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押井守の活動をどのように総括すればよいのだろうか。著名な映画監督であるが、もともとアニメの人である。映画でも、アニメの「うる星やつら」シリーズが出世作ということになるのだろう。私の学生時代、これらの作品や「天使のたまご」を絶賛する映画通が身近にいたが、私自身はどうもアニメは苦手で、見たいとも思わず、その後「機動警察パトレーパー」「攻殻機動隊」などのシリーズにもとんと縁がなかった。だが、ひとつの作品が私の押井守観を一変したのだ。その作品は 2004年の「イノセンス」。普段同じ作品を二度劇場で見ることは滅多にないのだが、この作品には衝撃を受け、一度見ただけでは飽き足らず、再び劇場に通ったのである。有機物と無機物の境界が曖昧になる世界、命あるものと命なきものの差が危うくなる世界は、古今東西の芸術分野のひとつの怪しくも奥深いテーマであり、私もその分野には一方ならぬ興味がもともとあったので、大音響で鳴り響く川井憲次の情緒的な音楽ともども、その豊かなイマジネーションにガツンと脳天をやられてしまった。この作品をきっかけに、制作裏話を書いた本を読み、押井の霊感の源泉のひとつとなった、世紀末の有名なアンドロイド小説であるヴィリエ・ド・リラダンの「未来のイヴ」も読んだし、作中でアンドロイド製造会社の名前として出て来る「ロクス・ソルス」という小説も読み、さらにはその作者であるレーモン・ルーセルの評伝までも読んだものだ。そう、この「イノセンス」には、それだけ私の琴線に触れる衝撃の作品だったのだ。
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ほかに私が見た押井の映画には、「アヴァロン」がある。これは実写もので、てっきり「イノセンス」より後に見たと思っていたら、今調べたところ、こちらは 2001年の制作で、「イノセンス」より前であった。だがいずれにせよ私が覚えているのは、このポーランドで撮影された映画がそれはもう罪なくらい面白くなく、退屈で仕方がなかったことなのである。そうして時は流れ、昨年公開していた「東京無国籍少女」もあまり話題にならずにいつの間にか終了してしまっていた。そして今年はこの映画であるが、ふと気づくと既に終了間近。これはやはり、久しぶりに見ておきたい。

この映画、そもそもの疑問があって、劇場によって英語版と日本語版がある。私の場合はやはり、オリジナル言語で作品を体験したいと思っていて (その意味ではオペラも同じ)、外人が出演しているらしいこの映画の場合はやはり英語版で見たかったのだが、日本語版に比べて英語版の上映頻度が少ない。そして段々上映終了が近づいてくると、もう日本語版しか上映しなくなっていた。私がやむなく見たのはこの日本語版であったが、まあ、もともとアニメの監督ということで、この作品もアニメと同等と思えば、言葉の違和感は乗り越えられるだろうと自分に一生懸命言い聞かせたものだ。だが実は Wiki で調べてみると、英語版と日本語版の間には、ストーリーの違いすら存在するのだ!! おいおい、主役の君は、一体どんな言葉で誰に向かって話しかけているんだい。
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そのようにして日本語版を見たこの映画。感想を要約するなら、作り手が表現したいイメージは分からないではないものの、いかんせん、国際的にそのイメージを世に問うというには、いろんな意味で課題があるのだなぁと思ったのである。調べてみるとこの映画、15年くらい前に企画が持ち上がったものの、その後それが頓挫して、今般ようやくかたちになった由。その意味では、押井守執念の企画ということなのだろう。
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この映画のプログラムには押井のインタビューも載っていて、まあ「押井」さんだけに内容も「惜しい」というオヤジギャグを飛ばす気もないが、正直なところ、彼の思いが作品に結実しているとは到底思えない。例えば、最大のテーマは「日本人にファンタジーが作れるのか」ということだと語っているが、客観的に見て、残念ながらこの映画からイエスという答えは見出しにくい。例えばスター・ウォーズの連作を見るときに、必ずしもすべてが傑作ではないにせよ、もともとジョージ・ルーカスの頭の中にあった広大な空想上のイメージを、大勢の人数で分かち合うことができたからこそ、一貫してルーカルの夢が現実化したような印象を受けるのではないか。そこにはアメリカの合理的な分担制も大きく関係しているに違いない。その点この映画は、大変残念ながら、ピースピースには面白いイメージがあるにせよ、全体として現実とは違う世界でのリアリティがあるというレヴェルには達していないと思う。その点においては、やはり日本の映画作りの人材不足、予算不足は否めないなぁと、なんとも淋しい思いを抱いたのである。

それから、終始一貫して、映像の箱庭的なことには少々参った。誰も、フィルムを現像した昔の写真が色あせたような風景は見たくないだろう。また、人物を捉えるにも、例えばあえて目の回りを暗くして表情を曖昧にしているシーンもあり、息苦しいことこの上ない (その昔小津安二郎は、原節子の彫りの深い顔を美しく見せるため、わざわざ目のところにだけ光を当てたという逸話と対照的だ)。この手法は、アニメであればそれほど気にしないかもしれないが、生身の俳優を使った映画では、作り手が思っているような効果は出ないのではないか。また、風景を扱っている箇所としては、後半の森のシーンを例に採りたいが、その場面における映像の著しい人為性が、なんともせせこましい印象を免れず、本当にがっかりした。テーマが壮大であるだけに、観客にそのように思わせるだけで、残念ながらもうこの映画はうまく行っていないという評価になってしまっても致し方あるまい。

もちろん、上にも書いた通り、描かれている世界のイメージ自体には、時折は非凡なものを感じたのも事実。大詰めに出て来るこのようなイメージの終末観には、何か人の心の根源に訴えかける要素があったと思う。
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それから、私が心酔する「イノセンス」と共通するテーマが扱われている面もあり、その点は素直に嬉しいと思った。例えば、映画の中で重要な役割を果たすバセット・ハウンドに関して、その「臭い」が生の象徴のように描かれている点、全く「イノセンス」と同じである。これは絶対、押井自身のお気に入りの犬なのであろう。上に掲げた「イノセンス」のポスターにも登場している。
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加えて、ここでも命なきものの神秘、あるいは人智を超えた創造主の存在の神秘が、人形に仮託されている。このようなイメージは妙に人の心に残るものだ。
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この映画はかなりカナダでロケしている模様で、主要な役柄の役者はみなカナダ人である。正直、彼らの演技が素晴らしいとは思えず、むしろ無名性による息苦しさ (セットとの相乗効果!) を感じざるを得ない。だが、この映画を一緒に見た会社の同僚からの指摘 (ありがとうございます!!) で気づいたことには、以下のおじいさん役の俳優、名前をランス・ヘンリクセンというが、今から 30年前、ジェームズ・キャメロン監督の「エイリアン 2」に出演していたのだ。下の「エイリアン 2」の写真は、本物の映像ではなく、最近発売されたフィギュアである。いやー、でも確かにこんな感じでしたね (笑)。
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まあそんなわけで、厳しく批評しながらも、何か気になるシーンのあれこれを語りたくなる、そんな映画であったと思う。世界的に名の知れた押井ですら、やりたいことが充分にできていないとすると、日本人が世界で通用するファンタジー映画を撮れるのか否かという点については、課題がいろいろあると思わざるを得ない。だがともかく、自らの作品を世界に問うという気概は必要であると思うので、ただ作品を批判するだけでなく、どうすればもっとよい作品を撮ることができるのか、観客の立場でも考えて行きたいとは思う。

by yokohama7474 | 2016-06-16 01:08 | 映画 | Comments(0)

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2012年に制作された「スノーホワイト」という映画の続編である。その映画、どうやら白雪姫の裏話のような映画であったが、私はそれを見ることができなかった。だが、基本的に空想物語系には興味があり、伝説やおとぎ話の裏にある謎といったものにも心を惹かれるので、この映画を見に行ったのである。以前見た「マレフィセント」は結構楽しんだが、この映画も似たような雰囲気なのだろうか。

だが正直なところ、この映画には親指を立てるわけにはいかなかった。1作目を見ていないとストーリー展開も納得できないし、いかに私が饒舌でも (笑)、この映画を語る言葉にどうしても限界が生じてしまう。そもそも 1作目を見ていないと、劇中で名前は言及されるがここには登場しないスノーホワイトなる人物が白雪姫であると、どうして分かろう。解説によると、ここでシャリーズ・セロン演じる邪悪な女王ラヴェンナは、1作目でスノーホワイトに退治されるらしく、この映画のほとんどはそれに先立つ話。だが最後の方にはラヴェンナが復活するというシーンがあり、ラヴェンナが死亡する 1作目よりも後の話。このように時間軸もややこしい。また、クリス・ヘムズワース演じるところのエリックという役は、1作目でも活躍したというし、ドワーフ (って、「ロード・オブ・ザ・リング」特有のキャラではないのだね) を演じる役者も 1作目と共通しているらしい。そんなわけで、1作目を知っている人ならともかく、何も予備知識のない人が見ると、あちこちで問題発生。キャラクター同士の関係もよく分からず、また、誰が何のために戦闘しているのか、なぜ原題が "Huntsman" というのか、すべてチンプンカンプンだ。いかにシリーズ物とはいえ、少しそのあたりの配慮が欲しかったものだ。それからこの映画への小さな不満は、アクションシーン。いわゆる殺陣だが、あまり鮮やかには見えないのはどうしたことだろう。そういう小さな不満の積み重ねが、登場人物への感情移入も阻害してしまうのは残念なことだ。監督はこの作品がデビューとのことだが、そんなことも関係しているのだろうか。

