<   2016年 06月 ( 29 )   > この月の画像一覧

e0345320_21552591.jpg
人間誰しも好き嫌いがある。食べ物、動物、植物、服装、画家、作曲家、あるいはほかの人の性格まで、人それぞれ、好きなものもあれば嫌いなものもある。それは当然のことで、だからこそ人間社会は多様で面白いのである。さてここで私自身の告白なのであるが、最近までウディ・アレンは嫌いな映画監督であった。何やら等身大の人々が出て来て、鬱陶しい話をする。そして監督本人は弱々しく見えるのに、実はモテモテで、ハリウッド女優と結婚したり (名指揮者アンドレ・プレヴィンからミア・ファーローを奪取)、あろうことか自分の養女に手を出したり。自らがユダヤ人であることもうまくネタにして、いい商売をしている。そんな印象であったのだ。
e0345320_22025427.jpg
e0345320_22030621.jpg
ところがである。Thank God! 数年前に劇場で「ミッドナイト・イン・パリ」を見て、少なくとも 10回は大きくうなずき、膝をポンと大きく打ったものだ。これは文句なしに面白い映画。いやもちろん私とて、それ以前に「ウディ・アレンの影と霧」や「セレブリティ」は見ていた。だが、彼のその前の代表作の数々、「マンハッタン」「ブロードウェイのダニー・ローズ」「カイロの紫のバラ」等は見ていなかったし、見る気もなかったのである。だが「ミッドナイト・イン・パリ」によって私は前非を悔い、それ以降の彼の映画は必ず見るようになったのだ。遅ればせながら私が最近気づいたことには、ウディ・アレンの映画には紛うことなき人生の真実が、あるときは冗談めかして、またあるときはシリアスに描かれているということだ。そんなことができる監督はそうそういない。そして彼の場合、脚本は必ず彼自身のもの。今日び、それをこのような頻度で続けることができる監督は、世界広しと言えども彼だけであろう。

驚くべき過去の数本の映画に続いて現在公開されているこの映画。例によって奇妙奇天烈な邦題がついているが、原題は極めてシンプルで、"Irrational Man"、つまり「非合理的な男」である。これこそこの映画を語るべき正しい題名。「教授のおかしな愛と青春と追憶の妄想殺人」は明らかにおかしい。あれ? 私は邦題を間違えていますかね。でも、まあそんな感じの邦題であることは間違いない (笑)。いやもちろん、「非合理的な男」では日本語として違和感があるのは事実。だから例えばいっそもっと詩的な邦題にしてはいかがか。例えば、「非合理教授の非合理殺人」とか。あるいは「He is ヒー合理」とか。「素敵な愛と青春と追憶」よりはよいと思いますが。

ま、私はこの映画の日本における興行成績の責任があるわけではないので、邦題はひとまずおいて、映画の中身について語ろう。邦題にある通り、これは大学教授が殺人を犯す映画。その教授が非合理的な人なのである。演じるのは今年 42歳になるホアキン・フェニックス。23歳で夭逝した天才俳優、リヴァー・フェニックスの弟という紹介はもう古いだろうか。
e0345320_22313371.jpg
彼の演じる大学教授は、哲学を専攻し、人生に倦んだ人。複数の女性から言い寄られるのだが、生きる意味を見失っている彼には、すべて空しいこと。そう、彼があるきっかけで生きる意味を見出すまでは。ある種の狂気をはらんだ教授像はニヒル (もう死語?) なものであり、ある意味で、多くの男が理想とするところだろう。なにせ彼は、死の衝動に駆られて、酔狂でロシアン・ルーレットまでしてしまうのである。
e0345320_22390088.jpg
そのような「おかしな教授」に惚れる学生を演じるのは、エマ・ストーン。「アメイジング・スパイダーマン」シリーズのヒロイン役に続き、「バードマン」、そしてウディ・アレンの前作「マジック・イン・ムーンライト」にも出演。新たなウディ・アレン・ファミリーだ。
e0345320_22425403.jpg
聞くところによると、ウディ・アレンは彼女のことを「知性がにじみ出ている」と大絶賛。うーん、このオジサンの前科 (?) を知っていると、今年まだ 28歳のエマも、なにがしかのアレン・マジックに囚われているのではないかと心配になってくる。大丈夫かね、これ。
e0345320_22530856.jpg
あ、いや、私が心配しようと何しようと、全くどうでもよいのですがね (笑)。ともあれ、前作の彼女も素晴らしかったが、ここでも非常にのびやかに等身大の女性を演じている。つまり、エキセントリックな男に惹かれて常識的な男をふるが、いざそのエキセントリックな男が本当にエキセントリックな行動を取ると急に怖気づき、もとの男のもとに戻ろうとする。だが待て。この映画のコンテクストからは、教授をして妄想殺人に走らせたのは、実は無意識のうちにこの女性が背中を押したからではないのか。男の行動は非合理的かもしれないが、少なくとも正義感に基づくものであり、そのきっかけを作ったのはほかでもない、この女であるのだ。ウディ・アレンが飽くことなく描いてきた男と女の奇妙な力関係がここにも明確に表れている。そうなのだ。非合理的なのは男だけではない。女もそうであって、ただ女の方が逞しいので、男のようなバカなのめり込みはしないということだろう。

ただ、全体の印象としてこの映画は、過去何本かのウディ・アレンの作品に比べれば感銘度は低いようにも思う。ホアキン・フェニックス演じる主役が最後に経験する悲劇は、限りなく喜劇に近いもので、その意味ではそこに描かれた人生の真実には抜き差しならないものがある。だが、できればもう一歩、とぼけた味わいとリアリティが欲しかった。つまり、主役の教授がエキセントリックに描かれている分、観客の感情移入もそれほど高まらない可能性があると思うのだ。

ともあれ、ウディ・アレンは昨年 80歳 (!) になった。もしまだエマ・ストーンを口説く意欲があるなら素晴らしいことだ (私の思い込みならスミマセン)。こうなったら世界中の男の羨望を一身に受け、力尽きて倒れるまで、面白い映画を撮って欲しい。こらこら、真面目な顔するでない (笑)。
e0345320_23010310.jpg

by yokohama7474 | 2016-06-28 23:01 | 映画 | Comments(0)

e0345320_22182460.jpg
オーケストラ音楽をあれこれ生で聴いてくると、名匠巨匠ベテランの成熟した演奏会もよいのだが、これからが伸び盛りという若手音楽家の演奏会にも喜びを見出せるものだ。今回の演奏会はまさにそういう機会であった。さてではここで問題です。この人は誰でしょう。
e0345320_12113153.png
この若者、今回東京交響楽団 (通称「東響」) にデビューした指揮者なのである。イタリアはミラノ出身のダニエーレ・ルスティオーニ。1983年生まれなので、今年まだ 33歳。指揮者としてはまだまだ駆け出しの年齢だ。だが、既に英国ロイヤル・オペラハウス、バイエルン国立歌劇場、パリ国立オペラなどで指揮をし、今後はチューリヒ歌劇場やメトロポリタン歌劇場でのデビューが決まっているという。そしてなんとなんと、2017年秋からは、大野和士の後任として、名門リヨン国立歌劇場の音楽監督に就任するという。このポストは大野以前にもジョン・エリオット・ガーディナーとかケント・ナガノが務めたという歴史があり、もうそれだけで一流指揮者の証明のようなものである。もちろんオペラだけでなく、オーケストラ指揮でも盛んに活動している。素顔の彼はこのように、俳優でもできそうなイケメンだ。
e0345320_23093477.jpg
実は私もこの指揮者のことをろくに知らなかったのであるが、既に記事で採り上げた今月 11日の鈴木雅明指揮の演奏会で配布されていた今月の東響のコンサートをまとめたプログラムで彼のことを知り、これは是非とも聴きに行きたいと思ったもの。最近の東京のオケでは、各月ごとの演奏会をまとめたプログラムを用意していて、自分が行くもの以外の同じ楽団のコンサートについての情報を得ることができて、大変重宝している。それがなければ今回、このコンサートには行っていなかったに違いない。このルスティオーニはイタリアの若手指揮者三羽烏のひとりに数えられているらしいが、ほかの二人は誰かというと、まず、東京フィルの首席客演指揮者を務めるアンドレア・バッティスティーニ (28歳)、もう一人は、これも名門ボローニャ歌劇場の音楽監督であるミケーレ・マリオッティ (36歳)。なので、このルスティオーニは年齢的には三人の中の真ん中ということになる。

さて今回の曲目は以下の通り。
 グリンカ : 歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
 ショスタコーヴィチ : ヴァイオリン協奏曲第 1番イ短調作品77 (ヴァイオリン : フランチェスカ・デゴ)
 チャイコフスキー : 交響曲第 6番ロ短調作品74「悲愴」

おー、なんとこれは全曲ロシア物ではないか。イタリアの若手指揮者がなにゆえにロシア物? そこには明確な理由があって、このルスティオーニ、2008年と 2009年の 2年間、サンクト・ペテルブルグのミハイロフスキー劇場の首席指揮者を務め、その際に巨匠ユーリ・テミルカーノフ指揮のサンクト・ペテルブルグ・フィルによるロシア物を沢山聴いたらしい。なるほど、それならこのプログラムにも期待が募るというもの。

最初の「ルスランとリュドミラ」序曲は、颯爽と駆け抜けるべき華やかなショー・ピースで、若手指揮者にはふさわしい。だが演奏が始まってみると、その音は意外にも重心の低いもので、雪崩のような音型においては疾走感よりもむしろ迫力が強調されていたと思う。日本のオケたる東響は、早いパッセージも力任せに弾き飛ばすことなく、非常に丁寧に演奏する。ルスティオーニの指揮はそれを煽り立てるのではなく、かなり丁寧な音作りを心がけていたと思う。かといってもったいぶったところは全くなく、若手指揮者ならではの勢いに溢れた演奏であったのである。

そして次の曲目、ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第 1番は、1948年に書かれたものの、その暗くて先鋭的な作風から、スターリン死後の 1955年まで初演が叶わなかったもの。非常に陰鬱でありながら、その反動のバカ騒ぎも聴かれる複雑な曲である。ここでヴァイオリンを弾いたのは、やはりイタリア人で、今年まだ 27歳のフランチェスカ・デゴ。
e0345320_00225213.jpg
既に 8年前に (ということは当時まだ十代だ) パガニーニ・コンクールに入賞している。現在ではメジャー・レーベルであるドイツ・グラモフォンと契約していて、昨年はベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集をリリースしている。おー、なるほど。これはイタリアを代表する若手指揮者と若手ヴァイオリニストの共演だ。しかもこの二人、実はこんな関係なのである。
e0345320_23383646.jpg
へぇー。若くて才能もあり、加えて見目麗しい二人が夫婦であって、彼らが揃って日本で共演とは、なんとも嬉しい話ではないか。ちなみにルスティオーニは既に 2年前の二期会オペラ「蝶々夫人」で日本デビューを果たしているが、デゴは今回が日本デビューである由。彼女は実は旦那を超えると思われる大変な長身で、ステージ映えがする。そして彼女の弾いたこの陰鬱な協奏曲、歌うべきところは歌い込み、ズンズンと進むべきところは前のめりになるくらい推進力を見せて、大変に聴きごたえのある演奏であった。ただ、もし欲を言うなら、さらに狂気を感じさせるくらいの没入があれはもっとよかったかなとは思ったものである。だがいずれにせよ立派な演奏であり、聴衆の拍手にも満足感が感じられた。そして、ステージの袖でご主人が空いた椅子に座る前で弾き出したアンコール。そこには悪魔的なものがある。うーんこれはパガニーニか。と思ってすぐに気づいたのだが、いやいやパガニーニではなくて、これはイザイだ。無伴奏ソナタの 3番。クレーメルなどもアンコールでよく弾いている強い表現力を求められる曲で、デゴのヴァイオリンはここでは本当に唸りを挙げて見事であった。そしてもう 1曲。今度こそパガニーニだ。24のカプリースの 16番。見事な技巧で聴衆を圧倒した。

