アンドリス・ネルソンス指揮 ボストン交響楽団 (フルート : エリザベス・ロウ、ハープ : ジェシカ・ジョウ) 2017年11月 8日 サントリーホール

e0345320_00524552.jpg
アンドリス・ネルソンスとボストン交響楽団による来日公演で、私が経験することのできた三度目のもの。プログラムは以下の通りであった。
 モーツァルト : フルートとハープのための協奏曲ハ長調 K.299 (フルート : エリザベス・ロウ、ハープ : ジェシカ・ジョウ)
 ラフマニノフ : 交響曲第 2番ホ短調作品 27

ネルソンスとボストン響に関しては、過去 2回の演奏会の記事であれこれ書いてきたので、既にこれ以上贅言を弄する必要はないと思うが、その音色の美しさ、音楽のパレットの色彩の多さ、聴かせどころの設計の巧みさ、等々、さすが名門オケと上り調子の若手指揮者のコンビである。今この音楽を東京にいながらにして聴くことのできる我々は、本当に恵まれていると思う。このシリーズは、KDDI がスポンサーについていて、今回は前 2回に比べてもスポンサー色が強く、サントリーホールの小ホール、いわゆるブルーローズを使った関係者を招待してのレセプションがあったり、客席を見まわしてみても、きっちりとスーツを着こなした人々が丁寧な挨拶をされている場面が多く見られた。前日は皇太子ご夫妻臨席であったので、強いスポンサー色を出すのは遠慮したのかもしれない。もちろんこのような文化イヴェントは、チケットの売り上げだけですべての費用を賄うことは不可能で、企業のスポンサーシップは不可欠。KDDI さんには、一般のファンの人たちも感謝すべきであろう。

さて、今回も大変意欲的なプログラムであったわけだが、前半のモーツァルトにおいては、よくあるように、オーケストラの首席奏者が 2人、ソロを取った。フルートのエリザベス・ロウと、ハープのジェシカ・ジョウ。
e0345320_10004992.jpg
e0345320_10011788.jpg
このモーツァルトのコンチェルトは本当に美しい曲で、フルートとハープが、オーケストラと一体となって華麗な音楽を奏でるのを聴くことに、その醍醐味がある。その意味で、オケの首席奏者たちがソロを取ることには大きな意味があって、今回もそれを実感することができたのである。ネルソンスのような、大きくて劇的な表現力を持つ指揮者が、このように可憐な古典派の曲に対する適性があるのか否か、事前のイメージはあまりなかったのであるが、実際に聴いてみて、あらゆる箇所で最高のニュアンスを持って奏されたこの演奏には、本当に魅了された。楽器間のバランスやその音色の美しさ、特に弦楽器の各パートが、まるで一人の奏者のように自在に音を紡いで行くさまは、まさに超一級だ。そして、このタイプの音楽は、解釈云々よりも、曲自体の美しさを感じる演奏こそが優れていると思うのだが、今回がまさにそうであった。以前、指揮者のマイケル・ティルソン・トーマス (通称 MTT) が様々なソリストたちと協奏曲を演奏するドキュメンタリーで、確か「コンチェルト!」というシリーズを見たことがあるが、その中で MTT が、このフルートとハープのための協奏曲の第 2楽章の冒頭部分を口ずさみ、「なんという美しさ。人生を賭ける価値がありますよね」と呟くシーンが印象的であったが、今回の演奏でもそんなことを思い出していた。アンコールに演奏されたのは、フランスのジャック・イベールの間奏曲という小品で、ちょっとスペイン情緒も感じさせる、楽しい曲であった。

