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イタリアの名指揮者、ファビオ・ルイージ指揮による今月の NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の定期演奏会の 2つ目のプログラム。今回の曲目は以下の通り。
 ベートーヴェン : ピアノ協奏曲第 1番ハ長調作品 15 (ピアノ : ベアトリーチェ・ラナ)
 ブラームス : 交響曲第 4番ホ短調作品 98

なるほど、今回は王道のドイツ音楽一本で勝負するルイージである。但し、4月16日にご紹介した前回のルイージと N 響の演奏会も、実はすべての演目がドイツ・オーストリアの曲目であったのである。なるほどなるほど。今回彼が採り上げた 2つのプログラムは、すべてドイツ・オーストリア系。これまでのキャリアでドイツ語圏のシュターツカペレ・ドレスデンやウィーン交響楽団を率いてきたルイージと、元来ドイツ物をバリバリ弾くという持ち味で勝負して来た N 響。これは面白いことになりそうだ。

まず 1曲目、ベートーヴェンの 1番のピアノ・コンチェルトを弾いたのは、イタリアの若手女流、弱冠 24歳のベアトリーチェ・ラナ。N 響には初登場だ。
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日本のオケには様々なソリストが登場して、大家もいれば中堅もおり、若手もいる。このような機会に新たな演奏家と出会うことは、コンサート愛好者の特権なのである。さしずめ今回のラナなどは、そのような特権を感じさせてくれる素晴らしいピアニストであったと言えると思う。彼女の経歴を見てみると、2011年、18歳でモントリオール国際コンクールで優勝、2013年にはヴァン・クライバーン国際コンクールで 2位ということで、これはこれで素晴らしいのだが、どのようなピアニストであるのかは、実際に聴いてみないと分からない。そして、実際に聴いてみて分かったことには、非常にクリアな音で鍵盤を駆け抜ける素晴らしいピアニストだということだったのである。このベートーヴェンのコンチェルトは、本当に溌剌とした元気の出る曲であり、それをこのように演奏してもらえれば、聴き手としてはまず第一に、曲の素晴らしさを感じることができるわけで、それこそが音楽の醍醐味なのだと思う。第 2楽章で彼女のピアノは、まるでバッハを弾くかのような透明感をもって、感傷的になることなく、だが大変に美しくて平穏な世界を紡ぎ出した。この楽章の終盤に出てくるクラリネットとの絡みも実に見事で、本当にいい音楽なのだと実感したのである。いつも私がこのブログで主張していることは、演奏家が若いか年寄りかは、音楽を聴く上では重要な要素ではなく、それぞれの演奏家はそれぞれのキャリアがあるのであって、若い時にピークを迎える人もいれば、老年に至って真価を発揮する人もいる。さらに言えば、何をもってその演奏家のキャリアのピークであるかは、誰にも分からないのである。その意味で今回のラナは、今の彼女の持てる力を巧まずして発揮することで、ベートーヴェンの若書きの音楽の素晴らしさを表現したと言えると思うし、彼女の音楽がまた今後変わって行くことがあるにせよ、今の彼女の音楽は充分に魅力的だということだ。そして彼女が演奏したアンコールは、ドビュッシーの「ピアノのために」の第 1曲。うーん、ベートーヴェンの後にドビュッシーを弾ける感性は素晴らしいと思うし、実際、常に輝きを保ちながら鍵盤を縦横に駆け巡った彼女には、聴衆が聴き惚れるものがあった。因みに、以前誰かが書いていたが、ドビュッシーは「ピアノのために」という曲をフォルテで始めているのである (笑)。ラナの溌剌とした演奏を聴くと、そんなこともどうでもよくなって来るのである。

そして後半、天下の名曲ブラームス 4番。これは事前の予想通り、ルイージらしいタメの効いた演奏。冒頭の滴り落ちるような音型は、うぅーんっとカーブを描いて絞り出されたが、そこはさすが N 響。ルイージの要求によく応え、音楽的情景の移り変わりを実に充実した音で描き出していた。弦楽器が重層的で深い音色を出していたのは当然で、また木管奏者のそれぞれが、実によい音で鳴っていたのである。だがルイージの音楽は、昔のドイツの巨匠のような重い音にはならず、第 2楽章で深々と歌う箇所でも、推進力のあるキレのよい音で一貫していた。終楽章ではオーボエが入りを間違えるハプニングもあったものの、その後見事に挽回。寂しげなフルートも実に表情豊かで、終演後に指揮者が真っ先に立たせたのも納得できよう。なるほどこれが、イタリアの魂を持ったドイツ音楽なのである。美しくも爆発力のある音楽は、まさにルイージの明確な個性であると思う。ルイージと N 響には今後も長い共同作業を続けてもらい、日本において新時代のクラシック音楽の水準を打ち立ててもらいたい。先頃発表された N 響の来シーズン (今年 9月から) の定期演奏会の指揮者陣にはルイージの名前はないが、またその次のシーズンを心待ちにしている。この写真は、上に掲げた今回のプログラムで使われたルイージの写真。眠そうに見えないこともないが、大丈夫。ひとたび指揮を始めると、マジカルな手腕が発揮されるのである (笑)。
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# by yokohama7474 | 2017-04-22 23:22 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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テオドール・シャセリオー (1819 - 1856)。見覚えのある名前であり、どこかの美術館で作品に触れているはずだが、明確には思い出せない。確か昔、大学で文学部の講義を選択して、フランスのロマン主義と新古典主義から印象派に至る流れを一通り学んだ際にも、その名が出て来たような気がする。このポスターに使われている女性の肖像画を見ると、描き方自体には古典的な要素を持ちながらも、どこかに憧憬をたたえたその女性の表情には、型通りの写実を超えた、どこかなじみがあるようなないような、不思議な感覚を覚える。いずれにせよ、一般にはほとんど知られていない、37歳で夭折したこの画家の初めての展覧会が、上野の西洋美術館で開催中である。なかなかに貴重な機会と思い、ちょっと覗いてみた。

