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毎年毎年、早いなぁ早いなぁと言いながら年が暮れて行く。今年も始まったと思ったら、もう終わりである。まぁさすがにそこまで言うのは誇張としても(笑)、誰しもが、年を追うごとに1年の時間を短く感じるものなのである。だからこそ、1年の区切りは大切なもの。年末年始には公私ともに面倒なイヴェントもあれこれあるものの、1年の終わりに過ぎ去った年を想い、1年のはじめには新たな気持ちにリフレッシュすることは、やはり人間にとって必要なことなのであろう。ただ、日本のクラシック音楽の世界では、年の暮れまでは第九第九で大騒ぎし、年が明けると一変、ウィンナ・ワルツで新春を寿ぐという通例があるところ、今年最後に出かけたこのコンサートにおいては、このような日本の風潮に一石を投じるような大胆な仕掛けがなされたのであった。・・・などと大げさに書いているが、要するに上のポスターにあるごとく、バリトンの大山大輔がベートーヴェンに扮し、指揮者の井上道義がヨハン・シュトラウスに扮するという寸劇仕立てのコンサート。チラシは見開きになっていて、中の写真はこんな感じ。
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舞台の奥に蝋燭を3本立てられる燭台とデスクがあり、ベートーヴェンに扮した大山がDJとしてラジオ番組の司会をするという設定で、指揮者の井上も、指揮自体はほとんど(笑)真面目にやってはいるが、ヨハン・シュトラウスに扮してなぜがアヒルのぬいぐるみを持って登場したり(指揮台にぬいぐるみを立てようとしてなかなか立たず、会場から笑いを取っていた)、「鍛冶屋のポルカ」では餅を取り出し、金属片を叩く打楽器奏者と餅つきをしてみたり。年に1度くらいはこんなコンサートがあってもよいではないか。ちなみにジルヴェスターとは大みそかのことで、クラシック界においてはジルヴェスターコンサートという名前はそれなりに定着して来ていると思う。中には深夜に始まってカウントダウンするというものもあるが、この演奏会は15時開始であった。オーケストラは、会場のミューザ川崎シンフォニーホールを本拠地とする東京交響楽団(通称「東響」)のメンバーを中心としてこの日のために編成された、MUZAジルベスター管弦楽団2016だ。先の記事にも書いたが、東響は今晩22時から、まさにカウントダウンのジルヴェスターコンサートを、秋山和慶の指揮で、なんと新潟で行う。なので、川崎で演奏したメンバーの多くはその後新潟に移動しているのではないかと推察している。年の瀬、大変ご苦労様です。

そんなコンサートの曲目は以下の通り。
 ベートーヴェン : 序曲「コリオラン」作品62
         劇音楽「エグモント」序曲作品84
 ヨハン・シュトラウス : 皇帝円舞曲作品437
 ベートーヴェン : 歌曲「アデライーデ」作品46
         歌曲「君を愛す」WoO123
         ピアノ・ソナタ第8番ハ短調「悲愴」作品13から第1楽章
 ヨーゼフ・シュトラウス : 鍛冶屋のポルカ作品269
         交響曲第9番ニ短調作品125「合唱付き」から第3・4楽章

ここで指揮者の井上道義ことミッチーは大はしゃぎ。
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聴き終わって思うことには、日本広しと言えども、指揮者がここまで遊ぶ演奏会は、ミッチーしかありえない。いや実は、ご本人いわく、彼のあだ名はミッチーならぬミッキーらしい。まあともあれ、あれこれの趣向のあったコンサートだが、ミッチー、いやミッキーの指揮は渾身のもので、年末を飾るにふわさしい充実したものであった。そして彼が舞台にアヒルのぬいぐるみを持ってきたときに青天の霹靂のように思い出したことには、以前誰かオペラ歌手から聞いたことには、彼は確か、アヒルをペットとして飼っているのだ。だがこのコンサートのプログラムにおける彼の経歴の最後には、「自宅にアヒルを飼っていた」と過去形での記述がある。自宅に帰ってから調べた公式ウェブサイトの記事は以下の通り。結構泣けるのである。
http://www.michiyoshi-inoue.com/2015/06/post_45.html

ひとつ不可解であったのは、最初の「コリオラン」序曲ではコントラバス3本の小編成であったのに、次の「エグモント」から急に6本に増えたことである。うーん、「コリオラン」の冒頭は音が痩せすぎていた。一体なぜ、あんな痩せた音を鳴らしたのであろうか。謎めいている。これは謎めいたアヒルを抱くマエストロ井上の肖像。
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この演奏会の前半の終わりでは、ピアノ伴奏によるベートーヴェンの歌曲が2曲演奏された。そこでソロを歌ったのは、ソプラノの小林沙羅とバリトンの大山大輔。そう、昨年、野田秀樹演出、井上道義指揮で上演されたモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」でフィガロとスザンナを歌ったコンビなのである。バリトンの大山は今回の演奏会の司会であり構成の担当だが、さすがに歌声も堂々としたもの。
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特に小林沙羅の歌唱は特に素晴らしいものであったが、ここでピアノ伴奏をしたのは、若手ピアニストの中桐 望(なががり のぞみ)。
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今年29歳。藝大とその修士課程をともに首席で卒業したという逸材だ。大変にピュアな音のピアノであったので、これから人生のダシを加えて行けば、人々をして心震わせる素晴らしいピアニストになるに違いない。事前の曲目発表にはなかったベートーヴェンの「悲愴」ソナタの第1楽章を、非常にきれいに弾いてくれたのである。

そして後半には、おなじみ第九の後半2楽章が演奏された。この日の井上は終始暗譜であったが、この第九の後半2楽章においては、指揮棒も持たない自在な指揮であった。特筆すべきは、ミューザ川崎の素晴らしい音響が可能にしたピッコロの鋭い叫びと、普段はこの曲の演奏では目立たないソプラノパートを歌った小林沙羅の歌唱であった。
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こうして今年も暮れて行ったのだが、この日のアンコールには、「蛍の光」が合唱団(東響コーラス)のアカペラ、歌詞なしのハミングだけによって演奏された。つい数日前の秋山指揮の東響の第九では、この曲の伴奏としてつけられた「ヒットパレード」調のオケの演奏と合同であったものの、ここでのアカペラは胸に沁みるもの。しかも合唱団はご丁寧にもあのおなじみのペンライトを持って登場。「これは日本の曲じゃないけど、日本の曲のようだよね。いい曲」と喋って合唱団を指揮し始めたミッチー。おっとこれは客席も歌わざるを得ないか、と一瞬覚悟を決めたが、結局合唱団のアカペラで終わったのであった。

そんなわけで2016年もあれこれ文化の諸相を楽しんだ私であるが、今年も残すところあときっかり1時間。いやー、本当に今年の秋のオペラとオーケストラの怒涛の攻撃には参ったものだが、まあなんとかそれを乗り越えて生き残った。来年はいかなる年になるのか分からぬが、ともあれ、よいお年を!!
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by yokohama7474 | 2016-12-31 23:00 | 音楽 (Live) | Comments(2)

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この映画の評判を耳にしたのはごく最近のこと。初期のデヴィッド・リンチを思い出させる作風と聞いて興味を持った。予告編も見ることができたが、なるほど怪しい雰囲気だ。なんでも、女性と子供しか暮らしていない島で起こる神秘的な出来事を描いているとのこと。調べてみると、渋谷のアップリンクという芸術系ミニシアターで既に1ヶ月以上上映している。危ない危ない。こういう映画を見落としては文化ブロガーの名がすたる。そう思って実際に足を運んでみると、年の暮れも近いというのに、60名ほど収容の劇場が満員の盛況だ。皆さん年末の大掃除もしないで、こんな妙な映画を見ていてもよいのでしょうか。あ、もちろん自分のことは棚に上げています(笑)。

これは81分と比較的短い映画であるが、上映回によっては同じ監督の18分の短編「ネクター」(2014年制作)が併映されることもあり、お得と言えばお得。この「ネクター」はフランス映画であるが全くセリフがない。「女王蜂とメイド蜂たちの密やかな儀式を艶めかしく幻想的なタッチで描いた作品」との説明をサイトで見ていたが、まさにその通りで、あまり家族揃ってニコニコ見るようなタイプの映画ではない(笑)。印象に残るシーンもいくつかあって、芸術性は高いが、ただ若干個々の画面のイメージに依存しすぎで、流れが悪いような気がしないでもない。以下はこの「ネクター」から。
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本編の「エヴォリューション」について語ろう。これは、短編「ネクター」よりも洗練度が高いと言えるだろう。もちろん同じ作家の手になる映画であるから、共通するイメージもあるにはあるが、こちらはなかなかに手の込んだ作りになっている。作風がデヴィッド・リンチに似ているかと訊かれれば、まあ確かに「イレイザーヘッド」を思わせるシーンはある。ご存知の方はそれだけでなんとなく分かってしまうかもしれないが、なんというかその、ウネウネ、ピチピチ感が・・・。プログラムに掲載されている監督のインタビューを見ると、実際にその映画から影響を受けたと語っている。もちろんリンチだけではなく多くの映画や文学からの影響があるようだが、中でも面白いのは、この作品を撮るときの参考として撮影監督に見せた映画は、中川信夫の「地獄」であったということ。あの毒々しい色彩感覚とこの映画の耽美性はちょっと違っていると思うが、でもまあ、あのようなキッチュでグロテスクな映像がイメージの原点にあったと想像すると面白い。また、島で起こる物語であるゆえ、陸地の映像には大変な閉塞感がある点が顕著な特色である。室内の撮影においては、ほとんど照明を使っていないと思われるし、また、例えば茶色いシーツに茶色いシャツとか、緑色の壁に緑色の食べ物とか、あえて同系色を組み合わせることで、余計逃げ場のない息苦しい雰囲気を作り出している。一方、海のシーンは美しいのだが、ストーリーを追って行くうちに、何か水が生きて意思を持っているかのような不気味さも感じることとなった。
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撮影は5週間に亘り、スペインのカナリア諸島のランサローテ島という場所で行われ、多くのキャストを現地で見つけなくてはならなかったとのこと。全体的にセリフ(フランス語)は少ないとはいえ、そのような現地でのキャスト探しの苦労を思わせないような統一感のある耽美性は充分で、その点は称賛に価する。大人の女性と男の子たちしかいないという異様な光景は、それだけで確かに奇妙な怪しさを帯びていて、ここで少年たちが出会う運命には、何か本能的な恐怖を感じるような作りになっている。従って、登場する女性たちが素人っぽければ雰囲気が壊れてしまうだろう。その点でのこの作品の作りは非常に丁寧だ。
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主役のニコラを演じるのは、2001年ベルギー生まれのマックス・ブラバン。映画初出演だが、なかなか初々しくてよい。ベルギー出身のブラバン(フランス語発音で最後の"t"を発音しないとすると)ということは、あのブラバント公の子孫なのだろうか。気になるところである。ブラバント公とは、今のベルギーとオランダにまたがる地域を治めた公爵家のことで、音楽好きにとってはワーグナーの「ローエングリン」でおなじみである。
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監督の語るところによると、前作(未見だが「エコール」という、これは少女たちについての映画らしい。写真を見るとこれも大変に怪しそう 笑)から10年の間、この作品の資金集めに奔走したが、内容が理解できないとコメントされることが多く、難航したとのこと(まあそれはそうでしょうな・・・)。だが最終的にフランス、スペイン、ベルギーからの資金を取り付けて制作されたらしい。10年間の資金集めの間にも、監督のイメージが凝縮して行ったような、怪我の功名という面があるのかも、と想像したくなる。これだけ趣味性の高い映画を、多くの人々を巻き込んで制作するのは大変なことで、強い信念と、転んでもただでは起きない逞しさが必要であろう。

