山田和樹指揮 日本フィル 2017年 9月 8日 サントリーホール

e0345320_09510622.jpg
つい先日、忘れられた日本の作曲家、大澤壽人の作品ばかりによる演奏会で見事な演奏を行った日本フィル (通称「日フィル」) と、その正指揮者を務める山田和樹が、秋からの今シーズン初の定期公演で、またまた意欲的なプログラムを採り上げた。まずはその内容からご紹介することとしよう。
 ブラッハー : パガニーニの主題による変奏曲作品26
 石井眞木 : 遭遇 II 番作品 19 (雅楽 : 東京楽所)
 イベール : 交響組曲「寄港地」
 ドビュッシー : 交響詩「海」

うーん、ちょっと渋すぎるような気がするなぁ・・・(笑)。おかげで客席はそれほど埋まっていない。だが、これはやはり聴く価値が大いにある演奏会なのだ。そもそもこの曲目をどう評価しようか。ごく一般の音楽ファンは、ドビュッシーの「海」にしかなじみがなく、イベールの「寄港地」は題名だけ聞いたことがあるとか、そんな感じであろうか。よくよく曲目構成を見てみると、前半 2曲はドイツ系、後半 2曲はフランス物という区別はできようか。プログラムには、「異なるものの出会い」がこの 4曲に共通するとあるが、賛同できるようなできないような。以下、順番に見て行こう。

まずボリス・ブラッハー (1903 - 1975) である。名前にはなじみがあり、特に今回演奏された「パガニーニの主題による演奏曲」(1947年) は代表作として知られている。最近でこそあまり演奏されないものの、ジョージ・セルやレオポルド・ストコフスキー、フェレンツ・フリッチャイ、あるいはセルジュ・チェリビダッケ、ゲオルク・ショルティという指揮者たちが録音を残している。こうして名前を並べると錚々たるものだが、やはり歴史的な顔ぶれ。それを考えると、本当に最近は演奏されることが少ないのが奇異なほどである。このブラッハーという作曲家、私などは、この曲以外には、息子のコーリア・ブラッハーがベルリン・フィルのコンサートマスターを務めたことがあるがゆえに、名前になじみがあるという感じである。彼の顔写真をあしらった作品集のジャケットはこれだ。指揮は一部でマニアックな人気を誇る (まあ私も好きだが 笑) ヘルベルト・ケーゲルだ。
e0345320_23503491.jpg
今回演奏されたパガニーニの主題による変奏曲は、あの有名なパガニーニの奇想曲第 24番のテーマ (リストやラフマニノフが転用した有名なメロディ) をもとにした変奏曲であり、戦後すぐの東ドイツで書かれた割には、ジャズ的な要素が顕著である点が面白い。ブラッハーの若い頃に活況を呈したベルリンの雰囲気が偲ばれる。今回の山田と日フィルの演奏は、かなりきっちりと各変奏の性格を描き出したもので、オケの性能も充分。面白く聴くことができた。

続く石井眞木 (1936 - 2003) の作品。この作曲家については以前も、今年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンにおける井上道義指揮によるシンフォニア・ヴァルソヴィアの演奏で、彼の「モノプリズム」をご紹介したが、今回はまた興味深い曲目。「遭遇 II 番」という曲で、副題は「雅楽とオーケストラのための」。つまりここでは、日本古来の宮廷音楽である雅楽と、西洋音楽が「遭遇」するわけである。実は作曲者石井は、ボリス・ブラッハーの弟子。ここで前半の 2曲にはひとつのつながりがあることが分かる。だがその作風は師とはかなり異なるもの。この石井の作品は、オーケストラのための「ディポール」という曲と雅楽のための「紫響」という曲の同時演奏であり、それらをいかに組み合わせるかは指揮者の意向次第という、いわゆるチャンス・オペレーション (偶然性の音楽) の一種である。今回山田がこの曲を採り上げたには理由があり、実はこの曲、今回演奏しているオケである日フィルの委嘱によって作曲されたものなのだ。このオケの創立者であった名指揮者、渡邉曉雄の提案によって始められた日本の作曲家への委嘱シリーズである「日本フィル・シリーズ」のひとつであり、この「遭遇 II 番」という作品は第 23作。1971年 6月23日の初演である。いわゆる現代音楽の場合、せっかく委嘱による初演がなされても、再演の機会に恵まれないことも多いので、このように、委嘱したオケ自身での再演には大いに意味がある。私は、とりわけこの作品には興味があったのであるが、それは、この曲の初演の前後 (1971年 6月22・23日) に録音されたアナログレコードが手元にあるからだ。これである。
e0345320_00404335.jpg
e0345320_00410003.jpg
そう、この曲の世界初演者は、当時 35歳の小澤征爾。このときのオーケストラは分裂前の旧日フィルで、小澤はその首席指揮者であった。だがこのオケは、この曲の初演の翌年、1972年に分裂。小澤は新たに新日本フィルを創設したのだが、その話はここまでにしよう。私が言いたかったのは、日本のオーケストラにも既に長い歴史があり、世界クラスの音楽家たちの活躍の場となって来たことである。山田和樹は現在は 38歳。初演を振った当時の小澤と近い年代だ。こうしてバトンは継承されて行くのである。さてこの「遭遇 II 番」であるが、当時の前衛手法であるトーンクラスターがかなり刺激的な音を立てるし、西洋オケと雅楽は、それほど密に響き合う感じでもない。正直なところ、今聴くとむしろノスタルジックにすら響くこのような当時の「現代音楽」に、衝撃の感動を受けるというところには至らないが、だがこのような曲に真摯に取り組む奏者たち (雅楽は東京楽所 (とうきょうがくそ) である) には心から敬意を表したい。

