ゴッホのひまわりで有名なこの美術館は、時折見逃せない展覧会を開く。最近では、セガンティーニ展がそうだった。今回は、ユトリロとその母、シュザンヌ・ヴァラドンの作品をそれぞれ 40作ほど集めたものだ。

こんな高層階に位置している。新宿からでもスカイツリーが見えるとは (左端の方)。
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正直なところ、この展覧会にはあまり乗り気ではなかった。ユトリロについては明確なイメージ (アルコールに依存しながらモンマルトルを描き続けた) があるし、その母ヴァラドンは、最近、某テレビ番組で、あの偏屈屋エリック・サティが憧れていたということを新情報として知ったくらいで、父親も分からないふしだらな女だったのだろうくらいにしか思っていなかった。エコール・ド・パリの展覧会で、たまさかその作品に触れることはあっても、ユトリロの母ね、くらいの認識しかなかった。

ところがである。この展覧会の入口手前に展示されている母子の写真に、目が釘付けになった。これだ。
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ヴァラドン27歳、ユトリロ 9歳とある。ええっ!! こんなに美人だったの??? しかもこれは、どう見てもただの美人ではない。数々の天才を翻弄した、自身もやはり天才である女性の肖像だ。ファム・ファタルというのとはちょっと違う。その眼差しには知性と生きる勇気が満ちている。これは一体・・・。

実際に作品を見て、大いなる感動と発見があった。この母子、深い結びつきがあったようだが、画家としての気質はまるっきり異なっている。多分、この展覧会にやってくる人たちの誰もが、展示作品が母と子のどちらの作品であるかで迷うことはないだろう。簡単に区別すると、既によく知られた子の方は、人物を決して正面から詳細に描くことはなく、ただひたすら街の風景を描き、淡い色遣いによってそこに深い抒情が漂っているのに対し、母の絵は、人物は大きく鮮明に描かれ、色同士はあまり混ぜ合わせられることなく、また事物はくっきりとした輪郭を持っている。似ている画家を強いて探すと、ある場合にはゴーギャンであり、ある場合にはキスリング、あるいはヴラマンクなどのフォーヴやブリュッケの画家たち、さらには、フリーダ・カーロまでをも思わせる。ユトリロは、母の作風への反撥から自分のスタイルを確立したのではないかと思われるほどだ。一言で言えば、モダニズムの画家である。これは、「ユトリロの母」で済むような存在ではない。いや、そうだ。実は、会場に入る前に既に分かったのだ。1階のエレベーターの脇に置いてあった展覧会の案内で使われたヴァラドンの絵が、既に私の心を貫いていた。ただ愛らしい絵ではない。人間の生きる姿が表れているのだ。
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会場にあれこれ設置してある説明板から、多くのことを教えられ、自分の無知を恥じることとなった。例えば、
・ヴァラドンは、ただのあばずれ女ではなく、生前から正当に画家として評価され、何度か展覧会も開かれていた。その開催に関して、首相から献辞が送られることもあった。
・シュザンヌという名前は本名ではなく、サティとかロートレックとかルノワールという年長者に惚れられることから、聖書にある「スザンナの沐浴」になぞらえてあだ名とされた。
・ユトリロは、アルコール依存症ではあったが、若くしてモンマルトルで酔っぱらってのたれ死んだわけではなく、1955年、71歳まで生きた。
・モンマルトルの街頭で寒さに震えながら写生を行ったのではなく、ほとんどはアトリエで写真を見ながら制作した。
・また、生前認められずに貧乏であったかと思いきや、才能を見込んだ画家の後押しもあって、生前から成功していた。1928年には、なんとレジオン・ドヌール勲章まで受賞している!!
といったことどもだ。ユトリロの絵の孤独感から、どうしても薄幸な人だと思いがちだが、世俗的成功と、それなりの長寿に恵まれたわけだ。そこでまた日本に思いを馳せるのだが、例えば佐伯祐三の絵は、ユトリロと同質のものがあるだろう。あのような孤独な絵を描く人は、世間から認められず、街頭で写生して命を絞り、若くして結核に倒れてしまうというイメージは、そこから来ているものだろうか。あるいは、長谷川利行でもいい。貧乏で世間から見捨てられたイメージ。ユトリロはそのようなイメージとは全く異なる画家だったわけだ。

