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和田 竜著 : 忍びの国

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先に同名の映画化作品を採り上げた小説である。その映画についての記事でも触れたが、一般的に、小説が売れてから映画化されるケースは非常に多いものの、この作品の場合は、原作者が映画の脚本を自ら書いていることが最大の特色であろう。私はこの映画を結構楽しんだのだが、その理由のひとつは、さすが作家の手になると思われるセリフであることは既に書いた。だからこそ、原作と映画の違いに興味津々であったのである。

そもそも、ある小説を映画化したものを見ると、十中八九は小説の方が映画より面白いと感じるものである。私の見るところその理由は明白で、要するに文字だけの情報である書物を読むことは、取りも直さず自分の中で、ヴィジュアルなものを含むイメージを膨らませること。つまりはイマジネーションである。どんな人間であれ、イマジネーションがある以上は、他人から押し付けられることのない自由な想像に喜びを見出すもの。もちろん、外から与えられるイメージが、もともと自分が持っていたイメージとほぼ同じというケースもあるであろう。だがそんな場合も、小説の映画化につきまとう別の難題をクリアできないかもしれない。それは、何日もかけないと読破できない小説と、せいぜい 2時間前後で終わってしまう映画との間には、埋めることの到底できない情報量のギャップがあるのである。何事も手軽でスピーディになってきている現代、書物が我々の日常生活に占める割合が減って来ていることは否定しようのない事実であろう。だがそれは由々しき事態。これは難しいことでもなんでもなくて、文字を追うことで人間に生来備わっている想像力が刺激されることは、誰がどう見ても明らかな事実である。なので、人間が人間である以上は、書物の存在意義は続くという点において、この「小説の方が映画より面白い」という感覚は、文化的観点からは非常に大事なのであると思う。
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さて、この小説を読んで、映画と比べていかがであろうか。正直なところ、私は舌を巻いた。その理由は、映画も充分面白かったところ、原作小説はそれよりもしっかりと多い情報量を持っていて、それはそれはよくできていたからである。そう、小説の方が登場人物は多いし、個々のシーンの中でも、設定が微妙に違うところが多々ある。あるいは、主人公である忍者、無門の語る言葉を取っても、小説では映画のように全編を通して現代語というわけではない。戦国時代という設定に基づいて、文字で読むところのリアリティが満載なのである。上述の通り、小説の作者が映画の脚本を手掛けている意味は非常に大きいが、それにしても、どんな小説家もこんな脚本を書けるわけではないだろうと思う。というのも、自分の書いた小説の登場人物たちが大事だと思えば、自らの手でそのキャラクターを変えたりあるいは省略したりすることはつらいことであろうからだ。であるからして、私はこの和田竜という作家のスマートぶりに敬意を表するのである。
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だがその彼の手腕にしても、この小説で使われた手法のすべてがオリジナルというわけではない。読んでいてすぐに分かるのは、歴史物のスタンダードとしての司馬遼太郎からの影響である。小説の中の歴史的シーンをリアルに語りながら、現代の視点から、参照にした文献に言及し、それへの短い評価を記す。そこに時代の流れが巧まずして現れる。そういえばこの二人、眼鏡も似ていないか (笑)。
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ともあれ、読む人の想像力を心地よく刺激する小説であるので、映画云々ではなく、小説そのものとして楽しめる。ところでここで私が言いたいことは、上記のような司馬遼太郎という手法における先駆者のみならず、題材におけるこの小説の先駆的な作品があるということである。このブログで以前ご紹介したこともあるが、その作品とは、村山知義の「忍びの者」。
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5分冊の大部な小説であるが、私はもう何年も前にこの小説を大変面白く読んだ。ここには、「忍びの国」にも登場する百地三太夫や木猿などのキャラクターも出て来るし、何より、最後の最後で明かされる意外な設定も面白い。なので、「忍びの国」に興味を持たれた方は、是非この「忍びの者」も読んで欲しい。作者の村山知義は、演劇や美術の分野における日本のモダニズムを語る上では欠かせない人物であるが、このような面白い小説を書いていたことは、現代において、もっと評価されてもよいと思う。因みにこの「忍びの者」、市川雷蔵主演で映画化されている。残念ながら私は見たことはないのであるが、この昭和感覚あふれるポスターに興味をそそられる。うーん、「忍びの国」における大野智に比べると、随分あか抜けない、短足がに股の、農耕民族的忍者である (笑)。
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今や外人にも大人気のニンジャであるが、歴史の中で「闇に生まれ闇に消える。それが忍者の定めなのだ」(白土三平の「サスケ」より) という位置づけにある彼らの生きざまを、想像力を駆使して感じてみることで、ストレスの多い日常を忘れることができると思う。なので忍者ものは、今この時代であるがゆえに、意味のあるものなのだと思う。

by yokohama7474 | 2017-08-31 00:49 | 書物 | Comments(0)

トランスフォーマー 最後の騎士王 (マイケル・ベイ監督 / 原題 : Transformers : The Last Knight)

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ハリウッドの人気シリーズ、普段は車の姿をしたロボット生命体が活躍する「トランスフォーマー」の第 5弾。そういえば、先にシリーズ最新作についての記事を書いた「パイレーツ・オブ・カリビアン」も今回が 5作目。そのシリーズの開始は 2003年、対するこの「トランスフォーマー」シリーズの最初は 2007年。若干こちらの方がシリーズ化のペースが早いのであるが、奇妙な一致があって、あちらの最新作の日本での副題は「最後の海賊」、そしてこちらは「最後の騎士王」。どうしてこうも「最後」ばやりなのか (笑)。だが、あちらの方は原題は全く違うものであったのに対し、こちらの邦題は原題の直訳。さて、一体何が最後であるのか。

手っ取り早く話を進めると、私はこの映画を評して、「まるで夢のようだ」と言いたい。これは、まさに夢のような大傑作という意味では決してなく、なんだか知らないが切羽詰まった事態が次から次へと現れ、その間の脈絡もなければ、落としどころも見えないという、そういう点で、シュールなまでの荒唐無稽さを持っているという意味である。夢の中では、細部にリアリティがありながらも、つじつまの合わない部分のめくるめくパッチワークを体験することになるが、この映画の印象はまさにそのまま。いや実際、これは一体どんな映画だろう。ストーリーが子供向けかと言えばさにあらず。こんなものは刺激が強すぎて、とても子供たちには見せられない。では大人が楽しめるストーリーかと言えば、それも当たっていない。それから、過去の作品を見ていることが前提になっていて、その流れを知らない人には全く分からない内容なのだ。いや、実際には私は過去 4作のうち第 2作以外は見ているはずだが、現代人の常として、その内容をいちいち覚えているほど暇ではない。オプティマス・プライムとバンブルビーの関係もよく知らないし、ましてや、オートロック、じゃないや、オートボットとか、デカメロン、じゃないや、メガトロンとか、レデンプション、じゃないや、デセプションとか、サイババ、じゃないや、サイバトロンと言われても、なんのことやらさっぱりだ。だから勢い、信じられないほど鮮やかな CG に目を見張るところで、この映画のストーリーを追うのをやめてしまうこととなる。その一方で、映画の中では何やら、「あと 3日で人類は滅亡します」などと冷静に語っている学者 (?) はいるし、宇宙船に乗っている創造主なるものも登場するし、ロボット生命体とはおよそ縁がないと思われるアーサー王の聖剣エクスカリバーや、魔法使いマーリンの杖がどうしたという話題も出て来るし、世界がかつてひとつであったときの名称であるパンゲア大陸やストーンヘンジも出て来る。かと思うとキューバのシーンではチェ・ゲバラの大きな肖像画も出て来るし、回想シーンでナチも出て来る。いやもう、その食い合わせの悪さに気持ちが悪くなるほどだ。これがオプティマス・プライム。果たして彼は善玉なのか悪玉なのか。ネタバレはできないが、その立場は、おいおいと言いたくなるほど些細なきっかけで変わるのである。地球の命運がかかっているのに、全く人騒がせな (笑)。
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対するこちらがバンブルビー。未だ若くてやんちゃ者という設定のようだが、少なくとも顔を見る限りは、若いのかどうか判然としない (笑)。
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繰り返しだが、その CG の凄まじいこと。これまでのシリーズでもそうであったが、さらに進化しており、その点には見る価値はあろう。いや、それだけではなく、生身の役者もなかなか豪華である。まずは、前作「ロスト・エイジ」に続いての出演であるマーク・ウォールバーグ。最近ネット記事で見たのだが、昨年の彼の年収は日本円にして 75億円で、ハリウッド No. 1 であったそうだ。演じている役柄には地味なものが多いので、ちょっと意外な感じがする。だが、よい役者であることは間違いない。ここでは筋肉ムキムキの腕を見せているし、何より、実は大変に重要な人物であることが劇中で判明する。だがその割には、大団円ではそれほど活躍しないのが奇異である。すごい武器を手にしているはずなのに、一体何をしているのか、と言いたくなること必至である (笑)。あ、そのすごい武器とは、この写真 (上のバンブルビーの写真と同じポーズですな) の銃程度のものではないのだ。それはそれはすごい武器なのだ。それなのに・・・。
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それから、驚きの出演は、アンソニー・ホプキンス。英国で最高の名誉であるサーの称号を持つ、当年 79歳の稀代の名優が、なんとも楽しそうに謎の貴族を演じている。
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それから、私の好きな (昔のコーエン兄弟作品によって) ジョン・タトゥーロが出ているのも嬉しい。もっとも、調べてみると、このシリーズには 1作目から 3作目まで出演していたらしい。相変わらずいい味出していますな。
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まあこのように、ごった煮もいいところの、ある意味のトンデモ映画であり、まさに夢の世界を漂うような作品なのである。このシリーズを継続して監督して来ているマイケル・ベイは、ほかにも多くの大作を手掛けてきている実績を誇るが、こんなシュールな映画を撮ってしまうと、これから先どうなるのだろうと思わないでもない。ま、余計なお世話ですがね。
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さて、それでは映画の本質からちょっと離れて、いつもの脱線としゃれこもう。劇中で私がそれと判別できたロケ地を 3ヶ所ご紹介したい。まずひとつ、戦時中のナチの司令部が置かれているという設定の豪奢な建物。以前もこのブログでご紹介したことがあるが、これは世界遺産ブレナム宮殿だ。あのウィンストン・チャーチルの生まれた場所としても知られる。面白いのは、このシーンの前のシーンで、アンソニー・ホプキンス演じる貴族の館の中の部屋に、チャーチルの肖像写真が置いてあることだ。戦争中ナチとの戦いに心血を注いだチャーチルが、自分の生まれた家がナチの司令部になっているという設定を知ったら、驚きと怒りのあまり、墓から甦るのではないかとすら思われる。こんなシーンである。
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ふたつめは、これはほんのワンシーンしか出ないのであるが、女性学者ヴィヴィアン (演じるのはローラ・ハドック) の実家という設定のシーン。これはロンドンのホルボーン近くにある、ジョン・ソーン美術館。建築家サー・ジョン・ソーン (1753 - 1837) の邸宅をそのまま美術館としているもので、決して広いとは言えない邸内は、かつての主が収集した古代の美術品でいっぱいなのである。ロンドンにおいては、画家フレデリック・レイトンの邸宅であるレイトン・ハウスと並ぶ、個人の邸宅として面白い場所だと思う。私の尊敬する建築家磯崎新がいろいろな建築を縦横に語り、篠山紀信の美しい写真が掲載された「磯崎新の建築談義」の第 11巻で紹介されているので、強くお薦めしておこう。
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そして最後。ジョン・タトゥーロの連絡を受けたアンソニー・ホプキンスが、ある大事なものを探しに行く場所だ。これは、アイルランドの首都ダブリンにあるトリニティ・カレッジの図書館である。この大学の歴史は古く、あの「ガリバー旅行記」を書いたジョナサン・スウィフトがここで教鞭を取っていたことと、アイルランドの至宝で、8世紀に制作された聖書の写本である「ケルズの書」を所蔵していることで知られる。ダブリンなどなじみのない方も多かろうし、小さな街で娯楽も少ないのだが、このトリニティ・カレッジだけは見に行く価値がある。以下の 3枚は、私がそのトリニティ・カレッジの図書館を訪れたときにスマホで撮影した写真。こんな場所は世界にもそうそうあるものではなく、まさに知の殿堂。圧巻である。
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ええっと、何の記事でしたっけ。あ、そうそう、「トランスフォーマー」でしたね (笑)。上記の通り、CG 満載の夢のような映画であるが、それだけ関与している人の数は膨大であるはず。さぞかしエンドタイトルが長いだろうと思いきや、なんとなんと、最近のハリウッド映画の平均よりも随分短いのだ。その理由は、普通ならスクロールして行くはずの画面が、静止画像で 0.何秒ごとというペースでどんどん切り替わって進んで行ってしまうからだ!! 組合との合意で、関わった人すべての名を出さないといけないルールになっていると理解するが、これはなんともトリッキーな方法だ。これだけ早く画面が進んでしまうと、その内容を見ることはほとんどできない。いわばルールを骨抜きにした格好だが、それでよいのだろうか。これまた余計な心配でありながら、あのスピルバーグを製作総指揮のひとりに頂く作品で、こんなことをやってもよいのかと、ちょっと思ってしまいました。それとも、あれも夢だったのだろうか・・・。

