<   2017年 12月 ( 36 )   > この月の画像一覧

 

よいお年を!!

2017年も残すところあと 7時間ほどとなりました。今月は既に日数 (31) 以上の数の記事を頑張って書いてきましたが、それでも 35止まりであります。中には忘年会から帰ってきて泥酔状態で書いているものもあるし、書きながら途中で寝てしまったものもあるので、読まれる方にはそのあたりもバレてしまうのではないかと、冷や冷やものですが、ともかく今年も 1年、つつがなく過ごすことができました。ブログ開設から約 2年半。2017年12月31日 17時時点での総訪問者数は 171,505。記事の数は 800を超えました。毎日アクセスをチェックしますが、結構昔の記事をご覧になっている方がコンスタントにおられて、もともと思いつきで始めたブログではあれど、あまりいい加減なことは書けないなと、改めて思う次第です。

さて、もう年が替わろうというのに、未だ記事をアップできていない今年見た映画が 3本、展覧会に至っては 5つが「積み残し」になってしまいました。これらはまた年が明けてから、徐々に記事に仕上げて行きたいと思っておりますので、また来年もよろしくお願い申し上げます。と、そう言いながらも実は今、集中して準備している一連の記事があり、それらはまとめてアップの予定です。かなりの分量になるものと思いますが、川沿いのラプソディ新春特別企画として、できれば明日、元日には一挙公開!! と行きたいものであります。是非ご期待下さい。

それでは、寒い大晦日に寒い写真をご覧頂いて (笑)、今年の活動はここまでとさせて頂きます。皆さま、よいお年を!!
e0345320_17150065.jpg

by yokohama7474 | 2017-12-31 17:15 | その他 | Comments(0)  

女神の見えざる手 (ジョン・マッテン監督 / 原題 : Miss Sloan)

e0345320_13325944.jpg
眩暈を覚えるような強烈な映画である。既に上映は終わってしまっているようだが、米国という国の真実に対する理解を深めたい人、それから、屈辱から這い上がって何か大きなことを成し遂げたいという野心のある人には、いずれ機会があれば是非見るべしとお薦めしておこう。これほどセリフの多い映画もそうはないと思うし、そこで飛び交っている言語の、洗練された完成度と粗野な部分の双方が突き刺さる度合いもまた、並外れている。ストーリーは単純と言えば単純だが、ひとつだけ理解の前提がある。それは、ロビイング活動について。この言葉自体は日本にも存在していて、何かの政策の実現または阻止に向けて、議員などに陳情して回ること。だが米国においてはそんな素朴なものではなく、首都ワシントン D.C. に専門のロビイング会社がいくつも存在し、あの手この手で依頼主のために苛烈なロビイング活動を繰り広げる。この映画の主人公で、原題の由来ともなっているエリザベス・スローンは、腕利きのロビイスト。彼女が務めるロビイング会社に持ち込まれる、銃規制法案への反対という依頼に対して恭順の意を示さず、反対側、つまり銃規制法案を推進する別のロビイング会社に電撃転職する。その際に部下を何人か引き連れて行くのだが、古巣を相手に、目的のためには手段を選ばない冷徹なプロの仕事によって、銃規制法案への世論・政治家の支持を集めるものの、前職における不正を問われる羽目になり、上院議員による公聴会に召喚され、絶体絶命の窮地に陥るのだが・・・。という話。何よりも、主役の Miss Sloan を演じたジェシカ・チャステインに拍手を送ろう。
e0345320_23305535.jpg
キャスリン・ビグロー監督の「ゼロ・ダーク・サーティ」におけるカッコよい CIA 分析官で鮮烈な印象を残した彼女は、その後も同様の自立心溢れる女性像を演じ続けていて、このブログでも、「クリムゾン・ピーク」「オデッセイ」「スノーホワイト / 氷の王国」という彼女の出演作を採り上げた。だがやはり、この映画ほど彼女の実力をまざまざと見せつける作品もないだろう。まさに圧倒的である。そもそも、ここで彼女の演じるロビイストなる職業が、本当にここまで目的のためには手段を選ばない究極のプロフェッショナルであるのか否か知らないが、まぁ、あの国の政治の中枢なら、そういうことになっていても全くおかしくはない。だがそれにしても、ここでのエリザベス・スローンのやり方は本当に苛烈で、頭がよい、度胸があると感心することもあるが、見ていて胸が悪くなることもある。以下の写真はチラシに使われているポーズだが、背景のホワイトボードに注目しよう。このように、法案の採決までの日数と、確保した議員の数を常にウォッチしながら、部下に指示を出すのである。
e0345320_00173500.jpg
邦題の「女神の見えざる手」とはまた、原題とはかけ離れた思い切ったものであるが、まさかアダム・スミスとは関係ないだろうから、これは主人公エリザベスの手腕が神のようだと言いたいのか、それとも、人間の存在を超えた何かを暗示しているのか。映画を見る限りにおいては、ここで描かれているのは徹頭徹尾、人間のエゴであり手練手管であり、人と人との敵対関係または協力関係であるので、絶対者としての女神を想定するということにはならないと思う。いっそのこと、「ロビイスト スローン」などとしてみてもよかったのではないか。原題の "Miss Sloan" にはなかなか微妙なニュアンスがあって、つまりはファーストネームではなくファミリーネームであり、それはまた彼女が公聴会で呼ばれる名前でもある。女性の場合は、未婚・既婚問わず使える "Ms." を使うのがビジネスでは普通であると思うので、わざわざ未婚であることを示す "Miss" と呼ぶには、なんらかの意図があるということだろうか。実際ここでの彼女は、服装やメイクは常にバッチリ決めていて、仕事の場ではバリバリと辣腕を発揮するものの、夕食はいつも汚い中華料理店でひとりで取り、男っ気があるようには全く見えない。ただまぁ、その、この男性 (演じるのはジェイク・レイシーという俳優) とは、まぁそのなんというか、ちょっとその、ちょっと驚くような・・・、まぁ、ネタバレは避けましょう (笑)。
e0345320_00035687.jpg
いやそれにしても、上で書いた通り、この映画はとてつもなくセリフの多い映画である。米国でのビジネスでは弁舌爽やかなプレゼンが重要というイメージを持っておられる方も多いと思うが、それはつまり、人と人の間で何か作業をするためには、いかに言葉が道具として大事であるかということだ。だが、この映画におけるセリフの応酬には、そのようなありきたりの常識レヴェルを超えて、何かクラクラするものがある。その理由はきっと前述の通り、この映画においては、交わされる言葉に乗っているのが多くの場合、人間のエゴであったり、目的のためには手段を選ばないという感覚であったりするからではないか。その効果を出すためだろうか、登場人物が非常に多いのも特色で、敵味方は見ていて曖昧にはならないものの、双方の陣営の中の人たちの関係性は、あまりよく分からない。ただ、エリザベスを別会社から受け入れるロビイング会社の CEO であるロドルフォ・シュミットだけは、エリザベスとのやりとりを通じて、かなり丁寧に人柄が描かれている。演じるマーク・ストロングは、もうすぐ続編が公開される「キングスマン」をはじめ、最近活躍中の英国人俳優。
e0345320_00252712.jpg
それから、公聴会を主催するスパーリング上院議員を演じるジョン・リスゴーも、味のある演技を見せている。適役であろう。
e0345320_00282672.jpg
それにしてもこの映画のクライマックスは、今思い出しても血がたぎる。ネタバレできないので説明に窮する部分はあるのだが、そうですね、まさに絶体絶命のピンチからいかにして這い上がるか、その観点から、人生を生き抜くためのヒントと勇気を与えられる名シーンである。観客は映画のそこここで、主人公エリザベスの冷徹なプロの顔の下から覗く人間性を知ることになるが、その覗かれてしまった人間性をその度に自らの強い意志で抑えつけ、大胆な奇策を弄して職務を遂行する彼女も、ラスト前のピンチの場面では追い込まれて、それまでにないほど弱気になるのである。見ている人たちもまた、その展開を固唾を飲んで見守るがゆえに、最後の場面のカタルシスが大きいのである。だから、もしこの映画のそもそもの設定に共感できないとか、米国の法律システムがよく分からないという人も、だまされたと思って最後まで見て欲しい。まさにチラシの宣伝にある通り、「彼女がアメリカを『毒』で正す」のである。

この映画の監督はジョン・マッテンという人で、私もよくは知らないが、「恋におちたシェイクスピア」の監督で、1949年生まれの英国人である。多くの登場人物を使って、映画の流れをうまく作り出している。それから、なぜかプログラムには記載がないが、エンドタイトルで確認したことには、音楽担当はマックス・リヒターなのである。彼は最近活躍中のミニマリズムの作曲家で、日本では、昨年のラ・フォル・ジュルネ音楽祭において庄司紗矢香が演奏したヴィヴァルディの「四季」のミニマル風編曲が鮮烈であった。Wiki は英語版しかないが、調べてみると既に多くの映画に音楽をつけている。
e0345320_00530528.jpg
さて、改めて思うに、この映画の主人公エリザベスは、一体なぜそこまで強いプロ意識をもって職業に臨んでいるのであろうか。よくこの手の映画では、主人公の幼年時代や、なんらかの性格形成の過程が描かれるものだが、この映画にはそれはない。それから、例えば彼女の部下の女性が銃を持った男に襲われるシーンがあるが、あれなども実はエリザベスによる演出だったのではないか。その場面は結局思わぬ事態に発展するし、被害者自身がエリザベスの関与を疑ったと後日口にするシーンもあるものの、そのあたりの実情は描かれない。情報過多でないがゆえに、最後のシーンの衝撃が増幅されたようにも思う。私も今度から、ピンチに瀕したときにはこの映画を思い出して頑張ることにしますよ。もっとも、何らかの策を事前に取っていないとこのラストシーンもないわけで、私の場合はそんな器用なことはできないから、ピンチに遭遇すると、その場であえなく地べたに這いつくばい、そのまま降参してしまうかもしれないが・・・。

by yokohama7474 | 2017-12-31 01:00 | 映画 | Comments(0)  

