<   2015年 12月 ( 25 )   > この月の画像一覧

よいお年を!!

早いもので、2015年も残すところあと僅かになりました。私にとっては、個人的にも仕事の上でも、よいこと悪いこと、本当に様々なことがあった 1年でした。軽い気持ちで思い立って 6月にブログを開設してから約 7ヶ月 (正確には初日と今日を合わせて 212日)、今書いているものを含めて 208 の記事を書いて来たので、ほぼ 1日 1記事に近いペースだったことになります。通算訪問者数 (記事別アクセスではなく、のべで何人の方に見て頂いたかという数字) も 9,500にあと少しというところまで来ました。これは大変な数だと、改めて思います。私が街頭でミカン箱の上に立って演説しても、とてもこんな数の人たちに話しかけることはできないので (笑)、インターネットならではだなぁと、年の瀬に思いを新たにしております。

私としては、ブログを書いているせいで本を読む時間が激減してしまったのは悩みの種ですが、書いているのは楽しいし頭の整理にもなるので、来年はブログを継続したまま、少しうまく時間をやりくりして、読書の時間も捻出するようにします。私は普通の勤め人であって、音楽も美術も映画も、全然専門家ではありませんが、様々な文化のジャンルで、「へぇーそんなことがあるのか」「そんな面白いことが東京で起こっているのか」「こういう部分は日本の悪い点だな」「よい点だな」などということを考えて頂けるような内容にして行きたいと思いますので、いつもご覧頂いている方も、たまたま立ち寄られた方も、是非来年もよろしくお願い致します。

今年の締めくくりのヴィジュアル・イメージは、たまたま直近の記事でゴヤを話題にしたので、彼の版画集「きまぐれ (ロス・カプリチョス)」から、有名な「理性の眠りは怪物を生む」を掲げておこう。私の思うところ、この絵の意味は、もちろん、覚醒した理性をもって邪悪なものや腐敗を断ち切れという教訓的な内容もあろうが、むしろ、芸術家にとっては、昼の社会生活から解放されたところに、想像力の翼を広げる余地があるのだという解釈の方がゴヤにはふさわしいのではないか。物事は常に矛盾をはらみ、それゆえにこそ芸術は多面性を持つもの。そのことを実感できる日々は、充分文化的だ。来年も理性の覚醒と休息の間で、現実と非現実の切り替えを楽しみたいと思う。
e0345320_10183206.jpg
それでは、よいお年を!!

by yokohama7474 | 2015-12-31 10:34 | その他 | Comments(0)

e0345320_23423265.jpg
年も押し詰まった 12月30日。多くの美術館は既に閉館している。そんな中、せっかく体が空いているのだからと思って未だ開館しているところを探したところ、いくつか見つかった。そのひとつは以前ご紹介した村上隆の五百羅漢展をやっている六本木の森美術館なのであるが、もう一度その展覧会を見ようとして出かけて行ったら、いろんな目の色の外人たちを含む来訪者でチケット売り場には長蛇の列。この売り場では展望台へのチケットも売っているので、美術館に行く人ばかりではないであろうものの、長時間並んでチケットを買う気力はなく、断念。さて、代わりにどこに行こうかと考えて思いついたのがこの展覧会である。

東京の中心地、丸の内に 5年前に開館したこの美術館は、意欲的な企画を数々世に問うてきた。今回の展覧会は、プラド側の提案による企画であるようだ。私は実はマドリッドには何度か、1ヶ月超の張り付き出張をしたことがあって、同地で何度も週末を越えたので、このプラドには優に 10回以上は足を運んでいる。エル・グレコ、リベラ、ヴェラスケス、ムリリョ、ゴヤなど、スペインで活躍した画家たちに、ルーベンスやティントレットや、その他幾多の西洋絵画の傑作を蔵する世界屈指の美術館だ。今回の展覧会では、どうやらそのプラドから、小品が沢山やってくるという。このブログで最初に文化関係の話題を採り上げた、今年の 6月 3日の記事では、ルーヴルからやってきた小品による展覧会を題材にしたが、それと似た趣向の展覧会だ。それにしても、今その記事を読み返してみると、短いなぁ (笑)。最近の記事では、どうも無駄口が多くなっている。ちょっと気をつけよう。

上述のルーヴルの記事で既に私はプラドに何度も通ったと書いている。また、その記事で話題にしたムリリョやティエポロの作品は、今回の展覧会にも含まれている。いや、この展覧会、ほかにもこのように豪華な、綺羅星のごとき画家たちの作品が並ぶ (50音順)。
 ヴァトー、ヴェラスケス、エル・グレコ、ゴヤ、サルト、ティツィアーノ、プッサン、ブリューゲルの息子や孫たち、ボス、ルーベンス、レーニ、ロラン・・・。
ただ、このような歴史上よく知られている画家たちのみならず、スペインやイタリアやフランドルの様々な画家たちが紹介されていて、中には大変ユニークなものもある。正直なところ、先のルーヴル展と同じく、実際にプラドに行ってみると、これらの作品の前を足早に素通りしてしまうことがほとんどだろう。このような展覧会の意義は、隠れた小品の持ち味をじっくりと鑑賞できることだ。作品点数は実に 102点。以下、私が特に興味を持った作品を一部ご紹介する。

まず、今回の目玉である、ヒエロニムス・ボス (1450頃 - 1516) の、「愚者の石の除去」。上に掲げたものとは別のポスターにはこの絵が掲載されていて、「世界に 20点しか存在しない奇想の画家ボスの真筆、初来日!」と謳われている。入り口から入って数点目に早くも飾られている。このような変わった絵だ。
e0345320_00093190.jpg
私は中学生くらいからボスやブリューゲルが大好きで、それはまさに彼らが「奇想の画家」であるからであるが、ここでは彼が得意とした不気味な怪物の類は登場せず、人間だけだ。オランダでは、頭の中に石ができると愚か者になると言われ、ここで手術を受けている男は、石を取り除く手術を行っているはずが、その頭からは、石ではなく青い花が出ている。これは外科医が取得する金を表しているらしい。その外科医は漏斗を頭に被っており、これは愚行を表す。また、右端で本を頭の上に乗せ、知性をないがしろにしているのは患者の妻。そして何やら仔細ありげな司祭 (?) は、妻の間男であるらしい。つまりこの男、よってたかって皆から騙されているわけだが、頭の上のことも見えないし、騙されていることに全く気付いていない様子。よくもまあこれほど皮肉な作品を描いたものである。ボスという人、人間への鋭い洞察力を持ちながら、皮肉たっぷりの人物であったのだろうか。

この作品を含む最初のセクションのテーマは、「中世後期と初期ルネサンスにおける宗教と日常生活」。領主や中産階級の居室に置かれたらしい、小さな作品ばかり。日本的に言えばさしずめ念持仏か。まあ、礼拝の対象になる宗教的な題材ばかりではないが、ここではボス以外は美しい宗教画がほとんど。このハンス・メムリンク (1433頃 - 1494) の「聖母子と二人の天使」など、手元に置いておきたくなる、本当にきれいな作品だ。
e0345320_00275611.jpg
第 2セクションのテーマは、「マニエリスムの世紀 : イタリアとスペイン」。ただ、ここで展示されているアンドレア・デル・サルト (1486 - 1530) など、やはりルネサンスに分類したいし、マニエリスムにはまだ早いように思う。これは「洗礼者ヨハネと子羊」。
e0345320_00310615.jpg
一方、これぞいかにもマニエリスムという作品もある。スペイン人画家、ルイス・デ・モラーレス (1510/11 - 1586) 描く聖母子。この聖母の長い顔は本当にユニークであるが、母親の透明なショールをつまむお行儀の悪い (?) イエスの右手は長く伸びて、聖母の胸元へ。神々しいというより、何やら人間的な雰囲気を醸している。
e0345320_00331368.jpg
第 3セクションは「バロック : 初期と最盛期」。このあたりからユニークな作品が増えてくる。イタリア人画家カルロ・マラッティ (1625 - 1713) の、「眠る幼子イエスを藁の上に横たえる聖母」。光の効果は抜群で、手前に置かれた聖母の左手の甲は、よく見ると大きすぎるようでもあるが、見る者の視線をうまくそらすようなバランスになっているし、また、イエスを包み込む愛を表すために安定感をここに与えたものかもしれない。
e0345320_00412928.jpg
この作品は、ドイツ人画家アダム・エルスハイマー (1578 - 1610) の「ヘカベの家のケレス」。ルーベンスの旧蔵作品らしい。オヴィディウスの「変身譚」のエピソードで、女神ケレスが娘ペルセポネーを探し歩いているとき、老婆の差し出すお茶をむさぼり飲んでしまい、それを笑った少年をトカゲに変えてしまうというもの。この時代の絵としては非常に珍しい、あからさまな少年の嘲笑のポーズが妙に印象に残る。女神に対してこんな笑い方をするとは、なんとも失礼な。トカゲに変えられても文句は言えまい (笑)。夜の雰囲気と相まって、なんとも独特の不気味さを持つ作品だ。
e0345320_00464292.jpg
スペインには静物画の伝統があって、それは現代の素晴らしい画家、アントニオ・ロペス・ガルシア (興味のある方は、これまたスペインの誇る素晴らしい映画監督、ヴィクトル・エリセの手になる「マルメロの陽光」をご覧になることを心よりお奨めする) や、スペインで学んだ日本の磯江 毅や諏訪 敦にまでつながっていると思う。ここに 17世紀の素晴らしいリアリズム絵画の手法による静物画をご紹介する。ファン・ヴァン・デル・アメン (1596 - 1631) の「スモモとサワーチェリーの載った皿」である。ファンはスペインの名前だが、ヴァン・デルは明らかにオランダだと思ったら、生まれはスペインだが両親はフランドル人だとのこと。カトリックとプロテスタントが激しく対立していた時代、苦労の多い人生を送った画家であろうかと想像するが、この澄み切った絵はいかなる精神が生み出したものなのか。
e0345320_09292203.jpg
ほかにもご紹介したい作品は多々あるが、あまり長くなりすぎるのもよくないので、先を急ごう。第 4セクション、「17世紀の主題 : 現実の生活と詩情」である。ここに当時の風景画の大家として一世を風靡したクロード・ロラン (1600 - 1682) と、その同時代人であったディエゴ・ヴェラスケス (1599 - 1660) の風景画が並べて展示されている。ロランは風景を構成する個々の要素 (近景の樹木、遠景の山、水面、廃墟等) は写生して集めたが、それらの要素の組み合わせは自由に行って、どこにもない架空の風景を理想化して描いたと言われている。それに対してヴェラスケスは、戸外にキャンバスを置いて写生したのであろう。とても 17世紀のものとは思えない、近代絵画のような、ものの実在の迫力を感じさせる。以下、ロランの「浅瀬」とヴェラスケスの「ローマ、ヴィラ・メディチの庭園」。
e0345320_09301528.jpg
e0345320_09303003.jpg
それから、この絵はなんだ。作者は、フランス人とされている以外には不詳だが、「自らの十字架を引き受けるキリスト教徒の魂」という題名がついている。遠近法を駆使して複雑な直線の交錯を見事に表し、幻想的なシーンにリアリティを与えている。
e0345320_09310094.jpg
これなども近い性質を持っていると言えよう。ヘンドリック・ファン・ステーンワイク (1580頃 - 1649) の作品で、「聖ペテロの否認」と「大祭司の家の中庭のイエス」。同じ場所で違う物事が進んでいるのは、なんともシュールだ。画面の暗さと小ささで、何が起こっているのか判然としないが、それでも、2枚並べて見たときの一種異様な感覚は独特で、見る人を不安にする。空間や建物の不変さと人間の運命の移ろいの対照が不気味だ。
e0345320_09312700.jpg
e0345320_09314586.jpg
第 5セクション、「18世紀ヨーロッパの宮廷の雅」に移ろう。ここには、美しかったりあまり美しくなかったり (笑) する宮廷風景や静物、あるいは神話を題材にした天井画の下絵等が並んでいるが、面白いのは、この展覧会のポスターにもなっているこの絵。アントン・ラファエル・メングス (1726 - 1779) の、「マリア・ルイサ・デ・パルマ」。
e0345320_01271786.jpg
将来、カルロス 4世の妃になる女性の若い頃の肖像。飛び切りの美人というわけではないにせよ、ぱっちりした目や穏やかにかつきゅっと結んだ唇が、なんとも好感を抱かせる。ところが、このうら若い女性が王妃となって後、家族と一緒に時の宮廷画家ゴヤに描かせたのが、プラドを代表する以下の大作だ (もちろん、今回の展覧会には来ていません)。国王を横に押しやり、傲慢な表情で家族の中心に君臨する彼女は、その醜さをそのままキャンバスに固定している。王族たちの後ろ、左奥にはゴヤの自画像もあり、何やら冷やかである。うーん、時とはなんと残酷な・・・。
e0345320_01321443.jpg
そして第 6セクションは、そのフランシスコ・デ・ゴヤ (1746 - 1828) の作品だけから成る。この画家については既に多くのことが知られており、戦争についての仮借ない内容の版画群や、晩年の「黒い絵」シリーズなど、ユーモアと嗜虐性が入り混じった過激な作風は、技術を越えて人々の心を揺さぶるのである。今回の出品作では、2点のタペストリーの原画が興味を惹く。ひとつは「酔った石工」という小品。そしてそれをタペストリーの実物大に拡大した「傷を負った石工」。同じ構図でありながら題名が異なるが、抱きかかえられた石工の両側の同僚たちの表情がそれを表している。
e0345320_01443727.jpg
e0345320_01444652.jpg
最初の小さい作品では、意識のない男は何やら血を流し、両側の男たちはおどけた、または残忍な表情を浮かべている。それに対して大きな作品では、血は流れておらず、両脇の男たちも神妙な表情だ。画家の意図は正確には分からないが、ここには明らかに、表面上は宮廷画家として真面目な顔で働いている裏で、権力に対してあっかんべえをしているゴヤの姿を見ることができる。その内面の屈折が、あの晩年の空前絶後の表現力を放つ「黒い絵」シリーズにつながっているのであろう。