そして後半。まずはジャック・イベール (1890 - 1962) の「寄港地」である。この曲は、昔は名曲と言われていて、私もクラシックを聴き始めた初期に読んだ本にはよく紹介されていたものだ。ほかにも「ディヴェルティメント」などの洒脱な音楽を書いた人だが、一般的な知名度は決して高いとは言えないだろう。世代としてはラヴェルやドビュッシーより下、都会的なセンスあふれる、いわゆる六人組と同世代である。この肖像写真は、軍人風にも見えるが、軍人はこんな派手な蝶ネクタイはしないか (笑)。
e0345320_01393015.jpg
この「寄港地」という作品、3曲からなっていて、1. ローマ - パレルモ、2. チュニス - ナフタ、3. バレンシアという、船旅の情景を描いた色彩的な曲である。山田と日フィルは、鮮やかにこの曲を演奏してみせ、特に木管の多彩なニュアンスには傾聴すべきものがあった。だが、この曲自体がやはり、それほど上出来とは思われない。というのも、最後に演奏されたのが、天下の名曲、ドビュッシーの「海」であったからで、聴衆は勢い、比較をしてしまうからだ。名曲の名曲たるゆえんを改めて思い知ることとなったわけだが、この「海」での山田と日フィルの演奏は、若干の課題を残していたかもしれない。このコンビなら、さらにクリアに、さらに勢いの良い演奏ができたのではないか。もちろん素晴らしい箇所もあって、例えば第 2曲の後半の弦がうねり上がるさまなどは、この曲の神髄に迫るものだったと思う。その上で、さらに充実した響きを求めたいという気がしたのである。比較の対象が多い名曲であるがゆえの難しさもあるだろう。また、前回のコンサートから今回まで、世界初演曲や普段ほとんど演奏されない曲がいろいろ入っていたので、リハーサルが及ばなかったような事情もあるのかなぁと、勝手に思ってしまいました。

だが、これだけの意欲的な内容を着実に演奏するだけでも、大変なことである。やはり、同じレパートリーの繰り返しだけでは聴衆の確保は難しかろう。演奏する側の絶えざる工夫がないと、日本の音楽界のさらなる発展は見込めない。その点、今回のように客の入りはもうひとつであっても、このような曲目が演奏されているというだけで、東京の文化度が分かろうというものだ。今年マーラー・ツィクルスを完走したあとの、山田と日フィルのコンビの充実ぶりを、これからもしっかりと体験して行きたいものである。
e0345320_01443273.jpg

# by yokohama7474 | 2017-09-09 01:44 | 音楽 (Live) | Comments(0)

海底 47m (ヨハネス・ロバーツ監督 / 原題 : 47 Meters Down)

e0345320_21392902.jpg
この映画、題名そのままである。海の中、深さ 47m。そこで一体何があったのか。予告編を見る限り、この映画の設定は以下のような単純なもの。
・姉妹とおぼしき女性 2人組が、異国のマリンリゾートで、海の中にケージを沈め、そのケージの中から迫力満点のサメを見るというアトラクションに参加することとする。
・ところがそのケージを船につないでいるワイヤーの強度が充分でなく、あわれワイヤーはぶっつり切れ、ケージの姉妹は海底まで落ちて行く。
・海底は水深 47m。急いで自力で水面まで上がろうとすると、脳の中に気泡ができる潜水病にかかる恐れがある上、どこで巨大サメに狙われるか分からない。かと言って海底に留まっていると、遠からぬうちに酸素ボンベが切れてしまう。

うーん、さぁ、どうする!! これだけシンプルな設定において、一体どんなストーリーが可能というのか。ええっと、(1) 海底で座して死を待つ。(2) 脱出を試みてサメに食われる。(3) 幸いにしてサメには食われないけど、慌てて浮上して潜水病で一巻の終わり。それ以外の選択肢があるというのか。そして、それらの選択肢を映画化して、何か面白いのか (笑)。このようなシンプルな設定ゆえか、この映画は日本ではかなり冷遇されていて、劇場に行ってもこの作品のプログラムは売っていない。なぜなら、本来この映画は劇場公開なしにネット配信だけという予定であったからだ。それがいかにして劇場公開にこぎつけたのか、私の知るところではないのであるが、ひとつフェアでない点は、通常の劇場公開作品に比して宣伝が限られているということだろう。私の場合はたまたま何かの映画を見に行った際に予告編を見て、そのシンプルな設定に興味を惹かれたがゆえに、是非この映画を見てみたいと思ったものである。うぉー、こわ。これはイメージです。
e0345320_23293838.png
そもそも私の世代は、物心ついて初めての大ヒット映画は、あのスピルバーグの「ジョーズ」であった。当時小学生の私は、この死んだ魚のような (?) 無表情な目をした巨大な魚が、その強力なキバと顎の力で、人間を含むあらゆるものを食いつくすという野蛮さに魅せられ、学校で詩を書けという課題が出たときに、そのような非情なサメを題材にしたのであった。それゆえ、サメに襲われる人間というこの映画の設定は、どこか私の琴線に触れる部分があったのである。私と同じ世代でなくとも、サメの凶暴性に興味を惹かれる人は多いのではないだろうか。そして私は思うのである。この映画を劇場公開に持って行った人は、なかなかモノが分かった人に違いない。ところが実態は残念ながら、この間の週末、お台場で私がこの作品を見たとき、観客がたったの 5人 (!) であったのである。だが実際のところ、この映画は結構面白く、見た人は誰でもそれなりに楽しめるものだと思うのだ。いや、それだけではない。まず冒頭のシーンが洒落ている。水中からとらえた、浮き袋で水面に浮かんでいる女性。そして何物かがその女性をめがけて水中から突進する。あっと思う間もなく浮き袋から水中に投げ出される女性。そして水はみるみる赤く染まる・・・。あぁっ、いきなり惨劇か!! と思うとそれは、メキシコでバカンスを楽しむ姉妹で、メランコリックな性格の姉を冷やかす活動的な性格の妹のいたずらであったのである。水を赤く染めたのは、姉がグラスで飲んでいたワインであったのだ。私はこの冒頭のシーンのセンスに感心した。そうそう、サメの襲撃を偽装したこのシーンに、姉妹の運命が暗示されているのである。これが主役の姉妹。右が姉、左が妹である。
e0345320_23434213.jpg
彼女らは、旅先で知り合った男たちが薦めるアトラクション、つまりは沖合までボートで行き、海底 5mのところに沈めるケージに入り、そこに鮮血をしたたらせた魚の切り身を投じることでやってくる巨大ザメを観察するというツアーに参加する。慎重な性格の姉は躊躇するが、冒険好きの妹の後押しによって、海に入る決心をする。このあたりの姉妹のスタンスの違いと、メキシコの男たちとの逢瀬の楽しみ方は、シンプルでありながら、なかなかよく描けていたと思いますよ。そしてここから先を書くとどうしてもネタバレになってしまうので、さて一体何を書こうか迷うところではあるのだが、ひとつ言えるのは、このように誰がどう考えても絶望的な状況においても、知恵を絞って、たとえリスクがあっても、取りうる手段を講じることが大事だということだろう。その点は冗談ではなく、この映画から生きる上でのヒントを得ることができると思う。例えば、海底に落ち、無線も通じない状況であれば、サメがやってくるリスクを犯してでも、ケージから出て頑張って浮上して、水面にいるクルーたちに無線で呼びかけることがどうしても必要であろう。それをしなければ、本当に座して死を待つわけで、同じ死ぬなら、サメに食われるリスクを犯してでも、水上からの助けを待つべきである。うーん、もし私がいつかこのような危機的状況に追い込まれたときには、リスクを取って生き残る道を模索することとしよう。いやもちろん、そんな目に遭わないに越したことはないのだが・・・。
e0345320_23584774.jpg
この映画においては、極限状態において人間が取るべきリスクが表現されている。残念ながら現実世界には、巨大な力を持って弾よりも速く空を飛ぶ異星人もいなければ、種々の乗り物を駆使して悪と闘う大富豪もいなければ、念力でモノを遠隔操作できるミュータントもいなければ、通常は車の形をしたロボット生命体もいない。人間が直面する危機は、人間の力によって切り抜けるしかないのである。人間の能力には限界があるゆえに、その限界に挑戦することには大いなる意義があるのである。実際のところこの映画においては、少し希望が出て来たと思ったら、それをあざ笑うようにその希望が潰えてしまう。こういう展開でこう来たか!! という裏切られ感が心地よい。だから、宣伝が不足しているがゆえに公開されている劇場も少ないということは、フェアではないと思うのである。うわー、目が合ったけど、来るな、来るな!!
e0345320_00064695.jpg
極限状態においては、それぞれの人のサバイバル能力が試される。ここで描かれている対照的な性格の姉妹は、さて、この危機にどう対処して、果たして生き残ることができるのであろうか。この映画は海洋映画というよりも、緊急事態における人間の能力を描いているという点で、普遍性を持つものであると思う。だから、これを見たら怖くて海に行けないと恐れる必要はない。もしかしたら明日、普通に地上で生活している人が、このような危機に襲われないという保証はないのだから。危機を前にしても冷静に、勇気を持って行動しようではないか!!

