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バイロイト音楽祭 ワーグナー : 楽劇「ラインの黄金」(指揮 : キリル・ペトレンコ / 演出 : フランク・カストルフ) 2015年 8月 9日 バイロイト祝祭劇場

さて、今回は初のド M 音楽祭、もといバイロイト音楽祭で、「ニーゲルングの指環」4部作と「トリスタンとイゾルデ」を鑑賞するわけであるが、今年何かを絶対見たいと思ったわけでもなく、ただ、久しくヨーロッパの夏の音楽祭に出かけていないので、たまにはいいじゃない、くらいの感覚であった。なにせこのバイロイト、以前の記事でも書いた通り、暑い中でワーグナーの重くて暗くて長い作品を聴かなくてはならず、ちょっと敬遠気分もあったのだが、曲がりなりにも西洋音楽を愛する人間としては、まあ一度くらいは行っておきたいと思ったものである・・・。いや失礼、実際のところは、バイロイトに大変来たかったのである。正直に告白すると、ド M の仲間入りをしたかったのである!! 悔しいが、ワーグナーの毒に相当イカれてしまっている私である。

まず、劇場について。座席表を見て頂こう。
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平土間席に、本当に通路がない!! 60席くらい隙間のない横並びだ。ネットから拾ってきた画像で、実際のイメージをご紹介する。座席が木製の跳ね上げ式で、クッションがない (実際にはお尻の部分には薄いクッションがあるが、背中は剥き出しの木)。また、冷房設備がないため、実際暑い夏には、演奏途中で気分が悪くなるお年寄りなどがいて、病人を運び出すために、その列の人たちは大変なことになるわけだ。
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また、この劇場のもうひとつの特徴は、オーケストラピットが舞台の真下に位置していて、客席からは、オケはおろか、指揮者の姿すら見えない。これはワーグナー自身による設計で、大音響のオーケストラが歌手の声をかき消してしまわないようにとの配慮である。これも拾ってきた画像だが、オケピットはこんな感じ。本当に穴倉の中でオケは演奏するのである。
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さて、この劇場は、市の中心地から少し離れた丘の上に立っていて、鉄道では近くまでアクセスできない。従って、それぞれのホテルから送迎バスが出ている。私の泊っているところからは、なぜか行きは無料、帰りは 3.5 ユーロと有料のバスに乗る。大規模都市ではないので、ホテルの数も限られているのであろう、終演後のバスの数は、せいぜい 6 - 7台といった程度。以前に比べればそれでもホテルの数は増えたというが、ハイシーズンはこの夏の間だけであろから、大都市圏のようなことにはならず、ホテルの確保は簡単ではないようだ。

さて、ホテルからバスに乗ること 10分弱。見えてきました、祝祭劇場。以下は私自身が写したもので、丘の上に立つ祝祭劇場の雄姿と、開演前を知らせるバルコニーからのファンファーレ。各作品の中の短いテーマが演奏されるが、15分前に 1回、10分前に 2回、5分前に 3回鳴らされる。これを聴いて聴衆たちは席に着き始めるのである。
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さて、ではいよいよ客席に向かおう。実は入場はそれなりに機能的にできていて、開演 15分前に扉が開くと、各列に応じて指定される左右の入口から入って行く。まだ奥の席が空いているときには自席で立ってその人たちを待つことになる。とはいえせいぜい 15分なので、それほど苦にはならない。そして、その列の左右いずれかの半分が埋まったと見れば、順々に座って行くのである。そうしてすべての列が着席したと見ると、係の女性がそれぞれの列の横にあるドアを閉め、カーテンをシャーッと閉めるのだ。例えてみれば、遊園地のアトラクションでショーが始まる前に部屋に閉じ込められる、そんな感じ。ところで今回、木の椅子に座るのにクッションを持参した方がよいとの代理店の Suggestion があった。「100円ショップで売っているような奴で結構なんで」と言われたので、その通り100円ショップでクッションとそれを入れる小さな手提げ袋を買って持って行ったのである。実は、100円のものだとクッションが薄すぎたので、奮発して 150円の豪華版 (?) にしたのであるが、さて当日現地で、タキシードを着ている手前、あまりいそいそすることなく、少し顎を突き出し気取った様子でおもむろにクッションを出したところ、なんとなんと、思い切り、「150円」という派手な札がブラブラ下がっているのを発見!! 「ちきしょう、札を取ったはずなのに、なんだよ! 周りの人に、150円ってバレるじゃないか!!」と心の中で舌打ちし、もちろん何食わぬ顔で、ほかの席から見えないようにその札をむしり取りました (笑)。

