東京 大田区 蓮花寺

今日は 3月20日春分の日、お彼岸の中日である。親戚や先祖の墓にはなかなか詣でることができないので、その方角に向かってせめて気持ちだけでも合掌したあと、近所の寺へ。大田区西蒲田にある蓮花寺 (れんげじ)。伝承によれば、11世紀初頭、あの有名な恵心僧都による開創で、鎌倉時代の嘉永年間 (1225 - 27) に中興したのは、蓮沼 (れんしょう) 法師であるという。この蓮沼法師、本名を荏原 兵部有治 (えばら ひょうぶありはる) といって、荏原郡の地頭であったが、ある出来事をきっかけに発心し (って、キリスト教におけるパウロのようなものか 笑)、出家したとのこと。この近くの駅の名前は、きっとその蓮沼法師に因むのであろう、「蓮沼 (はすぬま)」。東急池上線で、ターミナルの蒲田から 1駅だ。この寺には蓮沼法師の活躍時期と同年代の作とされる十一面観音が祀られている。普段は秘仏で、年に 4回だけ、すなわち春と秋の彼岸中日、それに 1月と 7月の 17日だけ公開される。大田区指定の文化財である。事前に電話で仏像の公開を確認の上、いざ、現地へ。このような二つの門のある立派なお寺である。門前に枯山水。これも珍しい。また、昔の街道から近いせいか、石仏も門前に並んでいる。
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本堂はかなり立派である。また、何台もの車が停まっていて、檀家の多い寺であると思われる。
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本堂には既に法要を待つ檀家の方々が大勢入っておられる。その中でまごまごしていると、住職とおぼしき立派な僧が、「どうぞどうぞ、もっと近くで拝んで下さい」とおっしゃる。その言葉を待つようにズカズカと厨子の前まで進み、ご本尊の十一面観音を間近で拝する。境内にはこのような案内板がある。
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この仏像は鎌倉時代の作とあるが、平安時代の雰囲気もお持ちである。彫りあと鋭い複雑な衣紋や、少し重心を右に移した観音像らしいお姿は、遥か上代の壇像彫刻をすら思わせる。右側にだけ髪飾りの一部が残っているが、当初はきっと瓔珞などの装飾に飾られていたであろう。台座は明らかに後補であり、光背もないが、きっとこの地で 750年以上、大切に守られてきたのであろう。人々の思いがそのお姿に染み込んでいる。お顔の描線や紅が、その証拠だ。
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上の看板にも記述があるが、戦国時代の天文年間、兵火がこの寺を襲ったときに、すぐにはお堂は燃えることなく、本尊を移すとたちまち火が燃え広がったことから、「火除け観音」として信仰を集めたという。いやなるほど、東京にもこのように古い歴史を持つ仏像があれこれおわすわけである。なんと素晴らしいことか。これからも東京都内の仏像を探索して歩きたい。春分の日、超安・近・短の旅でした。

# by yokohama7474 | 2016-03-20 22:25 | 美術・旅行 | Comments(0)  

秋山和慶指揮 東京ニューシティ管弦楽団 2016年 3月19日 東京芸術劇場

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このブログでも散々私の敬愛の情を表してきた指揮者、秋山和慶のコンサートである。東京で聴ける彼のコンサートには、なるべく出掛けたい。そして今回指揮するオケは、なになに、東京ニューシティ管弦楽団だと? 最近東京のオケを聴くのに大変忙しくはしているのだが、このオケの生演奏は未だ聴いたことがない。一体どんなものか、聴きに行くこととした。

まずは整理しておこう。家人なども、時々は東京のオケを聴いているはずなのに、東京フィルと東京交響楽団の区別がついていない。そこで今回はまず、出血大サービスで東京のオーケストラについて概観しよう。まず、主要オケは 7つ。以下五十音順にご紹介する。

 NHK 交響楽団 (通称「N 響」)
 東京交響楽団 (通称「東響」)
 東京都交響楽団 (通称「都響」)
 東京フィルハーモニー交響楽団 (通称「東フィル」)」
 新日本フィルハーモニー交響楽団 (通称「新日フィル」)
 日本フィルハーモニー交響楽団 (通称「日フィル」)
 読売日本交響楽団 (通称「読響」)

これで、東京フィルと東京交響楽団が違うということを覚えて頂けただろうか (笑)。ひとつの都市にこれだけプロのオケが終結している例は世界でもほかにないであろう。ところがである。これでもまだ充分ではない。あと 2つ、プロのオケがあるのだ。
 
 東京シティ・フィル
 東京ニューシティ管弦楽団

おっと、東京とシティがつく団体はちょっと違うのだろうか。いやいや、それはたまたまで、この 2つの団体が演奏回数等々において少し控えめであるというだけで、やはり同じプロのオケなのだ。そして今回、私は初めて東京ニューシティ管を聴く。それはもちろん、繰り返しになるが、この人が指揮するからだ。
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その高い指揮技術には定評があるばかりか、日本各地のオケに登場してはその水準向上に貢献している指揮者である。うーん、これだけの能力の指揮者に振られると、いかなるオケでも本気にならざるを得ないということか。そして今回の曲目はかなり本格派だ。

