カテゴリ:音楽 (Live)( 260 )

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このコンサートに全くイメージのない方は、上のポスターを見てどのような印象を抱くことであろうか。「連祷 (れんとう)」とは、日常的にはあまり使わない言葉であるが、その字の通り、連続した祈りのこと。厳しい表情をした男性が二人写っているが、何やら侍のようにも僧侶のようにも見える。これは映画のポスターであろうか。答えは否。これはオーケストラコンサートのポスターだ。新日本フィルハーモニー交響楽団 (通称「新日フィル」) の定期演奏会シリーズ、「ジェイド」シリーズの一環である。ポスターに写っている右側の男性が今回の指揮者、井上道義。左側が名実ともに日本を代表する作曲家、武満徹 (たけみつ とおる)。そう、このコンサートは、昨年の武満没後 20周年の余韻を楽しむというには豊かすぎる内容の、井上によるオール武満プログラムなのである。なかなか秀逸なポスターである。なによりこの銀色の装飾がよいではないか。確かに私の思うところ、武満の音楽は、北山文化的というよりは明らかに東山文化的。この言葉の意味するところは以下で触れたいと思う。

さて、武満についてよく知っている人と知らない人とで、このコンサートへの面白みが変わってくるものと思う。まず題名だが、私はこれを見た瞬間、「なるほど、『れんとう』とは、『二つのレント』とかけているのだな」と思ったものである。果たしてポスターをよく見ると、"Rent" (賃料という意味ですな 笑) ではなく、"Lento" と書いてある。これは音楽用語で「緩やかに」の意。正規の音楽教育を受けなかった武満の 20歳の処女作が、「二つのレント」というピアノ作品であることは、武満ファンは先刻承知のはず。従ってこのコンサートの名前は、その記念すべき作品の題名「レント」と、没後 20年の祈り「連祷」をかけていると解釈した。しかも指揮は最近好調の井上道義で、彼はこのコンサートで「お話し」も担当するという。これはなんとしても出かけなくてはいけないコンサートである。
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この演奏会の内容を一口に言うと、武満の創作の原点を探るものと言えようか。大変ユニークなことに、まず冒頭に、フランスのシャンソン「聞かせてよ、愛の言葉を」の SP レコードが古い蓄音機で演奏されるという構成だ。武満は、終戦間近の 1945年、彼が 15歳のときに、勤労動員として陸軍の食料基地づくりに駆り出された埼玉県飯能市で、見習い士官がこのレコードをかけたときに衝撃を受け、作曲家になる決意を固めたのだという。リュシェンヌ・ボワイエという歌手による録音で、今回は以下のような特別な蓄音機で演奏され、所有者であるというマック杉崎も舞台に登場、蓄音機に関する井上の質問に答えていた。
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武満ファンなら、「僕は一生そのシャンソンみたいな音楽を書いてきたつもり」という作曲者の発言をここで思い出すであろう。私もそれは知識として知っており、またこのような古い SP レコードに対するノスタルジックな憧憬はあるので (以前所有していた SP は、スペースの関係ですべて処分してしまったし)、この試みはなんとも味わい深いものであった。まさに武満の原点。上の写真のような巨大なラッパを本当に機械 (ネジ巻式なので電気は使用しない) に取り付け、井上が自分でそのラッパの向きをぐるっと一周させて、会場の聴衆に聴かせたのであった。

さて、このあと演奏された武満の作品は以下の通り。
 死んだ男の残したものは (山下康介編曲、歌 : 大竹しのぶ)
 二つのレント冒頭部分 (ピアノ : 木村かをり)
 リタニ マイケル・ヴァイナーの追憶に (ピアノ : 木村かをり)
 弦楽のためのレクイエム
 グリーン
 = 休憩 =
 カトレーン
 鳥は星型の庭に降りる
 3つの映画音楽から 「ホゼー・トレス」から訓練と休憩の音楽 / 「他人の顔」からワルツ

これらはいずれも武満の初期から中期にかけての曲であり、しかも編成も様々。舞台上で楽器配置の転換をする間を利用して、口元にマイクをつけた井上があれこれの話をするという趣向で、これは実に興味深いものであった。井上独特の砕けた調子の、それでいながら真実味のこもったコメントの数々は、ちょっとほかでは聴けないもので、大変面白い。思い返してみると彼は、昨年このブログでもタン・ドゥンと三ツ橋敬子による再演をご紹介した「ジェモー」の世界初演を、尾高忠明とともに担当した指揮者であり、それ以外にも武満作品を採り上げるごとに作曲者との会話を経験しているわけで、その意味でも生前の武満の生の声を知る存在として貴重である。また井上も紹介していたが、武満の盟友であった小澤征爾が創設したこの新日本フィルというオケでは、1975年の「カトレーン」の世界初演をはじめ、小澤とともに積極的に武満作品を演奏してきたという歴史があり、実は井上自身も以前このオケの音楽監督であったという縁もあって、改めてこの演奏会の価値を認識するのである。

加えて面白いのは、大竹しのぶの登場だ。
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もちろん、私も大変尊敬する、現代を代表する大女優であるが、ここでは歌手として登場。彼女は最近では音楽活動を活発に行っていて、録音もしていれば、中島みゆきのコンサートにも出演しているらしい。ここで彼女が歌った「死んだ男が残したものは」は、1965年に谷川俊太郎の詩に作曲された曲で、ヴェトナム戦争反対集会で初演されているもの。その時代の空気をよく持っている曲であるが、なんでも今回披露されたのは、昨年 6月に、井上が音楽監督を務めるオーケストラ・アンサンブル金沢との共演用に編曲されたものらしい。まあその、クラシックの歌手を聴きなれていると、微妙な音程のコントロールには、歌の厳しい研鑽を積んだプロとの違いは当然感じるのであるが、大竹の歌唱はさすが女優によるもの。トータルな表現力では胸に迫るものがあった (昨年末に聴いたカルメン・マキの同じ曲の歌唱とはまた違った持ち味であった)。また、歌い終えたあとに井上と話す彼女が、平静ながらもしきりと目じりの涙を拭う様子は印象的であった。ちなみに、井上はその会話の中で、大竹がつい前日、「後妻業の女」でブルーリボン賞主演女優賞を受賞し、かつて受賞した新人賞、助演女優賞と合わせて 3つのブルーリボン賞を達成した史上初の女優であることに触れていた。おめでとうございます!!

そしてコンサートには、日本を代表するピアニストのひとりで、現代音楽を得意とする木村かをりが登場、武満の一度は失われた (そして最近楽譜が発見された) 20歳の処女作、「二つのレント」の冒頭部分と、その曲を 1989年に作曲者が記憶で再現し、亡き友人のマイケル・ヴァイナー (現代音楽演奏楽団としての先駆けであるロンドン・シンフォニエッタの創設者) に捧げた「リタニ」が演奏された。この「リタニ」はまさに「連祷」という意味であるらしく、武満自身が「レント」からの連想で思いついた題名である由。痛々しい抒情性に満ちた曲である。木村は、やはり武満作品をはじめとする同時代の音楽を極めて精力的に紹介した指揮者、故・岩城宏之の妻であり、既にかなりのヴェテランであるが、大変に美しい音色で、初期の武満作品の持ち味をしっかりと聴かせてくれた。
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ここで木村にもインタビューされるかと思いきや、井上によるとご本人が「私喋るのイヤよ」とおっしゃったとのことで、その代わりに (?)、作曲者の娘である武満真樹が登場、井上の面白可笑しい突っ込みに答えて、亡き父の思い出について語った。初期の頃には陰鬱で深刻な作品が多く、後年も非常に繊細な曲を書いた武満であるが、実は大の冗談好きで、始終ふざけていたとのこと。いわば両極端の言動を取ることで、精神の竿の均衡を保っていたのではないかと。うーん、生き方として参考になります (笑)。

さてその後は武満の初期から中期の代表的な作品が 4曲、休憩を挟んで演奏されたわけだが、井上いわく、この頃の武満作品には、後期の曲のような比較的平明な美しさよりも、深い情緒があり、また必ず最後の方に聴衆の心をグッとつかむ印象的な箇所があって、好きだとのこと。なるほど分かるような気がするし、今回の新日本フィルのような精度の高い演奏で聴くと、その個性が実に雄弁に鳴っているのを聴き取ることができる。また井上は、武満の音楽には、伝統的な西洋音楽にはよく出てくる二項間の対立、例えば明と暗、善と悪、長と短といったものがほとんどないと指摘。それはあたかも、ヨーロッパの庭園が自然を切り拓いてきっちりとした展望を作り出すのに比べて、日本の庭園がどこから歩き始めてどこに向かってもよいようなものだと説明した。この指摘自体は目新しいものではないが、武満作品の上質な演奏に触れてみると、なるほどそれはわび・さびの世界に近いものがあり、改めて日本文化のひとつの精華であるその枯れた感覚との共通性を、まざまざと感じることができるのである。なので、武満の音楽は、きらびやかな金に彩られた北山文化ではなく、渋い色合いの東山文化に近い。もちろん、前者の代表は金閣寺。後者の代表は銀閣寺。なのでこの演奏会のポスターは銀色なのである。銀色の武満の肖像。
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だが井上は武満の音楽における、しんねりむっつりした要素以外の重要性を認識しており、演奏会の最後に、アンコール代わりと説明した上で、「3つの映画音楽」から 2曲 (弦楽合奏によるもの) を演奏した。除かれた 1曲は、「黒い雨」の葬送の音楽。ここで井上は、退廃性を秘めながらも活発な動きを示す音楽だけを選び出し、竿の両端でバランスを取る稀代の作曲家の姿の、ある一面を描き出した。終演後の拍手の中、「浅香さん、いるー? マダム・タケミツ?」と客席に呼びかけ、武満の未亡人を起立させていた。そしていわく、「武満さんの生前に曲を演奏して、ボクが拍手を受けていたら、『いいなぁ指揮者はいつも喝采を受けて。作曲家なんて日の当たらない存在だよ』とおっしゃるので、『作品はずっと長く残るじゃないですか』と言うと、『死んだあとのことなんてどうでもいいんだよ!!』と言われました」とのこと。会場は爆笑に包まれた。今日我々は、亡き武満を偲んでその偉業を振り返る機会を多く持つが、当のご本人は天国での生活を楽しむのに忙しくて、現世を振り返る感傷に浸る暇などないのかもしれない。そうして優れた芸術は、創造した人物個人を超えて、歴史の中で普遍性を獲得して行く。そうであるからこそまた、ときには武満徹という個人の人となりについて、ヴィヴィッドに感じる機会が重要なのであろう。私も、講演やコンサート会場、あるいは映画のプログラムや数々の著作などに接することで、同時代に受けた彼からの感化を、一生忘れないようにしたい。そしてまた、日本の文化シーンに、武満に匹敵するような巨大な存在が現れることを心待ちにしているのである。