そして後半の「悲愴」。以前の記事でも書いたことがあるが、この曲には、最後の最後でドラが弱々しくドワーンと鳴るのであるが、実はショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲 1番でもドラが使われている。楽器編成をよく考えられたプログラムなのである (?)。ルスティオーニの「悲愴」は、エキセントリックなところは微塵もない正統派の演奏。だが、弦楽器の編成を見てみると、チェロが 8本だからヴィオラ 10本、第 2ヴァイオリン 12本で、第 1ヴァイオリンは 14本。スタンダードな編成よりも 1プルト (弦楽器セクション各 2人分) 少ない。それでいてコントラバスは、この編成なら本来 6本であるべきところ、7本であった。つまりルスティオーニの意図は、全体の音が濁らない編成で、でも低音だけはロシア音楽らしくしっかり描きたいということではなかったか。彼の指揮はオペラ指揮者らしくよく歌うかというと、必ずしもそうではなく、あまりに情緒的になることは注意深く避けていたように思う。だが第 3楽章の勢いなどは、まさに上り坂の若手指揮者の音楽で、実に爽快であり、その楽章が大音響で終わったあと (1人くらい拍手しかけた人がいたようにも思ったが 笑)、よくあるように続けて演奏するのではなく、一旦指揮棒を置いて一呼吸してから、あの美しくも絶望感に満ちた終楽章に入って行ったのである。世紀の名演ということではないにせよ、東響の献身的な演奏ぶりとともに、聴衆を感動させるには充分な熱演であった。

プログラムに載っている彼の言葉が興味深いのでご紹介する。今回のロシア音楽プロをいかにまとめるべきかについての発言。

QUOTE
私の考えでは、ロシア音楽は 1曲 1曲が丸く調和がとれていなければいけない。ラプソディのように異なる曲のメドレーであってはダメで、全体が混沌としていながら、丸くまとまっている必要があります。
UNQUOTE

おおー。音楽・映画・美術・書物・演劇・旅行と、てんでバラバラの内容をお構いなしに書きつらねる、まさに「ラプソディのように異なる」記事のメドレーであるこのブログを書いている身としては、ロシア音楽への理解に不安が生じる発言であります (笑)。

終演後、指揮者とソリストのサイン会があるというので参加した。素顔の彼らは予想通り本当に明るく爽やかなカップルで、並んだファンたちも穏やかな雰囲気であった。
e0345320_00082468.jpg
若手演奏家たちの輝かしい未来に期待しよう。

by yokohama7474 | 2016-06-28 00:10 | 音楽 (Live) | Comments(0)

e0345320_22313595.jpg
カナダ、ケベック出身の演出家、1957年生まれのロベール・ルパージュに関しては、昨年 10月18日の記事で、「針とアヘン」という舞台をご紹介した。映像の魔術師と異名を取るルパージュの、文字通り魔術的な手腕に舌を巻いたのも記憶に新しいが、その彼が再度来日し、今度はこの「887」という作品を上演。しかも今回は作・演出だけでなく主演も務めるという。これは必見である。東京では 4回の上演が既に終了してしまったが、次の週末、7/2 (土)、3 (日) の 2日間、新潟のりゅーとぴあでの公演が未だ残っている。もしこの記事をご覧になって興味をお持ちの向きは、是非新潟まで足を延ばしてみてはいかがであろう。それだけの価値はあると思う。あ、飽くまで個人の感想です (笑)。これは東京での会場となった池袋の東京芸術劇場のプレイハウスの入口。
e0345320_00072407.jpg
この芝居のイメージを持って頂くため、冒頭のチラシをご覧頂こう。何やらアパートのような建物のセットの傍らで思いに耽っている様子であるのが、ルパージュ本人だ。実はこのチラシ、右側が開くようになっていて、開いてみるとそこにはこのような写真が。うーむ、ルパージュさん、しゃがみこんで一体何を考えているのやら。
e0345320_22545708.jpg
実はこの作品、昨年世界初演されたばかりで、今回が日本初演であるが、ルパージュ自身の幼年時代を主題にしており、題名の 887 とは、当時ケベック・シティで彼が住んでいたアパートの番地である、「マレー通り 887番地」に由来する。あーなるほど、では題名をあれこれ考えても意味はなく、聞いてみないと分からないですな (笑)。Google Map で位置を指さすルパージュ。
e0345320_23512786.jpg
この作品は (昨年見た「針とアヘン」も、内容はほぼそれに近いものであったが) 一人舞台で、例外的に 2度ほどほかの人物が幻想的にシルエットで現れるのみ。今回はルパージュ自身が一人で自らの幼時について、その頃経験した思いについて、そして世界をどう見ていたかについて、あれこれ喋る。そしてまた、現在の友人との対話まで再現して見せるシーンもある。その間、約 2時間10分。休憩もなく一人で話し通すのであるが、冒頭で、最近の記憶が曖昧で古い記憶の方が鮮明であると自ら語ってみせる割には、この作品のためにそれだけの長いセリフを暗記するとは、矛盾ではないですか (笑)。言語はほとんど英語で、友人との会話のみ彼の日常語であるフランス語になるが、ステージの奥に日本語字幕が出るのである。ちょっとでもセリフに詰まったら終わりではないか!! ただこの点については、ルパージュの右耳に何か詰まっていたので、さすがにそこからプロンプターの音声が流れているのではないかと思う。いやしかし、それだからと言って彼のこの驚異的なセリフの流れに価値がないということは全くない。全く自らの言葉として滔々と喋り続けるその姿と、例によって鮮やかこの上ない舞台上の効果によって、2時間はあっという間である。休憩が入らないのも、流れが続くという意味で大いに賛成したい。これがルパージュさんです。
e0345320_23531789.jpg
まず観客の誰もが感嘆の声を挙げるであろうシーンは、アパートの住民の紹介だ。建物のミニチュアがぐるりと回ると、そこにはアパートの各部屋のベランダが現れ、ルパージュの説明とともに、それぞれの窓に小人のような小さな人影 (や、ある場合には犬の姿) が映って、動き回るのだ。もちろんこれは人形ではなく、事前に撮影した映像を裏から投影しているのであろうが、そのリアルなこと。ネット上でそのような映像を探してもそのものズバリの写真が出てこないが、これがアパートのベランダ側。全部で 8世帯あり、それぞれの窓に「小人」が現れるのである。
e0345320_00261510.jpg
また、この写真 (ベランダ側は向かって右の方の面で、ここでは見えていない) の窓に少し見えている映像で、少しは「小人」をイメージできるかと思う。
e0345320_23331640.jpg
ルパージュの語る近隣の住民像はコミカルでアイロニカルだ。カッコよくて逞しい彼の父はしかし、タクシーの運転手に身をやつしているし、家には認知症の始まった祖母もいて、家族の間には若干の波風がある。その意味では、自身の家庭の情景は大変ノスタルジックに描かれはするけれども、やはりそこもコミカルでアイロニカルな要素を免れないのだ。深夜の窓から父のタクシーを見守る子供。帰ってきて欲しい父親はしかし、煙草をふかしたあとにまた仕事に出掛けてしまう。ほかの家の人が練習しているショパンのピアノの調べの切なさ。このような情景は、誰しも全く同じ経験をするわけではないが、でもなぜ、懐かしく思ってしまうのだろうか。やはり、ルパージュの語りと演出によって、観客はそれぞれが自らの記憶の中に似たような思いをした場面を、自然と探すからではないか。そんなことのできる演出家は、そうそういるものではないだろう。これは書棚 (主人公はケベックの詩人の書いた詩を暗唱する責務を負っていて苦労しているが、その詩人の本をどこに入れるかで話題になる書棚) のひとつひとつの枠が外れて幼時の思い出につながる場面。素晴らしい意外性だ。
e0345320_23591978.jpg
また、現代のルパージュの部屋が出てくるシーンには、壁に縦書きで「縁絆創」と墨書してある掛け軸が下がっているが、一体どういうことか。答えは分からないが、彼は演劇学校時代に日本の伝統演劇を専門に学んでおり、初来日した 1993年には、2週間に亘り昼夜歌舞伎座に通い詰めたらしい。うーん、確かに歌舞伎の舞台転換の見事さには瞠目すべきものがあるが、ルパージュの魔術的手腕のひとつの源が歌舞伎にあるかもしれないと思うと、嬉しくなるではないか。そういうことなら、毎年来日してもらって、同じ演目でもよいから、是非繰り返し彼の作品を日本で見ることができるようにして欲しい。

この作品、人間の孤独と社会の大きな流れの双方に思いを至らせながら、巧まぬユーモアがそこここに溢れている点でも、「針とアヘン」との共通点を感じるが、その後者の方、社会の大きな流れに、ひとつの重点がある。カナダの歴史にはイギリス系とフランス系の争いがもともとあって、ルパージュの生まれたケベック州はフランス語圏であり、最近はいざしらず、以前から独立運動が活発であったことは常識の範囲では知っているが、ここでは、60年代には相当活発な活動を見せた様子が描かれている。1967年にフランスのド・ゴール大統領がモントリオールを訪れてフランス系住民に呼びかけたことで、大きな盛り上がりを見せたらしい。この芝居ではルパージュが小型のカメラでミニチュアを後方画面に大写しにするシーンがいくつかあるが、これは、スピーチに熱狂する人たちの前を、ド・ゴールがリンカーンに乗って通り過ぎるシーン。前後に、ケネディ暗殺シーンや連続殺人鬼の話も出て来るので、何か起こるのではないかとハラハラする。だがド・ゴールは、あのフレデリック・フォーサイスの「ジャッカルの日」(フィクションだが) でリアルに描かれている通り、実に 31回も暗殺未遂に遭っているという大物。ここでは何も起こりはしない。
e0345320_00091896.jpg
幻想的なシーンのいくつかの中でとりわけ印象深いのが、神経のニューロンを表したこのシーン。ルパージュは、人間が社会において描き出す悲劇や喜劇もうまく表現するが、人間の内面に巧まずして視覚的に迫って行く手腕も大したものだ。これは一度見たらなかなか忘れないイメージだ。
e0345320_00185941.jpg
ここで、プログラムに記載されているルパージュ自身の言葉を引用しよう。

QUOTE
この作品は、一つの大義を掲げる大人の意見表明ではありません。これは前思春期の少年の記憶の中への侵入であり、そこではしばしば政治的なことと詩的なことが混ざり合っているのです。
UNQUOTE

