ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2016 ピエール = ロラン・エマール ピアノ・リサイタル 2 2016年 5月 4日 東京国際フォーラム ホール D7

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フランスが生んだ現代音楽の鬼才、ピアニストのピエール = ロラン・エマールの独奏によるオリヴィエ・メシアン (1908 - 1992) の壮大な曲集、「鳥のカタログ」の、昨日に続く第 2回である。エマールは 1957年生まれなので、今年まだ 59歳。とにかく現代音楽 (って、100年くらい前の音楽も指しますがね) の分野においては並ぶ者のない存在で、そのひとつの証左は、メシアンの弟子でもあり、やはり現代音楽に大きな足跡を残した大作曲家 = 大指揮者であったピエール・ブーレーズが 1977年にアンサンブル・アンテルコンタンポランを創設するときにピアニストとして採用されたということである。そのときわずか 20歳の若者であったわけだ。日本で知られるようになったのはそれほど古いことではないと記憶するが、まあそれはもう鮮やかなテクニックで人々を唖然とさせるピアニストなのである。
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既に初回の記事で書いた通り、このエマールほどの一流のピアニストが、メシアンの超大作の細部について語り、その鳴き声が再現されている鳥の映像まで見られるとは、大変に貴重な機会なのである。繰り返しだが、このメシアンの「鳥のカタログ」は全曲演奏に 2時間30分以上を要するソロ・ピアノのための曲で、全曲は 7巻 13曲からなっている。今回のエマールの演奏では、曲順はもともとのものから自由に変えられており、今回演奏されたのは以下の 5曲。
 カオグロヒタキ (第 2巻から)
 キガラシコウライウグイス (第 1巻から)
 ノスリ (第 7巻から)
 イソヒヨドリ (第 1巻から)
 ダイシャクシギ (第 7巻から)

うーん、相変わらず知らない鳥の名前が多い (笑)。唯一ユスリタカリ、いや違った、ノスリだけはなんとなく分かるぞ。猛禽類の一種。こんな鳥だ。
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実は私はこのコンサートを聴く前に、上野の東京都美術館で超大混雑の若冲展を見てきており、もしかするとエマールも会場に足を運んだとすると面白いなぁと夢想していたのである。プライス・コレクションの若冲最晩年の鷲図など見ると、エマールほどの芸術家なら何かを感じて、それが演奏に活きるはず。
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まあ、開館前からあれだけの長蛇の列なので、なかなか鑑賞は容易ではないが、エマール対若冲という思いもかけない顔合わせが実現するかもしれない東京という街は、なかなかすごいところだと強調しておこう。若冲展の記事は、当然ながら追って書くが、ちょっと記事のネタが溜まっているので、少し先になってしまうでしょう。

まあそれはそれとして、今回もエマールの演奏は鮮烈極まりない。昨日の記事で書き損ねたが、彼が曲の解説の中で言っていたのは、この長大な曲には様々な鳥の鳴き声の模倣は出てくるものの、それだけではなく、鳥の暮らす環境、つまり、峨々たる岩山もあれば、海もある。メシアンはそれをみごとに音で描いているということらしい。今回の演奏でもそれは何度か強調された (ちなみに、投影された鳥の映像には、いくつか昨日と同じものもあった)。面白かったのは、昨日の演奏会ではこの曲集の冒頭の曲が演奏され、今日の演奏会では最後の曲が演奏され、そして明日の演奏会ではちょうど真ん中の、全曲でも最も長大な曲が演奏されるということ。これはエマールの解釈と密接に関連する選択であろうと思う。

