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仕事の都合で、平日のコンサートにはなかなか行くことができないのだが、今回は数日前になってこの演奏会に気づき、たまたま大丈夫な日程だったので、慌ててチケットを購入、なんとか行くことができた。指揮者はカエターニ。もっと早く気づいていれば、余裕を持ってチケット買えたのに。カエターニのチケット買えたーのに。・・・面白くないので、先へ進もう。
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このコンサート、一言で言えば、超マニアックだと言ってよいだろう。この指揮者、そして曲目は、

ブリテン : ロシアの葬送
タンスマン : フレスコバルディの主題による変奏曲
ショスタコーヴィチ : 交響曲第11番ト短調作品103「1905年」

というもの。ブリテンはもちろんあの有名な英国の作曲家だが、こんな曲聴いたことがない。また、タンスマンって一体? 箪笥男?? 種明かしは以下の通り。
・ブリテンの曲は、作曲家の若き日の作品で、今日のメインのショスタコーヴィチ11番の第3楽章に出てくる「同志は倒れぬ」というロシアの歌を使った金管と打楽器のための曲。
・タンスマンはポーランド出身の作曲家で、これはバロック音楽に基づく弦楽合奏のための曲。
つまり、1曲目は 3曲目の予告編 (但し、書かれたのは 1曲目が 1936年、3曲目は 1957年と、1曲目の方が早い) で、1曲目と 2曲目は編成において対照をなしているが、作曲年代が近い (2曲目は 1937年作) というもの。そして私は突如思い出すのだ。数年前このタンスマンのことを知って興味を持ち、たまたま今日の指揮者、オレグ・カエターニが録音した交響曲全 9曲の CD を購入しながら、未だ聴く機会のなかったことを。帰宅後に撮った写真が以下である。
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この最初の 2曲、大変興味深かった。いずれも前衛的要素の全くないもので、曲を知らなくても抵抗なく聴けるものであった。ただ逆に言うと、この指揮者の持ち味が発揮される場面があまりなかったともいえよう。

そして、メインのショスタコーヴィチである。ここでは指揮者もその能力をフルに発揮。周到に用意された恐るべき音響が度々聴かれ、都響のあのマッシヴな音が、繰り返す狂乱を演出。まさに壮絶な演奏となった。

そうして私は今ようやく、これまであえて触れずにきた、この指揮者について語るのだ。オレグ・カエターニ。往年の名指揮者、イーゴリ・マルケヴィチの息子。一部マニアの間で熱狂的支持を持つものの、コマーシャリズムにあまり乗らず、派手な経歴やメジャーレーベルでの録音もない指揮者。いや、他人の評価はどうでもよい。私にとっては強烈な思い出があるのだ。FM でクラシックのライヴをせっせと録音していた学生の頃、知らない指揮者がバイエルン放送交響楽団を指揮したチャイコフスキー 5番が放送された。知らない指揮者の演奏だったので、当然録音しなかった。ところが、なぜだかラジオをつけっぱなしにしていたのだ。そして、45分後、その異形の演奏に完全に打ちのめされてしまった私がいた。それ以来、この名前がしっかりと胸に刻まれた。そして、やがて、経緯は忘れたが、あのマルケヴィチの息子であることを知るに至り、いつかは生で聴いてみたい指揮者になったのだ (その願いは、数年前、同じ都響で既に実現している)。マルケヴィチについては詳細は避けるが、これまた私の崇拝する指揮者。正規版、非正規版を含め、数多くの CD / LP を所有している。先日も彼の指揮したグノーの聖チェリーチア荘厳ミサ曲の CD に大感動したばかりだ。そのように敬愛しながらも、残念ながら私は彼を生で聴くことができなかった。実は因縁めくのだが、彼が最晩年に N 響を振った伝説の「悲愴」を生放送で FM で聴き、あまりの凄さに唖然として、録音中のカセットテープを裏返すのを忘れたくらいなのだ (時代が分かる 笑)!! 本当に親子でチャイコスフキーを使って私をトコトン翻弄してくれるのである。

この指揮者、極めて地味な指揮ぶりで、右手はほとんど体の範囲内で循環運動を繰り返し、時々左手で指示を出す。音楽が高揚しても、ただ腕の振りが早くなるだけで、身振りはほとんど大きくならない。そのせいか、今日のショスタコーヴィチの第 2楽章では、音楽が急速化する部分で指揮棒がすっ飛んでしまい、チェロ奏者が拾って指揮台に返すという一幕もあった。こんな身振りでこんな音を出してしまうとは、やはり恐るべき才能。満場の聴衆は、大いに沸いていた (でも、なんでこんなにマニアックなコンサートが東京ではほぼ満員になってしまうのか、誰か教えて下さい)。