ここで監督監督と何度も繰り返しているが、どのような人であるのか。ルシール・アザリロヴィック。1961年生まれの55歳の女性。フランス人だがモロッコで育ったという。こんな普通な感じの人で、とてもこのような怪しい映画を撮る女性とは思えない!!
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そして、興味深いのは、このルシールさんは、1998年の「カノン」という個性的な作品で日本でも話題になった映画監督、ギャスパー・ノエと結婚しているのだ。彼もフランスで活動しているが、もともとはアルゼンチンの人らしい。最近あまり名前を聞かないと思ったら、あぁ、そうか、今公開されている「LOVE 3D」というのが彼の新作だ。夫婦の新作が同時に日本で公開されているという珍しいパターンだ。
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もう一度この「エヴォリューション」に戻ると、この題名は生物学上の「進化」の意味と解釈しよう。ネタバレは避けるが、この映画をご覧になると、その意味が明確になるはず。だがここで描かれた進化は、果たして本当に進化なのか。一風変わったラストシーンでは、説明も語りもセリフも何もなく、静止画のようでいて静止画ではない、変化のない映像が流れ続ける。それは何の変哲もない夜景であり、そには確かになんらかの生命体がいて、文明があり、近代的な経済活動を行っているはずだが、遠くから響いてくる人間(なのかそうでないのか知らないが 笑)の営みを示す効果音のリアルさが、それまでの夢幻的な風景とは打って変わって、現実的で冷たい感覚を見る者に与える。驚愕のラストという言葉は似合わないが、一度見たらなかなか忘れることはないだろう。

最後に音楽について少し。ここでは、フランスで1920年代に発明された電子楽器、オンド・マルトノが頻繁に使用されている。空間を漂うような不思議な音を出すので、夢幻的な雰囲気を表すにはうってつけの楽器だ。この楽器を使用したクラシック音楽というと、なんといってもメシアンの「トゥーランガリラ交響曲」が有名で、オネゲルの「火刑台上のジャンヌ・ダルク」でも効果的に使われている。
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プログラムに掲載されている監督のインタビューによると、メシアンの "Oraison" (1937年)という曲を映画の中で使いたかったが、著作権の問題で難しかったので、よく似た曲を作ったとある。この曲は聴いたことがないので、早速手元にあるメシアン作品全集(全32CD)を取り出して来て調べてみたが、どういうわけか採録されていない。そこでネット検索したところ、日本語では「祈祷」と訳される、オンド・マルトノのアンサンブル(!)のための曲らしい。またこの曲の旋律を、第二次大戦中の捕虜として悲惨な状況にあったメシアンが書いた傑作「世の終わりのための四重奏曲」でも使っていることが判明。なるほど、このアザリロヴィックのこだわりが理解できるような曲である。

このように、大変趣味性の高い映画であり、見終ったあとのカタルシスもないので、この手の映画が感覚的に好きだという人にしかお薦めできないが、既に上映1ヶ月を経ても細々ながら観客動員が続いているようなので、もしかするとこの手の映画を好む人は案外多いのかもしれない。こんな映画を見る選択肢を与えられている我々はラッキーだと考えることにしよう。

by yokohama7474 | 2016-12-31 00:59 | 映画 | Comments(0)

藪内左斗司(やぶうち さとし)は1953年大阪生まれ。東京藝術大学大学院教授であり、また現代日本を代表する彫刻家である。自ら彫刻作品を制作するのみならず、古い仏像の数々の修復にも携わっており、最近ではその方面での興味深い著作もあれこれ出している。そんな藪内の名前が一気に知れ渡ったのは、今から6年前、2010年に平城京遷都1300年祭の際にキャラクターとして制作された「せんとくん」である。
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実は私自身も藪内の名前を知ったのは、この「キモかわいい」キャラクターによってであった。発表当時は賛否両論であったようだが、なんといってもこのキャラクターは一度見たら絶対に忘れない、何か気になる存在であったからこそ、成功したのであろう。もともとは藝大のエラい先生なのであるが、その後ご本人のマスコミへの露出度も上がり、このような写真を見ると、巷でよく言われる、このせんとくんは自らをモデルにしているのではないかという説に加担したくなる(笑)。
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彼の作品展が「やまとぢから」というタイトルで開かれたのは2013年から2014年にかけてで、全国5ヶ所での開催であったが、東京での開催がなかったこともあり、心ならずも見逃してしまった。それが悔しくて、その図録だけ書店で購入し、時折パラパラめくっては、日常の疲れを忘れて癒されているのである。
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この本にはまた、藪内が手掛けた数多くの国内外の彫刻作品が写真つきで掲載されていて誠に楽しい。そんなある日、NHK BSプレミアムで草刈正雄が出演している趣味の番組「美の壺」で鬼をテーマにした回があり、そこで明らかに藪内の作品と分かる屋外の彫刻が紹介されているのを見た。それは府中にあるという。なんと。その府中には近々、藤田嗣治展を見るために訪れる予定である。様々な文化芸術との出会いにおいては、このような偶然のめぐり合わせが実は大きな意味を持つことがある。その府中行きをきっかけに、何度かの機会を見つけて、首都圏にある藪内の彫刻を少し見て回ることとした。以下はごく限られた例に過ぎないが、彼の彫刻の持つなんとも言えない癒しの効果を、このブログをご覧の方々とシェアできれば本望である。では、場所別にご紹介しよう。

* 童々広場 (どうどうひろば、東京都府中市寿町1-12)
これが藪内作品を見たいと思ったきっかけの公共彫刻群。片側1車線の車道の脇にある三角形の土地に置かれている (1996年制作)。決して広場というほど広い場所ではなく、子供たちが遊ぶような場所とも思われないが、街の人たちにとってはよい憩いの場になるのはないだろうか。もともとは桜通り広場公園というらしい。
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上の表記に従ってご紹介すると、まずは「蓮の池」と、「走る童子」、それから「カエル」。
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童子とカエルのアップ。点々とつらなる彫刻群には緩やかな運動性があって、それがなんとも心地よいなごみ空間を作り出している。
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それから、「桜の童子」は2人いて、それぞれ桜の枝を支えるべき柱を抱えているのであるが、うち1人の童子の上には、桜がない。すぐ下の写真の奥に見える彫刻だが、ちょうどその奥の桜の枝がかぶっているように錯覚するが、実は柱の真上には何もないのだ。制作後に枝が枯れてしまったという事情だろうか。だが、それでも怠けずに役目を果たそうとする童子の健気さがよいではないか(笑)。
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これが手前の桜の童子。しっかりお役目を果たしている。
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これが奥の桜の童子。おっと、柱の上には枝がない。驚いて見上げているのだろうか。もう1本の柱の童子と同じ顔にも見えるが(笑)。
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それから、ちょっと見つけにくいのは、「こぼすなさま」である。だがここに掲載した写真の位置関係から、設置場所は自ずと明らかだろう。現地に行かれる方は探してみて頂きたい。ちなみにこのこぼすなさま、ほかの場所でも同名の彫刻を見かけたのであとでご紹介するが、ここでは、ゴミ捨て場を見張っておられるらしい。
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* 青松寺 (せいしょうじ、東京都港区愛宕2-4-7)
次にご紹介するのは、都心でまとまった数の藪内彫刻を見ようとすると最適の場所である。愛宕(あたご)にある青松寺。私も以前から都心をタクシーで移動するときになんとなく気になっている場所であったのだが、まさかこんなに面白い場所とは知らなかった。もともとこの寺は1476年、つまり江戸開幕前の室町時代に、太田道灌によって麹町に開創された。その後家康によって現在地に移築され、江戸時代は禅宗の一派である曹洞宗の一大道場であったらしい。現在では愛宕グリーンヒルズのMORIタワーとフォレストタワーが左右に立っていて、なかなかに鮮やかなコントラストをなしている。
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この寺は近年伽藍を一新して、その際に藪内に様々な彫刻が依頼された。早速この門の左右に、大作四天王像(2004年制作)を見ることができる。天気のよい朝の撮影で、ガラスの反射によって見にくくなってしまっている。その威容が伝わればよいのだが。
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仏像好きなら誰もがすぐに分かる通り、これは東大寺戒壇堂(私の世代なら「戒壇院」の呼称の方になじみがあるが)の四天王像をモデルにしている。順番に、持国天(東方守護)、増長天(南方守護)、広目天(西方守護)、多聞天(北方守護)。それぞれの足元に踏まれた邪鬼もユニークだが、特に持国天の邪鬼は、顔をまともに踏まれていて悲惨である(笑)。
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そして境内に入って右側には、4匹の像に乗った楽し気な童子たちに囲まれた誕生釈迦仏が。天上天下唯我独尊である。
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本堂に向かって左手の堂は、獅子吼林サンガと名付けられた大きな僧堂であるが、その脇の塀にこのような龍が水しぶきを上げている。この龍、下の方から塀にからだをぶち込み、ねじれをもってまた塀の向こうからこちらに突き出しているのだ(笑)。もちろんこれも藪内の作品。いや実に楽しくて、見ていて飽きることがない。
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本堂にもお参りし、一旦門の方に戻ってくると、青空をバックにした門の鬼瓦が面白い。明記はされていないものの、これも藪内のデザインではないかと思いたくなる。いや、もしそうでなくとも、この藪内ワールドにあるだけで、充分人を和ませる雰囲気が出てくるのだ。
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さて、この寺の敷地に、見逃してはならない藪内作品群がもうひとつある。この地図の左側の真ん中あたり、智正庵とあるが、これは茶室である。そのあたりに行かなければ。
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愛宕グリーンヒルズMORIタワーの右横に、このような石段があるので、これを登って行く。そして見えてくる智正庵。
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この茶室に向かって右側の林の中(「望楼」という四阿の近く)に、藪内の手になる十二支を象った彫刻群がある。摩尼車と言って、よくチベットなどで見かける(あ、行ったことはありませんが 笑)、グルグル回すとお経を読んだのと同じご利益があるという、あれだ。確か太宰治の何かの作品においても、印象的に登場していた。ここの摩尼車は、3基ずつ4ヶ所に設置され、十二支の干支がそれぞれてっぺんに乗っていて可愛らしい。
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丑(うし)の像はせんとくんタイプで、まさに藪内の面目躍如。この青松寺、都心にありながら緑も豊かで、時折散歩したくなるような場所だ。藪内作品たちも実によく調和している。尚、ここには1994年作の十六羅漢像もあるが、非公開。以下は書物からの撮影である。
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* 正蔵院 (しょうぞういん、東京都大田区本羽田3-10-8)
ここは羽田空港からほど近い場所にあり、すぐ隣には羽田神社という神社がある。街道沿いということで古くから賑わった場所であるらしい。
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このお寺は不動明王を本尊としていて、羽田不動尊とも呼ばれているらしいが、境内の一角に海照殿と呼ばれる新しい建物がある。これは以前存在した別の寺を引き継ぐものであるらしく、見たところ、法要などを行う場所であるかに見える。
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実はこの中に、藪内が2008年に制作した美しい地蔵菩薩坐像と、かわいらしい六地蔵が安置されている。私が伺った際には建物は閉まっていて人の姿も見えなかったので、残念ながら内部の拝観は叶わなかったが、書物の写真によると、このような仏さまである。これらの藪内作品は、ここでは実際に信仰の対象となるもので、彫刻の質としては当然それにも耐えうるのだという証明になろう。
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* 武蔵野稲荷神社 (東京都練馬区栄町10-1)
これはまた少し毛色の変わった藪内作品であり、ファンならば是非見ておきたい場所だ。西武池袋線の江古田駅の近くの稲荷神社の門と拝殿の彫刻を、藪内が手掛けているのだ(2010年制作)。写真で見て、なんと立派な建物だろうと思って現地を訪ねると、神社の敷地自体はごくごく狭いものであることに驚いた。だがそのこじんまりした場所を彩る装飾の素晴らしさには、感嘆の声を上げざるを得ない。
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石の鳥居は立派だが、そこにこのような立て看板が。確かにここは名門武蔵中学・高校と武蔵大学の目の前だが、ここで名指しされているのは何やら可笑しい。そんなに武蔵の学生さんたちの通り抜けが多いのだろうか(笑)。
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そして見えてきた神社の門は、随神門と呼ばれている。都心で見る神社建築としては、なかなかに決まっている。
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そしてこの門には数々の彫刻が施されている。稲荷神社に因んでのことであろう。門の表裏に沢山の狐の彫刻が。
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なんとも可愛いのであるが、それだけではなくて、平安の昔を偲ばせるような彫刻を見ることができて楽しい。
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そして拝殿。これも立派な建物なのだが、やはり規模はさほどではない。だがここの彫刻も、見ていてなんとも楽しいのだ。まさに、ほかには存在しない藪内ワールドである。
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平成の時代においても、これだけの神社彫刻が作られるのは、やはり藪内あってのことであろう。心がなんとも温かくなる。