パーティで女の子に話しかけるには (ジョン・キャメロン・ミッチェル監督 / 原題 : How to Talk to Girls at Parties)

e0345320_13303578.jpg
とある映画館でこの映画のポスターを見かけ、即座に、これは見なくてはと思ったのである。予告編を劇場で見ることもなく、ただこのポスターだけが手がかりであったのだ。そう、私がこの映画を見るべしと思ったのは、ひとえに主演女優にある。
e0345320_23060128.jpg
そう、私がその才能を称賛してやまない、エル・ファニング。1998年生まれなので、未だ 19歳という若さながら、これまでにも面白い映画に沢山出演している。中でも、このブログで以前採り上げた「ネオン・デーモン」が強烈であったが、その演技には、ときに年齢そのままの可憐さがあることもあるが、またときには時空を超えた不気味で神々しい存在として、見る者の前に立ち現れる。カルト映画でも楽々こなし、その一方で若さ溢れる爽やかさも発揮できる。こんな女優を天才と呼ばずしてなんとしよう。この映画で彼女が演じるのは、上のチラシの宣伝文句にもあるのでこれはネタバレにならないと整理するが、別の惑星からやってきた異星人なのである。舞台は 1977年、ロンドン郊外。今やパンクロックが生まれつつある激動の時代。主人公はパンクを目指しながらもどうも人が好過ぎる青年、エン (演じるのは英国の若手俳優、アレックス・シャープ。2014年にブロードウェイの舞台に立ち、史上最年少でトニー賞主演男優賞に輝いた実績を持つ)。映画は彼が朝目覚めるところから始まるが、彼の部屋の壁に貼られているポスターは、先にジム・ジャームッシュの映画「ギミー・デンジャー」の主人公としてこのブログでも話題にした、イギー・ポップをあしらったものなのである。
e0345320_23192028.jpg
主人公は友人 2人とつるんでいるのだが、まあ彼らのイケていないこと。いかにも田舎のロッカーで、自意識過剰な若者たち。
e0345320_23291905.png
彼らは騒々しいライヴハウスに入り浸っているのだが、そのパンク系ライブハウスには、元気のよいオバチャンがいて、彼女は、その頃「パンクの女王」と呼ばれていたファッションデザイナー、ヴィヴィアン・ウエストウッド (ちなみに現在でも 76歳で健在だ。私はパリコレにはちょっとうるさいもので・・・嘘です) のもとで働いていたという、輝かしいパンクな経歴を持っている。名前をボディシーアといい、いつもこんな格好をしている。
e0345320_23345993.jpg
あららら、全く予備知識なしに見たのだが、これはなんと、ニコール・キッドマンではないか!! ここでは実に楽しそうに演じていて、好感が持てる。但し、演じているキャラクターは大変に屈折していて、本音は優しいくせに、やけにとんがってみせるのだ (笑)。ところで主人公たち 3人組は、ある晩偶然に、空き家のはずのお屋敷で、なにやらパーティのようなものが開かれているところに紛れ込むこととなる。な、なんなんだこの人たちは。
e0345320_23395785.jpg
実は彼らは宇宙人で、コロニーと呼ばれる集団に分かれている。コロニーは第 1から第 6まであって、それぞれにコスチュームとその色、また集団が地球上で目指す目的が異なる。上の集団は第 5コロニーである。そして主人公エンはここで、第 4コロニーに属するひとりの少女と出会う。それが、エル・ファニング演じるところのザンである。ザンは、相手の顔をベロベロ舐めるのが挨拶であるように、地球の習慣には疎い。そしてまた二人は、性的交渉は結局「不完全」に終わるのだが (笑)、エンの導きによってザンは、地球の習慣を学んでいく。
e0345320_23514225.png
自宅で母親にザンを紹介するエンは、彼女を米国人だと言う。なるほど、エンの英国英語に対してザンが喋るのは米国英語であり、1970年代当時の英国人の米国人に対する見方は、まるでエイリアンのようだということだったのかと思う。この二人は様々な危機を経て、クライマックスではともにパンクの激しい響きに身を委ねることとなるのであるが、その過程が面白い。この濃いメイクのパンク歌手がエル・ファニングだなんて、信じられようか。
e0345320_23562343.jpg
実は、ここではニコール・キッドマンとエル・ファニングの間で親密な演技がなされるのだが、親子ほど年の離れた彼女らの間に、実際に何か通じるものが生まれたのではないだろうか。これは今年 5月のカンヌ映画祭での本作のプレミア上映における二人。うーん、いい感じではないか。エル・ファニングの衣装がすごい (笑)。
e0345320_00054735.jpg
e0345320_00080245.jpg
この映画、最後はちょっと甘酸っぱい青春の思いで終わるのであるが、世界が冷戦のただなかにあった 1970年代に、社会の秩序に対するレジスタンスとして、まるで宇宙人のように出現したサイケでパンクな人たちの、夢と情熱 (そう、アヘンを吸った若者が主人公の、ベルリオーズの幻想交響曲の第 1楽章のタイトルだ) を思わせる内容である。監督 / 脚本は、1963年生まれの米国人、ジョン・キャメロン・ミッチェル。
e0345320_00130106.jpg
私は彼のことを知らなかったのだが、「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」という、もともとブロードウェイのミュージカルの生みの親として脚光を浴びたらしい。このミュージカルはその後ミッチェル自身の監督・製作・主演で映画化され、マドンナやデヴィッド・ボウイらの熱狂的な支持を集めたという。またこの作品の舞台が、今年日本でも上演されたらしい。ふーん、そんなにすごい舞台なら見てみたかったなぁ。世の中、知らないことが多いのである。
e0345320_00184715.jpg
そんなわけで、パンクのことなどなーんにも知らない私でも結構楽しめたこの映画、まだヒューマントラストシネマ渋谷と新宿ピカデリーで上映中である。ちょっと変わった映画ではあるが、エル・ファニングという現代の逸材の成長の過程を見たい人には、是非にとお薦めしておこう。パンクを知らなくても大丈夫!!


by yokohama7474 | 2017-12-30 00:21 | 映画 | Comments(0)  

第九 秋山和慶指揮 東京交響楽団 (ヴァイオリン : 服部百音) 2017年12月28日 サントリーホール

e0345320_01255635.jpg
日本という国には、生活のあちこちに、欧米にはない独特の慌ただしさがあることが多いのだが、そのひとつの例が、クリスマスの飾りつけから正月の準備への転換である。会社のオフィスや公共スペースには、12月のある時期からクリスマスツリーが飾られ、華やかな雰囲気を演出するが、クリスマスが終わるや否や、ツリーは跡形もなく片付けられる。オフィスや家庭には、門松などの新年の飾りつけが即座になされるのである。音楽の方もそうで、これだけ第九第九といって、演奏会も開かれ、テレビでも放映されるのに、年が変わればそこはウィンナ・ワルツの世界。年明けに第九を聴く (あ、実演ではやっていないので、録音をという意味です) のは、何か罪悪感を覚えることなのである (笑)。欧米では、クリスマス (イヴがメインではなく、クリスマス当日と、その翌日の Boxing Day) が大事であり、そこから元旦までは、家族とゆっくり過ごす休暇のシーズン。そして 1月 2日から正常通りが普通である。年を超えても、街中にクリスマスツリーは平気で放置されている。年明けのクリスマスツリー、それはいかにものんびりして見える。その一方で日本では、年明けの第九と同じく、年が明けてもまだクリスマスツリーを飾っている人は、何か悪いことをしているような意識、あるいは少なくとも「恥ずかしい」という意識に捉えられるのである。そう考えると、日本人は律儀というか、しっかりしているが、その分、日本の社会には息苦しさもあるということになる。どちらがよいか悪いかは別として、その点は自覚しておいた方がよいと、私はいつも思うのである。

冒頭からそんなことを書いたのは、いつも東京での第九演奏のトリを飾る秋山和慶と東京交響楽団 (通称「東響」) による、「第九と四季」に出掛けると、あぁ本当に今年も終わりなんだなぁとの感慨に捉えられるからである。アークヒルズにあるサントリーホールの正面の広場はカラヤン広場と名付けられているが、クリスタルのように光り輝いていた巨大クリスマスツリーが撤去され、寒々とした空間が広がっているのを見ると、ほっとするような淋しいような、そんな気がするのである。ともあれ、私にとって年末 5回目の第九であるとともに、今年最後のコンサート。秋山和慶が、桂冠指揮者を務める東響とのコンビで、毎年恒例の曲目によって 1年を締めくくる (実際にはこのコンビはこのあと、大晦日にミューザ川崎でジルヴェスターコンサートを行うが、私は今年はそれには出掛ける予定はない)。このブログで何度もその演奏を称賛しているマエストロ秋山は、今年 76歳。
e0345320_10392468.jpg
会場で配布されたプログラムでは、このオケの毎月の定期演奏会やそれに準じるものがまとめて掲載されているが、それを見てみると、今月は、12/2 (土) にサントリーホールで、12/3 (日) に新潟で開かれたジョナサン・ノット指揮のベートーヴェンの「エロイカ」をメインとしたプログラム (このブログでも採り上げた) のほかには、12/28 (木)・12/29 (金) の 2日間に亘って開かれるこの「第九と四季」しか載っていない。つまり、月の最初と最後の演奏会だけである。まさかその間、このオケの演奏会がなかったわけはないと思って東響のサイトを調べてみると、なんのなんの。このブログでも採り上げた川崎での「ドン・ジョヴァンニ」のほか、若手指揮者とともに地方の小中学校を回ったり、東京でも子供用の演奏会を開いたり (でも実はそこにアイヴズなどが入っていて面白い)、信時潔の珍しいカンタータを演奏したり、複数回のクリスマスコンサートを開いたり、3人の日本人指揮者 (飯森範親、堀俊輔、山下一史) と各地で既に第九を演奏したりしているという、なんとも目が回るような多忙なスケジュールをこなしてきているのである。メンバーの皆様、本当にお疲れ様です。でも、いかに演奏し慣れた恒例の曲目とはいえ、ここで 2回立ち向かわねばならないのは、西洋音楽の金字塔のひとつ、ベートーヴェン作曲交響曲第 9番ニ短調作品125「合唱つき」なのである。ここはもうひと踏ん張り。