シャセリオーは、カリブ海のイスパニョーラ島 (現在は2/3がドミニカ共和国に、1/3がハイチに所属) で、フランス人の父と現地生まれの入植者 (いわゆるクレオール) の母の間に生まれた。現代の、しかも極東の島国に住む我々にとってはこのあたりは感覚的にちょっと分かりにくいが、当時ヨーロッパ列強諸国はいずれも植民地を持ち、自国から遠く離れた中南米にも、多くのヨーロッパ人たちが進出していたわけである。ドミニカも、スペインとフランスが取り合いをしていたようであり、複雑な歴史を持つ。シャセリオーの父も、もともとはナポレオンが送った (そ、そうなんだ!!) イスパニョーラ島への遠征軍に参加して現地に住みついたらしく、その後パナマやコロンビア独立のために奔走し、投獄されたこともあるという、行動の人であった。シャセリオーが 2歳のときに一家はパリに移住する。そこで絵の勉強を始めたシャセリオーは、11歳のときに、当時新古典主義の大家であったドミニク・アングルの弟子となることを認められた。早熟の天才であったわけだ。これは、1835年、16歳のときの自画像。彼は決して美男ではなかったという記録があるようだが、ここで見る若い男性は、確かに美形ではないものの、神経質さを感じさせる一方で、何か自分の中に存在する芸術への思いを冷静に見つめているようである。なるほど、早熟の天才である。
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これは、「16世紀スペイン女性の肖像の模写」。制作年は 1834 - 50年頃となっているので、正確なところは分からないのであろう。これが誰の姿で、誰の作品の模写であろうと、垂れ下がった首飾りをぐっとつかんだ左手が異様に逞しく、見る者をどきっとさせる点において、極めてユニークな作品と言えるのではないだろうか。
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これは、1837-38年頃の「黒人男性像の習作」。これは、師であるアングルが「キリストの誘惑」という作品を描こうとして、そこに登場するサタンの習作を描くようにシャセリオーに指示が出たことによって制作されたもので、現在でもアングル美術館所蔵になる。私が面白いと思うのは、この白々しいまでに青い空だ。黒い肌で描かれた堕天使の背景としては、なかなかのセンスではないか。右下に描かれた、握ったり開いたりする手も、表情があって面白い。
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アングルからシャセリオーに出された指示も展示されているが、こちらの方は平板な表情になっているので、10代にしてシャセリオーが、師の指示を超えるような想像力に富んだ制作を行っていたことの証明になるのではないだろうか。
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これは「アクタイオンに驚くディアナ」(1840年)。未だ 20歳そこそこだが、世間ではアングルの後継者と目されていたところ、本人は師と袂を別つ決意をし始めていたらしい。そのせいか、この作品はこの年のサロンに落選し、酷評を受けたという。芸術家の歩む道のりは、もちろん本人の意志次第でありながらも、時として運命的な要素に左右される。早熟であったシャセリオーが選んだ道は、歴史的な評価という点では必ずしも最善の策ではなかったのかもしれないが、だがそれゆえに、150年以上を経ても人々に訴える力を持つのかもしれない。この作品を見て私が連想するのは、英国で活躍したスイス人画家、フュースリ (「夢魔」で有名) である。また、右の後ろの方で女性が 2人並んでいるところなど、シュールなまでの不思議な雰囲気である。極めてユニークではないか。
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これも同じ 1840年の「石碑にすがって泣く娘 (思い出)」。後ろの木が、女性の哀しみに同調するように身をよじっている。このタッチは、もうダリに近いとすら言えるようなシュールなものだと思うのは、私だけであろうか。
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彼はその後イタリアへ旅をし、帰国した 1841年、パリのサン・メリ聖堂の礼拝堂の注文を得る。これはその習作、水彩で描かれた「エジプトの聖マリアの生涯」(1841 - 43年)。英国のラファエロ前派を予感させるようなタッチではないか。
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当時ギリシャ神話はポピュラーな題材であったが、シャセリオーは、いわゆる文学性を伴う絵画表現に傾くことで、新古典主義からロマン主義に鞍替えしたとされる。私は以前から、この 2派が、当時区別されたようには明確な差があるとはとても思えず、画家のメンタリティには通底する部分があると思っているのだが、この 1845年に描かれた「アポロンとダフネ」を見ると、ロマン主義を超えてむしろ象徴主義に近づいていると思う。
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それを証明するかのように、展覧会には象徴主義の代表選手であるギュスタヴ・モロー (1826 - 98) の同じ主題の作品が展示されている。これは制作年は不詳とのことだが、モローは、7歳上のシャセリオーから大いなる影響を受けたという。
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シャセリオーの文学趣味のひとつの表れとして、シェイクスピアの「オセロ」の版画の連作が挙げられる。1844年の初版はごく少数しか刷られなかったが、ロマン主義の大家であるドラクロワはそれを所持していたという。これは、「もし私があなたより先に死んだら・・・」。言うまでもなく、デズデモナとその侍女であろう。
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そしてこれは、「気絶したマゼッパを見つけるコサックの娘」(1851年)。マゼッパと言えば、バイロンが詩にしており、また音楽の分野ではリストやチャイコフスキーが題材にしていて、典型的なロマン派のテーマである。主人公マゼッパは、有力者の妻と不倫を犯し、馬の背中に縛り付けられて荒野に放たれるというワイルドな物語である。ここには異国趣味も色濃く出ていて、それもロマン派の典型例なのである。
