ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 2015年 9月12日 サントリーホール

別項の広上淳一指揮 NHK 響のコンサートのあと、こちらのコンサートにハシゴすることとなった。東京で起こっている文化的イヴェントを少しでも理解するため、時にはこのようなダブルヘッダーも辞さない覚悟が必要だ。なぜなら、これは必聴のコンサート。既に何度もご紹介しているイギリスの名指揮者ジョナサン・ノットと手兵東京交響楽団が、マーラーの大作、交響曲第 3番ニ短調を演奏するからだ。このオケのシーズンは 4月からなので、今回の演奏会はシーズン冒頭ではないが、どのオケにとってもこのような大曲の演奏には特別な思いが込められるものだ。会場に到着すると、以下のようなチラシがプログラムに挟まれている。
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なんと、2025/26 年シーズンまでというと、これから 10年先ではないか!! このクラスの指揮者を日本のオケがそこまで長期に亘って確保するというのは異例の事態だ。オーケストラ側としては、なんとかノットを確保したかったのであろうし、それを指揮者自身が受け入れないと、こういうことにはならないだろう。チラシには、ノットの言葉として以下が掲載されている。

QUOTE
モーツァルトを指揮していて、なんと素晴らしい演奏なのかと、本当に大きな喜びを感じた。
この関係はもっと長く続け、深めていかなければならない。
UNQUOTE

これは、9月 7日に行われた記者会見での言葉のようで、だとすると、ここで言及されているモーツァルトの演奏とは、以前このブログでもご紹介した、9月 6日のモーツァルト・マチネでのものであろう。私ごときが大絶賛しても眉唾に思う人もおられようが (笑)、指揮者自身がこのように発言するということは、やはりあの演奏には相当に満足したということであろう。いやそれにしても、ノットはバンベルク交響楽団に加え、もうすぐ名門スイス・ロマンド管弦楽団の音楽監督にも就任するはずだ。そんな中、東京交響楽団とも長期に亘る関係を続けることになったことは、誠に喜ばしい。これによって、10年計画で、例えばレパートリーの拡充とか、海外演奏旅行とか、そういった重要事項を考えることができる。それなども、以前は有名な先生にお願いして「振ってもらっていた」日本のオケが、今や積極的に指揮者とともに音楽を作って行くという状況にあっていることの証左であろう。

さて、このマーラーの 3番、演奏に 100分を要する。冗談でもなんでもなく、ギネスブック認定の、歴史上最も演奏時間の長い交響曲だ (今の版では消えているらしいが、以前の記述は私も確認したことがある)。正確に言うと、実際には英国のブライアンという作曲家に、さらに長い交響曲 (交響曲第 1番「ゴシック」) があるが、それは特殊なレパートリーであって、一般的なレパートリーの中ではマーラー 3番が最長と、そのように書いてあったはず。因みにこのブライアンの交響曲、今でこそ CD もあるが、私はもう 30年前から、この曲のアナログレコード (巨匠エイドリアン・ボールト指揮) を持っている。どんだけマニアやねん。大したマニアでもないか。

この曲にはアルト独唱と女声合唱、児童合唱が入るが、今回のソリストは、日本が誇る名歌手、藤村 実穂子だ。バイロイトの常連でもある。この写真は若干お笑い系のようにも見えるが (笑)、大変素晴らしい歌手だ。児童合唱は、東京少年少女合唱団。
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冒頭、ホルン 8本によるファンファーレのようなテーマ演奏によってこの曲は始まるが、意外とテンポが遅く、合いの手で入る弦や打楽器が、念を入れるようにズシンズシンと重い感じであったのを聴いて、ノットの気合の入れ具合を感じることができた。ただ、その後全体的に感じたことだが、この日の演奏は金管に比して木管の精度がもうひとつで、時にもどかしい思いがしたのが残念であった。ノットの指揮も、もともと爆演系ではなく、非常に知的で緻密な方であるので、このマーラーの 3番は、ブルックナーよりは相性はよいとは言えようが、マーラーを振るために生まれてきたようなインバルの演奏に慣れている東京の聴衆には、まだまだ改善の余地があるように響いたと言わざるを得ない。

しかしながら、ノットの持つ美意識がよく発揮された箇所もある。それは終楽章、あの天国の音楽のように美しい 30分の緩徐楽章だ。音楽は粘らず、弦の音も深く呼吸するというよりは美麗に流れる。そこに立ち現われた音楽は、マーラーから新ウィーン楽派を経て現代音楽に連なる系譜を思わせるもの。いわば抒情的現代音楽のような様相であったが、それはそれで、なんとも純粋で、かつ感動的であったのだ。私はいつも、この曲の大詰め、ティンパニ 2台がそれぞれに鳴り響き、最後の最後に巨人の両足のようにドン、ドンと音を合わせるところにぐぐーっと胸を締め付けられるのだが、この日の演奏では、巨人は大音響で足を踏み鳴らすのではなく、あたかも間違えて人や動物を踏みつけないようにしようという気遣いを持っているかのように思わせるものであった。その意味では、臓腑をえぐるマーラー、世界苦に呻吟して救いを求めるマーラーではなく、音楽の美しさそのものを追い求め、音と音の絡み合いから純度の高い流れを作り出す、そしてその結果、人間の感情にも訴えかける、現代的なマーラーであったといえようか。

