クレメラータ・バルティカ (ヴァイオリン : ギドン・クレーメル / ピアノ : リュカ・ドゥバルグ) 2018年 2月14日 サントリーホール

e0345320_22504753.jpg
バルト三国のひとつ、ラトヴィア出身のヴァイオリニスト、もうすぐ 71歳になるギドン・クレーメルは、言うまでもなく、しばしば「巨匠」よりも「鬼才」と称される偉大なる演奏家である。このブログでも確か過去に 2度、彼の演奏を記事にしたことがあり、そのうちひとつは協奏曲、もうひとつはピアニストとのデュオ・コンサートであった。ここで私のクレーメル体験を滔々と語る気はないが、もちろんその活動には常に注目をしてきているヴァイオリニストである。多分私にとっては、世界のどのヴァイオリニストよりもその動向が気になる人と言ってもよいかもしれない。というのも、彼は通常のレパートリーを繰り返し演奏するのをよしとせず、常に新たなレパートリーの開拓に熱心であって、しかもその際、決して大衆性を忘れた高踏的な音楽に走ることもない。いわゆる一般的なクラシックのレパートリー以外の録音が大変多いのもその証左といえ、21世紀のヴァイオリニストたるや、一体どのような活動を行えばよいのかという点について、これほど刺激的な答えをくれる人もいないのである。今回は、彼が 1997年に設立した室内オーケストラである、クレメラータ・バルティカとの共演である。
e0345320_23043923.jpg
この室内オケの名前の前半は、もちろん「クレーメル」に因むもの、後半は「バルティック」である。つまり、バルト三国、エストニア・ラトヴィア・リトアニアの若者たちを集めて結成されたことによる。クレーメル自身がラトヴィア出身であるから、これは、ロシアでもない、スカンディナヴィアでもない、バルト三国の音楽文化を世界に伝えることをその使命としている。いや、そんな堅苦しい表現はやめよう。バルト三国出身の大変腕のよい若者たちが、古典から現代作品までを楽しんで演奏する団体、それがクレメラータ・バルティカと言ってしまおう。というのも、私自身、クレーメルとクレメラータ・バルティカの演奏を、数々の CD と実演でこれまで何度も楽しんできたからである。実は今回の来日公演は、この三国の独立 100周年を記念するものでもある。100周年? ということはつまり、独立は 1918年。第一次世界大戦中であり、ロシア革命の 1年後だ。激動の歴史を辿ってきた三国にはしかし、音楽という文化の共通項があるがゆえに、このような室内オケの活動が継続できるのであろう。会場にはこのように、民族衣装を来た現地の方々が、バルト三国の観光パンフレットを薦めていた。この地域には私は行ったことがないので、いつの日か訪問を具体化させるべく、パンフレットをいくつも頂いてきた。また会場には、各国の日本各地の名誉領事の方からの花輪なども飾られ、なかなか華やかな雰囲気だ。
e0345320_23163397.jpg

ただ、会場に入って気づいたことには、ステージ裏の、いわゆる P ブロックには聴衆が入っていない。これは若干奇異な感じがしたのだが、そのうちに理由が判明した。会場に到着したときから気づいていたが、今回は VIP がおいでになるようだ。通常、コンサートホールでのこのような警備の対象は皇族だが、案の定、関係者の人たちの会話の中に「皇太子さま」という言葉が聞き取れたので、そうだろうと思ったのだが、それにしても、普段皇族の方がおいでになるコンサートでは、RB ブロックが使われるので、P ブロックを空けておくことはない。だが、コンサート開始前、楽員たちがステージに現れるより先に会場から拍手が起こり、人々が立ち上がったと思ったら、なんと皇太子ご夫妻は、2階のセンターブロックに登場され、その 1列目に着席されたのだ。これは意外。東京文化会館では 2階センターが皇族の方たちの席であるのは何度も見ているが、サントリーホールでは初めてである。なるほど、そうすると、ちょうど真正面に当たる P ブロックに客を入れることには保安上の理由があるということなのだろう。そして、皇太子夫妻に拍手をした私はそのとき、客席にもうひとり興味深い人物がいることに気がついた。それは、NHK 交響楽団首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィ。彼はちょうど 1ヶ月以上に亘る N 響との共演のために東京滞在中であるのだ。以前、バレンボイムとシュターツカペレ・ベルリンのブルックナー連続演奏会に姿を見せていた彼のことに触れたことがあるが、このクレメラータ・バルティカの演奏会に足を運ぶとは面白い。それは、世界トップクラスの指揮者が東京の音楽文化を楽しんでいるということであるし、また、バルト三国のひとつであるエストニア出身の彼にとって、やはりこのオケの活動は気になるものであるからだろう。

そんなわけで、前置きがまた長くなっているが、曲目を紹介しよう。
 ベートーヴェン (マーラー編) : 弦楽四重奏曲第 11番ヘ短調作品95「セリオーソ」
 モーツァルト : ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調K.216 (ヴァイオリン : ギドン・クレーメル)
 モーツァルト : ピアノ協奏曲第 12番イ長調K.414 (ピアノ : リュカ・ドゥバルグ)
 モーツァルト : セレナーデ第 6番ニ長調「セレナータ・ノットゥルナ」K.239

