2015年 08月 23日
サントリー芸術財団 サマーフェスティバル テーマ作曲家「ハインツ・ホリガー」室内楽 2015年 8月22日 サントリーホール ブルーローズ
まあそれにしても、もともとマイナーなクラシック音楽の中でも、さらにマイナーな現代音楽のコンサートのはずなのに、大盛況だ。15時20分開場、16時開演なのに、15時10分には、開場を待つ長蛇の列が。
作曲家としてのホリガーは、ハンガリー人 (バルトークの弟子) であるシャーンドル・ヴェレーシュと、あの大御所ピエール・ブーレーズに作曲を師事している。そのルーツを本人は大変大事にしていることを、今回は知ることができた。オーボエは古い楽器なので、バロック音楽にはあれこれレパートリーがある。だが、協奏曲はどうか。モーツァルト 。リヒャルト・シュトラウス。・・・一般に知られているのはそれだけだ。そうなると、自然、新しいレパートリーが必要になる。ホリガーがずっと作曲を続けてきたのには、こういう必然性もあるのではないか。
曲目は以下の通り。演奏者は、ホリガー自身のオーボエに加え、ピアノの野平 一郎 (私、大ファンです)、ヴィオラのジュヌヴィエーヴ・シュトロッセ、クァルテット・エクセルシオなど。
ヴェレシュ : ソナチネ ~ オーボエ、クラリネット、ファゴットのための
ホリガー : クインテット ~ ピアノと 4つの管楽器のための
トリオ ~ オーボエ (イングリッシュホルン)、ヴィオラ、ハープのための
トレーマ ~ ヴィオラ独奏のための
インクレシャントム ~ ソプラノと弦楽四重奏のためのルイーザ・ファモスの詩 (日本初演)
今回聴いて思ったことには、ホリガーの作品の成功は、やはり、不世出のオーボエ奏者である彼が自分で演奏することに大いに依拠しているということだ。つまり、どこの誰とも分からない作曲家が同じものを作曲しても、ここまで聴衆にアピールしないであろう。オーボエは、もともと歌う楽器だ。よって、ホリガーの奏するオーボエは、どんな雑な音にまみれた騒がしい状況にあっても、また、それ自体が汚い音を立てているときですら、常に一本の歌になっている。今回の演奏では、前半 3曲に彼自身のオーボエが入り、後半 2曲には入らない予定であったが、来日するはずのソプラノ歌手が来日しなかったので、最後の「インクレシャントム」は、ソプラノパートをホリガーがオーボエで演奏し、また、一部は詩の朗読をした。怪我の功名、なんともお得な演奏会であった (笑)。結果的に唯一、ホリガーのオーボエのない曲目となった、ヴィオラ独奏のための「トレーマ」は、朗々と歌うところは一切なく、終始音がせわしなく動き回っている曲であったが、そのことによって、歌の不在が強く認識され、聴衆はどこかで幻のオーボエの音を希求する、そんな曲ではなかったか。無機的なような音のつながりから、ほの差す日差しのような旋律を感じた。大変印象的であったのは、最後の「インクレシャントム」の後に、ホリガーによる詩の朗読があったことだ。この曲の詩は、スイスの女流詩人、ルイーザ・ファモスの詩によっているが、その詩が書かれているのは、スイスの地方でしか使用されていない、ロマンシュ語なのだ。ホリガーは聴衆の拍手を遮って、英語で、「こんな奇妙な言葉はおなじみがないでしょうから、ちょっと読んでみましょう」と告げ、6つの詩を読んだのだ。内容は非常に内省的かつ、スイスの澄んだ空気を思わせるようなもので、手元の歌詞を見ながら、ホリガーの読む、ドイツ語のようでもありフランス語のようでもありイタリア語のようでもある不思議な言語の響きを味わった。
終演後に、今回のホリガー特集を企画した、日本を代表する作曲家である細川 俊夫が、ホリガー本人とのトークを行った。ホリガーはドイツ語で話したが、話し出すと止まらないタイプで、要点を簡潔にというわけにはいかない。サラリーマンには不向きだ (笑)。いわゆる「絶対音楽」という言葉には否定的であること。ホリガーの知る限り最もひどいドイツ語で、作曲者自身のみが感情移入できる台本を書いたワーグナーの音楽は、感情過多であり、ナチズムに利用されたという苦々しい思い。戦後、ダルムシュタットを中心とする現代音楽の潮流では、その感情過多の否定から始まったこと。今回のフェスティバルで演奏されるベロント・アロイス・ツィンマーマンとシュトックハウゼンについて。特に前者の素晴らしい才能について。この日の曲目の 1曲目、「クィンテット」についての細かい説明。来週初演される新作が、自作の俳句に基づくものであること。そのもととなった日本体験は、武満 徹に多くを負っており、この作品も武満に捧げること。大変興味深い話を聞くことができたが、同時通訳の女性が、ホリガーの長い話を丹念にメモして、丁寧に訳していたのが素晴らしかった。
というわけで、かなり上機嫌のホリガーと握手する細川。いやはや、東京おそるべし。サントリー財団にはこれからも末永く、この意義深い催しを続けて頂きたい。