休憩後に演奏されたのは、ロシア出身の作曲家、ラフマニノフの第 2交響曲である。以前も書いたが、これも私の大好きな曲であり、その濃厚なロマンをたっぷりと味わいたいのだが、その一方で、例えば第 2楽章スケルツォなどは、切れのよい音で仕上げてもらわないといけない。つまり、表現の幅が大きな演奏でないと成功しないのであるが、予想に違わず今回のネルソンスとボストンのコンビは、本当に細部まで指揮者とオケの意思疎通がうまくできた演奏を披露した。つややかな弦も、目立つべきところとそうでないところをうまく演奏し分けた木管も、炸裂する音響の中でも決して美感を失わない金管も、まさに万全の出来であったと言えるだろう。その一方で、実はこれは前日のショスタコーヴィチ 11番の感想でも記したことだが、誠実な演奏であるがゆえに、時に曲の弱点も時に露わにするような点もあったかもしれない。この曲の場合、その長さに見合った情緒が常に横溢しているかというと、必ずしもそうではなく、例えば全く独自の感性ゆえにむしろ長丁場を必要とするブルックナーや、あの手この手で聴衆を楽しませることにたけたマーラーとは、その点においてちょっと違っている。それゆえにこそ、ある時期までは一部をカットして演奏されるのが普通であったという事情があるのだろう。ある意味で、ここまで高度な演奏に仕上がってしまうと、曲のありのままの姿が見えてしまうという逆説が成り立つのかなぁと、少し考えてしまった。だが、アンコールで演奏された同じラフマニノフの小品、ヴォカリーズでもそうであったが、美しいといえばこれ以上ないほど美しい演奏に関して、それ以上何を言うことができようか。
e0345320_10352472.jpg
ところでこのラフマニノフの 2番に関して、ちょっと不思議な現象が起きているのでご報告する。そもそもこの曲を来日公演の曲目として採り上げるのは、結構なチャレンジであると思う。今私がすぐに思い出すのは、この曲の全曲ノーカット録音を世界で初めて達成し、その後も愛奏しているアンドレ・プレヴィンとロイヤル・フィルによる来日公演 (1991年?) での伝説的な演奏くらいである。そのほかにもあるかもしれないが、その演奏頻度はこれまで決して高かったとは思えない。だが、一体どうしたことか、今回のネルソンスとボストンの演奏を皮切りに、来日オケによるこの曲の演奏が今後相次ぐのである。来週 11/15 (水) にはウラディーミル・フェドセーエフ指揮チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ、12/10 (日) にはワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管、という具合。また、日本のオケでも、確か夏に秋山和慶と東京響が川崎で演奏している。同じラフマニノフの 3番の交響曲も、先にこのブログでご紹介した大野和士と東京都響との演奏に続き、11/23 (木)・25 (土) は、なんとサイモン・ラトルとベルリン・フィルが、川崎と東京で演奏するのである!! 昨今は、ピアノ協奏曲でもラフマニノフの演奏頻度が上がっている (上記のゲルギエフとマリインスキーは、デニス・マツーエフとともに、あろうことか、1日に 2回の演奏会で全 4曲の協奏曲を連続演奏する!!) ように思われ、時ならぬラフマニノフ・ブームの様相を呈している。時代は彼のロマンティシズムを求めているということなのだろうか。興味深い現象だ。

以上で、私が今回体験したネルソンスとボストン響の演奏会のレポートは終了である。実は今回は終演後にサイン会ありと発表されていて、当然参加しようと思ったのであるが、関係者に訊いてみると、終演後にスポンサー主催のレセプションがあり、それにネルソンスも参加してからになるとのこと。今回も例によって終演は 21時半近かったので、サイン会開始は 22時以降になるのではないかと思い、参加は断念した。上記の通り、企業によるスポンサーシップは、この種の文化イヴェントにとっては不可欠。レセプションなら、別の日にしてくれていたらなぁ・・・などと考えるのはやめましょう (笑)。

また今日、彼らの来日公演の掉尾を飾る、ハイドンの 103番「太鼓連打」とマーラー「巨人」の組み合わせが演奏される。私は今晩は別の場所にいて、それは聴けないのであるが、きっと大成功間違いなしだろう。次にこのコンビの演奏を聴けるのはいつのことか、早くも楽しみなのである。