* 稲毛神社 (いなげじんじゃ、神奈川県川崎市川崎区宮本本町7-7)
東京の北部から一気に南下して、ここは川崎市。我が家からは多摩川を隔てた反対側であるが、この川崎にもいくつか藪内の彫刻があるのである。まずは、第一京浜沿いの稲毛神社。この神社には樹齢一千年と言われる大イチョウのご神木があり、その創建は気が遠くなるほど昔なのである。
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この神社の境内に鎮座している狛犬が藪内の作品。「天地睨みの狛犬」と題されている。もちろん左右で阿吽をなしている。
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よく見るとまぎれもない藪内の彫刻であるが、もしかすると、言われないと気づかないかもしれない。

* 王禅寺 (神奈川県川崎市麻生区王禅寺940)
こちらは同じ川崎市と言っても随分離れている。山深い雰囲気のお寺である。
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このあたりには柿生(かきお)という地名もあるくらいで、江戸時代からの柿の名所なのである。家康以来の柿にまつわる伝承があり、江戸時代は幕府直轄の天領であったらしい。この王禅寺の境内には、白秋の詩をはじめとした柿関連の表示があれこれ。
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さて、ここにある藪内の野外彫刻は、「禅寺丸」。いかめしくもユーモラスな鬼の彫刻であるが、その右手にはしっかりと柿が握られている。
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実はこの寺には、屋外のブロンズ像以外にも藪内の木造彫刻がいくつかあるらしいが、残念ながら非公開。ここでは書物から撮影した写真を掲載する。上記のブロンズ像と同じ「禅寺丸」と、「稚児大師」。
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* 常泉寺 (神奈川県大和市福田2176)
ここは江戸開幕前の1588年の開創と伝わる古い寺。入り口はこのような情緒あふれる雰囲気なのである。
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そして拝観料300円を払って見ることのできるこの寺の庭には、数々の花に加え、藪内の作品とそれ以外の彫刻が、ところ狭しと並んでいる。まずはおなじみ、せんとくん。
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そしてこれが、縁結び菩薩。足元にはなぜかカエル型の童子たち。
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カエル型といえば、この寺には河童の置物も多く、これらカエルはいわばその変形であろうか。境内にある河童七福神のユニークな鳥居にも、いかにも藪内テイストのカエル童子たちが張り付いているのである。
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境内にはほかにも、花の観音もある。
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そして帰りに境内のトイレに立ち寄ると、なんとそこにも藪内彫刻が!!
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それから、おっとここにも、府中にある彫刻と同じ名前の「こぼすなさま」が。この場合はトイレの真ん前にあるのでよく分かる。そう、トイレの神様なのだ。ここではトイレ掃除用のブラシを持っておられる(笑)。
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そんなわけで、首都圏のいくつかの場所で見ることのできる藪内佐斗司の彫刻のいくつかをご紹介した。これら以外にも、マンションや会社ビル等に置かれた公共の彫刻や、寺院に安置された仏像など、様々な藪内彫刻が点在する。そのいずれもが、見る人を和ませる効果があり、これからの時代も人々から愛され続けて行くだろう。藪内先生、小型の童子像ばかりではなく、今後は是非大型の彫刻も作って頂きたい。未来永劫、都民は大切に守って行きますよ!!

by yokohama7474 | 2016-12-29 22:43 | 美術・旅行 | Comments(0)

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このブログで何度も唱えてきた通り、秋山和慶は私が最も敬愛する指揮者のひとり。この人が指揮する第九を聴かずして今年を終えるというのもいかがなものかと思い、公演日の間近になってチケットを購入した。実は、いかに12月の東京のコンサートホールがこのベートーヴェンの第9交響曲に彩られるとはいえ、年も押し詰まった28日と、その翌日、29日になっても未だ第九を演奏する在京オケは、秋山が手塩にかけて育てたこの東京交響楽団(通称「東響」)しかない。これは毎年のことであり、実はその理由もあるので、後述する。
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東響は、秋山が実に40年に亘る音楽監督のポストを2004年に辞したあと、ユベール・スダーン、そして現在のジョナサン・ノットの時代になってからも、年末の第九だけは必ず秋山の指揮であり、そしてタイトルは毎年、上のポスターにあるごとく、「第九と四季」なのである。それは、メインの第九の前に、バロック音楽を代表するヴィヴァルディの「四季」の一部が演奏されるからだ。そして「四季」では必ず秋山自身がチェンバロを弾く。ではここで、このブログオリジナルの「第九チェックシート」を見てみよう。

・第九以外の演奏曲
  ヴィヴァルディ : ヴァイオリン協奏曲「四季」からホ長調「春」、ヘ短調「冬」
・コントラバス本数
  8本
・ヴァイオリン対抗配置
  なし
・譜面使用の有無
  指揮者 : あり
  独唱者 : なし
  合唱団 : なし
・指揮棒の有無
  あり
・第 2楽章提示部の反復
  あり
・独唱者たちの入場
  第 2楽章と第 3楽章の間 (オケのチューニングの後)
・独唱者たちの位置
  合唱団の最前列中央 (オケの後ろ)
・第 3楽章と第 4楽章の間のアタッカ
  あり

実はこれ、昨年の同じコンビの演奏からコピペしたものであるが、昨年からの違いが2点ある。ひとつはコントラバスの本数で、昨年は6本だったはずが(私の数え間違いでなければ)今年は8本。そして今年の独唱者たちは、昨年は外国人ひとりが楽譜を見ながらの歌唱であったところ、今年は全員暗譜であったことである。

前半の「四季」抜粋では毎年若手女流ヴァイオリニストがソロを弾くが、今年のソロは、青木尚佳(なおか)。1992年生まれの24歳で、2014年の名門ロン=ティボーコンクールで2位に入った実績の持主である。
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未だ若手でありながら、上背もあり、そのステージマナーはなかなかに堂々たるもの。非常に丁寧な演奏ぶりであり、例えば「春」では時に笑顔を見せながらの演奏であったにもかかわらず、「冬」に入る箇所ではしばし立ちすくんで集中力を高めていた。クリアな音を持つ優れたヴァイオリニストであることは間違いない。ただ、この若さならもう少し暴走しても許されるようにも思うが、いかがなものであろうか。

そしてメインの第九。上述の通り、昨年よりも弦楽器を増やしての演奏とは意外である。76歳まであと数日(1941年1月2日生まれ)の秋山にして、この破天荒な交響曲の演奏においては未だに試行錯誤の面があるということか(昨年数え間違いまたは記載間違いなら申し訳ありません)。だが、鳴り始めた音楽は確信に満ちたもので、いついかなる状況においても信頼するに足るこの指揮者の本領発揮である。ただ強いて言えばこの演奏、冒頭からクライマックスに向けて、尻上がりによくなって行ったようにも思われる。昨年も似たような感想を書いた記憶があるが、特に第1楽章の力強さには、今一歩の課題があるのではないか。その代わりというべきか、このオケの木管楽器のレヴェルの高さは冒頭から明らかで、先般のN響の演奏よりもこの点だけなら充実していたように思う。さて、尻上がりの熱狂にはひとつの証拠がある。マエストロ秋山は、どんな曲でもスコアを見ながら指揮するのであるが、今回の第九、終楽章の途中でふと気が付くと、もうスコアをめくっていない。それだけ音楽への没入度が深かったということだろう。一見常に冷静に見えるこの指揮者には、内なる熱い炎が燃えていることは以前からよく認識しており、それゆえに私はこの指揮者を深く尊敬するのであるが、今回のような演奏に接すると、やはりこの指揮者の演奏を、これからも可能な限り聴いて行きたいと思うのである。

ソリストについても面白い発見があった。昨年のこの指揮者と楽団の顔合わせでは、4人の独唱者のうち1人だけ、ソプラノが外人であった。そして今回は、テノールだけが外人。しかも、メゾソプラノとバスは昨年と同じ歌手である。詳細は以下の通り。
 ソプラノ : 木村博美
 メゾソプラノ : 清水華澄
 テノール : ロバート・ディーン・スミス
 バス : 妻屋秀和

おぉ、ここでテノールを歌っているロバート・ディーン・スミスは、あの世界一流のワーグナー歌いではないか。
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正直なところ、トルコ行進曲における彼のソロは、うーん、ちょっと年取ったかなぁという印象もあったが、4人の独唱者のアンサンブルはなかなかに素晴らしいものであった。一方、大編成の東響コーラスは、もちろん歌う楽しみに溢れた歌唱であったものの、東京オペラシンガーズの精鋭部隊を聴いた耳には、もう少し声の束としての力が欲しいような気がした。ところで、終楽章の大詰めでは通常独唱者たちは歌わないところ、先にブロムシュテットとN響の演奏では、合唱団と一緒に独唱者たちも歌っていたとご報告したが、今回の演奏では通常通り、その部分は独唱者たちは歌わず、四重唱を歌い終えると、あとはただ最後まで立っているだけ。だが、先のブロムシュテットの演奏を経験してしまうと、この当たり前のことが少し残念に感じられるから不思議である。なぜならこの大団円では、文字通りすべての演奏者が演奏に加わっている(最後にしか現れない打楽器3名、ピッコロ、トロンボーンもすべて含め)からだ。それだけの巨大な盛り上がりの中、独唱の4人だけがだんまりを決め込んでいるのは、それに気づくと何やら不気味ですらある。例えばマーラーの「復活」の大詰めでは、独唱者も音のうねりの中に参加して感動的なのである。第九もやはりそうあるべきではないか。今後の演奏ではこの点をよく注意して聴いてみよう。