では恒例の「第九チェックシート」である。
・第九以外の演奏曲
  ヴィヴァルディ : ヴァイオリン協奏曲「四季」からホ長調「春」、ヘ短調「冬」
・コントラバス本数
  8本
・ヴァイオリン左右対抗配置
  なし
・譜面使用の有無
  指揮者 : ありと見えて、実はなし
  独唱者 : ソプラノのみあり、ほかはなし
  合唱団 : なし
・指揮棒の有無
  あり
・独唱者たちの入場
  第 2楽章と第 3楽章の間
・独唱者たちの位置
  合唱団の最前列中央 (ステージ奥、オケの後ろ)
・第 3楽章と第 4楽章の間のアタッカ
  あり

このブログを始めて今年は 3度目の年末になり、毎年数公演の第九を採り上げているが、実はこの秋山 / 東響による第九だけは、3年連続で採り上げているのである。曲目は、先に言ってしまうとアンコールまで含めて、すべて同じ。だが違うのは、「四季」のソロを弾くヴァイオリニストと、第九のソリストたち (の一部) である。今年ヴァイオリンを弾いたのは、未だ 18歳という若さの服部百音 (もね)。
e0345320_11004529.jpg
彼女の名は、父である作曲家、服部隆之の作品、大河ドラマ「真田丸」のヴァイオリン・ソロのパートを弾いた映像などで知られていることと思う (但し、テレビ本編での演奏は彼女ではなく、三浦文彰)。さらに言えばこの服部隆之の祖父は服部良一、父は服部克久と、3代に亘る作曲家の家系なのである。ただ作曲家といっても、私がこのブログで時々採り上げる、しんねりむっつりした晦渋な芸術音楽ではなく、歌謡曲や映画、テレビ、最近ではゲームなどの分野で、主に活躍している人たちだ。たとえば服部良一の作品には「東京ブギウギ」や「青い山脈」や「銀座のカンカン娘」があり、なんと国民栄誉賞も受賞している。一方、克久、隆之の親子は、実はともにパリのコンセルヴァトワールに留学するという芸術音楽の教育を受けた、れっきとした「作曲家」なのである。これの意味するところは、芸術音楽とか大衆音楽という区別自体にあまり意味のあるものではなく、時代の感性を反映した音楽は、人々の耳と記憶に残り、語り継がれるということだ。そんな家系に生まれた服部百音の演奏を、私は今回初めて聴いたが、「『真田丸』の服部隆之の娘」という先入観を捨てて傾聴すべき、素晴らしいヴァイオリニストであることが分かったのである。大変不本意ながらこれまで知らなかったことに、彼女はなんと 8歳から名教師ザハール・ブロン (レーピン、ヴェンゲーロフや、日本人では樫本大進、庄司紗矢香、神尾真由子らを育てた現代最高のヴァイオリン教師) に師事しているというのだ!! 既に国際的なコンクール入賞歴もあるが、現在でも、東京音楽大学付属高校に通いながら、スイスのザハール・ブロン・アカデミーに在籍しているという。サントリーホールという四方に客席のあるホールでの演奏ということで、お辞儀をするときは必ず正面、右、左、そしてステージ後ろと、それぞれの聴衆に丁寧に頭を下げるというステージマナーを見せたが、軽薄に笑ったりなどせず、若さに似合わず常に冷静である。だが一旦音楽が始まると、その伸びやかな音は実に美しく鮮烈だ。若さがストレートに音楽を奏でているという印象で、大変にフレッシュである。いつものように指揮をしながらチェンバロを弾いて伴奏した秋山も、好々爺のようであった。この服部百音のヴァイオリン、何か強い意志に裏付けされているように思われ、今後の活躍が楽しみである。

さて、第九に至る前に随分と長文になってしまっているが (笑)、実際のところ、秋山と東響の演奏には常に変わらぬ安定感があるので、演奏自体についてあまりとやかく言う必要はないものと思われる。上記で見たような過密スケジュールを知ると、そういえばちょっとオケに疲れが見えたかも、と思う場面もなきにしもあらずだったが、大きなミスもなく、特に第 3楽章後半から気分が高揚して行ったものと思われた。それから、興味深かった点がいくつかある。まずは先の第九演奏でも触れた、木管楽器の編成である。今年聴いた大野和士 / 都響の演奏と、エッシェンバッハ / N 響の演奏では、コントラバス 8本という弦楽編成に対抗するように、木管はオリジナルの倍の各 4本であったが、今回の秋山 / 東響の演奏では、同じコントラバス 8本でも、木管はオリジナル通り、各 2本 (それに加えて、ピッコロとコントラファゴットは持ち替えでなく 1人ずつの奏者が参加) であったのだ。このあたりに指揮者の指向がかなりはっきり表れるので、来年からは第九チェックシートの項目に、これを加えることとしたい (但し、ちゃんとメモを取らないと忘れてしまう可能性あるが・・・笑)。秋山の指揮ぶりであるが、上記のチェックシートに譜面は「ありと見えて、実はなし」とふざけたことを書いた意味は、いつもの通り指揮台に譜面を置いているにもかかわらず、結局全く手を触れていなかったからだ。去年はこれを、最初はいつもの通り譜面をめくっていたのを途中でやめたのかと思ったのだが、どうやら最初から見ていなかったようで、これは秋山としては珍しい方法ではないだろうか。それから、歌手は最近の定番である、第 2楽章と第 3楽章の間の入場であったが、演奏開始前に館内放送で、「曲の緊張感を保ちたいという指揮者の強い希望により、拍手はご遠慮下さい」との注意がなされた。確かに、ここで拍手が入るのはあまりよろしくないし、演奏によってはチューニングを行うことで中途半端な緊張緩和を避けることもあるが、やはり、拍手なしに独唱者たちが席につくのを静かに待つという今回の方法が最もよいように、私には思われる。合唱はいつもの通り東響コーラス。これは東響の専属のアマチュア合唱団であるが、今年設立 30周年。公演ごとにメンバーをオーディションし、曲目に適した合唱指揮者を招聘するようだが、今回の指導は、バイロイトでの経験豊富な合唱指揮者で、新国立劇場合唱団も指導している三澤洋史。日本のステージでの合唱曲においてはおなじみの顔である。この人選も、年末の東京での第九演奏の競争における各団体のプロフェッショナリズムの追求を示しているように思われる。
e0345320_11531157.jpg
もうひとつ、是非書いておきたいのは独唱者たちである。この秋山 / 東響の第九ではいつも、4人のソリストのうち 1人は外国の、しかも結構実績のある人を呼んでいるようだが、今回は、メゾ・ソプラノの清水華澄、バスの妻屋秀和というおなじみのコンビにテノールの望月哲也、そしてソプラノはこの人だ。
e0345320_11583673.jpg
そう、世界的に活躍するギリシャ人ソプラノ歌手で、日本でも有名なディミトラ・テオドッシュウ。第九におけるソプラノ・ソロには見せ場はほとんどないのだが、世界的歌手がどのように存在感を示すのかに興味があった。正直、しばらく見ない間にかなり大柄になってしまった彼女の姿がステージに現れたときには、ちょっと驚かないではなかったが、独唱者たちの中で唯一譜面を見ながらの歌唱はさすがのものであり、まずは安心した。実際のところ、コーダ手前の四重唱の最後の方でソプラノがぐぐっと伸びあがるところでは、異例なほどの声の伸びが聴かれ、おぉっと思ったのだが、最後の "t" の子音の手前で、ちょっと声が落ちてしまったのは残念 (笑)。ともあれ、その後の恒例のアンコール「蛍の光」では、譜面を見ながら日本語での歌唱となり、例年のことながら、ステージで歌っている歌手たちの中で、彼女が唯一の外国人ということが実感された。・・・テオドッシュウ自身はどう思ったろうか。「クリスマスツリーを早々に片づける東洋の国は不思議だけど、この『蛍の光』は、なんだか感動的ね」と思ってくれたであろうか。

終演後帰ろうとして、ふと 1階ロビーの CD 売り場を見ると、「終演後サイン会開催」と書いてあるではないか。今まで私は秋山の演奏会でそのような表示を見た記憶がない。係の人に「秋山さんのサイン会ですよね」と確認して、参加することとした。マエストロはほどなく、燕尾服のまま出てきてサインしてくれたが、なんと嘆かわしいことに、並んでいる人はほんの 5 - 6人しかいなかった!! ちょっとサイン会の表示が地味だったのではないだろうか。これではマエストロに失礼だと憤慨しつつも、このようなサインを大変丁寧に書いて頂いて、感激である。
e0345320_12261059.jpg
こうして今年も、数々のコンサートやオペラを経験することができ、健康上も特に問題なく年の瀬を迎えることができた。なんとも有り難いことである。このブログでは年内はまだ少し記事を書く予定であり、いつもご覧頂いている方々には、是非最後までお付き合い頂ければと思います。

by yokohama7474 | 2017-12-29 12:28 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