もうひとつ。ユトリロは、1883年生まれの、1955年没。ということは、あの欧州全体を巻き込んだ両大戦を、成人として体験しているわけだ。しかし、彼の絵のどこを叩こうが揺すろうが、戦争との関連はどこからも出てこない。たまたま同じ日に板橋区立美術館で日本の画家と戦争の関わりを考えさせられたこともあって、このことは私の中に大きな疑問符を残した。一体、世界が殺し合いをしているときに、あのような孤独と向き合って絵を描く人間とは、どんな人だろう。ピュアな精神を失わずに済んだのは、なぜだろう。今後ユトリロの絵を見るときに、反芻して考えたい。また、ヴァラドンについては、これで一流の画家であったことが分かったわけだから、勝手な先入観を天に謝罪し、チャンスがあればできるだけ彼女の絵を見たい。彼女の人生は映画のネタとしては最高だと思うんだけど、誰か映画化してくれませんかね。監督は誰がいいかなぁ。リドリー・スコット・・・ちょっと違うな。クリント・イーストウッドでどうだ。主演は・・・難しいなぁ。キーラ・ナイトレイ? マリオン・コティヤール? エミリー・ブラントなんてよいかもしれません。まさか今さらエマニュエル・ベアールとか、イザベル・アジャーニではあるまい (笑)。強いて言えば、若かりし日のナスターシャ・キンスキーが今いればなぁ・・・。因みに、ベルト・モリゾの映画はもうすぐ日本公開です。

# by yokohama7474 | 2015-06-07 02:00 | 美術・旅行 | Comments(0)

板橋区立美術館訪問後、思い立って近辺の寺社を廻ってみた。それなりに知られている東京大仏はすぐ近く。以前行ったこともあり、久しぶりに来訪することに。
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東京大仏が鎮座するお寺の正式名称は乗蓮寺。調べてみると、天正年間というから、まだ江戸幕府が開かれる前、徳川家康から朱印地 (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%B1%E5%8D%B0%E5%9C%B0%E3%83%BB%E9%BB%92%E5%8D%B0%E5%9C%B0) が寄進され、その後も歴代将軍から手厚く遇されたとのこと。道理であちこちに葵の御紋があるはずだ。
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ただ、現在の地 (もと赤塚城二の丸) に移転したのは、昭和48年とのこと。そして、昭和52年に東京大仏が完成。蓮台を入れると 12.5m という巨像で、仏壇店翠雲堂の製造になるもの。お顔もなかなか眉目秀麗です。
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また、境内のあちこちに、何やら妙な石の彫刻が。これは、もともと駒込付近にあった藤堂家の下屋敷にあったものを移したものとか。数奇な運命を辿っていますが、そのユーモラスな姿はなかなかに味わい深いもの。最近、板橋区指定の文化財になったとのこと。
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後で知ったことには、この寺には冒険家の植村直己さんの墓があるらしい。といっても、遺体は発見されていないので、モニュメントということだろう。

さて、次はすぐ近くの松月院へ。ここも立派なお寺だ。やはりここも、家康から朱印地が寄進されたとのこと。
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さて、ここには大きな記念碑がある。それは、高島秋帆 (しゅうはん) が天保年間にここに本陣を置き、西洋式砲術の訓練を行ったことを記念するもの。いわば日本陸軍発祥の地ということで、大正年間に建てられた立派なものだ。ん? ちょっと待て。高島 ? もしかして、高島平ってこの人に由来するのか??? 調べてみるとどうやらそうらしい。高島秋帆の名前は昔日本史で学んだ記憶があるが、高島平には結びつかなかった。ひとつ賢くなりました。
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その後、車で走っていると、何やら気になる神社を発見。U ターンして行ってみることに。その神社の名は、諏訪神社。もともと赤塚城主 千葉自胤が、信州の諏訪神社から勧請したもので、赤塚城の鬼門除けであった由。面白いのは、完全に寺の建物なのに、明治の神仏分離で無理矢理神社にさせられた様子が見て取れること。寺院建築の外側に鈴をつけて本殿にしているところって、あまり多くないと思う (笑)。でも、なんとも言えずいい佇まいなのだ。

