カテゴリ:音楽 (Live)( 378 )

 

アンドリス・ネルソンス指揮 ボストン交響楽団 (ヴァイオリン : ギル・シャハム) 2017年11月 7日 サントリーホール

e0345320_00524552.jpg
既に 2日前の川崎での演奏会をレポートした、ラトヴィア出身のアンドリス・ネルソンスとその手兵、ボストン響の東京 3連続公演の初日である。以前の記事に書いた通り、川崎の演奏会はそれほど入っておらず、東京公演も、とりわけ今日の場合には、曲目がちょっと渋いので、チケットの高値と相まって、もしかするとまたガラガラなのではないかと心配して会場に向かったが、幸いなことにそれは杞憂に終わり、客席はほぼ満員に近い入りであった。まずは一安心だ。なるほど東京の聴衆はレヴェルが高い。それから、以前の記事では、プログラムにコメントを寄せている小澤征爾が会場に姿を見せるのでは、という全く根拠も何もない憶測 (無責任でスミマセン) を書いたが、蓋を開けてみると、小澤の姿は見当たらないものの、その代わりと言っては大いに語弊があろうが、サントリーホール館長である堤剛の横の席に登場したのは、皇太子ご夫妻である。クラシックのコンサートに皇族の方が来られることは全く珍しいことではないが、今が旬の若手指揮者の演奏会においでになるとは、やはり皇太子ご夫妻の音楽好きも、さすがのものがある。そんなことを繰り返して書いているのは、今回の曲目に関係がある。
 チャイコフスキー : ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品 35 (ヴァイオリン : ギル・シャハム)
 ショスタコーヴィチ : 交響曲第11番ト短調作品 103「1905年」

前半のチャイコフスキーは、既に川崎でのコンサートでも演奏されているが、注目はなんと言ってもショスタコーヴィチ 11番である。1957年に発表されたこの曲、ショスタコーヴィチの 15曲のシンフォニーの中でも、かなり演奏頻度が低いことは確か。1905年に起こった「血の日曜日事件」、つまり、首都サンクト・ペテルブルクの宮殿に向かって民衆が行進し、それに対して軍隊が発砲したという事件、つまりは後のロシア革命につながる民衆の蜂起を題材にしているため、いかにもソ連時代の政治的なメッセージが込められているように思われることが、あまり演奏されない理由のひとつであろう。もちろん東京では、随分以前にゲンナジ・ロジェストヴェンスキーが読響で、比較的最近ではアレクサンドル・ラザレフが日フィルで、ショスタコーヴィチを集中的に採り上げている経緯があり、この 11番ももちろん演奏されているし、また、一時期アーヘンの音楽監督を務めた北原幸男は、N 響を指揮したデビュー盤でこの曲を演奏した。このブログでも、オレグ・カエターニ指揮の都響の演奏をご紹介したし、都響はきっといずれエリアフ・インバルの指揮でも演奏するに違いない。だが、外来のオケがこんな曲を採り上げるには、大いにリスクがある。それゆえ、会場がほぼ満員であることだけでも、東京の聴衆の質を示していようというものだ。

ともあれ、前半のチャイコフスキーにも簡単に触れよう。先の川崎のコンサートではスーツにネクタイといういで立ちであったギル・シャハムは、今回は燕尾服で登場。だがその演奏は、もちろん川崎でのものと同様に、流れがよく強い表現力のあるもの。冒頭のオケの序奏のあとにネルソンスがオケを称えたのも同じなら、演奏中にソリストのシャハムがしきりとオケに笑顔を送っていたのも、第 1楽章終了時にチューニングを行ったのも同じ。だがやはり、二度目であってもこの演奏は聴きごたえがある。今回改めて思ったことには、もしかするとこの演奏、人によってはちょっと弾き急いでいると感じる場合もあるかな、ということ。だがそれこそ曲の盛り上がりに正直に応える演奏家たちの真摯な姿勢によるものであろう。きっとチャイコフスキーもこの演奏を聴いたら喜ぶのではないかと思ったものだ。アンコールも同じバッハのガヴォットで、安定した美音が深く耳に残った。
e0345320_01282808.jpg
そしてメインのショスタコーヴィチであるが、これもやはり期待通りの名演となった。何度も書いているが、このボストン響は大変美しいハーモニーを聴かせるオケであって、それは大音響であっても何ら変わることはないのであるが、このような激しさを含んだ曲におけるボストンの演奏には、なんとも言えない魅力がある。4楽章制ではあるが、全く切れ目なく通して演奏されるので、60分ほどの間、聴衆は音楽的情景の移り変わりに立ち会うことになるのだが、これだけの美音で、繊細な弱音から凄まじい咆哮までを聴くことのできる喜びは大きい。ただその一方で、実は聴衆を飽きさせない工夫などあまりされていないこの作品の欠点も、そこには見えてきてしまうのも致し方ないように思う。以前もどこかの記事で書いたが、ショスタコーヴィチの交響曲には様々に屈折した要素があり、虚心坦懐に楽しもうにも、なかなかそうはいかないもどかしさが付きまとう。だからこの曲の場合、漂う朝もやのような冒頭部分から、民衆への悲惨な発砲という劇的な事件が起こるあたりの推移も、その悲劇が収まったあとの呆然とした感じも、人の心を掴んで離さないということには至らない点、いつもながらに、やはり惜しい気がするのである。もちろん、曲を知っていると、ネルソンスとボストンの妙技が次々と難関を切り抜けて行くことに感心するし、第 3楽章で延々とヴィオラが歌う中音域の悲歌などは大変に感動的ではあるのだが、曲本来の弱点である、部分部分の接合の弱さをどうしても感じてしまう。とはいえ、繰り返しだが、この曲の演奏としては、これは最上の部類に入るであろう。聴きながら私は、演奏の良し悪しを超えて、むしろショスタコーヴィチの創作の過程について、思いを巡らしているのであった。
e0345320_01543100.jpg
実はこのネルソンスとボストン響は、ショスタコーヴィチの録音について、ある快挙を達成している。それは、昨年、今年と 2年連続で、彼らのショスタコーヴィチの録音がグラミー賞 (最優秀オーケストラ・パフォーマンス賞) を受賞しているのだ。昨年は交響曲第 10番。今年は第 5、8、9番である。昔と違って様々な名演奏家が録音を次々と出す時代ではないとはいえ、2年連続でのグラミー賞とは、これは大変な快挙であろう。今回演奏された 11番も、きっとそのうち録音が発表されるのであろう。これは、シリーズ第 1弾として発表された交響曲第 10番のジャケット。
e0345320_01581001.jpg
演奏会から帰るみちみち考えたことだが、ネルソンスがボストンの音楽監督就任以降、ショスタコーヴィチ・シリーズを手掛けているのはなかなかに巧みな戦略だ。というのも、このオケで過去にこの作曲家を多く取り上げた人がいないと思われるからだ。歴史を振り返れば、クーセヴィツキーが 7番の米国初演に名乗りを上げたことはよく知られているし、この記事でも以前に触れたことがある。だが、それ以外では確か 5番や 9番くらいしか採り上げていないはず。また、このオケと近い関係にあったバーンスタインは、ショスタコーヴィチを早くから積極的に採り上げたとは言えようが、やはり網羅的には採り上げてはいない。小澤がボストンの任期中に指揮したショスタコーヴィチの交響曲は、私が明確に記憶しているのは 10番だけ (若い頃のどこかのインタビューで、この作曲家は苦手と発言していたのも覚えている)。その後任のレヴァインに至っては、オペラを含めてあれだけ膨大なレパートリーを誇りながら、ショスタコーヴィチを採り上げたとは聞いたことがない。そう思うと、旧ソ連圏であるラトヴィア出身のネルソンスが、この作曲家の一連の演奏によってボストン響の輝かしい歴史に新たなページを加えるのは、戦略的にも大いに意味があるではないか。自然体の音楽を奏でる人ではあっても、大変に高い知性と戦略性を併せ持った指揮者であると思う。

さて、演奏会は大いに盛り上がり、今回もアンコールが演奏された。前回の川崎と同様、また大きな声で、"Dear ladies and gentlemen!!" と聴衆に語り掛け、「なるべく多くの人に聞こえるようにゆっくり喋ります」と言う割には早口で喋ったことには (笑)、日本の聴衆の音楽に対する姿勢は非常に素晴らしいという賛辞であった。音楽への情熱を共有したいという表現で、その賛辞を繰り返し、アンコールの曲目を紹介したのだが、「それはやはりショスタコーヴィチの・・・ええっと (と譜面を指し示し)、『モスクワのチェリョームシカ』から『ギャロップ』です。交響曲よりはずっと短いです」と、ひょうきんぶりを示した。この曲、1957年、つまり今回演奏された交響曲第 11番と同時期に作曲された、彼の唯一のオペレッタなのであるが、これこそほとんど演奏されない。メジャーな演奏家のアルバムでは、この「ギャロップ」等を、リッカルド・シャイーがフィラデルフィア管と録音しているものくらいしかないのではないか。だが実は、私はこの曲をよく知っているのだ。なぜなら、こんな CD が随分以前から手元にあるからだ。
e0345320_02294781.jpg
これは 1995年の、この曲初の録音。ロンドンで、BBC の音楽雑誌の付録として購入したものだ。当時、「へぇー、全く知らないショスタコーヴィチの曲だから、どんなものか、ちょっと買ってみよう」と思って買ったものであったが、聴いてみたらなんとも軽妙な音楽で、オペレッタと知ってまたビックリ。英語での上演のライヴで、きっとカットだらけなのだろうと思うが、冒頭にいきなりギャロップが出てきて、なんとも威勢がよい。このオペレッタ、近年確か BS で全曲の舞台上演を放送したと記憶するが、現在でも極めて珍しい作品。前回の「エグモント」序曲から一転して、こんなものをアンコールに持ってくるとは、やはりネルソンス、なかなかの策士である。さて、このアンコールが終わると既に 21時半頃になっていたので、私はそこで会場を辞したのだが、帰宅してサントリーホールのサイトで確認すると、なんとその後アンコールとしてもう 1曲、バーンスタインの弦楽のためのディヴェルティメントの第 2楽章「ワルツ」が演奏されたとのこと。これも肩の凝らない選曲である。聴き逃したのはなんとももったいないが、仕方ない。私はもう一晩、このコンビの演奏を聴くことができる。それをまた楽しみにしよう。

by yokohama7474 | 2017-11-08 02:39 | 音楽 (Live) | Comments(6)  

