水戸室内管弦楽団第 100回定期演奏会 (指揮 : ラデク・バボラーク / 小澤征爾) 2017年10月13日 水戸芸術館コンサートホールATM

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水戸に本拠地を置く水戸室内管弦楽団が、第 100回の定期演奏会という節目を迎えた。水戸室内管は、1990年に設立された室内オーケストラである。チェリストのムスティスラフ・ロストロポーヴィチをソリストに招き、小澤征爾の指揮で第 1回演奏会を開いたのはその年の 4月。ちょうど私が社会人になったタイミングであるので、このオケの発展は、私自身が社会の荒波に揉まれて成長する (?) 過程とそのまま重なることもあり、今回の第 100回定期演奏会には是非足を運びたいと思ったものである。このオケのメンバーは、サイトウ・キネン・オーケストラのメンバーともかなりの部分重複していることや、水戸芸術館の初代館長、音楽評論家の吉田秀和 (1913 - 2012) が小澤の恩師であることもあり、設立当初から小澤との共演が多かったわけであるが、2013年に小澤が吉田の後を継いで水戸芸術館の館長に就任した際、このオケの総監督にも就任したという経緯がある。
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このブログでは過去何度か、小澤征爾という指揮者について語ってきている。昔から「世界のオザワ」などという、私に言わせれば音楽の本質に関係のない、実にくだらない称号をマスコミから捧げられる一方で、様々な毀誉褒貶を経てきた人であるし、私自身の小澤体験を思い出してみても、そのすべてが素晴らしいものばかりではない。だがそうは言っても、彼の音楽を聴いて雷に打たれたような強い感動を覚えたことも、過去 35年間に何度もある。誰が何と言おうと、私にとっては音楽史に残る偉大な指揮者のひとりであり、大病を克服して 82歳という年齢に至った彼の音楽を、一度でも多く聴きたいと思っているわけである。その小澤の実演を聴けるのは、今やほとんどが松本とこの水戸だけ、しかもコンサートの一部の指揮のみ、という事実はどうしようもないわけで、それでも彼の指揮を聴ける機会は、万難を排して確保する所存である。会場にはこのオケの歴史を示すポスターが所狭しと並んでいる。以下 2枚目のフィレンツェ公演は、途中で停電があったにもかかわらず、演奏を継続したという伝説的なもの。私の手元にはこの演奏会が NHK BS で放送された際に録画したヴィデオテープからダビングしたブルーレイディスクがある。
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さて、今回の演奏会、第 100回定期という記念すべきものであり、それを祝う曲目は、ベートーヴェンの交響曲第 9番ニ短調作品 125「合唱付」である。残念ながらこの破天荒な大作を全曲振り通す体力のない小澤は、今回、後半の第 3・4楽章のみを指揮する。そして前半 2楽章を指揮するのは、もともとベルリン・フィルのホルン首席であり、この水戸室内管やサイトウ・キネンでずっとホルンを吹いている、まさに現代のホルンの巨人、チェコ人のラデク・バボラークである。私も昨年の 8月 7日の記事で、彼の指揮する日本フィルの「エロイカ」その他を採り上げている。今年 41歳なので、指揮者としては未だ若手と言える。
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今回の演奏会、いろいろな意味で私にとっては前代未聞のものとなった。すなわち、以下のような点においてである。
1. ひとつの交響曲の前半と後半で指揮者の違う演奏会。これまでも小澤は、オペラの場合はほかの指揮者 (今回の演奏会では合唱指揮者を務める村上寿昭) と指揮を分け合うことはあったし、この水戸室内管でも、前半指揮者なし、あるいはナタリー・シュトゥッツマン指揮という例はあれども、交響曲の一部だけを指揮するのは初めてだろうし、きっと音楽史上でも珍しいことだろう。
2. それと関連して、前半に指揮を取った人が、後半はオケの一員として演奏に参加した。野球で、右投げ投手が左の代打をぶつけられたとき、左利きのピッチャーがワンポイントで出て、その時には外野を守り、その後マウンドに戻ることはあるが、今回のような例はほとんどないと思う (笑)。
3. 第九を演奏するのに、コントラバス 3本という衝撃の小編成!! しかも、ヴィオラとチェロはともに 4本ずつ。
4. 私にとってはこれが最大の驚きだったが、あの小澤が、なんと譜面をめくりながらの指揮である!!

