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7月の東フィルは、10日から17日までの 8日間に、新国立劇場で「蝶々夫人」を 5回演奏しながら、桂冠指揮者、尾高忠明の指揮で 3回のコンサートを行った。しかも、チャイコフスキーとマーラーの最後の交響曲を演奏するというハードな日程だ。もっとも、このオケは合併を経て巨大な規模を持っているため、オペラに出る楽員と定期演奏会に出る楽員とに分かれているからこのようなことができるのであろう。新国立劇場専属という当初の目標は達成されていないものの、このオケの日常活動においてオペラは大きな比重を占めており、序曲や協奏曲の伴奏などで、そのことから来るメリットを感じる瞬間が増えてきたように思う。この日の 1曲目、モーツァルトの歌劇「後宮からの逃走」K.384 序曲でもそのことを実感できた。

さて、ソリストはピアニスト 2名。曲は、モーツァルト作曲 2台のピアノのための協奏曲変ホ長調K.365 である。ソリストは児玉桃と、カリン・ケイ・ナガノ。このナガノさんは、1998年カリフォルニア州バークレイ生まれとある。これは誰がどう見ても、日系アメリカ人の名指揮者、ケント・ナガノと、その夫人、ピアニストの児玉麻里との間の娘だろう。隠しても無駄だ (いや、誰も隠してないって・・・)。児玉麻里は児玉桃の妹だから、この 2人、叔母と姪という関係になる。あとで調べてみると、カリンが去年日本デビューを果たしたという記事を、児玉桃が書いているのを発見。
http://www.momokodama.com/MOMO/momo-journal.html
さて肝心の演奏であるが、正直言うと、叔母さんさすが、姪っ子は今後頑張れという感想であった。

メインはチャイコフスキー : 交響曲第 6番ロ短調作品74「悲愴」。大変な熱演で、充分満足の行く公演ではあったが、本当の意味での絶望感には今一歩というところか。まあもちろん、この曲の聴きどころは絶望感だけではなく、多彩な魅力があるのであるが、演奏会の最初からずっと舞台奥にしつらえられているドラが、2時間の沈黙を破って最後に 1回だけ、どぉーんと響く場面は、視覚的にも効果がある。このドラの一撃は、大きすぎてもいけないし、弱すぎるのはもってのほかだ。長く尾を引いて消えて行く音でなければならない。消えて行くドラに、幻聴のように聴こえてくるのは、第 1楽章のドラマであり、第 2楽章の甘美な感傷であり、第 3楽章の激しい生の息吹きであり、第 4楽章で溜息のさざ波のように寄せては返す絶望感、つまり、ひとつの交響曲のすべて、一人の人間の一生のすべてが、このドラの一音に込められているように思うのだ。今回の演奏では、ドラの音には文句はないが、そのときフラッシュバックするそれまでの時間の切実感に、今一つの隙があったのではないか。

さて、この日のコンサート開始のちょうど 1時間前、13時頃に会場の渋谷 Bunkamura の駐車場待ちをしていると、信号のないところで道路を横切って、私の車の前を歩いて東急本店に向かう、頭の大きい初老の男性を発見。着ているものは、なんとも表現の難しい、煮しめのような褪せた青色の T シャツに、確か G パンで、足元は恐らくサンダルではなかったか。記憶が曖昧だが、要するにそのくらいカジュアルで、うーんっと、言葉を選ばずに言うと、ボロを着たような印象のオジサンだったのだ。と、次の瞬間、私の脳が認識した。「マ、マエストロ尾高・・・」そうなのだ、モーツァルトの洒脱な世界とチャイコフスキーの劇的で絶望的な世界を 1時間後に描き始めるはずのマエストロが、究極のカジュアルで暑い日差しの中を歩いていたのだ!! これにはちょっと複雑な気持ちがしたことは否めない。これまでにも、小澤征爾や大野和士が、コンサート前に私服で歩いているのを見たことがあるが、今回の尾高さんのカジュアルぶりは強烈だった (笑)。いやもちろん、私は以前 BBC ウェールズ響を指揮した演奏会を聴いて以来、この指揮者を尊敬しているし、今回の演奏会で、最後のドラの音に T シャツと G パンの幻影を見ることはなかったが、もう少し普段の恰好に気を付けられてもよいように思った。それとも、芸術家とはそのように、凡人の気にする恰好のことなど、どうでもよいのであろうか。今後の研究課題となった。


by yokohama7474 | 2015-07-16 00:07 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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芸術愛好家の端くれとして時折残念に思う瞬間がある。それは、音楽好きが音楽だけを好み、美術好きが美術だけ、文学好きが文学だけ、映画好きが映画だけ、演劇好きが演劇だけを好むのを目の当たりにする瞬間である。ちょっと考えてみよう。シェークスピアを知らずしてベルリオーズやチャイコフスキーをとことん楽しめるか。マーラーを聴くのにクリムトを知らないと、いかに狭い範囲での楽しみしかないか。フリードリヒの絵画への知識なく、タルコフスキーのメッセージを感受できるか。あらゆる時代において様々な芸術家が、表現行為における越境によって自己の能力を高めたわけで、鑑賞者としてもその轍を少しでも辿ることができれば、次から次へと未知の楽しみに出会うことができる。サティの活躍した時代、1910 - 1920 年代は、そのような観点から、尽きせぬ楽しみザックザクの時代である。それは歴史上でも最も芸術分野間の垣根が低かったと思われる時代であったからだ。