最後に、この映画の結末について言及したい。この結末、見る人によってはなんだこれだけか、と思うかもしれないが、人間の孤独に鋭く迫っている部分もあるのではないか。ネタバレはしないが、クラシックファンにだけ分かる方法で少しヒントを書くと、これは、あの不世出の演出家ジャン=ピエール・ポネルが 1980年代にバイロイトで演出した「トリスタンとイゾルデ」のラストに似ている。分からない人にはチンプンカンプンであろうが、このシーンのあとに来る衝撃のラストである。
e0345320_00182855.jpg
そんなわけで、「ジョーズ」と「トリスタン」の交わるところ、人間の可能性を知ることができる、と大袈裟なことを言わずとも (笑)、この映画、素通りするにはもったいない。もうあまり長く劇場にかかっていないと思うので、興味をお持ちの方は、急いだ方がよいと思います。

# by yokohama7474 | 2017-09-08 00:20 | 映画 | Comments(0)

ヤツェク・カスプシク指揮 読売日本交響楽団 (ヴァイオリン : ギドン・クレーメル) 2017年 9月 6日 東京芸術劇場

e0345320_21142177.jpg
私はよく思うのであるが、音楽との出会いは、人との出会いにも似て、様々な巡り合わせによって成り立つものである。クラシック音楽の場合、有名な曲でもどうもしっくりこない場合もあれば、あまり聴く機会のない曲に心動かされることもある。演奏家も同じで、高名な音楽家だから常に素晴らしいとは限らず、また、無名な音楽家の演奏が琴線に響くこともある。従って、音楽を聴くときには常に先入観にとらわれないようにしたいものだ。と、のっけから珍しく人生論めいたこと (?) を書いているには訳があって、今回読売日本交響楽団 (通称「読響」) を指揮したヤツェク・カスプシクは、30年以上前のある録音との出会いで強烈な印象を持っていたにもかかわらず、これまで実演を聴く機会が一度もない人であったからだ。大変鮮やかな音で私の心にぐっと迫ってきたその音楽は、ポーランドの現代作曲家クシシトフ・ペンデレツキの交響曲第 2番「クリスマス交響曲」。このカスプシクがポーランド国立放送交響楽団を指揮した、パヴァーヌというマイナーレーベルのアナログレコードで、録音は 1981年。この曲の世界初録音であった。未だに手元にそのレコードがあるので、ジャケットに載っているカスプシクの当時の写真とともにお目にかけよう。
e0345320_21143931.jpg

e0345320_21145110.jpg
このカスプシク、1952年生まれだから現在 65歳。ということは、この録音の時には未だ 20代であったわけである。ポーランド人で、1977年にカラヤン指揮者コンクールで 3位入賞し、ベルリン・フィルやバイエルン放送響、パリ管といったオーケストラや、ベルリン・ドイツ・オペラ、リヨン歌劇場、チューリヒ歌劇場などのオペラハウスで指揮棒を取ってきた。中でもポーランド国内での活躍が目立ち、上記のレコードで指揮をしているポーランド放送響、ポーランド国立歌劇場などの音楽監督を歴任し、2013年からは名門ワルシャワ・フィルの音楽監督を務めている。読響とは 1989年以来、実に 28年ぶりの共演であるとのこと。これが現在のカスプシク。
e0345320_00563405.jpg
私が彼の音楽に出会ってから 30数年の間、彼の辿って来た音楽的道程が、きっと音になって現れるであろうとの期待をもってこのコンサートに臨んだのであるが、さらに嬉しいのは、その曲目とソリストだ。
 ヴァインベルク : ヴァイオリン協奏曲ト短調作品67 (日本初演、ヴァイオリン : ギドン・クレーメル)
 ショスタコーヴィチ : 交響曲第 4番ハ短調作品43