あまりけなしていてばかりいないで、少しよいことも書くとすると (笑)、やはり 3人の女優であろうか。なんと言ってもここでの主役はこの人、ラヴェンナの妹、氷の女王フレイヤを演じるエミリー・ブラントだ。
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私はこの女優さんの優しい顔が好きで、「ヴィクトリア女王 世紀の愛」での女王の若くけなげな様子、「オール・ユー・ニード・イズ・キル」での攻撃的なかっこよさ、「イントゥ・ザ・ウッズ」でのミュージカル女優ぶりなど、これまで様々な役をこなすのを見てきたが、今回はコスプレか (笑)。不幸な過去と同時に、閉ざされた心の中に温かさを持つ氷の女王。なかなかの難役であっただろう。欲を言えば、時に優しさがほの見えるのは、この場合若干のマイナスかも。

そしてその姉、邪悪なラヴェンナを演じるのは、シャリーズ・セロン。この人の作品による過激な変身ぶりには定評あるところだが、ここでも楽しんで演じているのがよく分かる。もしかして楽しみすぎかも。
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それから、エリックと恋仲の女戦士、サラを演じるのは、ジェシカ・ジャスティン。「ゼロ・ダーク・サーティ」「オデッセイ」「クリムゾンピーク」など、彼女も様々な役柄で大活躍。「ハンガー・ゲーム」のカットニス役ではありません (笑)。
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この 3人の女優の存在感はそれぞれに優れたものがあって、撮影現場では、エリック役のクリス・ヘムズワースは彼女らの弟のようにおとなしかったという。私は、「マイティー・ソー」の最初の作品では彼をあまりカッコいいとも思わなかったが、「ラッシュ / プライドと友情」あたりから、なかなかよいと思うようになった。今後もますますの活躍が期待できよう。
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ただ、このエリック役が、やたらと「愛はすべてに勝つ」という信念を口にするのだが、昔流行った歌謡曲でもあるまいに、そんなことを繰り返すとちょっとウソっぽさを感じてしまうのが、現代人の悲しい性。もう少し大人の鑑賞に堪える描き方もあったように思うが、いかがなものだろうか。

そんなこんなで、あまりよいことを書けないことは申し訳ないが、まだ 3部作の 2作目ということだ。遡って 1作目を見て、そして来るべき 3作目も見てみれば、何かこれまで分からないことが分かってくるのかもしれない。もしかしたらそのとき私は、素直に「愛はすべてに勝つ」と唱えているかもしれない (笑)。

by yokohama7474 | 2016-06-13 23:56 | 映画 | Comments(0)

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このところの東京は、女流ヴァイオリニストがすごいことになっている。既にこのブログでも採り上げたムローヴァ、庄司紗矢香に加え、諏訪内晶子、五嶋みどりが活動を展開している上、このヒラリー・ハーンまでいるのだから、これはもう大変だ。男性ヴァイオリニストでも、樫本大進、クレーメル、レーピンらが入れ替わり立ち代り舞台を賑わせている。これは逆に言うと、いかに一流の演奏家であろうと、東京では耳の肥えた聴衆に試されるということでもあって、そこで奏でられる音楽の質は、競争原理によって上がって行くはずである。世界でも有数の音楽都市、東京は日夜このような充実の中にある。

米国ヴァージニア州レキシントンで 1979年に生まれたハーンは、もちろんこの世代のヴァイオリニストとしては過去 15年くらいに亘って一頭地抜けた存在であるが、実は経歴を眺めてみても、コンクール受賞歴が見当たらない。それだけ若い頃から、コンクール歴を要さないほど図抜けた存在であったわけであるが、それにしても、たとえ 10代で才能を開花させたとしても、その開花した才能を継続するのは実に大変なこと。30代後半となってますます活躍の場を広げている彼女には、現在に生きる音楽家としての真摯な姿勢が感じられる。
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今回彼女は日本で 10日間に 7回のリサイタルを開き、この横浜でのものが最終日であった。曲目はどの回も同じで、以下の通り。
 モーツァルト : ヴァイオリン・ソナタ第 35番ト長調K.379
 バッハ : 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第 3番ハ長調BWV.1005
 アントン・ガルシア・アブリル : 無伴奏ヴァイオリンのための 6つのパルティータより第 2曲「無限の広がり」、第 3曲「愛」
 コープランド : ヴァイオリン・ソナタ
 ティナ・デヴィッドソン : 地上の青い曲線

休憩前の前半ではモーツァルトとバッハという伝統的なレパートリー、後半は彼女自身の委嘱によって書かれた現代の曲と、彼女の母国米国の音楽。しかも前半と後半に 1曲ずつピアノ伴奏のない曲が含まれているという具合。凝った内容であり、ハーンのヴァイオリンの表現の幅を知るには絶好の機会である。

ハーンのヴァイオリンを聴いていると、毎回、一瞬たりとも危ういところがない。例えば音の入りが弱く霞んでしまうとか、走り過ぎて音が濁ってしまうとか、情熱をこめすぎて音程が怪しくなるとか、静かに終わるときに音がかすれるとか、そういうことは一切ない。感情的にも技術的にも極めて安定しており、最初から最後まで、これしかないという確信をもって音を紡ぎ出しているように思われる。だからこそ、いかなるスタイルの音楽にも適性を示すことができるのだろう。最初のモーツァルトは、ピアノ・ソナタにヴァイオリンが伴奏するようにすら思われる曲で、ヴァイオリンが休んでいる時間が長いのだが、弾いていないときにも彼女は音楽に参加しているような気がしたものだ。その次のバッハではもちろん、ほかに呼吸を合わせる人もおらず、たった一人でテンポを作って進めて行かなければならないわけだが、孤独や不安など微塵も感じさせない堂々たる音楽で、「なんという素晴らしい曲だろう!!」と改めて思わせるものであった。私は、2002年に彼女がニューヨークのカーネギーホールで初のリサイタルを開いたときに、たまたま現地で聴くことができたのだが、そのときにもバッハの無伴奏を弾いていた。こんなに若くして、あの大舞台でよく一人だけでテンポを創り出せるなぁと思って聴いていると、途中で弦が切れてしまったのだが、全く慌てる気配もなく退場、そして再登場し、チューニングして音を確認しながら、「まだですね」などと聴衆に話しかけていたのを思い出す。20代前半にして既に音楽も確立していたし、ステージマナーも一流であった。

そのような前半を経験した上で後半の曲目を聴くと、また新たなハーンの進歩を感じることができるのであった。前半は暗譜であったが、後半は譜面台を置き、それを見るためにわざわざ眼鏡をかけた点が、まずひとつの進歩 (笑)。だが、実際には譜面はほとんど見ているようには思われず、ここでも均一な音の流れが聴衆に強く訴えたのである。以前彼女はチャールズ・アイブズのヴァイオリン・ソナタを演奏していたし、チャイコフスキーのコンチェルトとのカップリングにヒグドンという自分の師匠の作品を選んで録音するなど、米国の作品に積極的に取り組んでおり、今回のコープランドもその流れなのであろう。私は昔からバーンスタインの演奏や自作自演でコープランドの管弦楽曲には親しみがあるが、室内楽はあまり知らない。この曲はシンプルなようでいて、なかなか味わいのある曲である。

ハーンの録音で最近話題になったものと言えば、「27の小品 ヒラリー・ハーン アンコール」という録音がある。上のポスターと同じ写真をあしらったジャケットだ。
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これは、ハーン自身が過去数年に亘って取り組んだ「アンコール・プロジェクト」の成果だ。つまり「演奏時間 5分以内で、ヴァイオリンとピアノのための作品」という条件で彼女自身が様々な作曲家に依頼をして集まった 26曲に、公募で採用された 1曲を加えた合計 27曲をセットとしてまとめたもの。今回のツアーでの伴奏者でもあるピアニスト、コリー・スマイスとの録音で、CD 2枚組である。昨年のグラミー賞を受賞したアルバムだ。今回のリサイタルで最後に演奏された米国のティナ・デヴィッドソン (1952年生まれ) の「地上の青い曲線」はその 27曲のひとつ。ピアノもヴァイオリンも特殊奏法で始まる、鮮烈かつ抒情的な曲だ。また、後半の最初の曲目、スペインのアントン・ガルシア・アブリル (1933年生まれ) とは、このアンコール・プロジェクトで知遇を得たが、その彼がハーンのために新たに作曲した無伴奏ヴァイオリンのための 6つのパルティータのうちの 2曲が、今回演奏されたもの。これら 2曲を含む 3曲は、今年の 4月にワシントンで初演されたばかりというから、今回は日本初演ということになる (6曲揃っての演奏は、まだされていないようだ)。ちなみにこの 6つのパルティータ、"HILARY" という名前のそれぞれのアルファベットを使い、1. Heart (心)、2. Immensity (広大さ)、3. Love (愛)、4. Art (芸術)、5. Reflexive (内省)、6. You (あなた) となるとのこと。なかなか洒落ていますな。曲は若干辛口でしたけれど (笑)。

そしてアンコールに 3曲が演奏されたが、それぞれにハーンが曲名を客席に向かって日本語で (?) 紹介した。最初は、「サトー・ソーメー、ノ、ビフー、デス」と言ったのだが、佐藤聰明はもちろん知っているが、「ビフー」が "Beef" の聴き間違えなのか、あるいは "Be who" という意味をなさない英語なのかと思ったら、「微風」であった。日本風の情緒豊かな曲。2曲目は、英国のマーク・アンソニー・タネジ (ラトルの親しい友人だ) の「ヒラリーのホーダウン」、3曲目がマックス・リヒター (今年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンで庄司紗矢香が演奏したヴィヴァルディの「四季」の再構成版はこのブログでも紹介した) で、ハーンの紹介は英語で "Mercy" だったが、邦訳では「慰撫」。そう、これら 3曲はいずれも、アンコール・プロジェクトの 27曲から採られている。いずれも耳になじみやすい曲で、その場で売っていた CD もよく売れたことだろう。私もそのうち買ってみよう。