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さらに、文学的でロマン派的な作品の好例がある。「マクベスと3人の美女」(1855年)。言うまでもなくシェイクスピアに題材を採っている。いわゆる器用な作品という感じはあまりせず、文学に表れた人間的な要素をキャンバスに描き出すことが画家の意図であるように思われる。
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次は「泉のほとりで眠るニンフ」(1850年)。泉と言えば、師のアングルの作品が有名だが、ここで横たわる美女の描き方は、アングルのそれとは全く違う。挑発するようにあけっぴろげになっている脇の下に毛が描かれているという事柄だけでも、師の新古典主義とは大きく異なるシャセリオーの感性が分かろうというものだ。この作品のモデルは、当代一の美女と謳われた女優のアリス・オジーという人らしく、文豪のヴィクトル・ユゴーは彼女に入れ込んで、あろうことか、彼女を巡って息子と争ったという。全くフランス人は・・・(笑)。
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シャセリオーの画業はこのような神話を題材にした作品だけでなく、同時代の人々の肖像画にも見るべきものがある。これは「アレクシ・ド・トクヴィル」(1850年)。由緒ある貴族の家に生まれたこのトクヴィルは、政治家であり法学者であって、シャセリオーと家族ぐるみのつきあいをしていたという。若干神経質なようでいて、だが同時に意志の強そうな表情が印象に残る。
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余談だが、この展覧会の会場には、高山裕二という人が書いた「トクヴィルの憂鬱」という本を売っていて、面白そうなので買ってしまった。トクヴィルを例に取って、19世紀フランスロマン主義の青年論について語った本である。
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肖像画の名品をもう一点。展覧会のポスターにもなっている「カバリュス嬢の肖像」(1848年)。モデルとなったマリー=テレーズ・カバリュスは、名門の家に生まれ、当時のパリで最も美しい女性の一人に数えられたとのこと。当時 23歳。知的でありながら人間味あふれる肖像画ではないか。
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19世紀のフランスの画家にとってはオリエント世界はエキゾチズム溢れる場所であったが、ロマン主義の泰斗であるドラクロワがモロッコ旅行で色彩に目覚めたことはよく知られている。シャセリオーもアルジェリアに滞在して、かの地の光のもとで様々なスケッチを残している。これは「バブーシュ (室内履き) の 6つの習作」(1846年頃)。溢れる好奇心でスケッチしている画家の姿が目に浮かぶ。
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これも同じ頃の「床に座るアルジェのユダヤ人女性」。油彩画よりもなだらかなタッチで描かれた水彩画で、完全に色を塗り切らない点にゆとりが見られて面白い。
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さて、シャセリオーが手掛けた畢生の大作は、1842年に完成した会計検査院の壁画である。このような立派な建物であったらしい。
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シャセリオーが描いたのは総面積 270平米の壁大小 15面で、「戦争」「平和」を中心的テーマとしており、描かれた人物は 230人以上。当時のフランスにおいて、独力で描かれた壁画としては最大のものであったらしい。これが当時描かれた版画。
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だが残念なことに、この壁画は1871年のパリ・コミューンの騒乱 (普仏戦争敗北後に勃発した市民の蜂起) の際に建物ごと焼かれてしまい、今では断片がルーヴル美術館に残るのみらしい。これが焼かれてしまった壁画の様子。
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なんとももったいない話だが、歴史の歯車が大きく動いた時代。貴重な絵画の犠牲もやむないことであったのかもしれない。この展覧会では、スケッチや古い写真でその壁画を偲ぶことができる。これは「母親と老人の間に立つ『平和』」と、「戦支度を調えさせる『秩序』」。
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これは、焼かれた後に撮られた写真で、「力と秩序」。
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フランス 19世紀の壁画と言えば、もちろんピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ (1824 - 1898) が有名で、私も 2年前にパリの記事を書いた際に言及したが、そのピュヴィス・ド・シャヴァンヌは、5歳上のシャセリオーから大きな影響を受けたという。上記の通りの、モローへの影響と並んでピュヴィス・ド・シャヴァンヌへの影響こそが、シャセリオーの短い人生の軌跡を永遠のものにしているのではないだろうか。展覧会にはまた、彼が晩年に手掛けた、パリのサン = ロック教会というところの壁画の習作も展示されている。これは「インド人に洗礼を施す聖ザビエル」(1852 - 53年)。初期から変わらぬ鮮やかな青が印象的だ。
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そしてシャセリオーは、1856年、37歳の若さで亡くなってしまう。展覧会の図録を見ても、その死因については「正確な病名は知られていない」とある。もともと虚弱な体質であったらしい。死後の見舞客の署名には、モローやピュヴィス・ド・シャヴァンヌも含まれているという。いかなる天才も死は免れないが、150年以上経ってから、このように遠い日本の地で展覧会が開かれていることを知ると、本人もさぞや驚くであろう。短い人生でスタイルを変えて自己の芸術を探求したその姿から、時代の雰囲気を色濃く感じることができて、大変興味深い展覧会であった。