熱演のあと、恒例の「蛍の光」が演奏された。例によって合唱団の一部のメンバーが客席に降りて歌い(ソリストも一緒に歌うが、歌詞が日本語なので、ロバート・ディーン・スミスはここだけ譜面と首っ引きだ)、ついで秋山が客席を振り返って、聴衆にも歌うことを促す。そのあとは照明が落ちて、合唱団がペンライトを振りながらのハミングとなる。筋金入りの音痴である私としては、自分で歌うのは恥ずかしいのであるが、小声で歌詞を口ずさむことで、その場に集まった2000人の人たちのご縁を感じることができて、やはり感動的なのである。そして、いつもの通り「ヒットパレード」風のエンディングを聴いて、世界広しと言えども、第九の演奏のあとにこの音楽を指揮できるのはマエストロ秋山だけだと実感するのである。そしてここで気付くことには、この演出を行うには、やはりクリスマスも終えて、本当に暮れも押し詰まってからでないと格好がつかない。このオケがいつも遅い時期に第九を演奏するのは、これが理由であったのだ。

今年は4楽団の第九を5回の演奏会で堪能したが、こうして比べてみると、それぞれのオケの持ち味があって面白い。例えばこの東響は、上述の通り、この12/28、29という押し詰まったタイミングでしか第九を演奏しないのかと思いきや、調べてみると、これに先立つ12/24、25には、長野や富山で、山下一史(以前カラヤンの代役として急きょジーンズでベルリン・フィルを指揮して第九を演奏したという逸話で知られる)の指揮で演奏している。なるほど、このような方法もあるわけだ。ちなみにこのオケ、大みそかでは一部のメンバーが15時から本拠地のミューザ川崎シンフォニーホールでの演奏会に参加し、その後22時から新潟で年越しコンサートに秋山とともに出演する。大忙しなのである。
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さて、私にとってはこれが今年最後のコンサートではなく、もうひとつあるので、今年を振り返っての感慨をここで書き記すことはしないが、よくよく考えてみると、今年2016年は、東京で、いやさらに正確に言うとサントリーホールで、ベルリン・フィルとウィーン・フィルの両方が第九を演奏した年なのである。そんなことがこれまであったであろうか。実に、東京おそるべし。何度も口に出して言っているうちに、もしかして世間一般でもそのことに気付くのではないかと思い、今日もひとりごちてみる。

by yokohama7474 | 2016-12-29 00:44 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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つい2日前、12/25(日)にNHKホールで聴いたばかりの、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団(通称「N響」)によるベートーヴェンの交響曲第9番ニ短調作品125「合唱つき」の演奏を、今度は会場を変えて、サントリーホールで再度楽しんだ。先の記事でご紹介の通り、NHKホールでの4回の演奏会のチラシと、1回だけのサントリーホールでの演奏会のチラシは違うものである。どうやらこの最後の1回は、簡易生命保険誕生100周年も兼ねた催しで、かんぽ生命がスポンサーとなっている。だが、会場でかんぽへの勧誘があるでなし(笑)、ごく通常のコンサートである。もちろん、N響の名誉桂冠指揮者である巨匠ブロムシュテットの指揮であるから、その内容が「ごく通常」であるわけもない。この指揮者は長年に亘り東京の音楽シーンの充実に大きな貢献を果たしてきた。決して奇をてらうことはないが、その音楽の説得力には、本当に心からの敬意を表するに値しよう。

今回は恒例の第九チェックシートを使うのはやめよう。なぜなら、ただひとつの項目を除いては、前回のコンサートとすべて同じ内容になるからだ。唯一違うのは、「第九以外の演奏曲目」であり、今回は以下の4曲のオルガン・ソロでの演奏があった。合計演奏時間は20分程度。
 バッハ(デュプレ編) : カンタータ「神よ、あなたに感謝をささげます」BWV.29からシンフォニア
 フロール・ペーテルス(1903-1986) : コラール前奏曲「輝く暁の星の麗しさよ」作品68-7
 シャルル・マリー・ヴィドール(1844-1937) : バッハの思い出から「夜警の行進」
 シャルル・マリー・ヴィドール : オルガンのための交響曲ヘ短調作品42-1 「トッカータ」
オルガン独奏は、若手オルガニストの勝山雅世。
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この4曲、まあヴィドールのオルガン交響曲はそれなりに知名度はあるが、題名を見る限り、それ以外は結構渋い。だが、聴いてみて安心。最初の曲は無伴奏ヴァイオリン・パルティータ3番の有名な冒頭部分と同じだし、3曲目はやはり有名な「目を覚ませと呼ぶ声が聞こえ」の編曲である。オルガンという楽器は演奏する人間に比べてあまりに巨大なので、演奏によってEmotionの入り込む余地があまりなく、とにかく流れのよい、また時には迫力ある音が鳴ってくれれば満足できるのであるが、この4曲のダイナミックレンジは大したもので、楽しむことができた。ただ、それぞれの曲ごとに拍手が起きて、勝山は律儀に毎回毎回、長い椅子の上を滑って移動しては一旦客席に向けて丁寧にお辞儀をし、また座り直すということを繰り返していた。ここは拍手を無視して、そのまま演奏を継続してもよかったようにも思う。いずれにせよ、第九の前座ではあったものの、落ち着いて聴くことのできたオルガンであった。

さて、メインの第九。通して聴いてみると、2日前のNHKホールでの演奏と細部の印象までぴったり同じである。ただ、やはりホールの音響の違いはいかんともしがたい要素として存在し、NHKホールでの演奏が、多分に想像力で補って「こういう音が鳴っているのだろう」と思った、その通りの音が、サントリーホールでは素晴らしい美感とともにストレートに耳に入ってくる。いやもちろん、NHKホールでも上質な音楽体験はできるものの、サントリーホールはその点において別格だと言いたいのである。特にこの曲の第1楽章。私は前回の記事で、迫力において今一歩という内容を書いたが、今回の演奏では、弦楽器の燃焼度がストレートに耳に入る分、前回よりも迫力のある音に聴こえたと思う。その一方、前回の記事には書かなかったが、なぜか木管楽器の緊密さに今一歩の課題があるように感じたのは、前回も今回も同じ。なにせ音楽とは目に見えないものだけに、その時々の印象が時間とともに変わってしまうことは往々にしてあるが、ただ、聴いている者が素直に感じることには、なにか理由なり背景があることも、一方で多いのである。ともあれ今回のブロムシュテットの演奏は、総合的に見て、やはりそう滅多に経験できるものではない素晴らしいものであったことは間違いないと思う。
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プログラムには、ブロムシュテットの第九の解釈が記載されているので、その要約をここでご紹介する。
・第1楽章は創造の喜びを表現。決然とした第1主題は神を象徴。一方の第2主題は人間味あふれるもの。
・第2楽章は意図的に、はじけるばかりの喜びを描く。中間部は一転して滑らかで美しい。すばらしいコントラスト。
・第3楽章は歌心あふれ抒情的。第1楽章冒頭と同じ音程を利用していて、いわば同じレンガで全く違う建造物を構築している。
・第4楽章は、第3楽章終結部の平穏がら一転しておぞましい不協和音で始まり、人生には過酷なことが起こることを思い出させる。それから意外にも心なごむメロディが出てくる。この楽章でも神を象徴する主題と人間を表す主題を組み合わせている。つまりこれは神と人間の共存が可能ということ。
・ベートーヴェン自身によるメトロノーム記号は速すぎると考えられてきたが(ここでフルトヴェングラーに言及)、長年の研究の結果、自分としては作曲者の指示は適切で自然なテンポと思えるようになった。

彼の発言で私が面白いと感じるのは、どの楽章もなんらかの喜びや安らぎを表現しているという解釈だ。なるほど、神は劇的な試練を人に与えるけれども、人間が喜びや安らぎを求める心情は、それと共存するべきものである、ということだろう。稀有壮大な作曲理念に向き合うには、テンポひとつ採っても相当な確信がないといけないということか。何十年もの経験が生きるのが、指揮者という音楽家の不思議なところである。今回、5回の第九を矍鑠として振り終えたマエストロに対し、終演後には楽員からの花束も贈られ、会場はまさに人間的な喜びに満ちたのであった。
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今回、89歳のブロムシュテットの指揮を体験して、これはもしかすると11年後、人類は史上初めて100歳の現役指揮者を持つことになるのではないかと考えてしまった。レオポルド・ストコフスキーや朝比奈隆が果たせなかったその目標は、もしかすると易々と達成されてしまうのではないかと思ってしまう。もっとも、上には上がいて、現在93歳のスタニスラフ・スクロヴァチェフスキも現役で活動しており、来年はまた読売日本交響楽団を振りにやって来る。彼らに共通するのは、感傷性のなさである。純粋な音楽への献身こそ、長い現役音楽家としての最大の資質なのであろう。ギネスブックに載るような活躍を、これらのマエストロには期待しよう。

by yokohama7474 | 2016-12-28 00:54 | 音楽 (Live) | Comments(2)

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この映画の予告編を見て、これは見るべきものという内なる声を聞いた。それは、テレンス・マリックの脚本監督、クリスチャン・ベイル主演、ケイト・ブランシェットとナタリー・ポートマン共演という名前の羅列でも充分であるが、気になったのはその題名だ。「聖杯たちの騎士」・・・なんだかあまり語呂がよくない。それを言うなら、「聖杯の騎士たち」ではないのか。もちろんこれは、音楽好きならワーグナーの最後の作品、舞台神聖祝典劇と名付けられた「パルシファル」を思い浮かべる言葉であり、そうでない人も、アーサー王伝説やモンティ・パイソンによるそのパロディ映画、あるいは小説や映画の「ダ・ヴィンチ・コード」などが頭に浮かぶことであろう。原題を見てみると、"Knight of Cups"とある。Cupとはまた、なんとも普通の英語である(笑)。確かにゴルフなら、○○カップのことは○○杯というので、"Cup"が「杯」であることは間違いないが、「聖」の字はどこに行った?「聖杯」を指すのなら、まさにモンティ・パイソンの映画の題名にあるごとく、"Holy Grail"というべきではないのか。それから、百歩譲って"Cup"を「聖杯」と訳すとしても、その複数形"Cups"を「聖杯たち」と訳すのはどういうことだろう。「たち」がつくのは普通は人である。なので、「聖杯の騎士たち」とは言うが、「聖杯たちの騎士」とは、日本語では言わないだろう。・・・予告編で流れる美しい映像を見ながらも私は、まずは邦題へのハテナマークで頭の中が一杯になってしまったのである。

この映画のプログラムを見ても、題名の意味は書いていないが、チラシには一応解説がある。なんでもこれはタロットカードのうちの一枚で、「カードが正位置に出ると"ロマンチスト、心優しい、優雅、積極的、成功"、逆位置に出ると"口が達者、女たらし、嘘つき、失敗、挫折"といったイメージを表すと言われる」とのこと。これがそのカード。
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ただ、ネット検索してみると、このカードの呼び名は「カップの騎士」「杯のナイト」等であって、Cupのことを「聖杯」と訳している例は見当たらなかった。従ってまず私は、この邦題への強い違和感を表明せざるを得ないのである。