そう、文字通り現代における世界最高のヴァイオリニストのひとり、ラトヴィア出身のギドン・クレーメルが登場する。1947年生まれなので、今年既に 70歳、真の巨匠である。
e0345320_01013662.jpg
クレーメルについてはこのブログでも、昨年 6月 8日の記事で、若手ピアニスト、リュカ・ドゥバルグとの興味深いデュオをレポートしたが、そこでも彼が採り上げていた作曲家、ポーランド出身でロシアに移ったミエチスワフ・ヴァインベルク (1919 - 1996) の作品を今回も採り上げる。今回は彼のヴァイオリン協奏曲、またこれに先立つ 9月 1日 (金) のやはりカスプシク指揮読響と共演したコンサートでは、「ポーランドのメロディ」という小品を演奏している。さてこのヴァインベルクについては、以前の記事で少しご紹介したが、大変な激動の人生を送った人で、ユダヤ系であったため、1939年のナチ (またしても!!) のポーランド侵攻の際には間一髪国外に逃れたものの、家族・親戚は皆収容所で殺されてしまった。その後ベラルーシの首都ミンスクで音楽を勉強し、ウズベキスタンのタシケントを経て、1943年にモスクワに移住。ショスタコーヴィチと親しく交わるが、ここでもスターリンの反ユダヤ政策という災禍に見舞われて、義父は暗殺され、彼自身も逮捕された。死刑が求刑されたが、スターリンの死 (1953年) によって奇跡的に難を逃れた。これは平和な時代の平和な国にいる我々にはなかなか実感できない凄まじい運命である。まさに独ソの負の歴史に翻弄された作曲家であるが、現代に生きる我々としては、そのような事実は一応知識として持っておきながらも、まずは音楽そのものに耳を傾けてみたい。クレーメルはこの作曲家の昨今のリバイバルに大きな貢献のあった人で、既に何枚かのアルバムも録音しているが、このヴァイオリン協奏曲の録音は、未だないようだ。そしてこの協奏曲は、かつて日本で演奏されたこともない。従って、このような曲のこのような演奏を聴ける東京の聴衆は、非常に恵まれているのである。これがショスタコーヴィチと談笑するヴァインベルク。ショスタコーヴィチは 1903年生まれだからヴァインベルクよりも 13歳上。師弟関係というよりは友人であったようだ。
e0345320_01201331.jpg
この演奏会の前に、別の演奏家によるこのヴァイオリン協奏曲の録音を聴いて予習して行ったが、やはり生で聴くと、曲の推移がよく分かって面白い。1961年にレオニード・コーガンのソロとゲンナジ・ロジェストヴェンスキー指揮のモスクワ・フィルによって初演された 30分程度の作品であるが、協奏曲としては変則の 4楽章制を取り、形式感は希薄である。非常に激しい部分と静かな部分が交互に現れるような曲で、ヴァイオリン・ソロとオケが丁々発止やりあうシーンはあまりなく、ソロとオケも、交互に演奏するような印象がある。だが、以前クレーメルがヴァインベルクの無伴奏ソナタ 3番を演奏したときにも思ったが、この作曲家のある種ささくれだった音楽は、クレーメルの持ち味にぴったりである。ただの美音 (いや、もちろんヴァイオリンは美音であるに越したことはないのだが 笑) だけではなく、聴き手の心に強く突き刺さってくるような彼のヴァイオリンは、ヴァインベルクの音楽の本質をクリアなかたちで聴衆に提示する。そしてそれは、未知の音楽に対する扉を開けてくれる、大変素晴らしい体験なのである。ここでのカスプシクの伴奏は、かなり譜面と首っ引きで、特に大きな印象はなかったものの、いわゆる職人的な手腕を持つ指揮者であると思った。コンチェルト終了後クレーメルはアンコールとして、同じヴァインベルクの「24の前奏曲」から第 4番と第 21番を演奏。これもいかにもこの作曲家らしい、静謐さと野蛮さが同居する音楽であった。特に後者は、ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第 1番の冒頭と同じメロディが出て来て、興味深かった。