# by yokohama7474 | 2017-04-22 01:31 | 美術・旅行 | Comments(4)

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世界に冠たる名門オーケストラ、ニューヨーク・フィルの音楽監督。それが今日の指揮者が現在持つタイトルである。米国では文句なしにナンバーワンの輝かしい栄光の歴史を誇り、設立もあのウィーン・フィルと同じという古さを持つニューヨーク・フィルの音楽監督ともなれば、それはそのままで世界超一流を意味する。その指揮者の名前はアラン・ギルバート。ともにニューヨーク・フィルの楽員であった米国人の父と日本人の母の間に生まれた 50歳。今まさに脂の乗り切った世代であるわけだが、2017-18年のシーズンでニューヨーク・フィルのポストを降りることが決定しており、その後の去就が注目されるところ。そんな中、昨年に続き今年も来日して、東京都交響楽団 (通称「都響」) の指揮台に立つ。このブログでも、昨年 1月26日と 7月25日の同じコンビによる演奏をご紹介したが、今回は 2種類のプログラムによる 4回の演奏会 (うち 1回は大阪でのもの) が実現する。私が敬愛するギルバートと都響の組み合わせは、実のところこれまでは、課題もちらほら感じるような出来が多かったと個人的には思っているが、とにかく共演を重ねることで、関係を練り上げてもらい、東京の音楽界に大いなる刺激を与えてもらいたい。その意味で今回の演奏は、何かこのコンビとしても大きな飛躍のきっかけとなるようなものだったと言えるのではないか。
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曲目は以下の通り。
 ラヴェル : バレエ音楽「マ・メール・ロワ」全曲
 ジョン・アダムズ : シェエラザード .2 - ヴァイオリンと管弦楽のための劇的交響曲 (ヴァイオリン : リーラ・ジョセフォウィッツ、日本初演)

なるほど、前半には 20世紀前半を代表する精緻を極めるフランス音楽、メインには現代を代表する米国作曲家の近年の大作という、かなり意欲的なプログラムである。まず前半の「マ・メール・ロワ」は、マザー・グースを題材にしたメルヘン物で、まさにラヴェルならではの繊細でキラキラしたオーケストレーションを聴くべき曲。冒頭の木管のハーモニーにごく僅かなずれを感じたが、その後音色は修正されて、スムーズな進行のうちに 30分の演奏を終えた。もともと都響の弦楽器は、このブログでも再三述べているように、何か芯が入ったような重量感のある音が鳴り、得意のマーラー等の後期ロマン派ではその音色が最大限生きるのであるが、この「マ・メール・ロワ」の終曲の最後の和音の響きには、そのずっしりとした音が中空にすぅっと伸びて行くような感覚があり、これはこれで実に後味のよい演奏であった。都響がマーラーの響きのみに偏っているという気は毛頭なく、当然ながら、フランス音楽にも柔軟性を持って対処できる優れたオケであることを再確認できて、大変有意義であった。さて今回私は、舞台を見渡せる席に座ったのであるが、チェレスタの横に、もう少し小型のやはり鍵盤楽器があるのに気が付いた。終曲のキラキラした響きの中に、奏者がこの楽器を懸命に叩いている音が含まれていることを知ったが、これは一体何という楽器だろう。プログラムを見て分かった答えは、ジュ・ドゥ・タンブル。
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これは鍵盤の形態を取ったグロッケンシュピール (いわゆる鉄琴ですな) であるそうな。珍しい楽器なので、通常のグロッケンシュピールで代用することも多いようだが、今回はオリジナル通りの編成での演奏であったわけだ。指揮者のこだわりが分かる。

