2016年 02月 07日
ロイヤル・コンセルトヘボウ オーケストラがやって来る (エディ・ホニグマン監督 / 英題 :Around the World in 50 Concerts)

さてこの映画は、世界 32都市 (当然そこには東京と、それから川崎が含まれる) で行われたツアーの中から、アルゼンチン、南ア、ロシアでの演奏会の様子やそれぞれの土地の人たちの音楽との関わりを伝えており、そこに本拠地アムステルダムでの光景、楽団員のインタビューやホテルでの様子などを加えた構成だ。オケの現在と、聴き手にとって音楽がいかなる存在でありうるかという点に焦点を当てているので、楽団の歴史とか、音楽監督マリス・ヤンソンスのインタビューなどはない。もちろん音楽ファンとしては、ヤンソンス以外に指揮を取っているシャルル・デュトワや、ソリストのデニス・マツーエフやジャニーヌ・ヤンセン (彼女はオランダ人で、もうすぐ来日してリサイタルと N 響との共演があるはず) から、何か言葉を聞けないものかなぁと思ってしまうが、その期待は満たされない。だがその代わり、音楽をするという行為が人々の心を動かし、人々の生活を豊かにするものなのだという、言葉にするとちょっと恥ずかしくなるようなことを改めて実感させる、そんな映画である。

・まず、名古屋での「シェエラザード」の演奏で、ファゴットのパートが 1か所抜け落ちてしまった。
・その演奏会のカーテン・コールで指揮者のグスタヴォ・ヒメノ (もとこのオケの楽員出身) は、そのミスをしたファゴット奏者を最初に起立させた。
・数日後、東京での同じ「シェエラザード」の演奏では、ファゴットは無事ミスなく演奏。
・その日のカーテン・コールでも、ヒメノは (華麗なソロを吹くはずもなく、普通は最初に起立することはない) ファゴット奏者を最初に起立させた。ファゴット奏者は苦笑。
この映画の冒頭で語っているうちのひとりは、件のファゴット奏者だ。そうすると私が目撃した上記の光景は、図らずもこのオケの特色を表す貴重な機会であったわけだ。・・・と思って画像検索などしてみると、この写真を発見。どうやら雑誌「モーストリー・クラシック」の取材時のものらしい。


監督のエディ・ホニグマンは、ドキュメンタリー専門で、1951年ペルーのリマ生まれの女流監督だそうだ。あ、そうすると、映画の中でインタビューする女性の声は、この監督のものだったのか。山形国際ドキュメンタリー映画祭でも何度も賞を取っているらしい。なるほど、通りいっぺんのオケの紹介ではなく、上に書いたような、深いところでの人々にとっての音楽の必要性を描く点からも、優れたドキュメンタリー映画の制作者としての知見が光っている。ヤンソンスとかデュトワが、このオケの美点をいかに語ろうとも、それはクラシック音楽ファンという狭い層にしかアピールしないが、南アの貧しい少女が音楽に没頭するシーンは、より広い観客に対する強いメッセージになる。