カティア・ブニアティシヴィリ ピアノ・リサイタル 2017年11月 6日 サントリーホール

e0345320_16184281.jpg
このピアニストを知らない人がこのチラシを見て、どう思うだろうか。うーむ、これは一体どこの女優だろう。そういった感想を漏らして全く不思議ではない。かく言う私も、数年前から CD を通して彼女のピアノに親しみながら、ある日 BS プレミアムで放送された番組で、森の中を歩んでピアノに辿り着き、そこでリサイタルを開く彼女を見て、改めてこの人が女優ではないことに驚いたものである。だが何よりも、彼女のピアノに漂う何か人間的なものに感動したので、いつか生演奏で聴いてみたいと思っていた。昨年も日本でリサイタルがあり、NHK 交響楽団とも共演したが、いずれも実演では聴くことができなかったので、今回は待望のリサイタルということになる。
e0345320_09532227.jpg
だが、私はそのように彼女のピアノに強い興味を抱きながら、ひとつの悩みがあった。彼女の名前の「カティア」から先、つまりはファミリーネームがどうしても覚えられないのだ!! (笑) 実は似たような例があって、それは現代を代表する若手ヴァイオリニストのひとり、リサ・バティアシヴィリである。彼女の名前も、私は「リサ」としか覚えられないのである・・・。このふたりの女性演奏家には共通点がある。それは、ジョージア出身ということだ。ジョージア? 米国であろうか。いや違う。我々日本人にとっては、「グルジア」という表記になじみがある、トビリシを首都とする中央アジアの国。旧ソ連、CIS 諸国のひとつであるが、最近では「グルジア」ではなく「ジョージア」という発音が正式なものであるようだ。実際、英語ではこの国は以前から「ジョージア」と呼ばれていたので、それを正式名称にしようという動きがあるようだ。私の職場の同僚で、この国との取引を目指して営業活動した人がいるのだが、その彼も確かに、現地の人たちは「グルジア」ではなく「ジョージア」と呼んで欲しいと希望していたと言っていた。実はこの国、あのスターリンの出身地であり、そのこともあってか、ロシアの影響をことさらに否定したがっているようで、国の名称変更もそれに基づくものであるのだろう。

さて、そのジョージア出身のカティア・ブニアティシヴィリは今年 30歳、実に年間 150ステージをこなすという、世界でも引っ張りだこの人気ピアニストである。もちろん、この容貌は人気のひとつの理由にはなりうるし、本人もそれは自覚しているであろうが、音楽は顔やスタイルで行うものではないので (笑)、彼女の演奏が世界の多くの人たちに支持されているのは、何よりもその音楽性によるものであろう。今回のリサイタルではそのことを実感した。そのユニークな曲目は以下の通り。
 ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ第 23番ヘ短調「熱情」作品57
 リスト : ドン・ジョヴァンニの回想
 チャイコフスキー (プレトニョフ編) : 演奏会用組曲「くるみ割り人形」
 ショパン : バラード第 4番ヘ短調作品52
 リスト : スペイン狂詩曲 S.254
 リスト (ホロヴィッツ編) : ハンガリー狂詩曲第 2番嬰ハ短調 S.244

実は、当初の発表では、最後の曲としてストラヴィンスキーの「火の鳥」から 3つの踊り (アゴスティ編) が予定されていたが、それがショパンのバラード 4番とリストのハンガリー狂詩曲 2番に変更されたのであった。また、当初発表では、リストのスペイン狂詩曲は、「ドン・ジョヴァンニの回想」のあとに演奏されるはずであったので、曲目変更に伴い、もともと予定されていた曲の順番も一部変更になったわけである。
e0345320_00054763.jpg
この演奏会、全体的な感想としては、リストが圧巻であった。彼女のピアノは、例えばユジャ・ワンのようにバリバリ弾くという感じではなく、もう少しふくよかな音が鳴る。換言すれば、一音一音の粒立ちがよいというタイプではなく、音楽全体としての説得力こそがその真骨頂であると思うのである。それゆえ、ベートーヴェンとはあまり相性がよいとは思えない。いかにロマン性漂うこの「熱情」ソナタであっても、本来ならもう少し形式感を感じさせる、あえて言えばきっちりとした演奏の方が、曲の持ち味がよく出るものと思うのである。だがその一方で、まさにそのロマン性、ベートーヴェンならではの劇的な部分において、カティア (すみません、苗字を覚えられないもので...) の演奏にはやはり、聴くべきものがあったとも言えると思う。例えば第 2楽章をポロポロと弾き出したその雰囲気は、古典派を弾くという感じはなく、まるで後半のショパンのバラードの冒頭を弾き出したときの雰囲気とそっくりであった。そこには、独特の浮遊感がある。そうだ、静かな音楽を演奏するときに彼女のピアノには馥郁たる香りが漂い、それは曲の形式を超えて、すべて彼女自身の音楽にしてしまうのである。また、私は上記でちょっと矛盾したことを言っているだが、バリバリ弾くタイプではないのに、リスト、つまり、ピアノが壊れそうなほどの強烈な音の渦をしばしば必要とする悪魔的な作曲家の作品の演奏がよかった、というのは一体なぜか。いや、もちろん、彼女のピアノには充分な音量もあり、色彩感もあって、リスト演奏では実に強烈な音の渦が聴かれたことは確かである。だが、それにも関わらず、彼女の演奏は常に美しい。それは、音の強い部分も弱い部分も、劇的な部分も抒情的な部分も、常に美しくふくよかなピアノが鳴っているということなのだと思う。圧倒的という言葉は少しイメージが違っていて、なんというか、聴いていて心が温かくなるような感じがする。それゆえ、抒情的な部分をあまり持たないこのプログラムにおいては、やはり劇的なリストの音楽が、最も心に迫る結果になったのではないだろうか。だが実は、聴いていて、フランス音楽を聴きたいなぁと思い始めた。つまり、この上なく抒情的で、洒脱で、奔流とは異なる浮遊感のある音楽。そう、つまりは、ドビュッシーの「月の光」のような音楽を希求したのである。そして、アンコールの最初に演奏されたのがまさにその「月の光」であったことに、私は驚いた。このピアニストは、聴衆が何を欲しているかを理解する能力があるようだ。そのゆったりとしたテンポの中には無限のニュアンスが込められ、音楽における悪魔的なものからの解毒作用が含まれていた。この「月の光」を含めてアンコールは以下の 4曲。

 ドビュッシー:月の光
 リスト:メフィスト・ワルツ第1番
 ヘンデル (ケンプ編):メヌエット
 ショパン:前奏曲第 4番ホ短調 op.28-4

最後のショパンは、本人が「あとちょっとだけ」と身振りを示して弾いたもので、明らかに聴衆へのサービスであろうが、それまでのドビュッシー、リスト、ヘンデルの順番が心憎い。中でもヘンデルのメヌエットは、彼女の小品集アルバム「マザーランド」にも収録されている美しい曲で、本当に心が澄んだ思いになる名曲なのであるが、原曲はクラブサン組曲第 2番の中の曲で、往年のドイツの巨匠、ウィルヘルム・ケンプの編曲になるもの。これぞまさしく浮遊感漂う至福の時を味わえる曲であり、演奏である。これがその「マザーランド」のジャケット。彼女のピアノの長所が堪能できるので、お薦めである。
e0345320_00261734.jpg
この演奏会は、チケットの値段がそれほど馬鹿高くは設定されていなかったこともあってか、かなりの盛況であったが、コンサートが進むうちに、本当に演奏家と聴衆の間にコミュニケーションが生まれるような、そんな体験であったと思う。面白いシーンがあって、それは何かというと、1曲目の「熱情」のあと、リストがモーツァルトの名作歌劇から自由に抜粋した面白い作品である「ドン・ジョヴァンニの回想」に入る前に、彼女は椅子の高さが気に入らなかったと見えて、二度・三度と自分で高さを調節したのである。鮮やかな深紅のドレスを着たピアニストが、自分で床に膝をついて、椅子の高さを調整したのですよ!! (笑) そこには気取りは全く見られず、ひたすら、その場に集まった聴衆に自分の音楽を聴いてもらおうとする音楽家の真摯な姿があったと思う。また、終演後には舞台の前後に投げキッスを送るという、クラシックのコンサートにしては珍しいシーンに遭遇したが、これも、何も女優を気取っているわけではなく、聴衆とのコミュニケーションを取りたいという彼女の純粋な思いによるものであろう。好感が持てた。

このカティア・・・・えっと、ブニアティシヴィリは今回、東京の前に名古屋で既にリサイタルを行ってきており、今後は大阪と札幌でリサイタルが予定されているが、その間を縫って、上岡敏之指揮新日本フィル、及びハンヌ・リントゥ指揮広島響とそれぞれ 2回ずつ、チャイコフスキーのコンチェルトを演奏する。恐らくどこの土地でも、聴衆との密なるコミュニケーションが図られることだろう。今後目が離せないピアニストであることは間違いないので、また実演を聴ける機会を楽しみにしたい。

by yokohama7474 | 2017-11-08 00:36 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

アンドリス・ネルソンス指揮 ボストン交響楽団 (ヴァイオリン : ギル・シャハム) 2017年11月 5日 ミューザ川崎シンフォニーホール

e0345320_04401455.jpg
米国屈指の名門オケであるボストン交響楽団が、現在の音楽監督であるラトヴィア出身のアンドリス・ネルソンスとのコンビで初めて来日を果たした。実は、東京の11月から 12月上旬にかけての音楽界はもう大変なことになっていて、この後陸続と名門オケと名指揮者の襲来を受けるのであるが (その一方、迎え撃つ日本のオケにも意欲的な取り組みが多々あって、聴く方はもう目を白黒だ)、これはその一連の名門オケ日本襲来の嚆矢とも言えようか。チラシには、「音楽監督との日本公演は1999年小澤征爾氏との来日以来 18年ぶり!」とあるが、そうか、なるほど。前回のボストン響の来日は、小澤の指揮のもと、あの素晴らしい R・シュトラウス (「ドン・ファン」と「死と変容」) にバルトーク (管弦楽のための協奏曲) が演奏され、東京国際フォーラムでの子供の日特別コンサートが開かれた、あのときなのである。「音楽監督との」日本公演とわざわざ明記してあるのは、2014年にも来日しているからで、この時はロリン・マゼールの指揮と発表されたが、指揮者はシャルル・デュトワに変更になり、マゼールはその後没してしまったのであった。

このボストン響、もちろん日本のファンにとっては、30年近くの長きに亘りこのオケの音楽監督を務めた小澤とのコンビで大変に親しいオケなのであるが、それ以前にもシャルル・ミュンシュという巨匠が率いたり、もっと前はセルゲイ・クーセヴィツキーが黄金時代を築いている。また、ご当地出身のレナード・バーンスタインとも、そのキャリアを通して常に近い関係にあった。その輝かしい楽団の歴史を反映して、実際にその音色の美しさは天下一品であり、私もちょうど 2年前にニューヨークで聴くことができたネルソンスとのコンビでの演奏会を、興奮して記事に書いたことがある。

