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2017年も始まって早くも 1/5 が過ぎようとしている。だが考えてみると、その間に海外からのオーケストラの来日は幾つあっただろうか。新年のウィーン・フォルクスオーパー管弦楽団を除くと、恐らくは現在相次いで来日している、ハンブルクに本拠を置く NDR エルプ・フィル (旧北ドイツ放送響)、プラハ交響楽団と、それからこのベルリン・コンツェルトハウス管が、今年初めての本格的な外来オケの一群なのではないだろうか。今後、上半期全体にまで目をやっても、5月のフィルハーモニア管、6月のブリュッセル・フィルとドレスデン・フィルくらいしか思いつかない。ほかにもあるかもしれないが、いずれにせよ、上記の中には初来日の団体や若干渋めの団体もあり、超一流外来オケ猛襲来という感じはない (笑)。もっとも、秋以降になると、ベルリン・フィル、コンセルトヘボウ、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス、ボストン響、ロンドン・フィル、チェコ・フィルなど、ビッグな名前が目白押し。シュターツカペレ・バイエルンもオペラの来日とともにオーケストラコンサートを開くし、なんとも過酷なスケジュール繰りを強いられることは必至なのである。

ともあれ、このベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の演奏会だ。上のポスターでも明らかな通り、2日前に行われた上岡敏之指揮新日本フィルによるマーラー 6番の演奏会とセットになっていて、「すみだ平和祈念コンサート 2017」と銘打たれている。この 2つのコンサートが捧げられる対象は 2つの悲劇。ひとつは 2011年の東日本大震災であり、もうひとつが 1945年の東京大空襲であることは、上記コンサートの記事に既に記した。いずれがいずれと明記はないものの、今回のコンサートの顔ぶれは、第二次世界大戦でやはり灰燼と帰したドイツの首都ベルリンのオケとユダヤ人の指揮者が、ドイツの音楽であるワーグナーとユダヤの音楽であるマーラーを演奏することに意義を見出すことを考えれば、東京大空襲の犠牲者に捧げられるべきとも思われる。その一方で、今回演奏されたマーラー 5番は、これも以前の記事に書いた通り、大震災当日にこのホールで演奏された曲目でもあるのだ。平和な時代に安心して音楽を聴くことができる我々は、幸せなのである。ここで改めて曲目を書いておこう。
 ワーグナー : 楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
 マーラー : 交響曲第 5番嬰ハ短調

壮大で濃厚な音響が鳴り渡る、素晴らしいプログラムである。今回演奏するベルリン・コンツェルトハウス管は、聞き慣れない名前かもしれないが、旧東ベルリンに存在したベルリン交響楽団の現在の名称である。昔からのファンなら、巨匠クルト・ザンデルリンクの指揮した録音の数々を思い出すだろう。名称のコンツェルトハウスとは、以前の名前はシャウシュピールハウスというコンサートホールのこと。ドイツ新古典主義を代表するカール・フリードリヒ・シンケルの設計による建築。それこそ戦争で焼けてしまったが、戦後元通りに再建された、このように壮麗な建物である。
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ここは東ベルリン地域であり、ベルリンの壁崩壊後にあのバーンスタインが世界の一流オケのメンバーを集めて第九を演奏したのはこのホールであったし、東西ドイツ統一後まもなくの頃、ベルリン・フィルハーモニーホールが改修で閉鎖されていたときには、ベルリン・フィルの定期演奏会の会場にもなっていた。かく言う私も、初めてベルリンを訪れた 1992年、このホールでジュリーニやバレンボイムの指揮するベルリン・フィルを聴いたものだ。だが、建物自体は非常に素晴らしいのだが、肝心の音響は残念ながらよくなかったと記憶する (当時のコンサートマスターの安永徹もそのような発言をしていた)。今では改善されているのであろうか。

そして今回指揮を取るのは、かつて 2001年から 2005年までこのコンツェルトハウス管の首席指揮者を務めた、イスラエル出身の指揮者、エリアフ・インバル。日本でも既におなじみの指揮者であり、とりわけそのマーラー (とブルックナー) 演奏は、東京においても他を絶する偉大な足跡を刻んでおり、80歳になった今も精力的に活動する巨匠指揮者である。
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繰り返しだが、とにかく曲目がよい。そして指揮者がインバルと来れば、期待が高まるのを抑えることはできない。そして今回の演奏、大変深く心に残るものであったと断言しよう。そもそもインバルは、どちらかと言えば爆演系であり、きっちりアンサンブルを整えた流れのよい演奏よりは、マーラーの場合には特に顕著な、音楽の中の矛盾する要素をそのまま取り出して見せ、大きな弧を描いて劇性を強調するタイプである。指揮ぶりは決して華麗ではなく、私は以前から彼の指揮姿は、「ちぎっては投げ、ちぎっては投げ」だなぁと思っているのであるが (笑)、ここに来て彼の芸風は一段と凄みを増してきたように思う。今回の演奏では、それをはっきりと再確認することができた。最近の東京でインバルを聴く機会が多いオケは、もちろん東京都交響楽団 (通称「都響」) なのであるが、都響の、芯がありながら艶やかな音とは違い、このコンツェルトハウス管の音は、もっと渋くて地味で重めである。だが、「トリスタン」冒頭のチェロが鳴り始めたとき、極度の緊張や洗練はないものの、何かどっしりとした確信のようなものが感じられ、はっとした。この音楽は彼らの内部の深いところから響いている。頭で考えてきれいに弾こうとか情緒を表現しようとか思っているのではなく、彼ら自身の血の中にあるものを、そのまま出している。なんと大人の音だろう!! と思ったのである。このワーグナーの「トリスタン」前奏曲と愛の死という絶品は、私としても当然、限りなく心酔している曲であり、過去にも様々な演奏で体が震えるような感動を覚えてきている。今回の演奏は、超絶的な名演ということではないにせよ、この音楽の持つ怪しさと強さを巧まずして表したという点で、これからも長く記憶に残ることだろう。時に人間心理のひだの奥を抉り出すような深い音も聴かれ、気負いも衒いもなく、この凄まじい音楽の神髄を聴かせてくれたと思う。

メインのマーラーは、これまたインバルの面目躍如である。引き続きオケの音は、華麗とは言えないが独特の味わいがあり、冒頭のトランペットの表情づけも、若干地味ながら、やはり素晴らしい。私はこのブログでマーラーの演奏についての記事を書く際、時に「表現しがたい違和感」に触れることがある。これは私個人の感想なので、言葉で説明するのは難しく、異論も承知の上なのであるが、マーラーの音として鳴って欲しい、そんな音のイメージがあって、音楽が進行して行く中で、指揮者によってはその響きに違和感を感じることがままあるのである。ところがインバルの場合には、そのような違和感を感じることは一切なく、まさにマーラーの音があるべき姿で常に鳴っているという、そういうイメージなのだ。天性のマーラー指揮者と言うべきではないだろうか。喧騒が渦巻き、陰鬱な世界苦が表出され、絶叫や絶望や、だがそこからまた沸き起こる希望や、圧倒的な勝利の凱歌や壮麗な人間賛歌など、様々な感情や音楽的情景を強烈な色彩で描いたマーラーの音楽を、これだけ仮借なく描き出す指揮者が、バーンスタイン以降何人いただろうか。しかもその指揮ぶりは、「ちぎっては投げ」なのにである (笑)。もちろん私は、違うタイプのマーラー演奏も好きで、例えばマゼールの、例えばアバドの、あるいはメータやヤンソンスやシャイーや、それぞれの指揮者にそれぞれの持ち味があることは当然知っている。だが、インバルのマーラーには何か特別なものがあり、多くの人はその演奏にただただ打ちのめされるのである。しかしながら、今回の演奏で唯一、少し疑問符がついたのは、終楽章の中間あたり。まずこの楽章の冒頭で木管が旋律を受け渡して行くとき、クラリネットが少し詰まってしまった。それでケチがついたとは言わないが、その後トランペットが入りを間違えるシーンもあり、少し緊張感に隙が生じたように思い、このオケがいわゆる一般的な意味での世界の超一流という存在ではないことを想起してしまったのは、正直残念であった。だが、瞠目すべきはその後の終盤までの追い込みである。上記の通り、音が華麗とか艶やかではない分、その音楽には一貫した強い個性があり、大団円では聴く者すべてに鳥肌を立たしめるような勢いにまで達したことで、多少の技術的な問題など雲散霧消してしまった。これぞまさに生演奏の醍醐味。かくして終演後は、素晴らしい指揮者と素晴らしいオケの共同作業に、心からなる喝采を送ることになったのである。