この展覧会の名前には、「エリック・サティ」の前に「異端の作曲家」という肩書がついており、それは我々の持っている知識の範囲において正しいとも言えるわけだが、では同時代においてサティが全くの無理解にさらされていたかというと、決してそうではなかったようなのだ。例えば以下の絵だ。
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これらは 1892年に描かれたもの。左が「以前」、右が「以後」と名付けられていて、前者が当時カルト的人気を博したペラダン率いる薔薇十字団のメンバーとしての姿、後者は軍隊に所属したときの姿だ。秘密結社のメンバー (私的存在) としての肖像と、国に命を捧げる軍隊組織の一員 (公的存在) としての肖像と、これほどに対照的な姿はあるまい。そして、この時サティは何歳であったか。驚くなかれ、26歳なのだ!! ひえーっ、その年でこのオッサンくささ。また、あの「異端の作曲家」「アルクイユの隠者」が、軍隊に所属していたことがあったとは。これらの肖像画はマルスラン・デブーダンという画家の作品で、公に展示されたものだという。26歳の若者 (カフェ「シェ・ノワール」のピアニストだった) のこのような肖像画のペアが残されているということは、サティが全く無名で世間の無理解に苦しんでいたわけではないことを示すのではないだろうか。

そしてその翌年、サティは運命的な出会いを経験する。以前このブログでもご紹介した、ユトリロの母、シュザンヌ・ヴァラドンである。最近の研究で、サティが終生ヴァラドンに激しい恋心を抱き続けたことが明らかになっているが、出会いの年、1893年にサティ自身が五線譜にインクで描いたヴァラドンの肖像が展示されている。
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このイラストには、とても運命的出会いという一大事件を感じることはできない。対象への軽い思慕と、その思いを抱く自分を茶化す感覚が感じられる。それは、大変にサティ的な、屈折した感情と言えるであろう。人生の一大事を劇的に音楽で描くことを終生しなかった音楽家。しかし、彼の心の中には、いとしいと思うものへの強い執着があったのであろうと思う。

冒頭述べた通り、サティの活躍した時代には、様々な芸術家がそれぞれの領域を超えて互いに刺激を与え合った。例えば、バレエ「パラード」。1917年に初演された、ディアギレフ率いるロシア・バレエ団の演目。台本ジャン・コクトー。美術パブロ・ピカソ。そして音楽エリック・サティ。レオニード・マシーンの振り付け及び出演、指揮はエルネスト・アンセルメであった。初演のプログラムにはアポリネールが寄稿し、この演目を「シュールレアリスム的」と評した。なんともきら星のような才能が集まった舞台ではないか。以下はピカソによる舞台の幕。
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ところが、この曲を聴いたことがある方はご存知の通り、最高の芸術家が集うにふさわしい、魂の感動を引き起こす音楽かと言えば、全くそうではない。誠にすっとぼけた音楽で、ドタバタと反復される安っぽい旋律や、騒々しいサイレンやタイプライターの音が全くナンセンスな雰囲気を醸し出す。そう。それがモダニズムなのだ。発展する近代都市文明の中で人々が求めたものは、閉鎖された空間での絵空事の情緒的な演劇性ではなく、ひたすら軽く、立ち止まることのないエンターテインメントであったのだ。

と書いているうちにも、サティのあれこれの音楽が頭の中を去来する。彼の音楽に情緒的な要素がないというのは本当だろうか。いや、実際にはサティほど、自らの情緒や情熱という要素を覆い隠した芸術家はそう多くないであろう。そうでなくて、あの誰もが知るジムノペディ第 1番や、梨の形をした 3つの小品などの美しい作品を書くことができただろうか。彼の書いた「家具の音楽」は、コンセプトは BGM の先駆けで、音楽が流れていることを意識されないことを目的としていて、ギャラリーで演奏された際に耳を傾けた聴衆に、「聴くな、聴くな」と喚いたという逸話がある。あるいは、同じ旋律を 840回繰り返す「ヴェクサシオン」は、いわば究極のミニマルミュージック。これらが表すものは、繊細で抒情性あふれる内面に他人が入ってくるのを拒む反骨精神や諧謔性ではないだろか。上記のシュザンヌ・ヴァラドンのカリカチュアも、その意味で極めてサティ的だ。

そう思うと、この偏屈者がなんともいとしくなってくる。ふと見ると、トレードマークの、あの山高帽にステッキが展示されている。どうですかこれ。
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スイスのルツェルンでワーグナーの緑色のベレー帽を見たときも、「あー本物だ」と感動したものだが、これ、本物のサティの帽子とステッキですよ。どうしますかこれ。

偏屈者であったことは間違いないが、それでも、同時代において注目され、様々な信奉者 (モダニズムを彩る六人組のみならず、4歳年上のドビュッシーも含む) から尊敬され、慕われたサティ。陳腐な作品を量産しながらも、時に決して古びることのない奇跡のような音楽を書いたサティ。その軽さの裏にある切実な思いに、何やらじんと来るものがある。このコクトー描くカリカチュアの本物を見て抑えきれない感動を覚える私は、偏屈であることの意味を考え、その偏屈さに見出される命の灯を考え、思いはあれこれ巡るのであった。
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by yokohama7474 | 2015-07-15 01:13 | 美術・旅行 | Comments(0)

とてつもない名演に出会うこととなった。新日本フィルの「ミュージック・パートナー」を務めるダニエル・ハーディングの手になるものだ。曲目は、マーラー作曲 交響曲第 2番ハ短調「復活」だ。ソプラノのドロテア・レシュマン、メゾソプラノのクリスティアーナ・ストーティン、栗友会合唱団の協演。
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この「復活」という曲は壮大な音の絵巻であるので、演奏されるだけで聴衆を圧倒する要素を持ってはいる。ただそれでも、私が過去に聴いたこの曲の演奏には、ただ煽り立てるだけのものも時折あって、そのときにはなんとも虚しい思いで会場を後にすることになったものだ。生演奏におけるこれまでで最高の感動は、アバドとベルリン・フィルの来日公演、わざわざスウェーデン放送合唱団 (世界一の合唱団との誉れ高い) を連れてきての演奏であったが、終楽章の盛り上がり、既にこちらは全身総毛だっているところ、大音響になるとアバドの身振りは逆に小さくなり、音楽の奔流は、もう言葉の形容を許さない高みにまでたどり着いたのであった。今回のハーディングの演奏は、その次元に限りなく近づいたと言える。新日本フィルの優れたコンサートマスター、崔文洙は、常に大きくからだを使って演奏するのであるが、今回も、きっと大団円での盛り上がりではこんな感じで演奏するのではないかと事前に想像していたその通りの大きな身振りでの演奏を目の当たりにして、ぐぐっと心が熱くなったところで、ハーディングの指揮棒は、発散するのではなく集中して、演奏者全員が大いなる高みに到達したのであった。

