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台北ストーリー (エドワード・ヤン監督 / 英題 : Taipei Story)

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これは 1985年製作の台湾映画。これまで長らく日本では劇場未公開であったところ、ようやく今、公開されているものである。だが上映館は限られていて、気軽にシネコンで見ることができるわけではない。私は渋谷のユーロスペースで見たのだが、そこでは GW 明けから上映していて、既にかなり時間が経っているにもかかわらず、週末の上映ではほぼ満席の盛況なので、驚く。その理由の第一は、監督にあるだろう。エドワード・ヤン。このブログでは既に 3月25日の記事で採り上げた「牯嶺街 (クーリンチェ) 少年殺人事件」(1991年) の監督だ。1947年生まれのヤンは、この「台北ストーリー」制作当時 38歳。2年前の長編デビューに続く、これが第 2作であったのである。そしてこの監督、今日までさぞや活発な映画制作を行っているのかと思いきや、2007年に惜しくも癌で死去。生涯に撮った長編映画はわずか 7本のみ。今年は彼の没後 10年であり、その業績を偲ぶにはちょうどよい機会だと思う。実は「牯嶺街 (クーリンチェ) 少年殺人事件」もそうであったのであるが、我々が今日この作品を見ることができるのは、ある功労者のおかげなのである。その名はマーティン・スコセッシ。言うまでもなく今日のハリウッドを代表する映画監督であるが、彼がこのエドワード・ヤンの作品にほれ込み、4K によるデジタル復元がなされることで、今回の劇場公開が可能になったわけだ。ありがとう、マーティン!!
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この映画を含め、エドワード・ヤンの作品は「台湾ニューシネマ」などと呼ばれている。私を含め、多くの人にとって台湾映画はあまり縁のない世界であろうし、ニューシネマなどと言われても何がニューなのか判然としない点は否めないが、台湾という若干特殊な地域を舞台に、絵空事の空想物語ではなく、その時代に生きている人たちの等身大の愛や苦悩を生々しく描く点が、当時はニューであったのだろう。その点この映画の題材は極めて明確。台湾に住むあるカップルが経験する、仕事の問題、幼な馴染の問題、地域の問題、米国や日本との関係の問題、そして、お互いにとってのほかの異性の問題等々が複雑に絡み合って疾走する物語。ここでの主人公はこの 2人だ。
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主演女優は、実はこの後エドワード・ヤンと結婚することになるツァイ・チン (1995年に離婚)。もともとは歌手であり、今でも歌手活動を行っているらしい。そして主演男優の方は、さらに国際的に有名な人である。この映画から 30年を経た最近の写真はこれだ。
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映画好きならご存じであろう。今や台湾映画界の巨匠として知られるホウ・シャオシェン (候 孝賢)。エドワード・ヤンと同じ 1947年生まれで、この「台北ストーリー」では製作・脚本・主役を務めている。代表作はヴェネツィア国際映画祭でグランプリを取った「悲情城市」(1989年) であろう。この「台北ストーリー」は、彼が役者として出演している唯一の作品。盟友ヤンと組んで、台湾映画界を変えようという意気込みをもってこの映画を作ったことは、明らかに見て取れる。

この映画の印象は、随所に「牯嶺街 (クーリンチェ) 少年殺人事件」と共通するところがある。そのひとつは音楽の使用法が極めて限定的であることだ。まず冒頭、タイトルバックにバッハの無伴奏チェロ組曲第 2番の開始部分が流れる。このバッハの無伴奏は全部で 6曲あるのであるが、ここで使われている 2番の冒頭部分は極めて渋くて地味なもの。陰鬱というと少し違うかもしれないが、決して明るく楽しい映画でないというトーンが、冒頭で既に設定されるのである。そうして、全編を通じて、いわゆる BGM になっている音楽が流れるのは、私の記憶にある限り、たった一箇所だけだ。それはこんなシーン。
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大きく見えるフジフィルムのネオンをバックに、主演カップルのひとり、女性のアジンが、ほかの男にそれとなく言い寄られるシーン。ここで流れる曲は明らかに古典派のチェロ・ソナタの緩徐楽章なのであるが、恥ずかしながら私はその曲名をその場で判別することはできなかった。だが、音楽好きなら周知のことだが、古典派のチェロ・ソナタといえばベートーヴェンだ。自宅でロストロポーヴィチの CD を出してきて確認し、それがやはりベートーヴェンのチェロ・ソナタ第 3番の第 3楽章であると確認した。そしてプログラムを見て驚いたことには、このバッハとベートーヴェンは、あのヨーヨー・マによる演奏なのである。もちろん、この映画のために演奏したのではなく、既存の録音を使ったものであると思うが、台湾ニューシネマとヨーヨー・マ (パリ生まれで米国在住の中国人) とは、これまた意外な組み合わせで面白い。これは、若い頃のヨーヨー・マのジャケット。
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実際この映画を見ていると、現場で即興的に作って行った部分が結構あるのかなと思う。その一方で、登場人物たちの米国に対する思い、そして日本のカルチャーへの興味という要素が顕著であり、そこは丁寧に作られているなという印象だ。これはきっと、当時の台湾の一般的な人たちの思いを代弁しているのであろうか (もちろん、そのような思いの対局は中国本土であろう)。1985年といえば、私が 20歳の頃であり、この映画に出て来る当時のテレビの映像は懐かしいものである (野球中継のビデオに出て来る広島カープの試合では、3番高橋慶彦が打席に立っていたりする)。家の中にかかっているカレンダーは出光興産のものであり、台北市内のネオンとしては、上記のフジフィルム以外に、NEC も出て来る。また、主人公の男性アリョンの同級生の女性は日本人と結婚していて、彼女の父は孫をあやすのに日本語を喋っているのである。それから、登場人物たちがまぁよく煙草を吸うこと!! 私も当時はスモーカーだったので、ちょっと気恥ずかしいような気もするが、それも時代の雰囲気ということになると思うし、何よりもこの映画の大詰めでは、喫煙が重要なファクターになるのである。ネタバレは避けるが、もしかすると「太陽にほえろ」の松田優作の殉職シーンへのオマージュかと思えるシーンもあるし、それから重要なのは、医者が救急車に担架を運び入れたあと、警官から勧められて喫煙するシーンでは、医者が緊急事態と認識していないことから、担架の中の人間は既にこと切れていることが暗示されているのである。男も女も、老いも若きも、スパスパ喫煙していた時代。
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それから、ここに登場する若い世代のありあまるエネルギーも、なにやら新鮮に映る。博打で負けて車を失ったり、台北市内をバイクでつるんでヘルメットもなしに疾走し、辿り着いたディスコで踊りまくる曲は、おぉ、懐かしの「フットルース」なのである!! ケヴィン・ベーコンの主演映画で、この主題歌はケニー・ロギンス。但し、そのようなエネルギーの向かう先をこの登場人物たちの多くは知らず、主人公も、若き日の野球への情熱を胸の奥に抱えながら、やるせない現実の前に自暴自棄になり、取り返しのつかない事態を招いてしまうのである。一見淡々としながらも、そこに渦巻く断腸の思いの切実さは、今見ても人の心に迫るものであると思う。決して器用に作られた映画ではなく、多くのシーンでは昔の自主映画の雰囲気が漂っているが、見たあとになって思い返すと、不思議と強い印象が残っているのである。

と、こんな映画なので、さぞや当時の制作の雰囲気は団結したものであったのかと思いきや、プログラムにはホウ・シャオシェンの意外な言葉が載っているので、ここに掲載する。

QUOTE
エドワード・ヤンとこうして一緒に映画を作ったり、いろんなことを話し合ったりしてはじめて、日常生活を見つめる彼の視点が、いかに自分のそれと違っているかを認識したよ。彼にとって台湾というのは、独裁的な力に支配された、とてもありそうもないような現実だったんだ。でもそれと同時に、彼の子供時代のさまざまな記憶が水面に現れ出てきているような感じもする。それもとても詩的な流儀でね。
UNQUOTE

なるほど。天才は天才を知る。違った視点を持ちながらも、ともに映画を作ることができるとは、本音のぶつかりあいを伴う真摯な同盟関係であったということだろう。我々はもはやエドワード・ヤンの新作を見ることは叶わないが、せめて過去の作品から、様々な生きるためのヒントをもらいたいものだ。
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by yokohama7474 | 2017-05-31 01:06 | 映画 | Comments(0)

メッセージ (ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督 / 原題 : Arrival)

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もし、世界各地に突然、謎の飛行物体が現れ、全く装飾も武器も見えないツルっとした表面を見せつつ、不気味な沈黙とともに静かに中空に佇んだら・・・。想像するだに気持ちの悪い話である。そして、どうやら異星からやってきた生命体とおぼしき存在が、我々の前にこんなものを突き出してみせたら・・・。
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ええっと、これならよく知っているぞ。江戸時代の禅僧、仙厓の手による自由で即興的な作品だ。このブログでも以前、映画「海賊とよばれた男」の記事で、その映画の主人公のモデルとなった出光佐三のコレクションから、これに近い作品をご紹介したことがある。いやいやまさか、エイリアンのメッセージが仙厓ですか? ・・・とまぁ、この記事をこのように書き出そうという案は、実は映画を見る前から既にあったのである。というのも、事前に何度も見ることになった予告編で、このようなシーンを目にしたからだ。
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まぁ、ただ円だという点が共通するだけなので、うーん、この書き出しはちょっとイマイチだったかなぁと思ったのだが、この映画のプログラムに掲載されている監督のコメントを見て驚いた。ここに出てくる宇宙船やエイリアンの文字のデザインのヒントは、実は書道の筆跡や禅のイメージにあったと語っているのである。発言を引用すると以下の通り。

QUOTE
禅の権威だったりしない僕がこんなことを偉そうに言うのは気が引けるんですが、正直な話、僕自身、日本的なものや禅のデザインにとても強い感覚があると感じていて、その強さを今回、エイリアンの存在感にも持たせたかった。で、デザインに採り入れました。
UNQUOTE

ここで私が解釈するのは以下の二つの点。ひとつは、この映画においてはシンプルかつ神秘的なものに日本的要素を活用しようとしていること。もうひとつは、この監督は絶対に謙虚で性格のよい人ということだ (笑)。本作でアカデミー監督賞にもノミネートされた彼の名は、ドゥニ・ヴィルヌーヴ。1967年カナダのケベック生まれである。道理でフランス風の名前である。
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私はこの監督の作品を見るのは初めてだが、この次に公開を控えている注目作の監督として、その名には見覚えがあった。その映画の名は「ブレードランナー 2049」。言わずとしれたあのリドリー・スコット初期の名作の続編である。それに続いては、なんと「デューン / 砂の惑星」の続編の監督にも抜擢されたという。こちらはもちろんデヴィッド・リンチ初期の、これは名作というよりも大失敗作と一般には言われているもの。いずれもカルト的な美意識で人気を誇る作品の続編を任されるとは、やはりそれだけその手腕にハリウッドが期待を寄せているということだろう。経歴を見てみると長編デビューは 1998年だから、既に 20年近いキャリアを持っているわけで、これまでその名を知らなかったこちらの方が不明を恥じるべきだろう。