by yokohama7474 | 2017-08-28 23:47 | 映画 | Comments(0)

セイジ・オザワ松本フェスティバル 小澤征爾 / ナタリー・シュトゥッツマン指揮 サイトウ・キネン・オーケストラ 2017年 8月27日 キッセイ文化ホール

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ちょうど一週間前にファビオ・ルイージ指揮のマーラー 9番を聴いた松本に舞い戻ることとなった。それは、この音楽祭の総監督の指揮を聴くためだ。別のポスターにはその人の写真 (何年か前のものだが) が出ている。
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以前書いたルイージ指揮の演奏会の記事で触れた通り、今年のセイジ・オザワ松本フェスティバルにおける総監督小澤征爾の出番は非常に限られている。だが、やはり聴けるものなら、なんとかして聴きたい。そう思って足を運んだコンサートの曲目は以下の通り。
 ベートーヴェン : レオノーレ序曲第 3番作品72b
 マーラー : 歌曲集「子供の魔法の角笛」から (ソプラノ : リディア・トイシャー)
       ラインの伝説
       地上の暮らし
       天国の暮らし
       この歌を作ったのは誰?
       きれいなラッパの鳴るところ
       せめてもの慰め
 ドヴォルザーク : 交響曲第 7番ニ短調作品70

実はこのうち小澤が指揮するのは最初のレオノーレ序曲第 3番のみ。15分くらいの曲である。そして、残りのマーラーとドヴォルザークを指揮するのは、ナタリー・シュトゥッツマン。クラシックファンなら知らぬ者とてない、現代最高のアルト歌手のひとりであるが、今回は指揮者として登場。そのことはあとで触れるとして、まずは小澤の指揮について述べることとしたい。

いつもの通り楽団員と同時にステージに登場した小澤は、椅子に座り、チューニングを待って、ペットボトルの水を少し飲むと、小さく唸りながら両腕を振り下ろした。重い和音が鳴り響き、今時のベートーヴェンとしては珍しく大型の、コントラバス 8本編成のオケが動き出した。この音は、昔のドイツの巨匠たちのものとは違って重厚一点張りではなく、小澤が昔から持っているしなやかさをまとっている。だが、小澤の指揮ぶりは、昔よりも身振りが小さくなっていて、その分、オケの自主性で音が鳴るように思われる。気心の知れたサイトウ・キネンの面々であるからこそ、今の小澤の音をよどみなく繰り出して行けるのであろう。小澤は音楽の盛り上がりとともに時に立ち上がっての指揮であり、ここでは間違いなく音が呼吸している。音のヴェールのような静かな導入部から弦楽器が急速にうねり始めるところ、そして蓄えた力が、短い音型の繰り返しの果てに爆発するところ。弦楽器と管楽器が呼応する、その音の動きが人の呼吸と同調しており、そして人の感情と同調している。聴いているうちに私が思い浮かべたのは、この序曲を何度も書き直したベートーヴェンが、頭の中の理想の音を求めて呻吟している姿。そうして、自ら書き上げた音楽に興奮している姿である。誰の指揮であろうと、結局は、音楽そのものの美を表した演奏を聴きたいと思う。ここではオザワセイジという個体を超え、音楽自体の持つ力が縦横無尽に駆け巡っていたと思う。なんと素晴らしい演奏!! そう思って感動しているうちに、オケは最後の凄まじい全力疾走を終えた。客席を振り返る前にまたペットボトルから一口水を飲んだ小澤は、疲労の色を見せながらも満足そうであった。至福の 15分間。尚、この曲では出番のないハープの吉野直子が、ステージ衣装のまま 1階客席真ん中あたりの補助席に座ってこの演奏を聴いていたのが印象的であった。これは今年のリハーサルの様子。
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さて、上記の通り、今回の演奏会でメインのパートを振るナタリー・シュトゥッツマンは、もともとアルト歌手として世界に知られた人。フランス人で、私と同じ 1965年生まれ。指揮を始めたのは 2008年からであるらしく、最近では水戸室内管弦楽団の演奏会でも小澤と指揮を分け合うなどしており、指揮活動を広げているようだ。一流のプロのやっていることであるから、当然指揮の方も相当な才能があっての成果だと期待はできる。だが、実際に聴いてみるまではどのような指揮ぶりであるのか予測できない。
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正直、これまで彼女の指揮を聴いたことがない私としては、やはり彼女はまず第一に歌手。実は今回私は大変な勘違いをしていた。事前に見ていた音楽祭のチラシにおいて、「ナタリー・シュトゥッツマン / 指揮、アルト」と書いてあったと思っていたのだ。つまり、マーラーのオーケストラ伴奏つき歌曲の何曲かを、ソプラノ歌手と歌い分け、同時に指揮もするのだと漠然と思っていたのである。ところが、ふと疑問に思った。どうやって指揮しながらソロを歌うのだろう? 歌うには客席に顔を向ける必要があるが、その場合、後ろ手でオーケストラを指揮するのか??? いやいや、人間である以上、からだの後ろで自由自在に腕を操ることなどできるはずがない。あるいは、オケの方を向きながら歌うのか??? いやいや、そんなことをしたらもったいない。このホールにはステージの後ろに客席はなく、美声を聴くことができるのは、オケの面々だけになってしまうからだ (笑)。そして、綺麗な衣装を着たソプラノのリディア・トイシャーとともに、男性かと見まがうパンツルックでステージに現れたシュトゥッツマンを見て、ようやく気付いた。彼女は後ろ手でオケを指揮したり、誰もいないステージ後方に向かって美声の垂れ流しをしたりはしない。純粋に歌曲の伴奏として、指揮をするのみだ!! まぁ、考えてみれば当たり前なのであるが、私は時々思い込むと全くバカなことを考えてしまうのだ。プログラムをよく見ると、「指揮 : 小澤征爾 (ベートーヴェン)、ナタリー・シュトゥッツマン (マーラー、ドヴォルザーク)」とあって、最初から彼女は指揮に専念することは明らかであった。あぁ勘違い。これがソリスト、ドイツ人ソプラノのトイシャー。
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一昨年のここ松本でのベルリオーズの「ベアトリスとベネディクト」にも出演していたし、2014年の小澤征爾音楽塾の「フィガロの結婚」や、つい先月の佐渡裕指揮による兵庫県立文化センターでの同じ演目でも、スザンナを歌っていたようだ。端麗な容姿で声も美しいが、今回の 6曲のマーラーの「角笛」(うち 1曲は、普通はこの歌曲集には含まれない、交響曲第 4番の終楽章だ) のうち、オケがかなりの音量で鳴る曲では、少し声量が不足しているように思ったし、また、シニカルな歌詞とはちょっとミスマッチな歌唱ではなかったか。その点、アンコールで歌った同じマーラーの「リュッケルトによる 5つの歌」からの「美しさゆえに愛するのなら」は、大変に美しい演奏であった。さてこの「角笛」のオケによる伴奏であるが、私にとってはシュトゥッツマンの指揮初体験にして、そのオケを操る精度の高さに大きな驚きを覚えることとなった。もちろん、歌手が歌曲の伴奏をするのだから、音楽の流れをよく心得ていて当たり前とも思えるが、実際にオケの前で棒を振って (時々柔らかい音を出すときは素手で) 自分のイメージする音を引き出すことは、そう簡単にできるわけもない。オケの反応がすこんぶるよいのは、やはり指揮者の指示が明確であるからだろう。この伴奏だけで、彼女の指揮者としての才能は明らかになった。