ひとつ書き忘れていたが、このオケのコンサートマスターのひとりは、日本で読売日本交響楽団 (通称「読響」) のコンマスも兼任している、日下紗矢子。このように大変華奢な人なのだが、既に読響の数々の演奏会でも実証している通り、音楽に敏感に反応してオケを引っ張るリーダーとしての素晴らしい才能を持っている。今回は「トリスタン」でトップ、マーラーではサブを務めたが、今回の演奏の成功には、彼女の貢献も大きかったと思う。2008年からこの地位にあり、子育てしながら日欧で活躍しているというスーパー・ウーマンなのである。
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会場には、2005年にこのホールで開かれた、同じ指揮者とオケ (但し名称は未だベルリン交響楽団であったはず) による「すみだ平和祈念コンサート」の際のサイン入りの写真が掲示されていて、興味深い。
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また、なんと、会場限定販売という CD も 2,000円で販売しているので早速購入した。曲目は、フェルッチョ・ブゾーニの「踊るワルツ」という珍しい曲と、リヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲。聴くのが楽しみだ。
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改めて思うに、東京の聴衆は本当にインバルに感謝しなければならない。彼のおかげで、どれだけマーラーの神髄を経験することができているか。80代の指揮活動の中で、またさらに円熟味を増して行くことを期待しましょう。

by yokohama7474 | 2017-03-14 01:55 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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先月、新宿文化センターでのヴェルディのレクイエムの演奏で、燃えるイタリア音楽を聴かせてくれた東京フィル (通称「東フィル」) とその首席指揮者、アンドレア・バッティストーニが今回取り組んだのは、ロシア音楽。以下のような、正統派のポピュラーな曲目である。
 ラフマニノフ : ピアノ協奏曲第 2番ハ短調作品 18 (ピアノ : 松田華音)
 チャイコフスキー : 交響曲第 6番ロ短調作品 74「悲愴」

以前読んだバッティストーニのインタビューで、ロシア音楽はイタリア音楽との共通点が多いという発言があった。なるほど、ヨーロッパの北と南で、気候や人々のメンタリティは全く異なるものの、ドイツ音楽を西洋音楽の中心とすると、それとは異なる持ち味で発展した音楽という点に、まず共通点の土壌があるだろう。もう少し具体的に言うと、弦楽器のアンサンブルが中心の伝統的なドイツ音楽に比して、ロシア音楽もイタリア音楽も、(そしてフランス音楽も) 木管楽器の個性が際立つケースが多いということは言えるだろう。まあもちろん、物事には例外が常に存在していて、決めつけはよくないのであるが、少なくともこれまで東フィルであまりドイツ音楽を指揮していないバッティストーニは、今後のスケジュールを見ても、ドイツ物は皆無である。1987年生まれ、今年 30歳になる指揮界の若手のホープは、今現在彼の能力を最もよく発揮できる音楽に渾身の力で取り組んでいるのだと思う。

さて、今回ラフマニノフのコンチェルトを弾いたのは、若い指揮者バッティストーニよりもさらに若い日本人ピアニスト。1996年生まれというから、現在未だ 20歳という若さの、松田華音 (かのん)。
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この若さであるからまだ学生なのであろうが、その経歴は実にユニーク。4歳でピアノを始め、2002年、6歳のときにモスクワに渡り、名門 (であるらしい) モスクワ市立グネーシン記念音楽学校ピアノ科に第一位で入学、そして 2014年に首席で卒業。同年、日本人初となるロシア政府特別奨学生としてモスクワ音楽院に入学。同年ドイツ・グラモフォンから CD デビュー。これまでにメジャーなコンクールの優勝歴はないようだが、既にして世界に認められる実力を持っていることになる。ネット検索すると、彼女自身や、また彼女の母の、ブログやインタビューなどが見つかるが、日本では天才少女は何かと注目の的になり、本質的な音楽以外の面で雑音が多くなってしまうので、幼時から海外に暮らしたことは大変に賢明であったと思う。このような子供の頃の写真から、未だそれほど変わっていない (?) ようにも見える。8歳のときから協奏曲を弾いているというから、恐れ入る。
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今回のラフマニノフ、実に堂々と自分の音楽を主張した演奏だったと思う。よく知られたようにこの曲の冒頭は静かなピアノ・ソロで始まるが、一音一音確かめるように始まった音楽は、オケの参加とともに大きく羽ばたき、大変にロマン性豊か。抒情性香る第 2楽章も透明なタッチで、情緒に流れすぎない、芯の強い音楽が聴かれた。第 3楽章は大きな盛り上がりを持つが、ここでも自在に鍵盤の上を舞っているかのような華麗さが大変に印象的。ガンガンと技巧的に弾くタイプではなく、音楽の美しさを充分に表現するタイプであると思った。バッティストーニの伴奏も実にメリハリの効いたもので、松田のピアノとともに、ラフマニノフ独特の抒情を、幅広く展開して行く美しい音楽として繰り出してみせた。全体的に感傷というよりも爽やかさを感じることのできる演奏で、好感を持つことができたのである。音楽家にとって、若いということはよいことか悪いことかは一概には言えず、その時その時で自らの感興に正直な音楽を奏でることによってのみ、その音楽が聴き手の心に届くのだと思う。その意味で、この日の演奏は若い音楽家たちの「今」を克明に刻印したものであったろう。松田のステージマナーは既にしっかりしたものであると思ったが、アンコールは演奏せず。このあたりも、聴衆に媚びることがなくてよかったのではないか。

さて後半の「悲愴」であるが、これも一言で感想をまとめると、今のバッティストーニの音楽をはっきりと打ち出した演奏であったと思う。極めてエネルギッシュで、時に唸り声をあげながらの指揮であったので、オケとしても必死にならざるを得ない。その時その時の音楽的情景を、渾身の力で描き出していた。イタリア的なよく歌う演奏という紋切型の表現は避けよう。ただひたすら音楽の推進力とうねりを求めた熱演であったと思う。但し、この指揮者であれば、もっともっと壮絶な演奏も可能ではないだろうか。オケの編成はスコア通りの 2管編成であったが、弦の規模はコントラバスが 8本ではなく 6本であり、この点は若干不思議な気もした。いずれにせよ、若い日の演奏と年を経てからの演奏では、また違った持ち味が出てくるであろうから、この日の演奏をしっかりと記憶しておいて、今後のバッティストーニの指揮の変化を追って行くこととしたい。それは実にワクワクする経験になるものと思う。ところでこの演奏で、音楽都市東京にあるまじき 2つのアクシデントが起こったので、ここに記録しておく。まず最初は、第 3楽章が轟音で終結したとき、客席からパラパラと拍手があったこと。聴衆が保守的でノリノリのニューヨークでの演奏会ではあるまいし (笑)、これはあまりよくない。と言いながらも、実は私はこの現象が結構好きなのである。それだけ聴衆が第 3楽章の音楽の勢いに圧倒されたことを示すからだ。チャイコフスキーの場合、この「悲愴」の第 3楽章だけでなく、ヴァイオリン協奏曲やピアノ協奏曲第 1番のそれぞれ第 1楽章の終わりで拍手が起こることがあり、実は結構それを楽しんでいるのである。だが、もうひとつのアクシデントは頂けない。終楽章、この世のものならぬ哀しみから諦観に移って行く際に、一度だけゴーンとドラが鳴り、この交響曲の神髄が聴かれるちょうどその時、相次いで 2ヶ所からアラームの音が聴こえたのである!! これは許しがたい愚行であり、実に情けないことだ。時報かと思って腕時計を見ると、16時45分。あれは一体何だったのだろうか。東京の聴衆として実に情けない。幸いなことに、演奏自体は集中力が途切れることなく最後まで続き、心臓の鼓動が止まるような終結部のあと、指揮者が徐々に腕を縮めて首をうなだれる間、完全な沈黙が支配した。

