2016年 04月 30日
準・メルクル指揮 新日本フィル (ヴァイオリン : 豊嶋泰嗣) 2016年 4月29日 サントリーホール

準・メルクルは、ドイツ人の父と日本人の間に生まれたドイツ人指揮者。1959年生まれの 57歳だ。オペラとオーケストラの両面で世界的な活躍を続ける現代の名指揮者のひとりである。

ドビュッシー : 民謡の主題によるスコットランド行進曲
ブルッフ : スコットランド幻想曲 (ヴァイオリン : 豊嶋泰嗣、ハープ : 平野花子)
メンデルスゾーン : 交響曲第 3番イ短調「スコットランド」作品56
ふーむ、これは誰がどう見てもスコットランド縛りである。なぜにスコットランドなのかよく分からないが、私の期待はなんと言ってもメインのメンデルスゾーンだ。無駄がなくすっきりしたメルクルの音楽性にはぴったりだと思うからだ。
最初のドビュッシーの曲はもともとピアノの連弾用の曲で、1890年、作曲者 28歳の若書きだ。今手元に音楽之友社のドビュッシーの伝記を持ってきてパラパラ見てみると、この頃、歌曲やピアノの小品を作曲して出版することでなんとか生活をしていた彼は、スコットランドの旧家の子孫からの行進曲の委嘱を喜んだという。ドビュッシーは学生時代の 1880年に、あのチャイコフスキーのパトロンとして名高いフォン・メック夫人が家族とともにヨーロッパに滞在する際に、娘のための家庭教師ピアニストの役を務めたことがあって、そのときに家族での演奏用であろうか、いくつかピアノ連弾曲を書いたり、「白鳥の湖」をピアノ連弾用に編曲したりしている。余談だが、チャイコフスキーの名作、交響曲第 4番は 1877年の作で、ドビュッシーはこの当時の「最新作」をフォン・メック夫人を通じて知ったらしい。ドビュッシーが「牧神」とともに近代に目覚める前には、このような下地があったわけだ。ところでこのスコットランド行進曲は 5分くらいの短い曲で、さほど印象的な内容でもないが、暗譜によるメルクルの指揮は非常に明快で、オケもよく乗っていた。上々の滑り出しである。
2曲目のブルッフのスコットランド幻想曲は、この作曲者の作品としては大変有名なヴァイオリン協奏曲第 1番には劣るものの、そこそこポピュラーな曲である。これは協奏曲とは題されていないが、実質的にはヴァイオリン協奏曲に近く、ハープもオケのパートにしては重要な役割を担う。ヴァイオリン独奏は、このオケのソロ・コンサートマスターであり、サイトウ・キネン・オーケストラでも活躍している、豊嶋泰嗣 (やすし)。この人、随分以前からずっとこのオケのコンマスであるが、調べてみると、1964年生まれで、1986年に桐朋学園を卒業と同時にその地位に就任したらしい。実にもう 30年ということになるわけだ。彼のヴァイオリンはいつでも非常に艶やかである。指揮のメルクルともども、様々に移り変わる曲の表情を巧まずして表現していて、充実した演奏であった。

終演後にサイン会があるというので並んでいると、楽員たちとともにメルクルも熊本地震の募金集めのために一旦ロビーに出て行き、それが終わるとすぐに走って (!) 戻ってきてサインに応じてくれた。先刻終えたばかりの熱演の痕跡を如実に残す汗をかき、火照った顔をしているにもかかわらず、実に丁寧な対応であった。手元に金、黒、白とあるペンを指して、たどたどしい日本語で「ドノイロ?」と訊くので、「ア、キンイロデ、オネガイシマース」と、あ、いや、普通に日本語で「金色でお願いします」と言うと、このようなサインをしてくれた。気取りのない、親しみやすいマエストロである。新日本フィルの来年度の定期演奏会には登場しないようだが、このオケとの相性は大変によいと思う。またこの組み合わせを聴いてみたいものである。



