<   2016年 07月 ( 21 )   > この月の画像一覧

e0345320_23242224.jpg
今週、同じ時期に 2つのヨーロッパのオケが来日していた。ひとつはこの、レナード・スラットキン指揮の国立リヨン管弦楽団。もうひとつは山田和樹指揮のバーミンガム市交響楽団だ。いずれも首都圏では週末の公演日がなく、仕事もちょっとバタバタしているので、両方あきらめかけていたのだが、なんとかこのコンサートには行けそうと分かったのは当日。開演 10分前に会場であるサントリーホールに到着したが、当日券を求める人の列は既になく、あっさり B 席をゲット。中に入ってみて、最近の来日オケではあまり驚かないが、かなりの空席がある。これを残念と言うべきか否か。内容を聴いてみてから判断しようではないか。因みに上記写真のポスターは会場に展示されていたもので、指揮者と独奏者のサイン入りだ。

フランス第二の都市、リヨン。ローマ時代から栄えた古い街だ。私はこの街を二度訪れたことがあって、一度は、当時ここで暮らしていた友人を訪ねて。もう一度は、大野和士の指揮するベルクのオペラ「ルル」の鑑賞をメインとして。この街には高い建物は全くなく、強いて言えばこの都市の名前を関した旧クレディ・リヨネ銀行、現在のクレディ・アグリコル銀行の本店くらいしかない。世界遺産に指定された旧市街は美しく、美術館にもよい作品が沢山あるし (ルイ・ジャンモの「魂の詩」の連作は大好きだ)、大野が音楽監督を務め、先般東京交響楽団を指揮したダニエーレ・ルスティオーニが来年からその地位を引き継ぐ素晴らしいオペラ・ハウスもあり、そしてこのリヨン管弦楽団も存在する。それから、私は行ったことがないが、郊外まで行けば、ポール・ボキューズという超有名レストランもある。なんとも文化的な街なのである。これはフルヴィエールの丘に建つ教会から見たリヨンの風景。
e0345320_23444966.jpg
そんな文化都市の音楽面での顔は、上述の通り、オペラハウスと、そしてこのオーケストラなのだ。尚、もともとこのオケがオペラハウスでピットに入って演奏していたところ、1983年にオペラハウスが独立したオケを持つに至ったとのことで、つまりこの街では現在、演奏会専用オケとオペラハウス専属オケが競い合っているということだ。この国立リヨン管、かつて音楽監督を務めたエマニュエル・クリヴィヌが本当に素晴らしいレヴェルに引き上げたのであるが、実は、録音を聴いてもあまりそのよさがピンと来ない。やはり当時から、生で聴いて初めてその音の美しさが分かるというタイプのオケであったと思う。2011年からは米国の名指揮者レナード・スラットキンが音楽監督を務める。スラットキンについては、今年 4月23日の記事で N 響との演奏会を採り上げたが、1944年生まれ。今年 72歳になる。
e0345320_23575221.jpg
このスラットキン、しんねりむっつりしたところのない明るいところが私は好きなのである。2014年に続くこのコンビでの来日であるが、実は今回、東京と大阪で一度ずつ、なんとジョン・ウィリアムズの映画音楽だけによる演奏会も行った。残念ながらそれは聴きに行けなかったが、彼の父であるフェリックス・スラットキンはハリウッドで活躍した指揮者 (私も随分昔、彼がハリウッド・ボウル交響楽団を指揮した、軽めのクラシック音楽を収めたアナログ・レコードを何枚か購入して、今でも実家にあるはず) で、生まれはロサンゼルスなのだ。今回のプログラムに掲載されているスラットキンのインタビューで初めて知ったことには、彼の家には当時のハリウッドの綺羅星のごとき音楽関係者が頻繁に出入りしていたとのこと。コルンゴルト、マックス・スタイナー、ミクロス・ロージャ、あるいはストラヴィンスキー、シェーンベルク、ヒンデミットという作曲家や、ポピュラー音楽ではナット・キング・コールやフランク・シナトラなど。それは知らなかった。加えてスラットキンが言うには、リヨンは映画の父であるリュミエール兄弟の出身地でもある (そういえば私も同地のリュミエール博物館に足を運んだものだ)。そんなわけで、この指揮者とオーケストラは映画音楽を演奏するのである。ほかではない特色を、なかなかよく生かしながら、ファン層の拡大を目指していると言えるのではないか。

さて私が聴きに行ったコンサートは、以下のような通常の (?) プログラム。
 ブラームス : 悲劇的序曲作品81
 ブルッフ : ヴァイオリン協奏曲第 1番 ト短調作品26 (ヴァイオリン : ルノー・カプソン)
 ムソルグスキー (ラヴェル / スラットキン編) : 組曲「展覧会の絵」

まず最初のブラームスであるが、私はよくこのブログの記事で、来日する各地のオケによる、いわゆる「本場物」以外の曲も聴いてみたいと書いているが、今回のような、フランスのオケが演奏するドイツ音楽は大歓迎なのである。最初の 2つの和音が鳴って、ティンパニがデクレッシェンドしたところから、この指揮者とこのオケの、明るさのある、それでいて芯もしっかりした音が大変な新鮮さを伴って耳に入ってきて、何やら嬉しくなる。大変美しい音色がうねりを持ってつながって行くさまは、やはりドイツ的な推進力よりもフランス的な香気を感じさせる。それでいてブラームスの音楽の価値をいささかも貶めない、充実した演奏であった。

