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恩地 孝四郎展 東京国立近代美術館

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ある週末、知人宅に数名で呼ばれてひとしきり歓談し、ほろ酔い加減で帰宅する途中、地下鉄東西線に乗っていてふと思い出した。東西線竹橋駅近くの東京国立近代美術館 (最近では MOMAT = Museum of Modern Art Tokyo、つまりあのニューヨークの MOMA に T がついている = の略称を自称しているが、残念ながらあまり定着しているとは思われない) で、恩地 孝四郎 (おんち こうしろう) 展を開催中なのである。既に 16時に近いが、ちょうど閉館間際の静かな環境で鑑賞できるだろう。まあ、この展覧会が押すな押すなの大混雑であるとは思われないし、実はほろ酔い加減というよりもベロンベロンと言った方がよい状況ではあったので、おとなしく帰って別の機会にすべきかと考えたが、いや、ここでちょっと頑張って足を伸ばすか否かで、人生大きな差が出てくるものである。やはりここは竹橋まで足を伸ばそう。というわけで見たのがこの展覧会である。

恩地孝四郎 (1891 - 1955) は、日本のモダニズムを代表する画家である。ただ、その活動範囲は油絵よりも版画や本の装丁が中心であり、一般的にはそれほど知られた名前ではないかもしれない。だが私は、あの伝説的な展覧会、1988年に東京都美術館で開かれた「1920年代・日本展」で知った日本のモダニズムの流れの中でしっかりと彼の名前を記憶し、それ以来、様々な展覧会で彼の作品に接することがあり、私にとっては親しい名前であったのである。今回は版画作品 250点を含む 400点近い作品が一同に会する、オンチファンには絶好の機会である。まずは、彼の晩年の肖像から始めよう。
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柔和な表情に見える。だが彼の創作の初期にあたる 1909年、18歳のときの自画像はこれだ。ふてぶてしさまで感じさせる、若き芸術家の肖像。少しイメージは異なるが、短い人生を全力疾走して去って行った村山槐多すら思わせるパワーではないか。
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実は昨年見逃した展覧会があって、それは、東京ステーションギャラリーで開かれていた、「月映 (つくはえ) 展」である。これは、この恩地孝四郎とほか 2名の東京美術学校の学生が 1914年に創刊した版画と詩を掲載した雑誌、「月映」に関する展覧会であった。そこには若さゆえの痛々しい運命への憧れのような感情が迸っている。以下はこの雑誌に掲載された版画から、「めぐみのつゆ」と「泪」(ともに 1914年)。
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解説を読むと恩地は、竹久夢二に憧れて画業を志し、クレーやカンディンスキーの影響を受けたとある。もちろん、上記からそれは明らかと言えるであろう。あるいはビアズレーを知っていたのかもしれない。だが私が感じたのは (もしかすると世の中の解説にはそうは書いていないかもしれないが)、世紀末ウィーンからの影響である。とりわけ、コスカー・ココシュカの青春の作、「夢見る少年たち」との共通性を見ることができるのではないか (クラシックファンの方は、ベルナルト・ハイティンクのベルリン・フィルとのマーラー・シリーズにこれが使われていたのをご存じであろう)。実はココシュカは恩地よりもたった 5歳年上であるだけ。この作品は以下の写真のようなものであるが、1908年、ココシュカ 22歳の作。恩地がこれを知っていたのか否かは定かではないものの、ほかにも月映に載った恩地の作品には明らかにエゴン・シーレを思わせる構図もあり、世紀末ウィーンとなにか超自然的な力 (!) で結びついていたのかもしれない。
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これは、1915年 11月発行の月映第 7号の表紙。"Separation" (告別) とあり、月映の同志であった田中恭吉の死を悼むものである。だが、これも私の勝手な思いであるが、ここでの Separation からどうしてもドイツ語の Sezession = ウィーン分離派を連想してしまうのだ。
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それからこの月映という言葉自体、何かを連想させないか。そう、萩原朔太郎の第一詩集、「月に吠える」だ。調べてみると月映における恩地や田中の創作は、この詩人に影響を与えており、この詩集、恩地の手になる装丁によって初めて世に出ているのだ。1916年のこと。
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恩地が本の装丁で有名であることは冒頭に述べた通りだが、いかにもな作品の装丁を手がけている。世紀末の王者、ボードレールの「悪の華」だ (1919年、日本初の翻訳)。おー、日本のモダニズムの騎手は、実はヨーロッパと同じく、世紀末にその根っこがあったのだ!!
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だが恩地の感性は、ヨーロッパの真に退廃した世紀末に骨の髄まで侵されることなく、同時にモダニズムにも走っていた。これは 1918年の「消される生体」。マリネッティの「未来派宣言」は 1908年。インターネットやテレビはおろか、電話もろくになく、国際電話は夢のまた夢であった時代、ヨーロッパではアール・ヌーヴォーからアール・デコに移り行く時代に、極東の日本でこのような作品を作った人がいたのだ。
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また彼の感性は、大正モダニズムのモボ・モガカルチャーにも大きく影響を与えた。1927年、ということはもう昭和に入っているが、「美人四季」という雑誌の「春」。なんと、題名はフランス語だ。
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これは 1929 - 30年の「帯」というシリーズ。夢二に憧れたという青年時代を彷彿とさせる。だが調べてみて分かったことには、恩地は夢二よりも 7歳年下であるだけだ。同世代人と言ってもよいだろう。
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それから、面白い肖像画がいくつも展示されている。以下は、まず山田耕筰。1938年の作だ。恩地は山田の作品の楽譜の装丁も出がけている。
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これは北原白秋 (1943年)。後ろの青や赤がモダニズムのしっぽを引きずっている。
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これは、同じく 1943年作の萩原朔太郎。上記のような関係もあり、いわば恩地の同志と言ってもよいだろう。荻原は 5歳年上で、やはり同世代の人。今回、久しぶりに書棚から朔太郎の詩集を引っ張り出し、月に吠えてみたくなってしまう私である。
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これは誰だかお分かりだろうか。戦時中のヨーロッパで活躍し、クナッパーツブッシュ指揮のベルリン・フィルとも共演した、ヴァイオリニストの諏訪根自子だ。1946年の作。命を削るヴァイオリンが響いてくるようだ。
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先日、NHK Eテレの「日曜美術館」でも恩地を採り上げているのを見たが、戦後は前衛的な版画家として欧米で人気を博したという。それは知らなかった。道理でこの展覧会でも、ボストン美術館や大英博物館から出展されているはずだ。そのような戦後の前衛版画家としての恩地の作品をひとつだけ紹介しよう。1950年作の「ポエム No. 9 海」。これはもちろんクレーやカンディンスキーとも共通性があり、またミロを思わせるところもあるが、敗戦間もない日本で、これだけ自由な感性で作品を作っていた画家がいたとは。
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これだけの数の作品が並んでいると、ここでご紹介しきれない様々な画家の顔を見ることができる。日本の近代美術史には、本当に多様なページがあるということだ。私のようにほろ酔い、いや真っ赤な顔のヘベレケ状態で見るのではなく、ちゃんとシラフで見ることをお奨めします (笑)。ところで上述の「日曜美術館」で、恩地の展覧会は約 20年ぶりと言っており、何やらピンと来るものがあったので、例によって我が家の書庫をゴソゴソ探してみると、出てきましたよ、1994年に横浜美術館で見た「恩地孝四郎 色と形の詩人」展の図録が。パラパラ見てみると、今回の出展作の多くが出ていたことが分かる。いやいや、瞼に焼き付けたものは、脳が忘れても、どこかで覚えているものですな。願わくば、脳が覚えていてくれればよいのだけれど、生まれつき脳の容量が狭いので、ま、それもよしとしよう。

by yokohama7474 | 2016-02-13 23:25 | 美術・旅行 | Comments(2)

ダニエル・バレンボイム指揮 シュターツカペレ・ベルリン ブルックナー・ツィクルス第 3回 2016年 2月11日 サントリーホール

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バレンボイムとシュターツカペレ・ベルリンのブルックナー・ツィクルスの 3回目。今回の曲目は以下の通り。
 モーツァルト : ピアノ協奏曲第 24番ハ短調K.491 (ピアノ : ダニエル・バレンボイム)
 ブルックナー : 交響曲第 3番ニ短調

前日に続いて短調のコンチェルトである。こちらもドラマティックな要素を持った曲であるが、やはりバレンボイムの演奏は重い悲劇性よりも清澄さの表現を目指したものと思われた。これまでの 3回の演奏の中でも、今回は特にピアノの即興性が際立っていたと思う。常に導入部は静謐さを伴い、細かいフレーズの最後では音型を自由に変えていた。オケもそのような円熟のピアノによく付き従い、各パートの自立性と相互依存性がともに優れており、まあ一言、見事な演奏としか言いようがない。よくまとまっているのにどこかスリリングな演奏。なかなか聴けるものではない。

一方、メインのシンフォニーであるが、過去 2回が譜面を見ながらの指揮であったのに対し、今回は暗譜。全 9回のうちの 1/3 の道程にあたる今回、いよいよブルックナーの書法が充実し始めていることがよく理解できた。ブルックナーが書いたシンフォニーとしては、番号付きの 1、2、3番と、1番以前に書かれた習作の 00番、1番と 2番の間に書かれた 0番を含めて、これが 5曲目になるわけだが、ここまではチューバが使われていない。この後の第 4番以降はすべてチューバが使われるので、明確に作曲家の中の音のイメージが広がって来たものと理解される。1番、2番と順番に聴いてきた耳には、この 3番はかなり、洗練されてきたとまでは言わないまでも、楽想がまとまってきたなという印象だ。この曲は「ワーグナー」の愛称でも知られるが、それは、ブルックナーと面会してこの曲と第 2番の楽譜を見せられたワーグナーが、「(2曲の中では) トランペットで始まる曲がよい」と評したことから、トランペットで始まるこの曲がワーグナーに献呈されたことによる。私は前回、2番のシンフォニーを結構好きだと言ったが、この 3番よりもそちらの曲の方が粗削りであるかゆえに独特の表現力がある点がよいと思うわけであって、3番は、その意味ではちょっと中途半端な感じがするのである。しかしながら、今日のバレンボイムの演奏では、まさに彼が得意とするワーグナーを思わせる響きが時折聴かれ、これはブルックナーのワーグナーへの憧れが昇華した曲なのだなと改めて感じた次第。

