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元来、演劇に分類される伝統芸能 (能、文楽、歌舞伎) には興味のある方である。しかしながら、最近は特に日本のオーケストラを聴きに行く機会が増えたこともあり、残念ながらこちら方面にはなかなか足が向かない。今回、大阪訪問の機会に是非文楽を見たいと思いたち、久方ぶりに渇望を癒すことになった。調べてみると、前回の文楽鑑賞は、東京の国立劇場で平成 24年だから、実に 3年ぶりの文楽ということになる。

周知の通り、文楽 (人形浄瑠璃) は近年、橋下大阪市長の方針により、厳しい環境に置かれている。種々議論はあるだろうが、効率的な興業マネジメントの観点は、いかにユネスコ文化遺産であろうと必要であり、昨今の経緯によってさまざまな自助努力がなされたのなら、それは意義のあることだ。ただ一方で、1つの人形に 2人も 3人も人形遣いが必要で、かつ習熟にこれだけ時間のかかる人形劇というものも世界に例がないと思われ、要するに商業ベースに乗ることなど所詮は無理ではないか。オペラも大変な金食い虫なので、本場イタリアの歌劇場でも予算削減が深刻な問題になっている。経済のないところに文化はなく、もちろん人間の生活が最優先とはいえ、人間たるもの、文化なくしては生きて行けないのもまた真実。金額的なインパクトを冷静に考えながら、かけがえのない文化遺産を守って行きたいものだ。

さて、伝統文化の継承には、その時代時代の観客にアピールすることがいちばん。大阪で文楽を見るのはかなり久しぶりではあったが、劇場も雰囲気が明るくなり、字幕導入をはじめとする様々な工夫により、客席はほぼ満員の大盛況だ。劇場には小さいながら資料館も併設されていて、なかなかためになる。
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また、客席に向かうエスカレーターを昇る際に、今回の演目「生写朝顔話 (しょううつしあさがおばなし)」の主要登場人物の写真が、垂れ幕として大きく展示されている。
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今回は、夏休み期間中に 3つの演目が上演されているうち、第 2部だけを見たのだが、上演時間は、2回の休憩を挟んで 3時間半近い。それでもこの「生写朝顔話」の、恐らくは半分程度の上演であろう。第 3部で続きが上演されるものの、最後の段がいくつか省略されるし、今回の第 2部も、その前の部分を省略しての上演だ。これはワーグナーも真っ青、全編上演は、文字通りまる一日仕事ということだ。もちろんそれだけ長い話なので、あれこれ複雑ではあるのだが、かいつまんでストーリーを説明すると以下の通り。儒学者 宮城 阿曽次郎 (みやぎ あそじろう) は、武士の娘 深雪 (みゆき) と出会い、扇に朝顔の歌をしたためて愛の証とする。ところがこの 2人、運命の波に弄ばれ、なかなか再開することができない。深雪に横恋慕する医者 萩の祐仙や、人買い 輪抜 吉兵衛などの脇役が聴衆の笑いや怒りを買うが、朝顔の歌が二人を結びつけるよすがとなり、曲折を経て最後は結ばれるというもの。飄々とした笑いの場もあり、まさに断腸の思いで登場人物たちが呻吟する情念の場もあり、まさに人生の様々な感情が凝縮された芝居である。どうやら中国の物語に想を得ているということらしいが、同じ題材による読本、歌舞伎の成立のあと、1832年 (天保 3年) に文楽として初演されたとのこと。

この日の上演のクライマックスは、浜松小屋の段である。矜持ある武士の娘たる深雪が人買いにさらわれ、郭に出ることを拒んで脱出するが、つらい運命に悲嘆の涙を流しすぎたあまり (!!) 失明し、子供たちからもいじめられる落ちぶれた境遇。そんな彼女をようやく探し出した乳母の浅香が、折から深雪を追ってきた人買いの輪抜 吉兵衛と刺し違えて絶命するのだが、その表現がすごい。吉田 蓑助の操る深雪の細微な動きから流れ出る情念たるや、尋常ではない。人間の演じる哀しみの表現とは異なり、ここにはより純化した感情が立ち現われていると思う。リアリティを越えた何かがあって、人の心の奥深くにそのまま食い込んでくる。私の周りでは何人もの人が、この場面でハンカチを目に当てていた。このような並外れた Emotion を表現できる演劇形態が、世界にどのくらいあるであろうか。まさに文楽、恐るべしである。