さて、最後の第 7セクションは、「親密なまなざし、私的な領域」。既に宗教や王侯貴族の束縛を離れ、画家の表現力は自由に羽ばたいている。スペインの強い陽光を思わせる風景画は、大変に素晴らしい。特に、光が強いと陰も濃くなるのだという空気感が、どの作品にもよく表れている。ここでは 2点、マリアノ・フォルトゥーニ・イ・マルサス (1838 - 1874) の「フォルトゥーニ邸の庭」(未完のまま作者がなくなり、義父が完成させた) と、ビセンテ・パルマローリ・ゴンザレス (1834 - 1896) の「手に取るように」である。作風は違えど、いずれも素晴らしい作品ではないか。19世紀の美術のメインストリームからは外れてはいるものの、我々の知るほかのヨーロッパの国々の画家たちの作風とも一脈通じるものがある。例えばスイスのセガンティーニであったり、あるいはイギリスのラファエロ前派やフランスの印象派であったり・・・。
e0345320_01585956.jpg
e0345320_01591332.jpg
このように、時代とともに移り変わる題材と技法を間近に見ることのできる、大変に面白い展覧会であった。プラドには数々の大作があって、それらに圧倒されるのであるが、その間にこのようなキラリと光る素晴らしい小品の数々があったとは知らなかった。もっとも、このような機会であるからこそ、小品の数々をじっくり見ることで、初めてよさが分かるということも言えるかもしれない。三菱一号館美術館は各部屋が小さいので、小品の展示には向いており、この企画はその意味でも成功したと言えるであろう。他の都市には巡回しないようであるのは多少残念だが、東京の人たちには忘れがたい印象を残すことであろう。でもまたマドリッドの現地に行って、「あー、また再会しましたね」などと絵に話しかけたいものだ。あ、現地に行ったら、どの絵をこの展覧会で見たのか分からなくなり、「えぇっと、あなたとは東京でお会いしましたっけね。いや、気のせいですね。はじめまして」などと言ってしまう恐れも、なきにしもあらずだが・・・。

by yokohama7474 | 2015-12-31 09:41 | 美術・旅行 | Comments(5)

e0345320_22361486.jpg
12月の後半の東京のコンサートホールは、第九第九で埋め尽くされる。時折「メサイア」をクリスマスシーズンに演奏する団体もあるが、全体の中ではごくごく一部。とにかく第九一色の日本の年末である。ところが、年も押し詰まってさすがに 12月も 29日にもなると、ほとんどの団体は既に年末モードに入ってお休みであり、コンサート数は限られてくる。毎年そんなタイミングで、私の敬愛するマエストロ秋山 和慶 (あきやま かずよし) が、現在桂冠指揮者を務める東京交響楽団 (東響) で第九を採り上げる。いわば東京の年末の第九の真打ちと言ってよいだろう。そして毎年、タイトルは「第九と四季」。第九のほかにヴィヴァルディの「四季」から春と冬を演奏するのが通例だ。この東響は、例年通り、ほかの指揮者とも違う曲との組み合わせで第九を演奏するが、この秋山の指揮する演奏会は常に「第九と四季」なのだ。しかも、ポスターはいつもクリムト。今年は上にある通り、あの「アデーレ・ブロッホ・バウアーの肖像 I」である。そう、私が先だって記事を書いたあの映画の題材になっている、素晴らしい作品だ。

1941年生まれ、今年 74歳の秋山は、以前にも書いた通り、私が最も尊敬する日本の指揮者である。若い頃からの白髪頭で温厚な雰囲気であるゆえ、その音楽の内容を誤解している人も未だに多いかもしれない。だが、彼こそは、ロマン派の音楽を中心に素晴らしい表現力を発揮する稀代の名指揮者なのである。
e0345320_22474556.jpg
昨年の指揮者生活50周年を記念して出版した回想録、「ところで、今日指揮したのは?」は当然読んだが、このタイトルの意味はこうだ。聴衆が音楽に聴き入って、指揮者の個性が目立つよりも音楽そのものに感動し、さて、今日指揮したのは誰だったっけ、という感想を漏らすような演奏が理想ということ。秋山らしい含蓄のある言葉である。日本の地方オケや学生オケや吹奏楽団を頻繁に指揮し、また、いわゆる大指揮者がそもそも絶対やらないようなポピュラー名曲コンサートも厭うことがない。その一方で、仮借なく濃い内容のマーラーやシュトラウス、またシェーンベルクなどを演奏し、ラッヘンマンのような前衛作曲家の作品も、出来立てほやほやの日本の現代音楽作曲家の作品も、分け隔てなく演奏する。いわば、究極の「仕事を選ばない指揮者」。そんな彼が長年のこだわりを持って続けているこの「第九と四季」、どんな内容になったのか。

第九に先立つ四季の「春」と「冬」は、例年若いヴァイオリニストをソロストに迎え、秋山自身がチェンバロを弾いて演奏される。今年のソロは、現在慶応義塾大学 3年生の、毛利 文香 (もうり ふみか) である。今年パガニーニコンクールで 2位になったらしい。若々しい真面目さに好感を持てるが、超絶技巧でバリバリ弾くというよりは、穏やかな箇所の集中した歌い込みが印象的であった。
e0345320_23001900.jpg
さて、では今日も、独断と偏見の第九チェックシートから行こう。

・第九以外の演奏曲
  ヴィヴァルディ : ヴァイオリン協奏曲「四季」からホ長調「春」、ヘ短調「冬」
・コントラバス本数
  6本
・ヴァイオリン対抗配置
  なし
・譜面使用の有無
  指揮者 : あり
  独唱者 : ソプラノのみあり、ほかはなし
  合唱団 : なし
・指揮棒の有無
  あり
・第 2楽章提示部の反復
  あり
・独唱者たちの入場
  第 2楽章と第 3楽章の間
・独唱者たちの位置
  合唱団の最前列中央 (オケの後ろ)
・第 3楽章と第 4楽章の間のアタッカ
  あり

今年は5種類の第九を聴いたわけであるが、その中のどの 2つの演奏も、このチェックシートの全項目が一致するという事態は遂に発生しなかった。やはりこれらの項目において、それぞれの演奏の特色が如実に表れるわけである。

演奏は極めてオーソドックスなもの。定評ある秋山の卓越したテクニックと、長年のパートナーシップからその指揮を熟知している東響のコンビならではの、安心感のある音楽だ。テンポは揺らぐことなく一貫しており、情緒に流れすぎることもない。その一方で、第 3楽章である緩徐楽章には、万感の思いが込められているのだ。秋山自身は、上に書いた通り、「ところで、今日指揮したのは?」という演奏が理想と言っているが、彼自身の音が強く鳴る演奏も魅力的だ。今日の演奏はその意味では、指揮者の個性が鼻につくという点が全くないと言え、彼自身の理想とする演奏に近かったのではないかと思われる。ただしかし、年末にあれこれの第九を聴いて来た耳には、ずっしりした音の芯とか、思わず管楽器が足を踏み外すような疾走感という点では、若干の課題を残したようにも思われた。これから 80歳に向かって行く秋山の音楽が、凄みを増して行くことを期待したい。

さて、上のチェックシートで、この演奏独特のポイントがあるのに気付かれただろうか。独唱・合唱に関する部分だ。
 ソプラノ : エヴァ・メイ
 メゾ・ソプラノ : 清水 華澄
 テノール : 西村 悟
 バリトン : 妻屋 秀和
 合唱 : 東響コーラス