私が過去に聴いたバレンボイムの生演奏の中には、東西ドイツ統合からまだ日も浅い 1992年、ベルリンのシャウシュピールハウス (現在の名称はコンツェルトハウス) でベルリン・フィルを指揮したものが含まれる。その頃はベルリン・フィルハーモニー・ホールが改修中で、この響きの悪いホールがベルリン・フィルの定期演奏会場として使われていたのである。そのときバレンボイムが指揮したメインの曲目は、リストのダンテ交響曲。滅多に演奏されないこの曲を、小柄な体をいっぱいに使って精力的に指揮する彼の姿に圧倒されたものだ。それから既に四半世紀近く経っているわけであるが、さすがに当時よりも身振り自体は少し小さくなったかもしれないが、パワーあふれる音を引き出す技は健在であるどころか、ますます凄みを増しているように思う。ひとつには、ベルリン・シュターツカペレというオケとの出会いも大きいのではないだろうか。ちょうど上記のベルリン・フィルとの演奏が行われた 1992年に彼はこの歌劇場とオーケストラの音楽監督に就任したわけで、それまでは日本でもおなじみのオトマール・スウィトナーの指揮する、地味で古色蒼然とした東側のオケという印象であったものが、バレンボイムが就任してからは相当にパワフルで洗練されたオケに発展していることは明白だ。もちろんそのことは何度も実現している日本公演 (オペラも、またオケだけのケースも) で充分認識しているつもりではあったが、今回の連続演奏会を聴いているうちに、改めてそのことに思いを致すようになった。ここまでの 3曲で、はっきり分かるミスはひとつもなく、それぞれのパートの持ち味がよく出ていると同時に、バレンボイムのひとつの大きな楽器として壮大に鳴っている様子は、実に圧倒的である。今回の 3番はともかく、1番、2番という、このコンビでも滅多に演奏したことがないような曲でも、完璧に音が鳴っていた。この指揮者とこのオケは、現代の名コンビと言ってよいであろう。

さてこれからいよいよ名曲第 4番以降の傑作の森に入って行くわけであるが、これからどこまでの高みに上って行くのか、大変に楽しみである。このような機会に恵まれたことを大いに感謝しよう。「あ、そう」と言われてしまいそうなマエストロの表情です (笑)。
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by yokohama7474 | 2016-02-12 01:06 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ダニエル・バレンボイム指揮 シュターツカペレ・ベルリン ブルックナー・ツィクルス第 2回 2016年 2月10日 サントリーホール

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バレンボイムとシュターツカペレ・ベルリン (ベルリン国立歌劇場管弦楽団) のブルックナー・ツィクルスの第 2弾。曲目は以下の通り。
 モーツァルト : ピアノ協奏曲第 20番ニ短調K.466 (ピアノ:ダニエル・バレンボイム)
 ブルックナー : 交響曲第 2番ハ短調

この日は祝日の前日ということもあってか、初日よりは入りのよい状態で、客席には、ちょうど来日中の NHK 交響楽団首席指揮者、パーヴォ・ヤルヴィの姿も見られ、もし私の見間違えでなければ、金曜・土曜にブラームスのコンチェルトでヤルヴィ / N 響と共演するヴァイオリニスト、ジャニーヌ・ヤンセンの姿も見られた。私が常日頃唱えている、世界の中のクラシック音楽の中心都市のひとつである東京で、そのような世界トップクラスの音楽家が他の世界トップクラスの音楽家のコンサートにでかけるという事態は、大変意義深いことである。

モーツァルトのピアノ協奏曲第 20番は、以前も触れたことがあるが、2曲しかない彼の短調のピアノ協奏曲のうちのひとつで、その悲劇的な雰囲気は、優雅な音楽を求めていたモーツァルトの時代の貴族の聴衆には、まさに驚天動地の強烈な響きであったことであろう。だが今日我々は、この協奏曲が人類の音楽表現のひとつの可能性を切り拓いたことを知っている。おそるべきコンチェルトである。ところが今日のバレンボイムは、前日の 27番の平穏なコンチェルトと本質的に違いのない、温和な表情で演奏を始めた。モーツァルトの心情の赤裸々な吐露という様相はあまりなく、繊細かつ慎重なタッチであったと思う。これは明らかに円熟と言ってよいだろう。バレボイムが本質的にロマン的で重厚な音楽を志向するとすると、その方向とは若干異なる演奏であったかもしれないが、もちろん、頻繁に表れる濃密な音楽的瞬間に、この指揮者とこのオケならではの真実の響きを聴き取ることができた。

ブルックナーの 2番はあまり人気のない曲ではあるものの、なかなかに充実した内容である。番号順に彼のシンフォニーを聴いて行くことで見えてくることもある。その意味では、1番から続いているブルックナーの真摯な創作活動を辿ることができる今回の連続演奏会は、やはりなんとも貴重な機会なのだと思われる。私はこの曲が結構好きで、冒頭のチェロのメロディには一度聴いたら忘れない迫力とロマン性があるし、楽章の途中では、弦が朗々とではなくピツィカートで歌う箇所や、ほかの楽器が沈黙して木管だけで合奏するシーンもあって面白い、第 2楽章は、ブルックナーの後年のシンフォニーのあの壮大な緩徐楽章とは趣きが異なり、ホルンのつぶやきなどがちょっと第 4交響曲の第 2楽章を思わせる、昼下がりの倦怠 (?) のような感じで独特だし、スケルツォはまあいつものブルックナーだが、終楽章はまた、川の流れのように始まって音楽的情景が遷り変わる様子が、聴衆の予想を裏切る盛り上がりを見せ、終結部は比較的あっさりしている。総じて、若書きの魅力といったものがそこここに聴かれて、一般的な人気がないのも理解できるものの、知れば知るほどに興味の沸く作品だ。バレンボイムとシュターツカペレ・ベルリンの演奏は、ここでもパワー全開かつ微妙なニュアンスにあふれる素晴らしいもので、聴いているうちに、このシリーズはこの指揮者としてもブルックナー演奏の集大成という気概を持って臨んでいるのだろうという気がしてきた。大変いい音が鳴っている瞬間に、客席にいるヤルヴィの反応を見てみたが、沈思黙考しているかと思いきや、隣に座った連れの日本人女性にしきりと何事か話しかけていた (笑)。彼自身、9月には N 響でこのシンフォニーを振るので、そちらも楽しみだ。

このように、シリーズは上々の滑り出しだ。短期間にブルックナーの交響曲を連続で聴くことの意味も見えてきたし、連続もののドラマを見ているようにも思えてきた。毎回重い内容のドラマだが (笑)、存分に楽しみたいと思う。
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by yokohama7474 | 2016-02-11 07:42 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ダニエル・バレンボイム指揮 シュターツカペレ・ベルリン ブルックナー・ツィクルス第 1回 2016年 2月 9日 サントリーホール

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東京では今、未曾有の音楽イヴェントが開始した。もちろん東京では初めて。世界的にも多分初めてか、どう控えめに見ても歴史上極めて稀なイヴェントである。それは、ブルックナーが書いた番号つきの 9曲の交響曲を順番に演奏するツィクルスで、1番から 9番までをわずか二週間足らずの間に演奏するのである。以前の記事でマーラー・ツィクルスについて少し触れたが、マーラーの場合、大規模な楽器編成や声楽の導入という意味で、演奏の難易度はもちろんブルックナーの上を行くが、ほとんどすべての交響曲が親しまれている (強いて言えば、7番のみ比較的マイナーと言えようか)。また、各曲ごとの明確な個性の違いが、ツィクルスとしての面白さを一段と増すのである。翻ってブルックナーの場合、いわば常に同工異曲を書いた人で、どの曲も同じ、という言い方はもちろん乱暴であるが、基本的な構成はどれも似通っている。加えて、1番、2番、6番など、明らかに不人気の曲があって、全部通して聴きたいと思う人は、(経済的な利用もこれあり) さほど多くないだろう。ところが、それが今東京で始まった。オーケストラはベルリン・シュターツカペレ、つまりベルリン国立歌劇場管弦楽団。指揮はもちろん、音楽監督のダニエル・バレンボイム。現在 73歳だ。
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バレンボイムは言うまでもなく、現代を代表する指揮者であり、また長らく一流のピアニストであり続けている。今回のツィクルスでは、演奏時間が比較的短い交響曲の前座として、彼自身がピアノを弾いて、モーツァルトのピアノ協奏曲が組み合わせて演奏される。番号でいうと、第 20番、22番、23番、24番、26番、27番だ。こんなことができるのは世界広しと言えどもバレンボイムだけであろう。アシュケナージは同じくピアノを弾く名指揮者だが、彼はマーラーは演奏するものの、ブルックナーを演奏したとは聞いたことがない。ほかには、クリストフ・エッシェンバッハに可能性はゼロではないにせよ、ブルックナーの全曲は無理であろう。なので、冒頭に掲げたチラシの文句のごとく、「あなたは歴史の目撃者となる」なのである。

今回私は全 9回のチケットをシリーズで購入した。だが、一介のサラリーマンにとってこの 9回全部を聴くのは至難の業。私の場合は 9回中 2回は出張で行けないことが明らかとなり、既に処分してしまった。だが、残りの 7回は絶対に行くので、逐一記事を書いて行く所存。しかしながら、各曲によってそれほど違ったことを書く材料がないと思われるので、私にとってのブルックナーや、過去のバレンボイム体験などをつれづれに記述して行くことになろう。以前記事を書いた、現在 92歳のスタニスラフ・スクロヴァチェフスキが読売日本響を指揮した第 8番は、宣伝で「究極のブルックナー」と謳われていて、実際その通りであったが、今回のバレンボイムのツィクルスは、とりあえず「9曲のブルックナー」というところから始めよう (笑)。9曲が究極のブルックナーになるか否か、それをこれからしっかり見届けたいと思う。