 ベートーヴェン : 劇音楽「エグモント」序曲作品 81
 ハイドン : トランペット協奏曲変ホ長調 (トランペット : 松山 萌)
 ブラームス : 交響曲第 4番ホ短調作品 98

ほぅ、堂々たるドイツ物だ。秋山の広いレパートリーの中でも、これだけドイツ物真っ向勝負は珍しい。初めて聴く東京ニューシティ管弦楽団。果たしてどのようなオケなのか。定期演奏会の会場は池袋の東京芸術劇場だ。
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冒頭の「エグモント」序曲は、迫力ある曲であるが、フレージングがうまく流れないと、曲の本当の重みが出てこない。期待の中、秋山が渾身の唸り声とともに指揮棒を振りおろした。うーん、ちょっと管楽器と弦楽器の溶け合いに課題が残ったか。だが、その後曲が進むにつれ、特に弦楽器の献身ぶりが奏功して、結果的にはなかなかの演奏になったのである。

2曲目のハイドンのトランペット協奏曲は、古今の (と言ってもそうたくさんはないが 笑) トランペット協奏曲の中でも屈指の名作だ。ソロを吹くのは、まだ 2年前に芸大を卒業したばかりの松山萌。彼女は今回、ピアニストやヴァイオリニストのようなワインレッドの華麗な衣装で登場し、時々トランペットをふぅっと空吹きしながらの演奏であった。秋山の練達の棒が絶妙で、きっと気持ちよく吹けたことであろう。
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そしてメインは、逃げも隠れもできない (あ、誰も逃げたり隠れたりする必要はありませんね。笑) ブラームスの第 4交響曲だ。ここでも秋山の職人性は際立ち、きっとオケの人たちも気持ちよく演奏できたのではないか。コントラバス 6本の小さめの編成であったが、弦楽器のねばりはなかなかのもの。東京のトップオケに比べれば、音の緊密性には未だ課題ありと思ったが、全力投球の演奏には好感が持てた。そして演奏終了後、コンサートマスターがマイクを持って語るには、創立 25周年の定期演奏会 (第 104回) を無事終えることができた、今後ともよろしくお願いしますとのこと。そして楽員たちはホワイエに出て、聴衆を見送ったのであった。

私は時々思うのであるが、音楽の奥深さとは、超一流の特別な演奏にだけあるわけではない。メジャー 7楽団に追いつけ追い越せ、このようなオケの人たちの懸命な演奏に、音楽の真実があると思うのである。東京の音楽界は既に満杯状態で、あれもこれもというわけにはいかないが、なるべく多くの演奏を聴きたいと改めて思うのである。このオケは 11月にはあの現代屈指のピアニスト、クリスティアン・ツィメルマンをソリストに迎えて、彼の祖国ポーランドのクナピクという作曲家の協奏曲を演奏する。なんとも意欲的な試みだ。その演奏会に行けるか否かは現時点では不明だが、ちょっとトライしてみたい。

# by yokohama7474 | 2016-03-19 23:38 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

ボッティチェリ展 東京都美術館

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リッカルド・ムーティ指揮のコンサートの記事にも記載した通り、今年は日伊国交樹立 150周年。そのおかげで、東京ではいくつかのイタリア美術の展覧会が、しかも素晴らしい内容のものが開かれている。行ける限りのものはこのブログでご紹介して行くつもりだが、まずは二週間前に見たこの展覧会だ。もちろんボッティチェリくらいのメジャーな名前になると、美術好きなら誰でも行きたいと思うもの。だがこの展覧会は一味違う。よく知られたものを含め、彼の作品が実に 20点も出品されているのだ!! ボッティチェリの現存作品は 100点程度らしいから、そのうち 1/5 が日本で一時に見られるということは、前代未聞と言えるだろう。それに加え、師のフィリッポ・リッピや、その息子でボッティチェリの弟子になったフィリッピーノ・リッピ、またその周辺の作品も展示されており、総展示作品数は約 80。ルネサンス時代の絵画ばかりでこの点数は、やはり特別なことであり、大変充実した内容だ。特に私にとっては、ボッティチェリの作品の美しさもさることながら、フィリッピーノ・リッピに対する認識を改める機会となった。

サンドロ・ボッティチェリ (1445 - 1510) は、言うまでもなくフィレンツェの生んだルネサンスの大画家。その繊細・優雅な画風は際立っていて、我々にはその美しい作品について既に確立したイメージがある。例えば、ピーター・ウィアー監督の「ピクニック at ハンギング・ロック」という映画の中では、女教師が行方不明になった金髪の女生徒を探すときに、「ミランダはボッティチェリの天使」とか呟いていて、それが言葉によって少女の美しさの明確なイメージを与えてくれた。あるいは、タルコフスキーの奇跡の名作「ノスタルジア」に登場する女性の金髪に淡い光が当たるのを見て、「まるでボッティチェリのようだ」と呟いたのは誰だったか・・・。あ、それは私でした (笑)。そのように既に美の規範として確立しているボッティチェリのイメージがある。しかし、彼の人間像や思想についてはまだ分からないことが多いそうで、もちろん新プラトン主義やサヴォナローラの影響云々ということもあれこれ言われていることは知っているが、まずは彼の作品を虚心坦懐に見てみたい。