このうちメゾの清水は上岡 / 読響で、バリトンの妻屋はヤルヴィ / N 響で既に聴いている。歌手の皆さんにとっても年末は第九の大事な仕事だ。で、今回の独唱者の特色は、ソプラノだけが外人ということは猿でも分かるが、そのソプラノ歌手、エヴァ・メイは、合唱団・独唱者の中でたったひとり、譜面を見ながらの歌唱であったのだ。これは正直、奇異な感じに見えた。メイは世界のメジャーオペラハウスで活躍し、数々の名指揮者との協演実績のある、世界的なイタリア人歌手である。第九を暗譜で歌えないことなどありえない。
e0345320_23235068.jpg
彼女が今回譜面を見ながら歌った理由は分からないが、よくヨーロッパでは、宗教曲 (レクイエムを含むミサ曲やオラトリオの類) の歌詞は、神の言葉であるので、曲を覚えていても譜面を見て歌うのがルールであると耳にする。ところがこの第九という曲は、歌われるシラーの詩にキリスト教の精神が色濃く出ていることは事実ではあっても、宗教曲ではない。そうすると、ヨーロッパでの演奏では通常どのようになっているのか。突然無性に知りたくなり、手元にある海外で撮影された第九の映像をいくつか調べてみた。そうすると面白いことが分かったのであるが、合唱も独唱者も譜面を持って歌っている例がかなり多い (バーンスタイン、アバドや、最近紹介されたイヴァン・フィッシャーなど) 一方で、ティーレマンなど、全員暗譜という例も見られ、特に御大カラヤンは、1968年、1977年、1986年の演奏のいずれも (ライヴ感の乏しい映像で分かりにくいものの) が、合唱団も独唱者も暗譜なのである。そこで好奇心に駆られ、カラヤンの宗教曲の映像ではどうなっているか、少し見てみたところ、ブラームスのドイツ・レクイエムは譜面ありだが、ヴェルディのレクイエムは譜面なしで歌手たちは歌っている。ということは、別にどうでないといけないというルールはないのだろう。そんな中、面白いケースを発見。ヤッシャ・ホーレンシュタインという名指揮者がフランス国立放送管を指揮した第九の映像。1963年収録なのでちょっと古いが、これをご覧あれ。
e0345320_23542509.jpg
ソプラノとアルトは譜面を見ているが、男性歌手 2人は見ていない。だが、左から 2番目の歌手は明らかに譜面を持っていないが、どうやら左端の歌手は譜面を持ってはいるものの、固く握りしめて、開いてはいないようだ (笑)。そもそも、現代では左から右へ高音から低音に並ぶ、つまり、ソプラノ、アルト、テノール、バスという順番だが、これは左側が男だ。単純に左右が逆になっているのか、それとも違うのか。もちろんこの曲のほかの箇所を見れば判明するが、このショットが面白いので、あえてその点の確認はやめておこう。要するに、譜面を見ようが見まいが、いい歌を歌ってくれれば、それでよいのだ!!

それから、年の瀬なのでもうひとつネタをサービスしよう。上にマエストロ秋山のことを、「仕事を選ばない指揮者」と書いたが、それはもちろん、敬愛の意を込めた表現なのである。私の手元に、こんなアナログレコードがある。全然違う、「ヒットパレード」というジャケットに入っているが (笑)、どこかで中身が入れ違ったのだろう。盤面には「セレナードの花束」とあって、内容はセレナード特集であるようだが、恐らく 1960年代の古い録音だろう。マエストロの最初期の録音ではないだろうか。指揮者名の赤線は、私が画像を加工したもの。
e0345320_00022958.jpg
ところで今年も「第九と四季」は、恒例の、照明を落としキャンドルライトを振っての「蛍の光」合唱で終わったのであった。客席全体が一体になるような静かな感動を与えられる瞬間だ。だがその曲のオケの伴奏パートは、なんとも「ヒットパレード」的な編曲で、これぞまさに秋山の面目躍如。クラシック音楽に大衆性を付与する活動が、彼のキャリアの初期から継続してきたという一面はあるのだろう。これからも仕事を選ばず、是非ともその芸域をますます広げて行って頂きたいものだ。

by yokohama7474 | 2015-12-30 00:14 | 音楽 (Live) | Comments(1)

e0345320_22045284.jpg
子供の頃から他人の押しつけが嫌いで、文部省特選映画など、最も敬遠するひねくれ者であった私である。大人になった今でも、まあ社会通念上の常識はあるものの、美談とか教訓といったものにはまず一旦距離を置くのが習慣となっている。従って、このような映画を見に行く予定は、本来なかったのである。劇場で予告編も何度か見たが、正直それほど食指を動かされずにいた。しかし、どういう風の吹き回しか、ほかに見たい映画もないし、まあこれでも見るかと思ってある朝、劇場に行ってみたのであった。

上のポスターにもある通り、杉原千畝 (スギハラ チウネ) は、第 2次世界大戦中の外交官で、ユダヤ人にヴィザを発行することでナチの迫害から命を守った人物である。「日本のシンドラー」とも呼ばれて、近年ではマスコミで紹介される機会も多いので、昔に比べて知名度は格段に上がっている。いや、実はシンドラーよりも救ったユダヤ人の数は多いのだとも聞いたこともある。この映画は、戦時下においてそのようなことがいかにして可能になり、またこの杉原という人物がどのような人であったのかについて、史実に基づいた作劇がなされている。

まず気づいたのは、タイトルに杉原千畝の四文字が浮かび上がったときに、その間に見えた文字。"PERSONA NON GRATA" である。ペルソナ・ノン・グラータ。これは、国際関係において他国が分類する「好ましからざる人物」のことだ。その意味が分かる人は、このタイトルを見て最初におやっと思うはずだ。何千人もの命を救った立派な人が、好ましからざる人物だなんて、一体どういうことだ。そして、ここからドラマが進むにつれ、世間に流布する聖人君子としての杉原のイメージは実に皮相的な通り一遍のものであって、実際には複雑な事情が絡み合っていたことを、観客は理解することになる。杉原自身にも心の動揺があり、また危険を冒して彼の判断に従った人たちもいて、彼らがいかに呻吟したかも描かれている。そして、歴史の歯車の冷酷さとその中の人間の非力さを思うとき、人は大きく心を揺さぶられるのだ。もちろんそれを観客に感じさせるには、映画としてのテクニックが必要で、その点でもこの作品は高い水準をクリアしている。

まず諸国が戦争をしている時代の外交官の役割を考えてみよう。まさに自国の命運のかかった極限の緊張状態で取るべき道を知るには、まずは他国の動向をよく知る必要がある。その意味で、母国を離れて他国に暮らす外交官とは、スパイに近いか、またはスパイ顔負けの諜報活動を行う必要が、多少なりともあったものと思う。この映画でまず明確にされるのは、1934年時点における、諜報活動に長けた、かつかなり際どいところで危険に身をさらすこともいとわない、杉原のしたたかな行動力だ。同僚であるロシア人女性との関係も、なにやらいわくありげだ。これはとても聖人君子とは言えまい。実際、そのインテリジェンス能力を警戒したソ連政府は、彼をペルソナ・ノン・グラータ、つまり好ましからざる人物と認定して、在モスクワ日本大使館への赴任に際して入国を拒否。一旦日本に帰国する。その後 1939年になって、バルト三国のひとつ、リトアニアに新設される領事館に総領事として派遣されることとなる。この映画のプログラムに載っている当時のヨーロッパの地図は以下の通り。当時のドイツの勢力と、ソ連の位置に鑑みれば、なんとも危険な国に派遣されたことが分かろう。彼の帯びた使命は、「複雑怪奇」な欧州事情をつぶさに観察・分析することであったろう。
e0345320_23355811.jpg
ストーリー (及び史実) を追うことはこのあたりでやめにするが、私が言いたかったことは、この杉原という人物、何も伊達や酔狂、あるいは根拠のない正義感に駆られてユダヤ人たちにヴィザを発給したわけでないということだ。この危険な環境に身を置いて、日本の取るべき道について考えた人物であり、諸々の事情の錯綜の中、あえて言ってしまえば行きがかり上、ユダヤ人たちからあてにされることになる日本が行うべきことを、政府の命令ではなく自らの信念に従って行った人物。そのように考えるのが妥当であろうかと思う。主演の唐沢寿明は、大変真摯にこの人物像と向かい合っているように思われる。ただ、ないものねだりであえて言えば、さらに狂気を含んだ表情が見えてもよいようにも思った。実在の杉原という人物は、一筋縄ではいかない人物であったに違いない。以下、映画の中の唐沢と実際の杉原の写真。
e0345320_23452558.jpg
e0345320_23483047.jpg
誤解を受けないよう、もう少し説明しよう。杉原千畝は信念の人であり、人間の命を救うという人道的な使命に燃えた人でもあったことは事実であろう。だがそれは、慈善事業を行ったということではなく、日本の誤った方向 (すなわち、独ソ不可侵条約締結により、ドイツはソ連と事を構えて消耗することを避け、日本をサポートしてくれるだろうという期待をもって、アジア太平洋地域に進攻すること。つまりアメリカとの正面衝突回避の後ろ盾をドイツに求めたこと) に異議を申し立てても聞き入れてもらえないことから、憤懣やるかたなく、政府の指示ではなく、自分の信念を貫いたということだ。しかも、リトアニア領事館が近く閉鎖されることを見込み、ヴィザの例外規定の解釈を故意に多様化しながらの、いわば土壇場での頭脳的な作戦を取ったわけである。つまり、決して単純な正義感だけに駆られてやみくもに政府に背いたわけではないのだ。杉原が発給したヴィザは、日本を最終目的地とするものではなく経由地としているものであり、もちろんそれだけでも政府の方針に反する危険な反逆行為であったわけだが、日本に難民が定住することを前提としたものではない。そして映画の中で彼はユダヤ人たちに、「これはただの紙切れで、あなたたちの身の安全を保障するものではない」と警告するのだ。なんという現実主義。そして、その現実主義を貫ける、なんという勇気!

