分野でも、例えば前日「ボンクリ」で聴いたように、コンピューターでリミックスして即興で面白い音響を試すような発想は、生の鼓動そのものを伝える太鼓の合奏とは、大きく異なるものだ。一概にどちらがよい悪いではなくて、いろんな可能性があってもよいわけだが、それにしても聴衆にこれだけの感動を与える「モノプリズム」のような曲が今後日本から生まれるだろうかと思うと、少し複雑な思いを抱いたのも事実。ともあれ、太鼓集団とミッチー指揮するワルシャワの室内オケとの熱演には、心から拍手である。

あとは余談。実は私にとってこの「モノプリズム」は忘れられない曲で、それは既に 2015年12月20日の鼓童に関する記事で書いたことなのであるが、ここで再度述べると、1986年、サントリーホールのオープニング記念演奏会の中で「小澤征爾と日本の作曲家たち」というコンサートがあり、そこで演奏されたこの「モノプリズム」における和太鼓の音に心底感動したのである。
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実はこの曲、上のプログラムにある通り、「序」という部分と「モノプリズム」に分かれていて、今回の演奏はその後者のみ。今回のプログラムによると、それが通例であるそうだ。そうすると 1986年の小澤の演奏は、珍しく全曲をカバーするものであったことになる。実際、今回の演奏で締め太鼓の静かな合奏が始まったときに、当時サントリーホール (もちろん、より残響が多い) で響いた重層的な音をはっきり思い出したのだが、あの時の演奏には、太鼓が入る前に、オケだけの演奏がそれなりの時間続いたあとであったがために、太鼓の音がより衝撃的であったのだ。その意味では、やはり「序」も含めて演奏した方が、より曲の真価が現れるというものではないだろうか。ともあれ、小澤がこの「モノプリズム」の初演者であるとは、実は今回初めて知った。そうすると、上に掲げた 1986年のコンサート、1曲目の「ノヴェンバー・ステップス」はもちろん小澤がニューヨーク・フィルで初演した曲だし、2曲目の安生慶の作品はこの時が世界初演。なので、3曲とも小澤が世に出した曲だということになる。それを思うと、やはり小澤征爾が音楽界に果たして来た役割は、極めて大きいのだなと思い当たる。来年 1月にベルリン・フィルとラヴェルの「子供と魔法」その他を指揮することが発表されたばかりだが、是非体力を温存して頑張って頂きたい。そして、ミッチーをはじめ、他の日本の指揮者の皆さんも、それぞれの持ち場での活躍を本当に期待したいのである。
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・・・なんだ、ラ・フォル・ジュルネから遠く離れて、ニッポン頑張れになってしまいましたね (笑)。

by yokohama7474 | 2017-05-06 02:54 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2017 ドミトリー・リス指揮 ウラル・フィル 2017年 5月 5日 東京国際フォーラム ホールA

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この日 2つめのラ・フォル・ジュルネのコンサート、登場したのはこの音楽祭の常連、ドミトリー・リス指揮のウラル・フィル (16:15 開演、コンサート No.214)。ロシア人の指揮者とオケのコンビであるが、前の記事でロワール管弦楽団がどこに所在するかを確認したと同様、ここではまず、このウラル・フィルがどこに本拠地を置いているのかの確認から始めたい。ウラルというからには、あのウラル山脈であろう。そう、このオケの本拠地は、ウラル山脈の東側、エカテリンブルクという都市。さて、どの辺にあるのだろうか。普段使うことはまずない大判の世界地図 (アトラス) を引っ張り出してきて、広大なロシアの西の数分の一のあたりを撮影してみた。ちょっと分かりにくいが、赤い矢印の先が首都モスクワ、青い矢印が件のエカテリンブルクである。距離にして 1,500km弱。東京からだと那覇のちょっと手前くらいのイメージか。
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実は上の地図に、エカテリンブルクからウラル山脈を挟んだ反対側に、小さく黄色い矢印も入っているが、それは何かというと、ウファという街の位置を示している。なぜそこを示したかというと、私が一度出張で行ったことがあるからだ (笑)。確か、「地球の歩き方」にも載っていない街だったので、そんなところに滞在している日本人は私だけだろうと思ったら、ホテルでやはり出張中の日本人を見かけてびっくりしたのだが、まあそれはこの際どうでもよい。モスクワから飛行機で 2時間半くらいかと思うが、実は時差が 2時間あるのである。もちろんロシアでは、飛び地のカリーンングラードを含めると、実に国内で最大 10時間の時差があるという、およそ日本では想像もできない制度になっているわけだが、私のビジネス相手のウファの人は、その時差がなんとも不便であると嘆いていたものである。エカテリンブルクも同じタイムゾーンである。

