<   2017年 03月 ( 19 )   > この月の画像一覧

先の記事でご紹介した、池田満寿夫と佐藤陽子の「創作の家」から我々が向かったのは、伊豆山神社。タクシーの運転手さんに、「イズヤマ神社までお願いします」と言うと、「はい、イズサン神社ですね」との返事。そうなのだ、「伊豆山」は「イズサン」と読むのである。この神社が位置している山の名前であり、これが伊豆の名前の由来なのだそうだ。私がここに行きたいと思ったのは、上古の昔に遡るというその古い歴史もさることながら、神社に併設された伊豆山郷土資料館に、面白そうな文化財がありそうな気がなんとなくしたからである。実際その勘はバッチリ当たったのであるが、その前に、この神社に辿り着いた際に運転手さんが説明してくれるには、「あれが小泉今日子が寄進した鳥居です」とのこと。小泉今日子ってあのキョンキョンかい、と思ったらその通りで、なんでも、この神社の宮司さんの嫁? がキョンキョンの友人であるとか。鳥居の裏にはしっかりと、「平成 22年 4月15日 奉納 小泉今日子」と書いてある。
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ここ熱海の地は、日本でも珍しい横穴式源泉を持ち、山中から湧き出した温泉が海岸に走り落ちる様子から、「走湯」と呼ばれており、そもそも熱海という名は、その走り落ちる温泉によって海が熱くなるということが語源になっているらしい。ここ伊豆山神社は、その走湯を神格化したもので、古くは伊豆権現とも走湯権現と呼ばれて信仰を集めていたとのこと。その格式は非常に高く、関八州総鎮守という位置づけであり、昭和天皇や現在の皇太子も訪れたことがあるとのこと。興味深いのは、この神社には等身大をはるかに超える平安時代の男神像が伝わっていること。日本最大の神像彫刻であり、重要文化財に指定されている。通常は本殿に安置されていて絶対拝観は叶わないが、昨年、奈良国立博物館で開かれた「伊豆山神社の歴史と美術」展には出品されたとのこと。ここで私は自己嫌悪に陥る。そんなに貴重な彫刻が展示されていたのに、私は全く愚かで、当時この伊豆山神社も知らなければ、展覧会の開催自体も知らず、その貴重な機会を逃してしまったのである。実に惜しいことをした。これが、私が一生見ることが叶わない可能性大の、その神像。素晴らしい保存状態であり、なんとも堂々たる存在感ではないか。
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この神社はまた、源頼朝とも縁が深い。平治の乱のあと伊豆の蛭ヶ小島に流された頼朝は、その後 20年を経て平氏打倒の兵を挙げることとなるが、その流刑中にこの地を頻繁に訪れ、ここで北条政子と出会ったとされている。境内にはこのような石があり、頼朝と政子がここで語らって恋に落ちたとの解説がある。真偽のほどはもちろん定かではないものの、当時この神社が持っていた兵力による保護がなければ、頼朝が挙兵するのは無理であったということらしい。その意味で、日本の歴史において極めて重要な場所なのである。
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タクシーの運転手さんは、「この神社に行く人で、資料館に行きたいと言う人はほとんどいませんよ」といぶかしげであったが (?)、本殿横の資料館に向かったのである。ただ、本殿を素通りするのは神様に失礼であると思い、資料館に行く前にお参りした。本殿の手前の建物、拝殿の欄間の彫刻がちょっと気になったが、色も綺麗だし、そんなに古いものではないのかもと思い込んだ。その後、これが私にとって大変に価値のあるものだと判明したのであるが。
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そうして向かった資料館。えっ、なんだ、こんなに小さいのか・・・。
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タクシーを待たせているし、このように小さな場所だから、ささっと見て出ようと思ったのだが、受付の男性が「説明しましょうか」と出て来られ、ほんの数人しかいない観覧者に対して展示品の説明を丁寧に始めた。それゆえ、結果的に 30分前後その資料館にいることになったのだが (笑)、実に興味深い話をあれこれ聞くことができて大変楽しかった。まず最初の衝撃は、上述の拝殿の彫刻である。正面に見える現在極彩色になっている龍の彫刻の、素木版が置いてある。なんでもこちらがオリジナルで、関東大震災だかの時に落下してしまったので、現在のものはその複製に彩色したものであるという。
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驚きはその作者である。波の伊八だ!! この新聞記事にある通り、つい最近、2012年に判明したばかりだという。
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波の伊八 (1751 - 1824) は、一般的にはあまり知られていないかもしれないが、江戸時代に活躍した彫刻家で、寺社の装飾を専門に手掛けた人。千葉の出身であり、同県に多くの作品を残しているほか、関東一円で作品が確認されている。波を得意とし、彫刻家仲間では、「関東に行ったら波を彫るな」(= 伊八に勝てるわけがない)と言われるほどの腕前であった。最も有名な作品は、千葉県行元寺の欄間の彫刻で、これはまさに波なのであるが、その地を訪れた葛飾北斎が、その伊八の彫刻にインスピレーションを得て、あの有名な「神奈川沖浪裏」を制作したと言われている。私は数年前にその行元寺を訪れたことがあり、周辺の寺にある伊八の彫刻も併せて見て回って痛く感動し、地元で作成している伊八作品の写真集まで購入したものだ。その伊八作品のご紹介は、以前からこのブログの使命 (?) であると私は考えていて、いずれ現地を再訪して記事を書くつもりである。従って、ここではそれらの伊八作品の写真を掲載するのはやめておこう。いずれにせよ、熱海で思わぬ伊八との再会を果たし、私の心は、熱海の海なさがら、熱くなったのである。

それ以外にもこの資料館には、平安時代の経筒 (経巻等を銅の容器に入れて地中に埋めたもの) や宝冠阿弥陀如来やその脇侍、伊豆大権現の扁額や、銅製の伊豆大権現像などが展示されていて、大変な充実である。以下、宝冠阿弥陀 (これと一具であったもう一体の宝冠阿弥陀は現在、広島県の耕三寺所蔵であるが、快慶作であると近年判明し、重要文化財に指定されている)、扁額 (八咫烏、鳩、ヤモリ等が隠れている。江戸時代、姫路藩主酒井忠道 (ただひろ) --- あの大画家、酒井抱一のいとこである --- の揮毫)、伊豆権現像 (鎌倉時代の作で、近年修復されたが、温泉をかけて礼拝されたらしい)。
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またこの神社には極めて特異な絵画作品も伝わっている。それは、法華曼荼羅。北条政子の髪を使って梵字が表されているという。本当に政子のものか否かは不明だが、実際に人の髪を使っていることは確かである由。私が乗ったタクシーの運転手さんは、以前これが公開されたときに奥さんと一緒に見に行ったが、それはそれは不気味だったとコメントしていた (さすが地元の人、そのような稀なチャンスを逃さずにお宝に接していますね!!)。
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このように大変充実した伊豆山神社と伊豆山郷土資料館を離れ、最後に向かった先は、起雲閣 (きうんかく)。もともとは 1919年に、海運王と呼ばれた内田信也の別荘として築かれ、岩崎別荘 (非公開)、住友別荘 (現存せず) と並ぶ熱海三大別荘のひとつと謳われたとのこと。その後、一時は、東武鉄道を創立した、こちらは鉄道王と呼ばれた根津嘉一郎の所有にもなったが、1947年に旅館となり、熱海を代表する宿として多くの文人墨客が訪れたという。2000年には熱海市の所有となり、大正・昭和のロマンを残す貴重な場所として一般公開されている。入り口の門は、極めて簡素で品がよい。
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庭に入ると、誰もが感嘆の声を上げるであろう。大変よく手入れされた豪快な日本庭園だ。
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建物の中に入ると、高級旅館そのままの雰囲気だが、いくつかの部屋にはこの宿にゆかりの文学者の資料が置いてある。こんな具合である。
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太宰治がこもって執筆活動をしていた建物は現存していないらしいが、この場所で撮影されたこのような豪華なショットがあって、大変興味深い。
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左から山本有三、志賀直哉、そして谷崎潤一郎である。私の敬愛する谷崎の書が展示されている。
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また、室内の装飾にも興味が尽きない。根津嘉一郎が建てた洋館には、玉姫 (たまひめ)、玉渓 (ぎょっけい) と名付けられた部屋があり、まさに古きよき日のロマンの息吹を今に伝えている。
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それから、金剛と名付けられたローマ式浴室。三島由紀夫もここで自らの裸体を鏡に映して、惚れ惚れしていたのであろうか (笑)。午後の光が、過ぎ去りし日の残照をたたえている。
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このように熱海には、遥か古代から近代までの興味深い場所が目白押しなのである。今回は訪問できなかったが、中山晋平、佐々木信綱、坪内逍遥らの旧宅も残っているらしいし、谷崎の別荘も、公開はしていないが現存しているらしい。その他、もうひとつの古い神社である来宮神社などもあるし、これはまたいつか時間を見つけて、再度出かけていかねばならんな、と思っている。それから、前の記事で熱海ゆかりの貫一・お宮は若い人は知らないだろうなどと書いたが、もちろんこれらの人物が登場する尾崎紅葉の「金色夜叉」が、私にとって親しい存在であるわけもない (笑)。だが私の書庫には、どうやらこの作品の初版本の復刻とおぼしい書物が存在している。「近来絶無之奇書」とある!! (笑) 以前読みかかって中断したままになっているので、できれば再度取り掛かり、次回の熱海訪問までには貫一の気持ちになれるよう、がんばりたいものだと思っている。熱海、おそるべし。
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by yokohama7474 | 2017-03-29 01:05 | 美術・旅行 | Comments(0)