私が上で述べてきた感想が、作者自身によって裏打ちされているのを知るのは意義深いことである。これは脚本家として、演出家としての彼の度量を示す言葉であろう。是非是非、これからも頻繁に来日して、その魔術を見せつけて欲しい。場合によっては、「ルパージュ劇場」とでも題して、常打ち公演をして頂けないものだろうか。ロベール・ルパージュ、覚えておくべき名前である。

by yokohama7474 | 2016-06-27 00:28 | 演劇 | Comments(0)

さて前回の記事でご紹介した埼玉 (さきたま) 古墳群をあとにして、ごく近いところ (1.5km くらい) にある、もうひとつの珍しい古墳を次に訪れることとした。その名は八幡山古墳。「関東の石舞台」とも呼ばれている。次の写真は私が撮ったものではなく、行田市教育委員会のサイトに掲載されているもの。このような真横のアングルまで入って行くことは通常できないが、確かに、飛鳥の石舞台古墳さながら、石室の石組が露出しているのがよく分かる。
e0345320_01180605.jpg
この古墳、土日祝日に限って石室内を公開しているので、古墳好き (?) の方には是非お見逃しなくと申し上げたい。ちょっとほかにはないような経験ができるのだ。これが石室への入り口。
e0345320_01202588.jpg
中に入ると八幡神を祀る石の祠があり、何やら神秘的な雰囲気。これが名前の由来らしい。上からのしかかる石の大きさを実感しながら、さらに進んで行く。
e0345320_01215020.jpg
e0345320_01225746.jpg
e0345320_01231362.jpg
そしてついに玄室の中へ。巨大な石と石の隙間から日が差していて、私は思わず、大のお気に入りである「レイダース・マーチ」を口ずさんでいる自分に気が付く (笑)。
e0345320_01241353.jpg
e0345320_01252334.jpg
e0345320_01253794.jpg
もっともこれらの石がすべて古代のものというわけではないらしく、崩れたものを復元したものが大部分であるらしい。さらに言うと、1935年までは墳丘のある普通の古墳であったものが、干拓工事のために崩されたことによって石室がむき出しになったものとのこと。ただ、その際に発掘調査は行われていて、年代は 7世紀前半から中ごろのものとされている。副葬品の中でも漆塗木棺片は、通常は摂津・河内・大和等の天皇・皇子ら高貴な人や政治的に高位の人の墓から出るものであり、墓の規模に鑑みても、中央からやってきた権力者が葬られていると思われる由。いやー、こんなものが埼玉の住宅街の中にデーンと構えているとは、本当に驚きだ。

次に向かったのは、そこから数 km の成就院というお寺。ここには、埼玉県に 3基しかないという江戸時代の三重塔のうちのひとつがあるとのこと。大変こじんまりとしたお寺だが、なんともよい佇まいで、地元の人たちの深い信仰を集めて来たという雰囲気がある。お目当ての三重塔は、享保 14 (1729) 年に建立された、高さ 11m 程度の大変かわいらしいサイズだ。埼玉県指定の文化財になっている。
e0345320_01371295.jpg
e0345320_02055003.jpg
地元の大工によるもので、寺の解説には、「とにかく宮大工なら考えもつかない手法を用いて、それなりにうまく消化して、一つのまとまった形態に仕上げている」とある。建築方法の詳細はよく分からないが、この銅の屋根といい、第一層の扉が地面に達しているところといい、なんとなく手作り感を感じることは確かである。見ていると心が穏やかな気分になってくる。

さて最後に向かったのは、いよいよ忍城 (おしじょう) である。前回の記事にも書いたが、ちょうど先週、6/19 (日) 放送の大河ドラマ「真田丸」で、秀吉の小田原攻めに屈した北条氏政が描かれていたが、会話の中で、小田原城が落ちても、その支城であったこの忍城は落ちなかったということが話題になっていた。秀吉の命でこの城を攻め、ついに攻めきれなかったのは、知将と言われたあの石田三成。この攻防によって忍城は、難攻不落の天下の名城として名を馳せたという。当時のものは何も残っておらず、復元された建物ばかりではあるが、やはり現地を訪れると、イメージは湧こうというもの。
e0345320_02003786.jpg
e0345320_01471087.jpg
e0345320_02044291.jpg
尚、三成の水攻めに耐えた逸話は、映画にもなった和田竜の小説「のぼうの城」でも描かれている。現地に行くと、今まさに放送中の「真田丸」でひとつのエピソードとして出てくることよりも、当然既に評価の確立した「のぼうの城」を舞台であることの方を前面に立てて、観光アピールされている。
e0345320_21572509.jpg
この城はもともと、利根川と荒川に挟まれた扇状地に点在する沼地と自然堤防を生かした構造となっていて、水に浮かんでいるようであったので、「浮き城」とも呼ばれた。北条滅亡時に開城した後は、家康の四男、松平忠吉が藩主に任命され、のちに阿部氏を経て、桑名から奥平松平氏が移ってきて、松平統治下で明治維新を迎える。江戸時代には江戸近郊の城は天守閣を作ることが許されず、代わりとして三重櫓が作られた。その三重櫓は 1702年に完成し、明治まで残っていたが、競売にかけられ、かつての面影を失ってしまった。現在の建物は 1988年に再建されたもので、中は行田市郷土博物館となっている。入り口はこんなに近代的だ。
e0345320_02015008.jpg
また、寺のような鐘楼も建っている。当初の場所とは違うところに復元されたらしいが、雰囲気はなかなかよいと思いますよ。松平氏が桑名から運んで来た古い鐘も伝わっているが、それは博物館に保管されていて、レプリカがここに懸かっている。
e0345320_02035615.jpg
それから、ここへ来れば必ず足を延ばしたいのが、この城から市役所を越えて少し行ったところにある水城公園だ。ここは往時の外堀のあとで、忍沼 (おしぬま) とも呼ばれていたらしい。16世紀の初めにここを訪れた連歌師宗長は、「水郷なり」と描写しているらしいが、その雰囲気を偲ぶことができる場所だ。今では市民の憩いの場となっていて、釣り糸を垂れる人が多い。水面が高く、石の橋の感じは、なにやら中国風だ。
e0345320_02150230.jpg
e0345320_02162073.jpg
e0345320_02170767.jpg
そしてこの公園は、道路を挟んだ反対側にも続いていて、人影はほとんどないが、そこにはいろいろなモニュメントがあるのだ。うーむ、今は使われていないが、この西洋風の噴水はなんだろう。「大澤龍二郎」という名前があって、作者名かと思いきや、調べてみると行田市出身の実業家の方 (1887 - 1974) だ。寄付をしたのだろうか。
e0345320_02183501.jpg
それから、このような立派な慰霊塔が。近くには、日本が戦った近代の戦争、つまり、西南戦争から日清戦争、日露戦争、加えて両世界大戦までにおいて犠牲になった行田市民の方々のお名前が刻まれた石碑もあり、思わず襟を正したくなる。市民の犠牲をこれほど立派に顕彰している市も珍しいのではないか。ちょうどシーズンのアジサイの青すら、何やら追悼の色に見えてくる。
e0345320_02230743.jpg
e0345320_02250904.jpg
そうかと思うと、行田音頭なるものの歌詞が書いてある。残念ながら聴いたことはないが、この作詞・作曲コンビをご覧あれ!! なんと、西条八十、中山晋平だ。足袋の生産が中心産業であった近代の行田は、経済的にもかなり恵まれていたのであろう。
e0345320_02264612.jpg
それから、こんなお店発見。きっとこれも歴史的建造物なのだろうが (笑)、何やらいわくありげな「ゼリーフライ」とは。ためしに買ってみると、おぉなるほど。いかにもゼリーを揚げたような色合いだ。どんなに甘くて香ばしい、ユニークなお菓子なのであろうか。
e0345320_02284658.jpg
e0345320_02304702.jpg
食べてみるとなんのことはない、パサパサのコロッケだ。あとで分かったことには、このゼリーフライ、結構詳しい Wikipedia の記事もあって、それによると、「おからを主としたものをパン粉を使わずに素揚げしたコロッケの一種である。行田付近地域限定の食べ物であり、広範囲に普及はしていない。近年は自治体がB級グルメとしてその存在をPRしている」とのこと。名称の「ゼリー」は、形状が小判のようなので「銭」からきているとされているらしいが、確かなことは分からないようだ。まあその、一口食べてポンと膝を打つうまさかというと、人それぞれであろうが (笑)、近辺の地図にこのようなゆるキャラとして使われていることからも、地元で愛されている食べ物であることが分かる。このような地方色豊かなものを味わうというのは、よいことである。
e0345320_02355674.jpg
そんなわけで、降ったり晴れたりで天気にはあまり恵まれなかったが、行田市の魅力の一端に触れることができて、大変に楽しかった。前回の記事にも書いた通り、文化財指定を受けている仏像が秘仏であったり、ちょっと足を延ばすと国宝建造物などもあるので、また機会を見つけて埼玉観光を楽しみたい。首都圏でもこんなに歴史的な遺物を楽しめるとは、我々はなんと恵まれていることか。水鳥もこのように佇んで、はるかな歴史に思いを馳せている・・・ようにはとても思えないが、ゆったりしていることは確かだと思います。行田、素晴らしい!!
e0345320_02400760.jpg

by yokohama7474 | 2016-06-26 02:43 | 美術・旅行 | Comments(0)

古墳と言えば関西、特に有名な仁徳天皇陵などのある大阪南部や、奈良の飛鳥、桜井あたりに集中しているとお考えの方もいるかもしれない。だが実際のところ古墳は、北は東北から南は九州まで広く日本全体に分布しており、貴重な出土品も思わぬところから出ていることが多いのである。例えば、1978年に文字が発見され、その中に出てくる「獲加多支鹵大王 (ワカタケル大王)」が 5世紀の雄略天皇であろうとされて大きな話題となった、あの稲荷山古墳出土の鉄剣。
e0345320_22424843.jpg
この写真は一本の剣の表裏であるが、この古墳からは、この剣のほかにも多くの出土品があり、すべてまとめて国宝に指定されている。この剣の銘によって、雄略天皇が歴史上最初に実在が証明される天皇であるとも言われているわけで、この剣の価値は計り知れない。ではこの稲荷山古墳、何県に所在するのだろう。答えは埼玉県。知らない方にとっては意外なことではないだろうか。さらに正確には、埼玉県北部、群馬県との県境に近い、行田市 (ぎょうだし) というところである。
e0345320_23025109.png
今般、ふとしたことでこの行田市に行ってみようということになった。きっかけは・・・実はちょっと恥ずかしいのだが、JAF が毎月送ってくる雑誌に紹介されていて、それを見た家人が、近くにある忍城 (おしじょう) の跡に一度行ってみたことがあって大変興味深かったし、ちょうどその忍城が、大河ドラマ「真田丸」で石田三成が水攻めをしても落ちない城として登場しているところなので、ブログネタとしてはタイムリーだと強調する。うーん。大河ドラマは見たり見なかったりであまり入れ込んでいないが、古墳に城と来れば、あと神社仏閣が揃えば小旅行の動機 (いや、そんなものなくてもよいのだが・・・笑) には完璧だなと思い、調べてみたところ、隣の熊谷市には国宝建造物もあるし、この行田市にも、通常は非公開とはいえ、いろいろ文化財がある由。そんなわけで、我が家から東京都と埼玉県を縦断し、一路行田市に向かうことになったのである。