東京で聴くことのできる指揮者とオケの組み合わせの中でも、このコンビにはさらに強烈な音楽を期待したい。次は 5月、「春の祭典」の演奏を心待ちにしよう。
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by yokohama7474 | 2017-03-13 00:11 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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この日、3月11日はもちろん、東日本大震災からまる 6年後。このコンサートのチラシには、「あの日を思う。」とあって、当然ながらすべての日本人はあの日のことを忘れられるわけもなく生きているわけであるが、改めて 3・11がまた巡り来たことについては、大きな感慨を抱くのである。ただ、実はこの演奏会、もうひとつの演奏会とセットになっている。つまり、3/13 (月) に行われるエリアフ・インバル指揮ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団のコンサートと合わせて、「すみだ平和祈念コンサート 2017 - すみだ×ベルリン」と題されているのである。いずれもマーラーの交響曲、今回が第 6番、インバル指揮の方では第 5番が演奏されるのであるが、実はこれらのコンサートは、東日本大震災だけではなく、もうひとつの「あの日」、つまり 1945年 3月10日の、いわゆる東京大空襲をも偲ぶものなのである。その空襲では下町一帯が火の海と化し、今回の会場、すみだトリフォニーホールのある錦糸町界隈でも多くの犠牲者が出たということだ。このふたつの惨事は、ひとつは未曾有の天災、もうひとつは戦争という人災であって、その種類は異なるものの、多くの人の命が奪われたという点では共通しており、今生きている我々としては、人間の命のはかなさと、それゆえに生きている時間の尊さを実感する機会になるという点でも、それらの惨事を思い出すことには大きな意義がある。また、これらはすみだトリフォニーホール開館 20周年のイヴェントの一環でもある。小澤征爾指揮新日本フィルによるマーラー 3番でこのホールがオープンしたことをつい最近のことのように覚えているが、もう 20年になるのか・・・。まさに光陰矢の如し。せっかくなのでその時のプログラムの表紙と、機関誌「トリフォニー」創刊号に掲載された小澤のインタビューの写真を掲げておこう。
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さて今回、このホールを本拠地とする新日本フィルが、現在の音楽監督、上岡敏之 (かみおか としゆき) とともに取り組んだのは、マーラーの交響曲第 6番イ短調「悲劇的」。震災を偲ぶにはあまりにも生々しいというか、最後が明るい勝利ではなく、まさに破局で終わる曲であるので、犠牲者の追悼には適当でないような気も正直するのであるが、指揮者上岡によると、「魂を慰めるコンサートであるより、今を生き、明日への希望を見出す人へのメッセージとしたい」とのこと。この曲の中で示された人間の内面の葛藤や、悲劇的な運命に抗う力、そして絶望の彼方に見えることもある希望の表出に主眼が置かれた選曲ということであろうか。
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このブログでも過去に何度かこのコンビの演奏を採り上げ、期待が大きいがゆえに時に今後の課題として留保したくなる点も、私なりに感じるところを正直に記して来た。今回の演奏も、大変素晴らしい部分と、もっとこのように鳴って欲しいと思う部分がないまぜになった内容であったと思う。まず、客席から舞台を見上げると、ステージ奥のオルガンに向かって左側の高いところに、カウベルと縦に吊るした何本かの銀色の鐘が目に入った。以前も横浜でのこのコンビの「ツァラトゥストラ」の演奏の際に、やはり吊るすタイプの鐘がオルガン横に陣取っていたことを書いたが (昨年 9月12日の記事ご参照)、ここでも舞台からわざわざ外れての演奏で、これらの楽器の音を際立たせるという意図であろうかと思われた (実際、演奏の度にスポットライトが当てられていた)。ちなみにカウベルとは読んで字のごとく、牛の首につける鈴のことで、大小様々のサイズがある。スイスに行くと本当に牛の首につけられているし、お土産の定番でもある。
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こんなものを楽器として交響曲に使った人は、もちろんマーラーが最初である。今思いつく限りでは、オーケストラでカウベルを使う曲としては、この曲以外には同じマーラーの 7番と、これはそのものズバリ、アルプスの情景を描いたリヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」くらいである。マーラー 6番がウィーンで初演された 1907年に描かれたカリカチュアがこれである。この曲で使われた打楽器の多さを揶揄しており、異様な風体のマーラーが、「警笛ラッパを忘れた! これでもう 1曲、交響曲が書ける!!」と言っているというもの。この曲の音響の斬新さに対する当時の人たちの戸惑いを、ユーモラスに表現している。
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今回の演奏であるが、まさに「悲劇的な」冒頭、低弦がザッザッザッザッとリズムを刻むところは、テンポは若干遅めながら軽めの音で、多くの演奏で聴かれる、地獄への行進のような壮絶な絶望感は感じられなかった。今にして思えば、全曲に亘る上岡の設計は、この曲の異様なまでの禍々しさや強烈な威圧感を強調するのではなく、とにかく美麗な音でアクセルを踏んだりブレーキを踏んだりすることで、様々な人間的な思いを描き出すということだったのであろうか。各楽器は大変丁寧にパートを演奏し、特に弦楽器はメリハリが効いていてよく鳴っている。その一方、課題も数々あり、例えば開始後ほどなくして聴かれるトランペットの叫びは、どんな名門オケでも、多くの演奏で大抵音が外れてしまうのであるが、残念ながら今回もしかり (だが、提示部の反復により同じ箇所が再度出て来たときには、なんとかクリアしていた)。もちろん、部分的なミスをあげつらうつもりはないが、概して今回の演奏での金管パートは、張り裂けるような強烈さを欠いていたと思うが、いかがであろうか。木管は、もともとこのオケは昔からレヴェルが高いのであるが、うーん、今回の演奏では緊密さや鮮烈さに、もう一歩の課題を残したか。この曲の第 2楽章と第 3楽章の順番は作曲者自身最後まで迷っていたらしいが、以前は第 2楽章がスケルツォ、第 3楽章がアンダンテという順番が通常であったところ、最近ではその逆がポピュラーになりつつあり、今回もそうであった。私は個人的には、スケルツォ - アンダンテの順番を絶対的に支持する派であるが、まあ、アンダンテ - スケルツォが作曲者の意向により近いのなら、やむないか。今回の演奏では、第 2楽章アンダンテの後半の盛り上がりでの弦楽器の深い情緒が大変に印象的。また、その場所ではカウベルがしきりに響くのであるが、オルガン横の高いところのものではなく、舞台上から聴こえた。サイズの小さいものであったのだろうか。マーラーの破天荒な発想で、平和な風景が歪んで行く悲劇性がよく描かれた箇所である。第 3楽章スケルツォでも、弦楽器の各パートの表現力に感嘆。ティンパニも上手い。そして終楽章、30分に及ぼうという阿鼻叫喚の音響地獄である。昔の日本のオケの演奏では、この楽章の途中で明らかにエネルギー切れを起こすことが多かったが、それを思うと今回は見事な推進力が保たれていた点、素晴らしい。だがその一方で、本当に胸が苦しくなるような瞬間には、あまりお目にかかれなかったきらいがある。つまり、オケの表現力が限界に達して「悲劇的」になることはなく (笑)、それゆえに、悶え苦しむ音楽の本当の怖さにはもう一歩迫り切れないようにも思ったと言ったら、語弊があるだろうか。全体を通して上岡の指揮は、上述の通り、かなりアクセルとブレーキの踏み替えが見られ、即興的に見えながらも音楽の核心に迫ろうという意欲が感じられるもの。その意味では、素晴らしい瞬間も多々あったものの、恐らくは指揮者とオケの関係がさらに練れてくれば、より一層息の合った演奏が期待されるものと思う。

アンコールが演奏されたのであるが、それは、マーラーの第 5交響曲の第 4楽章アダージェットである。この交響曲は、まさに大震災当日、2011年 3月11日に同じトリフォニーホールで、ダニエル・ハーディングのもと、この新日本フィルが演奏した曲。聴衆はたったの 100人ほどであったらしく、ハーディングはそのことを深く心に刻むことで、その後このオケや東京の音楽界との絆を強くしたものだ (NHK のドキュメンタリーにもなった)。ちなみに私はその日、アレクサンドル・ラザレフ指揮日本フィルの演奏を聴きにサントリーホールに行く予定であったが、交通機関のマヒで果たせなかった。そちらもやはり、ごく少数の聴衆の前で演奏がされたようである。ともあれ今回のアンコールは、もちろんその日のことを思い出すための選曲であったのであろう。メインの 6番でも終始好調であった新日本フィルの弦が、焦らすように遅いテンポになったり、感情のままに早いテンポになったりする上岡の指揮によくついて行って、実に感動的な名演となった。

そんなわけで、今回もこのコンビへの期待と課題が交錯する思いで会場を後にしたが、以前より (それこそトリフォニーホールがオープンした 20年前より) はるかに向上したオケの表現力を、才能ある日本人指揮者がいかに面白く育てて行くかという点で、やはりこのコンビからは目が離せないと思う。今回の会場は満席ではなかったので、さらに宣伝が必要だろう。是非是非、次回を期待!!
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by yokohama7474 | 2017-03-12 01:24 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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今日のハリウッドでは CG を総動員したり大規模なセットが作られたり、世界各地でのロケがあったりと、巨額の資金を投入して複雑に映画が作られるのが通例になっており、加えてもともと各自の責任分野を明確にするのが米国式であるので、一本の映画を制作するにあたっても、全体の責任者としての監督の意向が、果たしてどの程度作品に明確に反映されることになるのか分からない。そんな中、明確な監督の個性を刻印した作品群を送り出し続けて成功しているのがティム・バートンである。もともと、自分はどうやらほかの人たちとは違うらしいという内向的な思いを創作の原点としている人であるから、華やかなハリウッドの世界で生きて行くこと自体にもいろいろ苦労もあるであろうに (よって、居住地はロンドンらしい)、2 - 3年に一本のペースでコンスタントに監督作品を世に問うていること自体が驚異的である。
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その一貫したユニークな趣味性のみならず、やはりストーリーテリングの手腕が優れていることが彼の成功の第一の理由であろう。それは、彼の旧作の続編であり、一見するといかにもティム・バートン風であったが別人が監督した「アリス・イン・ワンダーランド / 時間の旅」の出来の悪さを見てもよく分かる (昨年 7月30日の記事ご参照)。今回のこの作品は、監督作としては「ビッグ・アイズ」以来。冒頭に掲げたポスターにある通り、「ティム・バートン史上、最も奇妙」とあって、期待が募る。