そして後半の曲目、ショスタコーヴィチ 4番である。もちろんこの作曲家は、ポスト・マーラーという観点に基づき、現代のオーケストラのレパートリーにおける重要度が増すにつれ、演奏頻度が上がっている。だが、15曲ある交響曲のすべてがよく演奏されるわけではない。以前誰かが言っていたが、マーラーの場合と違ってショスタコーヴィチは、曲による出来のむらが大きすぎる、あるいはさらに、傑作と言える交響曲は少ない、という考え方もあると思う。私もそれには同感で、特に 2・3・4番にはあまりなじめない。2番と 3番は政治的な要素という特殊性のある短い曲なので、まあよしとして、問題はこの 4番である。巨大な管弦楽を使って、1時間を超える大作になっているが、あまりにもまとまりがなく、ただうるさいだけと感じることが多いのである。それは、これも学生時代に、ハイティンクの録音で初めて聴いて以来の思いであり、実演でも、ニューヨークでゲルギエフとマリインスキー劇場管が、この作曲家の交響曲全 15曲を演奏した際に聴いたことくらいしか思い出せない (芥川也寸志が新交響楽団を指揮して 1986年に行った日本初演も、誘われたが行かなかった)。だが、それゆえに今回は楽しみであったのだ。期待のカスプシクが、私の偏見を取り除いてくれることを望んで。
e0345320_01422751.jpg
そしてこの演奏、大変よかった。まずカスプシクであるが、変わったことは何もしない、ごくごくオーソドックスな指揮ぶりで、見たところ決して器用ではない。だが、その音楽の起伏のダイナミズムと見通しのよさは、やはり非凡である。私が若い頃に感銘を受けた鮮烈な指揮ぶりというものとは少し違ったが、それはやはり、経験を積み重ねてきた彼の音楽が熟しているということだと思う。音楽の進み方には常に強い確信があり、弱音から壮大な音響まで、読響の面々がよく指揮者の意図を音にしていた。ここで強く思ったのは、既にして指揮者陣に非常に恵まれている読響ではあるが、是非このカスプシクと、今後共演を重ねて行って欲しいということ。ポーランド指揮者としての大先輩であったスクロヴァチェフスキは、老年に至っていよいよ充実の音楽を創り出し、この読響の歴史に大きな足跡を刻んだ。65歳というカスプシクの年齢は、まさにそのパターンへの大きな可能性を感じさせるではないか。それにしても、先日のルイージとの共演も記憶に新しいこの読響、実に素晴らしい水準に達している。特に弦楽器パートは、どのセクションもまるで大きなひとつの楽器のような均一性を持ち、奏者ごとにバラバラということは決して起こらない。今日の演奏では木管も金管も打楽器も大変に充実していて、本当に楽しめる演奏であったのだ。尚、今回もコンサートマスターの荻原尚子の素晴らしいリードに感銘を受けた (因みに荻原さんは、妊娠されているようにお見受けした。おめでとうございます!! 胎教がショスタコーヴィチ 4番とはなかなかに豪勢だが、日本ではまだ数少ない、集団におけるリーダーとして働く女性の模範として、頑張ってほしい)。

そう、曲ということに関して言えば、いくつか新しい発見もあった。とりとめのない大音響は依然気になるものの、それはあながちでたらめなものではなく、1935年から 36年という作曲当時の作曲家の内面が現れた結果なのではないか。当時ショスタコーヴィチはオペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」が酷評されたことで、作曲家としての大きな危機に瀕していた。スターリン体制下でのその状況は、場合によっては命にもかかわる。そんな中、3楽章構成で、両端楽章が極端に膨張し、陰鬱かつ謎めいた音響に満ち、いずれの楽章も弱音で終わるこんな曲を発表すれば、本当に危なかったはずで、結局この曲の初演は、スターリン没後の 1961年 (奇しくも、ヴァインベルクのヴァイオリン協奏曲初演と同じ年だ!!) まで実現しなかったわけである。そして作曲家は、この後に書いた 5番のシンフォニーで名声を復活させるのであるが、その、一見体制に迎合したかのような第 5交響曲の真価は、今日ではよく知られているように、一筋縄ではいかない。諧謔に満ちたこの作曲家の脳髄には、政治体制を揶揄する反骨精神が常に宿っていたのであろう。今回気づいたことには、この 4番には何ヶ所も、5番と共通する音の素材が使われている。つまり、発表すれば命にもかかわるような危険な存在だった交響曲の素材を、体制にへつらったと見せかけた交響曲に忍び込ませたということである。それから、プログラムで初めて知ったことには、終楽章には数々の過去の名作からの引用があって、それは「魔笛」のパパゲーノのアリア、「ばらの騎士」のワルツ、自作のピアノ協奏曲 1番などである。なるほどそれらはいずれも聞き取れるが、よく耳を澄ますとそれらだけでなく、ヨハン・シュトラウスの「こうもり」、マーラーの「復活」、チャイコフスキーの「悲愴」なども聞こえてくるではないか!! この引用の手法はもちろん、最後の交響曲である 15番で、謎めいたかたちで登場するが、もっと後の世代のシュニトケなど、このようなショスタコーヴィチの手法にヒントを得て、コラージュ風の作曲をしたのではないかと考えてしまった。このようなことすべて、今回の演奏における読響のサウンドがクリアであったからこそ理解できたものであり、それだけ演奏の質によって受ける印象が変わる難曲と言えるかもしれない。

この曲は 1936年までに書かれていたが、その時点で演奏ができなかったことは上に述べた。これに関して、私が知らなかったエピソードがプログラムに載っているのでご紹介する。1936年 5月にレニングラードを訪問していたドイツの大指揮者オットー・クレンペラーは、ショスタコーヴィチがこの 4番の一部をピアノで弾くのを聴いて、演奏を切望した。だがこの曲にはフルートが 6本使われていて、それだけの人数、優秀な奏者を集めるのは難しい。そこでクレンペラーがフルートの本数を減らすように進言したが、作曲者は頑として受け付けなかったため、演奏は実現しなかったという。もしここでクレンペラーが初演していれば、この曲の運命は変わっていたかもしれない。クレンペラーと言えば、晩年の遅いテンポの重々しいドイツ音楽のイメージがあるが、若い頃は前衛音楽の闘士であった。ショスタコーヴィチの作品としては、交響曲第 9番はライヴ録音が残っているが、5番や 7番や10番など演奏してくれたらさぞ面白かっただろうなぁと思う。

そんなわけで、曲の意義について再考察を迫るような名演であった。そう言えば、以前、マエストロ大植英次と会話した際に、最近のワルシャワ・フィルは大変レヴェルが高いとお聞きした。上記の通り、このカスプシクが音楽監督を務める、ポーランドの No. 1 オーケストラである。来日公演がないものだろうかと思うと、なんと来年 1月、このコンビが来日して、全国 7ヶ所でニューイヤー・コンサートを行う。これは是非聴いてみたい。また今回の会場では、ワルシャワ・フィルの自主制作とおぼしい CD が 3種類売られていたので、早速購入した。ブラームスのピアノ四重奏曲第 1番とバッハの前奏曲とフーガのシェーンベルクによる編曲版、ポーランドの作曲家シマノフスキのスタバト・マーテルや交響曲第 3番、そしてこのヴァインベルクのヴァイオリン協奏曲 (ソロはグリンゴルツというヴァイオリニスト) と交響曲第 4番というもの。若干マニアックだが、聴きごたえがありそうだ。鮮烈な出会いから 30年以上経過して、私のカスプシク体験はこれから始まるのである。巡り合わせに感謝したい。
e0345320_02241989.jpg