by yokohama7474 | 2017-01-27 00:50 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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東京フィルハーモニー交響楽団 (通称「東フィル」) の今月の指揮台に立つのは、人気指揮者の佐渡裕。この東フィルで特にポストを持っているわけではないが、このオケには比較的頻繁に登場しているように思う。彼の持ち味は、大柄な体を活かしたダイナミックな音楽であり、その明るく親しみやすい性格も、高い人気の一因であろう。私見では、元来彼の持ち味に最もフィットする曲は、(1) 躍動的なリズムに満ち、(2) 誰でも親しめる美しいメロディを持ち、(3) ドラマティックに鳴り響く曲。例えばチャイコフスキーやドヴォルザーク、その他ビゼーやレスピーギ、ベルリオーズやサン・サーンスの有名曲などがまず挙げられるのではないか。だが昨年のウィーン・トーンキュンストラー管との来日で証明されたように、近年のヨーロッパでの活躍によって、彼の表現力は一段と懐が深くなって来ているように思う。従って今の佐渡には、新たなレパートリーを期待したくなるのである。その点で今回の曲目は大変興味深い。

 武満徹 : セレモニアル - An Autumn Ode - (笙 : 宮田まゆみ)
 ブルックナー : 交響曲第 9番ニ短調 (ノヴァーク版)

ふむふむなるほど。武満の曲は、上記の 3条件のうち (1) と (3) の要素は非常に薄く、(2) については、美しいメロディであるにせよ、誰もが親しめるというわけではない。かたやブルックナーの方は、(3) だけは文句なしだが、長大な曲には曲折あり、そのドラマ性は宗教がかっていて、誰でも盛り上がりに感情移入できるわけではない。(1)、(2) の要素もあるものの、やはり同様の理由で、万人受けするような音楽にはなっていない。つまりこの 2曲は、もともとの佐渡の持ち味からすると、少し毛色の違ったものと考えることができる。そうであるからこそ、ここで佐渡の新境地を聴きたいと思って会場に足を運んだのである。
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この日のコンサートは 15時からで、実は私は、それに先立って 11時から行われたプレ・トークとリハーサルへの入場券を所持していたのだが、何せ前日の夜に海外出張から帰ったばかり。最近は年のせいか時差ボケも激しくなっていることもあり、大事を取ってそれには出かけず、本番だけを聴くこととした。

会場に到着して知ったことには、この 2曲の間に休憩はないとのこと。つまり、武満の静謐な音楽の終了後、その雰囲気を持ったままブルックナーの森厳な音楽に入って行くということだ。もちろん、楽器編成も違うし前者にはソロも入るので、オケの配置換えの時間は必要であり、武満終了後に拍手なしでブルックナーに入って行ったということではない。最初の「セレモニアル」は、わずか 8分ほどの曲であり、ブルックナーは 1時間程度なので、合計の演奏時間は 1時間半ほど。長すぎることもなく、連続演奏は一見識であると思う。

さて最初の「セレモニアル」は 1992年の作品で、このコンサートのプログラムにはなぜか言及がないが、松本でサイトウ・キネン・フェスティバル (現セイジ・オザワ・フェスティバル松本) が初めて開催されたとき、その最初のオーケストラコンサートで小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラと、今回と同じ宮田まゆみの笙によって世界初演された。このコンサートはその後チャイコスフキーの弦楽セレナードとブラームス 1番が演奏された、誠に素晴らしいものであったのだが、せっかくなので私の手元にある当時の映像 (BS での生放送を録画したヴィデオからディスクにダビングしたもの) をお見せしよう。冒頭、笙奏者は演奏しながら客席をゆっくり歩いて、舞台に上がって行った。
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これは 1992年 9月 3日、松本文化会館 (現キッセイ文化ホール) での演奏。つい 2日前に 57歳になったばかりの小澤 (つまり、今の佐渡と近い年頃)は未だ若々しく、この 4年後に死を迎えることになる 62歳間近の武満も元気そうだ。そして唯一、25年の時の経過を感じさせないのが、笙の宮田まゆみである。
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この笙 (しょう) という楽器は、もちろんもともとは日本古来の非常に古い宮廷音楽、雅楽で使われる楽器であり、拍節感なく、まさに宙に立ち昇るという表現そのままの神秘的な音が出る。西洋のパイプオルガンと同じ原理であり、いわば口で吹く雅やかな携帯式オルガン (?) である。宮田は、私が未だ学生であった 1980年代からこの楽器を使って、雅楽にとどまらずに様々な現代音楽に取り組んでおり、実に 30年以上に亘って、名実ともにこの楽器の第一人者である。先端的な雅楽グループ伶楽舎のメンバーでもあり、同グループが昨年上演した武満の雅楽「秋庭歌一具」の演奏にも参加していた。あたかもこの楽器の音の持ち味のように、ガツガツすることなく、だがいつ終わるともしれない連続した活動を変わらずに長く続けている、そんな特別な演奏家なのである。楽器の特性もあって、上の写真のように白装束で巫女風のいで立ちをすることが多く、今回の演奏もそうであった。客席からステージを見る限り、年を取ることもないような神秘的な力を備えた巫女のようである。

今回の演奏では、宮田は佐渡とともに袖からステージに現れ、初演時のときのように客席から上がっては来なかった。だがその音が透明感をもって立ち昇ったのは全く同じで、実に神秘的だ。オケも笙の音に触発されたように、透明感のあるニュアンス豊かな音楽を奏でて、素晴らしかった。揺蕩う弦楽器を聴いていると、その後演奏されることになるブルックナー 9番の第 3楽章アダージョを思わせるような深い抒情すら感じたものである。なるほどこれは、リズミカルな音楽を全身で叩き出す旧来の佐渡スタイルではなく、曲の個性を充分に引き出す多様性を実現した演奏である。

そしてメインのブルックナー。この曲は第 4楽章を書きあげないうちに作曲者が亡くなってしまったので、未完成なのであるが、深遠なアダージョ楽章である第 3楽章で終わるので、むしろ座りの悪いフィナーレがあるより感動的だという声もある。なにしろその内容は実に深く重く、ただドラマティックに鳴らすだけではその本質は立ち現れて来ない、恐ろしい曲だ。佐渡の師匠であるバーンスタインは、終生ブルックナーとは縁遠い指揮者であったが、この 9番だけは、ニューヨーク・フィル、ウィーン・フィルと 2度に亘り録音している (それ以外には、非正規録音の 6番が私の手元にあるが、ブルックナーのほかの交響曲は指揮したとは聞いたことがない)。佐渡自身は、昨年 9月に、手兵である兵庫芸術センター管弦楽団を指揮してこの曲を演奏している。そのときはこの 1曲だけのプログラムであったようで、佐渡のこの曲にかける意気込みが伝わって来る。佐渡は恩師バーンスタインの晩年、ウィーン・フィルとのこの曲の録音にみっちり立ち会ったそうだが、その意味でも強い思い入れがあるのだろう。因みにこれがそのバーンスタインの録音のジャケットだが、まるでマーラーのような濃厚な演奏で、賛否両論ある内容だ。
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そして始まった佐渡の演奏は、遅めのテンポを採った、実に丁寧なもの。東フィルはここでも好調で、弦は雄弁に語り、旋律を朗々と歌い上げるかと思うと、いずれかのパートがピツィカートの伴奏に回るときには、実にしっかりと弦をはじく。木管のニュアンス、金管の迫力も申し分ない。そうして紡ぎ出される音楽は見通しが非常によく、時には爽快感すらあって、ひたすら重厚濃厚なバーンスタインのブルックナーとは随分と印象が異なる。第 2楽章スケルツォではまさにリズムが強烈に炸裂し、ここは従前からの佐渡らしい豪放な音楽が鳴っていた。だが一転して深遠な第 3楽章では、深く美しい弦の音色が、まさに前半に演奏された武満の音楽すら回想するように抒情的に響く。そして音楽がいよいよ深く潜行するアダージョの後半では、佐渡は指揮棒を置いて素手で指揮をし、ワーグナーチューバの遥かな響きが虹のように消えて、静かに全曲を終えた。聴いていて演奏上の不安とか疑問とか、そういった違和感を覚えることなく、最後まで見事に統制された演奏であったと思う。もちろん東京の聴衆は、ギュンター・ヴァントやスタニスラフ・スクロヴァチェフスキ、あるいは朝比奈隆といった指揮者たちによるこの曲の超絶的な演奏を体験しているので、さらに壮大で神秘的な音楽を求める人もいるかもしれない。だが、私の感想としては、今回の佐渡の演奏には、今の彼のなしうる説得力ある音楽が非常に素直に表れていたので、大変感動的であったし、今後の彼の活動にも大きな期待をかけたいと思うのである。

実は冒頭の方で、もともと佐渡の持ち味が発揮される作曲家として私が列挙した人たちには、意図的にドイツ・オーストリア系作曲家は含めなかったのである。だが今回の演奏で、今後この分野での充実が期待されることとなった。今月の東フィルとの定期のもうひとつのプラグラムは、ブラームス 1番がメインである。私は聴きに行けないものの、これもきっと佐渡らしい名演になるのではないだろうか。

by yokohama7474 | 2017-01-23 00:44 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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昨年末押し詰まってからの第九、そしてつい先日のニューイヤーコンサートを聴いた秋山和慶の、本領発揮のコンサート。いや、この人はいついかなるコンサートにおいても本領を発揮しているので、今さらそんなことを言うのもおかしいのであるが、私の敬愛する秋山の持ち味健在を実感できた、充実感満点のコンサートであったのだ。
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このブログで逐一記事にしている通り、昨年は大変に充実したコンサートやオペラが目白押しで、昨年秋頃になるとかなりその疲れが出て来ており、年が明けたら、しばらくはコンサートに行かないようにしようかとまで半ば本気で考えていた。だがそんな中、このコンサートのチラシを目にして、これだけは何がどうあっても聴きに行かねばならんと、堅い決意をしたものである。それ以来楽しみにしてきたコンサート当日、NHK ホールで N 響によるスペイン物のコンサートを聴いたあと、サントリーホールに移動したのであるが、こちらは完全に「フランス物」のコンサートである。具体的な曲目は以下の通り。