バレンボイムはもちろんワーグナーのオペラを中核レパートリーとしているが、そのワーグナーに心酔し、でもオペラではなく巨大な交響曲を書いたブルックナーも、彼の大事なレパートリーだ。既に、シカゴ交響楽団とベルリン・フィルという世界の二大スーパー・オーケストラを指揮して全集を録音しているが、現在の手兵シュターツカペレ・ベルリンとも、主要交響曲は録音・録画している。だが率直なところ、彼のブルックナーを多くの人々が口を極めて絶賛しているかというと、必ずしもそうではない。今から 30年くらい前だろうか、最初のシカゴとの録音 (どの曲かは忘れたが、7番だったろうか) をレコード芸術誌の月評で大木 正興 (私の世代にとっては、尊敬すべき教養主義の辛口音楽評論家) が、「このように美麗なブルックナー演奏は、つい最近、先輩のカラヤンが行って通り過ぎて行ったばかりではないか。バレンボイムは、そこに自分の演奏を加える意味をどう考えているのだろうか」といった厳しい批評が掲載されていた。当時バレンボイムは、ピアニストとしては高い評価を得てはいても、指揮者としての評価は今ひとつで、しかもあまりフレンドリーな人柄でないこともあって、彼のブルックナー録音が世の中で愛聴されてきたとは思えない。私自身を振り返ってみても、今手元にあるブルックナー全集は、カラヤン、ショルティ、ヨッフムの新旧 2種、朝比奈、スクロヴァチェフスキ、インバルというポピュラーなものに、マゼールがミュンヘンで録音したものや、世界初の全集であったフォルクマール・アンドレエ、遺稿を様々収録したロジェストヴェンスキー、はたまたルーマニアのクリスティアン・マンデアルなどのマイナーなものも持っているが、バレンボイムの 2種の全集はいずれも所持していない。今回のツィクルスを聴くまでの状態はそんな感じである。

初回の演奏会の曲目は以下の通り。
 モーツァルト : ピアノ協奏曲第 27番変ロ長調K.595 (ピアノ : ダニエル・バレンボイム)
 ブルックナー : 交響曲第 1番ハ短調

上記の通り、バレンボイムはまずピアニストとして名声を博し、よしんば彼の指揮に異論がある人も、彼のピアノには沈黙せざるを得ないという事実が、過去何十年も存在している。私自身も、初めてバレンボイムがモーツァルトのピアノ協奏曲を弾き振りしたのを聴いたのは、1989年のパリ管弦楽団との来日公演。「英雄の生涯」をメインとした前座であったが、そのあまりの素晴らしさに驚愕したことをよく覚えている。今調べてみると、なんとなんと、その時の曲も今日と同じ、27番のコンチェルト、つまりモーツァルトが書いた最後のピアノ協奏曲であった。
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今回の演奏では、ピアニストが指揮も兼ねる以上当然ながら、オケの中にピアノが入ったかたちでの配置となり、蓋は取り外されていた。バレンボイムは暗譜での演奏。さて、演奏開始から明らかになったことは、これは昨今ともすれば耳にしがちな、ただ小さい編成で音の痩せたモーツァルトではないということだ。音自体はクリアであるが、どちらかというと重みのある、情報量の多いピアノでありまたオーケストラであった。流れの強い演奏と言ってもよいだろう。そんな中バレンボイムのピアノは、昔より一層自由にテンポを揺らしタメを作り、安易な聴き流しを許さないようなものであった。これはその後のブルックナー演奏でもそうであったが、音が舞い上がって力を溜め、そして一気になだれ落ちるような箇所では、頂点でほんの一瞬流れを止めて、波との遊びを楽しむかのように走り出すような印象であった。このオケは、とびきり音色がきれいであるとか水際立った技術があるという感じではないが、どのセクションにも音の均一性があり、このような音楽監督との親密なコラボレーションが大変説得力と安心感を持って響く点に、歴史あるオケの伝統を聴き取ることができた。総じて驚愕の名演奏というよりは、滋味深い音楽の行為という印象で、素晴らしいと思った。

メインのブルックナー 1番であるが、これもまた、均一性のあるオケの音が見事に交響する、誠にドラマティックな演奏であった。冒頭のリズムの刻みは若干おとなしいようにも思ったが、今にして思うと、これは前半のモーツァルトで最初にピアノが入ってくる箇所と似通った表現だった。上記の通りの、音が登りつめてからの雪崩のような動きは極めて効果的で、ブルックナーの別の一面を見たように思われた。後年の大交響曲のような滔々たる流れはなく、若干偏執狂的に短い音形が果てしなく繰り返されるが、これだけ緊密な演奏であれば、そこに得も言われぬ独特の迫真性が生まれて、初期の作品であるからこその冒険心も感じることができた。スコアに書かれたあらゆる音が、最初から最後まで、途切れることのない長い絨毯のように千変万化の模様を見せ、何か今まで知らなかった宝を見つけたような気がしたものだ。オケのモチベーションも高く、各パートの献身ぶりには瞠目すべきものがあった。終楽章での集中力は全く素晴らしいもので、演奏者たちにとっても、回心の演奏であったに違いない。

そんなわけで、大変順調な滑り出し。バレンボイムならではの特別なツィクルスになるという予感がする。若き日のブルックナーも、これを聴くと満足したのではないだろうか。
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by yokohama7474 | 2016-02-10 01:13 | 音楽 (Live) | Comments(0)

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 交響楽団 (バリトン : マティアス・ゲルネ) 2016年 2月 7日 NHK ホール

今シーズン (2015年 9月から) NHK 交響楽団、通称 N 響の首席指揮者に就任したパーヴォ・ヤルヴィはエストニア出身。文字通り、世界で今最も高い名声を誇る名指揮者である。私としては、彼の就任が、名実ともに N 響が世界に誇れる一流オケにのし上がるためのマイルストーンであり、これが日本の音楽界を変えて行く端緒であると、勝手に期待が盛り上がっているのである。会場の NHK ホールには CD/DVD 売り場があるが、そこにはこのような等身大 (? ではないと思うが 笑) の自立式ポスターが。
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昨年 10月の就任記念の定期演奏会の数々はひとつも聴けず、年末の第九でなんとか喝を癒したものの、2月に早速再登場とは有り難い。今回、ほかのプログラムでは、ピアノのカティア・ブニアティシュヴィリやヴァイオリンのジャニーヌ・ヤンセンなどの名花が共演するが、そのような気の散るものではなく (笑)、バリトンのマティアス・ゲルネとの共演のこのコンサートを選んだ。まあ、正直に言ってしまうと、ほかも全部聴きたいが、日程が合わずに行くことができないということなのであるが。今回の曲目は以下の通り。
 マーラー : 亡き子をしのぶ歌
 ブルックナー : 交響曲第 5番変ロ長調 (ノヴァーク版)

このマーラーの歌曲は、ドイツの詩人リュッケルトが自身 2人の子供を亡くした経験から書いた詩の中から、マーラーが 5篇を選んで作曲したもの。ウィーン国立歌劇場の音楽監督という最高のポストに辿り着き、最愛の妻と子供に恵まれた幸せな時代 (1901年から 04年) に書かれた不吉な曲は、後にマーラー自身が長女を失うことで、交響曲第 6番「悲劇的」と同様、予言めいた存在となった。5曲からなり、交響曲第 5番との共通性も感じさせる耽美的な箇所もあって、痛々しい内容なのに、澄んだ音が美しい点にこの曲の特異な点があると言ってもよいだろう。歌うのは現代最高のバリトン歌手のひとり、オペラよりも歌曲を中心として活躍するマティアス・ゲルネだ。
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彼の歌は、深い呼吸を伴って感情の起伏をくっきりと描き出すので、このマーラーの歌曲集などぴったりである。実際、かなり大きな身振りで豊かな表現力をもって哀しみの歌が切々と響き、ヤルヴィと N 響の繊細な伴奏とともに、密度の高い時間が現出した。ただ、この曲はやはりバリトンよりもアルトの方が聴き慣れているし、曲の内容にも適している。その点のみ、多少の違和感があったと正直に書いておこう。

さて、メインは 70分を要する大曲、ブルックナーの 5番である。ヤルヴィは N 響のドイツ音楽の伝統を高く評価して、リヒャルト・シュトラウスから一連の録音を始めたが、マーラーとブルックナーも、今後順番に採り上げて行く気配がある。実は会場とプログラムの速報で、今年の 9月には、N 響創立 90周年記念のマーラー 8番と、定期の中でブルックナー 2番が演奏されると知った。ヤルヴィはこの両方の作曲家をよく採り上げているので、いよいよその成果を N 響で聴けるとはなんとも楽しみであるが、さて、今日の 5番はいかがであったか。
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ブルックナーの 5番は、対位法を駆使した大曲という能書きよりも、音楽史上数ある交響曲の中でも、クライマックスが最も盛り上がるものと言う方が分かりやすいだろう。うねる弦楽器、連打するティンパニをバックに、山を越えたらまた山があるといった風に、すべての金管楽器がこれでもかと咆哮を続けるのだ。以前どこかで読んだのだが、「作曲者はこの曲が実際に演奏されるとは思っていなかったので、金管楽器奏者の限界を考えずに、ひたすら輝かしいクライマックスを書いたのだ」ということだ。真偽のほどは知らないが、確かに金管の爆発という意味では、晩年の交響曲でもこれだけの迫力にはなっていない。実際、作曲者の生前には一度だけしか演奏されていない。またそのときには作曲者は列席しなかったので、ほかの交響曲と違って作曲者自身の改訂が少ないことでも知られている。