http://culturemk.exblog.jp/23824161/


この記事に書いてあることだが、私がこのネルソンスの実演に初めて接したのは、2009年、ロンドンの夏の音楽祭であるプロムスでのことで、当時の手兵であるバーミンガム市交響楽団との演奏会においてであった。その時の「火の鳥」が実に瞠目すべき超名演であったので、当時弱冠 30歳というこの若手指揮者の将来を大いに嘱望することとなったのだが、その後の彼の躍進ぶりにはまさに目を見張るものがあり、なるほど彼ほどの才能ならと、大いにうなずかれるのである。因みにそのときのプログラムはこちらの通り、大変渋い内容である。隣の英国人のお婆さんから、「スティーヴン・ハフが楽しみねぇ。あなた彼のことを知っている?」としつこく訊かれて、閉口しながら「はい、名前だけは」と答えたのを覚えている (笑)。ハフはその時ソリストを務めた英国のピアニストであって、このような言葉からも、現地の人々にとっても、必ずしもネルソンスお目当てのコンサートではなかったことが想像される。
e0345320_05074536.jpg
ネルソンスはその翌年、2010年にウィーン・フィルとともに初来日し、「新世界」をメインとする 1プログラムだけ指揮をしている。ただそのときは、当初小澤征爾と発表された指揮者がその後エサ=ペッカ・サロネンとこのネルソンスの二人に変更になり、その後さらにサロネンの降板によって、彼の指揮する予定であったプログラムは、フランツ・ウェルザー=メストと、なんと驚きのジョルジュ・プレートルに変更になったという騒動であったが、その時私はウェルザー=メストとプレートルの演奏会に出掛け、ネルソンスは聴けなかった。そのまた翌年、2011年にネルソンスは、東京・春・音楽祭でワーグナーの「ローエングリン」の演奏会形式上演を指揮する予定であったが、東日本大震災のために公演そのものが流れてしまった。そんなわけで、今回の彼のボストンとの来日は、2013年のバーミンガム市響との来日以来数年ぶりに、日本で腰を据えてこの指揮者の真価を問うことのできる、貴重な機会なのである。今回彼はこのように髭を生やし、30代にしてはかなり恰幅のよい体格で登場した。
e0345320_05183950.jpg
今回の日本公演は、既に名古屋と大阪では終了しており、今回の川崎のあと、今週サントリーホールで 3回。日本での演奏会は合計 6公演である。ちょっと冒険的な曲目もあって、しかもチケット代は例によってかなり高く設定されているため (私は安いチケット確保に成功したが)、正直なところ、集客には少々心配があった。実際今回の川崎公演は、先のシャイーとルツェルン祝祭管の閑古鳥状態よりはましとはいえ、やはり残念ながら空席の目立つ結果となった。このコンビの初来日ゆえ、致し方ないのであろうか。ところで今回の演奏会で配布されているプログラムには、このような小澤征爾からのメッセージと、ネルソンスと小澤がボストン・レッドソックスの帽子をかぶった写真 (ネルソンスには髭はなく、最近の写真ではあっても、最新のものではない。近年小澤はボストンを訪問したのであろうか) が掲載されていて興味深い。因みに小澤のメッセージにある BSO とは、Boston Symphony Orchestra のこと。
e0345320_05231639.jpg
e0345320_05235911.jpg
さて、この日の川崎公演の曲目は以下の通り。
 チャイコフスキー : ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品35 (ヴァイオリン : ギル・シャハム)
 マーラー : 交響曲第 1番ニ長調「巨人」

なるほどこれは名曲プログラムで、誰もが楽しめそうである。ここでヴァイオリンを弾いたギル・シャハムは、1971年生まれのイスラエルのヴァイオリニスト。いわゆるユダヤ系のつややかな音のヴァイオリニストの系譜につながる人であり、若い若いと思っていたが、既に 46歳。
e0345320_11253227.jpg
私はこのブログで過去に、このチャイコフスキーのコンチェルトを、シベリウスのそれとともに、ある意味のポピュラー名曲として、バルトークやプロコフィエフのコンチェルトよりも軽んじているかのような表現をしてしまったかもしれないが、実際のところは、やはり大好きな曲なのである。但しそれは、本当によい演奏に巡り合ったときにしか実感できないのだ。そして今回の演奏、本当にこの名曲の名曲たるゆえんをじっくりと楽しむことができて、なんとも気持ちがよかった。オケによる序奏の部分から実に細やかな神経で扱われた分離のよい音が聴かれ、ヴァイオリンのソロが入る部分で手が空いたネルソンスが、指揮棒で譜面を叩く仕草によってオケを称えていたのも、さもありなんという感じ。そしてシャハムのヴァイオリンは、この人らしく美麗でいて、しかももたれることのない、芯のしっかりしたもの。実に聴き惚れるしかない素晴らしさである。通常ヴァイオリン奏者は舞台の前面に出て客席に向かって弾くことが多いが、この人の場合、むしろ指揮者よりも前に出るばかりの姿勢を取り、オケに体を入れ込むようにして、時に笑顔でアイコンタクトを送るなど、まさにオケと一体として音の流れを作り出していた。ネルソンスの指揮も、ヴァイオリンに寄り添いながらも、第 1楽章や第 3楽章の盛り上がりではオケの力を解放することを忘れるはずもない。全体を通して、テンポは多少遅めでありながら、音楽のドラマ性や推進力は充分という、素晴らしい演奏であった。アンコールとしてシャハムが弾いたのは、バッハの無伴奏パルティータ 3番の「ガヴォット」。テンポのきっちりした折り目正しい、それでいて曲の楽しさを純粋に感じさせてくれる演奏であった。

さて、後半はマーラーの「巨人」である。このネルソンス、同郷の大先輩であり師でもあるマリス・ヤンソンスと共通する音楽性を持っていると、いつも思う。それは、譜面を見ながらきっちり指揮棒を使って指揮をするからということだけでなく、非常に明快な音で、どんな曲でも分かりやすくその持ち味を引き出す力に長けている、と表現すればよいだろうか。もちろん芸術家である以上は独自の個性が必ずあって、師とあれこれ比較されることは本人は嫌かもしれないし、今後はまた表現が変わって来ることもあるだろうが、今回の「巨人」などを聴いていると、やはりヤンソンスを連想させる部分があちこちにあったと思う。ちょっと両者のポーズを比べてみましょうか。似ているでしょう ? まぁ、指揮者なら誰でもこのようなポーズを取ることはある、という説もありますがね (笑)。
e0345320_11590549.jpg
e0345320_11591415.jpg
これは撮影角度が左右逆だが、やはり同じようなポーズである。
e0345320_12091961.jpg
e0345320_12093484.jpg
ともあれ、前半の協奏曲と同じく「巨人」においても、ネルソンスのテンポは比較的遅めで、情緒的な粘りも見られる点はヤンソンスよりもむしろロマンティックな面もあるかもしれないが、まさに上のような動作で力を解き放つ箇所などは、本当に師のよいところを継承していると思う。やはり彼も、万人に愛される音楽を奏でる人であり、それゆえの近年の大躍進なのであろう。もちろん、ただ自然に盛り上げているだけではなく、例えば第 3楽章などで聴かれた自在な緩急の差 (ユダヤ音楽が乱入するような箇所のテンポの上げ方はバーンスタインばりだ) には周到な計算があると思うし、終楽章の長い長い盛り上がりにおいて、本当のパワー全開は最後の最後まで控えていた点も、当然計算によるものであったろう。ただ、課題が全くなかったわけではない。第 3楽章の中間部をホルンが導く際に、ごくわずかなミスが出て、それが次のオーボエに連鎖してしまい、そこから少し、音楽全体の密度が低くなってしまったと聴いた。また、第 1楽章も、彼らならもっともっと音楽的情景の推移を面白く聴かせてくれてもよいかなとも思ったものだ。もちろん、そのような些細な不満は、終楽章大詰めの、予測通りにホルン 8本が起立して大音響を鳴らすあたりではすべて吹っ飛んでしまい、客席は大熱狂であった。楽員を起立させ、笑顔のネルソンスは何度もステージに登場、ついに指揮台に登り、"Dear ladies and gentlemen!!" と大きな声で客席に語り出した。ホールに賛辞を述べたあと、英語で「残念ながら日本語は喋れません。いや、実は英語もあまり上手ではないんです (と、いたずらっぽく楽員の方を見て)。だから音楽を演奏します。ベートーヴェンの『エグモント』序曲です」と述べて、その「エグモント」序曲が演奏された。弦楽は、マーラーを演奏したそのままの編成で。この日のコントラバスは 9本で、チェロは 11本 (普通チェロは偶数だと思うが、珍しいパターンだ)。この曲は呼吸が非常に大事であるが、ネルソンスとボストンはまさに模範的な演奏を成し遂げ、現在彼らが築きつつある蜜月関係を改めて実感させることになった。

首都圏での名刺代わりの演奏会は、このような成功であったが、サントリーホールでの公演も楽しみなことである。上記のメッセージでは、皆の大好きな小澤さんも、なにやら会場に現れそうな気配もあるし (いや、もちろん確証は全くありません)、未だチケットを購入されていないクラシック・ファンの方は、できることなら、どれかひとつは聴いてみてはいかがでしょうか。

by yokohama7474 | 2017-11-06 12:25 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

モーツァルト : 歌劇「ルーチョ・シッラ」K.135 (アントネッロ・マナコルダ指揮 / トビアス・クラッツァー演出) 2017年10月31日 ブリュッセル 王立モネ劇場

e0345320_06434923.jpg
唐突かもしれないが、私は現在旅行中であります。主な訪問地はベルギーなのであるが、一週間ほどの滞在期間中、音楽イヴェントはこのオペラのみ。演目は、1772年、モーツァルト 16歳のときに現在のミラノ・スカラ座の前身の歌劇場で初演されたオペラ、「ルーチョ・シッラ」である。ローマ時代の実在の人物をモデルにしたオペラ・セリア (深刻な内容のオペラ)。日本ではそれほど演奏される機会には恵まれず、私も今回が初めての実演経験だ。内容的にはほとんどバロックオペラなのであるが、よく聴くと、遥か後年の (と言ってもたかだか 20年足らずだが)「魔笛」などを思わせる豊かなフレーズも時に現れ、いかにスタイルとしては当時の慣習に従った創作とはいえ、天才作曲家の若き日 (と言っても人生の中間近くだが) の道程において独自の価値を持つ作品と言えると思う。

まずここでオペラハウスの紹介をしよう。私が現在滞在しているベルギーの首都ブリュッセルにある、王立モネ劇場が今回の会場である。私が当日撮影したモネ劇場の写真は以下の通り。モダンさと伝統的なオペラハウスのいで立ちの双方を備えた、なかなか興味深い場所である。
e0345320_07054714.jpg
e0345320_07065132.jpg
e0345320_07074020.jpg
e0345320_07082620.jpg
e0345320_07093042.jpg
ブリュッセルの街自体は追って別の記事でご紹介するが、私としてはこれが 4回目の訪問。過去 3回はいずれも、2002年から 2008年までこの歌劇場の音楽監督を務めた大野和士の指揮を聴くためであった。うち 2回は演奏会、残る 1回はオペラで、確か彼の任期の最後に上演されたヴェルディの「運命の力」であった。比較的こじんまりした劇場に見えるが、ヨーロッパでも、ウィーンやミラノといった超メジャーどころや、座席キツキツの英国ロイヤル・オペラなどを除けば、このサイズ (1152席) は標準的なものであろう。もちろんこのオペラハウスは、若干渋い存在であることは否めないが、実際にはヨーロッパでもかなりの名門であることは確か。今回は、このような劇場で日常的に行われている公演に触れる絶好のチャンスである。私がこの「ルーチョ・シッラ」を鑑賞したのは 10月31日 (火)。日本では最近ハロウィンは何やら異常な盛り上がりを見せているが、ここブリュッセルでは、街中の装飾も控えめなら、夜間にすれ違った人たちの仮装はほんの数組だけで、全然ハロウィンの盛り上がりはない。