さて、今回の「指環」4部作であるが、このプロダクションとしては 3年目となる、ドイツのフランク・カストルフの演出、ロシアのキリル・ペトレンコの指揮によるものだ。歌手には私の知った名前は一人もないが、当然バイロイトで「指環」を歌うくらいだから、皆実力者なのだろう。今回、私がこの旅行を決めてから、このペトレンコに関して大きなニュースがあった。世界最高峰のオーケストラ、ベルリン・フィルの次期音楽監督就任が決定したのである。
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1972年生まれなので、既に 40 を越えていて、バイエルン州立歌劇場の音楽監督という要職にあるとはいえ、ほかの候補者に比べて知名度が低いことは誰の目にも明らかであったので、このニュースは驚きをもって世界を駆け巡った。私自身、彼だけはないだろうと思っていたので、やはり大変に驚いたものだが、今回こうして初めて生でペトレンコを聴けることは大きな幸運だ。

さてさて、このプロダクションであるが、私自身は事前のイメージなく体験したのであるが、どうやら過去 2年間、酷評に晒されてきたらしい。確かに、見てみてビックリ。私も大概いろんな演出で、特にワーグナーの場合、現代的ないわゆる「読み替え」演出なるものを見て来たが、これはその中でも超ド級である。これまで、バイロイトについての本を読み、ヴァーンフリート荘に出かけて、19世紀から第二次世界大戦中あたりのイメージに浸っていたところ、いきなり冷や水を浴びせかけられたような気分である。一言でまとめてしまうと、その設定の俗っぽさはまだよいとしても、スクリーンによる映像も使ってこれだけうるさく演出されると、観客が音楽に集中することができず、あのワーグナーの変幻極める音楽が、ただの BGM に貶められてしまうのだ。これは前衛的と言って許されるものではなく、音楽への冒涜としか言いようがない。ほかでもないこのバイロイトで、しかも由緒正しき「指環」で、こんなにひどい演出が続けられていること自体、大変な驚きと嘆きを感じさせるのだ。そんなにやりたいなら、ワーグナーを BGM とした映画でも撮ればよいのだ。

もう少し詳細を見てみよう。まず舞台は、1950 - 60年代頃とおぼしき、アメリカのさびれきったモーテル ("Golden Motel") と、それに隣接するガソリンスタンド。いや、"WIFI HERE!" という看板があるということは、その頃にできた汚いモーテルで起こる現代の話という設定か。こんな感じである。
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冒頭、ラインの乙女たちが泳ぐシーンは、場末の娼婦然とした 3人の乙女たちが、洗濯して干してあるいろとりどりのビキニのトップとボトムを取り入れながら、プールでパシャパシャやっていると、いかにもやさぐれた労働者風情のアルベリヒが彼女らに言い寄り始めるという展開となる。舞台上の本来の情景に加え、安っぽい建物の上に設置されたオーロラ・ビジョン (?) で、舞台で進行中の劇のアップや、建物の中等、違うところで起きている情景、また、事前に撮影してある映像 (アルベリヒが大蛇になったりカエルになるところなど)、はたまた、最近映画でよくある、登場人物がストップモーションとなってカメラがその間を動き回る映像 (古くは、「ソード・フィッシュ」の爆発の場面や、最近では、「X-Men」の最新の作品で、動きが極端に早い超能力者がピストルの弾道を変えるシーンなどで使われていた) が、のべつまくなしに映される。出てくる登場人物という登場人物が全員、やくざ者か変態だ。以下、ラインの乙女たち、ファフナーとファゾルトの巨人兄弟、そしてドタバタ劇の様子を、プログラム掲載の写真から。
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ヴォータンは何の威厳もない、下品なピンクのジャケットのオヤジで (しかも登場シーンでは眠りについているはずが、あろうことか、ここではフローラとベッドで激しくイタしているのである!!)、ラインの乙女が物干しに残しておいた真紅のビキニのボトムをねじって眼帯にするなど、言語道断の暴挙に出る。ローゲは上下とも赤のスキンヘッド、ミーメは全身キンキラのお笑い芸人、フローはどう見ても出がらしのクリストファー・ウォーケンだし、ドンナーはルパン三世の次元を情けなくしたような様相だ。要するにコイツら全員、崇高さのカケラもないのだ!!