予告編でもストーリーの流れはよく分かったが、これは少年が人里離れた屋敷に住むミス・ペレグリンという女性のもとに集う奇妙なこどもたちと触れ合う物語である。だが、そこで伏せられていたのは、ただ触れ合うだけなのか、それとも恋に落ちたり何かと戦ったりするのかということで、答えは両方ともイエス。正直なところ、ティム・バートン好みの「人と違う」こどもたちを使って彼が本当にやりたいことをここで出来たのか否か判然としないところはあり、若干、最近はやりの魔術性とか時間をコントロールする能力とかいう点を取り入れて、大衆性を狙っているのかとも思いたくなるのであるが、それでもほかの映画に時に感じる苛立ちをこの映画に覚えないのは、やはり監督の手腕か、それとも贔屓の引き倒しという奴だろうか。最高の出来で誰にでもお薦めしたいとは言わないが、罪のない映画として、ファンタジー好きなら見て損はないと思う。これがミス・ペレグリンのところに集った奇妙な (Peculiar) 能力を持つ子供たち。
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この中には、のべつまくなしにその能力を見せている人もいれば、最後の最後まで何の能力を持っているのか分からない人たち (おっとこれだけでネタバレに近い。失礼) もいて、それぞれの役柄はよく考えられている。そして、特殊能力発揮の場面は、昨今ありがちな超リアルな特殊映像というよりも、何か昔ながらの手作り感があって、それがこの映画を見て安心していられる理由なのかもしれない。例えば透明人間の活躍など、いかにも「透明人間がやっています」というぎこちなさをわざと出しているように見える。また、クライマックスで骸骨たちが戦うシーンは、もちろんレイ・ハリーハウゼンのクレイメーションによる「アルゴ探検隊の大冒険」へのオマージュであろう。これがその映画のシーン。いいですねぇ、骸骨軍団。
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それから、主人公は祖父の殺害をきっかけにタイムスリップして 1943年のこの屋敷に入って行くのであるが、その彼がなぜこのような特殊能力者たちの仲間になれるのかという点も徐々に明らかにされ、なるほどそれは大した能力ではないようで、実は大変重要な能力なのだと理解することになる。ほら、よくいるではないですか。集団の中で何の役にも立っていないように見える人が、実は集団にとって死活的に重要な存在だということが (笑)。そのような子供たちを演じるのはもちろん若い俳優たちだが、興味深く見たのは、蜂を体内に飼っている少年ヒューを演じるマイロ・パーカー。私は昨年 3月31日の「Mr. ホームズ 名探偵最後の事件」の記事でその名演技を絶賛して、その際に「次回作はなんとティム・バートンの新作であるそうな」と書いたが、それがこの映画である。ただ、これは偶然なのかどうなのか、前作でも彼は養蜂家の息子を演じていた。ハチと何か縁があるのだろうか (笑)。
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このような特殊能力の持ち主の集合は、よくある設定で、「ファンタスティック・フォー」とか「X-Men」もそうだし、日本でも昔の「サイボーグ 009」という例がある。つまりそのような能力を持つ人たちは、敵と戦う場合にその能力を最もよく発揮できるわけで、ここでも手ごわい敵が現れる。予告編には出てこなかったが、海外版のポスターにはちゃんと姿が出ている。
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そう、サミュエル・L・ジャクソンだ。このような怪役を演じさせたら、右に出る者がない (笑)。今回も本当に楽しそうに演じている。それから、主役のエヴァ・グリーン、祖父役のテレンス・スタンプ (1965年の伝説の映画「コレクター」の主役として未だに知られる) など、充実したキャストである。あ、そうそう、充実したキャストと言えば、これはびっくりの英国の大女優ジュディ・デンチが出演している。オープニングタイトルで彼女の名を見て、いつ出てくるのかと楽しみにしていると、後半に確かに出て来る。だが、出て来てすぐに、なんともあっけなくいなくなってしまう (笑)。このあたりのもったいない役者の使い方も、ティム・バートン一流のシニカルな面なのであろう。

それにしても、魔術とタイムスリップ (ここではループと言って、ある特定の一日が繰り返される設定) は、最近の映画には多い。その一方、リアリティ溢れる現代の戦争もののドキュメンタリー風の映画もあって、両極端を構成している。ファンタジーの世界に遊ぶことは平和である証拠だから、前者にはそれなりの意義はあり、その一方で、現実から目を背けないためにも、後者も必要だ。いずれにせよ、あまりに絵空事やあまりに深刻なことは人々の共感を得られないであろうから、現実とファンタジーを結びつける感性が必要であろうと思います。ティム・バートンは意外にしたたかで、そのあたりの現実性も持ち合わせた人なのだろうと思う。これからも期待しております。

尚、私はまた今日から出張に出てしまうので、一週間ほどブログの更新はお休みします。

by yokohama7474 | 2017-03-05 11:39 | 映画 | Comments(0)

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相変わらずポピュラー名曲を中心としたレパートリーで活発な指揮活動を繰り広げる小林研一郎、通称コバケンが、名誉桂冠指揮者を務める日本フィル (通称「日フィル」) の定期公演に登場した。来月 77歳という年になると気づいて驚くが、その指揮ぶりは「炎のコバケン」の異名にふさわしく依然エネルギッシュなもので、そのストレートなメッセージは多くの人を魅了する。なので今回のコンサートも、完売御礼である。その曲目は以下の通り。
 チャイコフスキー : ピアノ協奏曲第 1番変ロ長調作品 23 (ピアノ : 金子三勇士)
 チャイコフスキー : 交響曲「マンフレッド」作品 58

もちろんチャイコフスキーは小林のレパートリーの中核をなすものであり、前半のピアノ協奏曲第 1番の伴奏を手掛ける機会も多い。だが後半の「マンフレッド」は、日フィルでは実に 24年ぶりに採り上げる曲とのことだ。ただ、小林は既にロンドン・フィルやチェコ・フィルとこの曲を録音していて、本人としては自家薬籠中のレパートリーなのであろう。上に掲げたポスターでも、「コバケンの隠れた十八番」とある。同じチャイコフスキーの交響曲でも、後期 3大交響曲 (4・5・6番) とは一味違ったプログラムだ。

今回ピアノを弾いた金子三勇士 (みゆし) は、1989年生まれの若手ピアニスト。父は日本人、母はハンガリー人で、6歳で単身ハンガリーに渡ってピアノを学び始めたという。その後リスト音楽院で研鑽を積み、2006年に卒業して帰国、2010年にはデビュー・アルバムを発表している。私は以前彼の弾くリストのコンチェルトを聴いたことがあるが、力と美を兼ね備えた素晴らしい音楽を奏でるピアニストある。
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ハンガリーと言えば、周知の通り小林にとっても非常に縁の深い国である。1974年にブダペスト国際指揮者コンクールに優勝して以来、日本と並ぶ主たる活躍の場にしてきたと言っても過言ではなく、ハンガリー国立交響楽団の音楽監督を務めてかの地でも高い人気を持ち、民間人として最高位の勲章も授与されている。従ってこの指揮者とソリストは、ハンガリーつながりということになる。だがここではリストとかバルトークというハンガリーの作曲家の曲ではなく、天下の名曲、チャイコフスキーの協奏曲。このコンビでは既にレコーディングもある曲だ。演奏は期待に違わぬ優れたものであったが、そこにこの若いピアニストの個性が聴かれるのが嬉しい。例えば冒頭のオケの導入に続くピアノの入りでは、若手はともすれば力任せになりがちなところ、実にしなやかで情感豊か。鍵盤に指を叩きつけるのではなく、一音一音を丁寧に紡ぎ出す印象だ。日フィルは弦も管も好調で、オケが音楽を引っ張って行くように思われたが、音楽が進むにつれ、ピアノとオケの双方向の会話が聴かれ、実に気持ちがよい。もちろん音楽が熱を帯びる部分でのピアノの表現力にも不足はなく、終楽章のコーダに入る部分の雪崩のような箇所も、迫力充分。私が上で何の気なしに書いた「力と美を兼ね備えた」という表現が、このピアノにはふさわしい。そしてアンコールを自分で紹介するには、「僕が小学生のとき、小林マエストロに初めてお会いして、聴いて頂いた曲です」との説明で、リストの有名な「愛の夢」第 3番を弾いた。感情に耽溺するのではなく、少し抑制を効かせて知的に音楽をコントロールしながらも、響きには強靭なものがあったと思う。今後ますます楽しみなピアニストだ。

