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井上ひさし著 : 言語小説集

今晩は皆既月食。普段はさほど天体現象に興味がある方ではない私ではあるが、たまたま会社で天体マニアの人がいて、今回の皆既月食の話を聞いていたものだから、自宅への帰り道、駅からトボトボ歩きながら、ふとそのことを思い出し、寒いからといって首をすくめずに頑張って天空を眺めると、確かに月に影ができている。帰宅してからも時折空を見ると、月はどんどん高くなり、そしてどんどん細くなって行く。肉眼ではこの天体ショーを鮮やかに見ることができるのに、写真に撮るとこんな感じで、かなり精度が落ちてしまう。やはり人間の目というものはよくできているのだなと感心した次第。東京地方では今晩は曇りかという予報もあったようだが、雲がなくて幸いであった。
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このような天体の神秘はしかし、この地球上やそれ以外の星で、気の遠くなるほど昔から存在しているわけであり、そこについ最近 (?) 人類なるものが誕生し、地球上にいろいろなものを創り出した。そしてそこには人類なりの知恵の蓄積がある。例えばこのような現象を知るには、観察や分析が必須であるのは当然だが、「この日にこの場所で月食がある」「その月食はこのような理由で起こる」「そのとき月はこのように見える」「次の月食はいつどこで起こる」といった事柄を多くの人々が知るために必要なものは何か。もちろんそれは、言語である。言語こそは、あらゆる事象についての理解を共有したり、またその理解について議論したり、あるいは発展させていくために必要なものであり、つまりは人類の「知」は、多くの点で、言語に負うところ大である、と思うわけである。たまたま前の記事の最後で、言語の道具としての重要性について触れたので、今回はこの本を採り上げてみたい。
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このブログは、おかげさまでクラシック音楽の記事には多くの読者の方に集って頂いているようだが (それでも、今月に入ってからのメナヘム・プレスラーの記事への 900に迫る突然の異常なアクセス数にはただ困惑するばかりだが)、書いている当人としては、やはり音楽以外の記事も是非読んで頂ければありがたいと、いつも考えているのである。ええっと、以前も書きましたよね。千葉県市川市で永井荷風の足跡を辿った本についての記事、及びその地を自分で歩いてみた際の記事へのアクセスが少なく、嘆かわしく思っていることを。その不人気の記事で私は、作家の井上ひさし (1934 - 2010) が荷風について行った講演の採録が滅法面白く、近く彼の小説を久しぶりに読みたいと宣言した。あれから随分時間が経ってしまったが、ブログ上で全世界に対して行った約束 (大げさだが、まぁ世界のどこでも見ることができるので本当のことだ) は、やはり守らないといけない。というわけで、今回はこの短編集について語ろうと思うのである。といっても、読み終わったのは去年の秋なので、既に数ヶ月が経過している。すぐに記事を書かなかったのは訳があって、それは、これを読んだ私が、諸手を挙げて井上ひさしの天才の前にひれ伏した (まぁ、そんなに上がったり上がったりは普通しませんが。笑)、ということには残念ながらならなかったからだ。
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ここには 11編の作品が集められていて、最後の 4編が 1989-90年頃に発表されたものだということ以外には、執筆時期についての情報はないが、多分 1980年代ではないかと想像する。というのも、最初の「括弧の恋」ではワープロの中で記号たち (● とか ▲ とか ■ とか、あるいは「 だの 」だの、〒 だの # だの) がやりあう話であり、これは明らかに、パソコン (この言葉も、最近は随分と古めかしい響きを帯びるようになったが) が登場する前の作品である。発想は決して面白くないことはないのだが、いかんせん、今読むとまず、時代を感じてしまうのである。だが、作家がワープロについて語ることの意味をもう一度考えると、要するにそれまでは原稿用紙の上にガリガリとペンで文章を書いては艱難辛苦し、何度も破っては捨て、頭をかきむしっては推敲し、停滞し、タバコをプカプカ吹かして天を仰ぐ・・・そんなイメージであった文士たちが、軽やかにキーボードを叩いて、画面上で大量に文章を削除したり、あるいは順序を換えたりして、そしてそれを、ジー、カタカタと音がするプリンターで印刷するという光景に変わったことは、大変なことではないか。そんな大転換を、このように軽妙に記号の擬人化によって面白おかしく物語にしてみせる井上のセンスは、やはりなかなかのものだとは思う。それから、「五十年後」という作品には、方言のわずかな違いを聴き分けるその道を究めた専門家が出てきて、「そんなバカな」と思いながらも、結構声を上げて笑ったりできる。また、言語障害によって、言ってはならない場面で言ってなならないことを意図せず口にして、思わぬトラブルに見舞われる人物 (一例を挙げると、駅員として勤務していたときにホームで、「一番線に電車が這ってまいります。どなたも拍手でお迎えください」とアナウンスするなど) を描いた「言語生涯」も、まあ面白い話である。だが、それらの作品を楽しみながら私は、やはり井上は、文字だけではなくて、演劇的なアクションを前提にして作品を書いているような気がしてならなかった。生涯演劇と深いかかわりを持った人であるから、それも当然なのかもしれないが、時空を超えてそのユーモアのセンスが、小説を読んだだけで、何か人間の本質にはっと思い当たるとまでは思えない。いやもちろん、面白い小説は、笑っていればそれでよいのだろうが、ただ笑おうとすると、今度はその時代色が邪魔してしまって、純粋に楽しめない要素を感じてしまうのだ。

このように、私としては大絶賛の短編集ということにはならなかったが、もう一度、ここに至るまでの流れを思い出してみよう。前回の記事では、ビジネスマンはもちろん、演劇を語る評論家も、言葉という道具の重要性を認識すべきだと主張した。そして今回の記事の冒頭では、自然現象というスケールの大きなものを対象としても、人間がその現象の神秘を解き明かして知の地平を広げて行くには、言語が重要だと説いた。そう思うと、小説家という、言語を商売道具にしている人が、その言語をテーマに軽妙にストーリーを作って行くという行為は、いわば人間の文化的行為の根源に迫るものである、とも言えるのではないか。だから、言語という道具の意味を思うには、どこまで楽しめるかは別としても、このような本を手に取ってみることに意味があるように思う。その上で、もし自分がここで使われているのと類似のネタでギャグを放つならどうしようか、と考えられば、そのような思考はきっと (よしんばそのギャグが聞き手の心胆を寒からしめるものであっても)、他人とのコミュニケーションには役立つはず。そう、ビジネスも文化も、コミュニケーションなしには成立しないのである。何かを語っても、相手に通じなければよくないが、だが、もし語らなければ、そもそも通じるわけもないのである。
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壮大な天体ショーを見ながら、人間のコミュニケーションについて考える。これぞ、このブログの持ち味であると、ここは一旦〆ておくこととしましょう。井上ひさしは、また別の作品をそのうち読みたいと思います。

by yokohama7474 | 2018-01-31 23:32 | 書物 | Comments(0)  

ダンシング・ベートーヴェン (アランチャ・アギーレ監督 / 原題 : Beethoven par Bejart)

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ブログも記事が増えてくると、以前書いたことを全く忘れてしまっていることがよくある。以前書いたことと違うことを書くというのも、できれば避けたいことなのであるが、私の場合は多分それよりも、同じことを繰り返して書くことを避けた方がよいなといつも思っているのである。実生活で「もう分かったよ。聞いた聞いた」と言われることは結構厳しい体験であり、しかも、熱意を込めて何かを語ろうとしていた矢先にこの言葉を聞くと、かなりこたえると言ってよい。と、こんなことを冒頭から言い訳するには理由があって、私がここで言いたいことは、「クラシックバレエにはほとんど興味なし。だが前衛性を含むダンス・パフォーマンスは大好き」という私の指向を書きたかったからである。ええっと、以前も書きましたよね (笑)。そんな私にとって、天才振付師モーリス・ベジャール (1927 - 2007) は、その悪魔的な容貌も相まって、かなり尊敬する人物なのである。おっとベジャール、ネコ派だったか。
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私が彼の名を知ったのは、中学生の頃。当時論評活動も積極的に行っていた作曲家の諸井誠の気楽なクラシック関係の本の中で、何度もその名が言及されていたのがきっかけであった。そこでは特に「春の祭典」の振付についての高い評価が印象的であった。そして、映画「愛と哀しみのボレロ」(クロード・ルルーシュ監督、1981年) においてジョルジュ・ドンの踊るボレロを見て、強烈な印象を受けた。だが実のところ、ベジャールの振付による実際の舞台上演を見た経験は、今に至るも、多分一度もないように思う。最もチャンスがありそうだったのは、1990年にパリの旧オペラ座 (ガルニエ宮) でかかっていたワーグナーの「ニーベルングの指環」の抜粋であったが、一週間ほどのパリの滞在中、何度も物欲しげに会場の前を行ったり来たりしたが、すべての公演が Sold Out。1枚たりともチケットが手に入る様子はなかったのである。もちろんその前後には日本の東京バレエ団で、三島由紀夫をテーマとした「M」とか、忠臣蔵をテーマにして黛敏郎の音楽に振り付けた「ザ・カブキ」などが上演されたのは知っていたが、会場に見に行くことはせず、ただテレビで見たのみだ。思えば当時は未だベジャールその人が生きていた時代。それらの舞台に接することができなかったことを今更悔やんでも遅いのである。これは、ジョルジュ・ドンの踊る「ボレロ」。
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さて、前置きが長くなったが、この映画は、そのベジャールが振り付けた、西洋音楽畢生の大作、ベートーヴェンの第 9交響曲の上演に関するドキュメンタリーなのである。これはつい最近、つまりはベジャールの死後、東京で上演され、あのズービン・メータ指揮イスラエル・フィルが舞台に合わせて第 9の生演奏を行ったことも記憶に新しい。スイスのローザンヌに本拠地を置くモーリス・ベジャール・バレエ団と、東京バレエ団の共同企画として 2014年に上演された。だがやはりこのときも私は、実演を見ることはなかった。メータは私にとっては大変になじみのある指揮者だし、このときのイスラエル・フィルとの日本での別の演奏会には 2度足を運んだにもかかわらず、である。そんなことなので、この映画はちょっと見てみたいと思ったのだ。前項で採り上げたヴェンダースの「アランフエスの麗しき日々」の翌日、同じ恵比寿ガーデンシネマでの鑑賞であった。
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解説によると、もともとベジャールが第 9に振付をしたのは 1964年、ブリュッセルでのこと。その後世界各地でステージにかかり、日本でも 1999年に上演された。だが、ベジャールの死後、再演すら危ぶまれる状態であったものを、上記の通りベジャール自身とも縁の深かった東京バレエ団の創立 50周年の記念シリーズの一環として、ダンサー、オーケストラ、合唱団総勢 350名で上演された。そのときの写真を見ると、オケは、オーケストラピットではなく、ステージ奥に陣取っている。これはつまり、音楽がダンスに合わせるのではなく、ダンスが音楽に合わせるという方式で上演されたということだろう。因みに歌手のうちメゾ・ソプラノは藤村実穂子、テノールは福井敬である。
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この映画の面白さは、もちろん、この大作に挑む人々の挑戦が描かれていることにあると言ってもよいのだが、より正確に表現すると、人類の共和を歌ったこの作品の精神を表現するために努力する人々の、まさに「人間」としての営みとでも言おうか。準備過程における成功もあれば失敗もあり、戸惑っての試行錯誤あり、思わぬハプニングあり、また一流のプロもあればアマチュアも入っているという混成部隊に沸き起こる微妙な空気まで、極めてヴィヴィッドにとらえられている。この第 9という作品の持つとてつもないスケールは、これまでもこのブログでこの曲の演奏を採り上げる度に言及して来ているので、「もう分かったよ。聞いた聞いた」と言われないためにここでは繰り返さないが、それはもう、これだけ多くの人々が汗をかいて表現するだけの価値があるものなのである。