この映画は普通の劇映画とは違っていて、ストーリーが分かりやすく展開されることはない。クリスチャン・ベイル演じるところのリックという男が、過去の様々な女性との巡り合いを回想するという設定なのであるが、記憶の断片が行き交うような作りであり、起承転結がない。主人公がどうやらハリウッドに関係して成功している男であることだけは分かるが、その職業や、過去に彼の弟にいかなる悲劇があったのか、父親との関係はどうなのか、そして、それぞれの女性とはいつ関係があったのか、いずれも明確に描かれることはないのである。
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プログラムの解説によると、リックはサンタモニカに暮らすコメディ作家であるらしい。だが、チラシによると脚本家とある。後者の方がよりもっともらしいが、劇中で明確に示されない以上、どちらでもよいのかもしれない。それから、やはりチラシには、「迷える脚本家が巡り会う、6人の美しい女たち」とあって、ケイト・ブランシェットもナタリー・ポートマンもその6人の一部なのであるが、主人公はニヒル(死語?)に振舞いながらも多くの女性と関係を持つので(時にはあろうことか、同時に複数を相手にしたり)、はたして誰と誰が6人であるか、特定は若干難しいのだ(笑)。とはいえ、私は最初から主要な女性を数えていったので、終盤でかなり深刻な状況を作り出すナタリー・ポートマンに至ってもまだ5人目あるのに焦ったのであるが、最後の6人目は、ラスト近くに登場する、顔が映らない女性であるとの確信に至り、これでめでたく6人と相成ったのである。
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さあそんな映画なので、評価をするとなると正直難しい。映画を映像と音響のアマルガムと認識していて、いかなる映画の評価においてもストーリーの果たす優先順位がかなり低いこの私でも、手を叩いてこの映画を絶賛する気には正直なところ、なれないのである。もちろん題名の意味が分かってしまうと、主人公があっちを向いたりこっちを向いたりする(?)生活の中で、優しく優雅な成功者である場合と、女たらしで惨めな落伍者になる場合があることは理解できる。だが、残念ながらそれが人間の生き様として強く訴えかけてくることはなかった。もちろん、映像は時に息を呑むほど美しく、明らかに即興性を持って演出されていると見て取れる名優たちの演技も素晴らしい。ほかの美点を挙げれば、音楽だろう。例えば映画の冒頭で雄大な景色の中を主人公が歩くときに流れるのは、ヴォーン・ウィリアムズの名曲「タリスの主題による幻想曲」だ。この曲の叙情性をこよなく愛する人間としては、この導入部には痺れるような魅力を感じる。この曲はその後も何度も現れ、グリークの「ペール・ギュント」の「オーセの死」や「ソルヴェイグの歌」など、よりポピュラーなメロディとともに、透明な抒情性を画面に与えている。度々現れる水の映像(朝に夕に、水面の上から下から、泳ぐのも人あり犬あり)もそれぞれに美しいかと思うと、しばしば手持ちカメラで慌ただしい運動性が立ち現れる。なかなかに凝った作りである。だが、それらの映像と音楽の総合体として、私の人生にこの映画が何か新しいものを加えてくれたかというと、残念ながらそうは思えない。マリックはゴダールではないのだ。もう少し人間像の具体性を見せて欲しいものだと思ったのである。

脚本・監督を手掛けたテレンス・マリックは1943年生まれの73歳。寡作家であるが、しばしば巨匠と呼ばれることもある、非常に個性的な監督だ。伝説的な「天国の日々」を監督したあと20年間沈黙し、1998年に「シン・レッド・ライン」で監督復帰。当時は大きな話題となったものだ。その後「ツリー・オブ・ライフ」や「トゥー・ザ・ワンダー」という作品を世に問うているが、マスコミでの露出度は低く、世間一般に知られた名前というよりも、通好みの映画作家と言ってよいだろう。
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私がこれまでに見た彼の作品は、「シン・レッド・ライン」と「ツリー・オブ・ライフ」だけであるが、今回の「聖杯たちの騎士」を見て、それら過去の作品の作風を思い出すとともに、さらに作風の抽象化が進んでいるなと思った。上に思い付きでゴダールとの比較をしてしまったが、実際、強いて近い作風の映画作家を探すとすれば、ゴダールになってしまうのではないか。だが、決定的な違いもある。永遠の前衛作家ゴダールの場合には、作品の中で教訓じみた言説はまず弄さないところ、この映画には最初から最後まで語りが入っており、それは、真珠を求めてエジプトに向かった王子が、現地に到着して接待を受けるうちに自らの役割も自分自身のことも忘れて深い眠りに落ちるという内容なのである。つまり見ている人は、クリスチャン・ベイル演じる主人公がこの王子であると認識し、彼の「堕落」を批判的に見るし、王である父との間の確執を想起し、何やら道徳的なにおいを感じてしまう。だから、マリックは本当の意味での尖がった前衛作家ではないのであると私は思う。ただ、彼の名前があるからこそ、このような特殊な映画でもこれだけの俳優が集まったのであろう。ここには実はアントニオ・バンデラスも出演しているし、また、不可解なことにプログラムにもチラシにも一切記載ないが、私がエンドタイトルでのみ確認できたことには、上記のような王子の物語を語っているのは、あのベン・キングズレーなのである!!ゴダールの映画ではこれだけの顔ぶれにはならないでしょう(笑)。

このように書きながら、でもこの映画の美しいシーンの数々が思い出されて、否定的なことも書きながら、結構私の脳にはこの映画の体験が残ってしまっているようだ。そんな中の思い付きだが、冒頭で文句を垂れた邦題について。ここで「聖杯たち」と複数形になっているのは、もしかして、"Cup"とはここに出て来る女性たちを指しているからなのかもしれない。あ、もちろん、カップと言ってもブラジャーのことを言っているのではありませんよ(笑)。もう少し高尚です。つまり、西洋の文化的コンテクストでは、キリストの血を受け止めた聖杯は女性、キリストの肉を切り裂いた聖槍は男性を象徴する。「ダ・ヴィンチ・コード」のテーマもそうであった。なのでこの映画の題名においては、ただの杯ではなく聖杯というイメージがあてはまるという解釈である。この邦題を考えた配給会社の人は、そのような教養の持ち主であったのかもしれない。あ、それから、クリスチャン・ベイルがバットマンを演じた素晴らしい作品のひとつは「ダークナイト」、つまりDark Knightである。この役者のイメージに、"Knight"があることも、題名のニュアンスには関係しているかもしれない。・・・などと勝手な思いは尽きないが、ともあれ、聖杯の神秘的なイメージは素晴らしいもの。これは、スペインのレオンというところにある、もしかしたら本物の聖杯ではないかと言われているらしい杯。優雅で女性的ではないか!!
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テレンス・マリックはこの作品の後、"Voyage of Time"という、宇宙の誕生と死を追求するという壮大なドキュメンタリーを制作したらしいし、2017年には"Weightless"なる作品が予定されているようだ。さて、一体どのような作品「たち」なのか、大変気になるところである。やはり、無視することはできない監督なのである。

by yokohama7474 | 2016-12-27 02:11 | 映画 | Comments(0)

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1927年生まれ、現在実に89歳という高齢のスウェーデン人指揮者、ヘルベルト・ブロムシュテットが、先月のバンベルク交響楽団との来日公演に続いて今月も東京でその音楽を聴かせてくれる。年末恒例の第九、指揮をするのはもちろん、彼が桂冠名誉指揮者を務めるNHK交響楽団(通称「N響」)である。これはN響の創立90周年を記念する特別演奏会も兼ねており、日程は、12/21・23・24・25の4日間をNHKホールで、また12/27にはサントリーホールで1回と、合計5回である。会場のNHKホールにはこのような飾りつけが。
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それにしてもブロムシュテットの年齢を思うと、この大曲をこれだけの回数指揮することはまさに信じられない思いであるが、私が聴いたこの日の、つまり4回目の演奏では、いつもの通り全曲を立ったまま指揮する様子には全く危なげがなく、時に大きく息を吸い込んでオケ、独唱、合唱をリードすることによって、まさに巨匠の芸を聴かせてくれた。ではまずいつもの通り、「川沿いのラプソディ」オリジナルの第九チェックシートから始めよう。

・第九以外の演奏曲
  なし
・コントラバス本数
  8本
・ヴァイオリン対抗配置
  あり
・譜面使用の有無
  指揮者 : なし(但しスコアは演奏中一度も開かれることなく指揮台にあり)
  独唱者 : あり
  合唱団 : なし
・指揮棒の有無
  なし
・第 2楽章提示部の反復
  あり
・独唱者たちの入場
  冒頭
・独唱者たちの位置
  合唱団の最前列の真ん中
・第 3楽章と第 4楽章の間のアタッカ
  あり

ブロムシュテットはかなり以前からヴァイオリンの左右対抗配置を取っており、指揮棒を使わないのも通例になっているが、それはいわゆる古典派音楽に対する古楽的アプローチという教条的なものではなく、ひたすら音楽に奉仕するための方策を求めた結果であり、曲の性質に応じて柔軟な姿勢を取っていると思われる。例えばコントラバスを、6本ではなく近代オーケストラの標準である8本にしている点にも、この曲の破天荒な巨大さを表現しようという意欲が感じられる。この指揮者の美点は、決して感情に溺れることなく、常にいわば楷書のきっちりした演奏をすることであり、第九であっても曲の破天荒さを直接に強調することはない。だがその一方で、今時珍しく独唱者まで全員冒頭からステージに出していることからも、全員で音楽するための献身を歌手たちにも求めているように思われる。清々しい音楽を紡ぎ出すための厳しい要求が、当然オケにも歌手にも出されたものであると理解した。第1楽章は激しい闘争の音楽であり、迫力という点ではこの演奏が最高の出来だったというには若干の躊躇を覚えるが、だがそれでも、随所に音の線の絡まりがチリチリと燃えているように聴こえる箇所があり、アンサンブルとして見事に曲の本質を突いていたものと思う。何より、年齢による指揮ぶりの鈍化は全く見受けられず、テンポもむしろ早めであって、いつに変わらぬブロムシュテット節である。第2楽章では疾走感もあって、楽器間の連携も見事。ここで音楽が少し熱してきた感があった。そして第3楽章で、私はひとつの発見をした。この緩徐楽章アダージョは、ベートーヴェン晩年の深い境地を表す清澄な音楽なのであるが、実はオケが全員で深々と旋律を歌う箇所はほとんどない。というのも、水の流れのように延々と続く旋律は基本的に第1ヴァイオリンだけが担っていて、ヴィオラやチェロはもちろん、普通なら一緒にハモって歌うはずの第2ヴァイオリンまでが、短い音型を弾いたりピツィカートを奏でたりして伴奏に回っているのだ。そんな点にも時代を超えたベートーヴェンの破天荒な試みが表れているのであるが、実は第4楽章に入って「歓喜の歌」が最初に奏でられるときには、今度は腰を据えて、すべての弦楽器が声を合わせてひとつの歌を歌うのである。それゆえに、緩徐楽章から最終楽章に移ってから目まぐるしい音楽的な情景の変化(過去の楽章の回顧を含め)を経て、この「歓喜の歌」が弱音で始まって徐々に盛り上がる箇所が、かくも感動的に響くのである。ヴァイオリンの対抗配置を取る指揮者は多いが、今回のブロムシュテットの演奏では、その意義が明確に表されていて感嘆した。もちろん、指揮者の意図をよく理解して充実した音で応じるN響の弦楽器群あっての成果であったであろう。
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この終楽章は本当に様々な要素が絡み合った狂騒の音楽であるが、その強いメッセージ性ゆえに、形式をぶち破った作曲者の思いが後世の我々の心を打つのである。89歳にしてこれだけきびきびとオケと合唱をリードし、その作曲者の思いを現代に呼び覚ますことができるとは、まさに巨匠の業。フェルマータのついた "vor Gott" の部分の合唱も、最近の多くの演奏よりは長く伸ばされるものであったが、上記の通り決して教条的にならないブロムシュテットの誠実さが表れた箇所であったろう。ところでN響による年末の第九の合唱と言えば、これまで必ず国立音楽大学の学生が出演していたはず(昨年の自分の記事で確認したところ、1928年以来!!)であるが、今回はなんと東京オペラシンガーズだ。このあたりの事情については楽団側からなんらの説明もされていないが、プロの合唱団を求める指揮者の厳しい要請によるものであったのだろうか、それとも何か別の理由があるのであろうか。この合唱団は、既にご紹介した通り、アヌ・タリ指揮の東京フィルでも第九を歌っていて、私がそれを聴いたのは一週間ほど前なので、東フィルと歌う日とN響と歌う日で分けているのかと思って調べると、東フィルの第九は、12/17・18・22と、ここまではN響と日程の重なりはないので案の定そうかと思ったら、なんと私が聴いたこの12/25だけは、N響の演奏会と全く同じ15時から、東フィルはオーチャードホールで第九を演奏している。つまり、東京オペラシンガーズは、メンバーを分けてそれぞれに出場したということであろう。今回のN響の演奏会の合唱の規模は、東フィルの演奏会における規模よりは大きいように思ったが、それにしても大変な人数を抱える合唱団であり、しかもその力強い歌唱には世界の巨匠も満足だろう。そして、東フィルのときと同様、今回も終演後には合唱指揮者の登場はなかったので、メンバーだけで技を磨いているということだろうか。