 メシアン : 交響的瞑想「忘れられた捧げ物」
 矢代秋雄 : ピアノ協奏曲 (ピアノ : 小菅優)
 フローラン・シュミット : バレエ音楽「サロメの悲劇」作品50

うーん。これは誰がどう見てもフランス物。もし唯一疑問があるとすると、真ん中の曲、矢代秋雄の作品がなぜフランス物と言えるかということだろう。それは追って検証することとするが、昨年発表されたこの曲目を見て狂喜乱舞した私は、これこそ秋山のみがなしうるコンサートであると確信したものだ。決して秘曲というほど無名な曲ばかりではなく、それどころか、それぞれに名曲の誉れを得ている曲であるが、いわゆる通好みの渋い曲目であるとは言えるだろう。客席もかなり空席が目立ったものの、熱心な音楽ファンが耳を傾ける素晴らしいコンサートとなった。ニコニコした表情の白髪頭でポピュラー名曲も振れば映画音楽も振るマエストロが、そのハードな活動の一環としてこのようなコンサートまでをも振っている東京とは、なんという端倪すべからざる街であろう。

まず最初の曲、オリヴィエ・メシアン (1908 - 1992) の「忘れられた捧げ物」は、1930年の作。作曲者 22歳の若書きで、この 20世紀フランスの大作曲家の実質的なデビュー作である。ほんの 12分ほどの曲であるが、3部構成からなり、最初と最後は拍節感の全くない、まさに瞑想的な音楽で、後年のメシアンのスタイルを早くも示している。秋山と東京交響楽団 (通称「東響」) は実に繊細な音で滑り出し、管楽器と弦楽器の間の双方向の影響も鮮やかに、高密度な音楽空間を作り出した。メシアン特有の陶酔も、これだけ演奏時間が短いと聴きやすい (笑)。だが、嵐のような第 2部を経て第 3部に入ったとき、新たな発見があった。それは確かに弦楽合奏なのであるが、第 1ヴァイオリンが全員弾いているにもかかわらず、第 2ヴァイオリンは 2名だけ (終わりの方では 4名に増加)、ヴィオラは 5名による演奏で、チェロとコントラバスは沈黙している。そして響いてくる音は、高音をフワフワと漂うもので、あたかもメシアンが好んだ電子楽器オンド・マルトノの響きそっくりではないか!! 作曲家の指向は、若い頃から一貫しているものなのである。
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そして 2曲目は、矢代秋雄 (1929 - 1976) のピアノ協奏曲。私があえてこの作品をフランス音楽に分類するのは、若くして逝ったこの作曲家が、パリに学んだからにほかならない。日本の西洋音楽の歴史は、初期の山田耕筰や瀧廉太郎のイメージからも、メインストリームはドイツに学んだという印象が強く、国民性という意味でもドイツ人に対するシンパシーがある面は否めない。だが日本の作曲界にも、池内友次郎 (いけのうち ともじろう、1909 - 1991) のようにパリに学んだ人もおり、その池内の弟子でその後の歴史に名を残した作曲家たちも多い。矢代はそのうちのひとりなのである。
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このピアノ協奏曲は、そんな矢代の代表作であるのみならず、日本の現代音楽における代表的な協奏曲でもある。初演は 1967年。ピアノ独奏は昨年亡くなった中村紘子であった。中村はこの曲の録音も残しており、今自宅の CD 棚を確認すると、岩城宏之指揮 NHK 響と共演したものが 2種類手元にある。いずれも初演翌年の 1968年の録音であるが、3月 6日と 5月30日と、違う日の録音なのである。ともあれ、今回ピアノソロを担当したのは、今年 34歳になる素晴らしいピアニスト、小菅優 (こすげ ゆう)。
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彼女の経歴を見ても、海外のコンクールで優勝というものは見当たらない。それどころか、桐朋とか藝大の出身でもなく、1993年からヨーロッパで実績を重ねてきたという。日本人にはどうしても権威主義がついて回る中、このように海外での実績で名を成した日本人音楽家は本当に数えるほどしかいないのであるが、実際に私が過去に聴いた彼女の演奏においても、その真摯な姿勢と透明感溢れるタッチに打たれたので、その実力は既に承知している。今回、矢代のピアノ協奏曲を、高い集中度をもって非常に明確な表現で演奏したことは、いわばこれまでの認識を再確認したということであるが、これもまた、東京で聴ける一級の音楽なのである。もちろん秋山のサポートも実に丁寧かつ要領を得たものであり、このような演奏で再演される日本の現代曲は、本当に選ばれた存在であると思う。そして小菅はアンコールとして、メシアンの前奏曲集から、第 1曲「鳩」を演奏した。私はこの曲を聴いたことがなかったのであるが、一聴してメシアンの作品であることは明瞭。だが調べてみるとこの曲は、「忘れられた捧げ物」の前年、1929年の作で、やはり作曲者最初期の作品。この 1929年という年は、奇しくも矢代秋雄の生まれた年でもある。矢代はパリ音楽院でメシアンにも学んでいる。アンコールの小品ひとつ取っても、この日の演奏会がフランス音楽プログラムであったことが分かろうというものだ。

そして休憩後に演奏されたのは、やはりフランスの作曲家、フローラン・シュミット (1870 - 1958) の「サロメの悲劇」。この作曲家、一般にはあまり知られていないであろう。「シュミット」という苗字だけで呼ばれないには理由があって、同時代のオーストリアの作曲家にフランツ・シュミットという人がいて、「F・シュミット」と表記しても、どちらだか分からない (笑)。
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彼の作品で唯一それなりに知られているのがこの「サロメの悲劇」であるが、これは 1907年に書かれたバレエ音楽を、1910年に、より大きな管弦楽に編曲したもの。あの有名なリヒャルト・シュトラウスの楽劇「サロメ」の初演は 1905年。この「サロメの悲劇」はそのわずか 2年後の作品で、世紀末のサロメブームの最後を飾る、後期ロマン派風の絢爛たる曲なのである。フランス音楽がいわゆる洒脱な持ち味で特徴づけられるのはドビュッシー、ラヴェルから、モダニズムに立脚した 6人組という流れによってであるが、20世紀初頭までは、このような後期ロマン派風の作品もフランスで書かれていたのである。この「サロメの悲劇」、日本では、往年の名指揮者ジャン・フルネがレパートリーとしていたこともあり、また、ジャン・マルティノンの録音が以前から有名なので、それなりに知名度がある曲ではあるものの、実際には滅多に演奏されない。今、「日本の交響楽団 定期演奏会記録 1927 - 1981」という資料を調べてみると、その期間の演奏回数はたったの 2回。まず、1965年に NHK 響がピエール・デルヴォーの指揮で演奏しているが、これが日本初演であったのだろうか。そしてなんと、もう 1回の演奏は 1974年、今回と同じ秋山和慶と東響によるものなのだ!! うーん、私は常々、秋山の資質の最良の部分は、後期ロマン派の演奏に出ると信じているが、やはり若い頃からこの曲をレパートリーにしていたのである。実際この日の演奏は、オケも絶好調で、この曲の醍醐味を充分に味わうことのできる名演であった。非常に確実なバトンテクニックでオケをリードする秋山はしかし、その心には熱く燃える炎を抱いており、めくるめく音の渦を見事に整理しながらも、迫力満点の演奏を成し遂げたのである。この演奏は録音されているようであったが、一度きりの演奏ではもったいない。再演して頂ければ、是非また聴きに行きますよ!!

そんなわけで、秋山と東響によるフランス音楽コンサートは、実に充実したものとなった。これを聴いていて思ったことには、このコンビでマーラー・ツィクルスをやってもらえないものだろうか。もちろん、過去に何曲もこのコンビのマーラーを聴いているし、現音楽監督であるジョナサン・ノットも、今後継続的にマーラーを採り上げて行くものと思われる。だが、今の秋山と東響であればこそ、大変ハイレヴェルなシリーズになるに違いない。関係者の方がもしご覧になっていれば、是非ご検討下さい!!

ところで、年明けから頑張って一連の記事を書いてきたが、しばらく出張に出てしまうので、一週間程度は更新できません。悪しからずご了承下さい。

by yokohama7474 | 2017-01-15 02:07 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の本年初の定期演奏会である。上の写真は、今月の N 響定期のプログラムの表紙であるが、3人の指揮者の写真があしらわれている。このオケの定期は毎月 3プログラムあるので、今月はそれぞれ違う指揮者が指揮するということだ。右上は日本人の下野竜也。それ以外の二人は、実はいずれもスペイン人なのである。左側に見えるのは、去年二期会で「トリスタンとイゾルデ」の名演を繰り広げた名匠ヘスス・ロペス = コボス。今回の N 響とのレスピーギ・プログラムを是非聴きたいものだが、残念ながら仕事の都合でそれは叶わない。その代わりに今回私が聴くことができたのは、右下に写っている指揮者、ファンホ・メナ。むむむ、いかにもスペイン風の名前だが、今までに聞いたことのない名前である。調べてみると、私と同じ 1965年生まれだ。どんな若手指揮者であろうか。
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おっと、既に 51歳である。若手とは言えないであろう。えっ、ということは、私も 51歳か。立派なオッサンである。ちょっとは自覚しないと (笑)。ともあれこのメナ、現在のポストは英国マンチェスターの BBC フィルの首席指揮者。ということはあのイタリアの名指揮者、ジャナンドレア・ノセダ (一時期よく東京交響楽団やこの N 響を振りに来ていたが最近はご無沙汰だ) の後任ということである。既にニューヨーク・フィルやボストン響、ロサンゼルス・フィル等米国の名門を指揮しており、昨シーズンにはスペイン物を指揮してベルリン・フィルにもデビューしたという。スペイン人指揮者には優秀な人は何人もいるのだが、真に国際的な巨匠という扱いを受けた人は、実はそれほど多くない。ロペス=コボスなどはまさに、スペイン人指揮者としての新たな地平をこれから開いてくれるかもしれない人だが、彼よりも一世代下のこのメナは今回が N 響デビューであり、ひょっとしたら日本デビューなのかもしれない。最近の活躍ぶりを知ると、スペイン人指揮者の範疇を超えた優秀な音楽家であることを期待したくなる。

