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イレーネ・ネミロフスキー著 : ダヴィッド・ゴルデル (芝 盛行訳)

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今年1月24日の記事で映画「フランス組曲」をご紹介したが、その映画の原作者が、イレーヌ・ネミロフスキーであった。その記事において、このアウシュヴィッツ強制収容所で命を落としたユダヤ人女流作家の作品のいくつかの翻訳本の装丁の美しさに惹かれたことを書いたが、そのうちのひとつがこれである。

題名のダヴィッド・ゴルデルとは、主人公のユダヤ人実業家の名前。なにやら知らぬが、響きのよい名前ではないか。主人公の名前を題名とする文学作品としては、「アンナ・カレーニナ」とか「ジェーン・エア」とか「シラノ・ド・ベルジュラック」とか、いくつか思いつくが、いずれも一度聞いたら忘れない響きであると思う。その意味ではこのダヴィッド・ゴルデルも同様で、なぜか印象に残るのである。私の勝手な思いつきであるが、この名前が古代ユダヤの王「ダヴィデ」と、彼に退治された巨人「ゴリアテ」の響きを思わせて、なにやら神秘的な連想を誘うのではないだろうか。もちろん、ダヴィッド (英語ではデイヴィッド) は、聖書に登場するこのダヴィデに由来する名前である。これはカラヴァッジオの有名な「ゴリアテの首を持つダヴィデ」。切られた首は画家の自画像と言われている。
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だがこの「ダヴィッド・ゴルデル」は、古代ユダヤの話ではない。両大戦間、1920年代を舞台に、ソヴィエトの油田採掘への投資で切った貼ったの勝負をする実業家の話である。全く予備知識なく、ただ青を基調とした清冽な表紙にだけ惹かれて本作を読みだすと、冒頭から戸惑うことになる。厳しい交渉のシーンなのであるが、その描き方はかなり骨太であり、人生の苦渋の経験の数々を皺としてその顔に刻んでいるであろう初老の主人公、ダヴィッド・ゴルデルの狡猾で強欲なイメージが浮かんでくる。その後ストーリーは大きな展開があると言えばあるし、最初から変わらないトーンで淡々と進むと言えばそうも言える。リアリティはあり、それは過酷なものですらあるのだが、どこか夢の向こうで人々ののっぴきならない人生が展開しているようにも思える。ユーモアを感じることもできるが、思い返してみると暗褐色のシーンのイメージが圧倒的に多い。そんな不思議な小説である。金に執着する強欲ユダヤ人、ダヴィッド。それゆえに彼には一方で家族への強い思いがあるのだが、妻や娘はそれを弄ぶように冷酷だ。若さと老い。富と困窮。精神の高揚と委縮。それらが終始入り乱れ、見知らぬ青年が登場して物語は静かに終わりを告げる。読後感は決してよいものではないのだが、しばらく経つとこの表紙のような涼やかな諦観をもって振り返ることになる。

作者のネミロフスキーは1903年にロシア帝国内のキエフ(今のウクライナの首都)で生まれ、ロシア革命の際にパリに亡命。1929年というから、未だ26歳の若さでこの「ダヴィッド・ゴルデル」で文壇にデビューした。パリの出版人ベルナール・グラッセ(プルーストやラディゲの作品を世に送り出した人らしい)のところに、M・エプスタインという名前で送られてきた原稿は、その力強い筆致で百戦錬磨のグラッセを唸らせたが、なかなか作者に連絡が取れず、新聞広告まで打って作者に呼びかけたらしい。そして1ヶ月後、グラッセのもとに現れたうら若い女性が、子供が生まれたばかりで連絡が遅れて申し訳なかったと自己紹介した上で、夫の名前で原稿を送付したことを告白。そのわずか一週間後にこの小説は出版された。これが作家ネミロススキーの処女作となった。
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そして、早くも1931年に、この作品はジュリアン・デュヴィヴィエ監督により映画化されている。後年、「望郷」「舞踏会の手帖」等で知られるようになるフランス映画の巨匠の、実はこれが初監督作品であったようだ。一体どのような内容であったのか知らないが、試写会にはあの作曲家モーリス・ラヴェルや画家キース・ヴァン・ドンゲン、作家コレット等が姿を見せたという。ふーん。私はコレットはよく知らないが、ラヴェルとヴァン・ドンゲンはよく知っている。このような酒と汗の匂いがして、なぜか鼻毛が出ていたに違いないと思えてならない(笑)主人公を描いた映画と、この2人の洗練された芸術家のイメージは、かなり遠いものがある。ということは、両大戦間のパリにおいて、芸術としてのスタイルの差を埋めるような、何か不思議なリアリズムが、人々の心に訴えかける要素があったということだろう。大変に興味深い。

その後ネミロフスキーは人気作家となったそうだが、39歳の若さでナチのホロコーストの犠牲となってしまう。なんという理不尽なこと。もちろん、才能ある作家であろうが歴史的に名を残す可能性のない市井の人であろうが、命の重さに変わりはないものの、もし彼女が戦後まで生きながらえれば、フランス文学史に新たなページを開いたということになったかもしれない。ただその一方で、運命的に限られた命であったからこそ、天から才能を与えられて、若くして文壇を駆け抜けたとも言えるのかもしれない。今、この本を出している未知谷(みちたに)という出版社で、同じ芝 盛行の翻訳で何冊もネミロフスキーの作品が出版されている。この出版社のウェブサイトは、あたかもインターネットが普及し始めた初期の頃のように古風なものであるが、面白そうな本を次々と出版している。モットーは、「誰もやらないなら私がやります」であるそうだ。文化を愛する人なら、この出版社の果敢な姿勢に大いに共感するはず。私もまずはネミロフスキーをもう少し読んでみることにします。しかしながら、正直に白状すると、「ネミロフスキー」だか「ミネロフスキー」だか、まだ混同することしきりなのである。正しくは、ネミロフスキー。ちゃんと覚えよう(笑)。

by yokohama7474 | 2016-09-16 00:21 | 書物 | Comments(0)

イヴリー・ギトリス ヴァイオリン・リサイタル 2016年9月11日 紀尾井ホール

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もしこのヴァイオリニストをご存じない方は、上の写真を見て、随分な老人だなと思うことだろう。彼の名はイヴリー・ギトリス。1922年生まれのイスラエル人。つい先日、実に94歳を迎えた現役ヴァイオリニストだ。音楽家の中には長寿の人は結構いて、ピアニストでは、ギトリスよりも1つ年下のメナヘム・プレスラーは90歳前後からブレークしたわけであるし、ミエチスラフ・ホルショフスキーはなんと95歳で来日公演を果たして名演を聴かせた。それに比べると、超高齢のヴァイオリニストはあまり聞いたことがない。ピアノの場合は鍵盤を叩けば音が出るわけだが、ヴァイオリンの場合は、左手でポジションを取って右手でこすらないと音が出ないからなのだろうか。そんな中、このギトリスだけが老いてなお矍鑠としてヴァイオリンを弾いているわけである。この人のヴァイオリンはいかにもユダヤ人らしい情感豊かなもので、その独特のうねるような弦の鳴らし方から、何か魔術的な印象があって、「魔弓伝説」などといういかにもなネーミングのCDもあったものだ。いやそれにしても、魔弓伝説とは、言いえて妙である(笑)。とはいっても超高齢者のこと、実はもともと4-5月に予定されていた来日は、入院のために一度キャンセルされてしまったのだ。そのときのポスターがこれである。
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使われている本人の写真は同じながら、コピーが、もともとは「20世紀最後の巨匠」だったものに、今回は「復活の二夜」と加わっている。それはそうだろう。90歳を超えて入院したら、誰だってハラハラする。だが主催者側は再来日にはよほど確信があったらしく、私のようにもともと5月3日のチケットを購入していた場合は、新しいチケットに交換もせずそのまま9月11日のチケットとして通用することとなった。但し、春の来日予定時にはリサイタルだけでなく、バッハのコンチェルトも計画されていたところ、それは実現せず、結局リサイタルが二夜ということになった。まぁしかしこれはやむをえまい。伴奏は、アルメニア人で、パリ音楽院首席卒業という経歴を持つピアニスト、ヴァハン・マルディロシアン。
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白状すると、私は決してギトリスのヴァイオリンの熱心の聴き手というわけではない。というのも、もう20年ほど前になろうか。エリアフ・インバル指揮のNHK交響楽団と、ストラヴィンスキーの協奏曲を弾いた演奏会をテレビで見て、独特な鳴り方とはいえ、その自由な(?)音程の取り方に、「あぁ年を取ったなぁ」と、ろくに若い頃のことを知りもしないで(笑)思ったからである。その後、1950-60年代に録音されたメジャーな協奏曲のセットCDなども聴いてみたが、やはりその癖の強さに正直、胸やけしたような感じになったりもした。だが、音楽家は長く生きていることで、何か独特なものが立ち上がってくる瞬間を紡ぎ出すことがある。そこでしか聴けない音楽があるかもしれない。そんなわけで、この94歳のヴァイオリニストのリサイタルを聴きに行ったのである。

この日の曲目は以下の通り。
 ヒンデミット : ヴァイオリン・ソナタ変ホ長調作品11-1
 ベートーヴェン : ヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調「春」作品24
 シューベルト : 4つの即興曲集第1番ハ短調作品90 (演奏はピアノのみ)
 小品集(舞台から発表)

