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既にこのブログでも何度か記事にしている通り、東京日比谷にある出光美術館は、特に日本美術の宝庫として非常に貴重な存在なのである。東京にはほかにも根津美術館や五島美術館や、はたまた静嘉堂文庫や、現在修復中の大倉集古館など、素晴らしい日本美術を蔵する私立の美術館がいろいろあるが、そのコレクションに一本筋が通った出光美術館の存在は、東京の文化生活に欠かせないものだ。その出光美術館が今年開館 50周年を迎えるという。もともと出光興産の創始者である出光佐三 (1885 - 1981、なんという長命!!) のコレクションなのである。
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今回、美術館の開館 50周年を記念して、約 3ヶ月の間に 3度に分けて大規模な展覧会が開かれている。その名も「美の祝典」。この美術館の所蔵する名品が勢ぞろいする展覧会であるらしい。その中でも目玉はこれだ。
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おぉ、この紅蓮の炎はなんだ。そう、国宝、伴大納言絵詞 (ばんだいなごんえことば) のうち最初の巻に出てくる、都の応天門の火災である。この絵巻物は 3巻から成っていて、この展覧会が約 1ヶ月毎に内容が変わるごとに 1巻ずつ展示されるという。そもそも絵巻物とは、右から左に展開する長い巻物に様々な物語が書かれたもので、日本独自の美術表現であるのだ。そう、日本独自という点に注目しよう。もともと大陸・半島からの文化を受け入れた我が国は、平安時代以降、独自の文化を発展させたのであるが、この絵巻物という形式はまさにその典型。今に至る日本人のアニメ好きの原点はここにあるとしか思えない。私は日本に残る数々の名品絵巻物に大変興味があり、中央公論社の「日本の絵巻」シリーズ全 20巻を所持しているが、もちろんその中にはこの伴大納言絵詞も含まれている。このシリーズは時々取り出してツラツラと眺めているのであるが、様々な名作絵巻をカラーで掲載しているものの、何か満たされないものが残る。そう、この本は縦長で、本物の絵巻物とはやはり違うのである。
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そんなわけで今回 10年ぶりに公開される「伴大納言絵詞」を見たくて会場に赴いたのであるが、実は私は同じ展覧会に二度足を運んでいる。というのも、この絵巻を見たい一心で、最初に美術館を訪ねたときに、現地で気づいたことには、財布を自宅に忘れたのである!! 会社の PC を持ち歩き、重いなぁと思いながら、何のことはない、軽い財布 (何せ中身が少ないので 笑) を忘れてくるとは誠に情けない。そんなわけで、その時はむかついてむかついて、絵を見るどころの騒ぎではない。家人と離れて美術館の窓から皇居を見て、なんとか自分への怒りを鎮めようとしたのである。これは出光美術館から皇居の桜田門を臨む景色。いらだっていた時には気づかなかったが、なかなか威厳に満ちた光景ではないか。なんだか絵葉書のような風景。
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そして出直してようやく鑑賞できたのは、伴大納言絵詞全 3巻のうち、今回展示されていた第 1巻。なぜかこの巻だけ絵詞がついていないらしいが、「宇治拾遺物語」の中に同じストーリーが含まれているため、内容が分かるようだ。伴大納言とは、伴善男 (とものよしお) のことを指し、彼が犯人とされる応天門放火事件を題材としている。絵巻物は、馬に乗る武士たちやさんざめく庶民たちの向かう先にある、炎上する応天門から始まる。この押すな押すなの大混雑の描写の活き活きとしていること。これを見ると、日本人は元来、戯画好きであることが実感される。近世以降に発達したわび・さびの世界とは全く異なる生命力がここにはある。
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今回の展覧会では、これ以外にも四季を描いた日本古来の絵画があれこれ展示されていて、大変興味深いものであった。たとえばこれは、重要文化財の「扇面法華経冊子断簡」。日本美術ファンには既におなじみであろう、大阪、四天王寺に所蔵されている国宝の扇面法華経冊子の一部なのだ。
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それから、仏画もあれこれ展示されている。例えばこの鎌倉時代の「阿弥陀来迎図」。通常なら合掌しているはずの勢至菩薩 (阿弥陀如来の左下) は、「さぁっ、どうぞー」と言わんばかりに腕を差し伸べている。阿弥陀如来の姿も躍動感に満ちていて、いつの時代にも、型から外れた芸術家がいたことに思い当たる。
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「伴大納言絵詞」は、この展覧会の残り 2回でそれぞれ 1巻ずつ公開されるらしいので、なんとかすべて見たいと思っている。なんでも、国宝の 4大絵巻とは、この「伴大納言絵詞」のほかに、「源氏物語絵巻」「鳥獣戯画」「信貴山 (しぎさん) 縁起」を指す。うーん、「源氏物語絵巻」は、徳川美術館と五島美術館のそれぞれで見たことがある。「鳥獣戯画」は、一昨年修復後の展覧会を京都で見た。そうすると、あと残るは「信貴山縁起」だけだということになる。あー、見たいなぁ、あの摩訶不思議な絵巻物を。私の思いは募る一方なのである。




by yokohama7474 | 2016-04-30 23:47 | 美術・旅行 | Comments(0)

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我々日本人は、特に東京にいる人々は、その享受できる芸術文化の多様さという点で、大変恵まれていると思う。美術に関しては、いながらにしてルネサンスやバロックの素晴らしい西洋絵画の大規模な展覧会が次々に開催される一方で、日本独自の美術についても、古くは土器や土偶や埴輪に始まり、古代から現在に至るまでの間に生み出された優れた彫刻、絵画、工芸、あるいは建築でも、名品に触れる機会が数限りなくある。そんな中で、日本画という日本独自の分野においても、年に何度かは観覧必須と思われる展覧会が開かれており、これなぞはその分野で今年の目玉のひとつであると言えよう。

安田靭彦 (やすだ ゆきひこ 1884 - 1978) は、1歳年下の前田青邨 (まえだ せいそん) と並んで、大正から昭和までの時代を代表する日本画家であり、その制作の中心は歴史画である。作品の気品の高さにおいては、いわゆる明治以降の近代日本画家という範疇では、並ぶ者のない人ではあるまいか。私はこれまで、前田青邨の展覧会には二度ほど行った記憶があるが、安田靭彦の展覧会は記憶にない。それもそのはず、この東京国立近代美術館でさえ、40年ぶりの安田の回顧展であるとのこと。今回は初期から晩年までの 108点が揃い、94歳という長い生涯を生き、画家としても 80年の歳月を送った安田の画業をじっくりと辿る、またとない機会である。
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そもそも私がこの画家の名前を知ったのは、小学生のときに法隆寺金堂壁画について書かれた説明を読んでいて、戦後間もない頃に焼失したこの壁画の復元を手掛けた画家のひとりとして (その意味では前田青邨もそうだが) 耳にしたのだと思う。それは多分 1977年頃だから、ちょうど安田も前田も最晩年であったわけで、私はこれらの偉大な画家たちと、ほんの少しの間だが、同じ空気を吸うことができたということになる。それ以降、様々な展覧会や本で、彼の歴史画に触れる機会があった。まずは彼の画業のイメージをお伝えするため、この展覧会にも展示されている、いくつかの代表作からご紹介しよう。まずは「夢殿」(1912)。言うまでもなく聖徳太子を描いたものだ。このとき画家はわずか 28歳であるが、既に円熟の筆である。心が清められるような作品だ。
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そしてこれは「飛鳥の春の額田王 (ぬかだのおおきみ)」(1964)。上の作品から 50年を経ていて、一層表現力は豊かになっているが、その基本となる線の厳しさとか細部の繊細さには変わらぬものがある。
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これは「草薙の剣」(1973)。既に 90歳近い頃の作品であるが、いささかも力の衰えを感じさせることがない。
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安田はこのように、古代に始まって近世に至る歴史的な日本の風景を終生描き続けたのであるが、さてこの展覧会の会場では、始まってすぐのコーナーに展示されている作品たちに、早くも驚きを覚える。この作品はいかがであろうか。
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木曽義仲を描いたこの作品、なんと 1899年、15歳のときの作品なのである!! 複雑な構図なので少し無理しているようにも見えるし、後方の女性の表情などは硬いと言ってもよいだろうが、それでも、舞い散る木の葉による情緒の表現や、鎧兜を事細かに描いてあえて手前の馬上の人物の顔を描かないあたりに、独特の感性を感じる。栴檀は若葉より芳し。でも一体どんな子供だったのだろう。私の想像では、上に掲げた肖像写真のイメージそのままに、子供の頃からやけに丁寧な物腰の人だったのではないか...、などと勝手に決めつけてしまいたくなるのである (笑)。