おっとこれはどうしたことか。かなり大胆な曲目で知られるクレーメルとクレメラータ・バルティカが、ベートーヴェンとモーツァルトというウィーン古典派だけのプログラムで演奏会を開く。なんとも意外ではないか。実際のところ、いやさすがにクレーメル。一筋縄ではいかない、でも大変楽しめるコンサートになったのである。
e0345320_23542697.jpg
まず今回のオーケストラ編成であるが、基本的に第 1ヴァイオリン、第 2ヴァイオリン各 6、ヴィオラ、チェロ各 4、コントラバス 2というもの。そこに、最初の「セリオーソ」以外は、オーボエとホルン、そしてティンパニが入る場合があるが、実はヴァイオリン協奏曲で入るフルート 2本は、いずれも若い日本人女性であった。彼女らはどう見てもバルト三国出身ではないだろうから (笑)、日本公演でのエキストラということだろう。まず最初の「セリオーソ」は、ベートーヴェンの中期の弦楽四重奏曲で、演奏時間も 20分程度と手頃。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の弦楽合奏版といえば、トスカニーニがレパートリーにしていた 16番や、プレヴィンが録音している 14番があり、この 2曲はまたバーンスタインも、ウィーン・フィルと絶美の録音を残している。だが、11番の弦楽合奏版とは聴いたことがない。この曲の題名「セリオーソ」とはシリアス、つまりは「厳粛な」という意味であるが、4つの楽章にはいずれも厳粛な要素がある。解説を読むと、当時 40歳で独身のベートーヴェンが 18歳の少女に恋をしたことが作曲の背景があるらしく、恋愛感情を言い訳がましく (?) 厳粛な音楽に託すあたりにこの作曲家の不器用さと、意外な可愛らしさを感じるが、音楽を鑑賞する際にはそんなことを忘れてよいだろう。あの、やはりシリアスな作曲家であったマーラーの編曲という点も面白い。クレメラータ・バルティカは今回、クレーメルの参加なし、指揮者なしでこの曲を演奏したが、決してシリアスになりすぎない洗練された演奏であったと思う。

2曲目にはクレーメルが登場、モーツァルトの 3番のコンチェルトを弾いた。彼は随分以前にニコラウス・アーノンクール指揮のウィーン・フィルと、また最近はこのクレメラータ・バルティカと、モーツァルトの 5曲のコンチェルトをすべて録音しているが、今回はきっちり譜面を見ながらの演奏だ。ここでのクレーメルはまさにクレーメルらしいとしか言いようのない演奏を聴かせてくれた。つまり、わざと情緒的な演奏、あるいはテクニックに依拠した美麗な演奏を封じ込め、喩えてみれば、宙に漂う音の糸を器用に操るようなモーツァルトではなかったか。古典を演奏してこんな変化球を多用する人は、ちょっとほかにいないだろう。それでいて、作為的であったり衒学的であったりすることもなく、きっちりモーツァルトを聴かせてくれるのだから、やはり大したものである。余人には真似のできない高度な演奏と言えるのではないか。

後半にソロ・ピアニストとして登場したのは、リュカ・ドゥバルグ。1990年生まれのフランス人で、未だ 27歳。
e0345320_00203321.jpg
2016年10月に行われた彼とクレーメルのデュオ・リサイタルの様子はこのブログでもレポートしたが、このドゥバルグは、もちろん幼時からピアノをやっていて、数々のコンクール歴もあるとはいえ、ある時期はピアノを弾かずにインターネットで膨大なピアノ音楽を聴いていたというユニークな人で、とかく練習練習という音楽界の鉄則から外れる発想の持ち主であるようだ。今回のモーツァルトでは、気負いも衒いもない、大変自然体で自由な音楽を聴かせてくれ、さすがであった。これは、クレーメルとスタイルは異なるものの、やはり誰もが真似しうる音楽ではない点で、2人の間には共通するものがある。12番という、モーツァルト円熟期の前の素朴な作品であったが、今日はこう弾くけど、明日はまた違った弾き方をするかもね、と言わんばかりの、ある種の即興性すら感じる演奏であり、耳が洗われるような気がしたものだ。アンコールのスカラッティのソナタ ニ長調K.491 も、華麗になりすぎないが透明感のある音楽であった。このピアニストには、このまま自由な演奏活動を続けて欲しいものである。

そして最後の「セレナータ・ノットゥルナ」には実は仕掛けが一杯で、古典プログラムの最後に、これは一本取られた!! という印象である。この曲は、弦楽合奏 + ティンパニと、弦楽四重奏 (但し、チェロの代わりにコントラバスが入る) とに分かれて演奏するが、かなり目立つソロを弾く第 1ヴァイオリンはクレメラータ・バルティカのコンサートマスターが担当し、クレーメルは第 2ヴァイオリン。演奏は、ここでも美麗を極めるというよりも、その時点その時点で鳴っている音の愉悦感に依拠したようなもの。いわゆるオーソドックスなスタイルとは微妙に違うかもと思いながら、確たる違和感は、ティンパニが最初の方で、バチではなくなんというのか、ポピュラー音楽のドラムで使うような金属でできたハケのようなものを使っていたことくらいだった。だが、終楽章のロンドには驚きが待っていた。まず途中でコントラバスが突然激しくゴシゴシやったかと思うと、なんと、「上を向いて歩こう」を演奏しだしたのだ!! その後、ヴィオラは「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」を転調したような音楽 (?) を演奏し、ティンパニはまさにドラムさながらの見せ場を作り、ヴァイオリン 2丁は同時にキュンキュン唸ったかと思うと、クレーメルがチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の第 1楽章のメインテーマに入るあたりを纏綿と弾く。いわばカデンツァというか、むしろバンドでそれぞれの楽器の見せ場を作るような雰囲気で、これは楽しいことこの上ない。やはりクレーメル、ただ古典を弾いて満足する人ではなかったが、聴いている方が楽しめる演奏であったことが、彼の真に非凡なところであろう。

そしてアンコールの最初は、オケだけの演奏で、その前に一部が聴かれたかと思ったモーツァルトの有名な「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」の第 1楽章かと思いきや、1フレーズ終わったところでおっとどっこい、全く違うメロディに。その後は、原曲と、全く違う曲 (フォスターの歌曲風であったり、楽員が足を踏み鳴らしてのバグパイプ風音楽であったり、果ては「蛍の光」まで) とが交互に進んで行き、これまた人を食った曲の、楽し気でかつ、まじめな (?) 演奏であった。サントリーホールの表示によると、これはテディ・ボー博士の「Mc Mozart Eine Kleine Bright Moonlight Nicht Music」という曲である由。この曲の詳細は不明だが、私が思い出したのは、P・D・Q・バッハの「Eine Kleine Nicht Musik」である。これ、いわゆるパロディというか、冗談音楽であり、私は高校生の頃に FM で知って爆笑し、その後アナログレコードで何枚かのアルバムを愛聴したものだが、今でも CD で手に入るのだろうか。もしクラシックファンでこの音楽をご存じない方、あるいは今回の演奏会でこのアンコールを楽しんだ方、大変お薦めです。P・D・Q・バッハという怪しげなキャラクターの正体は、ピーター・シッケレという教授であり、私は 10年ほど前にニューヨークで、この人の冗談音楽の生演奏を聴いたことがあるが、未だ健在なのだろうか。まさかクレーメルの演奏会で、この人を思い出すことになろうとは (笑)。
e0345320_00581881.jpg
そしてクレーメルが登場、以下の 2曲を、追加のアンコールとしてオケとともに演奏した。
 梅林茂:夢二のテーマ
 ヴァインベルク:ボニファチオの休日