今回のプログラムは以下の通り、まさにスペイン・プロである。
 ファリャ : 歌劇「はかない人生」から間奏曲とスペイン舞曲
 ロドリーゴ : アランフェス協奏曲 (ギター : カニサレス)
 ドビュッシー : 管弦楽のための「映像」から「イベリア」
 ファリャ : バレエ組曲「三角帽子」第 1部、第 2部

上記の通り、スペイン人指揮者が真の国際的巨匠とみなされにくいひとつの理由は、非常に独自性の高い「スペイン物」というジャンルの存在にあるだろう。ヨーロッパの中で唯一イスラム教から「奪回」された地域であるイベリア半島は、独特のエキゾチズムの存在する場所であるがゆえに、かの地の音楽には、その東洋的要素のある粘っこい旋律や、憂いを帯びながらも激しさを持つリズムにおいて、他のヨーロッパ地域にない神秘性があるようだ。ところが、スペインの作曲家はそれほど沢山いないので、勢い同じような曲がスペイン物として尊重されるか、もしくはドビュッシーやラヴェルというフランスの作曲家の作品でスペインを題材にしたものが演奏されることとなる。今回のプログラムはまさにそうしたもの。一体日本のオケが、どのくらいスペイン情緒を表現できるのか。これは、マドリッドでも有数のフラメンコを鑑賞できるカフェ・デ・チニータスの舞台。私も何度も行きましたよ。深夜 0時くらいから盛り上がり始めるのです。
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そして、このコンサートを聴いた結果を一言で言うならば、実に楽しい!! この音楽がどこの国で生まれたものであるにせよ、今回 NHK ホールではじけ飛んだ溌剌とした音たちが描き出したものは、要するに音楽の素晴らしさ。スペイン独特の情緒はあるにせよ、どこの国の音楽であれ、聴き手が純粋に音楽として楽しめるか否かこそが大事なのであって、その意味で今回のメナと N 響の演奏は、音楽そのものが雄弁に語っていた点が素晴らしい。そもそも N 響のように長らくドイツ系の音楽を中心に演奏してきた団体にラテンの風を吹き込んだのは、現在の名誉音楽監督であるシャルル・デュトワ。以前も書いたことがあるが、デュトワ時代以降の N 響のあらゆるタイプの音楽への順応力はまさに瞠目すべきものであり、今回のような演奏に接するとそのことを再認識する。指揮者メナ自身も、今回の演奏にきっと満足したことだろう。とにかく冒頭の「はかない人生」間奏曲から、その音のクリアなこと。この演奏会を通して、クライマックスに向かって盛り上がって行く熱気は、常にこのクリアな音が基礎をなしていたと思う。一方で、ドビュッシーの「イベリア」の第 2曲「夜のかおり」などは、なんともアンニュイな雰囲気で、こうなるとスペイン音楽ではなく、完全にフランス音楽なのである。プログラムによるとこのメナは、巨匠セルジュ・チェリビダッケに、晩年師事したらしい。言うまでもなくこの「イベリア」はチェリの得意のレパートリー。今回ここで聴かれた音楽そのものの淀みとそこからの飛翔は、師から弟子へと続く国籍を超えた音楽の表現力の伝達こそが可能にしたものであろうと思う。だが実際、指揮台の角で飛び跳ねる指揮者を見て、指揮台から転げ落ちるのではないかとハラハラする経験も、視覚的な刺激に満ちたもの (笑)。その指揮者の情熱をきっちり音にした N 響には拍手を送りたい。

そういえばこのメナは、スペインはスペインでも、バスク地方の出身であるとのこと。フランスとの国境に位置するピレネー山脈あたり。最近ではほかの地域における地政学的問題が大きいので、バスク問題を意識する機会は少ないが、長らく独立運動が盛んな土地である。ちなみに、フランスの作曲家の 2大巨星であるドビュッシーとラヴェルは、ともにスペイン情緒ある曲を書いているが、そこには決定的な違いがあって、ラヴェルの場合は母親がバスク人であり、よりスペインに対する皮膚感覚のシンパシーがあったものと思われる。その一方、生涯でたった一日しかスペインに足を踏み込まなかった (!) ドビュッシーが、この「イベリア」で見事なスペイン情緒を描き出したのは、パリで親交のあったファリャのおかげであると、メナは考えているという。これがファリャの肖像。
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今回ギターソロを弾いたカニサレスは、あのフラメンコの巨匠パコ・デ・ルシアのグループにいたギタリスト。1966年バルセロナ生まれ。彼もまた、サイモン・ラトル指揮のベルリン・フィルと、今回と同じアランフェス協奏曲を最近演奏している。
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ロドリーゴのアランフェス協奏曲は、もちろん古今随一のギター協奏曲の名曲であるが、NHK ホールのような大きなホールでのギターソロの響きには限界があるので、今回は若干ながら PA を利用していた。演奏はもちろんよかったものの、アンコールとして演奏されたカニサレス自作の「時への憧れ」という曲は、さらに様々なギターの表現力の可能性を追求したもので、正直なところ、より感動的であったと思う。

このように大変充実したコンサートであったので、この指揮者の今後の活動には是非注目したいと思う。最近はブルックナーに力を入れているとのことで、まあ今回は名刺代わりのスペイン物であったにせよ、次回は是非、そのブルックナーなど、また違ったレパートリーを聴かせて欲しい。一方の N 響も、スペイン音楽をきっと楽しんだことと思う。と書いていて思い出したのは、随分以前にこのオケはやはりファリャの「三角帽子」を、稀代の名指揮者の下で演奏している。それは、エルネスト・アンセルメ。この曲の世界初演者である。この N 響への客演は1964年のことだから、ファンホ・メナも、それから私自身も、未だ生まれる前のこと。手元に引っ張り出して来た CD はこれだ。
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そんなに前の時代の (もちろんデュトワ時代の遥か前の)演奏だし、重厚なドイツ物に慣れていた N 響のこと、もしかしたら腰の重い演奏かもと思って久しぶりに聴き直してみると、これがなかなかのノリなのである。N 響の演奏能力が半世紀以上から高かったことを再確認し、今後に対する期待が高まる。今年 2月から 3月にかけて、首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィとともにヨーロッパ主要 7都市に遠征する N 響。その多様な能力をヨーロッパの聴衆にもアピールすべく、ぜひ頑張って頂きたい。

by yokohama7474 | 2017-01-14 23:56 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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前日に続く、本年 2度目のコンサートである。前回の記事で、新年はドヴォルザークの「新世界」交響曲の演奏頻度が高いと書いたが、実は今年の 1月の日本のオケのプログラムを見ていると、もうひとつ気づくことがある。それは、なぜかブルックナーのコンサートが多いことだ。ここで採り上げる小泉和裕指揮の東京都交響楽団 (通称「都響」) による 5番以外に、今月後半にはピエタリ・インキネン指揮の日本フィルが 8番を、佐渡裕指揮の東京フィルが 9番を演奏する。また全国を見渡すと、井上道義と大阪フィルも、やはり 5番を予定しているようである。アントン・ブルックナー (1824 - 1896) はオーストリアの作曲家。長らく教会のオルガニストを務め、40歳を越えてから本格的に交響曲の作曲を始めた人であるが、その音楽は実に大規模で荘厳なもの。ちょっとほかに類を見ない特別な作曲家なのである。
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このブログでもしばしば彼の交響曲を採り上げてきたが、それだけ日本でも人気のある作曲家であるということだろう。長大なシンフォニーは、一晩のコンサート分の演奏時間を要する場合が多いし、決して器用な構成で曲を作った人ではないので、とりとめなく長いという評価もある。従ってどうしても、彼の音楽を嫌いな人は大嫌い、好きな人はどうしようもなく好き、ということになる (笑)。私自身はもちろん、これまでの記事で明らかな通り、相当にブルックナーに入れ込んでいる、いやむしろ、熱愛していると言ってもよいことは事実 (家人など、「よくもまあこんな長い、しかも同じ曲の CD をいろんな指揮者で飽きもせず買うよね。前に買ったものをまず聴いてから買ったら?」と文句言うことしきりである)。だがそんな私でも、演奏に共感できないとたちまち、「確かに長い曲だなぁ」と思ってしまうのである。その意味では、暑い時期にブルックナーを聴くのは心理的にも肉体的にもつらいことであることは確かで、聴くならやはり夏よりも冬の時期・・・ということが理由で、1月におけるブルックナーの演奏頻度が高まっているのだろうか (笑)。いずれにせよ、誰でも楽しめるポピュラーな新世界交響曲とはまた違ったレパートリーで新年を寿ぐというのもよいではないか。

