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この映画の本質は、上のポスターにある通り、「現代の戦争 その衝撃の実態」ということに尽きる。ストーリーは至ってシンプル。ケニアの首都ナイロビのある家において、イスラム過激派が自爆テロの準備を進めている。米軍のミサイルを積んだ無人ドローン機 ("Eye in the Sky" である) や、鳥型やさらに小さな虫型と言った飛行する動物のかたちをした隠しカメラ、また現地の協力スタッフの手によって、その情報をつぶさにつかんだ英国諜報機関が、自爆テロを未然に防ぐためにテロリストたちのアジトにミサイルの標的を定める。だがその時、隣家の貧しい少女がそのアジトの塀に沿った路上に机を置いて、パンを売り始めた。このままテロリストたちを放置すれば、ほどなく数十人規模の死傷者が出ることは確実。だが今ミサイルで攻撃すれば、無実の少女の命は明らかに危険にさらされる・・・。さあ、いかなる決断がくだされるのか。この子は、普段の通りの生活をしているのであろうが、まさかこの日、遠く遠く離れたロンドンのオフィス及び諜報機関の司令部、米国の空軍基地やホワイトハウスから自分が見られており、また自分の命が危険にさらされていることを夢にも知るわけがない。
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これは決して甘い内容の理想主義的な反戦映画ではなく、見る者全員、今この瞬間にはいかなる意味でも戦争に無縁の者たちに対してすら、当事者さながらの決断を迫る、実に実に厳しい内容の映画なのである。昨今は戦争を極めてリアルなドキュメンタリータッチで描く映画が多くなっており、問題作は数多い。だが本作は、ドキュメンタリー風ではないにも関わらず、容赦なく観客の心に深く入ってくる仮借ないもので、極限状態における人間の尊厳を描いたフィクション映画として、ほかの作品にはない高い価値を持つものである。それ以上私には綴る言葉もないが、願わくば自分が何か重要な決断を迫られる状況に置かれたとき、誰か他人の責任で自分は関係ないとか、組織の命令でしょうがないとか、そういったことを考えることのない人間、いわば思考を停止することのない人間でありたいと、切に思う。この映画に「パイロット」として出てくる兵士 (演じるのはアーロン・ポールという俳優) は、パイロットと言っても空中で航空機を操縦するのではなく、要するにナイロビ上空を飛んでいるドローン兵器を遠く離れた米国ネヴァダ州で操縦しているのであるが、息の詰まるような極限状態においても、思考する人間であることをやめなかった。なんという素晴らしいことか。もちろん、そのことがすぐに少女の命を救うか否かは、誠に痛々しいことに、別問題であるのであるが。
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この映画の製作者のひとりは、英国の名優コリン・ファース。彼が出演した近作ではなんといっても、このブログでも絶賛した「キングスマン」が素晴らしいが、あの映画にあふれる自由に羽ばたく遊び心だけではなく、極めてリアルな問題意識を世の中に問うだけの度量がある人であると実感する。
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そして、この作戦を英国諜報部で指揮するキャサリン・パウエル大佐を演じるのは、これも英国を代表する名女優、ヘレン・ミレン。ここでの彼女は、いつも通り素晴らしいとしか言いようがない。決断力と正義感と合理性と、そして強引な手腕を持ちながらも、人間的な面を維持している、このような軍人がもし多ければ、世界はまだ少しは信頼できるような気がする。
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そして、ロンドンの国家緊急事態対策委員会で画面を見ながらパウエル大佐に指示を出すフランク・ベンソン中将を演じるのは、69歳にして昨年膵臓癌で亡くなった名優、アラン・リックマンである。以前も書いたが、ハリー・ポッターシリーズのみならず、「ラブ・アクチュアリー」などの作品でも渋い味を出していた。この作品は、声の出演だけであった「アリス・イン・ワンダーランド / 時間の旅」に先立つもので、演技を伴う出演作としてはこれが遺作であり、エンドタイトルにおいて、彼に捧げるとのメッセージが出てくる。ここでの演技はまさにこの役柄にふさわしい複雑なものであるだけに、改めて惜しい俳優を亡くしたものであると思う。この映画における彼の最後のセリフは大変に重いので、これからご覧になる方は是非その重みを味わって頂きたい。
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この映画の副題、「世界一安全な戦場」とは、現地ナイロビからの映像を見ながら少女の命を危険にさらす、英米の軍人や政治家たちのいる場所を指す。確かに現代の戦争の多くは、テレビゲームさながらの遠隔操作による爆撃によって遂行されていることくらいなら、我々もマスコミ報道によって既に知っている。そして、時には誤爆による民間施設への攻撃も耳にすることがある。無差別自爆テロによる被害も悲惨なものであるが、テロとの戦いに一般市民が巻き込まれるということも、これはもう、言葉がないほどに悲惨な事態である。そんなことは分かっているつもりであったが、だがこの映画を見ると、世界の現実はそれほど単純なものではないということが分かる。ミサイル発射の是非を巡って交わされる様々な会話は、さながら奔流のようにあちらに流れこちらに流れ、ついにはシンガポールで下痢に苦しむ英国外務大臣や、中国で卓球による親善を試みる米国国務長官など、首脳たちの居場所を求めて世界を走る。軍の幹部や政府首脳たちは、それぞれの大義と職掌に基づき、時にはリスクヘッジを企図して発言をし、議論は議論を呼んで結論はなかなか出ない。その様子には本当に手に汗握るものがあるのだが、ビジネスマンの方々には、是非彼らの英語を注意して聞いて頂きたい。日本語で果たして、このような議論ができるであろうか。それは何も軍事上の議論ではなく、日常のビジネス活動における議論に置き換えてみてもよいと思うのであるが、ともすれば責任が不明確だと言われがちな日本のシステムは、(「シン・ゴジラ」を思い出すまでもなく) 一般人の命のかかった場面に対処できるのであろうかと思ってしまうのである。一例を挙げると、「シン・ゴジラ」における何度も聞かれた言葉は、「総理! ご決断を!!」であった。これは政府の緊急会議において大勢が総理を取り囲んだ状況において発される言葉であり、江戸時代であればこの「総理!」の部分がそのまま「殿!」であっただけで、きっと同じような光景があちこちで繰り広げられていたであろう (笑)。ここではあくまでも決断するのは殿であり総理という「個人」であるが、案を提言するのは合議を経た「集団」である。ところがこの「アイ・イン・ザ・スカイ」でしばしば見られるのは、指令を出すべき「個人」 (軍人) が、その指令を許可する権限を持つ「個人」 (政治家) に対し、"Do I have permission?" (しかも英国式に語尾を下げたイントネーションで) と尋ねるシーンである。つまりここで「許可」を与えられるべき主体は飽くまで発言者個人、"I" なのであり、個人の責任が明確な欧米式意思決定である。この違いは大きい。これは「シン・ゴジラ」において大杉漣演じる苦悩の首相。
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だがもちろん、私は欧米流のやり方が常に正しいと主張するつもりは毛頭ない。戦争とは所詮人間のやっていることであるという限界は、言語やシステムを問わず冷厳に存在していると思わざるを得ないし、この映画は実際にそこまでズカズカと入り込んで行く内容になっているのであり、その点こそがこの映画の素晴らしい点である。私はこの展開にハラハラドキドキし、納得したり心の中で反対の声を上げたり、巻き込まれそうになっている無垢な女の子がかわいそうで涙が出そうになったり、本当に椅子に座っているのがつらいような時間を過ごすこととなった。このような素晴らしい作品をまとめ上げたギャヴィン・フッド監督は 1963年、南ア生まれ。
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過去の作品としては、「ウルヴァリン : X-MEN ZERO」や「エンダーのゲーム」があるが、あまり知られていない名前である。南ア出身の映画監督と言えば、「第 9地区」「エリジウム」「チャッピー」のニール・ブロムカンプがいるが、このギャヴィン・フッドよりは一回り下。だがどちらもこれから期待できる名前である。

この映画は見るものに何か強烈なものを突き付ける。それは戦争の真実であるとともに、映画という文化の一分野の持つ素晴らしい表現力であると思う。なかなかそのように思える映画に出会えることは少ないので、是非一見をお薦めする。

by yokohama7474 | 2017-01-31 00:16 | 映画 | Comments(0)