予告編で明らかである通り、この作品の主人公は娘を亡くした女性言語学者、ルイーズ。世界の 12都市に同時に現れた (映画の原題は "Arrival"、つまりは「到着」だ)、巨大な石のような謎の飛行物体の中にいるエイリアンたちから発されるメッセージを読み解こうとする彼女が、自身について、また恐らくは世界の成り立ちについても、新たな発見をする物語。この作品は一貫して奇妙な静謐さに貫かれており、例えば空模様ひとつ取っても、きれいな青空の映像は皆無で、必ずどんよりと曇っているのである。それゆえ観客は、どうもすっきりと落ち着くことのない雰囲気の中で、ストーリー展開につきあわされることとなる。そして、実はここでのストーリーは、波乱万丈とか手に汗握るものにはなって行かない。「あれ? なんでだろう」という小さな疑問を持つことがあっても、充分な説明をそこで得ることはできず、「ま、いいか」と流して見て行くしかない。それを是とするか否とするかで、この映画に対する評価が変わってくるのではないだろうか。子を失った母の哀しみがずっと深いところを流れているとは言えるだろうが、ここで起こっているのは個人の悲劇ではなく、世界の危機である。しかも、どことは言わないがある大国などは、この飛行物体を排除するために核兵器攻撃まで検討するという、大変な事態まで起こってしまう。
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正直なところ、この映画を見た日の私は若干の寝不足で忍耐を欠いていたこともあり、世界の終わりをド派手に演出する映画にはいつも批判的なくせに、それとは正反対のここでの静謐な世界の危機の描き方を見て退屈し、しばし夢の世界に遊んでしまったことを認めよう。だが見ているうちに大体先が読めることも事実。終盤で明かされる秘密は、私としてはそれほど驚愕のものではなく、ただただ、エイリアンのメッセージが円環構造をなしていることから、それは最初から自明だったのではないかと思ってしまったのである。とはいえひとつ言えることは、この物語はいわば「バベルの塔」の逆を行くものであり、バラバラになった人類が再び結束を得るために、個人の哀しみを乗り越えた女性言語学者が貢献を果たす、という解釈もできるのではないだろうか。主役のルイーズを演じたエイミー・アダムスは、あまり好きなタイプの女優ではないが、かなりの熱演を披露していたとは思う。
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この人は最近では「マン・オブ・スティール」シリーズでスーパーマンの恋人ロイス・レーンを演じているほか、ティム・バートンの「ビッグ・アイズ」にも出ていた。それから、調べて分かったことには、スピルバーグの「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」でディ・カプリオの相手役だったそうだ。へぇー、15年で随分成長されました (笑)。
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共演しているフォレスト・ウィテカーやジェレミー・レナーの演技が安定しているのは、まぁ当然であろう。但し、前者は最近結構演技がおとなしめな印象もあるし、後者はよい役者であるとは思うものの、「ハート・ロッカー」でその顔を覚えて以降、どの映画でも難しい顔つきをしていて、あまり爽やかでないというその点だけが、いつも気になるのだが (笑)。
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そのように考えてみれば、ここでの登場人物たちは、世界の終わりが近いかもしれないのに、それほど感情を表に出さない人たちがほとんどだ。そのような人々の描き方も、この映画の妙な静謐さにつながっているのかもしれない。妙な静謐さと言えば、音響にもそれが感じられるシーンがある。例えば後半のパーティのシーンで流れている音楽は、よく聴くとドヴォルザークの弦楽セレナードの緩徐楽章であったのだが、注意して聴かないとそれと分からないような、奇妙な歪みを感じた。ただ弱音であっただけでなく、なんらかの効果が施されていたのだろうか。また見る機会があればちょっと注意したい。この懐かしさを伴うデジャヴ感覚は監督のセンスであるのかもしれない。そういえば、冒頭のシーンで使用されているミニマル・ミュージックはオリジナル音楽 (担当はアイスランド出身のヨハン・ヨハンソン) ではなく、マックス・リヒター作曲の既存曲であるらしい。その点でも映画の流れに合う選曲と言えるであろう。

最後にもうひとつ。ここでのエイリアンのペアは、アボットとコステロというあだ名をつけられるが、これは米国で 1940 - 50年代に活躍したコメディアンのコンビで、彼らの映画は日本では「凸凹 (でこぼこ) ○○」というタイトルで公開されたので、我々の世代にとってはテレビ放映などで、ある程度おなじみだろう。世界の終わりかもしれない状況でもこのようなふざけた命名をするという設定は、映画の静謐なトーンとは少し異なるが、設定上どうしても沸きあがってくる絶望感を回避するのに、役立っているように思う。米国人には、往々にしてそういう感覚があると言ってもよいかもしれない。
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そんなわけで、仙厓からアボットとコステロまで、様々な要素を含んだ作品。私のようにうたた寝せず、感覚を研ぎ澄まして見れば、いろいろなヒントが得られるはず。この地上では時間は一方向にしか進まず、空間も連続性があるが、この映画のように様々な要素がちりばめられていると、時空を超えた発想が生まれるのかもしれない。私としては、とりあえず次回の「ブレードランナー 2049」で、たゆたうのではなく、突き進むこの監督の演出が見たいものだと、勝手に期待しているのである。

by yokohama7474 | 2017-05-30 00:42 | 映画 | Comments(0)

東京都 青梅・奥多摩 その 2 鳩ノ巣渓谷、高尾山

GW 中のある日、私と家人は奥多摩の鳩ノ巣溪谷に一泊することとした。私にとっては、学生時代に一度仲間と泊まったことがある場所だが、ホテルは見違えるようにきれいになっているし、かなり急な流れの溪谷の水の清々しさは相変わらずだ。驚くべきことに、ここも東京都。都会の垢を落としに来るには最適の場所であると、お薦めしておこう。吊り橋の向うの巨大な岩の上に小さな祠が見える。これは水神様と呼ばれていて、この森に二羽の鳩が巣を作って仲睦まじく暮らしていたのが、鳩ノ巣溪谷の名前の由来だとか。
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その翌日向かうこととしたのは、八王子市にある高尾山だ。ミシュランのガイドで星がついたとのことで、最近では外国人の訪問も多く、非常にメジャーな観光地になっているが、ここは古くからの修験道の聖地。天狗が住むという、標高 599mの神秘の山である。実は奥多摩から高尾山に向かうには、途中で青梅市街を抜けることになる。この日はちょうど青梅大祭で山車の出る日であり、前日はカバーをかぶっていた山車の数々も、人々に引かれて繰り出している。これらは車の中から撮影したものだが、電線を通り抜けるのに一苦労だし、そのおかげでバスも発車できないし、ましてや一般の車の通行においてをや (笑)。だが、人々の祭りにかける意気込気が伝わって来るではないか。せっかくなので、午前中に高尾山を観光して、昼食を取ったあとに青梅に戻って来て、祭りを見たいと考えたのである。いやー、祭りってワクワクしますねぇ。
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さて、高尾山である。幼少の頃に親戚と出かけたことがあるような気もするが、記憶が定かではない。いずれにせよ、大人になってからは初めての訪問なのだ。なんとも楽しみなのである。ここにある寺院の名前は、高尾山薬王院。真言宗のお寺だ。先日の御嶽山もそうであったが、ここもケーブルカーで山頂に登って行く必要あるのであるが、ここのケーブルカーの駅は御嶽山よりも規模が大きい。
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なんでもここのケーブルカーの勾配は 31度18分で、日本一であるとか。それは大変に興味深いと思ったのだが、朝から既に遠足の子供たちや観光客で賑わっている。そのときふと見ると、ケーブルカー以外にリフトもある。もちろんリフトの場合は外気に触れるので、よりワイルドである。夫婦で意気投合し、リフトに乗ることにした。途中で二度ほどぐぐーっと勾配が上がる構造であり、これは楽しい。
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途中でこんな注意書きが。外人用に英語表記もあるが、うーん。"Don't Shaking" って、この英語、間違っていませんか? (笑) まぁ、言いたいことは通じるとは思うものの。
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頂上駅からお寺まで、ブラブラ歩いて 20分ほどであったろうか。お気楽な我が家は普段着での訪問であったが、麓から歩いて来る人たちはももちろん、ケーブルカーやリフトを利用する人たちも、登山の恰好をしている場合が多い。実際にここは立派な山なのである。寺からさらに登れば山頂に辿り着くが、今回は寺までということにして、歩き始めた。
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都心から 50kmくらいだと思うが、このように見晴るかすと、本当に関東平野はだだっ広いなという感じがする。
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参道の左右には様々な人から寄進された童子像が沢山立っていて、人々の往来を見守ってくれている。また、途中には、根がウネウネと湾曲していることからタコ杉と呼ばれる巨木があったり、天狗の腰かけ杉もあって、これだけ多くの観光客の集まる場所でありながら、古くからの霊場の神秘的な雰囲気を未だに充分に保っているのである。
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そういえば、先般 NHK の「ブラタモリ」で高尾山を採り上げた際、この地は針葉樹林と広葉樹林が隣り合っていて、森の明るさが違うと説明していた。あ、本当にここは、左側が針葉樹林、右側が広葉樹林になっている!!
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このような門を過ぎると、右側にはずらっと寄進者の名前が記された木の札が並んでいる。皆さんが寄進されているのは、杉の苗であるようだ。この高尾山の自然は、篤志家の方々によって守られているのだということが分かって興味深い。
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そしてズラリと並んだ寄進者の札の列の最後、最高額の寄進者の皆さんの札がこれだ。
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おおっと、京王電鉄とケーブルカー会社の次に来ているのは、あのサブちゃんではないか。八王子在住であったとは。実はそのことは、寺の境内に辿り着き、四天王門をくぐったすぐ左手で再確認できる。そこには彼の歌声が流れていて、何かと思うと、サブちゃんの手形に手を置くと、その名も「高尾山」という歌が流れ始めるという仕組み。古来より霊場というものは、このような世俗的要素との併存をしてきたもの。天狗も、演歌を唸って、あははと楽しそうに笑っているのではないだろうか。
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と思うと、ちょうどこの場所の向かいには、二体の天狗像が。この寺の敷地内のあちこちで出会うこととなる、大天狗 (鼻の長い方) と小天狗 (くちばしのある方) のコンビだ。この二体は常に阿吽にもなっている。いかにも高尾山の雰囲気満点だ。
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この高尾山は未だに古来の神仏混交の色を強く残していて、実はメインの建物として、本堂と本社の 2つのお堂があるのである。これが本堂。明治期のもので文化財指定はないが、さすが霊場薬王院の本堂。堂々たる佇まいであり、ここでも大天狗、小天狗の巨大な面が左右で絶大な存在感を誇っている。尚、この本堂内には、秘仏・本尊薬師如来の厨子を囲んで、異形の飯縄 (いづな) 大権現像などがずらりと並んでいて壮観なのであるが、祈祷を受けないと中に入れない。私はまた次回の楽しみとして取っておくことにした。
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そしてこちらが、本堂よりさらに上がった場所にある本社。つまりこれは神社の本殿である。江戸時代の建造物で、東京都の指定文化財。このお堂では飯縄権現が本尊、いやご神体として祀られているため、飯縄権現堂とも呼ばれている。華やかな装飾が美しく、細部を見ていると飽きないのである。そう言えば、先般訪れた久能山東照宮や静岡浅間神社もそうだったし、上野の東照宮もそうだが、江戸時代の装飾的な神社建築は、日光以外にも結構いろいろあるのだ。日本人の美意識には、わび・さび (東京国立博物館で開催中の「茶の湯」展で先日満喫したばかり) とは全く対照的な、このような要素もあることを、再認識する。
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さて、このように念願の高尾山薬王院詣でを済ませ、帰りはケーブルカーに乗ってみることとした。なるほど、日本一の急勾配、これもなかなか楽しい見どころである。
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さて、文化ブログとしての高尾山のご紹介はここまでなのであるが、この日ランチを取った場所が忘れられないので、ここでご紹介しておく。圏央道の高尾山インターからほど近いところにある、うかい鳥山という、いろり炭火焼レストラン。
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私がここを知ったのは、絶景を楽しむことができるレストランを紹介した本であったのだが、うかいと言えば、東京にいろいろな系列レストランがある。東京タワーのふもとにあるとうふ屋うかいは外人接待の定番だし、銀座のうかい亭では最高の鉄板焼きを食べることができる。その他にも多くのレストランを展開しているうかいであるが、その発祥の地がここ、うかい鳥山らしい。いやそれにしても、行ってみて驚いた。まず駐車場の横にはこのように巨大な合掌造りの建物があって壮観である。この中でも食事ができるようだ。
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総合受付を通って敷地内に入ると、多くの風情ある建物が点在し、それぞれ食事をしている人たちがいる。また広大な庭園の、凝っていること!! この維持には相当な労力と金銭を要するだろう。苔むした水車も動いているし、季節外れの紅葉も実に美しく、また奥まで進むと、様々な植物を栽培しているのだが、そこにはまた道祖神なども置いてあって、日本人の心に迫ってくるのである。
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今回は GW ということもあり、個室ではなく、大き目の部屋での相席での食事となったが、それでもスペースは充分で、これを「相席」と呼ぶ必要はないだろう (笑)。いやその風情のあること。なんでもこの建物、百五十年前に建てられた五箇山の合掌造りを移築してきたものらしい。席はこんな感じ。
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もちろん頂いた料理も大変結構だった。このブログは文化を対象にしているものであるからして、グルメブログとは一線を画し、食事のご紹介はしないので悪しからず。実際、車だったので私は (家人がどうであったかは触れないこととして 笑) ノンアルコールビールしか飲むことができなかったのだが、それでもなんとものんびりしてしまい、まるで酔っているかのような気分になってしまった。そんなことで、本当なら青梅大祭を見に行きたいと思っていたのだが、青梅駅近辺は車が通行止めになっているということでもあり、この小旅行には充分満足したので、今回は昼食後まっすぐ帰宅することとした。青梅の祭りもできればまたの機会に楽しみたいし、このうかい鳥山にも、また来てみたい。次回は電車で、思う存分アルコールを摂取することを、堅く心に誓ったのである!! ま、人生、そんな誓いもたまにはあってよいではないか。