正直に白状しよう。私はこの映画で杉原がヴィザの発給を決意する静かなシーンで、胸からこみあげるものを我慢することができなかった。「命のヴィザ」などという言葉はあまりに陳腐すぎる。杉原自身が劇中で言う通り、ヴィザなどはただの紙切れにすぎないのだ。問題は、そんなただの紙切れに翻弄されてしまう人間の命の儚さと、政治の責任の重さということにある。だからこれは、勇気あるひとりの男の、特殊な物語なのではない。人間の愚かさについての、普遍的な物語なのだ。いつの時代でもなくなることのない、戦争という人間の愚かさについての。

役者に関して。妻役の小雪は、激動の時代を杉原に寄り添って生きた女性像を優しく静かに演じていたが、ちょっと優しすぎるような気がしないでもない。その点、男性の脇役陣 (石橋凌、滝藤賢一、板尾創路、濱田岳ら) にはリアリティがあってよかったと思う。そして、外人俳優たちも、それぞれいい味を出していた。
e0345320_00083172.jpg
外人役者のほとんどはポーランド人。それもそのはず、この映画はほとんどがポーランドでのロケで撮影されているのだ。エンドタイトルには延々とポーランド人スタッフの名前が連なっている。私はワルシャワを 3度訪れたことがあり、ユネスコ世界遺産の中で最も新しい建造物である旧市街を散策したこともある。この旧市街、実は戦後にできたものなのである。ナチス・ドイツが完全に破壊した街を、壁紙やそこにかかっている時計に至るまで、完全に復元したものなのだ。ナチの暴虐を見返す、人間の生きる力を示す町並みなのだ。それゆえポーランドでは、ナチの迫害から多くのユダヤ人を守った杉原の伝記映画撮影への惜しみない協力があったと聞く。

さて、この映画の監督はチェリン・グラック。
e0345320_00174207.jpg
初めて聞く名前だが、1958年、アメリカ人の父と日系アメリカ人の母の間に和歌山に生まれたとのこと。映画人としてのキャリアは、なんと 1980年、寺山修司監督の「上海異人娼館」というから恐れ入る。その後、リドリー・スコットの「ブラック・レイン」、シュワルツェネッガー主演の「ラスト・アクション・ヒーロー」や、ジョディ・フォスター主演の「コンタクト」、あるいは「トランスフォーマー」まで、多岐に亘る映画で助監督を務めた由。助監督と言っても、監督に次ぐエラい人ではない。音楽の世界における副指揮者と同じで、要は雑用係である。つまり、かなり長い苦労の末に監督になることができた、たたき上げの人なのであろう。この映画の演出は、これみよがしなきれいごとにならない点、なかなかよかったと思う。杉原が妻となる女性と出会って公園でデートを重ねる間に季節が移り変わるシーンは大変美しかったし、上記の通り、杉原がヴィザの発給を決める瞬間の静かな時の流れもよかった。名前を覚えておいて損のない監督であろう。

ほかには、佐藤直紀の音楽が印象に残った。大河ドラマ「龍馬伝」や「るろうに剣心」シリーズそのままに、情緒のある箇所は映像の邪魔をしないように美しく、風雲急を告げる箇所ではうねり上がる音が緊張感を演出していた。

というわけで、この映画はその外見ほど単純ではない。正直なところ、文部省推薦タイプの予告編の作り方には問題があって、潜在的な観客を確保できないような気がしてならない。本当に信念を貫くのなら、誰に対してもよい顔などすることはできない。重大事を成し遂げるには、誰かから「好ましからざる人物」というレッテルを貼られる覚悟を持たなければならない。あ、会社の出世などは世界の重大事ではないので、ニコニコとして誰からも好まれる人物であった方が成果はあると思いますがね (笑)。まあ程度問題だが、基本は各人の生き方の問題になってきますな。人間誰しも、日常生活で杉原千畝になる必要はなく、ここという大一番で彼の勇気を思い出すというのが、平和な時代に生きる我々の心構えではないでしょうか。

by yokohama7474 | 2015-12-29 00:38 | 映画 | Comments(4)

e0345320_21245968.jpg
日本における今年のクラシック音楽界の最大のニュースは、パーヴォ・ヤルヴィの NHK 交響楽団首席指揮者就任であろう。1962年、名指揮者ネーメ・ヤルヴィの息子としてエストニアに生まれた彼は、文句なしに現代の最も多忙な指揮者のひとりであろう。このような指揮者が名実ともに日本を代表する N 響を率いるとなると、これはもう、日本のオケとして異次元の快挙と言ってよい。正直、何年も前に実演で聴いたこのコンビは相性がよいとは思わなかったが、さて、これからは是非実り多い未来として欲しい。このヤルヴィ、今年は 2月、10月と N 響を指揮しに来日して数々の演奏を行ったが、前者は 1公演聴けたものの、後者は、9月からの今シーズンの初登場で首席指揮者就任記念であったが、出張等々の事情で結局全く行けなかった。その代わりと言うべきか、今回の第九で渇を癒すことになったのである。

ではいつもの第九チェックシートから行こう。

・第九以外の演奏曲
  バッハ (ラフマニノフ編) : 無伴奏パルティータ第 3番からガヴォット
  フランク : 天使のパン
  伝ヴィターリ : シャコンヌ ト短調
・コントラバス本数
  8本
・ヴァイオリン対抗配置
  あり
・譜面使用の有無
  指揮者 : あり
  独唱者 : なし
  合唱団 : なし
・指揮棒の有無
  あり
・第 2楽章提示部の反復
  あり
・独唱者たちの入場
  演奏開始前
・独唱者たちの位置
  合唱団の前 (オケの後ろ)
・第 3楽章と第 4楽章の間のアタッカ
  あり

まず前座で演奏された 3曲は、コンサートマスターの篠崎史紀をオルガンの山口綾規が伴奏するもので、クリスマスのイメージだ。清らかな感じで、第九の前座としてはよかったと思うが、ただ、オルガンの伴奏は、時としてヴァイオリンの音を掻き消してしまうこともあり、その点だけが気になった。この篠崎史紀、まろのあだ名で親しまれており、そのどことなく貴族的な風貌 (ただ、相当大柄な方ですがね 笑) に由来するのかと思いきや、Wiki によると、写楽の絵に風貌が似ているところ、作者名を歌麿と間違えて子供の頃に定着したあだ名だという。でも、なかなかよいニックネームですな。
e0345320_21414945.jpg
さて今回の第九であるが、サントリーホールで聴くこのオケの底力は凄まじく、巨大な体育館である NHK ホールの音響との差に改めて愕然。やはりこのオケは、今すぐに本拠地を変えるべきだ。ヤルヴィは N 響のドイツ音楽の演奏の伝統を高く評価しているようだが、確かにこのズシリと重い音は、ドイツ物を演奏するときにはほかのオケとは一味違う。ヤルヴィの指揮も、なにせ彼のベートーヴェンと言えば、古楽器風の小編成で疾走するドイツ・カンマー・フィルとの演奏のイメージがあるので、どのような演奏になるのか興味があったが、切れ味のよさはそのままに、大編成の迫力を存分に発揮した大変な名演であった。プログラムに載っているヤルヴィ自身の言葉をご紹介しよう。

QUOTE

これまでに多様な角度からベートーヴェン像の解明を試みてきました。ドイツ・カンマー・フィルハーモニー管弦楽団と交響曲全曲の録音も行っており、私のベートーヴェンに対する解釈も年月とともに変遷しました。近年は小編成の、より簡潔なベートーヴェン像が私の持ち味とされるようになっています。しかしながら今回の N 響との演奏は大編成オーケストラでの演奏になります。それでもベートーヴェンに対するこれまでの私の発見や確信を反映させる演奏をお約束します。的確なバランスをもって、適切なアプローチさえすれば、必ず聴衆の心に届く偉大な作品だからです。今回の演奏での新たな発見が大いに楽しみです。

UNQUOTE

なるほど、その言葉の通りだ。この「お約束します」は、勝手に想像するに、英語では "I guarantee" と言ったのではないかと思うが、まさしくプロの言葉であろう。帰宅してから、同じ曲の彼とドイツ・カンマー・フィルとの演奏の映像を少し見てみたが、そこではコントラバスは今日の演奏の半分の 4本、そしてヴィブラートも最小限の、まさに古楽的アプローチであるにもかかわらず、曲の本質に迫ろうとする指揮者の態度にはなんら違いはなく、ひとえに作品の持つ力を強く引き出そうという意志がひしひしと感じられた。そうだ、アプローチさえ適切であれば、必ず聴衆の心に届くのだ。

そもそもこのヤルヴィという指揮者、その長い両腕で大変要領よくオケを動かすのであるが、音楽家でない私が見ても、その棒の技術には限りない安心感を感じる。この曲では、第 1楽章と第 2楽章では、重層的な音を引き出しながらも時折強いアクセントを表現、それでいて全体の流れは非常によいものであった。弦楽器奏者たちはまさに食らいつくように、次から次へ投げつけられる指揮者の指示について行き、火花が散るようにすら思われる凄まじい勢いが噴出していた。これは、小編成のドイツ・カンマー・フィルだろうが大編成の N 響だろうが関係なく、曲の本質に迫ることによって初めて可能になることであろう。さすが、現代屈指の名指揮者の棒である。私は今回これを聴いて、これまで数限りなく聴いてきたこの曲の第 2楽章が、特に木管楽器奏者にとっては大変な難所続きであることを実感した。例えて言うと、水は澄んでいても流れが強い渓流で、鮎を捕まえるようなもの。鮎はよく見えるので、海千山千の奏者たちは、ここぞとばかりに急なパッセージでも余裕にこなし、川の流れが早いだけに気持ちよく作業がはかどる。ところが、ちょっとした小さな石ころにつま先がひっかかると、瞬時にして流れに押されてよろめいてしまうのだ。今回の演奏では、あの有名な首席オーボエ奏者が、あらよっとという感じで渓流の中で、勢い余って少し踊ってしまったのであった (笑)。ただ、その小さなトラブルが、ヤルヴィの志向する音楽を期せずしてよく表していたと思う。
e0345320_22031917.jpg
独唱・合唱は以下の通り。全日本選抜メンバーだ。
 ソプラノ : 森 麻季
 アルト : 加納 悦子
 テノール : 福井 敬
 バリトン : 妻屋 秀和
 合唱 : 国立 (くにたち) 音楽大学

N 響の第九は毎年放送されているので、いつも合唱が国立音大の学生であることは当然知っているが、実にそれは 1928年以来 (!) 続いているらしい。合唱指揮者は 2人いて、そのうちのひとりは、日本の合唱の大御所、東京混声合唱団の創立者である田中信昭、当年とって 87歳だ。お気づきだろうか。この田中さんの生まれた年から国立音大はずっと N 響と第九を歌っていることになる。また、N 響がサントリーホールで第九を演奏するときにはいつもそうなのだろうか、今回はほかの演奏のときとは異なり、舞台上ではなく、舞台後ろの客席、いわゆる P ブロックに合唱団が座る。ソリストたちもその中にいて、1列目の真ん中に 4人が並んでいる。合唱団の人数は、通常の演奏会の倍くらいはいるだろう。通常は、背もたれもない木の板に、すし詰め状態で腰掛けるのであるが、今回は客席に座るので、出番が来るまではゆったりとくつろいでオーケストラを堪能できるという寸法だ。それでも合唱団は学生だから神妙な面持ちで座っているが、ソリストの方たちはさすがプロの余裕と言うべきか、少しくつろいで見える。終演後も席の構造上、舞台に下りて来ることができないので、そのまま座席に残ってカーテンコールに応えていたが、その感に談笑などしておられる。特に人気のソプラノ、森 麻季さんなどは、演奏中も緊張感を感じさせない穏やかな表情で、福井 敬がトルコ行進曲の部分を歌い終わって着席すると、笑顔で小さく拍手するなど、本当に余裕だ (笑)。あ、もちろん出番になると歌唱そのものは素晴らしかったです。以下、森さんと福井さんの写真。前から思っていて、誰にも言うチャンスがなかったのだけれど (言っても通じないかもしれないけど)、福井敬って村上隆に似ていませんか。あ、もちろん歌の素晴らしさとは関係ありません。
e0345320_22374375.jpg
e0345320_23053255.jpg
さて、本題に戻るが、ヤルヴィの指揮は最後まで大変好調で、この巨大な合唱団から尋常でない熱を巻き起こして全曲を終えた。上にも述べたが、彼の長い腕は本当に雄弁に語るのである。合唱団もN 響のメンバーもすっかりその腕の動きに乗せられ、一体となって音楽の力を表現したわけである。素晴らしい演奏であった。