会場入り口からほど遠からぬところに、早速有名な作品が展示されている。ウフィッツィ美術館の所蔵する「ラーマ家の東方三博士の礼拝」。
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1475-76 年頃の作で、ボッティチェリ 30歳頃ということになる。両替商であったガスパーレ・ディ・ザノービ・デル・ラーマの注文によって制作され、画中にはコジモ、ピエロ、ジョヴァンニといったメディチ家の人たちが描かれているらしいが、何よりこの絵で有名なのは、その右端の人物。
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しっかりと鑑賞者の方を見て、何か物言いたげなこの若い人物が、ボッティチェリの自画像であろうと言われているのは有名だ。自信に満ちたその姿は、確かに清新な画家の自画像のイメージにふさわしい。

メディチ家の支配したフィレンツェは、西洋の歴史上でも特別な時代だと言ってよいであろう。いかに経済的勝者が芸術を奨励しても、最高の才能とそれが発揮される場がなければ高度な文化は発達しないし、ただ高邁な精神だけでなく、戦争、政争、腐敗等々の人間世界の汚い部分があったことで、文化面でもよりドラマティックな様相を呈したと言っては語弊があろうが、要するに統治者が歴代聖人君主ばかりの平和な時代であれば、逆にこれだけの崇高な美は生まれなかったような気がするのだ。この展覧会には、時代の雰囲気を伝える面白いものが出品されている。例えばこれは、1478年にパッツィ家によって聖堂内でジュリアーノ・メディチが暗殺されたことを悼んで鋳造されたメダル。左下には襲撃を受ける場面、右下には地面に倒れてこと切れる場面が描かれている。犠牲者の追悼としてこの生々しい場面を描く感覚は、日本人にはちょっと理解しがたい面もある。
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展覧会では、1460 - 70年代のポッライウオーロやアンドレア・デル・ヴェロッキオなどの絵画・彫刻が数点展示されていて、それらも興味深い。ボッティチェリは、この後に触れるフィリッポ・リッピのもとを離れた後、これらの画家の工房で修業したらしく、そこには影響関係があるらしい。例えばこれは、ポッライウオーロの「10人の裸の男たちの争い」という版画 (1465年頃)。イタリアで制作された版画で初めて作者の名前がフルネームで記されたものであり、その複雑な構図における緊張感と柔軟性が、ボッティチェリの若い頃の作品に影響を与えたとされている。ただ、武器を持った争いという物騒な題材は、全くボッティチェリ風ではないですな (笑)。
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さてここで、ボッティチェリの師匠であるフィリッポ・リッピ (1406? - 1469) について触れよう。その息子、フィリッピーノ・リッピ (1457? - 1504) については後で触れる。以下、これらの画家の関係を図示したもの。
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このフィリッポ・リッピという画家は、幼くして孤児となり、修道院で育てられたが、幼時から腕白者であったので、育ての親の修道士が絵筆を持たせたと言われている。だが、その後も生涯を通じて様々な浮名を流し、いわば破戒の修道僧画家である。彼の作品はヨーロッパの美術館ではあれこれ見ることができ、一種独特の古雅な雰囲気があって悪くない。これは、1436年頃の「聖母子」。貝殻装飾のついた壁龕は、ドナテッロやデラ・ロッビアの彫塑作品に想を得ているようだが、聖母の顎を押し上げる幼児キリストがユニークだ。また、聖母の左手など、結構逞しく描かれており、例えば同じ修道士画家でもフラ・アンジェリコのような本当に心が洗われるような作品とは違って、人間的なものを感じさせる。
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さて、ほかにもいくつか興味深いフィリッポ・リッピの作品が展示されているが、寄り道 (?) はこのくらいにして、肝心のボッティチェリの作品を見て行こう。この作品は、ウフィッツィ美術館の所蔵になる「バラ園の聖母」。1468 - 69年頃の作とされており、つまりボッティチェリ 23 - 24歳頃の作だ。
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聖母子の間に感じられる親密さは、師匠であるフィリッポ・リッピに倣うものとされているが、絵のクオリティの差は歴然だ。人体表現には明らかに彫塑性が強く、ボッティチェリならではの硬質な表現の萌芽があると言えるのではないだろうか。一目見て何か忘れられないという思いを抱かせる、特別な絵である。そしてこれは、1480年頃の作になる有名なフレスコ画、「書斎の聖アウグスティヌス」である。
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彼の作品では指の表情が細かくつけられていることが多いが、特にこの作品は、やはり人体の彫塑性を大きな手が強調しているように見える。アウグスティヌスは 4世紀から 5世紀に活躍したアフリカ生まれのキリスト教の教父で、ここでは瞑想の中で幻視にとらわれるところが描かれている。だがボッティチェリの手にかかると、決してしんねりむっつりすることなく、見ている者も何か感覚を研ぎ澄まされるような気分になる。聖人の頭上にある本にはユークリッド幾何学が記載されているが、最近の研究では、この絵の制作中に修道士たちが喋っていたことも書いてあるとかで、この画家の遊び心が表れているという説もあるらしい。