前回の MOA 美術館での「山中常盤物語絵巻」の記事に続き、熱海の文化スポットを幾つかご紹介したい。熱海を、温泉と貫一・お宮 (って、若い人は知らないか 笑) だけの街と侮ってはいけない。1500年の歴史を持ち、鎌倉時代には源頼朝ゆかりの地となり、江戸時代には徳川家康お気に入りの湯となり、そして明治以降は財界人は別荘を持ち、あまたの文人墨客がこの地で創作し、またお互いに交流を持った。そのように歴史の蓄積のある街であるから、今でも実は多くの文化的スポットを抱える見応え充分の場所なのである。私も若い頃は仲間の不良連中と、何度も熱海や伊東に遊びに行ったものだが、正直当時の熱海は、ちょっと寂れたかなぁという感じがあった。それに比べると今回実感した賑やかさは、ちょうど 3連休の中日ということもあって、それはそれは大したもの。これからご紹介する文化遺産には、近年になって整備されたもの、あるいは今現在整備中のものもあり、これからまだまだ熱海の歴史的意義にスポットが当たって行くものと思うので、このような記事が文化に関心を持つ方々のなんらかの参考になればよいと思います。

何はともあれ、まずこれだ。
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これは熱海駅のまん前、ロータリーに面した場所にある足湯。その名も「家康の湯」と名付けられている。家康は熱海の「大湯」という温泉 (現存する) の湯を愛し、わざわざ江戸まで運ばせたといい、1604年に家康がこの地を訪れてから 400年を記念してこの駅前の足湯が作られたらしい。実はこの家康の湯の横には、大湯を模した間欠泉が設けられ (ということは、実は帰ってきてから調べて分かった。上の写真の向きからだと左側に間欠泉があったらしいが、見逃してしまった・・・)、そこから流れる湯に足を入れることができて、大人気スポットになっている。すぐ横にはタオルの自動販売機もあり、いかにも気が利いている。なので、熱海に列車でお出かけになる女性の方、決してストッキングを履いていかないように、との家人からのアドバイスであります (笑)。
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さて、それでは熱海駅から徒歩で行ける大変貴重な場所をご紹介しよう。それは重要文化財、旧日向別邸 (きゅうひゅうがべってい)。熱海駅前のロータリーを抜けて、突き当りを左に進み、右手に東横インを見て、その先の春日町という交差点に着いたら、右手にある細くて急な坂道を登って行く。ウェブサイトの表示では徒歩 7分だが、春日町からの上り坂はかなりの急勾配。歩いて行く人は、時間と体力の余裕を見ておく必要がある。この看板が見えたら、左手の石段を下り、右手に見えるのが旧日向別邸だ。
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なぜに時間的なことを気にすべきかというと、上の看板に記載がある通り、この場所は完全予約制。土・日・祝日の一日数回のみ、事前予約をした人たちだけが入れるのである。いやいや、大人気の観光スポットならともかく、この場所はそれほど人気殺到というわけではなかろう。予約しなくても大丈夫では、と思う方もおられよう。だが現地の入り口にはこのような表示が。
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実際私たちは、熱海駅から徒歩で現地に向かい、細い坂道を上るとは知らずに海の方まで一度出てしまうという方向音痴ぶりを夫婦で発揮していたため、予約時刻ちょうどに到着すると、その時刻に予約した他の人たち 10名はすべて到着済で、少々恐縮してしまったのである。日本人は時間厳守なのである。さてそれでは、これは一体いかなる場所か。上の看板にはっきりと書いてあるのだが、ドイツの名建築家、ブルーノ・タウト (1880 - 1938) が設計した建造物なのである。タウトについては私もこのブログの過去の記事で触れているので、もしご存じない方がおられれば、以下をご参照。

http://culturemk.exblog.jp/24559203/

http://culturemk.exblog.jp/23671987/

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タウトはドイツでいわゆる表現主義の建築や集合住宅などを手掛けて活躍していたが (そのうちの幾つかは現在世界遺産に登録されている)、共産党寄りの思想の持ち主で、実際にソ連で活動していたこともあったため、1933年に反共産主義のナチスが政権を取ると、迫害を逃れて日本に亡命。高崎に居を構え、わずか 3年とはいえ、桂離宮をはじめとする日本の建築を研究し、弟子も育てたのである。それゆえ彼の名前は日本でも半ば神格化されていると言えるほど知られているのであるが、実は彼が実際に設計した建造物は、少なくとも現存するものはこの旧日向別邸のみなのである。それゆえこの建造物は極めて貴重で、重要文化財に指定されている。だがその指定は 2006年のこと。つい最近なのである。現在でも未だ、充分観光地として整備されているとは言えず、私が現地を訪れた日には、「この施設の案内 DVD がちょうど昨日完成して、今日初めてお見せするんです。でもナレーションも音楽もないんですけど」と、熱海市の職員の方であろうかまたはボランティアの方であろうか、現地の案内の男性が笑って説明して下さった。

タウトが設計したのは、アジア貿易で成功した日向利兵衛という実業家が熱海に持っていた別邸の、その地下の部分なのである。地上に建っている母屋自体も、このように一見何の変哲もない日本家屋に見えるが、設計は、銀座和光や横浜ニューグランドホテル、また東京国立博物館の原案を手掛けた渡辺仁。こちらは現在公開されていないが、将来的には補修の上公開する計画はあるようだ。
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現地で入手したチラシに、母屋と地下室の見取り図があるので掲げておく。タウトが設計した地下部分は、いちばん下に記されている部分。
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現地は写真撮影禁止なので、この施設を現在所有する熱海市のホームページからいくつか写真を借用する。まず、地上から階段を下りた場所がこれ。竹をうまく使って機能的にできている。
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この部屋は社交室になっていて、当時ダンスなどを楽しんだようだ。あまり広くはないが、和風のようでもあり、モダニズムの匂いもする、タウトらしい建築である。天井からやはり竹を接いだ長い棒が横に吊るされていて、そこに多くの電球が並ぶ。だが係の人によると、直列式なのであまり明るくはないようだ。
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真ん中の部屋は洋間と上段。敷地内に段差があるので、木の階段が設けられ、落ち着いたような敷居が高いような、一種独特の空間になっていて面白い。
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そしてその奥は日本間とやはり上段。空間構成は洋間と似ているが、天井が違うし、手前左のびっくりな位置に床の間まである。またこの部屋には天井に照明がなく、行灯を移動して使用したらしい。
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実はその奥にももうひとつ部屋があるのだが、これは用途不明の和室。ネットでも写真が見つからないので、こればかりは、是非現地でご体験頂きたい。実はこの建造物、日向家が手放したあと、自宅として使用した人が 2人いたが、どうも住居には向かないということで都度売却され、結局企業の保養所として 1952年から 50年ほど使用された。その間少しの改修はあったようだが、かなり原型をとどめたまま使用されたのは何よりであった。その後、東京の篤志家の婦人がこの建築の価値を認めて寄付をし、それによって 2004年に熱海市の所有となったとのこと。貴重な文化財を伝えて行くのは、その価値を認める人たちの思いと、その思いを実現するための資金。タウトが日本に残した唯一の建築、長く後世に伝えて行くのは我々の役目である。

次に向かった先は、創作の家と名付けられた場所。誰の創作かというと、洋画家の池田満寿夫 (1934 - 1994) と、そのパートナーでヴァイオリニストの佐藤陽子 (1949 - ) である。この 2人の芸術家がともに暮らした旧居が、当時そのままの状態で公開されていて大変興味深い。尚、池田が比較的若くして亡くなったことは知っていたが、死因は知らなかった。Wiki によると、地震が起こった際に犬に飛びつかれて昏倒し、急性心不全で亡くなったとショッキングなことが書いてあって驚く。調べてみるとほかの情報もあるようで、真実は分からないが、突然の死であったことは確かなようだ。このワンちゃんだろうか・・・。犬好きとしては何やら胸に来るものがある (涙)。
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この創作の家、熱海駅から MOA 美術館の方向に向かう途中にあり、やはり徒歩ではかなりきついが、歩けないほどではない。
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家の中は撮影禁止なので、詳細はご紹介できないが、上記のように急逝してしまった主の佇まいが今でもそこに残っていて、まるで芸術家夫婦に温かく迎え入れられたようだ。池田が使用していた古い音響機器などもそのままだし、洗面所やリビングの佇まいも、人間の生活の匂いがする。また、入り口近くに来訪者用の岩風呂 (もちろん温泉) とサウナがあって、池田の手作りのステンドグラスなどもあり、芸術家風のもてなしが微笑ましいし、一介の観光客でも、まるで歓待されているように感じるのである (笑)。また、佐藤が若い頃に斎藤秀雄の指揮で演奏したチャイコフスキーのコンチェルトの CD が地下の音楽室から流れていて、屋内が音楽に満たされている。主を失ったアトリエも、その BGM のもと、なんとも落ち着いた雰囲気で、大変気持ちよかった。佐藤は未だ現存だが、近くのマンションに居住しているという。きっと、死を看取った池田との大事な思い出が、この家には満ちているに違いない。観覧する方も、そのようなことを感じながら、芸術が生まれ来る瞬間に思いを馳せたいものである。

熱海文化の旅、次回に続きます。

by yokohama7474 | 2017-03-28 01:18 | 美術・旅行 | Comments(0)

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この展覧会のタイトルにある通り、江戸時代初期の画家、岩佐又兵衛 (1578 - 1650) は、奇想の絵師と呼ばれており、その特異な作風には鬼気迫る迫力があって、私にとっては常に多大なる興味の対象なのである。2月13日の記事で、出光美術館で開催された「岩佐又兵衛 源氏絵」展に関連し、そのあたりのことは述べておいたし、そこで私は、熱海の MOA 美術館で開かれる本展を是非見に行きたいと宣言した。そしてその宣言通り、先週この展覧会に足を運んだのである。車で出かけると渋滞に巻き込まれること必至と思ったので、熱海までは新幹線。非常に効率的な小旅行となった。今回は MOA 美術館以外にもいくつか大変興味深い場所を訪れており、それは別の記事にまとめるが、この又兵衛の代表作をじっくり観覧することのできる展覧会を、文化に興味をお持ちの方すべてにお薦めするため、まずはこれだけの記事を書くこととした。