メインの「マンフレッド」交響曲であるが、これはバイロンの詩をもとにした標題音楽で、ベルリオーズの幻想交響曲になぞらえる人もいるが、同じベルリオーズなら、やはりバイロンの詩に基づく「イタリアのハロルド」に近いと言った方がよいかもしれない。だが、超有名曲である 4・5・6番に比べると、歴史的に見ても、あるいは最近の実演においても、その演奏頻度は格段に落ちる。歴史的には、この曲をレパートリーとした大指揮者としてトスカニーニが挙げられ (4番・5番はレパートリーから外していたにもかかわらず・・・)、それ以外にはオーマンディがいた。ほかに、チャイコフスキーの交響曲全集を録音した人ではハイティンクやマゼールがこの曲までカバーし、またロストロポーヴィチをはじめとするロシアの指揮者たちは当然採り上げているものの、やはり依然として多くの指揮者が好んで採り上げる人気の高い曲とは、とても言い難い。だが私はこの曲の劇的な第 1楽章が、ふるいつきたいくらい好きだし、第 4楽章の迫力も捨てがたい。とはいえ、第 2・3楽章はどうも印象が薄く、このあたりが不人気の理由かなと思ったりもする。今回コバケンは、前半のコンチェルトでは譜面台に楽譜を置いて全く開かずに指揮したが、この「マンフレッド」では譜面台すら置かずに暗譜での指揮であった。その身振りを見ていると、曲のツボを知り抜いていることは明らかで、出したい音がどんどん出てくるようにすら思われた。やはりオケの力は常に高く保たれ、荒れ狂ったり、押しつぶされたような悲痛な叫びをあげる金管や、鮮やかに駆け抜ける木管、纏綿たる情緒を奏でるつややかな弦、炸裂する打楽器など、聴いていて飽きることがない。上記のようにもともと内容に弱さのある第 2・第 3楽章でも、迷うことのない音楽の進みが聴かれ、例えば第 2楽章スケルツォで弦が無窮動的な動きからゆったりした流れに移行する箇所など、まるで光琳の描く川の曲線のような鮮やかな美しさ。ラストにだけ使われるオルガンも、音の広がりがあってよかった。ここ東京芸術劇場のオルガンは、クラシックな外見のものとモダンなものとを、回転させて切り替えることができるが、今回はこのようなモダンなもの。少ない出番だが存在感を示したオルガンであった。
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終演後に小林は楽員たちの間に入って嬉しそうに順々に握手を交わして歩き、そして客席に向かっていつものように呼び掛けた。普段サントリーホールで開かれている定期演奏会が、同ホール改修による閉鎖のために違うホールになったにもかかわらず、大勢の聴衆がやって来たことへの感謝。その聴衆のおかげで、日フィルとしても滅多に聴けないほどの雄渾な演奏をしてくれた、と語った。そして、「そういうことなので、ちょっと今日はアンコールは・・・」と述べて、客席を笑わせたのであった。

帰り道、私はバイロンのことを考えていた。この放蕩の貴族詩人のロマン的作品をじっくり読んだことがないのが残念であるが、その雰囲気は私の感性に深く訴えて来る。随分以前に見たケン・ラッセル監督の「ゴシック」で描かれた怪奇性や、スイスのモントルーを訪れた時に見たシヨン城の淋しい雰囲気が、まさにバイロンを巡る言説を彩るにふさわしく、また、このマンフレッド交響曲も (それからもちろん、シューマンの「マンフレッド」序曲も)、すべてバイロンという人の存在が持つロマン性の残滓かと思われる。コバケンの健康的な情熱とはちょっと異なる不健康な情熱を求めて、今度バイロンの著作を紐解きたいと思っている。
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by yokohama7474 | 2017-03-05 01:39 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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江戸時代後期の画家、葛飾北斎 (1760 - 1849) は、言うまでもなく海外にまで広くその名を知られた巨人である。その彼が生まれたのは、現在の東京都墨田区亀沢と言われている。当時の名前で本所割下水。「割下水」とはその名の通り、通りを掘り割ってを通した下水路のことで、本所には北割下水と南割下水があったらしい。これが明治 41年頃の南割下水の写真。北斎の時代よりは 150年ほど下った頃のものだが、彼が幼時に見ていた風景の痕跡はあるのではないか。
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その南割下水は暗渠として地下に潜り、現在では「北斎通り」と改められている。両国に江戸東京博物館が建設された際にその名になったという。その通りは、その江戸東京博物館の正面から錦糸町方面に向かっており、新日本フィルハーモニー交響楽団の本拠地、すみだトリフォニーホールもその北斎通りに面しているが、同ホールから 1kmほどの距離の場所に昨年 11月 22日、新たな美術館がオープンした。その名もすみだ北斎美術館。かつて弘前藩津軽家の上屋敷があった場所が緑町公園になっていて、その一角にその美術館はある。
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北斎はその長い生涯に 93回も転居したと言われるが、その多くが現在の墨田区内ということもあり、まさに墨田区が生んだ巨匠であったのである。墨田区に北斎の美術館を作ろうという動きは既に 1989年からあり、実に 30年近くかけてようやく実現の運びとなった。開館記念展の第一弾、「北斎の帰還」展に足を運ぶことはできなかったが、現在開催中 (4月 2日まで) の開館記念展第二弾、「すみだ北斎美術館を支えるコレクター」展を見ることができた。この美術館の収蔵作品に含まれる二つの個人コレクション群、つまり、米国の北斎収集家ピーター・モースのコレクションと、浮世絵研究の第一人者であった楢﨑宗重のコレクションの一部を紹介する
企画である。この展覧会はこの 2つのコレクションから、北斎の作品以外にもあれこれの作品が展示されていて興味深い。何よりも、郷土の芸術家を称揚することは、その芸術家の根源にある何かを尊重することであり、大いに意義深い。この日は空も青く、展覧会の旗も誇らしげにはためく。ちなみにポスターの左側の絵は北斎の富嶽三十六景から「甲州石班沢 (こうしゅうかじかざわ)」だが、右側は北斎の顔でもコレクターの顔でもなく、高橋由一の作品で、三河田原藩主を描いた楢崎コレクションの 1枚。
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私が撮った写真だけではこの美術館の建築のユニークさが分かりにくいので、全体が分かる写真を借用して来よう。このように銀色に輝くメタリックな外見。
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あの世界的建築事務所 SANAA を西島立衛とともに運営する建築家、妹島和世 (せじま かずよ) の最新作である。真ん中の切れ目から人が出入りするようになっていて、外光が燦々と降り注ぐようにはなっていないが、これはもちろん、繊細な浮世絵や肉筆画の展示にとって強い光は禁物であることによるのだろうか。敷地面積はかなり狭いが、3階と 4階の 2フロアを効率的に使った展示が行われている。展示室内は暗くとも、ホワイエはこんな感じで明るく清潔である。もちろん東京スカイツリーも、斜めの格子越しとはいえ、よく見える。
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今回は展覧会の図録は作成されておらず、300円の小冊子が売られているだけなのでこの記事では展示品の紹介は行わないが、前期 (2/4 - 3/5) と後期 (3/6 - 4/2) をあわせて 131点の作品が展示される。モースのコレクションからの出品はすべて北斎であり、楢﨑のコレクションからは様々な作品が展示されることになる。簡単にご紹介すると、ピーター・モース (1935 - 1993) は、大森貝塚を発見したあのエドワード・モースの子孫 (弟の曾孫) にあたる人で、その北斎コレクションは、欧米におけるものとしては最高・最大の内容とされている。総数 600点近くに上り、本人の死後、散逸を恐れた遺族から墨田区に譲られたもの。一方の楢﨑宗重 (1904 - 2001) は美術史家で、戦前より浮世絵研究に携わり、もともと趣味的な分野とされていた浮世絵を、美術史の中で学問的に位置づけることに尽力した人。北斎のみならず幅広く中国の古美術から近代絵画までを含む 480点は、墨田区に寄贈された。これらが、このすみだ北斎美術館のコレクションの根幹をなすこととなったわけである。

また、北斎の画業を辿る定常展示のスペースも面白い。ここでは、4点の作品を覗いてフラッシュなしの写真撮影が可能。こんなふうに資料や北斎の作品が並んでいて興味深い。
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また、北斎晩年の住居が再現されていて、大変リアルである。北斎の人形は、筆を持つ手が動くようにできている。横にいるのは娘の応為 (おうい、またお栄、阿栄とも)。この応為については最近見直されていて、数年前に太田記念美術館で展示された「吉原格子先之図」の実物を見て私も驚嘆したし、杉浦日向子の漫画「百日紅」にも登場し、最近アニメ映画にもなった。晩年の北斎作品のかなりの部分は実は彼女が描いたという説すらあるようだが、ここではただのうらぶれた婆さんのようだ (父があまりにも高齢なので、実際応為本人も年齢的にはこの頃は婆さんだったわけだ)。
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このシーンは、「北斎仮宅之図」というこの版画に基づいて制作されたものであるようだ。なるほどリアルなわけである。
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北斎の偉大さについて書き始めるときりがないし、昨年 8月に長野県小布施市を訪れた際に記事も書いたので、この記事ではただ新しい美術館のご紹介をするに留めるが、前述の通り、その土地ゆかりの芸術家を称揚することは大変に意義深く、この美術館がこれから多くの人に愛されることを願ってやまない。売店でこのような飴のセットを購入 (中身は榮太樓飴の詰め合わせ)。まぁ、自分ではさすがにこんなアホなことはしないものの (笑)、願わくばどんなときもこのようなひょうきんさを持って、楽しく毎日を過ごしたいと思い、書斎のデスクにあるスピーカーの上に置くこととした。あっ、なぜか後ろには 1990年代のレコード芸術誌が山積みになっていますが・・・。
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by yokohama7474 | 2017-03-04 22:44 | 美術・旅行 | Comments(0)