朝早めに自宅を出たので、車で 2時間もかからずに到着したのは、「埼玉 (さきたま) 古墳群」。すぐに分かる通り、ここは埼玉県という県名の発祥の地となった。つまり、埼玉県人にとっては聖地のようなものなのだろう(?)。実際この古墳群のエリアはかなり広大であって、「さきたま風土記の丘」という史跡公園として整備されている地域に、前方後円墳 8、円墳 1の合計 9基の古墳が存在していて、そのうちのひとつが、上記の鉄剣が出土した稲荷山古墳なのである。駐車場も完備していて、これから始まる古墳巡りに胸もワクワクだ。
e0345320_23170294.jpg
まず、駐車場のすぐ横にある天祥寺というお寺に詣でる。ここは忍藩十万石の最後の藩主であった松平家 (徳川家康の外孫で、その養子となった松平忠明を祖とする奥平松平家) の菩提寺。由緒正しい藩主を頂いて隆盛を誇ったことであろうが、明治以降衰退したのを昭和・平成になって再興、整備したものらしい。第 9代、11代、12代が並んで眠っている。
e0345320_23260422.jpg
e0345320_23275776.jpg
ここで既に実感するのだが、忍藩、忍城とこの埼玉古墳群とは切っても切れない関係がある。古墳が古代の王族の墓であったことは古来明白であったであろうし、地元の人たちもそこに神秘的な力を感じていたのではないだろうか。さて、これが埼玉古墳群。真ん中上の方に円墳があり、周りに大小の前方後円墳があるのがお分かり頂けるだろうか。
e0345320_23312490.jpg
歩き出すとすぐに見えてくるのが、小さめの愛宕山古墳。堀には水はなく、草が生えていて、墳丘には木が生えているが、ちゃんとした前方後円墳である。
e0345320_23331112.jpg
e0345320_23332015.jpg
さて、ここから道路を渡って歩いて行くと、さきたま史跡の博物館がある。ここにお目当ての稲荷山古墳からの出土品の本物が展示されているのだ。実際、古墳から貴重なものが発掘されても、保管は大規模な博物館など、違うところに運ばれてしまってなされることも多い。だが、やはり古代に思いを馳せるには、出土したその場所で見ることができればありがたい。まさにここは、そのようなありがたい場所なのである。

さて、入ってすぐのところにあれこれパネルが展示してあって興味深いが、これが目に留まった。
e0345320_23385744.jpg
これは関東平野の地図で、赤い点が古墳のあるところ。関東にもこれだけ多くの古墳が存在していることがよく分かる。しかも明らかなのは、ほぼすべて湖畔か川沿いである。実は、我が家が面している多摩川の下流沿いにも古墳があるのだが、規模はさほど大きくない。それに引き替え、利根川を上って行ったこの行田市のあたりには、この埼玉古墳群以外にも実に多くの古墳が存在しているのだ。やはり、外敵の攻撃を考えると川の下流よりも上流が望ましく、しかも渓谷ではなく平地の方が暮らしやすいに決まっている。それがこの地域に古墳が多い理由だと勝手に考えているのだが、いかがなものだろうか。ところで、このブログは何気なく川沿いのラプソディなどと呑気に名乗っているようであるが、これでお分かりであろう。川沿いの地こそは命の生まれ来る源であり、他の世界との境界である。境界線には未知のものが満ち溢れていて、世界四大文明の例を見るまでもなく、その未知のものと対峙し、それを理解し、制御することで、文明が生まれるのである。何気ないようで、実は深い意味を持つのがこのブログのタイトルなのだ。・・・ということにして、先に進もう。
e0345320_23422269.jpg
ここには江戸時代に描かれた忍城と古墳の絵も展示されている。やはり円墳が小山のようで目立つせいだろうか、丸墓山古墳がどちらにも描かれている。この古墳については後述する。
e0345320_23453582.jpg
e0345320_23463018.jpg
そして昭和 40年代にバスで乗り付けた人たちの写真。ところどころ家も建っているし、なんとものどかな雰囲気だ。
e0345320_23481312.jpg
さてその奥に国宝展示室がある。居並ぶ展示物が国宝、国宝、また国宝なのだ。まずなんといってもお目当ての鉄剣だ。展示室の中央に立てられており、刻まれた銘もはっきり見ることができる。ところでこの展示室、フラッシュをたいたり接写することさえしなければ撮影自由なのである。のべつ見学の小学生たちがいて、少々賑やかであったが・・・。もちろん、歴史の遺物に生で触れることは子供たちにとって大いに意味のあることなので、ここは大目に見ましょう。
e0345320_23553432.jpg
e0345320_23551533.jpg
ここを訪れるに備えて、「遺跡を学ぶ」という 100冊シリーズの第 16巻、「鉄剣銘 115文字の謎に迫る」という本を事前に買ってみたが、読み始めたばかりで、ウンチクを垂れるにはまだ早い。だが私の理解では、この銘には、自らの祖先の名前を列挙の上、獲加多支鹵大王 (ワカタケル大王) がシキの宮にいるときに自分はそれを補佐していたので、この百錬の利刀を作らしめて、そのことを記すという趣旨のことが書いてある。この剣の発掘自体は 1968年であるが、剣を磨いてみるとそこからこの 115文字の銘が現れたのは 10年後の 1978年。当時中学生であった私は、連日テレビや新聞が大発見大発見と大騒ぎであったのを、よく覚えている。古墳時代の刀剣で銘文が刻まれているものは日本で 7点。うち国内で作られたものは 5点。その中で、471年という判明する制作年はこれが最古。115という文字数も最大である。非常に貴重なものであるのだ。この古墳からは 2基の埋葬施設が見つかったが、一方は盗掘されていたものの、もう一方は、礫槨 (れきかく) と呼ばれる河原石の上に棺を置いたものであるが、こちらは未盗掘であったとのこと。礫槨は当時、稲荷神社の真下にあったので、さすがの悪人たちも祟りを恐れたのでしょうかね (笑)。これが想定復元図。但し棺も遺体も腐って消滅していたとのこと。
e0345320_00031715.jpg
その他の展示品も興味尽きないのでご紹介するが、展示ケースに光が反射してうまく撮影できていない。ご興味おありの方は、是非現地でご対面を。圧倒的な数の国宝群です。上から、太刀、帯の金具、馬の尻にぶら下げていた金具、神獣鏡、斧やカンナなどの工具。
e0345320_00184563.jpg
e0345320_00191688.jpg
e0345320_00210163.jpg
e0345320_00214666.jpg
e0345320_00231558.jpg
中でも神獣鏡には興味深い事実がある。それは、この鏡と同じ型で作ったと見られる鏡が、群馬、千葉、三重、福岡、宮崎で出土していること。ヤマト王権が全国を支配する過程で各地の豪族に配布したものかと見られているらしい。まさに、今に続く日本という国の成立過程でのことだろう。ワクワクする古代史の生き証人である。
e0345320_00270102.jpg
さて、博物館を出てから残りの古墳をぐるっと一周した。ここではその中で主要なものをご紹介する。まずこれは、奥の山古墳。凹凸がよく分かる。
e0345320_00302334.jpg
e0345320_00312361.jpg
これは鉄砲山古墳。この場所が忍藩の砲術練習場になったことから名付けられた由。ちょうど今発掘作業中であった。埼玉古墳群には未だ発掘調査が行われていないものもあるのだ。しかし、昭和初期の石碑が立っているところからも、古くから人々に親しまれた場所ではあったのだろう。
e0345320_00341673.jpg
e0345320_00343938.jpg
次は極めてユニークな将軍塚古墳。このように再現された円筒埴輪が並べられている。実はここ、墳丘の中に入ることができるのだ。
e0345320_00370675.jpg
e0345320_00372483.jpg
e0345320_00384065.jpg
入ってみてびっくり。石室内の様子が再現されている。実はこの古墳の発掘は 1894年と早く、遺物は東京国立博物館、東京大学にも分散して保管されているとのこと。いやー、それにしても、雰囲気満点ではないですか。こういう展示を見ることができる古墳は全国でも珍しい。
e0345320_00403723.jpg
e0345320_00405300.jpg
そして、いよいよあの国宝ザクザクの稲荷山古墳に行ってみると、本来墳丘に登ることができるようになっているのに、例の遺品の出た礫槨の保護のために整備工事中とのこと。残念ですが仕方ありませんな。
e0345320_00425412.jpg
e0345320_00434284.jpg
そうして最後に辿り着いたのが、丸墓山古墳。埼玉古墳群で唯一の円墳で、上記の通り、江戸時代から親しまれていた場所である。これは横から見たところ。
e0345320_00462013.jpg
実はこの円墳の正面に続く短い桜並木があるのだが、そこは石田堤と呼びならわされている。これは、1590年、秀吉の命を受けて忍城を水攻めにした石田三成が、行田から熊谷にかけて実に 28kmの長さに亘って築いた堤防の一部なのである。
e0345320_00475541.jpg
そしてこの丸墓古墳、その水攻めの際に三成が陣を敷いた場所なのだ。ちょっと登ってみよう。
e0345320_00520221.jpg
そして登ってみると頂上部分にはそれなりの広さがあり、確かに眺望がよい。先刻登れなかった稲荷山古墳も見下ろすことができる。
e0345320_00551065.jpg
e0345320_00555007.jpg
それから、忍城の方を見てみる。おっ、なるほど、現在では建物が多くてちょっと見えにくいものの (小さい赤い矢印)、忍城の三階櫓 (古いものではなく、現代の復元) が見えるではないか!! なるほど三成が陣を置くには最適の場所である。
e0345320_01012658.jpg
少し分かりにくいため、あらぬ方を見やって忍城と勘違いしている家人のような早とちりな人も沢山いるのであろう。その場にちゃんと写真入り説明板があるので、ご心配なく。もっとも「忍城が見える!!」と感動することこそに意味があるのであって、たとえ勘違いであらぬ方を見ても、まあよいではないかと、鷹揚な気分にもなろうというものだ (笑)。
e0345320_01040298.jpg
と、このように見どころ満載の埼玉古墳群。高速道路からちょっと遠いのが若干不便ではあるものの、歴史好きなら訪れる価値は大いにある。帰りがけにはこのようなスローガン (?) も見かけた。是非是非がんばって頂きたい。
e0345320_01062742.jpg
さて、行田市探訪、まだまだ続きます。

by yokohama7474 | 2016-06-26 01:09 | 美術・旅行 | Comments(0)

e0345320_23030063.jpg
つい先週のことである。以前ロンドンで一緒に働いていた英国人から、息子が名門大学を優秀な成績で卒業したと自慢のメールをもらった ("Fatherly Pride" という、いい言葉を初めて知った) ので、「若者は希望だね。英国が EU に残ろうと残るまいと」と、英国風にちょっとブラックな返事をしたのだが、今週私は出張に出ていて、今日 24日に帰国してネットニュースを見ると、なんとなんと、23日の英国の国民投票で EU 離脱派が勝利だと!! この先世界経済はどうなってしまうのか。誰も予測できない領域に入って行ってしまうのであろう。・・・と、文化ブログなのに経済のことなど書いているのは、上に掲げたこのコンサートのポスターに、「神様、教えて。なぜ時は、こんなにも早く過ぎ去ってしまうの?」というコピーが載っているのを見て、EU 発足なんてついこの間と思っていたのに、25年を経ずしてこんな状態になってしまうとは一体なぜだろう、と思ったからだ。だが、このポスターはそもそも一体なんだ。ここで神に語り掛けているらしい若い女性は、今日の演奏会の出演者ではない。実は読売日本交響楽団 (通称「読響」) の演奏会の宣伝は、最近この手のイメージものが多く、それはそれで気を引いて面白い。世界でも東京だけであろうが、コンサート会場では毎回、大量のチラシが配られている。私のようにコンサートにしょっちゅう行っている人間にとって、ほとんどは無用の長物なのだが、丹念に見て行くと新情報も時にはあって、実際、チラシの新情報がほかのどこよりも早いということはかなりあるのだ。そんな中、しばらく前に見た同じコンサートのチラシがこれだ。
e0345320_23330158.jpg
うーん。「聴き逃すな!」とう命令形は、上のチラシの「神様、教えて」という乙女の祈りのような詩的なイメージとは随分違って、なんとも直接的ですなぁ (笑)。でも、この 2種類のチラシの相乗効果によるものか、会場はかなりの大入りであった。曲目はこんなに渋かったのにである。
 ベルリオーズ : 序曲「宗教裁判官」作品3
 デュティユー : チェロ協奏曲「遥かなる遠い世界」(チェロ : ジャン = キアス・ケラス)
 ブルックナー : 交響曲第 3番ニ短調「ワーグナー」(第 3稿)