案・近・短の旅、あとまだいくつかネタはあるので、折をみてアップして行きます。またよろしくお願いします。

by yokohama7474 | 2017-05-29 00:20 | 美術・旅行 | Comments(2)

東京都 青梅・奥多摩 その 1 武蔵御嶽神社、塩船観音寺、青梅市街、日原鍾乳洞

このブログでは既におなじみの「安・近・短の旅」シリーズ。今回ご紹介するのは、私と家人が 1ヶ月ほど前に楽しんだ東京都内の小旅行。行き先は青梅と奥多摩なのであるが、さて、話をどこから始めようかと考えた。まずはこの言葉のご紹介からとしよう。「秘仏開扉」。子供の頃から仏像好きであった私にとってこの言葉は、魔法の呪文のようなもの。「開扉」とは、「かいひ」と読み、文字通り扉を開けて、普段は閉ざされた厨子の中におられる仏さまを明るみに出すことを指す。そして今回ご紹介したいのは、このような秘仏の開扉についてである。
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どうだろう。神秘的ではないか。この仏像は、青梅市の塩船観音寺のご本尊、千手観音像。鎌倉時代、1264年の作で、東京都指定文化財である。この仏像の開扉は年に 4回。正月 3ヶ日、1月16日、5月 1~3日、8月第 2日曜日。 東京に住んで 40年になる私も、未だかつてこの仏像を拝んだことがない。これは由々しきことである。しかもこのご本尊の左右には、千手観音の眷属である二十八部衆がすべて揃っているのである。もちろん、京都の三十三間堂という特殊な例を除けば、これは日本全国を見渡してもそうはないことだ。
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こんな仏像が東京都内にあるとは驚異的なこと。最近では仏像も多くの人の興味を惹くようになってきて、様々な書物が出ているが、東京近郊の仏像に関するお薦めの本は、なんと言ってもこれである。
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ここには本当に貴重な首都圏の古い仏像の数々が紹介されていて圧巻である。この塩船観音寺の仏像も、きれいなカラー写真で紹介されている。このような本を見て私は、今年の年明け早々、正月 3ヶ日にこの寺を訪れようと一旦は決心したのであるが、ちょっと寒くて億劫であった (笑)。そんなわけで、もっと温かい頃、つまりはゴールデン・ウィーク中の開扉期間に、念願の塩船観音寺詣でをすることとなった。多摩川下流の我が家からは、川を遡る旅。もちろん水路ではなく陸路を辿り (笑)、現地に到着したのは朝 9時頃であった。この仁王門は室町時代のもので、国指定の重要文化財である。
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ところが本堂に辿り着いて内部に入っても、内陣に入ることはできないばかりか、ご本尊の厨子は堅く閉ざされたまま。これはどうも勝手が違うと思い、堂内のお坊さんに訪ねてみると、開扉は午後、13時からとのこと。おっとこれは困った。だが、この寺の境内ではおりしも、つつじ祭りを開催中。このような美しい風景を見ることはできた。
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さて、そうは言っても、13時までここで過ごすわけにもいかず、このままでは時間がもったいない。だが慌てるなかれ。観光するときの私の中には常にプラン B がある。今回は、ほかに行くべき場所があり、そちらをサクッと訪ねてからまたここに帰ってくるという案に移行することとした。その、「ほかに行くべき場所」とは、これである。
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同じ青梅市にある武蔵御嶽神社 (むさしみたけじんじゃ)。ここは以前テレビで見たのを覚えていて、犬を尊い存在として敬うため、犬連れで詣でる人たちが多い神社である。この神社では十二年に一度、酉 (とり) 年だけ特別な行事が行われる (戌年ではないので要注意)。上のポスターにある通り、ご神体の蔵王権現 (ざおうごんげん) 像が開扉されるのだ。おぉー、ここでもカイヒなのである。これは行くしかない。実はこの特別開扉は期間限定で、5月いっぱいで終了 (なので、この記事をご覧の方、まだギリギリ間に合いますよ!!)。しかも建物の中に入ってその尊像に対面できるのは一日に数回、決められた時刻のみ。事前に調べていたところでは、次は 11時なのである。だが、同じ青梅市内で 9時に塩船観音寺にいて、11時に御嶽神社に行くなら、少し時間が余るのではないかと思い、途中でこのような場所に寄ることとした。
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そう、「宮本武蔵」などの歴史もので有名な作家、吉川英治の旧居が記念館になっているのである。だがこの日はあいにく月曜日。記念館は休館日なのであった。随分以前に一度訪れたことがあるとはいえ、なんとも悔しい思いをしたのである。実はこの近くにはもうひとつ、日本画家河合玉堂の記念館もあり、御嶽神社に行く前にこの 2つに寄って行けばちょうどよいかと思ったので、なおさら悔しい。これでは時間を持て余すではないか・・・。そう思った私が実は甘かったことがあとで証明されることとなった。その意味では、この日がたまたま月曜であったおかげで、御嶽神社のご神体を時間の無駄なく拝むことができたのは、何やら不思議なご縁であったと思う。つまり、この御嶽神社、車でスイスイと前まで行くことができない、つまりは私が想定したようにサクッと訪れることなどとてもできない場所なのである。「武蔵御嶽神社」と入力した車のナビに従って辿り着いたのはこの場所。ケーブルカーの駅であった。
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御嶽神社に行くにはこのケーブルカーに乗るしか手段はなく、しかも頂上で下車後、25分歩かなければならないという!! ケーブルカーから見る武蔵野の山々は緑が深く、しかも、あっ、やはり犬が乗れるようになっている。
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ケーブルカーを降りてから歩き始めると、そこには、この地に参拝する人たちのための昔ながらの宿が点在する。ここはいわゆる修験道 (しゅげんどう = 密教と結びついた日本古来の山岳信仰。山伏でおなじみ) の聖地。信仰のためにこの山を訪れる人たちの世話をする、いわゆる御師 (おし) のような制度が未だに存続しているのだろうか。21世紀にまで存続する山の神秘に心打たれる。
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11時の開扉時刻に間に合うには、ちょっと急がなければ。それを逃すと次は 13時なのだ。石段を踏みしめて歩を進め、ようやく神社が見えてきたときの感動は忘れない。最後の石段には鬼が顔を出している。
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ここは本当に聖なる場所であり、肺いっぱいに吸い込む空気から、普段の都会生活の垢を落とすことができる。見晴らしも最高だ。
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そして 5月でありながら、ここでは未だに桜が花をつけていた。修験道の総本山は吉野。もちろんそこは桜の名所である。修験道の神である蔵王権現は桜が大好きなのだ。
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そして本殿の横には何やら柱が立っていて、そこに布が縛りつけられている。これはご神体である蔵王権現を祀る本殿から引かれていて、この柱に触るとご神体から直接ご利益を頂くことができるわけである。
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さて、昇殿の時刻である 11時になんとか間に合った我々は、総勢 50名程度かと思われる人々と一緒に拝殿に入って行った。その中では撮影禁止と明確な指示はなかったものの、その厳かな雰囲気は、気軽にシャッターを切ることができないようなもの。よって内部の写真はないが、中では神主さんたちの祝詞があり、ご神体開扉の前には招魂のために「おおぉぉぉぉ~~」という唸りがあげられ、参拝する人たちみな、頭を下げて敬虔な気持ちになる。そして順番に並び、拝殿からは階段を経て見上げる位置にある本殿の前面に出されてきたご神体とご対面することが許される。本殿の前面までご神体を移動させるのは十二年に一度、酉年だけである由。ご神体の蔵王権現は、高さ 50cm ほどであろうか、かなり小さいもの。青銅製かと見られる素朴なお姿で、彫刻として最高の出来というわけではないにせよ、古来この由緒正しい神社に祀られてきた霊像であり、十二年に一度という機会に、とにかく有り難い儀式を経てようやく叶ったご対面である。それはそれは感動的なイヴェントとなった。

再び神社の境内に戻ると、そこには犬連れの参拝客の姿もあり、ペットお守りなども売っている。我が家の愛犬は 1年半ほど前に天国に旅立ってしまったが、何やら我々夫婦と一緒にこの神社に詣でているような気がして、命の尊さを改めて実感した。もっとも犬たちにはそんな感傷はないと思うが (笑)。
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また、この神社の宝物館には国宝の甲冑など、貴重な文化財が展示されていて興味深いが、出版物からの転載も許可しないという貼り紙があったので、ここでは画像でのご紹介は断念する。是非現地でご覧下さい。