因みにこのメシアンの「鳥のカタログ」、書き始められたのは 1956年で、完成は 1958年。エマールによると、当時メシアンはいかに新しい音楽を創造するかで大いに努力を続けていたため、この曲集には随所に作曲者の工夫が見られるという。初演者はメシアンの妻であるイヴォンヌ・ロリオ。我々のよく知る彼女の肖像はこのような眼鏡のおばあさんだ。
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ところがネット検索すると、若い頃の写真も見つかる。これ、どうですか。マン・レイのシュールな写真かと見紛うばかりの洗練ぶりだ。うーん、でも見比べると確かに上のおばあさんと同じ顔に見える。
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尚、今回エマールが説明するには、2曲目に演奏された第 1巻のキガラシコウライウグイスは、フランス語で「ロリオ」というらしい。愛妻の苗字と同じであるのは偶然か故意か。因みにコウライウグイスとはこんな鳥。
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メシアンの音楽を純粋に楽しむ際に、このような情報は余分かもしれない。だが、私はエマールの説明と演奏を聴きながら、いつのまにやら人間が過ごす時間の有限性といったようなことを考えていた。この作曲家が苦労して音にした鳥たちは、皆既にあの世に飛び立っており、初演したピアニストも作曲家自身も、既にこの世の人ではない。でも彼らが精魂込めて作り上げたこの音楽は、60年を経てもこのように多くの人が耳を傾けるのだ。鳥の鳴き声が様々であるように、人の生き様も様々。この長い曲の作曲を通してメシアンが伝えたかったメッセージは、限られた時間だけこの地球上に暮らすことを許された命の尊さではなかったか。そう言えば、今日見た若冲の奇跡の連作、動植綵絵に込められたメッセージもそれと共通する。冴えわたるエマールのタッチに耳を澄まし、しばしの沈黙に命の意味を考えているとき、隣の席のオバサンのお腹が、グゥ~ッと大きく鳴った (笑)。このコンサートは 13時30分スタート。皆さん昼食を取ってから来られていて、この音楽を聴きながらその昼食を消化中ということにならざるを得ない。そうだ。これこそ生きている証。もしメシアンが聴いていれば、その腹の音も音楽の重要な要素の一部、全然 OK! と、親指を立てたに違いない・・・???
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このコンサートでは、エマールの人となりを示すちょっとしたトラブルがあった。演奏の合間にステージ後ろの壁に投影される鳥の映像で、未だエマールの説明が済んでいないのに出てしまったものがあった。そのときエマールは手を振りながら "No, no, sorry." と英語を喋ったのだ。聴衆に対する説明は一貫してフランス語であるにもかかわらず、ここで英語を使ったのは恐らく、投影を担当するスタッフと事前に英語で打ち合わせをしていたからではないか。なので、このときの彼の発言は、誰にともなく発されたものでなく、そのスタッフに向けられたものであったろう。スタッフをないがしろにしない彼の人柄が表れていたと思う。演奏後は譜めくりの若い女性や通訳にも握手を求めていて、大変丁寧な応対ぶりだと思ったものだ。

さて、明日演奏される第 3回は、演奏時間が 60分。全 13曲のうち既に10曲演奏済なので、残り 3曲だが、そのうちの 1曲、第 4巻の ヨーロッパヨシキリだけで演奏時間 30分を要する。いよいよクライマックス。腹が鳴らないように気をつけながら、心して聴きたいと思う。

# by yokohama7474 | 2016-05-04 23:41 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2016 庄司紗矢香 (指揮とヴァイオリン) ポーランド室内管 2016年 5月 3日 東京国際フォーラム ホールB7

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前回の記事で採り上げたラ・フォルネ・ジュルネ・オ・ジャポンの初日、エマールの弾くメシアンを聴きおえて足早に次の会場に向かって聴いたのがこのコンサートだ。エマールのコンサート終了が 20時頃。その時刻はちょうどこのコンサートの開場の時刻であって、こちらは開演が 20時30分だ。このように聴衆がコンサートのハシゴをするのもこの音楽祭の特徴である。もっとも、ちょい小腹が減ったこともあって、屋台でケバブなど頬張ってからの移動となった。屋台の皆さん、ありがとう!!

今や名実ともに日本を代表するヴァイオリニストとなった庄司紗矢香であるが、このラ・フォル・ジュルネでは随分以前からの常連演奏家であり、本家本元のナントでの音楽祭にも頻繁に出場している。なんでも今年 2月のラ・フォル・ジュルネ・ナント (テーマは東京でのものと同じ「自然」) で最も話題となったのが、この彼女とポーランド室内管との演奏会であったらしい。
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ここで演奏されたのは、ヴィヴァルディが作曲したあの有名なヴァイオリン協奏曲集「四季」を、1966年ドイツ生まれ、英国育ちの作曲家マックス・リヒターが「リコンポーズ」したもの。このリコンポーズという言葉は、このコンサートの会場で配られている一枚物の説明書きからそのまま引用しているが、直訳すれば「再作曲」ということ。つまり、編曲ではなくて、「四季」という曲をもとに新たな作品を創造したという意味である。これがマックス・リヒター。
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実は私はこの作品をほとんど予備知識なしに聴きに行ったのだが、唯一の情報としては、どこかで目にした「庄司紗矢香、初めて電子楽器と共演」いう一節であって、一体なんだろうと思っていたら、なんのことはない、一部シンセサイザーを使っているというだけであった。「電子楽器」などという前世紀の仰々しい用語を使わずともよいだろう (笑)。一言で言ってしまえばこれは、ミニマル・ミュージックである。この言葉はミニマル・アートと対になる言葉で、要するに小さな部分を少しずつパターンを変えながら繰り返す様式だと思えばよいだろう。1960年代に米国で生まれた様式だと言われる。この時代はもちろん、冷戦の時代、反戦の時代、ヒッピー文化の時代であり、ミニマル・ミュージックの無機的な陶酔感には、もともと熱さと冷たさの入り混じる独特のトリップ感があって、いかにもこの時代の雰囲気にふさわしい。もちろん、その後時代は移り変わり、その受容にも、もちろん作り手側のメッセージにも、当然様々な変遷がある。私は実はこの種の音楽が大好きで、第一世代であるテリー・ライリーやスティーヴ・ライヒのステージやレクチャーには、日本や米国で何度も接しているし、また、フィリップ・グラス、ジョン・アダムズ、マイケル・ナイマンなどは山ほど CD を持っている。なので、今回この演奏を聴き進むにつれ、「お、なんだ。ミニマルか」と気づくと、既知のあれこれの音楽 (もちろんヴィヴァルディの「四季」を含む) を思い出すことで、大変刺激的な機会を持つことができた。