# by yokohama7474 | 2017-11-09 11:09 | 音楽 (Live) | Comments(2)

東京・青山 岡本太郎記念館

ある 9月の週末、車で家人とともに都内を移動していて、あることに気づいた。港区南青山、根津美術館の近くに、岡本太郎記念館なるものがある。あれれ、岡本太郎の名を冠した美術館は、私の住んでいる東京都大田区からは多摩川を渡った反対側である神奈川県川崎市にあるはず。一体こんな高級な場所に、なぜにまた違った施設があるのだろうか。そう思って訪れることとした。そして私は、大いに自分の無知を恥じることになったのである。ちょうどかなりの広さのタイムパーキングが目の前にあるこのような施設が、岡本太郎記念館である。
e0345320_08514397.jpg
敷地内に足を踏み入れてすぐに判明するのは、ここが岡本太郎の元住居兼アトリエであるということだ。それは知らなかった。本人が住んでいた当時の雰囲気そのままに、太郎の彫刻作品がところ狭しと並んでいて面白い。
e0345320_09035348.jpg
画家・彫刻家である岡本太郎 (1911 - 1996) を知らない人はほとんどいないであろうが、若い世代の人などは、大阪万博とか、テレビの CM で「芸術は、バクハツだ!!」などとやっていた彼のことに、あまりイメージがないかもしれない。まぁ、現代では YouTube のような便利なメディアで、彼の生前の姿にも簡単に接することができるわけだが、やはりこの人が生きて動いていた時代の持っていた雰囲気は、なかなか肌身で感じることは難しいだろう。彼は漫画家岡本一平、作家岡本かの子の間に生まれ、この両親との関係なども過去にドラマや小説になっているが、若い頃、1930年代をパリで過ごし、様々な芸術上の刺激を受けたことが、彼の芸術の大きなバックボーンになっている。だが、やはり我々にとっては、本場パリ云々という能書きや、日本美術史上における彼の位置づけなどよりも、この人の持つ素朴で土俗的な力強さこそを身近に感じるべきだろうし、大阪の万博記念公園に未だに残る太陽の塔や、各地の美術館、あるいは壁画や街中の作品 (例えば、渋谷のマークシティとか、ミューザ川崎シンフォニーホールとか、それから数寄屋橋にある時計台とか) で彼の作品に触れることで、常に何かの刺激を受けることができる。著作も多く、私も過去にその何冊かを読んだが、作品と同様に熱いものであり、まぁ、時にはちょっと暑苦しいときがないとは言わないが (笑)、周りの目を気にせずに強烈なパワーを発揮し続けた芸術家の魂に思いを馳せることには、意味があるだろう。特に、こう何もかもが便利になった時代、街にあって、「あっ、なんだこれは」と思わせる異物が目に入ることで、当たり前の日常に、何か新鮮なものが入ってくることは、意外と大事なのではないだろうか。
e0345320_09213610.jpg
調べてみるとこの岡本太郎記念館のある場所は、戦前から岡本一平・かの子が暮らした場所であり、一家がヨーロッパに旅立ったのもこの場所からであった。旧宅は戦災で焼けてしまったが、現在の建物は、あのル・コルビュジェの弟子であった坂倉準三 (岡本の友人であったらしい) の設計によるもので、岡本はここに 1954年から亡くなるまで住んだもの。中に一歩足を踏み入れると、そこはまさに太郎ワールドだ。
e0345320_09260687.jpg
応接室やアトリエは、生前のままに残されているようで、等身大の人形にギョッとしたり、アトリエに未だに残る制作途中の作品の数々に、太郎の存在をひしひしと感じることができる。もしかしたら、部屋の隅からノソノソ本人が出てきて、制作を再開するのではないかと思われるほど生々しい、激闘の空間だ。
e0345320_09264377.jpg
e0345320_09283997.jpg
この記念館では、テーマを変えてなんらかの特別展示を行っているようで、私が訪れたときには、東北で彼が撮影した写真の数々が展示されていた。いかにも太郎らしい力強さに、日常意識しない日本人の潜在力が喚起される。
e0345320_09304825.jpg
e0345320_09305983.jpg
e0345320_09311741.jpg
そして、帰りがけに庭に出て、ふと視線を感じて (?) 上を見上げると、あ、なんだなんだ、太陽の塔がベランダから体を乗り出しているじゃないの!! (笑)
e0345320_09315424.jpg
e0345320_09321213.jpg
私は大阪の生まれで、弱冠 5歳にして大阪万博に何度か出かけたことが、ある意味で世界の様々な事象との遭遇のきっかけになったような人間である。様々な意味で大阪万博こそが自分の中の原点という意識が常にある。なので、あの太陽の塔がこんな風にベランダから乗り出しているのを見ると、とても冷静でいることができず、思わずその場にあるガチャガチャで、太陽の塔グッズを買ってしまいました。これ、「コップのフチ子」風にグラスにひっかけるもので、何の役にも立たないのだが (笑)、なんとも楽しいではないですか。世界の様々な事象との遭遇は、ここにこそその本質がある・・・わけはないか。
e0345320_09373126.jpg
そんなわけで、岡本太郎を知っている人も知らない人も、一度出かけてみる価値のある場所だと思います。

# by yokohama7474 | 2017-11-09 09:39 | 美術・旅行 | Comments(0)

奈良美智展 for better or worse 豊田市美術館

e0345320_09534762.png
先にお断りしておくが、この記事は、既に終了してしまった展覧会に関するものである。ほかにも記事にしたくて未だできていない文化イヴェントが数々あるのだが、これは 8月に行ったものであり、さすがに 3ヶ月近く経ってしまっているので、これ以上時間が経過して印象が薄れると困るので、今ここで記事にしてしまおう。これは、多分知らない人はほとんどないと思われる (あるいは、もし名前は知らなくとも作品は誰でも見たことがあるでだろう)、現代日本を代表するアーティスト、奈良美智 (なら よしとも) の個展である。東京での開催ではなく、愛知県の豊田市だけで、7/15 から 9/24 まで開催されたものである。豊田市美術館は、あのトヨタのお膝元、豊田市 (名古屋市の東側、但し隣接はしていない) にあって、設計は現代日本を代表する建築家、あの MOMA の設計で知られる谷口吉生 (よしお)。建築に興味のある人にはよく知られていると思うが、私もこの美術館の評判は以前から聞いていて、今回が 2度目の訪問。
e0345320_16463432.jpg
実はこの場所、もともと七州城と呼ばれた城のあったところで、このように再建された櫓がある。七州の名前は、この場所から 7つの国を眺望することができたことによるらしい。内藤氏 2万石の城で、1785年に完成。明治に入って壊されたが、この櫓は 1978年に再建されたもの。
e0345320_16482090.jpg
e0345320_16483956.jpg
ここから美術館に歩いて行く景色はこんな感じでした。奈良美智展の看板が段々近くなってくるのが、お分かり頂けよう。
e0345320_16515984.jpg
e0345320_16533090.jpg
e0345320_16534547.jpg
さて、奈良は 1959年生まれの 57歳。既に独自の作風で世界にも知られた存在だが、まだまだこれから面白いことをやってくれそうだと思う。様々なメディアを誰でも簡単に操れる時代に、一目見てそれと分かる独自性をもったアート活動を継続していることだけでも、尊敬に値する。そしてそれ以上に、その独自性に接した鑑賞者がほとんど皆、「うわぁ-、可愛い!!」と声を上げるなど、稀有のことであろう (笑)。奈良さんはこんな人。
e0345320_00210917.jpg
今回、全国でも豊田だけで彼の個展が開かれたのは意味があって、彼は以前、豊田の隣町、長久手 (古戦場で知られており、このブログでも 2年近く前にご紹介した) に住んでいたからだ。調べてみるとその理由は単純で、彼は 1981年に (武蔵野美術大学を 1年で中退した後) 愛知県立芸術大学に入学しているからだ。この大学は長久手にあり、奈良本人によると、彼は学部の 4年間、大学の門の脇に立つ小屋に住んでいたそうだ。どうやらそれは誇張ではなく、農家である大家が趣味で建てたもの。夏は暑く冬は寒く、掘立小屋のような共同トイレと風呂は外にあったとのこと。そんな彼が、今や現代の先端を行くアーティストとして古巣に帰ってきて、過去 30年に亘る作品の数々を展示したのがこの展覧会だ。