CD を購入すると終演後のサイン会に参加できるというので、ヤルヴィと N 響の録音第 1弾、リヒャルト・シュトラウスの「ドン・ファン」と「英雄の生涯」を購入。ヤルヴィ本人に、"Great performance!!" と声をかけると、太い声で "Thank you!" と返してくれた。
e0345320_23151485.jpg
来年は父、ネーメ・ヤルヴィも N 響の指揮台に立つようだ。私は彼のことを大変尊敬していて、もちろん N 響でも、日フィルでも聴いたことがある。音楽界には親子で指揮者という例があれこれあるけれども、父が健在なうちに息子たち (パーヴォの弟のクリスティアンも指揮者で、来年都響に登場する) も国際的に活躍するという例はあまりないのではないか。もちろん、誰の息子であろうと、いい音楽をしてくれればよいのだが、このような環境なら、父も息子に負けじとがんばるであろうし、オケにも力が入るに違いない。ますます面白くなる東京の音楽界から目が離せません。

そうそう、ひとつ面白いエピソードをご紹介しよう。終演後、ベテランと若手の 2名の奏者の方々とエレベーターが一緒になったのだが、ベテランの方が、「あぁー、ばてた」とおっしゃっていて、やはり相当な熱演だったことを再確認したのだが、その後、「でもまだコバケンあるからなぁ」と続いたのだ。コバケンとは、このブログでも何度か紹介している名指揮者、小林研一郎。彼はこの大晦日、ベートーヴェンの交響曲全 9曲を一晩で指揮し、そのオケには N 響からも、今回のコンマスの篠崎史紀以下、参加する奏者たちがいるはずだ。私は過去この大晦日恒例の 9曲連続演奏会に、初回を含めて 3回行っているが、コバケンの指揮では未だ聴いたことがない。だが、テンションの高い指揮者なので、奏者の皆さんも大変でしょう。いやー誠にお疲れ様です!!


by yokohama7474 | 2015-12-27 23:23 | 音楽 (Live) | Comments(2)

e0345320_23131862.jpg
年末の東京のオケは頻繁に第九を演奏し、5回も 6回も 7回もやるのが普通だが、都響はどうやらつつましやかに (?) 3回だけのようだ。その中の最後の公演を聴いた。指揮は、昨年までこのオケのプリンシパル・コンダクターを務め、現在は桂冠指揮者であるイスラエルの名匠、エリアフ・インバルだ。かつてフランクフルト放送交響楽団を率いてバブル前後の日本でもマーラーとブルックナーをしきりに演奏し、録音ともども絶賛を浴びて以来、東京では既におなじみの指揮者。このクラスの指揮者を日常的に聴ける事実だけで、東京は世界有数の音楽都市であるということは間違いない。

ではここで、このブログではおなじみの、第九チェックシートを見てみよう。
・第九以外の演奏曲
  なし
・コントラバス本数
  8本
・ヴァイオリン対抗配置
  なし
・譜面使用の有無
  指揮者 : なし
  独唱者 : なし
  合唱団 : なし
・指揮棒の有無
  あり
・第 2楽章提示部の反復
  なし
・独唱者たちの入場
  第 2楽章と第 3楽章の間 (合唱団及びティンパニ以外の打楽器奏者も)
・独唱者たちの位置
  合唱団の前 (オケの後ろ)
・第 3楽章と第 4楽章の間のアタッカ
  あり

私の記憶が正しければ、インバルは得意のマーラーでもいつも譜面を見て指揮しているはずだ。それが今回、暗譜での指揮とは少し珍しい気がする。インバルもふと気づくと来年 80歳。しかし音楽の内容は衰えてはおらず、音楽の混沌を容赦なくさらけ出す手腕は相変わらず一流だ。
e0345320_23250873.jpg
私にとって、今年の第九はこれが 3種類目の演奏になるが、明らかにこれまでの 2回に比較して、昔ながらのオーソドックスな第九と言えるであろう。面白かったのは、暗譜での演奏に加え、上のチェックシートにある通り、合唱団も独唱者も、それからティンパニ以外の打楽器 (大太鼓、シンバル、トライアングル) 奏者も、第 2楽章の後でずらずらと舞台に出てきたことだ。独唱者はともかく、合唱団は通常、最初からステージにいるものであって、その理由は恐らく、合唱団の入場にはそれなりに時間がかかるので、楽章の間の入場では合間が長くなりすぎるからではないか。ところが今回の演奏、第 2楽章が終わったところで指揮者が無言のままスタスタと舞台の袖に引き下がり、その後合唱団とソリストが入場してから、最後に指揮者が再入場して演奏会が継続されるという段取りであった。オケにとってはチューニングの機会にもなる。これを見て思い出したのだが、インバルは以前、マーラーのいずれかのシンフォニーでもやはり、楽章間に一度舞台の袖に引っ込んだことがあった。音楽的な意図があるのかそれとも体力温存なのかは分からぬが、これによって音楽の集中力が途切れることもなく、むしろリフレッシュした感じにすら聞こえたので、このやり方が彼には合っているのであろう。

インバルの音楽作りには明快という言葉は似合わないが、ある種の明晰さはあると思う。それは各声部がよく鳴っているからかと思われるが、その流麗とは言い難い指揮から、何かにじみ出るように楽員に伝わるものがあるようだ。第 1楽章の闘争は、まさに道の見えない中でのもがきと、その対極として時折差してくる光明の交差であるが、インバルは、そのいずれもが人生の実像であるような音楽を奏でる。そこに続く第 2楽章は、深刻さの対極である諧謔味を放射して、マーラーのスケルツォの先駆を思わせることになり、あたかもそこは 2つの楽章を通した一貫性があるかのようである。ところが次の崇高な第 3楽章アダージョは全く異なる音楽。であるからこそ、第 2楽章の後に小休止があって演奏者たちがゾロゾロ入ってきても、その後に続く第 3楽章が始まったとき、全く違った段階に音楽が入ったことが感じられ、むしろ前の楽章から時間が空いたことに説得力がある (ちょっと違うが、マーラーの第 2番「復活」の第 1楽章の後の休止を思い出してもよいかもしれない)。ここでもアダージョは、ブルックナーやマーラーに直接つながる音楽として響く。人間の抱える凶暴さと優しさの矛盾を、延々とメロディをつむぐヴァイオリンがすべて押し流して行く。音楽が立ち止まりそうになると、そこには言い知れぬ深淵が顔を覗かせる。これぞ晩年のベートーヴェンの音楽だ。そしてクライマックスの第 4楽章は、着実な歩みから馬鹿騒ぎに至る、長い道程だ。インバルの指揮は確信に満ち、都響がそれをしっかりと音にしている。名演だ。

独唱・合唱は以下の通り。ソプラノを除いては皆、二期会の歌手だ。
 ソプラノ : 安藤 赴美子
 アルト : 中島 郁子
 テノール : 大槻 孝志
 バリトン : 甲斐 栄次郎
 合唱 : 二期会合唱団

手慣れた歌唱であって特に不満はないが、これまでの第九演奏で外人歌手がユニークな味を出しているのを聴いたので、その差には若干思うところがあったことは否めない。ただもちろん、日本でこれだけ演奏されている第九のレヴェルの高さの一端は、明らかに歌手の皆さんに支えられている。合唱団もしかりである。

さて、演奏とは直接関係ないが、この第九では、独唱者だけでなく合唱団や打楽器奏者まで、曲の途中で入場するケースが普通になっているが、それはこれらの人たちは終盤にしか出番がないからだ。でも実は、最初からステージにいるのに、最後のたった 10分くらいしか演奏に参加しない楽器があるのである!! その奏者の人たちは、実に忍耐が必要であろうと思うのだ。なにせ、終楽章後半のトルコ行進曲以降しか参加しない大太鼓、シンバル、トライアングルよりもさらに出番が遅いのだ!! その楽器とは、トロンボーン。
e0345320_23571409.jpg
この楽器を交響曲で世界で最初に (少なくとも現在知られている交響曲の中では世界で最初に) 使ったのは、ほかならぬベートーヴェンであった。交響曲第 5番の終楽章である。同時期に書かれた交響曲第 6番「田園」でも使われている。その後 7・8番では使われず、この 9番でまた使われるのであるが、もともとこの楽器は、専ら宗教曲で神々しさを表すために使われていたもので、この曲でも大詰めになってようやく、スケールの大きい、宗教的と言ってもよい音響をもたらすために満を持して登場するのだ。いやはや、トロンボーンの皆様、お疲れ様です。私はいつもその登場を心待ちにしております。

それから、これはコンサートからも外れてしまう話題だが、大変悲しいことがひとつ。私はサントリーホールに少し早く着いてしまったときなど、ひとつ上の階にある書店、丸善に立ち寄るのを楽しみにしていた。狭い敷地ながら、芸術関係の新刊などはかなり充実しているからだ。実は今回もエスカレーターを昇って丸善に向かったのであるが、窓が何やら白い。嫌な予感がして貼り紙を見てみると、「12月25日 (金)をもって閉店しました」とのこと。アークヒルズで働く人たちも多く、それなりに賑わっている書店だと思っていたのだが、やはりこのような時代になると、店舗で書店を維持して行くのはそれだけ難しいということか。なんとも淋しい気分だ。

さて、丸善がなくなってしまおうと、インバルはまた来年も 3月、9月にやって来る。これまたお得意のショスタコーヴィチや、バーンスタインの交響曲 3番「カディッシュ」など、楽しみな演目がずらり。どれを実際に聴けるかは分からないが、頑張ってなるべく聴きたいとは思っている。彼の今後のますますの活躍を期待して、我が家にあるインバルの録音で最も古いものの写真を掲載しておく。1973年に国内発売されたアナログ・レコードで、名門コンセルトヘボウ管を指揮したドビュッシーの「海」と夜想曲だ。最近では彼のフランス物を聴く機会はあまり多くないので、これはこれで貴重なものだろう。
e0345320_00270540.jpg

by yokohama7474 | 2015-12-27 00:30 | 音楽 (Live) | Comments(0)

e0345320_00041506.jpg
世の中には食わずぎらいというものがある。子供の頃嫌いだったピーマンや、場合によってはビールなども、人生の過程のある瞬間、理屈ではなくビビッと来ることがある。現代日本を代表する美術家、村上 隆。私はどうも彼の作品が好きになれず、数年前に芸術新潮が「まだ村上隆がお嫌いですか?」という特集を組んだ際に、「おぉ、それそれ」と思ったものである。ただ、正直に白状すると、彼の様々な場での発言を見たり聞いたりするにつけ、もしかして日本美術の歴史と伝統を新たなかたちで伝承する、すごい美術家ではないかと思い始めたことは否めない。だが、回顧展が開催される機会がなかったので、私にとって村上隆が意味のある芸術家であるのかそうでないのか、考えることすらも忘れていた。そんな折、六本木ヒルズの森美術館で開かれているこの展覧会に足を運んだのであった。そして、いまさらのように、世の中には食わずぎらいというものがあることに気付いたのである。
e0345320_23114596.jpg
この展覧会は、以前このブログでもご紹介した、芝増上寺で開催中の狩野一信の五百羅漢図の展覧会とも連動した企画で、村上が 2012年に、その前年に発生した東日本大震災へのカタール国からの援助に感謝するために同国首都ドーハで開催した巨大壁画を日本で初めて公開するもの。一言で言おう。ここに展示されている作品、いずれも素晴らしい。美しくて、しかも強い表現力がある。これによって、私が今までこの美術家に対して描いてきたイメージが見事なまでに反転したのである。

