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もう 4 - 5年前になるだろうか。本屋に平積みになっていたマンガ「進撃の巨人」を見て、面白そうだなぁと思ったのは。その後人気があるのは知っていたが、何せ私は、他人のペースに合わせるのが大嫌い。未だ連載中のマンガの続きを、今か今かと待ちわびるのが嫌で (同様の理由で、テレビの連続ドラマも見ない)、あえてこれまでこのマンガの 1ページすら、開いたことがない。マンガは面白そうだが、デッサンがちょっと未熟な気がしたのも、敬遠したひとつの理由だった。そんなところに、実写で映画化とは、嬉しい知らせだった。

まあ何が面白いって、人間を食糧にする巨人の描写が、なんとも言えず人間の恐怖心を煽る。
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この実写での巨人は、これまたなんともいい味出している。この巨人の実際の映像は、予告編でもほとんど使っていなかったし、ネットで画像検索しても、あまり出てこない。ただ、テレビで車の宣伝に使われていて、なんとも強烈なインパクトだった。映画のプログラムに載っている写真を掲載しよう。いやー、演じている役者の方々、本当にご苦労様です。メッチャ気持ち悪かったですよ (笑)。
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原作者の諫山 創は、1986年生まれというから、まだ 20代だ。なんでも、引きこもりの 19歳だったときに「人食い巨人もの」というジャンルのイメージを描いていたものが、少年マガジンで賞を取ったこの作品に結実したという。原作の展開はいざ知らず、この映画では非常に単純にストーリーが進んで行く。100年以上前に現れた巨人に人類は次々と喰われ、今では 3重の壁に閉ざされた世界に住んでいる。しかし、ある日人間の筋肉の標本のような超巨人に壁を破られ、そこから上の写真のような異様な風体の巨人たちが続々入ってきて、人類を危機に陥れるというもの。

昨今の邦画の予告編など見ていると、核関連施設が危機を迎えるといった設定や、なにがしかの軍隊調の映画によく行き当たるが、正直言って、核の恐怖を世界でいちばん知るはずの日本人が、そんな映画でハラハラドキドキというのは、なんとも説得力がない。それに引き替え、この架空の世界のリアリティはどうだ。人間が本能的に抱く恐怖がここにはある。立ち向かって行くには大変勇気がいる。その思いを観客に抱かせるだけで、この映画の狙いの半分は満たされているのではないだろうか。

人物の描き方は大変あっさりとしている。主人公 (らしい) エレンが、恐怖に怯えて恋人を失うところから、段々に成長して行く過程が描かれて行く (2作目はさらにそうなるのだろう) が、それ以外の人間像はさほど丁寧に描かれない。その点が不満と言えば不満と言えようか。それから、役者も、残念ながら全体的に低調に思われる。巨人退治の達人たるシキシマ役の長谷川 博己は、うーん、ちょっと大人の味が不足。口先先行のジャンを演じる三浦 貴大は、演技過剰。研究者のハンジを演じる石原 さとみは、甲高い声を挙げてがんばっているものの、ミスキャストのそしりは免れまい。そんな中、颯爽としたヒロイン、ミカサを演じた水原 希子は、なかなかの表現力だ。CM であれこれ見かけるモデルさんと思っていたが、何か天性のものがあるように思う。なんでも、父はアメリカ人、母は韓国人で、テキサス州ダラスの生まれとのこと。この面構え、なかなか純粋日本人の女優で見かけることは少ないと思うが、いかがなものであろうか。
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本作のロケは、あの長崎県の軍艦島で行われたらしい。かつて廃墟マニアのメッカと言われた軍艦島も、今や世界遺産。なんともびっくりである。「007 スカイフォール」でもロケ地になっており、まあその荒廃したイメージは、ほかにない雰囲気満点だ。ただ、崩れ行く廃墟であるからこそ人の興味を惹いた場所であるわけで、世界遺産に認定されてしまった今、「保護」する必要が生じてしまった。廃墟をどうやって保護するか。これは難しい問題である。
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この映画、2作目が 9月19日に公開されるとのことで、本作はまず前半ということだが、さてどこまで楽しませてもらえるだろうか。マンガ自体が未だ連載中ということだから、ともあれ途中での区切りというストーリーになるのだろうか。それとも、マンガを離れて全然違うストーリーが展開するのだろうか。マンガの連載にハラハラドキドキしていない私としては、冷静な気分で次を待つことができるのである。ひとつ面白いのは、本作の中で、「巨人には性器がないので生殖方法も不明」とされているが、赤ん坊の巨人も登場することから、なんらかの生殖方法があることは確かなのだ。そのあたりの解明も、次回楽しみにしていますよ。


by yokohama7474 | 2015-08-22 23:52 | 映画 | Comments(0)

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夏休み映画があれこれ封切されていて、とにかくキャッチアップだ!! と言いながら、ターミネーターでも進撃の巨人でもミッション・インポシブルでもジュラシック・ワールドなく、こんなマイナーな映画を見てしまうのが、私のひねくれた性格をよく表している (笑)。確かに、この前に見たアベンジャーズが CG テンコ盛りであったのに対し、ここでは一切そういう要素がなく、まあなんとも古風な映画ではある。でも、視覚に激しい刺激を受けるだけでなく、時々こういう手作りの映画を見たくなるものだ。

私がいつもタイトル欄に、邦題と併せて原題 (英語の映画以外は分かる限り英題。ちなみに本作はフランス映画で、原題はフランス語) を掲載しているのは、邦題の持つニュアンスが原題と異なることがかなり多いという問題意識による。この映画もそうだ。「チャップリンからの贈りもの」・・・うーん、違うと思うなぁ。ここでの主人公たちは、別にチャップリンに対する憧れで犯罪を犯すわけではなく、現実との対峙の中で、自らの決断で行動を起こすのだ。そこに多々人間的な要素があるからと言って、また、映画の結末で病院の治療費が賄われたからといって、何も主人公たちが「贈りもの」を望んでいるわけではない。とはいえ、英題の "Price of Fame" を、「名声の代償」とか「有名であることの価値」とか訳しても仕方ないからなぁ・・・(笑)。やはり日本語ではなかなか難しいものだ。

さて、この映画、1978年にスイスで実際に起こったチャップリンの棺の盗難事件を扱っている。当時私は小学生か中学生だったが、この騒ぎはよく覚えている。亡くなったのが確かクリスマスで、その数か月後に墓場から棺が掘り起こされて何者かが持ち去ったという事件であった。その当時、事件の解決や犯人像について報道があった記憶はないが、「有名人は死んでも大変だなぁ」と思ったことは、はっきりと覚えている。つまり、英題の Price of Fame とは、当時の人々が実際にこの事件に対して抱いた感情を言い当てた言葉なのである。実際の事件の犯人は、ポーランド人とブルガリア人であったが、この映画では、ベルギー人とアルジェリア人に設定を変えてある。東欧の 2人より、白人と有色人種の方が、コントラストもあり、欧州における移民の貧困という問題をより明確に描くことができるという意図であろうか。

この主人公たちは、貧困に耐えかねて、チャップリンの遺体の「誘拐」を行い、身代金を稼ごうとするというストーリーだが、その決意の悲愴さに比較して、主人公たちの行動の描き方には悲愴さはあまりなく、常にどこか人間的なゆるさがあって、観客の微笑を誘う。描かれている現実は実際には悲愴さはあるのだが、映画の意図は、それをリアルに描くことではなく、大真面目であることの可笑しさといった点に焦点を当てている。また、アルジェリア人オスマンには腰を痛めて入院中の妻と、幼い娘がいて、彼が追い込まれて行く過程には、この 2人への愛があるわけだが、その表現の不器用なことに、観客は笑わされながら、ちょっとほろりとさせられるのだ。