藤村は、第 2楽章と第 3楽章の間で舞台に登場し、第 4楽章、ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」からの一部を歌詞とする音楽を、深々と聴かせた。余談だが、ルキノ・ヴィスコンティの名作映画「ベニスに死す」は、同じマーラーの交響曲第 5番の第 4楽章アダージェットで有名だが、実はそれだけでなく、この 3番の第 4楽章も使っているのだ。夜の神秘が霧の中を漂い、人間の孤独がひしひしと感じられる音楽だ。そしてこの後に続けて演奏される第 5楽章は、一転して、児童合唱と女声合唱による「ビム・バム」という鐘を模倣する明るく可愛らしい音楽なのだが、女声合唱団が最初からステージ奥の客席 (P ブロック) に陣取っているのに対し、児童合唱団の姿は全く見えない。第 4楽章が静かに終わったとき、「あー、児童合唱団、キューを忘れたのか、舞台に入って来なかったよ。どうなる!!」と手に汗握ったところで、指揮者がくるりと後ろを振り返って指揮を始めたのだ!! 児童合唱団は客席の中、RB ブロックの後ろの方に陣取っていて、事なきを得たのだ (笑)。この曲の実演にはこれまで多分 15回かそれ以上触れているが、このようなやり方は初めてであった。

これでこの記事を終わりにしようかと思ったが、プログラムに、この交響曲についてのノットのインタビューが載っているのを今見つけた。興味深い発言がいろいろあるが、終楽章についての発言を抜粋しよう。

QUOTE
(やはり美しいアダージョである第 9番の終楽章と比較して) 第 3番の終楽章は、転換をもたらす出来事が何も突発しないまま進んでゆきます。ティンパニや鐘の音がつくる響きも、見せかけのもの、仮象にすぎないように思われます。いつか確認が得られるのではという希望を抱いたものの、それは結局のところ叶わないのです。そういう、本当に悲しい音楽です。・・・深い憂愁を帯びた幕切れです。そもそも作品全体がショーペンハウアー流の行方も定まらぬ盲目の意志との闘いです。この作品でのマーラーには、自分で自分の主張に確信がもてないようなところが、いやそれどころか自分で自分を中傷するようなところがあります。
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なるほど、最後に巨人がドンドンと地響きを立てないのは、そのような感覚があったからなのだ。ただ、彼のこのような知的な分析を東響が完璧に音にするようにできるには、もう少し時間がかかるかもしれない。10年計画、楽しみにしています!!



# by yokohama7474 | 2015-09-13 12:41 | 音楽 (Live) | Comments(0)

広上 淳一指揮 NHK 交響楽団 (ピアノ : ニコライ・ルガンスキー) 2015年 9月12日 NHK ホール

N 響のシーズン構成は欧米と同じく 9月からのようなので、2015/16 年度のシーズンが今月始まったことになる。このオケの 3種類の定期演奏会のうち 2つ (A、B プログラム) は巨匠ヘルベルト・ブロムシュテットが指揮し、C プログラムは広上 淳一の指揮である。
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今回の C シリーズ定期演奏会が、今シーズンの N 響の最初の演奏会となる。今シーズンからは新音楽監督として、あの世界中で大人気のパーヴォ・ヤルヴィを迎え、新たな意気込みが感じられる。例えばロゴもこのようなモダンなものに一新した。なかなかすっきりとしたデザイン。今日び、凝ったデザインを入れて、たとえそれがオリジナルであっても、たまたま運悪く世界のどこかに似たようなものがあれば、パクりだと糾弾されかねない時代。むしろこのようなシンプルなものがよいと思う。
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さて、今回のプログラムは以下の通り。
 ラフマニノフ : ピアノ協奏曲第 3番ニ短調作品30
 ドヴォルザーク : 交響曲第 8番ト長調作品88
ピアノは、ロシアの中堅、ニコライ・ルガンスキーだ。大変長身のピアニスト。
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今回の演奏会、まずは元気印の広上の指揮が、大いに楽員の士気を盛り上げ、成功したと言ってよいであろう。いつもながら、あの小柄な体を一杯に使い、飛び上がってはニコニコとオケに「いいね」サインを出し、山あり谷あり、楽あれば苦あり、ピンチのあとにチャンスあり、人生いろいろ、男もいろいろ、女だっていろいろの、どんな楽曲も、最後まで導いて行くその献身度には感銘を受ける。N 響は在京オケの中でも、国際的な指揮者陣の顔ぶれからすれば常に No. 1。日本人指揮者としては、定期演奏会に登場の機会に聴衆に印象づけることが大事である。