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この展覧会は、1月中旬からほぼ 2ヶ月くらいの期間に亘って、上野の東京国立博物館で開催されているもの。上のポスターに「新春、上野の春日詣で」とある通り、奈良の由緒正しい神社である春日大社の秘宝の数々をかつてない規模で展覧しており、あたかも春日大社を詣でるかのようなご利益が期待される。既に初詣の期間は過ぎたとはいえ、歴史に興味のある人であればとにかくこれを見逃してはならない。というわけで、会期はあと残りわずか一週間になってしまったが、今のうちに記事を書いておく意味は大きいだろう。ではまず、このような風景を見てみよう。
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春日大社に集う鹿の皆さん。呑気に見えるがとんでもない。なぜなら彼らは神の使いであるからだ。
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おぉっと。ここで何やら神らしき人物が乗っている動物こそ、鹿なのである。実はこれ、件の春日大社が所有する、南北朝から室町期に描かれた「鹿島立神図」だ。真ん中の神に加え、右下には何やらこそこそ話をするかのような奇人、じゃなくて貴人たちの姿が。彼らも神なのである。
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さてここでひとつ明らかにしておこう。春日大社は言うまでもなく藤原氏の氏神。同じく藤原氏の氏寺である興福寺と、物理的にも歴史的にも極めて近い関係にある。いにしえの奈良の都に花開いた仏教文化と、それに密接に関連する神道文化は、一体どこから来たのか。そのひとつの答えは、なんとも面白いものなのだが、春日大社第一殿の祭神である武甕槌命 (たけみかづちのみこと) は、常陸の国鹿島より春日の地に降り立ったとの伝承がある。この鹿島は、鹿島アントラーズの鹿島であり、つまりは現在の茨城県である。え? 茨城県? 中世に平将門がその地で挙兵したことは知っているが、それよりはるか以前、関東が「東路の道の果てよりも、なお奥つ方」(更科日記) と呼ばれていた頃よりもさらにさらに以前、古い神がその地におわしたとは。我々の常識が間違っているのかも、と心の中の鐘がガンガン鳴るのを覚える。その違和感に優しく訴えかけてくるのがこのような図像である。奈良国立博物館所蔵の春日鹿曼荼羅。鎌倉時代の作。
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ここで見えるのは、神の使いである鹿の上の虚空に漂う仏たちの姿。ここで私は再び考え込む。むむ? 神道と仏教の関係やいかに? 日本人のメンタリティの特性で、宗教的なものに関する寛容性がはっきりと見て取れる。すなわち、日本固有のアニミズムに基づく神道の神々は不可視であるが、大陸・半島由来の仏教の仏たちは具体的な姿を伴ったもの。この二つをうまく融合することこそ、日本人の特技なのである。だがそれにしても、神を表象する鹿の愛らしいこと。どこの本にもそんなことは書いていないと思うが、敬うべき存在に可愛らしさを見出す感性は、もしかするとこの国特有のゆるキャラにつながっているのかもしれない。以下は、細見美術館所蔵、南北朝時代作で重要文化財の春日神鹿御正体。
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そしてこれは、以前も藤田美術館の展覧会の記事でご紹介した、同美術館所蔵の春日厨子。室町時代の作であるが、鹿の困ったような表情が萌え~ですねぇ。
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彫刻だけでなく画像もある。これは春日大社所蔵、江戸時代の鹿図屏風。ここに見られる感性はかなりモダンなものだと思う。
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そしてこの展覧会では、「平安の正倉院」と題したコーナーがあって、古く平安時代に春日大社に奉納された貴重な文物が数多く展示されていて、なんとも興味深い。すべて国宝に指定されているこの貴重なお宝 (本宮御料古神宝類 = ほんぐうごりょうこしんぽうるい = と呼ばれている) を、これだけまとめて見る機会はそうそうあるものではなく、この展覧会が必見のものであると思う所以である。例えばこれは、琴を入れる箱。意匠としては何の変哲もないが、12世紀に作られた、言ってみればただのケースが完璧な状態で残っている例が、世界のほかのどこの国にあるだろうか。
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これは黒漆平文根古志形鏡台 (くろうるしひょうもんねこじがたきょうだい) と呼ばれるもの。やはり 12世紀の作で、折り畳み式。鏡台というからには、鏡をここに置くためのものであろう。完璧なシンメトリーに舌を巻く。もちろん国宝。
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奉納された武器の類も数多い。以下すべて 11~12世紀作の国宝で、弓、矢、鉾である。
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このようなシンプルなものではなく、見事に凝った作りの奉納品も数々展示されている。以下は紫檀螺鈿飾剣と、毛抜形太刀。12世紀に制作された国宝。
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これも同じく 12世紀の国宝で、蒔絵弓の図柄のアップ。うーん、美しい。
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神々を寿ぐため、当然古くから音楽や舞も奉納されたのであろう。やはり 12世紀に作られた国宝の笙。木製楽器としてこんなに古いものが完璧に残っている例が、ほかにあるだろうか。
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その他枚挙にいとまのない国宝群が展示されていて圧巻である。そして次のセクションは、「春日信仰をめぐる美的世界」。上にも述べた通り、日本人は外来のものと固有のものを結びつける天才で、神社も寺も一緒くた。これは根津美術館所蔵の重要文化財、春日宮曼荼羅。鎌倉時代の作で、春日大社の神殿のそれぞれの上に梵字が描かれている。本地仏と言って、右から不空羂索観音、薬師如来、地蔵菩薩、十一面観音。つまり、神様は、実は実はその正体は仏様であった!! というあっと驚く強引な理論 (笑)。
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これはまた違った趣向で、社殿を描かない春日野の風景の中にデカデカと「春日大明神」と書いてあって面白い。鎌倉時代の作で、奈良国立博物館所蔵。
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これはまたくっきり鮮やかに本地仏を描いたもの。鎌倉時代、重要文化財の春日宮曼荼羅で、奈良の南市町自治会の所有になる。ここで描かれた春日大社の社殿は 5つで、それぞれの本地仏が楽し気にかつ神々しく (?) 宙に浮かんでいる。
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まだまだありますよ、春日宮曼荼羅。この大和文華館所蔵のものでは、ついに仏様ご一行が雲に乗ってやって来ることになる。妙なる調べが聞こえるようだ。
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神様は実は仏様だった!! という発想をさらにはっきりと示すのがこれだ。宝山寺所蔵、重要文化財の春日本迹曼荼羅。おぉっ!! ついにここでは、吹き出しで神様の正体が示される (笑)。目に見えるものを信じたい日本人の特性が表れているが、西洋でもモーゼとアロンの物語にある通り、人はやはり目に見えるものを信じたがるもの。
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さてこれは、奈良国立博物館所蔵、鎌倉時代の十一面観音。春日明神の本地仏として作られたと見られ、仏師善円の作になるもの。胎内の納入品から、1222年に制作されたことが分かっている。善円の代表作といえば、言わずとしれた (?) 西大寺の愛染明王だが、この十一面観音は彼の最初期の作品だけあって、愛染明王の完成度には達していない。だが、その素朴で若々しい表情は大変印象的だ。
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そしてこれは、上の十一面観音ともともと一具の、春日明神の本地仏のひとつとして作られたと見られる、東京国立博物館所蔵の文殊菩薩。これも美麗な仏像である。
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展覧会にはまた、春日大社を描いた様々な厨子が展示されていて興味深い。これは東京国立博物館所蔵のもので、1479年の制作。春日大社の神秘的な森と、扉の裏に描かれた愛染明王 (右) と不動明王 (左)。
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絵巻物も沢山展示されている。これは東京国立博物館所蔵になる江戸時代の春日権現験記絵の巻六から、地獄の場面。
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そして、春日大社に奉納された武具の数々も圧倒的だ。これは国宝の赤糸威大鎧 (あかいとおどしおおよろい)。13世紀、鎌倉時代の作。その保存状態のよさは驚異的で、まさにタイムカプセルに入って今日に伝えられたもののようだ。作者が見たら、「えっ、まだこんなに綺麗に残っているの?」と狂喜するであろう。
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こちらはやはり春日大社に現存する大鎧の一部であるが、惜しくも 1791年に火事に遭い、今では残欠のみ伝えられている。だがこれは春日大社の大鎧の中で最も古く、平安時代にまで遡る可能性があるという。驚きの古さである。
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これは籠手 (こて)。鎌倉時代の作で国宝。源義経のものであるという伝承があるらしい。そう思って見ると、美麗でありながら鬼気迫るものがある。
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奉納品の中には当然、舞楽面が多く存在する。実に平安時代の作であるこの納曽利 (なそり) は重要文化財。実によくできているのだが、こういうものを見ていると、日本人のフィギュア好きは、遥か古代から脈々と息づいているものだと実感される。
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さて、式年遷宮という言葉があって、つい先年の伊勢神宮の例でも分かる通り、二十年に一度、神社の本殿を移築するものである。これは技術の伝承のために必要なものであり、春日大社でも、768年に造営されて以来、定期的に遷宮が行われてきており、昨年 2016年のもので実に 60回目 (!) だという。まさに驚きの古い歴史なのであるが、これは平安時代の皇年代記という文書で、重要文化財。冒頭に「御遷宮」とはっきり読み取れる。
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遷宮の度に古いものが取り除かれるらしいが、この展覧会では過去に祀られていた獅子や狛犬が何組も展示されている。これは鎌倉時代の作。木彫りであり、未だに金箔が残っているということは、屋内に祀られていたものであろう。なんともユーモラスで可愛らしい。ちゃんと阿吽になっているのである。
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これら以外にも、まだまだ興味深い展示物が目白押しで、実に見ごたえのある展覧会だ。次にこのような展覧会が開かれるのはいつのことか分からない。従って、日本人のメンタリティや歴史に興味のある人には必見であると申し上げておこう。また、この展覧会では昨年の遷宮を記念したお守りも頂くことができ、霊験あらかたな春日の神の庇護を受けることができるのである。もともと関東の神が関西に移って行ったことを思うと、この展覧会が東京国立博物館でのみ開催されることには意味があると思う。関西で展開したディープな日本の歴史の源泉が、実は当時辺境の地であったはずの関東にあったことは、一体何を意味するのか。展覧会の図録の上にお守りを置いて、私はしばし感慨にふけるのである。
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by yokohama7474 | 2017-03-04 01:39 | 美術・旅行 | Comments(0)