この演奏は、始まった瞬間から聴衆の耳を強く惹きつけた。音楽ファンなら誰でも、この曲の冒頭、音の一閃があった後にすぐチェロが激しく切り込む部分に、なんらかの理想のイメージを持っているはず。特に東京の聴衆は、マーラーにかけては世界でもトップクラスの経験がある。全員が耳をそばだてるその冒頭、この上なく迫力と表現力に富むチェロに、これは行けるぞとの期待感が高まることとなった。全体を通して聴かれた荒々しいオーケストラの咆哮も素晴らしいものだったが、大きく印象づけられたのは、第 2楽章だ。これは 3拍子のオーストリアの民族的な舞踊、レントラーであるが、素朴に見えて、内声部が非常に丁寧に書かれているのがよく聞き取れた。ヴァイオリンは左右の対抗配置、中央右にヴィオラ、中央左にチェロ、その奥がコントラバスという配置が見事に功を奏し、なんともニュアンス豊かで、ほれぼれするような音楽であった。私は常々、いつか自分が死んだときには葬式でベートーヴェンの「田園」の終楽章を流すというアイデアに憑りつかれているのであるが、この「復活」のレントラー楽章というのも悪くないな、と思った次第。もっともこの曲、第 1楽章が (少々騒々しいものの) 葬送行進曲だ。その楽章が終わったあと、人々がリラックスして聴いている音楽に葬送をイメージするとは、我ながら変わり者だなと思う (苦笑)。

ところで新日本フィルは、過去 2年ほどであろうか、このハーディングとインゴ・メッツマッハーの 2人が実質的な中心指揮者として活動して来た。その間の充実ぶりはいかがであろう。このオケ、以前は小澤征爾と朝比奈隆の両方を聴くことのできるメリットがあって、私も随分聴いてきたものであるが、正直申し上げて、その当時はまだまだ課題が多く、今はその頃とは比べものにならない水準に達していると思う。前音楽監督のクリスティアン・アルミンクにオーケルトラ・ビルダーとしての才能があったということであろうが、またまた正直申し上げて、アルミンク自身の指揮で感銘を受けたことはほとんどなかった。その意味で、今の状態でハーディングのような優れた指揮者を聴けることには本当に大きな意義がある。そもそもこの指揮者、10代の天才として、ラトルやアバドのアシスタントとして世に出てから時は経ち、今年 40歳になる。本来なら当然、先般のベルリン・フィルの音楽監督選任に際して、候補として名前が挙がるべき人であるが、どうもそうはならなかったようで、一時期の勢いがなくなったようにも思われる。そのように考えると、もしかすると今の新日本フィルとの組み合わせは、指揮者自身にとっても新たなキャリア形成に資するものであるかもしれない。東日本大震災の際に、彼はこのオケとマーラー 5番を練習中で、結局中止になったその演奏会は、後日再度開催されたという特別な事件もあった。日本のオケが、今後の音楽界をしょって立つ逸材を育てるということになると、これは大変なことだ。今回の「復活」を聴いて、その大変なことが起ころうとしているのではないかとの予感を抱くに至った。オケ自体は上岡敏之という、これまた逸材を音楽監督に迎えることになるが、是非ハーディングとの関係も維持してほしいものだと切望する次第である。昔のようにエラい外人指揮者がやって来て、日本のオケをありがたくご指導頂くのではなく、指揮者もオケもともに成長するような関係こそが、本当に意味のある音楽活動であると思う。

by yokohama7474 | 2015-07-12 11:46 | 音楽 (Live) | Comments(0)

何を隠そう、ホラー好きである。なので、呪怨シリーズはかなり見ている。劇場版の最初のものと 2作目、ハリウッド版の 1作目に、前作の「呪怨 終わりの始まり」と、今回の作品である。である。うーん、それでも、このシリーズはビデオ版も含めると、今回で 10作目のようだ。半分しか見ていないということか。
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このシリーズ、最初の頃は結構怖かった。なぜ怖いかというと、霊的存在である伽椰子と俊雄が、一体何を訴えかけたいのかさっぱり分からず、また、それに相対する人間たちが、ヒーローやヒロインとしてこの霊的存在と対決するという設定になっていないからである。犠牲者は例外なく、きゃーとかひーとか叫んで、息絶えて行く。だが、ちょっと待て。これらの霊的存在が、一体どんな能力を持つというのか。天井とかドアからにゅーっと出てくると思うと、家の中のガラス扉の向こうであ゛あ゛あ゛あ゛とか言いながら、扉を開けようとする。超能力があるなら、扉を通り抜けてくればよいと思うのだが。また、ストーリー自体も、なんだかまとまりのないものになっていて、どの作品も、カタルシスが全くない。まあ、一方で、例えば「リング」シリーズを例に取ると、人間が貞子との対決に走るあまり、最後はもともとの設定と全然関係ないおいおいな世界に入って行ってしまい、一体何が何だか分からなくなってしまったため、原作者も投げやりな発言をしていたと記憶する (笑)。なので、この「呪怨」シリーズの解決しないストーリーの連鎖は、これはこれでひとつの路線と言ってもよいだろう。