熱海の MOA 美術館は、若い頃は自身画家を志したこともある宗教家、岡田茂吉のコレクションがもとになっていて、国宝 3点、重要文化財 66点という非常に素晴らしい内容の日本美術を持つ美術館である。MOA とは、Mokichi Okada Associates の略である由。熱海駅からさほど遠くないものの、急峻な岡の上にあるため、徒歩で行くには若干きつい。この度、改修を経てリニューアルオープンを果たしたが、私としても随分と久しぶりの訪問になる。
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建物の入り口から入り、いくつものエレベーターを乗り継いで上に上に昇って行くのであるが、人工の鮮やかな光から、自然の光の中に入っていく過程が、何やら別世界の神々しさを感じさせる演出になっている。
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そして昇り切ったところからは青い海が見え、ヘンリー・ムーアの彫刻が訪問者を出迎えてくれる。
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リニューアルに際しての館内の作りは、日本を代表する美術家の杉本博司が担当した。嬉しいことに、館内では撮影自由なので、その様子を何枚かの写真でご紹介する。杉本らしいモノトーンによって区切られた場所に、この美術館の目玉のひとつである国宝の仁清の壺も置いてあって、極め付けの名品との思わぬ出会いを演出する。
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さて、お目当ての重要文化財「山中常盤物語絵巻」であるが、今回は全 12巻の一挙公開。だが、さすがに全長 150m に及ぶすべての巻が端から端まで開かれているわけではなく、一部、見ることができない場面もある。とはいえ、このような贅沢な空間でこの極めて保存状態のよい特異な作品と相対する喜びは大きい。
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さて、撮影自由ということで、実際の絵巻物のいくつかのシーンも写真に収めたのであるが、すべての興味深いシーンを撮影するわけにもいかなかったので、以下では現地で撮った写真は使わず、以前から私の書庫に収まっている又兵衛の作品集 (この MOA 美術館の所蔵する又兵衛の全作品を掲載) から、興味深い場面を撮影して、義経が母の仇を取る物語を、一気に駆け抜けてみたい。このような本である。
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まず、15歳の牛若丸 (もちろん後の源義経) が、源氏再興のため、鞍馬山をひそかに抜け出して奥州に向かう。
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奥州で牛若は手厚くもてなされ、幸せな日々を送る。
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一方、都にいる義経の母、常盤御前は、わが子牛若の行方が分からず、心を痛めている。
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牛若が奥州にいると聞いた常盤は、すぐに会いに行くと言い出す。
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侍従ひとりだけを連れ、旅から旅へ。清水に姿を映してみると、痩せこけた自分が見える。このあたりの感覚は詩的である。
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そして美濃の国、山中に到着する。
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山中の宿には、屈強な六人の盗賊が住んでおり、常盤主従を襲い、小袖を奪おうと相談がまとまる。
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このように狼藉を働き、素早く門外に逃げ帰る盗賊たち。
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その盗賊たちに対して常盤は、肌を隠す小袖を返すか、さもなくば命を奪って行けと言い放つ。
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怒ったひとりが、常盤を刺し殺す。この絵巻物で最初の残虐シーンであるが、この盗賊の不気味な笑みと、常盤の髪をつかむ腕の生々しさ、そしてどす黒く変色する常盤の肌の色が、なんとも強烈だ。
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宿の主人夫婦が瀕死の常盤を介抱し、その身分を知ると同時に、牛若への形見の品々を預かる。ここでは 3連続シーンを掲載するが、大変面白いのは、宿の主人夫婦にも見向きもされない、床下の侍従の死体である。最初は瀕死の重傷で生きていたのであろうが、縁側に残っていた左足が、時間の経過とともに、徐々に力なく落ちて行って息絶える。なんとも不気味なリアリティではないか。こんなセンスを持った江戸初期の画家は、又兵衛しかいないだろう。
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その頃牛若は、母が夢に現れるのが気になり、奥州を抜け出して都に向かう。
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そして、常盤が襲われたちょうどその夜は、山中の手前わずか三里の宿に泊まるが、残念ながら母の虐殺を知らずに旅を続ける。そして山中のはずれで、真新しい貴人の墓を見つけていぶかる。
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牛若は、奇しくも母が襲われた宿に泊まることとなるが、その夜、母の亡霊が夢枕に現れ、盗賊に襲われた無念を語る。
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前日の悲劇を知った牛若は、盗賊どもへの復讐を誓い、一計を案じる。宿を小袖や金銀の太刀で飾り立て、盗賊をおびき寄せようというのである。宿の主人は協力を約束する。
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そして牛若は宿場に出て、大名の宿はどこかと尋ねて回る。また一方、身分の卑しいものに変装し、宿に大名が到着すると触れ回る。
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盗賊たちは、昨夜襲った宿にまたもや大名が泊まると聞きつけ、早速襲撃する。
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するとそこには、少年 (もちろん牛若) がひれ伏している。お宝はどこだと迫る盗賊たちに、あっちあっちと怯えながら指差す少年。
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それっとばかり奥に駆け込む盗賊のしんがりを、背後から見事に切り刻む牛若。見よこのスプラッター表現!!
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そしてこれから、牛若の快刀乱麻の復讐が始まるのであるが、さすが屈強な盗賊たちも、鞍馬山の天狗のもとで修業した牛若の前にはひとたまりもない。この血しぶきの中、最初に斬られた輩の死体がずっと転がっているのが面白い。ちょうど常盤の侍従の死体が時間の経過とともに繰り返し描かれていたのと対をなすようである。いやそれにしても、繰り返し死体を描かない方法もあったと思うが、ここには又兵衛の強いこだわりが感じられる。というのも、場面によって位置が違っているからだ。違う戦闘場面でも、必ずこの死体を入れたいと思ったのであろう (笑)。又兵衛のこの仮借ない描写に、当時絵巻物を見た人はどのように感じたであろうか。牛若復讐の快哉を叫ぶとともに、その描写のリアリティに背筋が寒くなったのではないか。
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この絵巻物のユニークさは、悪党成敗でめでたしめでたしと終わるのでなく、その後の処理まで克明に描いていることだ。宿の者たちは、盗賊どものバラバラになった死体を、菰袋に入れて、川に捨てに行くのである。画面中、たいまつを掲げているのは、これが夜のシーンであることを表しているのであろう。
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仇討ちを果たした牛若は奥州へ帰り、三年三ヶ月後、十万余騎を率いて都に上る。
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その途次、山中の宿に泊まる。常盤の御前で法要を営み、そして宿の主人にも所領安堵を行い、その恩に報いた。
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とまぁ、ストーリー自体は非常に単純なものであるが、これでもかと出てくる鮮血描写に、実に圧倒される思いである。それゆえに、このような機会にこの絵巻物の全容を見ておく価値があろうというもの。ご覧頂けるように、金なども随所に使い、非常に保存状態がよいのであるが、恐らくは越前藩主、松平忠直 (ただなお) が制作に関与しているであろうとのこと。異端の日本美術と言えようが、絵画の持つ異様な力に触れたい方には、熱海まで足を延ばして見に行くだけの意味はあると申し上げておく。

by yokohama7474 | 2017-03-27 01:01 | 美術・旅行 | Comments(0)

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昨年の「こうもり」に続く今年の小澤征爾音楽塾は、ビゼーの名作「カルメン」である。以前、2月 6日付の山田和樹指揮のこのオペラの上演に関する記事でも述べた通り、東京では昨年 12月から 4ヶ月連続でこのオペラが演奏されることとなり、その掉尾を飾るのがこの公演である。小澤征爾が心血を注いで継続しているプロジェクトの、今回が 15回目。日本のみならず、中国や台湾、韓国からもオーディションで選ばれた若者たちによる小澤征爾音楽塾オーケストラと、日本人からなる小澤征爾音楽塾合唱団が、国外からやって来たソロ歌手たちとともに奏でる今回の「カルメン」、昨年からはロームシアター京都という本拠地もでき、より一層練習から本番に向けてのよい環境が整った中での演奏である。その京都で 2回、東京と名古屋で 1回ずつ、計 4回の上演。尚このシリーズでは、2007年にもこの作品が上演されているが、歌手陣は総入れ替えである。81歳の小澤率いる、情熱と怨恨のオペラの出来や、いかに。これはプログラムに掲載されている、今回の稽古場における小澤の写真。
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昨年の「こうもり」同様、今回の指揮を小澤と分担したのは、水戸やウィーンで小澤のアシスタントを務めた、村上寿昭 (としあき)。残念ながらオペラ全曲を振り通すだけの体力がなくなってしまった小澤のいわば「分身」として、プロジェクトへの多大な貢献を果たしているが、2008年から 2012年まで、ドイツのハノーファー州立歌劇場の総監督を務めた実績の持ち主だ。
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2014年のこのプロジェクトで「フィガロの結婚」を他の指揮者と小澤が振り分けた際には、ある場面で指揮を交代すると、彼は袖に引っ込んでいた。だが昨年の「こうもり」と今回の「カルメン」では、オーケストラ・ピットの中に指揮台が 2つ設けられ、村上が指揮する場面でも小澤はそこにいて、このプロジェクトの「音楽監督」としての責務を果たそうとする意欲が見える。「カルメン」は 4幕から成るオペラであるが、第 1幕と第 3幕は小澤が、第 2幕と第 4幕は村上がと、交互に幕の冒頭を指揮したのである。全体を通した分担は、ほぼ折半か、もしかすると小澤の持ち分の方が若干多いのではないかと思われた。今や小澤の指揮を聴くには、水戸室内管と室内楽アカデミー (スイスと奥志賀)、そして夏のセイジ・オザワ松本フェスティバルに、あとはこの小澤征爾音楽塾しかなく、本当に一回一回が貴重なのであるが、今回のオーケストラ演奏は、私自身、過去 35年程度に亘って身近に親しんできたこの稀代の名指揮者の音楽としても、何か新たなものを示してくれるだけの素晴らしいものであったと思う。端的に言って、今回の小澤の指揮における発見はふたつ。ひとつは、指揮の身振りが多くの場面において極端に小さかったこと。もうひとつは、譜面をめくりながらの指揮であったことである。いかなる複雑で長大な曲も、暗譜で精力的に指揮する姿に親しんできた身としては、もちろん複雑な思いを抱かざるを得ないが、しかしこれは、80を超えて小澤が到達している高みを実感させるだけの意味のあることである。とは言っても、冒頭の前奏曲では力強く椅子から立ち上がっての指揮であり、遅めのテンポに音の密度はぎっしりだ。小澤がフランス国立管弦楽団と 1980年代に録音したビゼー作品集におけるこの曲の演奏も、確かこんな感じだったと思う。その数年後同じオケを指揮し、ジェシー・ノーマンを主役に迎えての録音ももちろん手元にあって、その演奏はまた確認してみたいが、やはり同じようなテンポだったのではないか。颯爽と駆け抜けて弾き飛ばすというよりも、来るべき悲劇すら予感させるような重みのある音での丁寧な音の流れに、小澤の変わらない解釈を見る思いである。そしてその後の音楽の展開において、やはり小澤ならでは切実感が聴かれたのが本当に嬉しかった。例えば第 1幕の「ハバネラ」では、舞台を見ていて急に音の重みが増したと思って指揮台を見ると、その曲から指揮が村上から小澤に交代していたのである。また、同じ 1幕で児童合唱 (京都市少年合唱団) が入るところでは、小澤の熱血指導が目に見えるような、子供たちの溌剌とした歌が楽しく耳に飛び込んできた。そして、曲が進むごとに 2人の指揮者の違いを判別するのは難しいほど、水準の高い演奏となったのであり、このような演奏に参加することのできた若者たちにとっては、まさに生涯誇るべき経験になったことだろう。様々に活躍する管楽器たちは常にクリアで音楽的。また、終幕の鬼気迫る音楽においても、実に仮借ない、まさに切れば血が出るような充実した音が鳴っていて、この曲の真価が発揮されるのを聴くことができた。小澤という指揮者の持つカリスマ性が、全体の公演を引っ張ったことは間違いないだろう。上記の通り、譜面を見ながら小さな身振りで凄まじい音を引き出すのを目の当たりにして、これからの小澤の新境地が本当に楽しみになったのである。