作中にはチャップリン作品へのオマージュが幾つか含まれているとのことだが、それよりも何よりも私が感心したのは、屋内、屋外を問わず、スイスのヴヴェイ (レマン湖畔) の澄んだ空気と、そこに住む人たちの確かな息遣いが、これはリアルに描かれていたことであった。雨の中、仕事を終えて帰ってきたオスマンが手をすり合わせたり、ベルギー人エディが、オスマンの娘サミラを連れてレマン湖の遊覧船に乗ったり、あるいはオスマンが脅迫電話をかける前に息を白くしながら公衆電話の前で煙草を吸ったり、そのような仕草や行動に、なんら特別でない人々の確かな生が感じられるのだ。生命賛歌といったような大げさなものではなく、普通の人たちの全く自然な生の姿が心に沁みるという印象。不滅の名声を残したチャップリンとの対比において、「それでも君らが生きていることは素晴らしい」というメッセージであろう。スクリーンでは庶民の姿を演じたチャップリンは現実世界では富豪となり、Price of Fame を払ったということか。尚、本作では実際にチャップリンの旧宅や墓でロケされているとのこと。

ところで、本作に出ているこの女優さんは誰でしょう。サーカスの団員で、エディと恋仲になって彼を道化師にしてしまう役柄だ。決して若くはないが、なかなかいい雰囲気を持っている。
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彼女の名前は、キアラ・マストロヤンニ。ということは、当然マルチェロ・マストロヤンニの娘だろう。では、母親は? なんと、カトリーヌ・ドヌーヴ。2011年のカンヌ映画祭で、こんなツーショットもあったらしい。マストロヤンニとドヌーヴは、結婚はしていなかったようだが。
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このお母さん、ン十年前はこんなだった。
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うーん。Fame があろうがなかろうが、人って年を取るものなのだね、やっぱり (笑)

あ、ひとつ書き忘れかけたことがあって、それは本作の音楽だ。なんとあの、ミシェル・ルグランなのだ。映画音楽史上最も有名な曲のひとつ、「シェルブールの雨傘」で未だ不朽の Fame を誇る作曲家だ。えー、まだ生きていたのという感じだが、1932年生まれ。「シェルブールの雨傘」は 1964年の作で、主演はほかでもない、カトリーヌ・ドヌーヴ。そう、上の写真の映画である。実は私はこの名作を見たことがなく、有名なテーマ曲しか知らないのだが、音楽の使い方はどうだったのだろうか。少なくともこの「チャップリンの贈りもの」における音楽には、正直、納得できない部分が多々あった。監督の意向であるのかもしれないが、もう少し繊細な仕事をする若手を選んだ方がよかったのでは・・・とも思うが、ま、カトリーヌ・ドヌーヴの娘に免じて、大目に見てあげることとしよう。

by yokohama7474 | 2015-08-21 01:14 | 映画 | Comments(0)

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ヨーロッパ旅行で遊び呆けているうちに、日本では既に夏休み映画が続々封切られていたことが判明。よし、頑張ってこれから挽回するぞ!! と決意して最初に見に行ったのがこの映画である。

ご存じない方のために申し上げると、これはマーベル社のアメリカンコミック (いわゆるアメコミ) を原作とするヒーロー物の集大成。なにせ、他の作品では主役を張っている、アイアンマン、キャプテン・アメリカ、マイティー・ソー、ハルクらのヒーローが集結、一致団結して (まあこの作品では内輪もめもあれこれあるのだが) 強大な敵に立ち向かうという物語である。いわば、中トロ・ウニ・イクラ丼みたいなもの。すぐに上映終了してしまうのでは、という危惧に反し、立派に 1ヶ月以上公開中である。

このアベンジャーのシリーズは、これで 11本目とのことだが、私はアイアンマンを 1本も見たことがなく、せいぜい、マイティー・ソーの 2本と、キャプテン・アメリカの 2作目くらいだ。その意味では、ほかの作品での世界観のニュアンスを深く知る立場にはない。なので、開き直って、ゼロから映画を楽しみたいと思った。正直、中トロ、ウニ、イクラのどれかに絞った方が海鮮丼としてはうまいのではないかと思っていたのだが、ある意味、ここまでやってくれれば、なかなかに面白い。丼の中には、中トロ、ウニ、イクラのみならず、キャビア、明太子、くさやも一緒に入っていたのである!! すみません、見ていない人にはワケ分かりませんよね。要するに、アベンジャーズというヒーロー集団だけでなく、明らかな敵、あるいは敵か味方か分からない超人キャラクターがあれこれ出てきて、これがなかなかに楽しいのだ。

それにしても、この映画の豪華な俳優陣はどうだ。主役とみなしてよいのは、アイアンマン役のロバート・ダウニー Jr. であろうが、私はシャーロック・ホームズ・シリーズの彼が大好きで、今回も期待して見たのであるが、期待通りと言うべきか、飄々とした味わいが微笑を誘う。ものすごい動きで敵を攻撃しているときに、アイアンマンスーツの下の彼はあれこれ考えているのだが、それが必ず顔の静止画のアップで、その著しいギャップが笑えるし、散々いろんなものを破壊して九死に一生を得たあとでも、アイアンマンスーツを脱いだあとは、頬の切り傷ひとつなのだ (笑)。これはフィギュアの写真だが、映画の中の本物がもっとずっと軽傷だ。
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まあそれにしても、いろんな映画が次から次へとよくもまあ、地球を絶滅の危機に陥れてくれること。この映画では、アイアンマンの本来の姿である科学者、トニー・スタークが開発した、ウルトロンという機械生命体 (ってなんだろう???) がアベンジャーズに敵対するのだが、相手の正体が最初から分かっている分、ハラハラ感はあまりない。むしろ、ハルクが暴れてビルの建設現場を破壊するシーンで、強烈な煙が舞い立つシーンが、911 のビルの崩壊を思わせて、アメリカの人たちはこれを平気で見ることができたのだろうかと、そっちの方がハラハラしたものだ。その一方、最後に大きなドンデン返しがあるわけでもなく、ある意味安心して見ていられる (?) と言えないこともない。

役者でもう一人気になったのは、あの「ハート・ロッカー」で忘れられない演技を見せてくれた、ホーク・アイ役のジェレミー・レナーだ。
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うーん、「ロード・オブ・ザ・リング」のレゴラス (オーランド・ブルームが演じた) もそうだったが、迫りくる敵の大量の軍勢に対して、弓矢ではどうしても時間がかかりすぎて、敵にやられてしまうだろうと思うのだが・・・。

あとは、やはりブラック・ウィドウ役のスカーレット・ヨハンソン。相変わらず役柄を選ばない女優魂を見せているが、彼女のカッコいい姿をシルエットで写して見せた監督は、なかなかにセンスがあると思う。もうかなりベテランになったかと思いきや、まだ 30そこそこだ。まだまだこれからの活躍に期待。
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それから、最後にこのブログならではの、音楽のこだわりに触れておこう。オリジナル音楽は、今や映画音楽の巨匠となったダニー・エルフマンだが、劇中でベルリーニの歌劇「ノルマ」から、「清らかな女神よ」(通称「カスタ・ディーヴァ」) が使われているシーンがあり、むむ、この太い情念の声は、と思うと、案の定マリア・カラスの録音だった。また、エンド・タイトルによると、現代音楽の巨匠、アルヴォ・ペルトの「ベルリン・ミサ」を使っていた模様。ペルトに関してはちょっとうるさい私も、この曲は聴いたことがない。今度調べてみよう。

いや全く、キャビアや明太子やくさやだけでなく、マロン・グラッセとかティラミスまで入った、なかなか気の利いた映画ですなぁ。でもちょっと、食い合わせ悪そう。うげっ。

by yokohama7474 | 2015-08-20 00:23 | 映画 | Comments(0)

バイロイトでの一週間の滞在を終え、無事日本に帰ってきました。羽田で飛行機を降りた瞬間、サウナに入ったような、熱い空気が全身を包み込む感覚を受け、改めて日本の湿気に驚いた次第。川沿いの自宅でユニクロの派手なステテコなど着てくつろぎながらビールを飲んでいると、日本に帰ってきたという実感が湧きますな。