このブログをご覧の方で、もしまだ文楽経験のない方がおられたら、是非一度ご覧頂くことをお奨めする。人生変わるかもしれません。

最後に、文楽人気向上にかけた関係者の努力の例を 2つ。ひとつはこれ。大阪名物、くいだおれ人形である。なぜこんなところに、と思ってあとで調べてみると、なんとこの人形、文楽人形製作者の二代目由良亀 (淡路島出身で、谷崎の「蓼食う虫」の中にも登場するらしい) の手になるものらしい。なんとまあ、こんなところにも大阪の文楽の伝統が生きていたのだ。
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そして、次がこれ。ちょうど今公開されている、「ターミネーター 新起動」のパロイディだ。画面の反射で見にくくなってしまっているが、ターミネーターのポスターに書いてある文句を逐一パロディとしていて、なかなかに凝っている。
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このような前向きな発想によって、日本の誇るすばらしい伝統芸能が、より一層発展しますように!!

# by yokohama7474 | 2015-07-26 22:45 | 演劇 | Comments(0)

テレマン室内オーケストラは、指揮者 延原 武春 (のぶはら たけはる) によって、実に 1963年 (半世紀以上前だ!!) に大阪で設立された。今日では古楽器専門オケとして著名な存在だ。実際、一般に知られている日本の古楽オケは、バッハ・コレギウム・ジャパンと、このテレマン室内オーケストラくらいではないか。両方とも関西の組織であることには、何か意味があるのだろうか。

指揮者の延原 武春は、1943年大阪生まれの 72歳。以前大阪フィルを指揮した演奏会を聴いたことがあり、そのコテコテの難波のオッサンぶりと、演奏する音楽のペダンティシズムのギャップがすごかったので、いつか手兵であるテレマンとの演奏を聴きたいと思っていた。ましてや、その演奏を大阪倶楽部で行っているのを NHK BS で見て、思いは募るばかりであった。その間、武原とテレマンのベートーヴェン交響曲全曲の CD を購入したし、中野順哉著の「小説・延原武春」も読んだ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%80%B6%E6%A5%BD%E9%83%A8

延原のことをコテコテの難波のオッサンと書いたが、よく見ると財界人のようにも見える。伊藤忠商事の岡藤社長 (やはりコテコテの難波のオッサンらしい) と比べてみよう。上がマエストロ延原。下が岡藤社長。なんとそっくりではないか。
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さて、今回の演奏会は、大阪を代表するモダニズム建築として重要文化財に指定されている、中之島中央公会堂だ。株式仲買人であった岩本 栄之助の寄付をもとに、岡田 信一郎の案を、明治時代を代表する建築家、辰野金吾が実質的に率いて 1918年に完成した。その頃の大阪は、未だ東京を寄せ付けない日本最大の経済規模を誇る都市であったはずだ。
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1999年から 2002年の間に保存・再生工事がなされたとのことで、建物内部には資料館があるのみならず、各所に当時の建築技法を紹介する説明板が設置されている。最も興味深かったのは、土台となっている杭であった。ちゃんと詳しい説明もある。へー。まるでヴェネツィアかサンクトペテルブルクだ。大正モダニズムの技術恐るべし。
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さて、寄り道も楽しいものであるが、今回の演奏会について触れよう。曲目は以下の通り。

モーツァルト : 交響曲第 29番イ長調 K.201/186a
ハイドン : ピアノ協奏曲ニ長調
ベートーヴェン : 交響曲第 3番変ロ長調作品55 「英雄」

会場となった中会議室は、レトロ感覚満載だ。
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まるでヨーロッパの宮殿のような優雅な雰囲気。実際、音響効果も素晴らしく、なかなか味わうことのできない雰囲気だ。