これは、翌年 1900年の「遣唐使」。16歳ということになるが、モノトーンに近い中に限られた色が少し使われていて、これから唐に向かう人たちの不安が現れているように思う。解説によると、厳密な歴史考証を重視する師、小堀 鞆音 (こぼり ともと) の指導に反していることを自覚して、一時的に「眠草」という号を用いたらしく、この作品にはその眠草の印章が押されているとのこと。冒険心を持ちながらも、忍耐強く礼儀正しい画家であったのだろう。
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正統的な歴史画を描き続けたというイメージの安田であるが、上記に見るような冒険心がさらにはっきり表れた作品がある。これは 1918年の「御夢」。太平記を題材としており、後醍醐天皇が笠置山に潜んでいた頃、夢の中に大きな木と南を向いた台が現れ、そこに髪をみずらに結った二人の童子が現れて、それが玉座であると告げた。後醍醐天皇は、これを「木に南」、つまり楠の下で天子となれというお告げと解釈、後に出会う楠正成を重用したというもの。鮮やかな赤と青の屏風の向こうにいるのが後醍醐天皇で、そこだけが現実世界、ほかは夢の中の世界である。なんとも幻想的ではないか。
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また、彼の自由な精神を象徴するかのような「風神雷神図」(1929) をご紹介しよう。有名な宗達の作品とは違って表情は近代的であるが、運慶の童子の彫刻を思わせる。
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さて、彼の生きた昭和という時代は、まさに激動の時代であって、大きな出来事のひとつは言うまでもなく戦争である。歴史画というジャンルに重きを置く画家としては、現実世界の動乱にどこまで対応するべきかという思いはあったのだろうか。結果として戦時中には、戦意発揚に利用される可能性のある題材も多く描いたようだが、一連の作品を実際に見て行くと、彼の人品の高さが一貫して現れているがゆえに、これらは本来戦争とは関係のない、純粋な芸術であると実感する。例えばこの「益良男」は 1942年の作。古代の武人を描いているので、題材は戦争と関係はしている。だが、この人物の秘めたる闘志には、実際に敵と向き合う前に自分と向き合っている様子が伺える。これこそが作品の持つ気品ではないか。
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あるいはもっと直接的に、当時の軍人を描いた有名な絵もある。1943年の「山本五十六元帥像」。だがここでの山本五十六も、やはり冷静な指揮官として描かれており、いつもと変わらぬ安田の繊細な線によって、ただの軍人像とは一味違う、人間を描いた奥行きのある肖像になっている。なおこの作品、前年 1942年に海軍省の委嘱を受けたものの、写生をする前に山本が戦死してしまったので、写真をもとに描かれたものであるそうだ。
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そしてこの頃の作品として素晴らしいのは、なんと言っても今回の展覧会のポスターになっている、「黄瀬川陣」(1940)。源頼朝が平維盛 (これもり) による追討軍を退けた後に陣を張った黄瀬川に、奥州から弟の義経が舞い戻って再会した場面。二幅対の作品で、左幅が義経。右幅が頼朝。
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この作品に間近に接すると、色彩と線の絶妙なバランスによる強い表現力に舌を巻く。間違いなく畢生の大作と言えるだろう。この作品が描かれた頃、既に日中戦争は始まっていて、この題材は非常時に国民が戦意を表すことの比喩であるという解釈と賞賛が、当時からあったようだ。だが本人はそれを強く否定しているらしい。義経には前途の運命を予感させる寂しさを、頼朝には明るい未来を背負った強さや華々しさを表そうとしたとのこと。うーむ、確かにこれだけの幅を使っておいきながら、たった二人の人物だけを描いていて、厳しい緊張感漂う画面であるので、実際の戦争との関連を見出すのは無理なような気がする。いずれにせよ、この作品は重要文化財に指定されていて (安田の作品では今のところ唯一?)、名実ともに彼の代表作であろう。これは本作を制作中の安田。
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そう言えば、前田青邨も「洞窟の頼朝」という素晴らしい作品がやはり重要文化財だ。頼朝には、芸術家の魂を鼓舞する何かがあるのだろうか (笑)。もちろんこの展覧会には出品されていないが、その前田の作品もご参考までに画像を上げておこう。二人の日本画家のメンタリティーの違いについて論じたくなるが、長くなってしまうので、またの機会にしましょう。
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さて、このように、安田靭彦の芸術を辿ることのできる貴重な機会を堪能したが、彼が展覧会に出品した最後の作品でこの記事を締めくくることとしよう。「富士朝暾 (ちょうとん)」。1975年、実に 91歳のときの作品。ここの線は、繊細さよりも力強さが勝っているように思われる。その揺るぎない富士の姿には、写実を越えた実在感が感じられるではないか。誰もがこのような長くて充実した人生を送れるわけではないが、この絵を見る人々は皆、少しでもこの偉大な芸術家に近づきたいという、一種敬虔な気持ちになるのではないか。頼朝もひれ伏す富士だと思う。
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by yokohama7474 | 2016-04-30 18:58 | 美術・旅行 | Comments(2)

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ゴールデン・ウィークの初日。東京は穏やかに晴れた気持ちのよい天気である。こんなときはどこか空気の澄んだところへ出かけるか、川沿いの我が家のベランダで太陽を浴びながらビールでも飲んでダラダラするか、と考えたのであるが、ちょっと待て。14時からサントリーホールのチケットを買ってあるではないか。これはダラダラしている場合ではない。なぜなら、指揮があの準・メルクルだ。やはり聴いておかないと。

準・メルクルは、ドイツ人の父と日本人の間に生まれたドイツ人指揮者。1959年生まれの 57歳だ。オペラとオーケストラの両面で世界的な活躍を続ける現代の名指揮者のひとりである。
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彼は NHK 交響楽団や水戸室内管弦楽団は頻繁に指揮しているし、新国立劇場ではワーグナーの「指環」全曲を指揮した経験もある。昨年は読売日本響にも初登場した。新日本フィルには 2014年に初めて共演しており、今回が 2回目ということになろうか。上のポスターにある通り、2つのプログラムで 3回のコンサートを振る。私が今回聴いたのは以下の曲目だ。
 ドビュッシー : 民謡の主題によるスコットランド行進曲
 ブルッフ : スコットランド幻想曲 (ヴァイオリン : 豊嶋泰嗣、ハープ : 平野花子)
 メンデルスゾーン : 交響曲第 3番イ短調「スコットランド」作品56

ふーむ、これは誰がどう見てもスコットランド縛りである。なぜにスコットランドなのかよく分からないが、私の期待はなんと言ってもメインのメンデルスゾーンだ。無駄がなくすっきりしたメルクルの音楽性にはぴったりだと思うからだ。

最初のドビュッシーの曲はもともとピアノの連弾用の曲で、1890年、作曲者 28歳の若書きだ。今手元に音楽之友社のドビュッシーの伝記を持ってきてパラパラ見てみると、この頃、歌曲やピアノの小品を作曲して出版することでなんとか生活をしていた彼は、スコットランドの旧家の子孫からの行進曲の委嘱を喜んだという。ドビュッシーは学生時代の 1880年に、あのチャイコフスキーのパトロンとして名高いフォン・メック夫人が家族とともにヨーロッパに滞在する際に、娘のための家庭教師ピアニストの役を務めたことがあって、そのときに家族での演奏用であろうか、いくつかピアノ連弾曲を書いたり、「白鳥の湖」をピアノ連弾用に編曲したりしている。余談だが、チャイコフスキーの名作、交響曲第 4番は 1877年の作で、ドビュッシーはこの当時の「最新作」をフォン・メック夫人を通じて知ったらしい。ドビュッシーが「牧神」とともに近代に目覚める前には、このような下地があったわけだ。ところでこのスコットランド行進曲は 5分くらいの短い曲で、さほど印象的な内容でもないが、暗譜によるメルクルの指揮は非常に明快で、オケもよく乗っていた。上々の滑り出しである。

