ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 (ヴァイオリン : レオニダス・カヴァコス) 2017年11月12日 サントリーホール

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前日に続き、サントリーホールで、275歳のオケを 90歳の指揮者が率い、50歳のソリストと共演するコンサートを聴いた。今回の曲目は以下の通り。
 メンデルスゾーン : ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64 (ヴァイオリン : レオニダス・カヴァコス)
 ブルックナー : 交響曲第 7番ホ長調

前日のコンサートについての記事でもご紹介したが、この 275 / 90 / 50 という今回のツアーゆかりの数字の組み合わせはオリジナル T シャツになっている。前日もあったのか否か記憶にないが、会場の T シャツ売り場には、こんな写真が展示されている。言うまでもなく、左からヴァイオリンのカヴァコス、指揮のブロムシュテット、ひとり置いて、音楽事務所 KAJIMOTO の梶本眞秀社長。そして、後ろにいる人物は、多分このライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の総支配人であるアンドレアス・シュルツであろう。今回の演奏会にも姿を見せていて、1階席真ん中あたりで、どなたかの紹介によって、小泉純一郎元首相を挨拶を交わしていた。尚、今回の客席には、指揮者の鈴木雅明、ヴァイオリンの成田達輝らも姿を見せていた。
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さて、この演奏会について、私ごときが何を語ろうか。あまり確信が持てないが、まずは語り始めよう。まず前半のメンデルスゾーンは、1845年にこのゲヴァントハウス管が初演した曲。初演を行ったのは、作曲者メンデルスゾーンがこのオケの楽長に就任する際にコンサートマスターに就任した、フェルディナント・ダヴィッド。
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この甘美なヴァイオリン・コンチェルトは、まさにこのゲヴァントハウスによって世に出されたわけである。それから 170年以上を経て、極東の地で、ギリシャ人のヴァイオリニストが、今や世界の名曲であるこのコンチェルトを見事に弾くことになろうとは、作曲者も初演者も、想像したことがあっただろうか。カヴァコスであるからもちろん、ただ甘美な演奏にはなるわけもなく、本来ならこの曲に似つかわしくないとすら言えるほどの、いわば哲学的な演奏であったと評価したい。長身で軽々とヴァイオリンを弾く彼であるが、出て来る音には常に細心の注意が払われていて、音楽を聴く楽しみ、あるいは人が今そこに生きて、音楽を聴いているということの意義といったものすらを感じさせる。私はこの人のヴァイオリンを聴いておよそ失望したことはないのだが、今回も最大限の敬意を払うべき演奏であったと思う。ブロムシュテットも、前日のブラームスに続いて、堅実な伴奏に努めた。そしてアンコールに演奏されたのは、今回もバッハの、無伴奏パルティータ 3番から「ガヴォット」。ここでも澄んだ音色に哲学性まで感じさせる、背筋が伸びるような演奏であった。つい先日も、ボストン響の演奏会においてソロを弾いたギル・シャハムが同じ曲をアンコールで弾いており、それはそれで、なんとも人間的な素晴らしい演奏であったが、今回のカヴァコスの演奏は、より孤独感の強い、だがやはり大変感動的な演奏であった。それにしてもこのカヴァコス、私は海外で初めて聴いて、これはすごいと思ったヴァイオリニストであるが、今回の聴衆の反応は、完全にこの人の音楽を強く支持するものであると思った。彼の活動はどんどん広がっており、ユジャ・ワンとブラームスのソナタ全曲を録音したり、同じブラームスのトリオを、ヨーヨー・マ、エマニュエル・アックスと録音していたりする。まさに今が旬のこのアーティストを、ブロムシュテットとゲヴァントハウスのような最高の伴奏で聴ける我々は、本当に恵まれている。
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そして、今回メインの曲として演奏されたのは、ブルックナーの大作、交響曲第 7番である。この曲の初演が、作曲者の生前の遅まきの成功のきっかけとなったことは当然知っていたが、その初演は 1884年、アルトゥール・ニキシュ (ベルリン・フィル第 2代音楽監督) の指揮するこのゲヴァントハウス管によってなされたことは、寡聞にして知らなかった。ウィーン・フィルではなかったわけである。この歴史的な初演を成し遂げたオケが、21世紀に至って、ブルックナーを得意とする 90歳の巨匠のもとでこの曲を日本で演奏することは、これまた大変意義のあることだ。ブロムシュテットのブルックナー 7番と言えば、昨年の今頃、これもドイツの名門オケであるバンベルク交響楽団と日本で演奏したことを、2016年11月 5日の記事に興奮した筆致で書いたのも、記憶に新しい。正直なところ、その時の演奏が既に期待に違わぬ歴史的な名演であったことから、今回は少しは冷静に聴くことができたと言ってもよい (笑)。その感想をここでグダグダと書くまでもないだろう。ブロムシュテットとゲヴァントハウスは、まさにこの曲の神髄を謳いあげたという言葉以上に、何が言えようか。ただ今回、実は私の耳には、この演奏の濃淡が、時折響いて来た。つまり、第 1楽章は金管のニュアンスが完璧ではなく、第 2楽章、それから第 3楽章も、開始部分は驚くほどの音の密度でもなかったものが、音楽が進んで行くにつれ、熱を帯びて行ったように思う。これは演奏の批判ではなく、そこに存在した人間性の証しとして捉えたい。そういえば、昨年の演奏に続き今回もノヴァーク版による演奏と明記されているが、昨年は、記事に書いた通り、ノヴァーク版の最大の特徴である、第 2楽章アダージョでの打楽器が欠けていた。ところが今回は、ちゃんと入っていたのである。但し、シンバルとトライアングルはなく、ティンパニだけであったが。尚、このコンビが 2006年に録音したこの曲は、実はノヴァーク版ではなくハース版であった。このあたりに、80代以降も続いているブロムシュテットの飽くなき探求心を感じることができる。それから、今回の演奏で最も心震えたのは、その第 2楽章アダージョで、ワーグナーチューバと続いてホルンが、ワーグナーを追悼する涙の叫びをあげたあとに、孤独なソロを吹くフルートである。私はこれまでの人生で、この曲をそれはそれは随分沢山聴いてきたが、ここのフルートがこんなに美しく響いたことは、ちょっと記憶にないくらいである。そうして、全曲が壮大な曲調で終了したあと、会場はまさに水を打ったような静けさに包まれた。それから、中空で停まった指揮者の右手が、何十秒もかけてゆっくりと下りてきて、ようやく緊張感がほどけたその瞬間に、わっと拍手が起こったのである。私は、この拍手が示す東京の聴衆の質の高さは素晴らしいと思うし、その一員になれたことを、誇りに思う。以前であれば、大きな音で終わる曲にはすぐにブラヴォーが沸き起こり、あるいは静かな曲でも、誰かがフライング気味に拍手をすることが多かった。だが今や東京の聴衆は、音楽の本当の楽しみ方をよく知っているのだ。私はステージに向かって左側で聴いていたので、よく見えなかったが、ブロムシュテットは体を右側にひねって、聴衆に対して拍手を送っていたようにも見えた。私の思い込みかもしれないが、演奏家としても、渾身の演奏に対してあのような反応があることは、本当に冥利に尽きるであろう。因みに、今回もブロムシュテットは全曲暗譜で指揮をした。
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ブロムシュテットとゲヴァントハウスの演奏、残るは NHK 音楽祭の一環として開かれるブラームスのドイツ・レクイエムだけである。これも心震えるような感動を期待したい。さて、ここでまた脱線だが、我が家のアーカイブで最も古いブロムシュテットの映像を引っ張り出して見てみた。それは、1991年 3月 8日に NHK ホールで行われた N 響の定期演奏会で、ここでは、ベルワルト (ブロムシュテットの母国スウェーデンの作曲家) の交響曲第 4番と、ブラームスの交響曲第 1番とを、ともに暗譜で振る 63歳のブロムシュテットの姿がある。興味深いのは、ここで彼は、現在のようにヴァイオリンの左右対抗配置を取っていないように見えるし、指揮棒も持っている。ここにも、常によりよい表現を求めて試行錯誤を重ねてきた、真摯な音楽家の姿を見ることができるだろう。当時、N 響の定期演奏会の一部は、BS で生放送していて、その休憩時間には曲の解説が入っていた。当時を知らない若い方のために、あるいは、当時を懐かしみたい方のために、映像をいくつかお見せしよう。解説は、作曲家の柴田南雄である。
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当時からブロムシュテットも進化したが、東京の聴衆も進化したと思う。大変素晴らしいことではないか。