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昨年末からどちらかというとマニアックな映画に重点を置いて鑑賞して来た。どうしても、すぐに上映終了となってしまう映画に優先度を置いているきらいはあるものの、私は何もマイナーなものにしか価値を見出さないひねくれ者ではなく、一般に人気のある映画も、自分の興味と一致するものである限り、極力見に行くようにしている。この映画は誰もが知る通り、出光興産の創始者、出光佐三 (いでみつ さぞう 1885 - 1981) をモデルとした百田直樹の同名のベストセラー小説 (手元にあるが私は未だ読んでいない) を映画化したもので、同じ原作・監督・主演による「永遠の 0」もそうであったが、かなり世間の注目を集めている映画である。だが、最近になっていくつかの話題作の公開が始まっており、そろそろ見ておかないと上映終了になってしまうかもと思って、ようやく見に行ったもの。これが実際の出光佐三の肖像。修羅場をくぐった人だけが持つ、いい笑顔ではないか。
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この種のポピュラーな映画は、出張に出かけるときの飛行機の中で見ることができる可能性が高いと思うが、実は「永遠の 0」の場合はそのようにして見ることとなった。ところが飛行機の中では、航空の安全に不安を覚えさせるシーンはカットとなるので、当然ながら「永遠の 0」などは大変に不適な内容であったのだ。実際、岡田准一の墜落シーンがなかったことで、その後の染谷将太の行動に疑問を覚えたものだ (笑)。その点、この「海賊とよばれた男」は、海のシーンはあっても空のシーンはないだろうから、飛行機で見てもよいのだがな、と思っていたら、なんのことはない。この映画でも、飛行機の中では絶対カットされるであろう重要なシーンがある。つまり、ここでは逆に、染谷将太に関するそのシーンがなければ、その後の岡田准一の行動に疑問を覚えるということになるはず (笑)。
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映画の冒頭に英語で、"based on true events" と出る。日本語では「実際に起こった出来事に基づく」となるが、そうするとどうも説明くさくなってしまう。なのでこの英語表記は一見識であろうと思う。そしてこの映画の素晴らしい点をまず一言で述べるならば、岡田准一の老け役と言ってもよいのではないか。ここでは主人公國岡 鐡造 (くにおか てつぞう) の若い頃の荒くれぶり (と言っても、私生活ではなく仕事に関してのことだ) から始まり、戦中、戦後、そして高齢で亡くなるまでが描かれているが、それぞれのシーンの設定年齢に応じて白髪の数も変わるという凝り方である。岡田は 1986年生まれなので、未だ 36歳。でもこれ、どう見ても老人だ。彼の演技はすべての箇所で完璧とは思わないが、それでも、彼の演技を貫く熱意にほだされることは事実。最後の老人ホームのシーンなど、その目力に感服した。
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昨今の日本の状況に鑑みて、戦後の復興から目覚ましい経済発展を遂げた昭和の時代を懐かしむには充分な理由があると思う。まあ、この映画を見ていると、既に過去のものとして過ぎ去ってしまった昭和という時代に思いを馳せることにはなってしまうが、だが、時には我々は思い出す必要がある。かつて昭和と呼ばれる汗と涙にまみれた時代があり、国民は皆必死であって、それだけまっすぐに前を向いていたのだということを。これが劇中の國岡商店の人たちの写真だが、50代以上の人なら、幼少の頃にこのような景色があちこちで見られたことを忘れてはいまい。左端で革ジャンを着ているのが監督の山崎 貴である。
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実はこの写真には、肝心の店主である國岡 鐡造が欠けている。きっと体を張って、どこかで切った貼ったの勝負に出ているのであろう (笑)。ここで興味深いのは、店主を演じる岡田准一の実年齢が 36歳であるのに対し、その番頭役、無口な甲賀治作を演じる小林薫の実年齢が、親子ほども違う 65歳であるということだ。劇中で寡黙な番頭役を演じる小林は、実に円熟の演技であると思う。
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この映画の長さは「永遠の 0」とほぼ同じ、145分。その長さにもかかわらず、見ていて飽きることはないが、何よりこれが実話に基づくストーリーであることが興味深い。石油会社のメジャーを敵に回し、今日ではありえないような乱暴な方法でイランに向かうところなど、まさに血沸き肉躍るものがある。いつの時代も、非難を恐れない勇気ある者が未来を拓く。これはイランから石油を運んできた日章丸の実際の映像。乗組員たちがイランに向かっていると知らされたとき、一体いかなる感情であったろうか。この映画を見て我々は、既に忘れてしまった何かの思い出を取り返す機会にしたいものだと思う。
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またここで國岡の妻を演じる綾瀬はるかは、そのごく限られた出演シーンにもかかわらず、いつもの自然な佇まいで、映画に何か安らぐものを与えている。
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現在、実社会での出光は、昭和シェル石油との合併に創業家が反対して頓挫している状態。そのひとつの理由は、現在出光美術館が所有する驚くべき日本美術のコレクションの散逸を、創業家が恐れていることも一因であるようだ。経済合理性はどうなのか分からないが、文化に対する妥協ない姿勢を見せた出光創業家は、さすがに海賊の子孫 (?) である。稀代の日本美術のコレクターであった出光佐三には、美術品に対する殺気立つほどの愛着があったようだ。この映画の中で國岡商店は、石油メジャーと丁々発止渡り合い、そのしっぺ返しを受けて会社が困窮のどん底に落ちてしまう。そのために起死回生の策として日章丸がイランに向かったわけであるが、私の疑問は、では現在の出光美術館のコレクションのうち、会社がどん底にあった状態でも散逸を免れたものが、どのくらいあったのかということだ。昨年開業 50周年を記念して出光美術館が開いた「美の祝典」3回シリーズについては、このブログでもそれぞれ記事を書いたが、今でこそ実に素晴らしい日本美術の宝庫である出光美術館がいかにして維持され発展して来たのか、知りたい衝動に駆られる。出光佐三の最初のコレクションは 19歳のとき。江戸時代の画僧、仙厓の作品であった。そして現在ではこの美術館は仙厓の大コレクションで知られる。劇中の國岡のように熱い人であったろう出光佐三は、恐らくそのコレクションにも命を賭けたのであろう。この映画の中で、國岡の執務室にはいくつかの美術品が飾られているが、中でも背景に見える、墨で描いたいかにも仙厓風の洒脱な作品 (時間の経過に応じて 2種類が確認できる) が気になる。私の手元にある 1989年の出光美術館での仙厓展の図録を見てみて、近いものを以下に掲げる。
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この映画のリアリティは脱帽ものであり、監督の山崎貴の細部に亘るこだわりが伝わってくる。けだし人間は、何事であれ大事なことにはこだわりを持つべきであろう。これからの時代、我々が頑張って生きて行くためのヒントをこの作品から得ることはそう困難なことではないと思う。飛行機の中ではなく、劇場で見ることができて本当によかった!!

by yokohama7474 | 2017-01-29 23:05 | 映画 | Comments(0)

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ホールを満たした 2000人の聴衆の前に、たったひとりで立つ。ステージで手にするのはヴァイオリン一丁。オーケストラはおろか、通常ならリサイタルで伴奏してくれるはずのピアノもいない。これから始まる、音楽の正味演奏時間だけでも優に 2時間を超える多彩な作品の演奏において、奏者は音楽のテンポや強弱やその他微細なニュアンスまで、たったひとりで表現しなければならない。これはなんとも大変なことだ。ヴァイオリニスト冥利に尽きるとも言えるかもしれない。だがその孤独感はいかばかりか。そもそも音楽を奏でる際、演奏家は厳しく自己と向き合い、そして最終的には聴き手に放たれる音たちを、自らの深いところから引き出さねばならない。バッハが書いた 6曲の無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータは、音楽史上燦然と輝く名曲であるが、奏者を究極の緊張感に置くものではないだろうか。

韓国の生んだ世界最高のヴァイオリニストのひとり、チョン・キョンファは現在 68歳。来年デビュー 50周年を迎える。若い頃にはまさに激しく燃える情念の音楽で世界に切り込んだ彼女は、いつの頃にかレコーディングはあまりしなくなり、一時期は指の故障もあって演奏活動を数年間休止せざるを得なかった。少なくともクラシックの世界では、昔と違ってメジャー・レーベルがスター演奏家のレコーディングを陸続と世に出すという状況はもはやなく、常にその名声と演奏活動が安泰で、新録音も定期的に出るという演奏家は、極端に少なくなってしまった。そんな中、東京では様々な世界的演奏家の実演に頻繁に触れることができる環境があり、その意味では我々はアジアのほかの街と比べても、格段に恵まれていると思う。チョン・キョンファの場合、2013年に久しぶりに日本を訪れて以降、2015年、そして今回と、2年に一度は来日公演を開いており、昔を知っているファンもそうでないファンも、現在の彼女の音楽に大きな喝采を送っているのである。しかも今回は上記の通り、ヴァイオリン音楽の最高峰、バッハの無伴奏ソナタとパルティータ、全 6曲を一晩で演奏する。そもそもこの曲目で収容人員約 2000人のサントリーホール、及び世界の主要ホールを満員にできるヴァイオリニストが世界に何人いるだろうか。多分、片手を超えるか否かというレヴェルではないか。一例として、昨年このブログでも採り上げた、中堅ヴァイオリニストとして実績も知名度も充分であるはずのクリスティアン・テツラフですら、800席の紀尾井ホールでの演奏であった。そもそもヴァイオリンの音がちゃんと響くホールのサイズとしては、本来その程度が限度であり、2000人のホールでヴァイオリン・リサイタルを行うということは、それだけ聴きたいと思う人の数が多いということを意味する。今回、どういうわけか全館休業日となっていたこの日の暗いアーク森ビルで、唯一灯りがともっていたサントリーホールの当日券売り場は、しかしブラインドが下りていた。つまり、満員御礼である。皆、彼女の音楽を聴きたいと思ってこのホールに集まって来たのである。
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今回の演奏曲目詳細は以下の通り。すべてバッハ作曲。
 ソナタ第 1番ト短調 BWV.1001
 パルティータ第 1番ロ短調 BWV.1002
 = 休憩 15分 =
 ソナタ第 2番イ短調 BWV.1003
 パルティータ第 2番ニ短調 BWV.1004
 = 休憩 20分 =
 ソナタ第 3番ハ長調 BWV.1005
 パルティータ第 3番ホ長調 BWV.1006

開演は 18時30分、終演は 21時35分。まさに演奏家と聴衆が音楽を挟んで対峙する、密度の濃い 3時間であった。チョンは昨年 5月に北京で、これら 6曲を一晩で演奏するコンサートを演奏。この 6曲の大変な通し演奏は、今回日本では、福岡、大阪に続いて今回の東京での演奏。そして 5月にロンドン、その後ニューヨークと続くとのこと。またそれに先立ち昨年 4月、実に 15年ぶりのスタジオ録音としてこれら 6曲を録音。日本でも昨年 10月にワーナー・クラシックスから発売されている。尚、68歳でのこの 6曲の録音は、これまでの最高齢記録イダ・ヘンデル (やはり素晴らしい伝説的ヴァイオリニストであり、88歳で未だ現存のようだ) の 67歳を抜いて新記録であるとのこと。この記録は、きっとチョン自身が将来更新するのではないか。

今回の 6曲を聴いてみて改めて思うのは、まずはこの音楽の内容の深さ。これは演奏云々 (あ、これは安倍首相の言うように「でんでん」ではなく、正しくは「うんぬん」と読みます。念のため) の前に、まさにこの不朽の音楽の持つ価値によるものであろう。そしてここでのチョンの演奏には、彼女ならではの明確な個性が刻印されていて、まさに圧巻だ。バッハのようなバロック音楽は、もはや作曲当時の楽器の演奏法を考慮することなしには演奏が難しいが、もしそのような古楽奏法を第一と考えれば、ともすると、流れはよくても血圧の低い、面白みのないバッハになってしまう可能性がある。その点チョンは、さすがに一味違う。彼女にとってこの曲集は、ニューヨークのジュリアード音楽院で稀代の名教師イヴァン・ガラミアンに師事した頃から半世紀以上勉強して来たものであるというが、だがそれは半世紀以上前の解釈というわけでは決してない。最近の流れである古楽奏法も明らかに意識した上で、彼女でしかなしえない表現力を強く押し出したものになっているのである。昔のように情念をそのままぶつけるという印象は減じているものの、その音楽は決して常に流れが流麗であるわけではなく、楽章によってはアクセントが強すぎるように感じる箇所もある。また楽章の終結部などでは、ほんのわずか呼吸する間を空けることで、インテンポが崩れる場合もある。だがそれがチョンの個性。演奏スタイルにおいては時代の趨勢に充分留意しながらも、磨き抜かれた音と安定したテクニックはもちろん健在で、ここぞというときの集中力と深く聴き手の心に訴えかける表現力には瞠目すべきものがあった。特に有名なシャコンヌを終楽章として持つパルティータ 2番における没入ぶりは素晴らしく、また、例えばソナタ 3番の第 2楽章などでも、先へ先へと進む生命力に打たれる瞬間が何度も訪れた。まさに自分と厳しく向き合った結果としての、説得力の強い音楽を聴くことができたと思う。

今 2013年の公演プログラムを手元に持ってきてみると、その前年にソウルでこのバッハの無伴奏全 6曲を演奏したとある。そのインタビューでの彼女の発言を抜粋しよう。

QUOTE
それは、かつてない充足感を与えてくれた経験でした。自分の演奏にとても批判的な私は、若い頃はバッハの「無伴奏」を全曲演奏しようなどとは、夢にも考えませんでした。しかし昨年は、今の私を受け入れて演奏する他に、選択肢はないと思ったのです。バッハの無伴奏は録音も決定しており、それは今年か来年に、実現するはずです。録音が実現したら、ツアーでも全曲演奏を手掛けたいと思っています。
UNQUOTE

なるほど、この発言にある通り、数年前から計画されたレコーディングでありツアーであったわけである。いみじくも本人の言う通り、「今の私を受け入れて演奏する」、それが今回聴かれた音楽であったと思う。そして、件の録音は、これである。
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そう、これは今回の演奏会終了後のサイン会で、CD のブックレットに私がもらったチョンのサイン。長蛇の列をなしたファンに対して彼女は非常にフレンドリーに対しており、笑っている人には "I like your smile!" と言い、笑っていない人には "Smile!!" と呼びかけ、ずっとハッピーに喋っている感じ。そして私にサインをくれたときにも喋っていたことが原因であろう、サイン右下のハートマークを誤って 2度書いてしまい、"Oh! You have two hearts!!" と微笑みかけてくれた。ご覧の通り、右下のハートマークに加え、左上には "Love" とあり、意外と「女の子」しているチョン・キョンファであった (笑)。