いや、それにしても、前回は「終わりの始まり」。その続編である今回は、「ザ・ファイナル」である。どんな凄い大団円が見られるかと思いきや、いつもと同じ、きゃーとかひーとかで終わってしまうのだ。それってありか??? ただ、私の推測する今回のテーマというものがあるので、以下で披露しよう。まず、このシリーズで必ず出てくる、「呪怨」の定義だ。

QUOTE

強い怨念を抱いたまま死んだモノの呪い。それは死んだモノが生前に接していた場所に蓄積され、「業」となる。その呪いに触れたモノは命を失い、新たな呪いが生まれる。

UNQUOTE

ゆえに、これまでは惨劇の起こった家が必ず舞台になっていた。それがこの映画では、前作の舞台の家は取り壊されてしまうのだ。そうすると、呪怨が残る場所がなくなるではないか。・・・と思ってよく考えてみると、(多少ネタバレになるが) 本作では、「死んだモノが生前に接していた場所」が、人間のからだということになっているようだ。なので、俊雄は本作の最後で、別の肉体に宿るのだ。これをされるとたまらんですね。いつまで経っても呪いが消えることがないではないか。困ったことである。

ただ今回のネタは、風呂のシーンのように以前の使い回しもあり、イカ墨スパゲティネタも、もうその食べ物を食べたくないというほどのインパクトはなかった。また、なぜか湘南台駅の終電後のホームが何度か出てくるが、あれは一体何なのだ。舞台となる家の所在地は、見たところ横浜南部の丘陵地だ。京浜急行が走っているのが映るのでそれと分かる。ただ、設定上は川崎市となっている。まあいずれにせよ、湘南台関係ないでしょう。今ここで私が言えることは、湘南台に住んでいる方々、ホームに落ちている新聞紙には注意しましょうということだ。

ところで、今回もエンドタイトルを眺めていて、ひとつ発見があった。俊雄のテーマ (ハミングで出てくるあれか? ごく短いものだが) の作曲が上野耕路なのだ。この人、ポピュラー音楽と芸術音楽の狭間にいるような人で、何枚か CD を聴いたことがある。また、戸川純 (って最近あまり聞かないけど、どうしているのだろうか) らとともに、バンド「ゲルニカ」を結成した人物だ。へー。ホラーと言えども、侮れません。なので私は、これからもホラーを見続けたいと思う。その意味で耳寄りな情報。この映画のエンドタイトルの後に、まだ映像が出てきて、何やら昔懐かしいブラウン管に、あの「リング」の井戸が映っているではないか。そして字幕が。「2016年 貞子 vs 伽椰子」・・・予告か。いやいや、呪怨は今回がファイナルじゃなかったの? しかも、貞子は顔が出ないからいいもの、伽椰子さんは思いっきり顔が出ているので、この最所 美咲という女優さんは、次回もあれをやるのか。あれと言えば、これである。
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いやーご苦労なことです。素顔はこんな人らしいんですけどね。
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なんとまあ。

by yokohama7474 | 2015-07-12 00:53 | 映画 | Comments(0)

紀尾井シンフォニエッタ東京が、創立 20周年を記念して、バッハの大作、ロ短調ミサ曲を演奏した。言わずと知れた、マタイ受難曲と並ぶバッハの最高傑作。ということは、人によっては西洋音楽の最高峰との評価をしているわけである。

以前触れたように、当初の発表では、指揮者はセミヨン・ビシュコフであった。
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ところが、理由は分からないが、随分手前の時点で、ビシュコフは第 100回定期のみに登場し、このロ短調ミサ曲は、かつて古楽オーケストラ、イングリッシュ・コンサートを率いて世界的名声を博したトレヴァー・ピノックに託された。うーん、どう考えても、この曲はビシュコフよりもピノックに向いているでしょう。というわけで、怖いもの見たさよりも安定感のコンサートが期待された。
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大変美しい演奏であった。古楽器奏法を取り入れはしないものの、早めのテンポできびきびと運ばれる流れのよい演奏は、ピノックのイメージそのままだ。ピノックは、同じ古楽指揮者と言っても、アーノンクールやガーディナー、ノリントンと言った強烈な個性を持つ人たちに比べれば、随分穏健派であると思う。自身、立ったまま観客に背を向けてチェンバロを弾きながらの指揮で、フルート、オーボエ、時にはホルンまでも、立って演奏するスタイルだ。また、ソリストは合唱団のメンバーで、出番になるごとにステージ手前まで出てきて歌っていた (出来には多少個人差を感じた)。どこを取っても確信に満ちた演奏で、バッハの宗教音楽の世界を描き切った感がある。この曲は、プロテスタント圏で活躍したバッハが、ラテン語の歌詞に作曲したもので、作曲動機は未だに解明されていないらしい。イタリアの宗教音楽に比較すると、人間的な要素を含んだ旋律をあちこちで聴くことができると言えるだろう。それゆえにこそ、250年の時を超えてもなお、人々を感動させるのだ。この、キリスト教とは元来何の関係もないはずの極東の国で、これだけの水準のバッハが演奏されようとは、作曲者自身、夢にも思わなかったに違いない。

後で調べてみて意外に思ったことがある。あれだけ多くの録音を残してきているピノックであるが、このロ短調ミサもマタイも、録音していないのだ!! 何か本人の思いがあるのか、それともたまたまレコード会社の都合によるものか分からないが、今回の演奏を聴く限りでは、それは大変惜しいことであると思われる。