# by yokohama7474 | 2017-11-13 00:54 | 音楽 (Live) | Comments(0)

マレク・ヤノフスキ指揮 NHK 交響楽団 2017年11月11日 NHK ホール

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前項でご紹介した、サントリーホールで 15時に開演したヘルベルト・ブロムシュテット指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートを、17時20分を過ぎてからの終演と同時に抜け出して向かった先は NHK ホール。18時開演のこのコンサートを聴くためだ。週末であっても、六本木界隈から渋谷までは結構交通渋滞が発生することが多いことを知っている私としては、もとより時間的な余裕がないことは分かっていたのだが、タクシーの運ちゃんを叱咤激励、なんとか開演ギリギリに現地に到着。無事このコンサートに間に合ったのである。そのような無理をしてまで私が聴きたかったコンサートは、ポーランド出身のドイツの指揮者、マレク・ヤノフスキが久しぶりに NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の定期公演を指揮するというもの。ヤノフスキと言えば、東京・春・音楽祭でワーグナーの「ニーベルングの指環」4部作を 4年がかりで指揮して、東京でもその健在ぶりを示したのは記憶に新しいところ。私もこのブログの今年 4月 2日付の記事で、既に今回の演奏会を予告していた。N 響の定期には 3種類あり、それぞれ 2回ずつのコンサートが行われる。ということは、リハーサルも含めると、定期に登場する指揮者は多分東京に 1ヶ月ほど滞在する必要があるのではないか。世界の数々の人気指揮者を指揮台に招いている N 響のこと、たまには全 3プログラムを 1人の指揮者で賄うことは難しいであろう。今月は多分そのような例なのではないか。世界で引く手あまたであろう天才トゥガン・ソヒエフが 2回を担当するが、残る 1回を指揮するのが、マレク・ヤノフスキである。1939年生まれなので、今年 78歳になる。
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ヤノフスキの N 響デビューは 1985年のことらしい。だが近年はとんとご無沙汰だったように思う。東京・夏・音楽祭でこのオケと素晴らしいワーグナーを達成したことがきっかけだろうか、久しぶりの定期登場には期待が高まる。実のところ私は、この指揮者の忠実な聴き手とは、お世辞にも言えなかったことを白状しよう。日本でも披露した超大作「ニーベルングの指環」全曲を、名門シュターツカペレ・ドレスデンを指揮してレコードデビューしたこの人は、しかし、その後の活動はベルリン・フィルやウィーン・フィルという超メジャーの楽団ではなく、もう少し渋いところでなされたのである。だがこの経歴によって現在のヤノフスキの芸術が磨かれてきたのだと、今となっては理解することができる。ところで、私の手元にあるヤノフスキと N 響の演奏の画像は、1998年10月のもの。既に 20年近く前になる。ただヤノフスキは、20年前もあまり変わりなく見える。
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そんなヤノフスキが今回採り上げた曲目が面白い。
 ヒンデミット : ウェーバーの主題による変奏曲
 ヒンデミット : 木管楽器とハープと管弦楽のための協奏曲
 ベートーヴェン : 交響曲第 3番変ホ長調作品55「英雄」