ところで、ショスタコーヴィチのシンフォニーについて、改めて思うことがひとつ。この人、最終楽章の盛り上がりで、もしかすると一度も、ベートーヴェン以来のお決まりとなった勝利の凱歌を書いていないのではないか。この 11番の終楽章は、巨大な音響や強い推進力が聞かれるものの、これはどう聞いても勝利の凱歌ではない。交響曲の終楽章で勝利の凱歌ではないものは、「悲愴」やマーラー 9番などがあるが、それらの曲の作曲家にとっても、そのような事態は例外的だ。ところがショスタコーヴィチはどうだろう。今頭の中で各シンフォニーのクライマックスを鳴らしてみても、勝利の凱歌は見当たらないように思う。6番とか 10番は、一見明るい曲調だが、いかにもシニカルだ。7番も凄まじいものだが、悲劇的だ。5番は・・・最も有名な 5番は、まさに「証言」問題で死後その評価を変えた曲。ほかのシンフォニーで全く勝利の凱歌を書かなかった作曲家が、この曲だけそのようなことをするだろうか。やはり 5番は、勝利の凱歌などではなく、「証言」にある通り、「強制された歓喜」という解釈が当たっているように思う。

いずれにせよ、ショスタコーヴィチのシンフォニーは、本当に一筋縄ではいかない、恐ろしい曲の数々だ。地獄の蓋がポッカリと開いた音楽だ。ところがそんな音楽が、今日は CD 10枚組なんと 3,000円の特別価格で会場で売っているではないか!! カエターニがミラノのジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団を指揮した、全 15曲の全集。私も既に単発で何枚か持っているが、迷わず買ってしまった。
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終演後のロビーでもまだこのセットは売られていたのだが、ふと見ると、足元すらおぼつかないメガネのお婆さんが、この CD を手に取ってまじまじと眺めているではないか。お婆さん、いけない!! それはショスタコーヴィチの交響曲全集だぞ!! 分かっているのか、それは劇薬だ!! 聴いたら命の保証はないぞ!! 悪いことは言わない。今すぐ置きなさい!! という私の親切な心の叫びも届かず、お婆さんは 1,000円札 3枚で地獄の蓋を手に入れ、ヨタヨタと歩いて会場を後にしてしまったのだった・・・。帰宅後、家族の方々が、「お婆ちゃん、何横文字の変な CD 買ってきたのよ。明日ブックオフで売ってくるからそこに置いといて」と取り上げてしまったことを祈るばかりだ。

by yokohama7474 | 2015-06-30 01:32 | 音楽 (Live) | Comments(4)

コバケンが、桂冠名誉指揮者を務める日フィルを指揮した演奏会。コバケン・ワールドと名付けられたシリーズの 10回目だ。
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曲目は、上記にもある通り、

モーツァルト : ピアノ協奏曲第23番イ長調K.488
マーラー : 交響曲第 5番嬰ハ短調

というもの。因みに上記のポスターは会場の外に飾られていたものを撮影したのだが、私の前にも後にも、やはりこのポスターを撮影している人がいた。そんなに皆ブログでこの演奏会を紹介しているのだろうか ?!

今日のコンサートもチケットは完売。満員御礼の大盛況だ。コバケン人気は大したもの。ここで思い出すのは、彼がもともと縁の深い日フィルの音楽監督に就任してたったの 3年後の 2007年、「自分が音楽監督になっても集客が充分でない」という理由で辞任したときのことだ。当時から彼の人気が高かったことは間違いないが、オーケストラの運営は、一人の音楽監督だけでなんとかなるものではないのだろう。このオケ自体は、その後名匠アレクサンドル・ラザレフを首席指揮者に迎えて、大変充実しているわけであるが、今日の演奏を聴いていると、この指揮者とオケのコンビは、堅い信頼で結ばれているように思う。

1曲目のモーツァルトは、ニュアンス抜群の演奏。田部京子のピアノは、若干繊細に過ぎるのではないかと思われたが、美しい響きを持った自在な演奏であった。私にとっては、吉松隆の「プレイアデス舞曲」の 2枚が一時期の愛聴盤であり、いつまで経ってもお嬢さんのような外見で損をしている、素晴らしいピアニストだ。この曲は、今年のゴールデン・ウィーク中にチョン・ミョンフムが東京フィルを弾き振りした演奏を軽井沢で聴いたが、第 1楽章の真ん中あたりでピアノが微妙にオケから遅れ、チョンが "That's no good. Sorry." と言って演奏を中断し、少し戻って再開したのを見て驚いた。もとより超絶技巧の曲ではないが、闊達な指の動きが必要とされる難曲なのであろう。名演に拍手。

メインのマーラー 5番は、コバケンにしては最も前衛的な作品か (笑)。いえいえ、もちろん彼が日本の現代音楽を数多く指揮していることも知っていれば、ハンガリーでも現代の作品を指揮していたことも知った上での悪ふざけです。今日の演奏は、一言でいえば大変な熱演であった。うーん、しかし、東京は多分世界でも最もマーラー演奏が盛んな街。改めて考えれば、CD になって大絶賛だったインバルと都響のマーラーシリーズを体験した身としては、その水準が耳にこびりついてしまっている。そこでの都響の演奏は、なんというか、底光りのする金属質な音が鳴っていて、マーラーの本質を仮借ないまでに抉り出していた。その演奏と比べると、今日の演奏は、大音響が渦巻くときの木管の響きだとか、ティンパニに轟き方に少し不満を覚えた。前半のモーツァルトでは各楽器が本当に美しく呼び交わしていたのに、マーラーの複雑なスコアの再現では、残念ながらそこまでは至らなかったように思う。

ただ、充実感は大変大きなものがあった。例によって指揮者が終演後に聴衆に語りかけたが、「今日は全力投球だったのでアンコールはなし」という意味の発言もあり、満場の聴衆のほとんどは大きな満足を得たコンサートであっただろう。

