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ニキ・ド・サンファル展 国立新美術館

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先日亡くなった犬がまだ元気であった頃、我が家は何度か犬連れで那須へ旅行したものである。那須サファリパークで野生動物の車への接近にひぃひぃ言うのも楽しかったが (あ、犬はライオンに食われると危険なので、入り口で預けました 笑)、いろいろ美術館もあって、文化面でも充実した場所である。その那須高原にニキ美術館という美術館があるのは知っていて、ニキ・ド・サンファルの楽しげな作品の写真を見て、いつか行こうと思ってはいたのだが、結局果たせずにいるまま、2011年に閉館してしまったらしい。今、東京六本木の国立新美術館で12月14日まで開かれているニキの展覧会は、2014年にパリのグラン・パレで開かれた大回顧展の日本への巡回展であるが、那須にあったニキ美術館の旧収蔵品 (ニキと親交を持ち、彼女を日本に本格的に紹介した増田静江 (Yoko という愛称で呼ばれた) のコレクション) もかなりの割合を占めている。一体いかなる内容なのか。会場ではこんなキャラクターが宙に浮いて来場者を歓迎してくれる。
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ニキ・ド・サンファル (1930 - 2002) は、フランス人の父とアメリカ人の母の間にパリで生まれ、幼少の頃アメリカに移住した。代表作は、ナナと呼ばれるふくよかな女性像のシリーズで、これだけ見ればなんともかわいらしくポップで、見ている方もなんだか楽しい気分になってくる。
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その美貌を活かし、若い頃はモデルとして活躍したという。
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美術の専門教育は受けていないそうだが、20代前半から精神療法として絵を描き始めた。と、しらっと書いてしまったが、このようなオシャレで華やかな雰囲気の中に、精神を病む要素が一体どこにあったのだろうか。実は私ももともとそのあたりの知識はなく、ニキといえばナナという画一的なイメージを持っていたのであるが、先日 NHK の日曜美術館でこの展覧会の特集を見て、彼女が実父に性的迫害を受けたという事実を知った。そして実際にこの展覧会に足を運び、彼女の芸術の根源的な部分に、明らかに性的なオブセッション (強迫観念) があることを実感し、これまでの無知を恥じたのである。従って彼女の創作活動は、消えることのない憎しみと、悲惨な状況からの脱却という要素によって、女性という存在の社会との関わりをポジ、ネガ双方の点で呵責なく描き出し、そして浄化を求めてもだえ苦しむ自分の姿をさらけ出すということであったと知った。創作活動を始めてからの彼女の写真もいろいろあって、もちろん美人ではあるものの、そう思ってみれば、どこかに必ず影があるようにも見える。社会に向けて何か発信すべき言葉を見つけようとしているのだろうか。
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初期の作品は明らかにジャスパー・ジョーンズの模倣であったり、またジャクソン・ポロックばりの抽象表現主義もある。これらはあまり目にする機会のない貴重な作品だ。ところがジョーンズやポロックと違うところは、いかなる場合でも彼女の興味は人間に向いているということではないだろうか。
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そして一連の呪術的な作品群がある。これはその中でも強烈な印象を与える、1963年に制作された「赤い魔女」。その前、1962年に彼女は射撃絵画という活動を行っていたが、これは、絵の具を入れた容器や彫刻を並べてそれをライフルで撃ち、流れ出た絵の具が作品として残るというもので、冒頭に掲げたポスターの中でライフルを構える彼女の姿は、そのときの様子だ。この頃流行ったハプニングというパフォーマンスアートの一種と呼べる。一転してこの「赤い魔女」は、その毒々しく飛び散る色彩は射撃絵画の余韻を伺わせるものの、胸の中にいる聖母、股間に向けられた黒い手など、聖なるものと俗なるものの混在には、偶然性が入り込む余地がないと思わせる。なんとも痛々しい作品だ。
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そして 60年代半ばからナナのシリーズに入るわけだが、このような経緯を見てしまった鑑賞者には、このような微笑ましい姿に、ただ単にふくよかさだけを見ているわけにはいかない。これは、彼女の心の闇を浄化する地母神のような女神ではないのか。日本の土偶を思わせるところもある。
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展覧会に展示されているニキの作品の多くは、いわゆるアウトサイダーアート、あるいは最近よく使われる言葉では、アール・ブリュットに分類されるべきものだ。アール・ブリュットとは、「生の芸術」という意味であり、画家のジャン・デュビュッフェの命名によるものだ。スイスのローザンヌに、このアール・ブリュット専門の美術館があるが、もちろん私はそこを訪れたことがある (駐車場がなくて苦労した)。一口にアール・ブリュットと言っても様々だが、見る者を不安にさせるような奇妙な形態の対象物が執拗に描かれているケースが多く、鑑賞者は戸惑いながらもそこに表れた、アカデミズムとは無縁のむき出しの精神のシグナルに圧倒されるのが常である。例えばこれなどどうだろう。
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会場では 2箇所、写真撮影が許された場所がある。これはなかなか粋な計らいである。ひとつは、ニキが日本で見た仏像に影響を受けて作った「ブッダ」(1999)。この作品が展示されているコーナーには、様々な宗教的な主題の作品が並んでいるが、瞑想的であると同時にきらびやかなこの巨像の姿は、いかにもニキの作品であると実感する。またもうひとつは、出口手前にある「翼を広げたフクロウの椅子」(1999)。この椅子に座ると、カラフルなヴィジョンが広がるだろうか。
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さて、今回初めて知ったことには、ニキはイタリアのトスカーナ地方に20年以上の歳月をかけて、「タロット・ガーデン」という公園を作っている。これは、ガウディ設計によるバルセロナのグエール公園 (私は 2度訪れたことがある) に刺激を受けたものとのことだが、このタロット・ガーデンの写真を見ると、印象としてこれに近いものは、むしろ南仏ドローム県というところにある、シュヴァルの理想宮だと思う。このシュヴァルの理想宮にも私は実際足を運んだことがあって、たった一人の郵便配達夫が何十年と石を積み上げて作った世界でも類を見ない建築 (?) に言葉を失ったものだ。そちらの建造物には色はないが、このニキのタロット・ガーデンは色彩鮮やかで、その点はグエール公園を思わせるところも確かにある。なんでも、ポリシーによって世界のどのガイドブックにも載っていないそうだが、4月から10月までの間、わずかな時間だけ公開されているという。これは是非行ってみたいものだ。会場で売られていた日本版の写真集を早速購入。この不思議空間への憧れが広がる。
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そんなわけで、これまで一部の作品のイメージしか持ち合わせていなかったニキ・ド・サンファルの全貌に迫ることができるよい機会となった。心の闇を芸術というかたちに昇華して、誰にでもアピールすることに成功した彼女の生き方から学ぶところは多いと思う。彼女のような悲惨な目に遭ったことのない人であっても、彼女の創作を通して、前向きな姿勢で生きるヒントを得られるはず。できれば、那須にあった美術館のように、彼女の作品にまとめて触れられる施設があって欲しいものだ。

by yokohama7474 | 2015-11-23 17:54 | 美術・旅行