美術館に入り、展示会場に向かう壁には、様々な文化人の名前が貼りつけられていて、電光表示で何やら言葉が流れている。
e0345320_00562039.jpg
e0345320_00563129.jpg
奈良いわく、今回は自分の世界観を作り上げたいろいろな事象を並べることから始めようとしたとのこと。そして会場にところ狭しと並んでいたのは、奈良の部屋を再現したという、夥しい数の人形やレコードや書物。なるほど、彼の原点がよく分かりますね。昭和な雰囲気が、名古屋にもふさわしい (笑)。書物は、スタインベックにヘンリー・ミラーに三島由紀夫ですか。ところでここから先の映像は、会場風景を含む写真満載の展覧会図録から撮影させて頂いたもの。
e0345320_00353269.jpg
e0345320_00360246.jpg
e0345320_00403717.jpg
今回冒頭のポスターに掲載されている作品 2点は今年の新作で、それぞれ「Midnight Truth」、「Midnight Surprise」と題されている。これはアトリエであろうか、正面の壁の中央と右隣にかかった大小の作品がそれだ。
e0345320_00413033.jpg
会場での展示はかなりゆったりとしたもので、まさに奈良ワールドを形作る少女 (や少年?) の肖像が沢山あった。会場の雰囲気はこんな感じ。順に、1991年、1995年、1997年、2001/04 年の作品。
e0345320_00444663.jpg
e0345320_00460389.jpg
e0345320_00461618.jpg
e0345320_00465806.jpg
最後のものは、積み重なった頭たちの目から涙のような水が流れていて、大変抒情的。これを含めて大半は、「うわぁー、可愛い!!」と言いたくなるものだ。だが、奈良アートはただそれだけではない。これを見よ。1994年の「Dead Flower」という作品。
e0345320_00490755.jpg
なんと、裸電球の下。刃物を持ってにやつく女の子なのである。しかも、背中には下品な四文字言葉が!! だが私はここに退廃的なものを微塵も感じない。それは、大上段に構えることなく期せずして (というと語弊があるだろうが、実際本人の思いはそうではないか) 世界的名声を博して行く自らに対する、屈折した思いを表しているのではないだろうか。もしそうであれば、それは極めて自然な感情だ。会場には数々のスケッチや、いかにも白い色を恣意的に塗りたくった板の上に書かれた様々な思いを見ることができて、アーティストの内面に触れることができる。だがそれは、世界苦を孕むものではなく、また居丈高なものではない。ひとつひとつを論評する意味はあまりなく、普通の人間としての芸術家の内面に触れればよいのではないだろうか。
e0345320_00521934.jpg
e0345320_00523506.jpg
会場にはインスタレーションや巨大彫刻もいくつかあったが、それは写真では雰囲気が分かりにくいので、ここではパスしよう。この 2012年の「夜まで待てない Can't Wait 'till the Night Comes」は奈良の典型的な作品だが、この少女の瞳には独特の力がありはしないか。
e0345320_01003411.jpg
それゆえか否か分からないが、彼は時折、この 2007年の「Sprout the Ambassador」のように、片目に眼帯をつけてしまう。
e0345320_01004529.jpg
これは私の勝手な解釈だが、奈良は数々のキッチュな肖像画を描いてきて、時折その少女らの顔に、完全ではないものを見出したいという思いがあるのではないだろうか。ぱっちり開けた目で見る世界と、片目を閉じて見る世界は、一体どちらがよりよい世界なのだろう。For better or worse、答えはそう単純ではないのだと思う。

図録の解説を読んでいると、奈良の部屋を再現した展示の一角に、英語の紙片が置いてあったらしい。私は気づかなかったが、それは以下の通り。

 Even if it isn't love or affection,
 I have a single strong power
 that will never be defeated.