初めて生で聴くテレマンは、コンサートミストレスの浅井 咲乃率いる弦楽器がニュアンス満点。管楽器は時々苦労が見られたが、元来が音程の取りにくい古楽器で、しかも湿気の多い時期ということで、むしろミスも微笑ましいと言ってもよいだろう。全体として、どの曲も大変勢いのある演奏であった。
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メインのエロイカは、ベートーヴェンのメトロノーム記号に忠実に則った演奏とのことで、モダンオケではなかなか難しい快速テンポであったが、なんとも胸のすく快演であった。第 1楽章コーダ手前の、例のトランペット行方不明の箇所 (オーケストラ全体が盛り上がって、本来ならトランペットが高々と英雄のテーマを奏でるはずのところ、後半突然トランペットが抜けてしまい、木管のリズムを刻む音が妙に耳につく箇所。昔の指揮者は構わず英雄のテーマを最後まで吹かせたが、原典ばやりの昨今、それをやれば指揮者のインテリジェンスが疑われるようなことになっている) は、当然オリジナル通り、行方不明の演奏であったが、近代オーケストラの、音量が大きく輝かしいトランペットではなく、このように当時を彷彿とさせる楽器での演奏だと、この「行方不明」はさほど目立つこともない。ベートーヴェンの真意が、当時の楽器の技術的限界による妥協か、それとも何かほかにあるのか分からぬが、当時の楽器であれば、それなりに音楽が流れて行く箇所であることを確認できた。

ところで、この指揮者とこのオケは、東京公演はあまりないものと思うが、関西では大変活発な活動を行っていることを知り、驚いた。会場で配布されていたチラシで分かる範囲での延原の今後の予定は以下の通り。

7/25 (土) 池田市 バッハ : コーヒー・カンタータ
8/7 (金) 大阪フェスティバルホール スメタナ : わが祖国
8/23 (日) ザ・シンフォニーホール メンデルスゾーン : オラトリオ「聖パウロ」
8/29 (土) 川西市 ヴィヴァルディ : ヴァイオリン協奏曲「ムガール大帝」ほか
8/30 (日) 羽曳野市 音楽絵巻 羽曳野戦記中、バロック音楽の演奏
10/10 (土) いずみホール バッハ : マタイ受難曲
12/19 (土) ザ・シンフォニーホール 第九及びバロック名品集

実に多忙である。大阪の方は、このうちのどれかでもお聴きになってはいかがだろうか。よろしおまっせ。

# by yokohama7474 | 2015-07-26 01:55 | 音楽 (Live) | Comments(0)

東京と比較して大阪は、意表を突く建築が多いと思う。なんちゅうかその、エライこっちゃーという感じの、トラブルを楽しむ難波気質がそこここに充溢している。実は私自身、生まれは大阪。この感覚は分からなくはない。ただ、その大阪でも、この建築には度肝を抜かれた。
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梅田スカイビル。ふたつの高層ビル (= タワー) を結ぶ中間に、何やら基地のようなエリアが。これは一体何事か。建築家 原 広司の設計により 1993年に完成したビルだ。地上 173m だから、高さでは東京スカイツリーには及びもつかないけれど、その姿のユニークなことは類を見ない。事実、英国を代表する新聞 The Times が 2008年に、世界を代表する建築 20選 (ほかにはパルテノン神殿やタージマハール、ローマのコロッセオなど!!) のひとつに選んだとのこと。設計者の原 広司は、もちろん日本を代表する建築家だが、一般によく知られているほかの代表作は、JR 京都駅だろう。今回、彼自身の代表作である梅田スカイビルで、建築家自身が書き写した古今の書物の一部が展示されている。
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うーむ、表示がほとんど英語なのは、何か意味があるのだろうか。そういえばこのビル、最近外人観光客がうなぎ上りだそうだ。
http://matome.naver.jp/odai/2138435364131654801