最初のヒンデミットの曲は10分強の短い曲であり、私にとってはなじみがなかったので、事前にフランク・ペーター・ツィンマーマンの演奏したCDで予習して行った。だが、うーん、ここで演奏されたのは、CDで聴いた曲と、本当に同じ曲だったのだろうか(笑)。正しい音が鳴っているのかどうなのか、判然としない。そもそもヒンデミットの曲は、正直どれも親しみやすくないので、水際立った技術でモダニズム風にさばいて行く場合のみ、なんとか聴けるタイプの音楽。なので、申し訳ないが、曲そのものの持ち味からして今のギトリスには向いていないとしか言いようがない。ギトリスは、上のチラシにある通り、高級クッションのかけら(?)のような小さな台にヴァイオリンを支えて弾く。つまり、左手で楽器を抱える力がないためだ。だがもちろん、音符を飛ばすようないい加減なことはせず、すべての音を弾く。このあまり面白くない音楽も、伴奏のマルディロシアンの絶妙なサポートに支えられて、なんとか全曲を弾き終えた。聴いている方もみな、とりあえずホッとする。だがもちろん、曲が終わったときも、それを判別することは誰にもできなかったのだが(笑)。

2曲目の「春」は、申すまでもなく古今のヴァイオリン・ソナタの中でも超のつく有名曲だ。ここでもギトリスのヴァイオリンは、通常の音程の制約から自由な世界(?)で遊び、そして時折、思い出したように唸りを上げる。ここには確かに独特の世界がある。これは、なかなかほかにない演奏体験であることは確かだ。

休憩後の後半はまずマルディロシアンのソロによるシューベルトで始まったが、これは素晴らしい情緒で満たされた名演で、コンサート全体をきりっと引き締めた。そうしてまたギトリスが登場、どうやら本当に事前の打ち合わせもピアニストとしないまま、その場で何やら喋りながら曲を選んで行った。それぞれの曲の前には、マイクを握って英語で客席に向かって喋ることしきりであったが、言葉はモゾモゾして全く明瞭でないものの、声は実にしっかりしていて、ユーモアを含んだ発言は、とても94歳とは思えない。やはり素晴らしい生命力の持ち主なのである。結局この日ギトリスが弾いた残りの曲は次の通り。
 ブラームス : F.A.E.ソナタからスケルツォ
 パラディス : シチリアーナ
 クライスラー : シンコペーション
 チャイコフスキー : メロディ(「なつかしい土地の思い出」から)
 クライスラー : 美しきロスマリン
 成田為三 : 浜辺の歌 (無伴奏ヴァイオリンでの演奏)
 クライスラー : 愛の悲しみ (アンコール)

上記の通りギトリスは饒舌に喋ったのであるが、いくつか例をご紹介すると、まず最初の曲は、「ブラームスのスケルツォです。メンデルスゾーンに捧げられました。皆さん、私の言っていること分かりますか? ドイツ語でもフランス語でもイディッシュ語でも説明できますが・・・」と、若干もどかしそうで、できれば日本語で説明したいという意味だったと思う。この強い好奇心と表現意欲がこの人を支えているのだろう。ところでこのF.A.E.ソナタではブラームスはシューマンらと組んで作曲しているものの、メンデルスゾーンは関係ないように思うが、私の聞き間違いだったのだろうか。2曲目の紹介では、ピアニストに、「あー、あれ、あの曲あったっけ。あれあれ、パラディス」とおどけて見せた。4曲目では、まずマイクを通さずにピアニストと何やらボソボソ話し、「え?チャイコフスキー?譜面あるの?」と言うと、ピアニストが譜面台からちゃんとこの曲の譜面を探し出す一幕があった。それから、「浜辺の歌」では、眼鏡を外して譜面も見ることなく暗譜で、「そうそう、これ弾きましょう」と一人で弾き出し、ピアノ伴奏はなしだった。最後の「愛の悲しみ」は、一度舞台から引き上げてから戻ってきて弾いたアンコールであったが、ここでギトリスは"Liebesleid"というドイツ語の題名の意味は "Suffering or Pain of Love"であると説明し、「愛するあなた方とお別れする痛みをもって、あなた方全員に捧げる曲」であると言った。もちろん今生の別れという意味ではなく、演奏会の最後という意味であったのだろうが、ちょっとしんみりした気分になってしまった。
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音楽には様々な面があり、演奏家の生き様を表す場合もある。不思議なことなのだが、音程が不正確でもほかに何か心に届く音楽というものも、世の中には存在する。そのような経験をしたことがあるかないかで、聴き手の残りの人生において、音楽そのものへの接し方が変わってくることもあるだろう。時にはこのような経験も貴重である。魔弓伝説、100歳まで続けて下さい!!

by yokohama7474 | 2016-09-13 01:15 | 音楽 (Live) | Comments(0)

上岡敏之指揮 新日本フィル 2016年9月11日 横浜みなとみらいホール

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新日本フィルハーモニー交響楽団(通称「新日本フィル」)の演奏については過去何度かこのブログでも採り上げ、その度に書いてきたが、このオケ待望の第4代音楽監督である上岡敏之(かみおか としゆき 1960年生まれ)が、この9月からその地位での活動を開始した。前音楽監督クリスティアン・アルミンクの時代から、またその後の音楽監督不在中もインゴ・メッツマッハーやダニエル・ハーディングという世界的名指揮者のもとで、メキメキと力をつけてきた上昇機運にあるオケと、長らくドイツを拠点にコンサート、オペラの両面で叩き上げの実績を積み上げてきた指揮者の組み合わせは、間違いなく東京の音楽界におけるひとつの新たな聴きものである。東京にはメジャーどころだけで7つのプロのオケがあるが、その首席指揮者または音楽監督の顔ぶれを見ても、日本人はこの新日本フィルの上岡と、東京都交響楽団の大野和士の2人しかいない。実はこの大野と上岡は、湘南高校、東京藝大を通しての先輩・後輩の間柄。双方とも同じ1960年生まれながら、早生まれの大野の方が学年は一つ上である。この両者の直接の対談は見たことがなく、このブログをご覧になる公共放送の方には、是非それを企画して頂きたい。以前の広上淳一と大野和士の対談は大変面白かったが、現在の東京の音楽界の顔の対談となると、きっとそれ以上面白いものになるし、その価値はあると思います。

今回私が聴いたこのコンサートは、このオケとしては珍しく、横浜みなとみらいホールで行われたものである。私の記憶では、このオケがここで演奏するのを聴いたことはないと思う。横浜特別演奏会と銘打っての公演で、今回だけでなく、12月や来年5月にも、やはり上岡の指揮での演奏会が予定されている。これは、来年サントリーホールが改修に入ることを意識してのものか、あるいはマエストロゆかりの地である神奈川県に敬意を表しつつファン層を拡大しようという試みであろうか。ただ、ホールの人も慣れないのか、開演前のアナウンスで、「ロビーで○○グッズを売っています」と、別のオケの名前を言っていたのを聴き逃しませんでしたよ(笑)。次回以降は気を付けて頂きたいものだ。このホールは、1998年に開場した2,002名収容の素晴らしいホール。
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上岡と新日本フィルの新コンビは、この2日前の9月9日にサントリーホールで今季初の演奏会を開き、それと同じプログラムを横浜に持ってきた。それは以下のようなもの。
 リヒャルト・シュトラウス : 交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」作品30
 リヒャルト・シュトラウス : 交響詩「英雄の生涯」作品40

つまり上岡新体制の新日本フィルは、その新シーズンを、クラシック音楽の中でも華やかなファンファーレと言えばこれしかない、あの「ツァラトゥストラ」で始めたのである。映画「2001年宇宙の旅」で使われて以来、各種イヴェントやテレビなどでも、クラシック音楽の範疇を超えて広く一般に親しまれているこの曲。だがニーチェの哲学書に題材を採ったその内容は実に多彩で、まさにオーケストラ音楽の極致のひとつ。かつての録音でも、このように宇宙的なイメージのジャケットが定着している曲だ。
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このような曲になると、昨今の東京のオケの技術的な進歩を如実に聴き取ることができて嬉しい。今回の演奏でも、暗譜で明確に指示を与える上岡にオケはよくついて行き、のみならず余裕まで感じさせたものであった。そう、往々にして日本のオケはこれまで、音がよく鳴っているときでも、概して真面目すぎるきらいがあった。だが最近はそのあたりも変わってきていると思うし、今回は、時に不気味なまでの(?)ニコニコ顔で棒を振る上岡の影響もあってか、コンサートマスターの崔 文洙(チェ・ムンス)にも時に笑みがこぼれる。
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もしここに何か望むとしたら、あとはさらに圧倒的な「力」であろうか。上岡はドイツでの活躍が長いとはいえ、決していわゆる重々しい伝統的なドイツ風音楽をする人ではない。だが、このオケとの新境地として、少し力の表出に重点を置いてみると面白いのではないだろうか。ともあれこの「ツァラトゥストラ」、次々と移り変わる音楽性情景を洗練された音で描き出したのであるが、クライマックスで鳴り響く鐘が上の方から聴こえて来ると思うと、なんといつの間にか、ステージ裏のオルガン横に若い女性打楽器奏者とともに出現!!適当な画像がないが、このような縦に吊るすタイプのもので、もう少し一本のサイズが大きくて本数が少ないものであった。ステージ上には鐘を置くスペースはまだあったので、これは指揮者の意図によって、わざわざ上方から鐘が響くという演出にしたものと理解した。
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この曲の最後は低弦のピツィカート3回で静かに終わるのだが、その音を上岡は、指揮棒を地面に3回突き刺す動作でえぐり出した。常に明確な彼の指揮は、オケにとっても出すべき音をイメージしやすいものではないだろうか。