今日のヤルヴィの演奏は、早めのテンポでグイグイと押して行く、しんねりむっつり型とは正反対のブルックナーであり、特にスケルツォの後半から終楽章にかけては、明らかに集中力が上がっていった感があった。だがそれを換言すると、第 1楽章は休止部分の緊張感にさらに改善の余地があったし、ブルックナーのアダージョとしては短いながらも深々とした呼吸を必要とする第 2楽章も、絶美と呼ぶには今一歩。ブルックナーの演奏は本当に難しいのだなと改めて実感した次第である。つまり、ただブカブカと鳴っても説得力がないし、かといって音楽の前進力がないと聴けたものではないのだ。理屈では説明できない指揮者自身の持ち味というか適性のようなものも、明らかに存在する。ブラームスなら、まずは鳴る音の密度や精度で勝負しないと始まらないが、ブルックナーはそれよりも、なんとも言えない呼吸のようなものがまず求められる。ヤルヴィの場合、抜群の指揮のテクニックがあるので、音が鳴るには鳴るのだが、ブルックナーの音楽としての話法のようなものとは少し違うような気がする。もっとも、それぞれの指揮者に個性があるので、「絶対こうでないといけない」と言うつもりは毛頭ないが、不思議なもので、聴き手の中のイメージというものも、やはり存在するのである。以前アバドがベルリン・フィルとの来日公演で披露したこの曲の演奏は、私がここで言っているブルックナーの音のイメージとは少し違っていたが、いわば表現主義のブルックナーといった体の独特な演奏で、大変説得力があった。なので、ヤルヴィと N 響も、試行錯誤を繰り返してブルックナー演奏を継続してもらいたい。

そうそう、最近私はこのブログで、日本のオケの金管楽器のレヴェル向上必要性を声高に (?) 唱えているが、ヤルヴィがブルックナーで最初にこの 5番を採り上げたのも、そのあたりの期待に沿うものだ。今日のクライマックスの金管の咆哮はなかなかのものであったが、もっともっと炸裂して欲しい。また、静かな部分でのミスも散見されたので、今後はこの指揮者のもとでビシビシ鍛えて頂けることを期待しましょう。

ところで、今日ヴィオラのトップを弾いていたのは、都響の鈴木学さんではなかったか??? 日本のオケメンバーでも、やはりヴィオラの店村眞積が読響→N 響→都響と移籍したり、チェロの木越洋が新日本フィル→N 響→新日本フィルと移ったりということもあるので、もしかして彼も移籍かと思って N 響の楽員表を見てみたが、そのようなことはなく、ゲスト出演であったようだ。ネット検索すると、過去にも下野達也指揮 N 響の演奏会に出ていたこともあるらしい。このような楽員の交流も、大いに意味があることではないだろうか。
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いろんな意味でヤルヴィと N 響の今後から目が離せません。是非、東京の音楽界に大きな刺激を与えて欲しいものだ。

by yokohama7474 | 2016-02-08 00:14 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ロイヤル・コンセルトヘボウ オーケストラがやって来る (エディ・ホニグマン監督 / 英題 :Around the World in 50 Concerts)

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たまたま前回の記事でオランダ 17世紀の絵画を通じてこの国の文化的伝統について考えてみたが、この映画についての記事では、同じ国の音楽について考えてみることとしよう。オランダが誇る世界有数の名オーケストラ、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団が 2013年に創立 125周年を祝って世界ツアーを行ったときのドキュメンタリー映画だ。アムステルダムにある、たとえようもなく美しい響きのホール、コンセルトヘボウ (なんのことはない、「コンサートホール」というそのものズバリの意味だ!) を本拠地とするこのオケについては、既にこのブログでも、昨年 11月の来日公演の様子を、しかも名古屋と東京の両方のものについて書いたし (決してユジャ・ワンについてだけ書いたのではないですよ!!)、音楽好きの方には今更説明の必要もあるまい。だが、やはり日本における知名度から言えば、ベルリン・フィルやウィーン・フィルにはひけをとっていると言うしかないだろう。この映画も、全国で東京・渋谷のユーロスペースと、大阪のシネ・リーブル梅田の 2館でのみの上映となっている。この手の映画こそ早く見ないと終わってしまうと思い、NHK ホールに行く前に、12:20 の回を見ようと出かけたのだが、時計を見ると劇場到着は上映開始寸前。まあ、クラシック音楽に興味のある人しか見ない映画であろうし、世の中ではクラシック音楽ファンなんて、大変にマイナーな存在であるから、どうせガラガラだろうと思いきや、あにはからんや、劇場はほぼ満席の大盛況。ここでまた常套句を繰り返そう。恐るべし、東京。

さてこの映画は、世界 32都市 (当然そこには東京と、それから川崎が含まれる) で行われたツアーの中から、アルゼンチン、南ア、ロシアでの演奏会の様子やそれぞれの土地の人たちの音楽との関わりを伝えており、そこに本拠地アムステルダムでの光景、楽団員のインタビューやホテルでの様子などを加えた構成だ。オケの現在と、聴き手にとって音楽がいかなる存在でありうるかという点に焦点を当てているので、楽団の歴史とか、音楽監督マリス・ヤンソンスのインタビューなどはない。もちろん音楽ファンとしては、ヤンソンス以外に指揮を取っているシャルル・デュトワや、ソリストのデニス・マツーエフやジャニーヌ・ヤンセン (彼女はオランダ人で、もうすぐ来日してリサイタルと N 響との共演があるはず) から、何か言葉を聞けないものかなぁと思ってしまうが、その期待は満たされない。だがその代わり、音楽をするという行為が人々の心を動かし、人々の生活を豊かにするものなのだという、言葉にするとちょっと恥ずかしくなるようなことを改めて実感させる、そんな映画である。
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面白いのは、映画が始まる前にフルート奏者とファゴット奏者がインタビューに応じているシーンが挿入されているが、そこでこのオケの特色を語る際に、楽員の間で家族のような一体感があるという話が出て来る。いわく、「ここではミスをしても許し合える寛大さがある」と。これ自体はよく分かる話だが、私が昨年 11月の記事で採り上げた通り、名古屋と東京で起こったことは以下の通りだった。
・まず、名古屋での「シェエラザード」の演奏で、ファゴットのパートが 1か所抜け落ちてしまった。
・その演奏会のカーテン・コールで指揮者のグスタヴォ・ヒメノ (もとこのオケの楽員出身) は、そのミスをしたファゴット奏者を最初に起立させた。
・数日後、東京での同じ「シェエラザード」の演奏では、ファゴットは無事ミスなく演奏。
・その日のカーテン・コールでも、ヒメノは (華麗なソロを吹くはずもなく、普通は最初に起立することはない) ファゴット奏者を最初に起立させた。ファゴット奏者は苦笑。
この映画の冒頭で語っているうちのひとりは、件のファゴット奏者だ。そうすると私が目撃した上記の光景は、図らずもこのオケの特色を表す貴重な機会であったわけだ。・・・と思って画像検索などしてみると、この写真を発見。どうやら雑誌「モーストリー・クラシック」の取材時のものらしい。
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記憶は定かではないが、この服装は冒頭のインタビューのシーンと同じではないだろうか。「モーストリー・クラシック」の取材??? そうすると上記の発言は、日本での「事件」の直後のものなのかもしれない。確証はありませんが・・・。因みにこのファゴット奏者、ウルグアイ出身のグスタヴォ・ヌニェス・ロドリゲスで、プログラムに掲載されているオーボエの宮本文昭の文章によると、サイトウ・キネンで一緒に演奏したこともあるとのこと。尚、昨年の日本公演の指揮者であったグスタヴォ・ヒメノも、打楽器奏者としてちらっとこの映画で映っていて、コンサート終演後に仲間とスペイン語で何やら話している。

映画の中で取材されている一般の人々は、クラシック音楽が精神の均衡を保つために必要と語るブエノスアイレスのタクシー運転手、昔メニューインを聴いたと語る、子供に楽器を教えている南アの黒人男性や、太鼓を叩いて音楽に歓びを見出す貧しい少女、また、名家の出身ながらスターリン、ヒトラーによって運命を翻弄されたロシア人の老人など。特に、その表情が誠に印象的な南アの少女は、コンセルトヘボウとは直接関係はないものの、未だに各地に残る大きな貧富の差という現実の中で、音楽がいかに平和で平等なものであるかを示すことで、音楽の意義を再認識させてくれるのだ。
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数々の楽曲が出て来て、音楽ファンは当然楽しめるが、大詰めでロシアの老人がその長い人生でなめてきた辛酸を語り、そしてマーラーの「復活」交響曲のクライマックスが高らかに鳴り響くシーンは、音楽ファンならずとも、冷静ではいられないだろう。きれいごとではなく、音楽から勇気をもらうことがいかに感動的であるのか、平和ボケの日本にいてはなかなか実感できないことを、この映画を見る観客は実感することができるのである。

監督のエディ・ホニグマンは、ドキュメンタリー専門で、1951年ペルーのリマ生まれの女流監督だそうだ。あ、そうすると、映画の中でインタビューする女性の声は、この監督のものだったのか。山形国際ドキュメンタリー映画祭でも何度も賞を取っているらしい。なるほど、通りいっぺんのオケの紹介ではなく、上に書いたような、深いところでの人々にとっての音楽の必要性を描く点からも、優れたドキュメンタリー映画の制作者としての知見が光っている。ヤンソンスとかデュトワが、このオケの美点をいかに語ろうとも、それはクラシック音楽ファンという狭い層にしかアピールしないが、南アの貧しい少女が音楽に没頭するシーンは、より広い観客に対する強いメッセージになる。
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本当はヤンソンスのこととか、このオケの今後のことなどを書こうかと思ったが、映画を見て、それはやめようと思い直した。この写真が彼らの本拠地コンセルトヘボウだが、私の残りの人生において、またこのホールで音楽を聴くとき (できる限り多く実現するよう頑張ります)、この映画で描かれた人々のことを思い出さずにはいられないなぁ、と思うと、いつになくセンチメンタルな思いにとらわれてしまうのであります。
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by yokohama7474 | 2016-02-07 22:00 | 映画 | Comments(0)