2曲目のブルッフのスコットランド幻想曲は、この作曲者の作品としては大変有名なヴァイオリン協奏曲第 1番には劣るものの、そこそこポピュラーな曲である。これは協奏曲とは題されていないが、実質的にはヴァイオリン協奏曲に近く、ハープもオケのパートにしては重要な役割を担う。ヴァイオリン独奏は、このオケのソロ・コンサートマスターであり、サイトウ・キネン・オーケストラでも活躍している、豊嶋泰嗣 (やすし)。この人、随分以前からずっとこのオケのコンマスであるが、調べてみると、1964年生まれで、1986年に桐朋学園を卒業と同時にその地位に就任したらしい。実にもう 30年ということになるわけだ。彼のヴァイオリンはいつでも非常に艶やかである。指揮のメルクルともども、様々に移り変わる曲の表情を巧まずして表現していて、充実した演奏であった。
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だがやはり、当初の期待通り、この日の真骨頂はなんといってもメインのメンデルスゾーンに聴くことができた。私はメルクルの音楽をそれほど沢山聴いてきたわけではないが、初期ロマン派にはかなり適性があるように感じていて、特に、ドイツの作曲家でありながら、重厚さよりも、自ら描くのを得意とした水彩画のように鮮やかさを身上とする音楽を書いたこの夭逝の天才、メンデルスゾーンは、メルクルの音楽性にぴったりだ。実際に演奏が始まると、冒頭の陰鬱さにもどこか清潔感があり、すぐに曲の雰囲気が出来上がってしまった。そしてヴァイオリンが高音で感傷的な旋律を歌い出すと、なんとも美しい音のカーヴが目の前に現れたのだ。続けて演奏される 4楽章の味わいはなんとも素晴らしいものであり、切れ味鋭く畳み掛けるところもあるかと思うと、その一方で主旋律を支える中声部 (弦で言えばヴィオラやチェロ、金管で言えばホルンが担うことが多い) の充実も際立っていて、終始オケの好調が保たれていた。無理なく音楽の起伏が作り上げられていて、随所に、あぁいい曲だなぁと思わせる箇所があった。そして、終楽章のコーダ手前、遅いテンポで弦と絡むクラリネットとファゴットがなんとも美しいと思っていると、そこから最後の盛り上がりは徐々にテンポを加速して、鮮やかにまた晴れやかに、クライマックスが築かれたのである。そして終演後のカーテンコールでは、まずはそのクラリネットとファゴットを立たせ、そしてホルン、チェロ、それからオケ全員、という順番で起立させるのを見て、いやなるほどと感服。指揮者が会心の出来と思う奏者の演奏は、聴いている方にも伝わってくるものなのだ。そしてなんと、指揮者自ら、今回で退団するチェロ奏者 (貝原正三) に花束を渡して長年の労をねぎらうという心温まるシーンも見られた。

終演後にサイン会があるというので並んでいると、楽員たちとともにメルクルも熊本地震の募金集めのために一旦ロビーに出て行き、それが終わるとすぐに走って (!) 戻ってきてサインに応じてくれた。先刻終えたばかりの熱演の痕跡を如実に残す汗をかき、火照った顔をしているにもかかわらず、実に丁寧な対応であった。手元に金、黒、白とあるペンを指して、たどたどしい日本語で「ドノイロ?」と訊くので、「ア、キンイロデ、オネガイシマース」と、あ、いや、普通に日本語で「金色でお願いします」と言うと、このようなサインをしてくれた。気取りのない、親しみやすいマエストロである。新日本フィルの来年度の定期演奏会には登場しないようだが、このオケとの相性は大変によいと思う。またこの組み合わせを聴いてみたいものである。
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とこうして演奏会の余韻を記事に書いていると、スコットランドを旅行したときの思い出があれこれ蘇ってくる。ネス湖、エディンバラ、ロスリン礼拝堂 (「ダ・ヴィンチ・コード」の舞台のひとつ)、コーダー城 (シェイクスピアの「マクベス」の舞台 --- もちろん創作なのだが)、そして、乗るはずだった船に乗り損ねて行けなかったフィンガルの洞窟 (いや実際には、桟橋到着はギリギリ間に合ったものの、エディンバラからの長時間連続ドライヴの結果、しばしの間の自然の摂理に従っているうちに、船が出てしまったのだが・・・涙)。その中でも、メンデルスゾーンが実際に足を運び、そこでこの「スコットランド」交響曲の着想を得たホリールード宮殿、あのメアリー女王の居城の中にある礼拝堂の廃墟で、イヤホンガイドからこの交響曲の冒頭部分が流れたときの感動を忘れない。というわけで、我が家のガラクタコーナー (いや、本当は「世界遺産」コーナーと名付けているのだが 笑) のスコットランド関連展示をご紹介しよう。バグパイプを吹く楽人たちの間に見える城は、右がエディンバラ城、左がコーダー城 (ちなみに後ろの城はイングランドのもの)。そして手前に長いからだ (?) をウネウネと見せているのがネッシーだ。ほら、メンデルスゾーンが聴こえてくるでしょう!!
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by yokohama7474 | 2016-04-30 00:16 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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映画にもいろいろあって、気軽に笑って見ていられるものもあれば、何か重い事柄を考えざるを得ないものもある。私は前者のタイプも好きであるが、たまには後者のタイプも見て、ついお気楽に流れがちな人生を少しでも軌道修正しなくてはならない。そう、この映画はまさにそのような認識を強いるタイプ。大変重い題材を扱っている。

題名にあるアイヒマンとは、ナチス・ドイツの親衛隊の将校で、ユダヤ人虐殺を推進した責任者であるアドルフ・アイヒマンのこと。戦後連合軍に逮捕されたが、偽名を用いて正体を隠し、捕虜収容所から脱走。その後アルゼンチンに潜伏しているところを発見され、イスラエルに移送の上、同国のエルサレムにて裁判にかけられることとなる。時は戦争終結から 16年を経た 1961年。ちょうど発展途上にあったテレビという新たな媒体を使って、その戦争犯罪を裁く法廷の様子を世界に届けようと奮闘する男たちを描いたノン・フィクションが、この映画だ。

映画はまず、米国のテレビプロデューサーとしてどうやらエルサレムに家族とともに駐在しているらしい米国人、ミルトン・フルックマンが車の中で、この裁判を撮影するにあたって監督として起用する人物のことを語るところから始まる。言葉が途中で短く切れて繰り返される演出がなかなかスピーディでよい。ミルトンが白羽の矢を立てたのは、敏腕ドキュメンタリー監督でありながら、当時米国映画界で吹き荒れた赤狩りの嵐 (時代背景がよくイメージできるではないか) によって仕事をほされていた、レオ・フルヴィッツ。映画は、彼らの家族も少し出て来るとはいうものの、その心理に深く入って行くというよりは、実際にアイヒマンを巡る裁判のテレビ放映がどのように準備されて行ったのか、また、ホロコーストの被害者が歴史上初めて公の場でその無残な体験を語った出来事となったこの裁判がいかに進んで行ったのかを、淡々と描いている。この映画自体はドキュメンタリーではないのだが、アイヒマン自身や法廷での証言者の映像は実際のものを使用し、さながら疑似ドキュメンタリーの様相を呈している。これは戦争中のアイヒマンの写真。いかにもナチの将校という冷酷なイメージであるのみならず、その後の裁判の場ではついぞ見せなかった笑みをうっすらと浮かべているではないか‼ この笑みの意味するところは何か。
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そしてこれが 1961年の裁判の際のアイヒマン。神経質そうであるが、裁判の被告としては服装はきっちりしている。
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この映画の中では、何度も実際の裁判のときのアイヒマンの様子が映るが、これがなんとも無表情で、見ているうちに背筋が寒くなってくる。被害者たちの証言と、通常人ならとても正視できない収容所の様子を収めたフィルムにも、彼の表情は全く変わることがない。そして罪状認否においては、自分は無罪であると繰り返すのだ。この映画のテーマは、果たしてアイヒマンは人間ではない異常な怪物なのか、それとも人間は、任務を遂行するためにこれほど非道なことを平然とやってのけるほど残酷な存在なのであろうか、ということに絞られて行く。その過程では、劇中の映画製作者たちも精神的に追い詰められ、苛立ち、困惑、肉体的な疲弊、そして仲間うちでの確執が巻き起こるのだ。結論をここで記述するのは避けるが、見終わったあとこの映画には、カタルシスはない。だがその一方で、絶望だけの映画にもなっていない。人間というこの不可解なものを考えるためのヒントが、ストレートに描かれているからだろうか。

ここでプロデューサー役を演じているのは、マーティン・フリーマン。
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この役者、BBC が製作したテレビシリーズのシャーロック・ホームズ物でワトソン役を演じ、ホームズ役のベネディクト・カンバーバッチとともに大ブレイクしたとのこと。このシリーズは面白いと耳にするが、私は未だに見たことがない。こんな感じ。
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ところが、調べてみてびっくり。ほかにも、あの「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズに属する「ホビット」三部作での主役、ビルボ・バギンズ役を演じていたのだ!! 順番でいうとワトソン役が先で、その演技が認められてこの大作シリーズに出演したということのようだ。もっともこの三部作、映画好きの義務として一応すべて見たが、私はあまり面白いとは思いませんでしたがネ・・・。なるほど、よく見るとこの役者さんですな。
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監督のポール・アンドリュー・ウィリアムズは英国人で、1973年生まれだから若手と言ってもよいだろう。2012年に撮影した「アンコール!!」という映画の評判はよいようだ。なんと、テレンス・スタンプとヴァネッサ・レッドグレイヴという英国の重鎮男女優の共演。もしかすると今後伸びる監督かもしれない。尚、私が鑑賞した回の終映後、製作者のローレンス・ボウエンという人が舞台挨拶に出て来て、この映画についての質問に答えていた。史上有名なこのアイヒマン裁判の放送の裏でこのような苦労をした人たちがいたことを知って、それを描いてみようと思ったが、ドキュメンタリーにしてしまうと見る側も構えてしまうので、劇映画にしたと語っていた。それから、音楽の観点から言うと、現代の交響楽作品としては異例によく知られた、ポーランドのヘンリク・グレツキ (1933 - 2010) の交響曲第 3番「悲歌のシンフォニー」が使われていた点がなるほどという感じ。この曲の第 2楽章は、ナチスの収容所の壁に書かれた言葉を歌詞にしているので、この映画にはふさわしいのである。大変美しい曲である。エンドタイトルによると、この演奏はポーランドのアンソニ・ヴィット指揮によるもの。一方、もともとこの曲が世界で大ヒットしたのは、米国の名指揮者デイヴィッド・ジンマンの指揮とドーン・アップショウの歌唱による CD が人気を博したことにあるのだが、そのジンマンが今年の 11月、NHK 交響楽団でこの曲を採り上げる。貴重な機会になろう。その美しい第 2楽章はこんな曲。
https://www.youtube.com/watch?v=brotY-aMCBE