後半の「英雄の生涯」もまた、鮮やかな演奏であり、ここでもやはりコンサートマスターの崔 文洙のソロが冴える。この曲のヴァイオリン・ソロは英雄の伴侶を表しており、高度な技術を求められることもさることながら、艶やかでコケティッシュである必要がある(ちなみにこの曲は作曲者自身を英雄に見立てているが、実際のシュトラウス夫人、パウリーネはかなり逞しい性格の人であったと言われていて、とてもこんな艶っぽいヴァイオリンのイメージではなかったそうだが)。今回のソロは、一般的なこの曲の演奏パターンに比較すると、あまり耽美的にならず、音が粘らない配慮がされているように聴こえた。上岡の描く英雄の伴侶は、やはりあまり色気のない人なのだろうか(笑)。
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この「英雄の生涯」、全体を通しての感想は「ツァラトゥストラ」と同じで、鮮やかではあるが、ここにさらに力が加わればさらに素晴らしいだろうというもの。いやそれにしてもこの曲、ティンパニ奏者も大変だなと、見ていて改めて思ったものだ。木管、金管も含め、大変充実感のある演奏であったことは間違いない。

さてさて、この演奏会でステージを見渡して、ひとつ気になることがあった。それは、最初からチェレスタが置いてあることであった。
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だがそこに奏者はいない。この2曲には、この楽器は使われていないのだ。そうするとアンコール用だろうか。今回のように同じリヒャルト・シュトラウスを2曲続ける演奏会では、アンコールもやはりシュトラウスであろう。考えられるのは「ばらの騎士」のワルツであるが、チェレスタは使われていないだろう。もしかすると、上岡と新日本フィルが次回このホールで演奏するチャイコフスキーの「くるみ割り人形」を予告編的に演奏するのか? などと思いを巡らしていると、チェレスタ奏者(前半でオルガンを弾いていた奏者だ)も入ってきて始まったアンコールはなんと、楽劇「サロメ」から7つのヴェールの踊りであったのだ!!おーこれは、アンコールにしては難曲すぎる。「英雄の生涯」が終わってほっとしたところで、怪しいサロメの狂乱の踊りとは、なんとハードな。これは、私が大好きなモロー描くところのサロメ。シュトラウスの音楽もこのようなイメージだ。
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そうなのである。ここで「ばらの騎士」ではなく「サロメ」を選ぶあたり、マエストロ上岡もBright SideよりはDark Sideがお好みと見える(笑)。実際このアンコールは集中力の強い素晴らしい演奏で、新コンビの名刺代わりの一発をとしての演奏会を、強烈に仕上げることになったのだ。そして改めて思うのは、わずか44歳で驚異の「英雄の生涯」を書きあげて曲中で自分を引退・大往生させ、それから世紀をまたいで「サロメ」「エレクトラ」「ばらの騎士」という、さらにとんでもないオペラの世界に移って行ったシュトラウスという作曲家の創作活動の充実ぶりだ。よい演奏とは、音楽作品の表現力を聴衆に実感させる演奏。その意味で、今回は大変充実した演奏であったと思う。ここで得られた数々のヒントを、今後このコンビを聴く際に役立てて行きたいと思う。NHK さん、先輩後輩対談、お願いしますよ。

by yokohama7474 | 2016-09-12 01:14 | 音楽 (Live) | Comments(0)

東京二期会公演 ワーグナー作曲 楽劇「トリスタンとイゾルデ」(指揮 : ヘスス・ロペス=コボス / 演出 : ヴィリー・デッカー) 2016年9月10日 東京文化会館

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このブログは昨年6月3日に始めて、未だ1年3ヶ月という新米ブログなのであるが、9月10日をもってアクセス総数 4万を超えました。うーん、あまり具体的なイメージは沸かないが、これが何やら大変な数字であることは理解できる。いつも好き勝手なことを書いているので、お気に召さない方も当然沢山おられるであろうが、東京で起こっている文化イヴェントをメインに紹介するという志は維持して行くので、たまたまこの記事をご覧になった方も、またお立ち寄り頂ければ幸甚です。

と、いきなり〆の言葉のようになってしまったが、いけないいけない。9月からの新シーズンで、東京で最初に上演されるオペラ公演のご紹介をせねば(笑)。上のチラシには東京二期会による2公演がまとめて記載されているが、今回私が鑑賞したのは、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」。実はこの作品、このブログとは多少の因縁がある。昨年8月15日に、ワーグナーの聖地であるバイロイト音楽祭でのクリスティアン・ティーレマン指揮のこの曲についての記事を書いたが、それがこのブログにおいて、これまででダントツにアクセスの多い記事なのだ。日本人のワーグナー好きには本当にびっくりなのだが、もっとびっくりしたことがこのオペラ鑑賞前日に起こった。件のバイロイトの「トリスタン」のポスターを現地で買ってきて、我が家の書斎のドアに貼っていたのであるが、この日帰宅すると、それが地べたに転がっているではないか!!家人いわく、突然ベリベリと大きな音を立ててポスターが剥がれたという。うーん、東京で「トリスタン」を聴きに行く前日に起こった現象としてはとても不思議である。作品が何かのメッセージを私に伝えているのであろうか。もっとも、ただ単にセロテープをわっかにして貼っていただけだったので、粘着力が不足していたという説もある。この機会に、ちゃんと両面テープで貼り直しました。
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そんなわけで、二期会が上演する「トリスタン」である。二期会と言えば、ワーグナーとリヒャルト・シュトラウスを非常に積極的に手掛けている印象があるが、今回の公演のプログラムに記載されていることには、なんとなんと、今回は二期会初の「トリスタン」上演であるという。ワーグナーの主要作品は10(大作「ニーベルングの指輪」は4作と勘定して)。そのうちの9作は、場合によっては既に複数回実演済なのに、この作品だけが未上演であったとは、大変意外なのであるが、それゆえに二期会にとってもこの上演は画期的なものなのであろう。上のポスターにある通り、ライプツィヒ歌劇場との提携公演であるが、昨今このような国境をまたいだ提携は、コスト管理の点から大変効率性がよいということで、どんどんポピュラーになっている。このような提携の場合、セットの移動費を考えると、ステージの作り付けもシンプルな方がよいわけで、今回はまさにそのような上演となった。

実は私が今回この公演を聴くに当たってのお目当ては、まず指揮者である。1940年生まれの76歳、スペインの名指揮者、ヘスス・ロペス=コボスだ。
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彼の指揮するワーグナーというと、日本における金字塔的な実績は、1987年、ベルリン・ドイツ・オペラの音楽監督として、「ニーベルングの指輪」4部作のツィクルスとしての日本初演をしたことだ。あれからはや30年近く経ち、既に円熟の境地。国際的にそれほど派手に活躍している印象はないが、私としてはいつも気になる存在。私は若い頃に、「スペインのモーツァルト」と呼ばれたアリアーガという作曲家の交響曲を演奏した彼のレコードを愛聴したし、FMでローザンヌ室内管との演奏をあれこれ聴いた時期もあり、近年は N 響を振った実演も聴いているが、「トリスタン」を日本で舞台上演するとなると、また違った重みを期待したい。ちなみに今回のオーケストラは、読売日本交響楽団(通称「読響」)。このオケはちょうど1年前、2015年9月に音楽監督シルヴァン・カンブルランの指揮でこのオペラを、舞台ではなくコンサート形式で演奏している(昨年9月7日の記事をご参照)。毎年この大曲を演奏する機会があるとは、オケにとっては大変に素晴らしいこと。全曲を一度演奏するごとに表現力が増して行くことだろう。

今回の上演は4回で、私が聴いたのはその初日。出演歌手は2通りのアンサンブルが組まれているが、トリスタン役のひとりを除いては、全員日本人である。これは日本の音楽レヴェルを知る意味では貴重な機会。そして演出は、ドイツ人で、かつてハリー・クプファー、ジャン=ピエール・ポネルらカリスマ演出家の助手を務め、ケルンで長く活躍したヴィリー・デッカー。映像化されている演出としては、未だ若くスリムであったアンナ・ネトレプコとロランド・ビリャソンが共演したスタイリッシュな「椿姫」がある。これは東京文化会館におけるリハーサル時の指揮者と演出家。服装まで含めて、なぜか双子のようにそっくりだ(笑)。
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今回のロペス=コボスの指揮は、なんとも確信に満ちたものであったが、決して煽り立てることのない大人の指揮ぶりで、延々と続く音の波を巧みに再現した。冒頭は若干硬い感じがしないでもなかったが、進むほどに音が広がって行ったイメージである。第2幕の入りの部分など、これから始まる長大な(そして、聴いていて時々眠くなる 笑)夜の音楽の導入として、夕焼けの輝きを放つ必要があるので、音の広がりが大変重要であるところ、素晴らしい鳴り方であった。ここで醸成された雰囲気が、次の第3幕にまで継続して行ったように思う。第3幕の前奏曲は、まさに荒涼殺伐とした孤島の雰囲気で、全曲を通してもオケの聴きどころのひとつであるが、ピットを見ていると、最初の弦楽合奏から牧童の笛の部分までは金管楽器奏者は席にもついておらず、繊細な冒頭部分が終了してからピットに入ってきていた。若干奇異な感じもしたが、弦楽器の集中力を求めるロペス=コボスの指示だったのであろうか。いやそれにしても、的確な指揮ぶりで長丁場を捌いた彼の手腕は素晴らしいと思う。

