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MOMAT コレクション 特集 : 藤田嗣治、全所蔵作品展示。 東京国立近代美術館

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エコール・ド・パリの一員として、1920年代のパリで活躍した藤田嗣治。だがその後半生は挫折と謎に満ちているのだ。今、「Foujita」という映画 (小栗康平監督、オダギリ・ジョー主演) も公開されており、世界に挑んでいった画家の姿を垣間見ることができる。この展覧会は、これまで並べて展示されたことのない藤田の 14点の戦争画をはじめ、東京国立近代美術館の所蔵する藤田の作品 25点すべてが勢ぞろいする貴重な機会だ (12月13日まで)。因みに、タイトルにある MOMAT とは、東京国立近代美術館のこと。ニューヨークにある有名な近代美術館、MOMA に、Tokyo の T がついたものと覚えればよい。

この展覧会、いかにも藤田らしい乳白色の裸婦や、組んずほぐれつする猫の絵もあるが、まず目を引くのが、藤田がパリで頭角を現す前夜、1918年の作品、「パリ風景」だ。
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この薄暗い感じは、後年の藤田にはないもので、異国の地で成功を望みつつも不安にさいなまれている画家の内面をよく表しているものと思う。

さて、戦争画である。藤田は戦争に従軍してまで戦争のリアリティを感得した稀有な画家だ。一連の戦争画を描いたことによって、戦後は国内で白い目で見られることが多くなり、どうやらその息苦しさを逃れるためにフランスに渡り、帰化したものであろうか。ではその 14点の戦争画を、一部であったりピンボケであったりするものの、私が図録から撮った写真で制作順にご覧頂こう。これは「南昌飛行場の焼打」 (1938 - 39) という作品の部分。
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この明るく繊細な筆致はまぎれもなく藤田のもの。白昼夢のような戦争の一場面を切り取った作品だ。そして次が「武漢進撃」(1938 - 40)。
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この河の様子は、華やかな感じはないものの、あの藤田の乳白色ではないか。空の様子も非常に美的にとらえられている。次は、「哈爾哈 (はるは) 河畔之戦闘」(1941)。それまで日本は日中戦争を戦っていたわけであるが、この年の 12月、とりかえしのつかない太平洋戦争に突入して行くのだ。
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戦争を描いているにもかかわらず、ここでも藤田の絵は繊細さを失っていない。本当の意味での殺し合いの恐怖は、ここからは感じられない。そして次の絵から、その色彩ががらっと変わるのである。「十二月八日の真珠湾」(1942)。
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その名の通り、日本軍の真珠湾奇襲によってアメリカの基地が打撃を受ける様子を描いている。まだこれから迫りくる悲惨さを知らない画家は、俯瞰図によって日本の勝利をキャンバスに残した。だが、ここに見る色彩の抑え具合はいかがであろうか。あたかも、1918年の陰鬱なパリの風景に戻ったようではないか。これから画家は、日本軍が陥って行く泥沼とともに、暗い色調に沈んで行く。これは「シンガポール最後の日 (ブキ・テマ高地)」(1942)。
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ちょっと見えにくいが、シンガポールを攻略する日本軍だ。地べたに這いつくばるその姿は、決して英雄的なものではない。まさに戦場の悲惨なリアリティを描いている。次は、「ソロモン海域に於ける米兵の末路」(1943)。局地戦でかろうじて生き残った米兵であろうか。はしけに乗って漂流しているが、その姿には絶望感が漂い、それを嘲笑うような鮫の背びれが海上に浮かんでいる。
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ヨーロッパには、舟に乗った人たちの絵がいくつもある。まず思い当たるのは、ドラクロワの「ダンテの小舟」だ。また、それに先立つ、海難事故を描いた初めての絵画、ジェリコーの「メデューズ号の筏」だ。藤田の頭の中に、ヨーロッパの伝統から新たな戦争画を描くという発想が生まれているのが分かる。次は、彼の戦争画の最高傑作とされる、「アッツ島の玉砕」(1943) だ。
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この波打つ肉弾戦の真に迫る描写は、なんと凄まじいことか。ここには戦争の英雄もいなければ、自国軍隊の圧倒的勝利という美化された風景もない。空も地面も海も兵士の服も顔も、同じ茶色に染められている。かつて乳白色でパリを唸らせた藤田が、なにやら鬼気迫る迫力で描き出した戦争の真実だ。この島での玉砕は、日本国民を鼓舞する目的で報道されたとのことだが、この藤田の絵を見て勇気を奮い起こした人がいただろうか。私が当時生きていたなら、とにかく戦争にだけは行きたくないと思ったことだろう。これから同じような色調の絵が続く。「○○部隊の死闘 - ニューギニア戦線」(1943)、「血戦ガダルカナル」(1944)、「神兵の救出到る」(1944)、「大柿部隊の奮戦」(1944)、「ブキテマの夜戦」(1944)。
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ここでは、藤田のどのような心境が読み取れるだろうか。恐らくは、戦争画というヨーロッパでは古来確立した絵画の分野で、日本人としてそれまでになかった悲惨な戦争の真実を赤裸々に描くことで、愚かさと尊さの二面性を持つ人間の営みを記録しようという意欲ではないだろうか。あたかも芥川龍之介の「地獄変」のような鬼気迫る芸術家の姿を思い浮かべても不適ではあるまい。そして終戦の年に描かれた最後の 2枚。「サイパン島同胞臣節を全うす」(1945)、そして「薫空挺隊敵陣に強行着陸奮戦す」(1945)だ。
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これが藤田の戦争画のすべて。この記事の冒頭に掲げた写真の通り、藤田作品に限らないこれら戦争画は、ある種の忌まわしい記憶として、この東京国立近代美術館の倉庫に眠り続けている。だが、これらの絵を見て、戦意高揚の御用絵画と思う人はほとんどいないのではないか。戦争という題材を使って藤田は、自らの新しい世界を創ろうとしたことが読み取れるし、そのリアリティには、本能的に人を恐れさせるものがあると思う。これはヨーロッパの戦争画にもまず見られない、藤田独特の世界であると思うのだ。

第二次大戦が終結してから既に 70年だというのに、東アジア地域では未だにその歴史が陰を落としている。今こそ我々は、せめて芸術の分野で第一級の才能がいかなる活動を行ったか、じっくりと見るべきであろう。過去を消すことはできない。だが一方で、消すことのできない過去があるからこそ、未来に思いを馳せることができる。藤田嗣治がいかなる思いを抱いて日本と向き合ったか、ここで詳細を述べることはしないが、何より彼の作品が様々なことを雄弁に物語っている。一人でも多くの方に、この藤田のメッセージを感得して頂きたい。

by yokohama7474 | 2015-11-22 23:41 | 美術・旅行