私は今回この上演に接するにあたり、1989年のニコラウス・アーノンクール指揮のウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの CD で予習をしていったのだが、旅行前には目の回るような忙しさであったこともあり、あまりじっくり作品に親しむことができなかった。それから、こんなことで作品批判をしても始まらないが (笑)、登場人物たちの名前がややこしい。シッラにジューニア (子供ではない) に、チェチーリオにチェーリア、そしてチンナといった具合。そして、バロックオペラにはよくあることに、男性役を女性歌手が歌うことがあって、対訳を見たり見なかったりして音楽だけ聴いていると、誰が男で誰が女で、彼らがどのような関係であるのか、なかなかイメージがつかめないのである。因みにこの CD、ペーター・シュライヤー、エディタ・グルベローヴァ、チェチーリア・バルトリ、ドーン・アップショーといった名歌手たちの共演なのであるが、上記のようなわけで、大変中途半端な状態での鑑賞となったわけである。ご興味おありの方のために、その CD のジャケットを掲載しておこう。但しこの CD、多少カットがあって、本来 6人いる登場人物のうち 5人しか出てこない。
e0345320_07330653.jpg
そして当日、休憩を含んだ上演時間が 3時間45分に及んだこのオペラがどんなものであったかというと、実に驚くべきことに、私は全編を全く退屈することなく見て、そして大変面白いと思ったのであった。この上演で特筆すべきは、まずその演出である。一言でまとめるなら、それはもうなんとも大胆な読み替え演出で、東京 (あるいはニューヨーク) で上演すれば、相当なブーイングが出ようかという過激なもの。バロックから古典派への移行期のオペラ・セリアというイメージとは全く異なり、現代的な舞台で、かつ、歌手たちに大変忙しい演技を強いる内容である。古代ローマの実力者は背広姿でモダンな住居に住まっており、そこには狼のような大型の猟犬が闊歩している。その妹は日本でいう JK スタイルの引きこもりで、その友人は、生きているのか死んでいるのか分からない白塗りの大男である。2階が居住空間になっている建物といい、舞台上で進行する演技を含めた映像が随所で使用されていることといい、2015年に私がバイロイトで見た「ニーベルングの指環」の「ラインの黄金」におけるフランク・カストルフの演出を彷彿とさせる。映画の記事と違って、ここでネタバレを避けてもあまり意味はないと思いつつ、何か舞台の説明を逐一する気にならない。だがこれだけは言っておこう。ここで私が見たのは、オペラ・セリアとホラー映画の強烈な結合である (笑)。見て行くうち、「なるほど、そうだったのか!! 考えたな!!!」と膝を叩く場面に次々遭遇することで、ついついニンマリしたくなる、そんな演出であった。大団円には全くカタルシスはなく、誉め称えられるべき主人公シッラは、大変惨めな状態で全曲を終えるのである。ここでのメッセージには、現代の施政者に対する揶揄が見られるし、思えばそれは、冒頭、序曲をバックに慌ただしく流れる映像からも明らかであった。政治的なメッセージというよりも、人間社会への皮肉ととらえたい。ネットで取得できる舞台の映像をいくつか、以下にご紹介する。特に最後の 1枚は、この演出の根幹にかかわる重要なものなのである。と言っても分からないかと思うが、要するに吸血鬼です、吸血鬼。
e0345320_07562057.jpg
e0345320_07563261.jpg
e0345320_07564816.jpg
このような奇抜な演出を行ったのは、1980年生まれのトビアス・クラッツァー (Tobias Kratzer)。ネットで調べても日本語ではなかなか情報がなく、彼についての情報ほとんどがドイツ語のものであるが、ようやく見つかった英語の紹介 (エストニア国立歌劇場 !! のサイト) によると、2008年からオペラ演出を行っており、ミュンヘン、ライプツィヒ、グラーツ、ハイデルベルク、ブレーメン、カールスルーエ、ワイマール等、主としてドイツ語圏で活躍しているようだ。オペラ専門誌 Opernwelt (私も以前何度か買ったことがある) において、2011年と 2014年に "Opera Director of the Year” にノミネートされており、2019年にはバイロイトで「タンホイザー」を演出するとのこと。まさに今後注目の演出家であるが、このような容貌も、昔ながらのオペラ演出家とは一線を画している。
e0345320_08060003.jpg
歌手陣は、私の知らない人たちばかりであったが、プロンプターも存在しない舞台での堂々のアンサンブルであり、大変高いレヴェルの歌唱であった。以下、名前を記しておこう。ソプラノとテノールしか出てこないのである。
 ルーチョ・シッラ : Jeremy Ovenden (テノール)
 ジューニア : Lenneke Ruiten (ソプラノ)
 チェチーリオ : Anna Bonitatibus (ソプラノ)
 チンナ : Simona Saturova (ソプラノ)
 チェーリア : Ilse Eerens (ソプラノ)
 アウフィーディオ : Carlo Allemano (テノール)
 
この中で私が最も感心したのは、父の敵であるルーチョ・シッラから言い寄られてもそれを跳ね付け、最後はチェチーリオと結ばれるジューニアを演じたレネケ・ルイテンである。調べてみると、彼女は実は、市販されている映像作品で既にこの役を歌っていて、そこで指揮を取っているのは、このブログでも何度か絶賛を捧げた天才、マルク・ミンコフスキなのである!! これは帰国したら是非見なくてはならない。今回の舞台ではまさに体当たりの演技と歌唱を見せたルイテンはこんな人。
e0345320_08215812.jpg
それから、指揮者のアントネッロ・マナコルダを忘れてはならない。この天才の若書きのスコアを、完全に古楽器のスタイルできびきびと演奏したのであるが、文字通りかぶりつき、1列目のど真ん中で聴いた私には、彼が指揮台でストゥールを使わず、全曲を立って指揮したことを、ある意味で当然だと思われた。というのも、指揮者はこの作品で終始動いていなければならないし、細かい音の動きまで完璧に頭に入っていることが明らかなこの指揮者としては、安穏と座ってなど指揮していられなかったろう。この指揮者、私は恥ずかしながら知らなかったのだが、なんと、クラウデイオ・アバドとともにマーラー室内管弦楽団を創設し、自らそこのコンサートマスターを 8年間務めた人であるという。録音でも、シューベルトの交響曲全集が絶賛されているようで、現在はメンデルスゾーンの全集を進めているらしい。
e0345320_08273496.jpg
このように、なじみのない曲、なじみのない演出家、なじみのない指揮者、なじみのない歌手陣であったにも関わらず、本当にこの上演を楽しんでしまった私は、改めてヨーロッパの音楽文化の奥深さを感じている。これこそヨーロッパでオペラを見る醍醐味と言ってもよいであろう。超メジャー劇場での上演だけでなく、このようなユニークな上演に触れることで、間違いなく人生は豊かになると思う。あ、それから、今回の舞台では、狼と見まがうような大型の狩猟犬が何度も登場して、大変重要な役を演じていた。カーテンコールでも舞台の袖にちょっと顔を出して、本人はあきらかに聴衆に挨拶したがっていたのに、無常にもトレーナーに止められてしまったようだ (笑)。こんなワンちゃんでした。今ここで、ブラヴォーを捧げましょう!!
e0345320_08352251.jpg

by yokohama7474 | 2017-11-02 08:36 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

エディタ・グルベローヴァ オペラ名曲を歌う (ペーター・ヴァレントヴィッチ指揮 新日本フィル) 2017年10月26日 すみだトリフォニーホール

e0345320_15043819.jpg
現在のスロヴァキアに生まれた名ソプラノ、エディタ・グルベローヴァは、あと 2ヶ月で 71歳という年齢でありながら、その美声とコロラトゥーラの超絶技巧を駆使した歌唱によって、未だ現役を続ける稀有な存在である。日本ではとりわけ人気が高く、来日頻度もかなり高い。驚くべきことに、来年は彼女のデビュー 50周年ということだから、つまりデビューは 1968年。高音域を歌うソプラノとしては、信じがたいほど長いキャリアである。私ももちろん、これまで彼女の録音や、時には実演に触れてその美声には最大限の敬意を払うものであるが、最近実演で彼女の歌を聴いたのは、2011年のバイエルン国立歌劇場の引っ越し公演におけるドニゼッティの「ロベルト・デヴリュー」であるから、もう 6年前であり、正直なところ、未だに活動を続けるグルベローヴァの歌を聴くのが、少々怖かったという点は否めない。今回は、ハンガリー国立歌劇場の来日公演でベルカントの頂点である「ランメルモールのルチア」を歌うために来日しているが、それに先立ち、東京と札幌で、オーケストラをバックにしたアリア・リサイタルを行う。今回の東京での演奏では、その「ルチア」も指揮する予定のペーター。ヴァレントヴィッチという指揮者が新日本フィルを指揮して伴奏する。最近までグルベローヴァの出演するオペラやコンサートでは、夫君であるフリードリヒ・ハイダーが指揮を取ることが多かったが、最近ではこのヴァレントヴィッチが起用されることが多いという。ウィーン国立歌劇場で、ヤナーチェク作品の新演出の総責任者を務めているらしく、それは素晴らしい実績だ (彼もスロヴァキア人なのかと推測される) 。
e0345320_00242105.jpg
いきなり失礼な言い方かもしれないが、今日の演奏ではこの指揮者は、よく流れるが、ほとんどタメのない演奏をしていたような気がする。一方のグルベローヴァは、依然として抜群のそのテクニックでしきりとタメを作るので、そのコンビネーションがよいということなのかな、と解釈した。今回の曲目ははっきりしていて、前半がモーツァルト、後半がベルカントなのである。
 モーツァルト : 「後宮からの誘拐」序曲
        コンスタンツェのアリア「悲しみが私の宿命となった」
        「ドン・ジョヴァンニ」序曲
        ドンナ・アンナのアリア「ひどいですって? そんなことはおっしゃらないで」
        「フィガロの結婚」序曲
        「イドメネオ」からエレットラのアリア「オレステとアイアーチェの苦悩を」
 ベッリーニ : 「夢遊病の女」からアミーナのアリア「ああ、もし私があと一度でも~ああ、信じられないわ」
 ロッシーニ : 「セヴィリアの理髪師」序曲
 ドニゼッティ : 「アンナ・ボレーナ」からアンナのアリア「あなた方は泣いているの~あの場所に連れて行って~邪悪な夫婦よ」
 ロッシーニ : 「泥棒かささぎ」序曲
 ドニゼッティ : 「ロベルト・デヴリュー」より最後のシーン