そしてメインのドヴォルザーク 7番は、実に鮮やかな名演となったのである。私は昔からこの曲が大好きで、なぜに歴史に残る世界の名曲として広く認定されないのかが不思議なくらいなのであるが、ドヴォルザークの交響曲としては、第 8番及び第 9番「新世界から」に、演奏頻度では大きく水を空けられている。ブラームスの尽力で世に出たこのチェコの作曲家は、その素晴らしいメロディのセンスと、ボヘミアの郷土色をもって、ブラームスとは異なる音世界を創り出したが、当然この極めてドイツ的な先輩作曲家の影響を受けることで、辺境の音楽家から転じて音楽史のメインストリームに乗ることに成功した。よくドヴォルザークの交響曲第 6番がブラームスの 3番に似ていると言われることがあるが、それもさることながら、この 7番の激烈なドラマ性は、ブラームスのピアノ協奏曲第 1番の雰囲気と大変よく似ている。以前も何かの記事で、ブラームスのピアノ協奏曲 1番への私の熱烈な愛を表明したが、同様にこのドヴォルザーク 7番も偏愛しているのである。だが、その愛を感じるには、よい演奏で聴く必要がある。ただ闇雲に情熱だけ先走ってもいけない。激情の中に豊かな詩情と歌心が息づいていなければならない。その点、今回のシュトゥッツマンとサイトウ・キネンの演奏は、すべての音が深い意味を持って鳴り響いていて、まさに人生の諸相を次々と描いて行くかのようであった。オケのクオリティといい、要領を得た指揮といい、この曲のこんな演奏はちょっと聴けるものではないだろう。前半のマーラーでは、まだ自分の勘違いによる若干の落ち込み (?) を感じていた私は、このドヴォルザークを聴くことで、なんとも言えない生きる意欲が沸々と自分の中から湧いて来るのを感じた。これで当分、頑張っていけるような気がする。ドヴォルザーク本人に聴かせたいような演奏であった。
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今や老マエストロとなって一層みごとな音楽を聴かせる小澤と、歌手としての才能を指揮活動に転用することで、名曲に新たな光を当てるシュトゥッツマン。セイジ・オザワ松本フェスティバルの充実ぶりは、まさに音楽の尽きせぬ楽しみを人々に実感させてくれるのである。そして、指揮者シュトゥッツマンの東京登場を期待したい。

by yokohama7474 | 2017-08-28 00:02 | 音楽 (Live) | Comments(2)

サリヴァン : コミック・オペラ「ミカド」(園田隆一郎指揮 / 中村敬一演出) 2017年 8月26日 新国立劇場中劇場

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ギルバート・アンド・サリヴァンと連名で呼ばれる芸術家たちは、日本ではそれほど知名度はないように思われるが、英国及びその影響下にある国々では、ヴィクトリア朝、つまりは 19世紀後半から百数十年経った今でも、かなりの知名度と人気を保っているようだ。今回上演された「ミカド」は、そのギルバート・アンド・サリヴァンの代表作。一般的にはオペレッタ (喜歌劇) とみなされることが多いと思うが、この記事では、今回の上演プログラムの表記を尊重し、コミック・オペラという表現を使っておこう。これが彼らのカリカチュア。
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台本作家のウィリアム・S・ギルバート (1836 - 1911、左の人物) と作曲家のアーサー・サリヴァン (1842 - 1900、右の人物) はコンビを組んで、1871年から 1896年の間に 14のコミック・オペラを制作した。時あたかも大英帝国の繁栄が絶頂を迎えた頃。夏目漱石が留学し、コナン・ドイルがシャーロック・ホームズを奔走させたその頃の首都ロンドンはしかし、その世界をリードする大いなる経済発展の影で一部はスラム化し、衛生は悪化し、貧富の差は拡大。切り裂きジャックを代表とする猟奇犯罪も発生した。その頃に大ヒットとなったギルバート & サリヴァンのコミック・オペラは、恐らくは英国人にとっては、ヴィクトリア朝の繁栄を思い出させるノスタルジックな存在なのであろうか。英国の演奏家による彼らの作品の名曲集 CD はいくつもあるし、私も何枚か持っている。また、ロンドンのイングリッシュ・ナショナル・オペラでこの「ミカド」の実演を鑑賞したときは、終演後に品のよい老紳士が、同年代の奥さんと手に手を取り合って、この作品のメロディを口笛で吹いて帰途についていたのを覚えている。その上演前に私が作品を予習したのは、オーストラリアのシドニー・オペラでの上演を録画したものであったし、ある時にはアイルランドのダブリンの、なかなか素晴らしいコンサート・ホールで、ギルバート & サリヴァン名場面の夕べといった類のコンサートを聴いたこともあり、聴衆は皆楽しそうであった。そう、これらの国々では、ギルバート & サリヴァンは未だにポピュラーな存在なのだ。

だが今回、新国立劇場中劇場でこの「ミカド」の上演があると聞いて、ちょっと複雑な気分になった。文字通りこれは日本を舞台にした作品で、ミカドをはじめ、登場人物はすべて日本人だ・・・いや、日本人らしい (笑)。というのも、その名前が、ナンキ・プー、ヤムヤム、ココといった具合で、明らかに日本人の名前ではなく、チョーチョー、スズキ、ヤマドリといった名前とはちょっと違う。いや、そのプッチーニの「蝶々夫人」ですら、作品の中で、日本人の目から見て奇妙な箇所は枚挙にいとまがない。ましてやこの「ミカド」は、見方によっては国辱的とされても仕方ないような面もあり、ヨーロッパ人から見た見知らぬ国ニッポンを舞台にした荒唐無稽な作品であるのだ。だから、ロンドンでの上演なら、「あーあー、バカなことやってるなぁ」と笑って見ていられるが、それを日本人で上演するとなると、一体どういうことになるのだろうか。日本人が奇妙なニッポンを演じるのであろうか。そのような好奇心というか、ほとんど怖いもの見たさが、私をして劇場に足を運ばしめる原動力になったのだ。これは、1885年に行われたこの作品の初演の際の写真。当時のヨーロッパで大流行したジャポニズムのひとつの表れと考えると、分かりやすい。
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今回の上演は、新国立劇場の本年度の「地域招聘オペラ公演」であり、びわ湖ホールのプロダクションをそのまま持って来たものである。滋賀県立びわ湖ホールは、文字通りびわ湖のほとりにあって、本格的なオペラ上演が可能な設備を備えた、私も大好きな劇場 (コンサートも行われる) なのであるが、ホール専属の声楽アンサンブルを持ち、音楽監督沼尻竜介のもとで意欲的な自主公演の数々を開催している。この「ミカド」など、安全志向の地方ホールにありがちな名作路線では、到底演目として考えられないものであろう。上記の通り、国辱的ととられかねない内容であるので、上演にはやはり少しリスクを伴うという面は、ついて回るだろう。因みにこの作品の日本での上演記録を調べてみたところ、日本初演はなんとなんと、終戦からほぼ 1年後、1946年 8月12日に、当時進駐軍用に使用されていたアーニー・パイル劇場 (今の宝塚劇場) でなされている。当然英語での上演であった。ところがその翌年には日本人によって日本語で上演されている。その後は 1955年に長門美保歌劇団が上演。それから長いブランクがあり、1981年に東京文化会館で、やはり長門美保歌劇団が再演。1992年には名古屋の大須で、スーパー一座という団体が上演 (上演リストを見ると、どうやら浅草オペラの演目の復活を中心に行っていた団体のようだ。大須は名古屋の浅草のような場所なのだ)。2001年以降は、ちちぶオペラ実行委員会という団体が、地元秩父や東京で何度か上演している。なぜに秩父かと言えば、この作品の舞台は「ティティブ」という場所で、これはどうやら、秩父からきているらしい。というのも、この「ミカド」初演の前年、自由民権運動の影響下で起きた秩父事件という農民の武装蜂起のことを、作者ギルバートが耳にしたらしいからだ。このように、一般の劇場の通常レパートリーとして定着しているわけではない作品を意欲的に取り上げたびわ湖ホールは、大したものだ。尚、今回の上演は、演出家中村敬一の手になる新たな翻訳を使用した日本語版で、舞台左右に日本語歌詞の、舞台中央上部には原作のものとおぼしい英語の字幕が出るという徹底ぶり。客席には、新国立劇場オペラ部門の芸術監督である飯守泰次郎や、日本の合唱指揮者の大御所であり長老である田中信昭の姿も見え、この公演への注目度が実感された。また、上演前に 10分ほど、演出の中村敬一が作品の背景を説明したが、簡潔にして非常に要領を得た、上質な説明であったと思う。

さて、演目の特殊性から、前置きが長くなってしまっているが、今回の上演はどのようなものであったのか。私としては、様々に工夫を凝らした演出は敢闘賞ものだと思うし、びわ湖ホール専属の若手中心の歌手の皆さんも、それぞれ熱演であったと思うので、貴重な上演機会として求められる水準はクリアして、なかなか楽しめる公演だったと言えるだろう。舞台の写真をいくつかご紹介しよう。衣装はドハデな色使いで、純粋和風とは程遠い、キッチュなニッポンである。女性陣はアキバ系で、歌詞にも「JK」などと出る。もっともそのあとに「(女子高生)」といちいち説明が出ていたのは、高齢者向けの配慮か (笑)。舞台上では、ネット上での日本の観光地案内を模した巨大なヴィジュアル・イメージが展開し、なんとも賑やかだ。
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歌手陣の中でひとり名を挙げるとすると、ティティブの最高権力者ココを演じた迎 肇聡 (むかい ただとし) がなかなかの熱演であった。歌詞も多く動きも多い作品なので、歌手の皆さんは大変であったろが、楽しんで演じておられる様子が伝わってきて、それが何よりよかった。但し、日本語の歌詞が逐一横に出る中での歌唱なので、何度か歌い間違いを発見することとなってしまった。別にそれで揚げ足を取るつもりはなく、むしろ、間違いを発見してしまって申し訳ない気持ちである (笑)。それにしても今回の和訳は、なかなかに凝っている。上に出る英語のオリジナルの内容と時々ざっと比べて鑑賞したが、現代的な用語を積極的に取り入れる一方で、その大略は、もとの歌詞の内容をかなり尊重していることが分かって面白かった。単純なメロディーに終始するので、通常ならとかく音楽に乗りにくい日本語も、かなり耳で追うことができた。また、指揮の園田隆一郎は、2007年にイタリアのシエナでデビューした若手指揮者。名指揮者ジャンルイジ・ジェルメッティ (最近はあまり活動を聞かないが、シエナで教鞭を取っていることは知っていた) の弟子であるそうだ。この作品では強烈な不協和音もなければ情熱的な弦楽器の歌もないので、指揮者の力量を推し量る材料には不足したことは否めないが、最初から最後まで安定した指揮ぶりであった。尚、オーケストラは、大阪に本拠を置く日本センチュリー交響楽団。
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さて、では一体この「ミカド」という作品をいかに評価すべきかを簡単に再検討してこの記事を終えよう。実はこの記事を書くにあたり、調べものをしていたとき、比較的最近の興味深い記事を見つけた。ニューヨークで今年 12月に予定されていたこの作品の上演が、抗議により中止に追い込まれたというのだ。実は米国では過去何度もこの作品への抗議活動が行われているという。