2曲目のブルッフのコンチェルトは、この作曲家の作品としては抜群の知名度を誇る名作。この作曲家の交響曲も、以前クルト・マズアの指揮による録音を聴いたことがあるが、全く印象に残っていない。だがこのヴァイオリン協奏曲 1番は、抒情性に溢れ、本当にロマン主義の持ち味豊かな傑作だ。ここでみごとなヴァイオリンを披露したのは、フランス人のルノー・カプソン (カピュソンとも表記)。
e0345320_00332131.jpg
弟のチェリスト、ゴーティエ・カプソンとともにイケメン若手奏者と整理していたが、実は今年既に 40歳。もう中堅である。また、これも今回のプログラムで初めて知ったのだが、20代前半でクラウディオ・アバドの指名によってグスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団のコンサートマスターに就任するという輝かしい経歴を誇っている。彼のヴァイオリンは、若干線が細いところもあるが、なんとも音の佇まいが瀟洒で流れがよく、落ち着いて身を委ねることができる。情熱的に弾きまくるよりも内に秘めた情熱が有効なこのような曲には、大変適性があるのではないか。オケとの呼吸も抜群で、「フランス人によるドイツ音楽」をここでも堪能させてくれた。演奏終了後、ハープ奏者が袖から出てきたので、オケの伴奏つきのアンコールを演奏するのだなと思うと、マスネの名曲「タイスの瞑想曲」だ。感傷に流れすぎない端正な演奏で、曲の美しさを素直に楽しむことができた。

後半はあのムソルグスキーの「展覧会の絵」であるが、事前の発表では通常のラヴェル編曲版となっていたと記憶するが、ここでは「ラヴェル / スラットキン編」とある。これもプログラム掲載のスラットキンのインタビューによると、基本的にはラヴェル版を踏襲しながらも、冒頭の「プロムナード」以外のすべての曲になんらかの変更を加えているとのこと。実はこのスラットキン、過去に通常のラヴェル版も録音しているが、ナクソス・レーベルにナッシュビル交響楽団と録音した CD では、なんと、それぞれの曲がすべて違う編曲者の手になるものをつなぎ合わせていた。
e0345320_00494217.jpg
なんでも、以前彼はこのムソルグスキーのピアノ曲「展覧会の絵」の編曲をいろいろ調べてみて、ラヴェル以外にも実に 35も発見、しかもそのうちの 3つはラヴェル以前のものであったとのこと。だが、色々試しているうちに、やはりラヴェル版がもっともよいと実感。しかしながら、ラヴェルの参照した楽譜があまり正確でなかったため、原曲に近づけるために少し手を加えて独自の版を作ったとのこと。よって、チェレスタが聞こえるはずの個所で聞こえなかったり、楽器の組み合わせや強弱が違ったり、終結部の音型が違ったりという細かい差しか聴き取ることができない。ただひとつ明確なのは、ラヴェルが割愛した、「ビドロ」と「殻をつけた雛の踊り」の間の「プロムナード」を、原曲通り復元している点。この演奏、そのような楽譜の違いは確かに興味を惹く点には違いないが、肝心なことは、楽員の自発性が非常に尊重されたことで、ここでもやはり香気に満ちた音楽を聴くことができたという点であろうと思う。なにしろ冒頭では開始のキューを出すことなく、タイミングもテンポも、「プロムナード」を吹くソロ・トランペットに一任していたのだ。スラットキンらしく明快な曲の運びが大変効果的であった。終結部は爆裂とまではならなかったにせよ、鳴っている音の充実感だけで感動するに値するものであった。このコンビの相性は相当よいものと見た。

アンコールの前に指揮者が客席に向かって「ドウモアリガトウゴザイマス」との謝礼に続けて説明するには、「これから 2曲アンコールを演奏します。両方オッフェンバックの曲で、最初が『ホフマン物語』の舟歌。これはオリジナル版。次がカンカンで、これはアメリカ版です」とのこと。そして演奏された「ホフマンの舟歌」は、この、一見通俗的でありながら実は深い退廃をたたえた恐ろしい曲を、情緒豊かに歌い込んだもの。そして「天国と地獄」のフレンチ・カンカンが始まったが、肝心の盛り上がり部分がパロディになっていて、長い音型に引き伸ばされたり、ドラムが活躍したりと、妙な具合。あとで調べてみて分かったことには、この編曲はフェリックス・スラットキンによるもの。ノリのよい演奏ではあった。

終演後のサイン会は、こんな感じで行われた。
e0345320_01123465.jpg
e0345320_01125127.jpg
サイン会は写真撮影禁止ということが多いが、ここではなんと、スタッフ自らが「3、2、1、スマーイル」などと言いながらアーティストとファンとの撮影サービスをしている。既に着替えをすませてネクタイを締めているカプソンも笑顔でサービス。一方のマエストロ・スラットキンは、服装もいかにもカジュアルで、ともにカメラに収まろうという人こそカプソンよりは少なかったが (笑)、やはり大変フレンドリーな雰囲気であった。

という演奏会。やはり空席が多かったことは残念なことであった。もうひとつ不可思議であったのは、会場の貼り紙で「本日は録画と録音を行っております」と通知があった割には、マイクは通常の会場内の音を拾う、上から吊られたものだけだったし、テレビカメラはどこにも見かけることができなかった。これは一体どうしたことだろうか。まあよい。音や映像があっても、やはり音楽はその場に身を運んで耳を傾けることこそ醍醐味。以下は、上がスラットキン、下がカプソンのサインだが、この日の演奏の思い出は、ここに仕舞っておこう。
e0345320_01194567.jpg

by yokohama7474 | 2016-07-02 01:22 | 音楽 (Live) | Comments(0)