# by yokohama7474 | 2017-09-07 02:24 | 音楽 (Live) | Comments(3)

ハイドリヒを撃て! 「ナチの野獣」暗殺作戦 (ショーン・エリス監督 / 原題 : Anthropoid)

e0345320_21440305.jpg
ナチスについての映画は、昨今でも枚挙にいとまがない。このブログでも、フィクションながら現代と切り結ぶ問題作や、実話に基づきながら課題の残る内容の作品などをご紹介して来たが、ここにまた、実話に基づいてナチスへのレジスタンス活動を描いた力作が登場した。これは 1942年 5月、ナチス支配下のチェコスロヴァキアの首都プラハで実際に起こった、ナチス親衛隊大将ラインハルト・ハイドリヒの暗殺事件をテーマにしている。ハイドリヒについて私は詳しく知るものではないが、悪名高きナチの親衛隊 (SS) で、冷酷非道なハインリヒ・ヒムラーに次ぐ No.2 であったそうだから、まさにナチス政権の中枢にいた人物。実際にユダヤ人虐殺計画の首謀者のひとりであったが、ナチの要人として戦時中に暗殺された唯一の人物となった。これがそのハイドリヒ。そう思って見るせいか、冷酷に見える。
e0345320_21331334.jpg
英国政府とチェコ亡命政府の司令を受けた 2人の軍人、ヨゼフ・ガブチークとヤン・クビシュ (2人とも名前の響きから、チェコ人であろう) がパラシュートでチェコ国内に降り立ち、秘密裡にプラハのレジスタンスの人たちと連携して、暗殺計画を練る。暗殺当日、思わぬアクシデントに見舞われて射殺には失敗するが、結果的にハイドリヒは数日後に病院で死亡。結果的にナチに一矢を報いることとなった。だが、このような反逆をナチスが放置しておくわけもなく、血も涙もない取り締まりを容赦なく行い、報奨による密告制度を設定し、ついに暗殺を遂行したレジスタンスたちを追い詰める・・・。このような内容であるから、見ていて楽しい映画ではないことは間違いない。映画のメッセージは、平和な現代であるからこそ、また、平和な日本 (隣国が核実験やミサイル実験を頻繁に行っている状態で平和と言うのも、気がひけるものの・・・) であるからこそ、強く響いてくる。シネコンでは上映しておらず、非常に限られた規模の劇場でしか見ることができないのは、大変に残念だ。尚、原題の「エンスラポイド」とは類人猿のことで、この暗殺作戦のコードネームである。この暗殺対象は人にあらずという意味が込められているのであろうか。これが劇中のハイドリヒ。雰囲気はよく似ている。
e0345320_23050278.jpg
さて、映画の重大なメッセージは理解した。では、純粋に映画として見てみるとどうであろうか。私の評価は、残念ながら映画としての水準には課題が多いというもの。そのひとつの理由は、手持ちカメラを多用し、室内のシーンでもあまり照明を使っていないように見えることだ。短いカット割りでサスペンスを演出するシーンの意図は分かるが、慌ただしことこの上ないし、画像がお世辞にもキレイとは言い難い。あえて言ってしまえば、室内も屋外も同じような黄色がかったトーンの映像で、単調に陥ってしまっていると思う。私の持論は、映画はとにかくまずはキレイな映像を丁寧に撮るべきというもので、もちろん、ゴダールとかウディ・アレンなどになると、決して丁寧には撮っていないかもしれないが、不思議な映像の力が常にある。それは特別な天才的才能によるもので、通常の監督は (いや、天才でないとよい映画を撮れないわけではなかろうから、「通常の監督」で充分である)、やはり絵の作り方には、じっくりと取り組んで欲しいものである。それからこの映画、ストーリーのどこまでが史実であるのか分からないが、こんな緊張の中でレジスタンス同士が恋に落ちてよいのかという疑問を覚えるし、最終的に立てこもる闘士たちは主役の 2人だけでなく、10人前後いるので、ここは 2人に焦点を絞らず、さらにほかの闘士たちのキャラクターも描く方が、奥行きが出たのではないかと思う。あえて言ってしまえば、主役の 2人を中心に据えて迫力ある映画を撮ろうという作り手の情熱が、少し空回りしているように思い、残念であったのである。実は監督のショーン・エリスは、脚本も手掛け、さらには撮影まで担当している (もともとカメラマンのようだ)。そのことが裏目に出てしまったのかもしれない。

これが主役の 2人、ヨゼフ役のキリアン・マーフィ (左) と、ヤン役のジェイミー・ドーナン (右)。前者はアイルランド出身で、「ダークナイト」「インセプション」と、クリストファー・ノーラン映画の常連で、近く公開される「ダンケルク」にも出演している。後者は英国 (北アイルランド) 出身で、もともとはモデルである由。
e0345320_23084991.jpg
この 2人はなかなかに熱演であるとは思うものの、正直、諸手を挙げて大絶賛という感じでもない。というのも、上記のような決して美しくない画面の中での演技に、どこか切実さが乏しいと感じるからだ。セリフの抑揚も小さく、感情がほとばしるシーンは少ないが、それは監督の演出なのであろうか。そしてこの主演をはじめとして、ナチを除く登場人物が喋っているのは英語である。先に「ヒトラーへの 285枚の葉書」の記事の中で、セリフが英語であったことが不満だと書いたが、この映画にはそれはあてはまらない。なぜなら、ここでは、チェコ語という言語がマイナーであるがゆえに、それをそのまま英語に置き換えていると解釈すれば、納得が行くからだ。それゆえ、狡猾で冷酷な敵国人が、ドイツ語という異なる言語を喋る点に緊張感を感じることになる。その点は成功していると思った。だが、そういうことなら、ちゃんと英語を母国語とする、あるいはそれに等しい英語の能力を持つ役者で固めて欲しかった。私が気になったのは、レジスタンスの同士の女性たちの喋る英語。女優のひとりはチェコ人。もうひとりはカナダのモントリオール生まれ、つまりフランス語圏である。ここでの英語がチェコ語の代わりであれば、(ほかの脇役たちはともかく、主要な役の女優たちについては) これはまずかったのではないか。