いや、非常に強い集中力で知られる音楽家である彼女が、聴衆に対しては大変にフレンドリーな人であることは、彼女の音楽を考える上でも、認識しておいてよいかもしれない。というのも今回の演奏中に、滅多に見られない珍しいシーンがあったのだ。2曲目、パルティータ 1番の第 2楽章コレンテは急速なテンポで突き進む超絶技巧を要する楽章だが、その危なげない演奏の途中でチョンは突如として弓を楽器から離し、演奏を完全に止めてしまったのだ!! 何が起こったのかと固唾を飲んだ次の瞬間、彼女は激しく咳き込み始めた。空気の乾燥によるものか、あるいは気管支に唾液でも入ってしまったのであろうか。ひとしきり咳き込み、落ち着いてきた彼女に対し、客席から男性の声が飛んだ。"No problem!!" --- これで客席には笑いが起き、当のチョン自身も満面の笑顔で声のした方を見て、会場には拍手が沸き起こったのだ。私自身は、音楽を聴く緊張から自分を解放したくなかったので拍手はしなかったが、あのようなステージと客席とのコミュニケーションは好ましいものと思われた。そして楽章冒頭から再開された音楽は、より一層集中度と音の鮮度が上がったように聞こえたものであった。生演奏ならではのハプニングから、演奏会の素顔が見えることがあるが、今回はそのよい例であった。

これから 70に向かい、さらに充実の活動を繰り広げてくれるであろうチョン・キョンファ。年齢とともに変わるもの変わらないもの、それぞれに楽しみにしたいと思う。これは 9歳のとき、つまり本物の「女の子」の頃の彼女の写真。楽器を持つ構えは変わっていませんねぇ。天才少女が本当の天才になるだけでも大変なのに、70の声を聞いて新たな境地に向かうとは、本当に素晴らしいことだと思う。たったひとりで 2000人の聴衆の前に立つだけの価値がある演奏家なのである。
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by yokohama7474 | 2017-01-29 02:05 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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フランスにあるラスコー洞窟は、スペインのアルタミラ洞窟などと並んで、旧石器時代の壁画が残ることで有名である。子供の頃から教科書や図鑑などで素朴な動物の絵を見て、何やら人類の遠い記憶といった雰囲気のその壁画に、底知れぬ神秘的なものを感じていた。また、20世紀になってから子供と犬によって偶然発見されたという逸話も面白く、ラスコーがフランスのどこにあるのか知らないが、一度は行ってみたいなぁと思いながらも、そんなに古い壁画は、保存のために一般公開していないことは明らかであり、いわば「永遠に見ることのできない聖地」のようなイメージが私にはある。そんな中、上野の国立科学博物館で今、そのラスコーの壁画の展覧会が開かれていることは朗報であり、でもまさか本物の一部を切り取って日本まで持ってくることは不可能であるので、さて一体何を見ることができるのか、あまり期待すぎないようにと自分に言い聞かせ、現地に足を運んだのである。

まずラスコーがどこにあるかというと、展覧会の図録掲載の地図によると、以下の地図の通り。フランス南西部、ボルドーの近くである。そして、やはり図録掲載の写真から、現地の風景もご覧頂こう。川に沿った場所にある小さな村である。
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この壁画はいつ、誰が描いたものであるのか。答えは約 2万年前、描いたのはクロマニョン人だ。2万年前と言っても「随分前だなぁ」くらいにしか思わないが、ヨーロッパで最古の文明がギリシャに興るのは 5000年前。日本で言えば、縄文時代の始まりは 1万6000年前、弥生時代の始まりは 2500年前。そう思うと、「随分前」のイメージが少しは明らかになる。そう、随分前のものなのである (笑)。クロマニョン人は、後期旧石器時代にヨーロッパに住んでいた人類 (ホモ・サピエンス) である。その前の中期旧石器時代にヨーロッパにいたのはネアンデルタール人であり、こちらは未だ芸術的活動を行えるほど進化していなかった。よって、クロマニョン人を「新人」、ネアンデルタール人を「旧人」と呼ぶ方法が分かりやすいが、調べてみると、ネアンデルタール人はホモ・サピエンスではなくその亜種であるというのが現代の定説になっており、この呼び方は適当ではないそうだ。まあこのあたりは調べれば調べるほど細かい話が沢山出て来て、なにせ検証個体や遺跡の数も限られているので、いかに DNA 鑑定等現代の先端科学を駆使しても、素人でもはっきり分かる歴史が書かれる日が来るのかどうか分からない。

ともあれこのラスコーに驚くべき壁画を 2万年前に残したクロマニョン人、どのような外見をしていたのか。この展覧会に展示されている復元像はこの通り。
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これはどう見ても現在の人類そのままである。なるほどクロマニョン人はホモ・サピエンス、我々の直接の祖先なのだ。そもそもホモ・サピエンスはどこから来たかというと、最近の研究により、20~10万年前のアフリカにその起源があることが分かっている。以下の図は、ホモ・サピエンスの世界への拡散ルートである。ヨーロッパには 4万7000年ほど前に、東方から西に向かって移動して行った。また、ユーラシア大陸を横断して日本にも 3万8000年前に入っている。アメリカ大陸はその頃ユーラシア大陸と陸続きであったらしく、南米には 1万3000年前に到達している。図の中で白く塗られているのは氷床。つまり氷に閉ざされているので人類が住まなかったところだ。面白いことに、近代から現代にかけて最先端地域として世界を牛耳ってきた (そろそろ陰りが見えているという見方もあるかもしれない 笑) 英米両国は、この図によるといずれも当時は未だ氷の土地である。ホモ・サピエンス登場の頃には世界で最も遅れた場所であったのだ!!
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上記の通り、ネアンデルタール人は芸術的活動をしておらず、クロマニョン人がヨーロッパにおいて初めて、人類としての「芸術」を残すこととなった。ヨーロッパ、特にフランスとスペインには 300ほどの洞窟でクロマニョン人の壁画が見つかっているらしいが、規模においても保存状態においても、このラスコーはまさにその貴重な代表例であり、早くも 1979年には世界遺産に登録されている。1940年、穴に落ちてしまった飼い犬を追って村の少年が偶然発見したこの壁画は、その後一般公開され、多くの人たちが訪れたが、バクテリアや菌類の繁殖を招き、保存上の理由によって 1963年には時の文化大臣アンドレ・マルローによって閉鎖されてしまった。現在では研究者すら入ることができないらしいが、現地には 1983年にオープンした洞窟の一部を再現した (主に手作業による測量と模写からなる) 資料館があって、ラスコー 2と呼ばれている。今回の展覧会では、新たに 3次元レーザースキャン技術などを使って作成したラスコー 3が展示されている。これは世界を巡回しているらしく、日本でも東京のあと、宮城県多賀城市と福岡でも展覧される。尚、会場ではほとんどの箇所で写真撮影が許されている。私は残念ながらスマホすらロッカーに入れてしまって素手だったので会場で写真は撮らなかったが、再現壁画はこのような感じで、ライティングが時折変化するので、見ていて興味が尽きない。
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さて、ではラスコー壁画とはどのようなものなのか、見てみよう。このようないくつかに枝分かれし、細く伸びた、まるで腸のような洞窟内は、7つの場所に分類されている。すなわち、
 1. 牡牛の広場
 2. 軸状ギャラリー
 3. 通路
 4. 身廊
 5. ネコ科の部屋
 6. 後陣
 7. 井戸状の空間
である。会場にはこのそれぞれの区分の形状をミニチュアで再現しているが、洞窟の内部を覆う管のような形態は、まさに腸のよう。
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最初の「牡牛の広間」は、長さ 18m、幅 7m、高さ 4 - 5m というまさに広間であり、ウシ、ウマ、シカなど、一部重なり合った 30頭以上の動物が描かれている。すごい迫力だ。線描もあれば彩色したものもある。
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次の「軸状ギャラリー」は狭い入り口の奥に広がる空間で、ここには 60頭ほどの動物が描かれている。その美しさに魅了されたある先史学者は、「先史時代のシスティーナ礼拝堂」と呼んだという。もし狭い空間でこれを見ることができれば、2万年の時を超えた人類の創造の奇跡に身震いすることであろう。動物たちの活き活きとしたこと!!
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次の「通路」では、もろい壁面に彫刻刀のような石器を使って、繊細で小さな線刻画が多数施された。全体で実に 239頭が確認されているという。
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「身廊」とは、教会建築において堂内の長い部分を指す名称だが、それはここが天井の高い広間のようになっているからである。ここでは線刻、彩色それぞれの作品が残る。以下はヤギの列。見えにくいので、復元図を添える。また、ここにある「大きな黒い牝ウシ」は、反対側に向いたウマたちの上に重ね描きされていて、大した存在感だ。
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「ネコ科の部屋」は、這わなければ入れない場所で、ライオンかとも思われるものなど、ネコ科の動物の線描が含まれている。大変ユニークだ。
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「後陣」も教会建築の一部を指す語であり、堂内の奥の半円形の窪んだ箇所のこと。ここでは 10m × 10m の三角形の場所にその名がつけられている。これは少し見にくいが、トナカイの線刻画。下の写真の解説にある通り、ラスコー洞窟では多くのトナカイの骨が発掘されているが、トナカイの描かれた絵はこれだけだという。
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そして面白いのが、「井戸状の空間」。たて穴を 5m降りて行ったところにあり、地表から 20m下にある場所だ。ここでは黒い絵具だけを使って不思議な絵が描かれている。槍が刺さって内臓がはみ出ているバイソンが、トリの頭を持つ人物を攻撃しており、その横には、やはりトリを彫刻した槍か、槍を飛ばす道具と見られる道具が立っている。意味は解明されておらず、誠に謎めいた壁画である。
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このようにラスコーの壁画の数々は、ほとんどが動物を描いたものであるが、技法も色使いも様々であり、呪術的な雰囲気をたたえたものもある。先史人たちはなぜ洞窟の中にこれだけの夥しい作品を残したのであろうか。彼らはどうやら洞窟内に暮らしていたのではなく、住居は周辺にあったらしい。なのでこの場所は彼らの長いキャンバスであったわけである。つまり、「絵を描く」こと自体が彼らの目的であって、これは動物との決定的な違いなのだ。もちろん、人間が動物と違う証拠として、ここで使われていた石器や絵具、そして驚くべきことに、動物の油を使用したというランプまでもが発掘されている。今回の展覧会で展示されているこれらの品は、なんとここが世界初公開であるらしい。
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そして、日本での展覧会独特の展示も加わっている。それは日本の後期旧石器時代についてのものだ。私は初めて知ったのだが、なんと日本には、2つのこの時代の「世界最古」があるという。ひとつは、「世界最古の落とし穴」。静岡県の東野遺跡のもので、3万 4000年から 3万 1000年ほど前のもの。動物を追い込むのではなく、自然に落ちるように仕組んだものと考えられている。これが世界最古ということは、日本人は元来狡猾な人種なのであろうか (笑)。
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そしてもうひとつ、これはすごいと思うのだが、「世界最古の往復航海の証拠」。伊豆七島の神津島の沖にある恩馳島には黒曜石の岩塊が存在し、旧石器時代にここから運ばれたと見られる黒曜石が本州の遺跡で発見されているという。以下の地図で赤い色のついた遺跡である。尚、肌色の部分は 3万 8000年前の陸地。これが世界最古ということは、日本人は元来交易のセンスがあるということだろうか。
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一体人間はなぜ、絵を描くのであろう。ラスコーは、その根源的な問いに対して無言のヒントをくれる場所であるようだ。ただ生きるために食うという生活ではなく、火をおこし道具を使い、直立歩行することで、人間ならではの生活をクロマニョン人たちは実現し、そして何かを壁面に再現するという段階に至った。今に至る人間の芸術行為の根源を作り出した彼らの活動を知ることは、また我々人類の可能性を知ることでもある。一度現地でその空気を吸ってみたいものだが、まずはこの展覧会でその内容を知ることには、大きな意義があると思うのである。

by yokohama7474 | 2017-01-28 15:25 | 美術・旅行 | Comments(0)