そしてこれが、展覧会のポスターにもなっている「書物の聖母」。1482 - 83年の作。
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おぉ、なんと美しい。見る者は皆この絵の前で釘づけになってしまう。贅言は要すまい。いかにもボッティチェリらしい聖母子の指の表情をご堪能あれ。
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それからこれは、丸紅が所有する「美しきシモネッタの肖像」(1480 - 85年頃)。日本に存在する唯一のボッティチェリ作品であるらしい。ジュリアーノ・デ・メディチの愛人であったシモネッタ・ヴェスプッチの肖像だ。うーん、ただただ美しい。決して冷たくはないのだが、人間というよりもあたかも天上の人物のようである。理想化された美なのであるが、でもどこかになまめかしさもある。こんな作品ができたとき、画家もモデルも、どんな気分であったろうか。
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この画家の描く神秘性は、メディチ家の追放やサヴォナローラの台頭、そして処刑と、めまぐるしく動く時代の不安と連動するようになったのだろうか。これもウフィッツィ所蔵の有名な作品、「誹謗」も今回出展されている。
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この作品は、古代ギリシャのアベレスという画家による現存しない伝承作品の復元を試みたものである由。誹謗中傷にあった人物の悲惨さを寓意的に描いているとのことだが、いわゆる人間性の回復というルネサンスのイメージからは既に遠いものになってしまっていると言えないだろうか。錯綜する人体のパーツの処理は見事であり、独特の緊迫感が画面を支配するとはいえ、そこには何か、得体の知れない狂気のようなものを感じてしまう。中心にいる美しい女性が「誹謗」で、彼女は左側の痩せた男性像、「無実」の髪を引っ張って、右側の玉座にいる「不正」のもとに連れて行こうとしている。「誹謗」の手を引くマントの男は「憎悪」。「誹謗」の後ろで髪を結うなどお世話する女性たちは、「欺瞞」と「嫉妬」だそうである。なにやらシュールな擬人化である。
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さて、さらに後、既にボッティチェリ晩年といえる1500 - 05年頃に描かれた「聖母子と洗礼者ヨハネ」。この作品、いかがであろうか。もちろん美しくはあるのだが、聖母子は虚ろに目を閉じており、お互いのエコーであるような似通った表情をし、その姿勢も危なっかしいことこの上ない。聖母の右手は二本の指で自らの衣服をつまんでおり、今にも指が外れてしまいそうだ。また、そもそも画面の縦のサイズは聖母を収めきらず、体をかがめる窮屈な姿勢が息苦しさを感じさせる。この頃、画家の心の中では一体何が起こっていたのであろうか。
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さて、展覧会では最後にボッティチェリの弟子でありライバルともなったフィリッピーノ・リッピの作品が並んでいる。父でありボッティチェリの師であったフィリッポ・リッピが修道女ルクレツィア・ブーティをさらって自宅に引き込み、それが原因で彼は修道院から追放されるのだが、その両親の間に生まれたのがフィリッピーノである。ボッティチェリに弟子入りし、共同制作も行ったが、すぐに頭角を現し、ライバルとなった。この「幼児キリストを礼拝する聖母」は 1478年の作。ここには、確かにボッティチェリとまた違った精緻かつ鮮烈な美しさが漲っている。
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聖母の顔のアップ。うーん、やはりボッティチェリとは違う美しさに、なんとも陶然とする。
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これは、1481 - 82年頃の「聖母子、洗礼者ヨハネと天使たち」。丁寧な仕上がりで、色遣いも落ち着いている。遥か後世、19世紀あたりの作品まで予感させるような、素晴らしい作品だ。
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だがこのフィリッピーノ・リッピは、師のボッティチェリよりも早く、1504年に逝ってしまう。ボッティチェリはその後 6年生きるのであるが、晩年の生活のことはよく分かっていないらしい。その後幾星霜を経て、21世紀に至ってもこのように世界に愛される画家であることを知ると、本人は一体何と言うであろうか。我々にとっては、あまたいるイタリア・ルネサンスの画家の中でもやはり特別な画家であることを、この展覧会で再確認することができた。それと同時に、リッピ親子やその他の同時代の芸術家たちの存在もまた、歴史の中にしっかりと刻まれていることを思い出そう。いかなる天才もひとりで偉業を達成することはできない。その時代の空気を感じることで、天才を天才たらしめた様々な要因を感じることは、極めて重要だ。あー、またフィレンツェに行きたいなぁ・・・。