主要歌手陣は、米国人の若手が中心。ドン・ホセのチャド・シェルトン、ミカエラのケイトリン・リンチ、エスカミーリョのボアズ・ダニエル、それぞれに持ち味を出していたとは思うが、全体的な出来はまずまずというところであったと思う。カルメン役のサンドラ・ピクス・エディは、そのスリムで華やかな容姿がまさにこの役にぴったり。心が震えるような歌唱とまでは言わないが、終幕の情念の表現は卓越していたと思う。
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二期会や藤原歌劇団のように、全員日本人または主要な役柄だけ外国人というキャストの組み方ではなく、外国人がキャストのほとんどを占めているのであるが、だがそこはやはり、若手演奏家にオペラに接する機会を与えることを目的とした小澤征爾音楽塾。必ず日本人だけのカバー・キャストが組まれているのである。この点が、昔小澤が日本でシリーズとして行っていたヘネシー・オペラと異なるところ。カバー・キャストとは、メイン・キャストが何らかの事情で出演できない際に代役を務めるということであろうが、できればカバー・キャストが実際に舞台に立つ公演もあれば、歌手たちのモチベーションは著しく上がると思うがいかがなものか。尚、そのカバーの歌手たちの紹介を見ていると、藤原所属、二期会所属、それ以外と、日本的な派閥とは全く異なる幅広い人選であり、やはり小澤という名前と彼の発想が、日本のしがらみを取り払っているのを感じる。

演出は、このシリーズではおなじみのデイヴィッド・ニース。それなりに気が利いていて、しかも過激すぎたり理屈っぽくならない安定した演出を行う人である。プログラムに寄せた文章では、この「カルメン」には (先の 2月 6日の記事にも書いた通り) フランス語のセリフを入れるか、音楽に乗せたレチタティーヴォにするかという版の選択の問題があるが、ニースと小澤は、迷うことなく、オリジナルのセリフ版 (オペラ・コミック版) を選んだという。ただ、フランス語を母国語としない歌手たちのために、フランス語による演技は極力少なくすべしという方針から、セリフはかなり切り詰めたとのこと。それはそれで一見識だったと思う。演出の細部には興味深いものが多々あり、例えば、冒頭の前奏曲のあとの「運命の動機」では、終結部でドン・ホセが銃殺される場面の前兆になっていて、円環構造を示していた。また、1幕でミカエラとホセが二重唱を歌う場面では、カルメンが煙草を吸いながらこっそりそれを見ているという設定で、その後カルメンの起こす騒動が、彼女がホセの気を惹くための自作自演ではなかったと思わせる作りとなっていた。終幕では闘牛士たちの入場に対して真っ赤なテープが門の上層階から投げ入れられるが、その長いテープが地面で渦を巻いているところに、その後ホセに刺されたカルメンが横たわり、祝福のテープが一瞬にして鮮血に変わってしまうのである。なかなかに奇抜な演出で、面白かった。終演後はもちろんスタンディング・オベーション。すべての音楽ファンが慕い、その音楽を熱望する小澤の、その健在ぶりが本当に嬉しいのだ。これは京都公演のカーテンコール。
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このような元気な姿を見ると、今年のセイジ・オザワ松本フェスティバルが楽しみになるのであるが、先般発表された今年のスケジュールを見ると、若干複雑な思いにとらわれる。一昨年・昨年と小澤が指揮する予定であり、結局果たせなかったブラームスの 4番は、今年は予定されていない。8月25・27日にベートーヴェンの「レオノーレ」序曲第 3番、そして、9月 8・10日に内田光子の伴奏でベートーヴェンのピアノ協奏曲第 3番。小澤の登場はそれだけだ (その他では、今年もファビオ・ルイージが登場して、大作、マーラー 9番を振るのが注目だ)。うーん。例えば、ブラームス 4番 1曲だけのプログラムとし、途中に休憩が入ってもいいから、全曲やってもらえないものだろうか。今回のような元気な指揮姿を見ると、そのように思わざるを得ないのである。元気といえば、今回のプログラムに文章を寄せているドナルド・キーンを、会場で見かけた。既に 94歳ながら、しっかり歩いていた。小澤さんもまだまだ頑張って欲しいのである!!
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by yokohama7474 | 2017-03-26 23:39 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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とあるコンサート会場で、重ねて置いてあるチラシが目に入った。上に掲げた通り、ほとんど真っ白で、何やら記号のようなものが見える。なんだろうと思って手に取ると、東北ユースオーケストラとある。なるほど、震災復興イヴェントかと思い、そして、下の方に載っている不鮮明な写真に目を凝らしてみた。すると目に入ったのはこれだ。
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なに? これは坂本龍一ではないか!! 既に 65歳となり、癌の発表後、放射線治療をポリシーとして受けないと聞いてから、彼の健康状態を心配していたので、チラシの裏を見て「音楽監督・ピアノ : 坂本龍一」とあるのを見てビックリ!! このようなイヴェントがあるとは知らなかった。早速チケットを調べてみたが、軒並み完売。それからあちこち奔走し、何とかチケットを入手した。昔からやはり坂本ファンである家人とともに、このコンサートを聴けることになり、大変嬉しく思ったものである。

最初に、私にとっての坂本龍一を少し書いておきたい。当然最初は YMO で、私の世代は皆夢中になったものだ。ディスコなる場所では「ライディーン」に合わせてこういう振りをするらしいと教わり、友人たちと狂ったように踊っていた中学時代 (笑)。その曲が入った「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」というアルバム (もちろんアナログです。そう言えば英語の教師が、「どういう意味だろうね」と言っていましたね。笑) も購入して、クラシックの合間に飽くことなく聴いていた。その後何年も経ち、「戦場のメリークリスマス」、ベルトルッチの稀代の名作「ラスト・エンペラー」での映画音楽に魅せられ、生演奏にも足を運んだ (ちょうど「ラスト・エンペラー」でオスカーを受賞する直前で、自信満々のコメントをしていたのをよく覚えている)。それからは、ダンスリーとの「エンド・オブ・エイジア」、「千のナイフ」や「音楽図鑑」、そしてとりわけ「未来派野郎」等のアルバムが愛聴盤となった。あ、それから、高橋悠治が録音した新ウィーン楽派のアルバムで、連弾ピアノとして参加しているのも興味深かったし、また、私の友人がスタッフ関係のある、とある小さい劇団の公演を見に行くと、客席に矢野顕子と並んでいる彼の姿を見て驚いたこともあった。その他、最新の「レヴェナント : 蘇りし者」まで、数々の映画音楽にも注意して来た。総じて言えば、彼の作品においては、昔のテクノポップ時代とその続きのような、しっかりしたメロディラインでポップかつエスニックな雰囲気の曲がやはり好きで、あまりに抒情的なものにはそれほど興味を覚えない、というのが私の坂本感。せっかくなので、「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」のジャケットをここに載せておこう。1979年の発売ということは、ほとんど 40年前ではないか!! YMO のメンバーの 3人の若いこと!!
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さてこの東北ユースオーケストラであるが、東日本大震災で被災した東北三県 (岩手、宮城、福島) の小学生から大学生までをメンバーとするオーケストラで、坂本龍一の提唱により活動を開始し、本格的なコンサートは去年に続いて今回が 2回目。東京でのコンサートの翌日、福島の郡山でも演奏するとのこと。今回の内容は以下に紹介するが、最初に総括を述べておくと、さすが坂本の企画によるもの。大変に意欲的な曲目であり、実に勇気あるチャレンジをしたものであると思う。もちろんメンバーの中には家族を失ったり自宅に帰れなかったりという辛い経験のある人たち (コンサートで坂本は親しみを込めて「子供たち」と言っていたが、大学生まで含むとなると、我々部外者が「子供」と呼ぶのは失礼な気がする) もいるだろう。だがコンサートには湿っぽさは皆無で、ひたすらチャレンジと、未来に向けた溌剌とした希望に溢れていて、聴衆たちも大いに勇気づけられたことは間違いない。これこそ音楽の持つ力でなくてなんだろうか。坂本とオーケストラのメンバーたち。
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曲目を紹介する。前半は坂本自身の作品と民謡の編曲。そして後半は、なんとビックリのあの大作である。
 坂本龍一 : ラスト・エンペラー
 坂本龍一 : 八重の桜メインテーマ
 坂本龍一 : 映画「母と暮せば」より (朗読 : 吉永小百合)
 坂本龍一編曲 : 沖縄民謡「てぃんさぐぬ花」(協演 : うないぐみ)
 坂本龍一 : 弥勒世界報 (みるくゆがふ) (協演 : うないぐみ)
 藤倉大 作・編曲 : Three TOHOKU Songs
 マーラー : 交響曲第 1番ニ長調「巨人」