ともあれこのオケの本拠地エカテリンブルクは、ピョートル 1世の妻エカテリーナ 1世 (あの有名な 2世とは別人) に因んで名づけられた街で、僻地にある小さな街かと思いきや、なんと人口約 130万、ロシア第 5の大都会なのである。
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この街のオーケストラ、ウラル・フィルがラ・フォル・ジュルネでこれほど活躍している理由は知らないが、実はこのオケ、2002年に始まったラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンよりも早く初来日を果たしているのである。私はその 1996年の初来日時に聴きに行ったのだが、その理由は、プログラムが大変意欲的であったからだ。まず、これが当時のチラシ。「ロシアから、幻のオーケストラ、初来日!」とあって、また、「今や、モスクワ、サンクトペテルブルクのメジャーを越えた!」とまで喧伝されている。
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私が聴きに行った 10月24日のコンサート、また、聴きには行けなかったがやはり大変興味を惹かれた 10月25日のコンサートの曲目は以下の通り。その意欲的なこと、分かる人には分かるだろう。
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現在の音楽監督ドミトリー・リスは、実はこの初来日の前年、1995年からその地位にある。世界で派手な活躍をするようなタイプとは少し異なり、カリスマ性はあまりないと思うが、その代わり、非常に安定した指揮ぶりで、このオケの成長に大きな貢献があったことは間違いないだろう。
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そんなリスとウラル・フィルの演奏会は、今回のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンでは実に 7回催され、その中には、これぞダンス音楽の定番、チャイコフスキーやショスタコーヴィチ、ハチャトゥリアンのバレエ音楽もあれば、ベートーヴェンの 7番、コンチェルトの伴奏など多彩な曲目が含まれるが、私の選んだコンサートの曲目は以下の通り。
 グリンカ : 幻想的ワルツ ロ短調 (管弦楽版)
 ラフマニノフ : 交響的舞曲作品 45

なるほどロシア物の舞曲だが、少しばかり変化球だ。特に、グリンカの曲は珍曲である。ロシア音楽の父と称えられるミハイル・グリンカ (1804 - 1857) は、一般には、一気呵成に駆け抜ける名曲「ルスランとリュドミラ」序曲によってのみ (と言って悪ければ、ほかに数曲は挙げることはできるが) 知られるが、この幻想的ワルツは、もともとピアノ曲で、1839年に作曲、管弦楽への編曲は晩年の 1856年に行っている。聴いてみると確かに緩やかなワルツで、この舞曲特有のどこか夢見るような雰囲気がなかなかよい。リスとウラル・フィルは肩の力の抜けた、しかし非常に洗練された音色でこの佳曲を演奏した。グリンカはこんないかつい人だったようだが、その内面はロマンチストであったのであろう。
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メインのラフマニノフは、この作曲家最後の作品。私は以前もこのブログに少し書いたかと思うが、正直なところ、どうもこの作曲家とのつきあい方に未だに確信が持てずにいる。69歳まで生きたので、さほど短い命ではなかったものの、作品番号 45が最後の作品ということは、寡作家だったというべきか。もちろん、ピアニストとしての活動が忙しかったり、精神的に参ってしまうことも何度かあったようなので、この作品数が多いか少ないかは一概に言うことはできないが、交響曲第 2番やピアノ協奏曲第 2番や、パガニーニの主題による変奏曲の第 18変奏のような、誰が聴いても天下の名曲というものもあるが、それら以外の彼の曲に、感動のあまり心が引き裂かれるという経験はあまりない。その点、この交響的舞曲は、私にとってはマゼールとベルリン・フィルの録音で学生時代に馴染んでから既に長い間、かなり親しい曲ではある。だが最近、この曲を聴いても以前ほどワクワクしないのはなぜであろうか。ひとつには、意外と演奏が難しいのかもしれない。今回のリスとウラル・フィルの誠実な演奏はもちろん評価すべき内容だとは思ったが、私個人として、この曲に聴かれる不定形の不安や、ある種の諦念というものに、心から共感する感覚が今は少ないのかもしれない。さらに強烈な力を持った音楽を聴きたいと思ってしまうことは否めず、そうであればこの作曲家の場合は、やはりピアノ曲を坦懐に聴く方がよいのかな、と思う次第。ともあれ、演奏者の皆さんはお疲れさまでした。
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既に 20年以上のコンビとなるこの指揮者とオケが、今後ますます活躍してくれることを期待したい。今回のプログラムを眺めながら、このコンビの 7回の演奏会のうち、本当はベートーヴェン 7番を聴きに行くべきだったかなぁと思っている (ちょうど私が、既に記事でご紹介した「ホンクリ・フェス 2017」に行っていた時間帯のコンサートだったので、どのみち果たせなかったのだが)。まあ、来年以降も聴く機会があると思うので楽しみにしているが、45分完結のこの音楽祭ではなく、通常の来日公演で、例えばマーラーなどやってくれれば、喜んで聴きに行きますよ!!