歌手では、イゾルデを演じた横山恵子が大健闘だ。
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演技を含めて全く危なげないばかりか、時にぞっとするような表現力を聴かせてくれた。終幕の「愛の死」は、オケが盛り上がる中で、絶叫というよりは静かに神秘的に歌い上げる必要があってなかなか難しいと思うが、鬼気迫る歌唱であった。それから、ブランゲーネ役の加納悦子。
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目立ちすぎないその立ち居振る舞いが基本でありながら、要所要所でストーリーの曲折に関与し、最後にはイゾルデの「愛の死」を導く役目まで務めるブランゲーネ。今回の加納の歌唱と演技は、この作品におけるこの役の重要性を改めて認識されてくれる見事なものであった。彼女らに比べると、トリスタン役のブライアン・レジスターは、残念ながらちょっと弱かったとしか言いようがない。これは練習風景。
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彼は米国人で、キール歌劇場などで既にトリスタン歌唱の実績はあるようだ。声はそれなりに美しい部分もあるものの、声量や伸びに不足しているなぁと思って聴いていると、第3幕の前に二期会の大野徹也(今回の公演監督)が出て来て、「ブライアン・レジスター氏は体調不良であるが、最後まで歌います」と説明した。まぁ、第3幕におけるトリスタンは、もともと瀕死の状態なので、それでもなんとかなったわけであるが(笑)、次回は万全の状態でまた日本のステージに立って欲しい。

演出は、最小の舞台美術による簡潔なもので、一艘の小舟と、それを囲む可動式の壁の中ですべてのストーリーが展開する。登場人物たちは単色の衣装を身に着け、彼らを囲む空間は、第1幕では青い水を模した模様、第2幕では森の緑、第3幕では寒々しい白地に墨のような黒。それぞれの意味をあれこれ解釈することはできようが、決して難解ではなく、ドイツで一時期大流行した「読み替え」なる不要なまでに過激な演出とは一線を画すものであった。
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このように、記念すべき二期会初の「トリスタン」は、なかなかに充実した舞台であった。聴衆の方も既に作品をよく知っていることが明らかで、これから日本におけるワーグナー演奏には、面白い発展があるものと期待される。楽しみにしたい。

by yokohama7474 | 2016-09-11 09:34 | 音楽 (Live) | Comments(0)

秘密 THE TOP SECRET (大友啓史監督)

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最近の日本映画においては、漫画の映画化が大変に目立つ。日本のヴィジュアルを主導しているのは漫画なのだろうか。もちろん私は、日本人が中世以来、漫画的なものを大変好んできたことを知っている。日本人の根源的な部分に、漫画的要素があるのだろうか。そしてこの映画も漫画を原作としているのである。ここであらかじめ断っておくと、私は昨今の漫画にはとんと疎く、一体どんなものが流行っているのか全く知識がない。ただこの映画については、映画館に貼ってあったポスターを見て、これは面白そうだなと思ったので、見に行くこととした。その大きな理由は、この映画の監督が「るろうに剣心」シリーズの監督、つまり2010年の大河ドラマ「龍馬伝」でチーフ演出家であった大友啓史であること、そして、音楽がその「龍馬伝」「るろうに剣心」双方で忘れ難い印象を残した佐藤直紀(なおき)であることだ。歴史の奔流が大変に劇的な渦を巻くあの雰囲気はなかなかに独特なもので、血沸き肉躍るものなのである。

この映画の上映時間は約2時間半。超大作である。役者の顔ぶれを見ても、なかなかのラインナップである。ただ、女優としては唯一栗山千明だけがなじみの顔で、ほかは皆男性の俳優なのであるが。実際この映画における男優のカテゴリーはかなり明確に2つに分かれる。すなわち、
 第1のグループ : 生田斗真、岡田将生、松坂桃李
 第2のグループ : 椎名桔平、リリー・フランキー、大友南朋
まあ要するに、若いイケメンと、それなりの年齢の幅広い芸風の役者ということである。まあここで明確にする必要もなく(?)、人間の心理の奥深さ、恐ろしさを描くために、このような2群の俳優が必要であったのであろう。ところがここに第3のカテゴリーの俳優がいる。
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ヒントは、私と同い年で(誕生日はたったの5日違い)、広島の修道高校出身。そう、この人、吉川晃司である。
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帝国重工の部長ならぬ彼のここでの役回りは、凶悪犯なのであるが、その正体は結局謎のまま。なんとも薄気味悪いのである。薄気味悪いと言えば、この映画自体がなんとも悪趣味で、死後すぐの人間の脳から視覚情報を取り出して、それを追体験することで殺人事件の真犯人を見つけようというもの。いやぁ、こんなことされたらたまらんですなぁ(笑)。
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その発想はそれなりには面白いと思うが、残念ながら映画としてはあまり成功していないと思う。その理由を遠慮なく列挙してみよう。
・悪役の女優に凄みが決定的に欠けている。この点は映画の生死を決する。
・イケメン俳優陣とベテラン俳優陣のギャップが大きすぎる。若いイケメンはなぜにかくも純粋で、くたびれたベテランはなぜにかくも醜いのか。椎名桔平はセリフなし。リリー・フランキーは偏執狂的に饒舌。大森南朋は情けなさすぎ。これって紋切型では?
・凶悪事件の当事者が脳外科医とされているのはリアリティなさすぎ。ストーリーを成り立たせるための設定であることが見え見え。
・観客に対するミスダイレクションが不充分。これでは誰も、「そうだったのか!!」という驚愕を覚えることはないだろう。
・そもそもの設定に無理あり。つまり、凶悪犯の記憶を辿るときに5時間をかける設定だが、そもそも何日か何ヶ月の記憶を辿るには、同じだけの時間が必要で、5時間など屁でもないはず。それとも、脳の記憶情報を辿る際に、早送りが可能とでもいうのだろうか。
・冷凍保存した死体の記憶が辿れるの??? しかもこの死体、涙まで流して(笑)。
・主人公の過去が充分描かれておらず、この映画だけでは明らかに完結していない。続編狙い?
・生田斗真と栗山千明の関係はなんなんだ!!!ちょっとなれなれしすぎないか。
・期待した佐藤直紀の音楽は、いつものうねり上がっていく迫力がない。唯一は、ラストのカタルシスを与えられる場面の音楽だけがそれらしい。

今日、リアリティのあるイマジネーションでストーリーを創造することは難しくなっているのであろう。現実に起こっている事柄の方がよっぽど怖い。そしてそれを見る無垢な動物の目は、人間と異なるがゆえに癒しの要素があるのである。だから、もし続編が出来ても、動物が主人公でないと見に行かないかもしれない。動物の知る Top Secret は、人間の実際のありようであるのかもしれないので。

by yokohama7474 | 2016-09-11 00:34 | 映画 | Comments(0)

N響90周年特別記念演奏会 マーラー「一千人の交響曲」パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK交響楽団 2016年9月8日 NHKホール

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NHK交響楽団(通称「N響」)は今年創立90周年を迎える。N響は言うまでもなく日本を代表するオーケストラであり、日本の西洋音楽史において重要な歴史を刻んできたわけであるが、昨今の日本のオケ全体のレヴェルアップの中で、数々課題もありながら、その指揮者陣においては依然としてトップを独走する。とりわけ、昨年から首席指揮者の地位についたエストニア出身のパーヴォ・ヤルヴィは、世界中のオーケストラから引く手あまたのビッグネーム。9月からの新シーズンに入り、定期演奏会の開始に先立ち、この演奏会が開催された。音楽史上最大規模の演奏者を要する超大作、マーラーの交響曲第8番変ホ長調。俗に「一千人の交響曲」と呼びならわされている。今年7月3日付の記事で、ダニエル・ハーディング指揮新日本フィルの演奏会を採り上げたが、そこに書いた通り、普通世界のどんな大都市でも、せいぜい数年に一度という頻度でしか演奏されないこの超大作、東京でだけはほぼ毎年か、あるいは今年のように、1年のうちに複数回演奏されることがある。しつこいようだが、こんな現象は、世界広しと言えども東京だけであろう。大規模な合唱を伴う祝典的な曲であるがゆえに、創立90周年という節目を祝うには最適な曲である。
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実はN響は比較的最近、この曲を演奏している。指揮は名誉音楽監督のシャルル・デュトワ、2011年のことである。私はその時には残念ながら聴きに行くことができず、その後演奏会を録画したものの、視聴しないままになっているが、かなり充実した演奏であったものと聞いている。この大曲なら、さしもの広いNHKホールも音の奔流に満たされるだろうという期待を込めて、今回は実演を楽しみに出かけた。収容人数3,800人のNHKホールは、大入り満員。せっかくの特別演奏会だ。1度きりの公演が、少しもったいないような気がする。
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ホール入り口を入ったところには、このような落ち着いた創立90周年の垂れ幕が下がっている。90年の重みによる緊張のせいか(笑)、ちょいとピンボケ。
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さすが超大作だけあって、通常よりも舞台が前にせり出していて、恐らくはオペラ上演のときのオーケストラ・ピットあたりの位置になるのではないか。普段このホールの巨大さに閉口している身としては、これによって少しでも聴きやすい音になっていることを期待する。弦楽器の編成は、コントラバス10本。舞台上にはソリストの歌手が7人登場するが、舞台後方の合唱団の手前ではなく、舞台最前列に並ぶ。やはりこの広いホールではその必要があるのだろう。今回の歌手の一覧を記しておこう。
 ソプラノ1 : エリン・ウォール(カナダ)
 ソプラノ2 : アンジェラ・ミード(アメリカ)
 ソプラノ3 : クラウディア・ボイル(アイルランド)
 アルト1 : カタリーナ・ダライマン(スウェーデン)
 アルト2 : アンネリー・ペーボ(エストニア)
 テノール : ミヒャエル・シャーデ(ドイツ系カナダ)
 バリトン : ミヒャエル・ナジ(ドイツ)
 バス : アイン・アンガー(エストニア)
名前に聞き覚えがあるのはミヒャエル・シャーデくらいだが、METやウィーンやスカラ座に出演経験のある若手歌手が中心である。中でも、ヤルヴィの出身国であるエストニアの歌手が2人含まれているのが注意を引く。N響の演奏会で独唱つきの曲というと、昔のサヴァリッシュやシュタインやスウィトナーの頃は、日本人の歌手が中心であったというイメージがあるが、ここには日本人歌手の名前は一人もいない。ヤルヴィの主導する国際スタンダードでの勝負ということだろうか。