坂本は自作のほとんどではピアノ (PA つき) を弾いたが、唯一、吉永小百合が子供たちによる 3つの詩を朗読した「母と暮せば」(これはもちろん、彼女が主演した山田洋二監督の映画の音楽である・・・それにしても既に 72歳の吉永、遠目にはせいぜい 40代にしか見えず、実物はまさに驚異だ!!) では自身で指揮をした。見たところ病気の影響は全く見られないほど元気で、安心したものである。そして、マーラーを含む残りの曲目において指揮を取ったのは、柳澤寿男 (やなぎさわ としお)。彼の活躍ぶりはテレビでも紹介され、本も出ているが、あの痛ましい内戦に揺れた旧ユーゴスラヴィアで、互いに殺し合った民族間の協和を求めて、様々な民族の混成オケを指揮するという、大変に勇気ある活動を行っている指揮者である。指揮棒を使わずに、大変明快な指揮をする人だ。それから、吉永は昨年に続く出演で、今回は北海道ロケを抜け出して会場に駆け付けたという。
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全体の司会をアナウンサーの渡辺真理が務め、坂本、吉永、柳澤のコメントも聞くことができて、大変興味深かった。もともと坂本は、震災後に傷ついた心を持つ人たちを慰めるため、音楽を聴く機会を提供したとのことだが、そこから発展して、若者たちを集めてオーケストラをやってみようということになった由。今回のコンサートに向けて 8ヶ月に亘って準備をし、合宿を何度も行い、今回も合宿先で集中的に最後の仕上げをしてから、コンサート会場にそのまま乗り込んできたという。尚、若者たちだけでなく助っ人の大人も入っていると聞いて、なるほど、要所要所にいるのかと思えば、たったの 4人。すべて東京フィルのメンバーで、ヴィオラが 2人と、コントラファゴット、そしてハープ。つまり、今回の大編成 (総勢 104名) での演奏に当たり、どうしても奏者を集めることができなかったパートに限って、これら助っ人が入ったということだろう。実際の演奏は、猛練習の成果あって、なかなかに熱の入ったもの。前半で面白かったのは、東北の人たちがメンバーであるにもかかわらず、沖縄の音楽が演奏されたこと。坂本には沖縄民謡風のメロディを使った作品が数々あることは周知であろうから、これは彼らしいユニークな試みであった。本人も、「東北と沖縄は地理的には遠いけれども、音楽には近い点があって、日本の音楽が各地で深いところでつながっている証拠。実際に福島の僧が沖縄に渡って民謡を興したとも言われている」と説明した。協演の「うないぐみ」は、このような沖縄の伝統楽器による 4人組。なんとも沖縄らしい音楽が楽しかった。
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ほかに面白かったのは、前半最後に演奏された、ロンドン在住の作曲家、藤倉大が編曲した 3つの東北の民謡 (大漁唄い込み、南部よしゃれ、相場盆唄) である。藤倉はまさに日本が世界に誇る現代音楽のホープであり、今年 40歳になる気鋭の作曲家である。このブログでは、つい先日、3月18日の記事で、彼が作曲してパリで初演されたオペラ「ソラリス」に言及したばかり。本人の言がプログラムに載っていて、「(前略) 編曲というよりかなり作曲の域に入っていると思います。(中略) プロのオーケストラが弾いても弾きごたえのある楽譜になりましたし、ユースオーケストラなら元気いっぱい、掛け声も高々としたものになるだろうな、と思ってやりました。(後略)」なるほど、楽員が掛け声をかける場面もあって、実に溌剌とした演奏になったのである。藤倉はこんな人。
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さて後半のマーラー 1番であるが、なんでもメンバーから出た案によるものらしい。坂本は、「志が高いというと聞こえはいいけど、ユースオケにはちょっと難しすぎるよねぇ・・・」とコメント。もちろんそれは容易に想像できることであり、もちろんプロの演奏のレヴェルに達するのはさすがに難しいが、だが今回の演奏を聴いて、やはりこの曲の素晴らしさを改めて認識することができた。第 2楽章の冒頭など大変に勢いがあり、また終楽章の灼熱のコーダも、(ホルンの起立はなかったが) 全員一丸となって突き進む音楽になっていて、ここに至るまでの若者たちの努力と、何よりも 100人が力を合わせて難曲を演奏するというチャレンジに、爽やかな感動を覚えたのである。この演奏に参加した若者たちは、この経験を一生忘れることはないだろう。震災復興という意味合いだけでなく、彼ら彼女らの人生における大きな勇気の源になるであろう。音楽には本当に素晴らしい力があるのだなと、再認識することとなったのである。坂本や柳澤も主演後、「心配したけど大変よかった」「完全燃焼だったね」と、ねぎらいの言葉をかけていた。皆さん、お疲れ様!!

そしてアンコールが演奏されたのだが、そのステージの準備が行われている間に、男女 5人のメンバーがコメントした。皆一様に「楽しかった!!」と言っており、本当に充実感いっぱい。中には「演奏のときよりも、今ここで喋っている方が緊張します」と発言して笑いを取る子もいて、なんとも穏やかな雰囲気に包まれた。そして、再び坂本がピアノを弾き、柳澤指揮のオケとともに、自作の「ETUDE」を演奏した。おっ、これは、上で書いた私のかつての愛聴盤のうち、「音楽図鑑」に入っていた曲ではないか。そうそう、こういう坂本龍一、好きなんです。これがそのアルバム、「音楽図鑑」。もちろん自宅に戻ってから、久しぶりに家人とともに聴き入ったことは言うまでもない (笑)。
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せっかくの機会であるから、何かチャリティになるものを、と思ったが、残念ながら選べるアイテムがごく限られている。その中で、三越伊勢丹が 3年前から毎年制作していて、今年も 3月 1日から発売している「どんぐりバッヂ」なるものを購入。たった 300円だが、この収益から命を守る森を作るとのこと。もしこのオケが来年以降もコンサートを続けるなら、前年の演奏のライブ CD を発売して、その売り上げを震災復興に活用してはいかがでしょう。
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上述の通り、全体を通して、湿っぽくならずに前向きになれる、そして音楽の力を信じることのできる、素晴らしい演奏会であった。今の坂本は、永井荷風と藤田嗣治を足して 2で割ったような風貌であり (笑)、それだけでも私の好みであるが、何よりこのような企画を実現できる行動力も兼ね備えていて、やはり日本の音楽シーンにとってなくてはならない人である。今後も是非健康にご留意頂き、ご活躍下さい!!
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by yokohama7474 | 2017-03-26 01:54 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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3月20日 (月・祝) に記事を書いて以来、中 4日に亘ってブログを更新しなかった。出張に出たわけでもないのに、また、プロ野球のローテーション・ピッチャーではあるまいし、こんなに間を空けてしまって、いつも読んで頂いている方々には誠に申し訳ない。書くネタがなかったわけではない。それどころか、貯まってしまっている。それにもかかわらず更新を怠ってしまったのは、いずれも人事異動に関することが理由である。ひとつは人事異動のシーズンで壮行会が結構あり、ベロベロに酔っぱらう日があったこと (まぁそれは普段からという説もあるが)。もうひとつは、身近で起こった人事異動に納得できず、各種調整を行っていたこと。私は思うのであるが、いかなる組織も人間の集合体。文化に自らの居所を見出した私は、いついかなる場面でも、他人の痛みが分かる人間でいたい、そして、それを堂々と人に語れる人間でありたいと切に願うのである。

まぁともあれ、この映画である。もちろん映画好きなら誰もが知っている台湾映画。だが私にとっては、長らく「名のみ高い映画」であったのだ。1991年に制作され、日本でも公開されたが、私はその頃評判を耳にしながら (もう一本の台湾映画、「悲情城市」と並んで) 見逃してしまい、そしてそれ以来 DVD 化されることもなく (どうやらレーザーディスクは出たようだが)、見る機会がなかった映画なのである。この度、マーティン・スコセッシが設立したフィルム・ファウンデーションのワールド・シネマ・プロジェクトと米クライテリオン社との共同で、オリジナル・ネガからデジタル・リマスター版が制作されたものである。上映時間は実に 3時間56分で、これがオリジナル。最初の日本公開時には 3時間 8分であったが、今回初めて、監督の意向通りの上映が叶うことになったわけだ。この映画の監督は、そう、エドワード・ヤン (楊德昌) だ。台湾では英語教育が進んでいて、皆欧米風のファーストネームを持っている。私も仕事上、かなりの数の台湾の人たちと関わったが、おしなべて親日であり、だが歴史的に屈折を余儀なくされてきた人たちの、毅然とした生きる姿勢に感銘を受けたものである。これが監督のエドワード・ヤン。
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ほぅ、今どんな映画を撮っているの、と思う人もいるだろう。だが残念なことに、彼は 2007年、59歳の若さで、癌で亡くなっている。2000年に「ヤンヤン 夏の思い出」でカンヌの監督賞も受賞しているが、その頃には既に癌に犯されていたらしい。従ってこの「牯嶺街少年殺人事件」は、彼が映画史に残した貴重な作品なのである。今年は彼の生誕 70年であり、没後 10年なのである。私はつい昨日これを見ることができたのであるが、その日は自宅の近くのシネコンでの上映終了日。この長い上演時間であるから、1日に 1回のみの上映で、文字通り最後の回の上映をなんとか見ることができたもの。上映劇場自体はそれほど広くはなかったものの、ほぼ全席売り切れ。しかも、この長丁場なら、昔はインターミッションと称するトイレタイムがあったものだが、この作品にはそれがなく、鑑賞者たちの膀胱はかなり限界に挑戦する状態であったに違いないのに、誰一人として上映途中で抜ける人はいなかったのである。このような場に立ち会うと、あぁ、面白くないことはいろいろあれど、日本は未だ捨てたものではない、と思えるのである。