by yokohama7474 | 2017-05-06 01:03 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2017 パスカル・ロフェ指揮 フランス国立ロワール管 2017年 5月 5日 東京国際フォーラム ホールA

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東京有楽町にある東京国際フォーラムを舞台に 3日間に亘って繰り広げられるクラシック音楽の祭典、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの 2日目。数々のコンサートの中から私は、3つの海外オーケストラの公演を選んで聴きに行くこととした。いずれも会場は A ホール。音楽祭に使われる 6つのホールのうち最大で、実に 5,008の客席を持つ。それぞれにかなりの入りであり、特に最初にご紹介するこのロワール管弦楽団の演奏会 (14:15 開演、コンサート No. 213) は、見たところほぼ満員の大盛況だ。会場は満 3歳以上なら入場可であり、確かに、かなり小さいお子さんを連れた人の姿もそこここで見られた。だが、客席は非常に整然としており、皆静かに音楽に耳を傾けていた。これはなかなか日本以外の国にはない聴衆マナーであろうと思われる。

さて、このコンサートで演奏したのは、フランス国立ロワール管弦楽団。指揮は、2014年からこのオケの音楽監督を務めるフランス人のパスカル・ロフェ。フランスは従来、日本以上に経済も文化も中央集権主義、つまりはなんでもかんでも首都に集中しているという評価になっており、国内ではそれがいけないという論調があるとは、もう随分以前に耳にした話。音楽に関しては、パリの名門オケもそれぞれに浮沈があり、すべてが盤石というわけではない状況である一方、地方都市ではなんと言ってもリヨンは素晴らしいオペラハウスとオーケストラを持ち、トゥールーズも過去 20年ほどで成長著しい。それ以外にも、ストラスブールだとかリルとかボルドー (アキテーヌ) いった都市のオケも、最新状況は知らないが、かつてはそれなりの頻度で活動を耳にした。そんな中、ロワールのオケとは? 私の理解では、ロワールという都市はなく、それは地方の名前であって、古城めぐりで有名だ。いつかは行ってみたいシャンボール城。
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実はこのオケ、ペイ・ド・ラ・ロワール (Pays de la Loire) という地域名を関しており、その本拠地は、ナントとアンジェ。ナントがこの地方最大の都市であり、そ、そして、な、ナント、この街こそが、ルネ・マルタンという発起人が 1995年にこのラ・フォル・ジュルネ音楽祭を起こした街なのである。そう、なんのことはない、この国立ロワール管弦楽団は、この音楽祭のお膝元のオケであったのだ。そういえば以前、オランダの名匠で、東京交響楽団の前音楽監督であるユベール・スダーンが以前このロワール管の音楽監督で、そのコンビのフランス音楽の CD を 2枚ほど聴いたことがあって、なかなかよかった記憶が甦ってきた。