それにしても、平和な時代に生まれた人間としては、ナチス・ドイツのような極端な時代への真摯な興味はあるものの、もし実際自分がその時代にその場所に生きていたら・・・と考えるのはつらいことだ。人間性に完全に蓋をして、ただ単に組織の命令に(その命令がいかに理不尽だったり非人道的であっても)従って、いわば思考のスイッチを切ったまま生き永らえるなんて、できるものではないと思いたい。だが、これほど極端ではなくとも、どんな社会の組織の中にも、アイヒマン的思考停止型人間はいるはずだ。この映画について、カタルシスはないが決して絶望的なだけでもないと上で書いたが、そのことは、この映画を見る人が、感性と知性を働かせる必要があることを意味する。つまりここで促されているのは、イマジネーションを持つこと。そして思考を巡らせること。日常生活でもその習慣があれば、思考停止型になることはある程度防げるようにも思う。なのでこの映画を見た方は今後、「いかにして思考停止から脱却するか」という点に注意を払われたい。大きな問題に遭遇することは、どんな人にもあるだろう。でも、問題が大きすぎるからと言って思考を停止させては、組織が間違った方向に行くのを手助けすることになる。イマジネーションは何より大切だと思いますよ。サラリーマン社会の戒めでまとめては、ちょっとこの映画の製作者たちに申し訳ありませんが (笑)。

by yokohama7474 | 2016-04-28 00:30 | 映画 | Comments(0)

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東京のオケには、通常の日本の学校や企業と同じく 4月からシーズンの始まるところと、欧米風に 9月からシーズンの始まるところとが混在している。この東京フィルハーモニー交響楽団 (通称「東フィル」) は前者で、今年から特別客演指揮者に就任したロシア人のミハイル・プレトニョフがその指揮台に立った。このプレトニョフはもともとスーパーなピアニストであり、1978年にチャイコフスキーコンクールで優勝している。早くから指揮者としても成功しており、自ら創設したロシア・ナショナル管とのベートーヴェン全集は絶賛を博したものである。1957年生まれなので今年 59歳。音楽家としてまさに脂の乗り切った年代だ。今年はピアノ・リサイタルも 7月に開かれるが、尖鋭な音楽性を東京の聴衆に示してもらう機会としては、まずはこの東京フィルの演奏会ということになろうか。

そのプレトニョフがシーズン幕開けに選んだ曲目は以下の通り。
 グリーグ : 劇付随音楽「ペール・ギュント」作品23

北欧ノルウェイの国民的作曲家、エドヴァルド・グリーグ (1843 - 1907) の代表作である。この「ペール・ギュント」から編まれた 2つの管弦楽用の組曲があり、いずれもクラシックファンの入門的なレパートリーとなっている。中でも、第 1組曲の最初に置かれた「朝」は、クラシックファンならずとも知らない人はいないであろう。なんとも爽やかな朝の雰囲気を持った名曲である。
https://www.youtube.com/watch?v=PKy-wvmhBxQ

この 2つの「ペール・ギュント」組曲、ほかにも名曲が目白押しなのであるが、では組曲ではなく、この曲の全曲が頻繁に演奏されるかというとさにあらず。私の記憶にある日本での実演は、若杉弘が東京都響の音楽監督時代 (1990年代) に演奏したのが唯一である。確かこのときが全曲の日本初演ではなかったか。私はそのコンサートには行かなかったが、確か演奏時間が大変長いとその時に聞いた記憶がある。今回の演奏会のプログラムによると、この曲の全曲は、作曲者自身の何度かの改訂もあり、出版も混乱していて、本来の作曲者の意図に沿った楽譜の出版はなんと 1987年までなされなかったという。もともとこの戯曲は、ノルウェイのこれもまた国民的な劇作家であるヘンリック・イプセン (1828 - 1906) によるものであり、なんと、イプセン自身からグリーグに作曲依頼がなされたとのこと。イプセンというと「人形の家」などの近代的な戯曲のイメージがあるが、この「ペール・ギュント」は放蕩者の冒険を描くファンタジーだ。もともと舞台上演用ではなく朗読用の戯曲ということもあり、またグリーグ自身が劇的なものよりも抒情的なものに適性がある作曲家であると自ら任じていたことから、作曲・上演には紆余曲折あり、そのあたりの複雑な事情が、この曲があまり演奏されない理由にもなっていると思う。

さて、会場ではこのようなポスターを見ることができる。東フィルのプログラムの表紙を描いているハラダ チエのほのぼの系のイラストだ。だが、うん??? ここには 4/19 (日)、4/20 (月)、4/22 (木) とある。えぇっと、今日は日曜だが 4/19 ではなく 4/24 だ。前週の日曜は 4/17。なぜ日がずれているのか。
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そう、これは去年のポスターなのだ。実はちょうど 1年前に同じ指揮者とオケ、そして朗読を担当する俳優の石丸幹二、歌手陣まで同じメンバーでこの曲が演奏されるはずであったのだ。そのために私も、NAXOS レーベルから出ているこの曲の全曲盤 CD を聴いて予習していた。ところが直前になってプレトニョフが来日中止となり、演奏会自体がキャンセルされたのだ。つまり今回は 1年を経た仕切り直しということで、きっとこの曲に掛ける強い意気込みを持ったプレトニョフにすれば起死回生の演奏であったのだと思う。というのも、昨年の彼のキャンセルの理由は、母親を失ったこととそのための精神的ダメージであるとのことであったからだ。今回聴いてみてなるほどと思った。この作品において主人公のペール・ギュントは荒くれ者でほら吹きだが、母親オーセに溺愛されており、そのオーセの悲しい死をペールが乗り越えて行くという内容になっているからだ。プレトニョフほどの超人的な能力を持つ人でもやはり人の子なのであろう。母の死の直後の精神状態ではこの作品は演奏できなかったということであろうか。

そうして聴くことのできた今回の演奏会、まさに会心の出来であったと思われる。これまで数限りなく親しんできたこの曲の組曲のオリジナルの形を聴けたことで、曲自体に対するイメージが一新したし、情緒と劇性の入り混じった複雑な音楽に、グリーグという作曲家の評価自体にも見直しを迫られたと言ってもよい。そもそもこの作曲家の代表作と言えば、超有名曲であるピアノ協奏曲とか、晩年のリヒテルが愛奏したピアノの抒情小品集とか、あるいはカラヤンがレパートリーにしていたホルベルク組曲のような、北欧の爽やかさを思わせる曲ばかりであったが、この「ペール・ギュント」においては、有名な「山の魔王の宮殿にて」や、船の難破のシーンの音楽のように非常に力強い箇所も沢山あるのだ。荒唐無稽なストーリーは、あのバーンスタインがミュージカル (なのかオペラなのか) を作曲した啓蒙思想家ヴォルテールの「キャンディード」を思わせるところもあり、また、音楽の題材としては、シベリウスのクレルヴォ交響曲とかマーラーの「嘆きの歌」という伝承に依拠した曲を思わせるところもある。つまり西洋の近代化の過程でロマン的なものが熟し、そのロマン性の残照の中、20世紀の工業化社会に向かう手前で生み出された音楽ということである。これがグリーグの肖像。思慮深い人であったのだろうか。
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それにしても今回の東フィルの演奏の雄弁であったこと!! 正味 2時間半に達する長丁場であったが、冒頭のペール・ギュントの主題からなんとも迫力があり、この破天荒な主人公の経験する様々な出来事を多彩な音のパレットで描き出した、見事な演奏。これならプレトニョフの意気込みにも充分応えたと言ってよいであろう。素晴らしいソロを聴かせたコンサート・マスターは、おなじみ荒井 英治。このオケの顔である、と思ったら、プログラムには「ゲスト・コンサートマスター」とある。もう退任してしまったのであろうか。少し残念ではあるが、以前もこのブログで少しご紹介したモルゴーア・クァルテットの演奏活動等もあるのであろう。
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この曲が長いのは、音楽の入らない語りの部分が長いせいもあって、正直なところ、音楽を鑑賞するという観点からは、ちょっとその点が難点である気もする。だが、最初から最後まで語り抜いた石丸幹二の熱演には拍手を送ろう。彼はもともと劇団四季だということは知っていたが、今調べてみると、芸大の声楽科の卒業なのだ。それは知らなかった。それから、誕生日が 1965年 8月15日。私の 2日後である。うーん。他人とは思えない。ルックスはちぃっとばかり違っておりますが (笑)。
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それから素晴らしかったのは、わざわざノルウェイから来日したソプラノ、ベリト・ゾルセットだ。
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あの素晴らしい「ソルヴェイグ (この演奏会のプログラムでは、原語を尊重してソールヴェイと記述されている) の歌」は、このような歌手によるノルウェイ語の歌唱で聴いてはじめて、その真価を知ることになる。オペラティックではなく、例えばエンヤなどを思わせるひんやりしたヴォーカルというイメージだが、あの安定感と聴き手を包み込むような深い情緒は実に傾聴に値する。なんと素晴らしい音楽だろうと実感する。