さて。今回都響を指揮したのは、1949年生まれの小泉和裕。このオケの終身名誉指揮者の地位にある。
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このブログでマエストロ小泉を採り上げるのは初めてであり、今回久しぶりに彼の実演に接するが、随分以前からこの都響とか新日本フィルで彼の指揮を聴いてきたものである。もう67歳ということだが、40代の若手指揮者の頃と変わらぬ痩身で、永遠の青年指揮者というイメージである。彼のキャリアで特筆すべきは何といっても、1973年のカラヤン・コンクール優勝であろう。この指揮者コンクールは、ベルリン・フィルの音楽監督として世界楽壇に君臨したヘルベルト・フォン・カラヤンが有望な若手指揮者発掘のために自ら立ち上げたもので、この入賞者には、今をときめくマリス・ヤンソンス (1971年、2位) やヴァレリー・ゲルギエフ (1977年、2位) などがいる。だが彼らはいずれも 2位。まあ、1位なしの 2位というケースもあるのだが、小泉の場合は正真正銘の 1位。これは素晴らしいことである。その後当然ベルリン・フィルは指揮しているが、ウィーン・フィルもザルツブルク音楽祭で指揮している。日本人指揮者には優秀な人が沢山いるが、ベルリン・フィルとウィーン・フィルの両方を振った経歴のある人は果たして何人いるだろうか。この小泉以外には、小澤征爾と岩城宏之くらいではないだろうか (確認したわけではないのでほかにもいるかもしれないが、ベルリン・フィルはともかく、ウィーン・フィルを指揮できる機会は非常にハードルが高い)。そんなわけで、私がクラシックを聴き始めた 1980年代、小泉は日本人指揮者として期待の星であったが、1983年に彼が海外で就いた初のポストはウィニペグ交響楽団の音楽監督。ウィニペグとはカナダの都市で、正直なところ私は、小泉が得たポストによってその都市の名を知ったものであった。その後、彼の実演に触れる機会が何度もあり、いつもキレがよくて一気呵成に駆け抜ける音楽を暗譜で指揮するその姿に喝采を送ってきたものである。だが結局その後彼の活動は、どんどん国内にシフトすることになり、現在ではこの都響の終身名誉指揮者 (これは異例のタイトルである) に加え、九州交響楽団音楽監督、名古屋フィル音楽監督、仙台フィル首席客演指揮者、神奈川フィル特別客演指揮者と、ずらりと国内のタイトルが並ぶ。興味深いことである。高い能力のある指揮者が国内で活動を続けてくれることで、日本の音楽シーンは必ずや何かの収穫を得ることであろう。そこに、他国にはない日本独自の個性が生まれてくることを期待したくなる。

さて今回、小泉と都響が演奏したのは、上記の通りブルックナーの交響曲第 5番変ロ長調。ブルックナーの番号つきの 9曲の交響曲の中でも、その壮大な迫力では恐らくナンバーワンの曲である。昨年の春日本を襲来したダニエル・バレンボイムとシュターツカペレ・ベルリンのブルックナー・ツィクルスにおいてもこの 5番は出色の出来で、私も昨年 2月14日の記事でそのことをわめき散らしたものだが (笑)、今回の小泉の演奏は、少し演奏のスタイルが異なっていた。まず管楽器の規模はほぼスコアの指定通りで、木管は 2本ずつ、金管はホルンとトランペットのみ若干増強。小泉の指揮は相変わらずキレがよく、ブルックナー演奏にありがちな重さを伴ったタメは、あまり聴かれなかった。その指揮ぶりは往年のカラヤンを思わせ、直立した姿勢から両手を前に出してトンと落とすような仕草や、いざというときに左手の掌を、球を握るような形にして宙に突き出すあたりはそっくりである。また、譜面台も置かない暗譜での指揮で、その視線は楽員に注ぐというよりは指揮台に向けられるような感じであるのもカラヤン風。高い集中力だ。結果として、都響の強い音が素晴らしい充実感で鳴り響いており、特に終楽章のクライマックスにおける金管のパワーは出色であった。なるほど、久しぶりに聴くマエストロ小泉の音楽は健在であった。

ただ、もしひとつ気になる部分があるとすると、やはり楽員とのアイコンタクトがもっとあってもよいのではないかということだ。カラヤンも老年に至って、ある時期から目を開けて穏やかな表情で指揮するようになったが、今の小泉は老齢とは言えないまでも、今後そのようになって行くのかもしれないと、勝手に想像している。彼の特徴である大きな身振りは、年齢とともに困難になるであろうし、そして指揮者の凄みとは、年齢を重ねることにより、小さな動きで大きな音響を生み出すようになる点にこそあるものである。国内に軸足を置いて活動する小泉であるからこそ、そのようなさらなる高みに達することを目撃できるのは、日本の音楽ファンの特権ということになると思う。プログラムには、この都響との関係についての小泉のインタビューが掲載されているが、こんな発言がある。

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指揮者は入念に準備をして、何かをしなければならないと勢い込んで練習場に乗り込んでくるものです。どれだけ勝手を知っていても、どうしても固くなるものです。そういった状況の時に『安心しなさい、私たちはついて行くから』と伝えてくれました。信頼でつながり、何かを生み出す。それはかけがえのない経験です。これから都響との時間は、もっと大切なものとなると感じています。
UNQUOTE

指揮者という威厳ある職業の人にしては、何とも率直なコメントであるが、そうであるがゆえに、これからの都響との実り多い共演を楽しみにしたいと思う。

ところで、ここに興味深い写真がある。1973年のカラヤン・コンクールでの授賞式であろうか。実はこの年はどうやら小泉と 1位を分け合った指揮者がいて、それは、現在でも大活躍中で、日本のオケのあれこれにも登場しており、モスクワ・フィルやボリショイ劇場の音楽監督を歴任したロシアのヴァシリー・シナイスキー。写真の右端、カラヤンから何かを手渡されている人物だ。その左が小泉。そして、そのまた左は、これはひょっとして、東京交響楽団の前音楽監督、ユベール・スダーンではないだろうか?! 調べてみると彼はこの年の第 2位。なるほど指揮者の世界にもいろんなご縁があるわけであるし、いつも私が主張している通り、これらの指揮者たちが頻繁に登場する日本の音楽シーンを、決して侮ってはいけないのである。
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by yokohama7474 | 2017-01-11 01:28 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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2017年最初のコンサート。私の敬愛する秋山和慶が、気心の知れた東京交響楽団 (通称「東響」) を指揮する。日本のニューイヤーコンサートというと、明るく華やかなウィンナ・ワルツが多く、もちろんそれもよいのだが、年の初めであるがゆえに、気持ちの引き締まる名曲の名演奏を聴きたい。そう思って、秋山と東響のニューイヤーコンサートに家人とともに出かけてみることにしたのである。秋山と東響のニューイヤーコンサートは、毎年同じような内容で開かれているのは知っていたが、実際に出かけるのは今回が初めてなのである。

今回の曲目は以下の通り。
 ワーグナー : 楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲
 ショパン : ピアノ協奏曲第 1番ホ短調作品11 (ピアノ : 小山実稚恵)
 ドヴォルザーク : 交響曲第 9番ホ短調作品95「新世界より」

極めてオーソドックスだし、新年にふさわしい勢いのある曲ばかり。特に「新世界」は、昨年も大植英次指揮の日本フィルで年明けに聴いたが、今回思い立って調べてみると、様々な日本のオケが新年に演奏する習慣になっているようだ。在京のオケの予定を見回すと、この東響以外にも、NHK 響、東京フィル、日本フィル、そして新日本フィルがこの曲を 1月に演奏する。なるほど、気付かないうちに「年末の第九」に匹敵するとまでは言わないが、徐々にポピュラーになっているのが「年始の新世界」であったのだ。

実はこの東響によるニューイヤーコンサート、1978年から毎年開かれている。そして最初の年から 2014年まで、36年連続 37回という共演を重ねたピアニストは、中村紘子であった。だがこの国民的人気を持ったピアニストは残念ながら昨年 72歳で死去 (ちなみに、彼女の最後のコンサートは、昨年 4月30日、5月 4日に演奏された、この東響 (指揮は飯森範親) とのモーツァルトのピアノ協奏曲第 24番であったらしい)。実はこのニューイヤーコンサートも、当初は中村の出演が発表されていた。癌から一度は復活して演奏活動を再開したことから、また数年は大丈夫だろうと思われていたため、多くの人たちが突然の死には驚いてしまったわけだが、楽団としては代役を探さないといけない。そして白羽の矢が立ったのが、1959年生まれの小山実稚恵 (こやま みちえ)。
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チャイコフスキー・コンクールとショパン・コンクールの双方で入賞歴を持ち、非常に安定したテクニックを持つ優れたピアニストである。なるほど彼女なら、中村紘子の穴を埋められるであろう。今回のショパンも、第 2楽章でほんのわずかなミスタッチこそあれ、抒情豊かで、誰にでも曲の魅力を分からしめる演奏を聴くことができた。実は協奏曲の演奏後に楽団長が舞台に現れ、よいニュースがあるという。その内容は明日の正午にプレス発表するので「ここだけにして下さい」と言われたので内容は書かないが (笑)、小山の今後の演奏活動が真に国民的なものになって行く予感がする。その場で発言を求められたマエストロ秋山も、「小山さんはいろいろレパートリーをお持ちなので、チャイコフスキーやショパンだけでなく、様々な共演の可能性があって楽しみ」と語っていた。是非、モーツァルトやベートーヴェンはもちろん、バルトークやプロコフィエフも演奏して下さい!! そして演奏されたアンコールはなんと、同じショパンのピアノ協奏曲第 2番の第 2楽章。本来はもちろんオーケストラをバックに弾く音楽であるが、小山はここでピアノ・ソロによって演奏した。なるほど、この楽章は冒頭こそオケだけだが、一旦ピアノが入ると、その後はずっとピアノが歌を歌い続けているのである。大変に深い情緒を鳴り響かせた小山には、これから本当の円熟が待っているものと実感した。もちろん中村紘子も素晴らしい音楽家であったが、世間の画一的な期待によるものか、あるいはマネジメントの方針か、レパートリーが狭まって行ってしまったのは残念であった。21世紀の今日、芸術性と大衆性の両立こそが、一流演奏家の目指すべき道ではないだろうか。

今回の秋山の指揮でひとつ気付いたのは、協奏曲を除いてすべて暗譜での指揮であったこと。いつものように譜面台にスコアは必ず乗っているのだが、一度も開くことがない。昨年の第九でも、最初の方はいざ知らず、大詰めでは暗譜であった (もしかして私が気付かなかっただけで、最初から暗譜だったのか??)。もちろん彼ほどのキャリアがあれば、ポピュラー名曲をすべて暗譜で指揮することなど余裕でできるはずだし、暗譜であると否かにかかわらず、よい音楽を演奏してもらえればそれでよいのだが、その堅実な指揮ぶりを裏打ちするように、毎回スコアを見る習慣が彼の個性と私は思っていた。もしそれが変わっているなら、それはそれで大変楽しみなこと。1月 2日に 76歳の誕生日を迎えたマエストロ、これからさらに円熟の新境地を期待したい。今回の演奏では、「マイスタージンガー」は若干遅めのテンポで木管楽器も美しく合奏する演奏であったし、「新世界」も、奇をてらったところは一切ない説得力の高い音楽で、ニューイヤーコンサートらしい楽しい雰囲気に包まれた。
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そしてアンコール。実はホールに入ってステージを見た瞬間から、今日の曲目では使われない小太鼓があるのに気づき、「ははぁ、アンコールはラデツキー行進曲だな」と思ったのだが、果たしてその通り。ニューイヤーコンサートの定番、ヨハン・シュトラウス 1世によるおなじみのマーチが華やかに演奏され、会場からは、これもおなじみの手拍子が。ただこの曲、手拍子が合わない箇所もあり、また盛り上がるべき箇所もあって、指揮者は客席も指揮しなくてはならず、なかなかに大変だ (笑)。でもそれも新年を寿ぐ儀式だと思えばよいのだろう。