ま、アンコールがなくてもよいのである。なぜならば、会場で「コバケンのアンコール・ピース」なる CD を購入し、直筆サインをもらったからだ。これでお得意の「ダニー・ボーイ」でも聴いて、個人的にアンコールを楽しむとしようか。
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by yokohama7474 | 2015-06-28 23:10 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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ジャン・ルノワールの 1936年の中編 (上映時間 40分) が、デジタルリマスターされ、渋谷のイメージ・フォーラムで公開されている。解説によると、撮影半ばで頓挫してしまった企画を、製作者が執念で完成に漕ぎ着けようとしたものの、ポジ・プリントはドイツ占領中に破壊されてしまった。戦後になってようやく、密かに保存されていたネガ・プリントをもとに編集され、既に米国に亡命していたルノワール自身の承認を経て (本人は 1979年まで米国で存命)、1946年にパリで公開されたという経緯があるとのこと。助監督として参加している顔ぶれがすごい。ルキノ・ヴィスコンティ (いわずとしれた後年のイタリアの巨匠)、ジャック・ベッケル (ヌーヴェル・ヴァーグの監督たちに敬愛された監督)、そしてアンリ・カルティエ・ブレッソン (最初はロベール・ブレッソン (世代的には近い) かと思いきや、有名な写真家の方のブレッソンだ)。また、台詞作成には、「枯葉」の作詞や「天井桟敷の人々」の脚本で知られる、ジャック・プレヴェールが参加している。

原作はモーパッサンの短編。1860年のフランスの郊外を舞台に、家族とともに休暇を楽しみに来た婚約中の若い女性が、地元の男性と寸時の恋に落ちるというもの。ストーリー自体は大したものではないが、その映像の作り方の手の込んだこと。例えば冒頭、川面の上を移動する釣竿が画面を横切り、橋の上をやってくる馬車がフレームにとらえられる、そのリズム感。またその馬車の中で会話をする家族は、橋の欄干の外からのショットで描かれる。さらには、その後のストーリーの展開で、モノクロなのに美しく感じられる陽光や、動きとして実感される風、また頻繁に表現される木洩れ日、豊かに流れ続ける川、そこに激しく降る大雨等々が、観客の感覚を次々と刺激する。また、この映画で最も有名であるらしいシーンは、上のポスターにも使われている、主演女優がブランコに乗るシーンであるとのこと。これはさながらヒッチコックの映画のように、思わぬアングルで運動性をかなり思い切って表現したシーンだ。

ただ、この映画は、そのような感覚性のみで語られるべきであろうか。私はむしろ、そのような冴えた映像が表そうとしているのは、人間の感情であろうと思う。時代の制約もあってラブシーンは控えめなものだが、そこに至る男女のせめぎあいには、何やらただならぬものがあり、この短い映画でも観客が感情を動かされる要素があるとすれば、やはり、優れた映像の積み重ねこそがその理由であろう。この監督は、高名な画家の息子だから云々と評価するのではなく、一人の映画監督としてその手腕を評価すべきである。

いや実際、私も大概の有名画家にはそれぞれの美点を見つけるものの、どういうわけか、オーギュスト・ルノワールだけはダメなのだ。大嫌いなのだ。だから、ジャン・ルノワールが彼の息子という事実には、重きを置かないようにしております。もっとも、ジャン自身、きっとそれを誇りにしていたであろうことは分かる。以前見たジャン・コクトーのドキュメンタリー映画で、彼がコクトーに、「画家の息子として言うが、君の色彩感覚は素晴らしいよ」というシーンがあったのを思い出す (確かコクトーがデザインした教会の装飾についての発言だったと思う)。でも、理屈ではない。私はオーギュスト・ルノワールが嫌いだ。

映画が作られた時代と、映画の舞台となった時代を比較してみよう。舞台となっているのは 1860年。フランスでは、1848年の二月革命の後、ルイ・ナポレオンによる第 2共和政に続き、ナポレオン 3世の第 2帝政に入っている。普仏戦争の 1870年まであと10年だ。とにかく 19世紀のヨーロッパは、戦争に次ぐ戦争。その勢いが、やがてそのまま世界大戦にまで転がり込んで行くわけだが、さて、1860年は、大きな戦争の間に当たっている。一方、映画の作られた 1936年。言うまでもなく、2つの世界大戦の間である。3年経てば第 2次世界大戦が勃発。フランスは簡単に占領されてしまうのだ。そう考えると、この映画を作ったスタッフに、戦争の予感がなかったわけがない。それでいながら、時に下品なまでのこの台詞である。迫りくる戦争の足音に気づいているがゆえに、フランス人らしい刹那的な快楽の謳歌に生きる意義を見出したとも言えるだろう。ナチ時代のドイツの美学 (健全な肉体に健全な精神が宿ると称した、極めて不健全な時代) を考えれば、ドイツ占領時代にこの映画のフィルムが破壊されたのもむべなるかなと思われる。