さて、せっかく初めてバイロイト経験をしたので、少し振り返って総括しておきたい。

現地で購入した英語の薄手のガイドブックによると、この街には 800年の歴史があるが、そのうちの 3回に亘る機会が街を形成したとされている。すなわち、
1. 辺境伯妃ウィルヘルミーネ (1709 - 1758) によるロココ文化の繁栄
2. ジャン・パウル (1763 - 1825) の詩作によるロマン主義の台頭
3. ワーグナー (1813 - 1873) による祝祭音楽祭の開始
である。これらの人物に共通するのは、いずれもほかの街からやって来たということだ。すなわちこの街は、偉大なる世界の中心ではなかったが、外部から来た人たちが独自の文化を発信する起点にはなったということだ。但し、18世紀から 19世紀の頃の交通網はよく分からないが、少なくとも現在、この街が交通至便であるかというと、全くそうではない。私の場合は、ニュルンベルクの空港から代理店手配の車で 1時間以上をかけてバイロイト入りした。音楽祭に参加する人々は、いずれにせよ陸路でかなりの距離を移動しないと、空港に辿り着かない、不便なところだ。だが、かといって、全く何もないところに劇場を作ったのかといえばさにあらず。上記の 1. と 2. があったからこそ、3. が実現したのであろう。実際、バイロイトから鉄道で移動すると、なだらかな丘陵地帯がずっと続いていて、そこに存在している駅の周りには、文字通り何もないのだ。従ってワーグナーは少なくとも、本当に何もない場所には祝祭劇場を建てるという選択はしなかったことになる。

さて、上記 1.については、エルミタージュや新宮殿について触れたので省略するとして、2. について少し書いておきたい。ジャン・パウルである。
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今回バイロイトとその周辺を訪れて、この詩人が現地では未だ深い尊敬を集めていることを知った。エルミタージュに向かうタクシーの中からも、彼にゆかりの場所らしいところを幾つか通ったのである。日本でも主要著作は翻訳されているようだが、創土社なる出版社が全集を発行する予定があったが、全 26巻の予定が、4巻で途絶えてしまった模様。この出版社、幻想文学を中心に、意欲的な出版をしている。ネットとは便利なもので、以下のような情報を見つけた。うーん、いろいろ読んでみたい!!
http://www.green.dti.ne.jp/ed-fuji/column-booksmetamorphas.html

ところでこのジャン・パウルの全集が、ワーグナー旧居、ヴァーンフリートの書棚にもあったのを、もちろん私は見逃しませんでしたよ。先にご紹介したベートーヴェンもそうだが、必ずしもワーグナー自身が読んだとも限らない。だが、ここにあること自体、なんとも興味深い。
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尚、以前もご紹介した、ジャン・パウルが書いた言葉、つまり、「右手に詩の才能を、左手に音楽の才能を」携えた人物の到来を待っているという言葉 (ちなみにこれは、E・T・A・ホフマンの「幻想小品集」に寄せた序文が原典らしい) は、私にとっては実は大変長いつきあいのある言葉であるのだ。クラシック音楽を聴き始めてまもない頃、今から 37-38年くらい前になろうか、神保 璟一郎という人の書いた、「名曲をたずねて」という上下 2巻の文庫本 (大変に懐かしい!) を繰り返し読んで、膨大なレパートリーについてお勉強していたわけであるが、その本のワーグナーの欄に、この言葉が書いてあったのだ。当時の私は、ワーグナーのオペラ全曲は聴いたこともなく、ただ序曲・前奏曲の数々に感動していただけであったが、詩と音楽を対比させるこの言葉のロマン性に、心打たれたものだ。今日、久しぶりにその本を引っ張り出してきて見てみると、この言葉を記した人物が、ジャン・パウルではなく、「詩人リヒテル」と書いてある。これは一体何だろうと思って調べてみて、分かったのだ。ジャン・パウルの本名が、ヨハン・パウル・フリードリヒ・リヒターなのだ!! そして、彼が序文を寄せた E・T・A・ホフマン (1776 - 1822) についてはバンベルクの欄でご紹介したが、この序文を持つ作品は、どうやら「カロ風の幻想小品集」というのが正式名称だ。えっ、これってあの、シューマンの「幻想小曲集」のヒントになった、あれか? そうなのだ。それだけではない。この作品集に含まれている「クライスレリアーナ」も、シューマンがそのままの題名で有名なピアノ曲を書いているではないか。さらにさらに、この題名にあるカロは、有名なフランスの版画家、ジャック・カロ (1592 - 1635) のことだろう。ここで連想されるのは、マーラーがジャン・パウルの小説に影響されて書いた交響曲第 1番「巨人」の第 3楽章は、「カロ風の葬送行進曲」だ。ヒントになったのは、以下のようなカロの版画だ。
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こうして見てくると、ロマン主義の潮流の中で、絵画、文学、音楽がお互いに密接に関連していることが分かる。本当に面白いし、知るほどに自分の無知に思い至る。

さて、ワーグナーである。辺鄙であっても文化的な伝統のあるバイロイトを、自らの祝祭を執り行う場所として選んだわけであるが、もしかすると、上記のジャン・パウルの言葉を知っていて、あえてこの場所を選んだのではないか。ちょっと調べた範囲ではそのような説は見当たらなかったが、したたかな彼であれば、可能性はあるような気がする。いずれにせよ、歴史の荒波に耐えて、この音楽祭は継続している。ただ、例のド M 論に戻ると、あの環境であの音楽を聴きたいと思う人は、やはり少しその性向があるのかもしれない。例えばストラヴィンスキーはその自伝で、バイロイトのことを散々にけなしていた記憶があるし、小林 秀雄も、バイロイト体験を苦々しく書いている。合わない人には決定的に合わないのだろう。実は今般、現地に行って気づいたことには、国際的な観客が集まっているとはいえ、ドイツ語を耳にする機会が予想以上に多かった。メルケル首相もバイロイトが大好きだという。ということは、ワーグナーを好きな人の多くは、ドイツ人自身であるということだ。ド M 性とそのことに、少し関係があるような気もするが、いかがであろうか。ドイツ人は勤勉ではあるものの、少し極端に走る傾向がある。もちろん、端的な例はナチということになろうが、この超右翼政党、よく知られている通り、正式名称は「国家社会主義ドイツ労働者党」である。極左が極右になってしまうこの矛盾。もちろん、あまりに紋切型の決めつけをする意図はないが、ナチとの関連云々の前に、もともとワーグナーの作品の中に、いわゆるドイツ的なものの根源が含まれていることは事実であって、それをいかに受け止めるかという態度が問われているのであろう。なかなかに難しい問題である。

話題が堅くなったので、がらっと変えてみよう。バイロイト音楽祭の幕間の食事についてだ。先にレストランを予約して高価なチキンを食べたことは記事に書いたが、実は、隣のカフェテリアでは、もっとカジュアルなものも食べられるのだ。例えばこれ。
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フェスティヴァル・ソーセージという名前で、お値段は 5.5ユーロ。レストランのチキンは 35ユーロだから、これが 6つは食べられる計算だ !! これはお得です。また、この女性が作っているものはなんでしょう。
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答えは焼きそば。野菜入り 7ユーロ。そこにエビを入れても 8ユーロだ。まあお味はそこそこですが。
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ちなみに、街中には日本料理屋もあって、メニューはドイツ語だが、ちゃんと日本語のできる女将さんがいて、長期滞在には重宝する。鮭とトンカツ弁当に、キリンビールを飲んで、確か 20 ユーロくらいだったか。
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それから、街中の小さなショッピングモールのようなところで、ギャラリーを見つけた。女流アーティストがワーグナーを素材に制作した風刺的な作品を販売している。店の番をしていたオジサンは、最近ワーグナーについての本も書いたとのことで、少し立ち話してみた。
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なんでも、友人のお嬢さんが合唱団のメンバーで、一般には公開されない通し稽古 (ゲネラル・プローベ、略してゲネプロ) を何度も見ているという。「指環を見に来たのか」と訊かれたので、「そうなんだけど、音楽は素晴らしいのに、演出が最低で」と答えると、「全くその通り。ジークフリートがカラシニコフ銃でファフナーを殺すなんてありえない」と、大声で笑う。今回の演出は概して、信じられないくらい歌手に動き (舞台の最上部まで、ほぼ垂直のハシゴを何本か使って登っていく等) を強要するもので、それぞれの歌手の苦労が思いやられたが、以前の記事にも書いた通り、「ヨハン・ボータ (ジークムント) だけは体が重すぎて、だから『ワルキューレ』だけ動きが少ない舞台だったんだよ」と言っていた。