ここで指揮を務めたのは、この読響を常任指揮者として率いて既に 7年。1948年フランス生まれの名指揮者、シルヴァン・カンブルランである。
e0345320_23404739.jpg
幸か不幸か彼は英国人ではないが、同じ EU の中心メンバーであるフランスの人であるから、今日のニュースにはもちろん無関心でいられるわけもない。だが音楽家とは因果な商売だ。いつどこでどんな曲を演奏するかは何年も前に決まっていて、そのときの精神状態などお構いなしなのだ。いやいやプロたるもの、いついかなる時にも最上の結果を出すべきだ。そして今回もカンブルランは、自らの音楽を見事に貫いたのだ。

最初のベルリオーズの序曲「宗教裁判官」は、ベルリオーズの序曲集アルバムには大抵含まれているが、単独で採り上げられる機会は非常に少ない。作品 3という若い番号が示す通り、作曲者 23歳のときの作品で、完成しなかったオペラの序曲である。ここには様々な表情の音楽が出てきて、いかにも若い作曲者の意気込みを感じるような作品であるが、カンブルランは丁寧に、だが作品の粗削りさはそのままに表現してみせた。爆発的な音量よりはフランスらしい粋なニュアンスが勝っていて、いろいろ寄り道 (?) する音楽も、いかにもベルリオーズらしい楽想を持っているので、聴いていて大変面白かった。

2曲目は、20世紀フランスを代表する作曲家、アンリ・デュティユー (1916 - 2013) のチェロ協奏曲である。日本でそれほど人気のある作曲家ではないと思うが、昔シャルル・ミュンシュが初演して録音もある交響曲第 2番とか、ボストン交響楽団の音楽監督としてミュンシュの後継者にあたる小澤征爾も、「時の影」という作品を委嘱していることが、それなりに知られていよう。超前衛的という作風ではないものの、ただ夢幻的であったりエスプリに富んでいるということでもなく、かなり厳しい音楽であるという印象がある。生没年で分かる通り大変長命であった人で、今年は実は生誕 100年なのだ。これは 2008年、92歳のときの写真。
e0345320_00052626.jpg
このチェロ協奏曲、20世紀チェロの巨人、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチの委嘱によって 1970年に書かれたもの。「遥かなる遠い世界」という題名はボードレールの詩集「悪の華」の「髪」という作品から採られたという。早速手元に堀口大學の古い訳を持ってきて見てみると、どうやら以下の引用部分の最後の個所がそれに当たるようだ。

QUOTE
匂ひの森よ、汝が奥に、
ものうさのアジア洲、火のごときアフリカや、
亡びしとさながらの、在らぬ國、遠つ國、生きたりな!
UNQUOTE

この詩の内容は、床をともにする女性の豊かな髪に触れて恍惚としているというもので、あれ? 厳しい作風という上記の私の評価とはちょっと題材の選択は違うような気がする (笑)。5楽章からなる曲のタイトルのそれぞれ (「謎」「眼差し」「うねり」「鏡」「賛歌」) がボードレールの詩から採られている。チェロは孤独に呟いたり、天空を駆けるような高音域での跳躍を見せたり、非常に多彩な音楽的情景が表されている。ここでチェロ独奏を弾いたのは、1967年生まれのカナダ人、ジャン = キアス・ケラス。名前はそれなりに有名だが、私は今回初めて耳にする。技術的には安定しているのはもちろんだが、大仰な表現を避ける堅実さを感じた。それは、アンコールで演奏したバッハの無伴奏チェロ組曲第 1番の冒頭も同じで、このバッハこそむしろ、「遥かなる遠い世界」と称すべきではなかったか。一見平面的とでも言えそうなくらい流れのよい演奏であったが、何か遠くにある美を見つめている視線を感じた。あ、ポスターの「神様、教えて」のイメージと呼応したものか (笑)。それにしてもこのケラス、年は既に 50近いのだが、アンコールの紹介も一生懸命日本語で喋っていて、なかなかの好青年という感じである。
e0345320_00332045.jpg
そして後半に演奏されたのはブルックナーの 3番。作曲者が憧れのワーグナーにスコアを見せたところ褒められたので、感激してそのワーグナーに献呈されたことから、「ワーグナー」の副題で呼ばれることが多い。何度も改訂されていて、いろいろな版があるが、今回は当初第 2稿での演奏と発表されたが指揮者の希望で第 3稿に変更になったとのこと。カンブルランは読響に着任した当初からマーラーは結構採り上げていて、今月も 5番の演奏があるが (残念ながらそれには行けない)、ブルックナー指揮者のイメージはあまりない。昨年 7番を振ったとのことで、これが未だ 2曲目のブルックナーのようだが、採り上げペースが遅いのは、この作曲家は前任者のスクロヴァチェフスキの得意レパートリーであったことと関係しているのだろうか。だが、今回の 3番は非常にカンブルランらしい鋭さのある演奏で、タイプとしてはスクロヴァチェフスキと似ている面もあると思う。つまり、ドイツ的な重い音楽をズシーンと重く演奏するのではなく、早めのテンポで切れ味よく演奏するタイプだ。私はこの 3番は未だ初期の未熟な作品だと思っていて、音楽が唐突に停まったり、同じ主題が何度も表れて先へ進んで行かないような箇所に、それがブルックナーだと分かっていても、時にイライラするのが常なのだ。しかし今日の演奏はその粗削りな面も含めて大変見通しがよく、指揮者の音作りの志向がはっきり感じられる演奏であったので、大きな充実感を味わった。あ、書いてから気付いたが、これって上に書いたベルリオーズの演奏の感想と同じではないですか!! 読響ではもともと、ザンデルリンクやマズアやレークナーというドイツ系指揮者が、ズシーンと重い音楽を行っていた (加えて、スペイン人のフリューベック・デ・ブルゴスもドイツの血を引く人であった)。それを思うと今回の演奏はまさに新天地。カンブルランをシェフに頂いているだけのことはあろうというものだ。このようなブルックナーであればもっと聴いてみたい。

終演後、指揮者とソリストによるサイン会があった。熱演が終了してからまだそれほど時間が経たないのにカンブルランは、既にオシャレな背広にネクタイ (!) という恰好に着替え、ケラスとフランス語で何やら喋りながら登場。丁寧なサインをしてくれた。ヴァイタリティある人だと思う。
e0345320_01021208.jpg
ケラスもこの通り、今月の別の演奏会でソリストを務めるピアニストの小菅優の紹介欄を侵犯しないように (笑)、きっちりとサインしてくれた。
e0345320_01023038.jpg
このオケの予定を見ると、なんと 7月にも 8月にも定期演奏会を行っている!! 競争の激しい東京の音楽界において、夏休み返上でライヴァルたちに差をつけようという意気込みによるものか。ただ、人間休みも必要です。楽員の皆さん、くれぐれもご無理のないよう!!


by yokohama7474 | 2016-06-24 23:28 | 音楽 (Live) | Comments(0)

e0345320_00001916.jpg
このところの日本における数々の世界一流の女流ヴァイオリニストたちの活躍ぶりは、折に触れ実況中継 (?) して来たが、今年も上半期の終わりに近づいたところで、上半期総決算にふさわしい最強のヴァイオリニストが登場した。五嶋みどり。もちろん日本人ではあるものの、生活の拠点は長らく米国で、国際的には Midori の愛称で知られる。数年ごとに日本で開かれるリサイタルの機会はまさに「来日公演」と呼ぶのがふさわしい。ニューヨーク生活が長かったわけだが、10年前からはカリフォルニアに本拠地を移し、南カリフォルニア大学で教鞭を取る傍ら、財団活動や国連のピース・メッセンジャーという社会活動も活発に行っている。

前回の記事で、このコンサートの 2日前、土曜日に開かれた「レーピン & 諏訪内 & マイスキー & ルガンスキー」という夢の顔合わせ公演の入りが芳しくなかったと述べたが、それに引き換え今回は、月曜であるにもかかわらず、チケットは完売。サントリーホールは、満場の聴衆の期待で息苦しいほどだ。会場では指揮者の井上道義を見かけたが、実は彼は、2日前の夢の顔合わせ公演の客席にも姿を見せていた。オケのコンサートでは時々お見掛けするミッチーさんだが、室内楽のコンサートで、しかも立て続けにお見掛けするのは珍しい。でも東京で日夜行われている高次元の生演奏を、音楽家自身が聴きに来るということは、もっとあってもよいくらいではないだろうか。

さて、会場の入り口を入ると、1階の奥に 3つの大きな花束が飾られている。ひとつはこの通り、女優の吉永小百合から (ご本人はお見掛けしなかったが)。
e0345320_23505194.jpg
もうひとつは、作曲家の久石譲からのもの。これは、私も先日知ったのだが、今回の五嶋の「来日」中の 6月初旬に、久石の新作を彼女が初演したというご縁によるのであろう。NPO である ICEP という団体の「ミュージック・シェアリング」という活動の一環であるようだ。ICEP、ええっと、Information Center for Petroleum Exploration and Production、ではなくて (笑)、International Community Engagement Program の略である。ちなみに前者も実在の "ICEP" と名乗る団体で、石油や天然ガスの探鉱、採掘に関する情報収集を行う機関とのこと。でも、正しくは "ICPEP" だろうと突っ込みたくなります。まあこの記事ではあまり関係ありませんがネ。あ、それから、もうひとつの花束は、このコンサートのスポンサーであった某クレジットカード会社の社長さん名であった。スポンサーは誠にありがたいことではあるが、やはりこの記事にはあまり関係しないので、恐縮ながらこれ以上の説明は割愛させて頂きます。

さてそんな大盛況のコンサート、一体どのような曲目が演奏されたのか。
 リスト (オイストラフ編) : 「ウィーンの夜会」からヴァルス・カプリース第 6番 (シューベルト原曲)
 シェーンベルク : 幻想曲作品47
 ブラームス : ヴァイオリン・ソナタ第 1番ト長調作品78「雨の歌」
 モーツァルト : ヴァイオリン・ソナタ第 40番変ホ長調K.454
 シューベルト : ピアノとヴァイオリンのための幻想曲ハ長調 D.934