ところでもうひとつの驚きは、この主演女優だ。シルヴィア・バタイユというらしいが、なんとなんと、あのジョルジュ・バタイユの夫人だという!! 家庭的な面を想像することすら全く困難なあのバタイユが、あろうことか、女優と結婚していたとは!! いやはやなんともガッカリだ (笑)。なお驚くべきことにこの女優、バタイユと別れたあとには、ジャック・ラカンと再婚したというのだから、恐れ入る。それから、主人公を口説く男は、ジョルジュ・サン・サーンスという名前の役者である。珍しい苗字だし、あの大作曲家、カミーユ・サン・サーンスの親族か? また、プログラムを仔細に見ると、監督自身が宿のオヤジ役として出演していたらしい。こんな顔だ。
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うーん。でもね、この方、有名なお父さんが幼い頃に絵に描いているらしいのですよ。これです。
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時の流れとともに人間は成長するもの。可愛い赤ん坊も立派な大人になり、そして死後 35年も経って、極東の妙なブログにこんな紹介をされてしまう。まこと、時の流れとは恐ろしい。この映画の冒頭の川の流れは、そういう人間生活の流転を象徴しているのかもしれません (強引)。

by yokohama7474 | 2015-06-28 19:12 | 映画 | Comments(0)

六本木の東京ミッドタウンにあるサントリー美術館で、尾形乾山を中心とした展覧会を見た。
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琳派は日本美術史において燦然と輝くブランド名であり、特に光琳、乾山の兄弟は、知らぬものとてない歴史上のビッグネームだ。しかしながら、例えば狩野派と比較すると、一般の人々のイメージが確立しているかというと、いかがであろうか。例えば光琳の紅白梅図屏風とか燕子花図とかなら、誰しも一度は見たことがあろう。だが、俵屋宗達は生没年とも不詳であるとか、そもそも宗達と光琳は活躍した時代が 100年くらい違うとか、あるいは琳派を継承した酒井抱一の活動はさらにそれより 100年あとで、しかも光琳・乾山の活躍した京都ではなく江戸の人だとか、そういったことを知っている一般人はどのくらいいることだろうか。実際、現在でもいろいろな新発見などがあり、歴史の真実はまだまだこれから明かされて行くわけである。

この展覧会は、琳派が誕生する前の状況を概観し、はるか20世紀にまで続く琳派の系譜を辿る中で、乾山の切り拓いた工芸品の新しい世界を展望するもので、見ごたえ充分だ。そもそも乾山は、兄光琳の輝かしい天才のイメージに比して、少し地味な存在と考えられている。この展覧会を見て、それはある意味で正しく、また別の意味では大きな誤解であることを思い知った。

そもそも焼き物に絵や書を入れるという発想は、どこから来たのであろうか。我々がイメージする織部や、あるいは仁清でも、そのようなものはないはず。光悦と宗達が書画のコラボレーションを始めたことが、やはり何かのインスピレーションを促したということか。焼き物となると、焼き上がりのイメージをつかんでデザインし、また、色が定着するように釉薬や絵の具に工夫を施す必要あるわけで、今我々が考えるよりも、生みの苦しみは大きかったものではないか。

それにしても、乾山の作品の、大らかな雰囲気はどうであろう。
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先日、NHK の日曜美術館でもこの展覧会を取り上げ、あれこれ解説していたが、その文学の素養や、ひねりを利かせた造形、遊び心など、乾山の発想の豊かさには、まさに感嘆のほかはない。ひとつひとつの展示品を見ていると、なんとも愉快な思いが満ちてくるのを感じる。

以前、「光琳乾山兄弟秘話」という本を読んだことがあって、乾山が 5歳年上の光琳を本当に慕っていたことを知った。今回、光琳は 59歳で亡くなっているのに対し、乾山は 81歳の長寿を全うしたことを知った。このあたりも、天才肌の兄とマイペースな弟という、芸術家としての兄弟の資質の差が人生に端的に表れているように思われる。ただ一方では、乾山が自らのブランド力を確立し、後世に琳派を継承して行く素地を作ったということであるようだ。その意味では、光琳だけでは琳派は成立せず、乾山あってこその琳派なのであると言えるのではないか。

さて、今回の展示を見ながら考えたのは、この時代においては、多くの工芸品が、美術として愛でるというよりも、皿や香炉として実用に供されていたという事実であった。そのような経緯が、これらのものに命を吹き込むのだろうか。実際、焼き物だけは、写真で見てもその魅力は伝わらない。じっくりと顔を近づけて見ることで、何かを語り始めてくれるように思う。よく小林秀雄が書いているような骨董への没入の雰囲気が、少しだけ分かるような気がしたものだ。もっとも、あの時代の文学者の破天荒さ = 真剣勝負には、なかなか現在の人間にはついて行けないものがあるが・・・。こういう便利で手軽な時代であるからこそ、たまには本物をこの目で見て、少しでも眼福とやらを味わいたいものだ。

by yokohama7474 | 2015-06-28 01:46 | 美術・旅行 | Comments(0)

このブログの最初に、六本木の国立新美術館で開催されたルーヴル展を取り上げ、その際に、同じ美術館で開かれているマグリット展に言及したが、はっと気づくと、明日が最終日。まあしょうがない。でかけるとするか。