曲の構成は、ヴィヴァルディの原曲そのままで、春夏秋冬それぞれ 3楽章ずつ、つまり全部で 12楽章ということになる。使われている素材はそれぞれの楽章の原曲のもので、それは耳ですぐに分かる (また、各季節ごとに照明が変わって、季節感を演出する)。ところがこれはミニマル・ミュージックであるからして、その定義にある通り、断片が繰り返し演奏されることになり、なるほど素材はバロック音楽のヴィヴァルディなのだが、聴こえてくる音は、細部の音形やリズムが変容し、調も変えられることによって、ミニマル特有の、都会の孤独を背負った疾走感のようなものを伴っている。「春」の第 1楽章の冒頭は誰でも知っている有名な曲であるが、ここではそれは登場せず、その楽章のパッセージの断片がクローズ・アップされ、それが繰り返されるうちに、気が付くとヴァイオリン・ソロと弦楽合奏が立派なミニマル・ミュージックを奏でているのだ。これは特にフィリップ・グラスに顕著なのだが、短い音形が繰り返されて盛り上がったところで突然音楽が切れるという特徴がミニマルにはあり、ここでもそれを頻繁に聴くことができて大変に面白かった。おっと、ヴィヴァルディを素材にそうやって遊ぶか、というシーンがあちこちで見られたので、全く退屈することはなかった。その意味ではこの曲、パロディ音楽と言ってもよいと思うのだが、この種の音楽を、「パロディでございます」とふざけてやったのではダメなのだ。その点、庄司らしく非常に真剣に、また高い士気をもってこの曲に取り組んだことが (あ、もちろん技術的には全く余裕があるだろうが 笑)、結果的には曲の本質を表したと評価できるように思う。
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思い返すと、「秋」の第 1楽章や「冬」の第 1楽章は、かなり原曲に近い始まり方をして、そこでヴァイオリン・ソロの見せ場もあったのだが、原曲と大きく異なったのは、その最終曲、つまり「冬」の第 3楽章だ。原曲では音楽は重層的に疾走して終わるのだが、ここではゆったりとした音楽で、何やら広がりのある抒情性、あるいは哀しみのようなものを感じさせた。思い出したのは、アルヴォ・ペルトの名作「ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌」である。ペルトの作風はミニマルに近いが、やはり米国のミニマルとは違って、エストニアの自然を思わせるものである。私が生涯で初めて耳にしたペルトの曲は、まさにこの「ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌」で、もう 30年近く前であろうか、リッカルド・シャイーが、当時まだベルリン放送交響楽団と名乗っていた現在のベルリン・ドイツ交響楽団を演奏したライヴを FM で聴いたのであった。その頃はこの作曲家は日本では全く無名で、私はエアチェックしたこの曲のカセットテープを何度も繰り返し聴いて、その度に感動に打たれていたものだ。今 21世紀に至って、このような音楽に若い世代がどのように反応するのか分からないが、私と同世代、1960年代生まれ (ということは、ちょうどミニマル・ミュージックが生まれた頃に生を受けたということだ) の作曲家リヒターの感性には、「四季」によってインスパイアされた創作術をこのようなかたちにして聴衆に提示したいという欲求があるとすると、そこには時代と切り結ぶ姿勢がありはしないだろうか。ヒッピー時代とは異なり、今や世界を覆う秩序や原理や対立の構図は見えにくく、いかに浮かれた出来事があろうとも、常に哀悼の歌がふさわしい時代。まぁ、そう深読みする必要はないかもしれない。古いものから新たなものを生み出す芸術家の姿勢に、まずは好感を持つということでよいとも言えるだろう。今回、音楽祭のサイトに作曲家のコメントが載っているので引用しよう。

QUOTE
今回、「四季」のリコンポーズが東京で初演されることを大変うれしく思います。庄司紗矢香さんの演奏はドイツのテレビで初めて拝見しましたが、非常に素晴らしいヴァイオリニストです。「四季」のリコンポーズは、ヴィヴァルディという風景(ランドスケープ)の中を旅していく"実験的な旅行"として作曲しました。ヴィヴァルディは「四季」の中で、思わず探索したくなるような美しい風景の数々を表現しています。彼の音楽がすぐれている理由のひとつは、まさにそうした風景にあると思いますし、そこからリコンポーズの着想も浮んできました。演奏をお楽しみください。
UNQUOTE