そして現在の音楽監督のロフェは、1960年生まれのフランス人。1988年のブザンソン指揮者コンクール (佐渡裕優勝の前年) 2位で、その後はピエール・ブーレーズが組織した現代音楽専門楽団、アンサンブル・アンテルコンタンポランで長らく指揮をした経歴を持つ。だがそのようなイメージとは裏腹に、気難しそうには見えないし、今回も以下の写真のような恰好で (つまり、男性楽員は全員ネクタイを締めて演奏したのに、指揮者だけはノータイで) 指揮した。その指揮ぶりは晦渋さのない非常にストレートなもの。
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今年のラ・フォル・ジュルネのテーマはダンスであるので、何かしら踊りに関係のある曲が選ばれているが、このコンサートはまた、なんとも親しみやすくてポピュラーな曲を揃えてきたものだ。
 デュカス : 交響詩「魔法使いの弟子」
 サン = サーンス : 死の舞踏作品40
 ラヴェル : ボレロ

それぞれの曲のイメージを並べてみよう。
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ボレロだけは CD のジャケット (私の好きなクラウディオ・アバド指揮ロンドン響の演奏) になってしまったが、なるほどそれぞれにダンスと関係していますねぇ (笑)。実際これはなかなかよくできたプログラムで、すべてフランス音楽で固めており、かつそのヴァラエティもなかなかだ。私はどの曲も長く親しんでいるし、どれも大好きだ。フランス音楽らしい、冴えた音を粋にまとめた洗練された演奏で聴きたい。そして今回のロフェとロワール管の演奏、その期待に見事に応えてくれ、いずれも大変楽しめる演奏になったのである。例えば「魔法使いの弟子」でほうきが呪文によって動き出すあたりのとぼけた味わいと、そのあとのシャレにならない大騒動の対比。「死の舞踏」での骸骨たちの骨の軋みを表す木琴のクリアな響きと、緩やかながら楽し気な低音部の動き。ボレロでの各楽器の (例えばコントラファゴットの) 余裕のある歌い方。それぞれに異なる踊りを粋に演出してくれた。この大きなホールだから、多分多少 PA は使っているのだろうが、私は 1階の比較的前の方で聴けたので、音響的にも不足はないし、左右に大きな画面が出るので、奏者の表情もつぶさに見ることができて、これも実に楽しい。あ、そういえば、女性コンサートマスターは東洋人であったが、調べたところパク・チユン (Park Ji Yoon) という韓国人のようだ。大変素晴らしいつややかなソロであった。ちなみに、同姓同名の女優もいるようだが、別人です。
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聴くたびに鳥肌立つボレロの最終和音を聴いて、私は早々にホールを退出してしまったのだが、その後館内放送で、そのボレロのラスト 1分くらいが突然また始まったのが聞こえたので、恐らくは、聴衆の鳴りやまぬ拍手に応えてアンコールを演奏したものだろう。惜しいことをした。だが、あの熱狂の終結部は未だに耳に残っているのである。あー、いつの日かロワールで古城めぐりをしながら、地元ナントでこのオケを聴く日がくることを夢に見るのである。

by yokohama7474 | 2017-05-05 23:28 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ボンクリ・フェス 2017 (アーティスティック・ディレクター : 藤倉大) 2017年 5月 4日 東京芸術劇場