人種のるつぼである米国でこの作品に抗議する人たちにとっては、この作品はアジア人蔑視の最たるものと映り、とても容認できないのだろう。ここでのミカドは、死刑執行に熱心であるという設定でありかなり野蛮である。また、ジョークにしてはちょっと過ぎるとすら思われる死刑を揶揄する歌詞が、かなり長い時間に亘って歌われる。英国人一流のブラックユーモアなのであろうが、正直なところ私も、これは悪趣味だと思う。サリヴァンの音楽は、この作品の場合には、大詰めの軽快なメロディ (第 1幕の終わり近くにも出て来る) を除けば、特に心に残るような気の利いた旋律もない。この曲が書かれた 1885年とは、ワーグナーが死去して 2年経過している頃。こんな単純な音楽は、とても時代の最先端の芸術ではなかったはず。それゆえ、ドイツ、イタリア、フランス等のヨーロッパ主要国の音楽水準と比べて、あるいはヴィクトリア朝に活躍した画家や小説家たちの素晴らしさに比較して、こんな音楽で満足していた英国の聴衆の文化レヴェルを疑問に思う気持ちを、抑えることができないのである。だがここに、英国の文化を読み解く、なんらかのヒントがあるのかもしれない。大都会ロンドンでは、欧州他国の芸術音楽の演奏はもちろん盛んに行いながらも、音楽の創作という観点では、正直当時のこの国はお寒い限り。もちろん、エルガーやホルストのような作曲家を輩出してはいるものの、民衆が最も熱狂した音楽はギルバート・アンド・サリヴァンであったわけだ。そのポジの世界に対し、ネガの世界に目を転じると、切り裂きジャックが跋扈し、架空とはいえシャーロック・ホームズが犯罪者たちと格闘していたのである。そう思うと、サリヴァンのあまりに単純で能天気な旋律に、何か空恐ろしさすら感じる。平明さの向うに一体何があるのか、もっと知ってみたい気がする。まあ、でも、正直なところ、どう聴いてもあまり面白い音楽ではないのであるが (笑)。
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by yokohama7474 | 2017-08-27 01:47 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ (ジョン・リー・ハンコック監督 / 原題 : The Founder)

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ファウンダーとはもちろん、創設者のこと。このポスターを見るに、どうやらあのハンバーガーショップ、マクドナルドの創設者の話らしい。・・・と思った瞬間にあなたは既に映画の作り手のペースにはまっている。邦題によると、そこには何か「ヒミツ」があるらしい。そもそも日本で「マクドナルド」と平坦なイントネーション、強いて言えば「マ」に若干の、「ナ」に明確なアクセントがある発音で呼ばれるこのハンバーガーショップ、英語でそのまま発音しても英米人には通じない (もちろん、関西で使われる「毎度」と同じ発音による「マクド」という名称では、絶対に通じない。笑)。英語では、「ド」の音に強いアクセントがあり、強いて日本語表記すれば、「マクッ、ドーーウナルズ」となるのである。それはそのはず、店名の英語の綴りは "McDonald's" である。これは、マクドナルドという苗字の人たちが、自分たちの苗字に因んだ店名としてつけたもの。因みにこの Mac または Mc という最初の音は、スコットランド系の名前において、"son of" (= ~の息子) を意味し、発音する際には決してそこにアクセントが来ることはない。この名前、なんとかバーガーという店に比べると、やはり何か印象に残るものがある。また、日本で (これまで営業上の浮沈はあったものの) 放課後の高校生たちも気軽に利用し、青春の舞台ともなるマクドナルドの店舗は、現代の米国ではちょっと雰囲気が違っていて、場所と時間帯によってはちょっと怖いくらいの荒れた感じのところもある。ともあれ、米国のファーストフード (最近時々使われる「ファストフード」という言葉には大変違和感ある。英語でも "fast" の発音は普通は「ファースト」だ) の文字通り代名詞であり、全世界の店舗数は実に 35,000 を超えるらしい。まさに一大ハンバーガー帝国。そのファウンダーとはいかなる人であり、どのようにしてこの大帝国を築いたのであるかを描いたのがこの映画である。

いや、もう一度ここで明らかにしておこう。ここでファウンダーを自称しているのは、もともとミキサーのセールスマンであったレイ・クロックという人 (1902 - 1984) である。おや、ファウンダーの名は、マクドナルドさんではないのだな。そう、マクドナルドはもともと、カリフォルニアの砂漠地帯にあるサンバーナーディーノという街で、マックとディックというマクドナルド兄弟が始めた店を、このレイ・クロックがフランチャイズ化したもの。ということは、映画の題名にまでことさらに創業者であることが主張されているものの、その内実は、他人の作り出したものを広めたというに過ぎない。いや、「過ぎない」というにはあまりに巨大な業績を残した人なのである。その手腕、人間性なところと非人間的なところ、また彼が一大帝国を作り上げて行く様子を、非常に冴えた演出で見せてくれるのが、この映画なのだ。主演は、かつてのバットマン役であり、最近ではなんといっても「バードマン あるいは (無知がもたらす予期せぬ奇跡)」でのパンツ姿の熱演 (笑) が記憶に新しい、マイケル・キートン。これが彼の演じるところのレイ・クロックと、本物のレイ・クロックの写真。映画の役柄の方が、本物よりも少し賑やかな人間像になっているのかもしれない。
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まず何より、マイケル・キートンの演技を絶賛する必要があるだろう。ここでの実業家レイ・クロックの姿を見て、人はどう思うであろうか。自分の意志を貫く情熱家。目的のためには手段を選ばない冷徹な人間。冴えない中年男のようで、意外にもピアノの腕前が達者で、色恋沙汰にも無縁でない人物。そして、成功してもどこか憎めないところのある男。これらをすべて満たす複雑な人間像は、マイケル・キートンが演じているからこそ、十全に描き出されていると言ってもよいだろう。上記の通り、もしかすると実在のレイ・クロックは、もう少し面白みのない人間であったのかもしれない。あとで知ったことにはこのレイ・クロックは、現代日本を代表する実業家である孫正義や柳井正も尊敬するビジネスマンであるらしい。合理性と勤勉によってあれだけの大成功を収めた人であるから、そのビジネスのやり方には学ぶべきところが多々あるのであろう。最近の実話をもとにした映画ではしばしばそうである通り、この映画においても、末尾の部分で実在の人物の語る様子や、映画で描かれた時代のあとどのような人生を歩んだかが紹介される。そこでレイ本人の語る言葉の印象には、それほど面白みはないように思う。だからこの映画は、実話だから面白いということよりも、まずは役者の演技が素晴らしいから面白いと言ってもよいのではないだろうか。実際、米国の辣腕ビジネスマンのやり方を評して、血も涙もないと非難しても、あまり意味がない。というのは、そんなこと当たり前なのである。逆の言い方をすれば、ビジネスにおいて冷徹であっても、人間としては必ずしも血も涙もないということもないケースがあることだ。そして面白いのは、ビジネスで大きな成功を収めるためには、本人の才覚に加えて、いろいろな幸運に恵まれる必要があり、有能なスタッフも、いつどこでどんな偶然で現れるか分からないということ。この映画ではそのようなビジネスの世界の機微、そして人生の機微が大変うまく表現されている。監督であるジョン・リー・ハンコックの手腕が大いに冴えている。
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この監督は今年 60歳。もともと弁護士であるらしく、その風貌からも知性が読み取れるが、脚本家として頭角を現し、監督作としても「オールド・ルーキー」「アラモ」「しあわせの隠れ場所」等があるが、なんと言っても素晴らしいのは、「ウォルト・ディズニーの約束」である。エマ・トンプソンやトム・ハンクスが出演したこの映画、ミュージカル「メリーポピンズ」映画化の内幕を描いたものであったが、本当に素晴らしい作品であった。恥ずかしながら、普段は滅多にないことなのだが、この作品を劇場で見た私は、ボロボロ泣いてしまったことを白状しよう。今回の「ファウンダー」では泣きはしないものの、そのスピーディかつ要領を得た演出には完全に脱帽である。

マイケル・キートン以外の役者も、それぞれに個性的で素晴らしい。妻役のローラ・ダーンは久しぶりに見るが、うーん、昔のデヴィッド・リンチ映画に出ていた頃からすると、さすがに年齢を重ねたなぁという思いは禁じ得ない。
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印象的なシーンは幾つもあるが、やはり忘れがたいのは、終盤でマクドナルド兄弟の片割れとトイレであったときに彼の語る言葉。マクドナルドには、ほかのレストランにない絶対の強みがあると主張するレイ・クロック。それが一体何であるのか、ここで明らかにするのは避けるが、私などは、なるほどそうかと思ったものである。優れたビジネスマンの持つ、一種のインスピレーションのようなものが、いかに重要か。そしてまた、彼はそのインスピレーションを信じることで、誰も成し遂げたことのないことをやってのけた。それこそ "persistence"、忍耐の賜物なのである。忍耐なくしては、このような成功はあり得ない。
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そうして、この映画を見たあとは、日本式な「マクドナルド」ではなく、「マクッ、ドーーウナルズ」と、English - American な名前を口に出してみよう。もしかすると目の前に何か新たな人生のヒントが現れるかもしれない。そんなことを考えさせてくれる映画でした。

by yokohama7474 | 2017-08-26 02:06 | 映画 | Comments(0)

ファビオ・ルイージ指揮 読売日本交響楽団 2017年 8月24日 東京芸術劇場

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つい先日松本でのセイジ・オザワ松本フェスティバルで渾身のマーラー 9番を聴かせてくれたイタリアの名匠ファビオ・ルイージが、東京に登場した。おりしも東京は、8月も終わりに至っての久しぶりの猛暑。まさに上のチラシにあるごとく、ルイージと組んで「最高に熱い夏」を演出するオーケストラは、読売日本交響楽団 (通称「読響」) である。東京を代表するオケのひとつである読響の指揮台には、もちろん様々な名匠巨匠が登場するが、それでもルイージのような世界最高クラスの指揮者を迎えることは貴重な機会であるに違いない。一方のルイージは、サイトウ・キネン・オーケストラ以外に、これまで NHK 交響楽団を指揮したことはあるが、それ以外の東京のオケを指揮するのはこれが初めて。日本の蒸し暑い夏では体調管理も簡単ではなかろうが、4年連続で松本で 8月・9月に指揮をし、以前は札幌の PMF (パシフィック・ミュージック・フェスティバル) の音楽監督として、真夏の東京で指揮をしたこともある。今年 58歳と、まさに指揮者として脂の乗り切った世代であり、今回の共演がなんとも楽しみである。8月は世界のどこのオケも定期シーズンではなく、欧州各地では音楽祭が開かれている頃。読響も今月は、3プログラムによる 4回の演奏会しかなく、今回のものは「読響サマーフェスティバル 2017 ≪ルイージ特別演奏会≫」と題されている。今回の池袋の東京芸術劇場での演奏会のあと、翌 8/25 (金) に横浜みなとみらいホールで同じプログラムが繰り返される。そのルイージと読響の初共演の曲目は以下のようなもの。
 リヒャルト・シュトラウス : 交響詩「ドン・ファン」作品20
 ハイドン : 交響曲第 82番ハ長調「熊」
 リヒャルト・シュトラウス : 交響詩「英雄の生涯」作品 40 (第 1稿)