なるほど、「実験的な旅行」ですか。その意味では、今回庄司は初めて (だと思う) 指揮も手掛けていて、士気高い四季の指揮ではシャレにもならないが、やはり音楽祭のサイトで見ることのできる彼女のインタビューによると、なんと、ナントでの (これもシャレにならない 笑) リハーサルの初日に、指揮者なしで演奏することを初めて知ったとのこと。なかなかの大物である (笑)。指揮と言っても、多くは自分でソロを弾きながら、オケにキューを与えるくらいであったが、このポーランド室内管は、同国の名指揮者、イェジー・マクシミウク (私は彼のファンである) が結成したオケで、大変優秀だ。ミニマルのビート感に合わせることさえできれば、この演奏には大して苦労はしなかったろう。

さてこの演奏、実は今日、5月 4日も、18時30分から (あ、ちょうど今だ!!) 繰り返される。ところが今回の会場はホール A で、これは 5008名収容の大ホールである。私が聴いた B7 は 822席で、シンセサイザー以外は PA を使用していないように聴こえたが、ホール A では明らかに無理だ。まぁ、PA を目の敵にするのはクラシック・ファンの悪い癖であるが、やはり弦楽器はアコースティックで聴きたいなぁと思うもの。その点、私が次に聴く庄司の演奏会は今月末、神奈川県立音楽堂での無伴奏リサイタルであって、これはまさに真骨頂を聴ける機会であろう。広い視野と文化的な事柄への興味を持ち、常に新たな挑戦を続ける芸術家は信用できる。期待しております。

# by yokohama7474 | 2016-05-04 18:27 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2016 ピエール = ロラン・エマール ピアノ・リサイタル 1 2016年 5月 3日 東京国際フォーラム ホール D7

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今年もゴールデン・ウィーク恒例のイヴェントがやってきた。大規模なクラシック音楽の祭典、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンだ。その毎年の盛況ぶりに鑑みて、必ずしもクラシック音楽ファンでない人たちにもそれなりに知名度のあるイヴェントになっていると思うが、これはもともと、ルネ・マルタンという人の提唱により、フランスのナントで始まった音楽祭で、過去 20年ほどの間に世界各地でこの名前を冠した音楽祭が開かれるようになっているのだ。東京でも 2005年から毎年 5月 3・4・5日に有楽町の東京国際フォーラムで毎年開催されている。この「ラ・フォル・ジュルネ」というフランス語は、「熱狂の日」という意味であるが、これはモーツァルトの名作オペラ「フィガロの結婚」の原作であるボーマルシェの戯曲の題名 (日本語では「狂おしき一日、またはフィガロの結婚」という題が一般的) に由来するものらしい。そうだ、あの物語では、ある一日のうちに様々なことが起きるわけで、まさに狂おしい一日が描かれているわけだ。この音楽祭、普通と違うのは、そのような狂おしい一日を彩るために参加する音楽家の圧倒的な数である。第一線で活躍中の世界的な音楽家から通好みの珍しい人や楽団、また昔懐かしい演奏家まで、それはそれは大変な幅を持ったラインナップなのである。そして、1回あたりの演奏会の時間は 45分程度で休憩なし。そしてチケット代は、最高でも 3,000円とお手頃。毎年テーマを決めて、そのテーマに関する様々な曲があれこれ演奏される。会場の東京国際フォーラムはホールや会議室を沢山持つ大型施設であるが、この音楽祭の期間中には 6つのホール (収容人数 153 からなんと 5008!! まで) がフル稼働。文字通り朝から晩まで (本当に朝 10時から夜 10時まで!!) 入れ代わり立ち代わり、いろんな演奏家がいろんなコンサートを繰り広げるのだ (まあ世の中にはいろんな業界があるので軽々には言えないが、3日間連続でこの巨大施設がフルに使用されるイヴェントが、ほかにそうそうあるとは思えない)。お客はそのひとつを楽しむもよし、ハシゴするもよしということになる。そのため、会場中央のオープンスペースには飲食物を提供する屋台もあり、そこでも時折音楽が演奏されるのだ。まさに音楽漬け。
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クラシック音楽のイヴェントとも思えないほど多くの老若男女が集うまさに熱狂の日、それがラ・フォル・ジュルネなのである。主催者ルネ・マルタンが「クラシックの音楽祭がなぜ 100万人を集めたのか」という本を書いていて、私もそれを以前読んだが、なんとも驚くべきイヴェントがこのラ・フォル・ジュルネであり、日本でも既に東京だけでなく、今年は新潟、びわ湖、金沢でも開かれるのだ。今年のテーマは「自然と音楽」。過去には特定の国や時代がテーマになっていることが多かったが、今回のテーマはかなり幅広い内容を許すものであろう。自然に触発されて書かれた曲や、自然を表そうとした曲や、まさに千差万別。因みに有料公演一覧はこちら。
http://www.lfj.jp/lfj_2016/performance/timetable.html