ところで、今回の独唱者は実に国際的。ソプラノのシモーナ・シャトゥロヴァはスロヴァキア人であるようだし、メゾのエリザベート・クールマンはオーストリア人、テノールのホエル・プリエトはスペイン人、バスのパク・ジョンミンは韓国人。いずれも世界的な活躍をしている若手の歌手たちであり、テノールだけは少し声が細いと思ったが、全体として高水準な独唱陣であった。いずれ世界の若手歌手にとって、「東京で年末に第九を歌う」ことがステイタス・シンボルになると面白いと思うのだが(笑)。ところで通常の第九の演奏では、コーダ手前の四重唱を歌い終えた後は合唱だけが大詰めの熱狂の箇所を歌うものと理解するが、今回の演奏では、独唱者たちも合唱に混じって最後まで歌っていた。壮大な人類の融和(もちろん、飽くまでキリスト教思想に基づくものではあるが)を歌い上げるこの曲には、それはふさわしいことであると思うし、この大団円に大変に感動したものである。

そんなわけで、過ぎ行く今年に思いを馳せつつ楽しんだ第九であった。今年はあと2回、第九の演奏を聴きに行く予定であるので(どれに行くかは内緒です。笑)、また徒然なる感想など書かせて頂きます。


by yokohama7474 | 2016-12-26 00:39 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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秋田蘭画(あきたらんが)をご存知だろうか。秋田は文字通り東北の秋田県のことだろう。蘭画とは?植物のランの絵のこと?そう言えば上のポスターには何やら花が描かれている。これってラン?と植物音痴の私などは言ってしまいそうだが(笑)、いえいえ、私は知っている。ここで言う「蘭画」の蘭とは、植物のランではなく、オランダ、つまり阿蘭陀の蘭であり、つまり、蘭画の意味するところは西洋画という意味だ。つまり秋田蘭画とは、秋田で制作された西洋風絵画のこと。展示物が「秋田蘭画」だけでは「飽き足らんが」ね、というオヤジギャグを放つ方もおられるかもしれない。だがこれは、本当にほかに類を見ない素晴らしい芸術であり、とてもオヤジギャグだけで片付けるわけには行かないものなのである。

そもそも私が秋田蘭画について知るところとなったのは、以前、ある大変面白い展覧会に出かけたときである。手元にその図録を出してきて確認すると、それは2000年のこと。日本美術に関する興味深く意欲的な展覧会を数多く開いてきた板橋区立美術館における「秋田蘭画 憧憬の阿蘭陀」展である。
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今回サントリー美術館で展観したこの展覧会の冒頭あいさつに、「16年ぶりとなる秋田蘭画の展覧会」とあったので、つまりはこの2000年の展覧会以降、秋田蘭画を単独のテーマとした展覧会は開かれてこなかったことになる。それは本当にもったいないことであり、これを機会に江戸時代に描かれた特殊な絵画群への興味が喚起されればよいのだが。私はこのブログでも度々書いてきた通り、西洋と東洋の邂逅に多大なる興味を抱いている人間であって、この秋田蘭画などは、まさによだれの出るような大好物なのだ。

そもそも中央から遠く離れた秋田藩において、鎖国中の江戸時代に西洋画が描かれたのはなぜかというと、展覧会の題名にもなっている小田野直武(おだの なおたけ、1749-1780)という画家が秋田の角館(かくのだて)出身であるという事情による。あの有名な江戸時代のマルチタレント、平賀源内が、鉱山の発掘(!!)のために1773年に角館を訪れたときに才能を見出され、その年に江戸に出て西洋画法を学んだのである。そして直武は郷里秋田の藩主である佐竹曙山(さたけ しょざん、1748-1785)、その一族で角館城代の佐竹義躬(さたけ よしみ、1749-1800)らにその技法を教えた。主として彼ら3人が制作した西洋風の絵画を、秋田蘭画と呼んでいるのである。この展覧会の副題に「世界に挑んだ7年」とあるのは、直武が江戸に出た1773年から死去する1780年までの7年間を指しているのであろう。直武はわずか30歳、曙山も38歳で亡くなっており、活動期間は短かったが、西洋風の画法を取り入れた先進性は、その後の日本美術に大きな影響を与えたことは間違いないだろう。

いや、そもそも、日本人なら誰でも、歴史の教科書で小田野直武の作品を目にしたことがあるはず。それは、杉田玄白らによって訳された「ターヘル・アナトミア」、邦題「解体新書」の挿絵を描いたのが彼だからだ。この表紙、見覚えがあるだろう。
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もちろん表紙のみならず、詳細な解剖図の挿絵はすべて、直武の手になるものだ。
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写真もコピーも、もちろんスキャナーもない時代、西洋の書物を翻訳して出版するということは、挿絵は誰かが日本で描いてそれをもとに版木を作成するということ。見たものをそのまま描くということは、単純そうでいて、そもそもの物の見方や描き方の技術が異なる場合には、言わば常識の部分から変わってくるわけだから、至難の業であろう。だが、解体新書の出版は1774年。直武が江戸に出た翌年のこと。つまりは、江戸に着くなり模写の準備に取り掛かったわけである。あるいは、(どこにもそうは書いておらず、私の勝手な妄想だが)杉田玄白の親友であった平賀源内は、もともとこの挿絵を描ける若い才能ある画家を探していて、秋田で白羽の矢が立ったのがこの直武であったという可能性も、あるのではないだろうか。杉田玄白の人となりについて詳しく知るところではないが、78歳頃の1811年に描いた自画像はこれである。上部の賛も自分で書いているから、まさに自画自賛。
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なにやらひょうきんな仕草だが、玄白が夢の中で狐に扮して今様を謡った様子を描いたものらしい。先端の学問である蘭学を鎖国の日本で主導した玄白はまた、夢のような現世を大らかに笑い飛ばす鷹揚さの持主であったのだろうか。老年に至った頃に、早くしてこの世を去った16歳年下の小田野直武のことを回想するようなこともあったのかもしれないと想像する。人生、時には狐に憑かれて踊らないとやっていられないということか。