今回、フルートを、新日本フィルの首席の白尾彰が吹いていたが、その新日本フィルでは、この日と翌日は、ダニエル・ハーディングの指揮でマーラーの「復活」を演奏しているはず。終楽章の地獄の入り口のような音楽において、夜鳴き鶯の声を模倣するフルートの見せ場があるが、彼は劇的なマーラーではなく、清澄なバッハを選んだということか。・・・とこの時点で私は、そのマーラーがどんな演奏になるかを全く予想できないでいたのであった。

by yokohama7474 | 2015-07-12 00:11 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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まずは監督の話から始めよう。カロリーヌ・シャンプティエ。聞いたことのない名前だ。カロリーヌ? 女性か? そうなのである。こんな人だ。
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1954年生まれというから、既に60過ぎ。この写真は多少若い頃のものかと思うが、まあそれにしても、フランス人女性芸術家らしく、小粋な雰囲気だ。本作品が長編監督第一作とのこと。ところがこの人、ただのオシャレおばちゃんではないのである。もともとカメラマンで、なんとなんと、ゴダールの「右側に気をつけろ」「ゴダールの決別」や、レオス・カラックスの「ホーリー・モーターズ」や、その他ジャック・ドワイヨン、諏訪敦彦、河瀬直美等々の監督のもとで撮影監督を務めてきたという経歴を持つ。なんということ。私は昨年、「ホーリー・モーターズ」を見て、かつて神童と呼ばれたカラックスの今を知ることができ、大変に興味深いマニアックな映画であると思ったが、あの映画で撮影監督を務めたとは恐れ入る。そんな人が、並の映画を撮るわけがない。これがこの映画に対するまず第一の大きな期待。

さて、ベルト・モリゾである。最近の美術の本には、印象派唯一の女性画家などと紹介されるようになって来ているが、一般的にはまだ、マネが数々の肖像を描いたことによって、より知られていると言ってよいだろう。この有名な「バルコニー」という作品の左手前に描かれているのがその女性だ。
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あるいは、この絵をご存じだろうか。
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「すみれの花をつけたベルト・モリゾ」。5年前に三菱一号館美術館が開館した際の特別展、「マネとモダン・パリ」に出展されたのをご覧になった方も多いと思う。実際の本人の写真は以下の通り。
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なるほど、黒目黒髪の美人である。マネは彼女の肖像を 11点描いたらしいが、この二人の関係は謎 (画家とモデル? 師弟? 愛人? 友人?) で、ベルト自身はマネの弟と結婚しているため、余計にややこしいことになっている。

と、ここまでが映画を取り巻く歴史的事実。肝心の映画の出来はどうだろうか。一言で言えば、多くの発見に満ちた佳作であると、私は思う。ただ、恐らくは故意にであろう、流れの悪い編集がストーリーを時にぶつ切りにしてしまう点に難があり、また台詞が多くを語らない割りにはカメラワークは必要以上に凝っており、それが若干鬱陶しいということも否めないため、万人受けするような映画にはなっていない。それから、もしかすると、テレビのワイドショーを見慣れている方は、「それで、結局ベルト・モリゾとマネの関係はどうだったのよ!!はっきりしなさいよ!!」とイライラされる向きもおありかと思う。おっしゃる通り。この映画ではその結論は出ていない。ただ、見る人に想像力さえあれば、個々人で結論を出すことはできるはず。私の解釈では、この二人は、芸術を通してのみコミュニケーションのできる恋人たちだったのだ。描かれているのは、未だ画家という仕事が男性だけのものだった時代における女性の自立という単純なテーマではなく、天才画家からの刺激によって自らも才能を開花させて行く一人の女性の成長の姿であると思う。だからここには普通の意味の色恋沙汰はない。ワイドショーを見たい方は、この映画を見ない方がよい。

主演のマリーヌ・デルテリムの過去の出演作の中に、「ココ・シャネル」(2009年) というものがあるようだが、調べたところ、主演はシャーリー・マクレーン (ええっ、年取りすぎじゃないの???) で、この女優はココ・シャネル役ではないらしい。ということは、これまで主役級を務めたことはあまりないのかもしれないが、この映画では、抑えた演技ながらリアリティのあるベルト・モリゾを演じていて、好感が持てる。いい女優を見つけてきたものだ。
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映画の舞台になっている時代について書いておきたい。1865年、マネが傑作「オランピア」を発表、モリゾはその作品に刺激を受ける。これは、普仏戦争の 5年前。荒れるヨーロッパは不穏な空気に満ち満ちていたはず。一方、パリやロンドンやウィーンや、新興のベルリンなどは、それぞれに本格的な近代都市の形成が始まっていたわけだ。このブログで度々関連事項の出てくる、エッフェル塔が建てられたパリ万博は 1867年。実際にマネとモリゾが出会ったのは、その翌年、1868年だ。そして、第 1回印象派展は 1874年。つまりその間に普仏戦争と、フランスの敗北 (及び新興国プロイセン・ドイツの台頭) があったわけだ。ということは、多くの人々が美術の最高峰のように思っている印象派 (ちなみに私は違います) は、戦争の敗北による挫折感と、同時に戦争終結による解放感とがないまぜになった複雑な時代に誕生したことになる。普仏戦争終結の 1871年から第一次対戦勃発の 1914年までがベル・エポック (= 良き時代) と呼ばれるのは、そのような、戦争と戦争の間の時代という背景があるからなのだ。この映画には、時代背景を克明に描いたシーンはないが、戦死することになる兵士とのふれあいや、ともに絵を学んだ仲であった姉との死別など、モリゾの体験した戦争の悲惨さの断片が、ごく淡々と描かれている。

さて、最後に書いておきたいのは、この邦題だ。「画家モリゾ マネの描いた美女 名画に隠された謎」・・・長すぎません? 原題は、ただの「ベルト・モリゾ」だ。それで充分ではないか。しかも、やたら印象派だなんだと、宣伝文句がチラシやポスターにズラズラ書いてある。日本人は充分に知的なのだから、もっと大人の文化を作りたいものだ。

by yokohama7474 | 2015-07-11 01:07 | 映画 | Comments(5)