改めてヒラリー・ハーンの優れた音楽性と、現代に生きる音楽家としての明確な姿勢に感銘を受けたわけだが、満場の聴衆もそれは同じであったようで、終演後のサイン会は長蛇の列。疲れも見せずににこやかに応対するハーンであったが、サインは以下のようなもの。名前の下に何か書いてあるようですね。むむ、もしかしてト音記号が横になっているのだろうか???
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あらゆる世界的音楽家がしのぎを削る東京で、またひとりの非凡な才能がツアーを終えた。次回はどんな趣向で楽しませてくれるだろうか。

by yokohama7474 | 2016-06-12 22:21 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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このブログでは、東京で体験できるクラシック音楽を飽きもせず (?) ご紹介しているが、今回の演奏会など、東京でしか聴けないようなものであろう。東京交響楽団 (通称「東響」) の演奏会であるが、指揮台に立つのはなんとなんと、日本が世界に誇るバッハ演奏の大家、あの鈴木雅明である。家人などはよく間違えていて、その度に訂正しているが、シャネルズの鈴木雅之ではない (笑)。昔から白髪頭で、その外見はまるでヨーロッパ人のようである。1954年生まれなので今年 62歳。見た目よりも意外と若くて、指揮者としてはいよいよこれからという年代だ。
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彼が神戸で結成した古楽器オーケストラ、バッハ・コレギウム・ジャパン (BCJ) は、既にバッハのカンタータ全集という気の遠くなるような偉業を既に成し遂げており、名実ともに鈴木は、世界で何人かしかいないバロック音楽の大家なのである。むむ、バロック音楽・・・??? 今回の曲目にはバロックは入っておらず、以下のようなもの。
 モーツァルト : 歌劇「魔笛」K.620 序曲
 モーツァルト : 交響曲第 41番ハ長調「ジュピター」K.551
 サン・サーンス : 交響曲第 3番ハ短調作品78「オルガン付」

なるほど。いやいや、私とても知っている。鈴木が古楽器オケによるバロックだけではなく、通常のシンフォニーオーケストラをも指揮することを。実際に過去には、東京シティ・フィルを指揮したマーラー「巨人」を聴いたこともある。だが正直のところ、その演奏にはピンと来ることがなかったため、鈴木がさらに進んで演奏したマーラーの今度は 5番 (!!) を、私は聴かなかったのである。だが今回の曲目はなかなか面白い。前半はウィーン古典派のモーツァルト。バロックの美学からはさほど遠からぬ作曲家である。だが後半はどうだ。フランス・ロマン主義の大家、サン・サーンスの代表作、交響曲第 3番である。食い合わせも悪そうだが (笑)、一体どんな演奏になったのか。

まず最初の「魔笛」序曲は、オケの各パートの混じり合いがなんともよい音を出していた。次の「ジュピター」もそうであったが、弦楽器のヴィブラートはほとんどかけられておらず、古楽器風のスタイルである。だが本当に大事なことは演奏のスタイルではなく、そこで鳴っている音楽の喜遊性なのだ。音の調和から始まり、笑い転げてひたすら進み、またまた厳かな雰囲気となるこの曲の持ち味を遺憾なく発揮した演奏であったと言えるだろう。だよな、パパゲーノ。ティリリリリ (パンフルートのつもり)。
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鈴木は短い指揮棒を持ち、オケの配置においては、第 1ヴァイオリンと第 2ヴァイオリンは左右に向かい合うのではなく、指揮者の向かって左側に並んでいる。その横にはヴィオラ、指揮者のすぐ右手にはチェロ、その奥にコントラバスという、近代オーケストラの基本形であり、いたずらに想像上の 18世紀を舞台に再現することはない。そう、鈴木はひたすら音楽で勝負するのである。もちろん、古楽風のこだわりはあって、例えば 2曲目の「ジュピター」では、ふた昔くらい前までは省略されることが多かった反復記号のある部分をすべて律儀に演奏していた。楽器について気付いたのは、まずティンパニは後半の曲目とは異なり、モーツァルトでは小さく堅めの音が出るものを使っていたこと。それから、トランペットが通常のものではなく、ピストンのついていない古雅なバロック・トランペットであったこと。東響は通常このような古いタイプの楽器は使っていないと思うので、どこからか借りてきたものなのであろうか。
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このように古雅な佇まいを持ちながらも彼の指揮ぶりは、実はバッハを指揮するときもそうなのであるが、非常に情熱のこもった熱いものなのであって、今回は東響の楽員たちがマエストロ鈴木への敬意を全身で表していたのが誠に心地よかったのである。鈴木の指揮するモーツァルトは初めて聴いたが、素晴らしいものであると思った。

だが後半の曲目こそ、この日の目玉である。サン・サーンスの交響曲第 3番。バッハの峻厳な音楽を好む人は、このシンフォニーを俗っぽいものとして遠ざけるのではないか。昔レコード芸術誌で交響曲の月評を担当していた教養主義の音楽評論家、大木正興は、カラヤンの指揮したこの曲のレコードが出たとき、かなりきつい言葉で作品と演奏の双方をけなしていたのをよく覚えている。確か、「カラヤンの履歴において決して名誉な録音ではなかろう」というような表現であった。ことほどさように、西洋音楽の神髄をバッハに見る人が軽蔑する曲を、あろうことか世界におけるバッハの権威である鈴木雅明が指揮する。こんなパラドックスがあるだろうか。聴き手の期待を軽々とかわし、自らの信念の赴くまま表現活動を続けるのが、名演奏家ならではの醍醐味ででもあろうか。しかもその試みには共犯者がいる。オルガンを弾くのは息子の鈴木優人 (まさと) だ。
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1981年生まれなので今年 35歳。クラシック専門チャンネルの「クラシカ・ジャパン」でもこの親子の対話が放送されていたが、見た目もメンテリティもかなりそっくりな親子であり、自然なかたちで親と子の信頼関係が存在しているように見受けられた。なにせこの鈴木優人、この若さで早くも少し白髪が混じっている。遠からず父のような風貌になるのであろうか。うーむ、本当に絆の強い親子である (笑)。

さてこのサン・サーンスも、鈴木の情熱が感じられる燃焼度の高い演奏であった。冒頭の漂うような弦楽器から、終了間際にパラパラと響き渡るトランペットまで (安心して下さい、吹いてます。いや、なにかというと、ここではバロック・トランペットではなく、通常の近代のトランペットが)、刻々と移り変わる音楽的情景を丁寧に描き出していた。この曲は 2楽章から成るが、それぞれの楽章が明確に 2部に分かれており、伝統的な交響曲の 4楽章構成がそのまま使われている。その中でオルガンが入る個所は、第 2部と第 4部。特に第 2部の入りは、オルガンが静かにオケを先導する。改めて実演でこの箇所を聴くと、作曲者の意図は、オケの表現力を延長するものとしてオルガンが使われているのだと分かる。またそのことに気付くのは、オルガンの演奏に落ち着きがあるせいではなかったか。このように、バロックの権威が描く音絵巻を私は大いに楽しみ、大団円では鳥肌立つのを禁じ得なかった。やはり演奏家の持ち味を先入観で決めるのは禁物であって、この鈴木親子の今後のさらなる活躍に期待しつつ、その期待がどのように裏切られるかも楽しみにしたい (笑)。

ところで私は 2007年、鈴木雅明と BCJ がロンドンでヨーロッパ・デビューを果たしたのを聴いている。ロンドンの夏の風物詩、プロムナード・コンサートの一環であり、開演はなんと 22時。遅い時刻にもかかわらず会場は文字通り満員で、演奏後の拍手も熱狂的であったのだ。
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今思うのは、このとき会場のロイヤル・アルバート・ホールに集った英国の聴衆の中で、後年鈴木がサン・サーンスの 3番を演奏しようと誰が予測したかということだ。恐らく皆無だろう。そう思うとなんとも痛快ではないか。こういうことが、たまにはあってもよい。ロンドンでは聴けない、東京だけの音楽の愉しみ。今後も意外性のある曲目、期待しております!!

by yokohama7474 | 2016-06-12 00:58 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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三菱財閥を作った岩崎家の古美術コレクション、静嘉堂 (せいかどう) 文庫には、数々の名品が含まれている。だが、常時展示を行っているわけではなく、年に何度かの特別展のときだけ開いているという変則的な開館方針なので、あまりユーザーフレンドリーとは思えない。お客目線がちょっとなぁ (笑)。私は随分以前に一度だけ、この美術館の至宝である曜変天目茶碗を見に行ったことがあるが、その後はご無沙汰していた。これまでしばらく建物を改修していたらしく、昨年の 10月からリニューアルオープンしており、それを記念して昨年来何度かの展覧会が開かれているようだ。今回はその 3回目。実はこの展覧会、既に会期は終了しているので、このブログで本展に興味を持たれる方には大変申し訳ない。また次の展示の機会をお楽しみに。