ここでインタビュアーを務めるマリヤ・ロマンがなかなかよい。
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そう、この写真にある通り、この映画の中で彼女はしばしばガラスの向こうから、ダンサーたちの練習を見つめている。彼女は女優であるため、自身踊りはしないのだが、そのダンサーたちを見つめる表情の澄んだこと。それもそのはず、映画が進むうちに、彼女の両親もやはりダンサーであり、しかも、このベジャールの第 9とも深く関わっていることが明らかになるのである。これはちょっとした演出なのであるが、冒頭から彼女の表情が大変によいことから、真相が分かったときに何か解放されたような気になるという印象。ドキュメンタリー映画とは、このような気の利いた演出の積み重ねが結構大事な分野だと思い当たる。これによって、たとえ第 9にあまりイメージのない人、あるいはベジャールのことをよく知らない人 (まあ、そんな人がこの映画を見るのか否かという問題はあるが 笑) でも、心地よい映画としての流れを感じることができるであろうから、この映画は一般的な意味でもお薦めであると思うのだ。監督のアランチャ・アギーレはスペインの女流監督で、ペドロ・アルモドバル、カルロス・サウラという同国の巨匠たちのもとで助監督を務めたという経歴を持ち、以前にもベジャール・バレエ団のドキュメンタリーを手がけているようだ。
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と、ここまで映画自体を称賛して来たが、では、音楽ファンの目から見た、本作におけるベジャールの振付自体はどうだろう。この映画ではその一部しか見ることができず、この断片のつなぎ合わせの印象だけで判断するのは危険かもしれないが、ある意味で、この曲の聴き手が抱くヴィジュアルなイメージを明確に辿って行くので、かなり納得して見ることができるように思う。そして、曲の細部を知っていればいるほど、「なるほど、ここでこうくるか」という楽しみもある。劇中で指揮者のメータも、そのような評価を口にしていたと記憶する。だが、ではベートーヴェンの破天荒なシンフォニーの本質に迫りたいと思った場合、ベジャールのバレエを見ることで、舞踊ならではのなにか新しい発見があるだろうか。視覚は常に最も強烈な感覚であり、聴覚を圧倒するのが通例だ。その意味で、もしこのバレエを見ることで、「なるほど、第 9ってそういう曲ね」と分かったような気になるとすると、それはあまりよいことではないかもしれない。要するにポイントは、音楽と舞踊という異なった、だが隣接する分野の芸術活動において、鑑賞者が一体どこに真価を見出すかということだろうと思うわけである。私は、やはり音楽を虚心坦懐に味わうことこそが、価値あることなのだと考えてしまうのだが、音楽に過度に毒されてしまっているのだろうか。

また、もうひとつ、どうしても書いておきたいことがある。本作において、評論家の三浦雅士がインタビューを受け、この第 9の振付に見られるベジャールの美学について、禅などを引き合いに出しながら大いに語るシーンがある。これは別のところから引っ張ってきた三浦の写真。
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この人は、私が若い頃から、主として舞踊分野のハードな批評活動で知られている有名な評論家である。だが、この映画では、彼を巡って若干不思議なシーンを目にすることになる。それは、英語で自らの思いを語っていた三浦が、インタビュアーのマリア・ロマンから、「日本語でどうぞ。あとで字幕をつけますから」と言われて、何十秒かの間、目を白黒させて沈黙し、最後にガハハと笑うシーンである。「急に日本語でと言われても、困ったなぁ」と彼はそこで英語でコメントするのであるが、これを見た人は誰しも、奇異な感覚を持つものと思う。ここでの彼の心情は分からないものの、正直な感想を言うと、鳩が豆鉄砲を食らったような顔を見せずに、是非堂々と英語で、もしくは日本語で、語って欲しかった。要するに使用言語などはどうでもよく、自らの思考を、言語という論理に基づく形態で相手に伝えることこそ、評論家の役目であると思うからだ。実は、これは評論家だけではなくて、ビジネスマンも同じである。相手と面と向かって喋っている間に数十秒間目を白黒させてしまうと、ビジネスチャンスはしぼんでしまうのではないか。我々日本人は、コミュニケーションにおける道具としての言葉の意義をもっと認識すべきであると、私はいつも思っているのだが、このシーンによってその思いを新たにしたのであった。

そのように、見ていて飽きることのない映画であると言えると思う。原題はフランス語であるが、"par" は英語でいう "by" のようであるから、「ベジャールによるベートーヴェン」という意味であろうか。なるほど、ベジャールは振付師であったがゆえに、言語で語ることが本職ではなかったが、彼の解釈するところのベートーヴェンを、ここでは舞踊によって表現しているということであろう。もちろんそれぞれの振付師には好みもあるので、ほかの作品と似た箇所もあるだろう。だが、上で書いた我々通常人の言葉による表現の場合に比べて、身体表現の場合は、たとえ似た動作が出てきても、「もう分かったよ。見た見た」と言われることは、ないであろう。従って、他者との言葉によるコミュニケーションの際に、「あれ? これ、前も言ったかな」と思った場合には、言葉だけではなく身振り手振りを交えてみると、もしかすると相手も、以前その話を聞いたことを思い出せずに、コミュニケーションが円滑になるかもしれない。そうか、その結果が、このような群舞による全人類の賛歌になるなら、ダンスというのも、平和の手段として、なかなかよいものかもしれませんね (笑)。
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言葉が必要なところでは言葉で。言葉が届かないところはそれ以外の手段で。人間のコミュニケーションは実に複雑なのである。ええっと、前に同じこと言っていませんよね?

by yokohama7474 | 2018-01-30 23:46 | 映画 | Comments(0)  

アランフエスの麗しき日々 (ヴィム・ヴェンダース監督 / 原題 : Les Beaux Jours d'Aranjuez)

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あのヴィム・ヴェンダームの新作が上映されていると知って、見に行かないわけにはいかない。だが、調べてみると何やらヒットしておらず、あろうことか上映終了寸前。そう思って恵比寿ガーデンシネマにこの映画を見に行ってから一週間ほどが経っている。今調べてみると、既にその恵比寿での上映は終了しており、唯一、立川のシネマ・ワンというところで細々と上映されているだけである。私のヴェンダースへの思いは、彼の前作「誰のせいでもない」を採り上げた 2016年12月14日の記事に書いておいたが、なんといっても青春時代に見た「パリ、テキサス」と「ベルリン・天使の詩」によって、私の中ではこの監督は本当に特別な名前なのであり、彼の前作「誰のせいでもない」が結構よい映画であったので、やはりここはこの最新作を見ておかねば・・・と思った次第。だが、回りくどいことはやめて単刀直入に言うと、この映画はちょっとびっくりするくらいひとりよがりの作品で、正直なところ、たった 97分の上映時間の、長く苦痛に満ちていたこと!! これではヒットしないのもむべなるかなである。