なるほど、今やドイツの巨匠として尊敬を集めるヤノフスキが今回採り上げるのは、確かにドイツもののみ。だが、前半のヒンデミットは、いわゆるドイツ物というよりも、現代音楽の走りのような存在であるゆえに、若干異色である。だが今回、ヤノフスキが舞台に登場し、譜面台も置かずに暗譜で振り出した「ウェーバーの主題による変奏曲」は、確かにドイツ物でも何でもなく、切れ味鋭い近代音楽であった。実際この曲の冒頭からヤノフスキと N 響が繰り出した鋭い響きは、普段の N 響からなかなか聴けないようなもの。この指揮者の振る音楽が、結構過激な鋭さを帯びていることは、新たな発見であった。実はこの曲には、あのフルトヴェングラーの録音が残っている。私も昔アナログレコードで聴いたが、残念ながら今すぐ手元には出て来ない。そこでフルトヴェングラーの演奏会記録と録音記録 (1984年に没後 30周年として発売されたレコード芸術の別冊による) を見てみると、彼は 1947年のザルツブルク音楽祭でのウィーン・フィルとの演奏以来、生涯で 10回、この曲を指揮している。ドイツ・グラモフォンの録音に残っているのは、1947年 9月のベルリン・フィルとのライヴである。この曲の初演は 1944年、未だ戦時中にアルトゥーロ・ロジンスキ指揮のニューヨーク・フィルによってなされていることや、フルトヴェングラーを巡る、いわゆる「ヒンデミット事件」を考え合わせても、この曲の歴史的価値には大いに考えさせられるものがある。ところで、そのベルリン・フィルで、ヒンデミットのこの曲と、その一部の原曲であるウェーバーの劇付随音楽「トゥーランドット」を、同じ演奏会で指揮した人がいる。それは、ほかならぬ小澤征爾。1992年 11月のこと。せっかくなので、その時の小澤の勇姿をここに掲げておこう。
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さて、寄り道はこのくらいにして、今回のヤノフスキと N 響の演奏会に戻ろう。2曲目に演奏されたのは、同じヒンデミットでも、遥かに演奏頻度が少ない、木管楽器とハープと管弦楽のための協奏曲。1949年の作である。実はヤノフスキも、この曲を指揮するのは今回が初めてであったという。道理で、この日のコンサートの中でこの曲だけは、譜面を見ての指揮であったわけである。それにしても、78歳で新たなレパートリーを、日本のオケとの共演で手掛けるとは、なんとも頭の下がることである。この協奏曲でソロを取ったのは N 響の首席たち。フルートの甲斐雅之、オーボエの茂木大輔、クラリネットの松本健司、ファゴットの宇賀神広宣、ハープの早川りさこの面々である。このうちハープの早川は、この曲の日本初演にも参加したらしい。この曲はそれほど面白いものとも思わないが、終楽章でクラリネットが延々とメンデルスゾーンの「夏の夜の夢」の中の結婚行進曲を吹き続けるのが印象的。解説によると、この作品の初演日はヒンデミット夫妻の結婚 25周年の記念日であった由。件のヒンデミット、なかなか洒落たことをしますなぁ。あ、それから余談だが、上記の小澤指揮ベルリン・フィルの 1992年の演奏会では、メインの曲目はメンデルスゾーンの「夏の夜の夢」であったというのも、面白い偶然だ。
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さて、演奏会の後半は、ベートーヴェンの「エロイカ」である。これはもう、ドイツ音楽の権化のような曲。今回の演奏では、弦はコントラバス 8本、木管は倍管 (つまり、オリジナルでは各 2本ずつであるところ、各 4本とすること)。昨今流行りの古楽風ベートーヴェンではなく、ドイツ音楽の神髄を聴かせようという意図であったろうか。だが実際には、ヤノフスキの指揮はそれほど重いわけではなく、この曲に必要な疾走感は充分に備えている。だがその一方で、第 1楽章では何度も、弦楽器が見栄を見る場面では大きなカーヴを描いてみせた。また、例の第 1楽章のコーダにおけるトランペットであるが、「英雄のテーマ」をワンフレーズ明確に吹いてから黙るという方法を取った。いずれも、ヤノフスキの信念が現れた箇所であったと言えると思う。その後の楽章でも、とりたてて個性的な部分はなかったものの、指揮者の信念は随所に感じることができる演奏であった。天下の名演ということではないにせよ、今のヤノフスキの音楽が持つ説得力を、充分に感じることができたのである。この指揮者の現在の円熟ぶりは世界中で評価されている様子であり、今年 1月には 22年ぶりにベルリン・フィルと共演、その後 9月にもブルックナー 4番で再度共演したらしい。そんな円熟の指揮者の演奏をリアルタイムで楽しむことのできる我々は、なんと幸せではないか。次の来日を楽しみにしたい。

# by yokohama7474 | 2017-11-12 23:26 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 (ヴァイオリン : レオニダス・カヴァコス) 2017年11月11日 サントリーホール