音楽の内容についての私の感想をストレートに言ってしまうと、第九という曲本来の破天荒な表現力を最大限堪能するところまでは行かなかったものの、ひとえに小澤征爾という指揮者の存在によって、特別な機会になった、ということになろうか。前半を指揮したバボラークには大変申し訳ないが、今回演奏を聴くことのできた多くの人たちがそのように思ったのではないか。バボラークほどの驚異の才能なら、指揮でもなんでも簡単にできてしまうかと思うのだが、上述の、日フィルを指揮した「エロイカ」の感想を自分で読み返してみて、我ながら (笑) 納得した。彼の音楽には真面目な重量感があり、もちろんベートーヴェンとしてそれが一概に悪いとは言えないが、ちょっと遊びや面白みに欠くきらいがあると思うのだ。要するに、硬い。そのことを実感したのは、後半に小澤が登場し、第 3楽章が流れ始めたときである。ここでは、バボラークの剛直な音楽から一転して、なんともしなやかな音楽があり、水の流れのように進んで行く弦楽器の表現の透明感と、そこに湛えられた Emotion は、いかに感動的であったことか。改めて小澤のしなやかな音楽を聴いて、少し感傷的な気分になったことを率直に認めよう。これは記者会見での小澤。
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ちょっと遡って、今回の演奏会で第 2楽章が終わったときの情景を思い出してみよう。それまで、手すりのついた指揮台で、譜面台も置かずに暗譜で指揮していたバボラークが出番を終えると、指揮者交代を知っている聴衆は拍手を送った。だがバボラークは、曲の途中だからだろう、その拍手には反応せず、コンサートマスター (豊嶋泰嗣) にだけ会釈をして、そそくさと退場した。小澤用の椅子が指揮台に運び込まれ、指揮台自体が少し前に引き出された。補給用の水も置かれた。それらの作業と並行して、合唱を務める東京オペラシンガーズ (総勢 30名程度の小さな規模で、女声の方が若干多い) が入場して、ステージ上の後方に並んだ。椅子を置くスペースがないので、合唱団はずっと立ちっぱなしである。そして、思わぬことに、譜面台が運び込まれ、楽譜が置かれて、それから、舞台上手から 4人のソリストたち (三宅理恵、藤村実穂子、福井敬、マルクス・アイヒェ) が、下手からは小澤が登場した。あ、それから、終楽章のトルコ行進曲で打楽器を演奏する 3人の奏者も登場し、そして後半でホルンを吹くバボラークが、それまで吹いていた若い女性のホルン奏者と交代した。小澤は指揮台で精神集中し、そして始まった音楽は上述の通り清らかな感情の流れとなり、この名人オケが紡ぎ出す最上のクオリティの音が、人々の心に直接響いたのである。その第 3楽章終了時には小澤は給水を行い、少し休止を取ってから第 4楽章に入って行ったのだが、体の動きがかなり小さい。音楽が盛り上がる部分では懸命に椅子から立ち上がっての指揮であり、もちろんその音楽は感動的に立ち現れたが、演奏を聴きながら私の中では、ある情景が甦っていた。それは、もうかなり以前だが、ロリン・マゼールが大晦日にベートーヴェンの全 9曲を続けて演奏したときのこと。確か、それまでコントラバス 6本を基本に演奏して来たマゼールが、最後の第九に至って、なんと 10本のコントラバスを並べたのである!! これこそ、この曲が、作曲された当時からいかに破天荒な曲であったかを端的に示す例であり、現代ですら、その破天荒さにはなかなか演奏がついていかないのであるということを、その時実感したのだ。実は今回の演奏の開始部分から既に明らかであったが、弦楽器の編成が小さいと、音楽のダイナミックレンジ、つまり強弱の幅も小さくなってしまうのである。やはりこの曲には、ベートーヴェンの脳髄の中で鳴っていた壮大な響きが必要である。いかなる名人オーケストラでも、表現のパレットを制限されることは、やはりハンディであろう。

とはいえ、繰り返しだが、この演奏には最後まで感動的なものがあった。譜面を置いてはいるものの、ほとんど目をやることはないまま、それをめくりながら指揮をした小澤の中には、喧騒を超えた音楽の表現力がきっちりイメージされていたのだろう。それは、我々がこの指揮者の演奏を多く経験し、また彼を尊敬しているからこそ、上記のようなオケのハンディを超えて、聴衆に訴えかけるものであったのだと思う。そうであればこそ、途中で休憩を挟んでもよい、全曲を小澤の指揮で聴きたかった!!

今回の演奏も録音されていたので、これで水戸室内管とのベートーヴェンは、残すところは第 3番「英雄」と第 6番「田園」だけとなった。どちらも、第九ほどではないが 45分から 50分を要する大作であり、特に前者は、激しい高揚が必要な曲。また譜面を見ながらになるのか否か分からないが、今の小澤がどのように取り組むのか、楽しみにしたいと思う。そして、ベートヴェンが終わったその先も。
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# by yokohama7474 | 2017-10-14 01:32 | 音楽 (Live) | Comments(0)

オン・ザ・ミルキー・ロード (エミール・クストリッツァ監督 / 原題 : On the Milky Road)

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今日のニュースで、「世界都市ランキング」で、東京が昨年に続いて 3位となり、ボイントにおいて、2位のニューヨークとの差を縮めたという記事が出ていた (1位はロンドン、4位はパリ)。その理由のひとつは「文化・交流」分野であり、コンサートホールや劇場の数が貢献したとのこと。東京の文化をあれこれ逍遥するこのブログを書いている身としては、大変嬉しい結果であり、東京における文化生活の多様性につき、引き続き多くの人々にアピールして行きたいと思っております。とはいえ、全く堅苦しいものではなく、ラプソディを口ずさみながら川沿いを乱れて歩く、そんなブログであり続けるわけですが。

さて、そんな導入に続き、ここで再度確認しておきたいことがある。世界の大都市にはそれぞれ映画館が沢山あるが、邦画やハリウッドの最新作はもちろん、あまりなじみのない国の映画をこれだけ多く見ることができる街は、東京のほかにはないのではないか、ということだ。例えばパリには有名なシネマテーク・フランセーズがあり、貴重な映画作品を見ることができるが (私も一度そこの深夜上映で、小林正樹の映画を見たことがある)、この施設に相当するものは、東京では、東京国立近代美術館のフィルムセンターであって、通常の映画館ではない。その点東京では、今でもマイナー作品を上映する映画館が結構存在していて、世界の多様な映画に接することができるのである。私のポイントは、世の中に映像が溢れ、動画配信を気軽に楽しむことができる 21世紀の現在に至っても、良心的な小規模映画館がこれだけ多く存在する東京という街は、その点において極めて高い評価を得てしかるべきだということだ。