フェルメールとレンブラント 17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち展 六本木・森アーツセンターギャラリー

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東京では入れ替わり立ち代わりいろいろな展覧会が開かれていて、よく注意していないと知らない間に終わってしまって後悔することがよくある。現在東京では、ダ・ヴィンチ、ボッティチェリ、ラファエル前派などの展覧会が開かれているし、カラヴァッジョ展ももうすぐだが、そんな中で今回採り上げるこの展覧会、あまり宣伝していないように思う。だが、その名の通り、世界を席巻した 17世紀のオランダが生んだ絵画の数々を鑑賞できるよい機会である。上に見える通り、フェルメールとレンブラントが来日していて、特に前者の人気はいつでも凄まじいものがあるので、例によって長蛇の列かと思いきや、私が見たときは意外なほどすいていて、フェルメールとじっくり相対することができて大変満足であった。今の混み具合はどうか分からないが、行くなら期間の早いうちがよいだろう。

ということで、本命の 2点をご紹介する。まず、ニューヨークのメトロポリタン美術館の所有する、フェルメール (1632 - 1675) の「水差しを持つ女」(1662年頃) だ。
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今月号の芸術新潮も、この展覧会の機会をとらえ、この絵を表紙としたフェルメール特集を組んでいるが、そこでは現存する真作は 32点とされている。以前読んだ朽木ゆり子の「フェルメール全点踏破の旅」では、あれこれの説を紹介しながらも、真作は 37点となっている。いずれにせよ、30数点という非常に限られた数であることは間違いなく、その中には正直、大傑作とは思えない作品もいくつかは含まれているが、欧米各地に分散して所有されているこの画家の全作品を踏破するのは並大抵のことではない。であるからこそ、日本にこの画家の作品がやってくる機会は非常に貴重なのである。この作品はまさにフェルメールならではの光と静寂が画面に定着している文字通りの逸品で、近くに寄って銀の皿に反射した赤いテーブルクロスの模様や、後ろの地図などの細部をつぶさに眺めるのは至福のひと時である。ここには物語は必要なく、ただ何気ない日常の一コマを細心の注意を払ってそこに再現することで、いわく言い難い崇高さまでを感じさせる画家の手腕に、ただただ唖然とするのみだ。展覧会の図録によると、赤外線写真撮影によって、この作品を完成するまでに画家は構図に何度も手を入れていたことが判明したという。左前景には最初椅子が描かれていたが、最終的には消されており、右奥の地図は当初はもっと大きくて、女性の頭を越えて左側にまで広がっていたという。何気ない構図でありながら、やはりそこには最新の注意が払われていたのだ。タイムマシンがあれば、世界の人々を未だに魅了してやまないこの画家の創作過程を見てみたいものだ。

そしてこれがもう一点の目玉、これもニューヨークのメトロポリタン美術館の所蔵になる、レンブラント (1606 - 1669) の「ベローナ」(1633年) だ。
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ベローナとは古代ローマの戦いの女神のひとり。ここでは鎧兜で武装し、メドゥーサの顔を刻んだ楯を持った姿で表されている。ただその表情は柔和で、ほかの作品でもモデルを務めている後の妻、サスキアを思わせるものがある。つまり、神々しさよりは親しみやすさを感じさせる。だがこの絵、実物の近くに寄ってみるとその鎧兜の質感や、なんとも言えない人物の存在感が圧倒的で、食い入るように眺めてしまうのだ。光と影の巨匠と称されるこの画家にしては、まだ若い頃の作品とあって、深いドラマ性を感じさせるところにまでは至っていないが、その技術の高さは驚異的である。この作品の依頼主は判明していないらしいが、ちょうどオランダがスペインから独立する頃の作品なので、そのような政治的状況において依頼された勝利の女神像であるかもしれない。

この 2点が、今回の展覧会のタイトルになっている 2大巨匠の作品であり、ほかは我々にあまりなじみのない画家の作品が多い。だが、メトロポリタン美術館以外にもアムステルダム国立美術館やロンドンのナショナル・ギャラリーから出展されており、また個人蔵のものも含めて 60点が展示されているので、まさに世界をリードした 17世紀のオランダの文化がよく分かる内容になっている。もちろん、上記の 2人の才能がいかに抜きんでたものであったかを知ることにもなるわけであるが、それでも、抜きんでた才能を生んだ時代や土壌のようなものが分かれば、フェルメールやレンブラントについての理解も同時に進もうというもの。以下、いくつか印象に残った作品をご紹介しよう。

これは、アブラハム・ブルーマールト (1566 - 1651) の、「ラトナとリュキア人の農民」(1646年)。オヴィディウスの「変身譚」によるもので、ユピテルの子供 (アポロとディアナ) を生んだラトナが、嫉妬に駆られたユピテルの正妻ユノに狙われるが、リュキアという場所の農民が彼女を襲おうとしたとき、ユピテルがその農民たちを蛙に変えて助けたというもの。手前で 2人の赤ん坊を抱えているのがラトナで、その右手に体をよじっている男性が見えるが、実はその隣に大きな蛙が描かれており、おそらくこの男も蛙に変身する前ということなのであろうか。一見すると風景画であるが、小さくマニエリズム風の長い手やよじれた姿勢の人物が描かれている点が面白い。でも、イタリア人ならこんなもったいない画面の使い方をせず、題材を真ん中に持ってきたのではないか (笑)。
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オランダという国は、狭くて山もない平坦な国であり、埋め立て地の多いところであるゆえ、オランダ人の中には、峨々たる岩山や断崖絶壁の嵐ではなく、のどかな田園風景を描くことに技量をかけた人たちがいた。この、エサイアス・ファン・デ・フェルデ (1587 - 1630) の「砂丘風景」(1629年) はどうだろう。
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画面全体の写真ではないので細部の詳述は避けるが、小さく描かれた行きかう人々の動きがそれなりに活力を感じさせるものの、全体の雰囲気は淋しく、なにやら作者の不安を表す心象風景のようではないか。遥か 250年後にこの国が輩出したヴィンセント・ヴァン・ゴッホの先駆的な作品だと言うと言い過ぎであろうか。だが、ゴッホのような突然変異的な天才の精神形成にすら、母国オランダの画家たちの自然への対峙方法が一役買っているとは言えるような気がする。

これら以外にも、かなり精密な風景画があれこれ並んでいて、なかなか興味深いが、このアールト・ファン・デル・ネール (1603/04 - 1677) の「月明かりに照らされる村」(1645 - 50年頃) なる作品は、不気味なまでの精密さで、夜の空間における人の営みと、沈黙する建物を描いていて忘れがたい。この画家、困窮の中、家賃を 15ヶ月も滞納して亡くなったらしいが、時代を超えたユニークな天才であったようにも思える。
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かと思うとこのヤン・バプティスト・ウェーニクス (1621 - 1659/61) の「地中海の港」(1650年頃) は、その題名の通り、イタリア的風景だ。実際にイタリアに 4年間滞在したらしいが、オランダに帰国後、記憶を頼りにイタリア的風景を描き続けたという。きっとそのような需要があったのだろう。左手前の犬など、何か物思いにふけっているようで、イタリア的楽天性はあまりないようだが、まあそれも愛嬌か (笑)。
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面白いジャンルとして、主として教会の内部を専門的に描いた画家たちの作品が紹介されている。私がこのジャンルに興味惹かれたのは、この展覧会を見ているうちに、20世紀オランダで面白い画家がいたことを思い出したからだ。それについては後で記すが、これまでにも見てきたように、17世紀オランダの画家たちは、凝りに凝った写実性と、不思議なイマジネーションの混淆が面白い。その中には、誰もいない教会 (どういう用途で描かれたものか) を描いた画家たちもいて、その佇まいは既に明らかなシュールレアリズムの先駆と言ってもよい雰囲気が醸し出されている。以下はピーテル・サーンレダム (1577 - 1665) の「聖ラウレンス教会礼拝堂」(1635年)。実在の教会を描いているが、実は画面左奥の祭壇画は想像上のものであるらしい。簡素で閑散とした教会の内部に、画家は何を見たのであろうか。
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さらにユニークなのはこのエマニュエル・デ・ウィッテ (1617 - 1691/92) の、「ゴシック様式のプロテスタント教会」(1680 - 85年頃)。これは完全に空想上の建物であるらしい。上記の作品と異なり、ここでは作業途中の墓堀人が知人と話し合っていたり、犬同士がじゃれあっていたりして、現実社会の営みが描きこまれている。だが、ここは実在の場所ではなく、あるいは登場する人たちは既に命なき者たちであると想像したらどうだろう。時空を超えた不思議な感覚に襲われる作品である。
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また、海洋国オランダであるから、船の絵も何点か展示されている。これは、コルネリウス・クラースゾーン・ファン・ウィーリンゲン (1577 - 1633) の「港町の近くにて」(1615 - 20年頃) の中に描かれた帆船。実在の船として同定できないことから、一般的な海洋画であるらしいが、この描写の細かいこと。三国間貿易で世界をリードしたこの国において、船舶は非常に重要な国富の象徴であったことだろう。
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また、オランダには静物画の伝統もある。もともと西洋における静物画には、現世の儚さを象徴するような宗教性がある場合が多いが、プロテスタントの国として国富を増したオランダでは、自国に入ってくる珍しいものの数々が、多くの静物画で描かれた。これは、フローリス・ファン・スホーテン (1585/88 - 1656) の「果物のある静物」(1628年)。大変にリアルでおいしそうだ (笑)。また、後ろの壁に影が差しているのも、まるで現実の風景のようだ。
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肖像画でもいくつか名品が展示されている。これは、フランス・ハルス (1582/83 - 1666) --- おー、やっと知った名前が出てきたか (笑) --- の「ひだ襟をつけた男の肖像」(1625年)。ちょっとヴェラスケスを思わせるほどの繊細な筆致で、人物の内面まで描きこんでいる。
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それから、プロテスタントの国の作品として特徴的であるのが、庶民の生活を描いた風俗画のジャンルだ。フェルメールはこのジャンルに属しているわけだが、あのような突き抜けた作品ではなく、ちょっとほっとするような、あるいはリアルであるがゆえに描かれた人物に反感または共感を覚えるというタイプの作品もまた多く存在する。これは、ヘラルト・テル・ボルフ 2世 (1617 - 1681) の「好奇心」(1660 - 62年頃)。左に立っている女性が、恐らく恋文 (机の上に置いてある) をもらって茫然としており、分別のあるほかの女性に返事を代筆してもらっている。それを後ろから覗き見する女性。そして犬までが人間たちのやりとりを椅子の上で興味深そうに見守っている。当時の上流階級での日常的な一コマを、若干誇張して描いているが、色調は暗く沈んでおり、微笑んでよいのか神妙に見た方がよいのか、ちょっと迷ってしまう (笑)。
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今回、代表作 2点以外で私の目を最も引いたのは、このピーテル・デ・ホーホ (1629 - 1684) の「女性と召使のいる中庭」(1660 - 61年頃)。
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この画家については一切知識がないが、フェルメールと同世代である。いやそれどころか、同じデルフトで活動しており (但しデ・ホーホはロッテルダム生まれで、後年アムスに移住したので、デルフトに住んでいたのはほんの数年)、フェルメールに影響を与えたとも言われている。この作品は屋外の風景であり、フェルメールの典型的な題材とは異なっているが、空など書き割りではないかと思われるほど、室内劇の様相を呈している。その汚れまで極めてリアルに描かれた流し場で、召使は魚を洗っていて、それに指図をしているらしい後姿の女性が描かれている。左の奥からは帽子をかぶった紳士 (家の主人であろうか?) が歩いてくるのが見える。この光景は、もちろん宗教的なものではなく、日常のごくありふれたものであるとも見えるが、そこには何か不思議な空気が漂っていないだろうか。細部がリアルであるゆえに、人物たちの何気ない行為が、見えない絶対者に操られているかのように思われる。それは、フェルメールの作品群とどこか通じ合う雰囲気があると思うのだ。