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このブログを始めた 2015年から、その年とその翌年、毎年秋から冬にかけてその演奏をご紹介してきたスウェーデン出身の現代屈指の巨匠指揮者、ヘルベルト・ブロムシュテットが今年も来日した。過去 2年は NHK 交響楽団やバンベルク交響楽団を指揮したものであったが、今回彼が指揮するオーケストラは、ドイツのライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団である。よく知られている通り、このオーケストラの歴史は非常に古く、設立は 1743年。世界最古のオケのひとつであるが、宮廷楽団ではない民間の手になるオケとしては、まさに世界で最初のもの。その栄光の歴史は、ドイツ音楽史の重要な部分を担っている。私はこのライプツィヒという街を訪れたことは未だにないのであるが、いつかは行ってみたい街である。バッハ以来、メンデルスゾーン、シューマン、ブラームス等の名前と切っても切り離せない、このライプツィヒという街の誇りであるこのゲヴァントハウス管の第二次大戦後の歴史はしかし、若干複雑なものになっている。それは、旧東ドイツに位置することで、近代性よりも、伝統的な「いぶし銀のような渋い響き」を持つと認識されるようになり、かなり最近まで、その古い音こそが楽団の価値であるというイメージが出来上がっていた。このオケのシェフは、音楽監督とか常任指揮者とは言わず、カペルマイスター = 楽長という。この呼び方も、ドイツの昔ながらの徒弟制度を具現するようなものではないだろうか。日本の音楽ファンにとってこのオケは、フランツ・コンヴィチュニー、ヴァーツラフ・ノイマンに続いて楽長となり、1970年から 1996年までその地位にあったクルト・マズアとのコンビによって盛名を馳せたと言えるだろう。だがそのマズアの評価は様々であり (私には私の評価もあるが、ここで深入りは避けよう)、よくも悪くも、伝統的なドイツのオケという整理であったと思う。1998年に楽長に就任したのが、今回の指揮者であるヘルベルト・ブロムシュテット。彼はやはり旧東ドイツのドレスデンでの活躍が印象的であったので、このゲヴァントハウスのような「地味な」オケには合っているとみなされた。だが、そのブロムシュテットの音楽はその頃からさらに進化を遂げるようになり、日本にも、上記の通り N 響やバンベルク響、またサンフランシスコ響、北ドイツ放送響やチェコ・フィルとのコンビで登場し、その芸術の深まりを聴かせてくれている。彼は 2005年にこのオケの楽長の地位を去ったが、現在でも名誉楽長の称号を持っている。その間、このオケの楽長を務めて、その音色を一新したのは、日本でもつい 1ヶ月ほど前、ルツェルン祝祭管との名演を繰り広げたリッカルド・シャイー。そして、シャイーのあとを受けて 2018年から楽長に就任するのは、つい 3日前までやはり日本でボストン響との力演を展開したアンドリス・ネルソンス。そう考えると、東京の音楽界は、欧米から遠く離れているにもかかわらず、現代の重要な演奏家たちが入れ代わり立ち代わりステージ立っていることが改めて実感できる。

さて、このブロムシュテット、ついに現在 90歳の高齢に達した!! 以前の記事でも書いた通り、未だに指揮台でストゥールも使用せず、手の内に入った曲なら暗譜で指揮をするこの指揮者、ある意味では、人間の持っている能力の極限に到達していると言ってもよい。1927年生まれだから、ちょうど上で名前の出たクルト・マズアと同い年。現代指揮界におけるその存在は、限りなく重い。
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実は今回のツアーは、幾つもの記念の年に行われる。まず今シーズン、楽団は創立 275年を迎える。また、上記の通りブロムシュテットは 90歳。そして、ツアーに同行するヴァイオリンのレオニダス・カヴァコスは 50歳。会場には、これら 275、90、50 という数字をあしらった、こんな T シャツまで売っているのである。
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それから面白いのは、今回この指揮者とオケが披露する 3つのプログラムにおける、天下の名曲全 5曲はいずれも、なんとこのゲヴァントハウス管が世界初演したものばかりなのである。これは、なかなかない貴重な聴き物である。既に札幌と横浜でのコンサートを済ませ、今回東京で初のコンサートなるが、その曲目は以下の通り。
 ブラームス : ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品77 (ヴァイオリン : レオニダス・カヴァコス)
 シューベルト : 交響曲第 8番ハ長調 D.944「ザ・グレイト」