そんなニューイヤーコンサートで幕を開けた 2017年。今年も充実したコンサート・ライフを送れますように。

by yokohama7474 | 2017-01-09 23:22 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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毎年毎年、早いなぁ早いなぁと言いながら年が暮れて行く。今年も始まったと思ったら、もう終わりである。まぁさすがにそこまで言うのは誇張としても(笑)、誰しもが、年を追うごとに1年の時間を短く感じるものなのである。だからこそ、1年の区切りは大切なもの。年末年始には公私ともに面倒なイヴェントもあれこれあるものの、1年の終わりに過ぎ去った年を想い、1年のはじめには新たな気持ちにリフレッシュすることは、やはり人間にとって必要なことなのであろう。ただ、日本のクラシック音楽の世界では、年の暮れまでは第九第九で大騒ぎし、年が明けると一変、ウィンナ・ワルツで新春を寿ぐという通例があるところ、今年最後に出かけたこのコンサートにおいては、このような日本の風潮に一石を投じるような大胆な仕掛けがなされたのであった。・・・などと大げさに書いているが、要するに上のポスターにあるごとく、バリトンの大山大輔がベートーヴェンに扮し、指揮者の井上道義がヨハン・シュトラウスに扮するという寸劇仕立てのコンサート。チラシは見開きになっていて、中の写真はこんな感じ。
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舞台の奥に蝋燭を3本立てられる燭台とデスクがあり、ベートーヴェンに扮した大山がDJとしてラジオ番組の司会をするという設定で、指揮者の井上も、指揮自体はほとんど(笑)真面目にやってはいるが、ヨハン・シュトラウスに扮してなぜがアヒルのぬいぐるみを持って登場したり(指揮台にぬいぐるみを立てようとしてなかなか立たず、会場から笑いを取っていた)、「鍛冶屋のポルカ」では餅を取り出し、金属片を叩く打楽器奏者と餅つきをしてみたり。年に1度くらいはこんなコンサートがあってもよいではないか。ちなみにジルヴェスターとは大みそかのことで、クラシック界においてはジルヴェスターコンサートという名前はそれなりに定着して来ていると思う。中には深夜に始まってカウントダウンするというものもあるが、この演奏会は15時開始であった。オーケストラは、会場のミューザ川崎シンフォニーホールを本拠地とする東京交響楽団(通称「東響」)のメンバーを中心としてこの日のために編成された、MUZAジルベスター管弦楽団2016だ。先の記事にも書いたが、東響は今晩22時から、まさにカウントダウンのジルヴェスターコンサートを、秋山和慶の指揮で、なんと新潟で行う。なので、川崎で演奏したメンバーの多くはその後新潟に移動しているのではないかと推察している。年の瀬、大変ご苦労様です。

そんなコンサートの曲目は以下の通り。
 ベートーヴェン : 序曲「コリオラン」作品62
         劇音楽「エグモント」序曲作品84
 ヨハン・シュトラウス : 皇帝円舞曲作品437
 ベートーヴェン : 歌曲「アデライーデ」作品46
         歌曲「君を愛す」WoO123
         ピアノ・ソナタ第8番ハ短調「悲愴」作品13から第1楽章
 ヨーゼフ・シュトラウス : 鍛冶屋のポルカ作品269
         交響曲第9番ニ短調作品125「合唱付き」から第3・4楽章

ここで指揮者の井上道義ことミッチーは大はしゃぎ。
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聴き終わって思うことには、日本広しと言えども、指揮者がここまで遊ぶ演奏会は、ミッチーしかありえない。いや実は、ご本人いわく、彼のあだ名はミッチーならぬミッキーらしい。まあともあれ、あれこれの趣向のあったコンサートだが、ミッチー、いやミッキーの指揮は渾身のもので、年末を飾るにふわさしい充実したものであった。そして彼が舞台にアヒルのぬいぐるみを持ってきたときに青天の霹靂のように思い出したことには、以前誰かオペラ歌手から聞いたことには、彼は確か、アヒルをペットとして飼っているのだ。だがこのコンサートのプログラムにおける彼の経歴の最後には、「自宅にアヒルを飼っていた」と過去形での記述がある。自宅に帰ってから調べた公式ウェブサイトの記事は以下の通り。結構泣けるのである。
http://www.michiyoshi-inoue.com/2015/06/post_45.html

ひとつ不可解であったのは、最初の「コリオラン」序曲ではコントラバス3本の小編成であったのに、次の「エグモント」から急に6本に増えたことである。うーん、「コリオラン」の冒頭は音が痩せすぎていた。一体なぜ、あんな痩せた音を鳴らしたのであろうか。謎めいている。これは謎めいたアヒルを抱くマエストロ井上の肖像。
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この演奏会の前半の終わりでは、ピアノ伴奏によるベートーヴェンの歌曲が2曲演奏された。そこでソロを歌ったのは、ソプラノの小林沙羅とバリトンの大山大輔。そう、昨年、野田秀樹演出、井上道義指揮で上演されたモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」でフィガロとスザンナを歌ったコンビなのである。バリトンの大山は今回の演奏会の司会であり構成の担当だが、さすがに歌声も堂々としたもの。
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特に小林沙羅の歌唱は特に素晴らしいものであったが、ここでピアノ伴奏をしたのは、若手ピアニストの中桐 望(なががり のぞみ)。
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今年29歳。藝大とその修士課程をともに首席で卒業したという逸材だ。大変にピュアな音のピアノであったので、これから人生のダシを加えて行けば、人々をして心震わせる素晴らしいピアニストになるに違いない。事前の曲目発表にはなかったベートーヴェンの「悲愴」ソナタの第1楽章を、非常にきれいに弾いてくれたのである。

そして後半には、おなじみ第九の後半2楽章が演奏された。この日の井上は終始暗譜であったが、この第九の後半2楽章においては、指揮棒も持たない自在な指揮であった。特筆すべきは、ミューザ川崎の素晴らしい音響が可能にしたピッコロの鋭い叫びと、普段はこの曲の演奏では目立たないソプラノパートを歌った小林沙羅の歌唱であった。
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こうして今年も暮れて行ったのだが、この日のアンコールには、「蛍の光」が合唱団(東響コーラス)のアカペラ、歌詞なしのハミングだけによって演奏された。つい数日前の秋山指揮の東響の第九では、この曲の伴奏としてつけられた「ヒットパレード」調のオケの演奏と合同であったものの、ここでのアカペラは胸に沁みるもの。しかも合唱団はご丁寧にもあのおなじみのペンライトを持って登場。「これは日本の曲じゃないけど、日本の曲のようだよね。いい曲」と喋って合唱団を指揮し始めたミッチー。おっとこれは客席も歌わざるを得ないか、と一瞬覚悟を決めたが、結局合唱団のアカペラで終わったのであった。

そんなわけで2016年もあれこれ文化の諸相を楽しんだ私であるが、今年も残すところあときっかり1時間。いやー、本当に今年の秋のオペラとオーケストラの怒涛の攻撃には参ったものだが、まあなんとかそれを乗り越えて生き残った。来年はいかなる年になるのか分からぬが、ともあれ、よいお年を!!
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by yokohama7474 | 2016-12-31 23:00 | 音楽 (Live) | Comments(2)

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このブログで何度も唱えてきた通り、秋山和慶は私が最も敬愛する指揮者のひとり。この人が指揮する第九を聴かずして今年を終えるというのもいかがなものかと思い、公演日の間近になってチケットを購入した。実は、いかに12月の東京のコンサートホールがこのベートーヴェンの第9交響曲に彩られるとはいえ、年も押し詰まった28日と、その翌日、29日になっても未だ第九を演奏する在京オケは、秋山が手塩にかけて育てたこの東京交響楽団(通称「東響」)しかない。これは毎年のことであり、実はその理由もあるので、後述する。
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東響は、秋山が実に40年に亘る音楽監督のポストを2004年に辞したあと、ユベール・スダーン、そして現在のジョナサン・ノットの時代になってからも、年末の第九だけは必ず秋山の指揮であり、そしてタイトルは毎年、上のポスターにあるごとく、「第九と四季」なのである。それは、メインの第九の前に、バロック音楽を代表するヴィヴァルディの「四季」の一部が演奏されるからだ。そして「四季」では必ず秋山自身がチェンバロを弾く。ではここで、このブログオリジナルの「第九チェックシート」を見てみよう。

・第九以外の演奏曲
  ヴィヴァルディ : ヴァイオリン協奏曲「四季」からホ長調「春」、ヘ短調「冬」
・コントラバス本数
  8本
・ヴァイオリン対抗配置
  なし
・譜面使用の有無
  指揮者 : あり
  独唱者 : なし
  合唱団 : なし
・指揮棒の有無
  あり
・第 2楽章提示部の反復
  あり
・独唱者たちの入場
  第 2楽章と第 3楽章の間 (オケのチューニングの後)
・独唱者たちの位置
  合唱団の最前列中央 (オケの後ろ)
・第 3楽章と第 4楽章の間のアタッカ
  あり

実はこれ、昨年の同じコンビの演奏からコピペしたものであるが、昨年からの違いが2点ある。ひとつはコントラバスの本数で、昨年は6本だったはずが(私の数え間違いでなければ)今年は8本。そして今年の独唱者たちは、昨年は外国人ひとりが楽譜を見ながらの歌唱であったところ、今年は全員暗譜であったことである。