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初めてマッドマックスが日本で公開されたときの衝撃は、今でも鮮烈だ。私は中学生だったと思うが、封切から少し時間を経て、いわゆる名画座 (もう死語ですな) で、何かと二本立てで見たのだったと思う。無法者がはびこる近未来の荒廃ぶりの描き方がなんとも絶望的で、そこで活躍するはずの主人公も、善玉なのか悪玉なのか判然としない無法者ぶり。オーストラリア映画という珍しさもあって、自分たちのよく知っているヒーロー像というものが通用しない得体の知れなさに恐怖を感じたものだった。その後日本で「北斗の拳」がブームになったときも (私はマンガは読まない方なのだが)、その舞台設定や悪役のコスチュームなどを見て、「なんだ、北斗の拳ってマッドマックスのパクリじゃん」というのが第一印象であった。しかし、マッドマックスシリーズの第 3作からはや 30年。恐らくは、「マッドマックスって北斗の拳のパクリじゃん」という世代が増えてきているものと思う。そこでこの新作である。目にも見よ、若者連中!! 北斗の拳がマッドマックスのパクリであって、その逆ではないのだ。あ、すみません、北斗の拳って何? という世代も多くなってきていることでしょうね。歴史の語り部はそのあたり、冷静に対応しなければいけません。

何より評価すべきなのは、この作品の監督が、以前の 3作と同じ、ジョージ・ミラーだということだ。おぉ、まだ生きていたのか。フィルモグラフィーを調べると、「イーストウィックの魔女たち」「ロレンツォのオイル / 命の詩」「ベイブ / 都会へ行く」、それからアニメの「ハッピーフィート」などがあって、それなりに知名度の高い作品を監督してはいるが、如何せん、マッドマックスシリーズとは毛色が違い過ぎる。メル・ギブソンがこのシリーズで一躍スターダムに躍り出た (最近では酒癖や人種差別発言等の問題も起こしているようだが、彼の監督作のうち、「ブレイブハード」と「パッション」は間違いなく映画史に残るだろう) のとは対照的だ。

ともあれこの新作、新たな三部作の一作目になるとのことだが、いやなんとも凄まじい。監督自身が、過去 30年間の鬱憤を晴らすかのように、狂気じみたのめり込みようだったのだろう。ストーリーはないに等しい。映画開始前にこれこれの事件があったという設定がいくつか、イメージ映像や言葉で少し説明されはするものの、そんなものはどうでもいい。冒頭、遥かな砂漠を望む風景で、奇形のトカゲが出てくるが、それに対してマックスが取る行動に仰天させられた後、それがこの映画の設定した荒涼とした世界観であることに気づく。そして、ある意味で奇形性をテーマとした人間たちののっぴきならない生き様が絶望的かつ過酷に描かれたあとは、もうほぼ全編、大型トラック (?) がただひたすら爆走。悪漢どもが追走。激闘。爆走。追走。激闘・・・。その連続だ。ただ、広大な砂漠をどこまでも進んでしまうと、お話は終わらないので (笑)、うまく途中で U ターンされるようにできているのだ。その間、まあそれはそれは見ていて血圧の上がること。

悪役の親玉、イモータン・ジョーは、こんな外見だ。既にコミックで登場しているキャラクターのようだが、これは誰がどう見ても、手が付けられない極め付けのワルだ。近くに寄っただけで理由もなく八つ裂きにされそうで、絶対友達にしたくないタイプの人だ。核戦争後の地球が舞台であり、人々はいろんな疾患を持っていて、この人は、マスクをつけないと生きていけないという設定である由。水や食料を牛耳っており、狂信的な若者集団を手下として、英雄的な行為によって死ねば、勇者の殿堂ヴァルハラ (おお! 北欧神話だ! ワーグナーだ!) に行けると言ってはそそのかす。その若者集団、ウォーボーイズは、日本の暗黒舞踏にヒントを得たのだろう、全員スキンヘッドに白塗りだ。なんとも禍々しい。
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役者では、何よりシャリーズ・セロンが素晴らしい。壮絶と言ってもよい。こんなハードな役をここまでこなせる女優は、そうそういるとは思えない。なにせ、こんな人が
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こうですからね。こりゃすごい。
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主役のトム・ハーディ。マッドマックスとしては、ちょっと優しい表情が気になるかなぁ。いい役者とは思うものの。
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さて、たぶんこれは私の勝手な思い込みかもしれないが、この映画には、「七人の侍」へのオマージュではないかと思われるシーンが、少なくとも 2つはあると思う。ひとつは、絶体絶命の危機をかいくぐった登場人物が、あっけなく命を落とす場面。もうひとつは、複数の敵を倒すために単身乗り込んで行き、舞い上がる砂埃の中、平然と生還する場面。そう、どちらも宮口精二の演じたシーンだ。「七人の侍」が世界映画史上に打ち立てている地位に鑑みれば、このようなことも特に騒ぐには当たらないのですがネ。冷静に対応しなければ。

この映画、決して救いのない内容とは言えないが、なにより悪役連中の禍々しさがあまりにも強烈だったので、鑑賞後に帰宅しても、なんともささくれだった気分であった。そこで、バロック音楽の中から、カンプラ (1660 - 1744 フランス) のレクイエムの CD を取り出して、心を浄化した。まあ人それぞれ、癒しの音楽を持っていると思うので、もしこの映画をご覧になる場合は、カンフル剤としてそのような音楽のご用意をお奨めしておこう。とにかく、侮るべからざる凄まじい映画である。

by yokohama7474 | 2015-07-10 01:02 | 映画 | Comments(0)

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この映画は、ウォルト・ディズニーが生前考えていた未来都市構想に想を得て、新たに制作されたものである。見る側にとっては、この手の映画にはリスクがあって、あまりにも楽天的で幼稚な内容であるかもしれない。一方、どうやら何か変わったものを見ることができそうだという予感もしないでもない。さて、その実態やいかに。