お、なんだこれ、THE BLUE HEARTS の「リンダリンダ」じゃないか!! まぁ、この訳が英語として詩的であるか否かは別として、この歌の長年の愛唱者として (笑)、私は言いましょう。写真には写らないドブネズミの美しさ、それが見えてくれば世界はきっと better になると思う。この文化ブログも、そんな思いでやっております。

# by yokohama7474 | 2017-11-09 01:21 | 美術・旅行 | Comments(0)

アンドリス・ネルソンス指揮 ボストン交響楽団 (ヴァイオリン : ギル・シャハム) 2017年11月 7日 サントリーホール

e0345320_00524552.jpg
既に 2日前の川崎での演奏会をレポートした、ラトヴィア出身のアンドリス・ネルソンスとその手兵、ボストン響の東京 3連続公演の初日である。以前の記事に書いた通り、川崎の演奏会はそれほど入っておらず、東京公演も、とりわけ今日の場合には、曲目がちょっと渋いので、チケットの高値と相まって、もしかするとまたガラガラなのではないかと心配して会場に向かったが、幸いなことにそれは杞憂に終わり、客席はほぼ満員に近い入りであった。まずは一安心だ。なるほど東京の聴衆はレヴェルが高い。それから、以前の記事では、プログラムにコメントを寄せている小澤征爾が会場に姿を見せるのでは、という全く根拠も何もない憶測 (無責任でスミマセン) を書いたが、蓋を開けてみると、小澤の姿は見当たらないものの、その代わりと言っては大いに語弊があろうが、サントリーホール館長である堤剛の横の席に登場したのは、皇太子ご夫妻である。クラシックのコンサートに皇族の方が来られることは全く珍しいことではないが、今が旬の若手指揮者の演奏会においでになるとは、やはり皇太子ご夫妻の音楽好きも、さすがのものがある。そんなことを繰り返して書いているのは、今回の曲目に関係がある。
 チャイコフスキー : ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品 35 (ヴァイオリン : ギル・シャハム)
 ショスタコーヴィチ : 交響曲第11番ト短調作品 103「1905年」

前半のチャイコフスキーは、既に川崎でのコンサートでも演奏されているが、注目はなんと言ってもショスタコーヴィチ 11番である。1957年に発表されたこの曲、ショスタコーヴィチの 15曲のシンフォニーの中でも、かなり演奏頻度が低いことは確か。1905年に起こった「血の日曜日事件」、つまり、首都サンクト・ペテルブルクの宮殿に向かって民衆が行進し、それに対して軍隊が発砲したという事件、つまりは後のロシア革命につながる民衆の蜂起を題材にしているため、いかにもソ連時代の政治的なメッセージが込められているように思われることが、あまり演奏されない理由のひとつであろう。もちろん東京では、随分以前にゲンナジ・ロジェストヴェンスキーが読響で、比較的最近ではアレクサンドル・ラザレフが日フィルで、ショスタコーヴィチを集中的に採り上げている経緯があり、この 11番ももちろん演奏されているし、また、一時期アーヘンの音楽監督を務めた北原幸男は、N 響を指揮したデビュー盤でこの曲を演奏した。このブログでも、オレグ・カエターニ指揮の都響の演奏をご紹介したし、都響はきっといずれエリアフ・インバルの指揮でも演奏するに違いない。だが、外来のオケがこんな曲を採り上げるには、大いにリスクがある。それゆえ、会場がほぼ満員であることだけでも、東京の聴衆の質を示していようというものだ。