このように街中でワーグナーの話をするのは楽しいものだが、実はこのバイロイト、市街地のいろんなところでワーグナーの彫像に出会うことになる。生誕 200年の 2013年に設置されたものである模様。
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そして、台座の部分に、かつてバイロイトで活躍した歌手の紹介が。これは日本でも人気のあったハンス・ホッターだ。
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ところがである。よく見るとこれらのワーグナー像、全然掃除されていないらしく、蜘蛛の巣張り放題だ!!
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ほかの場所の像では、蜘蛛まで見ることができた。
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これはちょっと複雑な気分である。この像、私が泊まっていたホテルにも飾ってあって、これなら屋内だから蜘蛛の心配はないはず (笑)。実はこれ、500ユーロで販売もしているらしく、ちょっと考えたが、狭い自宅には置く場所がないので、泣く泣く購入を断念した。外に置くと、蜘蛛の巣張りますしね。
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ホテルのすぐ近くを、気持ちのよい小川が流れていた。どうやら赤マイン川というらしく、白マイン川と並んで、大河マイン川の源流であるそうだ。郊外の宮殿、エルミタージュは、この川の流れをうまく利用しているらしい。
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ということで、不愉快な演出は、それはそれとしていろいろ考えるヒントを与えてくれたし、この街の歴史や佇まいからも、多くのことを知ったり感じたりすることができた。今度行くとしたら、そうですなぁ、ザルツブルク音楽祭で一週間過ごし、バイロイトには 1演目見るために立ち寄る程度がいいかもしれない (笑)。飽くまで個人の感想なので、ご参考まで。

by yokohama7474 | 2015-08-17 00:04 | 旅行 | Comments(0)

今回のバイロイトでの滞在も、いよいよこのオペラ鑑賞で最後となった。「ニーゲルングの指環」大詰めの、「神々の黄昏」である。

ここで何度も同じことを繰り返しても本当に詮無いことと知りながら、やはり私は言いたい。ある程度前衛的な演出でト書きやもともとの台本の設定を変えることはあってもよいだろう。しかしながら、オペラの場合はどんな演出をしようが、音楽だけは変えられないのだから、その音楽で表されている事象のうち、ストーリーの根幹に関わるものは所与のものと考えるべきであろう。また、読み替えをして斬新な演出をする場合、演出家の意図を観客が容易に読み取れる (たとえ感覚的でもよいので) ようにしなければならない。なぜなら、CD や映画と違い、オペラの場合は同じ演出を繰り返し実体験することは容易にはできないし、ましてやワーグナーの大作をバイロイトのような特別な環境で見ることは、普通の人はそうそうある機会ではない。わざわざこんなに、コスト面でも大きなリスクがあって、実際の上演にも多くの制約のあるオペラなどより、自分のやりたいようにできる演劇か映画を、表現手段として選べばよいのだ。なので、もし、「観客のレヴェルが低いからオレの意図を一度で理解できないのだ」ということを考えるようなら、オペラの演出などやめた方がよい。もっとも、今回の演出家、フランク・カストルフが実際にどんな考え方の人で、どんなことを語っているのか、不勉強にして知らない。少しは誠実な物言いのできる人なのであろうか。

さて、このカストルフ版「神々の黄昏」で、ワーグナーの原作と異なる主要点は以下の通りだ。
・ハーゲンはジークフリートを背後から槍で刺すのではなく、金属バットで正面から殴り殺す。
・大詰め、火事らしきものは起こるものの、水がすべてを押し流すのではなく、ハーゲンが本物の火に向かって淋しげに両手をかざす焚き火 (って、オイオイ!!) をするところで幕となる。
その他、ジークフリートが殺される前にラインの乙女のうちのひとりと車の上で情事に至る点なども、見ていてなんとも不愉快な気分になった。そんなことをすると、主人公に感情移入できず、悲劇が成り立たないではないか。

ついでに前作、「ジークフリート」での同様の点については以下の通り。
・ジークフリートはノートゥングを鍛えるのではなくカラシニコフ銃を組み立て、当然剣を振るって鉄床を叩き切ることはない。
・ジークフリートは森の小鳥 (というより、見かけは夜の蝶だ) の誘惑を受け、ブリュンヒルデと出会う前に鳥と交わる。
・ジークフリートはファフナーを殺すのに、ノートゥングを使うのではなく、カラシニコフ銃で銃殺する (しかも音楽をかき消す大きな発砲音あり)
・ファフナー登場と同時に、大蛇というか、ワニが数匹出て来るが、ファフナーが死んだあと、大詰めでもワニが集団で登場する。なに、あのワニ?
・ジークフリートはミーメを殺すのに、ノートゥングを使うのではなく、ナイフを使って街のチンピラ風に何度も刺す。
・エルダはさすらい人 (ヴォータン) に対して突然オーラルサービスをする (さすがのワーグナーも、そんなシーンは考えもしなかったはず!! 爆笑)。
・大詰め、ブリュンヒルデを目覚めさせて愛を高らかに歌いながらもジークフリートは、森の小鳥を捕まえて屋外でコトに至る。

あーもう、書いていてまたムカついて来た。このうちの幾つかは、見ながら最初は少し笑っていたものもある。しかし、その笑いは凍り付くのが常であった。上記のうちのいくつが、演出上どうしても必要なポイントなのだろうか。私には、ただ原作を曲げることに汲々としているとしか思えない。ワーグナーにはナチ問題が関係するから、とにかくなんでもかんでも否定しようというのか? そんなことは、自分ひとりでおやり下さい。大枚はたいて日本から来た我々が、どんなに深くがっかりするか。いや、日本人だけでなく、ヨーロッパ人でも米国人でも同じこと。過激な表現を使っても、それが 4作の中で織り成すメッセージの一部を必然的に構成するならともかく、今回は 4作を通じて時間的な発展もないし、各楽劇間の演出テーマの共通性も感じられない。追って記事を書く予定の、バイロイトの街中で出会ったオジサンは、「ヨハン・ボータはデカいだろ。だから派手に動けない。なので、『ワルキューレ』だけは動きの少ない演出なんだよ」と笑いながら呆れていた。そういうこと? 演出家のメッセージは一体どこにあるのだろう。

ただ、フェアに言うと、今日の「神々の黄昏」で、ハーゲンがジークフリート殺害の決意を固め、グンターが懊悩する場面などに、演劇的なドラマ性が相当あったことは認めよう。でも、それ以外で理解不能が多すぎる!!

この演出を見ていると、段々歌手の出来もよく分からなくなってくる。ただペトレンコ率いるオーケストラだけが、相変わらず壮絶な音で鳴っていた。この劇場の場合、オケの人は舞台を見ることができないから幸せだ。舞台を見てしまったら、あんな音はきっと出せなくなってしまうだろう。終演後舞台に上がってきたオケの面々。やはり皆さんカジュアルな格好だが、充実したいい顔だ。演出家はカーテンコールには参加しなかったので、ブーの嵐が飛ぶことはなかった。
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それから、最初の 2作に合わせ、後半 2作のキャストの写真も貼っておこう。
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ところで、今日の終演後、私がバイロイトに来て一週間で、ようやく初めて雨が降っていて少し驚いたが、きっと天の神が、「おいおい、このオペラは最後は洪水で終わるんだよ。なに焚き火して終わってんだよ。しょうがない、ワシが雨を降らせて、ちゃんと結末をつけてやろう」ということで、恵みの雨をふるまってくれたに違いない。焚き火して終わる「神々の黄昏」、ありえないでしょう???