このように、私がこの展覧会から感じ取ったことは、オランダ絵画の諸相がこの時代の絵画に刻印されているということであり、いかなる天才もその流れから全く独自に才能を開花させたわけではないということだ。そして、特に教会の内部を描いた作品と、上記のデ・ホーホの作品のシュールな感覚に、なぜか既視感を覚えたのである。帰宅してよくよく思考を巡らせてみると、確か以前、オランダ絵画の歴史を回顧する展覧会で、「魔術的リアリズム」という名前で分類される一派があるということを知ったはず。書棚をひっくり返して取り出したのは、1986年に西武美術館で見た「オランダ絵画の 100年」という、ゴッホ以降のオランダ絵画の展覧会の図録だ。そこで紹介されていたカレル・ウィリンク (1900 - 1984) という画家の、「悪い知らせ」と題する 1932年の作品。
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これは、お隣ベルギーのマグリットの作品とも、もちろんダリやタンギーやエルンストの作品とも違う、独特のシュールさを持った作品だ。オランダ絵画の流れを辿るうちに、私の脳髄の奥底から蘇ったこの作品との邂逅に、なにやらただならぬ感覚を覚える。ヨーロッパの国々には、共通するところも多々ありながら、自然環境や気候や宗教や、あるいは文化的伝統によっても、違いもあれこれ存在する。オランダという小国に脈々と息づく高度な文化は、これらの絵画作品たちを結びつけている。そのことの意味は、これからも私なりに考えて行くことになるだろう。

by yokohama7474 | 2016-02-07 00:16 | 美術・旅行 | Comments(2)

ザ・ウォーク (ロバート・ゼメキス監督 / 原題 : The Walk)

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私はもともと 3Dには懐疑的で、映画を見たあとの残像 (映像のことだけではなく、映画の評価自体も含めて) は、2D だろうが 3D だろうが関係ないと思っている。いやむしろ、下手な 3D映画では、本来の映像の必然性と関係なく、これみよがしに手前で何かが動いているのを見ることになり、なんとも姑息な感じがすることもある。だがその一方、もし 2Dと 3Dと両方選択肢があるとすると、どうせなら 3Dで見たいと思うのもまた人情。というわけでこの映画もしかり。どうせなら 3Dで見て、思い切りクラクラしてみたい。

というのも、この映画のクライマックスはこんな感じだからだ。
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な、何をしているのだコイツは一体。はい。1974年、完成したばかりのニューヨークのワールド・トレード・センターの 2本のタワーの間を、命綱なしに一本のワイヤーの上を歩いて渡っているのだ。実際にそれをやったバカがいて、この映画はその事実に基づいて作られている。上のポスターにある通り、高さは 411m、ワイヤーの幅は 2.2cm。そのどうしようもないバカの名前はフィリップ・プティ。フランス人だ。彼が本当にこのバカなことを成し遂げたときの写真はこれだ。これはドヤ顔というのとはちょっと違うが、どことなくミック・ジャガーを思わせるこのふてぶてしさはどうだ。
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恥ずかしながら私は高所恐怖症。だからこのような映画を見に行くのは、ド M な行為にほかならないのだが、ちょっと待て。我々はこの実在のバカ、フィリップ・プティが今も存命なのを知っている。なので、この映画の中で彼が空中から真っ逆さまに落ちることはないのだ。加えて、こちらの方がより重要だが、これは映画である。よしんば劇中で主人公が落っこちようと、それは映画の中の話であって、私の無事は保障されているのだ。こんな安全な話はない。ということで私は勇み立って IMAX 3D でこの映画を見たのである。

IMAX とは、通常よりも巨大なスクリーンを使い、しかも最高の音響を実現するシステム。これは IMAX 社の登録商標で、国外でも共通のロゴが使われているが、日本では 109シネマズでのみ IMAX を見ることができるのだ。なので、109 シネマズで映画を見ると、予告編の前に上映される宣伝の中で、いかに IMAX がすごいかを口々に語る人たちがいて、その熱狂ぶりが笑えるのであるが、ある女性は「多分よけちゃったもん、私」と笑いながら語っている。私はこれまで何度も IMAX で映画を楽しんでいるが、「なにを大袈裟な」と冷ややかにその宣伝を見てきた。画面に何かが飛んできて、それを思わずよけてしまったことはない。いや、なかった。この映画を見るまでは・・・。正直に白状する。この映画で主人公が綱渡りの練習中に失敗して落ちてしまうシーン、バランスを保つ棒だか何かが、すごい勢いで振ってきて、ああなんたること、私はそれを思わずよけてしまったのである・・・。

だから私は言おう。初めてリアルにゾクゾクする IMAX 3D を経験したと。だが、この映画の特徴がそこだけにあると思ったら大間違い。実は、このようなバカなウォーキングに至るまでの紆余曲折と、ギリギリまで様々な困難とアクシデントにつきまとわれた主人公たちの信念と実行力こそが、この映画の大事な点なのである。この映画の予告編を見たとき、ワールド・トレード・センターの 2本のタワーの間を歩いたバカがいたことは分かったが、それがどのようにして成し遂げられたのかは、全くヒントがなかった。考えてみれば、こんな命にかかわるパフォーマンスを、当局が許すわけはない。ではどうしたか。ゲリラである。共犯グループを結成し、入念な下調べをし、そして当日はビルの屋上に不法侵入し、ちゃんと写真を撮るカメラマンも身内で用意し、それから最も重要なことに、ちゃんと渡れるワイヤーを張るために 2本のタワーの間に補助ワイヤーも通し、万全の準備を徹夜で行って、そして夜明けを待ってコトに及んだわけである。なのでこの映画のひとつの大きな見どころは、手に汗握る事前の準備の描写なのだ。いや実際、何度も挫折が訪れかける。仲間内でも確執が起こり、計画は困難に次ぐ困難に直面するのだ。この過程は、繰り返すが、本当にスリリングで面白い。こんな破天荒なことを企んだ男に、よくぞこれだけのサポートがあったものだ。これがその共犯チームだ。あ、その意味では、1974年当時のニューヨークを見事に再現したこの映画のスタッフも、立派な共犯者と言えよう。
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なにせ監督があのロバート・ゼメキスである。クライマックスの空中ウォークに至るまでの紆余曲折を、無類の語り口で描いていて素晴らしい。手に汗握りながら、安心して見ていられるというこの矛盾。かくして私は、落ちてくる棒を思わずよけてしまうのだ (笑)。
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役者たちも素晴らしい。主役のフィリップを演じるのは、ジョゼフ・ゴードン・レヴィット。カリフォリニア生まれのアメリカ人だが、フランスの台詞も多く、またフランス語なまりの英語もなかなかリアルであった。彼の顔は一見特徴がないようでいて、一度見ればなぜか忘れない顔だ。ブルース・ウィルス主演の「Looper」での演技が印象深かった。これからもどんどん活躍するだろう。
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彼の恋人、アニーを演じたのは、こちらはモントリオール生まれできっとフランス語も母国語として喋るはずの、シャルロット・ルボン。
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素直なキャラクターを素直に演じていたと思う。どこか、まだ若くて初々しかった頃のウィノナ・ライダーを思わせるところもある。まあ、美形という意味ではウィノナ・ライダーの後塵を拝しているかもしれないが、自分に合った役柄をこなしていけば、いい女優になると思う。

さて、もうひとり、ビッグな俳優が出演している。サーカスを率いる座長で、フィリップを指導するパパ・ルディを演じる、あのベン・キングズレーだ。
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あの「ガンジー」から何年経っただろう。あの頃既におじいさんと思ったので、今や相当な年かと思いきや、まだ今年 73歳。このような、とぼけていながらある点で大変頑固、でも実は心根の優しいキャラクターを演じたらピカイチだ。英国人のくせに、チェコ出身の男という役柄で、妙な東欧なまりの英語を喋る。