ともあれ、前半のチャイコフスキーにも簡単に触れよう。先の川崎のコンサートではスーツにネクタイといういで立ちであったギル・シャハムは、今回は燕尾服で登場。だがその演奏は、もちろん川崎でのものと同様に、流れがよく強い表現力のあるもの。冒頭のオケの序奏のあとにネルソンスがオケを称えたのも同じなら、演奏中にソリストのシャハムがしきりとオケに笑顔を送っていたのも、第 1楽章終了時にチューニングを行ったのも同じ。だがやはり、二度目であってもこの演奏は聴きごたえがある。今回改めて思ったことには、もしかするとこの演奏、人によってはちょっと弾き急いでいると感じる場合もあるかな、ということ。だがそれこそ曲の盛り上がりに正直に応える演奏家たちの真摯な姿勢によるものであろう。きっとチャイコフスキーもこの演奏を聴いたら喜ぶのではないかと思ったものだ。アンコールも同じバッハのガヴォットで、安定した美音が深く耳に残った。
e0345320_01282808.jpg
そしてメインのショスタコーヴィチであるが、これもやはり期待通りの名演となった。何度も書いているが、このボストン響は大変美しいハーモニーを聴かせるオケであって、それは大音響であっても何ら変わることはないのであるが、このような激しさを含んだ曲におけるボストンの演奏には、なんとも言えない魅力がある。4楽章制ではあるが、全く切れ目なく通して演奏されるので、60分ほどの間、聴衆は音楽的情景の移り変わりに立ち会うことになるのだが、これだけの美音で、繊細な弱音から凄まじい咆哮までを聴くことのできる喜びは大きい。ただその一方で、実は聴衆を飽きさせない工夫などあまりされていないこの作品の欠点も、そこには見えてきてしまうのも致し方ないように思う。以前もどこかの記事で書いたが、ショスタコーヴィチの交響曲には様々に屈折した要素があり、虚心坦懐に楽しもうにも、なかなかそうはいかないもどかしさが付きまとう。だからこの曲の場合、漂う朝もやのような冒頭部分から、民衆への悲惨な発砲という劇的な事件が起こるあたりの推移も、その悲劇が収まったあとの呆然とした感じも、人の心を掴んで離さないということには至らない点、いつもながらに、やはり惜しい気がするのである。もちろん、曲を知っていると、ネルソンスとボストンの妙技が次々と難関を切り抜けて行くことに感心するし、第 3楽章で延々とヴィオラが歌う中音域の悲歌などは大変に感動的ではあるのだが、曲本来の弱点である、部分部分の接合の弱さをどうしても感じてしまう。とはいえ、繰り返しだが、この曲の演奏としては、これは最上の部類に入るであろう。聴きながら私は、演奏の良し悪しを超えて、むしろショスタコーヴィチの創作の過程について、思いを巡らしているのであった。
e0345320_01543100.jpg
実はこのネルソンスとボストン響は、ショスタコーヴィチの録音について、ある快挙を達成している。それは、昨年、今年と 2年連続で、彼らのショスタコーヴィチの録音がグラミー賞 (最優秀オーケストラ・パフォーマンス賞) を受賞しているのだ。昨年は交響曲第 10番。今年は第 5、8、9番である。昔と違って様々な名演奏家が録音を次々と出す時代ではないとはいえ、2年連続でのグラミー賞とは、これは大変な快挙であろう。今回演奏された 11番も、きっとそのうち録音が発表されるのであろう。これは、シリーズ第 1弾として発表された交響曲第 10番のジャケット。
e0345320_01581001.jpg
演奏会から帰るみちみち考えたことだが、ネルソンスがボストンの音楽監督就任以降、ショスタコーヴィチ・シリーズを手掛けているのはなかなかに巧みな戦略だ。というのも、このオケで過去にこの作曲家を多く取り上げた人がいないと思われるからだ。歴史を振り返れば、クーセヴィツキーが 7番の米国初演に名乗りを上げたことはよく知られているし、この記事でも以前に触れたことがある。だが、それ以外では確か 5番や 9番くらいしか採り上げていないはず。また、このオケと近い関係にあったバーンスタインは、ショスタコーヴィチを早くから積極的に採り上げたとは言えようが、やはり網羅的には採り上げてはいない。小澤がボストンの任期中に指揮したショスタコーヴィチの交響曲は、私が明確に記憶しているのは 10番だけ (若い頃のどこかのインタビューで、この作曲家は苦手と発言していたのも覚えている)。その後任のレヴァインに至っては、オペラを含めてあれだけ膨大なレパートリーを誇りながら、ショスタコーヴィチを採り上げたとは聞いたことがない。そう思うと、旧ソ連圏であるラトヴィア出身のネルソンスが、この作曲家の一連の演奏によってボストン響の輝かしい歴史に新たなページを加えるのは、戦略的にも大いに意味があるではないか。自然体の音楽を奏でる人ではあっても、大変に高い知性と戦略性を併せ持った指揮者であると思う。

さて、演奏会は大いに盛り上がり、今回もアンコールが演奏された。前回の川崎と同様、また大きな声で、"Dear ladies and gentlemen!!" と聴衆に語り掛け、「なるべく多くの人に聞こえるようにゆっくり喋ります」と言う割には早口で喋ったことには (笑)、日本の聴衆の音楽に対する姿勢は非常に素晴らしいという賛辞であった。音楽への情熱を共有したいという表現で、その賛辞を繰り返し、アンコールの曲目を紹介したのだが、「それはやはりショスタコーヴィチの・・・ええっと (と譜面を指し示し)、『モスクワのチェリョームシカ』から『ギャロップ』です。交響曲よりはずっと短いです」と、ひょうきんぶりを示した。この曲、1957年、つまり今回演奏された交響曲第 11番と同時期に作曲された、彼の唯一のオペレッタなのであるが、これこそほとんど演奏されない。メジャーな演奏家のアルバムでは、この「ギャロップ」等を、リッカルド・シャイーがフィラデルフィア管と録音しているものくらいしかないのではないか。だが実は、私はこの曲をよく知っているのだ。なぜなら、こんな CD が随分以前から手元にあるからだ。
e0345320_02294781.jpg
これは 1995年の、この曲初の録音。ロンドンで、BBC の音楽雑誌の付録として購入したものだ。当時、「へぇー、全く知らないショスタコーヴィチの曲だから、どんなものか、ちょっと買ってみよう」と思って買ったものであったが、聴いてみたらなんとも軽妙な音楽で、オペレッタと知ってまたビックリ。英語での上演のライヴで、きっとカットだらけなのだろうと思うが、冒頭にいきなりギャロップが出てきて、なんとも威勢がよい。このオペレッタ、近年確か BS で全曲の舞台上演を放送したと記憶するが、現在でも極めて珍しい作品。前回の「エグモント」序曲から一転して、こんなものをアンコールに持ってくるとは、やはりネルソンス、なかなかの策士である。さて、このアンコールが終わると既に 21時半頃になっていたので、私はそこで会場を辞したのだが、帰宅してサントリーホールのサイトで確認すると、なんとその後アンコールとしてもう 1曲、バーンスタインの弦楽のためのディヴェルティメントの第 2楽章「ワルツ」が演奏されたとのこと。これも肩の凝らない選曲である。聴き逃したのはなんとももったいないが、仕方ない。私はもう一晩、このコンビの演奏を聴くことができる。それをまた楽しみにしよう。