この展覧会では、建築家自身「写経」と称した、手書きの原稿が展示されている。古くはホメロス、ウパニシャッドから、アリストテレス、法華経、鴨長明から道元、はたまたダンテやデカルトを経て、最後は大江 健三郎 (この建築家の近しい友人らしい) に至る。面白いとは思ったが、私個人にとっては、他人の写経を見るよりも、自分で書物を読みたいと思い、早々にその場を離れて、このビルの売り物である空中庭園へ。上記の通りこのビルは、東西二つのタワーの真ん中を、空中でつなげている部分があるのだ。下から見るとこんな感じ。私にとっては今回が二度目の訪問。
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うおー、あの上までどうやって昇るのか。エレベーターで一挙に 35階へ。シースルーのエレベーターなので、高所恐怖症にとっては、なかなかにハードルが高い。35階から屋上の空中庭園につながる 40階までは、上の写真でも見える、空中を渡るエスカレーターに乗るのだ。おー、こわ。
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あー、もうチビリそう。ただ、頂上までたどり着くと、ちゃんと防護柵もあり、それほど危険な感じはない。通ってきた、また帰りには通るエスカレーターも、余裕で見下ろすことになる。
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大阪中を見渡しても、ニューヨークでエンパイア・ステイト・ビルから見るような絶景はない。ただ、アベノハルカスをはじめとする大阪のユニークな建築群を、その中でもとりわけユニークな場所から見る快感は、なかなかのものだ。もしまだこの景色をご覧になっていない方がおられたら、是非一度行かれることをお奨めする。おもろいでー。

# by yokohama7474 | 2015-07-26 00:41 | 美術・旅行 | Comments(0)

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2014年のカンヌ映画祭で最高賞パルムドールを受賞したトルコ映画である。公開された当初は東京の 2館のみでの上映であったが、今では名古屋、京都、大阪、福岡等の大都市にある小劇場系 (?) 映画館でも見ることができる。

そもそもトルコ映画と聞いて、出てくる名前はユルマズ・ギュネイくらいであるが、そのギュネイにしても、「路」という作品がやはりカンヌの最高賞を取ったことから知られている程度で、その他の作品は日本でどのくらい公開されているのであろうか。もちろん、映画は別に各国を代表して作られているわけではないので、よい映画はよい、悪い映画は悪いということにしかならないのだが、その一方で、この映画のように、かかわったスタッフ・キャストが全員トルコ人 (多分・・・あ、間違えた。日本人の脇役が 2人出演していましたね。エンドタイトルでバッチリチェックしたところ、日本人の名前であった) である場合には、その国の役者の演技とか、照明音響美術等々のレヴェルに、その国の映画産業の在り方がおのずから表れることも事実であろう。その観点からは、この映画の出来具合で我々観客の今後のトルコ映画への期待も変わってくると言える。

上記ポスターにある通り、この作品は、奇景で知られるトルコの世界遺産、カッパドキアの洞窟ホテルを舞台とする、上映時間 3時間16分という大作。「愛すること、赦すこと --- もがきながらも探し求める、魂の雪解け」というコピーに雪のカッパドキアの写真を見ると、どんなに壮大な叙事詩が展開されるのかと思ってしまうが、実はこの映画、究極の室内劇である。戦争もなければ宇宙人との遭遇もない。誘拐も暴行もない。そもそも、3時間を超える映画で、一人も人が死なないのだ。今日び、どうやってそれで映画を作るのか。カンヌの審査員のひとりであったジェーン・カンピオン (私がこよなく尊敬する監督) は、「物語が始まった途端に魅了されてしまった。あと 2時間は座って観ていられたでしょう」と語ったらしいが、まさにその通り。この映画で数少ない劇的 (?) なシーン、子供が車に向かって石を投げるシーンは、冒頭まもなくであって、それから後はほとんどが室内劇であるにもかかわらず、飽きることは全くなかった。これは一体どういうことなのか。

この映画の中で、延々と口論が続くシーンが 3つある。ひとつは、主人公 (もと舞台俳優で、遺産として譲り受けた洞窟ホテルを営む裕福な初老の男) とその妹、2つめは、主人公とその若く美しい妻。3つめは、主人公とその友人たち 2名である。換言すれば、主人公が相手とシチュエーションを変えて、延々と口論する。その合計だけで、30分は優に超えているだろう。そのいずれもが圧巻なのだ。プログラムを読むと、基本的に書かれたシナリオ通りの演技を俳優にさせたとのことだが、彼らの口論の様子はあまりに長く、また作られた感じがしない自然な流れなので、相当部分即興ではないかと思ったのだ。これを演技としてできてしまうトルコの俳優たちは恐るべきではないか。もちろん、監督のインタビューでも、一部は即興で足したと言っているので、特に主人公とその妹のシーンなどは、即興の部分がそれなりにあるように見受けられるが。いずれにせよ、人生を圧縮した瞬間がこれらのシーンに詰め込まれていて、看過できないリアリティがあるのだ。