さてそれからまた塩船観音寺に戻る途中、青梅駅周辺で道草を食った。我が家の場合、この道草を楽しむことが旅先では何より大事なのである (笑)。街のそこここに洋の東西を問わない古い映画のポスターをもとにした看板画がかかっており、なんともレトロである。昭和な博物館もいくつかあるが、やはり月曜で休館であった。猫による「東京物語」のパロディが楽しい。
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そして、住吉神社という神社には、カバーをかけられた山車のようなものが。実はこの翌日から青梅大祭なるものが開かれるのである。これまで知らなかったが、かなり由緒のある盛大なお祭りらしい。
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そんなことで、再び舞い戻った塩船観音堂。まずは薬師如来堂に詣でる。青梅市指定文化財だが、そのお姿はかなり古様で素朴。霊験あらたかな雰囲気満点である。
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そうしてようやく目にすることができた本尊、千手観音像。お堂の扉も開け放たれていたので、外からでもこのようにお姿を拝むことができる。なんと神秘的。冒頭の写真では、等身大か、あるいはそれ以上の大きさかと思われるが、実際の像高は 144cm。小ぶりな観音様である。私としては、長年の念願叶ってこの仏さまに対面できたことを、心から嬉しいと思ったのだ。そのような思いをたまに持つことで、決して平穏ばかりではない日常生活を乗り切っていけるのである。
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この日はこれから最後に、これも以前から興味があって行くことができなかった日原 (にっぱら) 鍾乳洞に行くことにした。ここは古くから修験道の修行の場として使われていて、その意味での神秘性を感じる場所。例えば秋芳洞や龍河洞のような自然の驚異を感じる美しい場所というよりは、自然に感嘆しそれを敬った人間たちの祈りが未だに残っているような、そんな場所なのである。以下、洞内で撮影した写真をご紹介する。
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洞内はかなり長い通路が設けられていて、アップダウンも相当に険しい。このような中を歩いていると、無性に外の光が恋しくなる。そんな思いをした後、洞窟から出た私の目に飛び込んできた渓流は、まごうことなき生命に溢れた場所であって、視覚だけでなく聴覚や嗅覚の点でも、地上に息づく生命を感じることができ、心からほっとしたことである。普段感じないような光や水や空気や生命の尊さを感じることとなったわけなのだ。これはあたかも、映画「ゼロ・グラビティ」で主役のサンドラ・ブロックが地球に帰還したシーンのようであった。日常当たり前だと思っていることの尊さを感じる機会は、実に貴重なのである。
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川の流れをじっと眺めていると、そこにある岩が、人間の顔のように見えてきた。なるほど人間はこういう感性が敏感になったときに幻影などを見て、様々な文化を創り出してきたのだろうかと思ったものである。
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この日は大気が不安定で、何度か雨に見舞われたのであるが、不思議なことに、激しい雨が降ったのは我々が車で移動しているときで、それぞれの目的地では全く傘の必要もなかったのである。また、上に書いた通り、月曜日であったために時間の有効活用ができたことも大変にありがたかった。私は何もそれを神秘的な現象と言うつもりはなく、たまたまなのであるが、それでもやはり、このような経験から感じることは多々ある。この日の日程を終え、宿に向かう途中には、既に西日となった日光が戻ってきて、山の向こうからこのような輝きを見せた。さらに、宿に着く頃には日は既に山の向こうに沈んでいたが、まるで明るさを惜しむような雲の様子に目を奪われた。このような風景に神秘性を感じるのが、人間の素直な感性であると思う。
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さてその日は奥多摩にて一泊。GW の安・近・短の旅は翌日に続くのである。

by yokohama7474 | 2017-05-28 08:21 | 美術・旅行 | Comments(0)

ワーグナー : 楽劇「ラインの黄金」(演奏会形式) ピエタリ・インキネン指揮 日本フィル 2017年 5月27日 東京文化会館

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数日前の記事でハインツ・ホリガーの自作自演の演奏会を採り上げ、その曲が 2時間半休憩なしでの演奏であったと書いた。その際にも引き合いに出した、ワーグナーとしては異例に短い、たった (笑) 2時間半、休憩なしで演奏されるオペラは「ラインの黄金」。既にこのブログではおなじみの、超大作「ニーベルングの指環」4部作の第 1作目で、「序夜」と題されている。今回は、日本フィル (通称「日フィル」) がその首席指揮者、フィンランドの若手ピエタリ・インキネンのもと、演奏会形式で採り上げた。上のチラシにあるごとく、インキネンと日フィルのワーグナー演奏は今回が第 3弾。ではこれまでの 2回はいかなるものであったかというと、最初は 2013年 9月、「ワルキューレ」第 1幕。次は 2016年 9月、「ジークフリート」と「神々の黄昏」からの抜粋。つまり、今回を含めた 3回の演奏会で、「指環」の抜粋をこのコンビで演奏したことになる。そして、来シーズンのプログラムを見ていると、来年の 4月にはロリン・マゼールが編曲した「言葉のない『指環』」という管弦楽曲集を演奏する。日フィルのこれまでのワーグナー演奏がどの程度のものか、あまりイメージがないが、同じ指揮者とこれだけ「指環」の音楽を演奏することは、オケのレパートリーの成熟に大きく貢献することだろう。実はインキネンは既に 2013年にシドニー・オペラで「指環」4部作を指揮したことがあり、その演奏は絶賛されたらしい。このプロダクションは昨年 11月から 12月にかけてもやはり彼の指揮で再演されているというから、インキネン自身の「指環」経験は既に確固たるものになっているわけであろう。
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それにしても、いつも同じ感想で恐縮だが、日本におけるワーグナー人気は異常はほど。このブログでも、2015年のバイロイト音楽祭をはじめとして、ワーグナー関連記事へのアクセスは常に継続していて、驚くほどだ。今回も、会場の東京文化会館はほぼ満席。2時間半休憩なしも承知の上なのだ。今回の上演は演奏会形式なのではあるが、歌手は一人も譜面を見ることなく、またそれなりの衣装 (但しそれほど凝ったものはなく、2人の巨人たちも着ぐるみではなく、半そでシャツの前をはだけてサングラスに山高帽という、チンピラ風 (?) の雰囲気) をつけ、舞台前面を活発に動き回る。従ってほとんど舞台上演に近いものであり、佐藤美晴というウィーンで学んだ演出家の名前がプログラムに載っている。また、照明もそれなりに凝っていて、最初のライン川のシーンでは青い光が、神々が集う場所では白系の光が、地下のニーベルハイムでは赤い光が、それぞれかなり派手に舞台天井に投影される。

まず指揮については、テンポ感のしっかりしたワーグナーであったとでも言おうか。このブログでこれまでインキネンの演奏会を採り上げた際には、激しい音楽での熱狂感に私は若干の留保をしてきているが、今回もその傾向は同じで、作品の特性から言って、さらに暴力的に鳴らしてもよいのではと思う部分が何度かあった。例えば、ファフナーがファゾルトを殺すシーンのティンパニの鋭さや、終曲の「ワルハラ城への神々の入場」の高揚感には、課題があったと思う。だが、非常に丁寧にオーケストラをリードするインキネンを見ていると、これはこれでなかなかに優れた指揮であろうという気がしてきた。それは、このオペラの千変万化のオーケストラ・パートを描き出すに際し、次にやってくるうねりに備えるというか、着実に音の線を描き出すことができていたからではないだろうか。そもそもこの曲は、暴力的に鳴らすだけではどうにもならないわけで、このようにテンポ感がしっかりしてこそ、ドラマ性が活きてくると思う。なので、インキネンの音楽性はよく発揮された演奏であったと言えるのではないかと思う。

歌手陣では、ヴォータンのユッカ・ラジライネンと、アルベリヒのワーウィック・ファイフェが印象に残った。前者はフィンランド人でヴォータン役を得意としており、東京の新国立劇場のツィクルスでもその役を歌っている。後者はオーストラリア人で、上述のシドニーでのインキネン指揮の「指環」で同じ役を歌っている。特にアルベリヒのファイフェは、冒頭のラインの乙女にからかわれる惨めさから、ニーベルハイムでは一転して独裁的権力を握る人物としての冷酷さと重厚さをうまく出していた。外人勢ではほかにフリッカ役のリリ・パーシキヴィも安定していた。この人もフィンランド人で、エクサン・プロヴァンス音楽祭でのサイモン・ラトルとベルリン・フィルによる「指環」にもこの役で出ているという実績の持ち主。そしてなんと驚いたことに、フィンランド国立歌劇場の芸術監督なのだそうだ。多彩な人である。それから、ローゲのウィル・ハルトマンはドイツ人で、ウィーンやミラノでも活躍している人。実はこの前日の同じ曲目の演奏会では体調不良で降板した (西村悟が代役を歌ったようだ) が、今回の公演では、演奏開始前に日フィルの常務が舞台に出てきて説明したことには、未だ体調は万全ではないが、是非皆さんに自分の声を聴いてほしいと志願しての出演であったようだ。実際、時に声が若干かすれたり、自分が歌わないところでは咳をしていたが、ローゲらしい策士ぶりをうまく表現しており、体調不良を技術でカバーしたというところか。日本人歌手はいつものようにみな二期会の人たちで、それぞれに健闘であったと思う。その中で私の印象に残ったのは、フライアの安藤赴美子。少ない出番ながら、強い声で表現力豊か。そう言えばこのブログでも、アンドレア・バッティストーニ指揮のヴェルディのレクイエムにおける彼女の歌唱について述べたことがある。主役で聴いてみたい人である。
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現在東京のメジャー 7楽団は、それぞれのシェフや関係の深い指揮者陣とともに、その楽団ならではの個性を育てつつあるような気がする。なので私としては今後も、個々の演奏会の出来不出来よりも、東京で起こっている文化イヴェントという文脈で見て行きたい。あ、ただそれよりも、演奏される曲のよさを感じられることが、音楽を聴くいちばんの喜びであり、例えば 20年前には聴いてがっかりするようなケースもままあった日本のオケも、今ではそのような事態はほとんどない。競争があることも大きくプラスに働いているわけであり、これからもそれぞれのオケの充実ぶりを享受して行きたいなぁと改めて思う、充実した演奏会でした。

by yokohama7474 | 2017-05-28 01:34 | 音楽 (Live) | Comments(0)

特別展覧会 海北友松 京都国立博物館

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海北友松。この名前はどの程度一般に親しまれているものだろうか。そもそもなんと読むのか。「うみきたともまつ」??? いえいえ、これは「かいほうゆうしょう」と読み、桃山時代から江戸時代にかけて活躍した絵師 (1533 - 1615) なのだ。もしかすると、いや、もしかしなくても、狩野永徳 (1543 - 1590) や長谷川等伯 (1539 - 1610) といった同時代の画家よりも知名度は低いかもしれない。だが、私ははっきり覚えているが、高校の日本史の教科書にも、桃山時代の代表的な画家として友松の名前は出ていたし、京都の寺に出かけると彼の障壁画を見ることができるのである。しかし、彼の大規模な回顧展がこれまで開かれたかというと、その記憶はないし、永徳の「唐獅子図」とか等伯の「松林図」というような代表作があるかというと、ちょっと考えてしまう。それゆえ、今般京都国立博物館 (通称「京博」) で開催されたこの展覧会は、友松芸術の全貌に迫る極めて貴重なものであったのだ。・・・と、ここでお詫びなのであるが、今私が書いた通り、この展覧会は京博で開催「された」と過去形にする必要がある。なぜならこの展覧会は 5/21 (日) をもって閉幕し、地方巡回の予定はないからだ。これは京博の開館 120周年を記念する行事のひとつであり、まさに京都でのみ開催可能であったもの。しかも開催期間は約 1ヶ月のみと、なかなかに厳しい条件だ。ただ私はどうしてもこれに出かけたくて、カレンダーとにらめっこした挙句、ある日曜の早朝に新幹線に飛び乗って、東京 - 京都間を弾丸往復することに決めた。京博の開館時刻、9時30分に先立って現地到着して列に並び、展覧会鑑賞後には、ほかの寺社には一切立ち寄ることもなく東京にトンボ返り。そして 15時からの東京でのコンサートに駆け付けたのである。少々強行軍ではあったが、結果的にはその価値のある素晴らしい展覧会であったと思う。

まず、会場の京博に掲げられていた看板をご覧頂こう。上に掲載したポスターの図柄と同じ龍の絵であるが、右後ろには現在閉館中の本館 (重要文化財) がチラリと見えている。なお、今回の展覧会場は、新しい平成知新館。
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さてこの展覧会では、初公開や海外からの里帰りを含む海北友松の作品及び資料 70点以上が展示され、実に圧巻であった。最初に結論を言ってしまうと、この画家の格の高さは疑うところなく日本美術史上に燦然たるものであり、近代的な感性までを思わせる素晴らしい作品がこれだけ一堂に会する機会は本当に貴重であり、間違いなく歴史に残る展覧会であったものだと思うのである。ここではその価値のほんの一部しかご紹介できないが、現地に出かけることのできなかった方に、少しでもイメージを広げて頂ければ本望である。そう、この絵師、ただものではない!