今回展示されている巨大な五百羅漢の壁画は、中国伝来の四神である、青龍 (東)、朱雀 (南)、白虎 (西)、玄武 (北) に合わせた四面からなる (後述)。それに因んで、この展覧会の入り口にはまず、白虎と青龍が。
e0345320_23204573.jpg
ここで私の心はチョイとばかり緩む。なぜなら、この 2匹の動物 (神?) が子供の声で何やら喋っているからだ。もちろん録音によるものだが、なんだかちょっとわざとらしい感は否めない。冷静になり、村上隆には騙されないぞと自分に言い聞かせる。そしていよいよ会場に足を踏み入れ、通常の美術展とは異なる雰囲気に気付く。写真撮影バリバリ OK なのだ。
e0345320_00045223.jpg
ここで村上の先進性に思い当たる。分野を問わず美術館では、撮影不可のケースがほとんどであるが、その理由は明らかにされていない。古美術であれば、フラッシュを禁止にすることで美術品の保護を促す場合もある。だが、現代美術の場合はどうなのであろう。著作権という問題は多分あるのだろう。だがしかし、このような時代になってくれば、美術作品のオリジナリティとは何ぞやという議論は避けて通れない。私も学生時代にボードリヤールのメディア論を少しかじった口だ。すなわち、今日の消費社会における諸事物は、プラトン的な「オリジナル」と「コピー」(「本物」と「偽物」) の対立において存在しているのではなく、ただその「模像(シミュラークル)」の循環のみによって存在していることになるという理論。しかもこれは何十年も前の理論で、インターネットが人生のかなりの部分を占めるに至った現代にあっては、オリジナルの意味など、ゲゲゲの鬼太郎に出てくる一反もめんのようなもの (水木しげる先生、ご冥福をお祈りします)。もはやペラペラで、一体何がオリジナルであるのかも定かではない。そのような時代にあっては、展覧会場でももったいぶって撮影禁止にする必要がどこにあるのか。村上のような美術家にとっては、いくらでもコピー可能な芸術が所与のものとなっているがゆえに、来訪客がいかに作品の写真を撮ろうと、全く問題にはならないのだろう。

そして、肝心なことは、作品自体が美しいこと。これは連作で、最初の方に描かれている村上の自画像が段々なくなって行く様を表している。色彩の配置が絶妙で、作品の意味などどうでもよくなってくる。なぜか心に残る不可思議な連作だ。
e0345320_00044394.jpg
これは別の作品だが、この美しさは観客の足を停めるに充分だ。うーむ、作品が美しければ、誰も文句のつけようがない。しかも逆説的であるのは、実物を目の前にしたときと、このように写真で再確認するときで、得られる深みが全然違う。すなわち、写真による作品の複製が可能な環境において初めて、オリジナルがいかに美しいかを思い知るのである。これはすごいことだ。
e0345320_00051703.jpg
様々なところで紹介されているが、村上は日本美術の伝統を強く意識していて、過去の日本の芸術作品へのオマージュを多々見受けることが可能だ。そのことによって作者は、見るものの美術史に関する知識や感覚の冴えを試しているのだ。例えばこの、腕が切断された一種グロテスクな作品は (日本美術に造詣の深い方はすぐに分かる通り)、雪舟の描く「恵可 断臂図」へのオマージュなのだ。雪舟のオリジナルと併せてご覧頂こう。
e0345320_00052573.jpg
e0345320_00010438.jpg
e0345320_00030157.jpg
ここで描かれているのは、後に恵可 (えか) と名乗ることになる高僧が、禅宗の開祖である達磨が少林寺において面壁座禅中、参禅を請うたが許されず、自ら左腕を切り落として決意のほどを示したところ、ようやく入門を許されたという有名な禅機の一場面である。見る者は皆、この切り離された手首にギョッとするだろう。村上の作品は、そのような鑑賞者の心理を反映した作品になっている。

展覧会のタイトルは五百羅漢図なのであるが、それにとどまらず、ここには村上の多彩な近作が多く展示されている。これなどは、一見真っ白だったり真っ黒だったりする、いわゆるまっとうなモダンアートの雰囲気の作品だが、何もない真っ白なキャンバス自体がそのまま作品になっているのかと思いきや、近づいてよく見ると、このような模様が一面に散りばめられている。これ、手塚治虫描くところのヒョウタンツギにそっくりではないか。なんとも人を食っている。
e0345320_00050892.jpg
手塚治虫と言えば、今回の五百羅漢の壁画の中には、このような「火の鳥」へのオマージュもある。
e0345320_00073265.jpg
また、先に追悼の意を示した、水木しげるへのオマージュもあるのだ。
e0345320_00053330.jpg
このような楽しげな龍もある。
e0345320_00050231.jpg
今、「楽しげ」と書いたが、これこそが村上芸術のキーワードであると思い知った。過去の日本美術に自らの作品のオリジナリティー (?) を対比するこのような作品にも、そのキーワードが生きている。これは、ロラン・バルトの「表徴の帝国」の表紙でも知られる、京都国立博物館に寄託されている宝誌和尚像のパロディだ。
e0345320_00054069.jpg
e0345320_00271435.jpg
もちろんそれだけではなく、例の狩野一信の五百羅漢像にも類似の造形が見られる。というわけで、この展覧会にも、その五百羅漢像の一部が展示されている。
e0345320_00054821.jpg
さて今回の目玉である、村上描くところの五百羅漢像であるが、全長 100m に及ぶ世界最大級の絵画のひとつとなった。全部で四面からなり、それぞれに中国の四神の名前がついている。まず、入り口にあったぬいぐるみと同じ組み合わせの白虎と青龍は以下の通りだ。
e0345320_00055556.jpg
そして朱雀と玄武。
e0345320_00065066.jpg
この壁画には、大小様々な羅漢が、本当に五百人描かれているらしい。もちろん、このような規模の作品をひとりで仕上げられるわけもなく、工房による作品だ。これぞ日本古来の絵画製作方法だ (ヨーロッパにもあり)。端っこにこのような銘が。今や会社となっている村上の率いる集団、カイカイキキの名前が記されている。
e0345320_00070334.jpg
さてここで五百羅漢図の一部をたっぷりお楽しみ頂こう。羅漢に混じって赤鬼青鬼も暴れているので、お見逃しなく。
e0345320_00060353.jpg
e0345320_00061164.jpg
e0345320_00061975.jpg
e0345320_00072263.jpg
e0345320_00071402.jpg
この展覧会で写真撮影が許されているのと同様、村上のオープンな態度とその裏にある自信を示すのが、この五百羅漢図の製作過程での様々な資料が展示されていることだ。これはまず前例のないことではないか。
e0345320_00064031.jpg
e0345320_00063097.jpg
このあたりの展示を見て行くうちに、これまでの村上隆への嫌悪感が雲散霧消、すばらしい芸術家への感嘆の念へと変わって行った。展覧会の出口近くにあったこの作品。なにやらグジャグジャ書いている上に、「馬鹿」と読める字が書いてある。
e0345320_00074949.jpg
展覧会場にある説明板によると、村上は世界的な名声が高まるにつれ、多大なるプレッシャーに苛まれたとのこと。このボードにも、あれこれ自分の目指してきたことや、未だに残る課題がびっしり書かれており、そこに最後に「馬鹿」を加えているのである。自己嫌悪は芸術家にとって飛躍のステップボードだ。常に課題に直面している孤独な芸術家像が目に浮かぶ。

というわけで、私としては目からウロコの村上隆再発見。出口では玄武と朱雀が、やはり何やら録音された声で何やら喋っている。
e0345320_00075626.jpg
そして観客は、会場から出たあと、村上グッズを売っているコーナーを通り、あれこれのキャラクターに、「かわいいー」などと言いながら金を払うのだ。かく言う私も、ガチャガチャカプセルで 2つの根付型羅漢フィギュアをゲット。早速拙宅のフィギュアコーナーに仲間入りだ。
e0345320_01014879.jpg
まあさすがに金儲けの達人、村上隆だけのことはある。それから、これは実に巧妙な手だと思うのだが、展覧会の図録は未だ作成されておらず、実際の展覧会風景を取材してから作成するらしい。それをやられると、図録の完成を待ちきれず、きっともう一度会場に足を運ぶことになろう。私もまんまとその手に乗ってしまいような予感 (笑)。このような経験をしてしまうと、以下のようないかにも村上隆的キャラクターにも、何か得も言われぬ雰囲気を感じてしまい、ついつい財布の紐が緩んでしまうのであるが、まあそれもよいではないか。日本の景気回復のため、どんどん財布を開こう。ありがとう、DOB 君!!
e0345320_01083453.png
e0345320_01085263.jpg

by yokohama7474 | 2015-12-25 01:09 | 美術・旅行 | Comments(2)

e0345320_23012168.jpg
007 シリーズの第 24作。ある時期から街に上のようなポスターが貼り出され、その原題、SPECTRE を見て、「スペクトレ」って何だ? と思われた方もいるかもしれない。英国の英語は、米国の英語と違って、時に RE を ER の発音で読むのである。よってこれは「スペクター」と発音する。ま、日本語表記もあるから余計な心配は無用ですが (笑)。

私はこのブログでいろいろなことを問わず語りに白状しているが、ここで新たに白状すると、007 シリーズをほとんどまともに見たことがない。それは、幼時より怪獣・幽霊・物の怪の類が登場する超常現象の方が、現実世界で人と人、あるいは国と国が争い合う話よりも興味があったからだ。それからもうひとつ。初代ショーン・コネリーは胸毛とポマードのバタくさい印象で子供心に親近感を覚えず、またロジャー・ムーアやピアーズ・ブロスナンは甘いマスクのために、どうにも精悍さが足りないような気がしていたのだ (すぐ女を口説くのもけしからんと思っておりました 笑)。その点、今回が 4作目となるダニエル・クレイグには、なんというか、危ないまでの精悍さがみなぎっていて、世の中の正統派ジェームズ・ボンド・ファンと逆行するかたちで (?)、彼によって初めて 007 物に興味を持ち始めたのである。前作「スカイフォール」はボンドの生い立ちに遡りつつ、なんとも陰鬱な色調の映画に仕上がっていたが、今回のこの「スペクトレ」、じゃなかった「スペクター」もストーリーはつながっていて、やはりボンドの幼少期に立ち入って行く。既に冷戦の存在しない時代、敵の見えない環境において、スパイ映画はこのような展開を示すしかないのかもしれない。その意味では、相変わらず終末感に終始伴われた映画であるとも言える。