実は私の中ではマグリットという画家への評価が既にできていて、それは、「わざわざ本物を見ずとも、画集で見ていれば充分」というものであった。それは、以前日本で開かれたこの画家の展覧会に出掛け、あれこれの作品を見て抱いた感想だった。ついこの間と思っていたその展覧会は・・・調べてみると、なんと 1988年!! えぇー、あれからもう 27年も経っているのか!! にわかには信じがたい。その後、2002年にも Bunkamura でマグリット展が開かれたようであるが、どうやらそのような整理のもとで、足を運ばなかったらしい。

そんなわけで、今回は半ば義務感に駆られて出掛けたわけであるが、現地にたどり着いて、まずチケット売り場の長蛇の列に驚愕。
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これは、チケット売り場から一本の列では足らず、折り返している情景だ。おそるべし。また、展覧会のグッズショップも押すな押すなの大混雑。私の長い美術館通いでも記憶のない、買い物客の列が売り場に収まらず、廊下にまではみ出しているという状況が現出していた。

さて、マグリットの何が、こんなにも人々の興味を惹くのであろうか。それは、もっぱら具象的なイメージを使いながら、意外なもののの組み合わせで、現実性と夢幻性を軽々と越境する点にあろうか。今回出展されている中では、「白紙委任状」「光の帝国 II」という作品が非常にポピュラーである。
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また、今回出展されておらずとも、最も有名なマグリットのイメージとして、あえて「大いなる戦い」を挙げておこう。
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手っ取り早く言ってしまおう。今回の展覧会は大変楽しく、また、本物のマグリットを堪能する大いなる戦い、もとい大いなる歓びに我を忘れたことを。

彼の生まれは1898年。生国のベルギーでは、例えばクノップフのような、これぞまさに象徴主義 (サンボリズム) という芸術が一世を風靡していた頃だ。それを思うと、両大戦間には彼は 20~30代という若い時期に当たることを理解できる。その頃彼は、未来派風の作品を描いたり、あるいはモダニズムを絵に描いたような雑誌のイラストを発表していた。これは、ある意味で意外なような、らしいような・・・。
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そこから試行錯誤を経て自らのスタイルを獲得していくわけであるが、例えば同じシュールレアリストでも、ダリなら天才的素描力が明確にあるわけだが、マグリットの場合、看板画さながらのベタ塗りで、苦労してデッサンを積み重ねている気配が全く感じられない。これが、私がもともと、マグリットの絵は写真を見ていれば充分と思った根拠であった。

ところが今回、幾つかの作品が、その絶妙な美で私の心を打ったのだ。例えば、晩年、1962年の作、「ヨーゼフ・ファン・デル・エルスト男爵と娘の肖像」はどうだろう。この空は見慣れた彼の空だが、近づいてみるとその表現の繊細なこと。また、人物像も、あたかも米国のスーパーリアリズムのように無機的でありながら、巧まずしてその人物の生を浮かび上がらせている。傑作と呼ぶべきだろう。
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あるいは、「ガラスの鍵」はどうだろう。さて、この大きな石は浮いているのか、あるいは奥の山の上に乗っているのか。
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この絵を見て私の横でカップルが、かけあい漫才さながら、「浮いてる」「乗ってる」「浮いてる」「乗ってる」と議論していたが、その議論はまさに作品の根幹にかかわるのだ。作者の言葉を聞いてみよう。

QUOTE
正確な思考は、「ガラスの鍵」という作品に、山の上に置かれた岩を見るように強いるのです。空中浮遊も、「不動の」雪崩も関係ありません。そう呼びたければ、空中浮遊がないというわけではありません。地球が、山の上の岩も含めて、地上にあるすべてのものとともに、空虚の中に浮かんでいると考えるならば。私の意図は、ひとつの岩のイメージを描くことにありました。ひとつの岩が、ある山の上に置かれている光景が、どこからともなく心に浮かんだのです。
UNQUOTE

このような言葉は、山の情景が「シュールなまでにリアル」に描かれていなければ説得力を持たない。その点、この作品はその要請をクリアしており、託された意味がどうであれ、文句なしに美しい。そういえば今回の展覧会には、作者の言葉があれこれ紹介されていて興味深かった。通常このようなシュールの作家は、あまり解題をしないものかと思うが、意外にもマグリットは饒舌だ。もっとも、だからと言って作者の饒舌を観客が充分理解できかと言えば、別問題なのであるが。さらに言えば、本当に「理解」が必要かということにもなるわけであるが。

さて、今回の展覧会での新たな発見は、生涯スタイルを一貫したかに見えるマグリットも、何度か特殊な作風に転じていることだ。明るく優しい画風の「ルノワールの時代」(1943-47)、マンガのような筆致の「雌牛 (ヴァージュ) の時代」(フォーヴ = 野獣のパロディ、1947-48) がそれだ。いずれも不評で短期で終わったようであるが、時期に鑑みて戦争に対する反応であったと思われる。以下、1946年の「不思議の国のアリス」と、1948年の「絵画の中身」。マグリットの作品とは、ちょっと信じられません。
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それからこの展覧会には、さらに珍しいものが展示されていた。マグリット自身が使用していたイーゼルだ。そこに架かっているのはなんと、未完成の作品だ。デッサンを見ることが極端に少ないこの画家の、線でまず作品を手探りする過程が生々しく見える、稀有な例ではないか。不気味なまでの静謐がそこに感じられよう。
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まあそんなわけで、私にとっては「マグリット再発見」となる展覧会で、会場の混雑も全く苦にはならなかった。今回、1988年の展覧会のカタログも再度見てみたが、実は上記の「不思議の国のアリス」も「絵画の中身」も、そのときに既に展示されていたことが判明。そのような作品のユニークさに気づいていなかった自分への不信にとらわれるとともに、このような機会が繰り返し訪れる東京という街の懐の深さにも、改めて思うところがあった。

by yokohama7474 | 2015-06-28 00:32 | 美術・旅行 | Comments(2)