# by yokohama7474 | 2016-03-19 19:01 | 美術・旅行 | Comments(4)  

東京・春・音楽祭 リッカルド・ムーティ指揮 日伊国交樹立150周年記念オーケストラ 2016年 3月16日 東京文化会館

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今年の冬は、最初暖かいかと思うと急に寒くなり、その後暑いと言ってもよい気候の後にまた寒い日が帰ってきたりして、なんとも落ち着かない気候であった。だが既に 3月も中旬。週明けには春分の日も到来する。毎年この季節、上野を舞台として繰り広げられる「東京・春・音楽祭」。今年の目玉のひとつは、日本とイタリアの国交樹立 150周年を記念して開催されるこのコンサートだ。1866 (慶応 2) 年に日伊修好条約が結ばれてから今年で 150年。1866年と言えば日本は文字通り江戸時代の最末期。一方のイタリアは、統一からわずかに 5年後だ。お互い近代国家形成の激動の時代から国交を結んできたことになる。途中、戦争における同盟という時代もあったが、今日、このような音楽祭の桜色のシンボルマークとともに、東京文化会館でこのようなコンサートを穏やかに聴けることに感謝しよう。
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今回指揮をするのは、イタリアの生んだ大指揮者、リッカルド・ムーティ。現在はシカゴ交響楽団の音楽監督であり、以前はロンドンのフィルハーモニア管やフラデルフィア管弦楽団を率い、またなんと言っても、20年近くイタリア・オペラの殿堂ミラノ・スカラ座の音楽監督として君臨したことで名高い。長年に亘るベルリン・フィルとウィーン・フィルとの密接な関係もあり、現代の最も有力な指揮者のうちのひとりだ。なんと、今年 75歳になるとは。数年前には体調を壊していたはずだが、回復したらしく、颯爽とした指揮ぶりでなによりだ。今回のような特別な企画で指揮台に立つべき指揮者としては、彼ほどふさわしい存在はないだろう。
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一方のオーケストラは、日伊国交樹立 150周年記念オーケストラという名前だが、その正体は、ムーティが 2004年に結成した、イタリアの優秀な若者たちを集めたルイージ・ケルビーニ・ジョヴァニーレ管弦楽団と、今回の演奏会のために日本の若手オーケストラプレーヤーを中心に結成された、東京春祭特別オーケストラの合同演奏だ。実はムーティがこの東京春音楽祭に登場するのは今回が 5回目であるが、このケルビーニ管弦楽団 (もちろん作曲家ケルビーニに由来する) が登場するのは初めてではないだろうか。

このような機会であるから、演奏前にセレモニーがあった。まずはイタリアの観光副大臣 (これがなんともカッコいいショートカットの女性で、いかにもイタリアらしい洗練ぶり) から、次いで文化庁長官の青柳 正規 (有名な美術史学者だ) からそれぞれ挨拶があり、続いて外務省欧州局長からマエストロ・ムーティに特製切手の贈呈がなされた。ここでムーティもスピーチしたのだが、若者たちと音楽をする意義に言及するだけでなく、1975年に日本で初めて指揮をして以来来日を重ね、翌日 (3月17日の東京芸術劇場での演奏) がちょうど 150回目のステージであると明かして、万雷の拍手を受けていた。また、「政治家は言葉を使う。言葉は混乱を起こすこともあるし、裏切ることもある。音楽は決して裏切らない」とも発言したのだが、客席にはオペラ好きで知られる小泉純一郎元首相もいたので、表情を盗み見ると、実に楽しそうに笑っておられた (因みに休憩時間に小泉さんとはトイレで並んで手を洗いました 笑)。
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この記念演奏会、どのような曲目が演奏されたのであろうか。

 ヴェルディ : 歌劇「ナブッコ」序曲
       歌劇「ナブッコ」第 1幕から「祭りの晴れ着がもみくちゃに」
       歌劇「アッティラ」第 1幕からアッティラのアリアとカバレッタ「ローマの前で私の魂が・・・あの境界の向こうで」
       歌劇「マクベス」第 3幕から舞曲
       歌劇「運命の力」序曲
       歌劇「十字軍のロンバルディア人」第 3幕から「エルサレムへ、エルサレムへ」
 ボイト : 歌劇「メフィストフェレ」プロローグ