さて、ここに面白い言葉がある。ヤヌス・フィルムズという会社によるこの映画の評価。「『ゴッドファーザー』と小津安二郎の間に位置する、家族についての完璧な映画」・・・なるほど、見終った今、これは言い得て妙だと思う。因みにこのヤヌス・フィルムズのウェブはこちら。これまた、映画ファンなら狂喜するような内容である。ちなみにこのヤヌスとは、もちろんあの「ヤヌスの鏡」のヤヌスであろう。あ、いや、昔のテレビドラマではありませんよ (笑)。
http://www.janusfilms.com/

この映画を見てすぐに分かる特色は、音楽が全くないこと。いやもちろん、劇中で音楽が演奏される場面では音楽が流れるものの、いわゆる BGM のようなものはなく、ひたすら人々の立てる物音だけがスピーカーを通ってくる。いや、だがしかし、私が覚えている限りにおいて、この長い映画の中でただ一ヶ所だけ、BGM が流れる。それは映画のほぼ終わりに近い箇所で、プレスリーのカバー演奏 (英題になっている "A Brighter Summer Day" はその歌詞の一部) を録音したオープンリール・テープが預けられる場面。きっとそこでは、人の思いが現実を超えて、音楽として空気の中に流れ出たということを表現したかったのではないか。それにしても、音楽のないこの映画、画面もまた暗いシーンが多い。1960年前後の台湾を舞台にしているのであるが、頻繁に停電が起こる様子が描かれている。主人公、小四 (シャオスー) は多くの場面で長い銀色の懐中電灯を手にしており、そこに彼は人生の指針を見出しているように見えるが、彼がその懐中電灯を手放したとき、取返しのつかない悲劇が起こるのだ。そして、冒頭に掲げたポスターにある「この世界は僕が照らしてみせる」というコピーは、まさにそのことを示しているのである。これがそのシャオスーと、恋人の小明 (シャオミン)。そして、懐中電灯を手にした小四。
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この映画の不思議なところのひとつは、出てくる若い女性のほとんどが、申し訳ないが全く魅力的には見えないということだ。一方、男の子たちはなかなかに美形もいるのであり、もしかしてこれは監督の指向のなせるわざかとも思いたくなるが、まあそれはどうでもよい。音楽のないシーンの連続で成り立っているこの映画、もちろん主人公たちが断腸の思いをあらわにする瞬間もあれこれあるのだが、思い返す映画全体の印象は、極めて平板。この静けさ、どこかで覚えがある。そう、小津安二郎の一連の映画群である。あの、家族の姿を描きながらもどこか別の世界の人たちのような登場人物たちと、この映画の登場人物たちの印象はかなりダブるのである。また、主人公の家 (かなり日本風であるので、きっと戦前の日本人の家に、戦後台湾人が住み着いている設定なのであろうと解釈した) のある狭い部屋のシーンが何度か出て来て、そこに何本も空き瓶が並んでいるのが小津的であるし、シーンによってその瓶の並び方が違う点にも、監督のこだわりが見える。そしてこの映画の平板さは、不良グループたちの描き方にもはっきり出ている。要するに、出てくる不良たちの誰もが全然怖くないのである (笑)。極め付けは、「台北中が恐れた男」として、途中でフラッと帰ってくるハニーという男。このように、海兵隊の恰好をして、コートには袖を通していない。
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彼は敵対する不良グループに喧嘩を売るのであるが、「おぅ、やるか」と言って繰り出すパンチの、見るからに弱っちいこと (笑)。そうだなぁ、「あしたのジョー」の中で、パンチドランカーになってしまったカルロス・リベラが「ミーのパンチ、強いネ」と言って繰り出すヨレヨレのパンチにそっくりとでも言おうか。そうしてこのハニーさん、その後あっという間に退場になるのだが、本当に台北中が恐れた男なら、簡単にそんな風にはならんでしょう。そのあたりのクサさになんとも言えない味があるのである。それ以外にも、まさに「ゴッドファーザー」ばりの大量虐殺のシーンがあるが、その前後の成り行きがよく分からないシュールさがある。そうそう、シュールと言えば、この映画には何度か、集団が思い思いのポーズで静止しているシーンが出てくる。そのあたりの静けさは、一度見たら忘れられないものであり、それから、殺戮シーンで出てくる蝋燭の光が、まるでジョルジュ・ラ・トゥールの絵画のような美しさである。その画家の名前を知らない人でも、この作品は見たことがあるだろう。
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それ以外にも、1960年頃の台湾の情勢を思わせる、ケネディ、プレスリー、ジョン・ウェインへの憧れを示すシーンもあり、戦後に本土から台湾に移住してきた主人公一家 (実は監督のエドワード・ヤンも上海から移住した、いわゆる外省人であるらしい) の苦難も描かれている。そのようにごった煮感満載の 4時間、膀胱の膨張に耐えて見るだけの価値はあるものであり、まさに小津映画と「ゴッドファーザー」の両方に思い入れのあるような映画好きなら、見逃してはならないものだと思う。但し、もう一回見ろと言われたら、ちょっと躊躇するかもなぁ・・・

by yokohama7474 | 2017-03-25 23:32 | 映画 | Comments(0)

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名古屋フィル (通称「名フィル」) は日本の地方オケの雄のひとつ。通常は頻繁に東京公演を行っているわけではないが、今回は上記のチラシにある通り、昨年の創立 50周年を記念しての演奏会で、指揮を取るのは昨年 4月からこのオケの音楽監督を務める小泉和裕。会場にはそれを示す展示物の数々があり、楽団の歴史を刻む様々な演奏会の写真も展示されている。
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尚、名フィルの 1年前、1965年に創立された東京都交響楽団はこのコンサートの前日、音楽監督大野和士の指揮で名古屋公演を行っており、チケットの販売など、両楽団の間で協力が行われたようである。これはなかなか意味深い試みではないだろうか。会場にはその大野からの花環も展示されている。
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その名フィルが東京公演に選んだ曲目は、ブルックナーの大曲、交響曲第 8番ハ短調。今年は年初からブルックナーの演奏会が多く、1月にもこの小泉が件の東京都交響楽団を指揮しての 5番を採り上げた。だが今回はブルックナーが完成させた最後の交響曲であり、壮大で深遠な傑作、第 8番。指揮者もオケも、実に身の引き締まる思いで演奏に臨んだことであろう。ちなみに、最初の発表では (上のチラシの通り) 使用楽譜はノヴァーク版とのことであったが、指揮者の意向により、事前にハース版へと変更が発表された。ブルックナーの楽譜の版の問題は非常に複雑で、私自身も正直よく把握していないが、第 8番の場合、ノヴァーク版がブルックナー自身がこの曲を改訂した際の意図に最も近いとされるが、その改訂自体が他人の意見をもとにしているという説があるので、ややこしい。もちろん、その改訂以前の第 1稿や、第 2稿であっても今日ではまず演奏されない「改竄版」というひどい名前の版もある。だが、いわゆる第 2稿のハース版とノヴァーク版の違いはほとんどが細部に存在しているので、耳で聴いてはっきり何が違うということもあまりない。だから、どの版がどうのこうのという議論は、学者と一部マニアにお任せしよう。ただ、指揮者による版の選択は避けて通れないことであり、小泉の師であるカラヤンもこの曲の演奏にはハース版をいつも使用していたようだ。70歳に近づきつつある小泉が、現在の手兵とともにどれだけ感動的な音楽を奏でるかが楽しみであった。
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全体を通した印象では、推進力と音の美しさに満ちた熱演であったと思う。いつものように暗譜で指揮をする小泉の腕の動きは明確で、曖昧さは皆無。その一方で、纏綿と情緒たっぷりに歌うというよりは、強靭な歌がずっと続いているという印象であった。冒頭の低音の響きはあまり重すぎず、テーマが空間を切り裂くように出てくる場面の方により力点が置かれていたようだ。その音色の指向は全曲で見られ、重く暗いブルックナーではなく、高音域がドラマを導き出すブルックナーであったと思う。名フィルも技術的に安定した演奏であり、東京での見せ場を充分に作ったと言ってよいであろう。

最近の小泉は国内での活動に特化しているように思われるが、日本のオケの水準がこのように上がってくると、それはそれで意味のあることであろう。できればほかの国内オケとの組み合わせでも聴いてみたいものである。

by yokohama7474 | 2017-03-20 23:05 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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昨年の 9月に名古屋で勅使川原三郎 (てしがわら さぶろう) 演出による「魔笛」の上演が行われたのは知っており、首都圏でも上演されることも頭に入っていた。だが、月日の経つのは早いもの。ふと気づくと神奈川県民ホールでのこの上演まであと僅かという日程に迫っていた。しかも、週末とはいえ会社の予定が入る可能性はあるし、巨匠ピアニスト、アンドラーシュ・シフのリサイタルもあるし、いろんな要素が絡み合っていたのであるが、直前になってなんとか今日のチケットをゲットして見に行くことができたのである。