海北友松は浅井家の家臣、海北家の五男 (一説には三男) として近江に生まれた。幼くして京都の東福寺に入り、禅僧として狩野派を学ぶが、後に還俗して海北家再興を目指すものの、その絵の腕が秀吉の目に止まり、画業に専念。その後は天皇・親王や京都の格式の高い禅寺の僧たち、そして朝鮮の儒者や明の使節からも支持され、82歳の長寿を全うした。彼の親友に斎藤利三という人がいて、明智光秀の家臣であったために本能寺の変のあと処刑されたが、友松がその遺体を回収して手厚く葬ったという (今、友松自身が京都の真如堂でこの利三の隣に眠っている)。この斎藤利三の娘が、三代将軍家光の乳母、春日局なのである。そのような縁で、友松の名前はその子孫を通じて江戸時代初期に顕彰されたのだという。この時代、いやどの時代でも、芸術家の活動には、様々な巡りあわせが影響する。幸いなことに、今日我々が友松の作品の数々を見ることができるのは、そのような巡りあわせも大いに関係しているに違いない。以下は、今回出品されていた、海北家に伝来する (ということは、今も子孫の方がおられる?) 友松夫妻の姿。友松の孫である海北友雪の手になるもので、重要文化財だ。友松の妻が着ている着物は春日局から拝領したものとのことだが、そのいわれは上記の通り。当然友松夫妻が生きていた頃には未だ春日局は権勢を握っていなかったので、この情景はフィクションということになるが、自分の祖父を顕彰したいという友雪の思いがそうさせたのであろうか。
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次は、会場で最初に展示されている作品、岡山県蓮台寺所蔵の「菊慈童図 (きくじどうず) 屏風」。1997年の展覧会で初めて世に紹介され、無款ながら、今日では現存する友松の最初期の作品とみなされているとのこと。木や岩の描き方は狩野派風ということなのだろうが、私はこの人物の砕けたポーズとアンニュイな (?) 表情が気に入った。その生々しいこと、既に独特の個性を感じさせるのである。
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かと思うと、この「山水図屏風」では人物は一切登場しない。松や岩の、緻密だが優等生的な表現に比して、中国風の瓦を床に敷き詰めた建物の佇まいは何やら寂しげであり、あえて言えばシュールにすら感じる。友松の内面に、このような風景を描きたいと思う何かがあったのだろうかと想像したくなってしまう。
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これは米国サンフランシスコ・アジア美術館が所蔵する「柏に猿図」。猿の絵といえば、中国人画家牧谿が模範ということになるのだろうが、この絵に漂う愉悦感はなかなか独特のもので、猿の絵といえども、誰かの猿真似で描けるものではないだろう。水の表現は様式的であっても流れのリアルさを出そうとしているし、花や木などの植物に見られる近代日本画のごとき感性は、やはり友松独特のものではないか。
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展覧会には、友松が京都の名刹、建仁寺の塔頭に描いた襖絵が並んでいる。保存状態があまりよくないものもあるが、この「琴棋書画 (きんきしょが) 図屏風」は面白い。雲洞院という塔頭に現存する重要文化財だ。この展覧会ではこの画題による作品がいくつも展示されていたが、いずれも描かれた人物の闊達さに見入ってしまう。水墨画の多い友松だが、ここでは適度な彩りが添えられている。
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次にやはり重要文化財、建仁寺本体の大方丈の障壁画からいくつかご紹介する。この障壁画は全部で実に 50面あり、描かれたのは 1599年と、江戸時代前夜。友松既に 60代のときの作品なのである。オリジナルは現在京博が保管しており、現地にはキャノンが制作した高精度の複製品を順次入れて行っているとのこと。今度建仁寺に行ったときに見てみたい。最初は「雲龍図」だが、図録から撮影している関係で、たわんだ形になってしまっているものの、それが返って迫力を増しているようにも思われる。作品自体にそもそも力が漲っているからだろう。
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この展覧会には龍が何匹もうねっていたが、やはりこの、ポスターになっている奴が私としては最も気に入った。上と同じ建仁寺大方丈の襖絵で、重要文化財。この角の硬質な感じはなんとも言えない迫力だし、黒雲からにゅっと飛び出る右手は、下からの照明に浮かび上がっており、さながら怪獣映画のワンシーンのようではないか。ある意味でこれもモダンな感覚と言えると思う。
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同じ建仁寺の障壁画から「花鳥図」。これは孔雀なのであろうが、サイズはかなりデカデカと描かれている割には、足は細くて、龍の迫力とは異質である。しかし躍動感は素晴らしい。
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引き続き建仁寺の障壁画をいくつかご紹介する。順に「山水図」、そして「琴棋書画図」から 2点。幽玄な味わいがあると思うと、鋭い線で濃く直角に描かれた垣根もあり、ほのかな人間味のある人物像もある。これ見よがしのところはないだけに、その画格の高さに感嘆するのである。
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この建仁寺大方丈の作品を仕上げてのち、友松の名声はうなぎのぼり。皇族、大名らからも依頼を受けるようになり、現存する友松の作品は、この 60代以降の晩年のものが大半を占めるという。これは MOA 美術館が所蔵する重要文化財の「楼閣山水図屏風」。現在の鳥取県、鹿野 (しかの) 城の主であった亀井茲矩 (かめい これのり) に贈呈されたもの。やはりじっと見ていると近代の日本画のように見えてくる、水辺の風景である。
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友松はまた禅画も多く手掛けているが、私の見るところ、それほど砕けた大胆さがあるわけではない。だが、京博が所有する「禅宗祖師図押絵貼屏風」のひとつ、達磨の図を見てみると、まるでお菓子の「ひよこ」みたいで可愛らしいではないか (笑)。ちなみに押絵貼屏風 (おしえばりびょうぶ) とは、屏風の一扇ごとに図を貼付したもので、つながった屏風絵と違って一枚一枚完結なので、多彩な画題に活用できた。
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友松の絵画は、必要以上の写実にこだわっているようにはあまり見えないが、動物の描き方には一種独特のリアリティがある。これは、MIHO MUSEUM 所蔵になる「野馬図屏風」。白い馬と黒い馬なのだろうが、白馬だけからだの輪郭線 (ひょいひょいと描いたように見える) を使っているのが面白い。
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こちらはまたユニークな、「牧牛図屏風」。ここに採り上げた 3頭はそれぞれに毛の描き方が異なっていて、特に右側の奴は非常に丁寧な描き方となっている。集団のボスだろうか。
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さて、この先は友松 70歳のときの、ある重要な出会い以降の作品である。友松芸術の最後の輝きは、実に特別なものになるのである。1602年、細川幽斎らの推挙によって友松は、八条宮智仁親王のもとに出入りするようになったのだ。この智仁親王の名前は、「ともひとしんのう」ではなく「としひとしんのう」と読むのだが、私は正直なところ、よくその読み方を忘れて困っているのである。というのもこの親王、日本文化史において極めて大きな貢献をした人で、その名を口にする必要がたまに生じるからだ。そう、桂離宮の造営だ。このブログでも桂離宮に関しては、京都についての書物やブルーノ・タウトの建築に関係して、何度か言及しているが、同時代に造営された日光東照宮との対照も鮮やかな、シンプルなデザインによる鮮烈な感性を感じさせる特別な場所である。そうすると、もしかして桂離宮にも友松の作品があるのかと思って調べたところ、同離宮の造営は 1620年からで、友松の死後。だが、この展覧会に並んだ友松晩年の作の数々を見ていると、親王の感性に友松の作品が影響しているのでは、と思われてくる。これまでの水墨画中心の世界から、70歳にして金碧の色彩の世界に足を踏み入れた友松だが、相変わらずその作品の格は非常に高い。これは滋賀県立琵琶湖文化館所蔵の「檜図屏風」。色彩もさることながら、この丁寧な葉の描き方も、友松としては特別に手が込んでいるのでは。
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これは御物の「浜松図屏風」。やまと絵風だが、波を様式化している一方、松の緑が活き活きとしていて、その対照が面白い。
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これも御物で、「網干図屏風」。実物を前に「うぅーん」と唸ってしまった逸品だ。本来生活感があるはずの干し網の曲線と、これまた様式的な鋭い芦の直線の組み合わせが、現実世界を超えたスタイリッシュな世界をそこに現出している。
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次は、京都の名刹妙心寺に残る友松晩年の傑作、重要文化財の見事な屏風絵、「花卉 (かき) 図屏風」である。老境に至ってなお、この異様な生命力のある作品を制作できた友松とは、大変な人であったことが分かる。これらを見ていると、遥か後世の速水御舟まで思い出されてくるではないか。
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展覧会はここで照明を落とした部屋に入り、そこには 5匹の龍が薄暗い中に浮かび上がっている。上の建仁寺障壁画でも見た通り、友松の龍は凄まじい迫力だが、かならずどこかにユーモラスな部分もある。北野天満宮所蔵の重要文化財、六曲一双の「雲龍図」はその好例であろう。
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さて展覧会はそれから、気楽な手すさびといった押絵貼屏風の作品が並んでいて、これらも大変微笑ましいのだが、最後の部屋に至って人々は、「ほぉ~」と感嘆の声を上げる。そこに展示されていたのは、米国ミズーリ州カンザスシティにあるネルソン・アトキンズ美術館所蔵の「月下渓流図屏風」である。1958年に同美術館の所有となってから約 60年、今回が初めての里帰りであった由。友松最晩年の作と認定されている。
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これは、静かな春の川の夜明けを描いているわけであるが、その柔らかなタッチは、幽玄境に遊ぶかのようである。かつ大変素晴らしいのは、ほとんどモノトーンの色調の中、地面に生える土筆や、木の枝だけが控えめに色を施されていること。現代の写真家が、モノクロで撮影して、例えば花だけに鮮やかな色をつけてスタイリッシュに仕上げるパターンと似ているが、光学的な細工がいくらでもできる現代と異なり、ただ目に見える実際の世界しか見ることができなかった江戸時代の画家が、一体いかなる感性でパートカラーという発想を考え付いたものか。この作品は、淡い色調で枯れた味わいであるだけに、細部に宿る友松の視覚の冒険に、何か空恐ろしくなるような気がした。

ここでご紹介できたのはごく一部の作品だけであり、しかもその一部分の写真を掲載しているケースが多いので、実物を前にしたときの感動をお伝えするには限度があると思う。だが、海北友松という優れた画家がいたということを、今改めてここで認識して頂けるようなことがあれば、私としては、無理して京都まで弾丸往復した甲斐があるというもの (笑)。日本の美術史は本当に豊かで奥深いものなのであります。

by yokohama7474 | 2017-05-27 01:32 | 美術・旅行 | Comments(4)