今回、私がどうしても見たいと思って、若干無理をしながらも日比谷のシャンテシネでこの映画を見ることができたのも、東京ならではの文化的僥倖というよりほかはない。エミール・クストリッツァの新作を見逃すことは、現代における非常に貴重な文化的試みを体験しそこねるということなのだから。と言いながら、私がこれまでに見た彼の映画は、「アンダーグラウンド」のみである。渋谷の小劇場のレイトショーで見た 1995年制作のこの映画、旧ユーゴの作品という物珍しさを越えて、映画という表現手段の底力を最大限に発揮した、素晴らしい作品であったのである。自分たちの普段暮らしている世界とは全く異なる緊張感や、現実の仮借ない残酷さ、そしてそこで逞しく生き抜く人間たちの生命力をひしひしと感じることができる映画であった。それ以来私にとってクストリッツァの名は、現代における最も優れた映画監督のひとりとしてインプットされた。因みにこの「アンダーグラウンド」、カンヌ映画祭のパルムドーム受賞作品である。これが今年 63歳になるクストリッツァ。サラエヴォの出身である。
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と、そのように興奮した口調で書いているものの、実のところ、最近ちょっとバタバタしていて、本作の題名をよく覚えていなかった。そんなに意気込んで何という映画を見に行くのか、と家人に訊かれたとき、「ええっと、『ミルキー・オン・ザ・ウェイ』だよ」と答えてしまったのである。その瞬間家人が思い浮かべたように、ペコちゃんがさすらいの旅に出るロードムーヴィーかといえば、さにあらず。正しい題名は、「オン・ザ・ミルキー・ロード」である。戦争が起こっている田舎町を舞台に、爆弾の飛び交う中、搾りたての牛乳を容器に入れ、ロバに乗って配達する男が主人公の物語。ペコちゃんやミルキーは、一切関係ありません (笑)。
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さて、旧ユーゴスラヴィア紛争は、東端とはいえヨーロッパという近代文明の先進地域で起こった内戦であり、私などにはとても理解のできない、凄まじい憎悪を孕んだ対立を背景としていた。紛争当時、名前からして東欧出身と思われる人と会食しているときに、なぜヨーロッパで殺し合いが起こっているのかと質問したことがあるが、何やら要領を得ない、「しょうがないんだよ」といったニュアンスの回答であったことを覚えている。クストリッツァの名作「アンダーグラウンド」はまさに、このユーゴの内戦を舞台としていた。今回の「ミルキー・オン・ザ・ウェイ」じゃなかった、「オン・ザ・ミルキー・ロード」も、音楽の使い方や映像の雰囲気において、記憶の中にある「アンダーグラウンド」と共通点が多い。ここではセルビア語が使われ、劇中では戦争が起こっていて、地雷原もクライマックスで重要な要素となることから、やはり同様にユーゴ内戦が舞台かと思いきや、どうやら具体性はなく、ただ「戦争地域」という設定であるようだ。冒頭には「3つの実話とたくさんのファンタジーに基づく」とあるが、プログラムによるとその 3つの実話とは、以下の通り。
1. 90年代のユーゴで英国のスパイから逃れようとした女性の物語。
2. アフガン紛争中に毎日自転車でロシア軍基地に牛乳を運んでいた男が、ある日蛇に襲われて足止めを食い、その間にロシア軍基地は攻撃を受けて壊滅したこと。
3. 地雷原で羊の群れを飼うことで自由を得たボスニアの男の話。
なるほど、この映画の流れがよく分かる。ロバに乗って牛乳を運ぶ主人公コスタを演じるのは、監督のクストリッツァ自身である。本作の脚本も彼が手掛けている。
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この映画を見ていて何度も思ったが、この人、とてもいい顔をしている。美男ということでは全くなく、むしろ三の線なのであるが、飄々とする中に、何か人生のどこかで負った深い傷を感じさせる。この映画をご覧頂く方には、彼が最初に登場するシーンで、鏡の下の方に貼ってある、ちょっと目を引く写真にご注目頂きたい。彼の抱える心の闇の理由がそこに存在していて、そのことはその数分後に村人たちのセリフによって示されるのだ。私は運よくそのことに気づいたので、作品にスムーズに入って行くことができた。冴えた演出である。このコスタに思いを寄せるミレナという女性を演じるスロボダ・ミチャロヴィッチも大変よい。彼女が踊るときにラジカセ (!!) で流れるのは、懐かしの「フラッシュダンス」(1983年) のイントロ部分だ。これは設定された時代を表しているのだろうか。
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そしてもうひとりの主要な役を演じるのは、モニカ・ベルッチ。イタリアの女優で、これまでそれほど大した作品に出ているわけはないが、その名前にはどこか特権的 (?) な響きがあり、いかにもゴージャスな存在だ。このブログでは、「007 スペクター」での出演をチラリとご紹介したことがある。この映画での役柄は、セルビア人の父とイタリア人の母を持つ女性という設定で、ここではセルビア語のセリフを喋っている (口ずさんでいる鼻歌はどうやらイタリア語のようだが)。調べてみると、私より 1歳上の 1964年生まれ。まあ、若いとは言えませんな (笑)。
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コミカルな味もそこここにありながら、そしてそれが映画全体のトーンを明るくしていながら、やはりこの映画で描かれているのは、戦争の中で生きる人々の直面する過酷な現実であり、それはそれは仮借のないもの。またその反動として、人間や様々な動物たちが逞しく生きる姿にも、強く打たれることとなる。その二面性のギャップは、見ているうちに凄みを帯びてきて、人々の胸に迫る。このような描き方は、残念だが日本の映画では絶対できないだろう。いや、日本だけではなく、どの国でもこのような仮借ない映画を作るのは難しいだろう。それは、本当にここで描かれた命の数々が、いつどこで散ってしまうのか分からないという感覚、それゆえに、上に挙げた人の言葉ではないが、「しょうがない」という諦観が、リアルにそこにあるからだ。ここには湿っぽさがなく、主人公が架空の世界で恋人に再開するときの幻想シーンにも、過度な感傷性はない。それが戦争という、人間がどうしてもやめることのできない悲惨な「習性」への冷ややかな視線を感じさせる。いや、実際にはこの映画においては、戦争は途中で終わるのだが、それにも関わらず、ある理由によって殺戮は続く。つまり、人間の「習性」としての戦争だけではなく、一部の狂気を帯びた人々の巻き起こす悲劇までもが描かれていて、それはもう救いのない話なのである。そのような救いのない話を、見る人に嫌悪感を起こさせずに見せるのが、偉大なる映画作家クリトリッツァの手腕なのだ。