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のっけから細かい話で恐縮だが、この映画の原題、プログラムによると、"Kindnapping Mr. Heineken" であり、米国公開もそのタイトルであったようだが、実際映画を見ると、"Kidnaping Freddy Heineken" がタイトルになっている。
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まあいずれにせよ、実話に基づくと冒頭で謳われる映画である。1983年に発生したオランダのビール会社ハイネケンの経営者、フレディ・ハイネケンの誘拐事件の内幕とその顛末を描いている。なんと言ってもフレディ・ハイネケン役がアンソニー・ホプキンスである。見るなという方が無理であろう。

ただ、今回も予告編と本編の間にギャップを感じた。予告編では、囚われの身になったアンソニー・ホプキンスが、青二才の犯人たちを愚弄し、その人生経験で圧倒するというストーリー、例えて言えば、大人版「ホーム・アローン」のように、人質に手を焼いた犯人たちの哀しくもおかしい状況が描かれるのかと思われた。まあそれはひとえに、ハイネケン役がアンソニー・ホプキンスであったことに拠るであろう。なぜなら、レクター博士は、どんな過酷な囚われの境遇でも、その牙を収めることはないからだ。この映画を見る人は、そして気づくのだ。この俳優がもはやレクター博士ではないことを。ここで描かれているのは、まんまと犯罪を完遂したにもかかわらず、理不尽にも (?) 追いつめられる男たちの物語だ。疑心暗鬼、仲たがい、家族愛・・・。とんでもないことをしてしまった人間たちの、人間である所以が丁寧に描かれて行く。

この映画の美点を一言で表すとすると、一滴も血が流れないことだ。犯罪映画でこれは稀有なこと。製作者側の深い配慮もさることながら、恐らくは実在の犯人たちも、血を見るのが嫌いな人たちであったのではなかろうか。実際は分からない。ただこの映画には、「そうであって欲しい」と思わせるような人間的要素が流れていて、それゆえにこそ、これほど大それた犯罪を犯した若者たちの心情に何かピュアなものを見出してしまうのだろう。実際、せっかく犯罪自体をうまくやりおおせたにも関わらず、どこへ逃げようと息詰まるような環境となり、永遠にそこから抜け出ることができない。いかに巨額の金を手にしたとしても、人間はそんな環境に耐えることはできない。ある者はまた犯罪の世界に舞い戻り、引き返せない人生を送り、謎の死を遂げる。何が彼らをしてそのような深い業を抱かしめたのか。

この手の映画は、名も知らぬ俳優が体を張って演技するというイメージがあるが、犯行グループのリーダー各の一人は、超メジャー作「アバター」の主役を演じたサム・ワーシントンだ (「タイタンの戦い」「タイタンの逆襲」でも熱演だった)。ただしかし、彼の顔は決してスターらしくは見えない。昔のスター (例えばポール・ニューマンとかロバート・レッドフォードとか) なら、こんな風な目立たぬ顔を撮る監督とは仕事をしなかったのではないだろうか。この映画、役者にとってもなかなかのチャレンジだったものと想像する。

by yokohama7474 | 2015-06-27 23:11 | 映画 | Comments(0)

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製作総指揮リドリー・スコット、主演ニコール・キッドマン、共演コリン・ファース。大した顔ぶれである。にも関わらず、多くのシネコンのスクリーンからは既に消えており、上映している劇場を見つけるのに苦労してしまった。世間の人たちの評価と私自身の評価は一致しないことが多いので、もしや浮かばれない傑作ではないかと期待したが (笑)、実際に見てみて、今回ばかりはヒットしないのもやむなしと呟いてしまった。

主人公が同じ場面を繰り返すという設定は、ある種ありがちであって、よほど驚愕のトリックが仕掛けてあるか、映像と音響の織り成す流れが卓越しているかでなければ、今日びの観客は満足しない。ニコール・キッドマンの綺麗なブルーの瞳の横に真っ赤な毛細血管が走る接写によって始まるこの映画は、その冒頭の流れにはなかなか謎めいた雰囲気があってよい。ところが、その後段々と失望に駆られるようになる。絵が汚いのだ。手持ちカメラで不安定な心理を表すつもりかもしれないが、映画とは不思議なもので、細部の集積がうまく行かないと、このような映像表現に説得力がまるで生まれて来ない。そして観客は思うのだ。・・・最近の映画にしては、随分と低予算だなぁ・・・。2人の有名俳優へのギャラだけで、予算がつきてしまったのかなぁ・・・。しかし、リドリー・スコットが製作総指揮なのである。資金不足などあってもよいものか。

