ヴァレリー・ポリャンスキー指揮 ロシア国立響 2015年 7月18日 東京芸術劇場

日本で初めて、チャイコフスキーの 3大交響曲が 1回のコンサートで演奏される!! つまり、

交響曲第 4番ヘ短調作品36
交響曲第 5番ホ短調作品64
交響曲第 6番ロ短調作品74「悲愴」

である。いずれも演奏時間 45分から 50分に至る大交響曲で、普通ならコンサートのメインに置かれる大人気曲だ。なので、今回のコンサートは、いわばメインコースを 3皿並べてタップリ楽しもうというものだ。演奏する側も聴く方も、要求される技術も体力も精神力も、尋常なものではない。しかも、指揮者もオーケストラも、本場ロシアから招聘。一体誰のアイデアだか知らないが、メチャクチャというか大サービスというか、とにかく、日本初の試みである。今回、池袋での演奏に出掛けてみたのだが、そのときに目にしたポスターが以下の通りだ。
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な、なに?! 完売??? 東京には、よほどチャイコフスキーが好きかよほどド M か、またはその両方という人たちが大勢いるということだろう。ああなんと嘆かわしい。・・・自分もその一人なのだが。

事前に、「あれってゲテモノでしょう」という指摘があり、それはそれで一理ある考えながら、私には期待があった。なぜなら、ロシア国立交響楽団である。あの爆演巨匠、エフゲニ・スヴェトラーノフが鍛え上げたオケだ。このポリャンスキーなる指揮者は知らないが、チラシには、「ムラヴィンスキー、スヴェトラーノフ以来の爆演型指揮者、ヴァレリー・ポリャンスキー初登場!」とある。うーん、超絶の天才ムラヴィンスキーを爆演型と定義してしまうのには抵抗あるが、なにせ、上記のポスターのような風貌である。いかにもロシア的パワーに満ちた力演が期待できそうだ。

実際に会場でプログラムを読んで知ったことには、このオケは、スヴェトラーノフが音楽監督を務めていたオケとは別物で、どういう配慮のなさか、同じ日本語名がつけられた別物と分かった。その正体は、ソヴィエト国立文化省交響楽団だ。あの名匠ゲンナジ・ロジェストヴェンスキーのために結成された、ソ連末期には最高水準と謳われた、あのオケであった。日本にもショスタコーヴィチやブルックナーの録音が紹介されていた。ということは、誤解はあったというものの、やはり一流である。ソ連崩壊後の 25年、ロシアの音楽界の状況を外部から知るのは困難で、実際に来日での実演や録音で接することがないと、そのレヴェルは分からない。以前このブログでも、この 1ヶ月半ほどの間に主要なロシアの演奏家がことごとく来日しているとご紹介したが (ご紹介が漏れているものもあって、例えばつい先日まで日本にいた、ミハイル・プレトニョフ率いるロシア・ナショナル・オーケストラも無視できない存在だ)、その中にこの一流 (であるべき) オケが、まさかゲテモノまがいの爆演を売り物に殴り込みをかけていようとは。全く東京という街は油断できないのだ。