主人公コスタは、ロバに乗っているだけではなく、ハヤブサを友とし、ヘビには危ないところで命を救われ、クライマックスでは地雷原で羊の大群の中で命をかける。そのような格闘のあと 15年が経ち、コスタが山の中に入って行くシーンがあるのだが、そこには驚くべき情景が現れる。これだ。
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巨大な熊にミカンを口移しで与えるコスタ。これは CG かと思いきや、本当の熊で、その名はメド。現在は体重 300kg とのことだが、体重 80kg の頃からクリトリッツァと「友達関係」にあるらしい。やはりこのクストリッツァという人、動物とコミュニケーションできる特殊な力があるとしか思えない。劇中では、その巧みなツィンバロンの演奏シーンもあり、その多彩な才能には本当に恐れ入る。

このように、エミール・クストリッツァという特異な才能を充分に堪能できる傑作であり、その強烈な表現力に耐える自信があり、東京の文化度の高さを実感したい方には、是非是非お薦めである。それから、ちゃんと正確に題名を覚えてから劇場に向かわれることも、合わせてお薦めしておこう (笑)。あ、もちろん、東京以外でも、札幌、横浜、名古屋、大阪、神戸でも上映中。日本はなんと文化的な国であることか。

# by yokohama7474 | 2017-10-13 00:47 | 映画 | Comments(0)

散歩する侵略者 (黒沢清監督)

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この映画の監督は黒沢清である。学生時代、映画研究会というサークルに所属していた私は、自分自身はそれほどの熱意はなくとも、周りにはいわゆる「自主映画」、要するに当時なら 8mmフィルムを使って、非商業ベースで作る映画のことだが、その分野に深入りしている人たちがそれなりにいた。その世界の人たちにとって、黒沢清という名は既に有名で、尊敬を込めて彼のことを語る先輩などもいたものだ。もちろん、この人がプロの監督になって、現在に至るまで活躍していることは知っていたが、過去にどんな映画を撮った人だっけという家人の質問に対し、うーんと数秒考えて、30数年ぶりに私の頭の中から出て来た記憶は、「えぇっとあのほら、洞口依子の出た、あれだよあれ。ええっと・・・そうそう、『ドレミファ娘の血は騒ぐ』」という作品名。実は私はこの作品を見た記憶はないのだが、伊丹十三が出ていて、その彼が自身の監督作「タンポポ」でも洞口依子を起用していて、その中でマーラー 5番が使われていた (特に卵を使ったラブシーンでのアダージェット) ことなどを急に思い出したりして、なんだか懐かしいような眩暈がするような、妙な感覚にとらわれたものである。宇宙人に狙われるとはこんな感覚なのかもしれない (笑)。現在では誰でも動画を作成してネット上で公開できるわけで、昔の「自主映画」(その多くは自己満足のために作られたものであったと言えば語弊はあるが、私はそう思っている) という言葉について回る感覚は、既に過去のものになってしまっていると思うが、その分野から出て活躍している日本の映画監督は沢山いるので (Wiki にも「自主映画」という項目があることを今回発見)、それが現代日本の文化のひとつを源泉にもなっているということだろうか。これが黒沢監督。
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さて、この映画を見る人のほとんどは、自主映画などという言葉を知らない人であろう。だから、例えば室内のシーンがやたら暗いなぁと思われるケースもあるように思っても、あまり気にしないかもしれない。実際この映画では、照明はどうなっているんだと思う暗めの画像が多く、私のような人間には、それが「自主映画的」に見えてしまうから、たちが悪い。もちろんこれには好みの問題もあって、私の場合は、室内劇の場合には精妙な、凝りに凝った人工的な映像が好きで、そのためには CG の効果的活用も重要だと思うのだが、もちろんそうでない意見もあるだろう。プログラムを読むと、黒沢の前作「クリーピー 偽りの隣人」と同じ真夏の時期の撮影となったが、映像のトーンが同じにならないように、少し寒々とした映像にするため、北欧の映画の色彩を参考にしたという。北欧の映画と言えば、古くはベルイマンなどがあり、最近の北欧映画をこのブログでいくつかご紹介したこともあるが、さて、その試みは成功しているだろうか。私個人の感想は、上記で明らかであると思う。日常に潜む奇怪な出来事の不気味さを表現するなら、もっと精密な絵が欲しい。