今回のグルベローヴァの歌唱を聴いて、その変わらぬ美声と高い技術に感嘆したことは間違いない。ただその一方で、どうしても若い頃の圧倒的な歌声を思うと、特に弱音部で声を慎重にコントロールする箇所が気になってしまったことは否めない。以前からこのブログで書いている通り、音楽家に限らず芸術家には、そのキャリアの時々に美点や課題が存在しているのが常であり、何がよいとか悪いとかを、無責任な聴き手が一概に総括してしまうことはできない。今ではもっと若くて活きのいい歌手がいるから、グルベローヴァは聴かないと言ってしまったら、やはり人間の可能性の重要な部分を知らずに終わるかもしれないのである。そもそも、そのような若くて活きのいいソプラノ歌手がいるとして、その人が同じ曲目でホールを埋めることができるであろうか。そう思うと、大きなブラヴォーが何度も飛び、最後は客席総立ちのスタンディング・オヴェイションに至ったこの日のコンサート、やはり聴く甲斐があったと言うべきであろう。実際、後半のベルカント・オペラのアリアにおけるグルベローヴァの高音には破綻はなく、未だに圧倒的なものがあったわけであり、その伸びて行く声を体験した人は誰もみな、音楽の素晴らしさを理屈抜きに耳で実感したものであろう。
e0345320_00580921.jpg
聴きながらツラツラ思ったことがある。まず最初の「後宮からの誘拐」であるが、私が初めてこの曲に触れたのは、1987年。ショルティとウィーン・フィルの録音で、そこでコンスタンツェを歌っていたのがこのグルベローヴァであった。もともとグルベローヴァはカール・ベームによって夜の女王や「ナクソス島のアリアドネ」のツェルビネッタに起用されてその地歩を築いた人であるが、その後私の脳裏にビビビと来たことには、そのベームが最後の来日を果たした直後、1981年の夏に死去した際、ウィーン・フィルによる彼の追悼コンサートで、まさにショルティが指揮する「後宮からの誘拐」のアリアを歌っていたのは、このグルベローヴァではなかったか。大昔、ベータのヴィデオテープの録画でその演奏会を見た記憶があり、また、どこかのインタビューで、ショルティが、この曲におけるグルベローヴァの歌唱に天才を感じたという内容を語っていたはず。何分古い記憶を急に思い出して、ちゃんと確認も取れていないのだが、人はやはりそのような経験の積み重ねによって感性をはぐくむものなのだと思う。ベームが 1976年に指揮した「ナクソス島のアリアドネ」のライヴ盤がこれだ。驚異のツェルビネッタは、ジャケットの右下で傘を持った派手ないでたちの 41年前のグルベローヴァ。
e0345320_01095888.jpg
それから、ベルカント・オペラについて。私はベッリーニやドニゼッティの作品をそれほど愛好しているわけではないが、今回も大詰めのシーンが歌われた「ロベルト・デヴリュー」などは、グルベローヴァが歌うからということで、ちょっとどんな作品か聴いてみようか、と思った経緯がある。ヴェルディからプッチーニに至るオペラで徐々に深く描かれるようになり、それからさらにヴェリズモ・オペラに発展する、人間の深い情念というものを、何か透明な膜で濾過したような表現で表したベルカント・オペラには、一種の非現実的な美学があって、そのようなレパートリーを歌うには、ことさらに苦しい顔をしてはならず、音の波を上手にコントロールする必要がある。それは換言すれば、ベルカントに自らの最大の美点を見出したグルベローヴァのような歌手にしてみれば、ソプラノの役は数あれど、例えばヴェルディ後期の作品、アイーダやデズデモナ、それからプッチーニの蝶々夫人やトスカ、さらに進んでサントゥッツァやネッダを歌うことは考えにくいのだろう。あ、もちろん、ワーグナーなどもってのほか (笑)。そんな彼女が発掘したベルカントのレパートリーが、現代の聴き手を発掘したのだろうと思う。だが、実のところ、後半の 1曲目、「夢遊病の女」のアリアで彼女は、後半のある個所で、歌の入りを間違えてしまった。あるフレーズをオケが演奏してから歌が入るのに、オケと一緒に入ってしまったのである。その後正しい箇所で、「ここが私の出番です」という身振りをして歌い直し、結果的には見事な歌であったのだが、それこそ半世紀に及ぶ最高のプロフェッショナルとしては、自分のミスを許したくない気持ちはあるだろう。きっと札幌公演では、万全の歌いぶりになることだろう。

それと関連することだが、今回グルベローヴァが歌った 2曲のアンコールが面白かった。まず最初に、上記の通り私が彼女のレパートリーとして考えにくいと思っていたプッチーニだったのである!! だがそれは、トスカでも蝶々夫人でもなく、あるいはミミでもなく、「ジャンニ・スキッキ」の「私のお父さん」だったのだ!! 聴きながら思ったことには、これは絶妙の選択。なぜなら、プッチーニが書いたソプラノのアリアとしては、こんなに透明感に溢れ、激性の少ない曲はちょっとないからだ。相変わらず弱音の過度なコントロールが若干気になったとはいえ、いわゆる得意分野から離れながらも、自分の持ち味をうまく出せるという巧みな選曲に関心した。そしてアンコールの 2曲目は、指揮者が走って舞台に出てきて演奏を始めたのであるが、「こうもり」のアデーレのアリア、「侯爵様、あなたのようなお方は」であったのだ。これまた、彼女が若い頃にカール・ベーム指揮で映像も残している作品。合唱団が笑う箇所は指揮者と楽団がワッハッハと笑って盛り上げたこの演奏、なかなかに楽しいものであった。

終演後には今どき珍しい、次々と客席から花束が贈られるというシーンが見られ、いかに彼女が日本の聴衆に愛されているかということを再認識した。考えてみれば、最近のオペラ界では、以前は何人もいたような、隔絶したスターが減って来ているような気がする。そんな中、このグルベローヴァが未だに健在であることは、嬉しいと同時に、今後のオペラ界における新たなスターの登場も見てみたいと思わないではいられない。

by yokohama7474 | 2017-10-27 01:41 | 音楽 (Live) | Comments(2)  

小泉和裕指揮 東京都交響楽団 (ヴァイオリン : アリーナ・イブラギモヴァ) 2017年10月24日 サントリーホール

e0345320_00421920.jpg
このブログに集って来られる方々の中には、クラシック音楽の演奏会の新しい記事が目当てという方もそれなりにおられることは、自覚している。そんな方からしてみれば、「なんだ、『川沿いのラプソディ』は、初来日のウラディーミル・ユロフスキ指揮のロンドン・フィルとか、あるいはジョナサン・ノット指揮の東京響、アレクサンドル・ラザレフ指揮の日本フィル、クリストフ・エッシェンバッハ指揮の NHK 響、ヨーヨー・マやイーヴォ・ポゴレリチのリサイタル、あるいはキャスリーン・バトルの久しぶりの来日リサイタルとか、伴奏者は変更になったとはいえ、マティアス・ゲルネの『冬の旅』とか、最近の重要なコンサートを全くレポートしないではないか!!」と憤慨の向きもあるかもしれない。だが、このブログで何度か書いているように、私はただの勤め人。出張もあれば飲み会もあり、まあたまには残業ということもある。残念ながら上記のコンサートのどれにも行けていないし、今から予告しておくと、今週後半から来週一杯にかけてはまた、コンサートに行くことはできないのである。だから、イツァーク・パールマンのリサイタルとか、林真理子が台本を書いた三枝成彰の新作オペラにも行くことができない。何卒お許し頂きたい。

ともあれ久しぶりとなってしまった記事で採り上げるコンサートは、もしかしたらちょっと渋い内容と思われる方もおられるかもしれない。東京都交響楽団 (通称「都響」) の終身名誉指揮者の地位にある小泉和裕 (1949年生まれ) がその都響を指揮した演奏会で、曲目は以下の通り。
 バルトーク : ヴァイオリン協奏曲第 2番 (ヴァイオリン : アリーナ・イブラギモヴァ)
 フランク : 交響曲ニ短調

指揮者小泉和裕については、以前も同じ都響や名古屋フィルを指揮した演奏会を採り上げたが、私にとってはかなり早い時期から生演奏を聴いてきた指揮者である。近年はその活動を国内に絞っているようであり、その才能からすれば当然海外でのさらなる活躍を期待したくなるのであるが、そのことに深入りしても詮無いことであるので、ここでは今回の演奏会の感想を簡単に記しておこう。
e0345320_01002954.jpg
この 2曲、いずれもよく知られた名曲なのであるが、よく考えてみると、少なくとも最近は、それほど頻繁に演奏されているようにも思わない。特にフランクの交響曲は、フランス音楽を代表する交響曲のひとつであり、過去のフランス系の名指揮者たちのほぼすべてがレパートリーとしていたのは当然のこと、それに加えてフルトヴェングラーやクレンペラー、あるいはカラヤンといった独墺系の指揮者たちも録音を残していることから分かる通り、ワーグナーの影響を受けたドイツ的な暗さも含んだ曲である (1888年完成)。だが、最近実演で聴いた記憶がなく、新たな録音もそれほどあるようには思えない。また前半のバルトークという作曲家は、基本的に暗い夜の雰囲気を持つ曲が多く、このヴァイオリン協奏曲 2番 (1939年完成) も、決して陰鬱な曲想ばかりではないが、ヴァイオリンの技巧を華麗に聴かせる曲とはとても言えない。そんなわけで、全体を通して、中間色のちょっと渋い曲目と言ってよいだろう。

前半のバルトークでソロを弾いたのは、女流ヴァイオリニストのアリーナ・イブラギモヴァ。1985年生まれの 32歳で、ロシアに生まれ、英国で学んだ人。モダン楽器とともに古楽器も演奏するらしく、現在躍進中の若手であるが、私は今回初めて耳にする演奏家である。
e0345320_01181653.jpg
このバルトークの 2番のコンチェルトの冒頭は、ハープと弦が流れを作り出し、すぐにヴァイオリンが濃いメロディを歌い始めるのだが、今回の演奏では、通常よりも力の入った激しい歌い方であったように思う。今から思い返せば、ここからイブラギモヴァの音楽のタイプが明確に表現されていたのではないだろうか。素晴らしい技術を持ってはいるものの、それを華麗に聴かせるというよりは、曲の内面を情熱をもって描き出す、という印象である。このコンチェルトには、正直なところ私には、最初から最後まで素晴らしい傑作というイメージはないのだが、様々に工夫の凝らされた曲想があれこれ現れ、やはりステージで実際に演奏されているところに立ち会うと、その変化を体感できて、大変面白い。オケの伴奏も、いかにもバルトークらしい狂乱もあれば、奇妙な静謐さもあり、その多彩な曲想において飽きることはない。例えば、ある場所では小太鼓とティンパニが同時に演奏するのだが、その際のティンパニのバチは、通常の先端に丸い球体がついたものではなく、なんと、小太鼓用に使う、このような先端部分がとがったバチなのである!! つまり、同じようなバチで、ひとつは小太鼓、もうひとつは巨大なティンパニが、同時に叩かれるということになる。珍しい用法である。
e0345320_01283645.jpg
またある個所では、4つの太鼓がセットになっているティンパニの真ん中の太鼓をメイン奏者が 2本のバチで叩いているときに、隣の打楽器奏者が 1本のバチで、横から別の太鼓で叩くようなシーンもあって面白かった。だがイブラギモヴァのヴァイオリンは、そのような奇妙な音色が続いて行く音楽に負けることなくうまく乗り、大変に推進力に富んだ演奏を聴かせた。なおこの曲のエンディングには 2種類あるらしく、以前は初演者のゾルターン・セーケイの意見を取り入れてヴァイオリン・ソロが最後まで演奏する版が多かったが、最近ではオリジナルの、先にソロが終了してオケだけで終結する版が採用されることが増えているとのことで、今回もそうであった。このタイプのヴァイオリンなら、バルトークにはよく合っているし、チャイコフスキーやシベリウスよりも、ショスタコーヴィチのコンチェルトなどを聴いてみたいと思わせる。小泉の伴奏も躍動感に満ちた素晴らしいもので、相変わらず都響は好調だ。