これだけ多くの数の演奏会が日々開かれている東京の音楽界であるが、このような新たな発見もまだあちこちにあることに気付くと、なんとも気持ちが高揚する。それぞれのオーケストラにそれぞれの素晴らしい才能が結びついているのは素晴らしいことだ。次回はプレトニョフのピアノも聴いてみたい。
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あ、それから、グリーグの魅力をまた違った角度から楽しみたい方には、あの Mr. ビーンのローワン・アトキンソン主演の「ジョニー・イングリッシュ 気休めの報酬」のエンドタイトルをご覧下さい。「山の魔王の宮殿にて」の迫力を改めて思い知ると思いますよ!! いやいや、ホントです (笑)。
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by yokohama7474 | 2016-04-24 23:34 | 音楽 (Live) | Comments(0)

今日 4月23日 (土) は、東京近郊在住のクラシック・ファンとしては悩みに頭を抱える日であったろう。なにせ今日の 14時または 15時開始のコンサートとオペラは以下の通り。
 新国立劇場 : ジョルダーノ作曲 歌劇「アンドレア・シェニエ」
 紀尾井ホール : トレヴァー・ピノック指揮 紀尾井シンフォニエッタ (ピアノ : イモジェン・クーパー)
 東京芸術劇場 : 山田和樹指揮 読売日本響 (ピアノ : 小山実稚恵)
 サントリーホール : ピエタリ・インキネン指揮 日本フィル (ヴァイオリン : 庄司紗矢香)
 すみだトリフォニーホール : 準・メルクル指揮 新日本フィル
 ミューザ川崎 : ジョナサン・ノット指揮 東京響

うーん、これはまたすごい。どれに行ってもおかしくない。だが、苦渋の選択で私が選んだのは、NHK ホールでの NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の定期演奏会。指揮は米国の名指揮者、レナード・スラットキン。
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この指揮者が広くその名を世界に知らしめたのは、1979年から 1996年まで 20年近く首席指揮者を務めたセントルイス交響楽団でのことであった。ある雑誌で、当時文字通り世界最高であったゲオルク・ショルティとシカゴ響に続く米国第 2位という評価を勝ち得たことがきっかけだ。1944年生まれなので今年 72歳。N 響には 1984年以来 7度共演を重ねている。現在ではデトロイト響とリヨン国立管を率いている。近代フランスやアメリカの色彩感の強い曲を得意にしているが、今回の演奏会の曲目が興味深い。
 ベルリオーズ : 歌劇「ベアトリスとベネディクト」序曲
 武満徹 : 系図 (ファミリー・トゥリー)
 ブラームス : 交響曲第 1番ハ短調作品68

まあベルリオーズは分かるが、それ以外はスラットキンとしてはいささか異色の曲目と言ってよいだろう。だが特筆すべきは真ん中の武満の作品だ。今年の 1月31日付の記事で、山田和樹指揮日本フィルの演奏 (語りは上白石 萌歌) をご紹介したが、今回の演奏には特別な意味がある。というのはこの曲を世界初演したのは、今回の指揮者、スラットキンであるからだ (1995年、ニューヨークにてニューヨーク・フィルとともに)。私はたまたまそれを知っていたので、上記のような綺羅星のごとき演奏会の中でこれを選んだのである。スラットキンのレパートリーとして武満は異色であると思うが、一概に決めつけてしまうと、もしかすると楽しめるかもしれない世界を楽しめなくなってしまう。さてさて、スラットキンの武満やいかに。

この「系図 (ファミリー・トゥリー)」と題された曲は、作曲者が 10代の少女を語りとすべしと指定している関係で、語り役を見つけるところからしてなかなか骨であろうが、今回舞台に立ったのは、今年 16歳になる女優の山口まゆ。私はこれまで知らなかったが、最近活躍の幅を広げていて、演技派として将来有望である由。
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今回の衣装もこの写真と同様の白い服に、白い靴。ステージマナーにはなんとも初々しいところがあって、私の席の近辺のご老人たちは、自分の孫を見るかのようにハラハラドキドキ (笑)。今回の彼女の語りは、先に聴いた上白石 萌歌と比較すると、低い声での淡々としたもの。この曲で朗読される詩は谷川俊太郎の手になるものであるが、私にとってはそれほど感動的なものではなく、むしろ現代社会の病巣をさりげなく描いた感じに、少々うんざりする気もする。ただ、スラットキンの手になる演奏を聴いて、なるほどと思う点も多々あった。通常の武満の演奏は、繊細で美しい一方、その場で演奏とともに消えてしまうような儚さがつきまとう。ところが今回のスラットキンの演奏は、とにかく明快なのだ。また、譜面も何も見ずに語りをする若い山口まゆには、その語りの入りの部分で逐一合図を送る丁寧な指揮ぶりで、出てくる音はしんねりむっつりした要素はほとんど聴かれない。もしかすると作曲者自身もこのようなくっきりと明るい演奏を予期していなかったかもしれない。そう言えば今日の最初の曲、「ベアトリスとベネディクト」序曲も、オケの自発性弾ける明るい演奏であった。やはりこれがスラットキンの美質であると考えてよいだろう。これは必ずしも N 響の最良の資質ではないかもしれない。だが、それでもきっと指揮者自身も楽しくなるような鮮烈な音を出すことのできるこのオケは、本来はやはり日本でナンバーワンなのである。

後半のブラームス 1番は、これこそ N 響が世界有数のドイツ系指揮者と数限りなく演奏してきたオハコである。スラットキンとしても期するところがある演奏であったろう。決してドイツ的という形容がふさわしいとは思わないが、充分に一音一音重みのある演奏で、作曲者が 20年をかけてこの曲に込めた思いを、スラットキンは今回のプログラムの他の曲と同様、ここでも鮮烈に描き出していた。昨今流行りのインテンポ (ずっと一定のテンポで演奏すること) とは一線を画し、時に溜めを作り、時にそれを解き放つ円熟の芸だ。コンサートマスターのまろこと篠崎史紀のステージマナーは相変わらず堂に入ったもの。
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東京でこれだけいろいろな演奏会が開かれていることは、演奏家にとっては大きな刺激になるに違いない。まだまだ面白いことになって行くだろう。

ところで今回、演奏に先立って、熊本の地震の犠牲者を悼んで、バッハの「G 線上のアリア」が奏された。N 響の弦の音が艶やかかつ品性を感じさせるもので、心に沁みる演奏であった。実は今回のスラットキンの演奏はほかにも 2プログラムがあり、その中の 1つに、バッハの各種オーケストラ用編曲を連ねた挙句にプロコフィエフ 5番で締めくくるというものがある。その意味では、悲しい演奏とは言え、今回のバッハもスラットキンの登壇にふさわしい選曲であったと思われる。このような一流の指揮者が指揮を採ることで、一回一回の成果はよしんば些細であれ、確実にオケは進化して行くもの。これから 5年先、10年先が楽しみである。

by yokohama7474 | 2016-04-23 23:13 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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フィンランドからは多くの名指揮者が出ている。物故した人から若手まで、あるいは女性を含めて様々な個性があるが、そもそも国自体が西欧諸国と違ってマイナー感を免れないゆえに、たまたまこの国が輩出した大作曲家シベリウスの演奏というくびきのもとでの活動を多かれ少なかれ余儀なくされるのである。従って、フィンランド人指揮者が、シベリウスではない様々な音楽を指揮するということは、その土地またはオーケストラで広く支持されているという意味を示すのだ。ここに一人のフィンランド人指揮者がいる。ピエタリ・インキネン。1980年生まれだから今年 36歳になる。
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現在、プラハ交響楽団の首席指揮者であり、この日本フィル (通称「日フィル」) の首席客演指揮者。そして来シーズン、今年 9月からは日フィルの首席指揮者に就任する。この人の活躍ぶりによって東京のこれからの音楽界の活気が変わってくると言ってもよいだろう。現在シェフが空席になってしまっている東京フィルを除いて、東京の主要 7オケのシェフはなかなかの顔ぶれであって、今年という意味では、新日本フィルの上岡敏之とこの日フィルのインキネンが新たな就任なのである。そしてそのフィンランド人指揮者、インキネンが今回指揮するのはなんと、イギリス音楽だ。