これは随分と渋い曲目だ。ブラームスは有名曲だが、それ以外、ドイツ・オーストリア系で揃えた曲目は、マニアックとまでは言えないが、誰もが知っていて口ずさむようなものではないだろう。さて、それもあってのことか、演奏前に五嶋みどり本人がステージに登場し、聴き手の山田美也子 (NHK FM で N 響の番組の司会をしているらしい) の質問に答えて、曲目についての説明を行った。まず、このコンサートで配布されたプログラムには、五嶋自身によるそれぞれの曲のかなり詳しい解説が載っているのだが、それは、以前予算の限られたコンサートで外部執筆者を雇う金銭的余裕がない企画のときに自分で解説を書いてみたことをきっかけに、以来よくやっているとのこと。最初のリストの曲とブラームスについてのページが以下。楽譜まで掲載する熱の入りようだ。
e0345320_00241240.jpg
e0345320_00243391.jpg
尚この解説は、もともと彼女が英語で書いたものを翻訳したものであるらしく、プログラムには、「編・訳 : オフィス GOTO」とある。翻訳事務所かぁ、どこの後藤さんだろうと思って試しに検索してみると、五嶋みどりと五嶋龍の関連サイトの数々がヒットした。どうやら、後藤さんではなく五嶋さん、つまり彼らの母親、五嶋節が代表取締役を務めるプロダクションであるようだ。

さて、五嶋はそれぞれの曲についていろいろコメントしたのであるが、ここに詳細を再現する余裕はない。ただ、このプログラムの特徴として、歌曲や先人の曲などの、先行作品に基づく、あるいは先行作品から霊感を受けたものが多く、詩的で、しかもウィーンの雰囲気を持っているものばかりと説明していたのは興味深かった。なるほど、「幻想曲」が 2曲に、「カプリース (気まぐれ)」に、抒情的な「雨の歌」と、何か首尾一貫したものを感じる。

私にとって五嶋みどりのヴァイオリンは、その強い呪術性とまで言えそうな表現力ゆえに、特別な敬意の対象となってきた。技術はもちろん完璧なのだが、その鳥肌立つような集中力に、録音・実演を通じて何度も圧倒されてきた。あえて突飛な比喩を使えば、彼女のヴァイオリンは、信じられないほど延々と水中を泳ぎ続ける素潜りの水泳選手のようなもので、ずっとひとつの呼吸によって、確信を伴った揺ぎのない音楽が続いて行く点、感嘆するしかない。但し、若い頃の、まさに巫女のような神がかり的演奏から、最近では、万人により受け入れられやすいスタイルに、若干ながら変わって来ているようにも思える。今回の演奏でも、例えばブラームスの冒頭など、非常に強くコントロールされた弱音で、むしろそっけないような軽さで始まったものの、第 1楽章の後半では音楽は熱を帯び、感情のひだの中を深く深く潜水して行った。そうだ、ここで表現されていたのは、日常生活の中で我々が感じる喜怒哀楽のリアリティではなかったか。彼女は冒頭のトークで、この曲に表れたブラームスのクララ・シューマンへの思慕について触れていたが、ある意味でそれは分かり切ったことと言いたいものの、このような演奏を聴いて作曲者の心中に思いを巡らすと、これまで感じなかったものを感じることができる。五嶋自身のプログラムでの解説によると、ブラームスがここで引用した 2曲の自作歌曲の歌詞の一部は、以下のようなものだという。

QUOTE
1. (雨は) 子供の頃の夢を呼び覚まし、純真で子供じみた畏敬の念で私の魂を濡らす (「雨の歌」作品59-3から)。
2. 雨粒と涙が混ざり、太陽が再び輝き始めると、草はさらに倍に青くなり、私の額を流れる熱い涙もさらに倍に燃える (「余韻」作品59-4から)。
UNQUOTE

うーん、オフィス GOTO の訳は若干逐語的で堅い感じもするが (笑)、ブラームスがこの曲に込めた感情の深さを実感することができる。
e0345320_00525227.jpg
ことほどさように、ほかの曲でもそれぞれに、何かに憑かれたような音楽というよりは、人間の感情の機微を思わせる要素を感じることができた。例えばシェーンベルク作品にしても、十二音音楽を難しいものと思わずに素直に耳を傾ければ、音から音への進行がどこに向かうのかを感じることができ、モーツァルトやベートーヴェンと変わらない素晴らしい音楽なのだと実感できるはずと説明していて、実際にその丁寧な演奏によって、一見感情を排除したような十二音音楽にも、やはり感情表現はあるのだと証明していたように思う。

リスト作品は、オイストラフの編曲に少し手を加えたものであるらしく、ピアノの活躍の場もあって、伴奏者のトルコ人、オズガー・アイディンも活き活きと演奏していたし、ピアノとヴァイオリンが拮抗するモーツァルト作品もしかり。そして面白かったのはシューベルトである。彼はヴァイオリンのソナタも協奏曲も書いておらず、この曲もそれほど耳にする機会は多くないが、死の前年に書かれており、晩年のシューベルト独特の茫洋とした規模の大きさと、そこに漂う憧れと諦観、そして不安がないまぜになった感覚に心打たれる。そして最後は自らを鼓舞するような、とってつけたような明るさで終わるところも、むしろ逆にシューベルトの孤独を感じさせて悲しいのだ。五嶋の演奏はそのような交錯する感情をそのままに表現したものであり、そのことを感じた瞬間に、このコンサートの曲目にはいずれも深い人間感情が表現されていることが感得され、改めて深い感動を覚えたのだ。

そして、そのような感動を念押しするかのようなアンコール。まず、クライスラーの「愛の悲しみ」が始まり、その抑えた表現ぶりから、きっと続けて「愛の喜び」も弾くのではないかと、私は漠然と思ったのであるが、案の定そうなったのである。そうなのだ。音楽には感情を表現する力がある。生きていれば、悲しみもあれば愛もある。そのメッセージこそ、今の五嶋みどりから感じるべきものなのではないか。

このコンビによるこの最近の録音を私も持っていて、ブロッホ、ヤナーチェク、ショスタコーヴィチという、ユダヤと東欧の音楽を楽しんだが、やはりそこには感情の流れがあった。今回の生演奏によってそのことを再確認できて、意味深い経験となった。
e0345320_01171533.jpg
ある音楽家の奏でる音楽を継続的に聴いて行くことで、一貫したものと変わらぬものとがあることに、やがて気が付くことになる。それも音楽を聴く大きな楽しみであり、東京では、五嶋のような特別な音楽家によってその楽しみを与えられる機会が、ふんだんにあるのだ。素晴らしいことではないか。

by yokohama7474 | 2016-06-21 01:23 | 音楽 (Live) | Comments(0)

e0345320_22421008.jpg
世の中には夢の共演とか夢の対決とかいう言葉がある。それぞれが高い知名度と独自の世界を持つ天才、英雄、ヒーロー、スターなどが顔を合わせ、火花を散らし、組んずほぐれつ、何か大変なことが起こることへの、抑えられないワクワク感。このブログでもご紹介した、「バットマン vs スーパーマン」とか「キャプテン・アメリカ シビル・ウォー」とか言った、スーパーヒーロー同士の戦いを描いた最近の映画などは、そのような人の心理にうまく働きかけるものであった。もちろん現実世界でも、アントニオ猪木対モハメド・アリ (古いなぁ。アリのご冥福をお祈りする) とか、マイク・タイソン対マイケル・スピンクス (これも充分古い) などもあった。あ、比喩が適当ではないかもしれないが、このブログでは、クラシック音楽に興味のない人たちにも楽しんで頂くことを目標のひとつにしているので、ついつい調子に乗ってしまいました。もちろん、ポピュラー音楽の世界でも、ポール・マッカートニーとエリック・クラプトンとか、もっと言うと USA フォー・アフリカによる "We are the World" とか、日本で言うと五木ひろしと都はるみとか、桑田佳祐と Mr. Children とか、いろんな夢の共演が開かれてきた。

さて、ではそろそろ本題に入ろう (笑)。この記事のタイトルは、上のチラシの文句をそのまま転用していて、クラシック音楽の知識のない方にはチンプンカンプンかもしれないが、これはすごい顔合わせなのだ。つまり、
 ワディム・レーピン : ヴァイオリン
 諏訪内 晶子 : ヴァイオリン
 ミッシャ・マイスキー : チェロ
 ニコライ・ルガンスキー : ピアノ
というこの 4人。世界的な知名度には多少のばらつきはあるかもしれないが、いずれ劣らぬ現代最高の名手たちだ。彼らが一堂に会して演奏するこの機会は、大変貴重なものであり、なんともワクワクする。しかも開催は土曜の夕方。きっとチケットは超高額で、会場のサントリーホールは押すな押すなの超満員、チケットを求める人たちであふれ返っているのだろう。と思ったのだが、実はチケット代はそれぞれのアーティスト個別の演奏会と変わらず、しかも行ってみると会場にはかなりの空席が。一体どうしたことか。

この夢の共演は、実は「トランス = シベリア芸術祭」という、音楽とバレエをメインとするイヴェントの日本版。このイヴェントの芸術監督が、上記メンバーで最初に名前の出ている、ロシア人ヴァイオリニストのワディム・レーピンであるのだ。
e0345320_21292693.jpg
1971年生まれだから今年 45歳になる。だが彼は同い年のピアニスト、エフゲニー・キーシンや、3歳下のヴァイオリニストであるマキシム・ヴェンゲーロフらと同様、少年の頃からソ連 - ロシアの神童として知られていたので、へぇー、もう 40歳半ばかと思ってしまう。昔はちょっと太めで半ズボンをはいた神童であったが、既にごま塩頭の年齢となり、その立ち姿は今ではすっきりとスマートで、名実ともに現代を代表する名ヴァイオリニストとなった。私は知らなかったのだが、彼の出身はシベリアのノヴォシビルスク。その場所で、3年前からトランス = シベリア芸術祭を立ち上げたという。実は今回日本でもこの豪華な演奏会以外にいくつか公演があるのだが、スヴェトラーナ・ザハーロワというバレエダンサーが踊り、レーピンがアンサンブルを率いて伴奏するものが 3回ある。バレエに疎い私はよく知らないが、現代最高のバレリーナであるらしいこのザハーロワは、今のレーピンの奥さんである由。ほぅ、これはこれは。
e0345320_21550406.jpg
この芸術祭は、そのように歴史が浅いものの、さすがレーピンの手腕であろう。既に様々な世界的な音楽家が出演していて、今回の会場であるサントリーホールには、過去の芸術祭での演奏風景の写真パネルがいろいろと展示してある。レーピンと共演するケント・ナガノ。シャルル・デュトワ。今回も出演しているマイスキー。
e0345320_21570632.jpg
e0345320_21572221.jpg
さて、これでコンサートの概要はお分かり頂けようが、さて、上記 4人のメンバーを見ると、ヴァイオリンが 2人にチェロにピアノ。ここには 2つの疑問がある。まず、レーピンとともに世界的ヴァイオリストであり、年齢も近い諏訪内が、果たして第 2ヴァイオリンのパートに甘んじるか否かということ。もうひとつ。こんな編成で演奏できる曲目など、全く思いつかない。弦楽四重奏には必ずヴィオラが必要だ。どうなっているのか。・・・ご安心下さい。これらの問題はちゃんと解決されるのだ。まず最初の問題は、レーピンと諏訪内の 2人だけの演奏では、第 1ヴァイオリンと第 2ヴァイオリンが拮抗する曲を選び、それ以外の曲目ではこの 2人のいずれかが第 1ヴァイオリンとなることで、「どちらが上位か」の問題は回避。そして第 2ヴァイオリン奏者とヴィオラ奏者もちゃんと出演する。
 田中杏菜 : ヴァイオリン (1996年生まれの若手でノヴォシビルスクで勉強中)
 アンドレイ・グリチュク : ヴィオラ (名ヴィオラ奏者ユーリ・バシュメットが結成したモスクワ・ソロイスツのメンバー)