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スティーヴ・ライヒは、ミニマル・ミュージック第 1世代の作曲家としてつとにその名が知られている・・・かな。うーん。一般的な知名度は恐らく高くはないものの、アートや現代音楽に興味のある人にとっては重要な名前であると言った方が正確であろう。そのライヒは 1936年生まれの米国人で、現在 80歳。彼の生誕 80年を祝うコンサートが昨年から世界 20以上の国で 400回以上予定されているらしく、これはそのひとつ。この作曲家はそれだけ偉大な存在であり、間違いなく音楽史に残る存在であるということを、最初に確認しておこう。
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だが、3月 1日・2日と東京初初台の東京オペラシティコンサートホールで 2回開かれたこのコンサート、日本においてライヒはそれほどポピュラーとは思えないので、チケット購入は期日が近くなってからでもよいだろうと高をくくっていたところ、なんのことはない、すぐにチケットは完売。二次マーケットでの入手にもかなりの苦労を要する状態となった。東京の文化度をなめてはいけないと、改めて思い知った次第。実際、今回の演奏会は大入り満席で、入り口で「チケット求む」の紙を持って佇む人の姿も。過去にも 2008年、2012年と、このホールでライヒの演奏が開かれており、作曲者自身も演奏に参加しているようだが、いずれもこんなに盛況だったのだろうか。

さて、ミニマル・ミュージックとは一体何か。もちろんこの便利な時代であるから、ネットで検索すればゲップが出るほどの情報が手に入るが、要するに、短い (ミニマルな) 音型を繰り返しながら微妙に変化させて行くパターンの現代音楽のこと。言葉を知らない人でも、その例を実際に耳にすればすぐに理解できると思う。いわゆる難解で高尚で理屈っぽい現代音楽ではなく、耳に心地よいものが大半である。私の感覚では、スティーヴ・ライヒはテリー・ライリーと並んでこの分野の開拓者。調べてみると、ラ・モンテ・ヤングやフィリップ・グラスも併せて皆同世代 (1930年代半ばから後半生まれ) なのであるが、ヤングは少し前衛の色が濃すぎ、グラスは逆に映画音楽などで少し大衆性も持ち合わせている。それに対して、あくまでスタイリッシュなライヒと、早くから宗教性を帯びてトランス状態に真骨頂を見出すライリーは、私にとってはミニマルの元祖たるにふさわしい存在だ。あれこれの現代音楽を渉猟している私 (もちろんその道のマニアの方々には及びもつかないものの) であるが、定期的にミニマルに戻って来たいと思うし、その時にやはり最も信頼したいのがこの 2人、特にライヒなのである。主要作品の CD もかなり持っている。既に 80歳と知って改めて驚くが、今回この演奏家のために来日してくれたことは、大変ありがたい。今回演奏された曲目は以下の通り。メインに据えられ、コンサートのタイトルにもなっている「テヒリーム」の前に、サウンド & ヴィジュアル・ライターの前島秀国によるライヒ本人へのインタビューがあった (通訳付き)。
 クラッピング・ミュージック (1972年) : スティーヴ・ライヒ & コリン・カリー
 マレット・カルテット (2009年) : コリン・カリー・グループ
 カルテット (2013年、日本初演) : コリン・カリー・グループ
 テヒリーム (1981年) : コリン・カリー指揮 コリン・カリー・グループ、シナジー・ヴォーカルズ

ミニマル・ミュージック、とりわけライヒの音楽を描写するとすると、どうなるであろうか。催眠的であり、静謐であり、孤独であり、無機的であり、機械的であり、スタイリッシュであり、都会的であり、モダンであり、詩的であり、単純であり、リズミカルであり、輻輳的であり・・・。その手拍子はフラメンコのように進み、そのマリンバはガムランのように響き、その歌唱はコンピューターのように鳴る。どこをとってもミニマルでありライヒである。この紛れもない個性が、いかに強く聴衆に語り掛けることか。このような曲の演奏に際して、演奏家はもちろんかなり神経を使う必要はあるであろうが、ここで求められているのは超絶技巧というものとは少し違っていて、単純な音型を淡々とこなして行くべき姿勢である。それにはこの種の音楽への慣れも必要であろうかと思う。今回演奏したコリン・カリー・グループは、打楽器奏者コリン・カリーのもと、2006年にロンドンの BBC プロムスでライヒの 70歳を祝うため、彼の「ドラミング」を演奏する際に結成されたとのこと。現在では打楽器だけではなく、今回の「テヒリーム」も演奏できるような弦楽器、管楽器のメンバーも揃えている。
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すなわち、ライヒの強い信頼を受ける楽団だ。時代を問わず作曲家には、やはり信頼できる演奏家が間近にいるか否かは、充実した作曲活動を行うための極めて大きな要素となることだろう。これはライヒと話すカリー。
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そして、メインの「テヘリーム」で共演したシナジー・ヴォーカルズの方は、ライヒ生誕 60周年を記念して 1996年にやはりロンドンで演奏された今回と同じ「テヘリーム」のために結成された 4人組。今回ステージでライヒ自身が語ったことには、リーダーのミカエラ・ハスラムの声に惚れ込み、演奏後に「すみません。私は幸せな結婚生活を送っている者ですが、それでも電話番号を教えてくれませんか」と言い寄った (?) とのこと。確かに今回も正確無比な歌唱であった。
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この「テヘリーム」とは、ヘブライ語で「詩編」のことであり、歌詞はすべて詩編から採られている。ユダヤ人であるライヒは、自らのルーツにつながるこの種の作品を数々手掛けてきており、上で彼の音楽を無機的とか機械的とか書いたが、ここには大いなる逆説があって、歴史や信仰といった人間的なものへのライヒの強い関心が窺える。ホロコーストを題材とした「ディファレント・トレインズ」や、イスラエルとアラブの祖アブラハムを埋葬した洞窟を題材にした「ザ・ケイヴ」などと、創作の原点は同じであろう。決して耳で聴いてそのような理由で感動する情緒的な音楽ではないが、情緒的なものを情緒性以外の手段で表現する点に、ライヒの音楽の真骨頂がある。今回のポスターにあしらわれているのはヘブライ語で、こんな感じの文字なのである。なにやらライヒの音楽と、イメージが近くないだろうか。
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中間の 2曲は典型的なライヒのミニマルで、ただただそこに浸っていたいと感じる。ところでミニマルのひとつの特徴は、起伏なく続いた音楽が突然切れる点にあるが、これは、もちろんサティの「家具の音楽」などに原点があるということはできようが、先日ミハイル・プレトニョフ指揮の東京フィルで聴いたストラヴィンスキーのロシア風スケルツォも、その終結部分には共通する部分があって面白い。1920年代から発達したモダニズムの感性がなければ、ミニマルは生まれなかったのではないか。それから、最初の「クラッピング・ミュージック」は日本語では「手拍子の音楽」とも訳され、2人で手拍子を叩くだけのシンプルな音楽。演奏時間約 3分。プログラムに載せられた作曲者自身の解説によると、第 1奏者は同じパターンを叩き続けるのに対し、第 2奏者は最初は同じパターンを叩くが、唐突に 1拍ずつ先行し、最後に至ってまたもとに戻るという構成になっている。リズムがずれているので、2人が同じパターンを叩いているとは分からないだろうとあるが、いや確かに全然分かりません (笑)。知らない方はこの動画をどうぞ。向かって右が作曲者のライヒです。これ、最後の着地が決まると気持ちいいでしょうねぇ (笑)。年末の余興でやったら面白いだろうなぁ。今から練習しようかな。それとも音楽学校の人たちの忘年会では、そのような余興も既にあるのかもしれない。
https://youtu.be/lesDb9GsQm4