前半はすべてヴェルディ、休憩後の後半にボイト。バス独唱のイルダール・アブドラザコフと、東京オペラシンガーズ、東京少年少女合唱隊が共演した。さてこの曲目、どうであろう。実に渋いではないか!! 「運命の力」序曲を除いては、知名度はかなり低い。「ナブッコ」には有名な「行けわが想いよ、黄金の翼に乗って」という合唱があるが、ここで演奏されたのはそれではない。「アッティラ」に至っては、実際の舞台にかかることはほとんどない演目だ (私も見たことがない)。しかも、華やかなソプラノやテノールでなく (「椿姫」や「リゴレット」の華麗なアリアではなく)、独唱者はなんと、バスではないか!! それから、バレエ曲なら「アイーダ」ではないのか!! ・・・と、突っ込みどころ満載のマニアックな曲目だ。いや、「椿姫」のジェルモンのアリアなど、ヴェルディはバス・バリトンにもよいアリアを書いているのに、なんでよりによって「アッティラ」か。強いて考えれば、このヴェルディの 5つのオペラ、「運命の力」を除いては、古代や中世を舞台にしており、人間同士の争いを描いた叙事詩的作品ばかりだ。とても晴れやかなお祝いの場にふさわしいものとは思えない、シリアスなものばかり。このあたりにムーティの硬骨漢ぶりが表れているように思う。演奏は、最初の「ナブッコ」序曲こそ少し硬さを感じたものの、やはり合唱が入って盛り上がると熱を帯びてきた。ムーティとケルビーニ管弦楽団の演奏は、指揮者自身のレーベルから PAL 方式 (ヨーロッパ方式で、日本の普通のプレイヤーでは再生できない) で出ている DVD を数年前に購入しているし、最近はクラシカ・ジャパンでも放送されているが、なかなかに目のつんだ、よい音が出ている。一方日本人楽員は、主として弦楽器のニュアンスで高い貢献をしていたと思う。つまり、渋い曲目を充実感を持って聴かせることに成功していて、これはやはりムーティの指揮の力によるものであろう。
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後半の「メフィストフェレ」は、アリゴ・ボイトの傑作オペラだ。このボイト、晩年のヴェルディに優れた台本 (「オテロ」と「ファルスタッフ」) を提供したことで知られるが、自身作曲家でもあり、ファウスト伝説に基づくこの「メフィストフェレ」は、現在一般的に知られている彼の唯一のオペラである。とは言ってもなかなか舞台上演されることはなく、私自身も全曲の生演奏としては、1995年にまさにこのムーティがミラノ・スカラ座を指揮した上演にしか接したことがない。せっかくなので、そのときのプログラムを掲載しておこう。
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だが、このオペラのプロローグは実に身震いするほど素晴らしい曲で、私など、ふと気づくと時々口ずさんでいることがあるほどだ。プロローグとしてオペラの冒頭に演奏される 30分ほどのこの曲を知ったきっかけは、高校生の頃にバーンスタインがウィーン・フィルを指揮した演奏のアナログ・レコードを聴いたことであった (メインはボストン響を指揮したリストのファウスト交響曲で、両作品ともファウストが題材であった)。その後トスカニーニ指揮 NBC 交響楽団の録音を聴いて鳥肌立ち、また、ファシズムを嫌って祖国イタリアを飛び出したそのトスカニーニが 1946年にスカラ座に久しぶりに復帰したときにもこの「メフィストフェレ」のプロローグを演奏したことを知り、そのライヴ盤を聴いてまたまた痺れる、という前歴が私にはある。名曲なのである。今回のコンサートで久しぶりにこの曲を耳にして、合唱やバス独唱を含めたすさまじい音響の渦に、改めて感嘆した。ムーティの指揮は、以前と変わらぬ活力と明晰さはあるが、決して腕を無駄に振り回したりしない効率的なもので、若い楽員たちが必死について行くのを見るのも感動的だ。大詰めでは、むしろ指揮ぶりは小さくなり、まるでオケと合唱団から自然な放熱がなされるようであった。合唱団の後ろには 20名ほどの金管のバンダ (別働隊) が並んでおり、彼らは高校生かと思われるほど若い男女であったが、きっちりとしたフレージングで丁寧に演奏していて、さすが大指揮者のもとで演奏するにあたって、かなり練習を積んだのだなと思わせたが、いかんせん、体格的な問題から、音量や輝かしさには課題が残った。だが、合唱の少年少女たちも含め、このような舞台に立つことができたことは一生の宝になるだろう。

この理解が正しいか否か分からないが、前半に人間くさい歴史的ドラマの片鱗を描き、後半では悪魔の誘惑を打ち消す壮大な大合唱によって、人間の力への信頼を描き出す。それがムーティの狙いだったのかもしれない。もしそうなら大変シリアスな内容であり、従って、アンコールに「椿姫」の乾杯の合唱などはありませんでした (笑)。尚、このコンサートは NHK が収録していて、4月17日 (日) の夜に BS プレミアムで放送するそうなので、実際に生で聴けなかった方たちにはそちらで楽しんで頂こう。

さて、ムーティについてあれこれ語り出すときりがないのだが、一言で申し上げれば、本来彼の持っていた凄まじいパワーが、相当に円熟して来ていることを最近痛感するのだ。私がクラシックを聴き始めた 1980年頃、彼は若手の有望株として人気急上昇中。EMI レーベルが、「若獅子ムーティ」などというキャッチフレーズで大々的に売り込んでいたものだ。以下の宣伝に出ている録音は、どれもこれも私のお気に入りであったが、とにかく派手で、それが浅薄でいやだという音楽ファンも当時は結構いた。いや、それにしても若いし、カッコいい。
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この宣伝はどこに掲載されたものかというと、彼がフィラデルフィア管弦楽団とともに来日した 1981年のプログラムだ。実に 35年前。ムーティ自身が語る 1975年の日本デビュー (オケはウィーン・フィルだろう) からまだ 6年しか経っていない。このとき、フィラデルフィアはユージン・オーマンディとこのムーティの新旧音楽監督がともに来日して、私は両方聴きに行ったのだが、オーマンディの演奏会は、今回の東京春祭の会場、上野の東京文化会館だった。今でもはっきり覚えているが、そのときに客席に聴きに来ていたムーティを発見。休憩時間にサインをもらったのが、これだ。
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つまり私は過去 35年に亘って彼の音楽を聴いているわけであるが、ひとつ残念なことは (今回の演奏会の感想とも共通するが)、ある時期から結構地味なレパートリーを志向するようになったことだ。レスピーギやストラヴィンスキーから、ウィーン古典派や、彼の故郷ナポリの楽派への移行。そして、新たなレパートリーはほとんど聴けなくなってしまった。考えてもみてほしい。今時、マーラーの交響曲のレパートリーが 1番「巨人」だけという人気指揮者、ほかにいますか?! (笑) 今回のような圧倒的な「メフィストフェレ」を聴くと、例えばマーラーの 2番「復活」を振ってくれればさぞかし、と思うのだが・・・。まあ、硬骨漢ムーティのこと。すぐに今回の前半の曲目のように、渋いところに入って行ってしまい、こんなふうに腕を組んでしまうのだろうか。
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今年の 1月、日本ではシカゴ交響楽団を聴けなかったので、もし地味でない曲目があれば (笑)、いつか現地まで聴きに行きたいものだ。マエストロ、まだまだ元気でご活躍を。