さて、ラフマニノフのピアノ協奏曲第 3番である。よく、歴史上のピアノ協奏曲の中で最も演奏が難しいと言われる。昔、「シャイン」という映画があったが、ジェフリー・ラッシュ演じる実在のピアニスト、デイヴィッド・ヘルフゴットがその演奏に脅迫観念を抱いているのがこの曲だった。話はそれるが私はこのヘルフゴットのリサイタルをロンドンで聴いたことがある。イメージ通りの繊細な人でしたよ。もう 17-18年前かなぁ。
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それはともかく、この曲、そのような余分な神経症的印象を持たされているせいだけではないと思うが、どうも私にはなじめないのだ。同じ作曲家のピアノ協奏曲第 2番は大変抒情的な曲で、そちらはすっきりよく分かるのだが・・・。今回、ルガンスキーは大変見事な演奏をしたが、私の中では、演奏どうこうよりも、この曲についての思いが巡っていた。歴史上のピアニストを思い返してみると、面白いことが分かる。例えば、ホロヴィッツはこの 3番を頻繁に演奏したが、どういうわけか 2番には手をつけていない。一方、ルービンシュタインはその真逆で、2番は演奏したが 3番は演奏していない。あるいは、リヒテルには 2番の録音はあるが、3番を演奏したとは聞いたことがない。ギレリスは奇妙なことにその逆で、3番しか録音していないはずだ。ロシア系以外に目を転じると、コルトーとかシュナーベル、あるいはE・フィッシャーやバックハウスがラフマニノフを演奏したとは思えないし、もっと後の世代のゼルキンとかアラウとか、あるいは現存のブレンデルやポリーニ、内田光子などを考えても然り。ツィメルマンは比較的最近 2番を録音したが、アルゲリチは 3番のみだ。・・・ということは、2番と 3番を両方レパートリーとしている一流ピアニストは、実は大変少ないのだと思う。これは興味深い現象だ。実は最初、ラフマニノフを録音していないであろう歴史的ピアニストとして、シュナーベルの代わりにギーゼキングと書いていたのだが、ある方からのご指摘により、彼はなんと、1940年代に 2番と 3番の両方を録音していたことを知りました!! これは例外中の例外であると実感するとともに、自らの無知を恥じた次第。

今回の演奏を聴いていて思ったのは、ピアニストが見事に弾き切っても、オーケストラの鳴り方がまとまりがないと、作品の曲折がつかみにくいのではないだろうか。その意味で、ピアノの向こうで、指揮台から広上の靴だけがピョンピョン飛び上がるのが見えることによって音楽的感興を味わうという、なかなか得難い経験をしたと言ってもよいだろう (笑)。確かに、終楽章の盛り上がりは異様な感じで、協奏曲 2番や、前日聴いたパガニーニの主題による狂詩曲の抒情性とは全く異なる悪魔的な音の渦を感じることができた。そのような瞬間は、ラフマニノフの作品でもそうそうあるものではないと思う。そういえば、ルガンスキーはアンコールに、同じラフマニノフの前奏曲嬰ト短調作品 32-12 を弾いたが、これは晩年のホロヴィッツが愛奏した曲だ。異形のものが漂うような、そんな曲だ。

後半のドヴォルザークは、演奏が始まる前に、広上ならどんな感じで指揮するか想像してみたのだが、実際に聴いてみると予想通りの演奏であり、隅々まで音が鳴りきった、素晴らしい演奏であった。このような演奏は、できそうでなかなかできないもの。N 響のレヴェルの高さも改めて実感することができた。

今シーズンの N 響、大いに期待しています。ただ、最大の課題はホールであろう。あの巨大な NHK ホールでの演奏がメインとなると、最高の音質で演奏を楽しむことができないので、本当にもったいないし、ほかのオケとの競争上、不利だと思う。一方で、あれだけのホールを満員にする動員力を維持するとなると、2,000人級のホールでは賄いきれないというジレンマがあることは自明。現実的には、例えば NHK ホールのステージをもう少し前にせり出して反響板をつけるとか、そんなようなことでもできないものだろうか。・・・と、心を悩ませるファンがここに 1名。