コンポージアム2017 ハインツ・ホリガーの音楽 スカルダネッリ・ツィクルス 2017年 5月25日 東京オペラシティコンサートホール

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今回ご紹介する「コンポージアム」とは、東京オペラシティ財団が毎年開催している現代音楽のイヴェントである。この聞き慣れない "Composium" という言葉は、Compose (作曲する) と Symposium (シンポジウム) を合わせた造語であるらしい。うーむ。それなら「コンポージウム」ではないのだろうかという疑問はさておいて (笑)、このイヴェントが意義深いのは、毎年若手作曲家の新作に賞を与えていることである。その名は武満徹作曲賞。このブログでも何度も何度も名前が出てくる、日本を代表する作曲家であった故・武満徹 (1930 - 1996) の名を冠しているのだが、その理由は、このオペラシティコンサートホールの初代芸術監督はその武満であったことによる。なにせこのホールの正式名称は、最後に「タケミツ・メモリアル」とつくくらいであるのだ。この作曲賞は1997年から継続しており、今回は 19回目。審査員 (この賞の審査は極めて例外的なことに、複数の審査員ではなく、たったひとりの作曲家によってなされる) には、文字通り世界の名だたる作曲家が指名されるのであるが、今年はその審査員がハインツ・ホリガーなのである。ここで勘のよい人は察するであろう。1997年から毎年やっているなら、今年は 21回目のはず。なぜに 2回欠けて、19回目であるのか。それは、まず 2006年には武満の没後 10周年のイヴェントのために作曲賞の審査がなかったこと。そして、1998年には、審査員はハンガリーの大作曲家ジェルジ・リゲティであったのだが、入賞者なしという結果であったことによるのである。この 1998年のコンポージアムについては、たまたまつい最近、5/19 (金) のエサ=ペッカ・サロネン指揮のフィルハーモニア管の記事の中で触れているが、この年の入賞者なしとは、私も今回初めて知った。今手元にそのときのプログラムを再び出してきて読んでみると、なぜ 45曲の候補から入賞作を一作も選ばなかったかについての、リゲティの詳しい言明が掲載されている。ここではその点についての説明は割愛するが、まぁともあれ、作曲家という大変な職業を選択するのは大変なこと。そのような大変な職業を選んだ若い人にスポットライトを当てるこのような企画が継続していることは、何よりも文化的に大いに意義のあることである。主催・協賛の方々にここで最大限の敬意を表したい。このコンポージアムでは、武満作曲賞以外にも、審査員である作曲家自身の作品も演奏されるので、今後も聴衆として極力イヴェントに参加したいと思う次第である。

さて、前置きが長くなってしまったが、今回の主役ハインツ・ホリガーは、一般的な知名度はどうか分からないが、クラシック音楽の世界ではまさに知らぬ人のない、オーボエという楽器の神に等しい存在だ。1939年生まれだから今年 78歳になる。
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実は彼はオーボエを吹くだけではなく、活発な活動を続けてきた作曲家でもある。あまり日本ではそのことは知られていないように思うが、最近彼の作品に触れる機会が増えてきた。例えばこのブログでも、既に 2015年 8月23日の記事で、こちらはサントリー音楽財団のサマーフェスティバルにおける彼の作品の演奏会を採り上げたことがある。そちらは室内楽の楽曲であったのだが、今回は、コンポージアムのコンサートのひとつにおいて、小編成のオーケストラと合唱団による彼の作品の日本初演が行われた。曲名と演奏者をご紹介しよう。
 スカルダネッリ・ツィクルス (1975 - 91年作)
 指揮 : ハインツ・ホリガー
 フルート : フェリックス・レングリ
 ラトヴィア放送合唱団
 アンサンブル・ノマド

私がこの演奏会に興味を持ったのは、これが実に 2時間半の大作で、しかも休憩なしに演奏されるということを知ったからであった。それだけの長時間連続して行われる演奏に立ち会うことで、聴衆は何か特別なものを感じることができるのはないかと思ったからである。もちろん、通常のコンサートで、2時間半休憩なしということはまずない。ただ珍しい例としては、先般私がどうしても行くことができなかったアンドラーシュ・シフの来日リサイタルは休憩がなく、たくさん弾かれたアンコールまで含めるとそのくらいの時間であったというし、ワーグナーの「ラインの黄金」は、この作曲家にしては異例に短い作品だが (笑)、やはり 2時間半休憩なしだ。だがそれらは例外的で、普通のコンサートには休憩が入るものである。とはいえ、映画では 2時間半の大作も決して少なくなく、それらを見ている自分としては、膀胱破裂のリスクもそれほどあるとは思えない。頑張って聴いてみようではないか。

無駄口はこのあたりにして、作品について少し語ってみたい。題名の「スカルダネッリ」とは、ドイツ・ロマン派の詩人、フリードリヒ・ヘルダーリン (1770 - 1843) が署名時に使用した架空の人物名のこと。おー、ヘルダーリンか。もちろん名前は知っている。だが恥ずかしながら作品を読んだことはない。唯一思い出すのは、ブラームスの「運命の歌」の歌詞がこの詩人によるものだということだ。その作品を含むヘルダーリンに因む作品を集めた演奏会を、クラウディオ・アバドがベルリン・フィルで行ったことも知っているが、私の知識はその程度だ。これが彼の肖像。
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実はこのヘルダーリン、若い頃には哲学者のヘーゲルやシェリングと学友であり、古代ギリシャに傾倒した作品を創作したが、30代から精神を病み、後半生の 36年 (人生のほぼ半分) は、塔の中で生活を送ったという。ドイツのテュービンゲンなる都市には、今でも彼が過ごした「ヘルダーリン塔」が現存するらしい。行ってみたいなぁ。
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さてこのホリガーの作品は、実は 3つの異なる作品の部分部分が様々に組み合わされて演奏されるもの。その 3曲とは以下の通り。
 無伴奏混声合唱のための「四季」
 スカルダネッリのための練習曲集 (フルート・ソロ、磁気テープと小管弦楽のための)
 フルート・ソロのための「テイル」

これらは 1975年から 1991年までの間に、ワーク・イン・プログレスとして 1曲ずつ作曲されたものがまとめられている。この 3曲は合計で 22の部分から成り、以前は一定の条件のもと、演奏者が曲順を自由に設定できたが、2014年にルツェルン音楽祭で改訂版が初演されたときに、各部分の演奏順序が決められたらしい。全体は 3つに大別され、それぞれの中で「四季」が一巡する中、ほかの曲も適宜挿入されて演奏されて行く。ヘルダーリンの詩は「四季」の歌詞として使われているのだが、そこでは、春夏秋冬、ドイツ語で Der Frühling (フリューリンク)、Der Sommer (ゾンマー)、Der Herbst (ヘルプスト)、Der Winter (ヴィンター) のそれぞれの題名を持った詩が、3部を通して演奏されることにより、合計で三巡することになる。面白いのは、指揮を務める作曲者のホリガー自身が、それぞれの曲の最初に該当する季節を大きな声で唱え、合唱が歌い終わったあとに、ヘルダーリンが署名している部分もまたホリガーが唱えるのである。いわく、「1758年 5月24日 スカルダネッリ」「1842年 3月15日 スカルダネッリ」「1940年 3月 9日 スカルダネッリ」等々。だがこれは妙だ。ヘルダーリンは 1843年に死んでいるので、1940年はありえないはず。だがそれこそ架空の人物スカルダネッリによる日付なのである。

この 2時間半の超大作においては、大音響が聴かれることは皆無。ひたすら静謐で拍節感のない音が流れて行く。それはもちろん、ワーグナーの楽劇のようなドラマティックなものとは大違いである。だが、なぜか客席でうたた寝している人は少ないように見えた。そのひとつの理由は、様々に工夫された斬新な音響ではないだろうか。第 1部では 3つの異なる大きさの寺の鐘 (りんというのだろうか) がごーんごーんと響く。かと思うと途中でガサガサ合唱団 (20名) がステージから去るので何かと思えば、2階客席の左右奥とホールの真ん中あたりに陣取って歌い、その一方で、舞台では 4人がワイングラスに水を注いでそのふちを指でこする。いわゆるグラスハープである。ここではイメージを拝借する。
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それから、バッハのコラールの引用がなされる箇所もあるし、第 3部の最初の曲に至っては、紙を破ったりクシャクシャにする音、紐の先に何か重りをつけて振り回す音、チューブを振り回す音、ドラの表面を何かで擦る音、何やら水に浸けては引き出す音、これでもかと奇異な音が聴かれる。フルートソロの後には、ツーンという電子音が継続して響く。また終曲では、再び合唱団が 4パートに分かれて、何かを押しつぶしたような低い声で歌い、遠い世界に響く祈りのようなやまびこのような、不思議な音の交錯が聴かれた。このような様々な音の工夫がなされつつも、基本的には 2時間半、なだらかな音風景が続くわけで、聴いているうちに、これはあの世の風景かしらんとまで思えてきた。こればっかりは経験しないと分からない。演奏会に居合わせた人たちだけが、長い時間をともに過ごして音楽に耳を傾けているうちに、じわじわと沸いて来た感情の泡のようなものが、会場を満たしていたといった印象だ。宗教体験に近いと言ってもよいかもしれない。なるほどこれは、休憩を入れるわけにはいかないわけだ。そして上記の通り、時々指揮台で声を発するホリガーが、司祭のごとく聴衆を静かに先導する。2年前にサントリーホールブルーローズで聴いた彼の朗読も、きわめて音楽的でよかったが、今回も、彼の声は曲の重要な一部になっていた。特に「スカルダネッリ」という言葉の響き、何かの呪文のようではないか。ただ一か所、「夏」なのに「春」と言いかけてしまったのはご愛敬。弘法も筆の誤りということか (笑)。

演奏に関しては、現代音楽の専門集団、アンサンブル・ノマドも見事なら、2014年の初演時にも合唱を担当したラトヴィア放送合唱団も見事。だが中でも素晴らしかったのは、フルート奏者のフェリックス・レングリ。スイス人で、往年の巨匠フルーティスト、オーレル・ニコレの弟子である。恐らくは、同じ木管楽器であるオーボエの超絶的名手であるホリガー自身が、奏者の生理をよく理解した上で曲を書いていることも関係していよう。見事な演奏であった。
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このように、静かでありながら大変充実した 2時間半であったのだが、実はこの曲にはホリガー自身による CD もある。私はその存在を会場で初めて知ったので、買おうかなと手に取りかけたのだが、今回はやめることにした。上に書いた通り、何かの儀式のような実演で経験した静かな感動は、なかなか録音では味わえないからだ。もっとも、もう一度実演を聴いてみるかと言われれば、その長さを思い出すと、それにも若干の躊躇を覚えるかもしれない (笑)。これが CD のジャケットだ。
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さて最後に、この曲の印象と共通する視覚的なイメージをご紹介する。今回合唱団がやってきたラトヴィアは、言うまでもなくバルト三国のひとつ。私は行ったことがないのだが、そこにある「十字架の丘」には、いつか是非行ってみたいと思っている。生と死がその境も曖昧になるようなこのような風景を知っている人たちだからこそ、様々な技術的困難を乗り越えて、今回のホリガーの作品をリアリティを持って歌えるのではないだろうか。
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世の中まだまだ知らないことばかり。発見の喜び、学ぶ喜びがある人生は、なかなかに楽しいものである。

by yokohama7474 | 2017-05-26 01:42 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ピーター・トライアス著 : ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (中原尚哉訳)

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本当は違う書き出しにしようと思ったのだが、おぉーっと唸った発見からこの記事を始めよう。自分の手元にある上下巻を写真に撮るために、たまたま横に並べてみて初めて分かったことには、この 2冊の表紙は、ひとつながりの絵になっているわけなのだ!! いやー、これはまた予想外の展開。いかにこの小説を楽しんだ人でも、こればっかりは並べてみないと分からないこと。などと喜んでいる私は無知な人間で、実はネットの世界では既に当たり前なのかもしれないが。