後者は 1839年に、前者は 1879年に、このオケで初演されている。これは本当にすごいことである。まずブラームスのコンチェルトは、もちろん古今のヴァイオリン・コンチェルトの中でも屈指の名作。ブラームスらしい暗い情熱に支配されてはいるものの、第 2楽章のオーボエ・ソロなど、極めて美しい曲想も含まれている。初演はブラームスの親友でもあった伝説のヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムの独奏、作曲者自身が指揮するゲヴァントハウス管によってなされたが、このヨアヒム自身、弱冠 17歳にしてこのゲヴァントハウス管のコンサートマスターに就任したという経歴を持つ。これがそのブラームス (椅子に座っている方) とヨアヒム (立っている方) のツー・ショット。ブラームスは、若き日の美青年のおもかげを (わずかに? 笑) とどめている。
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今回ソロを弾いたのは、ギリシャ出身の素晴らしいヴァイオリニスト、レオニダス・カヴァコスである。実は彼の弾くブラームスのコンチェルトは、以前もこのブログでご紹介したことがある。それは、2016年 8月10日の記事。伴奏は、ワレリー・ゲルギエフ指揮の PMF オーケストラであった。その時の自分の感想を見返してみたが、印象は全く同じ。つまり、美音をこれ見よがしに聴かせようという態度の全くないこの人のヴァイオリンは、通常の音楽鑑賞を超えた高いレヴェルでの音楽体験を可能にしてくれるのである。私などがこの演奏に費やすべき適当な言葉を見つけられるわけもない。伴奏のブロムシュテットも、40歳下のこのヴァイオリニストに対する敬意を示していた。また、アンコールで彼が弾いたバッハの無伴奏パルティータ第 2番のサラバンドも、目を閉じて聴いていると、今自分がいつの時代にどこにいるのか分からなくなるほど、ピュアな音がまっすぐに響いていた。今後ますます目が離せないヴァイオリニストである。
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後半に演奏されたのは、シューベルトのハ長調の大交響曲。一時期あまり使われなくなっていた「ザ・グレイト」というあだ名が、最近はまた頻繁に使われるようになっていると思うが、これはそのようなあだ名にふさわしい、時代の制約を超えた壮大な大曲である。シューベルトの死後この曲を発見し、「天国的な長さ」と評したのはシューマンであるとは知っていたが、実は初演の指揮を取ったのはそのシューマンではなく盟友のメンデルスゾーンであることは、恥ずかしながら知らなかった。そして初演のオケは、彼が楽長を務めていたこのゲヴァントハウスであったのだ。本当に音楽史を体現しているオーケストラを相手に、90歳の巨匠が紡ぎ出す音楽はいかなるものであったか。今たまたま何の気なしに「紡ぎ出す」と書いたが、今回の演奏はまさにその形容の通り、幾重にも連なって滔々と流れて行く音の糸を堪能することのできるものであった。ブロムシュテットはいつもの通り、ヴァイオリンを左右対抗配置にし、指揮棒を持たずに、また、譜面台にスコアを置きながらもそれに一切手を触れることなく、暗譜で指揮をした。この曲には、第 2楽章などに深い情緒もあるものの、音楽を構成する主要な要素のは、あたかも現世の苦しみを超えて彼岸に向かう喜びのような雰囲気である。まさに天国的なこの曲の演奏者として、ブロムシュテットとゲヴァントハウス以上の組み合わせを想像できるだろうか。この演奏は、基本的にはイン・テンポを守りながら、実は随所に遊びもあって、曲をよく知っている人ならそれだけ楽しめるようなものではなかっただろうか。演奏する楽員たちの表情も柔らかく、ごく自然な流れの中で、川のように流れ過ぎて行く音楽的情景を、聴衆は皆穏やかな気持ちで楽しんだに違いない。また、その「天国的」な様子は提示部の反復にも出ていて、第 1楽章だけでなく第 4楽章も反復を励行していた。以前、パーヴォ・ヤルヴィと N 響によるこの曲の演奏について記事を書いた際、オリジナル重視の昨今とは言え、この曲の第 4楽章の反復はいかにも長いという感じがするので、そのパーヴォの演奏ではその部分の反復がなかったことを評価したが、今回は、まぁこの天国的演奏なら、それもありか (笑) と思ったものである。この曲の第 4楽章の反復部分は、クレッシェンドになっているので、音楽がまるでフェード・アウト、フェード・インしたような不思議な感覚を呼び覚ます。それが天国のようなのである。感傷のない天国の音楽。今のブロムシュテットとゲヴァントハウスならではの演奏であったと思う。
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この演奏会、もともと演奏時間が長く、終了したのは開演から 2時間20分ほど後の、17時20分。私は拍手が続いている間に会場を抜け出す必要があったのだが、実は終演後に指揮者と独奏者のサイン会があるとアナウンスされていたので、少々残念であった。ただ、ブロムシュテットのサインなら、昨年バンベルク響との来日時にもらったことがある (2016年11月 4日の記事ご参照)。それから、私はあと 2回、このブロムシュテットとゲヴァントハウスの演奏会に出掛けることを予定しているので、またサインを頂ける機会があればよいなと思う。当のご本人が 90歳という超高齢であることを、ほとんど無視した希望を述べておりますが (笑)。あたふたとサントリーホールをあとにして私が向かった先については、また次の記事にて。

= 追記 =
今回の演奏会で配布されたチラシの中に、招聘元の KAJIMOTO が今後行う来日オーケストラ公演の曲目についての速報があった。どうやら、ほかでは未だ入手困難な情報だと思うので、その中で私自身が特に気になっていた団体の演奏曲目を以下の通り抜粋する。コメントすると長くなるのでやめるが、1ヶ所だけ、どうしても我慢できなくて、ビックリマークをつけています (笑)

* サイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団 (2018年 9月)
9/24 (月・祝)
 バーンスタイン : 交響曲第 2番「不安の時代」(ピアノ : クリスティアン・ツィメルマン!!)
 ドヴォルザーク : スラヴ舞曲作品 72-2
 ヤナーチェク : シンフォニエッタ
9/25 (火)
 ヘレン・グライム : 作品未定
 マーラー : 交響曲第 9番
9/29 (土)
 ラヴェル : マ・メール・ロワ
 シマノフスキ : ヴァイオリン協奏曲第 1番 (ヴァイオリン : ジャニーヌ・ヤンセン)
 ブラームス : 交響曲第 4番

* テオドール・クルレンツィス指揮ムジカ・エテルナ (2019年 2月)
2/13 (火)
 チャイコフスキー : 組曲第 3番、幻想曲「フレンチェスカ・ダ・リミニ」、幻想序曲「ロメオとジュリエット」

# by yokohama7474 | 2017-11-12 00:12 | 音楽 (Live) | Comments(2)

チャイコフスキー : 歌劇「エフゲニー・オネーギン」(演奏会形式) ウラディーミル・フェドセーエフ指揮 チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ 2017年11月 9日 NHK ホール