後半のフランクは、前述の通り、最近あまり頻繁に演奏されないように思うが、ここで展開した多様な音のドラマは、改めてこのシンフォニーの独自性を確認させるようなものではなかったか。ここでも都響の弦は強く太い流れを作り出し、うるさくなりすぎない金管、微妙なニュアンスに富んだ木管がそこに明滅して、大きな音楽を構成していた。若い頃から変わらぬ小泉の暗譜による指揮ぶりには一切迷いはなく、もったいぶった身振りを交えることなく、真摯に音を引き出していた。この人が選んだ指揮者人生、つまりは日本各地で音楽を立ち上げ、流して行くのであるというその覚悟が、聴衆にストレートに伝わってきたのである。これをして、ちょっと一本調子に過ぎるという感想を持つ人も、もしかしたらいるかもしれないが、私が感じたのは、小泉がそのときそのときに採り上げる曲の響き方に、彼の一貫した人生観が反映しているということであり、それは聴く人に媚びるものではないゆえに、小泉ならではの音楽になっている、ということである。世界を飛び歩いて目まぐるしい活動を展開することと比べ、国内に腰を据え、技術レヴェルも歴史も様々な各地のオケとの共演を重ねる中で、70に近くなって見えてきたものが、彼にはきっとあるのではないか。今回のような渋い曲目でも客席はかなり埋まっており、小泉の音楽を聴きに来る人たちの層があるのだろうと思わせた。これからの活動を楽しみにしたいと思う。

さて、今回の演奏会のプログラムに記載あることだが (私はその前に楽団からの DM で既に知っていたが)、あの名指揮者アラン・ギルバートが、2018年 4月から 3年契約で、この都響の首席客演指揮者に就任する (現在そのポジションにあるヤクブ・フルシャの後任ということになる)。このブログでもこのコンビの演奏を過去に採り上げているが、私は彼の指揮を非常に高く買っており、天下の名門オケ、ニューヨーク・フィルの音楽監督を辞してからこのオケとの共演が増えることを強く望んでいたので、なんとも嬉しいニュースである。音楽監督に大野和士を頂き、終身名誉指揮者に今回の小泉、桂冠指揮者にエリアフ・インバル、そして首席客演指揮者にアラン・ギルバートとくれば、都響のさらなる躍進への期待が高まらないわけがない。なんとも楽しみである。
e0345320_01583575.jpg

by yokohama7474 | 2017-10-25 01:59 | 音楽 (Live) | Comments(10)  

メナヘム・プレスラー ピアノ・リサイタル 2017年10月16日 サントリーホール

e0345320_23380213.jpg
前日のアファナシエフに続き、尋常ならざる素晴らしいピアノを経験した。演奏したのはメナヘム・プレスラー。ドイツ生まれのユダヤ人であり、1939年に家族とともに移住したイスラエルで音楽教育を受け、戦後すぐに国際的な活躍を始めた。ええっと、今年は 2017年で、戦後 72年経つのだが、ではこの人は一体何歳だろう。驚くなかれ、1923年 12月生まれ。つまり、あと 2ヶ月で 94歳なのである!! 実はこのブログでは、過去に何度か彼の名前に触れている。興味がおありの方は、ブログ内検索で「プレスラー」と入れて調べて欲しい(余計なことだが、間違って「プロレスラー」と入れても何も出てきませんのでご注意を。私自身の失敗談です)。6つの記事が該当する。だがそのいずれも、プレスラーの演奏を聴いたものではなく、その周辺情報なのである。それぞれの記事に思い出はあるが、中でも残念であったのは、2015年 11月にこのプレスラーが来日を予定していたのに、それが彼の体調不良によってキャンセルされたことだ。リサイタル以外に、当時 91歳のネヴィル・マリナーが指揮する NHK 交響楽団との共演が予定されていたため、その両方を聴く予定であった私は、当時 92歳のプレスラーの実演を聴くことは、もうできないのか・・・と思ったのである。だから今回、93歳で再度来日してくれたことには、本当に心から嬉しく思うのである。その前の来日は 2014年。その時はヴァイオリンの庄司紗矢香の伴奏で、私も聴きに行ったが、実に素晴らしい演奏であった。その時のライヴは CD で聴くことができる。
e0345320_23593383.jpg
このピアニストは、若い頃から活躍しているとは言っても、世界最高の巨匠ピアニストとしてずっと尊敬されてきたかと言えば、必ずしもそうではなく、ある室内楽グループのメンバーとして長く活動してきたので、ソロ活動は多少なりとも限定的であったはずだ。そのグループの名前は、ボザール・トリオ。活動期間は 1955年から 2008年までの実に 53年間であるが、その間一貫してメンバーだったのはこのプレスラーのみである。この団体は、トリオとしては他の追随を許さない人気を持ち、ありとあらゆる三重奏のレパートリーを録音している。私も以前からフィリップスのベートーヴェンのトリオなどを少しは聴いていたが、最近になって 60枚組の集大成を購入。うーん、将来ブログを書かなくなったら、ゆっくり聴き通す時間がきっと生まれることだろう (笑)。今回ちょっとハイドンのトリオなどを出して聴いてみたが、やっぱり素晴らしい。これがそのアンソロジーと、その中に掲載されている設立当時のボザール・トリオの写真。ピアノはもちろんプレスラーである。
e0345320_00150632.jpg

e0345320_00152425.jpg

さてこのプレスラー、このトリオでの活躍ぶりから、遅咲きという言葉は必ずしも適当ではないものの、ソロピアニストとして脚光を浴び出したのは 90歳前後ということではないか。人間には大変な力が宿っているものだと思うと同時に、いつもこのブログで触れている通り、音楽を聴く際に、年齢とか国籍とか性別という要素はあまり必要ではないというのが、私の信条である。何より、虚心坦懐に音楽に耳を傾けたい。

そうは言うものの、大柄な女性に脇を抱えられ、杖をついてゆっくりと舞台に登場したプレスラーを見て、「あぁ、よくぞこの高齢で遠い日本まで来てくれました!!」という感情が沸き起こるのは、人情としては当然のこと。繰り返すが、あと 2ヶ月で 94歳である。歩くだけでも大変なことなのに、これからピアノ・リサイタルを開くのである。人間にはなんという凄まじい力が秘められていることだろう。そしてその曲目に驚かされる。
 ヘンデル : シャコンヌ ト長調
 モーツァルト : 幻想曲ハ短調 K.475
        ピアノ・ソナタ第 14番ハ短調 K.457
 ドビュッシー : 前奏曲集第 1巻から デルフィの舞姫たち、帆、亜麻色の髪の乙女、沈める寺、ミンストレル
        レントより遅く
        夢
 ショパン : マズルカ第25番ロ短調作品33-4、第38番嬰ヘ短調作品59-3、第45番イ短調作品67-4
      バラード第 3番変イ長調作品47

なんと多彩なプログラムであろうか。バロックから古典派、フランス近代に移ってからロマン派に戻るというものであり、高齢であるという事実には一切関係がないものである。だが実際、実におぼつかない足取りで、手を引かれながらステージの袖からピアノまで歩く姿には、ハラハラさせられる。ピアノに辿り着いてからも、鍵盤に蓋をして、そこに手をかけて、ゆっくりと慎重に腰を下ろす。その椅子は通常のピアノ用のものではなく、オフィスにある事務用の椅子の骨組みだけのようなものに座布団を敷いて、キャスターを除いたような形状。そうしてようやく演奏の準備が整うと、彼は自分で鍵盤の蓋を開け、譜面を見ながらおもむろに演奏し出したのである。

ヘンデルの開始早々では、音色はきれいであっても、ちょっと安定感がないかな、と思ったものだ。だが、数分聴いているうちにそれが杞憂であることが分かる。前日の鬼才アファナシエフのピアノを、世界の終わりにひとりで歌う歌と形容したが、このプレスラーは全く違う。彼は聴衆のために演奏し、生きている人たちに訴えかける。彼にとっては、人前で弾くことこそが生きることなのではないだろうか。前半はヘンデルとモーツァルトがすべて続けて演奏されたが、そこに聴こえてきたのは、澄んだタッチの中に宿る人間性であった。ここで注目したいのは、モーツァルトの 2曲はいずれも短調であったこと。生きる喜びを歌う曲ではなく、暗い情念すら感じさせる内容である。だがここでのプレスラーの演奏では、暗さも人生の一部なのであるという調子で、淡々と弾きこなされて行く。この宙を漂うような感じの演奏は、いかに暗い内容の曲であっても、決して人を落ち込ませることはない。また、モーツァルトがこのような短調の曲を書いたのは、決して聴衆を落ち込ませるためではなく、立ち止まって人生を考えさせるためであったのではないか。このプレスラーの朴訥とした演奏には、そのような重要なメッセージがこもっていると思われた。尚、今回演奏されたモーツァルトの 2曲を収録した CD は、未だ一般には発売されていないが、会場のみでの先行販売で売られていた。今この記事を書きながら聴いているが、CD は実演よりもさらに精妙な表情に聴こえるものの、やはり実際に耳にした音の感動の方が上回っている。
e0345320_01012544.jpg
後半のドビュッシーとショパンも、技術的に水際立っているというイメージではなく、やはり朴訥とした味わいであったと思うが、それでも、技術において破綻は一切ない。ドビュッシーは、独特の五音音階が東洋的に響くこともあって、我々日本人にとってはどこか懐かしいような音楽でもあるが、プレスラーはことさらにノスタルジックに弾くというよりは、ただ音の命じるままに指を動かすことで、先鋭的でない音楽を奏でていたと思う。これは、聴衆がいるからこそ成り立つ音楽。決して密室で自分のために弾く音楽ではない。ショパンも同様で、愛国の士が祖国の舞曲を力強く再現した音楽というよりは、音の運動を、現在の彼の運動能力が許す限り続けてみたという印象であった。選曲も実はよく考えられていて、「ミンストレル」から「レントより遅く」にかけては舞曲であり、ファンタジックな「夢」を挟んでまたマズルカで舞曲に戻り、最後のバラードでは明るく締めくくるという流れは、聴いていてスムーズであり、実際にドビュッシーの演奏中から、彼の右手は時折宙に円弧を描いていた。そういえば、奇しくもショパンのマズルカ第 45番は、前日のアファナシエフがアンコールで弾いた曲。それぞれのピアニストの個性の比較にはもってこいであった。

そして、演奏後に彼が見せてくれた人懐っこい表情と、ステージ後ろの客席への挨拶という聴衆への気遣いは忘れがたい。一旦ピアノを離れると、さすがに年齢を感じるが、それでも 2曲のアンコール、すなわちショパンのノクターン第 20番嬰ハ短調 (「映画「戦場のピアニスト」で使われたあの名曲だ) と、ドビュッシーの「月の光」を弾いてくれたことで、聴衆は本当に心から音楽の素晴らしさを味わうことができた。大きなブラヴォーはさほど多く出ないものの、自然と客席が総立ちのスタンディング・オヴェイションになるコンサートが、一体どのくらいあるだろうか。

是非これからも健康に留意して頂き、また感動的な音楽を聴かせてほしいものである。
e0345320_01435907.jpg

by yokohama7474 | 2017-10-17 01:44 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