感想は複雑だ。1964年のニューヨーク万博に始まり、超未来都市トゥモローランドや現代の米国、あるいはパリなど、3人の主要登場人物が時空を駆け巡る。かつて未来とは希望あふれるものであったが、今や人類滅亡に向けたカウントダウンをしなければならない状況。そんな感傷もつかの間、追手が現れ、逃走や格闘や、あらゆる発明品による対決がスピーディに繰り広げられる。何やら陰謀論めいたテーマもあり、また、人工物と人間の間の恋情というテーマも垣間見える。その意味で、一粒で何度でもおいしいとも言えるが、ストーリーで映画を見る人には、若干もどかしい思いもあるかもしれない。私の場合は、映画におけるストーリーは二の次三の次の要素であるので、理解できない点はそのまま受け流したが、鑑賞後しばらく経ってからあれこれのシーンを思い出すことで、何やら新たな思いが沸いてくる。それが嫌味なものにならない点、やはりよい映画と評価できるものと思う。

ニューヨーク、クイーンズの JFK 空港近くのフラッシング・メドウズ。テニス好きなら、全米オープンの会場としておなじみだろう。今でもそこに行くと、1964年の万博開催時に作られた銀色の巨大な地球儀のモニュメントが存在している。
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ディズニーのアトラクション、It's a Small World は、この万博で初めて作られたという。物語は、少年がそのアトラクション設備の中から、超未来都市に招待されることから始まる。1964年というと、もちろんアメリカが平和であった時代とは言えない。ケネディ暗殺はその前年だし、ヴェトナム戦争の泥沼の真っ最中だ。それにもかかわらず、いや、もしかするとそれゆえに、当時アメリカの人々が夢見た未来とは、本当にワクワクするものだったのかもしれない。日本の場合は事情が全く異なるものの、「人類の進歩と調和」がテーマとなった大阪万博はその 6年後。やはり、未来は素晴らしいものと誰もが信じられた時代だったと言えるだろう。

昔はワクワクすべきだった未来に、人類は今や夢を持てないというテーマは、特に目新しいものではない。世界の終りを扱う映画は、911 後には激減したものの、最近はまた増えてきている。そんな中でこの映画の一味違う点は、その世界を救う努力が、ある団体によってなされているという設定だ。夢を持つこと、絶対あきらめないこと。そんな陳腐な謳い文句を、うまく料理していると思う。その一方で、トゥモローランドの基礎を作った偉人として、エディソン、ジュール・ヴェルヌ、エッフェルと並んで出てくるイコンが、ニコラ・テスラであるなど、陰謀好きにとってはたまらない設定だ。テスラについてご存じない方はネットで調べて頂くのがよいと思うが、私の頭の中に飛来したのは、デヴィッド・ボウイがテスラを演じた映画があったなぁ・・・ということ。そうだ。あのクリストファー・ノーラン監督の「プレステージ」だ。あれは面白い映画だった。まあともあれ、この謎めいたカルト的人物を、素晴らしき未来の創造者の一人として位置付けるこの「トゥモローランド」、なかなかどうして、子供向きであるわけがない。そのような隠し味を好む人たちには、是非ご覧下さいとお奨めしておこう。


by yokohama7474 | 2015-07-09 00:40 | 映画 | Comments(0)

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よく、メジャーなシネコンで上映していないような映画をどうやって見つけるのですかと訊かれるのだが、答えは簡単。メジャーなシネコンでない映画館で予告編を見ることだ。私の場合、その方法の補完として、とあるサイトで日本で公開される全映画を封切日別に定期的にチェックすることで、監督、出演俳優、そして全体的な雰囲気で見たい作品を絞り、上映が早く打ち切られそうなものに優先順位を置く。あとは時間を作るのみ。そう、この映画を見たときのように、新幹線で移動後、タクシーに飛び乗って劇場に直行、ちょっと走って、なんとか膀胱を緩ませてから席に着くと同時にブザーが鳴り上映開始という、いささかタイトなスケジュールでもこなす必要がある。でも、そんな積み重なりが人生を彩って行くと思えば、タイトスケジュールもまた楽しだ。

この映画、予告編を見て、「これは」と思ったのである。邦題にある通り、86分の上映時間、主人公はひたすら夜のハイウェイを走っている。登場人物はたったの一人、このドライバーのみだ。彼が延々運転中に電話で話を続けるだけという、前代未聞の構成である。このような制約が多いシチュエーションほど制作者のイマジネーションの余地が多くなるわけで、これはきっと面白いだろうと思ったのだった。

私のごく限られた経験だが、英国人は車内で電話をするのを好む。完璧にハンズフリーで電話できる設備を車内に完備し、通勤途中に電話で仕事の話をする。その習慣を持っている英国人を、私は複数人知っている、のみならずそのうちの一人などは、実際に車内で、ニッという満面の笑顔で運転席から後部座席を振り返り、その設備を私に自慢したものだ。な、なぜなのだ、これは。よく分からないが、ともあれこの映画、冒頭、夜のシーンで主人公が右ハンドルの車に乗り込んだと思うと、左側の車線を走り出し、あ、英国の映画かと思う間もなく、そのままいろんな人に電話をかけ始めるのだ!! 恐らく英国人にとっては日常の風景という認識になるものと思う。ところがである。その電話の内容たるや、嗚呼主人公の大ピンチ!! 私生活で、仕事上で、彼の人生は、まさに土俵際徳俵だ。おいおいおい、そんな人生の一大事を電話で話してもよいのか。でも仕方ない。彼はそれらのことを話さないわけにはいかないし、理由があって移動しているわけであり、おまけに、嗚呼なんと不幸なことか、車に電話の設備が完備していると来ている。そうして主人公の人生の危機的瞬間が、夜のハイウェイの中でギリギリときしり始め、観客はそれにつきあわされる羽目になる。なんという迷惑な映画であろう。