そんなわけで、なかなかに充実した映画であって、決して高い場所でのクラクラするシーンのみを楽しむべきではない。いやそれどころか、この一大イヴェントを成功させるまでの主人公グループの苦労が多いだけに、クライマックスシーンは静粛で感動的なものになっている。人は彼を無謀なバカ者と呼ぶであろうが、想像するに、彼が空中 411mのワイヤーの上にいたときほど、生きているという深い実感を抱いたことはなかろう。普通の人には経験できない、究極の生を生きたわけである。そんな経験をすれば、きっと人生が変わる。本当に命をかけることで、命の尊さが分かるであろう。まあ私の場合は、そこまでして生を実感したくはないが、でも、想像の翼を働かせて、フィリップの思いをこの映画を通して追体験するのだ。ワイヤーの上のシーンは結構長く、やってくる警官やヘリ、地上の群衆、そして神の化身かとすら思われる鳥、吹いてくる風、揺れるワイヤー、そういったものたちに対するフィリップの思いが語られることで、ただの見世物でない彼の行為が、なんとも素晴らしいものに思われてくるのだ。

この写真は、現在のフィリップと、主演のジョゼフ・ゴードン・レヴィット。多分、この二人の間だけで通じる言語があるのであろう。
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この映画では、ワールド・トレード・センターがその後どうなったかについての言及はないし、ノスタルジアやテロへの警鐘も見当たらない。ただ、そんな要素を入れずとも、この映画を見る百人が百人とも、その後のこのビルの運命に思いを致すであろう。世界は不安に満ちている。だからこそ、411mの空中でワイヤーの上に寝そべったフィリップの行為が、もはや永遠にかなわない人類のひとつの特別な行為として、人々の感覚を強く刺激するのだろう。この場所で何千もの命が散ることになることを、その時命をかけたたったひとりの男は知る由もないが、一本の細いワイヤーの上で輝いたひとりの命こそ、本当に尊いものであったと思い知るのだ。過剰さや感傷を避けたゼメキスの演出が、そのことを雄弁に語っている。・・・ただ、IMAX 3D でこれを見たあと、まるで中空で宙ぶらりんのような気がして、一晩中船酔いのような気持ち悪さにとらわれたことも、正直に告白しておこう (笑)。絶対忘れることのない映画になった。

by yokohama7474 | 2016-02-04 00:19 | 映画 | Comments(0)

クリムゾン・ピーク (ギレルモ・デル・トロ監督 / 原題 : Crimson Peak)

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ニューヨークに住んでいた 2007年頃、何やら私の琴線に触れる不気味な映画のポスターが私の目をとらえた。それはスペイン映画で、"Pan's Labyrinth" という題名。日本での公開もそのまま「パンズ・ラビリンス」であったようだが、ここでのパンとは、手のひらに目のある不気味な妖怪のような存在。ラビリンスはもちろん、迷宮という意味だ。結局私はこの映画を、廉価で購入してきた DVD で英語字幕とともに自宅で見たのだが、少女の見る幻影が不気味でありながらなんとも切なく、大変感動して、ラストではかなり涙腺が危なくなってしまった。こんなイメージだ。感動の超大作という感じがするでしょう (?)。
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今回の映画、「クリムゾン・ピーク」は、その「パンズ・ラビリンス」と同じギレルモ・デル・トロ (メキシコ出身) の脚本、製作、監督による作品。しかも上のポスターを見ると、なにやら不気味なゴシックホラー風だ。これは見るべき映画であろう。そもそもクリムゾンと名の付く映画は、「クリムゾン・リバー」「クリムゾン・タイド」など、タイプは違えどなかなか優れた映画が多い。クリムゾンとは、濃い赤色のことだから、毒々しい血のイメージと通じるし、言葉の響き自体がなんとも不気味で重々しくて、なかなかよい。もちろん、ロックバンド、キング・クリムゾンの名称もこの色に因むものであろう。このような屋敷が丘 (ピーク) の上に建っていて、冬に雪が積もったときに粘土質の土が浮き出て血のように雪を染める現象を、クリムゾン・ピークと呼んでいるという設定だ。
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この映画の舞台は 20世紀初頭の米国と英国。新旧両国の当時の微妙な関係が物語のひとつの大きな背景になっている。英国の旧家は没落し、準男爵という称号を持つ男が新たなビジネス機会を求めて姉とともに米国へ渡り、そこで知り合った女性と結婚して英国の古い屋敷に戻ってくるというストーリー。その花嫁イーディスを演じるのは、ティム・バートンの「アリス・イン・ワンダーランド」のアリス役を務めた、ミア・ワシコウスカ。
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1989年生まれだから、2010年作のアリスの映画では当時既に21歳。正直、アリスというイメージとは違ったし、全然可愛らしいとも思わなかったが、その不思議ちゃんな雰囲気だけはよかった。そのアリスも第 2弾の予告編が今劇場でかかっており、さすがに 20代後半のアリスはどうかとも思うが、ジョニー・デップやヘレナ・ボナム・カーターが相変わらず嬉々として演じているので、きっとそれも、公開されたらやむなく見に行くことになるのだろう。ともあれこの映画でのワシコウスカは、時代もののコスチュームが意外によく似合っており、恐怖に怯えながらも真実を求める勇気を持つ女性を、巧く演じている。ニコール・キッドマンと共演した「シークレット・ガーデン」でも不気味な少女を演じており、役柄のイメージが固定して来ているきらいはあるが、この作品の雰囲気にはぴったりでしょうと言われれば、まあそうかな。でもいつか、明るい女性を演じる日が来るでしょうかね。

その相手役、トーマス・シャープ準男爵を演じるのは、トム・ヒドルストン。
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「マイティーソー」での悪役ロキが強烈な印象を残した彼であるが、私にとってはもうひとつ忘れがたい映画があって、あのジム・ジャームッシュの近作「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」なのだ。この映画、あまりヒットしなかったと思うが、共演のティルダ・スウィントン (あのデレク・ジャーマンの鳥肌立つ素晴らしい作品群を飾った女優だ) とともに、哀しい吸血鬼の姿をリアルに描いてみせた、上質な映画であった。今調べてみると、ミア・ワシコウスカもあの映画に出ていた。おー、そうでしたそうでした。そして、上の写真と同じ男女の俳優がこんな風に全く違う共演をしていたということがすぐに分かってしまう、ネット社会の恐ろしさ (笑)。
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そしてもうひとり重要な役柄は、トーマスの姉、ルシール・シャープ。演じるのはジェシカ・チャステイン。彼女は誰あろう、キャスリン・ビグロー監督のハードな作品、「ゼロ・ダーク・サーティ」の主役だ。その変貌ぶりをご覧あれ。
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このように豪華な役者陣を配しているこの映画、出来栄えはというと、残念ながらもうひとつと言うしかない。前半のテンポは悪くないし、例えば作家志望のイーディスを皮肉る中年の婦人との間で、ジェーン・オースティンとメアリー・シェリーが引き合いに出されるやりとりがあるシーンなど、なかなかにウィットが効いていて、時代の雰囲気もよく出ていた。ところが舞台がシャープ家の古い屋敷に移ってからは、話の展開は鈍くなり、ラストに向かって明かされる謎の内容も、別になんということもない。そもそも、登場する幽霊たちのメッセージがよく分からないし、それらの人たちが残した惨劇の証拠を犯人側がそのまま置いているという設定も、いかにも説得力がない。あの「パンズ・ラビリンス」が持っていた切なさが、ここには決定的に欠けているのはどうしたことか。のみならず、あろうことかひとりの幽霊は床の上を這ってキリキリと音を出し、あの「呪怨」の伽椰子の真似までなさるのだ (笑)。もちろん、幽霊さんたちの登場シーンに怖さがないわけではない。でも、怖さの裏にはかなさとか切なさがあってはじめて、映画としての奥行が出ると思うのに、ここではまるでお化け屋敷の幽霊たちになってしまっている。ミア・ワシコウスカが冒頭に呟き、ラストでも繰り返す、"Ghosts are real." (幽霊は実在する) という言葉が宙に浮いてしまった感じである。こうやって一生懸命スタッフが作ったみたいなんですけどね。そういえばこの幽霊の顔、作っている二人の顔を足して二で割ったようですな (笑)。
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考えてみればこの監督、「パンズ・ラビリンス」のあとにハリウッドの大作を監督している。それは、「パシフィック・リム」。日本の怪獣ものに影響された Kaiju 映画であったが、期待して見た私の評価は No Tnank You な映画で、記憶から既にほとんど消去してしまった。うーむ、これはまずい傾向だ。この監督、自らの美点をうまく発揮できない方向に向かっているのでなければよいが。その意味で、一貫してずっと自分の持ち味を活かしているティム・バートンなどをもう少し見習ってはどうか。あるいは、もう少し低予算で趣味性の高いものに回帰してはいかがか。映画のプログラムには、「完璧なキャストがもたらしてくれるのは、大胆になるためのチャンスだ。勇気を持ち、実験的になるためのチャンス、さらに馬鹿げたことを試みるためのチャンス。映画はときに馬鹿げたことをやってみていいときがある」という監督の言葉が載っているが、その言葉の通りであれば、次は是非もっと馬鹿をやって欲しい。まあこの表情は子供の純真さをまだ持っているとでも評価しておきましょうか (笑)。
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by yokohama7474 | 2016-02-02 23:30 | 映画 | Comments(0)