この施設は二子玉川が最寄り駅で、拙宅からはそれほど遠くない。同じ多摩川沿いでも、拙宅の近辺とは違ったオシャレな雰囲気に、家人も是非行ってみたいと言う。そして久しぶりにこの美術館に出向いてみて、その山深いことにびっくり。世田谷区は確かにオシャレではあるものの、ちょっと裏に入ると細かい一方通行も多く、道に迷いそうになるが、なんとか現地に辿り着いた。
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実はこの門から先、道路が続いているのだが、その手前に駐車場があったのでそこに車を停めた。後で気付いたことには、美術館のど真ん前にも 20台くらいまで車を停めるスペースがあって、どうせならそこまで車で行けばよかった。だが、この門から美術館までの緩やかな登り道がまた、なんとも風情があるのだ。夏には蛍が出そうな、自然そのままの土地である。この一帯は緑地帯で、裏側の岡本公園には、古い民家を移築してきているらしい。そこには今回は行けなかったが、次回は是非訪れたい。いやいや、とても都内とは思えない緑一色。オゾンを胸いっぱいに吸い込んだ。
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そして見えてきた美術館と、そもそもの昔の静嘉堂文庫の建物はこんな感じ。
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私が行ったときに開かれていた展覧会は、冒頭にポスターを掲げた通り、この静嘉堂が所有する仏像の修復記念であるようだが、ポスターに何やら運慶という文字が見える。運慶は言うまでもなく鎌倉時代初期に活躍した不世出の優れた仏師だ。実は今回の展覧会の目玉は、もともと京都の浄瑠璃寺が所有し、現在は 7体がこの静嘉堂文庫美術館、残り 5体が東京国立博物館に所蔵されている、鎌倉時代の十二神将像だ。以下、そのうちの 2体の写真を掲げる。
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大きさは 70~80 cm 前後と、等身大の半分以下だが、鎌倉時代らしい躍動感がある。これらの像に関して最近になって注目されているのは、明治時代、1902年11月22日付の毎日新聞の記事に、この 7体の十二神将像の中に「大仏師運慶」の銘を発見したとあることらしい。これがその記事。
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今回、静嘉堂文庫の所蔵する 7体のうち 4体の修理が終わって今回展示されているのだが、これまでのところ運慶の名前を記した銘などは出てきておらず、残りの 3体に期待しようとのこと。だが私としては、申し訳ないがこれらの彫刻は、私の知っている運慶の作とは到底思われない。私ごときでこれであるから、専門家は当然そういう意見であると思うのだが、とにかくそのネームヴァリューは日本美術史上屈指の仏師である運慶のこと、その周辺情報であっても何か新発見があれば大変なことになる。ともあれ、よく保存された十二神将像を間近で見る喜びには大きなものがあった。

さてこの静嘉堂、多くの美術品と書籍を所有するが、展示室は非常に狭い。一回ごとにちょびちょび見せるのでなく、もっと広い展示室で惜しげなく所蔵品を見せればいいのになぁと思ってしまう。美術館の存在する緑地自体は実に広大なものであるので、なおさら展示スペースの狭さにがっかりだ。素晴らしいコレクションを広く公開しようという当初の高邁な精神に基づいて、少し改善を期待できないものだろうか。三菱第 4代社長、岩崎小彌太はこんな人。
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それほど多くない展示品の中でほかに特に注意を引いたのは、冒頭のポスターにもある通り、あの若冲もならった中国絵画の名品、文殊・普賢菩薩である。こんな作品だ。もともと京都の東福寺に伝来したもので、元時代、14世紀の作品。
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例の伊藤若冲が動植綵絵の本尊として描いた釈迦三尊の両脇侍である文殊・普賢の原画であると伝わる。なるほど見比べてみるとそっくりだ。
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ついでに、この展覧会には来ていないが、この静嘉堂の文殊・普賢のもともとの中尊であった旧東福寺釈迦如来像は現在ではクリーヴランド美術館が所蔵していて、こんな作品だ。これまた若冲の作品とそっくりである。
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そして今回の展覧会自体とは別の展示であるが、展示室に入る手前のちょっとしたスペースに、なんとなんと、この美術館の至宝、世界に 3つしかない曜変天目茶碗のひとつ (もちろん国宝) が展示されている。その横のガラスケースには、これも名品、重要文化財の油滴天目茶碗が。
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どちらも大変見事であるのだが、実はここでの展示には少し問題があると思う。ガラス張りの明るいスペースで、自然光で鑑賞するようになっていて、光が強すぎるとブラインドが下りるようになっているらしい。だが、これらの茶碗の繊細さを心行くまで鑑賞するには、このような均一な光ではなく、やはり暗い場所に浮かび上がる LED ライトしかないだろう、と強く思う。サントリー美術館で藤田美術館所蔵の曜変天目茶碗が展示されたときの展示方法を思い出すと、この静嘉堂の展示は旧態然と映る。うーん、今時の美術館は、鑑賞者目線に立って展示を考える必要があると思うのだが。ちょっともったいない。

そんなわけで、展示方法には問題があったものの、昔の財界人である岩崎家のスケールを思い知る展覧会ではあった。次の展覧会は江戸の博物誌である。面白そうなので、作品が輝くような展示方法を期待したい。

by yokohama7474 | 2016-06-11 23:14 | 美術・旅行 | Comments(0)

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4月30日の記事で採り上げた、東京の出光美術館の開館 50周年展、「美の祝典」は 3回のシリーズによって構成され、それぞれにこの美術館が所蔵する素晴らしい東洋美術の数々が展示されるのであるが、明日 (6/12) まで開催中の第 2回は、「水墨の壮美」と題されており、水墨画中心の展示になっている。日本の美術には、実は素晴らしい多様性があると私は思っているが、端的な例として、極彩色のやまと絵もあれば、渋い水墨画もあり、同じ画家が双方の手法で作品を残していることも多い点を考えればよいだろう。

さて、これら 3回の展覧会のそれぞれで公開されるのが、この美術館の至宝、国宝の「伴大納言絵詞」である。上巻では応天門が炎上するシーンが圧巻であったが、今回展示されているのはその 3巻中の真ん中、中巻である。ここでは、700年ほど前の作品とは思えないほど豊かな人間感情の表現があり、まさにマンガ的日本絵画の典型をなしている。今回のほかの展示品である水墨画は、もともと禅宗の影響によって発達したこともあって、露わな感情表現と異なる感覚の作品も多いが (例外ももちろん沢山あることを後で見るが)、この絵巻物で見られる日本美は、それとは対照的なものだ。この中巻では、大納言 伴善男 (とものよしお) によって応天門放火の犯人とされた左大臣 源信 (みなもとのまこと) の屋敷で始まる。これは嘆き悲しむ人々。なんという豊かな感情表現!!
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そして、さらに面白いのは、子供の喧嘩に大人が割って入る場面。伴善男の出納係が、自分の息子が隣家の舎人 (警備係であろうか) の息子と喧嘩しているのを見て家から走り出てきて、舎人の息子を足蹴にする。食ってかかる舎人に対して、自分の上司である伴善男の権威を笠に着て横暴な態度に出た出納係。この後、その復讐として舎人は、応天門炎上の夜、伴善男が不振な行動を取っていたのを目撃したと触れ回りはじめ、それが最後には伴善男が真犯人であることの発見につながるというストーリー。ここでは、異時同図法 (異なる時点の情景が同じ場面に描かれる) と呼ばれる手法が見られる。以下、赤い丸の部分が子供同士のけんか、青い丸はそれを見て走り出てくる出納係、緑の丸はわが子を守って舎人の子を足蹴にする出納係、紫の丸は、息子を自宅に引き戻す出納係の妻。この順番での場面がひとつに入っている。これは、ただ漫然と絵を見ているだけでは分からないので、このような絵巻物を見る人たちには、誰か内容を説明する付き人がいたのであろうか??? あるいは、絵の横に添えられている文章を読めば充分だったのだろうか。
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いかに能書きを聞いても、それだけでは完結せず、本物を見ることに実際の意味がある。よって、このような展覧会で実物を間近でじっくり見ることができるのは本当に貴重な機会だ。上の写真の緑の丸で描かれた出納係の子供の手には、喧嘩によってむしり取った舎人の子の髪の束がつかまれていて、それが振り回されている様子が描かれている。いやー、本当にマンガ的描写だ。これを見る人誰もがニヤリと笑ってしまうだろう。
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さて、それでは水墨画を見て行こう。そもそも水墨画は中国から伝わったもので、鎌倉時代以降、禅の思想とともに広がって行った。この展覧会には、本家本元の中国の絵画の名品がいくつか展示されている。これは、玉澗 (ぎょくかん、1180頃 - 1270頃) による「山市晴嵐図 (さんしせいらんず)」の部分。重要文化財である。有名な瀟湘八景のうちのひとつ。もともと足利将軍家に伝わり、もと一巻であったものが各景ごとに分断されたもの。本作は大友宗麟や豊臣秀吉、松平不昧らがかつて所蔵したという。建物も人も、風景に溶け込んだように描かれていて、飄々とした味わいの中に、実際の視覚とは異なる感覚で描かれた風景の不思議を見る。
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また、日本で神のごとく崇拝された中国人画家に牧谿 (もっけい、生没年不詳) がいるが、この展覧会でも彼の作品が 2点、展示されている。重要文化財の「平沙落雁図」もよいが、ちょっと色が淡すぎて写真ではよさが伝わりにくいと思うので、「叭々鳥図」をご紹介しよう。筆が闊達に動いたり慎重に停まったりする様子が、かたちに結実している。いや、かたちだけでなく、白黒なのに色があるように見えるのはどうしたことか。
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余談だが、牧谿と言えば、1996年に五島美術館で開かれた牧谿展が忘れられない。当時かなり話題になって、私が展覧会を訪れたときには図録が売り切れてしまっており、増刷したものを後日郵送してもらった記憶がある。その図録を久しぶりに手元に置いて見てみると、かなりの数の牧谿作品が集められた、すごい展覧会であったことが分かる。そして、この作品を含む 3点の叭々鳥図が紹介されていて、すべて東山御物 (足利義政のコレクション) であったという。出光美術館のコレクションのレヴェルを思い知る。