さて今回の演奏の印象であるが、相変わらずヤルヴィの長い腕が複雑な音響をよくまとめており、なかなかの熱演であったと思う。前回のハーディングの演奏会の記事でも書いたことであるが、この曲は、巨大な規模であるにもかかわらず、室内楽的な透明さが求められる箇所が多く、特に後半、第2部の冒頭から大団円に至る長い行程は緊張感の持続が大変なのであるが、今回はN響の弦の響き(特にチェロ)が深々として素晴らしく、単調に逸することを免れていたと思う。合唱団は、少年合唱(NHK東京児童合唱団)は暗譜で、大人の合唱(新国立劇場合唱団と栗友会合唱団の合同)は譜面を持っての演奏となったが、いつもながらの日本の合唱のレヴェルの高さを示していた。舞台の左右に歌詞の対訳字幕が出ていたのも、親切なアレンジであったと言えるだろう。もっとも、第1部はラテン語の聖歌、第2部はゲーテの「ファウスト」から採られており、オペラのようにストーリーがあるわけではないので、予備知識がない人にとっては、字幕だけ追ってもチンプンカンプンであったかもしれないが・・・。まあそれでも、字幕がないよりはあった方がよいとは思います。

そうしてここからはいつもの感想なのであるが、残響のないホールでこの曲を聴くのは、本当に本当に本当に残念だ。結局、舞台が前面にせり出した効果もさほどではなく、鳴っていたのはいつものNHKホールの音響であった。演奏の中身自体は間違いなく国際的水準には当然達していようが、全体としての音楽体験としては、なんとも残念なことに、このホールでは厳しい。創立90周年を機に、N響には是非、21世紀にふさわしい音楽体験を目指してもらいたい。

ところでヤルヴィとN響は、これから10月初旬までの間に、いつもの通り3つのプログラムを2回ずつの定期演奏会に加え、いくつかの特別演奏会も開く。その中には、サントリーホールを舞台とした、同じマーラーの今度は3番も含まれている。その成果はもうすぐ判明する。今N響が果たすべき役割。ヤルヴィのもとでそれが果たされて行くことを、音楽ファンとしては切に願っている。
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by yokohama7474 | 2016-09-09 00:06 | 音楽 (Live) | Comments(2)

ユジャ・ワン ピアノ・リサイタル 2016年9月7日 サントリーホール

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前々回の記事に続く、ユジャ・ワンのピアノ・リサイタル。前回は中規模ホールの神奈川県立音楽堂でのコンサートだったが、今回はいよいよ日本のメインホール、サントリーホールでのコンサート。彼女が今回日本で行う5回のリサイタルのうちの3回目。まさに折り返し地点である。先の記事で説明した通り、今回の彼女のリサイタルは、チケット売り出し時には曲目未定であった。上のチラシは、実は巷で配布されたのをあまり見かけなかったが、そうする必要がないほどチケットの売れ行きが早かったのだろうか。ここを見ても、曲目の記載はない。ただ、「さらに自由に さらに激しく さらに美しく」と、クラシックのコンサートのチラシとしては異例のコピーが、ピンクと青を使って書かれている。

18時30分にホールが開場して人々が中に入ると、早くもCD売り場が黒山の人だかり。なんでも、終演後にサイン会があるという。見渡してみると聴衆は本当に老若男女様々で、いつのまにかユジャ・ワンはこれだけ幅広い層の人々から支持されるようになったのだと実感。さて、今回の興味はまず、チケット売り出し後に発表された曲目がそのまま演奏されるのか、あるいは、そこからの曲目変更が既に決定しているのか、はたまた、9月4日(日)の神奈川県立音楽堂でのように、開演ぎりぎりになって変更されるのか、という点にあった。入場時に配られた紙片には、「発表しております曲目」として、例のスクリャービン、ショパン、グラナドス、そして後半にベートーヴェンの「ハンマークラヴィーア」が記載されているが、その上部に、「本日の公演は、演奏者の強い希望により曲目・曲順が一部変更になる場合がございます」とある。ただこの書き方なら、「あ、ちょっと曲順が変更になるだけで、今日こそは前半にこれらの曲を弾くんだな」と思ったのである。ところが開演直前のアナウンスは、「曲目の変更がございます。まず前半はシューマンの『クライスレリアーナ』、後半はベートーヴェンの『ハンマークラヴィーア』になります」であった!! のみならず、「直前の曲目変更になったことをお詫び申し上げます」と来た。だ・か・ら、ホールが謝る必要などないと言っているでしょうが。
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さて、神奈川県立音楽堂のケースを思い出してみると、これと同じ内容の会場アナウンスであったにもかかわらず、実際には「クライスレリアーナ」のあとに、予告なしにカプースチンの変奏曲作品41が演奏されたのである。今回はどうなることか。・・・やはり同じことが起こったのだ。これには少々驚いた。前回のコンサートの記事で書いた通り、私は、シューマンの幻想性のお口直しに、その場の思い付きでジャズ風のカプースチンを弾いたのかと思ったのである。だが、今回も同じことが起こるとなると、何か違う意図があるはずだ。・・・そして私が聴きながら思いついた仮説は以下の通り。つまり、「クライスレリアーナ」の終曲のリズムを、シューマンは自身の交響曲第1番「春」の終楽章でも使っている。一方のカプースチンの曲は、何を主題にした変奏曲であるかは定かではないし、解説も見たことがないが、もとになっている主題は、実はストラヴィンスキーの「春の祭典」の冒頭のファゴットのメロディではないのか??? そうすると、春つながりということか。そういえば、ユジャの衣装は春先に出る限定ビールの柄のようなピンク色だ(笑)。と思っている私をあざ笑うような出来事が次に続いた。なんとカプースチンの曲のあと、前回はアンコールのうちの1曲であったショパンのバラード第1番をユジャは弾いたのだ!!このスーパー・ピアニストにとってはもはや、メインの曲目もアンコールも、差がないのだ。感興の赴くまま、心に沸き上がったものを指からピアノに放射する。チラシのコピーに偽りはない。なんと自由な。もしかすると次のリサイタルでは、演奏時間45分の大作「ハンマークラヴィーア」ソナタをアンコールとして弾くのではあるまいな!!(笑)
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まぁとりあえず(?)、今回のリサイタルではメインとして演奏された後半の「ハンマークラヴィーア」のあと、実に7曲のアンコールが演奏された。いずれも前回のリサイタル、あるいは以前の来日公演で弾いたことのある曲ばかりだ。終演は21時40分頃であった。
 シューベルト(リスト編) : 糸を紡ぐグレートヒェン
 プロコフィエフ : ピアノ・ソナタ第7番第3楽章
 ビゼー(ホロヴィッツ編) : カルメンの主題による変奏曲
 モーツァルト(ヴォロドス/サイ編) : トルコ行進曲
 カプースチン : トッカティーナ 作品40
 ラフマニノフ : 悲歌 作品3-1
 グルック(ズガンバーティ編) : メロディ

個々の演奏について詳細に入ることはしないが、ほぼ同じ曲目を異なるホールで聴いた感想は、やはりよい音楽はよいホールで聴きたい、というもの。サントリーホールの音響は際立っていて、ひとつひとつの音のクリアさが全然違う。そこから、実は面白い感想を抱いたのである。それは、「クライスレリアーナ」でも「ハンマークラヴィーア」でも、冒頭に聴こえてくる音の塊の中に、ごく僅かな技術的な揺れが聴き取れたこと。そうなのだ。ユジャ・ワンとても機械ではない。ただ正確に弾いているだけではない。サントリーホールだからこそ、彼女の演奏に備わった、ある種の人間性が伝わってきたと捉えたい。もちろん、彼女の演奏はすべてを通して完璧と賛美することに何ら躊躇はないが、そこには同時に、生身の人間であるユジャ・ワンの姿を感じることができるのである。一度これを聴き取ってしまうと、次からまた、その前提で聴くことになるので、神ならぬ身の奏でる音楽の素晴らしさを、より一層実感することになると思う。レパートリーも現時点では技巧性に重きを置いた曲が多い彼女であるが、今後徐々に、違ったレパートリー、例えばハイドンやモーツァルトやシューベルトを採り上げて行くだろうし、それからバッハという巨塔に挑む日が来るだろう。また、ウェーベルンやメシアン(そういえば、最近トゥーランガリラ交響曲を弾いたらしい)なども、きっと面白いと思う。聴き手としても、一回一回のリサイタル体験の積み重ねを耳に残して行けば、今後彼女が到達するであろう目も眩むような高みについて行くことができるかもしれず、本当に楽しみだ。その頃彼女のステージ衣装がどうなっているか分かりませんがね(笑)。

ユジャ・ワンの次回日本登場は、11月のマイケル・ティルソン・トーマス指揮のサンフランシスコ交響楽団との共演である。それに出掛けるのはちょっと難しそうだが、今後は室内楽なども、もっと聴いてみたいものである(チェロのゴーティエ・カプソンとのデュオは日本でも実現したと記憶する)。その場合はさすがに当日曲目変更はないだろうから、ユジャ・ワン独特のスリルは味わえないのだろうか。興味あるところである。

by yokohama7474 | 2016-09-08 01:42 | 音楽 (Live) | Comments(0)