前半の「四季」抜粋では毎年若手女流ヴァイオリニストがソロを弾くが、今年のソロは、青木尚佳(なおか)。1992年生まれの24歳で、2014年の名門ロン=ティボーコンクールで2位に入った実績の持主である。
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未だ若手でありながら、上背もあり、そのステージマナーはなかなかに堂々たるもの。非常に丁寧な演奏ぶりであり、例えば「春」では時に笑顔を見せながらの演奏であったにもかかわらず、「冬」に入る箇所ではしばし立ちすくんで集中力を高めていた。クリアな音を持つ優れたヴァイオリニストであることは間違いない。ただ、この若さならもう少し暴走しても許されるようにも思うが、いかがなものであろうか。

そしてメインの第九。上述の通り、昨年よりも弦楽器を増やしての演奏とは意外である。76歳まであと数日(1941年1月2日生まれ)の秋山にして、この破天荒な交響曲の演奏においては未だに試行錯誤の面があるということか(昨年数え間違いまたは記載間違いなら申し訳ありません)。だが、鳴り始めた音楽は確信に満ちたもので、いついかなる状況においても信頼するに足るこの指揮者の本領発揮である。ただ強いて言えばこの演奏、冒頭からクライマックスに向けて、尻上がりによくなって行ったようにも思われる。昨年も似たような感想を書いた記憶があるが、特に第1楽章の力強さには、今一歩の課題があるのではないか。その代わりというべきか、このオケの木管楽器のレヴェルの高さは冒頭から明らかで、先般のN響の演奏よりもこの点だけなら充実していたように思う。さて、尻上がりの熱狂にはひとつの証拠がある。マエストロ秋山は、どんな曲でもスコアを見ながら指揮するのであるが、今回の第九、終楽章の途中でふと気が付くと、もうスコアをめくっていない。それだけ音楽への没入度が深かったということだろう。一見常に冷静に見えるこの指揮者には、内なる熱い炎が燃えていることは以前からよく認識しており、それゆえに私はこの指揮者を深く尊敬するのであるが、今回のような演奏に接すると、やはりこの指揮者の演奏を、これからも可能な限り聴いて行きたいと思うのである。

ソリストについても面白い発見があった。昨年のこの指揮者と楽団の顔合わせでは、4人の独唱者のうち1人だけ、ソプラノが外人であった。そして今回は、テノールだけが外人。しかも、メゾソプラノとバスは昨年と同じ歌手である。詳細は以下の通り。
 ソプラノ : 木村博美
 メゾソプラノ : 清水華澄
 テノール : ロバート・ディーン・スミス
 バス : 妻屋秀和

おぉ、ここでテノールを歌っているロバート・ディーン・スミスは、あの世界一流のワーグナー歌いではないか。
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正直なところ、トルコ行進曲における彼のソロは、うーん、ちょっと年取ったかなぁという印象もあったが、4人の独唱者のアンサンブルはなかなかに素晴らしいものであった。一方、大編成の東響コーラスは、もちろん歌う楽しみに溢れた歌唱であったものの、東京オペラシンガーズの精鋭部隊を聴いた耳には、もう少し声の束としての力が欲しいような気がした。ところで、終楽章の大詰めでは通常独唱者たちは歌わないところ、先にブロムシュテットとN響の演奏では、合唱団と一緒に独唱者たちも歌っていたとご報告したが、今回の演奏では通常通り、その部分は独唱者たちは歌わず、四重唱を歌い終えると、あとはただ最後まで立っているだけ。だが、先のブロムシュテットの演奏を経験してしまうと、この当たり前のことが少し残念に感じられるから不思議である。なぜならこの大団円では、文字通りすべての演奏者が演奏に加わっている(最後にしか現れない打楽器3名、ピッコロ、トロンボーンもすべて含め)からだ。それだけの巨大な盛り上がりの中、独唱の4人だけがだんまりを決め込んでいるのは、それに気づくと何やら不気味ですらある。例えばマーラーの「復活」の大詰めでは、独唱者も音のうねりの中に参加して感動的なのである。第九もやはりそうあるべきではないか。今後の演奏ではこの点をよく注意して聴いてみよう。

熱演のあと、恒例の「蛍の光」が演奏された。例によって合唱団の一部のメンバーが客席に降りて歌い(ソリストも一緒に歌うが、歌詞が日本語なので、ロバート・ディーン・スミスはここだけ譜面と首っ引きだ)、ついで秋山が客席を振り返って、聴衆にも歌うことを促す。そのあとは照明が落ちて、合唱団がペンライトを振りながらのハミングとなる。筋金入りの音痴である私としては、自分で歌うのは恥ずかしいのであるが、小声で歌詞を口ずさむことで、その場に集まった2000人の人たちのご縁を感じることができて、やはり感動的なのである。そして、いつもの通り「ヒットパレード」風のエンディングを聴いて、世界広しと言えども、第九の演奏のあとにこの音楽を指揮できるのはマエストロ秋山だけだと実感するのである。そしてここで気付くことには、この演出を行うには、やはりクリスマスも終えて、本当に暮れも押し詰まってからでないと格好がつかない。このオケがいつも遅い時期に第九を演奏するのは、これが理由であったのだ。

今年は4楽団の第九を5回の演奏会で堪能したが、こうして比べてみると、それぞれのオケの持ち味があって面白い。例えばこの東響は、上述の通り、この12/28、29という押し詰まったタイミングでしか第九を演奏しないのかと思いきや、調べてみると、これに先立つ12/24、25には、長野や富山で、山下一史(以前カラヤンの代役として急きょジーンズでベルリン・フィルを指揮して第九を演奏したという逸話で知られる)の指揮で演奏している。なるほど、このような方法もあるわけだ。ちなみにこのオケ、大みそかでは一部のメンバーが15時から本拠地のミューザ川崎シンフォニーホールでの演奏会に参加し、その後22時から新潟で年越しコンサートに秋山とともに出演する。大忙しなのである。
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さて、私にとってはこれが今年最後のコンサートではなく、もうひとつあるので、今年を振り返っての感慨をここで書き記すことはしないが、よくよく考えてみると、今年2016年は、東京で、いやさらに正確に言うとサントリーホールで、ベルリン・フィルとウィーン・フィルの両方が第九を演奏した年なのである。そんなことがこれまであったであろうか。実に、東京おそるべし。何度も口に出して言っているうちに、もしかして世間一般でもそのことに気付くのではないかと思い、今日もひとりごちてみる。

by yokohama7474 | 2016-12-29 00:44 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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つい2日前、12/25(日)にNHKホールで聴いたばかりの、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団(通称「N響」)によるベートーヴェンの交響曲第9番ニ短調作品125「合唱つき」の演奏を、今度は会場を変えて、サントリーホールで再度楽しんだ。先の記事でご紹介の通り、NHKホールでの4回の演奏会のチラシと、1回だけのサントリーホールでの演奏会のチラシは違うものである。どうやらこの最後の1回は、簡易生命保険誕生100周年も兼ねた催しで、かんぽ生命がスポンサーとなっている。だが、会場でかんぽへの勧誘があるでなし(笑)、ごく通常のコンサートである。もちろん、N響の名誉桂冠指揮者である巨匠ブロムシュテットの指揮であるから、その内容が「ごく通常」であるわけもない。この指揮者は長年に亘り東京の音楽シーンの充実に大きな貢献を果たしてきた。決して奇をてらうことはないが、その音楽の説得力には、本当に心からの敬意を表するに値しよう。

今回は恒例の第九チェックシートを使うのはやめよう。なぜなら、ただひとつの項目を除いては、前回のコンサートとすべて同じ内容になるからだ。唯一違うのは、「第九以外の演奏曲目」であり、今回は以下の4曲のオルガン・ソロでの演奏があった。合計演奏時間は20分程度。
 バッハ(デュプレ編) : カンタータ「神よ、あなたに感謝をささげます」BWV.29からシンフォニア
 フロール・ペーテルス(1903-1986) : コラール前奏曲「輝く暁の星の麗しさよ」作品68-7
 シャルル・マリー・ヴィドール(1844-1937) : バッハの思い出から「夜警の行進」
 シャルル・マリー・ヴィドール : オルガンのための交響曲ヘ短調作品42-1 「トッカータ」
オルガン独奏は、若手オルガニストの勝山雅世。
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この4曲、まあヴィドールのオルガン交響曲はそれなりに知名度はあるが、題名を見る限り、それ以外は結構渋い。だが、聴いてみて安心。最初の曲は無伴奏ヴァイオリン・パルティータ3番の有名な冒頭部分と同じだし、3曲目はやはり有名な「目を覚ませと呼ぶ声が聞こえ」の編曲である。オルガンという楽器は演奏する人間に比べてあまりに巨大なので、演奏によってEmotionの入り込む余地があまりなく、とにかく流れのよい、また時には迫力ある音が鳴ってくれれば満足できるのであるが、この4曲のダイナミックレンジは大したもので、楽しむことができた。ただ、それぞれの曲ごとに拍手が起きて、勝山は律儀に毎回毎回、長い椅子の上を滑って移動しては一旦客席に向けて丁寧にお辞儀をし、また座り直すということを繰り返していた。ここは拍手を無視して、そのまま演奏を継続してもよかったようにも思う。いずれにせよ、第九の前座ではあったものの、落ち着いて聴くことのできたオルガンであった。

さて、メインの第九。通して聴いてみると、2日前のNHKホールでの演奏と細部の印象までぴったり同じである。ただ、やはりホールの音響の違いはいかんともしがたい要素として存在し、NHKホールでの演奏が、多分に想像力で補って「こういう音が鳴っているのだろう」と思った、その通りの音が、サントリーホールでは素晴らしい美感とともにストレートに耳に入ってくる。いやもちろん、NHKホールでも上質な音楽体験はできるものの、サントリーホールはその点において別格だと言いたいのである。特にこの曲の第1楽章。私は前回の記事で、迫力において今一歩という内容を書いたが、今回の演奏では、弦楽器の燃焼度がストレートに耳に入る分、前回よりも迫力のある音に聴こえたと思う。その一方、前回の記事には書かなかったが、なぜか木管楽器の緊密さに今一歩の課題があるように感じたのは、前回も今回も同じ。なにせ音楽とは目に見えないものだけに、その時々の印象が時間とともに変わってしまうことは往々にしてあるが、ただ、聴いている者が素直に感じることには、なにか理由なり背景があることも、一方で多いのである。ともあれ今回のブロムシュテットの演奏は、総合的に見て、やはりそう滅多に経験できるものではない素晴らしいものであったことは間違いないと思う。
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プログラムには、ブロムシュテットの第九の解釈が記載されているので、その要約をここでご紹介する。
・第1楽章は創造の喜びを表現。決然とした第1主題は神を象徴。一方の第2主題は人間味あふれるもの。
・第2楽章は意図的に、はじけるばかりの喜びを描く。中間部は一転して滑らかで美しい。すばらしいコントラスト。
・第3楽章は歌心あふれ抒情的。第1楽章冒頭と同じ音程を利用していて、いわば同じレンガで全く違う建造物を構築している。
・第4楽章は、第3楽章終結部の平穏がら一転しておぞましい不協和音で始まり、人生には過酷なことが起こることを思い出させる。それから意外にも心なごむメロディが出てくる。この楽章でも神を象徴する主題と人間を表す主題を組み合わせている。つまりこれは神と人間の共存が可能ということ。
・ベートーヴェン自身によるメトロノーム記号は速すぎると考えられてきたが(ここでフルトヴェングラーに言及)、長年の研究の結果、自分としては作曲者の指示は適切で自然なテンポと思えるようになった。