このポリャンスキーという指揮者、今回が初来日のようだが、1949年生まれというから、今年 66歳。うーん、確かに見るからに爆演指揮者という感じですな。
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もともと合唱指揮者であったが、このオケがソ連崩壊後に合唱団併設として改組された 1992年、師匠であるロジェストヴェンスキーの要請で音楽監督に就任したとのこと。このロジェストヴェンスキーは、さすがに高齢となってあまり来日しなくなったが、日本でも読響の名誉指揮者としておなじみ。ビン底メガネに、御茶ノ水博士のような、空白の中央部を除いたモジャモジャ頭、指揮台を使わずに床に立ったまま長い指揮棒をブンブン振り回し、ときに愛嬌たっぷりな仕草で聴衆を煙に巻く。まさに鬼才というにふさわしい存在。その意味で、このポリャンスキーとロジェストヴェンスキーの見た目上の共通点は唯一、指揮台を使わないことだけだ。私の見るところ、このポリャンスキーは、外見に似合わず繊細な人で、音楽における感情を大事にしながらも、プロフェッショナルであらんという思いが克己心にもなり足枷にもなるタイプだ。従って、コマーシャリズムには乗りにくいだろう。今回の演奏でも、4番の冒頭が始まったときに聴かれたのは、爆演指揮者に期待する金管の野放図な咆哮ではなく、非常に慎重にコントロールされたハーモニーであった。ところが、聴き進むうちに、ここぞという時にテンポを大きく落としたり、アッチェランドをかけたりする場面もに出くわすことになり、その瞬間には確かに爆演型という形容もあてはまるなと思う。これはこれで、指揮者の切実な感情を反映した演奏であったと思う。どのシンフォニーも、極上の音で魂の震える感動があるということではなかったものの、少なくとも、非常に誠実な音楽を聴くことができたと思う。特に、単なる爆演型と一線を画すのは、弱音部のニュアンスだ。大きな盛り上がりのあとの弱音部が大変美しく、どの曲でもその点に新鮮な響きを感じることができた。そして最後、「悲愴」がまさに死んで行くように終わったあと、ガックリとうなだれていた首を上げると、聴衆の拍手に全く応えることなく、そのまま舞台の袖に引き上げたのが印象的であった。それは、作曲者自身が「レクイエムのようなもの」と呼んだこの曲の終楽章を、鎮魂の音楽として表現したという意図であったのか、それとも、もう聴衆に構っていられないほど疲れ切って、一刻も早く舞台から引き上げたかったのか、どちらだろうか。もしかして後者の事情によるものではないかと思えたのは、それほど終演後の指揮者が憔悴しきって見えたからだ。満場の大喝采はスタンディング・オベーションに続き、最近はあまり見られなくなった、指揮者だけ舞台に呼び戻されるというシーンを久しぶりに見ることになったが、指揮者がそれによってエネルギーを回復してくれたことを祈る。聴衆は、演奏そのものに大感動したというよりは、(もちろん名演ではあったと思うが) やはりこの無茶な内容のコンサートを振り終えた指揮者に対するねぎらいを表したかったものと思われる。

そのように考えるには理由がある。今回の日本ツアー、7月 9日から 27日までの 19日間、全国で 14回のコンサートが組まれている。これだけでもハードであるのに、このチャイコスフキーの 3曲を演奏するのは、実に以下の 10回!!

 7/12  横浜
 7/13  武蔵野
 7/15  盛岡
 7/17  新潟
 7/18  東京
 7/19  名古屋
 7/20  大阪
 7/24  福岡
 7/26  鳥取
 7/27  金沢

うーん、大丈夫だろうか。今回の憔悴ぶりが少し気がかりだ。

会場では、HMV の出店がポリャンスキーの CD が販売していて、このチャイコフスキーの 3大交響曲の CD は会場限定とのことだったので、購入した。
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帰宅して HMV のサイトで調べると、この指揮者はシャンドスレーベルに、ロシアもの (シュニトケやグバイドゥリーナを含む) や、あるいはシマノフスキ、ドヴォルザークなどのスラヴ系を数多く録音していることが分かったが、確かに、このチャイコフスキーの 3大交響曲は見当たらない。今回の会場に集った人たちはこの CD を聴き返して、あの無謀な試みの中で感じた興奮を反芻することだろう。なかなかない経験をさせてもらった。


# by yokohama7474 | 2015-07-19 23:29 | 音楽 (Live) | Comments(0)

予告犯 (中村義洋監督)

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最近の邦画は、マンガを原作とするものが多いらしい。また、インターネットを使った犯罪や、個人で社会に挑戦するような内容も多いような気がする。この映画は、まさにそれらの要素をすべて兼ね備えたものである。

面白い映画であると思う。新聞紙を頭に被り、ネット上で犯罪を予告する犯人。それを血眼で負う警察。この犯人が狙うのは、社会を欺いた者や他人を馬鹿にした者などで、いわば社会悪と戦う犯人像がこれでもかと示されるのである。そしてこの犯人が画面に向かって指差す、その指のかたちが、なんともカッコいいのである。
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つまり、手の甲を縦にするのではなく横にして、かつ、人差し指以外の 3本の指は、きっちり握るのではなく、ゆるやかだ。普段何気なく人を差すときに、普通こうはしないだろう。その点に、なんらかの意志の力でメッセージを発している犯人像が垣間見える気がする。何か心に痛みを負った犯人であろうと思わせるのだ。実際、内容が分かってみると、大変に Emotional なメッセージが込められた映画なのである。犯人同士が和んでいる映像は、演技を越えたリアリティがあって、実際に撮影現場はこのようなよい雰囲気であったのだろうと思われるものがある。冷静になってストーリーを思い返してみると、極めてヒューマンな感情に満たされた映画であると思う。