まず題名であるが、アランフエス (通常は「アランフェス」と、「フ」のあとは小さい「ェ」なのであるが、ここでは通常の「エ」となっている。まぁ、原語表記を見ると、これが正しいと思われるが) とはもちろん、スペイン王家の夏の離宮があった場所で、クラシック音楽ファンにとっては、ロドリーゴのギター協奏曲であるアランフェス協奏曲によって広く知られている。私はそのアランフェス宮殿には一度だけ行ったことがあり、美術の観点で見るべきものはさほどなかったと記憶するが、南国の日差しを葉陰で避けながら、通り過ぎ行く風を肌で感じることのできる、なかなか素晴らしい場所である。ただ、私が行ったときには、アランフェス協奏曲の有名な第 2楽章がスピーカーから流れていて、まあ、アランフェスにおけるアランフェスなので、別にそれをけしからんと言う筋合いにはないだろうが、だがそれにしても、ちょっと気恥しいような気がしたものだ。そしてこの映画、舞台となっているのがそのアランフェスであるのか否かの明確な説明はなく、多分そうではないのだろうが、私の記憶の中にあるアランフェス同様、陽光の中を吹き過ぎる風の心地よさという点では、アランフェスと共通するような場所で撮影されている。より具体的には、そのような場所において、男女がずっと語らっているのである。
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既に否定的なことを言ってしまっている手前、ここでフォローしても既に遅いかもしれないが (笑)、公平に見て、この映画の導入部はなかなかに素晴らしい。冒頭には、よく知られたパリの数ヶ所の映像が、恐らくは早朝に撮られたのであろう、誰もいない沈黙の風景として提示される。そして舞台は、上の写真にあるような、街を見晴るかす丘の上に建っている家の庭に移る。そこでカメラはまず、窓を開け放ってあって風が心地よく吹く抜けるこの家の内部を映し、アナログレコードによるジュークボックスを映す。ちなみにこのジュークボックスは、劇中において何曲かの英語の歌を流す (ひとつの曲は、幻想シーン的として、歌手がピアノの弾き語りをする)。この冒頭場面の映像の美しさと自然な流れは、実に素晴らしい。正直、ここで期待が高まったところで劇場を後にすればよかったと思われるほどである (笑)。そしてそこに、何やら深刻めいた表情をした、だがいかにも清廉なイメージを抱かせる作家役の俳優が出てきてタイプライターの前に座り、視線を宙に泳がせつつ、上記のような男女の会話を書き始めるのである。作家の後ろにはドガとかマネとかモネの画集の地味な背表紙が見えていて、そのさりげなさがなかなかによい。これは、その作家役を演じるイェンス・ハルツというドイツ人俳優に演技指導をするヴェンダース (オバサンのように見えるが男性です)。
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この映画は、ただひたすら、タイプライターを打つ作家の姿と、その作品の中の登場人物とおぼしい男女が会話をすることのみによって成り立っているに等しい。面白いことに、男女の会話はフランス語でなされるのに、作家がひとり呟いているのは、最初は英語かと思いきや、ドイツ語なのである。そして、見て行くうちに明らかになってくることがあって、これはネタバレということにはならないと思って書いてしまうが、何やらここでの男女、世界最後の日を生きているように見えるのである。そう、世界最後の日。あなたならどんな会話をしますか。それはもしかすると、巡りくることがもはや絶望的に難しい明日の予定かもしれないし、人類について、世界について、あるいは歴史についてかもしれない。あるいはもっと個人的な事柄、例えば、それまでの人生で楽しかったこと、嬉しかったこと、あるいは苦しかったことや辛かったことかもしれない。その日で世界が終わると思うと、存外人間という奴は、くだらないことを喋るのかもしれない。だが私は、申し訳ないがこの映画での「世界最後の会話」は、全く支持したいと思わない。単純な好みの問題もあろうが、語り合う男女が口にするいかなるフレーズも、何か私の心に深く訴えかけるということは、残念ながらついになかったのである。それは、会話内容 (個人に関する性的なことや尾篭なことを、まるでスペインハプスブルク家の栄光と没落についての歴史的評価を語るように ? 語っている) もそうなら、役者たちの顔、表情、姿勢、すべてが私の感情移入を拒むものであったと言ってもよい。もしこの役者たちの会話を見たり聞いたりして、人生が変わるような感動を覚える人がいるなら、その人の意見にじっくり耳を傾けたいものだが、さていかがなものだろう。

ストーリーの展開がないので、これ以上感想を書き連ねることには困難が伴う。ところがひとつ不可解なことがあって、監督のヴェンダースはこの作品について、「100% 思いのままに撮った生涯で初めての映画」と語っているのである。プログラムには彼の結構長いコメントが掲載されていて、ざっと目を通してみたが、やはり何やら、この映画の内容に満足している気配が横溢している。そうするとやはり、私の鑑賞眼に問題があるのだろうか・・・。あるいは、ヨーロッパ人と日本人の感性の違いなのだろうか。今この文章を書きながらも、なんとも居心地の悪い思いをする私であった。

この作品の原作は、1942年オーストリア生まれのペーター・ヘントケという作家の手になるもの。実はヴェンダースとは、件の「ベルリン・天使の詩」を含む 5作において、脚本を提供しているという近しい仲である。この作品においてそのヘントケの原作を脚本化しているのは、ヴェンダース自身である。ヘントケさんはこんな渋い人。うーむ、この人があのような男女の会話に興味を持っているとは、なんとも意外である。
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もういちど、世界の終わりについて思いを馳せよう。それは遠い先かもしれないし、もしかすると明日かもしれない。その日が世界の最後の日であると認識したとき、人はどのように対処すべきであろうか。ヴェンダースはここに、社会的なメッセージは全く込めていない。あるいは、究極の個人についてのとりとめのない話に、現代における人間社会の危機意識のなさを読み取れというのだろうか。そして世界の終わりには、英語のバラードが響いているのであろうか。やはり私には、もうひとつピンと来ない。むしろ、題名にあるアランフェス宮殿の佇まいを思い、人間の刻んできた歴史を感じる方が、よほど世界の終わりに向けた心の準備ができようというものだ。ヴェンダースの次回作は、一体どこに向かって行くのであろうか。
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by yokohama7474 | 2018-01-30 01:09 | 映画 | Comments(0)  

チョン・ミョンフン指揮 東京フィル 2018年 1月28日 Bunkamura オーチャードホール

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このブログでは東京のオーケストラの活動について様々にレポートして来ているが、昨今のこの分野の充実ぶりを思うに、やはり競争原理が働いていることが大きな要因であることは間違いないだろう。そんな激しい競争のある東京の音楽界において、やはりこのコンビには一目おく必要がある。そう、韓国出身の稀代の名指揮者チョン・ミョンフンと、彼が名誉音楽監督を務める東京フィルハーモニー交響楽団 (通称「東フィル」) である。このブログでもこのコンビの演奏を数々紹介して来たが、改めて思うことには、彼らの演奏は東京の音楽界においても揺るぎない地位を保つに相応しいもの。今回 3回に亘って行われた同一プログラムによる演奏会の最後のものを聴けた私は、本当に幸運であったと思うのである。その曲目は以下のようなもの。
 モーツァルト : 交響曲第 41番ハ長調K.551「ジュピター」
 ベルリオーズ : 幻想交響曲作品14a

なるほど、アポロンの申し子モーツァルトの最後のシンフォニーと、フランス・ロマン派の寵児の爆裂作品、しかもいずれ劣らぬ西洋音楽屈指の人気曲の組み合わせである。だがそれにしてもその対照はかなりのもの。その対照的な曲を、いずれ劣らぬ見事な演奏で聴かせたチョンと東フィルのコンビには、心からの賛辞を捧げたい。これは昨年のこのコンビの演奏会終了時の様子。
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まず最初の「ジュピター」は、コントラバス 4本の小編成ながら、冒頭から重めの音が鳴る。チョンの指揮はいつも、決然たる部分は強く、柔和な部分は優しく響くのであるが、さしずめこの曲の冒頭などは、テンポまで含めたその対照の妙が際立つ音楽なのである。そうこうするうちに音楽は疾走を始め、そしていつものように熱を帯び始めた。このように書いていても、言葉が届かないもどかしさをどうすることもできないのだが、それは生演奏ならではのスリリングな瞬間の連続であり、耳を澄ますほどに、微妙なニュアンスがしっかりと音になっていることに感嘆する。このような古典派の音楽でもチョンは、毎度のことながらヴァイオリンの左右対抗配置は取らず、ヴィブラートも過度にならない程度にかけられている。そして、暗譜で、かつ指揮棒を持って指揮する彼の姿は、流行りのスタイルなど関係ない、確固たる彼自身の信念を示していて、実に清々しい。その一方で、両端楽章を含めたスコアの指定する反復を、多分すべて行っていたのではないだろうか (この点について確信のある方、この理解が正しいか否かご教示下さい)。これらの点はすべて、ただ教条的に原典主義を採るのではなく、音楽の流れや表現力に依拠した自然なものであり、素晴らしい説得力が感じられるものであった。この曲の終楽章のフーガは、聴くたびに本当に日常のストレスを忘れて蘇ったようになれる稀有なる名曲であるが、様々に入り組んだ音が絡み合い、しかも混沌とせずに秩序を常にたたえている演奏に巡り合うのは存外に少ないこと。今回のチョンと東フィルの演奏は、そのような稀有な演奏に分類できるものであった。

そして後半の幻想交響曲は一転して、怪奇な情念と皮肉な笑いが交錯する大曲。ここでチョンはコントラバス 10本という大編成を総動員して、最初から最後まで勢いの衰えない、骨太な音の絵巻を繰り出すことに成功した。そして興味深いことには、ここで彼は、前半のモーツァルト演奏と異なり、どの楽章でも繰り返しを行うことなくに突き進んだのである。以前も書いたことがあるが、この曲では第 1楽章の反復を省略するケースは昨今かなり少なくなっているように思うのだが、今回その反復がないことに、揺るぎない指揮者の確信を聴き取ることができたように思う。加えて、第 1楽章からアタッカで休みなく第 2楽章に続いたのを聴いて、より一層その思いを強くしたものである。ここで音楽は常に推進力を持って、音楽的情景を描いて行ったのである。そして、第 3楽章前半の野原の風景の清澄さから後半の不気味さに移るところも見事なら、第 4・第 5楽章での猛烈な追い込みもまた、チョンならではの、まるで焼けるような集中力を持ったもの。それにしても東フィルは、チョンのちょっとしたテンポの動きにも食らいついていくだけの技量のあるオケである。そう、この指揮者とオケならではの個性が刻印された、見事な演奏であった。

今回プログラムで、面白いことを 2つ知った。ひとつは、既に創立 100年を超えたこの東フィルが、これまでの歴史において、定期演奏会で演奏してきた曲としては、実はこの幻想交響曲が最多であること。そして、今回の対照的な曲目に、実は共通点があるということ。幻想交響曲の終楽章で鳴り響くのがグレゴリオ聖歌の「怒りの日」であることは音楽ファンにとっての常識であるが、実は「ジュピター」の終楽章で聴かれる、いわゆるジュピター音型 (モーツァルトが、交響曲第 1番をはじめ、若い頃から何度も使用した音型) も、グレゴリオ聖歌に由来するものとされているらしい。それは知らなかった。この 2曲においては、そのような原初的な神秘性が共通点になっているということであろう。西洋音楽の奥深さを実感する。これはグレゴリオ聖歌の譜面。
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さて、また冒頭の話題に戻るが、東京のオーケストラ界において確固たる地位を持つこのチョンと東フィルのコンビであるが、4月以降に始まる新シーズンにおいても、3つのプログラムが用意されている。だがこれは、ちょっと普通でないくらい豪華なラインナップだ。1つはベートーヴェンの「フィデリオ」の演奏会形式、2つめは、姉のヴァイオリニスト、チョン・キョンファとブラームスのコンチェルトで共演、そして 3つめは、マーラー 9番である。うーん。すごい。やはり東京におけるオケ同士の競争から、東フィルとしても、ちょっと思い切ったことをしてみようということになったものだろうか。ファンとしては嬉しい悲鳴なのであるが、聴く人たちの人生すら変えてしまうほどの名演を期待したいものである。
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by yokohama7474 | 2018-01-28 22:43 | 音楽 (Live) | Comments(5)  