だが、映画そのものには見るべき箇所はいろいろあって、結構楽しめた。予告編からも明らかであったように、この映画においては、人間世界に紛れ込んだ宇宙人たちが地球を侵略するという設定になっている。長澤まさみと松田龍平が夫婦を演じ、後者が宇宙人の役柄である。
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この松田龍平という役者、本当にほかの役者にない、大真面目でいてとぼけた不思議な味わいがあって、もうそのまま宇宙人かい、と言いたくなる名演技である (笑)。要するに、「この人変わっているな。ちょっと変だな」と思わせるところが、日常に潜む不気味さの知覚の始まりであるとすると、彼の演技はその知覚を促す最高のものであると思うのだ。それに対して長澤まさみは、イラストレーターとして社会で活躍する女性という役柄だが、見事なまでに劇中ずっと不機嫌なのである。これはこれでまた、年齢的にもそのような役が似合うようになってきていると思うし、これからも怒る女性を演じ続ければ、逆に笑顔を見せた瞬間に、最高に輝くのではないか (笑)。いや実際、この映画でも、ネタバレは避けるが、そのようなコンセプトも見られたような気がする。それから、彼女が劇中で二度発する「もぅ、やんなっちゃうなぁ」という嘆きの言葉は当然、小津の「東京物語」における杉村春子のセリフへのオマージュであろうが、その言い回しは結構いい味が出ていた。きっと監督の厳しい演技指導があったのではないか。

その他、前田敦子、満島真之介、東出昌大、小泉今日子、そしてとりわけ笹野高史といった脇役陣が、それぞれの個性を出していて面白い。それから、主役の一角である長谷川博己も、「進撃の巨人」や「シン・ゴジラ」といった近作よりも、この飄々とした演技の方が、私にはよほどしっくり来る。ラスト間近ではなかなか体を張った演技も見せるが、ただ監督の演技指導に沿っているというのではなく、かなり自主的に役作りしたのではないかと想像される。
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ストーリーに関して、この程度はネタバレにならないと想定して書いてしまうが、ここに出て来る数人の宇宙人たちは、侵略の対象である地球人のことをよく知るために、様々な概念を人間から採取している。例えば「家族」「所有」「自由」仕事」「自分」・・・。そのような概念を抜き取られた人間は、時にハッピーな人格に生まれ変わるのであるが、あるひとつの概念だけは、それなしには人間が人間たりえない、というのが映画のメッセージ。勘のよい人はここでピンと来るであろうから、これ以上深入りはしないが、まあそれだけこの映画の設定には、誰にでも分かる平明さがあって、その点は (たとえ室内の映像が暗くて不満であっても 笑)、多くの人の共感を得られるものと思う。ハリウッドにおけるこの手の映画とは異なり、本当に世界中で宇宙人が人間世界を侵略する迫力のあるシーンは全然出てこない。だからここでの「宇宙人」は、ひょっとして比喩なのではないかと思われるほどだ。そう、ここでの侵略者たちは、のんきに人間社会を散歩するのである。この映画がカンヌ映画祭の「ある視点」部門に出品されたこともうなずけようというものだ。なので私は、この映画が「自主映画」的であるか否かは一旦忘れ、それなりに楽しめるユニークな映画であるということはここで申し上げたいと思う。カンヌでの松田と長谷川。
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プログラムを読んで知ったことには、これはもともと演劇が原作らしい。イキウメという劇団が 2005年に初演し、2011年に再演、そして今月末から 12月にかけて、東京・大阪・福岡でまた再演されるという。作・演出を手掛けるのは 1974年生まれの前川知大 (ともひろ)。この劇団では SF、ホラーといった系列の作品を上演しているという。プログラムに掲載されているインタビューでは、この作品のタイトルには「ウルトラセブン」に通じるものがあるのでは、という指摘に対し、確かに影響はあると認めている。「日常の中に宇宙人がいる、という違和感が好きなんです」と語っており、そのイメージの源泉は、メトロン星人であるそうだ。私はその分野でのマニアではないものの、幼時に体験した「ウルトラセブン」のいくつかのストーリーに見られたシュールな感覚は、いわゆる幻想的なイメージの源泉のひとつにはなっている。特にこのメトロン星人の回 (「狙われた街」) は、実相寺昭雄が演出をした伝説的なものであり、確かにそこからの演劇人への影響とは、いかにもありそうなことだ。うーむ、この芝居、ちょっと見てみたい。もともと私は、素人映画と同様、素人芝居にも手を染めていたこともあり、演劇も好きな人間であるにも関わらず、最近はほかの分野にプライオリティを置いている関係で、ほとんど芝居を見ることがない。これを見れば、自主映画的感覚と演劇的感覚の差異について、新たな発見があるかもしれないなぁ。
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# by yokohama7474 | 2017-10-11 00:49 | 映画 | Comments(0)