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前項のラ・フォル・ジュルネの演奏会を聴き終わり、屋台の焼きそばをかきこんで、急いで向かった先は池袋。東京芸術劇場で 17:30 開演のコンサートを聴くためである。その名は、「ボンクリ」。なに? 聞きなれない言葉だし、桃栗三年柿八年のような語呂だが、一体どういう意味なのか。実は、「ボーン・クリエイティヴ」の省略形。つまり、「人間は皆、生まれつきクリエイティヴだ」ということを意味しているそうな。では一体どのようにしてそのクリエイティヴな人間の能力が発揮されるのであろうか。実は、私が聴いたこの現代音楽のコンサート以外にも、終日会場の東京芸術劇場ではワークショップやセミナーが開かれていて、子供から大人までが事前申し込みによって参加できたという。演奏家も多く集い、新しい音を求めて終日ワイガヤをしたり真面目に演奏したりするらしい。今年から新たな企画として始まったとのことだが、このイヴェント全体のアーティスティック・ディレクターを務めるのは、作曲家の藤倉大。1977年生まれだから今年 40歳。このブログでも何度か言及してきている。これは以前テレビでも特集を見たことがあるが、現代音楽の大御所であり、藤倉の師匠でもあったピエール・ブーレーズとの貴重なツー・ショット。
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彼はロンドン在住で、その活躍はまさに世界的なのであるが、このような意欲的な企画を日本で実行してくれるとは嬉しい限りである。以下にご紹介する通り、これは東京の文化シーンにおいて見逃せない試みであり、このような試みの繰り返しから、日本の音楽界は進化して行くに違いないと思うのである。私の場合は、あるコンサートでもらったチラシの束の中に、上に写真を掲げたこのコンサートのチラシが目に留まり、「これはなんだろう?」と思って内容を確認した結果、これは是非聴きたいと思ったのである。というのも、作曲家として、藤倉以外に坂本龍一や武満徹、大友良英 (NHK 朝ドラ「あまちゃん」のテーマで知られる) の名前まであるではないか!! 演奏者には現代音楽を専門に手掛けるアンサンブル・ノマド (指揮 : 佐藤紀雄)、ソプラノの小林沙羅、そして、雅楽の伶楽舎と、意外な顔合わせである。チケットは 3,000円とお手頃だし、是非覗いてみたいと思ったもの。ここで曲目を書いておこう。まさに今躍動している音楽を中心に聴くことで、音楽には一体どんなことができるのかを考える面白い機会である。
 デヴィッド・シルヴィアン : Five Lines / The Last Day of December (ライヴ版世界初演)
 坂本龍一 : tri (ライヴ版世界初演)
 武満徹 : 雅楽「秋庭歌一具」から第 4曲「秋庭歌」
 同上 ライヴ・リミックス
 ブルーノ・マデルナ : 衛星のためのセレナータ
 大友良英 : 新作 (終演後「みらい」と曲名発表) (世界初演)
 坂本龍一 (藤倉大編) : thatness and thereness
 藤倉大 : フルート協奏曲 (アンサンブル版日本初演)

ざっと順番に見て行くと、まず最初の曲を作ったデヴィッド・シルヴィアンであるが、私はその名を知らなかったのであるが、もともと英国のニューウェーヴバンド、ジャパンの中心メンバーで、解散後も坂本龍一その他のミュージシャンとのコラボを行い、最近は前衛音楽分野でも活動しているらしい。
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彼は藤倉とは友人であるようで、この 2曲を楽譜に起こしたのは彼らしい。最近活躍著しい小林沙羅が、完全にオペラの歌唱法できれいに歌い上げたが (歌詞は英語なのであろうが、全然聞き取れなかった)、伴奏は弦楽四重奏を中心とした不思議な音楽で、心地よい浮遊感を味わうこととなった。
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2曲目の坂本の「tri」は、音程の違う 3つのトライアングルが響きあう異色の作品。前半は残響あり、最後の 1/3 くらいでは、残響をなくしてドコドコと乾いた音であった。メロディがなく、リズムだけであって、単純に響いていたように思うが、実は緻密に書かれているそうな。ここではイメージショットを (笑)。
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3曲目は、かつてこのブログでも昨年の全曲上演について記事を書いた、武満徹の雅楽「秋庭歌一具」からの 1楽章。演奏前に藤倉が、東京芸術劇場の担当者の女性と舞台に出てきて、今回のコンサートについて少し語ったが、「自分が尊敬する演奏家の人たちに出てほしいとお願いすると、ほとんどの人が OK して頂いて感激しています」とのこと。但し、舞台設営に 5分くらいかかるはずが、2 - 3 分で終わってしまったため (笑)、インタビューは尻切れトンボとなってしまったのが残念。ともあれ、雅楽演奏集団である伶楽舎のメンバー (笙の宮田まゆみを含む) が、相変わらず美しい演奏を披露した。この曲、よく聴くと本当に武満が常に目指していた移ろい行くものの儚さがよく表現されていて、心に深く残る曲である。残念ながら口ずさむことはできないが (笑)。これも雅楽のイメージで。
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この演奏中、後ろの席でヘッドフォンをつけながら何やら機械をいじっていたのは、ノルウェー人のヤン・バング。演奏終了後、怜楽舎のメンバーが引き上げると、藤倉と、それからやはりノルウェー人トランペット奏者のニルス・ペッター・モルヴェルという人が出てきた。PC が 2台開いていて、藤倉とバングがそれを操作。どうやら先刻の「秋庭歌」の演奏に加工を施したものが響き、そこにトランペットの即興が加わるというもの。音楽のデジャヴュのような不思議な効果を感じた。