主犯格の生田斗真は、「脳男」でもいい味を出していたが、その特徴的な鼻筋にただならぬ雰囲気があって、この映画の主人公には適役だと思う。その一方、彼を追いつめる役柄の戸田恵梨香は、背伸びして根性で社会と相対して来たという設定にはまずまずのリアリティはあるものの、欲を言えば、もう少し根の優しい部分をちらりと見せる複雑さがあれば、もっとよかったのではないか。

日本という経済大国は、しかし様々な矛盾に満ちていて、弱者はひたすら叩かれる。そこから這い上がる者もいるが、いつまでもくすぶる者もいる。この映画では弱者の弱者たるゆえんを結構仮借なく描いてはいるものの、それが重苦しくならない点、スタイリッシュな演出と言えるだろう。深刻な内容である割には、主人公の真の優しさを描くことで、決して後味が悪くない仕上がりになっている。きっとこれからも、この映画の幾つかのシーンを思い出して、前向きに生きて行こうと思う、そういう力を持った映画である。

# by yokohama7474 | 2015-07-18 00:16 | 映画 | Comments(0)

尾高忠明指揮 東京フィル (ピアノ : 児玉桃、カリン・ケイ・ナガノ) 2015年 7月 12日 オーチャード・ホール

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7月の東フィルは、10日から17日までの 8日間に、新国立劇場で「蝶々夫人」を 5回演奏しながら、桂冠指揮者、尾高忠明の指揮で 3回のコンサートを行った。しかも、チャイコフスキーとマーラーの最後の交響曲を演奏するというハードな日程だ。もっとも、このオケは合併を経て巨大な規模を持っているため、オペラに出る楽員と定期演奏会に出る楽員とに分かれているからこのようなことができるのであろう。新国立劇場専属という当初の目標は達成されていないものの、このオケの日常活動においてオペラは大きな比重を占めており、序曲や協奏曲の伴奏などで、そのことから来るメリットを感じる瞬間が増えてきたように思う。この日の 1曲目、モーツァルトの歌劇「後宮からの逃走」K.384 序曲でもそのことを実感できた。

さて、ソリストはピアニスト 2名。曲は、モーツァルト作曲 2台のピアノのための協奏曲変ホ長調K.365 である。ソリストは児玉桃と、カリン・ケイ・ナガノ。このナガノさんは、1998年カリフォルニア州バークレイ生まれとある。これは誰がどう見ても、日系アメリカ人の名指揮者、ケント・ナガノと、その夫人、ピアニストの児玉麻里との間の娘だろう。隠しても無駄だ (いや、誰も隠してないって・・・)。児玉麻里は児玉桃の妹だから、この 2人、叔母と姪という関係になる。あとで調べてみると、カリンが去年日本デビューを果たしたという記事を、児玉桃が書いているのを発見。
http://www.momokodama.com/MOMO/momo-journal.html
さて肝心の演奏であるが、正直言うと、叔母さんさすが、姪っ子は今後頑張れという感想であった。

メインはチャイコフスキー : 交響曲第 6番ロ短調作品74「悲愴」。大変な熱演で、充分満足の行く公演ではあったが、本当の意味での絶望感には今一歩というところか。まあもちろん、この曲の聴きどころは絶望感だけではなく、多彩な魅力があるのであるが、演奏会の最初からずっと舞台奥にしつらえられているドラが、2時間の沈黙を破って最後に 1回だけ、どぉーんと響く場面は、視覚的にも効果がある。このドラの一撃は、大きすぎてもいけないし、弱すぎるのはもってのほかだ。長く尾を引いて消えて行く音でなければならない。消えて行くドラに、幻聴のように聴こえてくるのは、第 1楽章のドラマであり、第 2楽章の甘美な感傷であり、第 3楽章の激しい生の息吹きであり、第 4楽章で溜息のさざ波のように寄せては返す絶望感、つまり、ひとつの交響曲のすべて、一人の人間の一生のすべてが、このドラの一音に込められているように思うのだ。今回の演奏では、ドラの音には文句はないが、そのときフラッシュバックするそれまでの時間の切実感に、今一つの隙があったのではないか。