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このコンサートに全くイメージのない方は、上のポスターを見てどのような印象を抱くことであろうか。「連祷 (れんとう)」とは、日常的にはあまり使わない言葉であるが、その字の通り、連続した祈りのこと。厳しい表情をした男性が二人写っているが、何やら侍のようにも僧侶のようにも見える。これは映画のポスターであろうか。答えは否。これはオーケストラコンサートのポスターだ。新日本フィルハーモニー交響楽団 (通称「新日フィル」) の定期演奏会シリーズ、「ジェイド」シリーズの一環である。ポスターに写っている右側の男性が今回の指揮者、井上道義。左側が名実ともに日本を代表する作曲家、武満徹 (たけみつ とおる)。そう、このコンサートは、昨年の武満没後 20周年の余韻を楽しむというには豊かすぎる内容の、井上によるオール武満プログラムなのである。なかなか秀逸なポスターである。なによりこの銀色の装飾がよいではないか。確かに私の思うところ、武満の音楽は、北山文化的というよりは明らかに東山文化的。この言葉の意味するところは以下で触れたいと思う。

さて、武満についてよく知っている人と知らない人とで、このコンサートへの面白みが変わってくるものと思う。まず題名だが、私はこれを見た瞬間、「なるほど、『れんとう』とは、『二つのレント』とかけているのだな」と思ったものである。果たしてポスターをよく見ると、"Rent" (賃料という意味ですな 笑) ではなく、"Lento" と書いてある。これは音楽用語で「緩やかに」の意。正規の音楽教育を受けなかった武満の 20歳の処女作が、「二つのレント」というピアノ作品であることは、武満ファンは先刻承知のはず。従ってこのコンサートの名前は、その記念すべき作品の題名「レント」と、没後 20年の祈り「連祷」をかけていると解釈した。しかも指揮は最近好調の井上道義で、彼はこのコンサートで「お話し」も担当するという。これはなんとしても出かけなくてはいけないコンサートである。
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この演奏会の内容を一口に言うと、武満の創作の原点を探るものと言えようか。大変ユニークなことに、まず冒頭に、フランスのシャンソン「聞かせてよ、愛の言葉を」の SP レコードが古い蓄音機で演奏されるという構成だ。武満は、終戦間近の 1945年、彼が 15歳のときに、勤労動員として陸軍の食料基地づくりに駆り出された埼玉県飯能市で、見習い士官がこのレコードをかけたときに衝撃を受け、作曲家になる決意を固めたのだという。リュシェンヌ・ボワイエという歌手による録音で、今回は以下のような特別な蓄音機で演奏され、所有者であるというマック杉崎も舞台に登場、蓄音機に関する井上の質問に答えていた。
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武満ファンなら、「僕は一生そのシャンソンみたいな音楽を書いてきたつもり」という作曲者の発言をここで思い出すであろう。私もそれは知識として知っており、またこのような古い SP レコードに対するノスタルジックな憧憬はあるので (以前所有していた SP は、スペースの関係ですべて処分してしまったし)、この試みはなんとも味わい深いものであった。まさに武満の原点。上の写真のような巨大なラッパを本当に機械 (ネジ巻式なので電気は使用しない) に取り付け、井上が自分でそのラッパの向きをぐるっと一周させて、会場の聴衆に聴かせたのであった。

さて、このあと演奏された武満の作品は以下の通り。
 死んだ男の残したものは (山下康介編曲、歌 : 大竹しのぶ)
 二つのレント冒頭部分 (ピアノ : 木村かをり)
 リタニ マイケル・ヴァイナーの追憶に (ピアノ : 木村かをり)
 弦楽のためのレクイエム
 グリーン
 = 休憩 =
 カトレーン
 鳥は星型の庭に降りる
 3つの映画音楽から 「ホゼー・トレス」から訓練と休憩の音楽 / 「他人の顔」からワルツ

これらはいずれも武満の初期から中期にかけての曲であり、しかも編成も様々。舞台上で楽器配置の転換をする間を利用して、口元にマイクをつけた井上があれこれの話をするという趣向で、これは実に興味深いものであった。井上独特の砕けた調子の、それでいながら真実味のこもったコメントの数々は、ちょっとほかでは聴けないもので、大変面白い。思い返してみると彼は、昨年このブログでもタン・ドゥンと三ツ橋敬子による再演をご紹介した「ジェモー」の世界初演を、尾高忠明とともに担当した指揮者であり、それ以外にも武満作品を採り上げるごとに作曲者との会話を経験しているわけで、その意味でも生前の武満の生の声を知る存在として貴重である。また井上も紹介していたが、武満の盟友であった小澤征爾が創設したこの新日本フィルというオケでは、1975年の「カトレーン」の世界初演をはじめ、小澤とともに積極的に武満作品を演奏してきたという歴史があり、実は井上自身も以前このオケの音楽監督であったという縁もあって、改めてこの演奏会の価値を認識するのである。

加えて面白いのは、大竹しのぶの登場だ。
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もちろん、私も大変尊敬する、現代を代表する大女優であるが、ここでは歌手として登場。彼女は最近では音楽活動を活発に行っていて、録音もしていれば、中島みゆきのコンサートにも出演しているらしい。ここで彼女が歌った「死んだ男が残したものは」は、1965年に谷川俊太郎の詩に作曲された曲で、ヴェトナム戦争反対集会で初演されているもの。その時代の空気をよく持っている曲であるが、なんでも今回披露されたのは、昨年 6月に、井上が音楽監督を務めるオーケストラ・アンサンブル金沢との共演用に編曲されたものらしい。まあその、クラシックの歌手を聴きなれていると、微妙な音程のコントロールには、歌の厳しい研鑽を積んだプロとの違いは当然感じるのであるが、大竹の歌唱はさすが女優によるもの。トータルな表現力では胸に迫るものがあった (昨年末に聴いたカルメン・マキの同じ曲の歌唱とはまた違った持ち味であった)。また、歌い終えたあとに井上と話す彼女が、平静ながらもしきりと目じりの涙を拭う様子は印象的であった。ちなみに、井上はその会話の中で、大竹がつい前日、「後妻業の女」でブルーリボン賞主演女優賞を受賞し、かつて受賞した新人賞、助演女優賞と合わせて 3つのブルーリボン賞を達成した史上初の女優であることに触れていた。おめでとうございます!!

そしてコンサートには、日本を代表するピアニストのひとりで、現代音楽を得意とする木村かをりが登場、武満の一度は失われた (そして最近楽譜が発見された) 20歳の処女作、「二つのレント」の冒頭部分と、その曲を 1989年に作曲者が記憶で再現し、亡き友人のマイケル・ヴァイナー (現代音楽演奏楽団としての先駆けであるロンドン・シンフォニエッタの創設者) に捧げた「リタニ」が演奏された。この「リタニ」はまさに「連祷」という意味であるらしく、武満自身が「レント」からの連想で思いついた題名である由。痛々しい抒情性に満ちた曲である。木村は、やはり武満作品をはじめとする同時代の音楽を極めて精力的に紹介した指揮者、故・岩城宏之の妻であり、既にかなりのヴェテランであるが、大変に美しい音色で、初期の武満作品の持ち味をしっかりと聴かせてくれた。
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ここで木村にもインタビューされるかと思いきや、井上によるとご本人が「私喋るのイヤよ」とおっしゃったとのことで、その代わりに (?)、作曲者の娘である武満真樹が登場、井上の面白可笑しい突っ込みに答えて、亡き父の思い出について語った。初期の頃には陰鬱で深刻な作品が多く、後年も非常に繊細な曲を書いた武満であるが、実は大の冗談好きで、始終ふざけていたとのこと。いわば両極端の言動を取ることで、精神の竿の均衡を保っていたのではないかと。うーん、生き方として参考になります (笑)。

さてその後は武満の初期から中期の代表的な作品が 4曲、休憩を挟んで演奏されたわけだが、井上いわく、この頃の武満作品には、後期の曲のような比較的平明な美しさよりも、深い情緒があり、また必ず最後の方に聴衆の心をグッとつかむ印象的な箇所があって、好きだとのこと。なるほど分かるような気がするし、今回の新日本フィルのような精度の高い演奏で聴くと、その個性が実に雄弁に鳴っているのを聴き取ることができる。また井上は、武満の音楽には、伝統的な西洋音楽にはよく出てくる二項間の対立、例えば明と暗、善と悪、長と短といったものがほとんどないと指摘。それはあたかも、ヨーロッパの庭園が自然を切り拓いてきっちりとした展望を作り出すのに比べて、日本の庭園がどこから歩き始めてどこに向かってもよいようなものだと説明した。この指摘自体は目新しいものではないが、武満作品の上質な演奏に触れてみると、なるほどそれはわび・さびの世界に近いものがあり、改めて日本文化のひとつの精華であるその枯れた感覚との共通性を、まざまざと感じることができるのである。なので、武満の音楽は、きらびやかな金に彩られた北山文化ではなく、渋い色合いの東山文化に近い。もちろん、前者の代表は金閣寺。後者の代表は銀閣寺。なのでこの演奏会のポスターは銀色なのである。銀色の武満の肖像。
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だが井上は武満の音楽における、しんねりむっつりした要素以外の重要性を認識しており、演奏会の最後に、アンコール代わりと説明した上で、「3つの映画音楽」から 2曲 (弦楽合奏によるもの) を演奏した。除かれた 1曲は、「黒い雨」の葬送の音楽。ここで井上は、退廃性を秘めながらも活発な動きを示す音楽だけを選び出し、竿の両端でバランスを取る稀代の作曲家の姿の、ある一面を描き出した。終演後の拍手の中、「浅香さん、いるー? マダム・タケミツ?」と客席に呼びかけ、武満の未亡人を起立させていた。そしていわく、「武満さんの生前に曲を演奏して、ボクが拍手を受けていたら、『いいなぁ指揮者はいつも喝采を受けて。作曲家なんて日の当たらない存在だよ』とおっしゃるので、『作品はずっと長く残るじゃないですか』と言うと、『死んだあとのことなんてどうでもいいんだよ!!』と言われました」とのこと。会場は爆笑に包まれた。今日我々は、亡き武満を偲んでその偉業を振り返る機会を多く持つが、当のご本人は天国での生活を楽しむのに忙しくて、現世を振り返る感傷に浸る暇などないのかもしれない。そうして優れた芸術は、創造した人物個人を超えて、歴史の中で普遍性を獲得して行く。そうであるからこそまた、ときには武満徹という個人の人となりについて、ヴィヴィッドに感じる機会が重要なのであろう。私も、講演やコンサート会場、あるいは映画のプログラムや数々の著作などに接することで、同時代に受けた彼からの感化を、一生忘れないようにしたい。そしてまた、日本の文化シーンに、武満に匹敵するような巨大な存在が現れることを心待ちにしているのである。

by yokohama7474 | 2017-01-27 00:50 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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うーん。この映画を表現するのに、どのような言葉を使おうか。まず予告編を見た印象では、近いタイプの映画は「ブラックスワン」であろう。すなわち、予告編によるとどうやらこの映画は、ファッション界にデビューした若く初々しい女の子が、才能を見出されてめきめき頭角を現し、周りの女性たちの燃えるような嫉妬と競争心を煽り立てることとなる。そして初々しかった彼女自身、成功するにつれて悪魔的傲慢さを発揮し始める。その結果段々見えてきたことには、彼女らが居場所を見出している、明るい照明の輝く華やかな世界は、実はネオンの光に潜む恐ろしいデーモンの巣窟なのである・・・とまあ、そのようなストーリーであると思われるからだ。見終わった今、この映画を反芻してみると、もちろん「ブラックスワン」との共通点もあるにはあるが、より強烈に人間の影の部分に光を当てる、心底恐ろしい映画であると思う。誰が見ても面白いかと問われれば、多分首を横に振るだろう。だが、見る価値はあったかと問われれば、渋々首を縦に振るだろう。