アロンドラ・デ・ラ・パーラ指揮 NHK 交響楽団 (チェロ : ナレク・アフナジャリャン) 2016年 1月31日 Bunkamura オーチャードホール

日本を代表するオーケストラである NHK 交響楽団 (通称 N 響) は、大変に多忙なオーケストラであって、毎月 3種類のプログラムの定期公演が各 2回ずつあるほか、各種地方公演や特別演奏会などを行っている。その中に、渋谷にある東急 Bunkamura のオーチャードホールを舞台にしたシリーズもあって、「オーチャード定期」と名付けられている。さすがに毎月の開催ではなく、大体 2ヶ月に 1回のようであるが、このホールを訪れると、毎シーズンのオーチャード定期が一覧となったポスターを見ることができる。それを見るともなしに見ていると気づくことには、このシリーズに登場する指揮者には、もちろんスラトキンとかブロムシュテットという、「本物の」定期に登場する巨匠たちも交じってはいるものの、ほとんどはあまり名前を聞かない指揮者が多い。つまり、未だ「本物の」定期に招聘する前に、オーケストラがその腕前を試すために若い指揮者を呼んでいるのではなかろうか。先に N 響定期デビューを果たした山田和樹も、初めてこのオケを指揮したのは、このオーチャード定期であったはず。それからこのシリーズ、ほとんど必ず協奏曲が入っていて、若手・ベテラン色とりどりのソリストを聴く場にもなっているのだ。・・・というわけで、通常なら冒頭に掲げる写真もなしに無駄口をベラベラ喋っている (笑) のにはわけがあって、今回の指揮者が誰であるか知っている人をじらそうという私の意地悪なのだ。はっはっは。では、今回の公演のチラシをお見せしよう。
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なになに、「美貌のマエストロ、アロンドラ・デ・ラ・パーラ 情熱のタクトを携え N 響オーチャード定期デビュー!」と、びっくりマークつきで宣伝文句が書かれている。なるほど。この写真はまるで女優ではないか。この人が指揮をするなら、ちょっと興味を惹かれるのが人情というもの。いやもちろん、指揮者だから客席に背を向けて演奏するわけで、しかもこのホールにはステージの横とか裏には客席はないから、いかに美貌の持ち主であっても、演奏中に顔を正面から見ることは叶わない。そもそも音楽とは、顔で演奏するものではないし、ちょっと見た目がよいからと言って、いい演奏をするとは限らない。なので、私がこのコンサートを聴きたいと思ったのは、一義的には音楽を聴きたいと思ったからなのである。・・・今日はなんだか無駄口が多いような気がするなぁ・・・。

真面目な話、最も私の興味を惹いたのは、この曲目である。
 ドビュッシー : 牧神の午後への前奏曲
 ショスタコーヴィチ : チェロ協奏曲第 1番変ホ長調作品107 (チェロ : ナレク・アフナジャリャン)
 ストラヴィンスキー : バレエ音楽「春の祭典」

1曲目と 2曲目はともかく、メインの「春の祭典」は、野性味あふれる凄まじい難曲。非力な女性指揮者では (あ、もちろん非力な男性指揮者でも) 手におえない難物だ。それをこの女優のような指揮者がいかに捌くのか、大変興味がある。これが「新世界」とか「カルメン」なんかだと、きっと行っていなかったに違いない。なんだか、つい最近見た「スター・ウォーズ フォースの覚醒」の主役、レイを思わせる強さを持つ女性指揮者なのではないかと、勝手に想像したりする。

このデ・ラ・パーラ (が苗字ということでよいのだろうか) は、1980年にニューヨークで生まれたメキシコ人。経歴を見てもコンクール優勝歴の記載はないようだが (もちろんミスなんとかという経歴も!)、23歳でニューヨークを拠点に 20ヶ国の若者をメンバーとするフィルハーモニック・オーケストラ・ジ・アメリカズを組織してメキシコをはじめとするアメリカ音楽の紹介に努めているという。かなり行動力のある人のようだ。これまでに指揮したオーケストラとして、パリ管、国立リヨン管、スウェーデン放送響、ウィーン・トーンキュンストラー管、サンフランシスコ響等の有名オケの名がある。また、2012年に東京フィルを、2014年にはオーケストラ・アンサンブル金沢と兵庫芸術文化センター管も指揮しているらしい。
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今回はこのような長い髪ではなくショートにして、燕尾服の代わりにノースリーブの黒いジャケット(もちろん、黒い長袖シャツを下に着ている)にパンツといういでたちであったが、驚いたのはその靴だ。真っ赤な光沢を放つエナメルの、スニーカーのようにも見える靴。なかなかに大胆である。また、指揮台から客席に投げる微笑みも、なかなかに爽やかだ。さて、肝心の音楽やいかに。

最初の「牧神の午後への前奏曲」について彼女はインタビューで、ドビュッシーは一番好きな音楽家であると述べた上で、「和音でもメロディでも管弦楽法でも、音楽の世界を変えた、と思います。私は、この曲のエロティックなところが大好きです。すべての旋律が際どい」と語っている。だがこの日彼女が冒頭のフルートに入りを指示してからゆっくり棒を振り出したのを見て、「なんとも色気のない振り方だなぁ」と思ってしまったのだ。右手はしっかりと棒を握りしめ、かなり機械的に拍子を取る。左手はそれにそえられるのみで、さほど自由に動き回ったりはしないのだ。正直、これだけ見ると失礼ながら素人の指揮ぶりのように見える。だが、それにもかかわらず、鳴っている音は徐々に不思議な情感を醸し出し、大変に充実した演奏になったのだ。これは不思議であった。やはりオケを動かす何かを持っている人のようだ。

2曲目のショスタコーヴィチでは、別の驚きを覚えることとなった。ここで登場したソリストのアフナジャリャンは、1988年生まれのアルメニア人で、2011年のチャイコフスキーコンクールの優勝者であるとのこと。このチェロが素晴らしかったのである。
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彼は晩年のロストロポーヴィチに学んだとのことだが、このチェロを聴いて私はすぐにこの 20世紀後半のチェロの巨人の音を思い出した。もちろん、変幻自在のテクニックという点でもそうであるが、なんというべきか、非常に繊細でいて豪胆な、艶やかにして深く鳴る、あの独特のチェロの音である。指の無窮動から紡ぎ出される音が、もうこれしかないという確信とともに空中に淀みなく次々と立ち昇るこの感覚は、まさにロストロ以外に聴いたことのないものである。もちろん、それはアフナジャリャンが偉大なる先人を真似しているということではなく、彼自身の音楽として鳴っているのだ。この若さでこれができてしまうとは、驚くべき才能である。このチェロ協奏曲第 1番は 1957年の作で、先に「ブリッジ・オブ・スパイ」の記事でご紹介したピアノ協奏曲第 2番と同じ年に書かれているが、こちらはよりショスタコーヴィチらしい、痛々しく陰鬱なパロディ精神を持った曲である。まさにロストロポーヴィチのために書かれて、彼が初演した曲であるが、そのような曲の精神がこのような優れた後継者によって日本で再現されるとは、本当に意義のあることだ。ここでは聴衆も美人指揮者を忘れて非凡なチェロに聴き入ったのである。そしてアフナジャリャンは、ニコリともせず、一言も発することなくアンコールを演奏したが、冒頭でも途中でも、あたかもコーランの祈りのような歌を、チェロ奏者自身が歌うと思うと、目もくらむような超絶技巧がそれに続く不思議な曲。見事な演奏に客席が沸きに沸いたが、会場の表示によるとこれは、イタリアの作曲家、ジョヴァンニ・ソッリマ (1962年生まれ) の、「ラメンタツィオ」という 1998年の作。この作曲家の名前はどこかで聞いたことがあるが、はっきりとは思い出せない。調べてみると、ミニマリズム風の作風を持ち、あの英国の鬼才ピーター・グリーナウェイ監督の映画「レンブラントの夜警」では彼の作品が頻繁に使われているという。おー、なんということ。心から敬愛するこの監督の近作を私が知らないなんて。2008年の作品で、私が日本を離れていたときのものだ。無知を恥じて、近く DVD で見てみることにしよう。それにしても、おそるべしアフナジャリャン。この長い名前を覚えておこう。

さて最後の「春の祭典」。私は、よくオケが鳴っていたと思う。リズムのキレもよく、金管の咆哮や、決め所の打楽器も申し分ない。ただ、欲を言うならば、もっと遊びが欲しい。あの機械的な棒の動きでは、オケも羽目を外す本当の熱狂には立ち至らないのではないか。正確な指揮で、変拍子も丁寧に振っている一方で、数か所は、通常の演奏より大きな表情づけがあったり逆にテンポが速かったりもしたが、命がけののめり込みまでは感じられなかった。いやしかし、彼女の指揮のよい点は、独りよがりの陶酔がないということだ。ただ派手に指揮棒を振り回し、大汗かきながらオケを混乱させるよりは、この曲の場合はこのやり方の方がよいのかもしれない。私の席からよく見えた第 1ヴァイオリンの人たちは、足でリズムを取りながらダイナミックに演奏していて、そこには日本を代表するオケとしての矜持が見えたような気がする。ひょっとすると指揮者は、自分があまり大仰に振らずともオケが鳴るので驚いたかもしれない。ちょっと気になったのは、終演後のカーテンコールで、最近はよく見かける、オケから指揮者への拍手がなかったこと。他意はないのかもしれないが、N 響の昔の保守的な体質をふと思い出したりもした。私の思い過ごしであればよいが。まさか、彼女の赤い靴が気に入らないとか、そんな理由ではないでしょうね (苦笑)。

指揮者に求められる資質は、まずは職人的な正確さであろう。その意味で、この不器用な棒を振る美人指揮者は、その点の基礎がありながらも、それ以上にカリスマを発揮できる場面は未だ限られているのかもしれない (例えば今回は最初の「牧神」で片鱗が見えたと言えないだろうか)。インタビューで、最も尊敬する指揮者をカルロス・クライバーと答えている彼女は、実はあの究極のカリスマを夢見ているのであろうか。もちろん、クライバーの真似をしてできるくらいなら、他の指揮者も皆やるだろう。第 2のクライバーは存在しないし、する必要もない。そんなことは、座ってただ聴いているだけの私がエラそうに言わずとも、やっている指揮者の人たちが当然分かっていること。かくなる上は、デ・ラ・パーラ自身の音楽を、自ら確信を持って演奏して行ってもらうしかない。だがしかし、こんな顔をしていると、注目してもらえる点は得だろうが、音楽家としては逆に真価を認めてもらう妨げにもなりかねませんね。
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これからの活躍を期待しております。

by yokohama7474 | 2016-02-02 00:35 | 音楽 (Live) | Comments(0)