私も過去何度かこの音楽祭に来ているし、金沢まで聴きに行ったこともある。正直、スケジュール表を見ているとあれこれ行きたいとは思うものの、若干胃もたれぎみにもなる。そんなわけで今回は 4つの演奏会を選んだ。とは言っても実際そのうちの 3つはひとつの内容を演奏時間の関係で分けてあるだけなので、実質的には 2つということになる。

この記事で採り上げるのは、その 3分割されたコンサート。現代最高のピアニストのひとりで、特に現代音楽にかけては並ぶ者のないフランス人、ピエール = ロラン・エマールのリサイタルである。
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彼が今回弾くのは、20世紀音楽の巨塔、オリヴィエ・メシアンの超大作、演奏時間 2時間半超を要するソロ・ピアノのための「鳥のカタログ」である。全 7巻、13曲から成っており、様々な鳥の鳴き声を模した超絶技巧のオンパレードである。各曲に鳥の種類が題名としてつけられているが、題名となった種類以外の鳥の鳴き声もあれこれ入っており、全部で実に 77種類の鳥の声が使われているとのこと。私はロシアの鬼才ピアニスト、アナトール・ウゴルスキの 3枚組の CD を持っているが、いかんせん輸入盤なので、鳥の種類の日本名が分からず、その意味ではどの曲がどんな鳥というイメージは全くない。まあ、鳥の種類を日本名で聞いたところで、そちら方面に疎い私には、あまり意味はないとも言えるが (笑)。

今回はこの長大な曲の 3回シリーズの 1回目ということであったが、スケジュール表によると演奏時間 75分とある。げげっ、これはラ・フォル・ジュルネの原則を破る長さではないか!! そして実際にコンサートが始まってみて納得。なんと、あのエマールが自分で曲を解説してくれ (フランス語の通訳つき)、かなりの種類の鳥については、映像で実際に鳴いているところを投影してからの演奏ということになって、まあその、鳥の名前をまるで覚えられない私でも、ふむふむなるほどという感じにはなったものだ (笑)。しかも演奏順序は、オリジナルの順番とは異なって、毎回エマールの選択とおぼしき順番となるようだ。今回の演奏曲は以下の通り。
 キバシガラス (第 1巻から)
 ヨーロッパウグイス (第 5巻から)
 コシジロイソヒヨドリ (第 6巻から)
 ムナジロヒバリ (第 5巻から)
 クロサバクヒタキ (第 7巻から)

いやー、そんな鳥、どれも知らないって (笑)。実はコンサート入場時に受け取った、簡単な曲目と演奏者紹介の紙 (ちなみにこの音楽祭、以前は公式プログラムを作成していたが、今回は見当たらなかった。コスト削減だろうか) には 4曲しか記載がなかったところ、実際には 5曲演奏されたので不思議に思っていたところ、帰りがけに出口に 1曲追加の表示があって、無事、5曲すべての題名を知ることができました。って言っても、しつこいようだがどの鳥も知りませんがね (笑)。ちなみにこれが最初に演奏された曲の題名になっているキバシガラス。くちばしが黄色いカラスということなんでしょうな。
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このコンサートは 18時 45分開演であったが、エマールは登場すると同時に、「にんにちは、だか、こんばんは、だか分かりませんね。ラ・フォル・ジュルネでは朝から晩まで音楽尽くしで、まるで鳥の歌のようですから」と冗談を口にして場内を笑わせた。気難しそうに見えるが、さすがフランス人、エスプリがきいています。いやそれにしても、鳥の映像の後に、その鳥の鳴き声をメシアンが模倣した凄まじいパッセージを、何事もないようにパラパラと弾いてみせるエマールの技術には舌を巻く。しかもその解説ぶりが非常に面白く、例えば、この曲にしばしば聴かれる無音状態は、ただ無音であるだけでなく、沈黙に耳を澄ませる姿勢から瞑想につながるようなものであるとか、ベートーヴェンのソナタ (第 18番「狩」の第 1楽章が引用された) のリズムパターンがある鳥の鳴き声としてメシアンが使ったものと一緒であるとか、ある箇所はペダルの効果がまるでオルガンのようだとか (メシアンはオルガン奏者でもあった)、曲によっては、羽ばたくような鍵盤上の両手の動きそのものが鳥の飛翔の姿を模しているのかもしれないとか。そして最後の曲では、「これは砂漠の鳥ですが、このライトの下は暑くて、今私はまるで砂漠にいるようです」とジョークを言ってまた笑わせた。そのタッチの正確さ、音楽の強靭さ、曲の性格を弾き分ける懐の深さ。いずれも素晴らしい。この手の曲は聴いているうちに眠くなるものだが、全く眠気を起こすことなく、食い入るように耳を澄ませることとなった。考えてみれば、演奏時間の制限のために集中力の持続が可能になり、加えて演奏者の解説が聞けるというこのような機会は、この音楽祭であるからこそ実現した、非常にユニークなものである。この日、あれこれのコンサートのためにこの場所に集った多くの聴衆と同様、私も熱狂の日を楽しむことができた。エマールの「鳥のカタログ」シリーズはあと 2回。記事にするネタがあるかどうか分からないが (笑)、大いに楽しみたい。