第九 クリストフ・エッシェンバッハ指揮 NHK 交響楽団 2017年12月27日 サントリーホール

e0345320_01054578.jpg
今年の年末に私が体験する第九、すなわち、ベートーヴェンの交響曲第 9番ニ短調作品125「合唱つき」の、4回目の演奏会である。今回は NHK 交響楽団 (通称「N 響」)。今年の指揮は、ドイツの名指揮者、クリストフ・エッシェンバッハである。1940年生まれなので、今年既に 77歳と知って驚く。
e0345320_23531371.jpg
私の世代は、彼をまずピアニストとして認識していたと言えるであろう。例えば、カラヤン / ベルリン・フィルをバックにしてのベートーヴェンのピアノ協奏曲全集。
e0345320_23562402.jpg
もちろん彼は早くから指揮にも取り組み、チューリヒ・トーンハレ管、北ドイツ放送響、パリ管、そしてフィラデルフィア管などの名門オケのシェフを務めてきたという、指揮者として輝かしい経歴を誇っている。だが、どういうわけか、やはりピアニスト兼指揮者として活躍してきたバレンボイムやアシュケナージとは比較にならないほど、私は彼が指揮する演奏会を経験した機会が少ない。今思い出せるのは、今から 10年以上前、彼が名門フィラデルフィア管弦楽団の音楽監督であったときに本拠地ヴェライゾン・ホールで聴いた演奏会くらいである。今でも覚えているのは、確かメインがチャイコフスキー 5番で、演奏前にコンサートマスターが聴衆に話しかけ、終演後にチャリティーイヴェントか何かがあると告げた際、「次の曲は通常のテンポなら 45分くらいで終わる曲なので、そのあとでまた会いましょう」と説明し、会場の爆笑を買っていたことだ。つまり、エッシェンバッハの指揮は往々にして濃厚なロマン性を持っていて、遅めのテンポになることを、聴衆は当然ながら知っていたということである。だが演奏内容自体はなかなかのものであったと記憶する。それ以外の機会としては、2015年に彼がウィーン・フィルと来日した際にチケットを買ってあったが、このときはやむを得ない事情でコンサートに行けなかった。実はそのことはこのブログのどこかの記事に書いてあるのだが、ここでは繰り返さない。それからこのエッシェンバッハ、N 響の定期公演デビューはついこの 10月であり、そのときにはブラームスの交響曲全 4曲を、2回の演奏会ですべて振っている。当初の予定では、4番は曲目に入っておらず、モーツァルトのピアノ協奏曲第 12番の弾き振りであったが、指の故障によって曲目変更になったものである。実は私はここでも、3番・2番の演奏会のチケットを持っていたのだが、出張のために行けなかったという経緯がある。

そのように、エッシェンバッハとこれまで巡りあわせの悪かった私であるが、今回、ブラームスの交響曲に続いてドイツ音楽の神髄であるこの第九を、ドイツ人指揮者として輝かしい実績を積み重ねてきた指揮者と N 響のコンビで聴けることは、なかなかに貴重な機会である。今回このコンビで演奏される第九は全部で 5回。うち 4回は NHK ホールで、最終日のこの日だけがサントリーホールでの公演であった。興味深いことに、ほかの日のプログラムは第九 1曲だけだったのに、この日だけはバッハのオルガン曲が前座で演奏された。では、川沿いのラプソディ恒例の「第九チェックシート」を書いてみよう。

・第九以外の演奏曲
  バッハ : トッカータ、アダージョとフーガハ長調BWV.からトッカータ
  バッハ (デュリュフレ編) : コラール「主よ、人の望みの喜びよ」
  バッハ (イゾアール編) : アリア「羊は安らかに草をはみ」
  バッハ : 「天においては神に栄えあれ」からフーガBWV.716、コラールBWV.715
・コントラバス本数
  8本
・譜面使用の有無
  指揮者 : なし
  独唱者 : なし
  合唱団 : なし
・指揮棒の有無
  あり
・独唱者たちの入場
  第 2楽章と第 3楽章の間
・独唱者たちの位置
  合唱団最前列 (舞台後方 P ブロック)
・第 3楽章と第 4楽章の間のアタッカ
  あり

今回オルガンを演奏したのは、若手オルガン奏者の勝山雅世。
e0345320_00250582.jpg
実は彼女は、やはり昨年のサントリーホールでの N 響の第九 (指揮はヘルベルト・ブロムシュテットで、スポンサーは今回とおなじ、かんぽ生命) でも前座でオルガン・ソロを弾いていた。昨年の自分の記事を読み返すと、曲が終わるたびに拍手が起こっていちいちお辞儀していたと書いてあるが、今回はそんなことはなく、合計 20分ほどの演奏を、聴衆は続けて楽しんでいた。最後の曲のオルガンらしい強奏が素晴らしいと思ったものだ。

さて、休憩のあと演奏された第九だが、数日前に聴いた大野和士と都響の演奏と同じく、コントラバス 8本で、木管楽器は倍管、つまり通常各 2本のところを 4本である。やはりエッシェンバッハの指向は、小ぢんまりとした第九ではなく、生命力あふれる異形の交響曲としての第九であったろう。だが、その表現には実は端正な部分も多く、各パートの音の分離もよいし、指揮者の右側に陣取った第 2ヴァイオリンの音型もよく聴き取ることができたのである。各フレーズの細かいところにも気配りがなされていて、結構こまめにタメを作って音楽の流れを作り出しており、全体として、鬼気迫る大野の演奏よりは、とっつきやすいものであったようにも思う。いわゆるドイツ的な重さがあるという表現は合わないが、それでもやはり、ドイツ音楽の個性をよく描き出した演奏であったと思う。なるほどこの指揮の手腕は大したものであって、あれだけ数々の名門オケを率いてきたにはちゃんと理由があるなと思うと同時に、これまであまり彼の指揮を聴けなかったことを残念に思ったものだ。これを機会に、定期的に N 響を振りに来てくれないものであろうか。このような年齢の実績のあるドイツ人指揮者は、存在自体が貴重であり、N 響が伝統として持っているドイツ物への適性を、いかんなく発揮してもらえるのではないだろうか。もちろん、かつて N 響の指揮台に登場したドイツ系の巨匠たちとは、持ち味に差があることは致し方ないであろうし、それゆえにこそ、N 響の演奏に何か新しい要素を加えてくれそうな期待感がある。
e0345320_01011203.jpg
ところで今回も合唱団は、昨年に続いて東京オペラシンガーズである。舞台の奥に並ぶのではなく、贅沢にステージ裏側の客席、P ブロックの 2/3 程度のスペースに陣取っての歌唱であった。この合唱団はもともと力強さをその特徴とするが、今回も痛快な歌いぶりであり、素晴らしい。N 響の第九と言えば長らく国立音大の合唱団との共演であったが、合唱においても、プロの世界での切磋琢磨が東京の年末には起こっている、ということであろうか。それから、昨年の N 響の第九では 4人の独唱者たちはすべて外国人であったが、今回はすべて日本人。ソプラノの市原愛、メゾソプラノの加納悦子、テノールの福井敬、バリトンの甲斐栄次郎と、実績のある人ばかりで、安定感抜群であった。

そんなわけで、なかなかに充実の演奏であり、さすが N 響とエッシェンバッハと思わせる内容であった。ただ、私の好みから言えば、先に聴いた大野和士と都響の、より表現力の強い演奏の方が共感できる、というのが正直なところ。それだけ東京の第九は、ただ単に年の瀬の余興ではなく、非常に高いレヴェルでの在京オケのつばぜり合いという様相を呈しているものと思う。競争があることは、ファンとしては嬉しい限り。さて、これで残る第九はあと 1回となりましたよ。それは次回の記事で。

by yokohama7474 | 2017-12-29 01:13 | 音楽 (Live) | Comments(2)  

エンドレス・ポエトリー (アレハンドロ・ホドロフスキー監督 / 原題 : Endless Poetry)

e0345320_23353911.jpg
アレハンドロ・ホドロフスキーの新作である。この監督の名前は、今の若い人たちにとっては未知であるかもしれないが、私の世代でちょっとアート系の映画に興味のある人なら、まずは「エル・トポ」(1969年、但し日本公開は 1987年)、次いで「ホーリー・マウンテン」(1973年、但し日本公開は 1988年) や「サンタ・サングレ 聖なる血」(1989年) によって、その名を知っていることだろうし、一度聞いたら忘れないその名前の響きと、一度見たら忘れないその強烈な映像を、懐かしく思い出すだろう。彼は、一言で言ってしまえば、アンダーグランドの香り濃いカルト映画作家なのである。日本で言えば寺山修司などが近いともいえようが、土俗的かつ呪術的なまでに宗教的要素に溢れ、あえて醜いものをスクリーンに乗せて、人間の本性に仮借なく迫る作風が持ち味だ。私は上記のようなホドロフスキーの映画群を学生時代に見たのだが、しかし、それらに強くのめり込んだというほどではない (例えば、やはり当時邂逅して衝撃を受けたタルコフスキーやパラジャーノフやボリス・バルネットの映画のようには)。だが、ほかの誰とも異なるその作風には強い表現力をまさまざと実感させるものがあるゆえ、彼の代表作群を見てから 30年近く経った今でも、その個性には一目置いているのである。これが、当時ジョン・レノンをはじめ、ミック・ジャガー、アンディ・ウォーホル、オノ・ヨーコらに熱狂的に支持されたらしい「エル・トポ」の DVD のジャケット。
e0345320_23595857.jpg
さて、そのホドロフスキーは 1929年チリ生まれで、今年実に 88歳。フィルモグラフィーを見ると、1957年、つまりは今から 60年前のデビュー作である短編「すげかえられた首」(1957年) から、今回の「エンドレス・ポエトリー」まで、監督作品はたったの 9作。寡作家である。実はそのうち 3本は日本未公開。すると 6本の日本公開作のうち、本作を含めた 4本を私は見ていることになる。また、ホドロフスキーが「DUNE / 砂の惑星」を撮ろうとして断念した経緯を辿ったドキュメンタリー映画、「ホドロフスキーの DUNE」も見ている。強くのめりこんだわけではない割には、この監督とその関連作品を、まずまず見ている方と言えるだろう。だが、上記の「ホドロフスキーの DUNE」と相前後して上映された、彼としては当時 23年ぶりの作品「リアリティのダンス」(2013年) は、残念ながら見逃してしまった。この「エンドレス・ポエトリー」はそれに続く最新作である。

まず、この題名 (「無限の詩」という意味)、それから冒頭に掲げたチラシの宣伝文句、「その存在は、完全なる光 ---」は、何やらホドロフスキーらしからぬ、なんというかこう、ハートウォーミングな雰囲気を醸し出してはいないだろうか。そこに私は危惧を抱いた。伝説のカルト作家が、まさかまさか、時代に迎合して、ハートウォーミングな万人受けする作品を作ってはいないだろうな・・・という思いである。その確認のために、なんとか時間を見つけて、渋谷のアップリンクにこの映画を見に行ったのである。ちなみに今確認すると、今年一杯はそのアップリンクと新宿のシネマ・カリテでは未だ本作を上映継続中のようである。もしこの記事でこの映画に興味を持たれた方は、見に行かれるのも一興かもしれない。あ、お気に召すか否かは、私は保証しませんがね (笑)。これが本作に登場するホドロフスキー自身。
e0345320_23163675.jpg
さてこの映画の評価であるが、ある意味では、あのカルト作家ホドロフスキーの強烈な持ち味は全く変わっておらず、その点では安心 (?) したと言えるだろう。だがその一方で、このような映画表現がどの程度本当に人の心を動かすだろうという疑問を抱くシーンも沢山あり、やはり私としては、諸手を挙げて大絶賛ということにはならないと、率直に申し上げておこう。