バイロイト滞在の総括は追って記事にします。

by yokohama7474 | 2015-08-15 11:10 | 音楽 (Live) | Comments(2)

昨日、誕生日ということで痛飲したのだが、実質的には今回の旅行で出かけることができる最終日に当たったため、二日酔いをおして、頑張ってバンベルクに行って来た。バイロイトからだと、地図で見るとニュルンベルクよりも近そうだが、こちらの方が時間がかかったように思う。いずれにせよ、列車で所用 70分程度と、お手軽なエクスカーションだ。

今回は、バンベルク滞在が 3時間程度と短かったこともあり、街を見つくしたわけではないので、あまり無駄口を叩かずに、この世界遺産都市の風景や文化遺産の写真をお楽しみ頂きたいと思う。

このバンベルクという街、音楽愛好家にとってはもちろん、ドイツの素朴な味わいを残す名オーケストラ、バンベルク交響楽団でおなじみだ。もともとチェコからドイツに逃れた音楽家が結成したオーケストラだ。やはり土地柄として、チェコとの国境から近いということは、自然環境もチェコと似通ったところもあるのかもしれない。戦災に遭っていないらしく、中世の雰囲気を色濃く残した大変美しい街だ。歴史的には、領主司教と呼ばれる、いわゆる司教を君主とする制度を取り、実際にこの街には司教が君臨したが、街の基礎を築いたのは 11世紀初頭の神聖ローマ皇帝、ハインリヒ 2世だ。

駅から歩くこと 10分程度。レグニッツ川の豊かな流れに驚かされる。そこに立ち並ぶ家々。
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16世紀に建造された旧市庁舎が立っているが、なんと川の中州にあるのだ。これはちょっと見たことないですな。
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このあたりからあちこちに古い家が立ち並ぶ小道が伸びる。この家なんて、やはり 400-500年くらい経っていそうだけども、そこに雑貨屋さんが入っているのも、なんともオシャレ。
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石畳の道が少しずつ上りとなって、ついに大聖堂及び、新宮殿 (ノイエ・レジデンツ) の前に出る。
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まずは大聖堂に入ってみる。街の基礎を築いたハインリヒ 2世の時代には既に工事が始まっていたらしいが、その後火災などがあり、現在の建物は 13世紀の建造。ちょうどロマネスクからゴジックに移行する時代で、建築様式には両様式の混在が見られるという。
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この聖堂の中に、「バンベルクの騎士」と呼ばれる彫刻がある。13世紀初頭の作と言われているが、これだけの堂々たる作品であるにも関わらず、作者名も誰の像なのかも、未だ不明とのこと。いやー、凛々しいお姿です。
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そして目を引くのが、皇帝ハイリンヒ 2世とおの奥方の棺。亡くなった時代よりも後に作られた棺らしいが、生前の業績も側面に彫刻され、このお 2人がいかに人々に慕われていたかがよく分かる。
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ここの部分はロマネスク風の素朴な感じ。
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奥の方の向かって左側に、素晴らしい木彫りの彫刻がある。テーマはキリストの生誕で、1523年、ニュルンベルクの彫刻家、ファイト・シュトースの作品。先の記事でご紹介した、ニュルンベルクの聖ロレンツ教会にかかっている素晴らしいレリーフも彼の作品だった。調べてみると、ポーランドのクラクフの教会にも作品があって、それはゴシック期の祭壇彫刻としてヨーロッパ最大だとか。行ってみたいものです。
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また、次は隣で英語のガイドが説明しているのを聞きとがめて発見したちょっと珍しいもので、現地で購入したガイドブックにも載っていない。これです。
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これは、高い天井に描いてあるもので、どうみても悪魔のようだ。ほかにももうひとつあったが、そちらは光の加減でどうしても写真を写すことができなかった。これ、戯画のようにも見えるし、普通教会の天井に、こういう絵が描かないでしょう。なので、上から天井画を描くことを前提として、手すさびで絵師が描いた落書きではないのか。日本でも、唐招提寺に似たような例があるし、もしそうだとすると、中世の人々の生きた姿が、鮮やかに甦ってくる、なかなかに貴重な例だ。ガイドブックに載っていないこういう発見をすると、少し得をしたようで、嬉しくなる。

さて、次に大聖堂のすぐ前にある新宮殿を見てみよう。16世紀後半から造営されたもの。なかなか立派な建物だ。
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中もかなり広く、絵画のギャラリーは個々人で見るが、宮殿内はツアーに参加する。この手の宮殿のギャラリーは通常、あまりレヴェルが高くないので、ガランとした展示室をツカツカと歩いて行ったが、奥の部屋で足が停まった。なんとここにも、ハンス・バルデュンク・グリーンやクラナッハがあるではないか!! 素晴らしい!! これまた、お得な気分にさせてくれます。
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宮殿内のツアーで最初に通されるのが、皇帝の広間。絢爛たる色使いで、豪華に仕上げられている。ただ天井は充分高くないため、だまし絵 (トロンプルイユ) の手法で上階部分が描いてある。壁には主要な神聖ローマ皇帝の姿が描いてあるが、ここでも最初に描かれているのは、ハインリヒ 2世だ。
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さてその後も古い町並みをぶらぶらしながら、もう 1つ、どうしても行きたい場所があった。それは、E・T・A・ホフマン (イー・ティー・エーではなく、ドイツ語で、エ・テー・アーと正確に読みましょう。Ernst Theodor Amadeus のことらしい) の旧居である。E・T・A・ホフマンは、ドイツロマン主義の幻想作家として知られているが、実は結構多才な人で、ここバンベルクでは、劇場の指揮者として雇われたらしい (名前の A はアマデウス、つまりモーツァルトの名前から取っているわけだ)。ただ、今は博物館になっているその旧居は、なんとも小さなものだ。しかも、どうやら、15時から 17時までしか開館していない模様。えぇー、イタリアではあるまいし、ここはドイツなんだから、もっと働こうよー。因みに、この旧居のすぐ近くに、彼の名を冠した新しい劇場があった。ホフマンのバンベルク時代は、あまり恵まれていなかったようであるが、それでも後世の人たちがこうして彼を顕彰するというのは、素晴らしいことだ。だけど、もっと博物館、開けようよ (笑)。
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さて、このあたりで時間切れとなり、バイロイトに戻ったが、まだまだ街の雰囲気も味わいたいし、見たいところも沢山ある。できれば近い将来での再訪を期して、この素晴らしい街を離れたのでありました。


by yokohama7474 | 2015-08-15 10:12 | 美術・旅行 | Comments(0)

いきなり個人的な話で恐縮だが、まあそもそもブログなんて個人的なことをダラダラ書きつづるものだし、個人的なことを書いて何が悪いと開き直る手もあるのだが、最近、日によっては 3ケタのびっくりするような数のアクセスがあることもあり、一応世界の片隅であれこれ無責任にわめいていることがいろんな人に見られてしまうことを考えると、やはり少し断った方がよいかと思ったりもするのだが、要するに、2015年 8月13日は、私の 50回目の誕生日であったのだ。実は今回、バイロイトに行きたいと思ったのも、この人生の折り返し点 (もっと来ているって 笑) で、究極のド M 体験をしてみるのも何か新しい発見があってよいのではないか、ということもきっかけのひとつであった。何はともあれ、家族友人上司部下、先輩後輩、恩師 (ってあまりいませんが)、その他ご縁のあった皆々様に感謝して、これからも精進して参ります。

というわけで、8月13日である。今から 139年前のこの日、1876年 8月13日に、ここバイロイトで何が起こったかご存じでしょうか。実は、ルートヴィヒ 2世臨席のもと、ハンス・リヒターの指揮で「指環」の全曲初演の、まずは「ラインの黄金」が演奏された日なのだ。やはり私は、生まれながらにして指環と何らかのご縁があったのだ!! 因みに今調べてみると、この初演には、リストはもちろん、ブルックナーやチャイコフスキーも聴衆の中にいたらしい。ブルックナーがワーグナーの心酔者であることは周知だが、チャイコフスキーとワーグナー、また、チャイコフスキーとブルックナーなんて、言葉を交わしたのだろうか。