おお、この「夢二のテーマ」は、鈴木清順監督、沢田研二主演の映画「夢二」(1991年) のテーマ曲であるようだ。音楽はあまり覚えていなかったが、私としても結構好きな映画だったので、なんとも懐かしい。そして最後は、ショスタコーヴィチの軽音楽風の非常に楽しい曲だったが、まさかクレーメルが最近精力的に採り上げているヴァインベルクであったとは!! 恐れ入りました。

このように、相変わらずクレーメルのアイデアとドゥバルグの詩情、そしてクレメラータ・バルティカの水際立った技術が相まって、なんとも音楽の楽しさ一杯のコンサートとなった。皇太子ご夫妻も、きっと楽しまれたことでしょう!!

# by yokohama7474 | 2018-02-15 01:04 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

没後 70年 北野恒富展 千葉市美術館

e0345320_23023747.jpg
これは、昨年の 11月から 12月にかけての約 1ヶ月半、千葉市美術館で開かれた展覧会である。千葉の前には大阪と島根を巡回しているが、千葉が最後で、既に今日では見ることができない。このブログでは過去にも同様のケースが結構あって、せっかく記事を読んで頂く方の中には、終わった展覧会の記事なんて意味がないよとお怒りの向きもあるかもしれない。それについては一言もないのであるが、ただ、その展覧会の内容が興味深いものである場合には、展覧会というよりもその画家の画業について紹介するようなことになり、長い目で見れば、それはそれで意味のないことではないとも思うのである。この記事も、願わくばこの画家についてのより深い理解につながればよいと思う次第。というわけで、今回の主人公は日本画家、北野恒富 (きたの つねとみ 1880 - 1947)。昨年が没後 70年であったわけだ。
e0345320_23173916.jpg
私も今回彼の作品をまとめて鑑賞して、その画業の全体像に初めてイメージができたのであるが、いくつかの作品には見覚えがある。上のポスターにある通り、「画壇の悪魔派」と呼ばれた画家とのことで、その怪しい表現にはなかなかに期待できるものがありそうだ。実は昨年 12月22日の記事で、京都で見た岡本神草 (1894 - 1933) の展覧会について書いたが、その記事の最後の方に、この北野の展覧会を最近見たと私は書いた。北野は岡本より 14年早く生まれ、そして奇しくも 14年長く生きたので、ちょうど岡本の生涯をすっぽりと包む時期に生きた人であるが、やはり大正時代の怪しい美人画を描いたという点では、岡本と共通する画風もあると言ってもよいだろう。だが、岡本が結局、画家としての本当の高みに昇り詰める前に生涯を終えてしまったように思えるのに対して、この北野は、モダニズムの時代から戦争に入って行く日本の空気を、その作品に刻み付けるという業績を果たした人であると言ってもよいように思う。

