2016年 04月 19日
安田 寛著 : バイエルの謎 日本文化になったピアノ教則本

ピアノを習ったことのない私にとっては、バイエルの教則本の内容がいかなるものであるかを知る由もない。だが、幼少の頃にピアノを習う人が、まずはこのバイエルから入って、ブルグミューラーやらツェルニーに移って行くということはもちろん常識として聞いたことがあり、このバイエルの教則本が全然面白くないという話もよく耳にする。だからバイエルの名前は、強制された習い事の象徴のようなイメージがあり、であるからこそ、一体それがどういうものであるのか、また、一体どういう人がそれを作ったのか、なぜそれほどメジャーであるのか、なんとも気になるのである。ふと立ち寄った書店でこの本を見かけたとき、ちょっと読んでみるかと思ったのはそのような背景による。結論から申し上げれば、この本は滅法面白く、著者の実体験を書き綴っているだけに、下手なミステリーよりもよっぽど楽しめるのである。クラシック音楽に全く関心のない人にはお勧めしないが、少しでも興味がある人には、読んでみて絶対損はないとお勧めしたい。これらは日本で出版されているバイエル教則本の例。


この本の著者、安田寛 (ひろし) は 1948年生まれなので今年 68歳の音楽学者。国立音楽大学の修士課程を修了、各地の大学で教鞭を取り、現在は奈良教育大学の名誉教授。ほかの著書には日本の唱歌のルーツを讃美歌に結び付けるような内容が見受けられるので、このバイエルの探求も、結果的にはその流れの中にある。ライフワークということなのだろう。
そのライフワークにかける著者の執念がたどり着いた結論は、なんとも達成感のあるものである。その箇所に至ると、見も知らぬ著者に対して握手を求め、「本当によかったですね」とねぎらいの言葉をかけたくなるのである (笑)。それから、その艱難辛苦につきあった挙句、全編の最後に記述されたエピローグにおいて、読者はインターネットの利便性を思い知るとともに、その逆説として、利便性度外視で情熱を傾けて多くの徒労を経ながら真実に近づくという行為の尊さに思い至る。ここでネタバレは避けるが、この本を読まれる方には、その表現があながち大げさでないことをお分かり頂けると思う。願わくばこの本の著者のごとく、真実を追い求める真摯さを心のどこかで持ち続けたい。そして大きな仕事を成し遂げたい。読む人にそのような思いを抱かせる書物であり、その点では非常に勇気づけられる。一方で、人間の営みが限られた生の期間にのみ行われることに思い至り、一縷の無常観とともに本を置くことになることも事実。そしてしばらくすると、正が限られているからこそ、真摯な姿勢で生きることに意味があるのだということにも気づかせられるのだ。
それにしても、何事にも歴史があることを思い知る。星の数ほどの人間が生まれ、死んで行く。この世に痕跡を残す人もいれば全く残さない人もいる。痕跡を残しても歴史によって忘れられて行く人もいる。この本の本当の感動はそこにある。私がここで唐突に思い出すのは、名匠ヴィム・ヴェンダース監督の映画、「パレルモ・シューティング」だ。