この絵は、毛倫 (もうりん、生没年不詳) の「牧牛図」。右手前では牧童が眠りこけていて、その隙に牛は手綱を解いて自由に動いており、なにやら木にからだを押し付けて背中を掻いているようだ。なんともユーモラス。
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日本における水墨画のチャンピオンというと、やはり雪舟 (1420 - 1506) ということになるだろう。昨年 11月 7日の岡山旅行の記事で、この雪舟が涙でネズミの絵を描いたという伝説のあるお寺のことを紹介したが、昨今では中国でも画聖として深い尊敬を受けていると聞く。この展覧会に出ているのは、「破墨山水図」。雪舟最晩年の作と言われ、その墨の滲みに即興性が表れていて、自由な境地を感じることができる。
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屏風絵もいくつか展示されているが、その中から長谷川等伯 (1539 - 1610) の「竹鶴図屏風」。文字通り竹と鶴の絵であるが、余白の美とはまさにこのことであろう。鶴の姿は牧谿作品に倣ったと思われ、また、墨の濃淡だけで表された竹は、独特の湿り気のある空気を感じさせる点で、彼の代表作、国宝の「松林図」に通じるものがあるように思う。まあ、「松林図」は何かがどうかなってしまったような傑作なので、等伯と言えどもあのレヴェルのものはほかにないと思うが。
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それから、文人画 (雄大な自然等を描く中国風の絵画。「士大夫」と呼ばれた知識人階級の人たちが余技で描いた絵画に倣ったもの) が多く展示されているのもこの展覧会の特色である。完全な水墨画ではないものの、絵の精神は通じるところがある。これは重要文化財、池大雅 (1723 - 1776) による「十二ヵ月離合山水図屏風」のうちの二幅。離合山水図とは聞きなれないが、各図を単独で見てもよし、並べて見ると場面の連続したひとつの山水図になるということらしい。樹木の葉の様子がやけに細かいかと思うと、岩山は現実にはあり得ないほどデフォルメされた湾曲を示している。絵画における自然の再構成法として、一度見たら忘れないような独特の味わいがある。
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これもやはり重要文化財の、与謝蕪村 (1716 - 1783) の「山水図屏風」。大雅と共通する作風で、二人はよく共作も行った。驚くほど自由であり、かつ鮮やかだ。時代の感性であったのだろうか。
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そして、私が最近気になっている浦上玉堂 (1745 - 1820) の作品。国宝に指定されている代表作「凍雲篩雪図」は川端康成の旧蔵で、6月 5日の記事でも採り上げた。出光美術館には 2点の重要文化財の玉堂がある。ひとつは「籠煙惹滋図 (ろうえんじゃくじず)」。そしてもうひとつは「双峯挿雲図 (そうほうそううんず)」。一世代上の大雅や蕪村に比べると、何か抽象画すら思わせるほど、対象物の形態が曖昧模糊としている。細かいところなどじっくり見ていると、突飛なようだがシャガールのようにも見えてくるから不思議だ。日本にもいろんな画家がいるものだ。
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ほかにも、田能村竹田、谷文晁らの作品が並ぶが、私が興味を惹かれたのは、画家としては文晁の弟子にあたる、渡辺崋山 (1793 - 1841) の「鸕鷀捉魚図 (ろじそくじょず)」。鵜が鮎を捉える瞬間を、枝の上にとまるカササギがじっと見ているという構図だが、まるで明治以降の近代絵画のように自然な写実性を持つ。
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周知のように、崋山は幕府を非難したかどで、高野長英らとともに処刑された (蛮社の獄)。その没年は 1841年であるところ、この作品は死の前年 1840年に、蟄居中の身である際に描かれたものだという。そう思うと、なんでもないこの絵の題材が何やら意味深なものに見えてくる。鮎は抵抗空しく命を奪われるが、からだの大きい鵜の行状を、一見大人しく、だが決意をもって上から見ている者がいる・・・。

そして文人画の系譜の最後に来るのが富岡鉄斎 (1837 - 1924) である。小林秀雄なども鉄斎については頻繁に語っているが、明治・大正期に生きた巨星であり、力強い作品をあれこれ描いた人だ。その一方、「らしい」作品を模倣しやすいせいか、美術市場では最も贋作の多い画家のひとりであるとも聞く。この展覧会に出ているものは小規模なものがいくつかだが、これは「富士山図」(1869)。明治の初期の作品で、鉄斎が何度も描いた富士の絵の中で、現在確認される最も初期の作品がこれであるそうだ。山腹と山頂が分断されているようにも見えるが、途中にあるのは雲であろうか。それだけ富士の高さを強調しているということか。
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さすが出光美術館、この分野でも名品揃いである。第 3回は 6月17日からで、お題目は「江戸絵画の華やぎ」。これも楽しみであります。

by yokohama7474 | 2016-06-11 18:52 | 美術・旅行 | Comments(0)

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この小説の作者はハンガリー人であるが、1986年にフランス語で発表された。そしてその内容の衝撃によって世界で読まれるようになり、上の写真にもある通り、映画も制作された (脚本・監督はヤーノシュ・サースという、やはりハンガリー人)。実は私は、2014年に日本公開された映画を先に見て、後からこの原作を読んだもの。これを読むと映画は原作を忠実になぞっていることがよく分かり、映画には映画のよさもあるものの、大体において原作の方が映画より面白いことが多い。それは、本を読むには映画よりも長い時間をかけて作品世界とつきあうからであり、また、登場人物を自らの想像力で心の中で動かす必要があるからでもあるだろう。むしろこの作品の場合、よくぞ原作の持ち味をあそこまで頑張って映画化したな、と映画の出来に感心するくらいである。

原作者アゴタ・クリストフは 1935年生まれ。2011年に既に物故している。
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この生年で明らかな通り、子供時代を戦争の中で生きた女性である。そしてまた戦後の東西冷戦にも巻き込まれるという人生を送ったわけであるが、そのような激動の時代を生き抜く逞しさを、後年になって小説に昇華したと言えるだろう。学生時代は数学好きの文学少女。そして 18歳で結婚し、女工として働く。1956年のハンガリー動乱の際に、20万人のハンガリー人が国境を越えてオーストリアに脱出したが、彼女とその家族もその中にいた。そしてスイスに移住、また女工として働き、貧しい生活を送る。やがて離婚、大学に通ってフランス語を学ぶ。家庭を切り盛りしながら深夜に執筆する生活に入り、最初はハンガリー語で書いていたが、1970年代からフランス語で書き始め、戯曲が地元のローカル劇団によって上演されたり、ラジオドラマになる。そして 1986年、初めて書いた小説が、この「悪童日記」というわけだ。既に 50を越えていたわけだが、やはり才能があり、かつ、もっと大切なことには、窮屈な生活の中でも濁らない視線があったのだろう。この「悪童日記」が世界的に売れた後、「ふたりの証拠」「第三の嘘」という三部作を書き上げた。

この「悪童日記」は世界中でベストセラーになったという。読んでみると分かるが、ここには戦争の悲惨さが痛いようなリアルさで描かれていて、なんとも陰鬱な思いにとらわれざるを得ないのだが、その一方で妙にユーモラスな要素 (ある場合には、絶望極まって、もう笑うしかないという開き直り) が全編を通して見られるので、結果として、戦争を起こす愚かな人間の姿と、その戦争の惨禍の中でも逞しく生き抜く人間の持てる力の双方に、読む人は圧倒されるのである。

映画を先に見てしまった人間としては、上記の通り、この原作の雰囲気をそのままに映画化したことに感動を覚えるとともに、その反面、原作ならではの優れた点を感じる。例えば、主人公は双子の男の子たちであって、映画では当然二人が出演しているのであるが、原作では、この二人はそれぞれの人格を与えられておらず、終始「二人で一人」という描き方 (一人称で書かれた小説であって、主語は常に「ぼくら」) であるのだ。多少想像力を逞しくすると、これは実は一人の主人公が、つらい生活からの逃避のために双子の片割れを空想の中で作り出したと考えても、あながち変ではないくらいだ。
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それから、映画の中では舞台はハンガリー、そこに駐留する将校はドイツ人ということが明確であったが、実は原作では舞台は明確にされておらず、ハンガリーの首都ブダペストとおぼしき街は「大きな町」、少年たちの暮らす田舎は、作者自身によるとハンガリーのオーストリア国境近くにあるクーセグという街がモデルらしいが、ここでは「小さな町」としか言及されない。敵国も、そして後半でその敵国から「解放」してくれる他国 (もちろん史実ではソ連であり、解放という言葉にカッコ書きをするのも当然意味がある) も、具体名は出てこない。これぞ文学の素晴らしさ。ここで描かれた人間の真実の姿には、国の特定は必要ないのである。残念ながら私がまだ訪れたことのないブダペストは、このような美しい街。
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それから、原作では映画よりも遥かにエグいシーンが沢山出てくる。文字では書けても、映像にすると醜悪すぎるような設定が多いのである。だが、これも文学の強みであろう、ひとつひとつのエピソードがそれなりに完結していて、全部で 62の短い章から成っている。その構成によって悲惨の連鎖という印象が薄れ、読者は戦争の悲惨さに心を痛めながらも、最後まで読み通すことができるのだ。この作品の原題は「大きなノートブック」という意味であるが、それは、少年たちが戦争下の自分たちの生活を赤裸々に綴った日記の様相を呈しているからであろう。その意味で、「悪童日記」という邦題は、うーん、ひねりは理解できるが、少し響きが楽観的に響き過ぎるような気がする。