上記の通り、いちばんのお目当ては、勅使川原三郎の演出である。勅使川原は言うまでもなく日本が世界に誇る前衛ダンサー。このブログでも何度かその名前に触れているが、なんと言っても、今年 1月23日付の本拠地カラス・アパタラスでの公演に関する記事において、私の彼に対する熱烈な思いのたけはぶちまけておいた (笑)。この記事は一生懸命書いたのに、本当に悲しいほどにアクセスが少ないので、ここでもう一度宣伝する。文化に興味のある人なら彼のダンスは必見なのである。
http://culturemk.exblog.jp/24073769/
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その勅使川原がオペラの演出をする。随分以前にオーチャードホールで上演された井上道義指揮の「トゥーランドット」で演出をしていた記憶があるが、私はそれを見ていない。だが彼の経歴を見ると、海外 (ヴェネツィアやエクサン・プロヴァンス) ではバロックオペラの演出をしたり、2015年にはパリのシャンゼリゼ劇場で「Solaris」というオペラにおいて台本・演出・美術・照明・衣装を手掛けたという。これはもちろんあの「惑星ソラリス」の原作によるもので、作曲は藤倉大。あぁ、なんということ。 日本人のクリエーターたちによるその作品が日本で上演されていないとは、国家的な恥である。どこかの団体が採り上げてくれないものであろうか。これがその演奏のカーテンコールの写真。右から 3人目が勅使川原。その左が藤倉。そして右端が、今回の「魔笛」でも大活躍の、勅使川原のもとでずっと踊っている佐東利穂子。
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さて、「魔笛」は言うまでもなくモーツァルト晩年のメルヘンオペラである。ジングシュピールと言って、ドイツ語による歌芝居の形式で書かれているので、音楽のない場面で歌手がドイツ語で演技をする場面が頻繁に登場する。なので日本での上演では、そのセリフのところだけ日本語にするケースもある。例えば 2010年の二期会の公演 (指揮 : テオドール・グシュルバウアー、演出 : 実相寺昭雄) ではそのような方法を取っていて、歌はすべて原語のドイツ語でありながら、演技の部分では日本語が使われていた。指揮者もオーケストラも演出もその他スタッフも全員日本人の中で、唯一の外人である指揮者はどんな感じなのだろうと思って見ていた記憶がある。この言葉の問題はなかなかに難しく、セリフだけ日本語にすると、どうも話の流れが不自然に聞こえてしまう部分があるし、かと言ってドイツ語だと、日本における公演であれば、それはそれで何か隔靴掻痒の感を否めない。今回の上演ではその折衷的な方法が取られた。すなわち、歌はもちろんすべてドイツ語であるが、芝居の部分は一切排して、その部分のストーリーの展開を語り手が日本語で語って補うというもの。この方法ゆえに、「魔笛」にしては上演時間が短かった (14時に始まり、25分の休憩を経て 17時に終了)。だが、やはりこれも物足りない。このオペラになじんだ人間にとっては、特にパパゲーノが喋らないのはやはり淋しい。喋りすぎた罰として口枷をはめられる箇所や、パパゲーナが老婆として現れては消える場面は芝居を見たいし、また、首を吊ろうとしてパンフルートを手に「1、2、3」と数えるところはやはり、「アイン・・・ツヴァイ・・・・・・ドラーイ」でなければ!!

その一方、この上演方法のおかげで、音楽だけに集中して聴くことができたという面もあった。実は今回の上演、歌手陣と合唱団は二期会の人たち。手元に上述の 2010年の上演プログラムを持って来て比べてみると、ザラストロの大塚博章、タミーノの鈴木准、パミーナの嘉目真木子という主要キャストが今日の公演と全く同じ。また、今回の夜の女王は、前回もダブルキャストとして、私が見た日とは違う日に歌っていた安井陽子。逆に言うと、今回の上演は、二期会の主要歌手がずらりと出演するレヴェルの高いものであったと言える (ところで二期会はそれ以外でも最近では 2015年に宮本亜門の演出で「魔笛」を上演していて、そのときのキャストも今回と多くが重複する)。今回特に私の印象に残ったのは、まず、もともと芸達者でよく知られる、パパゲーノ役の宮本益光。本当はベラベラ喋って欲しかった。
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それから、パミーナ役の嘉目真木子 (よしめ まきこ)。母親の夜の女王とその敵にあたるザラストロの狭間で翻弄されながらも、一途にタミーノに思いを寄せる芯の強さを表現して素晴らしかった。
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さて今回の上演、勅使川原三郎は、演出だけでなく、装置、照明、衣装を担当している。と言っても装置は、何もない空間に何種類もの金属のリングが上がったり下がったりするだけのもの。極めてシンプルであるが、リングの動きそのものは、上下だけでなく、くるくる回ったり位置関係が変わったり、かなり複雑。第 1幕では大小 9つのリングが登場し、第 2幕の開始部分では舞台全面に円弧を描くような巨大なリングが圧倒的。以下は名古屋での公演から。
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スタイリッシュな空間なのであるが、そこに出てくる歌手たちは奇抜な衣装をまとっていて、なんともおかしい。上の真ん中の写真でボーリングのピンのように見える (笑) 2人は、ザラストロおつきの神官であり、いちばん下に見える 3人のベイマックス (笑) は、パパゲーノを導く童子たちなのである (今回は子供ではなく女性が歌っていた)。いずれも印象的だが、特にボーリングのピン風の神官の衣装は動くのもなかなか大変そうで、もし転んだら収拾がつかないほどの危険と隣り合わせなのだ!! これらは極めて単純な造形であるが、発想の源泉は、モダニズムの旗手でバウハウスでも教鞭を取っていたオスカー・シュレンマーではないのかなぁ、などと勝手に想像するのも楽しい。私はシュレンマーの大ファンなのである。
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だが、このモノスタトスの衣装はどう説明しよう。両腕は体の後ろからニュッと出てくる仕組みなのである。通常の怖いモノスタトスとはちょっと違った雰囲気だ。
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そして勅使川原の演出なので、当然のごとくダンサーたちが登場する。中でも、ソロで踊りながらも場面場面で語り手としてセリフ代わりのストーリーの説明をする佐東利穂子は、文字通り勅使川原の片腕。以前私が見たダンス・パフォーマンス「青い目の男」でも彼女の朗読を使っていたが、今回は実際に舞台で口元にマイクをつけての語りであったようで、これは大変だったのではないか。その声は淡々としていて、過剰な情緒をまとっていないところがよい。
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オペラの中であちこちにダンスが入るというのは、私は正直なところ、あまり好きではない。今回も (以前武満徹の「秋庭歌一具」の上演についての記事でも書いた通り) 場合によっては音楽自体の流れを乱してしまう面があったと思う。一方、第 2幕の群舞で、ダンサーが一人一人、倒れては起きる振付を見たときは、若き日の勅使川原自身の踊りを思い出してよかったし、荘厳な音楽にもよく合っていた。全体として見て、勅使川原の演出には何か決定的に素晴らしいというものは感じなかったが、理屈っぽくならずに新たな挑戦をしている点には好感を持った。

忘れてはならないのは、川瀬賢太郎指揮の神奈川フィルの演奏である。この指揮者は 1984年生まれと未だ大変若いのであるが、この神奈川フィルの常任指揮者を務めている。序曲の冒頭、古楽風の硬い音のするティンパニが耳に入ってきて、新鮮に響く。主部に入ってからの疾走する感じもなかなかよい。順調な滑り出しだと思ったが、その後も一貫して実に若々しさ溢れる清新な音楽で、きめ細かく歌手たちをリードした。なかなかの手腕である。川瀬と神奈川フィル、今後注目しよう。
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そんなわけで、今回の演奏は、歌手も合唱団も指揮者もオケも演出家もダンサーも、全員が日本人。意欲的な試みには拍手を送りたい。