ところでこの映画のチラシの裏面には以下のような宣伝文句がある。
e0345320_23284866.jpg
ラスト 30分間にどんなシーンが出て来るのかは、例によってネタバレを避けるためにここでは言及しないが、この一連のシーンは見応えがある。上記に書いた私のこの映画への不満のかなりの部分は、この終盤のシーンによってかなり消えてしまった。そのくらいのインパクトがあるのである。恐らくは実話をもとにしたのであろうが、舞台設定が非常に大胆で、え、こんな場所で本当にそんなことが?! と思うこと必至である。国のために命をかけて戦う人々の誇りと絶望が、徐々に胸を締め付けるのである。このシーンを見ていると、劇中で描かれていたレジスタンス同士の微妙な関係や、一体誰を信じればよいのか分からない緊張感といったものが甦ってきて、その意味するところは実に重い。もし自分がこのような境遇に置かれれば、一体どう振舞うだろうかと、自問自答するべき内容である。それゆえ、クライマックスに至るまでの技術的な不満を越えて、ズシリと胸に応える映画になっているのだ。

さてこのハイドリヒ暗殺事件、過去にも映画化されている。そのうちのひとつは、あのフリッツ・ラング監督の「死刑執行人もまた死す」である。私も随分以前、ラング作品の特集上映で劇場で見たが、詳細は全く覚えていない。今調べてみると、暗殺事件そのものを描いたものではなく、後日譚である。ラングと言えば、「メトロポリス」をはじめとして、ドイツで活躍した映画監督。ユダヤ系であったために米国に亡命したのであるが、今回初めて知ったことには、この「死刑執行人もまた死す」の原案は、このラング自身と、それからベルトルト・ブレヒトなのだ。ブレヒトもまたドイツから亡命して来ていたわけだが、およそイメージの異なるこの 2人の芸術家が、こんなところでコラボしていたとは。
e0345320_23481175.jpg
そしてもうひとつの余談は、このハイドリヒ暗殺に対するナチの報復として起こった有名な悲劇について。その舞台は、チェコの片田舎のリディツェという村だ。ハイドリヒ暗殺犯がここに潜んでいると見たナチスは、驚くべきことに、村全体を破壊した。村人 500人ほどのうち、15歳以上の男性約 200人は全員射殺。女性約 180人は強制収容所に入れられ、1/4 がそこで死亡。100人ほどの子供たちは、アーリア人と判別されてドイツに送られた 8人以外は全員強制収容所行きだったという。数々のナチの悪行の 1つの出来事に過ぎないかもしれないが、それにしても、その極悪非道さには言葉もない。音楽や美術が好きな人なら先刻ご承知の通り、チェコ人は非常に愛国心の強い人たちで、この破壊された村は戦後再建されているし、音楽の分野では、チェコ近代を代表する作曲家、ボフスラフ・マルティヌーの「リディツェへの追悼」という悲痛な管弦楽曲が知られている。この曲によって、ナチスの蛮行は永遠に語り継がれる。芸術の力は侮れないのである。

さて、ここで私が気づいたことには、この「死刑執行人もまた死す」も、マルティヌーの「リディツェへの追悼」も、ともに 1943年の作なのである!! つまり、ハイドリヒ暗殺の翌年で、未だ戦争真っ最中のことなのだ。この事実は、深く考えさせられることである。インターネットも国際中継もない時代であっても、勇気ある芸術家たちの創作活動は、ナチの悪行の同時代にあって、それを容認しなかったということである。蛮行を行うのも人間なら、それを非難する力も人間には備わっているのだ。

この写真は、ハイドリヒが実際に乗っていて襲撃された車である。アンディ・ウォーホルの事故のシリーズにでも出てきそうな感じだが、ここに残された弾丸の跡が動かした人類の負の歴史を、私たちは意識して学ぶ必要があると思う。
e0345320_00074683.jpg

# by yokohama7474 | 2017-09-06 00:11 | 映画 | Comments(0)

大野和士指揮 東京都交響楽団 (ピアノ : ハオチェン・チャン) 2017年 9月 4日 東京文化会館

e0345320_23542702.jpg
東京都交響楽団 (通称「都響」) の今月の定期の指揮台に立つのは、音楽監督の大野和士。ふと考えてみれば、N 響はパーヴォ・ヤルヴィ、東フィルはアンドレア・バッティストーニ、新日本フィルは上岡敏之と、9月は首席指揮者または音楽監督が登場する楽団が多い。やはり秋のシーズン (再) スタートの大事なタイミングに、それぞれのオケが実力を競い合うということであろうか。そういうことであれば、聴き手としてもうかうかしていられない。それぞれのオケにおいて、どんな顔ぶれでどんな曲目が演奏されるのか、しっかり見届けないと、いや、聴き届けないといけない。

大野は今年 57歳。2008年から務めたリヨン国立歌劇場の音楽監督は既に退任しており、現在のポストはこの都響の音楽監督と、バルセロナ交響楽団の音楽監督。そして来年 9月からは、新国立劇場の芸術監督に就任する。近い将来、東京のオーケストラとオペラの顔は両方この人になるわけだ。私の願いは、この才能あふれる指揮者が日本にだけとどまって、欧米での活動が減ってしまいことがないように、との一点である。だがその一方で、東京にいながらにして彼の指揮を定期的に聴くことができるというのも、東京の音楽ファンの特権とも言える。大野の素晴らしい点は、その知性と冒険心にあり、その凝ったプログラミングから当日の演奏のスリリングさに至るまで、聴き手に多くを期待させる指揮者なのである。
e0345320_00133717.jpg
その大野、今回の演奏では、ちょっとした変化球で攻めてきた。ラフマニノフの 2曲からなる曲目。
 ピアノ協奏曲第 3番ニ短調作品 30 (ピアノ : ハオチェン・チャン)
 交響曲第 3番イ短調作品 44