北野は金沢に生まれたが、17歳で画家を志して大阪に出て、大阪画壇の中心として活躍した人である。大阪は戦前までは文化的には東京を凌ぐほどの勢いとオリジナリティーを誇っていた都市だけに、どのような作品を描いたのか、見て行くのが楽しみだ。これは 1907年頃の作「燕子花」。浮世絵風でもありながら、早くもモダニズムの萌芽を感じられるように思われる。
e0345320_23374746.jpg
これも同じ頃の「六歌仙」。ここには漫画的と言えるタッチが見られて面白い。奥でこちらを向いているのは僧正遍照であろうか。その顔の描き方は全く写実的ではなく、その成分は下 1/3 に集まっている。また、彼以外の 5人は、これまたありえないくらい、左の方にごちゃっと連なって描かれている (笑)。
e0345320_22052470.jpg
上に書いた通り、北野の生きた時代は、モダニズムから戦争に入って行くという、様々な意味で激動の時代であったのだが、彼の活動分野は伝統的な日本画だけでなく、あとで見るように、ポスターや新聞の挿絵、単行本の装丁にも及んでいる。この「浴後」(1912年作、京都市美術館) という作品は、アールヌーヴォー的な雰囲気を持ち、洋画を思わせる筆致である。実は女性のポーズはかなりしどけないのだが、陰湿なものを感じさせない仕上がりだ。この画家のメンタリティとテクニックは、双方ともこの時代においてかなりユニークかつ高度なものであったのではないだろうか。
e0345320_22113012.jpg
さて次は、この画家が悪魔派と呼ばれたことを思い出させるものである。1913年頃作の「道行」(福武太郎コレクション)。
e0345320_22195874.jpg
細部を見てみると、向かって右の方には、まさに男女の道行の様子が描かれ、左の方には二羽の烏が向かい合っており、そして奥にもう一羽、シルエットの烏が見える。
この作品の題材は、いかにも大阪らしい、近松の「心中天の網島」であるらしいが、既に一足早く死の国に足を踏み入れたような無表情の男女 (遊女小春と紙屋治兵衛) と対照的に、くわっと口を開け、翼を広げた烏の生命力が返って不気味である。地の金に黒を混ぜてあるらしく、華麗さを抑えて耽美的な恋人たちの心情をよく表現している。あ、それから、私が以前岡本神草展の記事でお薦めした「あやしい美人画」という本をお持ちの方は、表紙に出ている 3人の女性像のうち左端がこの女性であることにお気づきになるであろう。
e0345320_22282928.jpg
e0345320_22284046.jpg
なお、この「道行」は、文展 (文部省美術展覧会、今の日展の前身) という官立の公募展覧会に落選したらしい。大正時代初期の日本において、このまさにあやしい男女を公衆の面前にさらすことには、日本政府の許可が出なかったということであろう。北野はその落選に不満を抱き、日本美術院の再興 (岡倉天心の遺志を継ぐ動き) に参画した。これはその際に描かれた「鏡の前」(1915年作、滋賀県立近代美術館)。芸妓のはっきりした顔立ちの近代性と、着物にあしわられた仏教的な飛天の図柄が対照的で、北野の冴えた感覚をよく伝えている。
e0345320_22392125.jpg
これは 1914年作の「願いの糸」(木下美術館)。七夕の情景であるようだ。恋の願いだろうか、繊細な指先で針に糸を通す若い女性の姿だが、おしろいに顔の表情の細部を塗りつぶされているにも関わらず、その一心不乱さが、いやみなく伝わってくる。左に描かれた桶にも何やら葉が浮かんでいたり、着物が反射しているようでもあって、細やかな描写が素晴らしい。
e0345320_22475556.jpg
これは 1917年作の「風」(広島県立美術館)。その名の通り、さっと吹き過ぎる風を、一人の女性の姿勢を通して描いているが、黒い頭巾をかぶって髪を見せていない女性の、だが白いふくらはぎがはだけてしまっている様子がなまめかしいが、その表現は決して下劣ではない。上方一流の品格を感じると言ってもよいように思う。それにしても、しばし見とれてしまうような、実に見事な作品だ。
e0345320_22502922.jpg
これは大正前期の「仙人」(耕三寺博物館)。水墨画であり、上で見てきた美人画の数々とはちょっと趣きが違っていて、衣の線などぐいっと力強く引かれている。だが、髪留めに置かれた青に注目しよう。白と黒と青の組み合わせは、上の「風」で使われた色に近いものがあることに気づく (「風」にはそこに、帯の控えめな赤が加わるが)。
e0345320_23031660.jpg
これは、展覧会のポスターにも使われていた「墨染」(大正後期作)。歌舞伎「積恋雪関扉 (つもるこいゆきのせきのと)」に登場する桜の精霊を描いているらしい。咲き誇る満開の桜ではなく、垂れ下がるしだれ桜の枝の先に、首をうなだれて登場した異界の者であるが、よく見るとここでも、ほとんどモノトーンの中に青い髪留めが印象的だ。
e0345320_23112801.jpg
かと思うとやはり、上で見た「鏡の前」のような赤と黒の対比も、北野の作品のひとつのパターンなのであろう。これは大正後期作の「舞妓」。髪の黒といい、髪飾りや襟の鮮やかな赤といい、目立つ部分をベタッと塗っているのに対して、衣のひだや指先には繊細な表情があり、全体のバランスは大変美しい。
e0345320_23173983.jpg
これは少し悪魔性が前面に出た感のある「淀君」(1920年頃作、大阪新美術館建設準備室)。醍醐の花見における淀君を描いているが、桜の花びらがスローモーションのように舞い落ちる静謐な画調の中で、よく見ると右手がかなり大きくて長い。
e0345320_23214174.jpg
突飛な連想だが、これはポーランド、クラクフにあるチャストリスキ美術館が所蔵するダ・ヴィンチの「白貂 (しろてん) を抱く貴婦人」に似ていないだろうか。この作品、ダ・ヴィンチの完成作としてはさほど知名度は高くないかもしれないが、私は、日本にやってきたときに実物を見て、大変感動したのを鮮烈に覚えている。もちろん、ここで北野の作品との共通点や相違点を考えることにあまり意味はないかもしれないが、優れた画家の資質のひとつに、構図上の必然性があれば、写実性から離れることも厭わない、という点を挙げてもよいのではないかと思うので、あえてここで触れた次第。

北野の作品に戻ると、これは 1920年作のやはり同じ「淀君」(耕三寺博物館)。今度は栄光の絶頂での醍醐の花見ではなく、大坂城落城の壮絶な情景である。上の作品と、同じようなポーズを取り、同じような方向を向いていて、同じような桐のご紋入りの着物を着ているが、顔はやつれ、目はうつろで、迫りくる炎の中、まさに壮絶な最期を遂げようとするシーンである。ただ、右腕のインパクトは、花見の作品に比べるとおとなしくなっている。これも全体の中でのバランスであろう。
e0345320_23324030.jpg
北野恒富の作品は、このように悪魔的な感覚をたたえたものでも、決して下品にならないことが美点であろうが、逆に、美しい画面から、ちょっと不思議な感覚を覚えるものもある。例えばこの「蓮池 (朝)」(1927年作、耕三寺博物館)。いわゆる二曲一双、つまりはふたつに分かれて、それぞれが真ん中で折れ曲がる形態だが、洋髪・和服の 2人の女性たちが、巨大な蓮の花が浮かんだ池を舟に乗って進みながら、それぞれ別の方向を見ている。そこに会話はなく、なんとも奇異に映る。特に後ろ姿の青い着物の女性は、この世の者ではないかのようだ。
e0345320_23321366.jpg
e0345320_23511181.jpg
後ろ姿の女性といえば、この作品は別の意味で、大変情緒がある。1928年作の「宵宮の雨」(大阪市立美術館)。祭りに出掛ける準備の途中で雨に降られ、残念そうに外を見やる少女と、姐さんたち。よく見ると少女は爪先立ちであり、本当に残念がる気持ちが巧みに表現されているのである。
e0345320_23542508.jpg
北野のよいところは、このような情緒と、いやみにならないユーモアの、ほどよいバランスであろう。これは大正末期から昭和初期の作、「奴」。類似の作品が結構残っているらしいが、ささっと筆を走らせて軽妙に描いたヤッコさんの姿は、見る者の笑いを誘う。
e0345320_23575816.jpg
さてこの展覧会では、上の作品以外にも、昭和に入ってからの北野の大作をいくつか見ることができるが、私の印象では、その頃になると、大正期の悪魔性は若干影を潜めて、柔らかい情緒が感じられるものが増えたように思う。戦争に入って行く荒んだ時代の雰囲気とは対照的だ。これは 1936年作の「いとさんこいさん」(京都市美術館)。もちろん、近代の上流関西弁で、お嬢さん、それから末娘を意味するこれらの言葉は、現代の我々にとっても、谷崎潤一郎の「細雪」によっておなじみであり、この作品の世界感が「細雪」と共通することは、これまでも指摘されてきた由。そう言えば谷崎は、戦争が激しくなる時代にこの優雅で人間的な作品を書き綴り、戦後に完成させている。若き日の作品の悪魔性といい、このような戦争への距離といい、北野と谷崎には、共通する部分がありはしまいか。それにしてもこれは、見ていて心が安らぐ絵ではないか。
e0345320_00061079.jpg