秋山和慶指揮 東京ニューシティ管弦楽団 (ピアノ : 花房晴美) 2018年 1月27日 東京芸術劇場

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東京にはフル編成のプロのオーケストラが 9つもあって、それは間違いなしに世界一なのであるが、ただその中で、歴史や活動規模の観点から、メジャーな楽団とみなされるものは 7つ。このブログではその 7つのオケの演奏についてはあれこれ書き記しているのだが、残りの 2楽団について書く機会が少ないのは残念だ。東京の音楽文化を語るなら、そこまで含めて語るのでないといけない。そこで今回は、その「残りの 2楽団」のひとつ、東京ニューシティ管弦楽団の演奏会について書いてみたい。この演奏会の開演時刻であった 14時には、サントリーホールでは小林研一郎指揮の日本フィルが、ブルックナーの 7番をメインとした演奏会を行っていたのだが、私はそれを選ばず、この演奏会を選んだのであった。実はそのコバケンの演奏会、前日の同じプログラムによるコンサートのチケットを持っていたのだが、出張のためにあきらめざるを得ず、家人に託した経緯があったのである。私がこの東京ニューシティ管の演奏会を選んだ理由は 2つ。ひとつは、このブログで何度も敬意を表してきたマエストロ秋山和慶の指揮であること。もうひとつは、随分長く実演を聴いていないピアノスト、花房晴美がソリストを務めることである。さて、まずは秋山である。
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このブログではもう散々この指揮者のことを称賛してきているのであるが、ここで改めて賛辞を捧げよう。彼が長らく手塩にかけ、数々の意欲的なプログラムを採り上げた東京交響楽団は、今や英国の名指揮者ジョナサン・ノットを音楽監督に頂いている。そして、ある時期には世界の名だたるオーケストラの数々を振っていた秋山は、最近ではあまり海外に出掛けている様子はないように思う。国内で数々の地方オケのシェフを務め、学生オケを指導し、そして東京においては、この東京ニューシティ管にまで客演する。つまりは彼の活動によって、東京のみならず日本全国のオーケストラ音楽の質が向上しているということだ。実際、私が以前この東京ニューシティ管の演奏を聴いたのは唯一、この秋山の指揮によるもので、それは 2016年 3月21日の記事として採り上げた。既に 76歳になった秋山だが、その確かな手腕は、東京の音楽界になくてはならないものなのである。そして今回のソリストは、日本を代表するピアニストのひとり、花房晴美。
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女性の年を語ってはならないという風潮は未だにあるものの、社会システムにおいてここまで男女同権が進んだ現代においては、女性の年も貴重な情報と割り切って書いてしまおう。彼女は 1952年生まれ。つまり、既に 65歳ということになるから驚きだ。今回の演奏会は、上に掲げたチラシからも明らかな通り、彼女の日本デビュー 40周年を記念するものでもある。ここでわざわざ「日本デビュー」とあるからには、ほかの場所で既にデビューしてから日本楽壇に登場したものであろうか。もしそうであれば、デビューの地はパリであったのかもしれない。なぜなら彼女はフランスで頭角を現した人であるからだ。実は私にはひとつの思い出があって、まさに 40年ほど前、中学生のときに彼女のピアノを聴いた記憶があって、そのことはこのブログでも書いたことがある。そのときのプログラムは今手元で探しても見つからないので、きっとそうだったと記憶している伴奏のモーシェ・アツモンと東京都交響楽団の演奏記録を、ネットと手元の書物で調べてみたが、あろうことか、それらしい演奏会が見当たらない。これは私にとっては結構ショッキングな出来事。だがまあ、それは事実であるので、首をひねっても仕方あるまい。一方、こちらの記憶は間違いないと自信があるのは、花房晴美の名を明確に意識したのは、1980年の角川映画「野獣死すべし」におけるショパンのピアノ協奏曲第 1番の演奏であった。それも今となっては 38年前。つまりは彼女の日本デビューからそれほど経っていない頃の演奏であったわけだ。

既に前置きが長くなってしまっているが、今回の曲目は以下の通り。
 ドビュッシー : 牧神の午後への前奏曲
 ラヴェル : ピアノ協奏曲ト長調 (ピアノ : 花房晴美)
 チャイコスフキー : 交響曲第 1番ト短調作品13「冬の日の幻想」

せっかく花房の日本デビュー 40周年ということなので、ラヴェルのコンチェルトから書いてしまうと、さすがフランスものを得意とする彼女のこと、大変に洒脱な演奏を繰り広げた。この曲にはジャズのイディオムが使われているが、一方で第 2楽章では冒頭から延々とピアノ・ソロによる透明感溢れる美しい音楽が聴かれる。洒脱でありながら透明な抒情を出すのは容易なことではないが、苦労して弾いている様子が見えてしまうと興ざめだ。今回の花房の演奏、その第 2楽章のソロでは、よくありがちな過度の感傷には陥っておらず、むしろ力強いとすら言えそうなタッチを聴くことができ、またそこには華麗さへの指向も感じられて、これは一家言あるなと思った次第である。ただ、全体を通して、均一な粒立ちはあまり感じることができず、大柄に響き過ぎる箇所もあったような気がする。それゆえ、アンコールで演奏されたドビュッシーの前奏曲集第 2巻の「花火」の方が、より華麗な音楽である分、適性を感じさせたものである。それもこれも、40年の演奏歴による演奏家の個性であると思う。因みにこれが、上記の 1980年の映画「野獣死すべし」における花房。お変わりありませんね。80年代風ではあるものの (笑)。
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さて、最初の「牧神」と後半の「冬の日の幻想」は、いずれも大変安心して聴くことのできる出来であった。前者におけるフルートやオーボエのソロは称賛に価し、また、後者における劇的な部分や抒情的な部分の多彩な表現は大変楽しめるものであったのである。もちろん、最高の意味における職人性を持つ秋山の指揮が楽員に霊感を与えたものだろうとは思うが、それにしても、本当にこれだけきっちりした演奏ができるこのオケの実力も侮れないものである。つまりは東京のオケの水準はそれだけ高いということだろう。「冬の日の幻想」はチャイコスフキーが初めて書いたシンフォニーであり、彼の交響曲としては唯一、ニックネームを作曲者自身がつけている。ここには若きチャイコフスキーが既に、その後も続いていくことになる紛れもない個性を持った作曲家であったことが示されているが、特に第 2楽章のロシア的抒情は素晴らしい聴き物であり、私は大好きなのである。ロシア民謡風のテーマが盛り上がる箇所が聴きどころであるが、チェロの合奏がその旋律を纏綿と歌い、その少しあとには、ホルンの合奏が (あまり例のないことに) 同じテーマを朗々と歌うのであるが、いずれも惚れ惚れとする出来であり、胸が熱くなるのを抑えることができなかった。あえて課題を挙げるとすると、ちょっときっちりし過ぎかなということか。さらに音楽が練れてくれば、もっといい感じに崩れてきて、そこにはさらなる音楽の深淵があるものだと思う。だがいずれにせよ、名匠秋山の指揮のもと、東京ニューシティ管が達成した成果は素晴らしいものであったと思う。聴衆はあまり多くない演奏会であったが、やはり東京の音楽界の水準を知るには、このような演奏会に足を運ぶ必要があるなと再認識した次第。

by yokohama7474 | 2018-01-27 23:33 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

オリエント急行殺人事件 (ケネス・ブラナー監督 / 原題 : Murder on the Orient Express)

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自分で言うのもちょっと気が引けるのであるが、私は結構悪運の強い方で、トラブルからラッキーなかたちで逃れることが時々ある。もちろん、それほど大げさなことではなく、車で出かけたときに雨が降っても、車から降りるときにはやんでいるとか、その程度のことであるが、それでも、地震や、あるときはちょっとした事故などから逃れられたときもあり、果たして祖先に感謝すればよいのか、はたまた自身の普段の行いのよさを誇りにすべきなのか (まぁ、後者はないでしょうな。笑)。そんなひとつの事例が、今週東京を襲った大雪である。私はたまたま今週は出張で日本にいなかったので、その間に東京で大雪が降ったことはネットニュースでしか見ておらず、帰ってきてから自宅の周りに残る雪を見て、これは大変だったんだろうなと実感している次第。