成城学園創立100周年記念音楽会 ハイドン : オラトリオ「四季」井上道義指揮 新日本フィル 2017年10月 9日 すみだトリフォニーホール

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東京・世田谷区にある成城学園は、著名人を数々世に送り出している名門中学・高校・大学である。私なぞ、生まれは大阪で、東京に出てきてからも東側とか北側に専ら縁のある生活を長く送り、その後は神奈川県と海外を転々として、今は東京南部の住民であるわけで、世田谷とか成城とかいう高級な響きには、少しばかり敷居が高い思いを禁じ得ないのである。1917年に成城小学校が設立されたのがその始まりで、今年は創立 100年ということになるらしい。この演奏会はそれを祝って開かれたもの。その成城学園の出身者の中で、有名な音楽家は、小澤征爾と井上道義という指揮者たちである。これは昨年、成城大学名誉博士記を授与された小澤征爾。
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今回の演奏会では、成城学園の OB・OG を中心に結成されて既に 80年の長い歴史を誇る成城合唱団が主役で、オケは成城出身の井上道義が指揮する新日本フィル、演奏会場はこのオケの本拠地、錦糸町のすみだトリフォニーホールである。演奏された曲は、ハイドンのオラトリオ「四季」という大作だ。ハイドンのオラトリオとしては、このブログでも過去 2回採り上げた「天地創造」が最も有名であるが、この「四季」もそれに次ぐ知名度を持つ。「天地創造」の 2年後、1801年に 61歳のハイドンが作曲したこのオラトリオ、台本は、英国のジェームス・トムソンの詩に基いて、「天地創造」と同じヴァン・スヴィーテン男爵が書き上げたもの。「天地創造」では神がこの世界を創造し、最後に人間を創造し、その人間たちが未だ楽園にいるところまでを描いていたが、一転してこの「四季」は、それから幾星霜を経てからの時代、オーストリアの田舎を舞台に、父と娘、そしてその恋人の若い男の 3人が、村人たちとともに四季折々の情景や感興を謳い上げるもの。つまりは、神ではなく人間の行為がテーマになっている。オラトリオは宗教曲であるから、通常は神への信仰を高らかに歌うものであるゆえ、このような世俗の生活を描くオラトリオは珍しい。だがこれぞ、どんな音楽を書いても人間性の謳歌を忘れなかったハイドンの面目躍如。実に楽しい曲なのである。人々が四季の中で平和な暮らしを営み、自然の恵みを享受できるのも、神のおかげであるという発想が基礎にあり、最後は神への賛歌で終わる点は、まぎれもない宗教曲である。だが、例えばベートーヴェンの「田園」も同じような発想でできているが、決して宗教曲でないのと同様、この「四季」も、宗教的感情は結果であって、その前に人間賛歌がある点が、当時としては相当に先端的であったろう。これがハイドンの肖像。
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会場はほぼ満員。もちろん合唱団のメンバーの友人親戚の方々もおられただろう。ある中年女性などは、「今日の曲目ってなんだっけ。『四季』? あぁ、ヴィヴァルディね」とおっしゃっていたが (笑)、私は確信する。その方もきっと、このコンサートを楽しまれたに違いない。まず何より、井上と新日本フィルの演奏には小股の切れ上がった快活さと、活き活きとした絶妙のニュアンスが満ちていたと思う。ユーモラスな音楽に井上のユーモラスな指揮。例えば春において、羊や魚やミツバチや小鳥は、音楽の中で楽しく動くかのようであったし、夏の嵐は強烈に吹き過ぎて行ったし、秋の情景の中の狩りには緊張感があるとともに、角笛の咆哮もよく鳴り響いていたし、冬には凍えた旅人を溶かすような一家の団欒、そして若い男女の初々しいやりとりと周りの人々の冷やかしの面白さが横溢していた。今回の演奏では演奏者の配置が興味深くて、チェンバロは指揮者のすぐ前で、オケの方を向いて置かれている (よって指揮者の指示は見えなかったはず)。ソリストの 3人は、弦楽器のすぐ後ろ、木管・金管の前に並ぶというもの。合唱団にはかなり年配の方々もおられたが (後半で、ちょっと足元がおぼつかない方がおられてひやひやしたが、なんとか大丈夫であった)、様々なニュアンスに満ちた合唱のパートを力強く歌い上げていて、これは歌われた方々にとっても大変な充実感であったろう。その充実感は、創立 100周年を祝うにふさわしいものであったに違いない。これは、過去の成城合唱団と新日本フィルの共演の様子。会場は今回と同じすみだトリフォニーホールであるようだ。但し、今回はオルガンもハープもなし。
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この作品の歌詞はもともとドイツ語だが、今回はすべて日本語訳。会場では日本語の歌詞が配られ、ほとんどの人たちがその歌詞を見ながら聴いていた。原語でないことの賛否はあるだろうし、私も通常なら原語支持者なのであるが、今回はあまり気にならなかった。それはつまり、歌手たちの声だけでもかなりの部分を聴き取ることができ、文語調を採用していることもあって、簡潔な歌詞がよく音楽に乗っていたと思うからだ。庶民の自然との関わりや、生きている喜びを歌うという曲の内容に鑑みても、母国語で歌うことには充分意味がある。そんなことを感じる演奏であるから、やはり成功であったのだと思う。ソリストは、このところ大活躍のソプラノ小林沙羅が相変わらず素晴らしく、テノールの小原啓楼、バリトンの青山貴も美声を聴かせた。それにしてもハイドンの音楽は、様々な描写という点において、時代の制約を超えた面白いものだ。その一方、メロディを作り出す際には、高い職人性が発揮されている。例えば「春」の中で、農民が鼻歌まじりに歩いているシーンがあるのだが、ここで作曲者は、あの有名な交響曲第 94番「驚愕」の第 2楽章のテーマを転用している。実はこの箇所、台本を書いたヴァン・スヴィーテン男爵は、当時はやりのオペラの一節を使おうとハイドンを説得したが、ハイドンは頑としてその案をはねつけたという。人間的で大らかに見えるハイドンの、職人的こだわりを感じさせるエピソードではないか。