# by yokohama7474 | 2016-05-04 00:25 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

美の祝典 I やまと絵の四季 出光美術館

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既にこのブログでも何度か記事にしている通り、東京日比谷にある出光美術館は、特に日本美術の宝庫として非常に貴重な存在なのである。東京にはほかにも根津美術館や五島美術館や、はたまた静嘉堂文庫や、現在修復中の大倉集古館など、素晴らしい日本美術を蔵する私立の美術館がいろいろあるが、そのコレクションに一本筋が通った出光美術館の存在は、東京の文化生活に欠かせないものだ。その出光美術館が今年開館 50周年を迎えるという。もともと出光興産の創始者である出光佐三 (1885 - 1981、なんという長命!!) のコレクションなのである。
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今回、美術館の開館 50周年を記念して、約 3ヶ月の間に 3度に分けて大規模な展覧会が開かれている。その名も「美の祝典」。この美術館の所蔵する名品が勢ぞろいする展覧会であるらしい。その中でも目玉はこれだ。
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おぉ、この紅蓮の炎はなんだ。そう、国宝、伴大納言絵詞 (ばんだいなごんえことば) のうち最初の巻に出てくる、都の応天門の火災である。この絵巻物は 3巻から成っていて、この展覧会が約 1ヶ月毎に内容が変わるごとに 1巻ずつ展示されるという。そもそも絵巻物とは、右から左に展開する長い巻物に様々な物語が書かれたもので、日本独自の美術表現であるのだ。そう、日本独自という点に注目しよう。もともと大陸・半島からの文化を受け入れた我が国は、平安時代以降、独自の文化を発展させたのであるが、この絵巻物という形式はまさにその典型。今に至る日本人のアニメ好きの原点はここにあるとしか思えない。私は日本に残る数々の名品絵巻物に大変興味があり、中央公論社の「日本の絵巻」シリーズ全 20巻を所持しているが、もちろんその中にはこの伴大納言絵詞も含まれている。このシリーズは時々取り出してツラツラと眺めているのであるが、様々な名作絵巻をカラーで掲載しているものの、何か満たされないものが残る。そう、この本は縦長で、本物の絵巻物とはやはり違うのである。
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そんなわけで今回 10年ぶりに公開される「伴大納言絵詞」を見たくて会場に赴いたのであるが、実は私は同じ展覧会に二度足を運んでいる。というのも、この絵巻を見たい一心で、最初に美術館を訪ねたときに、現地で気づいたことには、財布を自宅に忘れたのである!! 会社の PC を持ち歩き、重いなぁと思いながら、何のことはない、軽い財布 (何せ中身が少ないので 笑) を忘れてくるとは誠に情けない。そんなわけで、その時はむかついてむかついて、絵を見るどころの騒ぎではない。家人と離れて美術館の窓から皇居を見て、なんとか自分への怒りを鎮めようとしたのである。これは出光美術館から皇居の桜田門を臨む景色。いらだっていた時には気づかなかったが、なかなか威厳に満ちた光景ではないか。なんだか絵葉書のような風景。
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そして出直してようやく鑑賞できたのは、伴大納言絵詞全 3巻のうち、今回展示されていた第 1巻。なぜかこの巻だけ絵詞がついていないらしいが、「宇治拾遺物語」の中に同じストーリーが含まれているため、内容が分かるようだ。伴大納言とは、伴善男 (とものよしお) のことを指し、彼が犯人とされる応天門放火事件を題材としている。絵巻物は、馬に乗る武士たちやさんざめく庶民たちの向かう先にある、炎上する応天門から始まる。この押すな押すなの大混雑の描写の活き活きとしていること。これを見ると、日本人は元来、戯画好きであることが実感される。近世以降に発達したわび・さびの世界とは全く異なる生命力がここにはある。
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今回の展覧会では、これ以外にも四季を描いた日本古来の絵画があれこれ展示されていて、大変興味深いものであった。たとえばこれは、重要文化財の「扇面法華経冊子断簡」。日本美術ファンには既におなじみであろう、大阪、四天王寺に所蔵されている国宝の扇面法華経冊子の一部なのだ。
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それから、仏画もあれこれ展示されている。例えばこの鎌倉時代の「阿弥陀来迎図」。通常なら合掌しているはずの勢至菩薩 (阿弥陀如来の左下) は、「さぁっ、どうぞー」と言わんばかりに腕を差し伸べている。阿弥陀如来の姿も躍動感に満ちていて、いつの時代にも、型から外れた芸術家がいたことに思い当たる。
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「伴大納言絵詞」は、この展覧会の残り 2回でそれぞれ 1巻ずつ公開されるらしいので、なんとかすべて見たいと思っている。なんでも、国宝の 4大絵巻とは、この「伴大納言絵詞」のほかに、「源氏物語絵巻」「鳥獣戯画」「信貴山 (しぎさん) 縁起」を指す。うーん、「源氏物語絵巻」は、徳川美術館と五島美術館のそれぞれで見たことがある。「鳥獣戯画」は、一昨年修復後の展覧会を京都で見た。そうすると、あと残るは「信貴山縁起」だけだということになる。あー、見たいなぁ、あの摩訶不思議な絵巻物を。私の思いは募る一方なのである。