さて、この日のコンサート開始のちょうど 1時間前、13時頃に会場の渋谷 Bunkamura の駐車場待ちをしていると、信号のないところで道路を横切って、私の車の前を歩いて東急本店に向かう、頭の大きい初老の男性を発見。着ているものは、なんとも表現の難しい、煮しめのような褪せた青色の T シャツに、確か G パンで、足元は恐らくサンダルではなかったか。記憶が曖昧だが、要するにそのくらいカジュアルで、うーんっと、言葉を選ばずに言うと、ボロを着たような印象のオジサンだったのだ。と、次の瞬間、私の脳が認識した。「マ、マエストロ尾高・・・」そうなのだ、モーツァルトの洒脱な世界とチャイコフスキーの劇的で絶望的な世界を 1時間後に描き始めるはずのマエストロが、究極のカジュアルで暑い日差しの中を歩いていたのだ!! これにはちょっと複雑な気持ちがしたことは否めない。これまでにも、小澤征爾や大野和士が、コンサート前に私服で歩いているのを見たことがあるが、今回の尾高さんのカジュアルぶりは強烈だった (笑)。いやもちろん、私は以前 BBC ウェールズ響を指揮した演奏会を聴いて以来、この指揮者を尊敬しているし、今回の演奏会で、最後のドラの音に T シャツと G パンの幻影を見ることはなかったが、もう少し普段の恰好に気を付けられてもよいように思った。それとも、芸術家とはそのように、凡人の気にする恰好のことなど、どうでもよいのであろうか。今後の研究課題となった。


# by yokohama7474 | 2015-07-16 00:07 | 音楽 (Live) | Comments(0)

エリック・サティとその時代展 Bunkamura ザ・ミュージアム

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芸術愛好家の端くれとして時折残念に思う瞬間がある。それは、音楽好きが音楽だけを好み、美術好きが美術だけ、文学好きが文学だけ、映画好きが映画だけ、演劇好きが演劇だけを好むのを目の当たりにする瞬間である。ちょっと考えてみよう。シェークスピアを知らずしてベルリオーズやチャイコフスキーをとことん楽しめるか。マーラーを聴くのにクリムトを知らないと、いかに狭い範囲での楽しみしかないか。フリードリヒの絵画への知識なく、タルコフスキーのメッセージを感受できるか。あらゆる時代において様々な芸術家が、表現行為における越境によって自己の能力を高めたわけで、鑑賞者としてもその轍を少しでも辿ることができれば、次から次へと未知の楽しみに出会うことができる。サティの活躍した時代、1910 - 1920 年代は、そのような観点から、尽きせぬ楽しみザックザクの時代である。それは歴史上でも最も芸術分野間の垣根が低かったと思われる時代であったからだ。

この展覧会の名前には、「エリック・サティ」の前に「異端の作曲家」という肩書がついており、それは我々の持っている知識の範囲において正しいとも言えるわけだが、では同時代においてサティが全くの無理解にさらされていたかというと、決してそうではなかったようなのだ。例えば以下の絵だ。
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これらは 1892年に描かれたもの。左が「以前」、右が「以後」と名付けられていて、前者が当時カルト的人気を博したペラダン率いる薔薇十字団のメンバーとしての姿、後者は軍隊に所属したときの姿だ。秘密結社のメンバー (私的存在) としての肖像と、国に命を捧げる軍隊組織の一員 (公的存在) としての肖像と、これほどに対照的な姿はあるまい。そして、この時サティは何歳であったか。驚くなかれ、26歳なのだ!! ひえーっ、その年でこのオッサンくささ。また、あの「異端の作曲家」「アルクイユの隠者」が、軍隊に所属していたことがあったとは。これらの肖像画はマルスラン・デブーダンという画家の作品で、公に展示されたものだという。26歳の若者 (カフェ「シェ・ノワール」のピアニストだった) のこのような肖像画のペアが残されているということは、サティが全く無名で世間の無理解に苦しんでいたわけではないことを示すのではないだろうか。

そしてその翌年、サティは運命的な出会いを経験する。以前このブログでもご紹介した、ユトリロの母、シュザンヌ・ヴァラドンである。最近の研究で、サティが終生ヴァラドンに激しい恋心を抱き続けたことが明らかになっているが、出会いの年、1893年にサティ自身が五線譜にインクで描いたヴァラドンの肖像が展示されている。
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このイラストには、とても運命的出会いという一大事件を感じることはできない。対象への軽い思慕と、その思いを抱く自分を茶化す感覚が感じられる。それは、大変にサティ的な、屈折した感情と言えるであろう。人生の一大事を劇的に音楽で描くことを終生しなかった音楽家。しかし、彼の心の中には、いとしいと思うものへの強い執着があったのであろうと思う。