余談だが、20世紀を代表する指揮者であったサー・ゲオルク・ショルティはハンガリー系ユダヤ人。1912年生まれだからアゴタ・クリストフよりも一世代上だが、やはり戦争に人生を翻弄されており、戦争中にスイスに滞在してから久しく母国に帰れなくなったのだが、父親とはその際にブダペストから列車に乗るときに別れたきり、一生もう二度と会えなかったと語っている彼のインタビューを見たことがある。この指揮者が感傷に無縁な強靭な音楽を終生奏で続けた裏に、そのような痛ましい経験があったのだ。平和な時代の我々には想像もできないようなことであるが、でも少しでもそのような逸話を知っていると、戦争を題材にした作品に接した際にも、なんとか想像力を巡らせることができるというものだ。

この小説、誠に恐るべき作品である。決して楽しい気分にはならないが、読む人の心になにがしかの強いインパクトを与えることは請け合いだ。また、こんな凄い作品を書いた人が独学の主婦であったことも、人間の持つ潜在能力に気付かせてくれるのである。日常に埋没することなく、感傷もコントロールし、曇りのない目で世界を見ること、それができるか否かはあなた次第、とマエストロ・ショルティもおっしゃっています。
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by yokohama7474 | 2016-06-11 00:35 | 書物 | Comments(0)

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今月の東京都交響楽団 (通称「都響」) の指揮台に立つのは、音楽監督の大野和士。2つのプログラムで 3回のコンサートを振る。これはそのうちのひとつだが、うーん、さすがに大野。凝りに凝った曲目である。私は彼のことを、日本の指揮者で最も知性と冒険心に富んだ人だと思っているのだが、これはどうだ。
 ブリテン : 歌劇「ピーター・グライムズ」4つの海の間奏曲 作品 33a
 ブリテン : イリュミナシオン 作品18 (テノール : イアン・ボストリッジ)
 ドビュッシー : 「夜想曲」から雲・祭
 スクリャービン : 交響曲第 4番「法悦の詩」作品54

もう一度唸ろう。うーん。これはすごい曲目だ。前半には 20世紀英国音楽を代表するブリテンの、これまた代表的な音楽を 2曲、しかもランボーの詩による歌曲集「イリュミナシオン」は、英国が誇る名歌手ボストリッジの独唱。そして後半は、フランスとロシアの感覚的な (もし「官能的な」という形容詞を避けるなら 笑) 作品。決してマニアックというほど希少な曲目ではないが、いかに慣れた耳にも、これは刺激的だ。しかも今回からプログラムには大野自身による曲目へのコメントが記載されていて、興味は尽きない。
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まず最初の曲は、ブリテンの書いた多くのオペラの中でも文句なしの代表作、「ピーター・グライムズ」の間奏曲 4曲である。このオペラには間奏曲が 6曲あるが、そのうち 4曲を選んだこの作品には、独立した作品番号が与えられていることから分かる通り、作曲者自身も組曲として認定していたということだ。冒頭の高音の弦楽器とフルートに始まる「夜明け」から、まさに荒れ狂う海のような「嵐」まで、それぞれに雰囲気の違う 4曲をうまく組み合わせてある。大野自身の言葉を引用する。

QUOTE
一滴の水の音の表現が、ここまで人間の内面を描き出したことは今までにあったでしょうか。(中略) ブリテンのあまりに繊細で、それと同時に真実を見つめる鋭い感性は、この海の音を毎日耳にしながら生きている村の人々の、それぞれの内面をえぐり出しています。主人公グライムズの、孤独に苛まれ、時には我を忘れてどうしようもなく荒れ狂う姿が、海の凪から嵐の描写と重なります。
UNQUOTE

ここでの都響は相変わらず好調で、多彩な表現を求められるこの曲の持ち味を充分に表現した演奏であった。大野の指揮には昔から、ある種のカリカチュア的要素があると私は思っていて、それがいかなる音楽にも平明さをもたらしていると思うのだが、今の都響のレヴェルであれば、その要求に充分応えることができるであろう。そのことは、次の曲目、「イリュミナシオン」でも改めて実感した。ここで登場した長身の歌手は、英国人で、歌曲を中心として活躍するイアン・ボストリッジ。
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彼については、今年 1月15日のダニエル・ハーディング指揮 新日本フィルの記事 (やはりブリテン作曲の「戦争レクイエム」について) で少し書いたが、その表現力には悪魔的なものすら感じる、大変な歌手なのである。その彼が歌うブリテンの歌曲集。もちろん悪かろうはずもない。だが私は、ボストリッジの歌に加えて、都響の弦楽器の多彩な表現力に感嘆したのだ。この曲はテノール独唱を弦楽合奏が伴奏し、木管も金管も登場しない。それにもかかわらず、最初の曲は「ファンファーレ」と題されていて、あたかも金管のファンファーレのような華やかさが演出される。第 1ヴァイオリンと、対抗配置にいるヴィオラの掛け合いの見事なこと。微妙な呼吸までぴったりだ。この曲の歌詞は、あのアルチュール・ランボーによるもので、フランス語だ。ボストリッジは、ある時はオケをグイグイ引っ張るかと思うと、またある時は、あたかもオケに欠けている管楽器ででもあるかのように、全体の一員として歌う。まあそれにしても、このランボーの歌詞の耽美的で、あえて言えば粗野なこと。ここでも大野の言葉を引用する。

QUOTE
彼 (注 : ランボー) のこの世をはるかに超越した感覚により、異様な世界が繰り広げられています。(中略) ランボーの独特の才能は、光を見つめながらも、それと同時に、ある意味で逆行的な観点から沸き起こるイメージを展開させていると言えるのではないでしょうか。
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帰宅してふと思い立ち、文芸評論家 小林秀雄が若い頃 (1930年、28歳) に翻訳したランボー詩集など引っ張り出してページをめくってみたが、そのイメージの多彩なこと、この曲の弦楽器の使用法に通じるものがある。小林の訳では、題名の「イリュミナシオン」(これは当然英語で言うイルミネーションだ) は「飾画」となっている。ブリテンが選んだのはこの詩のごく一部だが、全 9曲中最初に書いた、ということは恐らく思い入れも最も強かったであろう、「美しい存在 (Being Beauteous と英題がついている)」の最後の部分を小林の訳で引用しよう。

QUOTE
ああ、灰色の顔、楯形 (たてがた) の毛、水晶の腕。樹立 (こだち) と微風と交り合うなかを掻い潜り、俺が、躍りかからねばならぬ大砲だ。
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今回の演奏会のプログラムで初めて知ったことには、ブリテンがこの「美しい存在」を書いた 1938年頃 (作曲者 25歳頃) には恋愛している相手がいて、それは当時 18歳のヴルフ・シェルヘン。ヴルフとはヴォルフガングの愛称のようだが、ちょっと待った。それは男の名前ではないか!! いやいや、驚くには値しない。ブリテンが同性愛者であったことは周知の事実。ここで驚くべきなのは、このヴルフ・シェルヘンが、私が大変尊敬する指揮者、ヘルマン・シェルヘンの息子だということだ!!! これがヘルマン・シェルヘン。
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この指揮者は当時の現代音楽を意欲的に演奏した人で、私は彼の CD を大量に買いあさっているが、ブリテンを演奏したとは聞いたことがない。不思議なめぐり合わせもあるものだ。ちなみにこのヴルフ・シェルヘンさんは 1920年生まれで、プログラムによると未だ現存のようだ。すると今年 96歳ということになる。

さて、後半に入って、最初はドビュッシーだ。この「夜想曲」は彼の管弦楽曲としてはメジャーなものだが、実際には 3曲から成っているところ、今回はそのうち最初の 2曲だけの演奏。実はこのような演奏例は多く、その理由は、3曲目の「シレーヌ」には歌詞のない女声合唱が入って、その分コストもステージ上のスペースも必要であるからだ。この雲と祭の 2曲は著しい対照を成していて、前者がふわふわと空に浮かぶ雲の描写なら、後者は祭の行列が近づいては去って行くところを表している。またまた大野の言葉を引用しよう。

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彼 (注 : ドビュッシー) の音楽の中には、何か一つのものが絶対的力を持って中心役を務めるということは、ないのですね。常に物事は、3つや 5つの目で見られているようで、結果、すべて客観的役割を果たし、すべてのモチーフが、個性的な役割を果たしているので、ロジックに反するような音楽の展開も多く生まれてきます。
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なるほど。ドビュッシーの永遠の前衛性をうまく表現している。今回の演奏も、あちこちで漂ったり前進したりする音楽の多様性を聴きとることができた。但し、特に「雲」は、さらに鋭い感性で極限の世界を表すことも、このコンビならできそうな気がする。

そして最後は、スクリャービンである。その名も「法悦 (= エクスタシー) の詩」と名付けられた怪しい曲だ。トランペットが奏でる「法悦の動機」が浮かんだり消えたりして延々と音が続いて行く。大野の解説。