# by yokohama7474 | 2017-11-08 02:39 | 音楽 (Live) | Comments(4)

カティア・ブニアティシヴィリ ピアノ・リサイタル 2017年11月 6日 サントリーホール

e0345320_16184281.jpg
このピアニストを知らない人がこのチラシを見て、どう思うだろうか。うーむ、これは一体どこの女優だろう。そういった感想を漏らして全く不思議ではない。かく言う私も、数年前から CD を通して彼女のピアノに親しみながら、ある日 BS プレミアムで放送された番組で、森の中を歩んでピアノに辿り着き、そこでリサイタルを開く彼女を見て、改めてこの人が女優ではないことに驚いたものである。だが何よりも、彼女のピアノに漂う何か人間的なものに感動したので、いつか生演奏で聴いてみたいと思っていた。昨年も日本でリサイタルがあり、NHK 交響楽団とも共演したが、いずれも実演では聴くことができなかったので、今回は待望のリサイタルということになる。
e0345320_09532227.jpg
だが、私はそのように彼女のピアノに強い興味を抱きながら、ひとつの悩みがあった。彼女の名前の「カティア」から先、つまりはファミリーネームがどうしても覚えられないのだ!! (笑) 実は似たような例があって、それは現代を代表する若手ヴァイオリニストのひとり、リサ・バティアシヴィリである。彼女の名前も、私は「リサ」としか覚えられないのである・・・。このふたりの女性演奏家には共通点がある。それは、ジョージア出身ということだ。ジョージア? 米国であろうか。いや違う。我々日本人にとっては、「グルジア」という表記になじみがある、トビリシを首都とする中央アジアの国。旧ソ連、CIS 諸国のひとつであるが、最近では「グルジア」ではなく「ジョージア」という発音が正式なものであるようだ。実際、英語ではこの国は以前から「ジョージア」と呼ばれていたので、それを正式名称にしようという動きがあるようだ。私の職場の同僚で、この国との取引を目指して営業活動した人がいるのだが、その彼も確かに、現地の人たちは「グルジア」ではなく「ジョージア」と呼んで欲しいと希望していたと言っていた。実はこの国、あのスターリンの出身地であり、そのこともあってか、ロシアの影響をことさらに否定したがっているようで、国の名称変更もそれに基づくものであるのだろう。

さて、そのジョージア出身のカティア・ブニアティシヴィリは今年 30歳、実に年間 150ステージをこなすという、世界でも引っ張りだこの人気ピアニストである。もちろん、この容貌は人気のひとつの理由にはなりうるし、本人もそれは自覚しているであろうが、音楽は顔やスタイルで行うものではないので (笑)、彼女の演奏が世界の多くの人たちに支持されているのは、何よりもその音楽性によるものであろう。今回のリサイタルではそのことを実感した。そのユニークな曲目は以下の通り。
 ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ第 23番ヘ短調「熱情」作品57
 リスト : ドン・ジョヴァンニの回想
 チャイコフスキー (プレトニョフ編) : 演奏会用組曲「くるみ割り人形」
 ショパン : バラード第 4番ヘ短調作品52
 リスト : スペイン狂詩曲 S.254
 リスト (ホロヴィッツ編) : ハンガリー狂詩曲第 2番嬰ハ短調 S.244