まず導入部が非常に凝っている。ザラザラしたガラスのような表面に様々な色が当たり、タイトルが出たあと、本編の冒頭に登場するのは、ソファに身を寄りかかったまま、どうやら首を切られて息耐えた血まみれの若い女性。上のポスターにも含まれている、このような画像だ。私の記憶では、映画の中では腕も血まみれだったように思う。
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だがどうやらこれは作り物であるらしい。なぜなら、真剣にシャッターを切る男の映像が、切り返しで次に現れるからだ。カメラは一旦ソファから引いたあと、再度男のショットとなり、そしてまたソファに戻るが、そこには既に女性の姿はなく、カメラはただ空しく対象物であるソファに寄って行くだけ。次のシーンでは、場面が変わって、首と両手におびただしくこびりついた血糊をティッシュで拭き取る、この青い服の女性。彼女は鏡に向かっており、多くの照明で明らかな通り、どうやらそこは撮影のためのメイクをする部屋だ。女性の前には大きな鏡があり、血糊を拭き取る彼女はどこか上の空である。すると、部屋の反対側、そこにもメイク用の鏡が沢山並んでいるのであるが、そこにはショートカットのもうひとりの女性がいて、二人はポツポツと会話を交わす。本物の人間と、その鏡像が、交錯してコミュニケーションを始める。そして血糊の拭き取りを手伝いにショートカットの女性が寄ってきて、二人が向かい合って喋るときには、その短いセリフのいちいちで、カメラはいわゆるピン送りという手法を使うことで、ただの何気ない会話シーンに不思議な感覚が与えられている。つまり、喋っている人物の顔にピントが合ったと思うと、話し手の交代とともに別の人物にピントが移り、会話の進行とともにそれが交互に繰り返されるという手法である。これにより、喋っている人物の表情にはピントは合っているが、聞いている方の人物の表情はピンボケで伺い知れないということになる。
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記憶だけで書いているので、細部が違っていてもご容赦願いたいが、私がここで言いたかったことは、冒頭のこの流れだけで、この映画の映像のスタイリッシュな凝り方は、単に技法を弄んでいるのではなく、ここで描かれる人間像やその関係と密接に関係していることがはっきり分かる、ということなのだ。私の見るところ、この映画の大きな特徴は 2つ。ひとつは、全編を通してあらゆる場面で鏡が多用されることで、これにより真実と虚像の境界が曖昧になっていること。もうひとつは、無音の場面が多いがゆえに流れに緊張感があり、音楽や音響の入る場面では、必ず何か重要な事態が発生するということだ。そのような監督の手練手管にまんまとはめられた観客は、その先を読めない展開に身を乗り出し、そして後半では何度か、その身をのけぞらせるだろう。実際、私が見たレイトショーでは観客が 10名ほどであったが、大詰め近くのあるシーンでは、何人かが「うえっ」だが「ぎょえっ」だか、何やら得体の知れない声を思わず口から漏らしていたものだ (笑)。監督のインタビューを読むと、ホラーやメロドラマやコメディや SF などのあらゆる要素の混じった映画を撮りたいと言っていて (そう言えば、先に大絶賛した「ドント・ブリーズ」のフェデ・アルバレス監督も同じようなことを言っていた)、なるほどとは思うのである。このセンスは只者ではない。ただ、相当にグロテスクなシーンもいくつか出て来て、それらは本当に強烈であるので、拒否反応を示す人も多いだろう。とはいえ私自身は、それらを汚いとは全然感じなかった。あ、これでは監督は満足しないかな。では訂正して、汚いとは思ったけど、人間の真実の狂気を抉り出す仮借ないシーンとして強く印象に残った、という言い方にしましょう (笑)。

こんな凝った作品を撮ったのは、1970年デンマーク生まれの、ニコラス・ウィンディング・レフン。この映画の原案・脚本・監督である。美女演じるところの死体の横に登場してもらいましょう。
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残念ながら私は見ていないが、2011年の「ドライヴ」という作品がカンヌ映画祭で見事監督賞を受賞したことで、一躍名を上げた監督である。因みに「ネオン・デーモン」は、やはり昨年 2016年のカンヌのコンペティション部門で上映され、絶賛の拍手と非難の嵐の双方を巻き起こしたらしい。いやー、きっと審査員の人たちも、「うえっ」とか「ぎょえっ」とか声を上げたに違いない (笑)。このようにスキャンダラスな要素を持っている監督だが、これだけのセンスの持ち主なら、今後の活躍も必ずや期待できると思う。

さてさて、あえてこれまで全く触れてこなかったのであるが、演出以外のこの映画の最大の見どころは、もちろん主演女優である。エル・ファニングだ。
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彼女は 1998年生まれだから、未だ 18歳。昔は、天才子役ダコタ・ファニング (最も有名なのは「アイ・アム・サム」とか「宇宙戦争」であろうか) の 4つ下の妹という位置づけであったが、今や素晴らしい女優である。ダコタの近況は知らないが、成功した子役にしては珍しく、ドロップアウトせずにまっとうな大人になって女優業を続けているようだ。だがこのエルの場合、姉よりもファンタジー系での活躍が多く、私自身も、以前もほかの記事に書いたが、J・J・エイブラムスの低予算の傑作「SUPER 8 / スーパー 8」での彼女に驚嘆し、そして、なぜか全く話題にならなかったコッポラの近作「ヴァージニア」で狂喜したのである。その後「マレフィセント」を経て、このブログでも採り上げた「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」では素顔の演技を披露したと思ったら、今度はこの映画である。ここでの主役ジェシーは大変な役柄であって、ただ演じ上げるだけでも極めてハードであるが (血まみれにもなるし)、何より様々な設定での千変万化の表情を求められるので、この若さで充分な演技経験を持つ彼女の強みが活きている。そして、いくつのシーンでは本当に彼女のプロ魂を感じることができるのだ。この映画では完璧な美を持つ女性という役であり、ただの美形という感じとは少し違う彼女の顔だちは、設定と少しずれがあるかもしれないが (監督自身もそう認めている)、何より女優エル・ファニングの多くの可能性をここで見て取ることができるだろう。こういう写真の数々を引っ張ってきても、どういう映画であるか、さっぱり分からないでしょうが・・・。彼女の魔力を秘めた眼球は、永遠にその存在を主張し続けるのである。
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尚、この映画で久しぶりにキアヌ・リーヴスを見たが、ここでは、「さあ、どうする?」という悪漢の挑発に敢然と立ち向かうヒーロー・・・ではなく、怠惰で無礼で怪しげな安モーテルの経営者を演じて、なかなかいい味を出している。
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振り出しに戻って、うーん。この映画を表現するのに、どのような言葉を使おうか。「女性の恨みは本当に恐ろしい」という単純な言い方は避け、「人間が根源的に持つ狂気や暴力性を助長する要素としての、女性の恨みは本当に恐ろしい」と総括しておこうか。そう、この映画は人間存在の深いところを描いているのである。でも、グロテスクの向こうにそれを見るだけの眼球を持つ人にしかお薦めしないと言っておこう。その意味で、「ブラックスワン」のような多くの観客に受け入れられる映画とは、少し違ったものになっているのである。

by yokohama7474 | 2017-01-26 01:25 | 映画 | Comments(0)

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このブログの持ち味は、様々な文化分野を思いのままに逍遥することであり、鈴木大拙を語り武満やブルックナーを語った同じ人間がゾンビ物を語ることは、ここでは至極当然の流れなのである。というわけで、ゾンビ好きの私は、既に封切り後 1ヶ月を経ているこの映画をようやく見に行ったのだ。だが調べてみるとこの映画、日本先行公開であり、米国では 1月27日の公開であるとのこと。ということは今でもまだ、全米の人々よりも先んじているわけである。

さて、このブログで何度もゾンビ好きと公言している私であるが、実はそれほどマニアックにゾンビ物を渉猟しているわけでもない。もちろん、ゾンビ映画の巨匠ジョージ・A・ロメロは尊敬していて、なかなか見る機会がないと言われる同監督の「マーティン / 呪われた吸血少年」(ゾンビ物ではないが) も昔特集上映の際に劇場で見ているし、また比較的最近では「ゾンビ大陸アフリカン」という作品もやはり劇場で見て、実に社会性あふれる問題提起に満ちた傑作であるということも知っているが、実はこの「バイオハザード」シリーズにはさほど熱心ではないのである。1作目は見たことをはっきり覚えているが、それ以降、6作目である今回の「ザ・ファイナル」まで、見た記憶がない。今調べてみると、1作目は 2002年の作品。それから、2004年、2007年、2010年、2012年と来て、2016年のこの映画ということになり、コンスタントにほぼ 2 - 3年おきにシリーズが製作されてきたことになる。これはなかなかのことである。作り手の意図と興行成績が両立しなければ、そういうことにはならないだろう。私はゲームはしない人間なので、もともとゲームとして人気の出たこの「バイオハザード」の映画版が、果たしてゲーム人気にどれほどリンクしているのかは、全く知らないのだが。これが 1作目のディスクのジャケット。
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ともあれこの映画のよいところは、ゲームのことを知らなかったり、過去のシリーズ物の映画を見ていなくても、これ単独で充分楽しめる点である。冒頭、非常にコンパクトにこれまでのあらすじが主役によって語られ、いきなりストーリーが始まったと思うと、最初から最後までお化け屋敷とジェットコースターのコンビネーションとなり、ノンストップで駆け抜ける。率直に言うと、これはゾンビ物としての必然性をもはやかなぐり捨てた映画であり、敵がなんであろうと、世界の終わりにひとりで立ち向かう勇敢で強靭な女性の闘いを描いた問題作なのだ。なにしろ、冒頭から荒廃したワシントンの光景が出て来て、その絶望感は実に深い。考えてみれば、ほぼ半世紀近く前の「猿の惑星」第 1作では、ラストシーンで倒れた自由の女神が出て来ることで、その土地が変わり果てたニューヨークであることが分かり、それが衝撃であったわけであるが、21世紀の映画ともなると、米国の中心地の荒廃は、既に冒頭から容赦なく観客に迫ってくるのだ。時代のテンポは変わったのである。