セルゲイ・ラフマニノフ (1873 - 1943) はもちろん、ロシア生まれの大作曲家であり大ピアニストであるが、彼の作曲家としての業績をいかに評価しようか、私にはちょっと迷うところがあると、以前もこのブログで書いたことがある。70年の生涯は決して短いものではないが、作品番号がつけられた作品はわずかに 45作品と、かなり少ない。もちろん、ピアニストとしての活動に時間を取られたり、米国への移住という経歴による苦労もあるだろう。また、作品解説を読むとしばしば、自信作の評価が低くて精神的に参ってしまうこともあったようだ。このような大男であるが、その神経は細やかであったのだろう。
e0345320_00215258.jpg
以前も書いたが、私にとっての文句なしの彼の傑作は、ピアノ協奏曲第 2番と交響曲第 2番。だが今回の演奏会はそうではなく、それぞれの「第 3番」が演奏された。もちろん、2番 + 2番では一晩の演奏会としては演奏時間が長すぎる一方、3番 + 3番ならちょうどよい。才人大野のラフマニノフは、いかなる成果となったのだろう。尚、ピアノ協奏曲 3番は 1909年の作、交響曲 3番は 1936年の作と、この 2曲の作曲された時期には、かなりの隔たりがある。

まず協奏曲のソリストとして登場したのは、1990年上海生まれのハオチェン・チャン。2009年、ヴァン・クライバーン国際コンクールで史上最年少で優勝した若手である。このように、キリッとしたなかなかの好青年だ。
e0345320_00295898.jpg
彼のピアノは今回初めて聴いたが、大変美しいタッチでクールに音楽を進めるタイプで、若さに任せた暴走もない代わり、韜晦なところもないクリアな演奏を聴かせる人である。この協奏曲は歴史上のピアノ協奏曲で最も難しいという評価もあるぐらいで、技術的なことは私には分からないが、私の思うところ、その情緒の表現にも難易度があるのではないか。つまり、2番のような甘い情緒とロマン性だけではなく、静かな部分からダイナミックに盛り上がる推移に唐突性が見られ、ある一定の雰囲気の持続時間が短いと思う。だが今回の演奏、冒頭のシンプルで印象に残るメロディは実に淡々と、そっけないくらいに弾き進みながら、その後の音楽的情景の移り変わりの中で、いざというときには細部まで神経の行き届いた、跳ねるような美音を繰り出して、一本筋の通った音世界を創り出していた。その個性は独特で、技術のみでもなく、感性のみでもない微妙なバランスには、傾聴に値するものがあったと思う。大野が率いる都響は、いつものように充実した音を縦横に響かせ、これまた見事。聴き手にとっても大変に難しいこの協奏曲を、楽しく聴くことができた。いやもちろん私の中では、2番との比較から、「この流れでなんでこう来るかなぁ」という不思議な感覚が今回も何度も現れ、曲の評価を変えるようなことはなかったが、それでも、これまで数多く聴いてきたこの曲の演奏の中でも、屈指の出来であったことは間違いない。そしてチャンが弾いたアンコールは、なんと全く違った音楽、モーツァルトのピアノ・ソナタ第 10番 K.330 の第 2楽章だ。もちろん大変な名曲であり、天上の音楽のようなその透明な抒情性は、まさにモーツァルトの神髄だが、技術だけではどうしようもないこの曲をチャンは、ラフマニノフの冒頭部分と同じく、淡々と、しかし情緒豊かに演奏して、素晴らしかった。今でもその音が耳に残っているような気がする。

そしてメインの交響曲第 3番である。44 という作品番号から、最後の作品 (作品 45) 「交響的舞曲」のひとつ前の作品であることが分かる。そもそもラフマニノフは、米国に移住して以降、生涯をそこで終えるまでの 25年間に、たったの 6曲しか作曲をしていない。因みにこの交響曲 3番の前、作品番号 43は、有名な「パガニーニの主題による狂詩曲」である。ともあれラフマニノフの 3曲の交響曲と「交響的舞曲」は、今日ではそれなりの知名度があって、録音も数々ある。だがここでも私は、大傑作である交響曲第 2番と比べてほかの曲には、どうものめり込めないことを白状しよう。この 3番も、学生時代にオーマンディとフィラデルフィア管のアナログレコードで初めて聴いて以来のつきあいだが、ハリウッド音楽のような第 1楽章の第 2主題以外は、あまり印象に残らないのである。そんな曲を、譜面台すら置かずに完全に暗譜で情熱をもって指揮をした大野は大したものであったが、ここでもやはり都響の充実した美音が、曲の冗長さを救ったと思う。音の流れは非常にスムーズでありながら、大野の特徴である曲想の対照の強調にも充分な余裕があり、すべてのパートが芯のある音で鳴っていた。これは名演であったと思う。考えてみれば大野と都響は、先にスクリャービンの 3番の交響曲を演奏している。調べてみるとスクリャービンはラフマニノフより 1つ年上の同世代であるだけでなく、モスクワ音楽院での同級生であったようだ。なるほど、この全くタイプの違う作曲家たちは、どのような会話を交わしたのであろうか。因みにスクリャービン 3番は 1904年の作曲。ラフマニノフ 3番とは、曲想も違えば書かれた時代も違うのだが、知性と冒険心に溢れた大野のこと、これらロシアの 20世紀の交響曲を演奏することで、マーラー演奏の次の展開を都響とともに模索しているようにも思えて、大変に興味深い。

このように、私の中で曲の評価が一変するということにはならなかったが、東京で聴くことのできる最高水準の音楽であったことは間違いないだろう。このラフマニノフの 3番は、11月に来日するサイモン・ラトルとベルリン・フィルも演奏する。なんでまたベルリン・フィルがこんな曲を? という思いもあるものの (笑)、それはそれで楽しみにしたいと思っている。

# by yokohama7474 | 2017-09-05 01:08 | 音楽 (Live) | Comments(0)