 ブリテン : ヴァイオリン協奏曲作品15 (ヴァイオリン : 庄司紗矢香)
 ホルスト : 組曲「惑星」作品32 (合唱 : 東京音楽大学)

今回の来日でインキネンはヴェルディのレクイエムも採り上げているはずなので、もはやシベリウスの呪縛はない。ってまあ、首席客演指揮者かつ次期首席指揮者がシベリウスばかり採り上げるわけにはそもそもいかないのだが (笑)。

上に掲げたポスターにいろいろ謳い文句が記載されているが、今回のソリスト庄司紗矢香の紹介に、「インキネンと同門!」とある。庄司はいわずとしれたケルンの名教師ザハール・ブロンの教え子 (ほかにもレーピン、ヴェンゲーロフ、樫本大進等の綺羅星のごとき教え子たちがいる) だが、実はピンキネンもそうらしい。もともとヴァイオリンを学んでいて、ブロンのもとにいた 20年ほど前、ほんの少女の頃の庄司の才能に驚いていたということで、今回東京での初共演が叶ったとのこと。
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今回庄司が弾いたのは、あまり演奏されることのないベンジャミン・ブリテン (1913 - 1976) の協奏曲。私も、サヴァリッシュが最後に来日して N 響を振ったときにフランク・ペーター・ツィンマーマンのソロで聴いたのが唯一の生演奏体験。そのときに予習したヴェンゲーロフとロストロポーヴィチの CD を引っ張り出して再度予習の上、この演奏会に臨んだ。この曲はブリテン 25歳の若書きであり、スペインのヴァイオリニスト、アントニオ・ブローサがジョン・バルビローリ指揮ニューヨーク・フィルの伴奏で 1939年に初演している。実はこのブローサなるヴァイオリニストとブリテンは、その 3年前の 1936年にバルセロナで共演しており、そのときの音楽祭の一連の演奏会のうちのひとつが、ブリテンが深く尊敬していたというアルバン・ベルクのヴァイオリン協奏曲の初演であったとのこと (尚、ベルクのコンチェルトの初演者はルイス・クラスナーという別のヴァイオリニスト)。このベルクの白鳥の歌に感動したブリテンは、自分でもヴァイオリン協奏曲を書きたいと思い立ったのであろうか。この曲はベルクの曲とは全然似ていないが、唯一、緩 - 急 - 緩という構成だけは似ている・・・かなぁ (笑)。ところで年号を見て気づくのは、1936年といえば、スペイン内戦勃発の年ではないか。反戦主義者であったブリテンは、この曲にそこはかとないスペイン情緒を込め、静けさと闘争を経て祈りに至るという複雑な情緒を盛り込んだ。庄司は珍しく譜面を置いての演奏であったが、そのような複雑な情緒を、いつもながらの強い集中力で表現していた。第 2楽章などは彼女の得意とするプロコフィエフを思わせて実に鮮やかだったし、カデンツァでの弦の唸りも見事。また、聴かせるべきところは極上の美音を響かせる。こんな自在なヴァイオリンは、そうそう聴けるものではないだろう。インキネンはここでは脇役に徹していたが、大編成のオケをコントロールして危なげない。楽団がリハーサルのときのこんな和やかな写真を公開している。今回のコンサートマスターは、千葉清加さん。お、この人もサヤカさんなのだな。
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そして庄司はアンコールを演奏したが、何やら聴きなれないスペイン風の曲。アンコールの表示を見て驚いたことには、それはスペイン内戦時の軍歌で、「アヴィレスへの道」という曲。ネット検索してもそれらしい情報は出てこないが、まさにこのコンチェルトにふさわしいアンコールであったことになる。その研究熱心さに改めて脱帽だ。

そして後半は、ホルストの「惑星」。これも、有名曲でありながら実演ではあまり接する機会のない曲だ。ここでインキネンは本領発揮。7曲からなる組曲で、実に色彩感豊かな曲であるがゆえに、まずは冒頭の「火星」で聴衆を圧倒する必要があるが、早めのテンポでグイグイ進めるインキネンは、先輩の大指揮者サロネンすら思わせる切れのよい指揮ぶりで、日フィルから輝かしい音を引き出した。そう言えばこの「火星」は、作曲者ホルストが迫りくる第一次世界大戦を予感して書いた予言的な作品とも言われる。今回の 2曲はいずれも、戦争の惨禍と関係しているのだ。冒頭のポスターに、「戦慄の時代が生んだ祈りのコンチェルトと壮大な音宇宙」とあるのは、そういう意味だったのだ。日フィルさん、なかなかしゃれたコピーを考えますなぁ。私が前回インキネンを聴いたとき (昨年 11月 8日の記事) には、最強音を聴けなかったもどかしさを書いたが、その点、今回は期待通りの素晴らしい最強音を聴くことができ、私の親指はぐっと立ったのである。このような音楽を聴かせてくれるなら、彼の存在によって東京のクラシック音楽シーンが一層面白くなるだろう。

終演後にはまたインキネンのトークがあった。いわく、今回の演奏会は日フィルと最初のことと最後のことが同時に起こったと。つまり、イギリス音楽を指揮したのは最初だったし、首席客演指揮者としての演奏は最後であったという意味だ。それからは上記の庄司についての話と、今年 9月に首席指揮者に就任することについての話。彼はこの年で既にシドニーでワーグナーの「指環」全曲を振った実績があるらしく、そのとき共演した歌手たちと、9月27日にサントリーホールで「ジークフリート」「神々の黄昏」を演奏するのが、今回の日フィルの首席指揮者披露公演になるらしい。なるほど、こうなってくるとシベリウス、全然関係ないですね!! 前任のアレクサンドル・ラザレフも面白い指揮者であったが、レパートリーがロシア物に偏重していたように思う。かつて「ロシアのカルロス・クライバー」と呼ばれた爆演系指揮者、ラザレフも、後任インキネンによる日フィルのさらなる発展に期待していることだろう。
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by yokohama7474 | 2016-04-23 01:11 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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このブログであれこれクラシック音楽についての記事を書いている私であるが、何を隠そう、楽器は何もできない人間なのである。音楽の楽しみの本質は、自分でそれを奏でることであることは充分理解しているつもりであり、その限りにおいて、自分で演奏もしない人間がいかにエラそうなことをほざいても、所詮はその説得力に限界があると思う。だがその一方で、音楽がごく一部の専門家のものではなく万民のものであるとすれば、どんな人間でも、音楽について語ることができるはずである。それが許容されることこそが音楽の素晴らしさなのだろうと思う。

ピアノを習ったことのない私にとっては、バイエルの教則本の内容がいかなるものであるかを知る由もない。だが、幼少の頃にピアノを習う人が、まずはこのバイエルから入って、ブルグミューラーやらツェルニーに移って行くということはもちろん常識として聞いたことがあり、このバイエルの教則本が全然面白くないという話もよく耳にする。だからバイエルの名前は、強制された習い事の象徴のようなイメージがあり、であるからこそ、一体それがどういうものであるのか、また、一体どういう人がそれを作ったのか、なぜそれほどメジャーであるのか、なんとも気になるのである。ふと立ち寄った書店でこの本を見かけたとき、ちょっと読んでみるかと思ったのはそのような背景による。結論から申し上げれば、この本は滅法面白く、著者の実体験を書き綴っているだけに、下手なミステリーよりもよっぽど楽しめるのである。クラシック音楽に全く関心のない人にはお勧めしないが、少しでも興味がある人には、読んでみて絶対損はないとお勧めしたい。これらは日本で出版されているバイエル教則本の例。
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著者は、日本でピアノの初期教育の聖典と言われてきたバイエルが、最近では本場ドイツをはじめとする世界のどの国でも時代遅れとなっており、日本でもその意義を疑問視する声が増えてきていることを批判的に紹介。また、この教本を作ったバイエルという作曲家についての伝記的事実がほとんど全く知られていないことに着目し、一体バイエルとはいかなる人だったのか (もしかすると実在しなかったのか、あるいは他の作曲家の偽名か、はたまた複数の作曲家が使用したペンネームなのか)、またその教本がいかにして普及し、誰が日本に紹介し、誰が称揚したのか、という点について、凄まじい執念で調査を始める。いや実際、なぜそこまでと思えるほどの執念に、読み進むほど圧倒されるのだ。そして、謎の真っただ中に無謀にも (?) 飛び込んで行き、欧米のあちこちを訪ね歩く著者が、内外の多くの協力者や信じられないような運命的偶然に恵まれて道を拓いて行く展開に、ページを繰るのももどかしいほどの興奮を覚えるのである。何より、真摯な姿勢を自ら揶揄するようなユーモアのセンスが常に漂っているところがよい。