さて、冒頭にそんなことを書いたのは、この映画においても雪が大いに関係しているからである。舞台は 1930年代、トルコからフランスに向かう長距離列車、オリエント急行であるが、殺人発生の直後に、こんな雪の中で列車は立ち往生。この設定は、なかなかによくできている。つまり、列車が大雪で足止めを食ったことによって、複数の人間をその中に閉じ込める密室ができたことになり、犯人は必ずその中にいることになるわけで、しかもどこにも逃げるわけにはいかない。これはかなり極端な状況である。
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もちろん原作は英国のミステリーの女王、アガサ・クリスティで、この作品は既に 1974年にも映画化されている。実のところ、その映画が有名なせいか、この作品の原作を読んでいる人が私の周りにも結構いることが分かったのだが、恥ずかしながら私は、その映画も子供の頃少しテレビで見た記憶しかなく、原作も読んでいなかった。但し、クリスティの作品なら、名探偵エルキュール・ポワロが初めて登場する処女作「アクロイド殺し」や「ABC 殺人事件」、さらには「そして誰もいなくなった」や、ロンドンでの舞台上演の超ロングランで知られる「ねずみとり」、それからミス・マープルものなど、10冊ほどはこれまで読んでいたのだが、どういうわけかこの作品はそこから漏れていたということになる。そこで今回は、映画を見る前に原作を読んでみた。なるほどこのトリックは印象に残る。だが、一度ネタが分かってしまえば、新たな映画を見る価値が果たしてあるのだろうかということにもなる。その点、この作品の場合の期待は、その綺羅星のごとき出演者たちもさることながら、主演のポワロ役も務めているケネス・ブラナーが監督であるという点に、大きくかかってくることになるだろう。これが、そのブラナー演じるポワロ。
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この映画の予告編では、「全員名優」という言葉で検索せよと宣伝していたが、1ダースに及ぶ容疑者たち、つまりは列車の乗客たちであるが、この顔ぶれはすごい。順不同で挙げても、ジュディ・デンチ、デレク・ジャコビ、ウィレム・デフォー、ミシェル・ファイファー、ペネロペ・クロス、そして現在進行中のスターウォーズ・シリーズで主役レイを演じているデイジー・リドリーといった具合。これはその容疑者たちに車掌役を合わせた 13人。
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そうそう、それから、容疑者以外にも名優がいて、それはほかならぬジョニー・デップ。彼は容疑者ではなく被害者なので、自然と出演時間は少なくなってしまっているが、その存在感はさすがである。
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とは言っても、いくらなんでも全員が名優かと言われれば、そうでもない気がするが、まぁそれはそれとして (内容を知っている人にはしらじらしい物言いであることは、ここでは触れないことにして)、原作を読んでから映画を見た感想は、やはり少々物足りない。もちろん、一般的に小説の映画化の場合には、原作小説の方が映画よりも面白いということが通常であって、ここでもそのようなことになっていると言ってもよいだろう。登場人物の数を少し減らしていることや、一部人物の役柄を変更していること、いくつかの事件を飛ばしていること、それから、原作にはないアクションシーンを足していることなどは、別に映画だけ見て気にしなければよい話。だがそれらの点を除いても、この映画が見る人を熱狂させるかと言えば、ちょっと違うような気がして仕方がないのである。携帯電話もインターネットもない 1930年代、何かの事件についての情報を集めるのはなかなかに骨が折れ、また時間のかかること。そして、ある人の素性を解き明かすことも、現代では考えられないほど難しいことであったはず。それゆえ、この事件におけるポワロの独断的な推理が思わぬ真相を明らかにすることに、当時の人たちは感嘆したものであろう。だが残念ながら、もし現代において、ここでのポワロのように、飛躍した推理、と言って悪ければ、大胆な仮説によって捜査を進めるなら、必ずやどこかで行き当ってしまうだろう。つまりここでのトリックには、完全に外の世界での出来事が前提として必要であり、それなしには物語が成立しない。そして、あらゆる世界の出来事を瞬時にして知ってしまう我々としては、ここでの種明かしは、つまりは、あまりに少ない手がかりに基いてポワロが被害者の正体を見抜くことが、荒唐無稽に見えてしまうのである。その推理なくしては物語は成立しない。つまりはこの荒唐無稽な推理が物語の根幹にかかわっているわけなので、さすがのケネス・ブラナーもその設定を変えることはできなかった。まさかこれを現代に置き換えるというわけにもいかなかったろうし、せめて CG で現代風の映像を作るのが精一杯であったのかもしれない。そう考えると、並み居る名優たちも、やはりちょっともったいない。時代がかった演技の中で、窮屈に見える人もいた。12人の容疑者役の中で、私が最もよいと思ったのは、デイジー・リドリーである。ここでの彼女は、「スター・ウォーズ」での役と異なり、両大戦間のモダンな服装をして、喋る言葉も明確な英国アクセント。調べてみると彼女はロンドン生まれである。未だ 25歳という若さであるが、この映画で見ると、昔の女優のような気品を感じることができ、今後が楽しみなのである。
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ケネス・ブラナーの演出には特に奇をてらった部分はないのだが、上記の通り、ちょっとここでは彼の才気が発揮できることができなかったように思われてならない。ここで彼は、フランス語を母国語とするベルギー人のエルキュール・ポワロを演じて、英国人のくせに非常にリアルなフランス語アクセントの英語を披露するのみならず、かなり多くの場面でフランス語そのもの、そしてまたあるシーンではドイツ語まで喋っていて、その点には多才さの片鱗を見せているが、どうせ現代から遠く隔たった 1930年代のスタイルに則るのであれば、普通の英語で演じてもよかったような気がするのである。言ってみればそのようなことは映画の中の細部。だが細部が気になる映画とは、私の持論によれば、流れの悪い映画なのである。実はこの作品、ラストシーンでシリーズ化が示唆されており、そのことは既にこの作品の Wiki にも記されているので、ご興味おありの向きは、調べてみられてはいかが。次回作品でも同じようなポワロ像になるのだろうか。

さて最後に映画を離れて、この映画のヒントになった事件に少し触れてみたい。それは、あの空の英雄、チャールズ・リンドバーグに関するものである。
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単独で大西洋横断に成功した彼の後半生は必ずしも幸福なものでなく、特に戦争との関わりは、先に NHK で放送された「新・映像の世紀」のシリーズの中でも紹介されていたが、何とも悲壮感の漂うものであった。だが彼にとっての最大の悲劇は、1932年に息子が誘拐され、死体で発見されたことであった。実はアガサ・クリスティの「オリエント急行殺人事件」は、そのリンドバーグの息子の誘拐事件と、実際にオリエント急行が雪で立ち往生したことを結び付けて、1934年に書かれたものであるらしい。だが、このリンドバーグの息子の誘拐・殺人については、今日では諸説あるのである。陰謀論好きの私は、何冊かの本でそのような「諸説」の概要を読んだことがあって、その中には大きな説得力を感じるものもあるが、犯人として捕まった男が死刑にまでなっていることを思うと、冤罪説を興味本位で語るのは気がひける。今日ではネット検索でいくらでも情報が手に入るので、これもご興味おありの向きは、調べてみられることをお薦めしよう。そして、私自身も今回調べてみて知ったリンドバーグの言葉がある。それは、ニューヨークから大西洋横断に向けて旅立つ前のもの。

QUOTE
ヨーロッパ全航程に亘る完全無欠な好天候の確報なんか待っていられるもんか。今ことチャンスだ。よし、明け方に飛び出そう!
UNQUOTE

なるほど彼は、悪天候のリスクを取ってあの大冒険に出たわけである。そうするとこの映画でも、雪という悪天候を恐れていては何もできないことを知って、犯人 (日本語は単数と複数が明確でないのでこの言葉を使うが) は犯行を決意したものであろう。そう、春になるのを待っていては、この犯行のチャンスは絶対に巡って来なかったわけである。そうすると本当にこの作品には、リンドバーグの冒険者スピリッツが活きていることになる。来週東京でまた雪が降るときも、そのスピリッツ精神を標榜することとしよう。それを逃してはつかめないチャンスが、もしかすると屋外に待っているかもしれないではないか!! ただ、現実世界では、足元にくれぐれも気をつけたいものであります (笑)。
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by yokohama7474 | 2018-01-27 00:59 | 映画 | Comments(4)  

否定と肯定 (ミック・ジャクソン監督 / 原題 : Denial)

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前回の記事で採り上げた「ユダヤ人を救った動物園 アントニーナが愛した命」に続いて、これもナチスに関連する映画で、やはり事実に基づいて制作されたものである。だがその内容は全く異なっており、舞台は 1994年から 2000年。つまり、戦争中の話ではなくて、戦後何十年も経ってからの話である。前回に続き、ここでも邦題をまず話題にすると、「否定と肯定」という邦題に対し、原題はただ「否定」だけである。これも確かにちょっと難しいところがあって、「否定」という題名はシンプルすぎて、なんだかよく分からない。「否定と肯定」と対立させた方が、何かと目を引くので、これはこれでよいのではないだろうか。では、ここで否定されたり肯定されたりしているのは何か。それは、ナチスによるユダヤ人の大量殺戮、つまりはホロコーストの存在である。この話題は、現地から遠く離れたこの日本の地で普通に考えて、すぐにはピンとこない。アウシュビッツをはじめとして、あれだけ収容所の施設や、戦後の解放時に撮影された被害者たちやその遺品の写真が残っているのに、ホロコーストがなかったというようなことが、果たしてどのように主張しうるのか、という感覚に囚われるのが普通であろう。だがそう言えば日本でも以前、ホロコーストはなかったという記事を載せて廃刊になった雑誌があった。今調べてみると、雑誌の名前は「マルコポーロ」。文藝春秋社の雑誌であり、廃刊は 1995年である。つまり、ちょうどこの映画の舞台となっている裁判が行われていた頃だ。この「マルコポーロ事件」については日本語でも詳しい Wiki があり、それを読めばいろいろ分かるのかもしれないが、それよりも映画自体について語ることとしよう。

