2016年 02月 27日
山田和樹指揮 日本フィル マーラー・ツィクルス 第 5回 2016年 2月27日 Bunkamura オーチャードホール


武満徹 : ア・ストリング・アラウンド・オータム (ヴィオラ : 赤坂智子)
マーラー : 交響曲第 5番嬰ハ短調
おっと、マーラーの 5番といえば、つい昨日もチョン・ミョンフン指揮東京フィルの演奏を聴いて、記事を書いたばかり。連日のマーラー 5番体験となる。これは興味深い比較になるだろう。
山田はしばしば演奏前に自ら聴衆に対して曲目解説をしていて、このマーラー・ツィクルスでも毎回そうなのである。今回も開演 30分前に燕尾服で登場。マイク片手にユーモラスな語り口で喋り始めた。まず武満の曲に関しては、この曲の初演が 1989年にパリで行われた際にヴィオラ独奏を務めた、日本が世界に誇るヴィオリスト、今井信子の名が言及され、今日のソリスト赤坂智子は今井の弟子であると説明された。

武満の「ア・ストリング・アラウンド・オータム」は、フランス革命 200周年を記念して 1989年にケント・ナガノ指揮パリ管弦楽団によって初演された。ストリングとは弦のことで、秋の雰囲気の中、ヴィオラ独奏がオーケストラと美しく溶け合い、また反撥しあう曲だ。「ドビュッシーとメシアンを生んだフランスのひとびと」に捧げられている一方で、詩人大岡信の「秋をたたむ紐」(紐も、英語では string なので、題名は掛け詞なのだろう)のイメージに基づいている。武満らしい叙情を、赤坂のヴィオラと山田 / 日フィルが繊細に描き出していた。
そしてメインのマーラー 5番であるが、山田の指揮は緻密にして柔軟。あの瞬間この瞬間に、これぞまさにマーラーという音が鳴っており、昨日のチョンの指揮に感じた違和感は、ここにはいささかもない。例えば第 1楽章で、同じ音型の繰り返しの中、2回目にはヴィオラが加わってドキッとする場面。第 2楽章で深刻な盛り上がりのあと、ティンパニの弱音での連打をバックにチェロが静かに呻吟する場面。第 3楽章で、その後の最終楽章のクライマックスで出てくるコラールが鳴り、でもそれがここでは崩れ落ちて行く場面。第 4楽章で、弦がずり上がって芳香を放つように宙に消えて行く場面。第 5楽章で、先の第 4楽章アダージェットのテーマがテンポを速めて切れ切れに出てくる、喜びの中に焦燥感と切実感のある場面。若干戯画的と言ってもよいような明快な山田の指揮は、その見通しのよさによって、リアルなマーラー像を描き出していたと思う。まだ 30代の山田が、恐らくはこれまでの聴き手としての豊富なマーラー体験を反映させたとおぼしき語法を駆使しているのを見ると、大げさなマーラーが過去のものとも思われてくる。だがもちろん、そこには山田なりの個性が充分に現れており、第 1楽章のテンポは通常より遅めだったし、第 4楽章に至っては、ほとんど止まってしまうように思われるほどゆっくりなテンポであった。また、開演前の解説でも説明していた通り、この曲は第 1・第 2楽章が第 1部。第 3楽章が第 2部。第 4・第 5楽章が第 3部という三部構成であり、第 1部の終わりと第 2部の終わりでは指揮棒を指揮台に置いて、区切りをはっきりさせるのみならず、オケにも毎回チューニングをさせる周到さだ。こんなことをした指揮者は見たことがない。
それにしてもこの指揮者、体の動きと出てくる音の一体感が素晴らしい。童顔ながら大変奥の深い懐を持っているのである。次回のツィクルス、来月の第 6番も楽しみだ。



