2016年 04月 10日
ネヴィル・マリナー指揮 アカデミー室内管弦楽団 2016年 4月 9日 東京オペラシティコンサートホール

ご存じない方のためにこのオケについて簡単にご紹介しよう。日本ではアカデミー室内管弦楽団という名称が定着しているが、英名は Academy of St.-Martin-in-the-Fields である。この St. Martin in the Fields は、恐らくは聖マルティノという聖人に因んだ教会なのであるが、ロンドンにその教会はあるはず。今、充分調べる時間がないが、ナショナル・ギャラリーに面するトラファルガー広場に、その名前の教会があったと記憶する。正しいか否か保証はしかねるが (笑)、私の知識の範囲では、そこを拠点とする室内管弦楽団 (別に部屋の中で演奏するという意味ではなく、室内楽的な小さい編成という意味。あ、念のためです。笑) である。私は昔からこの日本名に違和感を抱いているのだが、まあ確かに聖マルティノが誰だとかどこの教会に属するとかいったことはどうでもよいので、まあ、この名称でも目くじらを立てる必要はないのかもしれない。
マリナーは、1958年にこのアカデミー室内管弦楽団を創設。夥しい数のレコーディングを残し、1978年にはその音楽監督の地位を女性コンサートマスターのアイオナ・ブラウン (最近名前を聞かないが、どうしているだろうか・・・と思って調べたら、昨年逝去したらしい) に譲り、ミネソタ管弦楽団やシュトゥットガルト放送交響楽団という名門を率いた指揮者である。最近の彼はこんな感じ。90 を越えているとは思えないほど元気である。


プロコフィエフ : 交響曲第 1番ニ長調「古典交響曲」作品25
ヴォーン・ウィリアムズ : タリスの主題による幻想曲
ベートーヴェン : 交響曲第 7番イ長調作品92
簡単に総括すると、なんとも聴きごたえのある、よい演奏であった。明らかにこのオーケストラはこの指揮者のために全身全霊で演奏をし、またある意味の鷹揚さをもってそれを操縦したヴェテラン指揮者の面目躍如たるものがあった。全体を通してテンポは概して速めで、プロコフィエフの終楽章やベートーヴェンの両端楽章では、昨今ではむしろ珍しいことに提示部の反復もなく、とにかく勢いを重視した演奏であったと思う。
プロコフィエフの「古典交響曲」は作曲者 26歳の若書きであるが、なんとも清々しい名作だ。私はマリナーとアカデミーによるこの曲のレコードを学生時代から持っていた (メインはビゼーの交響曲であったと記憶する)。本当に楽しい曲であるが、昔から録音では散々聴いてきたこのオケが現在でも高い水準を保った楽団であることを実感できる、なんとも楽しい演奏であった。楽員の間からも目配せや笑みのこぼれる演奏は、日本のオケではまだほとんど聴くことができない。英国らしいウィットということなのかもしれないが、管も弦も、この曲の持ち味を最大限生かすことを目標としているようで、まさにかゆいところに手が届く演奏だった。
2曲目のヴォーン・ウィリアムズの曲も親しみやすい名曲。私はいつもこの曲を聴いて、久石譲の手になる「風の谷のナウシカ」の音楽を思い出してしまうのだが、一般の人々にとっても耳に心地よい音楽だろう。この作曲家、シンフォニーはあまり面白くないので、この曲と「グリーンスリーヴスによる幻想曲」だけでもまずは楽しみたいと思う。編成は弦楽器だけで、しかも 2群に分かれていたり、弦楽四重奏が出てきたりと、それなりには凝っている。ここで鳴る弦の音は本当に美しい。私はこれまでマリナーの実演では、どうにも平板な印象をぬぐえなかったのであるが、自ら結成したこのオケとの相性がよいのか、それとも曲との相性がよいのか、ここで聴かれる音楽には何か真実の美がある。あぁ、遠く英国から来た演奏者たちが、桜がほぼ散ってしまった東京でこんなにたおやかな演奏をしてくれているのだと思うと、何やら胸が熱くなるのを抑えることができなくなってしまった。
そして最後のベートーヴェン 7番。弦楽器はコントラバス 2本の極小編成。管楽器も各 2本ずつだが、唯一ホルンのみは 4本であった。昨今のオリジナル流行りとはちょっと異なる、ヴァイオリンの左右対抗配置も取らなければ、ヴィブラートもかける演奏であったが、まあスタイルがどうあれ、うーん、90を超えてこれだけ新鮮な音楽を奏でるとは、実際驚きである。この呼吸の良さはなかなかないであろう。こんなことを言うと不謹慎かもしれないが、マリナーが各地の通常オケと行ってきた演奏は、やはり古巣での演奏には叶わないのではないか。もともと彼は大きな身振りで指揮するタイプではないが、この室内オケのメンバーはそのメッセージを最大限理解してニュアンス抜群の音にするのである。もちろん、この激しい曲の終楽章では息が上がるほどの熱狂的な指揮ぶりを示したマリナーであるが、そこには明らかにオケに対する最大限の信頼があったと思う。聴いている方にもその信頼感が伝わってきて、誠に充実感溢れる演奏となった。
このベートーヴェンを聴いている最中から、アンコールがあるとしたら何だろうと考えた。この編成でこの流れなら、最もふさわしいのはモーツァルトの「フィガロの結婚」序曲であろう。と思っていたら、予想的中。やはりキビキビしたテンポで「フィガロ」が演奏された。ところがこれで終わらない。2曲目のアンコールは、あの「ロンドンデリーの歌」(ダニーボーイ)。これは実に胸に迫る演奏であった。過度に感傷的というわけではないが、マリナーとアカデミーを日本で聴く最後の機会と思うと、いや、そんなことを思わずとも、万人が胸にぐっと来る曲であり演奏である。ほぼ弦楽合奏だが、最後にホルンが入る (このためにホルンを 4本用意した???) あたりで客席を見渡すと、涙をぬぐっている人たちの姿がそこここに見られた。ここで私は実感する。マリナーの「平板」な演奏は、彼の美質の裏側であったのだ。やはり N 響との演奏だけでは分からないことを、今回の演奏で理解することができた。指揮者とオーケストラの不思議な関係は、言葉でなかなか説明できないものの、確実に存在するのだ。このような経験を一度でもすると、今後のマリナーの演奏への接し方が変わって来る。そうだ。これだけ元気な彼のこと。まだまだ来日を続けて欲しい。
終演後にサイン会があった。この手のサイン会は CD の購入者が対象になる場合が多く、今回面白かったのは、終演後に CD 売り場に人々が殺到していたことだ。つまり、演奏を聴いてから CD の購入とサイン会への参加を決めた人が多かったということか。そして驚くべきことに、マリナーのサインを求める人たちは、一方向の列に収まらず、折り返してまた長々と続いたのである。