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毎年秋に NHK ホールを舞台に繰り広げられる NHK 音楽祭。今年の公演数は 4つで、その最初を飾ったパーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 交響楽団によるモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」の素晴らしい公演は、既にこのブログでもご紹介した。音楽祭の 2つ目の公演であったキリル・ペトレンコ指揮バイエルン国立管弦楽団によるワーグナーの「ワルキューレ」第 1幕ほかは、事前の予想通り素晴らしい内容であったようだが、私は聴くことができなかった。今回の記事でご紹介するのは第 3回目の演奏。このブログでは何度もその演奏をご紹介している、85歳 (!) のロシアの巨匠、ウラディーミル・フェドセーエフが指揮する手兵、チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラによるものである。このオーケストラは、私の世代であれば旧モスクワ放送交響楽団といった方が通りがよいし、この NHK 音楽祭の表記では、チャイコフスキー交響楽団となっている。名称はともあれ、この名指揮者が 1974年以来、実に 43年に亘って首席指揮者を務めてきている楽団なのである。このロシア有数の名コンビが今回演奏会形式で採り上げたのは、チャイコフスキーの不朽の名作オペラ、「エフゲニー・オネーギン」である。もっともこの題名も、NHK 音楽祭のプログラムによると、前半部分が「エフゲニー」ではなく「エフゲーニ」になっている。原語表記には一定のルールを持つ NHK のこと、なんらかの根拠あってのことだと思うが、この作品での歌唱を聴いていると、「オネーギン」という名前もロシア語での発音は、「オニェーイギン」のように聴こえるが、そのように表記しなくてよいのだろうか。

まあそんなことはどうでもよい。先の記事で書いた通り、この日私は、昼間に日生劇場でドヴォルザークの「ルサルカ」を鑑賞し、日比谷から千代田線に乗って明治神宮前まで移動し、NHK ホールでのこの公演に臨んだわけである。開演前には NHK ホール名物 (?)、助六寿司を腹に掻き込んでからの鑑賞となった。冒頭に掲げたのは、NHK ホールの入り口に下がっていた垂れ幕である。85歳という年齢がとても信じがたい、指揮者フェドセーエフ。今回もオペラ全 3幕を、指揮台にストゥールすら用意せず、徹頭徹尾、立って指揮をした。
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さて、この「オネーギン」という作品、聴く人誰もが納得する傑作であり、大変に充実した内容を誇っているのだが、原作はロシアの国民的作家・詩人のアレキサンドル・プーシキン (1799 - 1837) である。私はこのプーシキンが「オネーギン」の原作小説を執筆したという小屋を、モルドヴァ共和国の首都、キシニョフ(あるいはキシナウとも) で見たことがあるという話は、2016年10月16日の、ゲルギエフとマリインスキー歌劇場の来日公演による、同じ「オネーギン」の上演に関する記事で書いた。面白いことに、ロシアオペラの傑作は、ことごとくがこのプーシキンの原作によるものと言っても過言ではないのである。この「オネーギン」と並ぶチャイコフスキーの代表的なオペラである「スペードの女王」もそうなら、グリンカの「ルスランとリュドミラ」、ムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」、リムスキー=コルサコフの「金鶏」といった具合。驚かされるのは、このリストには歴史ものあり空想ものあり、そしてこの「オネーギン」のような人間ドラマありで、その幅広さは尋常ではない。換言すると、この作家がこれだけ幅広い作品をものするだけの想像力の持ち主であったからこそ、19世紀ロシアの貴族社会を舞台にした、なんとも切なくまたリアリティのある人間ドラマを書くことができたのであろう。これがプーシキンの肖像。
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今回のプログラムにフェドセーエフが寄せた言葉から一部を抜粋しよう。

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「エフゲニー・オネーギン」--- ロシアの二人の天才、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー、アレキサンドル・プーシキンによって生み出された、まるでロシア人の人生についての百科事典の様な作品です。心、慈悲、そして愛を通して物事や世界を捉えること、それこそが偉大なるロシアの姿であり、そのすべてがこの作品の中に反映されていると思います。
UNQUOTE

なるほど、そうなのか。ただ私は、どのロシア人も徹夜でラヴレターを書いたり、必要以上にニヒルを気取って異性を振ったり、自暴自棄になって決闘を申し込んだり、人妻になった元恋人に言い寄ったりするのだと、ここでフェドセーエフが言っているとは思わない (笑)。どうしようもない心の綾によって翻弄される人間たち、そして彼らの人生に対するそれぞれに真摯な思い、そういったことについて語っているのだと思いたい。さて今回の演奏、そのような指揮者の強い思い入れが充分に感じられながらも、フェドセーエフらしく感傷を排した、一本筋の通った再現であった。この曲の冒頭は、華やかでも劇的もなく、主人公タチヤーナの内面を思わせるメランコリックで繊細な音楽。その冒頭のニュアンスの豊かさは、聴衆を一気に作品世界に引き込むだけのものであったと思う。今回は完全な演奏会形式で、歌手たちは燕尾服やドレスを着用していて、舞台前面、指揮台の左右で歌う。実は譜面台が左右それぞれに置かれていたのだが、冒頭にオリガ役の歌手が、「これは邪魔ね」とばかり持ち上げて横手の方に片づけてしまったのである (笑)。実際、譜面を見て歌う歌手はひとりもいない。そして後半には、譜面台は両方とも片付けられていた。今回の主要な役柄はすべてロシア人歌手によるもので、私の知った名前はひとつもなかったが、経歴を見ると、それぞれにロシアや世界の名門オペラハウスで歌っている人たちで、若手ばかりである。つまりこれは、日本にいながらにして、ロシアの若い世代の最高の歌手たちを聴ける機会であったのだ。名前だけ挙げておくと以下の通り。
 タチヤーナ : ヴェロニカ・ディジョーエヴァ
 エフゲニー・オネーギン : ワシーリー・ラデュク
 レンスキー : アレクセイ・タタリンツェフ
 オリガ : アグンダ・クラエワ
 ラーリナ : エレーナ・エフセーエワ
 グレーミン公爵 : ニコライ・ディデンコ