うーむ。そう来たかという感じである。R・シュトラウスはルイージ得意のレパートリーであり、2009年に当時の手兵シュターツカペレ・ドレスデンと来日した際にも、今回の 2曲を含むシュトラウスの一連の作品を指揮した。私は大阪のザ・シンフォニーホールで、今回の 2曲に加えて「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」を聴いたのだが、その流麗な音のドラマに本当に魅了されてしまったことをよく覚えている。なので、このシュトラウスの代表作 2作は当然期待大なのであるが、注目は真ん中のハイドンである。実はルイージはこの曲を、一昨年のセイジ・オザワ松本フェスティバルで採り上げている。その時の演奏会は私も記事にしたのを覚えていたので今読み返すと、あーあ、厳しいことを書いているなぁ (笑)。いずれにせよ、ハイドンのように音符が少ない曲では、オケの本当の合奏力が勢い試されることとなる。初顔合わせでこの曲となると、これは緊張感があるではないか。プログラムに掲載されているルイージの言葉には、「読響と共演した経験のある友人らからは、大変レベルが高く経験豊かなオーケストラと聞いています。私も好奇心でいっぱいです」とある。さあ来いと言わんばかりのルイージの写真。
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結果として私が思うことには、これは実に瞠目すべき大成功の演奏会であった。世界で活躍する名指揮者との初共演において、文字通りすみからすみまで全員日本人からなるオーケストラが、全く臆することなく実に大人の演奏を展開したという点において、昨今の東京のオケの充実ぶりを象徴するような、素晴らしい機会であったと言えるだろう。まず最初の「ドン・ファン」では、滑り出しは音の重心がちょっと重めかと思ったが、その後展開されていったオケの機動力は大したもの。いつものルイージのアクセルとブレーキが繰り出され、それは時には微妙な差でしかないのだが、音のドラマの描き方が大変に丁寧。読響は、充分な美観を保ちながらそれについて行った。弦楽器の表現力に加え、木管・金管も (本当にごく細部の課題を除けば)、聴いていて身を乗り出したくなるような充実ぶりだ。もちろん、多少お互いに未だ手探りのところはあったかもしれない。だが、忙しく世界を飛び回る指揮者に対して、その意を汲んで実にプロフェッショナルに反応するオケを聴くのは気持ちがよい。ルイージ自身も、相当に手応えを感じた演奏であったのではないか。一方でオケの方も、充実感を得たのだろう、1曲目のカーテンコールから既に、楽団から指揮者への拍手が出るという珍しいことが起こっていた。

続くハイドンは、いわゆる古楽風のアプローチではなく、現代オケによるハイドン。だがその冒頭から流れ出した音には、余計な気負いがなく、過度に滑りすぎることのない堅実さが聴き取られ、フレーズフレーズが新鮮かつ堂々と響いていた。なるほど、これはシュトラウスとは全く別種の音楽であるが、そのスタイルの違いを当然のことのように表現できる点、読響はやはり優れたオーケストラであるのだ。この「熊」の愛称を持つ交響曲を私は大好きで、巧まずしてユーモアが現れた演奏でなければ楽しめないのだが、今回の演奏ではミスもなく、ハイドン特有のユーモアをそこここに聴き取ることができた。これにより、ルイージの課した課題を、読響は余裕でクリアしたものと思いたい。

そして最後の「英雄の生涯」であるが、演奏開始前、ルイージは指揮台からホルン (もちろん、開始早々英雄のテーマを吹く) の方に視線を向け、そうしてヴィオラとチェロ (もちろん、冒頭で低音から駆け上がる) の方を向いて棒を振り下ろした。音の混じり方には、欲を言えばさらなる絶妙さを求めてもよいかもしれないが、そこに音で描かれた英雄の姿には充分な存在感があり、ここでもルイージの微妙なさじ加減について行くオケの技量が発揮された。激しく駆け込むところは激しく、ゆったりと歌うところはゆったりと、その表情の豊かなこと。重量感よりも流麗さに特徴のある演奏であったが、南ドイツ、ミュンヘンの生まれであるシュトラウスの音楽には、アルプスの反対側であるイタリアの風土に近い面もあるので、ルイージのアプローチには充分な説得力がある。前半の「ドン・ファン」よりもさらに色彩豊かに鳴り響く「英雄の生涯」であり、一瞬たりとも退屈することはなかった。この曲で活躍するコンサートマスターのソロ・ヴァイオリンは非常に大事だが、ここでは長原幸太が、コケティッシュというよりも、凄みのある音で全編を彩った。
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この演奏でひとつ特徴的であったのは、第 1稿を使用していたこと。音楽ファンなら先刻ご承知であろうが、この曲の通常の版と第 1稿 (日本でもおなじみであったシュトラウスの権威、ウォルフガンク・サヴァリッシュが世界で初めてこの版を録音した) の違いは、エンディングにある。引退した英雄が生涯の業績を振り返り、緩やかで穏やかな音楽に続き、終結部でファンファーレ調の金管と打楽器の一撃が入って、そして静かに終わるというのが通常版であるが、第 1稿では、その一撃がないまま、静かに音が遠ざかって行く。私は思い出したのだが、そう言えば 2009年のドレスデンとの来日時にも彼は第 1稿で演奏していた。今回のインタビューにおいても、この方が大仰な終わり方ではなく、自分の人生を静かに見つめて振り返る老人の姿を現していて、それが、作曲者が本来望んだものであろうと語っている。なるほど、音を聴いてみると、それも一理あると思う。これがルイージとドレスデンによるこの曲の録音のジャケット。やはり第 1稿である。
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このような大変充実した演奏のあとは、指揮者も楽員も大変満足そうに互いの健闘を称えあうのを見るのも楽しい。ルイージは弦の各パートの首席と握手を交わしたが、コントラバス・セクションまで出向いて握手をし、指揮台に戻って来たとき、ヴィオラ奏者との握手を忘れて指揮台から客席にお辞儀をしてしまった。そのあとに気づいて、ヴィオラ奏者に丁重に詫びながら、がっちり握手をすることで場の雰囲気を和ませているのを見て、この指揮者はきっと楽員から好かれるだろうな、と思った。そしてルイージは、楽員がひきあげたあとも、鳴りやまぬ拍手に応えて舞台に再登場したのである。きっと彼にとっても印象に残る演奏会になったはず。

今回のインタビューの中でルイージは、「華々しい経歴だが、挫折を感じたことは?」という楽団の意地悪な質問 (笑) に対し、「ないですね。私は非常にプラス思考なので。あまり幸せを感じない瞬間もありますが、音楽は私を助け、幸福感や達成感をもたらしてくれる源です」と答えている。なるほど。素晴らしく前向きなマインドの人なのであろう。是非また読響の指揮台に返ってきて、聴衆に幸福感を与えて欲しいものである。

by yokohama7474 | 2017-08-25 00:47 | 音楽 (Live) | Comments(2)

東京喰種 トーキョーグール (萩原健太郎監督)

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またしてもマンガを原作とする邦画である。昨今流行りのマンガを一切知らない私としては、原作がマンガであるか否かを問わず、映画として面白かったか否かだけしか感想を述べることができない。だからこのブログをご覧になる方で、この映画の原作に一家言ある方の場合、私がここでボソボソ呟くことについて、「コイツ、全然分かってねーなー」と思われるかもしれない。その前提で以下、感想を徒然に記そうと思う。