さて、今回は私の 50歳を記念して、バイロイト音楽祭が特別に新プロジェクトを用意してくれた (わけない)。現在の音楽祭総監督のひとり、カタリーナ・ワーグナー (御大ワーグナーのひ孫で、前総監督のウォルフガンク・ワーグナーの娘) が新演出した、「トリスタンとイゾルデ」だ。1978年生まれと、まだ若いカタリーナさんだ。
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そしてなんといっても、指揮が今や中堅の超カリスマとして押しも押されぬ地位を獲得した、クリスティアン・ティーレマン。
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今年のバイロイトでも抜群の人気を誇る公演で、チケットの争奪戦となった模様。そんな中、代理店が頑張って確保してくれたのは、なんとなんと、かぶりつきの席だ。正真正銘、最前列だ。最高の誕生日プレゼントになりました。ただ、バイロイトのチケットは記名式で、私のもらったものには、ザールブリュッケンに住むなんとかミューラーなんとかさんの名前が入っている。まあ、どうひいきめに見ても、私はザールブリュッケンのなんとかミューラーさんには見えないので (笑)、ちょっと緊張したものの、全く問題なかった。当然チケットの合法的な流通市場のある国なので、問題はあるわけないのだが、バイロイトはちょっとうるさいという話を聞いたことがあったので、若干の心配はあったものの、杞憂でした。

泊っているホテルの近所に映画館があって、この公演のポスターが貼ってある。どうやら、いわゆるライヴ・ビューイングで、劇場でリアルタイムで見られたようだ。確か、上映時間「360分」と書いてあったはず。さすがにこの長いオペラも、正味 6時間はなく、うち 2時間は休憩だ。でも実際、16時に始まって 22 時頃の終了だったのだが、映画館にいる人は、休憩の間どうしているのでしょうか。以下は恐らく、インターネット中継の宣伝でしょうか。
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まずは最前列ということで、オーケストラピットがどうなっているかをまじまじと観察。オケ自体は舞台下の穴倉のようなところに入っているが、客席に面して、かなり高さのある土饅頭のような形状の覆いがあって、それがゆえに、指揮者の姿も客席から全く見えないようになっている。そして、今回目撃できたことには、楽団員も (そして、モニターを見た人によると、指揮者も) T シャツ、短パンというラフな格好での演奏だ。そうでないと、暑さで参ってしまいますな。ピンボケながら、少しイメージを持ってもらえれば。
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同じツアーに参加している人たちも、「指環」の演出のあまりのひどさに、この「トリスタン」に期待する声が大きく、私も全く同感だったのである。

今回は趣向を変えて、3つの幕それぞれの舞台装置と、そこでの登場人物たちの動きからご紹介しよう。まず第 1幕は、垂直性を強調した可動式階段の組み合わせ。
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一見してエッシャーを連想したが、プログラムにはピラネージの牢獄の絵が記載されている。なるほど、それならそれで、迷宮のイメージとして、よいではありませんか。私はピラネージは大好きで、以前、マルグリット・ユルスナールの「ピラネージの黒い脳髄」など喜んで読んだことがある。まさか、「ピラネージなんて知らねーじ」とは言わせません。有名です。
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この第 1幕では、トリスタンとイソルデは青い服、それぞれのおつきであるクルヴェナルとブランゲーネは茶色か緑系の服という色合いで、4者があちこち動き回る。ただこれが、例の「指環」の演出ほどではないが、若干うるさい感じが否めない。また、この演出の特色は、主役 2人は、最初から明らかに愛し合っていて、あろうことか、薬を飲む前から抱き合ってチュッチュするのである。おいこら、まだ早いだろ、と思っていると、毒 (= 実は媚薬) を飲むはずのシーンは、これだ。
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おいおいおい、こぼしてどうするよ。もったいないなぁ。要するにこの二人、死ぬつもりが惚れ合う仲になるという本来の設定を離れ、自分たちの意志で愛を貫こうとするらしい。そのような設定変更によって、何か劇的な説得力ありますかね。ロマン性が薄れて、私はあまり好きではないですけどね。ま、「指環」に比べたらこのくらい、まだかわいいものだ。因みにこの日の演奏では、鳥だかコウモリだかがステージに紛れ込んでいて、時折舞台の上の方を横断するなど、偶然とはいえ、なかなか面白い効果があった。

第 2幕がまたユニーク。高い塀に囲まれた、どうやらこれも別種の獄のような場所で、上から監視されている中、トリスタンとクルヴェナル、イゾルデとブランゲーネがぶち込まれてくる。舞台上には、以下のような、何やら駅の近くの自転車置き場 (笑) のような金属の半円が。
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これが立ち上がったり、肋骨の部分が開いたりと、あれこれ動いて、例えばこんなふうに。
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うーん、これは何を表しているのだろう。この第 2幕、ひたすら夜の静謐で濃密な音楽が続くので、あまり小細工は必要ないように思った。因みにマルケ王はこんな人。
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そして第 3幕は、全編紗幕を下ろしたまま、非常に薄暗いシーンに終始する。そしてイゾルデを待つトリスタンの前に、このような幻想のイゾルデが三角形の中に次々現れる。
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あるイゾルデは、自分で首をもいだり、またほかのイゾルデは、全身が溶けてしまったり、あるいは顔から血を流したりと、これでもかとばかりトリスタンの抱くイゾルデのイメージが崩れて行く。ただこれも、一体どんなメッセージが込められているのか、今一つピンと来ない。そして最後、息絶えたトリスタンがストレッチャーのようなものに乗せられているのに、それを抱き起して、死体と並んで座って「愛の死」を歌うのだ。
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私には頑迷で乱暴なひとつの持論があって、オペラの演出家で紗幕を多用する人は、才能がないということなのだ。それはそうではないか。演出家には無限のパレットが与えられているのに、ただ薄暗くしたいというだけで紗幕を使うなんて、安易すぎる。ごく一部ならともかく、1幕を通してそれをやられると、観客は白けてしまう。実は日本にも紗幕を多用する演出家がいて、その人の舞台を何度か見たことで確立した持論である。今回、久しぶりにそれをやられてしまった。

そもそもオペラの演出とは、そんなに奇抜なことを考えなければならない業務だろうか。バイロイトの場合は、いろんなくびきの中での活動ということになるので、勢い奇をてらった演出になるのか。それとも、この程度では、奇をてらっているとは言えないのだろうか。

純粋に音楽面だけを見ると、やはり瞠目すべき演奏であったことは間違いない。オーケストラに至近の席であったため、足元に音による振動が伝わってきて、興奮した。ティーレマンの指揮はやはり只者ではなく、滔々と音が流れる中にもあれこれと起伏があって、大きな生き物のようなオケを自在に操る魔術師さながらの手腕であった。

主役 2人は、かなりの高水準を示したと思う。トリスタンのスティーヴン (ステファン?)・グールドは、ワーグナー歌いとして活躍の場を広げているが、そういえば新国立劇場での大野和士指揮の鬼気迫る演奏でも、トリスタンを歌っていた。今回も安定した歌唱であったと思う。一方のイゾルデ、エヴリン・ヘルリツィオスも、実は昨年の新国立劇場で飯守泰次郎新音楽監督が名刺代わりの一発で上演した「パルシファル」で、クンドリを歌っていた。クンドリはかなりよかったと思ったが、今回のトリスタンでは、ここぞというときに強い声は聴けたが、ややむらのある感じも否めなかった。それにしても東京は、バイロイトで歌う歌手が練習 (?) として歌う場なのだろうか。なんであれ、上り坂の歌手たちが東京で歌う機会が増えていることに感心する。ただ、とは言っても、同じ演奏家を聴くにも、やはりヨーロッパで聴くことには違った価値があるものだ。かぶりつきでカーテンコールを見ながら、日本とヨーロッパの実際の距離について、ぼんやりと考えていた。あ、それから、指揮者は T シャツ短パンだったはずなのに、いつ着替えたのか・・・ということ。
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ともあれ、結論は、課題は多々あれども、なかなかに凝った演出で、とてつもないオーケストラの音ともども、聴衆としてのよい経験となった。思い出に残る誕生日となった。


by yokohama7474 | 2015-08-15 08:29 | 音楽 (Live) | Comments(4)