ここで使用されている音楽は、シューベルトの最後から 2番目のピアノ・ソナタ (第 20番イ長調D.959) の第 2楽章。シューベルトは晩年 (と言っても、たかだか 38歳だ!!)、曲を肥大化させる傾向があり、ピアノ・ソナタの分野では、最後の第 21番変ロ長調 D.960 が、本当に底知れぬ深淵を覗くような音楽であるのに対し、同じ死の年、1828年に書かれたこのソナタは、少しは分かりやすい要素を持っている。この映画で使われているのは、第 2楽章の冒頭のテーマであり、中間部で感情の炸裂があるのであるが、その部分は周到に避けられている。これはこれで、人生の機微を淡々と描くこの映画にふさわしいとも言える。プログラムの監督インタビューによると、かつてブレッソンの「バルタザールどこへ行く」という映画 (1966) で使われていた由。私の世代ではブレッソンは、最後の作品「ラルジャン」にぎりぎり間に合ったくらいで、この作品については知識がない。まあそれにしても、海外のマスコミにはマニアックな人がいますなぁ。

この作品の呵責なさはまさに特筆すべきものがあるが、脚本においてはチェーホフやドストエフスキーに負うところが多いらしい。監督自身、チェーホフの 3作に着想を得ているとの発言があるが、特定はしていない。プログラムに寄稿しているロシア文学者の沼野 充義は、そのうち 2作にしか言及していない。ということは、残る 1作は自分で探すしかないということか。

誠にトルコ映画、恐るべしである。

# by yokohama7474 | 2015-07-25 23:53 | 映画 | Comments(0)

今回は、名古屋で開かれている 2つの展覧会を同時にご紹介する。というのも、この 2つの展覧会、内容が重複しているからだ。

まずは、名古屋ボストン美術館の、「ダブルインパクト 明治ニッポンの美」から。
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これは、東京藝術大学と名古屋ボストン美術館の共同企画。明治の日本人が見た西洋美術と、明治に来日した西洋人が驚いた日本美術の展覧会だ。ここ数年、明治の日本の美術工芸についての素晴らしい展覧会が幾つか開かれてきた。今私の手元に図録がある限りでは、2004年 (えっ、もうそんな昔?) に東京国立博物館で開かれた「世紀の祭典 万国博覧会の美術」と、昨年三井記念美術館で開かれた「超絶技巧! 明治工芸の粋」が挙げられる。ともすれば西洋一辺倒になりがちな日本人の美意識であるが、近年になってようやく日本人が日本の美術の価値に気づき、誇りを持てるようになってきているということだろう。実際、この手の展覧会では、驚くような展示品と出会うことが多いのである。

名古屋ボストン美術館は、世界的な東洋美術コレクションを持つ米国ボストン美術館の分館で、年に何度も本館の所蔵品による展覧会を開催している。もちろん東洋美術だけではなく、西洋美術のコレクションも膨大なのだが、なんと言ってもこの美術館、近代日本の美術の父とも言うべき岡倉天心が中国・日本美術部長を務めていたという実績があり、それによってかけがえのないコレクションが出来上がったわけである。
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今回の展覧会で物珍しいものを挙げればきりがないが、まずはこちらから。河鍋暁斎の「蒙古賊船退治之図」。日本が開国寸前の 1863年 (文久 3年) の作品で、鎌倉時代の元寇になぞらえて、西洋からの黒船を一蹴する大和魂を描いているわけだ。うーん、それにしても、爆裂が敵船を吹っ飛ばして、まるでマンガの世界です。もしかして、旭日旗ってこれが起源ではないのかと思えるほどのインパクト。
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それから、これは高橋由一の「浴湯図」(1878年)。実はこれ、師匠にあたる英国人イラストレーターであるチャールズ・ワーグマンの作品の模写である由。日本の集団入浴を珍しがったワーグマンの描いた絵を、集団入浴に慣れた日本人である由一が模写するという入り組んだ関係はどうだろう。
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お次は江戸末期から大正時代にかけて活躍した浮世絵画家、揚州周延 (ようしゅう ちかのぶ) の「梅園唱歌図」(1887年)。この人、中国人かと思いきや、純然たる日本人である。先に取り上げた「江戸の悪」の展覧会でも多く作品が展示されていたし、また、高幡不動にも作品がいくつか展示されていた。明治期にはこのような西洋風の出で立ちをたくさん描いている。
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その他、明治期の洋画、日本画あれこれ展示されていて興味は尽きないが、大変面白いのは、ポスターにもなっているこの絵だ。小林永濯 (こばやし えいたく) の「菅原道真天拝山祈祷の図」。
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菅原道真が天の啓示を受けて、今まさに天神に生まれ変わろうかという場面。からだは背中から押されたようにつま先立ち。両腕は感電状態、杖は放され帽子は宙を舞う。さながら劇画のような表現であり、明治期の日本画壇においては極めて異色を放ったに違いない。