休憩後最初は、20世紀半ばの前衛音楽の闘士、ブルーノ・マデルナ (1920 - 1973) の作品。アンサンブル・ノマドと、伶楽舎の人たちも一緒に演奏したが、最初はチューニングかと思ったら、それが曲の開始でした (笑)。「衛星のためのセレナータ」という題は、衛星の打ち上げの際に演奏すべく委嘱されたかららしいが、かなりの部分を即興で演奏する、まぁ今聴くと、「昔懐かしい現代音楽」のように聞こえてしまうのはやむないかもしれない。マデルナ自身には私も興味があって、以前はよく FM で彼の曲を聴いたし、指揮者としても、CD を見つけたらなるべく買うようにしている。
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次が面白くて、大友良英の「みらい」。アンサンブル・ノマドの指揮者でありギタリストでもある佐藤紀雄が、静かに抒情的なメロディをギターで弾きだすと、徐々に楽器が増えて音楽が盛り上がり、その間ギターは同じリズムを刻んでいる。そして、ターンテーブルを操作してギシギシギュルギュルという音を出す大友自身。やがて音楽はまた静まって、最初と同じギターのソロで終わる。新奇な音をいっぱい聞かせてもらったが、なかなか抒情性ある曲で、かつ前衛的。「あまちゃん」のテーマのあのノリのよさは、彼の一面に過ぎないのだと実感した次第。
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次は、坂本龍一の曲の藤倉による編曲。この thatness and thereness という曲は知らなかったが、1980年、彼の 2枚目のアルバムに入っているらしい。原曲を知らないと今一つ乗れなかったのが残念。これが若き日の坂本。わ、若い・・・。
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最後に演奏された藤倉のフルート協奏曲では、クレア・チェイスという米国の女性フルート奏者がソロを務めた。過去 10年で 100曲以上の新曲を初演しているというからすごい。今回は実に 4本のフルート (1本はピッコロ?) を持ち替えての演奏で、最大のものはなんと彼女の身長を超える大きさ。ちょうど数字の 4の、足の部分を長くしたような形態をしており、横棒のあたりにちょうど口が来て、そこから空気を吹き込みながら、左手ではガッチリ楽器を持ち、右手でガツガツと音を立てながら穴を押さえるという壮絶な演奏ぶり (笑)。曲自体も、藤倉らしい、重層的で、でもどこか抒情的な不思議な音楽。ただ、旋律を奏でずにぷっぷっと息を吹き込みながら短いタンギングで音を切る奏法が多く聴かれ、その点は若干耳についたような気がする。これは彼女のアルバム。
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現代において、新たな芸術音楽を創造するとは、どういう意味があるのか。音楽のジャンル分けは必要なのか。いわゆるクラシック音楽を聴いているだけでは、音楽の未来はないのだろうか。私自身は現代音楽にも多大な興味があり、なるべくオープンにあれこれ楽しみたいという欲張り者だが、時にそのような疑問の数々を抱くことがある。そんなときには、実際に現在創られている音楽をステージで聴くのが最も効果的。今回のような盛りだくさんな音楽に触れられる機会はそう多くないものの、関係者の方々の熱意に最大限の経緯を表するとともに、今後もこのような企画に積極的に接していく聴衆のひとりでありたいと思っている。ボンクリ、覚えておこう!!

by yokohama7474 | 2017-05-05 03:09 | 音楽 (Live) | Comments(0)