加えて演出家は、もともとの設定にない小細工をいろいろと始める。例えばラインの乙女たちは、アルベリヒに黄金を取られるのを黙って見ていて、その「犯行」を、すぐにヴォータンに電話で知らせているのみならず、残りの話の展開においても、このモーテルの中を出たり入ったり。明らかに、アルベリヒを誘惑して罠にはめ、黄金を盗ませて、それをヴォータンが強奪できる手筈を整える役柄だ。また、ヴォータンとローゲが地下のニーベルハイムに降りて行った際、台本では苦労してアルベリヒを捕まえるわけであるが、この演出では、既にアルベリヒもミーメも、最初から囚われの身で出て来るのだ。その他、ガソリンスタンドのチビの店主が、歌わない役として出てきて、暴行を受けたり店を壊されたり無視されたり、散々ひどい目に遭った挙句、最後はガソリンスタンドの店舗の中で、ほかの一群とともに、ゾンビ踊り (???) を始めるのである。また、上部スクリーンにだけ投影される (しかもモーテルの看板が邪魔になってよく見えない)、謎の殺人事件も起こる。おいおいおい、一体なんなのだこれは。大詰めの、ヴァルハラ城への神々の入場は私の大好きな曲で (学生時代にムシャクチャすることがあると、よく大学の近くの名曲喫茶に行ってはこれをリクエストして発奮していたものである)、どの演出でも、最後にカタルシスを与えてくれる雄大な情景に感動するのであるが、この演出では、城は影も形もない。一体なんなのだ。何がしたいのだ、この演出家は!!

そんなわけで、まあ不愉快な演出であって、ろくに音楽も聴けなかったのであるが、ただ退屈だけはしなかった。ひとつ言えるのは、これは歌手たちにとっては大変な困難を伴う演出であったろう。ただ歌うだけでも大変な曲に、カメラ用の演技も含めて、始終舞台を駆けずり回らなくてはいけない。その点には最大限の敬意を表そう。
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音楽に集中できなかったとはいえ、ペトレンコの指揮は、確かによく鳴っていたと思う。通常の劇場と違ってオケの音は蓋がされている分、音量も音色も少しまろやかにはなっていたが、それでも、大詰めの盛り上がりはビンビン響いてきて、舞台には出てこない、自分だけのヴァルハラ城を勝手に夢想してしまったものである。なんでも、このプロダクションは 5年契約であるところ、ペトレンコは 3年経過の今年で降板して、残る 2年は、マレク・ヤノフスキが指揮するらしい。途中降板の理由は、自分が音楽監督を務めるミュンヘン・オペラのオープニングとも関連した体力的な問題との説明になっているようだが、実際には、この演出に対する不満ではないのか。こんな邪魔をされると、いかに精力的に音楽を鳴らしても空しいだけである。

終演後、すぐにブーイングが出て、それを一部のブラボーが打ち消した。その後、歌手でブーを受けた人はいなかったから、明らかに演出に対するブーであったわけだ。最も大きい拍手を集めたのはペトレンコであり、さもありなんと思ったものだ。こんなところで才能を浪費することはない。ベルリン・フィル就任に向けて、毎日指揮の素振り100回でもした方が、よっぽどましだ。
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と、ここまで長々と演出のことを悪しざまに書いてきたが、冷静になって考えてみれば、この演出家、なんという勇気であろう。世界の注目を集めるバイロイトでの指環は、まさに世界のひのき舞台。そこでここまで思い切ったこと、つまり、観客のほとんどが不快感を覚えるであろうことをやってしまう勇気は並大抵のことではない。少しでも、「ああ、これはちょっとマズいかな」と思うと、こんなことはできないはずである。いやはや、その勇気を何か建設的なことに使うよう、家族の人たちは進言してあげてはいかがか。ただスキャンダラスなものを作るのが目的なら、それこそ超絶のド S。このド M 集団のバイロイトの観客に対するアンチテーゼということなのだろうか・・・???

ところでこの演奏、日本人の姿が目立った。20人や 30人ではない。50人は優に超えていたであろう。皆さん楽しそうで何よりだが、このようなヨーロッパの格式あるイヴェントでは、やはり盛装がマストであるところ、かなりの人たちが通常の背広であった。断言する。これはやはり、間違っている。若い人たちも何人もいて、あまり経済的に余裕がないのかもしれないが、どのみちバイロイトまで大変なお金をかけて来ているわけであるから、あとほんの数万円、衣装にかけるべきであった。Aoki でも青山でもいい、今はフォーマルもそれほど無理ない値段で買える。私自身は、毎年ブラックタイのイヴェントがあるのでタキシードを数年前に購入したが、何を隠そう、Aoki での購入だ。ちなみにクッションは 150円だ!! 音楽を聴くということは、ただ純粋に音楽を楽しめばよいというものではない。それは、野蛮人の発想だ。郷に入っては郷に従え。この素晴らしい音楽を生んだヨーロッパ文明への敬意が必要だ。このブログをご覧の方で、ヨーロッパの音楽祭に参加予定の方がおられれば、是非このことを肝に銘じて頂きたい。

by yokohama7474 | 2015-08-10 17:13 | 音楽 (Live)