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それから、このあたりにひとつ面白い祭りがあるらしい。それは、毎年2月13日に行われる「田遊び」と呼ばれる行事で、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて流行した「田楽舞い」がそのルーツであるそうだ。1年間の農作業を順序正しく、踊りや唱え言葉で面白おかしく表現し、訪れた田の神 (女神) を楽しませて豊作を祈願するというもの。実際の情景はこんな感じらしい。なぜこの地区に残っているかははっきりしないものの、平安時代にこのあたりに大寺院があったからという説があるらしい。
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ほう、東京 23区内にこんなお祭りがあったとは。世の中知らないことだらけですなぁ。

# by yokohama7474 | 2015-06-07 01:08 | 美術・旅行 | Comments(0)

板橋区立美術館は、練馬区美術館と並び、日本の画家たちを中心としたユニークなコレクションと企画で知られる。今回、戦争の表象と題して館蔵品の展覧会を開催中と知って、見にでかけた。区民でもないのに、入場料は無料である。少し申し訳ないような。
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有名無名の昭和の洋画家たちが、それぞれに戦争に関わって、労苦を強いられたり、場合によっては命を取られたりした、まさに画家それぞれの生きた証が作品に結実している。泰西名画にため息をついているだけでは絶対分からない、人が生きる重さを感じることができるし、日本という国が近代以降に置かれた立場を考えさせられる。展覧会では、30名に及ぶ画家それぞれの戦争との関わりが説明してあって、興味は尽きない。一般に知られている名前としては、清水登之、柳瀬正夢、多毛津忠蔵、国吉康雄、福沢一郎、松本竣介、寺田政明、高山良策、山下菊二というあたりが挙げられるが、国吉を除いては、直接に戦争 (敵国民として米国で辛酸を舐めることとなった) とのかかわりについてあまりイメージがない。だが、例えば日本の 1920年代を語る上で欠かせない柳瀬正夢が、驚いたことに、空襲によって新宿駅で死んでいたりするのだ。平和な時代には考えられないことではないか。作風の面では、全体的に、ダリやエルンストといったシュールレアリズムが画家たちの心をつかんでいたことがよく分かる。ただそこに、いつも日本的な情緒がつきまとっているのが興味深い。
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最も印象深かったのは、上のポスターになっている、堀田操の「断章」(1953年) である。なんとも不気味かつ静謐な絵ではないか。

新海覚雄の「貯蓄報国」(1943年) という絵は、いわゆる戦争画のタッチにも似て、今見ればある種のキッチュなのであるが、まさに割り切れない情緒をはらんだ作品だ。これを見て、銃後の備えをがんばろうという気になるようなならないような。
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浜松小源太の「世紀の系図」(1938年)。見ていて胸が痛くなるような気がしませんか。
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難波香久三 (かくぞう) の「地方行政官A氏の像」(1938年)。今も昔も・・・という印象ですね。
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繰り返しになるが、この美術館のポリシーは本当に意義深いもので、美術という営為の根源を考えさせられる。素晴らしい展覧会だった。


# by yokohama7474 | 2015-06-06 23:55 | 美術・旅行 | Comments(0)

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今回のテミルカーノフの読響との協演、2つ目のプログラムは、マーラーの第 3交響曲だ。この指揮者のマーラーと言えば、1番を以前この読響でも取り上げていたし、サンクト・ペテルブルク・フィルとの来日公演では 2番を演奏したこともある。だが、私はそのいずれにも行けなかったので、今回が初のテミルカーノフによるマーラー体験だ。

結論から言えば、随所にテミルカーノフ節が聴けたとはいえ、マーラーの演奏としては課題の多いものになった。多少こじつけになるかもしれないが、ひとつの理由は、読響のこれまでの演奏の歴史の中で、この作曲家が必ずしもメインストリームであったとは言えない事情があるのかもしれない。考えてみれば、ザンデルリンク、フリューベック・デ・ブルゴス、マズア、ロジェストヴェンスキー、アルブレヒト、スクロヴァチェフスキー、それにカンブルランを加えても、マーラー指揮者というイメージはあまりない。もちろん、これらの指揮者のマーラー演奏を、実演や CD でそれぞれ聴いてきている私ではあるが、ただやはり、どちらかというとブルックナーの方がこれらの指揮者には似合うような気がする。