ヴァレリー・アファナシエフ ピアノ・リサイタル 2017年10月15日 紀尾井ホール

e0345320_23425828.jpg
もう随分昔のことになるが、どこかで読んだ文章が気になった。それは、現代音楽界における不思議のひとつとして、ヴァイオリンの巨匠ギドン・クレーメルの伴奏をよく行っているピアニストは、紛れもない天才なのに、なぜ活発なソロ活動をしないのか、というものであった。興味を持って調べてみると、そのピアニストは、見た目が何か怖いような印象で、ちょっとただならぬ雰囲気である。そうこうするうちにそのピアニストのソロ活動は活発になり、アルバムも出るようになった。私も彼の演奏するブラームスなどを録音で聴いて、確かにこれはすごいぞ、鬼才という呼び名にふさわしいぞ、と思ってはいたのだが、実演に接する機会がなく今日に至った。昨年の来日公演は別件によって聴くことができず、今回紀尾井ホールで開かれる 2回のリサイタルのうち、ひとつは行けないが、もうひとつは行ける。そんなことで、そのピアニスト、ロシア出身のヴァレリー・アファナシエフの実演に、今回初めて触れることとなったのである。これが若い頃のアファナシエフの録音のジャケット。
e0345320_00105543.jpg
このアファナシエフは 1947年生まれなので、今年 70歳。モスクワ音楽院で名ピアニスト、エミール・ギレリスに師事し、1972年にはエリーザベト王妃国際音楽祭で優勝している。その 2年後、同コンクールの開催国であるベルギーに亡命、現在でもブリュッセルを中心に活動している。初来日は 1983年なので、これまで聴くことを怠っていた私としては、前非を悔いて彼の音楽に傾聴する必要がある。今回のプログラムは以下の通り。なるほど、上のポスターにある通り、「テンペストとノクターン」である。
 ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ第 7番ニ長調作品 10-3
         ピアノ・ソナタ第 17番ニ短調作品 31-2「テンペスト」
 ショパン : 夜想曲 6曲 (第 1番変ロ長調作品 9-1、第 5番嬰ヘ長調作品 15-2、第 7番嬰ハ短調作品 27-1、第 8番変ニ長調作品 27-2、第 9番ロ長調作品 32-1、第 21番ハ短調 (遺作))

尚、会場で配布されたプログラムは白一色に、縦に文章が掲載されているユニークなもの。ちょっと高級な和食屋のメニューのようだと言えば、怒られてしまうだろうか (笑)。載っている文章の内容を含め、俗っぽさを排した作りである。
e0345320_00300435.jpg
一言で記せば、まさに鬼才ピアニストの面目躍如で、若干特殊性はあるものの、非常に心にドッシリと来る演奏であった。ちょっと奇妙なたとえを使うとするなら、明日世界が終わるとしても、つまり、一人の聴衆もいないとしても、ずっとこのように弾き続けるのではないかというような印象の音楽だ。彼は世界に向けて高らかに歌を歌うのではなく、何か見えないもの、あるいは自分の奥にある神秘的なものに向かって歌っているように思われる。それはまさに比類のない音楽であり、その純度は極めて高いがゆえに、もし彼が聴衆のために弾いていないとしても、聴く人の心を大きく揺さぶるようなものなのである。今回の演奏では、例えば「テンペスト」の冒頭は、ちょっと指慣らしにピアノをいじってみたような感じで始まり、休符になると、いつ果てるとも知れない沈黙が続く。音楽の流れは著しく悪いのだが、そこには我々がかつて経験したことのないような深淵が存在しており、耳の楽しみとしての音楽ではなく、生きることの意味を問う哲学的な行為としての音楽が聴かれたと思う。その一方で、一旦音楽が流れ出すと、10本の指はまるでバロックの多声音楽を弾くように自在に動き回り、その音色には純粋な美しさが常に伴っている。音量は概して大きく、よく響く。そもそも彼は、燕尾服などのいわゆる通常のコンサート用の衣装ではなく、全くの普段着のような黒い長そでシャツに、やはり黒っぽくて線も入っていないように見えるラフなスラックスで登場し、聴衆への挨拶もほとんどないまま、だらしなく見えるほどリラックスしたまま椅子に座って、ポロポロと弾き出すのである。その様子はいかにもつまらなそうで、時には曲間に額に手を当てたりして、普通ならコンサートマナーがなっていないとすら思われそうな演奏態度である (笑)。だが、今回紀尾井ホールに詰めかけたほぼ満員の聴衆は、誰一人として、彼のステージマナーなど気にしなかったろう。前半のベートーヴェンのみならず、後半のショパンでも、音の純度は守ったまま、優雅さは表現せず、ひたすら自己と向き合うような内省的な音楽を聴かせたのである。繰り返しだが、これは一般的な意味での模範的な演奏とは思えない。だが、まぎれもなくピアニストの個性が刻印された真実の音楽であると言えると思う。

全曲終了後、相変わらず不愛想に聴衆の拍手に応えた彼は、客席からの小さな花束に、子供のようなはにかんだ笑顔を見せた。そしてアンコールは 2曲。ショパンのマズルカ第 45番イ短調作品 67-4 と、マズルカ第 47番イ短調作品 68-2 であった。最初から最後まで、ひとつの弧を描くような演奏会であり、すべてはこの鬼才ピアニストの手によって、意気軒高になることなく淡々と進んで行った。いわばこの演奏会は彼の取り仕切る宗教行事のようなものであったと言ってもよいのではないか。

終演後にサイン会があったので参加した。購入した CD は、ショパンのノクターン集で、今回演奏された 6曲に 3曲を加えた、全 9曲からなるもの。1999年に日本で録音されている。演奏後ほんの数分で、ステージで着ていた衣装のままで姿を見せたアファナシエフは、長蛇の列をなしたファンに対して、意外と気さくな笑顔で丁寧に接していた。その様子を見て、まだまだ世界の終わりに際して一人でピアノに向かってもらう必要はないだろうと実感した (笑)。
e0345320_00331722.jpg
e0345320_00354897.jpg
e0345320_00360460.jpg
70代の音楽家には、技術ではない、何か圧倒的な存在感を期待したいものであるが、きっと彼は今後もますますその独自の世界を深めて行くことであろう。また次の実演を楽しみにしたい。そういえば、今回配布されたチラシに、来年 5月に佐渡裕指揮ウィーン・トーンキュンストラー管との共演で、ブラームスの 2番のコンチェルトを弾くという速報があった。なかなかに異色の顔ぶれであり、面白い演奏会になるのではないだろうか。

by yokohama7474 | 2017-10-16 00:40 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

水戸室内管弦楽団第 100回定期演奏会 (指揮 : ラデク・バボラーク / 小澤征爾) 2017年10月13日 水戸芸術館コンサートホールATM

e0345320_23464954.jpg
水戸に本拠地を置く水戸室内管弦楽団が、第 100回の定期演奏会という節目を迎えた。水戸室内管は、1990年に設立された室内オーケストラである。チェリストのムスティスラフ・ロストロポーヴィチをソリストに招き、小澤征爾の指揮で第 1回演奏会を開いたのはその年の 4月。ちょうど私が社会人になったタイミングであるので、このオケの発展は、私自身が社会の荒波に揉まれて成長する (?) 過程とそのまま重なることもあり、今回の第 100回定期演奏会には是非足を運びたいと思ったものである。このオケのメンバーは、サイトウ・キネン・オーケストラのメンバーともかなりの部分重複していることや、水戸芸術館の初代館長、音楽評論家の吉田秀和 (1913 - 2012) が小澤の恩師であることもあり、設立当初から小澤との共演が多かったわけであるが、2013年に小澤が吉田の後を継いで水戸芸術館の館長に就任した際、このオケの総監督にも就任したという経緯がある。
e0345320_23590010.jpg
このブログでは過去何度か、小澤征爾という指揮者について語ってきている。昔から「世界のオザワ」などという、私に言わせれば音楽の本質に関係のない、実にくだらない称号をマスコミから捧げられる一方で、様々な毀誉褒貶を経てきた人であるし、私自身の小澤体験を思い出してみても、そのすべてが素晴らしいものばかりではない。だがそうは言っても、彼の音楽を聴いて雷に打たれたような強い感動を覚えたことも、過去 35年間に何度もある。誰が何と言おうと、私にとっては音楽史に残る偉大な指揮者のひとりであり、大病を克服して 82歳という年齢に至った彼の音楽を、一度でも多く聴きたいと思っているわけである。その小澤の実演を聴けるのは、今やほとんどが松本とこの水戸だけ、しかもコンサートの一部の指揮のみ、という事実はどうしようもないわけで、それでも彼の指揮を聴ける機会は、万難を排して確保する所存である。会場にはこのオケの歴史を示すポスターが所狭しと並んでいる。以下 2枚目のフィレンツェ公演は、途中で停電があったにもかかわらず、演奏を継続したという伝説的なもの。私の手元にはこの演奏会が NHK BS で放送された際に録画したヴィデオテープからダビングしたブルーレイディスクがある。
e0345320_00473956.jpg
e0345320_00483291.jpg
さて、今回の演奏会、第 100回定期という記念すべきものであり、それを祝う曲目は、ベートーヴェンの交響曲第 9番ニ短調作品 125「合唱付」である。残念ながらこの破天荒な大作を全曲振り通す体力のない小澤は、今回、後半の第 3・4楽章のみを指揮する。そして前半 2楽章を指揮するのは、もともとベルリン・フィルのホルン首席であり、この水戸室内管やサイトウ・キネンでずっとホルンを吹いている、まさに現代のホルンの巨人、チェコ人のラデク・バボラークである。私も昨年の 8月 7日の記事で、彼の指揮する日本フィルの「エロイカ」その他を採り上げている。今年 41歳なので、指揮者としては未だ若手と言える。
e0345320_00263951.jpg
今回の演奏会、いろいろな意味で私にとっては前代未聞のものとなった。すなわち、以下のような点においてである。
1. ひとつの交響曲の前半と後半で指揮者の違う演奏会。これまでも小澤は、オペラの場合はほかの指揮者 (今回の演奏会では合唱指揮者を務める村上寿昭) と指揮を分け合うことはあったし、この水戸室内管でも、前半指揮者なし、あるいはナタリー・シュトゥッツマン指揮という例はあれども、交響曲の一部だけを指揮するのは初めてだろうし、きっと音楽史上でも珍しいことだろう。
2. それと関連して、前半に指揮を取った人が、後半はオケの一員として演奏に参加した。野球で、右投げ投手が左の代打をぶつけられたとき、左利きのピッチャーがワンポイントで出て、その時には外野を守り、その後マウンドに戻ることはあるが、今回のような例はほとんどないと思う (笑)。
3. 第九を演奏するのに、コントラバス 3本という衝撃の小編成!! しかも、ヴィオラとチェロはともに 4本ずつ。
4. 私にとってはこれが最大の驚きだったが、あの小澤が、なんと譜面をめくりながらの指揮である!!