今回の歌手陣では、際立った存在はいなかったように思うが、それぞれに持ち味をよく活かしたアンサンブルであったと思う。試みに、やはり見事な演奏であった昨年のマリインスキーの来日公演のキャスト (やはり全員ロシア人) と突き合わせてみたが、同じ歌手はひとりもいない。さすがロシアは人材豊富であると驚嘆する。それから、端役は日本人が歌ったが、音楽教師トリケ役の清水徹太郎は、舞踏会における悲劇の予兆を逆説的に強調するとぼけた歌を、大変巧みに歌っていた。合唱は新国立劇場合唱団で、さすがに譜面を見ながらの歌唱であったが、安定した出来栄えであった。

指揮に話を戻すと、フェドセーエフは相変わらず指揮棒を持たない素手の指揮によって音楽を堅実に引っ張りながら、要所要所では見事な統率力を見せた。何よりも、全体の見通しがよかったと思う。その設計は、実は休憩の取り方にも出ていて、この 3幕もののオペラでは、通常は各幕間に休憩が入るのだが、今回の途中休憩は 1回のみで、時間も 20分のみ。前半は第 1幕と第 2幕第 1場まで。後半は第 2幕第 2場と第 3幕。こうすると前半に「手紙の場」とワルツ、後半にレンスキーのアリアとポロネーズ、という具合に、聴きどころが分かれる。一方で演奏時間は、前半 1時間50分、後半 50分と、若干いびつにはなったが、幕の切れ目でも聴衆の拍手に応えることなく、次の幕の分厚いスコアをドンと指揮台に置いて、ろくに間も置かずに淡々と次の幕に入っていくあたりに、この指揮者のよい意味での職人性を見た思いがする。
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そんなわけで、85歳の巨匠の、若々しくもニュアンス豊かな演奏に、静かな感動を覚えることとなった。人間が生きていくことののっぴきならなさを、このように淡々と表現されると、大仰な演奏よりも、返って説得力が増すのである。聴衆の皆さん、間違ってもオネーギンのように去勢を張ったり、レンスキーのように嫉妬に駆られて無謀なことをしてはいけませんよ。人と人の心には、常に通じるものがあるべきで、コミュニケーションこそが大事なのである。いつになく説教くさい終わり方ですな (笑)。

# by yokohama7474 | 2017-11-11 01:41 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ドヴォルザーク : 歌劇「ルサルカ」(指揮 : 山田和樹 / 演出 : 宮城聡) 2017年11月 9日 日生劇場

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この日は私にとってかなりハードな日になった。1日でオペラを 2本、鑑賞したのである。いや、これが人生初の経験とは言わない。ニューヨークにいたときは、土曜日に MET のマチネとソワレを両方見たことは一度ではない。だが、海外駐在中の、ある種の高揚感のある生活と、東京での日常生活との差は当然ながら歴然とあって、その意味では、「東京では初めて」、1日に 2本のオペラを鑑賞したと言えば正確になる。しかもその 2本は、イタリア物でもドイツ物でもフランス物でもなくて、両方ともスラヴ系オペラなのである。最初に見たのがこの記事で採り上げるドヴォルザークの「ルサルカ」、2本目は、これは演奏会形式上演だったが、チャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」であった。後者はまた追って記事にするので、ここでは「ルサルカ」について徒然に語ることにする。

このオペラは、東京日比谷の日生劇場で上演されたもの。日生劇場とは、その名の通り日本生命日比谷ビルの中にある劇場であり、まるで海底のようなユニークな内装で知られるのであるが、設計者は、以前このブログでも個展をレポートした名建築家、村野藤吾 (1891 - 1984)。こけら落としは、あの伝説的な 1963年 (私もさすがに生まれる前である) のベルリン・ドイツ・オペラの引っ越し公演であった。ここでは年に数回はオペラ公演が行われていて、私も時々足を運ぶ。客席数 1,330と手頃なサイズであり、安い席でも充分声が届くのでありがたい。これが舞台から見たこの劇場の客席の様子。
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さて、この公演の楽しみはいくつかあって、まずは、私がこのブログでも何度となく賛辞を捧げてきた若手指揮者、山田和樹が指揮をすること。今年の 2月 6日付の記事で、彼が藤原歌劇団の「カルメン」で初めてオペラの指揮をした公演を採り上げたが、これは、少なくとも日本では、それに続く 2度目のオペラ指揮ということになるはずだ。楽しみのふたつめは、演出である。現在、静岡舞台芸術センター (SPAC) の芸術総監督を務める宮城聰 (みやぎ さとし)。彼がその静岡で演出した戦時中の R・シュトラウスを題材にした演奏会兼芝居 (?) については、今年 5月 1日の記事で言及していて、そこに、私とこの演出家の過去の僅かなご縁も書いているので、ここでは繰り返しは避けよう。ただ、彼自身が未だにアマチュアであった学生時代から、彼の演出を沢山見てきた私としては、このような由緒ある劇場の大舞台での演出は、本当に楽しみなのである。それから、みっつめの楽しみは、曲目である。チェコの大作曲家、アントニン・ドヴォルザークのオペラとしては、唯一現代の劇場のレパートリーに残っているが、チェコ語という特殊な言語の使用によってその演奏頻度は決して高くない「ルサルカ」。これは山田と宮城の写真。
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この演目は 3回上演され、今回がその初日なのだが、調べてみると既に 11/6 (月)、7 (火) と 2日間、中高生用の鑑賞教室という趣旨での上演がされているらしい。私が鑑賞した、この平日の 13時30分開演の公演にも、高校生とおぼしい男女が大勢鑑賞していたので、本格的な一般公演は今週末の土日ということになるのかもしれない。これがスタッフ・キャストの集合写真。
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さて、チェコ語のオペラを上演する苦労は、いかなるものであろうか。もちろん世界的に見れば、ヤナーチェクという、ちょっと独特の魅力的なオペラの数々を書いた人がいて、それはすべてチェコ語であるから、本格的なオペラハウスは多かれ少なかれ、チェコ語での上演の機会は、決して多くはなくとも、それなりにはあるとも言える。それ以外にも、スメタナ (「売られた花嫁」が有名)、マルティヌーという作曲家の作品、そしてもちろん、この大御所ドヴォルザークの「ルサルカ」が、主要なチェコ・オペラのレパートリーである。このオペラの初演は 1901年。20世紀最初の年である。有名な「新世界」(彼の書いた最後の交響曲である) 等、米国で書かれた作品はいずれも 19世紀の作。それに対して「野鳩」等の一連の交響詩は、実はすべての交響曲よりも後に故国チェコに帰国後に書かれているが、興味深いのは、その題材にはメルヘン的なものが多いことである。というのも、この「ルサルカ」(ドヴォルザークの 11のオペラのうち 10作目) も、人間に恋をした水の精を主人公とするメルヘン・オペラであるからだ。時代は既にワーグナーを知っており、ドヴォルザークもここではライトモチーフの手法を (ワーグナーほど複雑にではないが) 用いて、かなり劇的な音楽を書いている。劇中のアリアとしては、第 1幕で主人公ルサルカが歌う「月に寄せる歌」が突出して有名で、単独でもよく歌われる。

