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トゥガン・ソヒエフ指揮 ベルリン・ドイツ響 (ピアノ : ユリアンナ・アヴデーエワ) 2015年11月 3日 サントリーホール

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以前の記事でもその名前に言及したことのある、北オセチア出身の指揮者、トゥガン・ソヒエフが、新しい手兵であるベルリン・ドイツ交響楽団を率いて来日した。ソヒエフは 1977年生まれというから、今年まだ 38歳。別の記事で触れたラトヴィアのアンドレス・ネルソンスらと並び、今世界でも最も勢いのある若手指揮者と言える。私の場合は、過去に二度、彼が 2008年以来芸術監督を務めるフランスのトゥールーズ・キャピタル管弦楽団を率いて来日した際の演奏に舌を巻き、NHK 交響楽団でも聴く機会があって、これはすごい指揮者になるぞという予感があった。案の定、ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、シカゴ響にデビューして活躍の場を広げ、2012年からはこのベルリン・ドイツ響の音楽監督に就任。それに加え、2014年からボリショイ歌劇場の音楽監督にも就任していたとは知らなかったが、まあ実に大変な活躍ぶりである。自分の直感が証明されたような気がして嬉しいとともに、やはり実力のある人は頭角を現すのだなという思いも新たにする。
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さて、過去のトゥールーズ・キャピタル管との来日公演ではフランス音楽が、N 響との共演ではロシア音楽が多かったものと記憶するが、今回はドイツのオケということで、以下のようなドイツ物のプログラムだ。また、今回のツアーの別のコンサートでは、ベートーヴェン (「エグモント」序曲、交響曲第 3番「英雄」、第 7番) が多く取り上げられている。

 メンデルスゾーン : 序曲「フィンガルの洞窟」作品26
 ベートーヴェン : ピアノ協奏曲第 3番ハ短調作品37 (ピアノ : ユリアンナ・アヴデーエワ)
 ブラームス : 交響曲第 1番ハ短調作品68

ソヒエフの指揮の特徴は、なんといってもその魔術的な陶酔感にある。音そのものに色気があるとでもいうのか、オケの間から立ち昇ってくる独特の香気がなんとも柔らかく色彩鮮やかなのだ。これは、私が接したいずれの演奏でも裏切られることのなかったソヒエフ独自の音なのである。今回も、最初の「フィンガルの洞窟」がその彼の音楽性をそのまま表していて、メンデルスゾーンの持ち味にもぴったりだ。オーケストラの中から沸き起こる音が多層的に耳に入ってきて、耳の中で、この曲の表現する海のうねりが巧まずして音となって行く。実に素晴らしい。

ピアノのアヴデーエワは、2010年のショパン・コンクール優勝者。ロシア人で、1985年生まれというから、今年 30歳の若手である。日本には、コンクール優勝直後にやってきて、デュトワ指揮の N 響との共演でショパンの 1番のコンチェルトを弾いたのを私も聴いたが、派手なことを狙うのではなく繊細なピアニストというイメージである。ショパンコンクールでは、アルゲリッチ以来 45年ぶりの女性優勝者ということだが、まあそれはあまり重要なことではあるまい。
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彼女の場合、ステージ衣装として、どうやらフリフリのドレスなど着ることがないようで、上の写真と全く同じ格好でこの日も登場した。この銀色のスーツに、黒いパンツでツカツカとステージを歩くので、あまり女性云々という感じがしない (対極はユジャ・ワンであろうが、彼女のステージにももうすぐ日本で接することになるので、ご存じの方はお楽しみに!!)。さて、この日のベートーヴェンの 3番のコンチェルトであるが、以前の記事でも触れた通り、彼の 5曲のピアノ協奏曲の中で唯一短調、悲劇的かつ男性的な曲である。それをアヴデーエワとソヒエフのコンビは、なんとも繊細な方法で音にして、静謐な音楽を作り出した。私の持論として、静謐なベートーヴェンは大概失敗なのであるが、この日はちょっと様子が違っていて、力は抜けていても表現力が多彩なので、曲の新たな魅力に気づかされたような気がする。アヴデーエワはアンコールとしてショパンの前奏曲「雨だれ」を弾いたが、これぞまさに彼女の真骨頂だ。男性的でも女性的でもない。ただ音楽の静けさが胸を打つ、そんな素晴らしい演奏であった。