「ニーベルングの指環」4部作のうちの 3作目、「ジークフリート」。正直に言おう。この公演の演出は、私がこれまでに見たオペラの演出の中で、文句なしに最悪のものだ。何がどうおかしいかを細かく書いてみようかと思ったが、やめておこう。私はこの演出、間違っていると思う。吐き気がする。前にも書いたが、こんなことをするくらいなら、オペラの演出なんてしないで、オリジナルの芝居の脚本を自分で書くか、映画でも作ればよい。終演後のブーイングも大変なものであり、聴衆の総意は明らかであるように思われる。ただこの種の演出家は、そんな悪評は一切意に介さない強靭さを持っているのが通常だが、さて、一体本人は、この演出に意義を見出しているのであろうか。「オレの演出、すげーだろー」などと思っているのだろうか。一度訊いてみたいものだ。パトリス・シェローとピエール・ブーレーズがバイロイトでこの「指環」を演奏したときにも大変なブーだったと聞いているが、当初から高く評価する声はあったし、今では伝説的公演となっている。それに引き換え、この演出はそうはならないだろう。どなたか、賭けをしませんか。

但し、ペトレンコの音楽の表現力だけは相変わらず凄まじく、大詰めでブリュンヒルデが目覚める前の音楽の高まりと、そこから持続した濃密な時間は大変なもの。ジークフリートのシュテファン・フィンケと、(「ワルキューレ」ではそれほど印象に残らなかった) ブリュンヒルデのキャサリン・フォスターの 2人も圧巻であった。

画像なしに悪口だけでは淋しいので、一応本作の舞台写真を使った現地発行の雑誌の表紙を掲載しておく。マルクス、レーニン、スターリン、毛沢東。なんですかねこれは。
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by yokohama7474 | 2015-08-13 08:19 | 音楽 (Live) | Comments(0)

バイロイト滞在 4日目。現地で購入した英語のガイド小冊子を見て、行き先を決める。但し、昨日はオペラがなかったのでニュルンベルクで体力と気力の限界に挑戦したが、今日はそうはいかない。夜の「ジークフリート」に備えて、あまり無理はできない。ということで、街中から少し離れたエルミタージュと、街中でまだ行っていない新宮殿をメインとすることに決めた。

エルミタージュとは、サンクトペテルブルクの有名な美術館で知られる通り、庵とか隠れ家といった意味のある言葉。ここバイロイトにある同名の宮殿は、現地で購入した小冊子によると、18世紀初頭の辺境伯、ゲオルク・ウィルヘルムが 1715年に造営を始め、その後プロイセンの有名なフリードリヒ大王の姉、ウィルヘルミーネ (1709 - 1758) が当地のフリードリヒ辺境伯に嫁入りして、この宮殿を自由に使ってもよいとの許可を得て、大々的に造営したもの。バイロイト市街に新宮殿 (後述) が造営されると、それとの対比で旧宮殿とも呼ばれたらしい。これがウィルヘルミーネ妃。あんまりうまい絵ではないですが (笑)。
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因みにこのエルミタージュ、航空写真は以下の通り。かなり広大な土地だ。市街地からはバスで 15分ほど。
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この宮殿の造営は、まさにヴェルサイユ宮殿とほぼ同時期。ヨーロッパでは絶対王政の時代。美術では、ロココの時代だ。まあ、ドイツのヴェルサイユとまでは言わないまでも、ちょっと近いイメージあるでしょ。まあもちろん、豪華さにかけては勝負にはならないけれど・・・。
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また、この時代によくある、人工的に作られた廃墟やローマ式屋外劇場もある。
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さて、宮殿内はガイドツアーでのみの入場。所要時間は 45分で、私が訪れたときはドイツ語ツアーしかなかったが、まあやむない。
宮殿内にはいろいろ面白いところがあるが、極め付きは、これまたこの時代に流行ったグロッタ (人工的な洞窟) の中の仕掛け噴水だ。案内人が、まずはそのまま水を出すと、いかにも涼しげで、炎暑のことでもあるからお客は皆大喜び。その後、水の噴出口に被せ物をして、いろんな形を見せ、ときに水量を増してお客に水がかかるようにする。ザルツブルク近郊のヘルブルン宮殿を思い出した。
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宮殿内は、さほど豪華ではないが、いろいろ部屋があって、中でも面白いのは日本の間。こんな感じなのだが、ちょっと日光東照宮あたりを思わせると言えなくもないし、建物の描き方はそれなりに頑張っているが、題材はほぼ中国だ。もっとも、「太平洋に浮かぶ明太子形の国」と思われていたわけなので、しょうがないのでしょうが。
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帰りがけに、温室に付随する「太陽神殿」なる建物をまじまじと見る。てっぺんにアポロン像を冠しているが、これもグロッタ様の作り。なかなか面白い。

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さてそれから市内にとって返し、新宮殿へ。こちらもいろいろ部屋があるが、突飛なものは (ここでもやはり) グロッタくらいしかなく、まあ通常の宮殿という感じ。エルミタージュの方がユニークで見応えがあったなぁ。ここでは、ギャラリー、18世紀の食器の展示、2階の広間の写真を掲載しておきましょう。
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さて実は、この新宮殿は、むしろ建物を出てからの方が素晴らしい。背後一体に広がる広大な庭園 (Hofgarten) が、なんとも穏やかな気分になれる場所なのだ。この庭園、例のワーグナーの旧居、ヴァーンフリートのすぐ裏に展開していて、ワーグナーもよく散策を楽しみ、最後の作品「パルシファル」の構想を練ったとか。宮殿から庭園に続く門。夏の光があふれています。また、噴水彫刻もいい雰囲気です。
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さて、ここから、通常の日本のガイドブックには記載されていないだろう博物館に行きます。それは、フリーメーソン博物館。あの秘密結社のフリーメーソンだ。なぜこんなところにあるのか知らないが、ドイツで唯一のフリーメーソンについての博物館だそうだ。宮殿から Hofgarten に入り、ヴァーンフリートまでの距離の半分くらいの距離、向かって左手に存在している。こんな建物だ。
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入り口の上を見ると、おお、フリーメーソンの象徴、石工の記号が。
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なにか近づきがたい雰囲気。呼び鈴を押せと書いてあるので押してみたが、なかなか人が出てこない。しばらくしてあきらめよう (ちょっとほっとしながら 笑) とすると、音もなく扉がすっと開き、金髪碧眼の青年 (確かマントを着ていたかな?) が出て来て、何やらドイツ語で無愛想にボソボソ話しかけてくる。あぁ、違います違います。フリーメーソンが世界を裏で操る組織だなんて、そんな陰謀論、ちょっと面白いから少しかじっていますが、本気でそんなこと信じているわけないじゃないですか。だから勘弁して下さいよ、そんな青い目で冷たく見ないで下さいよ。本を何冊か、うーん、多分 10冊くらい、持っているだけで・・・。ひえー、寄らないでー!! と心の中で喚いていると、むこうも怪訝な顔をする。落ち着いてよーく聞いてみると、「ツヴァイ・オイロ」、つまり、「2ユーロです」と、入場料のことを言っていただけだったのだ。あぁ、冷や汗かいた。

展示品はユニークで、フリーメーソンの由来や、古い文書など。また、勲章がズラリ。なぜか大きな柱時計が For Sale となっていた。どこかに仕掛けがあって、コードを解読すると、世界が驚愕するような重要文書が出て来るのであろうか。でも、値段の表示がないけど、一体幾らなのよ。
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建物を出て帰ろうとすると、敷地内に何やら墓地のようなところが。うーん、この丸とか三角とか、まさかこの人たちの Remains もそういう形になっているんじゃないだろなぁ・・・。
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知られざるバイロイトの名所からの報告でした。

by yokohama7474 | 2015-08-13 07:48 | 美術・旅行 | Comments(0)