まず、この映画を先週見てから、試しに Wikipedia で「東京喰種」という項目を見てみると、その説明の、実に詳細に亘っていること。長さも誠に驚嘆するほどのもので、例えばバッハやモーツァルトやベートーヴェンのどんな名曲に関しても、こんなに長い Wiki の記事はないであろう。端的な話、日本国民を無作為に選別して、ベートーヴェンの交響曲第 5番を少しでも聴いたことある人と、「東京喰種」のマンガを少しでも読んだ人の人数を比べると、圧倒的に後者が多いのであろうと思う。まあそんなものであろう。「東京喰種」とは、そんなに大人気のマンガであるようだ。
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そう、この映画においては、もっぱら人間を食糧とする奇怪な怪物どもが喰種 (グール) と呼ばれ、ソイツらが人間に混じって生活しているところ、国家権力はそれを駆除するために血道をあげる。さて、追い込まれた喰種どもは・・・。という話。果たして正義はどちらにあるのか、人肉を喰らうという宿命を持つ喰種には生きる権利がないのか、という観点で進んで行く話の流れは、結構面白いと言ってよいと思う。だが、結構最近、やはりマンガを原作とした映画として、「寄生獣」の前後編があったではないか。人間世界に異形のものが紛れ込んで住んでいるという設定、本来はそこに属さない人間が、あるきっかけで板挟み状態となって苦しむこと、そして人間にはない触手のようなものをブンブン振り回すところもそっくりだ。もちろんここでは、「寄生獣」のような主人公の身近で味方になる存在は登場せず、主人公の肉親への愛も描かれず、それだけ仮借ないストーリーだとも言えるだろう。そう、「寄生獣」にあってここにないのは、ユーモアのセンスではなかろうか。登場人物たちは皆悩み、敵を憎み、ただその憎しみに身を委ねて敵対的になるか、または諦念に囚われてコソコソ生きる。そう言えばここでは、見ていてくすっと笑ってしまうようなユーモラスなシーンは、ほぼ皆無であったと言ってよいだろう。だがその一方で、身も世もない絶望感に囚われるかといえば、さにあらず。ここでは世界の終わりのような雰囲気は醸されておらず、焦点はあくまでも、特殊な生物である喰種たち個々人の悩みに絞られているせいだろう。上に原作マンガのキャラクターのイメージを掲載した主役のカネキは、この映画のイメージではこんな感じ。
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なるほど、この赤い左目とキバむき出しの仮面は、なかなか怖い。だがこの主人公、もともとは大変にナイーヴな青年であり、このような赤い片目を持つようになってからも、恐ろしい運命に全力で抗う。彼個人の思いには常に葛藤があり、時と場合によってはその正義心は熱く燃え上がるのである。演じるのは窪田正孝。私はあまりなじみがないが、最近テレビや映画で活躍しているようだ。この映画においては、正直なところ、すべてのシーンで素晴らしいとも思わないが、徐々に自分の正体と折り合いをつけようとするところや、クライマックスでの体当たりの熱演は見ごたえ充分。
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トーカという、単純なようでいてなかなか複雑なキャラクターを演じた清水富美加は、スキッとしていて、なかなかよい。
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それから、こんな人も。そう、元 Wink の相田翔子。Heart on Wave な感じがよく出ていた (?)。
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だが私が感心したのはなんと言ってもこの人。蒼井優である。登場シーンはほぼ前半に限られているが、これは見る価値ありである。本人もインタビューで「これまであまりやったことのないアクションを経験できて、とても楽しかったです。頑張れたのではないかと思います」と語っているが、いやいやその通り。頑張っていると私も思う。才能あふれる彼女にして、これは新境地であろう。何をどう頑張っているのかお見せできないのが残念だが (笑)。
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ここで喰種たちを追い詰める特殊警察のような組織、CGC (Commission of Counter Ghoul) の描き方は、ちょっとどうだろうか。そもそも喰種のような危険極まりない存在の捜査をこんな少人数で行い、しかも駆除の方法も一騎打ちという点、リアリティのない設定である。そして、彼らが喰種と一騎打ちで戦うときには、なぜか、拳銃等の通常の武器ではなく、喰種の持つ武器を転用したような触手用のものや、その加工品 (?) を使うのである。なになに、それを「クインケ」と呼ぶのですか? で、それは「金属質の素材『クインケ鋼』が用いられており、電気信号を送り込むと、喰種の赫包から赫子が出てくるように戦闘用の形態へと変わる」らしいのだけど、意味が分からん。そもそも「赫子」の読み方が分かりません。なになに、「かぐね」? だから知らないって (笑)。大泉洋が、残虐な CGC の捜査官を楽しそうに演じている。
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改めて思うのは、マンガを読んでいない人間にとっては入り口で疑問に思うことも幾つかあり、それは致し方ないのかもしれないが、単独の映画という観点からは、少し残念なような気もする。ストーリーから感じ取ることのできるメッセージは理解できるが、上記の通り、ユーモア感覚に乏しい一方で、絶望的な終末感もそれほど漂っていないので、見ていて心がわしづかみにされるような感動に巡り合うことはできなかった。演技の質においても、何人かの俳優には課題が残ったように思う。それから、映像自体の鮮明度にも時折不満が残ったことも事実。と書いていながら、ではそれほどつまらない映画かと問われれば、いやいや、それなりに面白いと答えるだろう。監督の萩原健太郎は、ロスの大学で映画を専攻し、これまで TV CM などを手掛けてきた人で、これが長編デビュー作。有名マンガが原作でやりにくかったこともあるのかもしれないと、勝手に考えてしまうが、また美的センスを発揮した作品を期待したい。

私がこの映画を見たのは先週であったが、劇場ではこんなものを配布していた。
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これは一体なんだろうと思って帰宅してから開けてみると、コースターだった。右下に "Sui Ishida" とあるので、原作者石田スイの手になるオリジナルデザインなのであろうか。うーん。こんな赤い目で見られると、喰種が好むというコーヒーも、だんだん人肉の味に思えてくるのではないかと思い、しまい込むことにした。「東京喰種」ファンの皆様、ごめんなさい。
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by yokohama7474 | 2017-08-22 22:23 | 映画 | Comments(0)

セイジ・オザワ松本フェスティバル ファビオ・ルイージ指揮 サイトウ・キネン・オーケストラ 2017年 8月20日 キッセイ文化ホール

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今年もセイジ・オザワ松本フェスティバルの季節がやって来た。総監督の小澤征爾は今年 (毎年のことながら音楽祭期間中の 9月 1日に) 82歳になる。これが今年の音楽祭の記者会見に姿を見せたマエストロ。元気そうに見え、ちょっと安心だ。
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さて、今年のこの音楽祭でのオペラ上演は、メインのサイトウ・キネン・オーケストラによるものはなく、小澤征爾音楽塾オーケストラによるラヴェルの「子供と魔法」のみ。その代わりということだろうか、サイトウ・キネンのオーケストラコンサートが 3種類のプログラムによって 6回開かれる (通常は 2プログラム 4回)。だが、多くの人にとって残念なことには、小澤総監督が指揮する曲目は、ほんの一部。具体的には、B プログラム (8/25、27) におけるベートーヴェンの「レオノーレ」序曲第 3番と、C プログラム (9/8、10) における内田光子との、やはりベートーヴェンのピアノ協奏曲第 3番。これだけだ。そのせいだろう、今年は例年と異なり、小澤が出演するプログラムでもチケットは即刻完売にはならなかったようである。ちょっと複雑な思いであるが、今後も水戸室内管との第九 (後半のみだが)、小澤征爾音楽塾、そして年明けにはベルリンでベルリン・フィルとの「子供と魔法」ほかのプログラムが控えている。ファンとしては無理せず息長く活動して欲しいので、ここは我慢である。これは今回の会場、キッセイ文化ホールの入り口の飾りつけ。
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だがその一方で、今年のオーケストラ・コンサートでは、3つのプログラムのうちのひとつとして、臨時編成のオケではなかなか取り組みにくい難曲が採り上げられることとなった。それは、マーラーの交響曲第 9番ニ長調。西洋音楽史上でも屈指の、重い内容を持つ大交響曲だ。指揮するのは、2014年以来 4年連続の登場となるイタリアの名指揮者、ファビオ・ルイージである。
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ルイージについては、一昨年、昨年のこの音楽祭での演奏についても書いたし、NHK 交響楽団を指揮した演奏会も採り上げたことがある。ここ松本でのマーラーは、既に 5番、2番と来て今年は 9番。昨年私は「せっかくなのでマーラーをシリーズ化してほしい」と希望表明したが、それが叶って大変に嬉しいのである。しかも曲が 9番とあっては、心して聴く必要がある。これがリハーサル風景。小澤総監督も立ち会っていたわけである。尚、今回のコンサートマスターは、マーラー演奏の輝かしい歴史を持つ東京都交響楽団の矢部達哉、副コンサートマスターは、読売日本交響楽団の小森谷巧であった。
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このブログでは度々ルイージの指揮ぶりを、アクセルとブレーキをうまく踏み分けるという比喩を使って、私の感じるところを表現しようとしてきた。ところが今回は若干勝手が違っていた。つまり、音楽の推進力や、細部の繊細さと雄大な流れの両立がいつもながらに見事な演奏ではあったが、これまでのルイージの演奏で感じたような緩急のテクニックという要素は、ほとんど感じなかったのである。それは、演奏家としても極限の状態で臨むしかないようなこの曲を前にすると、もうアクセルだのブレーキだのと言っていられない、ということだろうか。もちろんクラシックファンなら誰でも知っていることだが、あれだけ声楽や特殊楽器を使って破天荒な構成の交響曲を次々に書くことで、西洋音楽史がそれまで持たなかった新しい音響世界を創り出したマーラーという作曲家が、人生で最後に完成させたこの交響曲では、楽章数は正統的な 4 (まあ、4楽章の構成内容は伝統的なものではないが) であり、また改めてステージを見渡しても、珍奇な楽器はない。ギターやマンドリンやカウベルはおろか、チェレスタすらないのであるから、マーラーとしては極めて保守的な編成なのである。だが、そこで流れて来る音響は、まさに生と死の壮絶なせめぎ合い。ここで語られるのは世界苦ではなく、芸術家個人の死への激しい抗いと、それとは裏腹な甘美な諦念なのであり、そうなってくるともはや、音の強弱や遅い早いで工夫の余地などない。実際今回の演奏は、過度に粘らず、時に楽器が鋭い飛び込みを見せるあたりにルイージの個性は感じられたものの、全体を通して、ただ楽譜に書かれた音を誠実に再現するという音楽家の使命を果たそうという姿勢が強く感じられたのである。もちろん全体を通して非常に見事な演奏であったのだが、私の感想では、出色は後半の 2楽章。第 3楽章の弦楽器群のささくれだった狂気と、同じ弦楽器群が第 4楽章で聴かせた絶美の音の流れの対象には、実に鳥肌を禁じ得ない、ただならぬ切実さがあった。このオーケストラの素晴らしさは、太い音の流れを作り出しながらも、実に敏感に指揮者に反応することであって、特に今年の演奏では、ルイージとの共感、あるいは強い信頼関係というものを随所に感じさせ、それはそれは、実に深く説得力のある音楽であったのだ。これはやはり、世界のどこに出しても通用する音楽であり、松本だけでしか聴くことができないのはもったいない。いやもちろん、この音楽祭が 25年間に亘りこの松本で継続して来たからこそ、このレヴェルがあることは間違いないし、音楽祭を支える市民やヴォランティアの人々の努力が、この極上の音のひとつの要素になっていることも実に尊いことだ。だが、やはり世界に発信することが必要であろうし、世界から多くの人々を迎え入れることが望ましいと思う。これだけの演奏を聴いて、冷静でいられるわけもない私は、この感動をどこに持って行けばよいのか分からず、まずはこのブログでご紹介するわけである (笑)。

このルイージは、来年以降もマーラー演奏を継続してくれるであろうか。そして彼とこの音楽祭との関わりは、今後どうなって行くのであろうか。大変に気になるところである。その一方ルイージは今週、実は東京のステージに登場する。それについてはまたご報告できると思うので、お楽しみに。

ところで、松本駅前のロータリーにこのようなもの発見。小澤の書というものを初めて見たように思う。
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実はこの時計台にはほかにも「岳都」「学都」とあって、それぞれのガクト分野の専門家の書が彫り込まれている。確かに松本では、山、教育、音楽が豊かに人々の暮らしを彩っているように思う。都会の生活に疲れた人間にとっては、ほんの数時間の滞在でも、何か大切なものを与えてくれる街なのである。

by yokohama7474 | 2017-08-20 23:39 | 音楽 (Live) | Comments(0)