それが関係しているわけではなかろうが、今回は冒頭からもうひとつオケの集中力が高まらないもどかしさを感じた。もちろん、第1楽章の終結部や、最終楽章の大団円等、音楽が大きく弧を描く場面で、纏綿とテンポが落とされて歌が沸き起こる感覚には感動を禁じ得ないものはあったのであるが、マーラーに必要な混乱というべきか、統御された狂気というべきか、そのようなものは聴き取れなかった。

ユニークであったのは、合唱団とソリスト (小山由美) の入場。第 3楽章が終わったあと、ようやく女声合唱 (新国立劇場合唱団) と児童合唱 (NHK 東京児童合唱団) がホールの後ろの席 (P ブロック) に入場し、ソリストに至っては、第 4楽章の冒頭部分でステージ袖から歩いてくるという登場ぶり。歌劇場での経験豊富なテミルカーノフとしては、何かこだわりがあったのかもしれないが、ちょっと無理があったのではないか。ソリストにしてみれば、歩き終わってすぐに、あの夜の雰囲気の静かな歌を歌う必要あるわけで、感情移入に高い難易度があったと思う。入りの部分の音程の不安定さに、聴いている方がハラハラするようなことになってしまった。

日本のオケの水準が著しく上がってきていることで、聴衆の期待も大きくなっている。このコンビには、次のプログラムに期待しよう。切り札のロシア物だ。
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# by yokohama7474 | 2015-06-06 23:10 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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これはすごい映画だ。予告編のイメージは「ハンガーゲーム」、見てみると雰囲気は「スターシップ・トゥルーパーズ」、ドンデン返しは「SAW」、そして続く次作は、これは絶対ゾンビ物だろう!! という勝手な想像を抱かせる、一粒で何度もおいしい作品だ。

全く先を読ませない展開、若手ばかりの個性的な俳優陣、スピーディで効果的なカット割り、どれを取ってもすばらしい。実に恐るべき手腕と言わねばならないこの監督は、これがデビュー作とのこと。今日のハリウッドシステムの中では、監督の個性を発揮することは難しく、作品がヒットして大作を任されるようになるほどその傾向が強いであろうが、このような輝く才能には、是非この個性を保って欲しい。

数々あるこの映画の秀逸な点のうち、顕著なものをひとつ挙げるとすると、役者の顔の多彩さがあるだろう。前の記事で「龍三と七人の子分たち」で、役者の無名性に言及したが、この映画にあるのはその全く逆の、それぞれのキャラクターに合った、「もうこれしかない」という必然性すら感じさせる、それぞれの役者の顔だ。設定上、様々な人種が集まっているわけであるが、「思慮深く繊細な面を持つ黒人リーダー」、「強靭な肉体と精神を持つアジア系」、「鼻っ柱が強く自己中心的な白人」といったキャラクターを、まさにそれぞれの顔が雄弁に語っている。映画とは、映像と音声のアマルガム。観客の感情移入は、このような周到に用意されたキャラクター描写によって初めてなされると思う。

原作は三部作で、すべて映画化される予定とのこと。次回作が本当にゾンビ物なのかどうか知らないが (笑)、この展開ならそうならなければという思いこみを持って、楽しみに次回作を待ちたいと思う。実際、通常のシリーズ物では、1作目のクオリティをその後の作品が凌ぐことは非常に稀である。それは、継続するストーリーと、既に固まってしまった登場人物のキャラクターが既に所与のものになっているところ、スケールを求めるあまりにマンネリ化に陥り、結局何がテーマなのか分からなくなってしまうからだと思う。その点、三部作でそれぞれ全く異なる展開にすれば、マンネリ化を避けられると思うのだ。それゆえにやはり私は、この続きはゾンビ物 (まあ、自分の好きなジャンルであるからですが 笑) になって欲しいと切望する次第であります。余談だが、最近読んだストルガツキー兄弟の「ストーカー」(言わずと知れたタルコフスキー作品の原作) は、実はゾンビ物なのである。ロメロの映画のような、そのものズバリのゾンビ物ばかりではない。隠喩によるゾンビ物があってもよいではないか!

# by yokohama7474 | 2015-06-06 01:31 | 映画 | Comments(0)