さあそうなると、実際には 6人の演奏家が登場するわけだ。一体いかなる曲目だったのか。役割分担がなされ、よく考えられている。
 プロコフィエフ : 2つのヴァイオリンのためのソナタ ハ長調作品56 (レーピン、諏訪内)
 ドヴォルザーク : ピアノ五重奏曲 イ長調作品81 (諏訪内、田中、グリチュク、マイスキー、ルガンスキー)
 チャイコフスキー : ピアノ三重奏曲 イ短調作品50 「偉大な芸術家の思い出に」(レーピン、マイスキー、ルガンスキー)

最初のプロコフィエフは上記の通り、2つのヴァイオリンが拮抗する曲で、一応音域で第 1と第 2があるようには見えたが、技量の差は想定されていないだろう。以前、クレーメルが誰かと演奏した録音を聴いた記憶があるが、まさにクレーメルにはぴったりな、あるときは悪魔的、あるときは瞑想的な曲である。レーピンも諏訪内も、クレーメルのような鋭さよりは朗々と歌うことに持ち味があるが、ここでは非常に切れのよいデュオを見せ、さすがと思わせた。やはり夢の共演、お互いのプライドというものもあるだろう。
e0345320_22290308.jpg
2曲目のドヴォルザークは、一転して郷愁あふれる、いかにもこの作曲家らしい名曲。ここではマイスキーのチェロが素晴らしい。彼は現代においてヨーヨー・マと並ぶ世界最高のチェロ奏者だが、ヨーヨー・マがその流麗で軽々とした表現を得意とするなら、マイスキーは魂の奥に響くような重さを身上とする。ユダヤ系ラトヴィア人で、ソ連時代に強制収容所に入れられた経験も、彼の音楽の表現力の重要な部分を形成しているだろう。
e0345320_22260886.jpg
ピアノのルガンスキーは、以前広上淳一指揮 NHK 交響楽団との協演を記事にしたこともあるが、1972年生まれの長身のピアニスト。日本での知名度はもうひとつかもしれないが、今やロシアのみならず世界的に見ても間違いなくトップクラスのピアニストである。
e0345320_22365580.jpg
彼らの紡ぎ出す音は、抒情的に揺蕩うかと思うと突然走り出す箇所が何度も出てくるこの曲に、大変新鮮な息吹を与えていたものと思う。もしかすると常設の一流弦楽四重奏団とピアニストの共演の方が、さらに密に呼吸を確認しあう演奏になったかもしれないが、世界クラスのソリストたちが集まる夢の共演においては、整理された音よりもむしろ、それぞれの持ち味を聴きたいと思うもの。その意味でもマイスキーが出色であったと思う。弦楽四重奏団のチェリストは、あそこまで上手くないことが多いからね (笑)。

そして後半のチャイコフスキーの「偉大な芸術家の思い出に」も、情緒あふれる第 1楽章と、様々な表情を見せる変奏曲の第 2楽章ならなる、素晴らしい名曲。私は、1997年に録音されたこの曲の CD で 26歳のレーピンの演奏を楽しんで来た。せっかくなのでそこに掲載されている写真を載せておこう。若いなぁ。おっ、右側に座っているピアニストは、諏訪内と同じ 1990年にピアノ部門でチャイコフスキーコンクールを制し、「同期」として一時期彼女とデュオを組んでいた、ボリス・ベレゾフスキーではないか。
e0345320_22495738.jpg
それから実演で聴いたこの曲の演奏としては、このマイスキーと、そしてまたまた名前が登場する (笑) クレーメル、そしてアルゲリッチという、これまた究極の 3人の夢の共演が忘れがたい。これぞまさしく、偉大な音楽家たちがそれぞれに異なる個性をぶつからせた、面白い演奏として記憶に残っている。それに比べると今回はまだ、お互いを尊重した (?) 演奏に聴こえたように思う。レーピンのヴァイオリンには艶があるのだが、同時に、うまくほかの奏者とその色合いを合わせるようなところが感じられた。つまり、技巧をひけらかすような雰囲気は微塵もないので、人によっては少し物足りないという気がしたかもしれない。マイスキーのチェロ (ところでこの人はいつもイッセイ・ミヤケデザインの衣装を着るのだが、今回、前半は黒、後半はシルバーであった) はいつも同じく心を揺さぶる情緒的音楽。そしてルガンスキーはと言えば、時に大きな音で流れを支配することもあるが、常に大きい音に終始したアルゲリッチとは異なり (笑)、場面に応じて見事な脇役ぶりだ。結果として、3人がうまく支え合う説得力のある音楽に感動したが、もしかすると、さらに自由にやってもらうと、もっと刺激があったかもなぁとも思ったものである。

さて、是非とも書いておきたいのがアンコールだ。後半の奏者はレーピン、マイスキー、ルガンスキーの 3名であったが、演奏終了後ステージには諏訪内、田中、グリチュクも登場。総勢 6名となった。つまり、第 1ヴァイオリンが 2人になってしまったので、最初の疑問ではないが、こんな編成で演奏できる曲なんて絶対ないだろうと思いきや、ステージではアンコールが始まった。演奏されたのは、フランスのエルネスト・ショーソン作曲、「ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のための協奏曲」の第 2楽章。私はこの曲を知らなかったが、あの詩情あふれる曲を数々書いた (なにせ、代表作は私も大好きな「詩曲」である!!) この作曲家のナイーヴな感性を思わせる抒情的な音楽で、ソロを弾いたレーピンが素晴らしい呼吸で他の奏者たちをリードした。全く音楽の歴史には様々な曲があるものだと感心し、また、これだけのメンバーが一堂に会して奏でる音楽は、やはり特別なものだなぁと実感した。

上述の通り、客席にはかなり空きがあったコンサートで、実にもったいないことだと思ったが、これらの演奏家はそれぞれ単独で充分な集客力を持つことが、逆に作用してしまったのであろうか。確かに、トランス = シベリア芸術祭の引っ越し公演ということなら、次回はこのような夢の共演ではなく、個別の音楽家によるコンサートでもよいかもしれない。ノヴォシビルスクの動物園で生まれたホッキョクグマの赤ちゃんの映像を見つけたが、よく考えると、ここの動物園なら、そのままホッキョクグマが生活できる気温なのだろう。高温多湿の夏がある日本では、そうはいかない。音楽も同じように、日本で日本人の手によるだけではできないことを、是非是非お願いします!!
e0345320_23265352.jpg

by yokohama7474 | 2016-06-19 23:28 | 音楽 (Live) | Comments(0)

e0345320_22490285.jpg
今月、つまり今シーズンの NHK 交響楽団 (通称「N 響」) 最後の定期公演のシリーズに登場するのは、桂冠指揮者のウラディーミル・アシュケナージ。2004年から 2007年まではこのオケの音楽監督を務めた名指揮者である。1937年生まれなので、えっ、ということは来年 80歳??? なんということ。小柄なからだを一杯に使って指揮をする姿は以前から全く変わらないし、指揮台とステージの袖の間を小走りで往復するのもそのままだ。上の写真で見る通り、60代と言っても通りそうな若々しさではないか。現在ではシドニー交響楽団や EU ユース管弦楽団の音楽監督も既に退いており、各地で客演指揮を続ける一方、つい先日も息子ヴォフカとのピアノ・デュオ・コンサートを日本で開くなど、過度にならない程度の (?) ピアノ演奏も続けているようだ。また今回、N 響との一連の共演を終えると、熊本地震復興のチャリティコンサートとして、洗足学園音楽大学の学生オケを指揮する予定になっている。

ただ、これだけ指揮者として充分な実績のあるアシュケナージも、日本に限った話であるか否か分からぬが、指揮者としてよりもピアニストとしての評価の方が未だに高いような気がするのは私だけであろうか。正直に言ってしまうと私自身も未だにそうで、情報量が多いのにピュアでクリアな音質の、彼のあの驚くべきピアノに比べれば、指揮の方は世界最高峰というイメージがない。こういう姿が懐かしい。
e0345320_23143630.jpg
いやいや、でもそれは聴衆な勝手な思いというもの。芸術家にはそれぞれ目指すものがあり、命を賭けて音楽を奏でているのだ。音楽家として間違いなく現代最高の人物の一人であるアシュケナージの音楽に、虚心坦懐に耳を傾けようではないか。今回の曲目は以下の通り。
 リヒャルト・シュトラウス : 交響詩「ドン・ファン」作品20
 リヒャルト・シュトラウス : オーボエ協奏曲二長調 (オーボエ : フランソワ・ルルー)
 ブラームス : 交響曲第 3番ヘ長調作品90

実にオーソドックスな内容である。ドイツ物の伝統を持ち、現在の首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィとも R・シュトラウスの録音をシリーズで始めた N 響としても、桂冠指揮者との協演はまた違った味があることだろう。そんな期待に応えるかのように、最初の「ドン・ファン」は N 響らしい重心の低い演奏であったが、アシュケナージのいつもの懸命かつ丁寧な指揮ぶりで、オケも気持ちよさそうに演奏していた。もちろんアシュケナージであるから、驚くような仕掛けなど何もない。ただオケの力を前に推し進める手助けをしているような指揮と言えると思う。シュトラウスの絢爛たるオーケストレーションが炸裂、というイメージではなく、鳴るべき音がきっちり鳴っているという堅実なタイプの演奏であり、これがアシュケナージの音楽なのであろう。一定の充足感を胸に拍手をしていると、舞台下手奥にピアノが置いてあるのを発見。ん? 今日の曲目の編成にはピアノなど含まれていないはず。何か別の曲のリハーサルにでも使用してそのままになっているのだろうか。