さて展覧会は、洋画以前の直武の作品に始まる。左下に書かれている通り、これは英一蝶(はなぶさいっちょう)の原画を写したもの。明らかに練習用の手すさびであるが、その墨の線の活き活きとしていること。
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これは粉本の「神将図」。裏にも絵が描かれているので、これも練習なのである。筆の勢いが素晴らしい。
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この「蒼鷹摶禽図」(そうようはくきんず)などは、狩野派の雰囲気であるが、既にして写実に迫ろうという画家の意気込みが見て取れる。
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これは「柘榴図」。うーん、素晴らしい写実性だし、後年の情念の表出が既に表れている上、博物誌的な興味も呼び起こす絵画である。
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さて展覧会は、日本における西洋画の曙光を示す作品が目白押しだ。これは、ルンフィウスというオランダの博物学者による「アンボイナ島奇品集成」。
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ここで言うアンボイナとはアンボン島のことで、今のインドネシア領である。甲殻類や貝類、化石等の図版を多く含んでおり、日本では「紅毛介譜」と呼ばれて、平賀源内も所持していたことが分かっているらしい。実はたまたま、つい先日NHKのBSで再放送していた2003年の番組で、ロシアのピョートル大帝がいかにしてサンクト・ペテルブルクを建都したかという極めて興味深いテーマを扱っていたが、その番組の中、エルミタージュ美術館の書庫で彩色つきのこの絵の原画が見つかり、荒俣が大興奮していた。ちなみに原画を描いたのは、ピョートルがドイツからロシアに招いたメーリアンという女性画家兼自然科学者であったらしい。以下、その番組からの写真。文化の伝播とは非常に力強いものであり、そこに好奇心さえあれば、様々な障害を乗り越えて文化は伝わって行くのである。
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日本に入ってきた西洋の図版のもうひとつの例をご紹介する。これはヤン・ヨンストンの「動物図譜」から、ライオンの雄雌である。
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このうち雄の方を日本人が写したものがこれだ。やはり平賀源内に師事した森島中良という人の手になるもの。当時の日本人が見たこともないライオンを、日本古来の獅子ではない形態で表そうという意欲的な試みだ。
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この絵も大変興味深いのであるが、作者不詳ながら、8代将軍吉宗がオランダ商館に発注した油彩画の模写であるらしい。当時は本所にあった五百羅漢寺に下賜されたものであるとのこと。保存状態はよくないが、強い好奇心に駆られて、珍しい西洋文物に学ぼうとする画家の姿勢が見て取れる。
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江戸時代に流行した「眼鏡絵」というジャンルがある。45度傾けた鏡に映した絵をレンズを通して覗いてみる風景画の一種。ここには西洋的な遠近法が採用されていた。これは佐竹藩の上屋敷を描いたもの。やはり秋田には、西洋的なものを学ぼうとした人たちがいたのである。でもこのシュールなタッチ、作品の本来の用途を超えて、現代人に訴えかけるものがあると思うのだ。
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さてここまで、秋田蘭画の前哨戦としての西洋風絵画を見てきたが、実は秋田蘭画のルーツにはもうひとつあって、それは沈南蘋(しんなんびん)という画家のスタイルなのである。彼は中国人であるが、長崎に2年間滞在して写実的な花鳥画を指南した。つまり、西洋画ではないものの、独特の写実性を志向した一派があり、それもまた秋田蘭画に影響を与えているのである。この展覧会には沈南蘋自身の作品は出展されていないが、いわゆる南蘋派の作品があれこれ展示されている。これは沈南蘋の弟子であり、やはり長崎に滞在した中国人画家、鄭培(ていばい)による「風牡丹図」。題名通り、風に揺れる牡丹の花を描いていて、独特の情緒がある。
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南蘋派のスタイルで数々の作品を残した宋紫石(そうしせき)は、この中国風の名前にもかかわらず、日本人だ。この「鷹図」にも神韻縹緲たる写実性が漂っている。
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今回初めて知った画家、松林山人(しょうりんさんじん)。長崎生まれの画家であるとのことだが、この「牡丹図巻」は素晴らしいではないか。この牡丹、まるで生きているかのような不気味な生命力に富んでいて、まさに秋田蘭画と共通する先進性が満ちている。江戸時代中期のものとは信じられない。
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さて、秋田蘭画の立役者、小田野直武の作品に戻ろう。これは「品川沖夜釣」。眼鏡絵として作成されたものだが、品川を描いているということは、彼が江戸に滞在したときのものであろう。うーん、東洋と西洋の狭間で生み出されたキッチュな作品である。
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直武の眼鏡絵をあとふたつ。「梅屋敷図」と「江の島図」。なんだか楽しくなってくるではないか。
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展覧会には直武の写生帖がいろいろ展示されていて興味深い。この絵には、「小田の」という署名もあるのだが、これはつまり、このような写生についても自身の作品であるという自負を持っていたということだろう。「の」の字がひらがなであるのも何か楽しい。また、アジサイもリアルである。
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これは「獅子図」。上で見たヤン・ヨンストンの作品に基づくものの、オリジナルとは角度が違っていて、独自の表現を試みていたものと考えられる。素晴らしい実験精神ではないか!
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直武の実験の例をもうひとつ。これは「洋人調馬図」。もとになったにはヨハン・エリアス・リーディンガーというドイツ人の版画であるが、背景の木々を省略するなどして、主題を突き詰めようとする姿勢が見受けられる。なんとも興味深い。
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さてそれではいよいよ、本格的な秋田蘭画をご紹介しよう。これは直武による「鷺図」。16年前の板橋区立美術館での展覧会の図録の表紙になっていたものだ。描かれている題材は日本的なものであるが、その技法が西洋風であり、これぞ東西文明の融合であろう。
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直武の最良の作品の数々においては、描かれる対象(多くは植物である)がまるで動いているかのような異様な生命力である。これは「岩に牡丹図」。なんという真に迫る表現だろう。
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そして秋田蘭画の特色は、ひとりの画家の創作スタイルを、殿様が学んだことである。これも、上下の秩序が明確であった江戸時代においては稀有なことであろう。以下、直武の「蓮図」と、秋田藩主佐竹曙山の「紅蓮図」。殿様の気合が感じられよう。
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佐竹曙山の写生帖も実に瞠目すべきものである。これなどは、生きたトカゲではなく標本である。近代的博物学の精神に則るものであろう。
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曙山の「燕子花にナイフ図」。このナイフは西洋のものであろうし、その点での物珍しさもあるが、ただの写実にとどまらない存在感こそが、実にユニークなものであると思う。
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秋田蘭画のもうひとりの中心人物、佐竹義躬の「松にこぶし図」。やはり写実の奥に何やら不気味な生命力が感じられる。
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ここで小田野直武畢生の傑作をご紹介する。重要文化財に指定されている、「不忍池図」。ここではまさに南蘋派と西洋画法の融合が見られ、ちょっとほかでは見ることのできないなんとも生々しい花の生命力が見る者を圧倒する。この鉢植え、今にも動き出して何かを語り出しそうである。また、細部においては花に近づく小さな虫などの細密な描写もあり、まさに直武の代表作にふさわしい。
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そして展覧会は、秋田蘭画の中心人物たち以外の興味深い作品の展示に移る。これは田代忠国の「卓文君図」。題名の通り中国の人物を題材としているが、その細長い容姿は、あたかもヨーロッパのマニエリスムのようではないか。ここにあるのは写実ではなく、デフォルメである。ただ何かを模倣するだけでない、創造的な姿勢を伺うことができる。
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作者田中忠国(1757-1830)はやはり秋田人で、曙山に仕えたらしい。一説には直武とともに、西洋画法を平賀源内から直接伝授されたと言われているが、真偽のほどは定かではない。直武のようなスーパーな才能でないあたりが、私としてはなんとも憎めないのである。以前もどこかの展覧会で見た記憶のあるこの「三聖人図」のキッチュさは、本当に楽しい。ちなみにこの三聖人とは、以前は孔子、老子、聖母マリアと言われていたが、最近の研究では、道教でいう福星、禄星、寿星が描かれているという説が有力になっているらしい。三人合わせて福禄寿ですな(笑)。一度見たら忘れることのない絵である。
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これも珍しい作品だが、荻津勝孝(おぎつ かつたか)の「張良・韓信図」。こんな劇画タッチの江戸絵画は見たことがない。荻津は1746年生まれと、直武と同世代であるが、秋田における絵画制作にはこのような多様性があったことを知ることは、なんともワクワクするような思いなのである。
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江戸時代の洋風絵画と言えば、一般的に知られたよりメジャーな画家は、司馬江漢(しば こうかん)であろう。彼も1747/48年生まれと、直武と同世代。平賀源内と交流し、小田野直武に西洋画法を学んだとされるが、確たることは分からないらしい。この「七里ヶ浜図」は、秋田蘭画のおどろおどろしさのない平明なもので、かなり持ち味を異にしている。その点が好き嫌いの分かれ目になるだろう。
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江漢といえばこのような遠近法を伴った風景画という印象が強いが、以下の「異国工場図」のような面白い作品も手掛けている。これはまるでカリカチュアではないか。このような感覚を学ぶ機会が江戸時代の日本にあったとすると、なかなか日本も捨てたものではない(笑)。
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これもまた珍しい作品。1800年頃に描かれた石川大浪の「乱入図」。台湾においてオランダ東インド会社の施設に日本の朱印船船長が乱入した事件を題材にしているらしい。遠近法には狂いがあるように見えるが、描かれた建物は完全に西洋のものだ。日本人の日常にない風景を想像で描いたものであれば、これぞまさに想像上の東西文明の対決!!石川大浪、一体どんな人物であったのだろうか。
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ほかにもまだまだ興味深い作品が展示されていて、16年前の板橋区立美術館での展覧会に比較すると、格段に展示の幅が広がっている。そういえば、この秋田蘭画は歴史に埋もれてしまっていたところ、その再評価を行ったのは秋田の角館出身の日本画家、平福百穂(ひらふく ひゃくすい)なのである。私は5年ほど前に角館を訪問した際、百穂の美術館にも足を運んだが、その時には不覚にして、彼と秋田蘭画の結びつきには気づかなかった。ある時代の文化的な遺産が歴史を経て人々に訴えかけるには、やはり多かれ少なかれ立役者が必要である。百穂自身の作品自体があまり秋田蘭画との共通性がないだけに、画家の持つ懐の深さを思い知らされる。
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なお、展覧会の副題の「世界に挑んだ7年」に、私は少し違和感を感じる。もちろん、狭い島国で得られる情報に飽き足らず、西洋の先進文明を学んだ人たちが残した業績なのであるが、彼らに「世界に挑む」という大仰な思いがあったかどうか。私はむしろ、上述の通り、抑えられない強い好奇心に突き動かされ、面白いから夢中になって制作に励んだ人たちであったのだろうと思う。もともと「世界」という遠い目標があって、そこに向けて努力するという発想は、どうも日本人の奥深い部分に根強く残っていると思うが、そのような義務感めいたものを秋田蘭画から感じることはできない。そこには実り豊かな7年間があり、それを引き継いだ流れもあったということ。それだけで充分興味深いではないか。秋田蘭画だけでは飽き足らんが、とは言わせませんよ!!

by yokohama7474 | 2016-12-25 11:00 | 美術・旅行 | Comments(0)

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先に12月15日の記事でもその演奏をご紹介したチェコ出身の俊英指揮者、34歳のヤクブ・フルシャが、首席客演指揮者を務める東京都交響楽団(通称「都響」)を指揮して、ベートーヴェンの第9交響曲を指揮した。今回フルシャと都響が演奏する第九は3回。これはそのうちの最初のものである。これがそのフルシャ。真面目そうな人である。
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若い指揮者にとってこの曲は難物であろうと思う。作曲当時の常識をぶち破った型破りの巨大交響曲は、演奏する方も作曲者の破天荒ぶりに少しでも近づく努力をしないといけないのであるから。だがここは期待をもって、居心坦懐にフルシャの挑戦に耳を澄ませよう。まずは、私が独自に使用している「第九チェックシート」から。

・第九以外の演奏曲
  なし
・コントラバス本数
  6本
・ヴァイオリン対抗配置
  なし
・譜面使用の有無
  指揮者 : あり
  独唱者 : なし
  合唱団 : なし
・指揮棒の有無
  あり
・第 2楽章提示部の反復
  あり
・独唱者たちの入場
  第2楽章と第3楽章の間(ピッコロと、ティンパニ以外の打楽器奏者3名も同時入場)
・独唱者たちの位置
  合唱団の最前列の真ん中
・第 3楽章と第 4楽章の間のアタッカ
  なし

このフルシャの演奏を一口で語るとするなら、大変にオーソドックスなスタイルであり、破天荒な要素はほとんどなし。それゆえ、この将来有望な指揮者の堅実ぶりを実感するとともに、今後また訪れるであろう進化が楽しみになるのである。前回のフルシャ/都響の演奏会の記事では、彼の「安全運転」ぶりに多少の疑問を呈した私は、この第九においてまた違ったフルシャを聴き取ることができるかもしれないと思ったのであるが、結果的にはここでも暴走は聴かれず、だが音楽の本質にひたすら迫ろうという若い指揮者の奮闘ぶりを目の当たりにすることになった。フルシャはしばしば指揮台で飛び上がり、渾身の指揮ぶりであった。とはいえそれは、良識の範囲での熱演ということになるであろう。灼熱の狂気の表出は聴かれずとも、凡庸な音楽ではない。それゆえ、依然としてフルシャは私が期待する若手指揮者であるのである。

この演奏のひとつの特色は、ソリスト4人はいずれも二期会所属、そして合唱団は二期会合唱団であったことだ。日本において果敢なオペラ演奏に取り組んでいる二期会の演奏に関しては、このブログでも何度か記事にしている。そのせいか、独唱も合唱もオペラ風であったような気がしたものだ。4人のソリストは以下の通り。
 ソプラノ : 森谷(もりや)真理
 アルト : 富岡明子
 テノール : 福井敬
 バリトン : 甲斐栄次郎

男声2人は名実ともに日本を代表する歌手たちで、2人ともこのブログでかつて紹介したことがある。テノールの福井敬は長年に亘って日本のトップに君臨する人だし、バリトンの甲斐栄次郎は、今年7月24日のチョン・ミョンフン指揮東京フィルの「蝶々夫人」でのシャープレスの歌唱が忘れがたい。一方、この曲の女声パートには見せ場が少ないのであるが、今回の2人は素晴らしい実績を持つ歌手たちなのだ。ソプラノの森谷真理はこのような人。現在ウィーン在住である。
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経歴を調べてみると、2006年の大みそかにニューヨークのメトロポリタン歌劇場でモーツァルトの「魔笛」において、夜の女王役で出演している!!この上演は英語版であったようだが、指揮は当時の音楽監督ジェームズ・レヴァインであったようだ。これがそのときの写真。演出はあの「ライオンキング」のジュリー・テイモア。
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私は同じ演出の公演をMETで見ているが、残念ながら彼女の出た回ではなかった。今私の手元にあるMETの2006-2007年シーズンのプログラムを見てみると、「魔笛」の欄には彼女の名前はない。それもそのはず。METが若手発掘を目的に開催したオーディションを勝ち抜いての出演であったのである。
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そしてアルトの富岡明子は、ペーザロ・ロッシーニ音楽祭で2007年に「ランスへの旅」のマッダレーナ役を歌った実績を持つ。なんとなんと。あのイタリア語の連続射撃のようなオペラを、しかもロッシーニの生地ペーザロで開かれる由緒正しい音楽祭で歌った日本人がいたとは知らなかった。
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フルシャにとって日本での活動がどの程度の重みを持つことになるのか分からないが、第九を演奏する日本のオケの技術や、これだけの実績を持つ日本人歌手の存在には、きっと無視できないものがあるに違いない。今都響の来シーズンのプログラムを確認すると、彼が次に都響を振りに来るのは1年後、2017年12月である。チェコ音楽に加えて、ブラームスを集中的に採り上げる予定。若く才能ある指揮者のこと、もしかすると、これから1年の間に飛躍的進化を遂げているかもしれない。楽しみにその機会を待つこととしよう。

by yokohama7474 | 2016-12-23 23:33 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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このブログではもう何度も触れてきた通り、今年2016年は、武満徹(たけみつ とおる、1930-1996)の没後20周年。数日に亘って彼の創作活動を俯瞰するような大々的な催しこそなかったものの、それでもさすが20世紀日本を代表する芸術音楽の作曲家である。様々な演奏会において、没後20周年を記念して彼へのオマージュが捧げられた。そんな中、既にコンサートホールでは第九ばかりが鳴り響くこの年末に、渋谷のBunkamuraオーチャードホールにおいて、武満ファン必聴のコンサートが開かれた。それは、彼の映画音楽を採り上げて演奏するというもの。その内容を以下にご紹介する。