いやいや、映画の良しあしは、使われた金の多寡ではない。この映画、やはり流れを欠いている。低予算はよしとしよう。これはほとんど主役 2人の室内劇に近い。ニコール・キッドマン主演の室内劇・・・おお、あの変人監督ラース・フォン・トリアーの「ドッグヴィル」があるではないか。思い出してみると、そもそも演技力抜群というわけではないこの女優から、なんという表現力をあの映画は引き出していたことか。また、主人公が目覚めて同じシーンを繰り返す映画と言えば、ニコール・キッドマンのかつての伴侶、トム・クルーズの「オール・ユー・ニード・イズ・キル」があったではないか。あの映画の持っていた、有無をも言わせぬ迫力は、残念ながらここにはない。あるいは、コリン・ファースの近作、ウッディ・アレン監督の「マジック・イン・ムーンライト」を思い出してみようか。あの映画でのこの俳優とここでの彼の役柄は大きく異なる。でも、どうだろう。あの映画のラストでエマ・ストーンが呼びかけに答えるシーンに溢れる万感の思いと、それを表す彼の表情のカケラでも、この映画にあるだろうか。それから、主人公が記憶をなくす映画には、クリストファー・ノーランの出世作「メメント」もあれば、寺山修司の「さらば箱舟」もあった。これらの映画と比べて、さてどうだろう。

私にとっては、やはり映画とは監督のものなのだ。演出が冴えなければ、どんな俳優も力を発揮できない。この作品のラストシーンで、監督は何をどのように表現したかったのか。私にはそれを理解することができず、観客がたったの二人だけだった劇場を後にした。

by yokohama7474 | 2015-06-24 23:32 | 映画 | Comments(0)

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デビュー作の「第9地区」、2作目の「イリジウム」と、問題作を世に送り出してきた南アの若手監督、ニール・ブロムカンプの 3作目である。私はこれまでの 2作を見て、その一貫して荒廃した世界のイメージ (どのくらいヨハネスブルクの真実を反映しているのだろうか) と、必ずどこかに表されている希望に、強く印象づけられてきた。今回の「チャッピー」の予告編では、ロボットに知能を持たせて、あたかも子供のように育てるという内容に重点が置かれていて、若干子供向けかと思ったのであるが、実際に本編を見てみると、なんのことはない、これまでの 2作以上に深刻な内容だ。ただ、例によって希望はある。だがその希望は思いもよらない形をしていて、容易に受け入れられるものではない。

最近の映画には、人間の潜在能力とコンピューターの結合というテーマが時折見られる。だが、例えばスカーレット・ヨハンソンの「ルーシー」とか、ジョニー・デップの「トランセンデンス」だが、いずれも荒唐無稽過ぎて、全くリアリティがなかった。その点、この映画においては、何か空恐ろしくなるようなリアリティがある。人間の Mortality が、ある手段によって克服されること。それは本当に幸せなことなのだろうか。あるいは、そうなってしまえば、今の人間に見えない何かが見えてくるのだろうか。この映画の真のテーマはそこにある。なんとも仮借ない映画だ。

そのような、これまでの映画にない深い内容を持つものの、個別のキャラクターの描き方が大変秀逸であるため、エンターテイメントとしても充分に高いレヴェルに達している。チャッピーの可愛らしい仕草や、彼の受けるひどい仕打ち、また、正義感に駆られて暴力をふるう姿に、観客は感情移入を禁じ得ないし、どこからどう見ても札付きのワルが、実は大変な仲間思いであったり、自分の命を懸けて他人の命を守る勇気を持っているということも、説得力あるかたちで示される。そして、あのヒュー・ジャックマンが悪役を演じ、ロボットにボコボコにされるシーンなど、なかなか見られませんね。でもこのシーン、大変カタルシスを感じられること受け合い (笑)。さらには、シガニー・ウィーヴァーが、軍需産業の女性経営者の役を嬉々として演じているのも楽しい。このような有名俳優たちが出演することを取ってみても、この監督が映画界において大きな期待を受けている存在であることが実感される。

繰り返しだが、この映画は決して子供向きではなく、映画好きなら必見と言ってもよいだろう。日本での広告内容を、もう少しなんとかできなかったものだろうか。手腕のある監督の作品は、必ず見る人に訴えかける力を持っているのだから、その内容の深さをうまく広告すれば、興行成績も上がると思うのだが・・・。

by yokohama7474 | 2015-06-22 00:28 | 映画 | Comments(0)

古本屋で購入した、1985年 (昭和 60年) 発表のミステリーの文庫版。
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ちょうど、「イニシエーションラブ」がノスタルジーを持って 80年代を舞台にしていたところ、こちらは正真正銘、その 80年代の作品である。登場人物はもちろん秘密の電話をかけに公衆電話に走るし、撮影した写真は現像している。もちろん私自身、その頃はまだ洟を垂らしたガキだったとしらばくれる意図はなく、この作品の作者が文壇に登場した際、東大医学部教授がミステリー作家に華麗なる転身、と話題になっていたのをよく覚えている。処女作の「運命交響曲殺人事件」が、文字通りベートーヴェンのシンフォニーを題材にしていたはずで、当時少し興味を持ったものだ。調べてみるとこの作者はその後 15年の間に 30編近いミステリーを執筆したらしいが、これまでに読む機会がなく、今回たまたまこの作品に巡り合ったというわけだ。