メアリー・カサット展 横浜美術館

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人並みに西洋美術を愛する身でありながら、日本人に深く愛されている印象派というものには、正直、どうもなじめないものがある。生来のひねくれ者だと言ってしまえば話は簡単だが、それ以上に、私が文化芸術に接するときには、人間の Bright Side よりは Dark Side により興味があるということだろうと自覚している。もちろん、私のことを個人的にご存じの方には、いかに私が能天気な人間であって、深刻な事柄と無縁であるかも同時にご存じであろうから、私がここで何をもって Dark Side と呼んでいるかについては、あまりイメージがないかもしれない。Dark Side とは、組織への従順性には一顧だにせず、社会の規制への抵抗として、悪いことを平然と行う無頼なマインドセッティングのこと。ここでひとつの例を挙げると、中学・高校の頃は、必ず昼休みになる前に弁当を食っていた。いわゆる早弁という奴だ。これはひとつの Dark Side の資質と言えば、少しはイメージをお持ち頂けるだろうか。...そんなことかい(笑)。

などとくだらないことを冒頭に書いているのは、今週末まで横浜美術館で開催中(その後京都国立近代美術館に巡回)のこの展覧会、上でご覧の通り、「印象派を代表する女性画家」であり、また、「あふれる愛とエレガンス」の画家の個展であるからだ。このような Bright Side について語ることは、果たして私の信条と矛盾しないかということをまず考えてしまうわけである。だが、私はこの画家の名前は聞いたことがあるものの、作品については詳しく知るものでない。また、日本でのこの画家の個展開催は実に35年ぶりとのこと。よって、虚心坦懐に見れば何か新たな発見があるかもしれないと思い、この Bright Side に属するらしい画家の展覧会に赴いたのである。

メアリー・カサット(1844-1926)は、米国ピッツバーグで生まれた女流画家。近い年代の米国人画家といえば、ホイッスラー(1834-1903)が挙げられるが、この1830年代、40年代生まれはまさに印象派の世代。ホイッスラーは印象派とは一線を画した画家であったが、このカサットはパリに渡って、まさに印象派のひとりとして活躍した人である。私はカサットの作品にホイッスラーの感性との共通性も感じるが、紋切り型の分類によると、この2人は違う流派に属した人たち。そもそもカサットの場合、当時女性で画家になるということは非常に稀であったがゆえに、世間の無理解の中で大変な苦労をしたらしい。ここに彼女の肖像写真を2枚示そう。若い頃の写真と、年老いてからの写真である。
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確かに若い娘と老女であるが、この2人が同一人物であることは明らかではないだろうか。その射るような、だがとても自然でもある視線には、強い意志と同時に、社会に順応する柔軟性が備わっているように思う。このような人物の創り出す芸術には、Bright SideであるとDark Sideであるとを問わず、何か非凡なものがあるに相違ない。

カサットは1865年、21歳にして画家を志してパリに移り、初期にはサロン入選を目指して保守的な作風を持っていた。そして1870年以降は、度々サロンに入選するという実績を挙げた。これは1872年、29歳のときの作品、「バルコニーにて」。半年間滞在したスペインのセヴィリアで制作された。セヴィリアと言えば、ムリーリョである。確かにこの女性たちの柔らかい表情にはムリーリョ風の雰囲気がある。
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1877年、33歳のカサットをあの大画家エドガー・ドガが訪れて、サロンという保守的な場ではなく、印象派展への出品を勧めた。そしてそれ以降、彼女の作風はほぼ一貫して印象派風になって行く。そもそも印象派の女流画家と言えば、以前も伝記映画を通じてこのブログでも紹介したベルト・モリゾ(1841-1895)がいるが、カサットはこのモリゾとも交流があったらしいく、年の近いモリゾの作品の透明感を懸命に学んだという。近い世代ではほかにも、エヴァ・ゴンザレス(1849-1883)、マリー・ブラックモン(1840-1916)という女流画家が印象派のスタイルで活躍した。彼女らの作品はこの展覧会にも展示されているが、彼女らが活躍したのは、女性の権利が徐々に認められつつある時代。カサットの創作活動には社会性があり、晩年は女性参政権の実現に奔走したという。

だがそれは一旦忘れよう。一体どのような作品を残した画家なのか。私にとってなじみがあり、彼女の代表作のひとつと目されるのが、この「桟敷席にて」(1878年作)。
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パリの劇場での一場面のようであるが、全体として落ち着いた色調の中、熱心にオペラグラスで舞台の方向を見ている女性が描かれている。ここで面白いのは、彼女の左側の奥に、あからさまな好奇心を持って彼女をオペラグラスで見ている男性が描かれていることだ。この男性は、この絵に描かれているほかの人物たち同様、輪郭も定かでなく、その人格は分からないが、自らの意志を持って社会と接している女性の姿の前に、なにやら情けなくも見える。近代的な光景と言えるだろう。

そして彼女の代表的な作品として、一連の母と子の肖像が挙げられる。なるほどこれが「あふれる愛とエレガンス」か。展覧会のポスターにもなっている、「眠たい子どもを沐浴させる母親」(1880年)。
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まあ確かに、いかに私がDark Sideを愛する人間とはいえ(笑)、このような情景にはやはり心温まるものを感じる。解説によると、子供の極端に長い足や無邪気なポーズは、パルマで研究したパルミジャニーノやコレッジョの母子像の影響だという。ふーん、なるほど。マニエリスムを代表するパルミジャニーノは私も大好きだが、ちょっとイメージが違うなぁ・・・。これが彼の代表作。
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コレッジョの場合、まあ確かにこの作品など、幼児キリストのポーズが奔放ではあり、そこから学んだと言われれば分かるような気もする。
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だが、私としてはこの絵の面白さは、青い色彩を椅子、衣類、そして赤ん坊の足にまで使うという大胆さにあると考える。母と子の愛がどうというより、大胆な視覚の冒険に心惹かれるのである。同様のテーマで母子を描いた作品がいくつも展示されていて、これぞカサットというイメージであるが、よく見るといずれも色彩と構図にかなりの神経が使われているのが分かる。そして、西洋の過去の絵画に学んでいるとは言っても、その精神は常に近代的だ。
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これら3枚はしかし、いずれも1890年代の制作。それらに先立つ1880年に描かれた「眠たい子どもを沐浴させる母親」との一見して分かる違いは、その輪郭の明確性である。つまり、描かれる対象がしっかりと回りの部分から区別されていて、「眠たい子どもを沐浴させる母親」のように、人の体も服も椅子も青を含み、輪郭も曖昧模糊とした描き方からは、明らかに変化して来ている。これは浮世絵の影響ではないだろうか。カサットは、他の印象派の画家たち同様、浮世絵に大きな影響を受けたとのことで、展覧会には、歌麿や北斎の作品のほか、カサット旧蔵の琳派の屏風絵まで展示されている。その意味では、彼女の版画作品はさらに、浮世絵の直接的な影響を感じさせる。これは、「沐浴する女性」(1890-91年)。まさに浮世絵風ではないか。
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そしてこの「手紙」(1890-91年)などは、日本の大正モダニズムを思わせるではないか! 江戸時代の日本から影響を受けた西洋の画家が、今度は近代の日本の画家に影響を与えていると考えると、なんとも興味深い。
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カサットは1926年、82歳で世を去るが、60代後半から視力が弱り、1915年以降は何度も白内障の手術を受けたという。従ってこの展覧会でも、後期の作品は1910年代前半までで終わっている。これは1913年の作である「クロシェ編みのお稽古」。視力が弱っても色を塗りやすいパステル画が制作手法として選ばれているが、平和な風景の中に若干の憂鬱も感じさせるのは、第一次大戦前夜という暗い時代が、なにがしかの影を落としているのであろうか。
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カサットは終生、人物画を中心に制作活動を続け、ある場合は西洋の過去の巨匠、ある場合には日本の絵画に範をとって、前衛的とまでは言えないものの、美しい絵画を求めて冒険的な試行錯誤をした。このような大規模な回顧展では、一点や二点の絵画では分からないそのような画家の軌跡を辿ることができ、やはり様々な発見がある。Bright Side を描き続けた画家とはいえ、そこには強い表現意欲を感じることができて、Dark Side 好きにも大いにインスピレーションを与えてくれるのである。メアリー・カサット、また世界のどこかの美術館で彼女の作品に遭ったときには、親しみをもって接することができるであろう。

by yokohama7474 | 2016-09-07 01:06 | 美術・旅行 | Comments(0)

ユジャ・ワン ピアノ・リサイタル 2016年9月4日 神奈川県立音楽堂 

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9月の日本のクラシック音楽シーンでは、いきなり強烈な爆弾が炸裂する。驚異のピアニストとしか形容しようのない、ユジャ・ワンの来日だ。このブログでは、昨年11月14日と19日の記事において、オランダの名門オケ、王立コンセルトヘボウ管との共演について、興奮さめやらぬ口調で喚き散らしたが(笑)、今回はソロ・リサイタルである。前回の来日リサイタルは2013年であったろうか。そのときが私としては初のユジャ・ワン体験であり、なんとも凄まじい衝撃を受けたのであるが、その後一般の知名度も上がってきている中での今回のリサイタル。一体どのようなことになるのか。
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そもそも今回のリサイタル、極めて異例なことがあった。上のチラシをよくご覧頂きたい。左下に「曲目未定」と書いてある。な、なにー。ピアノ・リサイタルを聴きに行くのに、曲目未定なんて、そんなひどいことがあってもよいものか。これは前代未聞だろう。いや、ある。私の知る限り、ひとりだけ前例が。
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ロシアの誇る人類史上最高のピアニストのひとり、スヴャトスラフ・リヒテルだ。私は幸いにして彼の来日リサイタルに2度行くことができたが、当日その場でしか曲目が発表されないにもかかわらず、当然チケットは争奪戦。客席のみならず舞台の照明まで落として響き出した繊細極まりない音は、今でも耳の底に残っている。だが、当時のリヒテルは、まさにロシアの人間国宝で、生ける歴史的人物であった。それに対してユジャ・ワンは今年未だ29歳。ミニスカートも目に鮮やかな、若手ピアニストなのである。ところが曲目未定で売り出されたチケットは、早々と完売。もちろん、今のポリーニなら同じことができるかもしれない。だが、同じように偉大なアシュケナージやツィメルマンやシフなら、曲目未定で完売まで行くか否か。それを思うと、ユジャ・ワンの人気は恐ろしいほどではないか。