さて、今回のメインは一風変わった曲。上記のポスターにもある通り、「世界各地で話題の新作、待望の日本初演」なのである。また、これは会場で撮影した別のポスター。現在短髪にしているギルバートの姿と、後ろには東京オペラシティのオープン 20周年のシールも見えて、将来見返したら貴重な写真になりそうだが (笑)、ここにも、「世界中で初演ラッシュ! 待望の日本初演」とある。
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作曲者のジョン・アダムズ (1947 - ) は、このブログでも何度かは名前に触れたが、一般的にはミニマル音楽に分類されることが多い米国の作曲家。だが最近の作品はいわゆるミニマルの範疇には入らない語法の作品を書いていて、これもそのひとつ。もちろん、ミニマル風な要素が皆無というわけではなく、例えば、寄せては返す音の波のような劇的な箇所が多く聴かれるのは、その名残りではないだろうか。いずれにせよ、私にとっては大変になじみ深く、興味を惹かれる作曲家なのである。だがその私も、この作品が「世界で初演ラッシュ」とは知らなかった (笑)。どんな作品なのだろう。これがジョン・アダムズの肖像。
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題名の「シェエラザード」はもちろん、ロシアのニコライ・リムスキー=コルサコフの手になる絢爛豪華な交響組曲が有名だが、そう言えばほかに、ラヴェルの歌曲もある。題材はアラビアン・ナイトで、荒れ狂う王を前にして面白い話を毎晩語り続けたことで命をつないだ賢い王妃、シェエラザードの物語。今回のアダムズの作品は、作曲者自身の発音によれば、「シェラザード・ドット・ツー」ということになるらしい。この作品では、アラブの男性社会で虐げられている女性の姿をシェエラザードになぞらえているとのこと。なるほど、社会派の顔も持つアダムズらしい発想だ。2015年 3月に、今回のソリスト、リーラ・ジョセフォウィッツとアラン・ギルバート指揮ニューヨーク・フィルによって世界初演されたこの曲は、実質的なヴァイオリン協奏曲で、全 4楽章、演奏時間 50分に達する大作だ。これが、近現代のレパートリーを得意とするカナダのヴァイオリニスト、ジョセフォウィッツ。2015年 9月25日の記事で、オリヴァー・ナッセンが指揮するやはり都響との共演を採り上げた。
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この曲の印象は、上記の通り、寄せては返す波のようで、静かで瞑想的な部分と、激しく高揚する部分とが交互に現れる。初めて聴く人にも耳になじみやすい曲だとは思うが、R=コルサコフの「シェエラザード」のように、女主人公を表す独奏ヴァイオリンが時々入るのではなく、最初から最後まで、ほぼのべつまくなしに近い状況で演奏し続けるのだから大変だ。ジョセフォウィッツは、その大変なヴァイオリンソロを全曲暗譜で弾き通し、場面場面で曲想に応じて、時にのびやかにまた時に激しく、全身で音楽を表現し尽くした。オケの音に自らの体を投げ込むような仕草で挑んで行く姿は、あたかも野生動物のようで、彼女のこれまでの音楽家人生の集大成ではないかとすら思われた。これは推測だが、初演者として、きっと作曲過程にも深く関与したのではないか。そうだとすると、それほど演奏家冥利に尽きることもないだろう。つまり今回我々は、米国を代表する作曲家の力強い新作を、その初演者たちによる渾身の演奏で聴くことができたわけである。いわば芸術音楽の世界における最前線を体験できたわけだ。これは、モーツァルトやベートーヴェンやブルックナーやマーラーの名演を体験すること以上に、現代を生きる我々にとっての社会的な意味を感じさせる体験だ。もちろん都響も集中力のある熱演で、指揮者とヴァイオリニストに応えたのであり、そのことも大変素晴らしいことだと思う。尚ジョセフォウィッツは既にこの曲を、デイヴィッド・ロバートソン指揮のセント・ルイス交響楽団と録音している。
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さて、最後にこの曲の楽器編成について少し書いておこう。ヴァイオリンと並んでソロとしてフルに活躍するのは、ハンガリーでよく使われる楽器、ツィンバロン。ハンマーで弦を叩く構造で、いわばピアノの元祖だが、独特の郷愁を感じさせる音が鳴る。クラシックのレパートリーでは、コダーイの「ハーリ・ヤーノシュ」が有名である。
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今回は生頼 (おうらい) まゆみというマリンバとツィンバロンの専門奏者が演奏した。いやーお疲れ様でした。
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その他、興味深い奏法もいくつかあって、例えば、グロッケンシュピールの横の部分を弦楽器の弓ですーっと擦る奏法。だがこれは実際には時々見る。それよりも珍しかったのは、一人の奏者がドラの表と裏を同時に叩くというもの。これはちょっと見たことないですねぇ (笑)。それから、楽器としては、大小様々なドラ (?) を沢山吊るしたものが大変面白かった。あれだけ巨大な楽器は、運搬も演奏も大変だろう (昔見た、中国古代の「曽侯乙墓」から出土した巨大な鐘を沢山吊るした楽器を思い出してしまった)。かと思うと実はこの曲、ティンパニは使っていないのだ。通常ティンパニに委ねられる、いざというときに音楽のベースとなるべきリズムは、弦楽器が激しく刻むことで表現されていたということか。ところで客席で、日本の作曲界の大御所を 2人発見。一人は一柳慧で、もう一人は池辺晋一郎だ。いずれの作曲家の作品も、このブログで紹介したことがあるが、彼らはこのアダムズの作品をどのように聴いたのだろうか。実は、休憩時間のあと (アダムズの作品の演奏前)、前者が後者に何やら話しかけているのが見えた。芸術音楽と現代社会の厳しい切り結び方についての議論であったのか、はたまた、ただの世間話であったのかは、知る由もない (笑)。

このような、様々な刺激に満ちた演奏会であった。ギルバートと都響の演奏が、これを機会に一層の深まりを見せてくれることを祈りたい。このコンビが演奏するもうひとつのプログラムは、これは名曲中の名曲、ベートーヴェンの「英雄」をメインに据えたもの。そちらにもなんとか出かけたいものだと考えているが・・・。果たせるか否か、乞うご期待。

# by yokohama7474 | 2017-04-19 00:56 | 音楽 (Live) | Comments(0)

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今月の NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の指揮台に立つのは、イタリアの名指揮者、ファビオ・ルイージ。1959年生まれなので、今年 58歳という、指揮者として最も脂の乗る世代。このブログでも、毎年夏に開かれるセイジ・オザワ松本フェスティバルの記事で一昨年、昨年と、マーラーの演奏などをご紹介している。ルイージはまさに世界の第一線での活躍を続ける素晴らしい指揮者なのであるが、N 響とも 2001年の初共演以来何度も顔を合わせている。今月も 2つのプログラムでこのオケの定期に登場するが、まずその 1つめの今回の演奏会、曲目は以下の通り。
 アイネム : カプリッチョ 作品 2
 メンデルスゾーン : ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品 64 (ヴァイオリン : ニコライ・ズナイダー)
 マーラー : 交響曲第 1番ニ長調「巨人」