さて、ニュルンベルクでどうしても訪れたいと思った場所、それはナチに関係する場所だ。ワーグナーとのつながりによる興味からも、正しい歴史認識のためにも、是非見ておきたい。ガイドブックを見ると、あの党大会の開かれた場所には、ドク・ツェントルムなる施設があるらしい。街の東南の方角だ。また、戦後のニュルンベルク裁判が行われた場所の見学もどうやらできるらしく、それは街の北西。さて、どちらに行くか選択をしなければ。暑さと疲れで朦朧としながらも、やはり党大会跡を優先しようと思い立つ。このような光景の舞台だ。
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ナチは、政権奪取前から党大会を何度か開いていて、ここニュルンベルクでも1927年に開かれている。その後1933年に政権奪取してからは、この地を「帝国党大会の都市」とすることを決め、その後 1938年まで毎年開かれたとのこと。その理由は、南北で見れば国のほぼ中間にあることや、既に見た通り、神聖ローマ帝国の主要都市として中世から繁栄した街であったこと、それから、ワーグナーの愛国的オペラの舞台になっていることも好都合であったのだろう。それにしても、すごい規模の集会だ。世の中には、ナチがクーデターで非合法的に政権を取ったと思っている人もいるかもしれないが、そうではない。初期の段階では手段を選ばすに活動したとはいえ、最終的にはドイツ国民の熱狂的な支持を受けて、合法的に政権を手に入れたのだ。思えばワーグナーも、もともとはドレスデン蜂起などで指名手配された、いわば国の不満分子であったわけで、それがバイエルン国王の庇護のもと (しかも、一度追放されてもまた戻って来て)、音楽界の巨匠に成り上がったことは、尋常なことではない。ワーグナーとヒトラーを短絡的に結びつけたくはないが、他の欧州主要国に比べれば新興国であったドイツでは、19世紀でも 20世紀でも、様々な要因によって、何か熱狂的なものが求められていたとは言えるであろう。

能書きはともかく、現地に到着してみると、このような表示が。日本語のガイドブックにも、「ドク・ツェントルム」と書いてあって、バック・トゥー・ザ・フューチャー (古いな) ではあるまいし、どういう意味かと思いきや、「ドク」とは Dokumentation、英語でいう Documentation だ。ツェントルムはセンターだろうから、ドキュメンテーション・センター、すなわちナチ勃興とナチズムについての証拠書類を集めた場所という意味なのだろう。この直截性がなんともすごい。「安らぎ」とか「繰り返さない決意」という情緒を含んだ言葉を選ばない点、ドイツのナチズムとの厳しい対峙姿勢が見て取れる。
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中に入ると、以下のような入り口に始まり、ナチの結成以来の歴史に関する詳しい展示が、様々な写真とともになされている。
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ところで、上の写真でも、何やら煉瓦のような構造体が見える。この建物は一体何なのだろうか。ずっと進んで行くと、屋外に続くガラス張りのテラスがあり、そこから見える光景はこんな感じだ。
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なんとも大規模な馬蹄形の建造物だ。実はこれ、未完成に終わった、ナチの大会議場なのである。この後地面に降りて、そこで見かけた説明版に、完成予想図がある。反射していて少し見づらいが、こんなものである。屋根もついて 50,000人を収容する巨大な施設になるはずだった。
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さらに言うと、このあたり一帯が、まさにナチの威容と権威を表す巨大施設の集合体となる予定であった。以下の写真で、左手前がこの大会議場 (黄色は実際には完成しなかったことを意味するので、屋根の部分だけが黄色だ)。その左奥に見えるグラウンド様の場所 (色がついていないということは、当時完成していたことを意味する) は、上記の大集会が開かれた Zeppelin Field だ。そして湖を突っ切って伸びる大通りが続く先は、結局は完成しなかった、巨大な March Field (軍事パレード用の土地) である。結局そこは計画で終わったので、全体が黄色く塗られている。
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この場所は 19世紀から、ニュルンベルクの人たちの憩いの場所であったらしい。このようなのどかな風景だった。
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この湖は今もあって、豊かな水を湛えている。係の人に尋ねると、例の Zeppelin Field までは湖沿いに歩いて行くことができ、その後湖を一周して大通りを通ってドク・ツェントルムに帰って来ることができるという。そこで、例の重い図録をコインロッカーにぶち込んで、炎天下の中、歩いてみる一大決心をしたのである。・・・だが、歩き出してすぐに後悔した。湖はかなり大きく、一周 3kmくらいはあるだろう。既にヘトヘトのこの体、果たして生還できるだろうか。いや、ここで斃れるわけにはいかない。歴史の真実をこの目で見なければ。というわけで、いささか大げさに自分を励まし、その割にはこまめに水を飲み、木陰と見ればいそいそとそこを通って、歩き出した。湖の反対側から見た大会議場。
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まず目指すのは、Zeppelin Field。
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あ、見えてきました。完全に廃墟と化して、雑草が生えている。正面の部分 (いちばん上の写真で、ハーケンクロイツが並んでいる列柱の真ん中にある、恐らくは要人席か) と左右の座席が残されているが、"Enter at your own risk" などと、つれない看板がある。特に維持保存処理をしているわけではなく、崩れても責任持たんぞということだろう。この場所の前は道路になっているが、通行止めだ。いわば昔のスタジアムの忌まわしさを断ち切るように、場所そのものが分断されている。
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それにしても、自分が今歴史の舞台にいることを、ダラダラ流れる汗とともに実感する。いや、でもこれは何百年も前の話ではない。たかだが 70年や 80年前の話だ。ただその頂点と崩壊が極端であったため、「つわものどもが夢のあと」という感覚を、痛切に感じることができる。残された正面の建造物は、上の方が崩れていて、よく見ると銃弾のあとのようにも見える。
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また、ヒトラーが立ったであろう、正面中心のバルコニーに立ってみる。ずっと向うに、反対側の客席が見える (最初から 2番目の写真で、ハーケンクロイツの幟が立っているところ)。炎暑にゆらゆら揺らめく映像が、「ハイル!! ハイル!!」という幻聴を呼び起こす。今は限りなく静かな場所だ。本当に何万もの人々が、ここで熱狂に身を委ねていたのだろうか。
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ただよく見ると、いや、よく見ずとも一見して明らかなのだが、この場所、今でもグラウンドとして使われているようだ。確かに、これだけの規模の敷地を無意味に放置するのはもったいない。過去は過去として、現代の人々が有効活用できる方がよい。但し、今残っている建造物自体も、全く手を加えなければいずれ朽ち果てるであろう。歴史を実際に体感できる場所として、できれば保存してほしいと思う。忌まわしさに目を背けることなく対峙しているドイツ人のこと、いずれそのようにするのではないだろうか。

そして、湖の横を通って、大通りへと出た。果てしない一直線だ。左を見る。
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そして右を見る。
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軍靴の音は聞こえない。人っ子ひとりいない。この虚しさはどうだ。まるでキリコの描くシュールな昼下がりという感じではないか。

それからドク・ツェントルムに戻る途中、面白いものを発見。ニュルンベルク交響楽団のオフィスだ。恐らくはナチの遺構である大会議場の一部を練習場として活用しているのではないか。いや、この入り口の雰囲気は、ただの練習場とかオフィスだけでなく、コンサートも開いているのかもしれない。ユニークな試みではあるが、大変有意義なことなのではないか。
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さて、なんとかドク・ツェントルムに生還することができた。あとは、ニュルンベルク裁判が開かれた法廷まで出かけるかどうかだ。時刻は既に 16時45分。多分もう無理だろう。またの機会にしよう、と決心し、重い図録を再び手に取って、ニュルンベルク駅に引き返した。

ハードな一日であったが、バイロイトのホテルに戻ってきて調べてみると、ニュルンベルク裁判が開かれた法廷は一般公開しているものの、火曜日は休みとのこと。この日はたまたま火曜であったので、夕方から無理して出かけて行っても、無駄骨になるところであった。やはり、危険なほど暑い炎天下に歴史遺産めぐりをする者に、まああまり無理すんなやという、天の声であったのかもしれない。よーし、次回は絶対行くぞー。地元でこんなマニアックなガイドブックも手に入れたし、次回は万全です。
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by yokohama7474 | 2015-08-12 16:43 | 美術・旅行 | Comments(0)