今回、彼女が日本で開くリサイタルは5回。この9/4(日)の横浜の神奈川県立音楽堂を皮切りに、翌9/5(月)は仙台。9/7(水)には東京のサントリーホール。9/9(金)は名古屋。9/11(日)は長野。そして、当初未定とされた曲目は、8月9日、つまりツアー開始1ヶ月前を切った時点でようやく発表された。それは以下のようなもの。
 スクリャービン : ピアノ・ソナタ第4番嬰へ長調作品30
 ショパン : 即興曲第2番嬰へ長調作品36、第3番変ト長調作品51
 グラナドス : 「ゴイェスカス」作品11から ともしびのファンダンゴ / わら人形
 ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ第29番変ロ長調作品106「ハンマークラヴィーア」

これはなかなかにすごいプログラムだ。まずメインの「ハンマークラヴィーア」は、ベートーヴェンの32曲のピアノ・ソナタの中で最も長大で、演奏には45分を要する作曲者後期の大曲。若手ピアニストが弾くこと自体が珍しい。前半は小曲集の趣だが、かなり性質の違う音楽の連続である。もちろんユジャ・ワンには不可能ということはない。当日会場で販売しているツアーのプログラムには、5回のリサイタルすべてがこの曲目であるとされている。ところがところが。会場には以下のような貼り紙がしてあるのだ。
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な、なんたること。当初曲目未定とされ、その後詳細な曲目発表に至ったのに、まだ変更の可能性ありということか。まあ、それはきっと発表された曲目の演奏順序を変えるくらいだろうと思って、席についた。そして、収容人数1,106名と中ホールの規模ながら、満員の聴衆で満たされた神奈川県立音楽堂で、開演に先立って行われたアナウンスに、びっくり仰天!! 「曲目の変更がございます。まず前半はシューマンの『クライスレリアーナ』、後半はベートーヴェンの『ハンマークラヴィーア』になります」だと。つまり、メイン曲目はそのままに、前半の小曲集を、シューマンの代表作のひとつ、演奏時間30分を要する「クライスレリアーナ」1曲に変更するというのだ!! 客席のざわめきを尻目に、背中の大きく空いた深緑の長いドレスで登場したユジャは、いつものようにそっけないお辞儀をして、演奏を開始したのである。もちろん彼女のことであるから、突然の曲目変更でも全く危なげないどころか、そのシューマンの音色の千変万化は素晴らしい。聴いていると時に、左手が音楽を引っ張っているように思える瞬間もあり、若干偏執狂的なところのあるシューマンの音楽と真摯に向き合いながらも、聴き手に先を読ませない意外性を伴った演奏であった。あ、その意味では、本当に直前の直前における曲目変更自体、意外性そのものであったわけだが(笑)。

面白かったのはそれからである。「クライスレリアーナ」の演奏終了後、さて休憩かと思いきや、少し大きめのタブレット端末を持って現れたユジャは、それを顔が覗き込める位置、ピアノの中(譜面台ではない)に置いて、やおら何かを弾き始めたのである。明らかにジャズ風のこの曲、いかにもアンコール風だが・・・。タブレットには楽譜が表示されているらしく、時折それをめくりながら弾いていた。これは、1937年生まれのウクライナの作曲家、ニコライ・カプースチンの、変奏曲作品41。カプースチンはジャズ風の作風を持ち、私も何枚かCDを持っている。ユジャは彼の作品をよく弾いているのだが、ここで急にこれを弾いたということは、ひょっとすると、シューマンの暗い情熱からの口直しという意味で、即興的に思い立ったのかもしれない。もちろんユジャ・ワンによるこのような曲の演奏は、まさに完璧という言葉そのものだ。
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そして、休憩時に貼り出された表示はこれである。
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なんとこのカプースチンの曲はアンコールではなく、前半の2曲目であったのだ。ところで、この表示において主催者側が「突然の変更となりましたこと、お詫び申し上げます」と書いてあるのには、私は大変に違和感がある。これはあるいは芸術家のわがままと評されるべき事態かもしれないが、ひとつは、全くホール側の責任ではないこと、もうひとつは、ユジャ・ワンが弾けばお客はなんでも喜ぶのだ。よって、ここで謝る必要は全くありません。

さて、こうなると後半の曲目も、「ベートーヴェンの『月光ソナタ』に変更します」とでもアナウンスされるのではないかと、ぎりぎりまでハラハラしたが(笑)、そんなことはなく、いつものように後半用に衣装を着替え、今度はラメ付の白いミニスカート姿で現れたピアニストは、ごく自然な立ち居振る舞いで、気負うことなく大作「ハンマークラヴィーア」に入って行った。この演奏は、よくありがちなドイツの巨匠性の表出とは全く異なるもので、いわば不思議な世界を浮遊するベートーヴェンの眼前に広がるシュールな情景を描いたようなものであったと言えるのではないだろうか。強い部分、弱い部分。速い部分、遅い部分。明るい部分、暗い部分。そのすべてが統制され、重々しさから解放された音たちが自由奔放に宙を舞う。瞠目すべき集中力を伴っているのに、その演奏姿に陶酔はなく、かといって冷徹でもない。もしかすると、彼女が今後演奏活動を続けて行くうちに、もっと音が重みを増して行くこともあるのかもしれないが、アクロバティックなだけではない彼女のパレットは、既にして様々な色で満たされている。
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さて、大曲「ハンマークラヴィーア」終了後は、例によってアンコールの嵐。県立音楽堂のウェブサイトから曲目をコピペしよう。

 プロコフィエフ:ソナタ 第7番より第3楽章

 ラフマニノフ:悲歌 op.3-1

 カプースチン:トッカティーナ

 ショパン:バラード 第1番 op.23

 モーツァルト:トルコ行進曲(ヴォロドス/ファジル・サイ編曲)


いずれも鳥肌立つ演奏であったことは言うまでもないが、特に最初のプロコフィエフは、弾き始めた途端、「あぁ~、戦争ソナタ~」と叫びたくなってしまった。プロコフィエフのピアノ・ソナタ第6・7・8番をまとめてこの名称で呼ぶが、特にこの7番の終楽章で必要とされる鋼鉄のタッチと駆け抜ける勢いは、まさにユジャ・ワンの独壇場。このような機会にこの曲の彼女による演奏を耳にすることができる幸運!! 何度も現れる不気味な音型が、まさにそうあるべき不気味さで繰り返されて圧倒的だったし、気が狂ったようなあのクライマックスでは、聴衆の誰もが目眩を感じたことだろう。そして、あぁ、そうだ。このプロコフィエフの7番のソナタの初演者こそ、冒頭に触れた、あのリヒテルではないか!!若き日のプロコフィエフとリヒテルの写真がこれだ。ピアノの名手として鳴らしたプロコフィエフが、初めてピアノ・ソナタの世界初演を他人に任せたのが、このリヒテルによる第7番だ。1943年、戦争中のこと。
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今回のアンコールのうち、最後のトルコ行進曲は、昨年のコンセルトヘボウ管との演奏会のアンコールでも弾いていたものだ。最初のタララララという音が流れ出したとき、一部の人たちは「え? ユジャがこんな簡単な曲弾くの?」とどよめき、また一部の人たちは、その後すぐに破天荒な展開を見せるこの曲を知っているのだろう、拍手をした。ユジャはステージでは決して喋らないが、聴衆との無言のコミュニケーションを成立させる人である。我々聴衆は、この天才が放つ千変万化の音のシャワーを浴びて、皆忘れられない経験をする。そして彼女は、いつものように多少ぎこちない微笑を浮かべながらせっかちなお辞儀をし、タブレット端末を抱えて去って行ったのである。

このようにして始まった今回のツアーであるが、もしかすると、毎回毎回曲目が変わるのかもしれない。幸いなことにサントリーホールでのリサイタルにも行くことができる予定なので、今回のような中ホールではなく、今度は大ホールでいかなる響きを聴くことができるか、楽しみにしよう。あ、ラストミニッツで曲目変更があっても、主催者の方々、謝らないで下さいね(笑)。

by yokohama7474 | 2016-09-05 01:06 | 音楽 (Live) | Comments(0)

山田和樹指揮 日本フィル 2016年9月3日 サントリーホール

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9月に入り、「楽都」東京に通常のコンサートシーズンが返ってきた。まだまだ暑い日が続いているので、秋という感じはしないが、この秋、これから11月にかけての東京の音楽シーンは、すごいことになっている。オペラにコンサートに、一流演奏家が徒党を組んで東京を襲来(時折意表をついて横浜でだけ重要なオペラ公演があったりして油断できないが---もちろん、ムーティ指揮ウィーン国立歌劇場の「フィガロの結婚」のことを言っている)。迎え撃つ日本勢も、それはそれは充実の顔ぶれだ。もとより、行きたいオペラやコンサートにすべて行けるわけでは到底ないものの、東京で起こっている文化イヴェントの意義を正しく認識するために、頑張って仕事のやりくりをして出掛けたいと考えている次第。