# by yokohama7474 | 2016-04-30 23:47 | 美術・旅行 | Comments(0)  

安田靭彦展 東京国立近代美術館

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我々日本人は、特に東京にいる人々は、その享受できる芸術文化の多様さという点で、大変恵まれていると思う。美術に関しては、いながらにしてルネサンスやバロックの素晴らしい西洋絵画の大規模な展覧会が次々に開催される一方で、日本独自の美術についても、古くは土器や土偶や埴輪に始まり、古代から現在に至るまでの間に生み出された優れた彫刻、絵画、工芸、あるいは建築でも、名品に触れる機会が数限りなくある。そんな中で、日本画という日本独自の分野においても、年に何度かは観覧必須と思われる展覧会が開かれており、これなぞはその分野で今年の目玉のひとつであると言えよう。

安田靭彦 (やすだ ゆきひこ 1884 - 1978) は、1歳年下の前田青邨 (まえだ せいそん) と並んで、大正から昭和までの時代を代表する日本画家であり、その制作の中心は歴史画である。作品の気品の高さにおいては、いわゆる明治以降の近代日本画家という範疇では、並ぶ者のない人ではあるまいか。私はこれまで、前田青邨の展覧会には二度ほど行った記憶があるが、安田靭彦の展覧会は記憶にない。それもそのはず、この東京国立近代美術館でさえ、40年ぶりの安田の回顧展であるとのこと。今回は初期から晩年までの 108点が揃い、94歳という長い生涯を生き、画家としても 80年の歳月を送った安田の画業をじっくりと辿る、またとない機会である。
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そもそも私がこの画家の名前を知ったのは、小学生のときに法隆寺金堂壁画について書かれた説明を読んでいて、戦後間もない頃に焼失したこの壁画の復元を手掛けた画家のひとりとして (その意味では前田青邨もそうだが) 耳にしたのだと思う。それは多分 1977年頃だから、ちょうど安田も前田も最晩年であったわけで、私はこれらの偉大な画家たちと、ほんの少しの間だが、同じ空気を吸うことができたということになる。それ以降、様々な展覧会や本で、彼の歴史画に触れる機会があった。まずは彼の画業のイメージをお伝えするため、この展覧会にも展示されている、いくつかの代表作からご紹介しよう。まずは「夢殿」(1912)。言うまでもなく聖徳太子を描いたものだ。このとき画家はわずか 28歳であるが、既に円熟の筆である。心が清められるような作品だ。
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そしてこれは「飛鳥の春の額田王 (ぬかだのおおきみ)」(1964)。上の作品から 50年を経ていて、一層表現力は豊かになっているが、その基本となる線の厳しさとか細部の繊細さには変わらぬものがある。
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これは「草薙の剣」(1973)。既に 90歳近い頃の作品であるが、いささかも力の衰えを感じさせることがない。
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安田はこのように、古代に始まって近世に至る歴史的な日本の風景を終生描き続けたのであるが、さてこの展覧会の会場では、始まってすぐのコーナーに展示されている作品たちに、早くも驚きを覚える。この作品はいかがであろうか。
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木曽義仲を描いたこの作品、なんと 1899年、15歳のときの作品なのである!! 複雑な構図なので少し無理しているようにも見えるし、後方の女性の表情などは硬いと言ってもよいだろうが、それでも、舞い散る木の葉による情緒の表現や、鎧兜を事細かに描いてあえて手前の馬上の人物の顔を描かないあたりに、独特の感性を感じる。栴檀は若葉より芳し。でも一体どんな子供だったのだろう。私の想像では、上に掲げた肖像写真のイメージそのままに、子供の頃からやけに丁寧な物腰の人だったのではないか...、などと勝手に決めつけてしまいたくなるのである (笑)。