e0345320_00132642.jpg

e0345320_00141020.jpg

実際北野は、谷崎作品の新聞連載 (「乱菊物語」) や、単行本 (「蘆刈」) への挿絵を手掛けている。北野は谷崎よりも 6歳上で、ふたりは同世代である。彼らの間に親交があったのか否か知らなかったが、調べてみると、なんとなんと北野は、のちに谷崎のミューズとなり生涯の伴侶となる松子が若い頃、絵を教えていたという。その松子が最初の結婚をした相手、繊維問屋の根津清太郎は、実は北野のパトロンであったらしく、つまりは北野が根津と松子の間を取り持ったということのようだ。その後、松子が根津と離婚し、谷崎と同居を始めたのは 1934年。なるほど。そうすると、上に掲げた北野の「いとさんこいさん」は、比喩ではなく実際に、「細雪」の着想と同じところに根があるのだろう。実は谷崎は松子との結婚に先立つ 1932年、「盲目物語」において、北野の「茶々殿」という作品を口絵に使用することを強く希望し、叶えられたという。この「茶々殿」、モデルは松子であるそうだ。つまり北野にとっては絵の生徒である。実に面白い、谷崎と北野の関係であったのだ。
e0345320_00370080.jpg
谷崎について語り出すと止まらなくなってしまうので、このあたりで北野作品に戻り、この記事を〆ることとしよう。若い頃から悪魔性とともに巧まぬユーモアのセンスを持っていた北野はまた、上記のような挿絵や、ポスターなどでも大いに活躍した。これは 1917 - 18年頃の「新浮世絵美人合」から「三月 口紅」。江戸時代の浮世絵に倣ったシリーズもので、各月を題材とした 12枚もののうちの 1枚。ここにはやはり、浮世絵師ではなく、モダニストの北野の顔が見える。
e0345320_00385446.jpg
そしてこれらは、かなり気合の入った本格的なポスター。1913年のサクラビールと、1916年のたかしまや飯田呉服店である。後者は見てそのまま、現在の高島屋であるが、前者は調べてみると、サッポロビールの前身であるようだ。このような芸術家を起用する企業には、財力もあれば先見性もあって、企業の息も長いということだろうか (笑)。
e0345320_00475790.jpg
e0345320_00485969.jpg
それから最後に、やはり高島屋のポスターの原画 (1929年作) をご紹介しよう。なんとこれ、左の乳房を露出していて、ビックリするのである。未だ日中戦争は始まっておらず、大正モダニズムの雰囲気が色濃く残っていたという時代背景によるのであろうか。原画なのでここにはないが、実際のポスターには与謝野晶子の「香くはしき近代の詩の面影を装ひとせん明眸のため」という歌があしらわれていたらしい。この「明眸 (めいぼう)」とは、澄んだ瞳のこと。つまり晶子の歌は、たとえ 1枚の着物だけの状態であっても、かぐわしい近代の詩の面影を身に纏えば、それによって新たな世界が見えてくる、と言いたかったのだろう。なんとも美的であり、メッセージ性に富んだポスターであったのか。
e0345320_00520902.jpg
このように、時代の空気を作り出し、また時代の要請を自らの創作活動に取り組んだ、北野恒富というほとんど未知の画家の、ユニークな画業を辿ることのできる貴重な展覧会であった。今度彼の大規模な回顧展が開かれるのはいつのことかは分からないが、せめて上でご紹介したような画家の特性さえイメージにあれば、また何かの機会に、この画家の作品と思わぬ遭遇があるかもしれない。時代と芸術がともに進んでいた幸福な時代へのノスタルジーも、そこにはついて回るかもしれないが・・・。