# by yokohama7474 | 2015-09-13 11:31 | 音楽 (Live) | Comments(0)

東京 大田区 池上本門寺 松濤園特別公開ほか

東京都大田区。羽田空港もあれば職人さんが働く蒲田の工場もあるかと思うと田園調布もあり、幾多の文士たちが暮らした馬込もある、まだら模様の不思議な場所だ。そんな大田区の中にはあれこれパワースポットがあるが、中でも指折りの場所が、池上本門寺だ。この寺は、鎌倉時代の超カリスマ、日蓮上人が、暮らしていた身延山から下山し、常盤国に湯治に向かう途中に立ち寄り、その地で死を迎えた場所なのである。都内有数の霊験あらたかな寺院として知られる。この本門寺には、通常は公開していない素晴らしい庭園があるのだ。その名は松濤園。毎年 9月に数日だけ公開される。今年は 9/10 (木) から 9/14 (月) の 5日間。そのうち激しい台風に見舞われた日が 2日あるので、実質的には貴重な 3日間の一般公開だ。
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この庭園は、本門寺の旧本坊の庭園として、あの名高い武士であり作庭家でもあった小堀 遠州 (1579 - 1647) が設計した四千坪の敷地を持つ回遊式庭園である。起伏のある地形を活用し、あたかも深山幽谷のような雰囲気を作り出している。実は我が家は、2009年に海外から帰国した際、池上地区に居を構え、この松濤園の存在を知ったのである。しかしながら、それ以来、転居を経て、今日までこの庭園の一般公開を見ることが叶わなかった。いや、何か特別な事情があるわけではなく、ただ単に毎年ぼぅっとしているうちにいつの間にか公開期間が終わってしまっていただけだ (笑)。そんなわけで、今年は気合を入れてでかけて行ったのである。

朝10時から公開ということであったが、「長蛇の列になるらしい」という家人の情報により、9時半には現地に到着、あたかも大量破壊兵器を求めてイラクに入るアメリカ軍のように、ズンズンと足を踏み鳴らして受付に向かった。あ、あれ? 誰もいないじゃないの。ちょっと早すぎたか、係の人と坊さんが談笑している。油断すまじと、あたりを睥睨する鷹のように競合相手を確認すると、おっと、シニア世代の方々が三々五々集まってくるではないか。先を越されてなるものかと警戒していると、なぜだかサティ作曲のジムノペディ第 1番のオーケストラ版 (当然ドビュッシーの編曲だ) が BGM として流れ始める。この緊張した雰囲気には不似合いだ。と、気が付くと椅子に座ったままついウトウトしてしまっている。おっといかんいかん、ちゃんと目を開いていなければ。と自分を鼓舞するうちに10時きっかりになり、坊さんが挨拶している。これから受付を開始するが、各グループの代表一名が住所氏名を記入せよとのこと。よし、いざ出陣。・・・と、私が腰を上げたその瞬間、一陣の風のように隣を何者かが通り過ぎる。すわ、何やつ、と思うと、これはしたり、わが家人ではないか。私が立ち上がった瞬間には既に受付の机に到達しており、驚いてしまった。もしかして周りのシニアの方々を蹴飛ばしての狼藉ではないかと心配したが、どうやらそういうことではなかったらしい。早っ。

さて、念願叶って松濤園に入ると、なんと素晴らしい。天気がよく、深い緑が目に眩しい。池の真ん中には、作り物と紛うばかりのトキが 1羽留まっていて、「早く写真を撮りなさいよ」と言っているかのようだ。
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もみじが多く、秋の景色もさぞやと思われる。また、小高い丘を登って行くと、そこには豪快な石組が。
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この庭園の中には、松月亭なるあずまやと、浄庵、鈍庵、根庵といった茶室が点在している。そのうち松月亭では、精進アイスなるものが食べられるという。通常の抹茶やいちごや小倉以外に、豆腐やほうじ茶やしょうが等々の種類がある。とりあえず、抹茶と豆腐を選択。ししおどしが風流な音を立てる中、なかなか美味な味わいでしたよ。
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なぜこれが精進アイスと名付けられているかというと、牛乳ではなく豆乳を使っているからだという。なるほど、動物性タンパク質ではなく、植物性だ。・・・だが、帰宅して気づいたことには、そもそも通常のアイスで牛乳を使っていても、それは絞った乳であって、殺生はしていない。なので、「精進」と名乗るのは少々大げさではないか。ま、うまかったからどうでもよいのだが (笑)。

実はこの松濤園、ひとつの歴史的事件の舞台となっている。時は慶応 4年 (1868年) 3月12日、新政府軍が江戸の街に総攻撃をかける一歩手前で、幕府方の代表であった勝 海舟が、当時政府軍の本陣が置かれていたこの池上本門寺に、総大将である西郷 隆盛を訪問した。世に言う江戸無血開城に向けた勝・西郷会談である。勝と西郷は、翌 3月13日には高輪の薩摩下屋敷で、14日には田町蔵屋敷で会談を重ね、遂に江戸の街を焦土と化すことなく、時代の転換を成し遂げたわけである。その一連の会話の最初のものが、ここ松濤園のあずまやにて行われたわけで、大変重要な場所だ。残念ながら当時の建物はすべて戦災で焼失しており、今となってはこのような碑が立つのみ。だが、歴史の重みは充分に感じることができる。
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また、そのそばに、明治初期の日本画家、橋本 雅邦 (1835 - 1908) の筆塚がある。橋本は日蓮宗の宗徒であったらしい。
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このように松濤園は、歴史の息吹溢れる名園であるのだ。年に数日しか公開しないのがもったいない。数年越しの念願叶って大満足。