さてそんなオペラの上演であったのだが、舞台を見渡してすぐに気づくのは、いわゆるオケ・ピットが設置されておらず、指揮者とオケは、平土間の地面に並んでいて、客席との間には、赤いロープを渡してあるだけだ。そして、木管とホルンがオケの陣取っている場所に収まり切れず、舞台上に並んでいる (木管が下手、ホルンが上手)。この劇場で過去にオペラを見たときにはそのようになっていなかったので、これは演出上のなんらかの意図によるものであろうか。そして舞台は、あたかも日生劇場の海底のような壁がそのまま伸びていったような、曲線による閉ざされた空間に、幅の広い階段が設置されたもの。全 3幕、一切舞台装置の転換はなく、この場所が沼のほとりにもなり、宮廷の内部にもなる。様々な工夫があったとは思うが、正直なところ、スペースが限られていることから来る若干の閉塞感を感じてしまった。また、舞台下の空間も歌手たちが動くために使われており、それ自体はオペラ演出でも決して珍しくはないものの、昔から小劇場で宮城の演劇を見てきた者としては、少し懐かしいような気もしたものだ。あまり細部にこだわらず、ただ、民衆の好奇の目とか、宮廷の人間関係の浅薄さなどの表現には、音楽の流れを邪魔しないことを心掛けている様子が見られて、その意味では手堅い演出だったと言えるだろう。

私としてはこの演奏、やはり山田の指揮が第一の聴き物であったと思う。上記の通り、かなり劇的に書かれたスコアであり、音の動きも多彩であって、指揮者としても料理しがいのある作品であると思うが、さすが山田和樹、その敏捷な音楽の推移には、いつもながら非凡なものを感じた。オケは今回は読売日本交響楽団であるが、この読響、今月はこのオペラと、それからメシアンの超大作「アッシジの聖フランチェスコ」を演奏するわけで、いよいよ楽員の皆さんたちの日常に、パレットに並ぶ様々な音が満ちてくることだろう。合唱団は、オペラとしては珍しいことに、山田が音楽監督を務める東京混声合唱団。歌手陣はほぼ全員二期会の人たちで、チェコ語という慣れない言語にもかかわらず、朗々たる歌唱を聴かせた人が多かったが、その一方、どうしても言葉の響きが暗いので、声を張り上げてもニュアンスが充分に伝わらない箇所も、あったかもしれないと思う。タイトルロールの田崎尚美、王子の樋口達哉、水の精ヴォドニクの清水那由太、外国公女の腰越満美等、皆健闘していたが、もしひとり挙げるとするなら、魔法使いイェジババを演じた清水華澄であろうか。このブログでも過去に、やはり山田和樹と共演した R・シュトラウスの「4つの最後の歌」などをご紹介したことがある。
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実は私は以前、この「ルサルカ」を舞台で見たことは一度しかなく、それは 2011年の新国立劇場における尾高忠明指揮の上演であったのだが、今プログラムを引っ張り出してきて見てみると、主役級の歌手たちは外人だが、実はこの清水は、第三の森の精という端役で出演していた。因みに森の精のほかの二人は、安藤赴美子と池田香織。最近の二期会の公演やコンサートで活躍している人たちばかりである。なるほど、新国立劇場で常打ちでオペラを上演することは、やはり時とともに日本人歌手を育てているのだな、と改めて実感した次第。

ドヴォルザークは我々には充分親しい作曲家でありながら、彼のこのようなメルヘンへの指向については、実はそれほどイメージがない。ミュシャを思い起こすまでもなく華麗なる世紀末文化を誇るアールヌーヴォー都市であるプラハでは当時、いかにも世紀末的な、現実ではない空想の世界への逃避指向があったのだろうか。このような美しいアールヌーヴォーの建物、プラハ市民会館の中には、スメタナ・ホールというホールがあり、今でもチェコの人たちの音楽活動の中心である (私は前まで行ったことはあるが、残念ながら中には入っていない)。郷愁と名旋律の作曲家と思われているドヴォルザークを、一度世紀末の観点で聴き直すのも面白いかな、と思った次第。
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# by yokohama7474 | 2017-11-10 01:09 | 音楽 (Live) | Comments(0)