この映画は、ホドロフスキー自身の若き日の物語であり、前作「リアリティのダンス」の続編であるらしい。しかも主役を演じているのは、前作に続きホドロフスキーの末の息子アダン・ホドロフスキーである。この写真は、ラスト近くで劇中のホドロフスキーが、自らの父と桟橋で向かう合うシーンを演出する、実際のホドロフスキー自身。ややこしいことに、ホドロフスキーの父を演じているのは、実際にはホドロフスキーの長男である、ブロンティス・ホドロフスキー。つまりこの写真は、実生活における父とその 2人の息子であり、その息子たちは、実の父本人と、そのまた父を演じていることになる。ややこしい (笑)。
e0345320_23345007.jpg
主人公である若き日のホドロフスキーは、商店を営み息子を医学の道に進ませたいと考えている厳格な父と、優しいが浮世離れした母 (なにせ、言葉を喋るときにはすべてのセリフが必ずオーケストラ伴奏つきのアリアのような歌唱になるのだ!!) のもとで従順に暮らしているが、自由な詩人の生活に憧れて、ロルカの詩集などを読んでいる。そのうち彼は自由奔放に生きる芸術家たち (?) とともに暮らすようになり、恋にも落ち、挫折もし、親戚の死を体験し、友人の恋の手助けをする。まあこのようにストーリーを追って行くと、まるで普通の青春映画のようだが、そこはホドロフスキー。強烈な色彩感覚と大胆な役者起用で、甘酸っぱい青春を異形のものとして描いて行くのである。もちろん、事実からの脚色は様々にあるに違いないが、ホドロフスキーが生きたチリでの青春の「味」は、本当にこんな感じだったのかもしれないな、と思ったものだ。見ていて楽しいシーンばかりでは決してないし、人によっては、生理的に受け付けられないということもあるだろう。だからこれは、とても万人にお薦めできる映画ではなく、映画という表現方法に強いこだわりのある人のみを観客として想定すべき映画なのだと、思うのである。
e0345320_00105705.jpg
e0345320_00055603.jpg
e0345320_00124245.jpg
e0345320_00065843.jpg
ところで、このような強烈なイメージを実現するには、資金も必要なら優秀なスタッフも必要だ。まずその資金の方だが、興味深いことに、前作「リアリティのダンス」の続編を望む世界の映画ファン 1万人から、クラウド・ファンディングで制作費を集めたのだという。プログラムには、「クラウド・ファンディングにご協力いただいた皆さま」ということで、まるまる 3ページに亘ってびっしりアルファベットが並んでいる。よく目を凝らすと、日本人の名前も散見される。
e0345320_00223165.jpg
もうひとつ、スタッフの方だが、驚きの名カメラマンがここで撮影監督を務めている。その名はクリストファー・ドイル。1952年生まれのオーストラリア人だ。
e0345320_00252792.jpg
「恋する惑星」「天使の涙」「ブエノスアイレス」といった香港のウォン・カーウァイ (最近はあまり名前を聞かないが、どうしているのだろうか) の作品の撮影で世界に知られる人であるが、ジム・ジャームッシュやガス・ヴァン・サントと組んだこともある。その特徴は手持ちカメラの多用なのであるが、この「エンドレス・ポエトリー」では、凝った作りのセットでの撮影もかなり多く、それらのシーンでの絵は、かなりきっちり丁寧に作っている印象で、手持ちカメラの必要はない。一方で、そのようなセット以外にも、建物でのロケや、屋外、夜間、サーカスや群衆のシーンまで、様々なシーンのあるこの映画では、画面の鮮度ともいうべき点で、この名カメラマンの鋭い感性がやはり随所に生きているように思われた。ホドロフスキーも、このドイルがいるからこそ、自らのファンタジーを存分に追い求めることができたのであろう。

私の勝手な解釈だが、題名の「エンドレス・ポエトリー」とは、このユニークな芸術家であるホドロフスキー自身の歌う終わりのない詩、つまりは映画のことを指しているのではないだろうか。このような複雑な作品を作り上げるには、映像作家としての基本的な能力以外に、多大な忍耐と体力と情熱を必要とする。既に 88歳という高齢とはいえ、この映画で度々姿を見せる彼は、未だ大変元気に見える。この人の人生は本当にエンドレスなのではないかと思われるほどだ。クラウド・ファンディングによる資金集めもできるこの時代である。まだまだユニークな活動を続けて欲しいと思う。メキシコ風の死者どもとも戯れる、エンドレスな活動を。
e0345320_00425194.jpg

by yokohama7474 | 2017-12-28 00:47 | 映画 | Comments(0)  

ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ (メアリー・マクガキアン監督 / 原題 : The Price of Desire)

e0345320_23123718.jpg
たまたま前回の記事が、現代日本を代表する建築家、安藤忠雄の展覧会であったのであるが、ここで採り上げるのはやはり高名な建築家を主人公とした物語。ほかでもない、スイス人のル・コルビュジエ (1887 - 1965) である。近年、日本の国立西洋美術館を含む世界各地の彼の設計した建築が世界遺産に認定されたことで、一般にも近しい名前になったのではないだろうか。ル・コルビュジエはこんな人。ちなみに私は、彼の名を知った小学生の頃から、「コルビジェ」と発音してきたが、最近の表記は最初に「ル」をつけ、「コル」の後は「ビ」ではなく「ビュ」。そして最後は「ジェ」ではなく、「ジエ」、つまり拗音にはなっていないのである。ちょっと違和感があるが、ここではその通常表記を使うこととしましょう。
e0345320_23172867.jpg
さてこの映画、既に上映は終了してしまっているが、Bunkamura ル・シネマで上映されていたもの。この芸術・文化指向の強い劇場では最近、芸術家を主人公とした映画を頻繁に上映している。私がこの映画を見たときのもう 1本の上映作品は、ロダンとカミーユ・クローデルを主人公としたもので、監督が昔「ポネット」を撮ったジャック・ドワイヨンなので見たかったのだが、結局見ることはできなかった。またその前は、セザンヌを主人公とした映画をやっていて、これもまた、私が近代絵画の神と崇めるセザンヌの映画であるゆえに、絶対見たいと思いつつ、果たせなかった。またこの後は、今度はゴーギャンを主人公とした映画が予定されていて、そこでのゴーギャン役はヴァンサン・カッセルなので見たいと思っているが、さてどうなることやら。ともあれこのル・コルビュジエの映画だけは、なんとかギリギリに見ることができたのである。

だが、正直なところこの映画には、様々な面で失望した。まず、この題名である。原題は "The Price of Desire"、つまり「欲望の値段」となっているのだが、邦題は、この建築家とアイリーンという女性の「追憶のヴィラ」である。まずこのギャップに戸惑うと同時に、この男女が、もしかしたら金銭の介在によって欲望を満たしたヴィラの話、つまりは、ル・コルビュジエとその愛人が同棲する話であろうと思うのが、人情ではないか!! (笑) ところが、これはネタバレでもなんでもないので書いてしまうと、この男と女の間には、いわゆる男女の関係は存在しない。それどころかこのアイリーンという女性は、こともあろうか、ル・コルビュジエの友人である、ほかの男と恋に落ちるのである。だが、見ている方には最初から先入観が生まれてしまっている。アイリーンの恋人はいかにも浮気性であると描かれているので、そのアイリーンさんとやらは、いつソイツと縁を切ってル・コルビュジエと道ならぬ恋に落ちるのか?! 近代建築の父、偉大なるル・コルビュジエが、どのような過程を経て道徳を投げ打って愛の炎に身を焦がし、その情熱を芸術に昇華させるのであろうか?! と固唾を飲んで見守っているうちに、映画が終わってしまうという意外な展開なのである。なので、今後この映画を見る機会を持たれる方に、あらかじめ言っておく。これは、ル・コルビュジエの知られざる私生活の話でも、道ならぬ恋の情熱を芸術に昇華した話でもない。正直私は、この邦題を考えた配給会社に、映画の本質を誤解させるような方法は不適であったと申し上げたい。もちろん、「欲望の値段」という題名も、これまた誤解を招くものであって、決して素晴らしいとは思わないが、劇中でその表現の意味が判明するので、やはり「愛と追憶と青春のヴィラ」よりはよいと思うのである。あれ、この題名、ちょっと違っていましたっけ。まぁともあれ、これが本作の主役、アールデコからモダニズムの時代に活躍したインテリア・デザイナーのアイリーン・グレイ (1878 - 1976) の肖像である。彼女の名前は決してよく知られているわけではないが、2009年のオークションで、彼女が 1920年代にデザインした椅子が 2200万ユーロ (当時のレートで約 26億円!!) という値段で落札されて以来、注目されるようになったという (因みに、この値段が「欲望の値段」なのであるが)。アイルランドの貴族の血を引いているだけあって、なかなか高貴な顔立ちでもあり、また髪形から、典型的なモガというイメージでもある。
e0345320_23490869.jpg
そして劇中でアイリーンを演じる女優は、やはりアイルランド人のオーラ・ブラディ。パリで修業した経歴があるとのことで、本作でも流暢なフランス語を披露している。
e0345320_23452071.jpg
物語は、このアイリーンが、年下の評論家ジャン・バドウィッチと恋仲になり、そのバドウィッチの友人であったル・コルビュジエとも接点を持つ。物語の焦点は、今や近代建築の巨匠として知られるこの建築家が、本来インテリア・デザイナーであったアイリーンが、自分とバドウィッチのために南仏コート・ダジュールに設計した「E.1027」というヴィラに発揮されたモダニズムに衝撃を受け、それがやがてアイリーンの才能への嫉妬に変わって行くという話。そう思い返してみると、話の流れとしては悪くないが、上述の通りの邦題の不適切さもあって、ストーリーの本質の理解に苦しむのである。演出も決して気が利いているわけではなく、何より、暗転が多すぎる。さっと速いテンポでの暗転ではあるのだが、これだけ頻繁に出てくると、映画の流れが分断されて、とても見ていられたものではない。それから、各登場人物たちの性格やその行動の理由も、あまり明確ではなく、主役の 3人以外は、「えぇっと、あの人誰だっけ」ということになる。例えばこの人だ。劇中でル・コルビュジエとずっとつるんでいる人。
e0345320_00193602.jpg
おぉ、これは、昔「デリカセッテン」「ロスト・チルドレン」「エイリアン 4」「アメリ」など、天才ジャン・ピエール=ジュネ (& マルク・キャロ) 作品の常連であった、ドミニク・ピノンではないか!! 一度見たら忘れない怪優であったが、久しぶりに見ると、年を取っていい感じになってきた。いかにも芸術家の友人の普通の人という感じではないか・・・と思ってプログラムを確認して仰天。彼が演じているのは、画家のフェルナン・レジェなのである!! アララ。
e0345320_00230472.jpg
確かに劇中でレジェの名前は出てくるが、これだけメジャーな画家を登場させるには、その紹介方法に問題ありだ。キャラクター設定が出来ていないと言われてもしょうがないと思う。と、ここで気づいたことには、肝心のル・コルビュジエ役をご紹介していなかった。こんな役者である。
e0345320_00293826.jpg
さて、これは誰だろう。答えは、ヴァンサン・ペレーズ。今年 8月に「ヒトラーへの 285枚の葉書」という映画の記事を書いたが、その映画の監督である。そして、その記事にも書いた通り、「王妃マルゴ」(1994年) でイザベル・アジャーニの相手役を務めていた、当時のイケメンである。
e0345320_00331814.jpg
もちろん、役者には年によって持ち味にあった役というものがある。だが残念ながらここでのペレーズ演じるル・コルビュジエに、私は大きく印象づけられることはなかった。物語の進行の中で英語で画面に向かって話しかけるのは、どうやら観客に対する彼の心の声であるとそのうち分かるのだが、映画という表現分野には様々な手法があるはずで、ここでこの方法を取った効果が、私にはさっぱり理解できなかった。