QUOTE
極言することが許されるなら、この曲は、「法悦の動機」ひとつによって導かれている、と言うことができるでしょう。(中略) この動機は、出現してから最後の「法悦」までの約 20分間、全曲を目もくらむ勢いで貫いていくのです。
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この曲は最近あまり聴く機会がないように思うが、私がクラシック音楽を聴き始めた頃には、マゼール、アバド、メータ、ムーティ、バレンボイムという当時の若手有力指揮者が軒並み録音していたし、それに先立つ世代であれば、ストコフスキーとオーマンディという歴代のフィラデルフィア管弦楽団の音楽監督の録音もあった。大野の言う通り、法悦の動機が全曲を最初から最後まで突っ走る曲であるゆえに、曲の凄みを出すためにはオケの力量が必要で、今の都響の充実した響きなら安心だ。まさにめくるめく演奏であり、最後の大音響では鳥肌が立つのを禁じ得なかった。スクリャービンは神秘主義者として知られるが、その神秘主義を本当に実感できる曲は、実はあまり多くない。だからこの「法悦の詩」のような怪しい曲で、彼の神髄に時折触れるのは意味のあることだろう。ただ、私はモスクワの街中にあるスクリャービンの旧居を訪れたことがあるが、別に神秘的な感じは何もしませんでしたがね (笑)。スクリャービンはこんな人。
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そんなわけで、大野自身の言葉によれば、海、光、雲 (祭)、法悦と並ぶ、音のイメージの極致とも言えるそれぞれの世界を、楽しむことができた。大野と都響には、東京を代表する顔として、今後も期待大だ。東京都のオケなので、「粉骨砕身」の都政運営を行うらしい都知事にも、その実力を聴いて頂きたいものだ。「クレヨンしんちゃん」を経費で落とすセコい楽員さんはいないくらい、士気の高いオケです !! (笑)

by yokohama7474 | 2016-06-10 00:44 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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人は生きていると、ときに「おっと危ない」という思いをするものである。それをヒヤリ・ハットなどと称してもよいかもしれないが、・・・あっ、あれっ。この書き出しは前回の記事と同じではないか。いや、確かにそうなのである。今回もヒヤリ・ハット。と言うのも、誰もが認める世界最高のヴァイオリニストのひとり、ギドン・クレーメルが東京でコンサートを開くのに、その直前までそれに気づいていなかったのである。危ないところであった。いや正確には、チラシは見ていたのだが、いつ行われるのかまで記憶していなかった。つい先週、この日はコンサートに行く時間がありそうだと気づき、調べてみて初めて、このコンサートの開催日を知り、直前にチケットを購入した。クレーメルのコンサートのチケットを直前に購入? そう、直前でもまだ結構チケットは残っていた。しかも B席で値段は数千円と、このクラスの演奏家にしては破格に安い。一体どういうことなのか。

通いなれたサントリーホール。当日その入り口から中に入ると、何やら通常のコンサートに比べて人影が少ない。まばらと言ってもよいくらいだ。おっかしいなぁ。ギドン・クレーメルだよね・・・。よく見たらキドン・グレーメルとか、グドン・キレメールとか、違う名前の人じゃないよね・・・。上のポスターを何度眺めても、その写真も人名表記も、我々がよく知っている、あのラトヴィア出身の巨匠クレーメルだ。だが、そこに見慣れない名前が併記されている。リュカ・ドゥバルグ??? 知らないなぁ。それもそのはず、未だ国際舞台の注目を集めて 1年程度の若手なのである。上のポスターに、「チャイコフスキー国際コンクールで話題沸騰」とあるが、私は認識していない。そこで、手元のプログラムで経歴を見てみた。こんな髭を生やしているが、1990年生まれだから今年まだ 26歳!!
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フランス人で、なんでも、11歳からピアノを習い始めたが一旦中断。その後理学と文学の学士号を取得、それからまた、プロのピアニストになるべく 20歳のときに勉強を再開したという。フランスのコンクールで優勝したあと、昨年チャイコフスキー・コンクールに出場し、見事 4位入賞。だが、審査員であったボリス・ベレゾフスキーやデニス・マツーエフというピアニストたちがその順位は低すぎると反論。特別に「モスクワ音楽批評家協会賞」をただ1人受賞したのだ。そしてコンクールの審査委員長であったワレリー・ゲルギエフのお眼鏡にとまり、マリインスキー劇場管弦楽団のツアーのソリストに指名されたとのこと。既に SONY Classical から録音も出ている。実はこのときのチャイコフスキー・コンクールのピアノ部門優勝者、ドミトリー・マスレエフは既に昨年 8月、そのゲルギエフと PMF オーケストラとラフマニノフの第 2コンチェルトを日本で弾いたのを私も聴いており、8月 5日付の記事で採り上げた (それから、あとで気付いたことには、彼もこのあとすぐ、6/10 (金) から東京でヒサイタルを開くのだ)。演奏家の活動において、コンクールはひとつの通過点。いかなる音楽によって聴衆に訴えかけるかによって、その後の経歴は大いに変わってくるわけである。その意味では、若い演奏家をデビューから聴くことができるのは大いなる楽しみである。

というわけでこの演奏会は、ヴァイオリン界の巨星とピアノ界の新星の共演という素晴らしい機会なのであるが、客席に入ってみて改めて愕然。こんなにガラガラのサントリーホールを見たのは初めてではないか。せいぜい半分程度の入りである。多分その理由のひとつは曲目であろう。
 ヴァインベルク : 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第 3番作品126
 メトネル : ピアノ・ソナタ第 1番ヘ短調作品5
 ショスタコーヴィチ : ヴァイオリン・ソナタ ト長調作品134

前半にクレーメルのヴァイオリンとドゥバルグのピアノ、それぞれのソロがあって、後半にデュオという構成だ。だがそれにしても、ショスタコーヴィチはともかく、ヴァインベルクとメトネルは、一般の音楽ファンにはほとんどなじみのない名前であろう。かく言う私も、後者は超絶マニアックピアニスト、マルク=アンドレ・アムランの録音を知っているが、前者は、「バグパイプ吹きのシュワンダ」というオペラ (その中のポルカを大昔カラヤンが録音していた) を書いたヴァインベルガー (1898 - 1967 チェコ) と混同していた。この曲目は渋すぎる。

まず、ミエチスワフ (ロシア名モイセイ)・ヴァインベルク (1919 - 1996) はポーランド人だが、ユダヤ系であったため、1939年のナチスのポーランド侵攻でソ連に亡命した作曲家。ソ連から亡命した人は沢山いるが、ソ連に亡命した人とは初めて聞いた。
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ショスタコーヴィチとも親交を結び、ソ連で活躍した。多作家で、交響曲は実に 26曲、弦楽四重奏曲は 17曲も書いているが、スターリン政権下で非難され、1953年には逮捕されている。幸いスターリンの死によって解放されたらしいが、まさに 20世紀の歴史に翻弄された作曲家である。調べてみると、ロシアの演奏家を中心に演奏・録音された作品も数多い。このクレーメルも、今回演奏した無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 3番を含むアルバムを発表している。
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今回、なんとか CD で予習してから実演に臨むだけの時間はあったのだが、生演奏も録音に負けず劣らず素晴らしいのがクレーメルの常だ。彼のヴァイオリンは、つややかに朗々と歌い上げるものでは全くなく、むしろギリギリと耳に切り込むような鋭利な音で鳴る。もちろん、その気になれば (?) キレイな音も出るのだが、彼の場合、キレイな音はほかのヴァイオリニストに任せておけとばかりに我が道を行っているのだ。そのことはレパートリーにも関係していて、私とても、彼がチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を弾くのを実演で聴いたことがないわけではないが、時に自ら結成した若いメンバーからなる室内オケ、クレメラータ・バルティカを率いて様々な新しいレパートリーを開拓してくれることこそが彼の真骨頂であろう。このヴァインベルクの曲はそのような彼にぴったりのレパートリーだ。
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超前衛的とは言わないが、充分に刺激的な音に満ちた 25分の曲である。クレーメルの CD の解説には、曲をいくつかの部分に分けて、父の肖像や母の肖像といった解釈がクレーメル自身によって紹介されている。なるほど、作曲者自身の解説ではないものの、そう思って聴くと聴きやすくなるのは事実。いずれにせよ、たとえささくれ立った音であっても、その強い表現意欲によって耳に不快感を与えないクレーメルの演奏は、聴き慣れない曲に注意深く耳を傾けさせるに充分なものだ。身を乗り出して聴き入ってしまった。

2曲目にはピアノのドゥバルグが登場。いわゆるステージ衣装ではなく、普通のスラックスにジャケットといういで立ちだ。この人、ピアノをやめて楽器に触れていなかった期間には、インターネットでピアノ音楽の膨大なレパートリーのあらゆる演奏を検索して聴きまくったとのことで、ピアノの練習においては、鍵盤の前で長い時間を過ごすことよりも、楽譜を読み込んで寝食をともにすることが大事だと唱えている由。これは、幼時からの厳しい鍛錬によってのみピアノは上達すると考える教育者にとっては驚愕の主張であろう。彼がここで弾くのは、ロシアのニコライ・メトネル (1880 - 1951) のピアノ・ソナタ第 1番。
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主としてピアノ作品を残した人で、7歳年上のラフマニノフと親交があり、ロマン的な作風も共通していた。今回演奏されたピアノ・ソナタ第 1番は、22-23歳頃の若書きだが、演奏時間 30分。ラフマニノフよりもさらにダイナミックなロマン性を感じる。ドゥバルグの演奏は誠に堂々としたもので、過度に自己に没入することなく、ある種の計算をもってロマン性を雄大に描き出していたと思う。いかにも難曲であるが、ドゥバルグは技術的にも申し分なく、そのユニークなキャリアが活きれば、本当にピアノ界の革命児になる可能性もあるかもしれない。一方、さらに鋭敏なタッチで繊細さを聴かせるような箇所もあればよかったと思う。それはまた違う曲で聴くことができるだろうか (翌日のコンサートには、ラヴェルの「夜のガスパール」が含まれていて、それはどんな演奏だったか興味がある。チャイコフスキー・コンクールでも、メトネルのソナタともども演奏したらしい)。