それにしても、井上道義の最近の活躍ぶりには本当に目を見張る。このブログでも何度もご紹介した通り、全くタイプの異なるレパートリーのどれを聴いても、オケを自在に操り、自分の音楽にしてしまう手腕は大したもの。病気を克服したことで、何か違うものが見えるようになったのであろうか。今後もこの人の演奏会には、できる限り足を運びたい。
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最後に、この演奏会を聴きながら思い出したことをひとつ。この成城合唱団くらい古い歴史を持っていると、いくつかの西洋の声楽曲のレパートリーを日本語訳で歌うという習慣が確立しているのだろうかということ。というのも、以前パルテノン多摩で聴いた小澤征爾指揮のやはり新日本フィルによるバッハの「マタイ受難曲」が、やはり日本語訳による歌唱であったことを思い出したからだ。あれも確か成城合唱団であったはず。帰宅して早速調べると、やはりそうであった。1997年 6月22日の演奏だから、あれからもう 20年経つのか・・・。
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西洋で作られたキリスト教の宗教音楽を母国語で歌う。そこには日本独自の感性が生きているし、心を歌に乗せるという意味では、そのような「伝統」には揺るぎない必然性があるということだろう。そのようなことを再認識する、素晴らしい演奏会であった。

# by yokohama7474 | 2017-10-09 23:30 | 音楽 (Live) | Comments(0)

リッカルド・シャイー指揮 ルツェルン祝祭管弦楽団 2017年10月 8日 ミューザ川崎シンフォニーホール

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2日前のサントリーホールでのベートーヴェンとストラヴィンスキーの演奏会を既に採り上げた、リッカルド・シャイーと、彼が昨年から音楽監督を務めるルツェルン祝祭管弦楽団の演奏会、もうひとつのプログラムを聴くことができた。今回はオール・リヒャルト・シュトラウス・プログラムで、以下の 3曲が演奏された。
 交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」作品302
 交響詩「死と変容」作品24
 交響詩「ティル・オイゲンシュピーゲルの愉快ないたずら」作品28

まずはこのレパートリーについて、思うところを語ろう。この 3曲、演奏時間でいうと、演奏された順番に短くなり、つまりは最初の「ツァラトゥストラ」が最も長く、次が「死と変容」で、最後の「ティル」が最も短い。また曲の壮大さにおいては、最初に演奏された「ツァラトゥストラ」が最も立派で、「死と変容」がそれに次ぎ、「ティル」は諧謔味溢れる曲だ。つまりこのコンサートは、壮大な冒頭を持つ壮大な作品に始まり、段々短くて壮大さを欠く曲に移行するという、異例の構成であるのだ。だがその順番には理由がある。なぜなら、R・シュトラウスの交響詩の中で、コンサートの最後に相応しい大きな音で終わる曲は「ティル」だけであるからだ。だがそれも、ひとつのコンサートをシュトラウスの曲だけで占めるという前提があってこそ、この演奏時間 15分ほどの曲がトリを務めるということになるのだ。そこでちょっと考えてみたのだが、私は過去にシャイーの R (いや、実はこれが J であっても同じなのであるが 笑)・シュトラウスの演奏を聴いたことがあるだろうか。ちょっと記憶にあるのは、旧ベルリン放送響の音楽監督時代に、ヘ短調の交響曲という習作を演奏したのを FM でエアチェックしたことだ。コンセルトヘボウ時代はどうかと思って、13枚組のライヴ録音のアンソロジーを取り出してきて調べたが、やはりシュトラウスは含まれていない。ワーグナーの管弦楽曲はそれなりに採り上げているし、ブルックナーとマーラーの交響曲全集を作り、ツェムリンスキーやシェーンベルクなども積極的に取り上げているシャイーが、つまりは後期ロマン派から近代に移行する時代の音楽を得意とするシャイーが、実は後期ロマン派の雄である R・シュトラウスを、これまであまり演奏した気配がないことは、大変に意外である。その一方でオケの側を振り返ってみると、クラウディオ・アバドがこのルツェルン祝祭管弦楽団を創設したのは、ベルリン・フィルの芸術監督を退いた後の 2003年。大病を経験したこともあり、システムの出来上がった既存楽団との共同作業よりも、気心の知れた奏者を集めて好きな曲を演奏することに、むしろ音楽の喜びを見出したものであろう。そんなアバドがルツェルンで採り上げていたのは、主としてマーラーとブルックナーの交響曲。幅広いレパートリーを網羅的に演奏することは、きっと考えていなかったのだろう。それゆえ、アバドもこのオケでシュトラウスの交響詩を採り上げたことはなかったのではないだろうか。そう考えると、この演奏会は、指揮者にとってもオケにとっても、新境地を目指してのレパートリー開拓と言えるように思う。実はこのシャイーとルツェルン祝祭管は、既にこの夏、現地で同じプログラムの演奏会を行ったという。
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前回のこのコンビの演奏について、私はオケの機動力は認めつつも、若干複雑な感想を記した。だが今回のシュトラウス・プログラムには、ただただ脱帽だ。ある意味では、現代オーケストラのひとつの極致を聴くことができたと言ってもよい。3曲いずれも、その音の密度といい温度といい表現の多様性といい、実に瞠目すべきものであり、さすがヨーロッパの腕利きが集う名人オケだけあると感嘆した。冒頭の「ツァラトゥストラ」は、まさに悠揚迫らざるテンポで堂々と展開し、名人オケでも時にミスを起こすような難所も易々とクリア。次々と押し寄せる圧倒的かつ緻密な音響は、そうそう聴けるものではない。クライマックスでは音は高々と飛翔した後、静かな低弦のピツィカートで消えて行き、その余韻は素晴らしいものであった。「死と変容」も、次々と寄せては返す弦の波に、腹に響く金管や朗々と鳴る木管が絡んで、厳かな曲のメッセージが強烈に浮かび上がる演奏。そして「ティル」は一転して、諧謔味溢れるアクロバティックな演奏で、これまた曲の本質に肉薄するもの。最後にティルが死刑宣告される部分では小太鼓が 2台使われていたが、そのうちの 1台は、プロヴァンス太鼓というのだろうか、このような形のものであった。これなど、シャイーの音に対するこだわりを示す例ではないだろうか。
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メインのプログラムにこのように酔いしれながら、アンコールは何だろうと考えていた。オール・シュトラウス・プログラムであれば、きっとアンコールもシュトラウス作品だろう。アンコールに演奏されうるシュトラウスの曲とは、あの曲とあの曲くらいしかない。そこでオケの配置を見渡すと、それまでの曲で使われていなかったはずのタンバリンやチェレスタ、それから木琴、加えてカスタネットが見える。ということはもう決まりだろう。そう、「サロメの 7つのヴェールの踊り」である。ここでシャイーは指揮棒を置いて素手で指揮し、官能的にうねるオーケストラを完全にドライブした。このアンコールにおいても、改めてこのオケの実力と、シャイーの統率力に感服した次第。今回は全く文句のつけようのないコンサートであり、まさに眼福ならぬ耳福 (?) という貴重な体験であった。この臨時編成のオケは、これからどのような活動を展開して行くのか分からないが、ヨーロッパの各国が、移民問題やテロの脅威、あるいは EU 離脱や独立運動などに翻弄されているからこそ、永世中立国スイスでこのようなメンバーが集まることには、意味があるのではないか。日本にもサイトウ・キネン・オーケストラという優れた臨時編成オケがあるが、そちらの方も今後の方向性が気になるところ。それぞれに違った事情を持ちながら、でも音楽をする瞬間には、とにかく聴衆を魅了する時間を提供し続けて欲しいものだ。
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さて、ここで述べておきたいひとつの懸念は、集客である。前回の演奏会で、サントリーホールが半分くらいしか埋まっていなかったと嘆いたが、今回は週末であるにも関わらず、ミューザ川崎は空席が目立っており、上層階に至っては人影もまばらといった様相。全体では 1/3 くらいしか入っていなかったのではないか。正直、演奏者の皆さんに申し訳ないような気がしたし、その内容の素晴らしさを聴くと、本当にもったいないことだったと思う。やはりチケットの値段が高すぎるのだろうか・・・。今後の東京の来日オケ事情は、よく注意が必要だろう。