音楽の内容についての私の感想をストレートに言ってしまうと、第九という曲本来の破天荒な表現力を最大限堪能するところまでは行かなかったものの、ひとえに小澤征爾という指揮者の存在によって、特別な機会になった、ということになろうか。前半を指揮したバボラークには大変申し訳ないが、今回演奏を聴くことのできた多くの人たちがそのように思ったのではないか。バボラークほどの驚異の才能なら、指揮でもなんでも簡単にできてしまうかと思うのだが、上述の、日フィルを指揮した「エロイカ」の感想を自分で読み返してみて、我ながら (笑) 納得した。彼の音楽には真面目な重量感があり、もちろんベートーヴェンとしてそれが一概に悪いとは言えないが、ちょっと遊びや面白みに欠くきらいがあると思うのだ。要するに、硬い。そのことを実感したのは、後半に小澤が登場し、第 3楽章が流れ始めたときである。ここでは、バボラークの剛直な音楽から一転して、なんともしなやかな音楽があり、水の流れのように進んで行く弦楽器の表現の透明感と、そこに湛えられた Emotion は、いかに感動的であったことか。改めて小澤のしなやかな音楽を聴いて、少し感傷的な気分になったことを率直に認めよう。これは記者会見での小澤。
e0345320_01111242.jpg
ちょっと遡って、今回の演奏会で第 2楽章が終わったときの情景を思い出してみよう。それまで、手すりのついた指揮台で、譜面台も置かずに暗譜で指揮していたバボラークが出番を終えると、指揮者交代を知っている聴衆は拍手を送った。だがバボラークは、曲の途中だからだろう、その拍手には反応せず、コンサートマスター (豊嶋泰嗣) にだけ会釈をして、そそくさと退場した。小澤用の椅子が指揮台に運び込まれ、指揮台自体が少し前に引き出された。補給用の水も置かれた。それらの作業と並行して、合唱を務める東京オペラシンガーズ (総勢 30名程度の小さな規模で、女声の方が若干多い) が入場して、ステージ上の後方に並んだ。椅子を置くスペースがないので、合唱団はずっと立ちっぱなしである。そして、思わぬことに、譜面台が運び込まれ、楽譜が置かれて、それから、舞台上手から 4人のソリストたち (三宅理恵、藤村実穂子、福井敬、マルクス・アイヒェ) が、下手からは小澤が登場した。あ、それから、終楽章のトルコ行進曲で打楽器を演奏する 3人の奏者も登場し、そして後半でホルンを吹くバボラークが、それまで吹いていた若い女性のホルン奏者と交代した。小澤は指揮台で精神集中し、そして始まった音楽は上述の通り清らかな感情の流れとなり、この名人オケが紡ぎ出す最上のクオリティの音が、人々の心に直接響いたのである。その第 3楽章終了時には小澤は給水を行い、少し休止を取ってから第 4楽章に入って行ったのだが、体の動きがかなり小さい。音楽が盛り上がる部分では懸命に椅子から立ち上がっての指揮であり、もちろんその音楽は感動的に立ち現れたが、演奏を聴きながら私の中では、ある情景が甦っていた。それは、もうかなり以前だが、ロリン・マゼールが大晦日にベートーヴェンの全 9曲を続けて演奏したときのこと。確か、それまでコントラバス 6本を基本に演奏して来たマゼールが、最後の第九に至って、なんと 10本のコントラバスを並べたのである!! これこそ、この曲が、作曲された当時からいかに破天荒な曲であったかを端的に示す例であり、現代ですら、その破天荒さにはなかなか演奏がついていかないのであるということを、その時実感したのだ。実は今回の演奏の開始部分から既に明らかであったが、弦楽器の編成が小さいと、音楽のダイナミックレンジ、つまり強弱の幅も小さくなってしまうのである。やはりこの曲には、ベートーヴェンの脳髄の中で鳴っていた壮大な響きが必要である。いかなる名人オーケストラでも、表現のパレットを制限されることは、やはりハンディであろう。

とはいえ、繰り返しだが、この演奏には最後まで感動的なものがあった。譜面を置いてはいるものの、ほとんど目をやることはないまま、それをめくりながら指揮をした小澤の中には、喧騒を超えた音楽の表現力がきっちりイメージされていたのだろう。それは、我々がこの指揮者の演奏を多く経験し、また彼を尊敬しているからこそ、上記のようなオケのハンディを超えて、聴衆に訴えかけるものであったのだと思う。そうであればこそ、途中で休憩を挟んでもよい、全曲を小澤の指揮で聴きたかった!!

今回の演奏も録音されていたので、これで水戸室内管とのベートーヴェンは、残すところは第 3番「英雄」と第 6番「田園」だけとなった。どちらも、第九ほどではないが 45分から 50分を要する大作であり、特に前者は、激しい高揚が必要な曲。また譜面を見ながらになるのか否か分からないが、今の小澤がどのように取り組むのか、楽しみにしたいと思う。そして、ベートヴェンが終わったその先も。
e0345320_01312504.jpg

by yokohama7474 | 2017-10-14 01:32 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

成城学園創立100周年記念音楽会 ハイドン : オラトリオ「四季」井上道義指揮 新日本フィル 2017年10月 9日 すみだトリフォニーホール

e0345320_22040187.jpg
東京・世田谷区にある成城学園は、著名人を数々世に送り出している名門中学・高校・大学である。私なぞ、生まれは大阪で、東京に出てきてからも東側とか北側に専ら縁のある生活を長く送り、その後は神奈川県と海外を転々として、今は東京南部の住民であるわけで、世田谷とか成城とかいう高級な響きには、少しばかり敷居が高い思いを禁じ得ないのである。1917年に成城小学校が設立されたのがその始まりで、今年は創立 100年ということになるらしい。この演奏会はそれを祝って開かれたもの。その成城学園の出身者の中で、有名な音楽家は、小澤征爾と井上道義という指揮者たちである。これは昨年、成城大学名誉博士記を授与された小澤征爾。
e0345320_22410507.jpg
今回の演奏会では、成城学園の OB・OG を中心に結成されて既に 80年の長い歴史を誇る成城合唱団が主役で、オケは成城出身の井上道義が指揮する新日本フィル、演奏会場はこのオケの本拠地、錦糸町のすみだトリフォニーホールである。演奏された曲は、ハイドンのオラトリオ「四季」という大作だ。ハイドンのオラトリオとしては、このブログでも過去 2回採り上げた「天地創造」が最も有名であるが、この「四季」もそれに次ぐ知名度を持つ。「天地創造」の 2年後、1801年に 61歳のハイドンが作曲したこのオラトリオ、台本は、英国のジェームス・トムソンの詩に基いて、「天地創造」と同じヴァン・スヴィーテン男爵が書き上げたもの。「天地創造」では神がこの世界を創造し、最後に人間を創造し、その人間たちが未だ楽園にいるところまでを描いていたが、一転してこの「四季」は、それから幾星霜を経てからの時代、オーストリアの田舎を舞台に、父と娘、そしてその恋人の若い男の 3人が、村人たちとともに四季折々の情景や感興を謳い上げるもの。つまりは、神ではなく人間の行為がテーマになっている。オラトリオは宗教曲であるから、通常は神への信仰を高らかに歌うものであるゆえ、このような世俗の生活を描くオラトリオは珍しい。だがこれぞ、どんな音楽を書いても人間性の謳歌を忘れなかったハイドンの面目躍如。実に楽しい曲なのである。人々が四季の中で平和な暮らしを営み、自然の恵みを享受できるのも、神のおかげであるという発想が基礎にあり、最後は神への賛歌で終わる点は、まぎれもない宗教曲である。だが、例えばベートーヴェンの「田園」も同じような発想でできているが、決して宗教曲でないのと同様、この「四季」も、宗教的感情は結果であって、その前に人間賛歌がある点が、当時としては相当に先端的であったろう。これがハイドンの肖像。
e0345320_22475092.jpg
会場はほぼ満員。もちろん合唱団のメンバーの友人親戚の方々もおられただろう。ある中年女性などは、「今日の曲目ってなんだっけ。『四季』? あぁ、ヴィヴァルディね」とおっしゃっていたが (笑)、私は確信する。その方もきっと、このコンサートを楽しまれたに違いない。まず何より、井上と新日本フィルの演奏には小股の切れ上がった快活さと、活き活きとした絶妙のニュアンスが満ちていたと思う。ユーモラスな音楽に井上のユーモラスな指揮。例えば春において、羊や魚やミツバチや小鳥は、音楽の中で楽しく動くかのようであったし、夏の嵐は強烈に吹き過ぎて行ったし、秋の情景の中の狩りには緊張感があるとともに、角笛の咆哮もよく鳴り響いていたし、冬には凍えた旅人を溶かすような一家の団欒、そして若い男女の初々しいやりとりと周りの人々の冷やかしの面白さが横溢していた。今回の演奏では演奏者の配置が興味深くて、チェンバロは指揮者のすぐ前で、オケの方を向いて置かれている (よって指揮者の指示は見えなかったはず)。ソリストの 3人は、弦楽器のすぐ後ろ、木管・金管の前に並ぶというもの。合唱団にはかなり年配の方々もおられたが (後半で、ちょっと足元がおぼつかない方がおられてひやひやしたが、なんとか大丈夫であった)、様々なニュアンスに満ちた合唱のパートを力強く歌い上げていて、これは歌われた方々にとっても大変な充実感であったろう。その充実感は、創立 100周年を祝うにふさわしいものであったに違いない。これは、過去の成城合唱団と新日本フィルの共演の様子。会場は今回と同じすみだトリフォニーホールであるようだ。但し、今回はオルガンもハープもなし。
e0345320_23172573.jpg
この作品の歌詞はもともとドイツ語だが、今回はすべて日本語訳。会場では日本語の歌詞が配られ、ほとんどの人たちがその歌詞を見ながら聴いていた。原語でないことの賛否はあるだろうし、私も通常なら原語支持者なのであるが、今回はあまり気にならなかった。それはつまり、歌手たちの声だけでもかなりの部分を聴き取ることができ、文語調を採用していることもあって、簡潔な歌詞がよく音楽に乗っていたと思うからだ。庶民の自然との関わりや、生きている喜びを歌うという曲の内容に鑑みても、母国語で歌うことには充分意味がある。そんなことを感じる演奏であるから、やはり成功であったのだと思う。ソリストは、このところ大活躍のソプラノ小林沙羅が相変わらず素晴らしく、テノールの小原啓楼、バリトンの青山貴も美声を聴かせた。それにしてもハイドンの音楽は、様々な描写という点において、時代の制約を超えた面白いものだ。その一方、メロディを作り出す際には、高い職人性が発揮されている。例えば「春」の中で、農民が鼻歌まじりに歩いているシーンがあるのだが、ここで作曲者は、あの有名な交響曲第 94番「驚愕」の第 2楽章のテーマを転用している。実はこの箇所、台本を書いたヴァン・スヴィーテン男爵は、当時はやりのオペラの一節を使おうとハイドンを説得したが、ハイドンは頑としてその案をはねつけたという。人間的で大らかに見えるハイドンの、職人的こだわりを感じさせるエピソードではないか。

それにしても、井上道義の最近の活躍ぶりには本当に目を見張る。このブログでも何度もご紹介した通り、全くタイプの異なるレパートリーのどれを聴いても、オケを自在に操り、自分の音楽にしてしまう手腕は大したもの。病気を克服したことで、何か違うものが見えるようになったのであろうか。今後もこの人の演奏会には、できる限り足を運びたい。
e0345320_23221454.jpg
最後に、この演奏会を聴きながら思い出したことをひとつ。この成城合唱団くらい古い歴史を持っていると、いくつかの西洋の声楽曲のレパートリーを日本語訳で歌うという習慣が確立しているのだろうかということ。というのも、以前パルテノン多摩で聴いた小澤征爾指揮のやはり新日本フィルによるバッハの「マタイ受難曲」が、やはり日本語訳による歌唱であったことを思い出したからだ。あれも確か成城合唱団であったはず。帰宅して早速調べると、やはりそうであった。1997年 6月22日の演奏だから、あれからもう 20年経つのか・・・。
e0345320_23253529.jpg

西洋で作られたキリスト教の宗教音楽を母国語で歌う。そこには日本独自の感性が生きているし、心を歌に乗せるという意味では、そのような「伝統」には揺るぎない必然性があるということだろう。そのようなことを再認識する、素晴らしい演奏会であった。

by yokohama7474 | 2017-10-09 23:30 | 音楽 (Live) | Comments(0)