こんなふうに、どうにも残念な出来ではあったのだが、このアイリーン・グレイの設計した「E.1027」(奇妙な名前だが、モダニズムの感性による命名であり、無機的な響きを求めてアイリーンたちがアイデアを出し合うシーンが本作に出てくる) は今でも現存しているらしい。ル・コルビュジエは、一時期この建物に無断で滞在して壁画を描いたり、また、その近くに小さなコテージなどを自ら設計している。従って彼は、やはりこの建築に表されたアイリーンの才能に嫉妬していたのかもしれない。そして彼は 1965年、このヴィラの前の海で遊泳中に心臓発作を起こして死去した。だからこの建物は、嫉妬と運命のヴィラではあっても、決して追憶のヴィラなのではなかったのである。その事実を知ると、いつの日にか、この映画のロケでも実際に使われたこの南仏の建物にはいつか行ってみたいという気持ちが沸いてくる。この映画を見ることなしにはそのような知識も得ることがなかったので、その意味では、見てよかった。願わくば、もう少し映画として上出来であれば、という思いも、きっとこの地に行けば吹き飛ぶでしょう!!
e0345320_00475965.jpg
書き忘れたが、この作品の監督・脚本・製作は、北アイルランド出身のメアリー・マクガキアン (1963年生まれ) で、彼女にとってはきっと、郷土 (あ、もちろん、北アイルランドはアイルランドとは違う国に属してはいるが) の生んだ知られざる芸術家の紹介という点こそがこの映画を作る目的であったのだろう。それから、これはエンドタイトルで名前を見て、同姓同名かと思ったのだが、プログラムで確認したところでは、あのジュリアン・レノンその人が、本作でのスチール写真を担当しているという。なるほど、様々なアーティストの共演という点も、興味深くはありますね。

by yokohama7474 | 2017-12-26 00:56 | 映画 | Comments(2)  

安藤忠雄展 挑戦 国立新美術館

e0345320_00085221.jpg
以前も少し触れたが、私が現在宿題として抱えている、つまりはこれから書こうとしている、美術に関する記事はすべて、既に期間が終了してしまったものばかり。私の周りでも、このブログによって面白そうな展覧会を知ったという声が時々あるので、そういう方々を失望させないためにも、開催期間中に記事にする責務が少しはあるのであろうが、それを果たせていないことには内心忸怩たるものがある。2017年も暮れていくわけで、また来年の目標を考えるべき時期に来ているのであるが、さしずめ私の場合は、来年は極力開催期間中に美術展の記事を書くというものになろう。

そんなわけで、六本木の国立新美術館で開かれた、日本を代表する建築家、安藤忠雄 (1941年生まれ) の展覧会である。安藤の名前は一般的にも広く知られているであろうし、東京オリンピックの新国立競技場のコンペに関する騒動でその名を知った人もおられよう。私はその件については詳しく了解しておらず、またあまり知りたいとも思わないので、ここでは純粋に安藤の建築についての私の思いと、この展覧会の感想を徒然に語ることとしよう。
e0345320_00282069.jpg
私は建築に関して大変詳しいというわけではないし、専門知識は皆無であるが、若い頃から建築への興味はある。そして安藤は、既に私の学生時代、今を去ること 30年ほど前から著名な建築家であったので、当時から彼の展覧会や、書物に掲載された彼の設計作品の数々を見て、その活動を強い興味を持って注目して来た。強い大阪弁のアクセントと、建築という超専門的な分野を手掛けながら、独学でそれを学び、若き日にはプロボクサーですらあったという異色の経歴にも、ほかの建築家にない明確な個性を感じたものである。初期の代表作である住吉の長屋とか、六甲の集合住宅の写真を見て、「このコンクリート打ちっぱなしは大変洗練されているけど、家の中の移動で雨に濡れるとか、崖にへばりついたマンションを階段で昇って行くとか、住んでいる人は不便だろうなぁ」と思っていた。その思いは今でも残っているのだが、それにしても今回資料が展示されている夥しい数の彼の設計作品を見て、個人建築から公共建築、大規模な集合住宅や宗教施設や美術館、果ては都市開発まで、その広範かつ貪欲な仕事ぶりの凄まじさに圧倒される。つまりは、彼の設計には日常的に不便があるだろうというのは私の余計な誤解か、あるいは、実際に不便があっても、それを超える何らかの高い価値を依頼主たちが感じているから、これだけの実績を残しているのであろう。若い頃、私の知り合いにも東京大学建築学科の学生が何人かいて、彼らは皆、安藤への尊敬を口にしていたものだが、安藤は権威ある官学とは全く遠い存在で、大学には行かず独学で世界的地位に上り詰めた人。そんな安藤が、現在ではその東京大学の特別栄誉教授という役職にあることは、何やら痛快なことであると言えるだろう。今回の展覧会では、彼のオフィスの一部が再現されていて、その天井まで届く夥しい数の書物に圧倒されるが、これが図録に掲載されているオフィスの安藤の若い頃の写真。
e0345320_00361225.jpg
安藤の実質的なデビュー作と言われる「住吉の長屋」 (1975 - 76年) は、わずか 20坪の土地に建つ長屋のうちの 1軒をコンクリートハウスに建て替えたもの。これはほかから借用してきた写真だが、向かって左側は、昔の写真では木造の長屋だが、今ではマンションになっているようだ。上で書いた通り、家の中の一部に天井がなく、部屋の間を移動するときには外気にさらされる。無機的なコンクリートの中で、常に季節感や時間の感覚を持つことになるこの逆説。
e0345320_21094682.jpg
e0345320_21145812.jpg
これが「六甲の集合住宅」。第 I 期が 1978 - 83年。第 II 期が 1985 - 93年。第 III 期が 1992 - 99年。60度の傾斜を持った神戸・六甲山の斜面に作られている。この規模は壮大なもので、阪神淡路大震災を挟んで設計されていることを含め、将来的には安藤を語るには必須の建築になるのではないだろうか。
e0345320_21183769.jpg
e0345320_21185075.jpg
さて、ここから彼の作品を延々紹介して行くつもりは私にはなく、ほんの幾つか、私がこの展覧会で初めて知ったものを含めて、安藤の個性が明確に出ているものをピックアップする。これは彼の米国での最初の仕事、1992 - 97年の「シカゴの住宅」。まるで美術館のようで、生活感を感じさせないが、こんなところに住んでいる人の文化度の高さはいかばかりか。雨が降るとこの場所にはピシャピシャ雨音が響いて、晴天のときとは全く違う雰囲気となるだろう。
e0345320_21260054.jpg
これは 2013年から現在でも進行中のプロジェクト、「マンハッタンのペントハウス III」。その名の通り、マンハッタンにある 1920年代築の古い高層ビルの屋上に、住居とペントハウスからなるゲストハウスを作ろうというもの。鉄・ガラス・コンクリートという現代の無機物が、古いビルに突き刺さるこの刺激。
e0345320_21300549.jpg
これも米国での仕事で、2001年から 2014年までを要した、クラーク美術館というところの「クラーク・センター」である。1955年に建てられた美術館本館 (写真右側) に、風景と一体化する平べったい新館を建て、展示室のほとんどは地下空間に展開して、新旧両館の間には水がたたえられている。このクラーク美術館はマサチューセッツ州のウィリアムズタウンというところにあり、私もかつて、ニューヨークから車で訪れてその素晴らしい近代絵画のコレクションを鑑賞したことがあるが、建物は古くて薄暗い印象であった。このようなモダンな建物ができたと聞くと、是非また行ってみたいものだと思う。
e0345320_21341597.jpg
ここからまたいくつか、日本の作品に戻りたい。これは北海道の勇払 (ゆふつ) というところにある「水の教会」(1985 - 88年)。あとでご紹介する「光の教会」、それから「風の教会」とともに、安藤が 1980年代に手掛けた一連の教会のひとつである。広大な北海道で、このような瞑想的な場所を訪れ、ブログを忘れてゆっくりしてみたい (笑)。
e0345320_21421122.jpg
次も、安藤が追求し続けているテーマである水と人の共生を感じさせる「本福寺水御堂」(1989 - 91年)。これをただの水たまりと思ってはいけない (笑)。淡路島の北東部にある小高い丘の上に建つ寺院建築で、この蓮池の下がお堂になっていて、そこに本尊がおわします。つまり、人は真ん中の通路を通って水に囲まれた場所に入り (コンクリートで隔てられているので、水は見えないわけだが)、そこで仏と対面するわけである。安藤らしい大胆な発想ではないか。一度訪れてみたいと以前から思っているのである。
e0345320_21494191.jpg
寺院で言うと、最近も面白い作品がある。札幌にある「真駒内滝野霊園 頭大仏」(2012 - 15年)。ラベンダーが咲く丘の上に巨大仏の頭部が!! 実はこれ、15年前からこの地に存在する石の大仏を覆うように、人工の丘が作られたもの。これも行ってみたいなぁ。
e0345320_21571793.jpg
e0345320_21590751.jpg
美術館や公共建築を見てみよう。この異常な数の本によってできたそそり立つ壁はなんだろう。そう、これは大阪の東大阪市にある司馬遼太郎記念館 (1998 - 2001年)。稀代の歴史作家の蔵書 2万冊からなる、いわば「知の壁」である。ここも以前から行ってみたいと思いながら未だに果たせない場所だが、とにかく個人の蔵書としてはスケールが桁違いである。そのスケールを目で見て肌で実感することで、訪問者の誰もが圧倒されることだろう。
e0345320_22012764.jpg
次は大阪、天保山のサントリー・ミュージアム (1989 - 1994年)。ここは、近くの水族館である海遊館と併せて、現地を訪れたことがある。ただ、恥ずかしながら知らなかったのだが、サントリーはとっくにこの美術館の経営権を手放しており、今は大阪市が運営する「大阪文化館・天保山」という名前であるらしい。
e0345320_22091121.jpg
東京の公共建築を 2つ。ひとつは表参道ヒルズ (1996 - 2006年)。以前の同潤会青山アパートの跡地なのである。そういえば、この建物の前は何度も通りかかっているが、中を歩いたことはないなぁ。
e0345320_22141727.jpg
そしてこちらは、普段の生活で何度も何度も利用している、東急東横線渋谷駅 (2005 - 2008年) である。この写真は模型であるが、以前と違って地下深くに降りて行かなくてはならないので、電車に乗るときにはちょっと焦ってしまうのだが、この卵型のドームが、その焦った気持ちをわずかながら癒してくれる。まぁ、本当にわずかですけどね (笑)。なんだか安藤忠雄の真似っこみたいだなぁと思っていたら、ご本人の作品でしたか。不勉強で恥ずかしいことである。
e0345320_22173813.jpg