N響 JAZZ at 芸劇 (ジョン・アクセルロッド指揮 NHK 交響楽団) 2017年 8月19日 東京芸術劇場

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今夏の東京の気候は、全く気が滅入る。ひっきりなしに雨が続き、ちょっと晴れ間が出たかと思うと夕方にはものすごい雷雨に見舞われる。もちろん私とても、夏休みの間ずっと東京にいたわけではないが、かといってずっと旅行していたわけでもない。うだるような暑さも決して楽しいものではないが、それが昔からの夏というもの。もちろん、近年の暑い夏はそれはもう、昔はなかったような異常な暑さになるのであって、そのこと自体は「昔ながら」ではないという言い方もできるものの、夏は日差しがギラギラしてセミが鳴いて入道雲が沸き起こるもの。それゆえ、今年の夏のような事態は、本当に気が滅入るのである。

そんな中、ちょっと楽しい演奏会に行って来た。もちろん帰りには雨に降られたものの、「雨に唄えば」ではないが、音楽を口ずさみながらの帰途は、雨でも楽しいものだ。この「N 響 JAZZ at 芸劇」は、文字通り NHK 交響楽団 (通称「N 響」) が池袋の東京芸術劇場 (通称「芸劇」) で、ジャズなど、通常のクラシックのようなお堅い音楽でないレパートリーを演奏するというもの。私は今回初めて聴くが、今年が 3回目で、毎年夏に開かれているそうだ。今回の曲目は以下の通り。
 ショスタコーヴィチ : 二人でお茶を (タヒチ・トロット) 作品 16
           ジャズ組曲第 1番
 チック・コリア : ラ・フィエスタ (ピアノ : 塩谷哲)
 バーンスタイン : 「オン・ザ・タウン」から 3つのダンス・エピソード
         「ウエストサイド物語」からシンフォニック・ダンス

なるほど、確かにこれは肩の凝らない楽しい曲目である。もともと N 響というオケは、技術的には優れていても遊び心がないというイメージがあったことは否めないが、最近はそのような枠を超えた演奏をすることも多く、首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィもその柔軟性を高く評価している。オーケストラというものは不思議なもので、この種の軽めの音楽 (どうも気に入らない表現だが、一般的にそのように思われているタイプの音楽) を鑑賞するには、大変に腕が立つ団体でないと楽しめないのである。その意味でも、N 響が得意とする重厚なブラームスやブルックナーを離れて、このようなレパートリーを演奏してくれることに期待が高まる。そしてこのシリーズで毎回指揮をしているのは、1966年生まれの米国の指揮者、ジョン・アクセルロッド。
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この指揮者の名はどこかで聞いたことがある。経歴を見ると、指揮をレナード・バーンスタインとイリヤ・ムーシンに学び、ハーヴァード大学を卒業している。これまで、ルツェルン交響楽団・歌劇場の音楽監督、フランス国立ロワール管の音楽監督を歴任、現在は王立セヴィリア響の音楽監督とミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ響の首席客演指揮者を兼任している由。現代音楽も頻繁に取り上げているらしい。なかなかの実力者であるようだ。外見は上の写真よりも髪がクリクリで、体格ももう少しよかったと思うし、メガネをかけていた。加えて、衣装の具合もあり、ちょうどフランスの名指揮者ステファヌ・ドゥネーヴとそっくりのような気がした (笑)。

さて今回の演奏であるが、一言で言えば、いや実に楽しいものであった。最初の「二人でお茶を」の冒頭など、金管、特にトランペットに一層の磨きが欲しい点はあったが、木管は自発性に富み、またいつものように弦楽器の厚みとニュアンスは最高で、響きのよいホールで聴くことのできる N 響は本当に素晴らしい。最初のショスタコーヴィチの「二人でお茶を」は、米国の軽快なミュージカルナンバーの編曲なのだが、作品番号がついているということは、作曲者としてはよほどの自信作だったのだろう。1928年、22歳のショスタコーヴィチが、指揮者ニコライ・マルコ (あのムラヴィンスキーの師である!!) にそそのかされて、ラジオから聴こえて来たこの曲を、たったの 45分で大編成のオーケストラ曲に編曲したものと言われている。真偽のほどは分からないが、学生の頃から天才の名をほしいままにしたショスタコーヴィチが、未だ後年の政治に翻弄される前の自由な時代にのびのびと筆を取ったことが感じられて、私は好きなのである。続くジャズ組曲 1番は 1934年の作。当時ソヴィエト・ジャズ委員会に属していた作曲者が、ジャズの普及を目的として書いたという。私の感覚では、ジャズなど、戦後のスターリニズムにおける社会主義リアリズムと真っ向から対立する音楽だが、これもロシア・アヴァンギャルドの流れの最後の輝きであったのだろうか。この組曲は、いわゆるバンド音楽なので非常に編成は小さいが、バンジョーやハワイアンギターが入る。前者を弾くのは、あのアンサンブル・ノマドのリーダーである佐藤紀雄。後者は田村玄一という人であったが、組曲の最後の曲ではギターを膝の上に横にして、まるでツィターのように弾いていたのが面白かった。

実はそのジャズ組曲にもピアノを弾いて参加していた塩谷哲 (しおや さとる) が、次のチック・コリアの曲でソロを弾いた。彼は指揮者アクセルロッドと同じ 1966年生まれのピアニスト。東京藝術大学作曲科を中退してピアニストやプロデューサーとして活躍しているようである。ピアノのレパートリーは、いわゆるクラシック系よりは、ラテンやジャズやポップスがメインということになるようだ。この N 響 JAZZ at 芸劇のような企画にはふさわしいアーティストと言えるだろう。
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大編成のオケを前にして、最初はちょっと緊張気味かとも思われたが、音楽が流れ出すと全く心配不要。叙情性あふれ、また即興性も備えたピアノは、大変に美しいものであった。チック・コリアはもちろん有名なジャズ・ピアニストであるが、この「ラ・フィエスタ」という曲は、アルバム「リターン・トゥ・フォーエヴァー」の中のナンバーらしい。もちろんこれは、コリアが率いるグループの名前であることくらいは知っていて、アルバムも昔聴いたことがあると思うが、この曲を聴いた記憶はなかった。半分ほどはピアノソロで、時折オケがそれをかき混ぜるような曲であり、正直なところそれほどの名曲とは思わないが、演奏者が全員真摯に取り組んでいることで、充実した音楽として響いていたと思う。塩谷はアンコールとして、自作の "Life with You" というナンバーを演奏。これまた大変抒情的で、楽しめる音楽であった。

さて後半はバーンスタインの 2曲。ここでオケは本領発揮である。私が第一に感じたことは、楽員の面々が本当にこれらの曲 (特に「ウエストサイド」) を愛しているということ。そうでなければ、あんなに弾けるような音は出ないだろう。今やバーンスタインの音楽は、素晴らしい音楽として我々が受け入れられるものであり、「指揮者」バーンスタインの音楽ということではなく、「作曲家」バーンスタインの音楽として楽しめる時代が来たものと思う。実は、冒頭で指を鳴らすところや、「マンボ」の中で「マンボ!!」と叫ぶところなど、誇り高い N 響の楽員さんたちがちゃんとノリノリでやってくれるだろうかと思ったのだが、それは全くの杞憂であった。それどころか指揮者は「マンボ!!」の合いの手を客席に求めたのであったが、残念ながら舞台と客席が同時に熱狂して叫ぶということにはならなかった。かく言う私も、大好きなこの曲に参加しないことはあり得ないと思って参加したのだが、調子はずれの声で「まんぼー」と小さく呟くにとどまってしまった (笑)。いやそれにしても、この「ウエストサイド物語」のシンフォニック・ダンスは、本当にいい曲だ。先般ミュージカル全曲を久しぶりに鑑賞したこともあり、改めてこの曲がどの場面をつないでいて、どのような流れになっているのかを再確認することができた。ミュージカルの顔である「マリア」と「トゥナイト」を欠くこの組曲は、若者たちのエネルギーが悲劇にひた走る、その運命を扱っているのだ。「マリア」のメロディは「チャチャ」に出て来るし、「トゥナイト」がなくても「サムフェア」や「出会いの場面」で叙情性は含まれている。これは大変によくできた組曲であり、今回のような高いクオリティの演奏で聴くことで、聴衆はますますこの曲に引き込まれて行くのである。アクセルロッドの指揮は大変にストレートであり、大きなジェスチャーでオケを鼓舞する指揮ぶりは情熱的だ。面白かったのは、「ウエストサイド」の冒頭や「スケルツォ」でオケのメンバーが指を鳴らす場面で、何やらちょっと違う、何かを叩く音が混じっていたので、打楽器でも使っているのかと思ってよく目を凝らし耳を澄ますと、なんとそれは、指揮者が口の中で舌を鳴らす音であった!! このあたりも指揮者の持ち味が出ていると思う。また、アンコールでは「マンボ」が再度演奏され、まあ客席からの声は相変わらず「まんぼー」という感じではあったが、オケはプロフェッショナルに盛り上がっていましたよ!! 作曲家バーンスタイン、万歳!!
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ところで今回演奏されたうちの「オン・ザ・タウン」であるが、これはミュージカルの題名なのである。実は私はこの曲を学生時代に作曲者の自作自演で何度も聴いていて、ある日ジーン・ケリー特集だか何かで、劇場に「踊る大紐育」というミュージカル映画を見に行くと、題名が "On the Town" だったので、「あ、これ、バーンスタインの『オン・ザ・タウン』だったのか!!」と、ユリイカ状態になったのであった。そう、まさか「踊る大紐育」が「オン・ザ・タウン」だとは思わなかったもので (笑)。この映画 (1949年) における水兵 3人組は、ジーン・ケリー (スタンリー・ドーネンとともに共同監督を兼ねる) に加え、フランク・シナトラと、ジュールズ・マンシンだ。楽しい映画だった。
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鬱陶しい 8月を吹っ飛ばす、大変に楽しい演奏会でした。

by yokohama7474 | 2017-08-20 01:55 | 音楽 (Live) | Comments(2)

タイ 仏の国の輝き 東京国立博物館

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前項の記事でも書いた通り、私の文化体験の原点は仏像なのであるが、仏像仏像とうるさく唱えている割には、日本以外のアジア諸国の仏像や仏教遺跡を見に行った機会はさほど多くない。韓国の慶州とか、カンボジアのアンコールワット (これは仏教とヒンズー教が混在)、インドのアジャンターやエローラには行ったことがあるが、恥ずかしながら、インドネシアのボロブドゥールとか、中国の敦煌や雲崗、龍門、あるいはスリランカには行ったことがない。そしてタイについては、一度だけ出張でバンコクを訪れた際に黄金仏をかろうじて見ることができた程度。スコータイやアユタヤという仏教遺跡には是非とも行ってみたいのだが、未だに果たせていない。そんな私にとって、タイの最高レヴェルの仏像に対面できるこの機会は非常に貴重なものである。日タイ修好 130周年を記念する特別展で、既に九州国立博物館で開催された後、現在東京国立博物館で開催されているもの (8/27 (日) まで)。以下、この展覧会の印象を徒然に書いてみよう。