未来に向けての考察はもちろん意味があるが、たまには過去を振り返ってみるのもよいのでは。先の記事に書いた通り、シャイーは私にとっては、その活動の初期から聴いてきた指揮者である。彼のデビュー盤はマスネの「ウェルテル」であったが、シンフォニー分野でのデビュー盤は、ロンドン・フィルを指揮してのメンデルスゾーンの 2番・3番。またそれに続いて彼の名声を高めたのは、ウィーン・フィルを指揮してのチャイコフスキー 5番である。以下、当時レコード芸術誌に載った広告。メンデルスゾーンは 1981年 2月号、チャイコフスキーは 1982年 7月号である。若い方にとっては珍しい写真だと思うので、1980年代に思いを馳せてみて下さい。
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彼のレパートリーは広範であることは確かだが、一方で意外なこだわりがある。初期の頃から、例えばショスタコーヴィチのジャズ組曲は録音したが、交響曲はその後も多分全く録音していない。あるいは、プロコフィエフを採り上げるにも、有名な 1番や 5番ではなく、オペラ「炎の天使」を一部転用した 3番や、カンタータ「アレクサンドル・ネフスキー」が彼のレパートリーであった。何かまとめて録音するときには、それは例えばエドガー・ヴァレーズだ。それから、やはり 80年代初頭のインタビューで、自分はイタリア人だがレスピーギは嫌いなので演奏しないと語っていたのを覚えているが、確かに彼の指揮する「ローマ三部作」は、聴いたことがない。また、せっかくキャリアの初期に会心のチャイコフスキーを録音したウィーン・フィルとも、ある時期から関係が悪くなったという話を聞いたことがある。そんなわけで、30年以上世界の最前線で活躍して来たのは、その柔軟性かと思いきや、決してそれだけではなく、自分の信頼する音楽に深く没頭して活動してきたということなのかもしれない。もちろんオペラの分野では、スカラ座の音楽監督として今後も期待が大きいが、オーケストラ演奏に関しても、今後どのようなレパートリーを聴かせてくれるのか、目が離せないのである。あ、上のチャイコフスキーの宣伝文句に、「もはや彼から目を離すことは許されません」とあるが、35年経ってもそうなのか!! (笑) これは大変なことだと思いますよ。

# by yokohama7474 | 2017-10-09 01:26 | 音楽 (Live) | Comments(0)