彼の発言で私が面白いと感じるのは、どの楽章もなんらかの喜びや安らぎを表現しているという解釈だ。なるほど、神は劇的な試練を人に与えるけれども、人間が喜びや安らぎを求める心情は、それと共存するべきものである、ということだろう。稀有壮大な作曲理念に向き合うには、テンポひとつ採っても相当な確信がないといけないということか。何十年もの経験が生きるのが、指揮者という音楽家の不思議なところである。今回、5回の第九を矍鑠として振り終えたマエストロに対し、終演後には楽員からの花束も贈られ、会場はまさに人間的な喜びに満ちたのであった。
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今回、89歳のブロムシュテットの指揮を体験して、これはもしかすると11年後、人類は史上初めて100歳の現役指揮者を持つことになるのではないかと考えてしまった。レオポルド・ストコフスキーや朝比奈隆が果たせなかったその目標は、もしかすると易々と達成されてしまうのではないかと思ってしまう。もっとも、上には上がいて、現在93歳のスタニスラフ・スクロヴァチェフスキも現役で活動しており、来年はまた読売日本交響楽団を振りにやって来る。彼らに共通するのは、感傷性のなさである。純粋な音楽への献身こそ、長い現役音楽家としての最大の資質なのであろう。ギネスブックに載るような活躍を、これらのマエストロには期待しよう。

by yokohama7474 | 2016-12-28 00:54 | 音楽 (Live) | Comments(2)

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1927年生まれ、現在実に89歳という高齢のスウェーデン人指揮者、ヘルベルト・ブロムシュテットが、先月のバンベルク交響楽団との来日公演に続いて今月も東京でその音楽を聴かせてくれる。年末恒例の第九、指揮をするのはもちろん、彼が桂冠名誉指揮者を務めるNHK交響楽団(通称「N響」)である。これはN響の創立90周年を記念する特別演奏会も兼ねており、日程は、12/21・23・24・25の4日間をNHKホールで、また12/27にはサントリーホールで1回と、合計5回である。会場のNHKホールにはこのような飾りつけが。
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それにしてもブロムシュテットの年齢を思うと、この大曲をこれだけの回数指揮することはまさに信じられない思いであるが、私が聴いたこの日の、つまり4回目の演奏では、いつもの通り全曲を立ったまま指揮する様子には全く危なげがなく、時に大きく息を吸い込んでオケ、独唱、合唱をリードすることによって、まさに巨匠の芸を聴かせてくれた。ではまずいつもの通り、「川沿いのラプソディ」オリジナルの第九チェックシートから始めよう。

・第九以外の演奏曲
  なし
・コントラバス本数
  8本
・ヴァイオリン対抗配置
  あり
・譜面使用の有無
  指揮者 : なし(但しスコアは演奏中一度も開かれることなく指揮台にあり)
  独唱者 : あり
  合唱団 : なし
・指揮棒の有無
  なし
・第 2楽章提示部の反復
  あり
・独唱者たちの入場
  冒頭
・独唱者たちの位置
  合唱団の最前列の真ん中
・第 3楽章と第 4楽章の間のアタッカ
  あり

ブロムシュテットはかなり以前からヴァイオリンの左右対抗配置を取っており、指揮棒を使わないのも通例になっているが、それはいわゆる古典派音楽に対する古楽的アプローチという教条的なものではなく、ひたすら音楽に奉仕するための方策を求めた結果であり、曲の性質に応じて柔軟な姿勢を取っていると思われる。例えばコントラバスを、6本ではなく近代オーケストラの標準である8本にしている点にも、この曲の破天荒な巨大さを表現しようという意欲が感じられる。この指揮者の美点は、決して感情に溺れることなく、常にいわば楷書のきっちりした演奏をすることであり、第九であっても曲の破天荒さを直接に強調することはない。だがその一方で、今時珍しく独唱者まで全員冒頭からステージに出していることからも、全員で音楽するための献身を歌手たちにも求めているように思われる。清々しい音楽を紡ぎ出すための厳しい要求が、当然オケにも歌手にも出されたものであると理解した。第1楽章は激しい闘争の音楽であり、迫力という点ではこの演奏が最高の出来だったというには若干の躊躇を覚えるが、だがそれでも、随所に音の線の絡まりがチリチリと燃えているように聴こえる箇所があり、アンサンブルとして見事に曲の本質を突いていたものと思う。何より、年齢による指揮ぶりの鈍化は全く見受けられず、テンポもむしろ早めであって、いつに変わらぬブロムシュテット節である。第2楽章では疾走感もあって、楽器間の連携も見事。ここで音楽が少し熱してきた感があった。そして第3楽章で、私はひとつの発見をした。この緩徐楽章アダージョは、ベートーヴェン晩年の深い境地を表す清澄な音楽なのであるが、実はオケが全員で深々と旋律を歌う箇所はほとんどない。というのも、水の流れのように延々と続く旋律は基本的に第1ヴァイオリンだけが担っていて、ヴィオラやチェロはもちろん、普通なら一緒にハモって歌うはずの第2ヴァイオリンまでが、短い音型を弾いたりピツィカートを奏でたりして伴奏に回っているのだ。そんな点にも時代を超えたベートーヴェンの破天荒な試みが表れているのであるが、実は第4楽章に入って「歓喜の歌」が最初に奏でられるときには、今度は腰を据えて、すべての弦楽器が声を合わせてひとつの歌を歌うのである。それゆえに、緩徐楽章から最終楽章に移ってから目まぐるしい音楽的な情景の変化(過去の楽章の回顧を含め)を経て、この「歓喜の歌」が弱音で始まって徐々に盛り上がる箇所が、かくも感動的に響くのである。ヴァイオリンの対抗配置を取る指揮者は多いが、今回のブロムシュテットの演奏では、その意義が明確に表されていて感嘆した。もちろん、指揮者の意図をよく理解して充実した音で応じるN響の弦楽器群あっての成果であったであろう。
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この終楽章は本当に様々な要素が絡み合った狂騒の音楽であるが、その強いメッセージ性ゆえに、形式をぶち破った作曲者の思いが後世の我々の心を打つのである。89歳にしてこれだけきびきびとオケと合唱をリードし、その作曲者の思いを現代に呼び覚ますことができるとは、まさに巨匠の業。フェルマータのついた "vor Gott" の部分の合唱も、最近の多くの演奏よりは長く伸ばされるものであったが、上記の通り決して教条的にならないブロムシュテットの誠実さが表れた箇所であったろう。ところでN響による年末の第九の合唱と言えば、これまで必ず国立音楽大学の学生が出演していたはず(昨年の自分の記事で確認したところ、1928年以来!!)であるが、今回はなんと東京オペラシンガーズだ。このあたりの事情については楽団側からなんらの説明もされていないが、プロの合唱団を求める指揮者の厳しい要請によるものであったのだろうか、それとも何か別の理由があるのであろうか。この合唱団は、既にご紹介した通り、アヌ・タリ指揮の東京フィルでも第九を歌っていて、私がそれを聴いたのは一週間ほど前なので、東フィルと歌う日とN響と歌う日で分けているのかと思って調べると、東フィルの第九は、12/17・18・22と、ここまではN響と日程の重なりはないので案の定そうかと思ったら、なんと私が聴いたこの12/25だけは、N響の演奏会と全く同じ15時から、東フィルはオーチャードホールで第九を演奏している。つまり、東京オペラシンガーズは、メンバーを分けてそれぞれに出場したということであろう。今回のN響の演奏会の合唱の規模は、東フィルの演奏会における規模よりは大きいように思ったが、それにしても大変な人数を抱える合唱団であり、しかもその力強い歌唱には世界の巨匠も満足だろう。そして、東フィルのときと同様、今回も終演後には合唱指揮者の登場はなかったので、メンバーだけで技を磨いているということだろうか。

ところで、今回の独唱者は実に国際的。ソプラノのシモーナ・シャトゥロヴァはスロヴァキア人であるようだし、メゾのエリザベート・クールマンはオーストリア人、テノールのホエル・プリエトはスペイン人、バスのパク・ジョンミンは韓国人。いずれも世界的な活躍をしている若手の歌手たちであり、テノールだけは少し声が細いと思ったが、全体として高水準な独唱陣であった。いずれ世界の若手歌手にとって、「東京で年末に第九を歌う」ことがステイタス・シンボルになると面白いと思うのだが(笑)。ところで通常の第九の演奏では、コーダ手前の四重唱を歌い終えた後は合唱だけが大詰めの熱狂の箇所を歌うものと理解するが、今回の演奏では、独唱者たちも合唱に混じって最後まで歌っていた。壮大な人類の融和(もちろん、飽くまでキリスト教思想に基づくものではあるが)を歌い上げるこの曲には、それはふさわしいことであると思うし、この大団円に大変に感動したものである。

そんなわけで、過ぎ行く今年に思いを馳せつつ楽しんだ第九であった。今年はあと2回、第九の演奏を聴きに行く予定であるので(どれに行くかは内緒です。笑)、また徒然なる感想など書かせて頂きます。


by yokohama7474 | 2016-12-26 00:39 | 音楽 (Live) | Comments(0)