でも、これは面白い映画だ。どの人も、それぞれの人生において、あられもないパンツ一丁崖っぷちという瞬間がある。この映画のような極端なシチュエーションでなくとも、そのような危機的瞬間はきっとある。そんな時、この映画の主人公を思い出そうではないか。彼の決意や責任感、いや実はそこには、やぶれかぶれの要素は大いにあるのだが、それでもいいのだ。4文字言葉の連射を浴びせられようと、会社の冷酷な原理に落胆しようと、あるいはわがままな女の態度にムカつこうと、時間はひたすら車とともに前に進み、決して後ろには戻らない。そして、最後はどこかでなんとかなるものなのだ。そういうものなのだ。この映画の 86分間、観客は主人公の遭遇する不幸不運のオンパレードに、「自分じゃなくてよかった」というずるい安堵を覚え、その次の瞬間には自己嫌悪にとらわれる。その繰り返しの末、ラストシーンに、「え、これだけ?」と思いながらも、無事に地面に足が着いている自分に、また新しい安堵を覚えるのだ。なかなかよくできた映画である。

原題の Locke は、主人公のファミリー・ネームである。Ivan Locke (アイヴァン・ロック) というのが主人公の名前。演じるのはトム・ハーディという役者である。あ、今確認すると、なんと、これから見る予定の「マッドマックス 怒りのデスロード」や「チャイルド44」の主演だ。おーそうだったのか。それはそれは。この作品が躍進のきっかけとなったものか。実際ここでの演技は素晴らしく、彼の躍進も頷ける。そうすると、この作品に何かの匂いを感じた自分の直感に、少しは信頼を置きたくなるというもの。

実に手の込んだことには、電話で声だけ登場する人物のうち、アイルランド人という設定の人物 (Donal) だけが本当にアイルランド人で、ほかはみな実際に英国人だ。この電話の会話、多分日本語では映画にならないだろう。あの鼻につく独特のアクセントと、アメリカ英語にはないもったぶった言い回し。人生の崖っぷちを表現する言語としては、British English は適性を持っていると、勝手に納得してしまった私であった。あの満面の笑みで車の電話装備を自慢した英国人よ、願わくば無事に人生の危機を乗り切らんことを。

by yokohama7474 | 2015-07-08 00:03 | 映画 | Comments(0)

田能村竹田 出光美術館

田能村 竹田 (たのむら ちくでん) について私が知っていることは、時に遠近法を取り入れた文人画の大家だということくらいで、細やかな筆致の作品のイメージはそれなりにあるものの、まとめて作品を見る機会には恵まれなかった。今般、画家の没後 180年を記念して、出光美術館で18年ぶりという展覧会が開かれているので、出かけてみた。あとで知ったことには、出光美術館は 200点もの竹田の作品を所蔵しているらしい。今回の出展作は 50点程度だから、これでも 1/4 ということか。大したコレクションだ。
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竹田は、1777年 (安永6年)、今の大分県竹田市に生まれ、1835年 (天保6年) に大阪で亡くなっている。何せ名前が「竹田」だけに、生地の今の地名 (「たけだ」ではなく「たけた」と読むらしい) と関係があるのかと考えてしまうが、どうなのだろうか。藩医の息子だったが、藩の財政難で経済的には苦労したとのこと。作品を見ているとそのようなことはほとんど感じられず、中国、宋伝来の南画 = 文人画の伝統に則って、自然や、その一部であるかのように小さく描かれる文人の姿が、実に粋な印象である。実際に作品を見てみると、全体が大きな曲線を描いていて、写実的ではないものの、山や川の実在感を感じることができるが、細部を仔細に観察するのはなかなかに困難だ。今回、展示品の前のガラスに部分アップの画像が貼られていたため、全体像と細部を比べることができたのはよかった。例えば、出品作で唯一の重要文化財、梅花書屋図の全体像と、その中ほどより少し下の部分に描かれた建物と人物を見て頂こう。
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よく見るとなかなかに人間的である。その人間性を証明するかのように、交友関係も豊かで、頼山陽、浦上玉堂、青木木米、上田秋成ら、その時代を代表する文化人たちと交わったという (儒学者の大塩平八郎とも親交があったと説明文があって驚いたが、調べてみると、平八郎が乱を起こして自害したのは、竹田の没後 2年経ってからのことであった)。竹田の絵に添えられた、何やら難しそうに見える賛の中には、詩情あふれる漢詩もあるが、誰々さんがやってきてこんな話をしたとか、酒を飲んだとか、最近ご無沙汰だとかいうカジュアルな事柄が書いてあることも多く、何やら微笑ましい。今回は、親交のあった青木木米の京焼の幾つかが展示されており、また、竹田が木米を京都に尋ねた際に描いた自分と木米の肖像画もあって、なんともくつろいだ雰囲気があってよい。左が木米、右が竹田。
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「あー、ちょいとね、木米さん」
「なんどす、竹田はん」
「なんだか眠くなってきましたな」
「うむ。そらあかん。気つけに酒でも飲みますかいな」
「いやいや、まだ茶を飲み終わってないでしょ」
「お、せやったせやった。なら、もうちょいこのままで鶯でも聞いてまひょか」
(沈黙)
「ところであなたの名前は、『きごめ』さん?」
「ちゃうちゃう、『もくべい』や。そういうあんたは、『たけだ』さんやね」
「ええっと、そうじゃなくて、『ちくでん』なんで・・・」
(2人、あくび。鶯が一声鳴く)
・・・なんていう感じですかね。

また、竹田はいわゆるモノトーンに近い南画だけの画家ではないことが分かった。結構細かく動植物をスケッチしていており、カラフルなものもある。これらも中国画に範を取ったものであるようだ。
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江戸時代の画家にもいろいろいるが、その多くがユーモラスな個性を持っていることに改めて思い至る。この豊かな文化を大いに楽しみ、大いに誇りたい。そのためには、自由な感性で坦懐に絵を眺めることだ。観る側としても、作り手の自由な精神に少しでも近づきたいと、今回の展覧会でつくづく思ったことである。

by yokohama7474 | 2015-07-07 00:15 | 美術・旅行 | Comments(0)