この映画のストーリーは簡単と言えば簡単で、米国ジョージア州アトランタにあるエモリー大学というところで教鞭を取っている女性歴史学者デボラ・リップシュタットが、その著書で非難したホロコースト否定論者、歴史学者のデイヴィッド・アーヴィングから訴えられる。そしてそれから判決までの 6年間、デボラは弁護士たちと時に対立しながらも懸命に裁判を戦うというもの。ここでも主役を演じる女優が素晴らしい。レイチェル・ワイズである。
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どうしても「ハムナプトラ」シリーズのヒロインという印象が強く、それ以外には初期の「チェーン・リアクション」や「魅せられて」などの記憶はあっても、オスカーを取ったことがあるわけでもないので、正直なところ、女優としての活動が世界トップクラスかというと、なかなかそうだと言いきれないところがある。だが私は以前このブログで、「グランド・フィナーレ (原題 : Youth)」における彼女の演技を称賛した。そしてこの作品を見て、現在の彼女の充実ぶりに大変感銘を受けたのである。この映画の内容は実にハードで、色気は全くゼロなのだが、彼女が演じたがゆえに、モデルになっている女性のリアリティを超えて、主役は実在感のある人物に仕上がったと思う。いや、さらに言うならば、色気など入り込む余地などない弁護士とのやりとりにおいて、彼女が演じるがゆえに、なぜか品のよい色気まで漂っているような気がしたものだった。重い内容であるがゆえに、ただファイティングポーズを決めるだけの女優であればこうはならなかったはずで、やはりこのレイチェル・ワイズの起用が功を奏したものと思う。実在のデボラ・リップシュタットは実在で、このようにレイチェル・ワイズとのショットも公開されている。これはきっとロンドンの王立裁判所の内部であろうか。私はもちろん中に入ったことはないものの、外見はよく知っていて、それはそれは厳かな建物である。
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この映画を、ただ単に裁判でどっちが勝ったかだけ見ていては、もったいない。是非、弁護士たちの喋る英語を、そのトーンを含めてじっくり聞いてみて欲しい。我々日本人は、どうも言語で何かを語ることが苦手だといつも思うのだが (母国語であっても)、ここで法廷弁護士リチャード・ランプソンを演じるトム・ウィルキンソンと、事務弁護士アンソニー・ジュリアスを演じるアンドリュー・スコットが口にする言葉の数々は、人間社会の中で何か大きな問題が起こって、それに一致団結して立ち向かうという行為においては、どうしても必要となってくる、卓越した言語センスを強く感じさせるのである。この写真で、ワイズの向かって右がトム・ウィルキンソン、左がアンドリュー・スコット。
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ここで弁護団は、ユダヤ人虐殺という Emotional になりがちな争点を扱うにつき、極めて冷静に相手と論戦を交わすという筋立てを考えることで、Emotion を離れた作戦で勝利へのシナリオを書くことになる。それに対して異を唱える被告のリップシュタットの思いに、観客は感情移入するのであり、そもそもこの弁護士たちの手腕はどうなのかと不安になる瞬間が何度も訪れる。映画はそのあたりの観客の感情移入を巧みに利用しながら、アウシュビッツ現地での検証のシーン (ロケは一部で、俳優の演技はセットで行われたようだが) を設け、ホロコーストの生き残りの女性役を設定するなどの方法により、被告リップシュタットの勝利を願うのだが、判決は最後の最後まで明らかにならない。というのも、陪審制を排してひとりの判事による判決を選んだリップシュタットの弁護団が一連の法廷でのやりとりのあとに判事から聞く言葉は、ホロコーストの事実があったか否かはともかく、「なかった」と信じる歴史学者の表現の自由を示唆するものであるからだ。なるほど、これは観客が導かれる義憤からすると随分に意外なものであるがゆえに、もしかしたらそれが判決になるのでは、との大きな不安感を醸成するのである。
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これは実際にあった裁判に基づくものであるから、いかに映画と言えども、事実は事実として正確になぞる必要がある。今の時代はなんでもすぐにネットで調べれば情報を取ることができ、原告である実在のデイヴィッド・アーヴィングの顔写真や、判決後の彼の生活や行動までもが、日本語ですぐに判る。それはここでは引用することはせず、映画を映画として評価したい。つまりこの映画では、裁判の行方を辿ることだけが重要なのではなく、このような気の滅入る裁判の中において、正義を守るためにいかなることをすべきかに思いを致せば、私たちが日常直面する困難に立ち向かうためのヒントを得ることができると思うのである。そう思わせるのも、原告のアーヴィング役を演じたティモシー・スポールの演技が優れているからだろう。一度見たら忘れないこの風貌は、随分以前にこのブログでも採り上げた「ターナー、光に愛を求めて」のターナー役でも印象に残ったし、「ハリー・ポッター」シリーズでもおなじみだ。
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監督のミック・ジャクソンは英国人で、あまり耳に覚えのない名前であるが、ケヴィン・コスナーとホイットニー・ヒューストン共演の「ボディガード」の監督であるという。随分昔の映画だが、テレビの分野でも活躍している人であるらしい。既に 74歳のベテランである。なるほど、この映画で法廷弁護士役でもできそうな海千山千の人であるように見える (笑)。
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ホロコーストがあったのかなかったのかということが法廷闘争になること自体が、我々多くの日本人の想像力を超えているのであるが、それを 20年も経たないうちに実名入りで映画にしてしまうということも、なかなか日本にはないことである。つまりはそれだけ、ヨーロッパの人たちにとっての裁判の判決は決定的な事柄であり、また、ホロコースト自体がヨーロッパの根幹にかかわる問題だということなのだろう。極東の地でこの映画を見る我々は、せめてそのことに想像力を伸ばしながら、人間の生き方について、世界のどこでも、いつの時代でも、この映画から学べることを学びたいと思う。人間の本質を考えるにあたって、大変示唆に富んだ映画であると思うのである。

さて、年明けから 1日に 1件以上のペースで記事を書いてきたが、私は今日これから出張に出てしまうので、次のブログの更新は週末になります。それまで皆様、ごきげんよう。

by yokohama7474 | 2018-01-21 21:32 | 映画 | Comments(0)  

ユダヤ人を救った動物園 アントニーナが愛した命 (ニキ・カーロ監督 / 原題 : The Zookeeper´s Wife)

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相変わらずナチスを題材にした映画が、数多く制作されている。この映画と、それから、この次に採り上げる映画も、いずれもナチスに関連したもの。これは私のイメージだが、世界が未だ東西に分かれた政治体制によって秩序が保たれていた頃には、ナチスは絶対悪として、物語の中で善玉によって倒されるべき対象であったような気がする。その典型例はインディー・ジョーンズ・シリーズではないだろうか。だが昨今のナチスを題材とした映画には実話に基づくものが多く、そこでは大抵歴史的なドキュメンタリータッチによって、その時代の人々の苦しみや希望が描かれることになる。この映画の場合は、もうその邦題で内容がバッチリ分かってしまうのだが、戦時中のポーランドでユダヤ人たちを救った動物園が主題である。ただ、原題を直訳すると「動物園経営者の妻」ということになり、冠詞が "a" ではなく "the" であることから、特定の人のことを指していることが分かる。私はこのブログでよく邦題と原題を比較しているが、今回も、このような説明調のタイトルにしなければ気がすまなかった配給会社の意向に、やはり疑問を抱くものである。日本語の語感に限界があるとも言えるかもしれないが、説明調にするほどに観客の想像力に訴える要素が減ってしまうように思うのである。

ともあれ、この映画の見どころはまず、主演女優にある。ジェシカ・チャステインだ。
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つい先だっても彼女が主演した「女神の見えざる手」を絶賛した私であるが、その中で、「ゼロ・ダーク・サーティ」以来彼女は、自立心に富んだ女性を演じていると書いたのだが、ここでの彼女の役柄はちょっと違っていて、動物園経営者の妻として、旦那に従って行動する受け身の女性である。そして、「女神の見えざる手」では資本主義の究極の姿である現代米国の首都での、生き馬の目を抜く激しい生活を送る女性であり、その言葉はまるでマシンガンのようであったが、この映画では一転して 1930年代から 40年代のポーランドで動物たちを相手に暮らしている主婦。喋る英語も東欧訛りであり、戦争という抗えない過酷な運命に翻弄され、動揺したり泣いたり弱気になったりするのである。だが、この女性を「受け身」と書いてしまった私は恐らく間違っていて、「女神の見えざる手」のバリバリのロビイストにように自らの使命を力強く遂行するのではなくとも、容赦なく回る歴史の歯車の中で、ただ運命に翻弄されるのではなく、自らの信念を持って勇気ある行動を取る、そんな女性なのである。従ってここでは、このジェシカ・チャステインの演技がまず何よりも映画の見どころであると言ってしまおう。だがそれにしても、このようなシーンは、やはり動物が好きでないと、なかなか引き受けることはできないものではないだろうか (笑)。
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動物ものには時に偽善的な雰囲気がつきまとうことがある。つまり、人間世界は欲にまみれて腐っているが、動物たちはピュアな命を持っていて、汚れのない存在であるというメッセージが必要以上に強調されてしまうと、うさん臭さも出てきてしまうのだ。その点、この映画は巧みにできていて、前半では動物たちと平和に暮らす動物園のオーナー夫婦 (夫は動物学者である) の様子が描かれるが、戦争、つまりこの場合は、舞台となっているポーランドにドイツが侵攻してきたことを言うが、それが起こってしまったあとは、動物園はほぼ空になってしまうので、動物の汚れのなさに焦点が当てられず、人間の愚かさだけが描かれる。その愚かさがあるからこそ、そこで称揚されるべきは、尊厳をもって運命と闘う人たちの勇ましさが強調されるのである。従って、ここで描かれているのは徹頭徹尾、「人間」であると言ってよいであろう。

役者では、ナチスの高官でやはり動物学者である役柄を演じるダニエル・ブリュールが印象に残る。代表作は、ニキ・ラウダを演じた「ラッシュ プライドと友情」であろうが、このブログでも、「ヒトラーへの 285枚の葉書」におけるやはりナチの高官の演技を称賛した。ここで彼が演じるヘックは、まずは戦争が始まる前に動物学者としてポーランドに駐在しているようであり、戦争が始まってからも、動物たちを救おうとしたり、珍しい動物の繁殖に取り組んだり、好意的な態度を多かれ少なかれ保つ。だがそのうち主人公アントニーナに魅かれていってしまうことから、話はスリルを帯びることになり、そのあたりの機微を含んだ演技が見事。
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この物語が実話に基づくことは上に述べたが、ではいかにこの動物園が多くの (300人ほどと言われる) ユダヤ人を救えたかというと、ユダヤ人たちが閉じ込められたゲットーに豚の飼料として活用するゴミを取りに行った際に、トラックに隠してユダヤ人たち数人を救い出し、一時的に動物園の敷地内に匿い、そして様々な手段で逃がしたというもの。この映画では、実はナチス側にも人間的な人がいたり、逃がされるユダヤ人たちにもあまり自己を表現しない人がいたり、実に生々しい人間模様が描かれていて、きれいごとに留まらない時代の狂気と、その中で信じたい人間性の双方をよく表現していると思う。ナチを絶対悪として非難するのは簡単だが、では自分がそのときに生きていれば、どこまで勇気ある行動を取れただろうか・・・。誰しもがそのようなことを感じるに違いない。

このなかなかに優れた映画を監督したのは、1966年ニュージーランド生まれのニキ・カーロという女流監督。
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既に数本の監督作があるが、日本未公開作もあり、あまりなじみのない名前であるが、きっと本作を機会に日本でも注目されるのではないか。ネットで検索してみると、ディズニーの "McFarland, USA" という作品がよくヒットする。これも日本未公開であるが、ケヴィン・コスナー主演で、クロスカントリーを題材にした作品であるらしい。さらに、デビュー作の "Memory & Desire" は、日本人夫婦を主人公にしているらしい。どんな映画なのだろうか。