映画はメキシコの「死者の日」の風景から始まる。
e0345320_23164709.jpg
「The Dead are alive. 死者は生きている」というモットーが画面に出て来て、この強烈なラテンの祭の雰囲気を文字で伝えてくるが、監督のインタビューによると、「ほこりまみれの暑くエキサイティングな場所に観客を放り込もうと考えた。死者の祝福というのがこの映画のテーマにつながっている」とのこと。なるほど、映画を見終った今となってはそれはよく理解できる。いやそれにしてもこの「死者の日」、行ってみたいなぁ。以前から大変興味がある。エイゼンシュテインの「メキシコ万歳」などという古い映画もありました。

映画のテンポは非常によく、このメキシコのシーンからローマ、アルプス、モロッコと舞台が移り変わり、その一方でロンドンの MI-6 での諜報戦略の転換が描かれて行く。これは「ミッション・インポッシブル」も同じだが、旧態然とした諜報組織 (ここでは 00 = ダブルオー = Project) は時代遅れとして、実戦を行っているスパイの活動が止められてしまう。まあもちろんスパイ映画である以上は、そのような敵対勢力は最後には手痛いしっぺ返しを食うのであるが。ところでこれが MI6 のビルという設定。これ、ロンドンのテムズ川沿いに実在するビルで、ヴィクトリア駅から南の方のガトウィック空港方面に向かう際に、へぇー、何のビルだろうと思ってよく眺めていたものだ。
e0345320_23342468.jpg
ここでストーリーを追うのは避けることにして、印象的なシーンをいくつか。ロケ地という意味では、「ミッション・インポッシブル ローグ・ネーション」の記事でもご紹介した、オックスフォード近くの世界遺産、ブレナム宮殿が今回も登場する。悪の組織スペクターの会合が開かれる場所の入口という設定だ。もっとも映画ではそれはローマにあるという設定である。ローマのシーンでの中心はなんといってもカーチェイスなのであるが、ここでボンドの乗る車は、いわゆるボンド・カーを提供してきたアストン・マーチンが、市販用ではなくこの映画のために開発した DB10 という車種。私は車の知識はまるっきりないが、おー、こりゃカッコいい。子供みたいな感想ですみません。
e0345320_23460630.jpg
そこでチェイスをする相手とは、モロッコを走る長距離列車の中でも格闘することになる。
e0345320_23483695.jpg
このシーンは、何気なく見ていればまあ普通のアクションシーンと言えるだろうが、私の目には、この凄まじい肉弾戦の感覚こそが、ダニエル・クレイグの非凡さを如実に表していると思えた。列車という狭い場所を選んだ点も効果的で、映画がカット割りという技術で断片をつないで行くということを忘れさせるほど、迫真力に満ちたシーンである。これを見ると、もし自分が人生のどこかの時点で運悪く悪漢と素手で取っ組み合うような事態に陥っても (まぁ、あまりないとは思うが 笑)、このように戦えば勝てるのではないかと思われてくるから不思議だ。この立ち姿、精悍ではないですか。
e0345320_00264968.jpg
さて、ジェームズ・ボンドと言えばボンド・ガールだが、今回はフランス人女優、レア・セドゥ。ウッディ・アレンの「ミッドナイト・イン・パリ」や、「ミッション・インポッシンブル ゴースト・プロトコル」などにも出ていたようだが、全然記憶にない。今回は予告編で、濡れた瞳で「スペクター」と悪の組織名を告げるシーンが印象的であったが、全編を見てみると、うーん、どうかなぁ。英語にフランスなまりが全然ないのはよかったが、役柄が自立した女性という点を中途半端にしか描いておらず、またコケティッシュな雰囲気というより少し線が太い感じで、意外性 (例えば、か弱い女性が必要に迫られて逞しく活躍するといった設定... 少しその要素はあるが) をあまり強く感じられなかったのが残念。
e0345320_00033486.jpg
それよりも、少ない出番で強い印象を残すのは、こちらはイタリアの至宝 (?)、モニカ・ベルッチだ。今年 51歳と、さすがにちょっと年取りましたがね。
e0345320_00092684.jpg
もちろん女優だけでなく、ボンドの上司役であるレイフ・ファインズなど、いい味出している。それにしてもこの映画、主要登場人物全員のポスターを作っているのか?!
e0345320_00115385.jpg
ポスターには顔の出ていない (笑)、監督についても触れておこう。サム・メンデス。名前はなんとなく聞いたことがあるような気がする。監督デビューはケヴィン・スペイシー主演の「アメリカン・ビューティー」で、それ以外でも「ロード・トゥ・パーディション」の監督でもあり、この 007シリーズの前作「スカイフォール」も彼の手になるものだ。実はダニエル・クレイグは「ロード・トゥ・パーディション」に出ていて (そうでしたかね?)、それ以来のつきあいであるようだ。なかなか腕の立つ監督であると思う。1965年生まれだから私と同い年のイギリス人の監督だ。
e0345320_00195129.jpg
さて、全編 148分に及ぶ大作であったが (007 シリーズで最長である由)、全く退屈することなく見ることができた。強いて言えば、いくらオメガがスポンサーとは言え、その時計を活用するシーンでは、おいおい、このシチュエーションだと時計外すだろうと思ったことは否めないことくらいか。ありえない設定も許せてしまう、流れのよさがある映画だ。

ただ、今後このシリーズはどうなって行くのだろう。これだけボンドの幼少の頃に踏み込む一方で、明らかに敵の存在は見えなくなって来ている。また、最後のシーンでは、ボンドは MI6 を辞め、彼女を助手席に乗せた昔ながらのアストン・マーチン DB5 でいずこともなく去って行くのだ。過度にノスタルジックな雰囲気にはなっていないものの、やはりある意味での終末感は漂っている。
e0345320_00314272.jpg
ダニエル・クレイグの好調ぶりから言っても、ここでシリーズが終わってしまうことはないように願いたいが、でも、次は「ジェームズ・ボンド vs イーサン・ハント」なんていうのはやめて下さいや。ま、「ジェームズ・ボンド vs スパイダーマン」よりはいいかもしれないが・・・。私の方では以前、「スカイフォール」に先立つ 22作のセット DVD を買ってあるので、徐々にキャッチアップします。

by yokohama7474 | 2015-12-23 00:34 | 映画 | Comments(0)

e0345320_21181746.jpg
今年の読響の第九は、上岡 敏之 (かみおか としゆき) の指揮である。1960年生まれで、若い頃からドイツの歌劇場やオーケストラで研鑽を積んだというたたき上げの実績を持つ指揮者である。現在ではヴッパタール (ハンス・クナッパーツブッシュ、ギュンター・ヴァント、ホルスト・シュタインの出身地であり、現代ダンスの分野ではピナ・バウシュが同地の舞踊団を率いたことで知られる) の市立歌劇場の音楽監督である。しかも、いかなる経緯か分からぬが、一度 2004年から 2009年まで務めた後辞任して、2014年に同じポジションに復帰したらしい。日本でもこの読売日本響は何度も指揮していて、来年 9月からは新日本フィルの音楽監督に就任することが決まっている。大変素晴らしい指揮者で、見た目は柔和ながら、恐らくは自らの信念に関しては妥協のない人なのであろう。彼の指揮する音楽にはいつも強い個性が刻印されている。2006年に N 響で第九を指揮したことがあるらしいが、私は聴いていない。さて、どのような演奏になるのだろうか。

ホールには以下のような貼り紙が。東西冷戦時にライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の音楽監督を務め、その後もこの読響の名誉指揮者のポジションを維持しながら、ニューヨーク・フィル、ロンドン・フィル、フランス国立管などの名門オケを率いたクルト・マズアの訃報である。88歳という高齢であったため、最近は活動を耳にしておらず、来るべきものが来たという感じがする。演奏開始前、オーケストラの楽員は舞台上で 1分間程度の黙祷を捧げた。
e0345320_21312950.jpg
さて、前回の第九の記事でも使用した「チェックシート」で今回の演奏の特徴をチェックしてみよう。

・第九以外の演奏曲
  なし
・コントラバス本数
  数え忘れ、恐らくは 6本か
・ヴァイオリン対抗配置
  なし
・譜面使用の有無
  指揮者 : なし
  独唱者 : なし
  合唱団 : なし
・指揮棒の有無
  あり
・第 2楽章提示部の反復
  なし
・独唱者たちの入場
  第 3楽章と第 4楽章の間
・独唱者たちの位置
  合唱団の前 (オケの後ろ)
・第 3楽章と第 4楽章の間のアタッカ
  なし

この演奏会、第九 1曲だけで休憩もなし。しかもその第九は、前回聴いたバッティスティーニを上回る超快速で、1時間ちょっとで終わってしまった。特に第 1楽章は、いわゆるタメが皆無で、普通の演奏で間を取るところもすべて、切羽詰まったように走り去って行く。ところが不思議なことには、そこで描かれる音のドラマには見事な緊張感が保たれていて、人の心にストレートに迫る音楽が立ち昇っているのだ。これぞ上岡の真骨頂だ。ここまでの極端なテンポでは、オケの側の (無意識であったにせよ) 抵抗もあったのではないかと思われるが、指揮者たるもの、自分の信じる音楽を創造するには、そのような非難を恐れていてはいけない。楽員の表情を見ていると、かなりの集中力を感じることができたので、奏者たちも新鮮な思いであったのかもしれない。第 2楽章はこの快速テンポには最も適性があるかもしれず、とにかく駆け去ったが、終結の和音だけは、通常の叩きつける方法ではなく、ふんわりと宙に消えて行くようなやり方だ。第 3楽章は、指揮者いわくは緩徐楽章ではなくアンダンテ (歩く速さで) だということで、なるほどそこにはたおやかな情緒はあまりなく、曲の冒頭から一本でつながっている推進力というものが維持されている。上のチェック項目にあるが、普通の第九演奏では、この第 3楽章の緩やかな音楽の余韻を消さず、そのまま終楽章になだれ入るために、4人の独唱者たちは、その前の第 2楽章終了時に舞台に登場することが多いのであるが、ここでは第 3楽章のあとで音楽は完全に休止し、そこで独唱者たちが入って来るという段取り。この指揮者が第 3楽章に感傷を見ていない証拠であろう。第 4楽章は、指揮者自身の言によれば、以前ヴッパタール交響楽団を指揮した CD では冒頭から猛烈に速いテンポであったものを、その後この曲の自筆譜を読んで研究した結果、もう少しテンポを落とすだろうとのことであったが、実際聴いてみると、速い箇所と普通のテンポの箇所が混在していた。場合によるとその混在具合は、日によっても違うのかもしれず、その瞬間の指揮者の閃きに忠実ということなのかもしれない。のけぞりそうになったのは、昔からドイツ系の指揮者が必ず長く伸ばしてきた合唱の盛り上がり、"vor Gott" の部分だ。ここにはフェルマータがついていて、フルトヴェングラーのように永遠に続くのではないかと思うくらい長く伸ばす演奏もあるわけだが、今回の演奏は、さっと短く音を切り、史上最短ではないかと思えたほどだ (笑)。だが、相変わらず表現力は強烈で、陶酔はないが、狂気すれすれの爆発的な力がある。一方で、最初にバリトンが "O Freunde" と歌い出す箇所は、一瞬音楽の流れがバッサリ切られてからの歌になることで、一体何が起こるのかと思わせる効果を出していた。