よく知られている通り、武満は大の映画好きであった。武満作品の熱心な紹介者でもあった指揮者の岩城宏之が何かのインタビューで、「武満さんに『最近映画はご覧になっていますか』と訊くと、『最近減っちゃってねー。年に100本くらいしか見てないよ』と答えたんですよ」と笑って語っていたのを覚えている。私は武満が亡くなったとき、作曲界というよりも、日本の文化シーンにおける大きな存在がなくなってしまったという空虚感を味わったものだが、彼のように自由な感性であらゆる文化から影響を受け、またあらゆる文化に影響を与えた芸術家は、日本にはそう多くないのである。そんな武満の創作活動にとって、映画音楽はひとつの柱になるものであった。生涯で100本ほどの映画音楽を手掛けたらしい。いわゆる現代音楽の作曲家でこれほど映画音楽を作曲した人は珍しい。私の知るところでは、もちろん日本の伊福部昭は特殊な例であろうが、例えばギリシャのミキス・テオドラキスとか、変わったところではポーランドのヴィトルド・ルトスワフスキなども別名で映画音楽を書いている。だが、誰も武満ほどの多様性と積極性をもって映画音楽を作曲してはいないだろう。ひとつの証拠を挙げよう。小学館による武満徹全集は、断片のみ残された舞台音楽などもすべて網羅した、まさにこの作曲家の全業績を音で辿ることのできる文字通り空前絶後の内容なのであるが、作曲分野によってセットが5つに分かれている。実にそのうちの2セットが映画音楽なのである。CDの枚数でいうと、全55枚中21枚!!我が家のCD棚のカオスの中からこの2セットを引っ張り出してみた。上に乗っている絵はなぜかマティス(笑)。
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それから、ビクターから出ていた「武満徹 映画音楽」というサントラを集めた6枚のシリーズ(監督別)や、その他の映画音楽だけのアンソロジーや、「乱」「燃える秋」と言った作品のサントラ全曲盤も手元にあって、要するに私は武満の映画音楽の大ファンなのである。これが、和田誠の手掛けた「武満徹 映画音楽」のジャケットだ。
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そんな私が今回の演奏会を必聴と考えたのは、もちろん演奏曲目もひとつの理由だが、何よりも登場する演奏者たちである。ギターが渡辺香津美と鈴木大介、アコーディオンのcoba、そしてパーカッションのヤヒロトモヒロ。実はこの4人は、2008年に武満の娘であるプロデューサーの武満眞樹からの呼びかけによって集められ、ワシントンDCで初めて武満の映画音楽を演奏した。以来ニューヨークやカリフォルニアのオレンジ・カウンティ、北京、上海、また国内では八ヶ岳、松本等で共演してきたが、実は東京での公演は今回が初めてとのこと。実に貴重な公演なのである。これは兵庫芸術センターでの公演の写真。
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ここで武満眞樹の言葉を引用しよう。

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最初の公演は2008年2月、米国ケネディ・センターで開催された「日本」がテーマの音楽祭で。この音楽祭のプロデューサーから連絡をもらい“タケミツの映画音楽を紹介したい。ただし日本から呼べるミュージシャンは4人くらい”と言われた。アコーディオン、パーカッション、ギター×2の4人というのは編成としてどうなのか、なんてことは深く考えず、私は即この4人に連絡をした。彼らが父の敬愛する音楽家だったから、そして父の音楽で自由に遊んでくれそうだったから。何より彼らの素晴らしさをワシントンDCの人々に知ってほしかったから。4人とも快諾してくれて、それから何度かプログラム選びのミーティング、編曲の割り当て、そして香津美さん宅でのリハーサルを経て、ワシントンDCでの本番。タケミツのことも4人のアーティストのことも殆ど知らなかった聴衆が、コンサートが進むにつれ、手拍子を打ったり、身体でリズムをとったり、歓声を上げたり。最後には全員がスタンディング・オベーション。遠い異国から来た4人の素晴らしい音楽家たちに惜しみない拍手を送っていた。作曲家の肉体は滅びても、その音楽は生き続ける、それどころか新しく生まれ変わることができる、ということを改めて感じた夜だった。
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会場には武満が音楽を手掛けた映画のポスターや、この演奏会のポスターに奏者たちがサインしたものが展示されている。いかにもこの特別な演奏会の雰囲気が感じられて楽しい。
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今回はこの4人の演奏者のうち、ヤヒロを除く3名がそれぞれ編曲を手掛けて、この編成で武満の映画音楽の数々を演奏できるようにしたもの。この3名はまた、コンサートの進行の中で順番に曲の紹介をしたり、武満とのエピソードや、また自分の最近の活動について語ったのであるが、皆話が上手で、客席を沸かせていた。曲目は以下の通り。尚、*を付した曲は映画音楽以外。
 「フォリオス」より第1曲*
 不良少年
 伊豆の踊子
 どですかでん
 日本の青春
 太平洋ひとりぼっち
 = 休憩 =
 Tribute to Toru (渡辺とヤヒロによる武満徹に捧げる即興)*
 死んだ男の残したものは (ゲストヴォーカル : カルメン・マキ)*
 ホゼー・トレス
 狂った果実
 最後の審判 (三月のうた)
 他人の顔
 写楽
アンコール : 小さな空*

原曲をよく知っているものとそうでないものがあったし、原曲からはかなり違った雰囲気になっている曲もあったので、武満ファンにとってすべてが驚愕の演奏ということではなかったかもしれないが、だがここに集まったミュージシャンたちの熱意と技術とカリスマによって、何か本当に大切なものを思い出させてもらったような気がする。この編成では、アコースティックな音だけで広いオーチャードホールを満たすわけにはいかないため、PAを使用していたが、そこでスピーカーを通して聴かれる渡辺や鈴木のギター、cobaのアコーディオン、ヤヒロのパーカッション(ロックバンドのようなドラムではなく、ダブラのような太鼓を手で叩いたり、鈴やあるいは鳥の鳴き声のような音のする楽器を駆使していた)、それぞれが素晴らしい表現力で、なんとも惚れ惚れするものであった。それから、特別ゲストとして登場したカルメン・マキのヴォーカルはなんとも情念溢れるもので、ここだけエレキギターで伴奏した渡辺も、「リハーサルを重ねたけれど、本番がいちばんすごくて、身震いした」と絶賛であった。もちろん私も初めてのカルメン・マキ体験であったが、彼女の長い舞台経験から来る凄みに圧倒された。これが1969年の彼女のデビュー作。おぉそうだ、作詞はあの寺山修司なのである。
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まあそういった意味では、昭和へのタイムトリップという感覚もあるコンサートであったが、なんとも言えないノスタルジーとともに、これら一流のミュージシャンの手になる音楽の説得力は、ただのノスタルジーで済むものではない。その意味では、この音楽を我々は若い世代につなぎ、また世界にも発信して行かなくてはならない。満席とはならなかったオーチャードホールには大人の雰囲気が漂っていたが、それは要するに聴衆の年齢層が高かったということでもある(笑)。若い聴衆をもっと集める必要がある。ところでこれら映画音楽の中で私が最も好きなのは、勅使河原宏監督の「他人の顔」なのだが、この退廃的なドイツ・ワルツは何度聴いても素晴らしい。これはもちろん有名な阿部公房の小説の映画化で、私も昔名画座で見て痛く感動したものであるが、面白いのは、酒場のシーンの後ろの方に、エキストラとして武満が出ており、確か煙草を吸いながらだと思ったが、何やら喋っている映像が出てくる。このようなシーン。若い人たちはこのような映画を面白く思わないのかなぁ・・・。昭和は遠くなりにけり。
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最後にもうひとつ、私が以前体験した、やはり武満の映画音楽のコンサートについて少し触れてみたい。それは、今を去ること20年前。サントリーホールオープン10周年を記念するコンサートのひとつ。演奏は、あの小澤征爾指揮新日本フィルによるもので、当時のポスターはこれだ。
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この日付に注目して頂きたい。武満の逝去は1996年2月20日。このコンサートは同じ年の10月27日。作曲者の死後8ヶ月というタイミングだが、当然、作曲者が世を去るということを想定せずに企画されたものであろう。奇しくも、そのときのコンサートも今回のコンサートも、最後の曲に選ばれたのは、篠田正浩監督の「写楽」である。これは武満が生涯最後に手掛けた映画音楽であるが、陰鬱さはかけらもない、洒脱なディキシーランド・ジャズだ。20年前のコンサートでも小澤が楽しそうに指揮していたのをよく覚えている。また、コンサートの途中には小澤へのステージ上でのインタビューがあった。並ぶ者のない率直さで世界の頂点に登りつめた小澤は、このときも正直に、「いやー、ボクは不勉強でね、今日演奏する音楽のついた映画、一本も見たことないんだよ!!」と言っていた。あぁ、あれは楽しいコンサートだったなぁ。FMで放送されたのだが、エアチェックを忘れてしまい、今でも後悔しているのである。なんとかCD化してもらえないものだろうか・・・。そういえば武満が亡くなった1996年2月は私はニューヨークに長期出張中で、現地で訃報を知ったのだが、その直後に小澤はウィーン・フィルとカーネギーホールで一連のコンサートを行っていたのである。マーラーの「復活」の前に、武満を偲んで「弦楽のためのレクイエム」が急遽演奏されたが、大抵の場合は現場でチケットを入手できるニューヨークであるが、あの時ばかりは大変な人気のためにそれが叶わず、ホールの入り口に流れるモニター用の会場内の「音響」を聴きながら、極寒の中で悔しさを噛みしめていたのである。今確認すると、それは1996年2月29日のこと。
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ニューヨークと言えば、かの地の名門オケ、ニューヨーク・フィルが創立125周年を記念して委嘱した「ノヴェンバー・ステップス」が、世界における武満の出世作であり、1967年にその初演を指揮したのがもちろん小澤であった。その後の小澤はもちろん、武満作品の世界的権威と見做されて今日に至っているのである。
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「ノヴェンバー・ステップス」の初演からもうすぐ半世紀。既に歴史になった出来事である。20年前のコンサートにおける私の思いも、もはや歴史になりかかっているのかもしれないが(笑)、歴史とは常に作られ続けるもの。今回のような素晴らしい演奏会によってこそ、歴史が続いて行く。これからも新鮮な思いでそれを目撃して行きたいものだ。

by yokohama7474 | 2016-12-22 01:44 | 音楽 (Live) | Comments(0)