展覧会の会場には、安藤が手掛けた作品の写真や模型、設計図などが、所せましと沢山展示されていたが、写真撮影は禁止。だが、2ヶ所では撮影が許されていた。まずひとつは、瀬戸内海に浮かぶ小島、香川県の直島の一連のプロジェクト (1988 - 2004年) についての大規模な展示。瀬戸内海の映像が多面スクリーンに投影され、その前に島の大きな模型が置かれていて、建物の模型がある。人の身長と比べてみると、模型のサイズもお分かり頂けよう。
e0345320_22235814.jpg
e0345320_22245866.jpg
e0345320_22252923.jpg
それから、撮影が許されたもうひとつの場所は、大阪府茨木市にある「光の教会」(1987 - 89年) を実物大で再現した構造物である。この教会は、打ちっぱなしコンクリートの壁面に十字形のスリットが入っていて、外からの光が、非常に美しく十字架の形を壁面に描き出すというもの。私が訪れたのはちょうど日が暮れてすぐの時間帯であり、内部は既に暗い一方で、外からのライトが実に効果的であり、誰しもが敬虔な思いを抱く雰囲気であった。またこの建物はただ長方形なのではなく、斜めに突き刺さるような壁があって、十字形スリットのある面の横にもうひとつ空間ができており、そこからも光が入るようになっている。非対称の美学である。
e0345320_22322017.jpg
e0345320_22335025.jpg
この展示、本物のコンクリートを使っていて、あたかも現地の建築のそのままの再現であるかのようだが、コンクリートをコンコンと叩いてみると、どうやら中はがらんどう。つまりは、中身のないコンクリートの箱を積み重ねて造形してあるようなものだろうか。当然、建築としての強度はないだろうが、ある種のインスタレーションのようなものとして、大変にうまく考えられている。これが、外から見た十字形の壁面。薄暗い中、外からライトが当てられていたことがよくお分かり頂けよう。
e0345320_22395038.jpg
この光の教会も現地を訪れたことはなく、一度行ってみたいなぁと以前から思っているのであるが、今調べてみると、事前予約制になっていて、今受け付けている 2月までの枠 (指定された土曜または日曜) は、既にすべて一杯である。観光施設ではなく、実際に使われている信仰の場所であるから、公開が限定的であるのはやむを得ない。この教会のある茨木市は、かつてキリシタン大名高山右近が治めていた地。今でも敬虔な信仰の伝統が息づいているのであろうか。日本のキリシタン信仰にも深い興味を抱く私としては、ますますいつか訪れるべき場所であると思われるのである。だが、まずはこの光の教会、今回疑似体験できたことは何より有難いことであった。

ショップで売られていた図録には、なんというサービス精神であろう、1冊 1冊に安藤自筆のサイン入り。彼の代表的な作品の簡単なイラストも添えられている。私が購入したのは、直島を描いた、以下のようなもの。以前、大阪の中之島の記事 (2017年 8月 5日付) に、1989年に購入した建築雑誌に書かれた安藤のサインの写真を掲載し、それは光の教会であったが、今回の直島のイラストは、カラフルでなかなかよい。
e0345320_22511199.jpg
そんなわけでこの展覧会、安藤忠雄の底知れぬパワーと情熱を改めて思い知る貴重な機会となった。展覧会のサブタイトルにある通り、まさに挑戦に継ぐ挑戦で膨大な作品を世に問うてきた。既に 76歳で、何度も病魔に侵されながらも、不屈の精神力でこれだけの精力的な活動を続けてきたことは、まさに驚異である。これからも我々を驚かせるような作品を作り続けて行って欲しいものである。

by yokohama7474 | 2017-12-25 22:56 | 美術・旅行 | Comments(0)  

第九 大野和士指揮 東京都交響楽団 2017年12月24日 東京芸術劇場

e0345320_21065153.jpg
ちょうど前日、24時間前もこの同じ場所の同じような席で、同じようなコンサートを聴いたはず。そう、前日のサッシャ・ゲッツェル指揮の読響に続いて私が体験する今年 3回目の年末の第九、今回の演奏は大野和士と、彼が音楽監督を務める東京都交響楽団 (通称「都響」) なのである。
e0345320_21104052.jpg
大野についてはこのブログでも散々賛辞を捧げてきたし、一般の知名度もそれなりに高いと思うが、その知性と冒険心に裏打ちされた演奏活動は、まさに世界を駆け巡り、東京ではこの都響とのコンビで充実した活動を繰り広げている。今年 57歳。これからますますの高みに達する指揮者であると思うが、今回の第九を聴くと、本当に日本でこの人の演奏を聴けることに感謝の念を捧げたくなる。彼の第九は、随分以前に当時の手兵、東京フィルを指揮した演奏会を聴いたが、今回の演奏の質はその時とは段違い。前日に聴いたゲッツェルと読響の演奏も素晴らしいものであったが、今回の大野と都響の演奏は、率直なところ、さらにその上を行く渾身の名演であったと私は思う。

では、「川沿いのラプソディ」恒例の「第九チェックシート」から行きましょう。

・第九以外の演奏曲
  なし
・コントラバス本数
  8本
・ヴァイオリン左右対抗配置
  あり
・譜面使用の有無
  指揮者 : なし
  独唱者 : なし
  合唱団 : なし
・指揮棒の有無
  あり
・独唱者たちの入場
  第 2楽章と第 3楽章の間 (ティンパニ以外の打楽器奏者 3名も同時入場)
・独唱者たちの位置
  指揮者のすぐ前、すなわち舞台前面
・第 3楽章と第 4楽章の間のアタッカ
  なし

さて実は、この情報だけでも、ははぁーんとお気づきになる方がおられると思う。この演奏の特色は、コントラバス 8本の編成であったところにまず表れている。前回の記事で、ゲッツェルと読響の演奏が現代におけるスタンダードスタイルではないかと書いたが、今回の大野と都響の演奏は、それとは随分違っている。このブログではよく、オケのサイズを表現するのにコントラバスの本数を書いているが、では管楽器はどうであろうか。ベートーヴェンの時代には木管楽器 (オーボエ、フルート、クラリネット、ファゴット) はそれぞれ 2本ずつが普通で、昨今の演奏ではそれを踏襲する場合が多いのだが、今回の演奏では倍管 (つまりは各 4本ずつ、但しコントラファゴットとピッコロはそれぞれ、ファゴット、フルートと持ち替え) であったのだ。また、ホルンはオリジナルの編成では 4本のところ、今回の演奏では 5本。ほかの金管はオリジナル通りであった。ここでひとつお断りしておくと、そのような編成が演奏評価において大事なら、なぜいつも弦楽器だけではなく管楽器の編成も書かないのかと思われる方がいるかもしれない。そこには理由があって、ひとつは、そこまで書くと煩雑になること、もうひとつの現実的理由は、いつも管楽器がすべて見渡せる席で聴いているとは限らないからだ。というわけで、いつもはコントラバスの本数だけでオケのサイズを測っているわけである。