そして、これまたすごいのが、明治期の工芸である。いずれを取っても神品というにふさわしい。この鈴木長吉の「水晶置物」は、1877年に水晶だけがまず、第 2回内国勧業博覧会に出品され、ボストン美術館の依頼で、1902年に竜と波の置物が作られたとのこと。超絶的に美しい!!
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日本が開国による刺激を受け、海外で展示されることを目的として制作された品々には、実際、鬼気迫るものを感じる。その意味で、上記の展覧会に続けて、同じ名古屋のヤマザキマザック美術館で開かれている「世界に挑んだ明治の美 宮川香山とアール・ヌーヴォー」という展覧会を見ることができたのは大変に有意義であった。これは、世界的工作機械メーカーであるヤマザキマザックのコレクションを集めた美術館であり、同社本社ビルの中にあるが、なんというか、本当にヨーロッパの美術館そのままの雰囲気なのだ。それもそのはず、壁紙ひとつ取っても、確かハンガリーだかどこかの欧州の国からの取り寄せの特注品だ。通常展示はこんな雰囲気。名古屋地区の方には、是非一度この美術館を訪問されることをお奨めする。
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初代宮川 香山 (1842 - 1916) は、神業と賞賛された高浮彫で知られる工芸家。ま、無駄なことをグダグタ書くより、その作品をご覧頂きたい。最初のカニのついた鉢は、重要文化財だ。
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なんと素晴らしい。息を呑むとはまさにこのこと。いかにテクノロジーが進歩しても、このような究極の職人技には適わないだろう。願わくばこのような水準のモノ作りの技術を日本人が受け継いでいけますように。この展覧会では、宮川の作品のほかに、ラリックやガレの作品も展示されていて、それはそれで当然美しいのだが、既に世の中でよく知られている。真の驚きは、宮川の作品だ。実は今回、ラリックやガレはヤマザキマザック美術館の収蔵品であったが、宮川の作品の多くは、宮川香山真葛ミュージアムというところの所蔵である。この聞きなれない美術館、京都かどこかかと思って調べたら、なんとなんと、横浜駅近くではないか。それは知らなかった。今度行ってみることにしよう。

さてさて、最後にもう一度、ダブルインパクト展の展示物に戻ろう。今回私の目を引いたナンバーワンは、これだ!!
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この種の置物を自在置物という。江戸時代後期に高石重義という人が作ったもので、ボストン美術館の所蔵。体長 2mで、驚くなかれ、口や手足の関節が動くのみならず、胴体は円筒状のパーツをつなぎ合わせてできており、とぐろを巻くような複雑なポーズも自由自在。これ、すごすぎる。ゾクゾクする。というわけで、調べてみたところ、マリア書房という出版社から自在置物の写真集も出ているし、さらに!! 嬉しいことに海洋堂がこの竜のフィギュアを作っているのですぞ。というわけで、拙宅の混沌の塊のようなフィギュアコーナーに加わってもらうこととしました。2枚目、竜が嬉しそうにのけぞっているのがお分かりでしょうか。
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# by yokohama7474 | 2015-07-25 01:18 | 美術・旅行 | Comments(2)