# by yokohama7474 | 2018-02-14 01:04 | 美術・旅行 | Comments(0)  

小林研一郎指揮 フィルハーモニックアンサンブル管弦楽団 2018年 2月12日 サントリーホール

e0345320_18554702.jpg
日本を代表する指揮者のひとり、小林研一郎 (通称「コバケン」) は、77歳となった今日でも、非常に盛んな活動を行っていることは驚くばかり。ポピュラーな名曲を中心に、日フィル、東フィル、読響などと頻繁に共演しているのである。もちろんそれ以外にも、N 響、東響、都響、新日本フィルとも近年共演しているから、楽団による多少の頻度の違いはあれど、実に東京のメジャー 7楽団のすべての指揮台に立っているわけだ。日本に指揮者は数々あれど、そんなことができるのは唯一、彼だけではないか。かくいう私自身も、彼の音楽は大変好きで、このブログでも過去何度か彼のコンサートを採り上げてきたものである。だがこのところ、ある場合には出張で都合がつかなかったり、ある場合には思い立ってチケットを調べると売り切れだったりして、彼のコンサートに接する機会がなく、残念な思いをしていた。そんなところにこの演奏会である。実はこの演奏会、私は結構最近までその存在を認識していなかった。というのも、よくコンサート会場で配られる大量のチラシにもこのコンサートのものは含まれていなかったし、また、それ以外でも宣伝を見かけることはなかったからだ。だが何かのコンサートに出掛けた際、たまたまサントリーホールの 2階に貼ってある今後の演奏会のチラシの中にこれがあるのが目が留まったのであった。「フィルハーモニックアンサンブル管弦楽団」という聞き慣れない名称と、S 席 3,000円という価格設定から、きっとアマチュア・オケだろうと察しはついたが、知らないオケこそ聴いてみたい。しかも曲目が極めて意欲的だ。
 ベートーヴェン : 交響曲第 7番イ長調作品92
 ストラヴィンスキー : バレエ音楽「春の祭典」
e0345320_20533007.jpg
今日はちょうど 3連休の 3日目。ほかに予定もなく、朝のうちはピョンチャン・オリンピックを見るともなしに見て、ふらりと気楽に美術館などを覗いてから会場のサントリーホールに到着し、配布されたプログラムを見て知ったことには、このオケは 1976年に立教大学交響楽団 OB によって結成されたというから、既に 40年以上の歴史を持つのである。1979年に初の主催公演を開き、それ以来、一般の社会人オーケストラとして活動を展開してきているとのこと。今回の演奏会は 63回目のもの (特別公演や海外公演を除く) で、プログラムには過去の演奏会の内容がすべて掲載されていて興味深い。アマチュア・オケであるゆえ、年に数回だけの演奏会活動であるが、何度も海外公演を行っているのが注意を引く。しかも、ニューヨークのカーネギーホールや、ウィーンの楽友協会大ホール、ベルリン・フィルハーモニーホール、アムステルダムのコンセルトヘボウ、プラハのドヴォルザークホールなど、欧米の超一流ホールで演奏しているというから、驚くではないか。指揮者としては、故・小松一彦、大友直人、矢崎彦太郎らが頻繁に指揮台に立っているほか、このコバケンは、実は首席客演指揮者の地位にあり、海外公演を含めて何度も指揮している。これは 2009年にコバケンがマーラーの「復活」を指揮した演奏会の写真。音楽ファンなら誰でもすぐに判る通り、これは世界有数の名ホール、アムステルダム・コンセルトヘボウだ。
e0345320_18452368.jpg
会場はほぼ満席の盛況だが、一目見渡して気づくのは、外国人の姿がちらほら見えることだ。プログラムには、「今回も、2011年 3月の震災の影響で故郷を離れて東京周辺にお住まいの方々と共に、母国を離れて海外から留学されている皆様を招待させていただいております」とあって、いかなるルートによってか分からないが、特別招待を受けた人たちが、それなりにおられたようである。これは素晴らしいことではないか。プログラムを見る限り、企業のスポンサーがあるようには見えないので、このような意義深い活動を続けるスタッフや楽員の方々の苦労が偲ばれる。ステージに並んだメンバーを見渡すと、多分設立初期からのメンバーかとお見受けするかなりのベテランも数名おられたが、平均年齢は結構若く、男女のバランスもよいように思われた。コンサートマスターを、もと N 響の永峰高志が務めるほか、いくつかのパートでは、プロの指導を受けているようだ。ベートーヴェン 7番と「春の祭典」という、大変なリズムとエネルギーを必要とする 2曲が、コバケンのタクトの下でどう鳴り響くのか、楽しみであった。これがコンマスの永峰さん。
e0345320_20590472.jpg
最初のベートーヴェン 7番は、コントラバス 8本、ヴァイオリンの左右対抗配置なしで、管楽器は、木管がフルート 4本でほかは 3本ずつ、金管はトランペット 4、ホルン 6という、今どき珍しい大編成で、指揮者も暗譜での指揮。冒頭にまずドォーンと鳴り出す和音からして、迫力充分のコバケン風だ。序奏で聴かれるオーボエ、そしてフルートは、昨今の東京のプロのオケのレヴェルを思うと、緊密度においてさすがに若干の分の悪さを感じないでもなかったが、音楽が進むにつれ、指揮者の思い入れをがっしり受け止めての演奏であることが伝わってきて、期待が高まる。遅めのテンポでえぐりを効かせた誠実なコバケンの指揮ぶりには、好き嫌いを超えた説得力があるのはいつものこと。両端楽章での提示部の反復がない点も、昨今の原点主義の傾向からすると異例であるとも言えるが、それでも、鳴っている音の流れに説得力があればよいと思う。コバケンの堂々たる芸術を聴くことができるという体験は、プロのオケであろうとアマチュアのオケであろうと、同様に感動的なのである。その点においてやはりこの演奏、最初から最後まで素直に楽しめるものであったのがよい。第 3楽章スケルツォの中間部での粘りなどは、オケにとって決して楽ではなかったと思うし、余裕しゃくしゃくという感じでもなかったが、指揮者を信じての渾身の演奏は素晴らしいもので、その充実感がそのまま、終楽章の熱狂につながったのである。

一方、後半の「春の祭典」となると、これは技術面において、ただ気合だけで乗り越えられるような曲ではないので、オケの負担もさぞやと思うのだが、ここではきっちりスコアを見ながら指揮をするコバケンの要求に対して、オケの反応は非常に集中力の高いものであり、曲の持つ異様な迫力の表現という点では、これもまた記憶に残る名演奏となった。もちろん、世界最高クラスのオケによるこの曲の録音や実演の数々を楽しんで来た身としては、今回の演奏には、時折音質や楽器間のバランスの点で課題を認識することにもなったが、上にも書いた通り、音楽の面白さは、指揮者との共同作業の中でどこまで説得力を持って演奏できるかによっている。それゆえ、スリルに満ちたこの曲のスリルに満ちた演奏は、充分に音楽の面白さを教えてくれるものであったのだ。さらに言うならば、ルーティーンのないアマチュア・オケならではの真剣勝負は、何か特別なものを聴く人たちに届けてくれるものなのだ、と思い知ったのである。ティンパニのメインパートは若い女性が担っており、非常に切れ味鋭い演奏で感心したが、もうひとりのティンパニは、もしかすると、都響の久一忠之さんではなかったか。メンバー表にもその名前がなく、ネットで検索してもなんらの情報もないが、もし人違いだとすると、大変に似た人も、しかも同じティンパニ奏者でいるものだと不思議になってくる (笑)。ともあれ、全員一丸となっての熱演、お疲れ様でした。

いつものようにコバケンは、終演後に客席に向かって話しかけた。私の席はステージ奥に近い方だったので、はっきりとは聞こえなかったのだが、どうやら、西洋音楽史に燦然と輝くこの 2曲の演奏を、聴衆の後押しもあって立派に演奏し終えた。特に「春の祭典」は、昔はリハーサルに何日もかかる難曲であり、自分もなかなかスケジュールがタイトで、本番前のリハーサルをそう何度もできなかったが、このオケはその難曲を易々とこなしていた。どうぞフィルハーモニックアンサンブル管弦楽団をこれからもよろしく、という内容であった。一聴衆の感想として申し上げると、オケの頑張りはもちろん素晴らしいことだが、一回の演奏会の流れの多くは、指揮者に負っているものと思う。それゆえ、コバケンがこのように元気で指揮活動を続けてくれる限り、東京ではポピュラー名曲が常に熱いヴォルテージで鳴り響き、それは、この街のクラシック音楽ファンの裾野を広げるものであると思うのである。会場では、このコンビが 2012年にプラハで演奏したチャイコフスキー 5番 (コバケン得意のレパートリーだ) をメインとした演奏会のライヴ録音が売られていたので、購入した。
e0345320_21304031.jpg
この CD も楽しみであるが、実はこのオケ、矢崎彦太郎の指揮で、今年の 9月にまたプラハで演奏するらしい。前回がルドルフィヌムの中にあるドヴォルザークホールでの演奏であったのに対し、今回は市民会館の中にあるスメタナホールでの演奏であるようだ。アマチュアだからこそ表現できる音楽の素晴らしさを、音楽好きのプラハの人たちと、是非分かち合って欲しいものだと思います。