さて、ルイージについて語りたいのをぐっと抑えて、まずはソリストのズナイダーから話を始めたいと思う。1975年デンマーク生まれ。だが、今回初めて知ったことには、両親はポーランド人なのだそうだ。国際的なコンクール歴としては、1997年、エリーザベト王妃コンクールに優勝している。だが、もうそんなことはどうでもよい。経歴が何であれ、彼こそ、今世界で最も傾聴すべき素晴らしいヴァイオリニストであるからだ。
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以前このブログでも、ギリシャのレオニダス・カヴァコスと並んでこのズナイダーを、現代の最も優れたヴァイオリニストとして挙げたことがあるが、今回久しぶりに実演に触れて、そのことを再認識した。今回彼が演奏したメンデルスゾーンのコンチェルトは、演奏によってはなんとも甘ったるい調子となってしまうのだが、冒頭のズナイダーの節回しは、つっけんどんにすら聞こえるほどそっけないもの。だが、よく耳を澄ませると、昔の巨匠たち、例えばハイフェッツやオイストラフをすら思わせるような、素晴らしく艶やかな美音なのである!! つまり、その音は文句なく美しいのだが、聴き手に媚びることが全くないので、その表面上の美しさではなく、音楽そのものの純粋な力だけが、巧まずして聴き手に迫ってくると言えばよいだろうか。だから私はこの演奏を聴いているうちに、ヴァイオリン協奏曲というよりは、メンデルスゾーンの無垢な魂が歌として響いているような気がしてきて、危うく涙すら浮かべそうになってしまった。この曲でこのような経験は少ない。彼はかなりの長身であり、ヴァイオリンを弾く姿には余裕すら漂っているが、当然ながら大変な研鑽を積んでこの境地に達したのであろう。演奏家における天才とは、練習せずに音をうまく弾ける人のことを言うのではない。血の出るような努力をして、自分の持てる表現力を誰にでも分かるかたちで音にできるようになった人、それを天才というのである。このズナイダーは、まさにそのような天才であり、曲の個々の部分の音色がどうの音程がどうのテンポがどうの、ということは気にならない。なかなか出会うことのない、実に素晴らしい演奏であった。アンコールでは、指揮者ルイージもステージ奥の椅子に腰かける中、「アリガトウゴザイマス」と日本語で聴衆を笑わせ、「2つめの知っている日本語は、コンニチハ。3つめは、『バッハ』です」(と、"Bach" の独特な日本語での発音のことを言っていると想像した。舞台近くの人しか聞き取れないほどの小さな声だったが) と言って、バッハの無伴奏パルティータ第 2番のパルティータを演奏した。これまた、感傷もなく誇張もない、とにかくまっすぐなバッハであり、演奏する長身の立ち姿が神々しくすら思われる、崇高な音楽であった。今回ズナイダーは、4月18日 (火) に浜離宮朝日ホールで、4月20日 (木) には横浜のフィリアホールで、それぞれリサイタルを開くが、私は聴きに行くことができない。この記事をご覧の首都圏の方々には、是非にとお勧めしておこう。

さて、1曲目に戻って、オーストリアの作曲家ゴットフリート・フォン・アイネム (1918 - 1996) の、「カプリッチョ」である。アイネムと言えば、私がクラシックを聴き出した 40年近く前でも、代表作であるオペラ「ダントンの死」は、いろんな書物に採り上げられていたし、若き日のズービン・メータがウィーン・フィルを指揮したフィラデルフィア交響曲 (もともとはユージン・オーマンディとフィラデルフィア管弦楽団のために書かれた曲) の録音で、その名はある程度知られていた。それ以外にも、ザルツブルク音楽祭で重要な役割を果たしたということも、一応知識としては知っている。だが、名前が有名な割にはその作品を聴く機会は少なく、この「カプリッチョ」(もちろん「奇想曲」 = 「気まぐれ」という意味だ) も今回初めて耳にした。1943年、作曲者 25歳のときの作品で、作品 2という若い番号が示す通り、実質的な楽壇デビュー曲であるらしい。めまぐるしく曲想が変わる曲だが、なかなかモダンで楽しめる (書かれているのは戦争中なのだが)。ここでのルイジは、ギアをしきりと切り替えながら、素晴らしい精度で曲の持ち味を表現したと思う。この「ギアの切り替え」、あるいは「アクセルとブレーキの踏み替え」という言葉が私のルイージ感を表していて、昨年、一昨年の松本での彼の演奏についての自分の記事を読み返してみても、同じようなことを何度も言っている。なんだ、じゃあもう一度感想を言う必要ないじゃないの (笑)。だが実際のところ、これだけ自在に音楽をコントロールできれば、いかなる曲にも対処できようし、その指揮者の要求に鮮やかに応える N 響も素晴らしい洗練度である。これは比較的若い頃のアイネムの写真。
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そして最後の「巨人」である。ルイージは夏のセイジオザワ松本フェスティバルでもマーラーのシリーズを連続で手掛けていて、5番・2番に続いて今年は大作 9番を振るが、今回の N 響では 1番と、比較的取り組みやすい (?) 作品だ。実際私もつい先週、シルヴァン・カンブルランと読響の名演に接したばかりであり、その比較が楽しみであった。結果的には、ここでもルイージの緩急を心得た自在な音楽運びが顕著であり、イタリア風に歌心があるというのとは一味異なる多彩な表情が聴かれ、そして例によって最後に起立するホルン奏者全員 (と、トランペット、トロンボーン各 1人) の姿を見て、鳥肌立ってしまった。実はこの箇所でホルンが起立しても、曲が終わる前にまた座ってしまう演奏も多いのだが、今回は最後まで起立。大いに盛り上がる演奏であった。但し、細部を見て行くと、それなりに課題もあったかなという気もする。管楽器のごくわずかなミスには目くじら立てる必要はないだろうが、マッスとして鳴っているオケの音自体に、N 響ならさらに緊張感が出せるのではないかと思う瞬間が何度かあった。例えば第 2楽章冒頭の頻繁な「ギアの切り替え」では、指揮者の指示を待ちきれない部分もあったように思い、さらに凄みが出るとよいのに、と感じてしまったものである。一方、第 3楽章では途中で曲想の変化に応じたテンポの変化が誇張され、ここでは面白い効果が出ていた。全体を通した燃焼度は、また今後の共演を経て上がって行くものと期待したい。