さて、せっかく久しぶりに本門寺に来たので、境内を散策してみよう。重要文化財の五重塔。1608年の造営で、戦争を生き残った貴重な建物だ。きっとそうだと思って調べてみると、やはり東京で現存する最古の建物だ!! 朱色も眩しく、しゅっと立った姿が美しい。
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そしてこの五重塔の周りは墓地になっているのだが、明らかに江戸時代のものと分かる墓が沢山ある。前田 利家の側室とか、加藤 清正の正室とか、あとは、区切られた一区画に並ぶ松平家の立派な墓の数々が目に付く。この墓地で一般に有名な墓は 3つある。まず、幸田 露伴夫妻。
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それから、力道山。この石碑の揮毫は、あの児玉 誉士夫であり、彫像の発起人は、梶原 一騎、初代タイガーマスク、それから北野 武ほか。
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そして、江戸時代初期の画家、幕府の御用絵師の狩野 探幽。瓢箪形にはどういう意味があるのだろうか。
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とこのように見てくると、およそ共通点のないお 3方だが (笑)、時代とジャンルを超えて、きっとあの世で酒を酌み交わしているのではないか。

さて、もうひとつ、本門寺の重要文化財をご紹介しよう。多宝塔。日蓮の遺体を荼毘に付した場所を記念するため、1828年に建てられたもの。数年前に解体修理され、鮮やかな色彩が甦るとともに、重要文化財の指定を受けた。実はそのとき、修理の現場に入れてもらって、間近で補修作業を見たことがある。なんとも鮮やかで立派な建物だ。建物自体が蓮弁の上に乗っているのも珍しい。
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さて、結構高低差のある境内を歩き回り、少し空腹を覚えた。そこで、駐車場の隣にある食堂で昼食を取ることに。写真は、本門寺そば 1,200円。いろいろ盛りだくさんの具が入ってこのお値段は嬉しい。
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さらに、屋外で焼いている、ぬれ煎餅。うーん、なんとも香ばしい。ただ、気を付けないとタレがポタポタ垂れてしまう。あ、垂れるからタレっていうのか (笑)。
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実は大田区には、ほかにも見どころが沢山ある。また機会あればいろいろとご紹介することとしたい。都内在住の方には、安・近・短の旅としてお奨めです。因みに東急池上線は、たったの 3両編成の、まるで田舎のローカル線で、沿線の商店街も、見事に昭和な雰囲気。これが都内に存在するとは、おそるべし、大田区。
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# by yokohama7474 | 2015-09-13 01:14 | 美術・旅行 | Comments(0)

アンドレア・バッティストーニ指揮 東京フィル (ピアノ : 反田 恭平) 2015年 9月11日 東京オペラシティコンサートホール

アンドレア・バッティストーニ。1987年イタリアのヴェローナ生まれなので、今年まだ 28歳。本年より東京フィルハーモニー交響楽団の首席客演指揮者に就任した。
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この指揮者の 1枚の CD が、日本のクラシック界で大変な騒ぎになっている。2013年にサントリーホールでライヴ録音した、レスピーギのいわゆるローマ三部作である。レコード芸術誌では、辛口のベテラン評論家、宇野 功芳までが大絶賛。トスカニーニ以来の名盤という評価もある。実は私はその評価を目にして、そのコンサートを聴き逃したことを後悔したが、CD を買って聴いてみようとは思わなかった。東フィルで聴けるのであれば、是非生で聴いてみよう、そう思った。そして、今年の 5月、プッチーニの「トゥーランドット」(なぜかこのブログにはよく出てくる。先日もミッション・インポッシブルの記事で触れたばかり) のセミ・ステージを聴いて、噂にたがわぬその圧倒的なパワーを目の当たりにして驚愕したものだ。この指揮者、もしかすると大変な存在になるかもしれない。そんな大器をいち早く見つけて日本に紹介し、のみならず、電光石火の早業 (?) で首席客演指揮者に指名してしまった東フィルの慧眼と行動力に、心から感服する。昨年までこのオケの常任指揮者であったダン・エッティンガーは、やはり世界的に活躍する若手指揮者であるが、いかんせん、在京のほかのオケのシェフに比して登壇機会が少なく、また、実演にもムラがあったように思う。その点、このバッティストーニという無限の可能性を持つ若手と、同じく今年からだったと思うが、特別客演指揮者というポストについた、こちらは経験豊富なミハイル・プレトニョフが中心になってこのオケを引っ張って行くのであれば、さらなる高みに到達して東京の音楽シーンを彩ってくれることが期待できよう。

さて今回の演奏会であるが、曲目は以下の通り。
 ヴェルディ : 歌劇「運命の力」序曲
 ラフマニノフ : パガニーニの主題による狂詩曲作品43
 ムソルグスキー (ラヴェル編) : 組曲「展覧会の絵」
一目見て分かることは、これはロシア・プログラムだということだ。え? ヴェルディはイタリア人じゃないの? と思った方。常識として覚えておくべきは、この「運命の力」というオペラは、ロシアのサンクト・ペテルブルクにあるマリインスキー劇場からの委嘱で書かれ、そこで初演されたのだ。