# by yokohama7474 | 2018-02-12 21:37 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

ユーリ・テミルカーノフ指揮 読売日本交響楽団 (ピアノ : ニコライ・ルガンスキー) 2018年 2月11日 東京芸術劇場

e0345320_22150397.jpg
読売日本交響楽団 (通称「読響」) の指揮台に、名誉指揮者であるロシアの巨匠、ユーリ・テミルカーノフが帰ってきた。これは 2年半ぶりのこと。以前も何度か書いた通り、私はこの指揮者の大ファンなのであるが、なんと彼は、今年 80歳になる。この年でも日本で指揮活動を繰り広げてくれることは本当に有難いことだ。今回彼は読響と、3つのプログラムで 7回の演奏を行う。今回はそのうちの最初のプログラムで、以下のような堂々たるロシア物である。
 チャイコフスキー : ピアノ協奏曲第 1番変ロ長調作品23 (ピアノ : ニコライ・ルガンスキー)
 ラフマニノフ : 交響曲第 2番ホ短調作品 27
e0345320_22232341.jpg
そして、今回のマエストロ・テミルカーノフの 3種類のプログラムのうち 2つに登場するのは、現代ロシアを代表する名ピアニスト、ニコライ・ルガンスキーである。1994年のチャイコフスキー・コンクールで 1位なしの 2位。今回読響とは初共演になる。
e0345320_22271613.jpg
テミルカーノフとルガンスキーの共演であるから、最初の曲目であるチャイコフスキーが悪かろうはずもない。コントラバス 8本の大型編成のオケをものともしないルガンスキーの強いタッチには、毎度のことながら恐れ入る。それでいてこの人のピアノは不思議なことに、がさつな感じは一切ないのである。長身であるため、弾いている姿にも迫力があり、このチャイコフスキーのコンチェルトにはうってつけだ。タッチの正確さも特筆もので、曲の持ち味を充分に引き出す名演であった。それにしてもこの曲、人生で何度聴いてきたか分からず、もう大概聴き飽きそうなものだが、聴くたびにダイナミックな音の広がりに圧倒されるのである。今回の演奏で初めて気づいたのだが、序奏のあと、跳躍するピアノのバックでオケが演奏する華麗な旋律は、最初は第 1ヴァイオリンとチェロだけが弾いて、第 2ヴァイオリンは沈黙、ヴィオラ (と、コントラバスも?) はピチカートでリズムを刻むだけだ。だが同じ旋律が還ってくるときには、今度は弦楽器全部が堂々たる合奏をなして、全身全霊で旋律を弾くのである。さすが、オケを鳴らすことにかけては古今の作曲家の中でも図抜けた才能を持っていたチャイコフスキーならではの細かい工夫である。また、いつものようにきっちりスコアを見ながら、指揮棒なしに腕全体で指揮をするテミルカーノフは、間違いなく巨匠の技を見せてくれた。そしてルガンスキーはアンコールとして、ラフマニノフの前奏曲ハ短調作品 23の 7の、いかにも情緒溢れる演奏を披露し、音楽的な感興は大いに盛り上がったのである。

さて、後半はロシアの情緒満載のラフマニノフ 2番。この曲はこのところ演奏頻度が高く、今やポピュラー名曲の仲間入りしていると言えるだろうが、テミルカーノフの持ち味にはまさにぴったりの曲目だ。そして今回、我々の前で展開された演奏はまさに期待通りの、むせかえるようなロマンの香り溢れるスケールの大きい感動的なもの。冒頭、何か大きなものが動き出す予感から、それぞれのパートに分かれて多層的に歌う弦楽器の流れを経て、無限の憧れを秘めたような旋律が紡ぎ出される箇所には、実に纏綿たる情緒があって、理屈抜きに心に入ってくる音楽であった。私はいつも思うのであるが、このテミルカーノフの音楽には、このような抒情性が際立っていて、昨今ではなかなかほかに聴くことができない彼の個性に、本当に圧倒されるのである。第 2楽章の小股の切れ上がったリズム感、第 3楽章のとことん歌い抜く情緒、そして終楽章の山あり谷ありの旅路まで、本当に一時も聴き手を飽きさせることのない充実の音楽を聴くという体験は、本当に得難いもの。危うく目頭が熱くなるところであった。

さて、このテミルカーノフは、ロシアのサンクト・ペテルブルク・フィルの音楽監督の地位に、なんと 1988年以来あるのである。あの孤高の巨匠エフゲニ・ムラヴィンスキーの後任で、つまり今年は、マエストロの 80歳の年であるとともに、サンクト・ペテルブルク・フィルの音楽監督 30周年でもあるわけだ。実はこの日、2月10日に発売された 1冊の本がある。それは、「ユーリ・テミルカーノフ モノローグ」という自伝である。
e0345320_23424704.jpg
私は会場で早速この本を購入。未だ読み始めてはいないが、パラパラめくってみたところ、実に興味深い写真が満載だ。そもそも、ロシアという国は様々な要素が実に複雑にできていて、私のビジネス上の経験では、かの国で重要な地位を維持するには、それなりの知恵も人脈も必要であると思う。テミルカーノフのような芸術家が、政治的な動きをどのくらい得意としているのか分からないが、全く政治力ゼロでは、彼ほどの実績を残すことはできないだろう。これは 5年前、マエストロ 75歳の式典での一コマ。
e0345320_23521943.jpg
もちろん、この本の中には、様々な芸術家と一緒に写っているマエストロの写真が沢山あって、若い頃の渋さ (まるでヴァンサン・カッセルのようだ) もなかなかの見ものである。以下、エフゲニ・ムラヴィンスキー、ユージン・オーマンディ、ウラディミール・ホロヴィッツ、そして小澤征爾と。
e0345320_23541423.jpg
e0345320_23545962.jpg
e0345320_23554509.jpg
e0345320_23562624.jpg
それから、今回会場で配られていた速報のチラシにおいて、今年の 11月にテミルカーノフが手兵サンクト・ペテルブルク・フィルと行う来日公演のプログラムが発表されている。ひとつは、度々共演している庄司紗矢香を迎えてのシベリウスのコンチェルトと、今回と同じラフマニノフ 2番。もうひとつは、プロコフィエフのオラトリオ「イワン雷帝」である。これらも是非聴いてみたいが、その前にまず、今回の読響との共演の残りの演奏会を楽しみにしたい。