後半のショスタコーヴィチのヴァイオリン・ソナタは、1968年 (交響曲で言えば13番と 14番の間の時期) に、オイストラフ 60歳を記念して書かれた晩年の作。60歳記念だから、日本風に言えば還暦であるが、曲の中身は祝典的要素は全くなく、この作曲者らしく、陰鬱な雰囲気と諧謔に満ちたもの。クレーメルにはまたまたぴったりの曲なのである (笑)。いや実際、死神が宙を漂ったり、またダンスを踊ったり、そして生者を憎しみに満ちたまなざしでにらみつけたりするようなこの曲には、情熱的な演奏よりも冷厳な演奏の方が凄みがあってよい。聴いていてあまり楽しい気分にはならないが (笑)、やはり大粒の音で伴奏するピアノのドゥバルグともども、確かに曲のひとつの側面をよく表現していた。

そんなわけで、ガラガラのサントリーホールは、心ある一部の熱心な聴衆による拍手に包まれ、その拍手に応えてアンコールが演奏された。ピアノがポロポロと弾き出したとき、ラフマニノフのピアノ協奏曲第 2番の第 2楽章のテーマだなと思うと、ヴァイオリンが本当にその曲の弦楽器パートを弾き出してびっくり!! 結局、第 2楽章の一部を刈り込んでまとめた曲で、例によって感傷的ではないのにどこか心に響くクレーメルの線の細いヴァイオリンに、例えて言えば透明なパックに入った水を地面に落とすような (ちょっと分かりにくい比喩か??? 笑) 鮮やかで独特の抒情性あるドゥバルグのピアノの組み合わせが、これまで聴いたことのない世界を現出した。帰りにホール出口で確かめると、これはなんとクライスラーの編曲によるもの。へぇー、ヴァイオリンのクライスラー (オーストリア人) と、ピアノのラフマニノフ (ロシア人) とは、イメージではなかなか結びつかないが、調べてみると、年はクライスラーが 2歳年上の 1873年生まれと近く、第一次大戦後、この二人はマネージャーが同じであったことから親交が生まれ、グリークのヴァイオリン・ソナタ 3番などの録音を残した由。はぁー、全く知りませんでした。

誰もが知る名曲ももちろんよいが、このような様々な新発見を可能にしてくれる刺激的な演奏会も、本当に面白いものだ。今回行けなかった方は是非次回、お時間を見つけて行かれてみては。
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by yokohama7474 | 2016-06-07 23:48 | 音楽 (Live) | Comments(4)

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人は生きていると、ときに「おっと危ない」という思いをするものである。それをヒヤリ・ハットなどと称してもよいかもしれないが、普段は結構冗談めかして、例えば上司の悪口を言っているときにその上司が通りかかったような時に、「いやぁー、あれはヒヤリ・ハットだったよー」などと使ったりするものである。だが私は今回、冗談では済まない、本当のヒヤリ・ハットを味わったのだ。あろうことか、コーエン兄弟の新作が公開されているのを 2週間以上知らずにいたのだ!!! しかもこの新作は、通常のシネコン等メジャーな場所では上映していないという、この非常事態。もう少しで見逃してしまうところであったし、見逃したこと自体に気付かないということになりかねない、危機であった。人生 50年、こんな危機にはそうそう遭遇したことはない。それでも私にはツキがあった。ある時、何か見落としている「見るべき」映画がないかどうか調べてみて、あまりなさそうだから邦画の「64 (ロクヨン) 前編」でも見に行くかと思っていた矢先、この映画が目に留まったのである。私が現代最高の映画監督と崇め、日本から離れていた時に公開された 2本以外、すべての長編監督作品を見ているコーエン兄弟の、その新作である。ま、とは言っても、本作を含めて長編はまだ 17本 (「ブラッド・シンプル」は 1本と数えて) しか監督していないのであるが。
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うーん、あんまり「現代最高の映画監督」というとんがった感じではないですな (笑)。でもそれが彼らのよいところ。ハリウッド風の大スペクタクルでもなく、芸術至上主義でもなく、だらしない人やずるい人や弱い人が沢山出てくる、それが彼らの映画である。この写真にはそのような彼らのすっとぼけた感じが出ていて、よいではないか。右のジョエルが 1954年生まれ、左のイーサンが 1957年生まれ。アカデミー作品賞、監督賞ほかを受賞した「ノーカントリー」以降メジャーになったかと思いきや、どうも彼らの一般的な知名度は未だ低いままであるように思う。私は昔、彼らの作品「未来は今」(1994) を映画館 (やはり非常に限定的な公開であった) で見たとき、少ない観客の間から、終映後自然に拍手が沸き起こったことを忘れない。この監督のファンには、どうもそのような連帯感があるような気がする。それから 20年以上経っているが、彼らがメジャーになりきらないことに、ファンはどこか屈折した満足感 (?) を抱いているのかもしれない。

だがこの映画、驚くほど多くの有名俳優が出ているのだ。ジョージ・クルーニー。スカーレット・ヨハンソン。ジョシュ・ブローリン。レイフ・ファインズ。チャニング・テイタム。そして、(知名度は低いかもしれないが、あの素晴らしい) ティルダ・スウィントン。また、コーエン兄弟監督作品の常連で、ジョエル・コーエンの妻でもあるフランシス・マクドーマンド。このような綺羅星のごとき役者陣を起用しているにもかかわらず、マイナーな上映にとどまっているのは一体どうしたことか。これらの役者の出演が信じられない方のために、以下この映画における出演シーンの写真を連発で掲載する。
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しかしこのように写真を並べると、一体どんな映画かと思われるかもしれない (笑)。舞台は 1950年代ハリウッド。ローマ時代を題材とした映画が撮影されていて、ジョージ・クルーニーがローマ帝国の軍人役を演じているが、その彼が誘拐されるという話。ジョシュ・ブローリン演じる映画会社の辣腕プロデューサーが、わがまま女優役のスカーレット・ヨハンソンのスキャンダルを隠したり、芸術派監督役のレイフ・ファインズに大根役者を押し付けたりする一方で、ジョージ・クルーニーの居場所を捜索する。誘拐者の正体は? 一体その狙いは? ・・・という映画。登場人物の何人かには、実在のモデルがいるようだ。

正直なところ、見終った感想は、この作品はこの監督のフィルモグラフィーの中では地味な位置づけに終わるだろうな、というもの。もちろん、いわゆる常識に属する事柄として、1950年代のハリウッドが赤狩りに揺れた時代であるという理解がないといけないであろう。だが、それを知っているから笑いの向こうに何かとてつもないものが見えてくるかと言えば、残念ながらそうではないような気がする。コーエン兄弟の最良の作品に見られる、とぼけた味わいの奥から、のっぴきならない人生の危機 (これもヒヤリ・ハットと言ってもよいかもしれない) が見え隠れするような気配は、ここからはあまり感じられなかった。もちろん、面白いシーンはあれこれあって、例えば、オスカー・ワイルドの「サロメ」におけるユダヤ人らの救世主論争を思わせる、キリスト教とユダヤ教の各宗派の代表の喧しい議論など、テンポもよくて笑える。また、上の写真にあるフランシス・マクドーマンド (フィルムの編集者役) の登場シーンも、誠に可笑しい。謎の役者役チャニング・テイタムも、楽しんで演じているのがよく分かる。だが、もうひとつ、全体のパンチに欠けるような気がしてならないのはなぜなのか。

そんな中、私としては、姉妹のジャーナリスト役を一人二役で演じた、ティルダ・スウィントンの、さりげないながらもなぜか強い印象を与えるその存在感に、賛辞を捧げよう。以前、「クリムゾン・ピーク」の記事でも紹介したが、彼女はもともと、英国の鬼才、デレク・ジャーマンの一連の作品で世に出た英国人。デビューはこの監督の「カラヴァッジオ」であったらしい。1960年生まれなので、当時 26歳。
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そしてこれが、信じられない名作「ザ・ガーデン」での彼女。神々しいまでに美しい。
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今ここでデレク・ジャーマンについて長々と語るつもりはないが、彼の奇跡的名作を彩った女優が、デビューから 30年を経た今、全く持ち味は異なるがやはり大変優れた監督であるコーエン兄弟の作品に出ているとは本当に面白い。調べてみると彼女はケンブリッジ卒で、専門は政治学と社会学だという。恐るべし。これが最近の彼女の素顔だが、透明感がありながら、そのパンクな髪型に独特の強靭さを感じてしまう。これからさらに年を重ねて、一体どんな演技を見せてくれるのか。
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話が監督から女優に飛んでしまったが (笑)、ヒヤリ・ハットを克服して見ることのできたこの映画、やはり何かのご縁があっての巡り合わせであろうと思う。特定の監督の作品を追いかけることには大いに意味があるので、万難を乗り越えて見ることができたことを忘れてしまわないように、心にとどめておきたい。万人にお薦めはしませんが・・・。この人たち、わざと万人受けしない作品を撮って、あえてマイナーな存在 (?) にとどまろうとしているのかもしれませんね。

by yokohama7474 | 2016-06-07 00:17 | 映画 | Comments(0)