これを読む現在の人々が気になるのは恐らく、公衆電話やフィルム式のカメラという今はない小道具ではなく、登場する人物たちの描き方そのものではないだろうか。いやなんとも会話の雰囲気が古臭く、昭和のテレビドラマを見ているような気がする。探偵役の小野田亮平のキャラクターにはそれなりのとぼけた味わいがあり、ストーリーも最後に向けたドンデン返しがあって、それなりに楽しめるとも言えるが、いかんせん、終始ドキドキハラハラとはいかないし、特にヒロインの性格づけには、オヤジから見た「いいお嬢さん」という色合いが濃厚で、読んでいて時折天を見上げたくなるような瞬間が多く訪れる (笑)。また、タイトルの葬送行進曲は内容に関係なく、ハテナマークを禁じ得ない。

ともあれ、80年代を追憶する機会にはなりました。


by yokohama7474 | 2015-06-21 14:37 | 書物 | Comments(0)

今ここで明確にしておく。秋山和慶は、日本人指揮者として私が最も深く敬愛する人物だ。その状況は過去 20年ほど変わっていない。
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若い頃から白髪で、見た目穏やかな印象の指揮者であり、一般大衆向の名曲コンサートを振る機会も多く、かつ、現在では世界の一流オケよりは日本の地方オケやアマチュアオケ、吹奏楽に頻繁に登場することから、この偉大な音楽家の恐るべき実力が世の中で充分に理解されていないきらいがある。実際、「究極の仕事を選ばない指揮者」と呼ぶこともできるだろう (私の手元には、彼がムード音楽を指揮した超昭和な雰囲気のアナログレコードまである)。だが、数々の実演で彼の真骨頂 (その中には、1994年の伝説的な「モーゼとアロン」を含む) に鳥肌立ててきた私はことあるごとに、周りの人々にはその経験がいかに稀有であったかを説き、この指揮者の評価についての再考を促して来た。もしこのブログをご覧の方で、まだマエストロ秋山について間違ったイメージを持っている方がおられれば、即刻神に赦しを乞うて悔い改め、なんでもいい、次の彼のコンサートに出掛けてみて頂きたい。また、音楽活動 50年を記念して最近出版された自伝「ところで、きょう指揮したのは・・・」を、正座して読みなさい。この偉大な指揮者と同時代に生きていることの幸せを噛み締めることになるだろう。

さて、今回は新日本フィルの指揮台に登場し、ストラヴィンスキーの 3大バレエの一挙演奏という大仕事だ。秋山と新日本フィル? うーん、過去にこの顔合わせがあったという記憶が全くない。それもそのはず、楽団の説明によれば、今回が 40年ぶりとのこと。ということは、旧日フィルが分裂して、斎藤秀雄らによってこの楽団が生まれて間もない頃に指揮して以来ということか。

実はこの指揮者がストラヴィンスキーの 3大バレエを一晩で取り上げるのを聴くのは、2回目である。調べてみたところ、それは 2001年。当時の手兵、東京交響楽団を指揮した相模大野での演奏会であった。面白いので、当時のチラシをアップしてみましょう。
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ストラヴィンスキーの 3大バレエとは、言うまでもなく、「火の鳥」、「ペトルーシュカ」、「春の祭典」である。生涯を通してスタイルを変遷させたこの作曲家が、1910年代、30歳前後の若い時代にその才能を炸裂させた、未だに聴く度に驚嘆すべき傑作群。このうち「火の鳥」は全曲では長すぎるので、このコンサートでは組曲であるが、前回も今回も、最もポピュラーな 1919年版を採用している。面白いのは「ペトルーシュカ」で、結果的には前回も今回も 1947年改訂版での演奏であったが、2001年のコンサートのプログラムには、「1911年版 (注 : オリジナル版) を使用するとの告知をいたしておりましたが、指揮者の希望により1947年版 (注 : 改訂版) を使用させて頂きます」との記載がある。改訂版の方が編成が小さいことによるのであろうか。ただ、私の記憶違いでなければ、前回はエンディングのペトルーシュカの亡霊まで演奏されていたと思うが、今回はその手前で終了。聴きものの、最後の部分でのトランペットの叫びがなかった。ここで私は思い出すのである。この最後のトランペットを含め、前回の演奏は、大変残念ながら、あれこれ傷の多い演奏であったことを。帰り道でがっかりした思いを頂きながら、「この意欲的なプログラムを、東京の中心で耳の肥えた聴衆の集まるサントリーホールでなく、相模大野でだけ取り上げたのは、やはり自信がなかったからなのだろうか・・・」と邪推したことを。

それを思うと今回は、まさに雲泥の差。40年ぶりの顔合わせとなる新日本フィルは、その間に飛躍的な発展を遂げた。もともと木管楽器のうまいオケであったが、今回の演奏などを聴いていると、管のみならず弦も、それぞれの楽器が濃厚な表情をたたえつつ呼び交わしていて、オーケストラ演奏の醍醐味を存分に味わうことができた。バトンテクニックには抜群の定評を持つ指揮者だけあって、危うい場面は皆無。むしろ余裕すら感じられた。ハルサイの最後の和音が翻った瞬間、ざざっと鳥肌が立ったものだ。

秋山は今年まだ 74歳。これから本当の円熟に近づくだろう。心して彼の音楽を聴いて行きたい。

by yokohama7474 | 2015-06-21 14:13 | 音楽 (Live) | Comments(0)