さて、主役のアリスを演じるのはもちろんミラ・ジョヴォヴィッチ。現在 41歳。私は「フィフス・エレメント」や「ジャンヌ・ダルク」といった、当時のパートナー、リュック・ベッソン監督の映画で初めて彼女の演技に接したのであるが、頑張っているのは分かっても、当時はそれほど魅力的だとは思わなかった。リュック・ベッソンの作としても、この 2作 (もう 20年近く前になるわけだが) の出来には諸手を挙げて大絶賛ということにはならないし、ついでに言ってしまえば、その後のベッソンの監督作品には、さてどれほど見るべきものがあるだろうか。などと考えてくると、この「バイオハザード」シリーズ映画版の生みの親であるポール・W・S・アンダーソンと公私ともにパートナーシップを組んだことが、ミラ・ジョヴォヴィッチにとっては正しい選択であったのではないかと思われてくる。このブログでも何度か触れているヴィム・ヴェンダースの素晴らしい作品「パレルモ・シューティング」に、ジョヴォヴィッチが妊婦姿で出て来るが、それはこのアンダーソンとの間の子であるわけで、調べてみると既に子供が 2人。なるほど、このハードなシリーズをコンスタントに製作しながらも家庭生活も充実させるとは、本当に素晴らしくも逞しい活動ぶりだ。
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いやしかし、この映画でのジョヴォヴィッチは、上の写真のように旦那にデレデレしている女性ではなく、それはそれはもう、とてつもなく厳しく強く、そしてとんでもなくカッコよい。その姿からは常にただならぬ緊張感が漂い、その闘志はあらゆる敵を圧倒する。女優がアクションを演じる映画は昨今では枚挙にいとまがないが、これほどカッコよいヒロインは、ちょっとないのではないか。ゾンビ物を怖いと思う人でも、この演技を見ることで、かなり心が強くなること受け合いだ (笑)。また、スタイリッシュでスピーディなカット割りや、凝った動きの殺陣によっても、効果的にそのアクションが活きている。
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ただ一方で、彼女以外の役者は、残念ながらあまり印象に残らない。悪役の男性俳優陣も頑張ってはいるのだが、たとえ肉弾戦で殴り合いになって、途中まで有利に戦いを進めていても、アリスに勝てるようにはどうも思えない (笑)。この映画は、もう完全にジョヴォヴィッチの一人舞台なのである。日本からはモデルのローラが端役で出演しており、セリフもひとつあるが、どのような意図で設定されたのか理解に苦しむような残念な役柄であり、それ以上に、日本の CM ではあれだけ輝いている彼女が、ジョヴォヴィッチの姿・表情・動き・セリフ回しの前では、まざまざと格の違いを見せつけられてしまうのだから、映画とは本当に厳しいものだ。
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このように考えてくると、役者という職業には、自らの信念を維持しながら、巡って来る運をいかにつかむかということが大事なのだということが分かる。その役者 (これは音楽家でも画家でも小説家でも同じであろうが) の表現力のピークが人生のどこでどのように達成されるかは、誰にも分らない。年を経て表現力を失ってしまうアーティストもいれば、若い頃にはない表現力を長じるとともに身に着けるアーティストもいる。ミラ・ジョヴォヴィッチの場合、この「バイオハザード」シリーズでひとつの頂点を作ったわけだが、シリーズが今回で本当に終わってしまうのなら (一応そういう説明になっているようだが)、今後はまた違ったテイストの作品で、新たな表現の場を切り拓いて行くことだろう。大変楽しみである。・・・が、まだこのシリーズ、続けてみてはいかがでしょうかね。もうちょっと見たいなあ。

by yokohama7474 | 2017-01-25 01:22 | 映画 | Comments(0)

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東京フィルハーモニー交響楽団 (通称「東フィル」) の今月の指揮台に立つのは、人気指揮者の佐渡裕。この東フィルで特にポストを持っているわけではないが、このオケには比較的頻繁に登場しているように思う。彼の持ち味は、大柄な体を活かしたダイナミックな音楽であり、その明るく親しみやすい性格も、高い人気の一因であろう。私見では、元来彼の持ち味に最もフィットする曲は、(1) 躍動的なリズムに満ち、(2) 誰でも親しめる美しいメロディを持ち、(3) ドラマティックに鳴り響く曲。例えばチャイコフスキーやドヴォルザーク、その他ビゼーやレスピーギ、ベルリオーズやサン・サーンスの有名曲などがまず挙げられるのではないか。だが昨年のウィーン・トーンキュンストラー管との来日で証明されたように、近年のヨーロッパでの活躍によって、彼の表現力は一段と懐が深くなって来ているように思う。従って今の佐渡には、新たなレパートリーを期待したくなるのである。その点で今回の曲目は大変興味深い。

 武満徹 : セレモニアル - An Autumn Ode - (笙 : 宮田まゆみ)
 ブルックナー : 交響曲第 9番ニ短調 (ノヴァーク版)

ふむふむなるほど。武満の曲は、上記の 3条件のうち (1) と (3) の要素は非常に薄く、(2) については、美しいメロディであるにせよ、誰もが親しめるというわけではない。かたやブルックナーの方は、(3) だけは文句なしだが、長大な曲には曲折あり、そのドラマ性は宗教がかっていて、誰でも盛り上がりに感情移入できるわけではない。(1)、(2) の要素もあるものの、やはり同様の理由で、万人受けするような音楽にはなっていない。つまりこの 2曲は、もともとの佐渡の持ち味からすると、少し毛色の違ったものと考えることができる。そうであるからこそ、ここで佐渡の新境地を聴きたいと思って会場に足を運んだのである。
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この日のコンサートは 15時からで、実は私は、それに先立って 11時から行われたプレ・トークとリハーサルへの入場券を所持していたのだが、何せ前日の夜に海外出張から帰ったばかり。最近は年のせいか時差ボケも激しくなっていることもあり、大事を取ってそれには出かけず、本番だけを聴くこととした。

会場に到着して知ったことには、この 2曲の間に休憩はないとのこと。つまり、武満の静謐な音楽の終了後、その雰囲気を持ったままブルックナーの森厳な音楽に入って行くということだ。もちろん、楽器編成も違うし前者にはソロも入るので、オケの配置換えの時間は必要であり、武満終了後に拍手なしでブルックナーに入って行ったということではない。最初の「セレモニアル」は、わずか 8分ほどの曲であり、ブルックナーは 1時間程度なので、合計の演奏時間は 1時間半ほど。長すぎることもなく、連続演奏は一見識であると思う。

さて最初の「セレモニアル」は 1992年の作品で、このコンサートのプログラムにはなぜか言及がないが、松本でサイトウ・キネン・フェスティバル (現セイジ・オザワ・フェスティバル松本) が初めて開催されたとき、その最初のオーケストラコンサートで小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラと、今回と同じ宮田まゆみの笙によって世界初演された。このコンサートはその後チャイコスフキーの弦楽セレナードとブラームス 1番が演奏された、誠に素晴らしいものであったのだが、せっかくなので私の手元にある当時の映像 (BS での生放送を録画したヴィデオからディスクにダビングしたもの) をお見せしよう。冒頭、笙奏者は演奏しながら客席をゆっくり歩いて、舞台に上がって行った。
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これは 1992年 9月 3日、松本文化会館 (現キッセイ文化ホール) での演奏。つい 2日前に 57歳になったばかりの小澤 (つまり、今の佐渡と近い年頃)は未だ若々しく、この 4年後に死を迎えることになる 62歳間近の武満も元気そうだ。そして唯一、25年の時の経過を感じさせないのが、笙の宮田まゆみである。
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この笙 (しょう) という楽器は、もちろんもともとは日本古来の非常に古い宮廷音楽、雅楽で使われる楽器であり、拍節感なく、まさに宙に立ち昇るという表現そのままの神秘的な音が出る。西洋のパイプオルガンと同じ原理であり、いわば口で吹く雅やかな携帯式オルガン (?) である。宮田は、私が未だ学生であった 1980年代からこの楽器を使って、雅楽にとどまらずに様々な現代音楽に取り組んでおり、実に 30年以上に亘って、名実ともにこの楽器の第一人者である。先端的な雅楽グループ伶楽舎のメンバーでもあり、同グループが昨年上演した武満の雅楽「秋庭歌一具」の演奏にも参加していた。あたかもこの楽器の音の持ち味のように、ガツガツすることなく、だがいつ終わるともしれない連続した活動を変わらずに長く続けている、そんな特別な演奏家なのである。楽器の特性もあって、上の写真のように白装束で巫女風のいで立ちをすることが多く、今回の演奏もそうであった。客席からステージを見る限り、年を取ることもないような神秘的な力を備えた巫女のようである。

今回の演奏では、宮田は佐渡とともに袖からステージに現れ、初演時のときのように客席から上がっては来なかった。だがその音が透明感をもって立ち昇ったのは全く同じで、実に神秘的だ。オケも笙の音に触発されたように、透明感のあるニュアンス豊かな音楽を奏でて、素晴らしかった。揺蕩う弦楽器を聴いていると、その後演奏されることになるブルックナー 9番の第 3楽章アダージョを思わせるような深い抒情すら感じたものである。なるほどこれは、リズミカルな音楽を全身で叩き出す旧来の佐渡スタイルではなく、曲の個性を充分に引き出す多様性を実現した演奏である。

そしてメインのブルックナー。この曲は第 4楽章を書きあげないうちに作曲者が亡くなってしまったので、未完成なのであるが、深遠なアダージョ楽章である第 3楽章で終わるので、むしろ座りの悪いフィナーレがあるより感動的だという声もある。なにしろその内容は実に深く重く、ただドラマティックに鳴らすだけではその本質は立ち現れて来ない、恐ろしい曲だ。佐渡の師匠であるバーンスタインは、終生ブルックナーとは縁遠い指揮者であったが、この 9番だけは、ニューヨーク・フィル、ウィーン・フィルと 2度に亘り録音している (それ以外には、非正規録音の 6番が私の手元にあるが、ブルックナーのほかの交響曲は指揮したとは聞いたことがない)。佐渡自身は、昨年 9月に、手兵である兵庫芸術センター管弦楽団を指揮してこの曲を演奏している。そのときはこの 1曲だけのプログラムであったようで、佐渡のこの曲にかける意気込みが伝わって来る。佐渡は恩師バーンスタインの晩年、ウィーン・フィルとのこの曲の録音にみっちり立ち会ったそうだが、その意味でも強い思い入れがあるのだろう。因みにこれがそのバーンスタインの録音のジャケットだが、まるでマーラーのような濃厚な演奏で、賛否両論ある内容だ。
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そして始まった佐渡の演奏は、遅めのテンポを採った、実に丁寧なもの。東フィルはここでも好調で、弦は雄弁に語り、旋律を朗々と歌い上げるかと思うと、いずれかのパートがピツィカートの伴奏に回るときには、実にしっかりと弦をはじく。木管のニュアンス、金管の迫力も申し分ない。そうして紡ぎ出される音楽は見通しが非常によく、時には爽快感すらあって、ひたすら重厚濃厚なバーンスタインのブルックナーとは随分と印象が異なる。第 2楽章スケルツォではまさにリズムが強烈に炸裂し、ここは従前からの佐渡らしい豪放な音楽が鳴っていた。だが一転して深遠な第 3楽章では、深く美しい弦の音色が、まさに前半に演奏された武満の音楽すら回想するように抒情的に響く。そして音楽がいよいよ深く潜行するアダージョの後半では、佐渡は指揮棒を置いて素手で指揮をし、ワーグナーチューバの遥かな響きが虹のように消えて、静かに全曲を終えた。聴いていて演奏上の不安とか疑問とか、そういった違和感を覚えることなく、最後まで見事に統制された演奏であったと思う。もちろん東京の聴衆は、ギュンター・ヴァントやスタニスラフ・スクロヴァチェフスキ、あるいは朝比奈隆といった指揮者たちによるこの曲の超絶的な演奏を体験しているので、さらに壮大で神秘的な音楽を求める人もいるかもしれない。だが、私の感想としては、今回の佐渡の演奏には、今の彼のなしうる説得力ある音楽が非常に素直に表れていたので、大変感動的であったし、今後の彼の活動にも大きな期待をかけたいと思うのである。