この本の著者、安田寛 (ひろし) は 1948年生まれなので今年 68歳の音楽学者。国立音楽大学の修士課程を修了、各地の大学で教鞭を取り、現在は奈良教育大学の名誉教授。ほかの著書には日本の唱歌のルーツを讃美歌に結び付けるような内容が見受けられるので、このバイエルの探求も、結果的にはその流れの中にある。ライフワークということなのだろう。

そのライフワークにかける著者の執念がたどり着いた結論は、なんとも達成感のあるものである。その箇所に至ると、見も知らぬ著者に対して握手を求め、「本当によかったですね」とねぎらいの言葉をかけたくなるのである (笑)。それから、その艱難辛苦につきあった挙句、全編の最後に記述されたエピローグにおいて、読者はインターネットの利便性を思い知るとともに、その逆説として、利便性度外視で情熱を傾けて多くの徒労を経ながら真実に近づくという行為の尊さに思い至る。ここでネタバレは避けるが、この本を読まれる方には、その表現があながち大げさでないことをお分かり頂けると思う。願わくばこの本の著者のごとく、真実を追い求める真摯さを心のどこかで持ち続けたい。そして大きな仕事を成し遂げたい。読む人にそのような思いを抱かせる書物であり、その点では非常に勇気づけられる。一方で、人間の営みが限られた生の期間にのみ行われることに思い至り、一縷の無常観とともに本を置くことになることも事実。そしてしばらくすると、正が限られているからこそ、真摯な姿勢で生きることに意味があるのだということにも気づかせられるのだ。

それにしても、何事にも歴史があることを思い知る。星の数ほどの人間が生まれ、死んで行く。この世に痕跡を残す人もいれば全く残さない人もいる。痕跡を残しても歴史によって忘れられて行く人もいる。この本の本当の感動はそこにある。私がここで唐突に思い出すのは、名匠ヴィム・ヴェンダース監督の映画、「パレルモ・シューティング」だ。
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この連想を突飛に思われる方もおられよう。実際、この映画はバイエルとは縁もゆかりもない (笑)。あのデニス・ホッパーの最晩年の出演作であるこの映画、そのホッパー演じる死神が、これまでにこの地上で生きた人たちの長い長いリストを見せるシーンがあって、そこには戦慄するような歴史の重さと残酷さがある。私がこの「バイエルの謎」を読んで感じた深淵は、そのような感覚に極めて近いものであった。相変わらず我田引水、牽強付会の暴論であるが (苦笑)、本当のことだから仕方ない。この映画をご覧になっていない方、この本と併せてお勧めしておきます。

by yokohama7474 | 2016-04-19 23:52 | 書物 | Comments(2)

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他流試合という言葉は、日本独特のものなのであろうか。剣豪の時代ならいざしらず、20世紀に至ってもキングコング対ゴジラからアントニオ猪木対モハメド・アリまで、えっ、この人とこの人が闘うのか、という組み合わせを我々は楽しんできた (・・・ちと例は古いかもしれないが)。両雄並び立たずという言葉もある。クラシック音楽の世界でも、トスカニーニとフルトヴェングラー、カラヤンとチェリビダッケ、アバドとムーティなど、お互いの能力を認めるがゆえに不仲となってしまった指揮者たちがいた。さて、これはそのような流れにある映画、かどうかは見る人の判断として (笑)、いやはや、21世紀も進んで来ると、こんな対決を考える奴が出て来るのである。バットマンとスーパーマンが対決するったって、そんなのどう考えてもスーパーマンが勝つに決まっている。なぜなら、バットマンがいかに武装し、体を鍛えていようと、所詮は生身の人間だ。対するスーパーマンは遠くクリプトン星からやってきた宇宙人。そもそも、一体どういうわけでこの二人のヒーローが闘うことになるのか。これは見に行かないわけにはいかない。

ひとつの期待は、監督がザック・スナイダーであるということだ。「300」が代表作なのかもしれないが、残念ながらそれは見ていない。スーパーマンシリーズの前作「マン・オブ・スティール」は見ているが、まあそれほど印象的でもなかった。私が驚嘆したのは、彼が原案から手掛けた「エンジェル・ウォーズ」という映画 (原題は "Sucker Punch" = 不意打ちという全く違うものだ)。
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日本のオタク文化から想を得ながら、オタクを嫌悪する私にすらズシーンと来るなにかを投げかけた面白い映画である。この監督が採り上げる題材なら、何か筋の通ったものがあるかもしれない。しかも今回の作品、製作総指揮は今や巨匠監督となったクリストファー・ノーラン (バットマンの最近のシリーズを監督している) であると聞くと、これは期待しない方が無理というもの。

この映画のプログラムによると、実はコミックの世界ではバットマンとスーパーマンが「共演」することは多く、遥か 1952年にまで遡るという。そこで興味を持って、そもそもこれらのヒーローが最初に登場したのはいつかと調べてみた。すると、スーパーヒーローの元祖スーパーマンは 1938年に登場、一方のバットマンはその翌年 1939年に初めて発表されたことが分かった。そのイメージは陰と陽。なるほど、両大戦間の平和なアメリカに、この対照的なふたりのヒーローは相次いで登場したことになる。私が知らなかっただけで、コミック誌上での最初の共演から既に半世紀以上。スクリーンでの共演がなかった方が不思議なくらいだ (笑)。これは 1962年のコミック (両方のキャラクターが掲載されていた DC コミックだ)。"World's Finest"、つまり「世界最強」のコンビということだろう。どうやら、偽物スーパーマンが現れる話のようだ。
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ということで期待が大きく膨らんだ状態で劇場に向かったのであるが、うーむ。申し訳ないがこれは一言で言えば失敗作だ。その理由をネタバレしないように説明するのは難しいが、以下の要因が挙げられよう。
・両ヒーローとも社会から非難される事態に陥るが、その必然性が弱い。
・バットマンのスーパーマンに対する思いも、描き方が全然不足している。なんでそこまで???? と、誰しもが思うだろう。
・あー夢だったの繰り返しがしらける。素人の作品じゃないんだから。
・両ヒーローとも、既に周りの人たちに正体がばれている。スーパーマンに向かってクラークと呼んだり、バットマンに向かってブルースと呼んだりするのは反則だと思う。
・両者の対決のシーンからの展開が強引。ただの名前の一致だけで、あんな憎しみが瞬時に消えますか???
・そもそも両者が互角に闘える前提としての鉱物クリプトナイトの効力が弱すぎる。スーパーマンの回復早すぎ。その一方でラストでは効果てきめんで、説得力なし。
・上映時間が長いと思ったら、両者の対決以外に盛り込まれた要素があって、それが完全に余計。あんな再生ができるなら、クリプトン星人が死んでも再生できるはず。
・そして、題名にある「ジャスティス」もまた余計な要素。今後シリーズ化を前提としているのだということ以外に、必然性なし。

まあこんなに突っ込みどころ満載の映画もないだろう。152分の上映時間に客席から沢山のハテナが飛び散っているのが見えた気がする (笑)。

一方、これだけ豪華な役者陣を揃えた映画も珍しいだろう。後で気づいたことには、スーパーマンサイドは、完全に前作「マン・オブ・スティール」を踏襲していて、スーパーマンのヘンリー・カヴィルはもちろん、ロイス・レーン役のエイミー・アダムス、デイリー・プラネットの上司役のローレンス・フィッシュバーン、父親役のケヴィン・コスナー、母親役のダイアン・レインと、すべて同じ。
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驚きは一方のバットマンサイドだ。なんと言っても注目は、初めてバットマンを演じるベン・アフレック。ただ、ここでのバットマンはスーツも重々しげなら、アクションシーンにも切れがないと思う。それはなんらかの監督の意図によるものなのであろうと思うのだが、もしそうであれば、さてベン・アフレックほどの俳優を使う意味があったかどうか。
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それから、私にとっていちばんの驚きは、執事アルフレード役は、なんとなんと、細身の二枚目俳優 (であった?)、ジェレミー・アイアンズだ。いつものマイケル・ケインよりも精悍かつスリムな感じで、鈍重な印象のここでのバットマンとは好対照。これも何か意味があるのか???
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さらにもうひとり、議員の役を演じて久しぶりにスクリーンを飾るホリー・ハンター。あのジェーン・カンピオン監督の「ピアノ・レッスン」は私にとって生涯ベスト・テンに入る名作。随分年をとってしまったが、昔の面影はあるし、キャリアウーマン役がよく似合う。
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まあそれにしてもすごい俳優陣だ。加えて、敵役のジェシー・アイゼンバーグ、謎の美女役のガル・ガドットもよろし。
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とまあ、豪華俳優陣の演じるハテナ映画ということで、きっと将来的には珍品の部類に入ることだろう。ひとつだけトリヴィアネタを書くと、盛装のカクテル・パーティのシーンに流れているのは、ショスタコーヴィチのジャズ組曲第 2番の中の「ワルツ 2」だ。そう、あのキューブリックの遺作、「アイズ・ワイド・シャット」で使われていたあの曲。エンド・タイトルに目を凝らすと、リッカルド・シャイー指揮のコンセルトヘボウ管の演奏であった。
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このシーンだけ見ると、大変素晴らしい映画かと思いますな (笑)。ラストシーンは次回作に続くという意思表示であろうが、さてさて、次回作を作れるだけの興行成績を無事挙げられますかね。見ものです。

by yokohama7474 | 2016-04-19 00:06 | 映画 | Comments(0)