ところで今回の演奏では、第 3楽章の冒頭のコントラバスがソロではなく合奏であり、最近時々そのような演奏を聴くなぁと思って調べたら、1992年に出版された新全集版ではそうなっているとのこと。慣れの問題もあるかもしれないが、個人的にはここは、ちょっと調子が外れたようなソロで聴きたいものである。そうそう、この第 3楽章の冒頭部分は、黒澤明の「乱」の予告編で使用されていた。「乱」本編の音楽における黒澤と、音楽担当の武満徹の確執など、面白い話はいろいろとあるし、黒澤ファンとして「乱」という作品自体について語りたいこともいろいろあるが、長くなるので割愛し、懐かしのイメージのみ掲げておく。
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例によって話があらぬ方向に行ってしまったが (笑)、ルイージのような名指揮者を日本で頻繁に聴けるのはありがたいこと。今年の松本には行けるか否か分からないが、N 響とは是非、密なる共演を重ねて頂きたい。その巧みなギアの切り替えに、今後一層磨きがかかりますように!!
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# by yokohama7474 | 2017-04-16 22:36 | 音楽 (Live) | Comments(2)

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フランスの名指揮者シルヴァン・カンブルランと、彼が常任指揮者を務める読売日本交響楽団 (通称「読響」) の演奏会は、先週のマーラー「巨人」をメインに据えたものをご紹介したばかりだが、今回はまたなんとも意欲的な曲目で勝負をかけてきた。以下のようなものである。
 メシアン : 忘れられた捧げ物
 ドビュッシー : 「聖セバスティアンの殉教」交響的断章
 バルトーク : 歌劇「青ひげ公の城」(演奏会形式)

今の東京でこのような曲目を演奏するコンビとして最も期待できるのは、やはりカンブルランと読響ではないか。このブログでなるべくタイムリーにご紹介している在京の 7つのメジャー・オケの動向はますます面白くなって来ており、登場する指揮者の顔ぶれも、楽団ごとにかなり住み分けができているので (コバケンのような例外もいるが 笑)、各楽団とも、主要指揮者陣の個性に合わせた非常に意欲的なチャレンジができていると思う。やはり競争があるのは、聴き手にとっては歓迎すべきことである。時間のやりくりだけは、なかなか厳しくなって来ているが (笑)、今回のような演奏を聴くと、今後もなんとか時間をやりくりして、できるだけ多くの生演奏に触れたいと切に思う次第である。
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さて今回のプログラム、大変によく考えられている。前半のメシアンとドビュッシーはフランス音楽であるが、同じフランス音楽とは言っても、ラヴェル的、あるいは六人組的な明快さや洒脱さはなく、神秘的、瞑想的な雰囲気をたたえた曲であり、組み合わせて聴いてみると、書かれた時代は異なる (メシアンが 1930年、ドビュッシーが 1911年で、その間には第一次世界大戦が起こっている) ものの、その精神には近いものがあることが分かる。その意味では、後半に演奏されたバルトークの傑作「青ひげ公の城」は、宗教性こそないものの、おとぎ話の中にある残酷さや、人間心理の不可思議さを覚えさせるという点で、やはり作品の精神には共通点があるのである。また、大変興味深いことに、この「青ひげ公の城」が書かれたのは、前半で演奏されたドビュッシーの「聖セバスティアンの殉教」と同じ 1911年。この 2作品に世紀末的、象徴主義的な雰囲気が共通するには、同時代性という理由があるのだ。

まず最初の「忘れられた捧げ物」は、今年 1月にも秋山和慶指揮東京交響楽団で聴いていて、それも見事な演奏であったが、今回のカンブルランと読響の演奏も、甲乙つけがたい名演であった。カンブルランの手にかかると読響の柔軟性は最大限発揮され、金管の輝きや木管の点滅も、素晴らしいニュアンスである。全く何の不安もなく聴いていられる演奏で、小品、かつ作曲者の実質的なデビュー曲ながら、メシアンの音宇宙はそこに紛れもなく存在していた。