今年の 4月28日付の記事で、フィリップ・K・ディックの古典的名作「高い城の男」をご紹介した。私はその記事で、そのディックの小説を読みたいと思った理由をほのめかした。そしてここで約 1ヶ月を経過して明かされる真実。・・・と言っても全く大したことのない話だが (笑)、私はこの最新の小説を読みたくて、その前に是非とも「高い城の男」を読みたかったわけである。なぜなら、その 2作には共通する設定があるからだ。この小説の題名、「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」とは、要するに現実世界での United States of America のことだが、第二次世界大戦の末期に日本が米国に原爆を落として、枢軸国が連合国に勝利したという架空の世界を舞台にしているために、この名称になっているもの。なるほど、それは分かった。だが、上に掲げたこの本、ハヤカワ文庫の上下巻の表紙は一体何なのか。何やら巨大なロボットのようなものが二体、向かい合っている。よく見ると下巻の帯に、「『高い城』& 『パシフィック・リム』の衝撃!?」とある。この最後の感嘆詞「!?」から、「エヘヘ、ちょっと言い過ぎかなぁ」とい照れが見えるような気がする。だが、読んでみると確かにこのコピーは言いえて妙なのである。もし映画「パシフィック・リム」をご存じない方がおられるといけないので、そのイメージをここで掲げておこう。もっとも、この映画に対する私の評価は、決して高くはないのであるが。
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つまり映画「パシフィック・リム」では巨大ロボットが登場し、怪獣 (英語でも「カイジュウ」) と対決するのである。そしてこの小説「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」には怪獣は登場しないものの、巨大ロボットが後半に出てくるのである。だからその意味では、ここには「パシフィック・リム」との共通点があるのは事実だ。そして、まぁそうなってくると、多分に思弁的な要素を持つディックの「高い城の男」の世界からは離れ、現在海外にもファンの沢山いる日本のアニメをはじめとするサブカルチャーの世界に近接するのである。実はその分野は私は苦手で、例えば知り合いの中にガンダム・マニアもいるが、彼の熱中ぶりを見ていると、私はその世界からは遠くに住んでいる人間なのだなぁと実感することがある。言い方を変えれば、この小説で描かれた世界は、文字ではなく映像 (いわゆるヴィジュアルという奴ですな) 先行型であると言え、実際にそのままハリウッドが映画化に乗り出してもよいくらいではないかと思う。と書いてすぐに訂正するのだが、小説ならではのエグい描写も沢山含まれていて、そのあたりはそのまま映画にはできないだろう。だがとにかく、この小説のヴィジュアル性には特筆すべきものがあって、最近年のせいか、読書をしてもなかなかイマジネーションの沸かない私としては、大変読みやすいと思ったものだ。

ストーリー自体はかなりシンプル。戦争に負けたかつてのアメリカ合衆国は、東側をナチス・ドイツに、西側を皇国日本に占領されている (この設定は「高い城の男」と同じ)。そんな中、"USA" なるゲームが流行する。これはなんと危険なことに、戦争で米国が勝って、繁栄を謳歌するという、皇国的にはありえない筋書き。それとともに、ジョージ・ワシントン (GW) 団と名乗る組織が、皇国日本に反逆する活動を行う。主人公の石村紅功 (べにこ) は、特高に属する筋金入りの皇国主義者、槻野昭子とともにある人物を抹殺しようとするが、敵味方入り乱れて、波乱万丈の成り行きの中に身を投じることとなるのだ。ちなみに物語は主人公の両親が戦後をどのように過ごしたかという 1948年の情景に始まる。そこでは主人公の両親は、生まれてくる子供が女の子と信じて、「べにこ」という女の名前をつけるのであるが、実際に生まれてきたのは男の子。ゆえに、「紅功」なる奇妙な名前の男が出てくるのである。物語は主として 1988年の米国西海岸を舞台としているが、回想シーンでは、その 10年前、1978年のサンディエゴ (カリフォルニア州に実在) での悲惨な出来事が重要な意味を持つ。メインの舞台が 1988年になっている理由はどこにも明記がないが、私の思うところ、インターネットが普及した時代では設定が難しくなるからではないか。ここで描かれる 1988年の世界では、各自が「電卓」(この言葉も、もう死語ですなぁ・・・) を持っており、そこから通信やハッキングができるような設定だ。なるほど、これも気が利いている。つまり、ここでの架空の世界にある種のリアリティを与えているのである。それに、描かれた街の情景には、あの「ブレードランナー」を思わせることもあり、ここでもフィリップ・K・ディック (「ブレードランナー」の原作はディックの小説「アンドロイドは電子羊の夢を見るか?」である) とのつながりを感じさせるのである。さらに感心するのは、様々な設定をばら撒いてヴィジュアルな要素を重視しながらも、小説ならではの衝撃性を組み込んだり、登場人物のキャラクター付けを入念に行っていることであり、この小説が SF 物であろうと何であろうと、人間という存在の強さと弱さをかなり仮借なく描いている点、作者の非凡な手腕を垣間見る思いである。こんな面白い小説を書いたピーター・トライアスは、1979年生まれ、サンフランシスコ在住の韓国系米国人。
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彼は若い頃から、いわゆるサブカルチャーを含む日本の映画やアニメにどっぷりだったようである。昨今クールジャパンは外国人に人気だし、私も仕事の関係で外人のそのような指向を実感している面もあるのだが、それにしても、そのような既存の材料を使って、これだけ面白い小説を書けるのは大したもの。この「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」が、初めて日本に紹介される彼の小説とのことだが、今後の活動が楽しみだ。なので、巨大ロボットものにアレルギーのない向きには、この特異な設定の小説を読んでみられるのも一興かと思います。あ、それから、登場人物名の漢字表記をはじめ、随所に翻訳の苦労が偲ばれる。この小説では実際、登場人物が関西弁を喋るようなことすらもあって、英語の原文はどうなっているの??? と不思議になろうというものだ。

上記の通り、この小説の舞台は主として米国西海岸なのであるが、サンディエゴ (LA の南 200km) という街で起こる出来事が、小説において非常に重要な意味を持つ。私はサンディエゴは二度出張で訪れているが、あるとき、お客さんと一緒に少しだけ街を見る機会があった。街の北東部にバルボア・パークという広大な公園があり、そこは今から 100年少し前、1915年に世界博覧会なる大規模な催しが開かれた場所なのであり、いまバルボア・パークに残る多くの建物はそのときのもの。今では博物館や美術館として賑わっている。なのでこの小説でも、作者と同じ西海岸の人たちが読むと、サンディエゴという地名から必ずや一定のイメージを得るものと思う。その施設の一部をご紹介すると、これはなんと、「ミンゲイ・ミュージアム」。そう、柳宗悦らが主張した「民芸」に属する美術作品を展示している。そしてなぜか、ニキ・ド・サンファルの彫刻作品が。
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これは美術館。さすがメキシコに近いだけあって、メキシコバロック風だ。当時は国境に壁を作るという話もなかったであろうし、文化面でのメキシコの影響は大変有意義であったろう。収集品はなかなかのもので、私が敬愛するカルロ・クリベッリの作品もある。
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これはちょっとピンボケだが、どこまでも青い空をバックにした尖塔。確か今は人類博物館になっているはず。
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そしてここで遭遇する驚きは、日本庭園だ。もちろん、なんちゃって日本庭園なのだが、もしかするとピーター・トライアスは、こんな風景を見て、戦争に勝った日本が米国を統治しているというストーリーを思いついたのではないか。もちろん確証はないが、そういうこともあったのでは、と夢想することは楽しい。
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そんなわけで、この奇想天外の物語は、人種のるつぼである米国のあり方に対するヒントにもなるかもしれず、ただ単なる荒唐無稽のフィクションとして割り切ってしまうのは惜しい。右傾化が進むこの時代であるからこそ、このような小説の需要が増大するのかもしれない。

by yokohama7474 | 2017-05-25 00:36 | 書物 | Comments(0)

スプリット (M・ナイト・シャマラン監督 / 原題 : SPLIT)

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これは、私がどうしても名前を覚えられなくて、いつも、「えぇっと、あのインド人」と呼んでしまう映画監督、えぇっと、M・ナイト・シャマランの新作である。彼の前作「ヴィジット」もこのブログでご紹介したが、あの「シックス・センス」(1999年) によって一気にブレイクした才能で、その後もコンスタントに映画を撮り続けている才人である。あの「シックス・センス」の発想の面白さは実に大したもので、あれを見て「やられた!!」と思わないほど頭のよい人がいたら、会ってみたい。私など、劇場で思わず叫んでしまいそうになるほどであった (笑)。この「シックス・センス」の次に、同じブルース・ウィルスを主演に迎えてシャマランが撮ったのは、デイヴィッド・ダンという警備員が主役の「アンブレイカブル」(2000年)。これは前作ほどではないが、まずまずの出来であったと記憶する。だが、それから本作までの 8作で、彼は「シックス・センス」を超えただろうか。もちろん見る人それぞれの評価があるだろうが、残念ながら No と答える人が多いのではないだろうか。中には、「エアベンダー」のような、ちょっと迷ってしまっているかなぁという残念な作品もあった。だが今回の作品、プログラムに踊る言葉は、「シャマラン完全復活!! 想像を絶する究極の結末。観客の予想を裏切り続ける 1時間57分!」とある。さてさて、本当にインド人の復活なるか???
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この映画のストーリーは、予告編を見るだけで明らかである。女子高校生 3人を乗せて停まっていた車の運転席に、見知らぬ男が突然乗り込んでくる。「車を間違ってますよ」と注意する少女たちに何やらスプレーを浴びせかけ、男は 3人を誘拐、監禁する。そしてその男の中には 23の異なる人格が存在し、24番目の人格が迫り来る。果たして少女たちの運命やいかに!! というもの。主役 2人が、最初の「出会い」で作り出す視線の交錯は、こんな感じ。
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ここから始まる監禁と、そこから逃げようとする女の子たちの奮闘は、以前私が大絶賛した「ドント・ブリーズ」や、こちらはかなり厳しいことを書いた「グリーンルーム」と共通するものがある。最近の観客は、狭いところに閉じ込められて、そこから脱出するという設定にのめり込むということなのだろうか。だがここで私の独断を述べてしまうと、この映画の出来は「ドント・ブリーズ」には及ばないが、もしかすると「グリーンルーム」よりも上に位置するかもしれない。そしてここで結論を急ぐと、残念ながらこの映画の出来は「シックス・センス」にはやはり及ばない。ネタバレを避けながらこのことについて語るのは極めて困難なので、以下はちょっと回りくどい言説になってしまうが、この映画をご覧になった方には分かって頂けると思って、話を続けます。

上記の通り、少女たちを誘拐する男は多重人格者であり、既に予告編にもこのような少年と女性のキャラクターが登場する。
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多重人格者の映画と言えば、昔「レイジング・ケイン」という、ブライアン・デ・パルマの映画があった。主演のジョン・リスゴーが頑張っていたが、だがスクリーン上で見る多重人格の表現は、正直なところあまり恐怖を覚えさせなかったと記憶する。今回の「スプリット」の場合、多重人格者を演じる「X-メン」シリーズのプロフェッサー X (チャールズ・エグゼビア) 役でおなじみのジェームズ・マカヴォイは、23もの人格すべてを演じるのかと思いきや、そのうちの 9人分だけだ。いや、「だけ」というのは語弊があって、これは充分多い数であり、口調や動作の違いでそれらの人格を使い分けるマカヴォイの演技はさすがだと言えよう。だが。だがである。やはり、スクリーン上で見る多重人格者は、正直言って怖くない。それは、演じている役者が、スクリーン上の複数の人格を表現していることがつぶさに分かるからであり、もし現実にそんな人がいたら怖いだろうなぁとは、あまり思わないのである。それよりもむしろ、このような窓のない空間に閉じ込められるという、その単純な事実が怖い。
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彼女たちがここで経験するのは、得体の知れない「人々」 (?) による奇妙に友好的な待遇である。様々な逃亡を企てる彼女らがそれに失敗するたび、どんなひどいことが起こるのかと思いきや、即全身ズタズタとか、逃げようのない残酷な拷問にかけられるとか、そこまでひどい目には、とりあえずのところは、遭わないのである。その意味するところは何だろう。クライマックスに向けて何らかのメッセージが発信されるのであろうと思い、画面の隅々まで可能な限り注意を払ったが、最後のシーンに至っても、「シックス・センス」並にポンと膝を打つようなことにはならなかった。だから、この映画に対する私の大きな期待は満たされたとは、残念ながら言えないのである。いつものようにシャマラン自身がチョイ役で出演しているが、そういったシーンによっても、観客の恐怖は和らいでしまうのだ。