by yokohama7474 | 2017-03-18 23:26 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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今回の記事は短くなりそうだ。理由のひとつは、明朝は早く起きる必要あること。もうひとつの理由は、残念ながら私はこの映画を面白いとは思わなかったことだ。だがまぁ、どのような映画であったのか、記録のために書いておこう。まず題名だが、「アサシン」とは暗殺者のこと。「クリード」は宗教上の信条のことで、クラシック音楽を聴く人なら、ラテン語のミサ曲に「クレド」(Credo) という曲が必ずあって、よく「信仰告白」などと訳されているのをご存じだろうが、きっとその言葉が Creed の語源だろう。15世紀スペインの暗殺者の子孫が、先祖の記憶を辿る特殊な装置によって時間を遡ることを強制される物語であることは予告編で明らかだが、見てみるとこれは、アサシン教団 (これは実在した集団のようだ) と、陰謀論ではおなじみのテンプル騎士団の確執を描いたもの・・・のようだが、正直なんだかよく分からない (笑)。身も蓋もない言い方をすると、このストーリーはあまり私の人生に関係ないという思いが、映画の最初から最後までついて回り、時にウトウトと夢の世界に落ちて行くことになってしまったのだ。だが、何を隠そう、私は陰謀論は大好きで、テンプル騎士団についての本は真面目なものから与太話本まで何冊も読んでいるし、ロンドンのテンプル教会も大好きなのである。その私が感情移入できないのだから、やはり内容に問題があるのではないだろうか。アサシン教団の戦士たちは、あたかもこのワシのように空からダイブするのだが・・・。
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実はこの映画、ゲームに基づく作品らしい。私はゲームをしない人間なので全く知識がないのだが、ゲームの主人公にもともとイメージのある人なら、この映画に対して、また違った見方ができるのであろうか。
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映画には様々な設定があるが、どこまで行っても所詮は虚構の世界。最近はリアルなドキュメンタリータッチの秀作も数々あれど、それらとても、あるいはさらに言えば、ドキュメンタリー映画ですら、映画である以上、そこには虚構の要素が色濃く存在しているものというのが私の考えだ。だから、見る者がその嘘に浸っていられるか否かという点が、良い映画と悪い映画を区別する分かれ道であると思う。その点、この映画のそこここに、嘘が嘘として放り出されているのを私は感じる。例えば、主人公を祖先の世界に戻すというアニムスなる巨大な機械が主人公をガッチリと抱えることになるのだが、過去の世界で主人公の祖先が敵と戦う動きを、そのまま現実世界でアニムスにつかまれた主人公が再現することになる。ここで現代の主人公の戦う姿を映す理由は何であろうか。正直ちょっと煩わしいし、また、俊敏に動く主人公の祖先は、当然ながらでんぐり返りなどもするのであるが、おいおい、背中にはアニムスを背負いながら、どうやってそれを現実世界で再現するのか!! (笑) なにせこんな感じなんだから。
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このような嘘が気になる映画は、残念ながら私は評価できないのである。ストーリーもさしてひねりはなく、敵味方が奪い合う対象物も、一体なぜそんなに価値があるのか、その説得力に乏しい。それから、アサシン教団、テンプル騎士団双方の仲間うちの結束や人間同士の感情、歴史的使命等についての説明が少なすぎる。戦闘シーンは玉石混淆という感じで、カッコよく敵をなぎ倒すシーンもあるが、あまりカッコよいと思えない殺陣もある。主役のマイケル・ファスベンダーは、ドイツ人とアイルランド人の間に生まれた人らしく、私は過去にもいくつか彼の出演作を見ているはずだが、正直あまり印象にない。ここでも、惚れ惚れする快演か否かは、意見の分かれるところではないか。
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ただ、ほかの役者陣はなかなかに豪華である。まず、先に見た「マリアンヌ」の演技も記憶に新しい、マリオン・コティヤール。ここでは全く違った顔を見せる。そして、さすがに年老いたと思うが、あのジェレミー・アイアンズがその父親役を演じている。
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そして、おぉこれはなんと久しぶり、テンプル騎士団の幹部を演じているのは、あのシャーロット・ランプリングではないか!! 既に 70を超えているが、ご健在で何より。ただこの映画での彼女の役柄には、それほど印象的なシーンはない。
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それから、ロケ地で 2ヶ所、私の好きな場所が出てきたので簡単にご紹介。ひとつはセヴィリアの大聖堂。これは非常に規模の大きい建物で、「後世の人たちが、アイツらは気でも狂ったのかと思うくらいデカい聖堂を建てよう」という意図で作られたという。だが、広い場所に面していないので、現地を訪れてもなかなか雄大な姿の全容を見ることができない。ただ、中には有名な場所がある。そう、コロンブスの墓所である。4人の王の彫刻が棺を担いでいる。またその横には、巨大な聖クリストバル (もちろん、コロンブスのファーストネーム、クリストファーと同じ名前) の壁画があって、これも忘れがたい。私がこの地を訪れて既に 20年が経つが、その感動は忘れがたい。
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もうひとつは、ロンドンにあるフリーメーソンのグランド・ロッジ。映画の中ではテンプル騎士団の集会場という設定になっているが、イメージ的にはぴったりだ。私はこの建物の前を何十回も通ったことがあって、それは、ホルボーン界隈からコヴェントガーデンのロイヤル・オペラに向かう途中にあるからだ。内部の見学もできるようだが、そう言えば中に入ったことはないなぁ。もしかすると、この映画でのテンプル騎士団の集会のシーンも、ここで撮影しているのだろうか。それとも、さすがにあんなに広いホールはないのかな。今度ロンドンに行く機会があれば覗いてみたいものである。
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さてこの映画、終わり方はいかにも次回に続くといった風情である。もし次があるなら、映画単体として楽しめるクオリティで作って欲しいと、心から願うのであります。...結局あまり短い記事にはならなかったなぁ(笑)。

by yokohama7474 | 2017-03-17 01:26 | 映画 | Comments(0)

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このブログで採り上げるのは初めてになると思うが、私は韓国映画が大好きである。と言っても、いわゆる韓流ドラマや K-Pop というものには一切知識・関心がなく、ただ「JSA」「シュリ」で日本の観客にも驚愕を持って迎えられたドラマティックな韓国映画の流れにガツンと脳天をやられたということなのである。私の場合、恋愛映画は好奇心のレーダーには入って来ないので、スリラー、サスペンス、ホラー系が中心ということになるが、忘れられない韓国映画がいくつもある。その中で、もちろん「ブラザーフッド」も異常なくらい素晴らしい出来であると思うが、なんと言ってもカンヌでグランプリを獲得した「オールドボーイ」に全身総毛立った観客のひとりである。その作品の監督は、パク・チャヌク。既に上に名前の出た映画では「JSA」の監督でもある。その後、「親切なクムジャさん」は DVD で見て、それはもう、のたうち回って悶絶するくらい痺れたのであるが (笑)、その次に見た彼の作品は、ハリウッドに進出してニコール・キッドマンとミア・ワシコウスカを起用した「イノセント・ガーデン」。その作品は、だが、残念ながら彼にしては若干大人しいかな、という印象であった。そこに 3年ぶりの新作登場である。しかもこの映画、上にある通り、「成人指定で全世界、異例の大ヒット」なのだそうだ。確かに日本でも R18+ という指定になっている。ええっ、そうなんだ。私は劇場で、「18歳以上ですか?」とは訊かれなかったけどなぁ (笑)。これが監督のパク・チャヌク。松尾貴史ではありません。
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実際に内容を見てみると、なるほど R18+ 指定はやむないだろう。だがそれは、別に性的な意味でアダルトということだけでなく、この映画の面白みを本当に楽しむことができるのは、よほどの早熟な天才でない限り、18歳以上の人たちだけだと言ってもよいと思うからなのである。舞台は 1939年、日本統治下の韓国。ある日本人の富豪のところにお手伝いでやってくる若い韓国人女性が、彼女が仕えるお嬢さんと、お嬢さんに言い寄る男性との間で陰謀に巻き込み、巻き込まれるという話。145分の大作で、全体は 3部からなるが、それぞれの部分で違った角度から経緯が描かれ、観客の感情移入を手玉に取るような狡猾な作り。見ていて飽きるということは全くなく、ストーリーを追うだけで充分面白い映画である。ここで主役のスッキ = 日本名珠子を演じるのは、1990年生まれのキム・テリ。この作品のためのオーディションで 1500人から選ばれたとのことで、これまで演技経験はほとんどないらしい。劇中では非常に素朴に見える役柄を演じているが、そこは女優。きれいにメイクすると、それはそれはきれいなのである。
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一方のお嬢さん役を演じるのは、キム・ミニ。1982年生まれで、高校時代から活躍している韓国のスターであるらしい。彼女がこの映画の中で見せる表情は実に多彩。おー、女は怖いのぅ (笑)。この感想はまさに、この映画の感想自体でもあるのだが。
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この映画の成功は、ひとえにこの二人の凄まじい女優魂に負っているものと思う。よく日本では女優がエロティックな場面を演じることを、体当たりの演技などというが、なんのなんの、本物の女優たるもの、体当たりは当たり前なのではないか。あるいは、女優がヌードになるに際し、「必然性があれば」などと言うこともあるが、なぜにそんな言い訳が必要であるのか。この映画を見ていると、女優たちの渾身の演技に圧倒され、我が国と彼の国の芸能界の成熟度の違いに思いを致すのである。劇中とオフステージでの二人。まるで姉妹のようではないか。
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ストーリーの面白さは上述の通りだが、この映画には美術を含めた細部の演出に監督の才能が光っている。現実にはあり得ないような、大広間の畳を部分的に上げるとそこに水がたたえられていて、巨大な盆栽や、ミニチュアの枯山水の庭を置くことができる構造も、映画ならではの虚構空間としてよくできているし、あるいは、二人の女優がそれぞれに大きな荷物を持って、屋敷の中の障子を順々に開けて行くシーンのリズム感なども、まさに映画的としか言いようがない。そしてつまるところ、この映画のストーリーにおけるミスダイレクション自体にはそれほど驚かないが、細部に宿る貪欲な制作意欲が、二人の女優を最高に輝かせていることに気づく。それから何と言っても、「オールドボーイ」の目をそむけたくなるような残虐シーンに常にユーモア精神が表れていたように、この映画におけるエロティックなシーンにも、必ずユーモアがある点にも注目しよう。これらすべて、パク・チャヌクの非凡な手腕であると思う。

ユニークなことに、この映画における使用言語は、設定上やむを得ない面もあるのだが、かなりの部分が日本語なのである。なにせキム・ミニは突然東北弁を喋ったりするのである!! 主要な役柄の人たちには日本人はいないので、正直、我々日本人から見ると言葉の点ではちょっと無理があると感じざるを得ないのだが、それはこの映画の持つ価値においては些細なこと。また、日本語の使用にもうひとつの意味があるとすると、主人公が朗読をする場面で、日本の放送禁止用語が沢山出て来ることであろう。これ、日本の映画では絶対できません (笑)。そのような言葉と、後半頻繁に出て来る日本製の春画の映像は、根がうぶな私 (?) にとっては、若干苦痛であったことは正直に告白しよう。だが、繰り返しになるが、そのような面を笑いに絡めている点こそ、この映画がポルノとは一線を画している明確な理由なのである。だからこの映画をご覧になる方は、エロティックなシーンで大いに笑って頂きたい。それが大人の視点でこの映画を楽しんでいる証拠になると思うし、人間の生き様の尊さと馬鹿馬鹿しさを同時に感じる瞬間になると思いますよ。

実はこの映画、原作は英国のサラ・ウォーターズの「荊の城」という小説である。日本で「このミステリーがすごい!」で 1位になったらしい。私がこれまでに読んだ彼女の小説は「半身」という作品だけで、詳細は覚えていないが、かなり面白かったと記憶する。なぜ私がその本を読んだかというと、その表紙に、私が溺愛するイタリア・ルネサンスの画家、カルロ・クリヴェッリの作品を使用していたからだ (そのことは、昨年 11月 3日付の、「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」展に関する記事においても触れた)。この「荊の城」も翻訳が日本で出ていて、上下二巻のうち上巻は、このような表紙である。これは誰の作品だろうか。さすがに手だけでは分からないが、スペインかイタリアの肖像画であろう。
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私としては、久しぶりに見た韓国映画の素晴らしさに大満足。今後公開が予定されている面白そうな韓国映画がいくつかあるので、また時間を見つけて見に行ってみたいと思っている。

by yokohama7474 | 2017-03-16 01:00 | 映画 | Comments(0)