冒頭述べた通り、サティの活躍した時代には、様々な芸術家がそれぞれの領域を超えて互いに刺激を与え合った。例えば、バレエ「パラード」。1917年に初演された、ディアギレフ率いるロシア・バレエ団の演目。台本ジャン・コクトー。美術パブロ・ピカソ。そして音楽エリック・サティ。レオニード・マシーンの振り付け及び出演、指揮はエルネスト・アンセルメであった。初演のプログラムにはアポリネールが寄稿し、この演目を「シュールレアリスム的」と評した。なんともきら星のような才能が集まった舞台ではないか。以下はピカソによる舞台の幕。
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ところが、この曲を聴いたことがある方はご存知の通り、最高の芸術家が集うにふさわしい、魂の感動を引き起こす音楽かと言えば、全くそうではない。誠にすっとぼけた音楽で、ドタバタと反復される安っぽい旋律や、騒々しいサイレンやタイプライターの音が全くナンセンスな雰囲気を醸し出す。そう。それがモダニズムなのだ。発展する近代都市文明の中で人々が求めたものは、閉鎖された空間での絵空事の情緒的な演劇性ではなく、ひたすら軽く、立ち止まることのないエンターテインメントであったのだ。

と書いているうちにも、サティのあれこれの音楽が頭の中を去来する。彼の音楽に情緒的な要素がないというのは本当だろうか。いや、実際にはサティほど、自らの情緒や情熱という要素を覆い隠した芸術家はそう多くないであろう。そうでなくて、あの誰もが知るジムノペディ第 1番や、梨の形をした 3つの小品などの美しい作品を書くことができただろうか。彼の書いた「家具の音楽」は、コンセプトは BGM の先駆けで、音楽が流れていることを意識されないことを目的としていて、ギャラリーで演奏された際に耳を傾けた聴衆に、「聴くな、聴くな」と喚いたという逸話がある。あるいは、同じ旋律を 840回繰り返す「ヴェクサシオン」は、いわば究極のミニマルミュージック。これらが表すものは、繊細で抒情性あふれる内面に他人が入ってくるのを拒む反骨精神や諧謔性ではないだろか。上記のシュザンヌ・ヴァラドンのカリカチュアも、その意味で極めてサティ的だ。

そう思うと、この偏屈者がなんともいとしくなってくる。ふと見ると、トレードマークの、あの山高帽にステッキが展示されている。どうですかこれ。
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スイスのルツェルンでワーグナーの緑色のベレー帽を見たときも、「あー本物だ」と感動したものだが、これ、本物のサティの帽子とステッキですよ。どうしますかこれ。

偏屈者であったことは間違いないが、それでも、同時代において注目され、様々な信奉者 (モダニズムを彩る六人組のみならず、4歳年上のドビュッシーも含む) から尊敬され、慕われたサティ。陳腐な作品を量産しながらも、時に決して古びることのない奇跡のような音楽を書いたサティ。その軽さの裏にある切実な思いに、何やらじんと来るものがある。このコクトー描くカリカチュアの本物を見て抑えきれない感動を覚える私は、偏屈であることの意味を考え、その偏屈さに見出される命の灯を考え、思いはあれこれ巡るのであった。
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# by yokohama7474 | 2015-07-15 01:13 | 美術・旅行 | Comments(0)