ドビュッシーの「聖セバスティアンの殉教」はもちろん、ローマの親衛隊長で、木に縛り付けられて矢で射られて殉教する聖者、聖セバスティヌスを題材にしており、もともとは戯曲につけられた音楽である。前項で、ストラヴィンスキーの「ペルセフォネ」に触れた際にその名を挙げた伝説のバレエ・ダンサー、イダ・ルビンシュテインのために、イタリア人作家ガブリエーレ・ダヌンツィオが書いた戯曲。作曲には曲折あったようだが、上演時間 4時間以上と言われる戯曲において、音楽が使われる箇所は 1時間程度。今回演奏された交響的断章は、ドビュッシーの友人カプレによる編曲で、4曲からなり、演奏時間は 25分程度。今回はそこに、第 3幕のファンファーレが最初に演奏された (ファンファーレは 2曲と発表されたが、予定変更で 1曲のみ演奏)。この曲、私も CD (ミュンシュ盤とは長いつきあいだ) や実演 (確か若杉弘は音楽を全曲演奏した) で何度か聴いているが、あまり印象的なメロディもなく、さほど親しんでいるわけではない。だが、あの聖セバスティアヌスの殉教というストーリーにもともとある耽美性は音楽から立ち昇ってきて、聴いていて蠱惑的な気分に襲われることは事実。カンブルランと読響の演奏は常にクリアで、実に見事であった。ところでこのダヌンツィオのフランス語の戯曲を、フランス語が充分できないのに一生懸命和訳した人がいる。ヒントはこの絵だ。
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そう、グィド・レーニの描く「聖セバスティアンの殉教」。もちろん三島由紀夫が「仮面の告白」で採り上げている絵である。聖セバスティアヌスに魅せられていた三島はこのダヌンツィオの戯曲を、池田弘太郎というフランス文学者に教えを乞いながら、共訳した。今試みに、私の手元にある新潮社の三島由紀夫全集 (1975年刊行) を調べてみると、第 24巻「戯曲 (5)」に収録されていた。せっかくなので、ちょっと雰囲気だけでもどうぞ (笑)。
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さて、今回のメイン、バルトークの「青ひげ公の城」であるが、20世紀の名作オペラとされてはいるものの、上演には常に大きな問題がある。それは、歌詞がハンガリー語というマイナーな言語であることだ。その音楽はしかし、演奏者をしてそのようなハンディを乗り越えようと思わしめるに充分な、いかにもバルトークらしい夜の雰囲気たっぷりの深い味わいのもの。幸いなことに (?)、登場人物は主人公の青ひげとその妻ユディットの 2人だけなので、メゾ・ソプラノとバスの男女 2名の素晴らしい歌手さえいれば、成功の第一条件をクリアできる。そして今回舞台に立ったのは、ユディット役がドイツ人のイリス・フェルミリオン。青ひげ役はハンガリー人のバリント・ザボ。このうちフェルミリオンの方は、インバル指揮のマーラーの交響曲や歌曲でよく歌っているようだし、もともとアーノンクール指揮の「フィガロ」でケルビーノを、「コシ・ファン・トゥッテ」でドラベッラを歌って国際的に注目された歌手。一方のザボは、スカラ座やバイエルン国立歌劇場に出演歴もあり、中でもこの「青ひげ」は、ハンガリー語を母国語とするだけあって、当たり役にしているらしい。演奏会形式だったので、双方ともドレスやタキシードで登場したが、このザボは譜面を持ってくることもなく、全曲暗譜での歌唱であった。
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ここでもカンブルランと読響の演奏は極めて高度な水準を誇り、暗い城の中の不気味に濡れた壁の触感から、拷問道具の血のしたたり、財宝の輝き、広大な領土を見晴るかすさまなどが、縦横無尽に描きつくされた。第 5の扉を開けるシーンでは金管のバンダ (別動隊) が入って圧巻なのだが、実は今回初めて知ったことには、そこにはオルガンも入るのだ。またオルガンは、終結部近くでも登場する。千変万化するオーケストラの響きを視覚的にも追うことができるのは、演奏会形式ならでは。ベラ・バラージュ (映画の歴史に詳しい方なら、その名を映画理論家としてもご存じだろう) の書いた台本が不気味に物語を進めて行くに際し、オーケストラの表現力が不可欠な要素として随所に駆使されていることを、改めて思い知る。もちろん 2人の歌手も、オケと一体となった音響を作り出して、この不気味な物語を雄弁に語ったのである。いつ聴いても楽しい曲では全くないが (笑)、人間の根源的な何かに迫る、類例のない音楽である。当然聴衆の人々は、この演奏の価値を知っているから、客席は大いに沸いたものである。夜の音楽を書き続けたバルトークも、このような演奏を聴くと満足するであろう。
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カンブルランが読響の常任指揮者に就任して、早 8年目。よくよく検討してみると、東京の主要オケとそのシェフのコンビを考えたときに、このカンブルランと読響は、プログラムの明確なコンセプトや、音の鳴り方の個性、また、実現している演奏水準の点を総合的に勘案すると、もしかするとナンバー・ワンかもしれない。少なくとも、ナンバー・ワンの一角を占めていることは間違いないであろう。今シーズンも楽しみな演奏会が沢山あるので、ピリリと辛口で知性あるアプローチに、ますます期待である。

# by yokohama7474 | 2017-04-16 02:31 | 音楽 (Live) | Comments(0)