さて、問題は後半のブラームスだ。私はここで初めて、ソヒエフの指揮に違和感を覚えた。ブラームスの 4曲のシンフォニーの中でも、この 1番は、今日のキーワード (?) で言えば最も男性的な曲。乱暴に言ってしまえば、ここで必要とされるのは魔術的な音ではなく、とにかく情熱と汗を孕んだ熱い音なのである。ソヒエフのようなアプローチでは、作曲者が 20歳から 40歳まで (ということは、若いイケメンからむさいオッサンになるまで) 苦心惨憺、新たなシンフォニーを書こうとした執念が、そのまま表れてくることがないので、なんとももどかしいのだ。第 2楽章はそれでも情緒があるのでそれなりには聴けるものの、ここでもやはり、激しい憤りや過剰な決意が裏にあればこそ、一時の沈思黙考が味わいを持つものではないだろうか。それだけブラームスの 1番は特殊な曲なのだと思う。ところで、上で「若いイケメンからむさいオッサンになるまで」と書いたが、ご参考までに、若き日と老年のブラームスの写真を掲げておく。正確にそれぞれ何歳のときの肖像なのかは分からず、若干誇張気味になってしまうかもしれないが、でも私の解釈では、この作曲家の本質 (クララ・シューマンへの恋も含め) を考える上で、「老い」という要素は重要であるので、このような比較も少しは意味があるのでは。
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この日のオーケストラ、ベルリン・ドイツ交響楽団は、戦後アメリカ占領地域の RIAS 放送局のオケとして発足し、ハンガリーの天才、フェレンツ・フリッチャイや若き日のロリン・マゼール、リッカルド・シャイー、ウラディミール・アシュケナージ、インゴ・メッツマッハー、ケント・ナガノと、いわゆるドイツ的な重い雰囲気の指揮者をシェフに頂いたことがないオケであり、いわば国際色豊かな点に特色があると言ってもよいであろう。その意味では、ソヒエフのような人材はその流れにふさわしいと思われる。なので、私がここでソヒエフのブラームス解釈に異を唱えようと、そんなことを気にする必要はない (ま、そりゃそうです 笑)。実際、私だけではなく、現地ベルリンの批評なども、厳しいものが出てくるかもしれないが、これから 5年、10年と関係を続けるうちに、そのような批評を嘲笑うような面白い演奏にいろいろ出会えることを期待しております。この日のアンコールでは、まずグリークの「2つの悲しい旋律」から「過ぎた春」が演奏された。これはアンコールピースとしてはおなじみで、弦の響きが美しく、ソヒエフマジックがよく効いていた。そしてもう 1曲、「フィガロの結婚」序曲が演奏されたが、コントラバス 8本の編成でのこの曲の演奏は、昨今では珍しい。ソヒエフはプログラムに掲載されているインタビューの中で、古楽奏法への反対の立場やフル・オーケストラで古典を演奏することの意義 (すべての楽員が古典を演奏することによるオケとしてのアンサンブルの強化) を述べるとともに、「初演した当時、楽器の数が少なかったからと言って、それが、作曲者が欲していた音や規模だったのか、それは別の話です」と発言している。この日の「フィガロ」はそれを実践するもので、爆発するような合奏の歓びが感じられた。

この右手が魔術を引き出すのであるが、誰かがこれにチョキで対応しても、間違ってもグーで返すようなことをせず、頑張ってパーを出し続けて欲しい。
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by yokohama7474 | 2015-11-08 11:30 | 音楽 (Live)