ただ、映画として優れた場面はいくつかあって、見ていて飽きるということがないとも言える。何より、主役のケイシーを演じるアニヤ・テイラー=ジョイのくるくる変わる表情がよい。内向的でつらい過去を持つ女の子という設定であるが、目と目が離れていて決して完璧な美形には見えない顔でありながら、このような涙の表情が、謎めいた雰囲気を醸し出していて、ただ単に怯えているだけの弱い女の子というイメージではないのである。今後期待できる女優さんだと思う。
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さて、この映画の舞台がどこであるかは、ただ映画を追っているだけでは判然としないが、いくつかのシーンから、明らかにフィラデルフィアである。シャマランは幼少期をこの街で過ごし、これまでの作品でもしばしばフィラデルフィアを舞台にしている。そのことがはっきりするのは、終盤に登場するタクシーに "Philly" と書いてあるからだ。大リーグのフィリーズでも分かる通り、Philly とはフィラデルフィアのことなのである。あ、それから、美術好きには、映画の中で登場人物が鑑賞するこの作品がヒントになる。
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これは言うまでもなく、ポール・セザンヌの代表作のひとつ「大水浴」。フィラデルフィア美術館の目玉のひとつでもある。私はこの美術館を二度訪れたことがあるが、素晴らしいコレクションを持っている。このセザンヌもさることながら、より貴重なのは、マルセル・デュシャンの遺作である。箱の中を覗き見する怪しい作品であり、この美術館に出かけて行くしか鑑賞する方法はないのだ。あ、それからもちろん、映画好きの人は、この美術館の外見に興奮を覚えるかもしれない。
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そう、「ロッキー」である。このシャマランの映画と直接関係はしないものの、この美術館の映像を見ると、やはり「ロッキー」を思い出さざるを得ないし、階段を駆け上って両方の拳を突き上げたくなるのである (笑)。一方、クラシックファンが期待するかもしれない、米国屈指の名門オケ、フィラデルフィア管弦楽団に関するネタは、残念ながら本作には登場しません。

ともあれ、予告編でシャマラン自身が「見たあとも絶対人に喋るな」と観客に呼び掛けていることであるから、ラストシーンについて語ることはできないが、うーん。どうでしょう。こればっかりは見てのお楽しみなので、たとえポンと膝を打つようなことにならないとしても、恨みっこなしだ (笑)。ひとつだけ、これから見る方にアドバイスすると、本編が終了してエンドタイトルが流れても、席を立ってはいけない。エンドタイトル終了後に日本語で、あるメッセージが流れるので、それを見た上で、この映画を評価するべきだろう。そのメッセージの意味するところは、またシャマランの次回作まで待たないと理解できないかもしれないが。

そんなわけで、人格がスプリットしないよう、理性を持って見れば、あなたは決してこの映画によって壊されることはないだろう。多重人格、何するものぞ!!
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by yokohama7474 | 2017-05-24 01:09 | 映画 | Comments(0)

カフェ・ソサエティ (ウディ・アレン監督 / 原題 : Café Society )

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ここしばらく映画を見る機会を逃していた。もちろん、出張の際に飛行機の中で見た映画はある。それらは大抵、劇場で見逃したものか、あるいは劇場で見ることは最初から想定しないタイプの映画であって、面白いもの面白くないもの、様々だが、このブログで採り上げる対象とはしない。というのもここでは、映画に関しては、劇場というしかるべき空間での経験のみを語ることとしたいからだ。とまあそんなわけで、しばらくぶりに劇場で見て、そしてここで採り上げる映画は、あのウディ・アレンの新作である。

私のウディ・アレンに関する思い入れは以前にも書いたのだが、1980年代、90年代の頃にはどうにも共感できず、あえて距離を取っていた。だが時は流れ、このところの私は彼の作品にほれ込んでいて、見る映画見る映画、ふぅーんっと唸ってしまうのである。今彼のフィルモグラフィを眺めて数えたところ、2008年の「それでも恋するバルセロナ」以降の監督作品 (劇映画のみ) 9本のうち、見ていないのは 1本だけだ。彼は今年 82歳になる高齢だが、そのキャリアで一貫して監督作では必ず脚本を書き、オープニングタイトルは極めてシンプル。CG も使用しないから、エンドタイトルも今時珍しい、短いものだ。彼の制作態度は何十年も変わっておらず、ただこちらが年を取ってものの見方が変わってきた (願わくば大人になった???) ということなのだろう。これは本作で主要な役 (ヴォニー) を演じるクリステン・スチュワートと並ぶウディ・アレン。肩など組んで、おいおい、近い近い!! (笑)
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そんなわけで、久しぶりに見る映画として迷いなくこれを選んだのだが、オープニングタイトルでいきなり、普段のウディ・アレン映画では経験しない、のけぞるほどの驚きを覚えることとなった。それは、撮影監督の名前である。Vittorio Storaro・・・えっ、もしかして、ヴィットリオ・ストラーロ??? そう、あのベルナルド・ベルトルッチの盟友であり、この稀代の名監督の代表作の数々を、まさに奇跡の映像で彩った、あの天才撮影監督である。もちろんそれ以外にも、「地獄の黙示録」も有名だし、BBC がワーグナー生誕 150年を記念し、ロバート・バートン主演で制作した伝記作品でも、テレビながら実に彼らしい映像美を創り出していた。調べてみると彼は 1940年生まれで、今年 77歳。ウディ・アレン作品の撮影監督は初めてである。
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そして、始まった映画の冒頭シーンを見て、私は再びのけぞったのである。1930年代ハリウッド。映画関係者たちが集う華やかなパーティで、プールサイドを滑らかに動くカメラが映し出す、夕焼けのあとの空の薄い青、プールの水の青、それを反射する白い建物の青。それぞれ微妙な差を持つ青たちが、ひとつの画面の中で実に絶妙にバランスされてゆらめいており、言葉を失うほどだ。実際、この 96分という比較的短い映画の中に収まった映像美は、平凡な映画の百本分くらいではないか。正直なところ、映像に見とれてストーリーを追うのを忘れるシーンもいくつかあった。ここでのストラーロの行動範囲は、屋内ではオフィスや高級レストランやカジュアルなバーやパーティ会場や一般人の自宅や、それこそカフェまで。屋外では冒頭のような屋敷のプールサイドから、海岸の波打ち際から、豪邸のテラスから、ならず者が死体をセメント詰めにする建築現場まで。実に様々なシーンをフレームに収め、ある場合には西日が疑念に満ちた人の顔を赤く照らすかと思うと、またある場合には家族の会食の場面で家長たる父親の顔が陰になる。また、美しいシルエットもあれば、叔父を待つ主人公の服装と彼が背にする廊下の貼り紙が同系色のブラウンであったり、それはそれは、随所で遊びと真剣勝負がないまぜになっているのである。私は今ここで、記憶によってそれぞれのシーンを再現してみようとしているが、それには限界がある。少なくとももう一回、いやできれば三回はこの映画を見てみないと、この映像の真価を語りつくすことができないという無力感にとらわれているのである。昨今このような映画は極めて少ない。その点だけでも、この映画を見に行く価値は充分にあるのである。

もちろん、いつものようにウディ・アレン自身による脚本であるから、そのセリフの洗練されたこと。英語の論理性と、実はそこに時折出て来る詩的な感覚を感じることができて、いつもながら見事である。そうそう、「片思い」のことを "Unrequired Love" というのですな。勉強になります。実際この映画の言語を日本語に置き換えてみると、どうなるだろう。恐らく映画として成り立たないだろうと思う。人間の弱さを示す見栄や取り繕い、疑念や憤りや利己的な思い、情熱の先走り、そしてその反動の自己嫌悪・・・。そのような感情がストレートに伝わってくるのは、言語的なセンスも大いに関係していよう。そして、アレンの映画の常であるように、ここには本当の悪人という人はひとりも出てこない。それゆえに人生とは滑稽で哀れで、そして生きるに値するものなのだ。・・・おっといけない。若い頃の私は、このようなアレンの映画の批評を耳にして、どうにも敬遠したくなり、結果的にウディ・アレン映画という宝の山を、食わず嫌いしていたのであった。だから私も、そのような思いをあまり大々的にここで書いてしまうと、きっと若い人たちのためにならない。これ以上この種の賛美を連ねるのはやめておこう。もう遅いか (笑)。

この映画に出演している役者たちのほとんどが、私にとっては馴染みにない人たちである。ただ、主役ボビーを演じるジェシー・アイゼンバーグは、「グランド・イリュージョン」の 2作に出ていたのは覚えているし、調べてみると、「バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生」におけるレックス・ルーサーの役でもあった (因みにこの映画、私があれだけ散々悪口を書いたにも関わらず、続編が公開されることになるようだ)。ここでは、ナイーヴな青年がセレブたちの集う「カフェ・ソサエティ」で成り上がって行きながら、純粋な部分も残しているという設定を、大変上手に演じている。彼の放つ言葉がそのまま、英語の散文詩だと言ったらほめ過ぎだろうか。
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因みにこの映画、日本では以下のようなポスターもある。
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これを見ると、ボビーという男が、ふたりのヴェロニカという女性と巡り会い、恋に落ちる話であることは明確だが、さて、この派手な色遣いはどうだろう。正直、あのヴィットリオ・ストラーロの魔術的なカメラワークを堪能するには、ちょっとイメージが違わないか。この映画のストーリー自体は、最近ヒットした「ラ・ラ・ランド」に近いものがあって、まあその男女の切ないロマンス性を否定するつもりはないが、それよりもこの映画においては、人間を見る目にこそ大きな価値があると私は思っており、このように派手な作りのポスターで「ロマンスですよー」と宣言することは、作品の大人の魅力を伝えるためには、むしろ逆効果ではないか。それゆえ、私は冒頭に掲げた黒くてシンプルでシックなオリジナル・ポスターの方が、より作品の本質に近いと思うのである。

実は、ウディ・アレンとヴィットリオ・ストラーロにとっては、この映画が、ともにデジタルカメラで撮影した初の作品になったとのこと。ストラーロは長年デジタルでの撮影実験を重ねてきて、ようやくこの技術が満足できるレヴェルに達したと判断したのだという。そして、アレンの次回作 "Wonder Wheel" (ケイト・ウィンスレット主演) でもカメラを担当しているらしい。ともに 80歳前後に至った大芸術家同士、しかも全く違った持ち味の人たちが、ここへ来て意気投合しているというのが素晴らしい。是非是非、これから先も、共同で歴史に残る偉大な作品を作り続けて欲しい。あ、等身大で。
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by yokohama7474 | 2017-05-22 22:04 | 映画 | Comments(0)