2015年 12月 27日
第九 パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK 交響楽団 2015年12月27日 サントリーホール
ではいつもの第九チェックシートから行こう。
・第九以外の演奏曲
バッハ (ラフマニノフ編) : 無伴奏パルティータ第 3番からガヴォット
フランク : 天使のパン
伝ヴィターリ : シャコンヌ ト短調
・コントラバス本数
8本
・ヴァイオリン対抗配置
あり
・譜面使用の有無
指揮者 : あり
独唱者 : なし
合唱団 : なし
・指揮棒の有無
あり
・第 2楽章提示部の反復
あり
・独唱者たちの入場
演奏開始前
・独唱者たちの位置
合唱団の前 (オケの後ろ)
・第 3楽章と第 4楽章の間のアタッカ
あり
まず前座で演奏された 3曲は、コンサートマスターの篠崎史紀をオルガンの山口綾規が伴奏するもので、クリスマスのイメージだ。清らかな感じで、第九の前座としてはよかったと思うが、ただ、オルガンの伴奏は、時としてヴァイオリンの音を掻き消してしまうこともあり、その点だけが気になった。この篠崎史紀、まろのあだ名で親しまれており、そのどことなく貴族的な風貌 (ただ、相当大柄な方ですがね 笑) に由来するのかと思いきや、Wiki によると、写楽の絵に風貌が似ているところ、作者名を歌麿と間違えて子供の頃に定着したあだ名だという。でも、なかなかよいニックネームですな。
QUOTE
これまでに多様な角度からベートーヴェン像の解明を試みてきました。ドイツ・カンマー・フィルハーモニー管弦楽団と交響曲全曲の録音も行っており、私のベートーヴェンに対する解釈も年月とともに変遷しました。近年は小編成の、より簡潔なベートーヴェン像が私の持ち味とされるようになっています。しかしながら今回の N 響との演奏は大編成オーケストラでの演奏になります。それでもベートーヴェンに対するこれまでの私の発見や確信を反映させる演奏をお約束します。的確なバランスをもって、適切なアプローチさえすれば、必ず聴衆の心に届く偉大な作品だからです。今回の演奏での新たな発見が大いに楽しみです。
UNQUOTE
なるほど、その言葉の通りだ。この「お約束します」は、勝手に想像するに、英語では "I guarantee" と言ったのではないかと思うが、まさしくプロの言葉であろう。帰宅してから、同じ曲の彼とドイツ・カンマー・フィルとの演奏の映像を少し見てみたが、そこではコントラバスは今日の演奏の半分の 4本、そしてヴィブラートも最小限の、まさに古楽的アプローチであるにもかかわらず、曲の本質に迫ろうとする指揮者の態度にはなんら違いはなく、ひとえに作品の持つ力を強く引き出そうという意志がひしひしと感じられた。そうだ、アプローチさえ適切であれば、必ず聴衆の心に届くのだ。
そもそもこのヤルヴィという指揮者、その長い両腕で大変要領よくオケを動かすのであるが、音楽家でない私が見ても、その棒の技術には限りない安心感を感じる。この曲では、第 1楽章と第 2楽章では、重層的な音を引き出しながらも時折強いアクセントを表現、それでいて全体の流れは非常によいものであった。弦楽器奏者たちはまさに食らいつくように、次から次へ投げつけられる指揮者の指示について行き、火花が散るようにすら思われる凄まじい勢いが噴出していた。これは、小編成のドイツ・カンマー・フィルだろうが大編成の N 響だろうが関係なく、曲の本質に迫ることによって初めて可能になることであろう。さすが、現代屈指の名指揮者の棒である。私は今回これを聴いて、これまで数限りなく聴いてきたこの曲の第 2楽章が、特に木管楽器奏者にとっては大変な難所続きであることを実感した。