実のところこのコンサートに行けるか否か、ぎりぎりまで分からなかったので、3日前になってようやくチケットを購入した。そのとき既に最前列とか、各階の後ろの方かまたは端っこしかなかったが、まあなんとかチケットをゲット。会場に行ってみると、このような表示が出ていた。
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おー、滑り込みセーフ。よかったよかった。そうして始まったコンサート。実は、最も印象づけられたのは、今日のもうひとりの出演者、ピアニストの反田 恭平 (そりた きょうへい) であるとは、予想外の展開であった。

反田は1994年生まれというから、まだ今年 21歳という若手だ。上のポスターでも使っている写真では、かなりのイケメン風に見える。桐朋に入学するも、途中でモスクワ音楽院に移り、学業と演奏活動を両立させているという。日本でのデビュー・リサイタルは来年 1月だというから、今回のコンサートは、その前哨戦としてのオケとの協演ということだろうか。
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ところが、今日のいでたちはイケメンというよりも、そうだなぁ、時々ラーメン屋で見かけるような、若いけど筋の通った個性的な雰囲気を持つ、長髪を束ねた店主という感じかなぁ (笑)。ステージに登場したとき、少し写真と印象が違ったのです。そしてピアノを弾き出してびっくり。全くアカデミズムの硬直を感じさせない、自由な感性で、即興性もあって、ジャズピアニストのようだが、その一音一音の生命力がなんともすごい。そもそもこのラフマニノフの曲、一応は変奏曲なのだろうが、なんともとりとめのない曲だ。狂詩曲とは、このブログの題名にもしている「ラプソディ」のことで、自由な形式の楽曲のこと (まあメチャクチャなラインナップで延々とりとめのないことを書き殴っているこのブログには、ふさわしい題名と言えましょうなぁ。あっはっは)。ただ。ただである。この曲、大変に有名で、それはそれは美しい箇所があるのだ。第 18変奏。TV CM にもよく使われており、多分誰でも聴いたことのある曲だ。私も大好きで、恥ずかしながら、聴いているだけで毎度毎度、目が潤んできてしまいそうになるのである。このメロディーだ。
https://www.youtube.com/watch?v=V4O_l7CUQcI

反田はこの部分を、感傷を交えずに、ただ曲の美しさを強靭なタッチで弾き抜いた。前かがみの姿勢で強い集中力を持ち、でも気取りは皆無で、ひたすら音楽に入り込むその純粋さに、やはり今回も目が潤みそうになり、あくびをしてごまかした (笑)。素晴らしい演奏。そしてアンコールに、ホロヴィッツの「カルメン幻想曲」を弾いたのだが、カルメンの原曲を奇妙に変形して自らのヴィルトゥオロジーを発揮する場にしてしまったホロヴィッツの悪魔的精神状態が伺われる曲だが、その強烈な表現力は、ホロヴィッツと同類ではなく、情熱の下に、冷静な現代性のような感覚を感じる。たまたま You Tube で彼の演奏するこの曲の映像があったので (本当はそういう音楽の紹介はしたくないのだが)、ご参考まで。但し、実演のアンコールよりも、これはさらに冷静さが勝った演奏に聞こえる。因みにこの反田が弾いているピアノは、ホロヴィッツの愛奏していたものだという。
https://www.youtube.com/watch?v=eLaXJyVYdzI

さて、指揮者について冒頭で持ち上げておいて、ピアニストのことばかり書いている、いつもながらのラプソディぶり (?) であるが、その理由は、今日のバッティストーニは、手放しで大絶賛という出来ではなかったと思うからだ。「運命の力」の冒頭は、金管をきっちり統制しながら力強さもうまく出ていて感心したが、クライマックスに向けてうねり上がって行く熱狂という点では、もっとできるだろうという気がした。後半、全休止 (時々終わりと勘違いして拍手する人がいる箇所 笑) の手前では、一旦ブレーキを踏んですぐにまたアクセルを踏むという細かい演出もあり、オケも危なげなくついて行ってはいたが、その先の追い込みに課題があったと思う。また、「展覧会の絵」では、管楽器に時折細かい傷があり、少し残念であった。いや、それよりも、各曲の性格の描き分けが少し不足していたかなぁ・・・。本当なら最後のクライマックスで鳥肌を立たせてもらうべきところ、熱狂にまでは至らなかったか。

もちろん、どんな演奏家でもよい時悪い時があり、今日の演奏とても、決して悪い出来であったとは思わない。期待が大きすぎただけに、少し厳しく聴いてしまったのかもしれない。次回は年末の第九、この指揮者は初めてこの曲を振るらしい。ちょっと不安はあるが、伝統にとらわれない若さの力が漲る快演を期待したい。