ダニエル・ハーディング指揮 新日本フィル 2015年 7月11日 すみだトリフォニーホール

とてつもない名演に出会うこととなった。新日本フィルの「ミュージック・パートナー」を務めるダニエル・ハーディングの手になるものだ。曲目は、マーラー作曲 交響曲第 2番ハ短調「復活」だ。ソプラノのドロテア・レシュマン、メゾソプラノのクリスティアーナ・ストーティン、栗友会合唱団の協演。
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この「復活」という曲は壮大な音の絵巻であるので、演奏されるだけで聴衆を圧倒する要素を持ってはいる。ただそれでも、私が過去に聴いたこの曲の演奏には、ただ煽り立てるだけのものも時折あって、そのときにはなんとも虚しい思いで会場を後にすることになったものだ。生演奏におけるこれまでで最高の感動は、アバドとベルリン・フィルの来日公演、わざわざスウェーデン放送合唱団 (世界一の合唱団との誉れ高い) を連れてきての演奏であったが、終楽章の盛り上がり、既にこちらは全身総毛だっているところ、大音響になるとアバドの身振りは逆に小さくなり、音楽の奔流は、もう言葉の形容を許さない高みにまでたどり着いたのであった。今回のハーディングの演奏は、その次元に限りなく近づいたと言える。新日本フィルの優れたコンサートマスター、崔文洙は、常に大きくからだを使って演奏するのであるが、今回も、きっと大団円での盛り上がりではこんな感じで演奏するのではないかと事前に想像していたその通りの大きな身振りでの演奏を目の当たりにして、ぐぐっと心が熱くなったところで、ハーディングの指揮棒は、発散するのではなく集中して、演奏者全員が大いなる高みに到達したのであった。

この演奏は、始まった瞬間から聴衆の耳を強く惹きつけた。音楽ファンなら誰でも、この曲の冒頭、音の一閃があった後にすぐチェロが激しく切り込む部分に、なんらかの理想のイメージを持っているはず。特に東京の聴衆は、マーラーにかけては世界でもトップクラスの経験がある。全員が耳をそばだてるその冒頭、この上なく迫力と表現力に富むチェロに、これは行けるぞとの期待感が高まることとなった。全体を通して聴かれた荒々しいオーケストラの咆哮も素晴らしいものだったが、大きく印象づけられたのは、第 2楽章だ。これは 3拍子のオーストリアの民族的な舞踊、レントラーであるが、素朴に見えて、内声部が非常に丁寧に書かれているのがよく聞き取れた。ヴァイオリンは左右の対抗配置、中央右にヴィオラ、中央左にチェロ、その奥がコントラバスという配置が見事に功を奏し、なんともニュアンス豊かで、ほれぼれするような音楽であった。私は常々、いつか自分が死んだときには葬式でベートーヴェンの「田園」の終楽章を流すというアイデアに憑りつかれているのであるが、この「復活」のレントラー楽章というのも悪くないな、と思った次第。もっともこの曲、第 1楽章が (少々騒々しいものの) 葬送行進曲だ。その楽章が終わったあと、人々がリラックスして聴いている音楽に葬送をイメージするとは、我ながら変わり者だなと思う (苦笑)。

ところで新日本フィルは、過去 2年ほどであろうか、このハーディングとインゴ・メッツマッハーの 2人が実質的な中心指揮者として活動して来た。その間の充実ぶりはいかがであろう。このオケ、以前は小澤征爾と朝比奈隆の両方を聴くことのできるメリットがあって、私も随分聴いてきたものであるが、正直申し上げて、その当時はまだまだ課題が多く、今はその頃とは比べものにならない水準に達していると思う。前音楽監督のクリスティアン・アルミンクにオーケルトラ・ビルダーとしての才能があったということであろうが、またまた正直申し上げて、アルミンク自身の指揮で感銘を受けたことはほとんどなかった。その意味で、今の状態でハーディングのような優れた指揮者を聴けることには本当に大きな意義がある。そもそもこの指揮者、10代の天才として、ラトルやアバドのアシスタントとして世に出てから時は経ち、今年 40歳になる。本来なら当然、先般のベルリン・フィルの音楽監督選任に際して、候補として名前が挙がるべき人であるが、どうもそうはならなかったようで、一時期の勢いがなくなったようにも思われる。そのように考えると、もしかすると今の新日本フィルとの組み合わせは、指揮者自身にとっても新たなキャリア形成に資するものであるかもしれない。東日本大震災の際に、彼はこのオケとマーラー 5番を練習中で、結局中止になったその演奏会は、後日再度開催されたという特別な事件もあった。日本のオケが、今後の音楽界をしょって立つ逸材を育てるということになると、これは大変なことだ。今回の「復活」を聴いて、その大変なことが起ころうとしているのではないかとの予感を抱くに至った。オケ自体は上岡敏之という、これまた逸材を音楽監督に迎えることになるが、是非ハーディングとの関係も維持してほしいものだと切望する次第である。昔のようにエラい外人指揮者がやって来て、日本のオケをありがたくご指導頂くのではなく、指揮者もオケもともに成長するような関係こそが、本当に意味のある音楽活動であると思う。

# by yokohama7474 | 2015-07-12 11:46 | 音楽 (Live) | Comments(0)