もうひとつこの演奏の特異性は、独唱者たちの位置にある。最近の第九の演奏では、舞台奥の合唱団のすぐ前に独唱者たちが陣取るケースがほとんどだ。それは、全人類の協和 (あ、もちろんそれは本当は正確ではなく、「キリスト教を前提とする人類の協和」が正しいのだが) を歌うこの曲にあっては、ソリストたちの超絶技巧を聴くよりは、合唱団とともに高らかに歌われる人類賛歌を聴くべきだからであろう。だが今回の演奏では、そのスタイルを取らず、まるでヴェルディのレクイエムでも演奏するかのように、舞台前面に独唱者たちが陣取った。聴いているうちに分かったことには、今回の大編成の演奏では、独唱者たちがステージの奥にいるのでは、充分に声が響かないだろうから、前面に陣取ることにしたのであろう。それだけ今回の演奏には凄まじい音の流れがあり、熱狂があった。改めて実感されたことには、やはり大野と都響のコンビは今や、東京で聴ける最強コンビのひとつであるということだ。いつも私が絶賛しているこのオケの芯のある音は、今回の演奏では冒頭から明らかであり、この第九という破天荒な曲の個性に決して負けることのない、隅々まで彫琢をほどこされた音のドラマが、聴衆全員を圧倒したのである。弦楽器は互いの音を聴きあって有機的に増殖して行き、大野自身の感興の高まりに実にヴィヴィッドに反応する。そう、何度も比較して申し訳ないが、前日の演奏に比べると、指揮者とオケの間の信頼関係がより深く、オケの音自体にも、より凄みがある。第 4楽章で歓喜のテーマが低弦 (チェロとコントラバス) に出てから、ヴィオラに広がり、そして両翼のヴァイオリンに伝わって行って、遂に総奏に達する箇所は、まさにその有機的増殖が鳥肌立つほど見事であったし、クライマックスを築く "vor Gott" のフェルマータは、古きよきドイツの演奏のように、最近ではあまり聴けないほどの長さであり、壮大な音響であったのだ。コントラバス 8本、木管は倍管、独唱者たちは舞台前面であることが、すべて功を奏して、聴覚をなくしたベートーヴェンが夢想したであろう宇宙的な音響を繰り広げていた。
e0345320_23361995.jpg
それから、大野は合唱のパートを最初から最後まで歌いながらの指揮であり、そのことも、合唱団へ独特な霊感を吹き込むことに貢献していただろう。実際、合唱団に対する指示は大きな身振りではなかったが、大野の身体全体から発するオーラが、合唱団の人たちの身体から発する声を、遥かな高みに持ち上げていた。ともすればどの作品も器楽的に過ぎると言われるベートーヴェンであるが、あえて言ってしまえば、今回の第九の音のドラマは、オペラティックであったとすら思う。こんな第九は、ちょっと聴けるものではないだろう。

その合唱団は、二期会合唱団であり、もちろんいつもはオペラを歌っている人たち。また独唱者たちはいずれも二期会または藤原歌劇団の若手で、現在活躍中の人たちばかり。ソプラノが林正子、メゾ・ソプラノが脇園彩、テノールが西村悟、バリトンが大沼徹である。林はこのブログでも何度か触れているが、メゾの脇園は、私は今回初めてその名を知った人。2014年からイタリア各地で活躍しているらしい。
e0345320_23483804.png
彼女の実績で注目すべきは、あのイタリアの名指揮者ファビオ・ルイージが昨年 7月に初演したメルカダンテの「フランチェスカ・ダ・リミニ」というオペラで主要な役を歌っており、CD や映像作品になっているのである。もちろんこの作品は、(チャイコフスキーの管弦楽曲と同様) ダンテの「神曲」に基づくものであるが、1831年に作曲されて以来、演奏されることもなく今日にまで至ったオペラなのである。ルイージの意欲が感じられる話であるが、そんな意義深いプロジェクトに日本の若手歌手が参加しているとは、本当に素晴らしいことだ。
e0345320_23515789.jpg
思えば大野は、来年 9月のシーズンから、新国立劇場の芸術監督に就任する。ドイツやベルギーやフランスでどっぷりオペラに浸かって実績を挙げてきた彼のことであるから、いよいよ東京でオペラ指揮者としての真価を頻繁に聴かせてくれることは、間違いなく東京の音楽界のビッグニュースである。今回共演した歌手たちもまた、大野の指揮するオペラで歌うことも多くなるだろう。その意味でも、このような素晴らしい音響に満ちた第九の演奏は、今後の東京の音楽界の一層の充実に対する期待を抱かせるものであったと思うのである。大野は年明けも都響で、メシアンのトゥーランガリラ交響曲やツェムリンスキーの「人魚姫」といった大作を指揮する予定である。東京の音楽ファンは、世界を羨ましがらせることになるかもしれない。

by yokohama7474 | 2017-12-24 23:59 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

第九 サッシャ・ゲッツェル指揮 読売日本交響楽団 2017年12月23日 東京芸術劇場

e0345320_01512037.jpg
私にとって今年の年末 2回目の第九は、読売日本交響楽団 (通称「読響」) によるもの。指揮は、1970年生まれのオーストリア人、ザッシャ・ゲッツェルである。
e0345320_10532115.jpg
この人はもともとウィーン・フィルのヴァイオリン奏者であるが、タングルウッドなどで研鑚を積んだ後、2001年に指揮者デビューを果たし、現在では世界各地でオペラとコンサートの両面で活躍している。私は以前、紀尾井シンフォニエッタで一度聴いたことがあるが、フル編成のオケを指揮するのを聴くのはこれが初めてである。実は今回の第九、本来は別の指揮者が予定されていた。それは 1947年生まれ、今年 70歳になるフランス人のエマニュエル・クリヴィヌ。リヨン国立管弦楽団の音楽監督としてその高い実力を世界に知らしめた名指揮者であり、私も今回は久しぶりにクリヴィヌを聴けることを楽しみにしていた。この読響は 1月分のコンサートを 1冊のプログラムに掲載しているのだが、12/12 (火) に、既にこのブログでも採り上げた、コルネリウス・マイスター指揮のマーラー 3番を聴きに行った際には、第九の指揮者としてクリヴィヌの名前が印刷されていて、その 2日後に指揮者変更のアナウンスがあった。今年の読響の第九は、12/17 (日) が初日で、12/24 (日) まで合計 6回あり、うち 1回は首都圏を離れて大阪での公演である。つまり、初日の僅か一週間前の指揮者変更発表であったわけだ。クリヴィヌは、健康上の理由で長距離の移動を医師から禁じられたとのことだが、そんなギリギリのタイミングであっても、ゲッツェルのような信頼できる代役を確保することができたことはラッキーだったし、しかも、彼は今年 4月に既に読響を指揮しているので、その点も含めて代役としての不安はあまり大きくはなかったのである。だがこのゲッツェルの写真をあしらったチラシはほとんど作られなかったのではないか。冒頭に掲げたのは、会場の東京芸術劇場の入り口に掲示されていたポスターである。ここでは記録のために、クリヴィヌの写真が掲載されたチラシも載せておこう。
e0345320_10522005.jpg
では今回も「第九チェックシート」から始めよう。
・第九以外の演奏曲
  なし
・コントラバス本数
  6本
・ヴァイオリン左右対抗配置
  あり
・譜面使用の有無
  指揮者 : あり
  独唱者 : なし
  合唱団 : なし
・指揮棒の有無
  あり
・独唱者たちの入場
  第 2楽章と第 3楽章の間 (オケのチューニングの前、ティンパニ以外の打楽器奏者 3名及びピッコロ奏者も同時入場)
・独唱者たちの位置
  合唱団の前列、金管に挟まれた場所
・第 3楽章と第 4楽章の間のアタッカ
  あり

毎回思うのであるが、このチェックシートで私が勝手に抽出したポイントは、演奏によって微妙に違っていて面白い。だが、今回の演奏はある意味では昨今の演奏スタイルのスタンダードと言ってもよいのではないかと思う。つまり、指揮者はきっちりスコアを見て指揮をし、第 2楽章の提示部はきっちり反復。一方で歌手たちは暗譜で歌い、独唱者たちは第 2楽章と第 3楽章の間で入場して、その場所は、舞台前面ではなく合唱団の近くである。弦楽器の規模は、コントラバス 8本ではなく 6本。もちろんそんなスタンダードスタイルであっても、この破天荒な曲ともなるとやはり演奏者の個性はそこここに出てくることになり、指揮者とオーケストラの比較を集中的に楽しめるのが面白い。

今回のゲッツェルの指揮は、大変に勢いのあるものであったと思う。盛り上がりの随所でティンパニが鋭く鳴り響いていたが、そのように聴こえたひとつの理由は、そのティンパニが通常のステージ奥ではなく、上手側に置かれていたことにもよるのかもしれない。日本のオケはどこも、通常の欧米のオケの数倍から、ことによっては数十倍、この曲を頻繁に演奏しているので、読響クラスになると、もうその演奏の安定度は大したもので、急遽代役となった指揮者のもとでも、実に見事な演奏を展開しており、ごくわずかテンポが上がったかと思う場所でも、余裕でついて行っていた。ゲッツェルの指揮ぶりには、ウィーン風と言ってよいのか否か分からないが、どこかたおやかな部分があって、第 3楽章は大変に美しいものであったが、決して退屈なものではなく、上記の通り、全曲を通しての音楽の勢いは、なかなかのものであった。ただ、第 1楽章と第 2楽章でそれぞれほんの一瞬だが、ちょっと音楽の流れが悪くなったかなぁと思う箇所があったのだが、実はそれは、音楽にそもそも勢いがあるからこその、指揮者とオケの呼吸の、ほんのわずかな不一致であったのかもしれない。そういう要素があった方が、演奏に人間味があって面白いと思う。合唱団は今回も新国立劇場合唱団。ソリストは、ソプラノのインガー・ダム=イェンセンがデンマーク人、テノールのドミニク・ヴォルティヒがドイツ人で、そこにソプラノの清水華澄とバスの妻屋秀和という、おなじみの二期会所属歌手が入るという陣容。妻屋の "O Freunde" という第一声は実に堂々たるもので、聴きごたえ充分であった。

こうして東京の第九演奏は、ひとりの世界的指揮者が急にキャンセルしても、また別の世界的指揮者が登場して歓喜の大合唱を繰り出して行く。これはなかなかに素晴らしいことではないですか。

by yokohama7474 | 2017-12-24 11:24 | 音楽 (Live) | Comments(2)