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フランス・ロマン主義を名実ともに代表する作曲家、エクトル・ベルリオーズ (1803 - 1869)。彼の代表作である幻想交響曲は、クラシック音楽を聴く人誰もが夢中になる曲だ。かく言う私も中学生の時から数限りない回数、この曲を聴いてきた。この曲には標題があって、それがなんとも異常なのである。若くて才能のある作曲家がアヘンに溺れて自殺を図るが死にきれず、奇怪な夢を見る。その夢の中で作曲家は愛する女性を殺してしまい、その女性が悪魔を扇動して作曲家を断頭台に送るという、なんとも禍々しい内容だ。だがこの曲が人気があるのは、そのような暗く悲惨な設定の割には、音楽自体にはユーモアもあって楽しめる内容になっているからだろう。誰がなんと言おうと、天下の名曲である。この天下の名曲、作品番号 14という若さから知られる通り、1830年、作曲者が弱冠 27歳のときの初期の作品だ。ところが私がこの曲に親しみ始めた当初から、この曲の作品番号は本当は「14a」であり、実は「14b」という姉妹作があるのだということをモノの本で読んでいた。その姉妹作こそ、「レリオ、または生への回帰」なのである。

ところがこの「レリオ」という作品、滅多に演奏されないのだ。私も生で聴いたことが一度もないどころか、録音においても、ブーレーズの 1960年代のもの (語りを、あの「天井桟敷の人々」で有名なジャン・ルイ・バローが務めている)、それからインバルやデュトワのベルリオーズシリーズの一環と、ムーティがシカゴ響の音楽監督に就任した際のライヴ (語りはジェラール・ドパルデュー) に、同じムーティがラヴェンナで演奏した際のものくらいしかない。ベルリオーズを得意とした指揮者でも、シャルル・ミュンシュとかコリン・デイヴィス、あるいは小澤征爾、それにバレンボイムなども、この曲は録音していない。なので私は、いつかこの曲の生演奏を聴ける日を楽しみにして来たのである。「うーん、なんであまり演奏されないのだろう」と思案顔のベルリオーズ。
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その願いは思わぬ形で満たされた。仙台フィルの東京公演。指揮は、現在の常任指揮者で、以前新星日本交響楽団 (東京フィルに吸収合併されてしまった) のシェフであったフランス人、1959年生まれのパスカル・ヴェロだ。
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作曲者は、幻想交響曲の後にこのレリオを演奏するように指示しているらしい。そこにひとつの無理がある。幻想交響曲は 50分を要する大曲。このレリオには 1時間を要する。通常一晩の演奏会は、正味 1時間半が相場である。なのでこの 2作品を演奏すると長くなりすぎる。加えて、作曲者の分身が長々と鬱陶しく喋り続け、ソロのテノールがピアノやハープの伴奏で歌うかと思うと、合唱団が亡霊となったり盗賊となったり、支離滅裂な配列になっているのだ。そして、なんと言ってもコンサートの終わりには幻想交響曲の激烈さが欲しい。これを先に演奏してしまうと、コンサートの座りが悪い。そんなわけで、なかなか実演で聴くことができないレリオを、この耳で聴く日がやってきた。

仙台というと、言うまでもなく 2011年の大震災の被災地である。このコンサートは復興支援に対する感謝をこめて開かれるものであり、このコンサートのチケットは完売だ。会場に辿り着くと、スタッフがホールの入り口近くに並んで聴衆に礼を述べている。その中に、この楽団のミュージック・パートナーの称号を持つ若手指揮者の山田和樹の姿もあり、ちょっとした驚きだ。
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そして会場には、このような謝礼や、この仙台フィルが震災後に行ってきた復興活動 (各地でのコンサート) の様子についての説明板がある。
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ところが奇しくも今日本では、なんということか、新たな災害が進行中だ。熊本を中心とする九州での連続地震。最初の地震のあと余震が一週間程度続くとのことであったが、なんたること、大きな余震がいつ絶えるともなく継続しているという前代未聞の事態。本当に被災者の方々の身が案じられる。そのような中、この日の会場にもカンパを求める箱が設置されている。
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それから、これも驚きだが、もともとこの演奏会には天皇・皇后両陛下が臨席される予定であったらしい。だが熊本での地震が続いているため、このコンサート鑑賞はキャンセルされたという宮内庁の説明が貼られていた。
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そのような特殊な環境で開かれたコンサートであったが、内容はこの上なく充実したもので、音楽を聴くことができることのありがたさを身に染みて感じることができる機会にもなった。東京のオケの充実ぶりをいつもこのブログに書いている私であるが、東京以外にもこれだけの音楽を奏でるオケがあちこちにあるという事実に、心から感動を覚える。

今回、幻想とレリオを続けて演奏するにあたって、面白い工夫がなされていた。まず、オケの登場は一斉にではなく、三々五々。これによって聴衆は拍手する機会を奪われる。ふと見るとチューニング前に指揮者のヴェロも舞台に出ている。そして、舞台奥には木製のデスクが置かれていて、そこに何やら羽ペンを持った古い時代の芸術家の姿が。これは、仙台在住の俳優、渡部ギュウ演じるところのベルリオーズである。
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このベルリオーズ、開演前になにやら楽譜数枚を指揮者に渡し、指揮者がそれを何人かの奏者に配っている。演奏開始前から演技が始まっているわけである。そしてチューニングが始まり、またもや聴衆が拍手の機会を奪われるうち、幻想交響曲が始まった。私はこのオケも指揮者も初めて聴くが、いやー、その音楽に対する姿勢の真摯であること。弦も管も、また打楽器も大変いい音で鳴っており、特に木管の自主性は大したもの。ヴェロの指揮はある意味で職人性を感じさせるものでありながら、冒頭、音楽が動いては立ち止まる感じや、続く楽章でも、舞踏会の華やかさとそこに見える恋人の幻影の残酷さ、野の風景のシュールな感覚、断頭台への行進のおぞましさ、怪物たちの饗宴のそこはかとないシニカルさ、いずれも素晴らしい。そして、全曲が爆裂する和音で終わったときに一斉に照明が落ち、指揮者とベルリオーズ役の役者の姿が消えたところで前半終了。なんという鮮やかさ。幻想交響曲の演奏中、役者はほとんどずっと (野原で殺人を犯すとき以外???) 舞台にいて、若干その演技が過剰であったかもしれないが、まあ、イヤならそこを見ないという手もある。よく考えられた演出である。

後半のレリオもその延長線上にあり、ここでは渡部ギュウがベルリオーズ自身の手になる台本の日本語役を喋り続け、テノールのジル・ゴランとバリトンの宮本益光とが美声を聴かせ、この演奏会 (仙台で 2回、東京で 1回) のために結成された合唱団が、あるときは美しく、あるときは力強く、歌い上げた。この曲は、要するに前作幻想交響曲の毒から解放されるための独白と静かな音楽を含んでおり、作曲者自身がこのような解毒作用を必要としたということだろう。実際の曲は、彼が以前に書いた曲の寄せ集めで、編成も曲調も、ごった煮の感がある。だが、その音楽に耳を傾けると、本当に美しい箇所があちこちに見つかるのだ。特に冒頭のテノールを伴奏するピアノは、これはどう聴いても現代のミニマルミュージックの大家、フィリップ・グラス風だ。なんとも不思議な音楽なのである。語りの中においては、シェイクスピアに対する賛辞があれこれ聴かれ、もともと作曲者が曲を書くきっかけとなった、シェイクスピア女優、ハリエット・スミッソンへの思いが横溢しているようだ。よく知られている通り、ベルリオーズは後年この憧れの人と結婚し、そして離婚することになるのだが、まあそれにしてもよくもこんなこっ恥ずかしいテキストを公にしたものだ (笑)。根っからのロマン主義者ベルリオーズの本領発揮ということか。

そんなわけで、初のレリオ体験は非常に充実したものとなった。写真で見るとこの仙台フィルの本拠地のホールは大変近代的であり、音響もよさそうだ。かくなる上は、このオケやその他の優れた地方オケを、現地にまで聴きに行く機会を作りたい。スケジュールは、まあそれはタイトであるが、なんとかしたい。新たな発見がいろいろあることだろう。
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by yokohama7474 | 2016-04-17 23:54 | 音楽 (Live) | Comments(2)