実は、当初の発表では、最後の曲としてストラヴィンスキーの「火の鳥」から 3つの踊り (アゴスティ編) が予定されていたが、それがショパンのバラード 4番とリストのハンガリー狂詩曲 2番に変更されたのであった。また、当初発表では、リストのスペイン狂詩曲は、「ドン・ジョヴァンニの回想」のあとに演奏されるはずであったので、曲目変更に伴い、もともと予定されていた曲の順番も一部変更になったわけである。
e0345320_00054763.jpg
この演奏会、全体的な感想としては、リストが圧巻であった。彼女のピアノは、例えばユジャ・ワンのようにバリバリ弾くという感じではなく、もう少しふくよかな音が鳴る。換言すれば、一音一音の粒立ちがよいというタイプではなく、音楽全体としての説得力こそがその真骨頂であると思うのである。それゆえ、ベートーヴェンとはあまり相性がよいとは思えない。いかにロマン性漂うこの「熱情」ソナタであっても、本来ならもう少し形式感を感じさせる、あえて言えばきっちりとした演奏の方が、曲の持ち味がよく出るものと思うのである。だがその一方で、まさにそのロマン性、ベートーヴェンならではの劇的な部分において、カティア (すみません、苗字を覚えられないもので...) の演奏にはやはり、聴くべきものがあったとも言えると思う。例えば第 2楽章をポロポロと弾き出したその雰囲気は、古典派を弾くという感じはなく、まるで後半のショパンのバラードの冒頭を弾き出したときの雰囲気とそっくりであった。そこには、独特の浮遊感がある。そうだ、静かな音楽を演奏するときに彼女のピアノには馥郁たる香りが漂い、それは曲の形式を超えて、すべて彼女自身の音楽にしてしまうのである。また、私は上記でちょっと矛盾したことを言っているだが、バリバリ弾くタイプではないのに、リスト、つまり、ピアノが壊れそうなほどの強烈な音の渦をしばしば必要とする悪魔的な作曲家の作品の演奏がよかった、というのは一体なぜか。いや、もちろん、彼女のピアノには充分な音量もあり、色彩感もあって、リスト演奏では実に強烈な音の渦が聴かれたことは確かである。だが、それにも関わらず、彼女の演奏は常に美しい。それは、音の強い部分も弱い部分も、劇的な部分も抒情的な部分も、常に美しくふくよかなピアノが鳴っているということなのだと思う。圧倒的という言葉は少しイメージが違っていて、なんというか、聴いていて心が温かくなるような感じがする。それゆえ、抒情的な部分をあまり持たないこのプログラムにおいては、やはり劇的なリストの音楽が、最も心に迫る結果になったのではないだろうか。だが実は、聴いていて、フランス音楽を聴きたいなぁと思い始めた。つまり、この上なく抒情的で、洒脱で、奔流とは異なる浮遊感のある音楽。そう、つまりは、ドビュッシーの「月の光」のような音楽を希求したのである。そして、アンコールの最初に演奏されたのがまさにその「月の光」であったことに、私は驚いた。このピアニストは、聴衆が何を欲しているかを理解する能力があるようだ。そのゆったりとしたテンポの中には無限のニュアンスが込められ、音楽における悪魔的なものからの解毒作用が含まれていた。この「月の光」を含めてアンコールは以下の 4曲。

 ドビュッシー:月の光
 リスト:メフィスト・ワルツ第1番
 ヘンデル (ケンプ編):メヌエット
 ショパン:前奏曲第 4番ホ短調 op.28-4

最後のショパンは、本人が「あとちょっとだけ」と身振りを示して弾いたもので、明らかに聴衆へのサービスであろうが、それまでのドビュッシー、リスト、ヘンデルの順番が心憎い。中でもヘンデルのメヌエットは、彼女の小品集アルバム「マザーランド」にも収録されている美しい曲で、本当に心が澄んだ思いになる名曲なのであるが、原曲はクラブサン組曲第 2番の中の曲で、往年のドイツの巨匠、ウィルヘルム・ケンプの編曲になるもの。これぞまさしく浮遊感漂う至福の時を味わえる曲であり、演奏である。これがその「マザーランド」のジャケット。彼女のピアノの長所が堪能できるので、お薦めである。
e0345320_00261734.jpg
この演奏会は、チケットの値段がそれほど馬鹿高くは設定されていなかったこともあってか、かなりの盛況であったが、コンサートが進むうちに、本当に演奏家と聴衆の間にコミュニケーションが生まれるような、そんな体験であったと思う。面白いシーンがあって、それは何かというと、1曲目の「熱情」のあと、リストがモーツァルトの名作歌劇から自由に抜粋した面白い作品である「ドン・ジョヴァンニの回想」に入る前に、彼女は椅子の高さが気に入らなかったと見えて、二度・三度と自分で高さを調節したのである。鮮やかな深紅のドレスを着たピアニストが、自分で床に膝をついて、椅子の高さを調整したのですよ!! (笑) そこには気取りは全く見られず、ひたすら、その場に集まった聴衆に自分の音楽を聴いてもらおうとする音楽家の真摯な姿があったと思う。また、終演後には舞台の前後に投げキッスを送るという、クラシックのコンサートにしては珍しいシーンに遭遇したが、これも、何も女優を気取っているわけではなく、聴衆とのコミュニケーションを取りたいという彼女の純粋な思いによるものであろう。好感が持てた。

このカティア・・・・えっと、ブニアティシヴィリは今回、東京の前に名古屋で既にリサイタルを行ってきており、今後は大阪と札幌でリサイタルが予定されているが、その間を縫って、上岡敏之指揮新日本フィル、及びハンヌ・リントゥ指揮広島響とそれぞれ 2回ずつ、チャイコフスキーのコンチェルトを演奏する。恐らくどこの土地でも、聴衆との密なるコミュニケーションが図られることだろう。今後目が離せないピアニストであることは間違いないので、また実演を聴ける機会を楽しみにしたい。

# by yokohama7474 | 2017-11-08 00:36 | 音楽 (Live) | Comments(0)