# by yokohama7474 | 2016-03-18 00:46 | 音楽 (Live) | Comments(2)  

ヘイトフル・エイト (クエンティン・タランティーノ監督 / 原題 : The Hateful Eight)

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最近映画を見る機会がなく、コンサートについての記事を中心に書いてきた。私のブログは評論を主目的にしているわけではなく、文化芸術にあまり馴染みのない人でもそれなりに楽しんでもらえるようには書いているつもりであるが、やはりクラシック音楽の記事は、知識が全くない人に読んでもらうには限界があるようだ。愛読して頂いている知人からも、「映画の記事書かないんですか? ボクはコンサートのことは分からないので・・・」という婉曲的な非難の言葉 (?) を受けていたこともあり、映画か、あるいは美術のネタをそろそろ書かないと・・・と、私としても若干焦りを覚えていたのである。だが出張だったり仕事がバタバタしていたり、飲み会でしこたま酔っぱらったりして、なかなか映画を見る機会がなく、その間に見たいと思っていた映画の数本は既に上映を終了してしまった。だが、調べてみると、なんとおぉ、あのクエンティン・タランティーノの新作を上映しているではないか。しかも上記のポスターを見ると、これは面白そうではないか。と思って出かけたのがこの映画。上演時間実に 168分という大作である。タランティーノの映画は大好きだが、なにせ必ず血が盛大に出るので、体調の悪いときにはどうも気が進まないのだが、今回はこの長丁場を飽きることなく見通して、大変面白かった。
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今や押しも押されぬ大監督となったタランティーノだが、何本の映画を監督したかというと、実は未だにわずか 7本なのだ (公開が 2本に分かれた「キル・ビル」は 1本と数える。因みに私はそのうち、海外在住だったときとその前後に公開された「デス・プルーフ in グラインドハウス」と「イングロリアス・バスターズ」の 2本は見ていない)。そしてこの映画、冒頭のタイトルに、"the 8th film by Quentin Tarantino" と出る。そこで、なるほどこの題名の 8は、8本目という意味もあるのだなと分かるわけである。題名は「憎むべき 8人」という意味であるが、やはりこの邦題は、原題のカタカナで正解だろう。ヘイトとエイトの語呂がよいし、劇中に冗談でフランス語が出て来るので、H を発音しないフランス語では、ヘイトフルはエイトフルになるわけで、そうなると頭韻を踏んでいるというわけだ。

この映画は、今時珍しいワイドスクリーン用の 70mm フィルムでの撮影ということで、費用もかかっていると思うが、冒頭の雪景色など、本当に鮮やかかつ奥深い発色であると思う。下の写真のような屋外のキリスト磔刑像からカメラが引いて行って雪景色に移って行くのだが、私はいきなりこのシーンに胸が締め付けられた。この積もった雪 (しかも、この写真では分からないが、頭の上と、折り曲げた足の上では積もり方が違っていて非常にリアル) には、確実に雪の重さが感じられる。これから描かれる人間世界の業の重さを予感する。
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時代設定は 19世紀アメリカ。南北戦争直後だ。2人の客を乗せた馬車が、サミュエル・L・ジャクソン演じるバウンティー・ハンター (賞金稼ぎ) を乗せるところから物語は始まる。
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面白いのは、そのバウンティー・ハンターが運んでいるお尋ね者数名の死体は、結局馬車の上に乗せて運ばれるのだが、馬車がコテージに到着するまでのシーンでは、映る度に位置がずれたり雪が積もったり、手足が乱れたりして、事細かに移動時間の推移を示すのである。各シーンへのタランティーノのこだわりがはっきりと見て取れる。そして、馬車がコテージ、「ミニーの紳士服飾店」に到着してからは、いよいよ密室劇となるのであるが、このコテージはこんな感じ。これが猛吹雪に閉ざされると、まさに完璧な密室になるのだ。
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実はこの映画の美術を担当しているのは日本人だ。種田陽平という人で、学生時代から寺山修司の映画に参加、岩井俊二の「スワロウテイル」や、このタランティーノの「キル・ビル」を過去に担当している。彼の描いたコテージのスケッチは以下の通りだが、うーむ、この手の込んだ密室劇の美術とは、相当大変だったことは容易に想像できる。
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ここでは雪に閉ざされた中、一癖も二癖もある人々が題名通り 8人で人間模様を繰り広げるのだが、ちょっと待った。実は私が映画の途中で数えてみたところ、コテージ内にいるのは 9人ではないか!! そして、詳細はネタバレになるので避けるが、もう 1人を含めた 10人がここでは出てくる (うーん、説明しにくいが、時差をもってあと数人も)。なので、ここでタランティーノが 8という数字を使ったのは、上のポスターにある通り、「全員ウソつき」ということだろう。そう、含むアンタだよ、クエンティン!!