実は冒頭の方で、もともと佐渡の持ち味が発揮される作曲家として私が列挙した人たちには、意図的にドイツ・オーストリア系作曲家は含めなかったのである。だが今回の演奏で、今後この分野での充実が期待されることとなった。今月の東フィルとの定期のもうひとつのプラグラムは、ブラームス 1番がメインである。私は聴きに行けないものの、これもきっと佐渡らしい名演になるのではないだろうか。

by yokohama7474 | 2017-01-23 00:44 | 音楽 (Live) | Comments(0)

鈴木大拙著 : 日本的霊性

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よく、日本人ほど自分たちの特殊性を気にする国民はいないと言われる。いわゆる日本論、日本人論という言説は歴史・文化芸術から政治経済、生活習慣、果てはサラリーマン社会の成り立ちにまで及んでおり、ベストセラー本には、その種の内容を扱ったものがしばしばある。かく申す私自身も、その手の本には以前からかなり興味があり、それなりに読んで来ている。但し、「その手の本」と一口に言っても硬軟様々であり、サブカルチャーを論じたものからマスコミ論、企業文化論、はたまた神道、仏教、天皇制に関する本格的な考察や、あるいはドナルド・キーンのような外からやってきた人の慧眼による分析まで、実に多様である。今回私が読み終えたこの本は、既に歴史的な位置づけを持つものであって、現代の我々誰もが手に取って話題にするようなものではないかもしれないが、日本人のメンタリティについて考えるには、未だに大きな価値を持つものである。

著者鈴木大拙 (すずき だいせつ、1870 - 1966) は日本を代表する仏教学者。96歳近くまでの長い人生を生きた仏教界の碩学であったが、このような猫を抱いた写真を見ると、まさに好々爺という感じに見える。
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彼は戦後間もない 1949年に文化勲章を受賞しているが、その大きな歴史的な業績は、禅の思想を海外に紹介したことにあると言われている。経歴を調べると、明治初期に金沢の藩医の家系に生まれ、若い頃は英語教師をしていたが、鎌倉の円覚寺に参禅して禅の思想に目覚め、27歳のときに渡米して仏教関係の書物を英訳・出版する。39歳で帰国して後、学習院や東京帝大でまた英語講師となる。だがその後は仏教研究に邁進し、戦後、79歳の 1949年から約 10年間は、主として米国の諸大学で、あるいはヨーロッパやメキシコでも、仏教に関する講義・講演を行ったという。そうすると、もともと彼には英語の素養があったにせよ、Daisetz Suzuki という名前が欧米に知られるようになったのは戦後のことで、鈴木自身はその頃既に 80歳前後という高齢であったということだ。現代音楽ファンには、米国の名門、ニューヨークのコロンビア大学での鈴木の講義を、あの 20世紀音楽の風雲児ジョン・ケージが聴講して大きな啓示 (シャレではありません)を受けたことは、よく知られている。ケージは既成の西洋音楽の枠組を破壊した、ある意味で過激な思想な持主ではあったが、鈴木と対話 (というよりも、茶碗の実在性を通して世界のありかたについての講義を傾聴?) しているこの表情を見ると、なんと柔和であることか。
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さて、鈴木大拙はそのような偉大な仏教学者であるが、今日でも多くの著作が出版されていおり、この「日本的霊性」も、岩波文庫で手軽に手に入る。書かれたのは 1944年、すなわち太平洋戦争末期である。本書の解説によると、鈴木は戦争勃発当時から日本の敗戦を確信しており、戦争に負けてしまうと日本は、霊性的自覚の世界的意義を宣揚し、世界の精神文化に貢献することで、国際的使命を果たすしかないと考えていたらしい。というのも、それ以前に「日本的霊性」なる語は彼の著作には登場しておらず、ここで初めて使われた言葉であるからだ。つまりここで鈴木は、敗戦によって悲惨な運命に見舞われるであろう日本人に対し、自らの文化の独自性を自覚することによって、我々は戦後の世界平和に貢献できるのだという、ひそかなメッセージを託したということであろうか。興味深いのはその視点が、日本文化の独自性といっても、いわゆる戦意発揚のための国粋主義的な発想 (それは当然、国家神道の称賛に結びつくであろう) とは全く異なるものである点だ。実際この書物においては「神道は日本的霊性という点において充分なものでない」という趣旨の発言が、暗に明に、繰り返しなされているのだ。これは戦時中の発言としてはかなり危険なことであり、もちろん軍部の検閲などもあったであろうが、末端の役人や軍人には、鈴木がここで言わんとしていることの真意が理解できなかったということであろうか。また上記の通り、鈴木の今日的な位置づけは禅の思想の紹介者であるが、この著作における記述の中心は禅ではなく、浄土宗の系統、つまりは法然・親鸞である。私なりに勝手に解釈してみると、禅には多かれ少なかれ高踏的な要素がつきまとい、庶民が誰でもその思想に共感するというわけにはいかないが、浄土系であれば、誰でも念仏を唱えることで極楽往生できるという平易さによって、庶民性においては優れたものがある。そのような題材の選択においても、鈴木の真意を垣間見ることができる。

ここでの鈴木の趣旨は、真に「日本的霊性」と呼びうるものは、万葉集や平安時代の文化には未だ表れておらず、法然・親鸞によって浄土系思想が発達することで、初めて発生したということである。すなわち、師である法然に導かれ、戦乱の鎌倉期に「大地のうえに親しく起臥する」ことによって親鸞が到達した境地、「弥陀の五劫思惟 (ごこうしゆい) の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人 (いちにん) がためなりけり」という発想こそが、日本的霊性の目覚めであるという。この親鸞の言葉は、「歎異抄」の中に弟子によって記録されている言葉であるらしく、要するに、阿弥陀如来が長い長い時間をかけて思考された結果の誓いをよくよく考えてみれば、このわたし一人の救済についてのものであった、という意味なのであるが、これだけ読むと、まだその真意が分からない。これは、自分ひとり救済されればよいと言っているのではなく (もしそうであれば、後世にまで尊敬される宗教人にはなりませんよね! 笑)、多くの罪を重ねてきた凡人である自分には、現在・過去・未来のあらゆる人間たちの命が集約されている、このような私まで救済されるということは、全人類が救済されるのだ、という意味であるらしい。まあ私も別に親鸞の教義をきちんと勉強したことはないので、実感を持って語ることができるわけではないが、宗教人としての親鸞の厳しい姿勢と高い知性ゆえの、逆説的なものの言い方の奥深さを感じることはできる。有名な悪人正機説 (善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや) も、同様の発想によるものであろう。ふと思い立って、2011年に東京国立博物館で開催された、「法然と親鸞 ゆかりの名宝」展の分厚い図録を手元に引っ張り出してきた。2012年は法然没後 800年、そしてその弟子であった親鸞の没後 750年であったので、それを記念して開かれた大展覧会であった。日本の文化史は、汲めども尽きぬ豊かな泉なのである。
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鈴木の著作に戻ろう。彼は本書の最後の章で、「妙好人」(みょうこうにん) と呼ばれる人たちの例にいくつか言及している。この言葉はなじみがないが、浄土真宗の在家の熱心な信者のことを指すらしい。特に島根県の下駄職人であった浅原才市 (あさはら さいち、1850 - 1932) についての記述が面白い。こんな人であったようだ。私は読んでいないが、彼をモデルにした水上勉の小説もあるらしい。
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この人は、とにかくなんでもかんでも、なむあみだぶつという語を入れた歌を沢山詠んだらしく (下駄をつくるときにできるカンナくずに書きつけたという)、その素朴な作品を、偉大なる仏教学の泰斗が細かく分析している。例えば以下のようないくつかの歌。

QUOTE
わしのりん十 (臨終)、あなたにとられ。
りん十すんで、葬式すんで、
あとのよろこび、なむあみだぶつ。

りん十まだこの (来ぬ)、このはずよ、すんでをるもの。
りん十すんで、なむあみだぶつ。

今がりん十。わしがりん十、あなたのもので、
これがたのしみ、なむあみだぶつ。
UNQUOTE

これについての鈴木の解説は以下の通り。

QUOTE
(才市の歌で) 最も特殊と見られる一事は、才市の考えが未だ曾て死後の往生に及ばぬことである。(中略) 普通に念仏宗と言えば、娑婆は苦しみ、極楽はその名の如く楽しいところ、両者は対峙して相容れない。それゆえ此の世では忍順・随順など言う訓練をやって、静かに臨終をまつことにする。弥陀の本願さえ信じておれば、極楽往生疑いなしだから南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と言って日々を送る、それにこしたことはないというが普通である。(中略) 然るに才市の歌には、死んでからどうのこうのということがない。親から貰うた六字の名号 (注 : 南無阿弥陀仏のこと) で、その心は一杯になっていて、そのほかの事を容れる余地がないように見える。
UNQUOTE