独唱・合唱は以下の通り。
 ソプラノ : イリーデ・マルティネス
 メゾ・ソプラノ : 清水 華澄
 テノール : 吉田 浩之
 バリトン : オラファ・シグルザルソン
 合唱 : 新国立劇場合唱団

特筆すべきは、上記のような一種独特の導入部を歌ったバリトンのシグルザルソンである。アイスランド人で、決して若くはなく、世界一級のオペラハウスで歌っているようではないが、上岡が兼任で音楽監督を務めているザールラント州立劇場を拠点にしているそうだから、上岡の指名による来日であろう。なるほど、歌手と指揮者の策略で、一味違った第九の独唱になったわけだ。
e0345320_22182086.jpg
プログラムには上岡の第九に対する考え方を知ることができるインタビューが掲載されている。既に上に何ヵ所か引用したが、ほかにも、「第九がベートーヴェンの生涯最高の傑作とは思わない。作曲のテクニックはともかく、ベートーヴェンの音楽の本質は若い頃からほとんど変わっていない」「第九のラストは予定調和的なハッピーエンドではなく、『さあ、これから自由を闘って勝ち取るぞ!』という熱狂的な決意表明だ」「日本のオケは第九をはじめとしてベートーヴェンをよく演奏している。だが、惰性はダメだ。今回 7回の公演があるが、お客さんが聴くのは 1回だけだから、その 1回が心に残るものであってほしいという気持ちをメンバーと共有したい」という趣旨の発言があって面白い。大変個性的な演奏で、充分心に残りましたよ。来年からの新日本フィルとのコンビも、東京の音楽界に新たに加わる顔として、楽しみにしております!!
e0345320_22214447.jpg

by yokohama7474 | 2015-12-20 22:22 | 音楽 (Live) | Comments(0)

e0345320_11140387.jpg
これは、むしろ演劇の範疇でご紹介すべきものかもしれないとも思い、あれこれ考えた挙句、やはり音楽としてご紹介することにする。佐渡に本拠を置いて世界的な活動を続ける和太鼓演奏集団の鼓童 (こどう) は、一般的にどの程度名が知られているのか分からないが、今回の公演が老若男女で満員 (結構な数の外人も含む) であったことから、私ごときがとやかく言うまでもなく、かなりの人気であることは明らかだ。今回、創立35周年を記念して行われている、「混沌」と題されたツアーは、なんとあの坂東玉三郎の演出である。実はこの玉三郎、2012年からこの鼓童の芸術監督を務めているのだ。いやいや、そうとは知りませんでした。ただの女形 (いや、それだけでも大変なものだが 笑) にとどまらない彼の幅広い芸術的才能が、こんなところで発揮されるとは、なんとも意義深いことである。

さて、この鼓童、私にとっては彼らだけの単独公演を聴くのは初めてだが、その生演奏ということなら、29年前に既に聴いていて、その後、主として日本の現代音楽との関連でメディアを通してその演奏に触れてきたのである。29年前の公演とは、これだ。
e0345320_18232752.jpg
ついこの間のような気がするが、1986年、サントリーホールのオープニングシリーズの一環として行われた、「小澤征爾と日本の作曲家たち」というコンサートで、石井眞木の「モノプリズム」に出演した彼らの演奏にびっくり仰天。和太鼓の凄まじい迫力と意外に多様性のある音に圧倒されたのである。この鼓童、その前身は「鬼太鼓座 (おんでこざ)」といい、創設者のひとり林 英哲 (確か毎日フルマラソンをしていると言っていた!!) は、時折クラシック音楽とも接点があり、例えば、小澤の 60歳記念演奏会では、そのオープニングで和太鼓をソロで叩いたし、ケント・ナガノ指揮するベルリン・フィルとも共演している。もちろん、今のメンバーの大半は、この 30年近く前の演奏会の頃は生まれていないであろう。そう思うと、このグループのユニークな活動が形を変えながらも継続・発展して来ていることは、誠にご同慶の至りであり、今回のように多くの聴衆を集められること自体、本当に素晴らしいことだと思う。今回のツアー日程は以下の通り、1ヶ月に亘って全国で行われ、ここ東京の文京シビックホールでの 5公演が締めくくりだ。
e0345320_18244461.jpg
どんな曲を演奏するのか。以下がプログラムに掲載されている曲目。玉三郎自身の作品もあり、ほかは主としてメンバーの作品だが、パフォーマンスは曲の区切りに関係なく続いて行くので、どの曲がなんという題名であるかは定かではなく、ただ舞台の推移を眺めていれば充分楽しめる。
e0345320_11385271.jpg
さて、鼓童はこれに先立つ近年の公演では、「伝説」「神秘」「永遠」というタイトルを冠してきたらしい。今回のタイトル「混沌」について、玉三郎の言葉を引用しよう。

QUOTE

作品を創っていくうちに「混沌」という言葉には更に (注 : 無秩序とかはっきりしないということ以上に) 複雑な意味が有るということに気付きます。この世の中自体がどんなに整然となり、人間がどんなに進化し、どんなに文明の開けた時代を創りあげようとも、結局は結論のない「混沌」とした世界なのだとも考えられます。それを音楽の世界で皆様に感じていただくのはとても難しいことです。(中略) この世に有るあらゆる音が脈絡も無く交差し、いかにも形が整ったのではないか・・・と感じた途端に、また混沌とした所に行ってしまうような作品を・・・と考えました。(後略)

UNQUOTE

ホールに入場する聴衆が上演開始前に舞台上に発見するのは、稽古場そのままの雑然とした状況で、一部の楽器にはシートがかけられているし、それ以外の楽器は袖にしまわれている。そこをメンバーたちがラフな格好であちこちうろついていて、スタッフと立ち話などしている。そのうちメンバーの一部が太鼓の紐を 2人一組で強く縛るなどして準備を整えだすと、自然とあちらでポン、こちらでトンと、音が響き始める。そうするうちに客席の照明が落ちて、徐々にそれぞれの楽器を持ったメンバーたちが舞台に登場し、気がつくと合奏になっているという趣向。なるほど、混沌の中から秩序が生まれるというイメージだ。この後も、笑いを取るシーンを含め、台詞こそないものの、奏者の演技が舞台の進行を作るという要素が見られたので、冒頭に書いた通り、演劇の範疇にすべきかと考えた。だが、それぞれの奏者が音を出しながら演技をするということは、少なくともそこに鳴る音なしには舞台は成り立たないのであるから、メンバー間の相互作用も含めて、この舞台の主役は音楽であると整理できるであろう。

数えてみると17名のメンバーが舞台にいて、あれこれの楽器を演奏するのであるが、その中に女性も 3名いる。彼女たちはこのようなパンクな恰好に着替えるシーンもあり、何をするかと思えば、ビニールでグルグル巻きにされたタイヤをボコボコ叩くのである。それが意外にも様々なニュアンスに変化するのが面白い。ちなみにこのタイヤ、全編を通してしょっちゅう舞台上を行ったり来たり、前後左右に転がることになる。
e0345320_17395539.jpg
基本的には太鼓の演奏集団であるので、大小様々な太鼓を演奏するが、笛や鈴も使われるし、中にはフルート 3本と中国の揚琴 (弦を叩いてノスタルジックな音を出す。ハンガリーのツィンバロンに類似。以下写真参照) で大変静かな叙情あふれるシーンもあった。さすがに太鼓をドコドコ叩くだけでは、休憩 20分を挟んで 2時間の上演時間はもたないし、逆にこれだけのバラエティを盛り込んでくれることで、聴衆が退屈することはまずないだろう。
e0345320_17320839.jpg
メンバーはいずれも素晴らしい腕を持っていて、このような合奏においても息がぴったりだし、演奏を聴いていてなんとも楽しくなるのだ。
e0345320_17401810.jpg
e0345320_17402400.jpg
また後半の見せ場は、3人のメンバーがドラムを叩きまくるところだ。本来和太鼓とドラムは、同じ打楽器とはいっても撥の使い方が違い、今回のステージのためにプロのドラマーの特訓を受けたという。そのドラマーとは、あのロック・バンド、ブルーハーツでドラムを叩いていた梶原徹也という人。おー、25年間くらい一貫してカラオケで「TRAIN TRAIN」をがなりたてている私としては、なんというかその、ちょっと気恥ずかしい・・・ (笑)。
e0345320_17452936.jpg
そして最後は、ドラムと巨大な和太鼓の対決となる。これぞまさに鼓童。録音ではとても味わえない、腹の底に響いてくる生の太鼓の音に、なんとも言えない高揚感を覚える。
e0345320_17460188.jpg
このようにあれこれ工夫が凝らされた舞台であるが、最後は静かな中を数名の上半身裸のメンバーたちが客席に背中を向け、体をひねって虚空に字を書くような動作で公演は終わる。まさに混沌から生まれた秩序がまた混沌に返る瞬間。だが、その過程で一旦秩序が生まれたことは、確実に次の混沌を前の混沌とは違うものにしているのだ。なんとも余韻のある終わり方である。

以下は練習風景。玉三郎がいかにも嬉しげだし、厳しくも創意工夫に満ちた練習過程が偲ばれる。2枚目の写真で玉三郎と喋っているのが、ドラム監修の梶原徹也であろう。
e0345320_17553099.jpg
e0345320_17514194.jpg
e0345320_17515435.jpg
e0345320_17520845.jpg
鼓童のこれからのスケジュールであるが、来年はヨーロッパ及び南米公演、その後 6月から 7月にかけて「混沌」の再演、そして 8月にはサントリーホールで 3夜連続公演だ。9月から12月にかけては、「螺旋」という新作上演。翌 2017年 2月には北米公演と、まさに世界をまたにかけた活動が続く。特にサントリーホール公演は、同ホールのオープン 30周年の記念行事の一環。30年の時を経て、あのホールでまた鼓童を聴けるのを楽しみにしよう。こうして世代を超えた技術伝承がなされているのであろう。

by yokohama7474 | 2015-12-20 18:03 | 音楽 (Live) | Comments(0)