今回ステージ上で行われたライヒ本人のインタビューでは、会場の東京オペラシティコンサートホールを、モダン建築でありながら日本の古寺のようでもあり、見た目も音響も素晴らしいと褒めた。そして昨年ロンドンで初演された「パルス」「ランナー」といった新作が簡単に紹介され、また、現在作曲中という「20の独奏者とオーケストラのための音楽」なる曲は、バロック時代のコンチェルト・グロッソ (合奏協奏曲) から発想したものであることや、また、ドイツの大アーティストであるゲルハルト・リヒターとの共作 (空間の隙間を音楽にあてはめるというような作業らしい) に取り組んでいることを明かした。「彼は私より何歳か年上だから、早くしないとね」と淡々と言っていたが、調べてみるとリヒターは既に 85歳。是非このコラボは完成させて欲しい。これが作品を前にしたリヒター。
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さて、今回の演奏、最後の「テヒリーム」が終わると満員の客席はすぐにほぼ総立ちのスタンディング・オベーションとなった。これはかなり珍しいこと。もちろん、今回の聴衆は通常のクラシック音楽の聴衆とは若干異なっていて、カラフルな頭もあれば長い髭もあり、奇抜な帽子や変わった眼鏡など、個性的な方々 (笑) も沢山おられた一方で、私のような平凡なサラリーマンらしき人も大勢いて、不思議なアマルガムであったのだが、要するに皆、スティーヴ・ライヒが好きなのだ。もって回ったところのない音楽なので、聴く人もストレートに反応したくなる。そんなライヒの音楽と、そしてライヒその人に、東京の聴衆は最大限の敬意を表した。そういうことなら、例えば一週間ぶっ通しのライヒ特集でも組んでくれればよかったのになぁと思いつつ、今度はまた 85歳のライヒに日本で会えることを心待ちにしている。

最後に蛇足。ちょうど 10年前のライヒ生誕 70年の際には私はニューヨークに住んでいた。ニューヨークはライヒのホームタウンであり、あれこれ記念演奏会があった。引っ張り出してきたカーネギーホールのプログラムに載っていた宣伝がこれだ。この写真は、この記事の冒頭に掲げたものと同じであるが、今回ステージで実物を見たライヒと比べると、やはり若いなぁ。
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私が行ったのは、"Music Making : Steve Reich" と題されたコンサートと、それから、これらとは別にリンカーン・センター主催で行われた大作「ザ・ケイヴ」の上演。
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この「ザ・ケイヴ」の上演会場は、私の住んでいた場所から数ブロックしか離れていない大学の講堂であったので、週末にブラブラ歩いて行った記憶がある。ここでは音楽だけではなく映像も使用されるが、それは妻の映像作家ベリル・コロットの制作になるもの。終演後には彼ら夫妻を囲んだ座談会があって、確か通路のようなところに皆立ったまま、この作品の制作について語る夫妻に耳を傾けていたと記憶する。ニューヨークらしい気取らない雰囲気で、今となっては懐かしい思い出だ。実は米国人と話すと、ライヒのことを「ライク」と発音する。それはバッハのことを英語で「バック」と発音するのと同じであるのだが、どうもなじめない。ただ、ライヒという発音は逆にドイツ語そのままで、ドイツ系ユダヤ移民の家系に生まれたとはいえ、ライヒは米国人であるから、それもおかしいといえばおかしい。本人は「ライシュ」と発音するらしいが、これはもしかするとヘブライ語風の発音なのだろうか。ともあれ、スティーヴ・ライヒという名前の響きはすっきりとして、彼の音楽にふさわしいと思うので、その発音で通すのがやはりよいと思います。ブラヴォー、スティーヴ!!

by yokohama7474 | 2017-03-03 01:38 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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これは低予算の、いわゆるインディーズ系の映画であるが、上のようなポスターを目にした瞬間、これは見る価値ありと判断した。このイラストの乾いた感覚はどうだろう。最近ご無沙汰だが、まるで大友克洋の作品の一場面のようではないか。この映画のチラシを見てみると、このようなコピーが。「理不尽に囚われた楽屋 (グリーンルーム) からの決死の脱出劇 --- 内臓で感じろ! 新世代の傑作アクション・スリラー」・・・なるほど面白そうではないか。また、「全米初登場第 1位」とある。これはますます期待が高まる。

さらに、このようなインディーズ系の映画であるにもかかわらず、ハリウッドのメジャーなシリーズ物に出ている俳優が 2人、ここには出演している。まず一人は、この映画の主演俳優、アントン・イェルチン。
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彼が出ている (いや、残念ながら「出ていた」と過去形にする必要があるのであるが) ハリウッド映画は「スター・トレック」シリーズで、そこで彼はパヴェル・チェコフというロシア系乗組員を演じていた。この役者自身、もともとロシア出身であるらしい。
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なぜに「出ていた」と過去形にする必要があるかというと、彼は既にこの世の人ではないからだ。昨年 6月、自宅で車と門の間に挟まれて死亡しているのが発見された。享年 27歳。この「グリーンルーム」の撮影は 2015年で、日本では先に公開された「スター・トレック BEYOND」の方が後で撮影されている。そしてその「スター・トレック BEYOND」が彼の遺作となってしまった。正直なところ、「スター・トレック」シリーズでは脇役であるが、この「グリーンルーム」では堂々の主役。私はここでの彼の演技は素晴らしいと思う。これから大ブレイクかというときに逝ってしまったことは、残念でならない。

そしてもうひとり、メジャー映画に出ているのは、パトリック・スチュワート。ここでは悪の親玉を演じている。
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この顔はおなじみ。言わずと知れた「X-Men」シリーズのプロフェッサー X 役である。一度見たら忘れまい。
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そのような俳優たちを擁したこのインディーズ映画、ストーリー自体は至って単純で、売れないパンクロックグループがドサ回りをしていて出演することになったライブハウスが、実はネオナチの巣窟で、メンバーたちはそこから脱出すべく努力するが、敵に阻まれるというもの。因みに題名の「グリーンルーム」とは、楽屋と舞台の間にある出演者たちの控えのスペースのことを指すらしいが、上のポスターでも明らかな通り、文字通りグリーン系の色彩が、室内外を問わずあらゆるところに出て来て、見る者を不安にさせるのである。設定はなかなかうまくできている。
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この映画のひとつの特徴は、かなりエグい殺戮シーンが頻繁に出て来ることであり、その手の映画が苦手な人は見ない方がよいだろう。脚本・監督を担当したのはジェレミー・ソルニエという 1976年生まれの新鋭で、これが長編 3作目。どこかで「現代のサム・ペキンパー」という表現を目にしたことがある。うーん、だが私の見るところ、かのヴァイオレンスの巨匠とは未だ格段の差があると言わざるを得ない。むしろこの映画を比較するなら、最近日本でも公開された「ドント・ブリーズ」(フェデ・アルバレス監督) がよいだろう。今年の 1月 6日付の記事で私が絶賛した映画である。この 2つの映画には設定に共通点があり、それは、ある場所に閉じ込められた若者たちがそこから脱出するために命を賭けるという点。最後の方で犬を使っている点も似ている。だが、明らかにこの「グリーンルーム」の完成度は「ドント・ブリーズ」に遥か及ばない。それにはいくつかの理由があるが、例えば、登場人物が多いがその個性が充分に描かれていないばかりか、敵・味方ともに、人の区別すらつきにくい点があること。また、若者たちが敵に立ち向かうための方策に、なるほどっと唸るような工夫がないこと。それから、ネオナチとされている敵の集団が取る行動の理由が説明されず、見ているうちに不気味さを感じなくなること。そして何より、ラストの決着のつけ方。納得がいかないばかりか、多分に拍子抜けである。「ドント・ブリーズ」の息をもつかせぬ展開と、最後の最後まで安心して見ていられないサスペンスは、この映画にはないと言わざるを得ない。時に感覚の冴えを覚えさせるシーンがあるだけに、全体の仕上がりがこの程度であることは、大変に残念である。

ここで再度ペキンパーの名前を出さずとも、映画には鮮血の美学というものがあり、いわゆるスプラッター映画にも (私の感覚では) 美しい作品は数多くある。この作品はそのような美学を目指していることは分かるし、評価できる面もある。また、アントン・イェルチンの鬼気迫る演技が、かなり全体の出来を引き上げているとは思う。だが、残念ながら全体を貫く美学というものまでは感じられなかった。やはり夭逝したヒース・レジャーが、「ダークナイト」での凄まじい演技によって、死後、アカデミー助演男優賞に輝いたようなことがここで起こらなかったことは全く残念だが、致し方ない。

ともあれ、もし自分がどこかに閉じ込められ、決死の脱出を図るときに、一体いかなる心構えで臨めばよいのかについては、なにがしかのヒントが得られたものと思う。・・・そんな目に遭わないことを心から願っておりますが (笑)、いざというときはこんな感じで敵に立ち向かおう。
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by yokohama7474 | 2017-03-02 00:29 | 映画 | Comments(0)