2016年 01月 07日
英国の夢 ラファエル前派展 Bunkamura ザ・ミュージアム
ところが、街の歴史を調べてみると、産業革命時にはマンチェスターで生産された綿織物がこの街の港から出荷され、19世紀末にはロンドンに次ぐ英国第二の都市であったらしいのだ。それゆえ、海港都市としての姿をとどめた地域は世界遺産に登録されているらしい。この展覧会で展示されているのは、そんなリヴァプールの国立美術館の所蔵品のみからなる 19世紀の英国絵画。実は「リヴァプール国立美術館」の名称は、市内及び郊外の 7つの美術館・博物館の総称で、この展覧会には、その中の 3つの施設から作品が集められている。既に新潟、名古屋での展覧を終え、東京の後には山口に巡回して終了する。
一般の美術ファンにとって、「ラファエル前派」という名称はどの程度親しいものであろうか。少なくとも 30年くらい前からは、かなり頻繁にこの周辺の画家たちの展覧会が開かれていて、私が行ったものだけでも、5つや 6つにとどまらない。私の場合は世紀末芸術や象徴主義への興味からの自然な展開で、若い頃からこの流派に大いなる興味が沸いたのであるが、これだけ頻繁に展覧会が開かれるということは、日本でも愛好家が多いのであろうか。この流派、英語では Pre-Raphaelite、つまりルネサンスの巨匠ラファエロよりも前のスタイルの芸術に戻ろうという意味なのであるが、恥ずかしい話、私が以前から疑問なのは、これを日本語でどう発音すべきかなのだ。「前派」を「琳派」のように発音して、通して「ラファエルゼンパ」と「ゼ」にアクセントを置いて読むのが普通であると思うが、言葉の意味を考えれば、「ラファエルゼン・(ッを入れる感じで間を置き) パ」と「パ」にアクセントを置いて発音すべきとも思われる。どちらが正しいのだろうか。
などと考える間もなく、会場に足を踏み入れるとそこは、19世紀英国絵画の一大潮流を示す作品群に圧倒される場所である。好みの問題は多少あるかもしれないが (例えばまるで少女漫画のようでいやだとか)、ほとんどの人たちが美しいと思うであろう絵画が集められている。それにしても、いつも思うことには、個々の画家の個性の違いは多少あれども、驚くほど絵画のスタイルが似た画家たちが集まったものだ。時代の感性とも言うべきものがここには確かにある。今回は初めて名前を聞く画家にも素晴らしい作品があり、ラファエル前派の広がりに改めて驚かされた。もっとも展覧会の英名は "Pre-Raphaelite and Romantic Painting" で、厳密な意味でのラファエル前派 (1848年結成、数年で実質解消) より後の世代までカバーしている。ただそれでも、最も新しい作品でも 1910年代の作なので、たかだか半世紀強の期間に描かれた作品ばかりということになる。英国近代画家の 2大巨頭であるコンスタブルとターナーはいずれも 19世紀半ばで世を去っており、英国絵画史は世代交代が明確だ。
展覧会は、ジョン・エヴァレット・ミレイ (1829 - 1896) の作品で始まる。テイトが所蔵する代表作「オフィーリア」でつとに有名な画家であるが、ここでは若い頃のものを中心に、比較的穏やかな耽美性を持つ作品が並んでいる。これは 1859年の「春」(林檎の花咲く頃) という作品。ラファエル前派がしばしば取り上げた神話的題材ではなく、身近な親戚たちを描いたものらしいが、右端の横たわった女性の上に鎌がかかっているなど、それぞれの人たちの今後の運命を暗示する描き方をしているとのこと。なるほど運命ですか。まさにラファエル前派好みの題材だ。
会場にはフレデリック・ワッツの有名な「希望」という作品のスケッチもある。これはレイトンに贈られて、彼が終生大事にしていたものだそうだ。うーん、やはり、ここではないどこかに、安らぎを与えてくれる希望が存在する。この時代の英国は、現実世界では世界の先頭を走りながらも矛盾を抱えていたことを思うと、なんとも痛々しい絵であると思う。
それにしても、リヴァプールという一都市にこれだけの貴重な作品群が残っていることには大きな意義がある。いつの日にか現地を訪ね、ビートルズ以外の街の売り物を見てみたいと思う。