面白いのは、歴史上の偉人の高邁な思考のみならず、このような市井の「詩人」の創作にまで仏教の本質を見ようとした鈴木大拙の視野の広さである。ナントカ大学卒だとか、ナントカ会社勤務だとか、そんな些末なことに拘っていては一生見えないような、幅広く奥深い世界を、鈴木のような人から学びたいと思う。それからもうひとつ興味深い事実をひとつ。鈴木の伴侶は、ベアトリス・レイン (Beatrice Lane) という米国人女性であった。彼女は神智学者であり、禅の研究のために日本に来ていて、鈴木とも若き日に円覚寺で出会ったが、結婚したのは 1911年、鈴木 41歳のとき。これは 1925年頃の写真で、左に見えるのは養子のヴィクターである。尚、二人の間にはポールという実子もいる由。
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これは老年のベアトリス。品のよいおばあさんであるが、日本生活が長かったせいだろう、どこか日本的な風貌にも見える。
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このベアトリスについて、日本語でネット検索してもあまり情報は出てこないが、英文サイトならいろいろと情報を得ることができる。1878年ニュージャージー生まれだから、鈴木よりも 8歳下。あのガートルード・スタインと大学で同級生であったらしい。彼女らが学んでいたのはラドクリフ・カレッジというところで、講師は心理学者のウィリアム・ジェイムズ。この人の名前は知らなかったが、調べてみると、「意識の流れ」理論を提唱したという。なに、意識の流れ??? それは私の偏愛する「ねじの回転」を書いた作家ヘンリー・ジェイムズの手法ではないか・・・。と思ったら、なんとこのウィリアム・ジェイムズは、ヘンリー・ジェイムズの実兄であるらしい!! 彼の理論は、20世紀文学のもうひとりの巨星であるアイルランド人のジェイムズ・ジョイスにも影響を与えており、また、日本の著述家でも、西田幾多郎や夏目漱石に影響を与えている。おおぉ、ここで出て来た名前、西田幾多郎 (にしだ きたろう) こそ、鈴木大拙と同郷同年生まれ、同じ金沢の石川県専門学校 (後の旧制第四高等学校) で机を並べて勉強した、あの大哲学者ではないか!! ここで見えない糸が突然に見え始めた。鈴木にとってのベアトリスは、まあ、ダンテにとっての同名の女性 (イタリア語でベアトリーチェ) と同じくらいだったか否かは分からないが、運命的な愛を抱く相手であるとともに、20世紀文化の大きな潮流につながる精神的な窓口であったのではないだろうか。彼女は 1939年、61歳で逝去してしまう。これは鈴木が海外で仏教について積極的に講義するようになるより前の話。そうすると彼の海外での活動においては、亡きベアトリスが背中を押していたということなのであろうか。ひとりの人間である鈴木大拙が、その活動によって永遠の精神史の一部となるに際し、彼女の啓示が大きかったということなのであろう。冒頭に、本書を日本人論のカテゴリーで言及したが、本当に大切なことは、日本人の思想に関する考察が、実はさらに普遍的な要素、国際的にも受け入れられる要素を持っているということを認識することではないだろうか。

調べてみると、鈴木大拙も西田幾多郎も、金沢に記念館ができている。できれば近日中に訪れて、今私を包んでいる上記のような「意識の流れ」を、そこにつなげて行きたい。アイルランド文学についても、最近ちょっと思うところあり、また記事を書ければよいなと思っております。


by yokohama7474 | 2017-01-22 12:49 | 書物 | Comments(0)

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昨年末押し詰まってからの第九、そしてつい先日のニューイヤーコンサートを聴いた秋山和慶の、本領発揮のコンサート。いや、この人はいついかなるコンサートにおいても本領を発揮しているので、今さらそんなことを言うのもおかしいのであるが、私の敬愛する秋山の持ち味健在を実感できた、充実感満点のコンサートであったのだ。
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このブログで逐一記事にしている通り、昨年は大変に充実したコンサートやオペラが目白押しで、昨年秋頃になるとかなりその疲れが出て来ており、年が明けたら、しばらくはコンサートに行かないようにしようかとまで半ば本気で考えていた。だがそんな中、このコンサートのチラシを目にして、これだけは何がどうあっても聴きに行かねばならんと、堅い決意をしたものである。それ以来楽しみにしてきたコンサート当日、NHK ホールで N 響によるスペイン物のコンサートを聴いたあと、サントリーホールに移動したのであるが、こちらは完全に「フランス物」のコンサートである。具体的な曲目は以下の通り。

 メシアン : 交響的瞑想「忘れられた捧げ物」
 矢代秋雄 : ピアノ協奏曲 (ピアノ : 小菅優)
 フローラン・シュミット : バレエ音楽「サロメの悲劇」作品50

うーん。これは誰がどう見てもフランス物。もし唯一疑問があるとすると、真ん中の曲、矢代秋雄の作品がなぜフランス物と言えるかということだろう。それは追って検証することとするが、昨年発表されたこの曲目を見て狂喜乱舞した私は、これこそ秋山のみがなしうるコンサートであると確信したものだ。決して秘曲というほど無名な曲ばかりではなく、それどころか、それぞれに名曲の誉れを得ている曲であるが、いわゆる通好みの渋い曲目であるとは言えるだろう。客席もかなり空席が目立ったものの、熱心な音楽ファンが耳を傾ける素晴らしいコンサートとなった。ニコニコした表情の白髪頭でポピュラー名曲も振れば映画音楽も振るマエストロが、そのハードな活動の一環としてこのようなコンサートまでをも振っている東京とは、なんという端倪すべからざる街であろう。

まず最初の曲、オリヴィエ・メシアン (1908 - 1992) の「忘れられた捧げ物」は、1930年の作。作曲者 22歳の若書きで、この 20世紀フランスの大作曲家の実質的なデビュー作である。ほんの 12分ほどの曲であるが、3部構成からなり、最初と最後は拍節感の全くない、まさに瞑想的な音楽で、後年のメシアンのスタイルを早くも示している。秋山と東京交響楽団 (通称「東響」) は実に繊細な音で滑り出し、管楽器と弦楽器の間の双方向の影響も鮮やかに、高密度な音楽空間を作り出した。メシアン特有の陶酔も、これだけ演奏時間が短いと聴きやすい (笑)。だが、嵐のような第 2部を経て第 3部に入ったとき、新たな発見があった。それは確かに弦楽合奏なのであるが、第 1ヴァイオリンが全員弾いているにもかかわらず、第 2ヴァイオリンは 2名だけ (終わりの方では 4名に増加)、ヴィオラは 5名による演奏で、チェロとコントラバスは沈黙している。そして響いてくる音は、高音をフワフワと漂うもので、あたかもメシアンが好んだ電子楽器オンド・マルトノの響きそっくりではないか!! 作曲家の指向は、若い頃から一貫しているものなのである。
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そして 2曲目は、矢代秋雄 (1929 - 1976) のピアノ協奏曲。私があえてこの作品をフランス音楽に分類するのは、若くして逝ったこの作曲家が、パリに学んだからにほかならない。日本の西洋音楽の歴史は、初期の山田耕筰や瀧廉太郎のイメージからも、メインストリームはドイツに学んだという印象が強く、国民性という意味でもドイツ人に対するシンパシーがある面は否めない。だが日本の作曲界にも、池内友次郎 (いけのうち ともじろう、1909 - 1991) のようにパリに学んだ人もおり、その池内の弟子でその後の歴史に名を残した作曲家たちも多い。矢代はそのうちのひとりなのである。
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このピアノ協奏曲は、そんな矢代の代表作であるのみならず、日本の現代音楽における代表的な協奏曲でもある。初演は 1967年。ピアノ独奏は昨年亡くなった中村紘子であった。中村はこの曲の録音も残しており、今自宅の CD 棚を確認すると、岩城宏之指揮 NHK 響と共演したものが 2種類手元にある。いずれも初演翌年の 1968年の録音であるが、3月 6日と 5月30日と、違う日の録音なのである。ともあれ、今回ピアノソロを担当したのは、今年 34歳になる素晴らしいピアニスト、小菅優 (こすげ ゆう)。
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彼女の経歴を見ても、海外のコンクールで優勝というものは見当たらない。それどころか、桐朋とか藝大の出身でもなく、1993年からヨーロッパで実績を重ねてきたという。日本人にはどうしても権威主義がついて回る中、このように海外での実績で名を成した日本人音楽家は本当に数えるほどしかいないのであるが、実際に私が過去に聴いた彼女の演奏においても、その真摯な姿勢と透明感溢れるタッチに打たれたので、その実力は既に承知している。今回、矢代のピアノ協奏曲を、高い集中度をもって非常に明確な表現で演奏したことは、いわばこれまでの認識を再確認したということであるが、これもまた、東京で聴ける一級の音楽なのである。もちろん秋山のサポートも実に丁寧かつ要領を得たものであり、このような演奏で再演される日本の現代曲は、本当に選ばれた存在であると思う。そして小菅はアンコールとして、メシアンの前奏曲集から、第 1曲「鳩」を演奏した。私はこの曲を聴いたことがなかったのであるが、一聴してメシアンの作品であることは明瞭。だが調べてみるとこの曲は、「忘れられた捧げ物」の前年、1929年の作で、やはり作曲者最初期の作品。この 1929年という年は、奇しくも矢代秋雄の生まれた年でもある。矢代はパリ音楽院でメシアンにも学んでいる。アンコールの小品ひとつ取っても、この日の演奏会がフランス音楽プログラムであったことが分かろうというものだ。

そして休憩後に演奏されたのは、やはりフランスの作曲家、フローラン・シュミット (1870 - 1958) の「サロメの悲劇」。この作曲家、一般にはあまり知られていないであろう。「シュミット」という苗字だけで呼ばれないには理由があって、同時代のオーストリアの作曲家にフランツ・シュミットという人がいて、「F・シュミット」と表記しても、どちらだか分からない (笑)。
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彼の作品で唯一それなりに知られているのがこの「サロメの悲劇」であるが、これは 1907年に書かれたバレエ音楽を、1910年に、より大きな管弦楽に編曲したもの。あの有名なリヒャルト・シュトラウスの楽劇「サロメ」の初演は 1905年。この「サロメの悲劇」はそのわずか 2年後の作品で、世紀末のサロメブームの最後を飾る、後期ロマン派風の絢爛たる曲なのである。フランス音楽がいわゆる洒脱な持ち味で特徴づけられるのはドビュッシー、ラヴェルから、モダニズムに立脚した 6人組という流れによってであるが、20世紀初頭までは、このような後期ロマン派風の作品もフランスで書かれていたのである。この「サロメの悲劇」、日本では、往年の名指揮者ジャン・フルネがレパートリーとしていたこともあり、また、ジャン・マルティノンの録音が以前から有名なので、それなりに知名度がある曲ではあるものの、実際には滅多に演奏されない。今、「日本の交響楽団 定期演奏会記録 1927 - 1981」という資料を調べてみると、その期間の演奏回数はたったの 2回。まず、1965年に NHK 響がピエール・デルヴォーの指揮で演奏しているが、これが日本初演であったのだろうか。そしてなんと、もう 1回の演奏は 1974年、今回と同じ秋山和慶と東響によるものなのだ!! うーん、私は常々、秋山の資質の最良の部分は、後期ロマン派の演奏に出ると信じているが、やはり若い頃からこの曲をレパートリーにしていたのである。実際この日の演奏は、オケも絶好調で、この曲の醍醐味を充分に味わうことのできる名演であった。非常に確実なバトンテクニックでオケをリードする秋山はしかし、その心には熱く燃える炎を抱いており、めくるめく音の渦を見事に整理しながらも、迫力満点の演奏を成し遂げたのである。この演奏は録音されているようであったが、一度きりの演奏ではもったいない。再演して頂ければ、是非また聴きに行きますよ!!

そんなわけで、秋山と東響によるフランス音楽コンサートは、実に充実したものとなった。これを聴いていて思ったことには、このコンビでマーラー・ツィクルスをやってもらえないものだろうか。もちろん、過去に何曲もこのコンビのマーラーを聴いているし、現音楽監督であるジョナサン・ノットも、今後継続的にマーラーを採り上げて行くものと思われる。だが、今の秋山と東響であればこそ、大変ハイレヴェルなシリーズになるに違いない。関係者の方がもしご覧になっていれば、是非ご検討下さい!!

ところで、年明けから頑張って一連の記事を書いてきたが、しばらく出張に出てしまうので、一週間程度は更新できません。悪しからずご了承下さい。

by yokohama7474 | 2017-01-15 02:07 | 音楽 (Live) | Comments(0)