これは、翌年 1900年の「遣唐使」。16歳ということになるが、モノトーンに近い中に限られた色が少し使われていて、これから唐に向かう人たちの不安が現れているように思う。解説によると、厳密な歴史考証を重視する師、小堀 鞆音 (こぼり ともと) の指導に反していることを自覚して、一時的に「眠草」という号を用いたらしく、この作品にはその眠草の印章が押されているとのこと。冒険心を持ちながらも、忍耐強く礼儀正しい画家であったのだろう。
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正統的な歴史画を描き続けたというイメージの安田であるが、上記に見るような冒険心がさらにはっきり表れた作品がある。これは 1918年の「御夢」。太平記を題材としており、後醍醐天皇が笠置山に潜んでいた頃、夢の中に大きな木と南を向いた台が現れ、そこに髪をみずらに結った二人の童子が現れて、それが玉座であると告げた。後醍醐天皇は、これを「木に南」、つまり楠の下で天子となれというお告げと解釈、後に出会う楠正成を重用したというもの。鮮やかな赤と青の屏風の向こうにいるのが後醍醐天皇で、そこだけが現実世界、ほかは夢の中の世界である。なんとも幻想的ではないか。
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また、彼の自由な精神を象徴するかのような「風神雷神図」(1929) をご紹介しよう。有名な宗達の作品とは違って表情は近代的であるが、運慶の童子の彫刻を思わせる。
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さて、彼の生きた昭和という時代は、まさに激動の時代であって、大きな出来事のひとつは言うまでもなく戦争である。歴史画というジャンルに重きを置く画家としては、現実世界の動乱にどこまで対応するべきかという思いはあったのだろうか。結果として戦時中には、戦意発揚に利用される可能性のある題材も多く描いたようだが、一連の作品を実際に見て行くと、彼の人品の高さが一貫して現れているがゆえに、これらは本来戦争とは関係のない、純粋な芸術であると実感する。例えばこの「益良男」は 1942年の作。古代の武人を描いているので、題材は戦争と関係はしている。だが、この人物の秘めたる闘志には、実際に敵と向き合う前に自分と向き合っている様子が伺える。これこそが作品の持つ気品ではないか。
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あるいはもっと直接的に、当時の軍人を描いた有名な絵もある。1943年の「山本五十六元帥像」。だがここでの山本五十六も、やはり冷静な指揮官として描かれており、いつもと変わらぬ安田の繊細な線によって、ただの軍人像とは一味違う、人間を描いた奥行きのある肖像になっている。なおこの作品、前年 1942年に海軍省の委嘱を受けたものの、写生をする前に山本が戦死してしまったので、写真をもとに描かれたものであるそうだ。
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そしてこの頃の作品として素晴らしいのは、なんと言っても今回の展覧会のポスターになっている、「黄瀬川陣」(1940)。源頼朝が平維盛 (これもり) による追討軍を退けた後に陣を張った黄瀬川に、奥州から弟の義経が舞い戻って再会した場面。二幅対の作品で、左幅が義経。右幅が頼朝。
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この作品に間近に接すると、色彩と線の絶妙なバランスによる強い表現力に舌を巻く。間違いなく畢生の大作と言えるだろう。この作品が描かれた頃、既に日中戦争は始まっていて、この題材は非常時に国民が戦意を表すことの比喩であるという解釈と賞賛が、当時からあったようだ。だが本人はそれを強く否定しているらしい。義経には前途の運命を予感させる寂しさを、頼朝には明るい未来を背負った強さや華々しさを表そうとしたとのこと。うーむ、確かにこれだけの幅を使っておいきながら、たった二人の人物だけを描いていて、厳しい緊張感漂う画面であるので、実際の戦争との関連を見出すのは無理なような気がする。いずれにせよ、この作品は重要文化財に指定されていて (安田の作品では今のところ唯一?)、名実ともに彼の代表作であろう。これは本作を制作中の安田。
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そう言えば、前田青邨も「洞窟の頼朝」という素晴らしい作品がやはり重要文化財だ。頼朝には、芸術家の魂を鼓舞する何かがあるのだろうか (笑)。もちろんこの展覧会には出品されていないが、その前田の作品もご参考までに画像を上げておこう。二人の日本画家のメンタリティーの違いについて論じたくなるが、長くなってしまうので、またの機会にしましょう。
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さて、このように、安田靭彦の芸術を辿ることのできる貴重な機会を堪能したが、彼が展覧会に出品した最後の作品でこの記事を締めくくることとしよう。「富士朝暾 (ちょうとん)」。1975年、実に 91歳のときの作品。ここの線は、繊細さよりも力強さが勝っているように思われる。その揺るぎない富士の姿には、写実を越えた実在感が感じられるではないか。誰もがこのような長くて充実した人生を送れるわけではないが、この絵を見る人々は皆、少しでもこの偉大な芸術家に近づきたいという、一種敬虔な気持ちになるのではないか。頼朝もひれ伏す富士だと思う。
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# by yokohama7474 | 2016-04-30 18:58 | 美術・旅行 | Comments(2)