2曲目も同じ R・シュトラウスのオーボエ協奏曲。ソロを吹くのは、現代を代表するオーボエ奏者である、フランス人のフランソワ・ルルー。
e0345320_23240549.jpg
一般のレパートリーで有名なオーボエ協奏曲と言えば、まずモーツァルトとこの R・シュトラウスということになるだろうし、私も録音ではそれなりに親しんで来た曲である (昔、ベルリン・フィルの首席奏者であったローター・コッホのソロをカラヤンが伴奏した録音もあった)。だが、この曲を過去に実演で聴いたことがあるか否か記憶が定かではなく、そしてこれがいつ頃書かれた曲であるのか、私はこれまでイメージしたことがなかった。しかるに今回のプログラムで、1945年、終戦直後に書かれたのだということを知り、不明を大いに恥じたのであった。シュトラウスの場合、ホルン協奏曲は 2曲あって、若書きの 1番と晩年の 2番の差というものがあるが、オーボエ協奏曲はこれ 1曲きり。重苦しいが薄日差す瞬間もある弦楽合奏のための「変容 (メタモルフォーゼン)」から、あの絶美の歌曲集「4つの最後の歌」への流れの中に位置する、晩年の作品であったとは。そう思って聴くと、これらの曲を思わせる旋律が一瞬出てくる瞬間が何度かあり、ただ古雅なだけの音楽ではないと再認識した。ルルーは体を大きく使って演奏し、危なげないテクニックで全曲を吹き終えた。そして聴衆の拍手の中、思わぬ事態が発生したのだ。先に私が不審に思った舞台下手のピアノが、スタッフによって舞台前面に移動させられているではないか。えっ、ここでピアノを弾くなら、まさか楽団所属のピアニストではあるまい・・・。そうして、ソロのルルーが大きな手振りで舞台袖から呼び出したのはやはりアシュケナージ。聴衆はどよめきの声を上げ、満場の拍手喝采だ。そうして始まったアンコールは、グルックの「精霊の踊り」。ルルーの表情豊かなオーボエを、アシュケナージのピアノがしっかりと支えてさすがである。小曲の伴奏だから、技巧を見せつけるような場面はなかったものの、図らずも「ピアニスト・アシュケナージ」を聴くことができた聴衆は大喜びだ。

コンサートには流れというものがあって、後半のブラームスは、このような盛り上がったムードの中で演奏されることで、音楽に熱が入って行くこととなった。この曲の冒頭は、音がうぁっと膨らんで雪崩れ込むようになる点が、最初の「ドン・ファン」と似ている。演奏も「ドン・ファン」同様、冒頭から熱狂の嵐ということではなかったが、質感のある音であり、音楽の進行につれ、徐々に音の劇性が増して行ったと思う。また、それ以降の楽章でも、いずれも後半にかけてパッションが濃くなって行ったように思われて、興味深かった。有名な第 3楽章のロマンティックなメロディも、下品になることなく、また重くなりすぎることもなく朗々とチェロが歌っていて印象的。強烈な個性が聴かれるというわけではないが、実にオーソドックスに丁寧に、ブラームスの練りに練られたスコアが音となって放たれることで、心に残る演奏となったのである。

アシュケナージの音楽は、恐らくこれから面白くなって行くのではないだろうかと、ふと思った。ピアノを弾いたら聴衆が喜ぶという状況は、きっとご本人も複雑な心境ではないかと思うが、ピアノも指揮もすべて、80に向かって、またそれを越えて、さらに深化して行くことを期待したい。これは数年前の共演の写真 (チェロの木越さんがまだいた頃)。来シーズンの登壇の予定はないようだが、これからも N 響の指揮台でお会いできることを楽しみにしております。
e0345320_23551386.jpg

by yokohama7474 | 2016-06-19 00:02 | 音楽 (Live) | Comments(0)

e0345320_00041816.jpg
この映画は予告編を見て少し気になっていたのだが、この「素敵なサプライズ」という邦題にどうもなじめず、結局劇場に足を運ぶことはしないまま日数が経ってしまっていた。何せ都内では 2軒の映画館にしかかかっていない。神奈川では 1軒だけだ。なかなか時間を見つけるのが難しい。ところが、家人が先に見て、これは絶対お薦めだというので、まあそこまで言うなら騙されたと思って見てみるかと、半信半疑ながらも(笑)、重い腰を上げたのであった。

ここで突然話は変わるが、オランダ映画を見たことがある人が、日本にどのくらいいるだろう。かく申す私も、オランダの絵画やオランダのオーケストラなどはこのブログでもあれこれ語って来たものの、また、オランダを舞台にした映画なら幾つか知っているものの、この国で制作された映画となると、一本も思い出すことができない。しかるにこの映画は、その珍しいオランダ映画なのである。なので、若干先走って言ってしまうと、もう少しでこのホンワカラブストーリー系の邦題の雰囲気に騙されて、珍しいオランダ映画の佳作とのめぐり合わせを逸するところであった。人生やはり、周りの人の意見に耳を傾けた方がよい。私がもし、家人の推薦に耳を貸さずに「そんな映画よりも、『64 (ロクヨン) 後編』の方がよい!!」と突っぱねていれば、一生この映画を見ることはなかったかもしれない。あ、もちろん、「64 (ロクヨン)」はひとつの例であって、なんら悪意はないので念のため (悪意どころか、見たかった前編を見損ねて、まさかこれから後編だけ見るわけにも行かず、悔しい思いをしているところ)。

オランダは何度も訪れているし、オランダ人の知り合いもそれなりにいるが、独特の雰囲気がある国だ。新興プロテスタント国として、もともとの支配者であるスペインから 17世紀に世界の覇権を奪取し、多くの埋め立て地を含む平地だけからなる小さな国土でありながら、他国と他国の間に入る貿易によってみるみる富を蓄積した国。しかしながら、やがて産業革命を成し遂げた英国に、あっという間に出し抜かれてしまった国。それゆえ彼らの多くは、今や一小国となってしまった自国の現状を淡々ととらえている一方、経済も文化も自国だけで完結するとは思っていないようで、未だに他国との関係を非常に重視しており、全国民 (かどうか知らないが、ほぼそうだろう) が全く問題なく英語を喋る。日本人のように、自国民同士で他国語で喋ることを気まずく思うこともない人たちだ。文化的には非常に豊かな国であることは、改めて説明するまでもないだろう。
e0345320_00340485.jpg
この映画の冒頭に日本語で、「この映画には数か国語が使われており、一部の言語の字幕には色をつけるなどして違いが分かるようにしています」といった珍しいメッセージが出てくる。どこに色つき字幕が出てくるかを明らかにするとネタバレになってしまうのでここでは伏せるが、これはなかなかシャレた説明である。実際、オランダ語がメインで出来ている映画であるが、舞台となる「奇妙な (旅行) 代理店」はベルギーのブリュッセルにあるという設定であって、英語はもちろん、フランス語やドイツ語、また私には分からないが、もしかするとフラマン語なども使われているのかもしれない (?)。主人公たちが自然に言語をスウィッチする点がまずオランダらしい。

ストーリーは、あるトラウマにとらわれたオランダの中年貴族 (独身男性) が老いた母を看取った後、自殺願望に取りつかれて「奇妙な代理店」にある依頼をするが、同じ「代理店」を起用した女性と意気投合し、生きることの意味に自然に目覚めて行くという展開。おっとそんな書き方をすると、私自身でこの邦題に疑問を呈しておきながら、その邦題の雰囲気と同じように、ホンワカ恋愛物だと思われてしまいますな (笑)。実際のところこの映画は、ホンワカ恋愛物とはほど遠く、大変にブラックな要素に満ち満ちていて、その意味で、映画の流れのセンスは抜群であると思う。例えば冒頭のシーンでは主人公がヘッドフォンでモーツァルトのレクイエムの冒頭部分、「レクイエム・エテルナム (永遠の安息を)」を聴いているが、その隣の大きく立派なベッドでは、彼の母親が実際に死の床に伏しているというブラックぶり。しかも、その母親がすぐに死んでしまうのか否かという点で、その後のシーンではなんとも軽妙な呼吸が描かれているし、人生とは誠にままならぬものだという感覚がよく表現されている。実はモーツァルトのレクイエムは、その後も「代理店」で流れる広告映像の BGM として同じ「レクイエム・エテルナム」が使われているほか、ちょっと息詰まるトラックの暴走のシーンでは、同じ曲の「コンフターティス (呪われし者)」が使われている。その暴走トラックを眺める主人公たちの映像はこちら。実はこの後に切り返しショットが出てくるのだが、ストップモーションでありながら女性の服が風に揺れているという場面は、なんともいいシーンになっている。おっと、またまたホンワカ恋愛物だと誤解される表現だ。
e0345320_01000116.jpg
モーツァルトが出たついでに書いてしまうと、このレクイエムが死への暗い熱情を表すとすると、その反対の、生の躍動を表す音楽は、同じモーツァルトによる有名なディヴェルティメント (喜遊曲) ニ長調K.136の冒頭部分だ。私の大好きなイ・ムジチ合奏団の録音のジャケットをご紹介しておこう。明るい疾走感のある素晴らしい曲。
e0345320_01051842.jpg
よい映画には、忘れられないイメージの断片が多くちりばめられているもの。これはまさにそんな映画である。主人公が衝撃の場面を目撃する断崖のシーンで突然雨が降るのに、その後すぐにあがってしまったり、「代理店」の受付や立派な建物の受付のセキュリティで、複数の言語での呼びかけが必要であったり、広大とはいえ自身の屋敷の敷地内ならともかく、車で移動する主人公がパジャマ姿であったり。
e0345320_01373278.jpg
また、ホテルでドキドキしながら踊りの練習をする主人公のステテコ風の下着の独特な作りが、16世紀ベルギーの画家ブリューゲルの描く農民のはいているものにそっくりだったり。この地方独特の下着なのだろうか。日本ではこれ、売っていないでしょ (笑)。
e0345320_01522538.jpg
それからなんと言っても、執事役のおじいさん (演じるのは 1946年生まれ、ベルギー人のヤン・デクレール) がいい味出している。
e0345320_01193188.jpg
ネタバレになるので詳細は書くことができないが、この人が最後に出てくる場面で描かれる彼の「選択」は、なんとも胸が熱くなるものだ。ここに至るまでの展開もかなり凝っているが、でもその凝り方が嫌味ではなく、なるほどと思わせるものがある。脚本もよく練れているが、それをうまい流れで演出している。

このような優れた映画を撮った監督は誰かというと、ほかでもない (って、本当は初めて聞く名前である) マイク・ファン・ディム。1959年生まれのオランダ人だ。彼の初監督作品は、1997年の「キャラクター / 孤独な人の肖像」という作品で、なんとそれはアカデミー賞外国映画賞を受賞。その後ハリウッドから多くのオファーを受けるが断り (例外として、あのロバート・レッドフォードとブラピ主演の「スパイ・ゲーム」の監督を務めるはずだったが、自分の思うように作れないため降板。トニー・スコットが監督した)、母国オランダで CM を中心に活動を続けてきたという。この映画のプログラムに掲載されているインタビューに面白い言葉がある。

QUOTE
アカデミー賞受賞後はハリウッドからオファーが殺到しましたが、興味が湧く企画はほとんどありませんでした。(中略) あの頃の経験を振り返ると、ミシュランの星を獲得したのに、ハンバーガーを作れと頼まれたようなものですよ。
UNQUOTE

ヨーロッパ人が米国の分業制を皮肉る言葉としては、なかなかに気が利いているではないか。そしてこの作品が、ようやく長編映画の第 2作。世界にはいろいろな才能があるものだ。これは主人公 2人に演技をつける監督。
e0345320_01400505.jpg
このような大変ユニークで優れた映画であったわけであり、見終ってみると、このホンワカな邦題も、まあよいではないかと思われるから不思議だ。監督自らが喩える「ミシュランの星つき」の手腕は、伊達ではありませんね。彼の次回作がいつになるのか分からないが、記憶にとどめておきたい映画であった。

by yokohama7474 | 2016-06-18 01:58 | 映画 | Comments(0)