# by yokohama7474 | 2018-02-12 00:00 | 音楽 (Live) | Comments(0)  

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 交響楽団 2018年 2月10日 NHK ホール

e0345320_10425079.jpg
今月の NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の定期公演には、首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィが登場する。本当にこの人の幅広い音楽性と精力的な活動には敬服するが、今回の定期の 3つのプログラムも大変に多彩で、東京の音楽シーンの顔であるこのコンビの飽くなき挑戦は、本当に聴き物である。私は幸いにも今回、その 3種類の定期公演をすべて聴くことができる予定であるが、まず最初は、この演奏会だ。曲目はただ 1曲。
 マーラー : 交響曲第 7番ホ短調「夜の歌」

なるほど、ヤルヴィと N 響は、レコーディングではリヒャルト・シュトラウスのシリーズを続けていて、それはもともと伝統的にドイツ物を得意とする持ち味を持っていた N 響に、さらなる洗練を加えた演奏になっているが、その一方で、シュトラウスと並ぶ後期ロマン派の雄であるマーラーも、連続して演奏している。既に 1、2、3、6、8番を演奏し、この 7番で 6曲目。かなりのハイペースである。このコンビは実はブルックナーもシリーズで採り上げていて、ヤルヴィの描くオケの方向性が、そのような選択からも伺い知れる。もちろん、ただ大規模な後期ロマン派を響かせるだけではなく、私が勝手に想像するところ、徐々にハイドンやモーツァルトも増えて来るのではないだろうか。もちろん、フランス音楽やロシア音楽、北欧の音楽も彼の大事なレパートリーであり、それらも並行して演奏されるだろうから、それら様々なレパートリーを通しての、指揮者とオケのコンビの熟成がなんとも楽しみだ。
e0345320_01234993.jpg
そんなことを書くのも、今回のマーラーを聴いていて、このコンビならではの個性が音に刻印され始めたような気がしたからだ。この曲はそもそも一般的にはマーラーの交響曲の中で最も人気のないものと言われ、私自身も、この曲を知った頃には、どうもとりとめのない曲だと思っていた。従って、この曲で聴き手を唸らせる名演奏は、結構難しいという声もある。だが今回のヤルヴィと N 響の演奏では、この曲が人気があろうとなかろうと関係なく、彼らのスタイルで曲の隅々にまでライトを当てたような鮮烈さで、聴く者を圧倒したのである。今回のコンサートのプログラムによると、昨年パーヴォ・ヤルヴィはモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」を指揮してミラノ・スカラ座デビューを飾ったが、そのときにスカラ座フィルとのオーケストラコンサートも 3回開かれ、その曲目が今回と同じマーラー 7番であったとのこと。彼は語っている。

QUOTE
私自身、当初「第 7番」を分かりにくいと感じていました。しかし、風変わりで意外性に満ちたこの曲に整合性を求めることをやめ、音楽そのものに耳を傾けた途端、作品が自然と語りかけてくれるようになりました。今ではもっとも愛着あるマーラー作品のひとつです。
UNQUOTE

なるほど。これはよく分かるような気がする。マーラーが湖でボートを漕ぎ出したときに頭に浮かんだという冒頭の引きずるようなテーマから、ギターやマンドリンを含む奇妙な音響を経て、バロック音楽の研究の成果と言われる終楽章のロンドの高揚感まで、この異形の交響曲が、作曲者のイメージするままに再現されていたのではないだろうか。これは、夏の作曲小屋を持っていたトブラッハで、妻アルマと歩くマーラー。1909年の写真だから、死の 2年前ということになる。
e0345320_10323975.jpg
それにしても N 響の、ことにチェロを中心とする弦の雄弁さは特筆すべきもので、決して鈍重になることなく疾走感を維持したまま、旋律を謳い上げるさまには圧倒される。何より、ヤルヴィの指示に対して極めてプロフェッショナルに洗練された音で応じる N 響のメンバーたちには、21世紀の東京で鳴り響く音はこれなのだという自信が感じられるのがよい。それゆえだろう、聴いて行くうちに、そういえばこの音は、既にこのコンビで何度も聴いてきているなという思いを抱くこととなったのである。ここには紛れもないヤルヴィと N 響ならではの個性がある。我々東京の聴衆は、これからも様々なレパートリーで、この音を聴いて行くことができるのだ。なんと恵まれていることか。

ヤルヴィは 3ヶ月後の 5月にもまた N 響の定期に帰ってきて、シベリウスやストラヴィンスキー、ブルックナーなどを演奏する。さらにその次は 9月。N 響にとってはシーズンの幕開けであるが、ヨハン・シュトラウスにマーラーの、今度は 4番を演奏するのに加え、シベリウスの大曲クレルヴォ交響曲、そして、私が勝手に演奏頻度が増えると予想しているハイドンも、プログラムに入っている。来シーズンはさらに、2019年 2月と 6月の登壇も予定されていて、そこにはストラヴィンスキー・シリーズの続きやまたまたブルックナー、そしてなんと、メシアンのトゥーランガリラ交響曲までもが含まれている。さらなる快進撃が楽しみなヤルヴィと N 響なのである。

# by yokohama7474 | 2018-02-11 10:41 | 音楽 (Live) | Comments(2)