ところで、終演後に指揮者とピアニストのサイン会があり、CD を買えば参加できるとのことであったので、とうとう、冒頭に触れたレスピーギの「ローマ三部作」の CD を買ってしまいました。サイン会の様子。
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そして、ゲットしたバティ (と呼ぶそうだ。バティストゥータみたいだね) のサイン。
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若い演奏家のステージに触れるのは本当にいいものだ、などと老人のような感想を持ってしまったが、ふと冷静に考えると、今年バッティストーニ 28歳。反田 21歳。ということは、私は 2人の年齢を合計したよりも年寄りなのだ!! うげー、参るなぁ。


# by yokohama7474 | 2015-09-12 02:06 | 音楽 (Live) | Comments(0)

藤田美術館の至宝 国宝 曜変天目茶碗と日本の美 サントリー美術館

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六本木の東京ミッドタウンにあるサントリー美術館で開催中のこの展覧会のユニークな点は、あるひとつの美術館の所蔵品ばかりからなる展示が、ほかの美術館でなされていることである。海外の美術館の場合、例えば建物が修復されている間にこのような「引っ越し興行」が日本で行われるケースはあるものの、国内同士でのこのような展覧会は珍しい。副題に、「名品ずらり。めっちゃええやん!」とある。えぇー、翻訳しますと、「めっちゃええやん」とは関西の方言で、「大変よいではないですか」の意味です。あ、翻訳必要ないか (笑)。では、次のポイントは、なぜここで関西弁が使われているかということだが、答えは簡単。今回展覧されている美術品はすべて、大阪にある藤田美術館から来ているからだ。
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ご存じの方も多いと思うが、この藤田美術館、藤田財閥の創設者、藤田 傳三郎 (1841 - 1912) のコレクションを中心として 1954年に開館した、東洋美術専門の美術館である。藤田財閥と言っても今となってはあまりイメージがなく、わずかに藤田観光だけが一般的に知名度があるくらいだが、明治初期から建設・土木、鉱山、電鉄、電力開発、金融、紡績等をてがけた関西有数の企業グループである。現在、藤田の大阪本邸 (藤田美術館の正面) は結婚式場の太閤園、東京別邸は椿山荘、箱根別邸は箱根小涌園、京都別邸はホテルフジタ京都になっていると言えば、その往年の規模について少しはイメージが沸こうというものだ。そしてこの美術館、なによりもそのコレクションの質の高さでつとに名高い。なにしろ、国宝 9点、重要文化財 51点を含む数千点を所有していて、個人のコレクションとしては日本有数だ。そして何より名高いのは、曜変天目茶碗!!
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曜変天目茶碗について知識のない人でも、この尋常ならぬ鮮やかで深い青に魅せられない人はいないだろう。まさに宇宙を写し出しているような究極の美がここにある。曜変とは、見る角度によって色彩が様々に変わることをいい、天目茶碗というのは、鉄分を含んだ釉薬を使った中国伝来の茶碗のこと。世の中に天目茶碗は数々あれど、「曜変」と称されるものは、世界にたった 3点しかない (この藤田美術館と、静嘉堂美術館、そして大徳寺龍光院の所蔵)。正確にはもう 1つ、曜変天目と呼んでもよいか否か議論があるものがあるが、写真で見る限り、その茶碗 (MIHO Museum 所蔵) は美しい光沢はあるものの、少し渋めの色をしている。議論の余地なく曜変と呼ばれているものはすべて国宝、議論のあるものは重要文化財に指定されている。

私はこれまで藤田美術館には、3度か 4度訪れており、そこで過去にこの曜変天目茶碗を確か 2度見ている。つい昨年の秋、創立 60周年記念で展示されたときにも見たばかりだ。それでも、今回東京で見ることができるとなると、当然足を運ばすにはいられない。申し遅れたが、この藤田美術館、年に春と秋の限られた期間しか開館しておらず、その時々で膨大な所蔵品の一部が公開されるというシステムだ。因みに、もうひとつの曜変天目茶碗を所蔵する静嘉堂美術館 (三菱のコレクション) も同様の形態を取っており、私はそこでも曜変天目を見たことがある。唯一、大徳寺龍光院だけが (ここはこの茶碗以外にも国宝建造物が幾つかあるのだが) 拝観拒絶の寺となっており、私の知る限り、門戸を開いたことはないようだ。