例えて言うと、水は澄んでいても流れが強い渓流で、鮎を捕まえるようなもの。鮎はよく見えるので、海千山千の奏者たちは、ここぞとばかりに急なパッセージでも余裕にこなし、川の流れが早いだけに気持ちよく作業がはかどる。ところが、ちょっとした小さな石ころにつま先がひっかかると、瞬時にして流れに押されてよろめいてしまうのだ。今回の演奏では、あの有名な首席オーボエ奏者が、あらよっとという感じで渓流の中で、勢い余って少し踊ってしまったのであった (笑)。ただ、その小さなトラブルが、ヤルヴィの志向する音楽を期せずしてよく表していたと思う。
ソプラノ : 森 麻季
アルト : 加納 悦子
テノール : 福井 敬
バリトン : 妻屋 秀和
合唱 : 国立 (くにたち) 音楽大学
N 響の第九は毎年放送されているので、いつも合唱が国立音大の学生であることは当然知っているが、実にそれは 1928年以来 (!) 続いているらしい。合唱指揮者は 2人いて、そのうちのひとりは、日本の合唱の大御所、東京混声合唱団の創立者である田中信昭、当年とって 87歳だ。お気づきだろうか。この田中さんの生まれた年から国立音大はずっと N 響と第九を歌っていることになる。また、N 響がサントリーホールで第九を演奏するときにはいつもそうなのだろうか、今回はほかの演奏のときとは異なり、舞台上ではなく、舞台後ろの客席、いわゆる P ブロックに合唱団が座る。ソリストたちもその中にいて、1列目の真ん中に 4人が並んでいる。合唱団の人数は、通常の演奏会の倍くらいはいるだろう。通常は、背もたれもない木の板に、すし詰め状態で腰掛けるのであるが、今回は客席に座るので、出番が来るまではゆったりとくつろいでオーケストラを堪能できるという寸法だ。それでも合唱団は学生だから神妙な面持ちで座っているが、ソリストの方たちはさすがプロの余裕と言うべきか、少しくつろいで見える。終演後も席の構造上、舞台に下りて来ることができないので、そのまま座席に残ってカーテンコールに応えていたが、その感に談笑などしておられる。特に人気のソプラノ、森 麻季さんなどは、演奏中も緊張感を感じさせない穏やかな表情で、福井 敬がトルコ行進曲の部分を歌い終わって着席すると、笑顔で小さく拍手するなど、本当に余裕だ (笑)。あ、もちろん出番になると歌唱そのものは素晴らしかったです。以下、森さんと福井さんの写真。前から思っていて、誰にも言うチャンスがなかったのだけれど (言っても通じないかもしれないけど)、福井敬って村上隆に似ていませんか。あ、もちろん歌の素晴らしさとは関係ありません。
CD を購入すると終演後のサイン会に参加できるというので、ヤルヴィと N 響の録音第 1弾、リヒャルト・シュトラウスの「ドン・ファン」と「英雄の生涯」を購入。ヤルヴィ本人に、"Great performance!!" と声をかけると、太い声で "Thank you!" と返してくれた。
そうそう、ひとつ面白いエピソードをご紹介しよう。終演後、ベテランと若手の 2名の奏者の方々とエレベーターが一緒になったのだが、ベテランの方が、「あぁー、ばてた」とおっしゃっていて、やはり相当な熱演だったことを再確認したのだが、その後、「でもまだコバケンあるからなぁ」と続いたのだ。コバケンとは、このブログでも何度か紹介している名指揮者、小林研一郎。彼はこの大晦日、ベートーヴェンの交響曲全 9曲を一晩で指揮し、そのオケには N 響からも、今回のコンマスの篠崎史紀以下、参加する奏者たちがいるはずだ。私は過去この大晦日恒例の 9曲連続演奏会に、初回を含めて 3回行っているが、コバケンの指揮では未だ聴いたことがない。だが、テンションの高い指揮者なので、奏者の皆さんも大変でしょう。いやー誠にお疲れ様です!!