この映画の主人公である、ヤンとアントニーナの夫妻は、イスラエル政府から「諸国民の中の正義の人」という称号を与えられたとのこと。そして、彼らが命を賭けてユダヤ人たちを匿ったワルシャワ動物園は、戦後再開し、現在でも営業しているという。いや、動物園だけでなく、この映画に登場するアントニーナが弾いたピアノや、ユダヤ人たちが隠れて暮らした地下室などは保存され、博物館として公開されているという。
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映画を評価するときに、そのもととなった事実の人道的側面だけに囚われる必要は、必ずしもないと思うが、この映画の場合には、極限状態における人間性の破壊や、それへの抵抗という点がよく描けているがゆえに、やはり現地を訪れてみたいという気になるというものだ。私はワルシャワは 3度ほど出張で訪れたことがあり、ナチスによって破壊されたが完全に復元した世界遺産の旧市街や、ショパンの心臓が眠る教会を見たが、まさか動物園にそんなものがあるとは知らなかった。今度は観光で訪れてみたいものである。

by yokohama7474 | 2018-01-21 18:25 | 映画 | Comments(0)  

大野和士指揮 東京都交響楽団 2018年 1月20日 東京芸術劇場

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今年に入ってからの東京のオケの演奏会において、私が冗談半分に言ってきたことは、年明けからカンブルラン / 読響と、大野 / 都響の、一騎討ちの様相を呈しているということなのであるが、その伝で言えば、既に前者は 3公演をすべて体験し、今回の演奏会は後者の 3公演目。これはまたかなり気合の入った内容であるが、それは以下のようなもの。
 ミュライユ : 告別の鐘と微笑み ~ オリヴィエ・メシアンの追憶に (ピアノ : ヤン・ミヒールス)
 メシアン : トゥーランガリラ交響曲

このブログで何度もご紹介して来た通り、1960年生まれの大野和士は現在、この東京都交響楽団 (通称「都響」) の音楽監督。東京の音楽都市としての顔のかなり重要な部分は、現在から近い将来にかけて、この人の双肩にかかっていると私は認識しており、それゆえにこそ、このような意欲的なプログラムを聴き逃すわけにはいかないのである。
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今回メインの曲目になっているメシアンの大作トゥーランガリラ交響曲は、20世紀最大の作曲家のひとり、フランス人のオリヴィエ・メシアン (1908 - 1992) の、文字通りの代表作。だが 75分という長さと、そのめくるめく音響の特殊さゆえに、実演で聴く機会は、少ないとは言えないが、さほど多くもない。大野自身も、随分以前の東京フィルの音楽監督時代に採り上げたことがあると記憶するが、日本での指揮はそれ以来ではないか。この曲は 10楽章から成っている長大なものであるが、実演では、ちょうど半分の第 5楽章が終わったところで休憩を取ることが多い。それは、その第 5楽章が凄まじい大音響で終結するため、ちょうど前半の終わりに相応しいからだろう。だが今回の大野 / 都響の演奏では、全曲が通して演奏された。いや、それのみならず、メインのトゥーランガリラ交響曲に先立って、4分ほどのピアノ・ソロの曲が演奏された。それは、1947年生まれのフランスの作曲家、トリスタン・ミュライユの「告別の鐘と微笑み~オリヴィエ・メシアンの追憶に」という曲で、1992年にメシアンの追悼として作曲されたもの。私がこのミュライユの名前を知ったのは、小澤征爾が京都市交響楽団を指揮して世界初演した「シヤージュ (航跡)」という作品によってである。これは 1985年、京都信用金庫創立 60周年を記念して、このミュライユとマリー・シェーファー、そして武満徹の 3人の作曲家に委嘱されたもの。その初演のライヴ CD は非売品として制作され、最近でも時折オークションを賑わせているようだ。私も実家に帰れば、この演奏の録画がベータテープに保存されているはず (古いなぁー。笑)。
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今回、ベルギーのピアニスト、ヤン・ミヒールスのピアノで演奏されたこの短い曲は、実にメシアン的な曲なのであり、実際にパリ国立高等音楽院でメシアンに師事した作曲者が感じたであろう、メシアンとの別離の深い悲しみを具現したような音楽。題名に含まれる「微笑み」とは、メシアン晩年の管弦楽作品のタイトルであり、また解説によると、メシアン初期の作品、前奏曲「苦悩の鐘と告別の涙」(1929年作) からの素材を利用しているらしい。ミヒールスはその研ぎ澄まされた感覚において、ただならぬピアニストと聴いた。尚、私の手元にはメシアンの全作品集という 32枚物のセット CD があり、フランス語の原題を頼りにその「苦悩の鐘と告別の涙」を聴いてみたが、21歳という若い頃から、メシアンサウンド全開である。これは今回のピアニスト、ミヒールス。
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さて、メインのトゥーランガリラ交響曲であるが、まさにその光彩陸離たる演奏は、期待通りの大いなる聴き物であり、コントラバス 10本の大編成の弦楽器が唸りを上げるさまは、まさにこのコンビならではの迫力であった。この曲ではオンド・マルトノという電子楽器が活躍するが、今回もこの楽器の世界における第一人者である原田節 (たかし) が担当し、全く譜面を見ずに全曲を演奏していた。実際のところ、彼がいなければ、これだけの頻度で日本でこの曲が演奏されることはなかっただろう。
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ここで全曲を聴いてみて理解できたことには、一体どこまで伸びて行くのかと思われる第 5楽章の大音響が終わり、瞑想的な第 6楽章に移行するところで、その対照に、この曲の持つ深い味わいが実感されるのだ。確かにこの間に休憩が入ると、緊張感が一旦途切れてしまうだろう。実際今回の演奏では、大野と都響らしい強い集中力が最初から最後まで一貫しており、それは大変に素晴らしいものであった。それから、今回の演奏で初めて気づいたことには、多くの打楽器が使われていて、打楽器奏者は 9人という異様な大所帯であるにもかかわらず、実は、この曲にはティンパニが含まれていないのである!! なるほど、ここで渦巻く音響には、東洋的な陶酔感もあり、キリスト教的な神のもとへの昇天あり。だが、調律をして演奏するティンパニのような打楽器、言ってみれば、規律の許す範囲で鳴り響く太鼓は不要であって、ただ神秘的な鐘の響きだけ、ひたすら鮮烈なリズムだけ、あるいはドンドンというパルス的な音だけを、作曲者は打楽器に求めたということであろう。今回の演奏では、最初の方で鐘の音が少し聴こえにくかったことを除けば、メシアンの頭の中で鳴っていた多彩な打楽器はこのようなものだったろうと思わせる、都響の面目躍如たるものがあった。これは、2日前に行われた東京文化会館での演奏の様子。
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だが、そのように高水準の演奏であったからこそ、私が多少残念に思ったことがある。それは、最近のこのコンビの演奏を採り上げる際に何度か書いてきた感想と同じなのであるが、芯のある音で強い推進力を発揮することは瞠目すべきなのであるが、その一方、弱音で、ある場合にはピンと張り詰めた緊張感、またある場合には、のんべんだらりと揺蕩う感じの音に、さらなる改善が期待できる気がするのである。今後の大野と都響の演奏においては、そのような課題がどのように克服されるかに、耳をそばだてたいと思う。その意味では、例えば、そうだなぁ、モートン・フェルドマンはやりすぎかもしれないが、ウェーベルンあたりを演奏して、感覚を研ぎ澄ましてもらえれば、何か発見があるのではないだろうか。余計なことかもしれないが (笑)。

さてここで、この曲の歴史的背景と受容史について書いてみたい。メシアンは第二次大戦中の 1941年、収容所で演奏するために、突飛な編成による「世界の終わりのための四重奏曲」を書いた。明日をも知れぬその過酷な環境で生まれたその曲は、今にも息が絶えそうな細々とした音が絡まっていて、聴く人をして心胆寒からしめるものなのである。だが、戦後になって、当時ボストン交響楽団の音楽監督であったセルゲイ・クーセヴィツキー (20世紀の多くの名作の生みの親である) の委嘱によって書かれたこの曲には、ある意味で東洋的、またある意味ではキリスト教の昇天を思わせる、豊麗でありながら浮遊感のある音響 (ティンパニを必要としない音響) に満ちている。1949年にこの曲をボストン響と世界初演したのは、そのクーセヴィツキーの愛弟子であった若き日のレナード・バーンスタインその人であった。残念ながらバーンスタインはその後この曲を採り上げることはなく、初演時の全曲のライヴ録音も残っていない。ただ、以前このブログでご紹介したことがあるが、バーンスタインによる初演のためのリハーサルの断片を、かろうじて録音で聴くことができるのみだ。さて、初演後のこの曲の演奏であるが、スタジオ録音としては、1961年のモーリス・ル・ルー盤が初めてであったと理解する。そして、世界で 2番目のこの曲のスタジオ録音は、1967年に小澤征爾がトロント交響楽団を指揮したもの。また小澤は、よく知られている通り、作曲者立ち会いのもと、NHK 交響楽団を指揮して、このトゥーランガリラ交響曲を 1962年に日本初演した人。この小澤と N 響による日本初演も、全曲録音が残っているとは聞いたことがなく、私の知る限り、随分以前にアナログレコードで発売された N 響のアンソロジーの中に、いくつかの楽章が収録されていたのみである。いずれ全曲が発売されることを期待したい (またここで、この曲を世に出したボストン交響楽団と小澤の長い関係を、思い出さずにはいられない)。だがこの小澤 / トロント盤以降、プレヴィン / ロンドン響盤しかスタジオ録音がない時代が続く。そしてこの曲が本当に 20世紀の名作の地位を獲得したのは、その後 1980年代から 1990年代にかけて、エサ=ペッカ・サロネン、サイモン・ラトル、チョン・ミョンフン、リッカルド・シャイーという 1950年代生まれの当時の若手指揮者たちが、相次いで録音を世に問うたことがきっかけではなかったろうか。例えば、彼らより一世代上で、メシアンの弟子でもあったピエール・ブーレーズは、メシアン作品の録音は小品だけで、このトゥーランガリラ交響曲を演奏したとは聞いたことがないし、あらゆるレパートリーを手掛けたロリン・マゼールあたりも、この曲を演奏したというイメージはない。従ってこの曲は、20世紀の終わりにかけて、若手指揮者によって急速にその評価を高めたものであるわけで、時代の指向について面白い示唆を感じることができる。