まず会場に入ると、このような美しい仏さまが出迎えて下さる。展覧会のポスターにもなっている「ナーガ上の仏陀坐像」である。12世紀末から 13世紀の作とされていて、シュリーヴィジャヤ様式。シュリーヴィジャヤとは、7世紀からマラッカ海峡を支配して東西貿易で重要な地位を占めた海上交易国家である。この仏陀が乗っているのは大きな蛇であるが、よく見るとこの大蛇、ぐるぐるととぐろを巻いて仏陀の台座になっていると同時に、7つの鎌首をもたげて光背ともなっている。これは、瞑想する仏陀を龍神が風雨から守ったという説話によるもので、ここでは水と関係する蛇の神ナーガがその役を負っている。この造形の面白さは東南アジアならではである。
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会場はいくつかのコーナーに分かれているが、まずは「タイ前夜 古代の仏教世界」である。日本に住んでいると、我々の国以外のほとんどの場所では、様々な文化・文明が混じり合い、時に融和、時に対立して様々に変容していったというダイナミズムを忘れがちであるが、このような展覧会からそのようなことを学べる。これは 5世紀末から 6世紀前半の作とされる仏陀立像。マレー半島東側のウィエンサという場所での出土とのことだが、一見してこれはインド風である。実際にグプタ朝のものであり、インドに渡った修行僧や商人が持ち帰ったものと考えられている。
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これは 7世紀の仏陀立像。青銅製で高さ 20cmの小さなもの。やはりインドからの請来品であるようだ。このような、両肩を覆い (いわゆる「通肩」)、体の線を浮き出させる衣の着方は、日本の仏像にはない。小金銅仏ということなら、この時代には日本には既に大陸・半島から沢山入ってきており、多分日本でも作られたと思うのだが、この作品とは随分違った造形になっている。この時代にして既に、南アジア・東南アジアの美意識と東アジアの美意識が違って来ていることは興味深い。これは風土・気候にも関係しているのだろう。
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これは 7~8世紀、ドヴァーラヴァティ様式の仏陀立像。説法印 (これは日本にも入ってきた) を結んでいるお姿はなかなかに神々しい。指の表現など、非常に力強く表情豊かで、印象に残る。
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これも 7~8世紀、ドヴァーラヴァティ時代の法輪頂板。この上に法輪 (釈迦の教えを広めるための車輪状の法具) を載せたのであろう。ここで浮彫された容貌魁偉の怪物たちは、握った手の中の植物から唐草が勢いよく出ていて、生命力に満ちている。インドでヤクシャと言われる自然神に由来すると見られているらしい。
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ところで寺好きなら誰しも、これを見て連想するものがあるだろう。そう、奈良の薬師寺の本尊、薬師如来の台座に描かれた巻毛の鬼神たちである。よく日本がシルクロードの東の終点であることを示す好例と言われるその鬼神たちは、こういう姿をしている (もちろんこのタイ展には出品されていません)。これ、日本にあると信じられない人もおられようが、上古の文明のダイナミズムを感じることができるではないか。実際これも 7~8世紀の作であろうから、上のドヴァーラヴァティ時代のタイの作品と同時代の作なのである。
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これもまた 7~8世紀のドヴァーラヴァティ時代のもので、マカラ像装飾背障。マカラとは、インドの想像上の怪物。背障とは、玉座の背もたれのこと。つまりこれは玉座の背もたれの一部であるが、その先端にはマカラが大きく口を開け、そこから何か別の生き物が飛び出している。
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先端のアップがこちら。ちょっと分かりにくいかもしれないが、これは牛の角を持った獅子であるとのこと。両方の前足を上げているのがなんとも愛嬌があるが、全体としては異形の者たちの印象が強烈で、なかなかにワイルドだ。
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ドヴァーラヴァティ時代の作品が続くが、これはやはり 7~8世紀の舎衛城神変図 (しゃえじょうじんぺんず)。仏伝の中から、釈迦が異教徒の挑戦を受けてそれを神通力で撃退する場面。中央に聳えるのはマンゴーの木らしい。素朴だが力強い作品だ。
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これらもドヴァーラヴァティ時代のもので、ともに菩薩立像。壁面に嵌め込まれていたものであろうか。特に左のものは、からだを大きくひねっていて面白い。会場で間近に見ると、壁面から崩れ落ちたものが未だに強い生命力を保っている様子が伺われて、感動的だ。
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この地域には多くの民族がいて、様々な文化・文明が混淆したわけであるが、宗教の面においては仏教とヒンズー教は入り混じっており、東の果ての日本においてもその名残り (主として明王、天部の造形において) があるくらいだから、ましてやこの東南アジアにおいては大らかな混淆ぶりが面白い。これはそんな中でも大変に変わったヒンズー教の神像で、アルダナーリーシュヴァラ坐像。なんでも、男神シヴァとその妻の女神パールヴァティーが一体になった姿とか。右半身が男、左半身が女である。この写真では少し分かりづらいが、確かに左側にだけ胸のふくらみがあるという特殊な姿なのである。造像の時期については 6世紀から 9世紀まで諸説あるらしい。
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これは 8世紀の菩薩立像。タイ風というよりはカンボジア風に見えるが、この記事でこれまでご紹介した作品にはなかった多臂像であり、そのスラリとした長身はなかなかに美しい。腰ひもを結んでいるのが印象的 (これも日本にはない東南アジアテイストだ) だが、それ以外に一切衣をつけていないのが不思議な気がする。もしかして本物の衣類を着せたりしたのでは? と勝手に想像するのも楽しい。
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これは 12~13世紀の人物頭部。北部タイに存在したハリプンチャイ王国で作られた彫刻であるが、タイトルとして「人物」としているのは、神像・仏像の類ではなくて王族の肖像かもしれないということだろうか。明らかに微笑を浮かべたこの表情はなんとも清廉で、もしかすると民衆から慕われていた王の顔なのかもしれない。
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これもまたカンボジアのアンコール風の作品で、12世紀末~13世紀初期の観音菩薩立像。アンコール・トムのバイヨン寺院を建造したジャヤヴァルマン 7世の時代に、そのアンコール・トムで制作させてタイに運ばれたものと考えられているらしい。非常にがっしりしたモデリングであり、いわゆるタイの仏像のイメージとは異なっているが、クメール文明はそれだけ周囲に対する影響力があったということか。現在でもカンボジアとタイの国境周辺の遺跡の性質 (どちらの国に優位性があったか) を巡って、両国民の間で意見の相違があると聞いたことがあるが、文化的にはそれぞれの個性があり、それらが混じり合うことこそが面白いのである。
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さて、これは 15世紀の仏陀坐像。スコータイ時代のもので、これぞタイの仏像というイメージである。大らかで、堂々たる体躯。
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タイと言えば遊行仏 (ゆぎょうぶつ) である。仏陀が歩いて説法する場面を表したもの。これも 14~15世紀のスコータイ時代のもので、仏陀遊行像。独特のからだの曲線がなんとも面白い。
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これも遊行仏であるが、台座の銘文から1481年という制作年が判明するもので、ラーンナータイ様式。上の遊行仏よりも前のめりで、足元に視線を投げておられる。
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それもそのはず、この仏陀が歩を進める先には、彼以前に悟りを開いた先達たち (過去仏) の足跡が、仏足跡として刻まれているのだ。なんともユニークな造形ではないか。
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これはスコターイ時代、15世紀のハリハラ立像。仏教の像ではなく、ヒンズー教のもので、シヴァ神とヴィシュヌ神が合体した姿。何やら異様な迫力のある像で、吸い寄せられるように見入ってしまう。だが指先の柔らかさなどは、やはりタイ独特のものだと思う。
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これは 15世紀初頭、アユタヤー時代の金象。高さわずかに 15.5cmの小品だが、この造形は見事なもの。ミニチュアながら、背中には貴人の乗る輿が据え付けられている。
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これもアユタヤー時代、15世紀の金ぴかの仏陀坐像。ワット・マハータート遺跡の仏塔の地下から出土したものである。いかつい容貌の仏陀だが、いわゆる上座部仏教 (もともとは日本等に伝わった大乗仏教に対して小乗仏教と呼んだが、蔑称的なので最近ではこのように呼ばれる。簡単に言うと、大衆救済ではなく、出家による個人の悟りを中心とする仏教) のタイでは、慈悲の表情よりもこのような表情の方がふさわしいのだろうか。
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会場にはまた、タイと日本の古いつながりを示す資料も多く展示されている。江戸時代初期、日本ではシャムと呼ばれた当時のタイに移住した人物といえばこの人、山田長政だ。これは 19世紀に描かれたもので、所蔵するのは私も先般訪れてその建築の素晴らしさに驚愕した、静岡浅間神社。山田は静岡出身とされているらしい。
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長政が作った日本人町は、最盛期の人口 1,000~1,500人だったとされていて、商人のみならず浪人たちも多く移住してきたらしい。タイで国王の義勇兵としても日本人が働いたということだ。この 1918年の「カティナ (功徳衣) 法要図」には、なぎなたを持った剃髪の日本人義勇兵が描かれていて、大変興味深い。
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さて、会場の最後の方のコーナーでは、写真撮影が許されているので、私自身がその場で撮影した写真をご紹介する。バンコクのワット・スタットテープワラーラム仏堂というところの大きな扉の実物と、本尊の写真が展示されている。この寺院はラーマ 1世 (在位 1782 - 1809) の命によって着工され、1847年に完成したもの。本尊は 1366年にスコターイで制作された 8mの大仏で、1808年に水路バンコクへと運ばれた。今回展示されている大扉は高さ 5.8m、表面には様々な動植物の浮彫、裏面には壁画がほどこされた見事なものであるが、1959年に線香の香炉から火が出て損傷してしまったらしい。バンコク国立博物館で保管されていたが、経年劣化が進んだため、住友財団の支援を受けて、2013年から修理が始められ、九州国立博物館が協力したという。今回の展覧会では、修復なった扉を展示することで、日・タイの友好関係を深めようという趣旨であるらしい。素晴らしいことだ。
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このように、歴史的な変遷を含めてタイの彫刻・工芸の逸品の数々に触れられる貴重な機会である。日本の仏教美術との違いからも、様々なことを考えるヒントが得られるので、広い視野で古美術を見たいと思う人には必見の展覧会と言ってよいであろう。

by yokohama7474 | 2017-08-19 14:19 | 美術・旅行 | Comments(2)