さて、この藤田美術館、数々の名品を所蔵しているにもかかわらず、なんとも残念なことがある。それは展示施設だ。このあたりは戦争の被害も大きく、藤田の屋敷の中で焼け残った蔵を展示場にしているという。中に入ってみると、そこは明らかに蔵そのもので、開館から 60年を経て、木製の展示ケースは古びてガラスもくたびれた感じであり、照明も、気の利かない昔の蛍光灯だ。格子のはまった窓は開け放たれ、そこを自然の風が通って、空調はあるのかないのか分からない。外の天気がよければ薄暗いというほどではないにせよ、最新の美術館の凝った展示方法や LED 照明に比べると、正直言ってなんとも残念な展示空間であることは否めない。図録に載っている藤田美術館の内部の様子は以下の通り。
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それゆえ、今回のような初の「出張展示」には大きな意義があろう (尚、東京展のあとは、10月6日から11月23日まで、福岡市美術館に巡回)。なにせ、日本有数のイケてるビル、東京ミッドタウンにある、最新設備を備えた美術館である。実際、この曜変天目をはじめ、数々の名品の、活き活きと輝いて見えたこと。展示方法はまさに美術品の真価に関わる問題だ。例えば曜変天目茶碗は、すだれ状のもので他から隔てられた暗い空間に、鮮やかな照明によって浮かび上がるように展示されていた。観客はその場所に足を踏み入れる瞬間、ワクワクした期待を抱き、超一級の美術品との対峙にふさわしい環境に浸ることができるのだ。これは誠に貴重な機会であると言わねばならない。

会場では多くの国宝・重要文化財を見たが、今図録で数えてみると、この美術館の所蔵する国宝 9点はすべて展示されている!! 重要文化財は 30点だ。まさに藤田美術館の名品勢揃い。これは東洋美術ファンには必見の展覧会といえよう。ほかの展示品をいくつかご紹介する。鎌倉時代の名仏師、快慶作の地蔵菩薩立像。快慶には同様の美麗な地蔵や阿弥陀が多くあるが、いかにも快慶らしい端正な作りである。重要文化財。この像も、ガラスケースには入っているものの、照明にくっきりと浮かび上がり、前から横から後ろから、じっくりと鑑賞することができて嬉しい。
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これは、室町時代の春日厨子。藤原氏の氏神である奈良、春日大社の情景を描いた春日曼荼羅を立体表現したもの。今でも奈良のシンボルである鹿が、神の使いとして鏡を頭に乗せる、ユニークな造形。
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工芸品の国宝から、仏功徳蒔絵経箱 (ぶつくどくまきえきょうばこ)。平安時代、11世紀のもので、木製、漆塗の蒔絵である。お経を収める箱であるが、極めて薄手の木でできているにもかかわらず、法華経に取材した絵がよく残っている。こういうものを見ると日本人の器用さと、また、尊いものを守ろうという思いを実感することができる。
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国宝、紫式部日記絵詞。同時代のものではなく、鎌倉時代に描かれたものだが、優雅な王朝文化を美しく描いている。
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そうそう。先日、幽霊画についての記事で、応挙のオーキョドックス、いや、オーソドックスな幽霊画を紹介し、私としては、応挙よりも弟子の長澤 蘆雪 (1754 - 1799) の方が好みであると書いたばかりだが、なんとなんと、それを企画者が知っていたかのように、この展覧会に面白い作品が。これはその蘆雪が描いた三幅画であるが、真ん中がまさに応挙スタイルの幽霊、左が狐の妖怪、白蔵主 (はくぞうす)、右がどくろと戯れる子犬である。これ、よく見ると、いずれも絵から抜け出てきたように描いた、いわゆるだまし絵の一種だ。ここにあふれるユーモアの感覚、どうですか。幽霊のみならず、右側の犬も応挙風だが、その発想たるや、全く独自のユーモアを持っており、あたかも蘆雪が、師匠をからかっているような雰囲気ではないか。
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と、美しいものや珍しいもの、貴重なもの、いろいろあって、確かに「めっちゃええやん!」と叫びたくなる展覧会である。茶道具なども沢山展示されていたが、最後にひとつ、面白いものをご紹介しよう。これは、中国、明から清の時代 (17世紀) のものと思われる、交趾大亀香合 (こうちおおがめこうごう) である。香合とは、茶道具の一種で、香を入れるもの。
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交趾とはヴェトナム北部のこと。愛嬌のある亀の形をしているが、盆が付属しており、その裏に千利休の花押がある。この香合は幕末の番付で東の大関として載り、高い人気があった。藤田傅三郎は長い間この香炉に憧れを抱き、明治 45年、亡くなる直前に念願叶ってこれを入手したという。これが番付。右側最上段右端に、「交趾大亀」とあるのが見える。
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藤田のコレクションには、ただ金にあかせて買い漁ったということではない、美術品への愛情が見えるような気がする。明治の近代化の過程で、廃仏毀釈や旧家の没落などが起こり、多くの名品が海外に流出したが、藤田はそれを憂えて、国内にまとまった規模で美術品が留まるよう、コレクションを決意したとも伝わっている。もちろん、金がなくてはできないことではあるし、金のある人がその金をどう使おうと自由だが、やはり自国の文化を守るという姿勢があったからこそ、後世の人々の心を動かすようなめっちゃええコレクションが形成されたということであろう。価値観も多様化し、このようなことは今後なかなか起きないだろうし、現代の億万長者はまた別の文化貢献の形態があるとも思うが、この藤田の名を冠したコレクションが、末永くその価値にふさわしい扱いを受けるよう、願ってやまない。

# by yokohama7474 | 2015-09-12 00:24 | 美術・旅行 | Comments(0)