そうして、日本でも岩城宏之や秋山和慶、井上道義らがこの曲を手掛けるようになったが、私がここで触れたいのは、若杉弘である。既に 1月11日付の、やはり大野和士指揮東京都交響楽団の演奏会についての記事に、彼がこの都響の音楽監督として残した大きな足跡をご紹介したが、このトゥーランガリラ交響曲も、当然のことながら採り上げている。それは、1986年 2月14日、東京文化会館での演奏。私はそのときの第 5楽章の終わりの大音響を、今でも鮮烈に覚えているのだが、今回引っ張り出してきたその演奏会のプログラムには、若杉と、それから、そのときピアノを弾いていたミシェル・ベロフのサインが入っている。そしてオンド・マルトノはもちろん、今回と同じ原田節なのである。
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私はよく思うのであるが、やはり都響の今があるのは、この頃の若杉の冒険的な取り組みがひとつの出発点になっているのではないだろうか。そして私は、記憶の中にあった大変興味深い写真を、ちょっと頑張って探してみて、なんとか手元に持って来ることができたのである。
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これは、1988年 5月 4日、フランスのディジョンという街でのショットで、当時の音楽監督、若杉弘のもとで都響がヨーロッパツアーを行ったときの一コマ。写真は左から、当時の都響の楽団長であった今村晃、そして若杉弘、それから当時のコンサートマスター古澤巌、そして右端が、若き日のマエストロ大野和士なのである。1988年というと、28歳の大野は、ちょうどザグレブ・フィルの音楽監督に就任した年。前年にトスカニーニ国際コンクールで優勝したばかりの頃である。私は今回この写真を見つけてきて、何やら胸が熱くなるのを抑えることができない。29年前の撮影当時、大野が将来都響の音楽監督に就任すると知っていた人は誰もいないわけであるが、その後楽団は曲折を経て、東京でもトップを争うオケに成長しており、当時若杉が組んでいたのと同様の凝ったプログラムを、今は大野が組んでいるのである。それから、この写真が撮られたときには未だ長引いた計画でしかなかった新国立歌劇場の芸術監督としても、大野は若杉の後継者ということになるわけだ。東京には東京の、音楽の醍醐味が存在する。私はただの一聴衆に過ぎないが、せっかくブログという手段で様々な人たちにメッセージを発することができるので、そのような意識を東京の音楽ファンの方々と共有できることを、大変に有難く思うのである。

by yokohama7474 | 2018-01-21 00:33 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

シルヴァン・カンブルラン指揮 読売日本交響楽団 (ヴァイオリン : イザベル・ファウスト) 2018年 1月19日 サントリーホール

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年始から聴いてきたシルヴァン・カンブルランと彼の手兵、読売日本交響楽団 (通称「読響」) の 3種目の演目である。このコンサート、何やらかなりの人気で、早々にチケットは売り切れ。以前も書いたことがあるが、読響はまず上のような地味なチラシを作成したあと、ちょっと凝ったさらにカラフルなチラシを用意するのが通例だが、このコンサートに限っては、上のような、写真以外はモノクロのパターンしか見かけることがなかった。恐らくはフルカラー版を印刷する前に完売になってしまったものであろう。会場であったサントリーホールの入り口にも、やはりモノトーンのポスターが貼られていた。私には、なぜにこのコンサートがそんなに高い人気であったのかはもうひとつ理解できないが、チラシにある通り、「ドイツ 3大 B」が効いたのであろうか。曲目は以下の通り。
 ブラームス : ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品77 (ヴァイオリン : イザベル・ファウスト)
 バッハ (マーラー編) : 管弦楽組曲から第 2、3、4曲
 ベートーヴェン : 交響曲第 5番ハ短調作品67

なるほど。生年順に、バッハ、ベートーヴェン、ブラームスがドイツ 3大 B であり、ここではこの 3人の作品が演奏される。今月のカンブルランと読響のこれまでの 2つのプログラムでは、まずは凝った組み合わせのニューイヤーコンサート、ブリテンと現代音楽の日本初演にブルックナーと来て、最後にドイツ 3大 B というオーソドックスなものに行き着いたわけである。指揮者とオケの実力が試されるプログラム。
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だが私が今回のコンサートでまずに称賛を捧げたいのは、ブラームスのコンチェルトを弾いた 1972年ドイツ生まれのヴァイオリニスト、イザベル・ファウストである。
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このブログでは以前、ジョナサン・ノット指揮東京交響楽団のバックによるベートーヴェンのコンチェルトを採り上げ、そこでも、知的でありながら澄んだ音色による強い表現力のある彼女のヴァイオリンを絶賛したのだが、期待通りに今回のブラームスも実に素晴らしい演奏。この曲の冒頭は、朝焼けのような広がりのある音楽からすぐに情熱的に盛り上がり、そしてソロ・ヴァイオリンの登場となるわけだが、最初からおやっと思うほどの快速テンポで進んで行ったファウストのソロはしかし、古楽器風の響きはあるにせよ、理屈っぽかったり、線の細いものではなく、かといってがむしゃらに激性を強調するタイプのものでもなく、音の流れは極めて自然であり、聴いているうちに、そこに込められた無限のニュアンスにどんどん魅せられて行ったのである。推進力は強く、いわば曲がった道のりでも臆することなく信念を持って着実に進んで行くような音楽には、思い切りと爽快さがあり、思わず身を乗り出して聴き入ってしまうほどのものであった。これは、ただ技術だけでも、美意識だけでも達成できない高度な音楽であると思う。面白かったのはカデンツァで、始まった瞬間に、「あ、これは聴いたことのないものだな」と思うと、ティンパニが入ったのである。ヴァイオリン協奏曲でティンパニ入りのカデンツァというと、ベートーヴェンでは聴いたことがある。実際にこのファウストが一昨年弾いたベートーヴェンのコンチェルトがそうであった。だがブラームスでティンパニ入りとは、聴いた記憶がない。そう思っていると、なんとそこに今度は低弦が入り、徐々に高音のセクションに広がって行き、その音色にはちょっと不思議な浮遊感が漂った。カンブルランは、このカデンツァだけ別の譜面を見ながら指揮していた。帰宅して調べたところ、どうやらこれはブゾーニによるものらしく、ファウストは既にダニエル・ハーディング指揮マーラー・チェンバー・オーケストラと 2010年に録音している。
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そのような圧倒的な演奏のあとでアンコールとして彼女が弾いたのは、ありきたりのバッハの無伴奏ではなく、何やら音で細い線を何本か描くような、シンプルで短い曲。もちろん古典ではなく現代音楽だと思ったが、これはジェルジ・クルタークの「サイン、ゲームとメッセージ」から「ドロローソ」という曲であったらしい。クルタークはハンガリーの作曲家であり、私もそれなりにイメージは持っている人だが、この曲は知らなかった。調べてみると、何種類か全曲の録音もあるようだ。まだまだ知らない曲は無限ですなぁ。ところでこのクルターク、1926年生まれで、91歳の今も健在なのである。
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休憩のあとに演奏されたのは、バッハの管弦楽組曲の第 2番と第 3番から、マーラーがおいしいところだけを選んで編曲したもの。但し、全 4曲のところ、演奏時間の関係だろうか、第 1曲を除く 3曲のみの演奏であった。この曲の存在を私が初めて知ったのは、1984年。小澤征爾指揮新日本フィルの演奏会においてであった。そのときはルドルフ・ゼルキンの来日が中止になって急遽曲目が変更されたのであったが、全く予備知識なしに会場に行って、「へぇー、マーラーがこんな編曲をしているのか」と驚いたことをよく覚えている。その後、ヘスス・ロペス=コボス指揮ベルリン放送響 (当時) による 1975年の世界初録音 (以前採り上げたことのある、マーラーの交響詩「葬礼」とのカップリング) を入手し、よく聴いていたものだ。今回のカンブルランと読響の演奏は、その当時の感覚よりもバロック音楽の特性に近い響きになっていたとは思うものの、ただ清冽なだけではなくニュアンス豊かな演奏であったので、安心して聴くことができた。

そしてメインのベートーヴェン 5番も、カンブルランと読響ならこうなるだろうという予想通りの演奏。テンポは速く、タメはほとんどないが、個々のパートをよく鳴らすことで、純音楽的な仕上がりになっていたと思う。特に両端楽章では畳み込むような音楽を特徴とするこの曲では、この方法は説得力があり、私自身としては、これが必ずしも最高のベートーヴェンとは思わないものの、聴いていて充実感を感じたことは間違いない。現代におけるベートーヴェン演奏は試行錯誤の連続であるが、とにかく疾走感のある演奏に出会えば、かなり楽しめることが多い。もちろん、時にはもっとズッシリとした目のつんだ音 (昔、楽員が全員男性であった頃の読響の響きとして覚えているのは、そのような音だ) が鳴って欲しいと思うこともある。だが、とりわけこの常任指揮者との組み合わせであれば、このスタイルでどんどん駆け抜けて行って欲しいものだ。その意味では、欲張りなようだが、演奏の多様性という観点からは、分厚い音を持つベテラン指揮者がもう少し頻繁にこのオケの指揮台に立つと、もっと面白いのになぁなどと、勝手なことをつらつら考えていた。

ともあれ、今回カンブルランが振った 3つのプログラムをすべて聴くことができて、大変に幸運であった。カンブルランはまたすぐ、4月に再来日予定で、いよいよ読響常任指揮者として最後のシーズンに臨む。ベートーヴェンの、今度は 7番を採り上げるほか、クラリネットの名手ポール・メイエとのモーツァルトやドビュッシーに「春の祭典」、そして、アイヴズの「ニューイングランドの 3つの場所」とマーラー 9番という、またまた聴き逃せない曲目が目白押しなのである。そのうちいくつ聴くことができるか現時点では不明だが、カレンダーを睨みつつ、できるだけ頑張りたい。

by yokohama7474 | 2018-01-20 00:58 | 音楽 (Live) | Comments(0)