さて、そのような充実の秋のシーズンの最初に聴いたのがこの演奏会。このブログでも何度となく採り上げてきた、日本だけでなく世界的に見ても若手指揮者のホープのひとり、山田和樹である。彼は国内外で非常に多くの重要なポストを持っており、超人的なハードスケジュールをこなしているわけだが、それを童顔で易々とこなしているように見えてしまうのがすごい。大変な集中力と明晰な頭脳の持ち主なのであろう。このところ毎年9月には、彼が正指揮者を務める日本フィル(通称「日フィル」)の定期に登場している。
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彼はどうやら聴衆の前で話すことが好きらしく、一連のマーラーシリーズでも必ずプレトークがあるのだが、スタッフが毎回時間制限を伝えに来るほど夢中になって聴衆に語り掛けており、またその説明が誰にでも分かりやすいのである。日フィル定期では、演奏会の前のプレトークで楽団の方などが曲目解説をするのが恒例になっているようだが、今回は山田自らの希望により、自身で語りをすることになったとのこと。その日の演奏会について指揮者が語るとは非常に貴重な機会である。今回の曲目は以下のようなもの。
 柴田南雄(みなお) : コンソート・オブ・オーケストラ
 リヒャルト・シュトラウス : 4つの最後の歌(メゾソプラノ:清水華澄)
 エルガー : 交響曲第1番変イ長調作品55

これは誰でも飛びつくようなポピュラーな曲目とは言い難く、また一見脈絡がないように見える。このあたりについて山田はいかに語るのかに興味があったので、楽しみにしてプレトークに出掛けた。まず最初の柴田の曲であるが、この曲を採り上げたのは、今年がこの作曲家の生誕100年、没後20年に当たる記念の年であるからで、未だ若い山田としては、自分自身を含めてこの偉大な作曲家の業績を知らない世代が増えてきているので、日本の作曲界の遺産を未来に伝えて行くために柴田作品を採り上げるとの説明があった。実は、11月7日(月)に、同じ日フィルを指揮して同じサントリーホールで、大作である交響曲「ゆく河の流れは絶えずして」を含む柴田作品だけによるコンサートを開くので、いわばその前哨戦として今回の演奏会に柴田の短い作品を含めたとのこと。尚、その演奏会のチラシは以下の通りだが、充分にスポンサーを集めることができず、山田が私財を投げ打って開催するのであるという。その心意気には全く頭が下がる。心ある方は是非お出かけ頂きたい。尚、この「ゆく河の流れは絶えずして」については、後ほどまた触れることとしたい。
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尚、柴田南雄については、今年3月6日付の大野和士指揮東京都交響楽団の演奏会の記事の中に触れているので、そちらも是非ご参照下さい。今回演奏された「コンソート・オブ・オーケストラ」は、1973年に初演された16分ほどの曲であるが、中身は驚くほど「現代音楽」めいている。リゲティや、トンがっていた頃のペンデレツキを彷彿とさせる音楽で、トーンクラスターとかセリー音楽という、まあ知らなくても日常生活にあまり苦労することはないだろう(笑)手法が使われているが、それは作曲家本来の表現意欲というよりは、好奇心に駆られて試しにいろいろやってみたという、ある種のパロディ音楽だと言ってしまうと、少し言い過ぎであろうか。以前も書いたが、私が音楽を聴き始めた頃にFMで音楽番組の解説をしたり、エッセイやレコードのライナーノートを書いていた柴田は、大変な教養人でありまた、温厚な語り口の人であった。なにせ、東京大学の植物学科と美術史学科を両方出ている人なのである。今回の山田の演奏は、まぁ楽し気に演奏したとまでは言えないかもしれないが、作曲当時とは段違いの演奏能力を備えた今の東京のオケなら、この程度は余裕でこなせるものであろう。

2曲目の「4つの最後の歌」について山田は、大変素晴らしい曲なのに、なかなか歌える歌手を見つけるのが難しいと自論を展開。ソプラノで歌われることが多いが、音域としては少し低い。アルトにしては少し高い。なのでメゾ・ソプラノで歌える人がいないかと探していたところ、たまたまマーラー・ツィクルスの第2番「復活」においてメゾ・ソプラノとして出演した清水華澄 (しみず かすみ)に可能性を見出し、打診をしたところ、清水としても初挑戦だがやってみようということになった由。清水は二期会所属で、アムネリスやエボリ公女、サントゥッツァ等、イタリア・オペラのドラマティックな役柄を中心に活躍中だ。
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この「4つの最後の曲」を、私は西洋音楽の長い歴史においても最高の作品のひとつであると思っている。84歳のドイツの老巨匠が、激動の戦争の時代を経た1948年、生涯のほぼ最後に書いた奇跡の歌曲集である。死を究極のテーマとして、暗く重く淋しくはあるものの、そこには同時にシュトラウスならではの、華麗で耽美的な雰囲気も漂い、今このように書いているだけでも、胸がグッと来てしまう傑作だ。清水の歌はドラマティックな表現を中心としながら、声量も情緒もうまくコントロールされたものであったと思う。山田の指揮する日フィルも、個人技を含めて万全の伴奏。歌い終わって、人差し指でそっと目頭の涙を拭った清水の仕草が心に残った。

さて、メインに据えられたのは、決して秘曲というほどマイナーではないが、実演で聴くことはあまり多くない、英国の大作曲家サー・エドワード・エルガー(1857-1934)の第1番。1908年に世界初演されている。山田によると、この曲の日本初演はようやく1980年になされていて、その時は日フィルが演奏しているとのこと。音楽好きならピンと来るだろう。指揮者は英国のジェームズ・ロッホランだ。このロッホラン、あのバルビローリの後任としてマンチェスターのハレ管弦楽団の音楽監督も務めた名指揮者であるが、一時期はよく日フィルを指揮しており、今でも同楽団の名誉指揮者の称号を持っている。最近活躍を聞かないが、1931年生まれと高齢なので、既に引退状態なのだろうか。ともあれ、山田はこのエルガーの曲を面白おかしく解説した。第1楽章と第4楽章で、遠くから聴こえてくる音を表すのに、弦楽器セクションの後方の奏者だけ演奏するという変わった指示があるとか、第2楽章のスケルツォのマーチはまるでスター・ウォーズ(当然ダースベーダー・マーチを指している)のようであるが、このエルガーの曲の方がもちろん先に書かれているとか、緩徐楽章である第3楽章の美しさは本当に素晴らしいとか。ここで山田は、この情緒豊かな第3楽章には亡き人への追悼が感じられるとして、実は今回の演奏会の裏のテーマとして、「亡き人を偲ぶ」というものがあると説明した。

さて、エルガーが完成した交響曲は2曲。これらは、ボールトやデイヴィスという英国の大指揮者だけではなく、かつて英国にポストを持った外国人指揮者たち、例えばバレンボイム、ショルティ、シノーポリらが軒並み録音を残しているので、私もそれら多くの録音に親しんではきたものの、正直なところ、何回聴いても膝をポンと打つようにはならないのが実情だ。時に英国のブラームスなどとも呼ばれるエルガーだが、うーむ、ブラームスの極度の洗練とはかなり違うように思う。大いに盛り上がっているのはよく分かるのだが、そこに引き込まれて大興奮、とはどうもならないのがいつものことなのだ。今回の山田の演奏は、見通しもよく、技術的には高度なものではあったものの、目から鱗のエルガーとまでは行かなかった。私とエルガーとのつきあいは、今後もこんな感じで続いて行くのであろうか。
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ともあれ、この3曲の組み合わせは大変意欲的であるのは言うまでもなく、やはり東京の音楽シーンにおける山田和樹の重要度を改めて認識した次第。上述の11月7日の柴田作品の演奏会には行けるか否か分からないが、可能性を追求することとしたい。そこでのメインの曲目、「ゆく河の流れは絶えずして」は、もちろんあの鴨長明の「方丈記」から歌詞が取られたものであり、合唱団が舞台を練り歩くなどの演出を含む一種のシアターピースである。山田は、「前回この作品が演奏されてから27年間、誰も演奏していないので、自分が採り上げることにした」と語っていたが、そうなのである。前回の演奏は1989年、若杉弘指揮の東京都交響楽団によるもの。なぜ知っているかというと、私もその演奏会に行ったからだ。当時、若杉と都響は、マーラーやブルックナー等の後期ロマン派から新ウィーン楽派、フランス音楽、戦後の音楽、とりわけ日本の現代音楽等、意欲的な試みを次から次へと行っていて、今でも思い出すと胸が躍る。柴田南雄の作品だけで一夜の演奏会が開かれたのだが、これがその時のプログラムと、林光が朝日新聞に掲載した批評(同じ指揮者とオケで同じ月に演奏された諸井誠の演奏会と併せて論評)。
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当時の日本はバブルの真っさ中であったわけだが、熱狂的な経済の隆盛の中で行われたこのような意欲的な文化面での試みの歴史的な意義は、長く顕彰されてしかるべきである。若杉も大変な才人であったが、70そこそこで惜しくも亡くなってしまった。だが日本では、時代は変わっても新しい世代が先人の業績を引き継ぎつつ、また新たな試みを続けているわけであり、我々はそれを誇りに思おうではないか。それこそまさに、「ゆく河の流れは絶えずして」である。方丈記の意図する無常感だけではなく、その流れに積極的な意味を見出して行きたいものだ。

by yokohama7474 | 2016-09-04 23:15 | 音楽 (Live) | Comments(0)