映画マニアのタランティーノのこと、いくつか手の込んだ設定をしているようだ。例えば、この作品がオマージュを捧げているのは、あのジョン・カーペンター監督「遊星からの物体 X」なのだ。原題 "The Thing" と言って、もともと昔の RKO 映画の「遊星よりの物体 X」のリメイクであるが、雪と氷に閉ざされた南極基地で宇宙からやって来た寄生生物が人間になりすましているところ、誰がそうなのか分からずに疑心暗鬼に陥るというストーリー。私にとっては未だに、生涯ベスト 10とは言わないまでも、ベスト 20だったら、そのときの気分によっては (?) 入るのではないかと思われるくらい、好きな映画である。その主演はカート・ラッセル。1982年当時、こんな感じだった。
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そして彼は、約 35年を経てこの「ヘイトフル・エイト」の主要人物、「首吊り人」ジョン・ルースを演じている。確かに同じ人物ですなぁ。
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それから、「遊星からの物体 X」と本作のもうひとつの共通点は、これはなかなかの驚きだが、音楽があのエンニオ・モリコーネなのだ。
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なんとなく、「ニュー・シネマ・パラダイス」「海の上のピアニスト」という感動路線の映画音楽作曲家のように思ってしまいがちだが、もともとマカロニ・ウェスタンに音楽をつけていて、暴力シーンとも縁が深い (?)。代表作のひとつ「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」は、名曲「アマポーラ」など、甘く切ないメロディに彩られていたが、そのマカロニ・ウェスタンの盟友、セルジオ・レオーネの作品であった。その彼が、実はこの「ヘイトフル・エイト」で今年のアカデミー作曲賞を受賞しているのだ!! エンド・タイトル (CG を使っていないせいか、昨今の映画にしては大変短い) に目を凝らすと、音楽として「エクソシスト 2」と件の「遊星からの物体 X」が触れられている。これはなんなのかと思って調べると、前者は、そのものズバリの「リーガン (悪魔に憑りつかれた少女の名前だ) のテーマ」がこの映画の冒頭に使われており、後者は、モリコーネが作曲したが映画の中では使われなかった曲をここで使用しているそうな。この点も、タランティーノのこだわりが炸裂だ (笑)。

さて、密室劇そのものの内容はいかがかというと、ネタが分かって驚天動地というよりは、それぞれのシーンの見せ方に感心する出来と言ってもよいだろう。凝ったライティングで、机の上だけ光っていたり、手前の人物がギターを弾いていて、後ろで場面が展開するときに、数分の一秒から数秒ごとに手前と奥でピントが移動したりする。上述の美術の凝り方と併せて、随所に人間の心理に訴える要素が満載で、トリック云々の前に、観客を密室劇に取り込んで行く周到さがすごい。そして、劇の展開自体がなかなか読めず、トリックで見せるのではなく心理劇 (血しぶきの中の!) として優れた作品になっている。

まあそれにしても、サミュエル・L・ジャクソンがここでも怪演である。冷酷で、自分で自分の身を守るための厳しさを持ち、処世術と悪知恵と推理力を操る策略家でありながら、姑息で、愉快なことが大好きで、実は隙のある点がどこか憎めない。そのような複雑な人物像をこれだけ演じられる役者が、そうそういるとは思えない。
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もうひとりスゴかったのが、女悪党を演じる、ジェニファー・ジェイソン・リー。よく知らない女優だが、最初からこのような痣つきで出てくる。それから、そりゃもうひどいことになって、クライマックスでは顔じゅう血だらけというかなんというか、とにかくすごいことになり、それはもう壮絶だ。女優魂とはこのようなことを言うのであろう (笑)。
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それから、あー、これは言っていいのかなぁ。もし丁寧に映画を見る方は、オープニングタイトルで役者の名前がずらずら出る最後に、最近人気上昇中の俳優の名前が出てくるのに気づくだろう。でも不思議なことに、映画のプログラムを見ても、全然彼の名前が出てこないのだ。そんなに隠すことないもと思うし、ネットで調べればいくらでも情報が出ているが、まあストーリー上、彼の出演が大々的に宣伝されていない理由はあるにはあるので (冒頭のポスターには写真が入っていない)、ここではもったいぶって、その俳優の写真だけ掲載しておこう。米国の大衆誌「ピープル」で2012年に「最もセクシーな男」に選ばれた人。ここでも印象的な演技をしているし、将来有望な役者だと思います。
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そんなわけで、鮮血ほとばしるタランティーノ・ワールドはますます広がりを見せている。彼は 10本作品を撮ったら引退すると言っているとどこかで読んだが、そんなもったいないことをせず、まだまだ血しぶきの中の人間の真実を追求して行ってもらいたい。

# by yokohama7474 | 2016-03-17 00:08 | 映画 | Comments(0)