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黄金のアフガニスタン 守り抜かれたシルクロードの秘宝 東京国立博物館

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既にこのブログで触れた通り、GW 中に東京都美術館の若冲展に行った際、あまりの混雑に辟易して東京国立博物館 (通称「東博」) にダイバート (?) して、先に記事をアップした黒田清輝展と、それからこの展覧会の 2つを見たのである。別に負け惜しみで言うわけではないが、どちらも行きたいと思っていた展覧会であったのだが、見終って、いずれもその内容の充実ぶりに圧倒されたのだ。その意味では、立て続けにこれらの展覧会を経験できたのも若冲さんのおかげ。感謝しないといけませんな。ところで黒田清輝展はもう終わってしまったが、この「黄金のアフガニスタン」展は 6月19日まで開催中。なので、このブログをご覧頂く方で本展に興味をお持ちの向きは、是非お出かけになることをお薦めする。

まずこの展覧会で珍しいのは、東博の中でも普段あまり使われることのない建物、表慶館での開催ということだ。
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この表慶館、1900 (明治 33) 年に、時の皇太子、のちの大正天皇のご成婚を記念して計画され、片山 東熊 (とうくま) の設定により 1909年に完成した建物で、この東博の本館と並んで重要文化財に指定されている。片山東熊と言えば、最近一般公開が始まって話題の (そしてこちらは国宝!! の) 赤坂迎賓館の設計者として有名である。内部は絢爛豪華というわけではないにせよ、さすが由緒ある建物だけあって、こんな感じで大変優雅である。
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今回ここで展示されているのは、アフガニスタンの遺跡で発掘された貴重な文物の数々。首都カブールにあるアフガニスタン国立博物館の所蔵品だ。さてこのアフガニスタン、まず地理的な位置を確認しておこう。広大な中国の西、中東の手前の中央アジア地域の国である。この地図はアジアだけなので、ヨーロッパの国々は描かれていないが、まさにユーラシア大陸のど真ん中であることが分かる。
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上記の地図からも分かる通り、この国は古くからの文明の十字路であり、多重的な歴史を持つが、近年ではタリバンによる実効支配やアメリカによる空爆・侵攻により、世界有数の紛争地帯となったことは記憶に新しい。また文化面においては、世界遺産に指定されていたバーミャンの大仏 2体が、タリバンによって完全に破壊されてしまったことはなんとも痛々しい事態として世界に衝撃を与えた。私は子供の頃からこのバーミャンにはいつか行ってみたいという夢を持っていたので、2001年の大仏破壊には本当に深いショックを受けたものだ。それ以前にイスラム教徒によって顔を削られていたとはいえ、それがまた残った部分の尊さを増していたとも言える。しかるに完全に破壊されてしまうとなると、これはもう全く取返しのつかない最悪の事態。未だに私の心は痛んだままだ。これが在りし日の大仏のうちの 1体。
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以前 (2008 - 9年頃)、私が仕事でつきあいのあったドイツ人は、その頃はアフリカの会社の社長を務めていたが、その前にはアフガニスタンの会社でやはり社長だったという。危なくなかったのかと尋ねたところ、平然とした顔で、「ホテルで打ち合わせしていたら、すぐ近所で爆弾が爆発して皆大騒ぎだったよ」と言っていた。その人は特別にふてぶてしかったのであるが (笑)、実際問題、シャレにならない命の危険が常に存在したそのような国の戦乱の中、文化財を守るということはいかに困難であることか。実はこの展覧会、「守りぬかれたシルクロードの秘宝」という副題がついているが、その意味は、戦乱の中で破壊や散逸の危機に見舞われ、実際にそのような事態が起こる中、学芸員たちが命の危険を冒してまで安全な場所に保管したことによって、なんとか守られた貴重な文化財を展示しているということである。実に貴重な展覧会なのだ。

この展覧会をご紹介する前に書いておきたい私の常日頃の持論がある。アジアの端に暮らす我々は、往々にしてアジアとヨーロッパの文化は全く異なるものと思いがちだが、意外と共通点が多いのだ。それは当然すぎるほど当然なことで、ユーラシア大陸は一続きであって、アジアとヨーロッパの間では古くから人々の盛んな往来があったわけだから、地域を越えて共有しているものや、地域間の影響関係は当然にある。但し、気候や民族性、周辺国との関係、そして宗教的な面での違いが、地域・国による差異を生み出し、時の流れとともにそれぞれの文明の発展によってその差異が広がってきたわけである。なので、文明の源流を辿ると、そこには多くの新鮮な発見があるものだ。この展覧会はまさにそのような機会なのである。

展覧会は 5部構成で、以下のようになっている。第 5部以外は遺跡の名前である。栄えた時代の順番になっているようだ。
1. テペ・フロール
2. アイ・ハヌム
3. ティリヤ・テペ
4. ベグラム
5. アフガニスタン流出文化財

まず第 1部のテペ・フロールは、1966年に農民たちが多数の金銀器を発見した遺跡。だが、正式な発掘調査ではなかったので出土品の管理もほとんどできなかったらしく、この遺跡の実態はほとんど分からないという。だが、この幾何学文脚付杯 (紀元前 2100 - 2000年頃) などの模様から、メソポタミア文明とインダス文明の交流が知られるという。うーむ、4000年前の人類の文明のダイナミズム。
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第 2部で紹介される遺跡、アイ・ハヌムは、紀元前 323年にアレクサンダー大王が死去したあと、その後継者を名乗る軍人たちに帝国が分割された頃にできたギリシャ人の都市であるとのこと。この地域は当時バクトリアと呼ばれており、このアイ・ハヌムはその中心都市のひとつであったらしい。神殿は、バビロンやアケメネス朝ペルシャといった西アジアの宮殿の様式を持っており、行政・居住区画と中庭が複合的に連なっていたが、興味深いことに、ギリシャ様式も取り入れらていて、コリント式の柱頭を持つ列柱が使われ、ギリシャ語が使われていた。その柱頭とギリシャ語刻銘付石碑台座。
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また、このキュベーレ女神円盤 (紀元前 3世紀) は非常に興味深い。ライオンが曳く車に乗っている女神キュベーレ (冠をかぶっている) は地中海世界に起源を持つ図像。その隣で車を御している翼のある女神は勝利の女神ニケであり、これはギリシャのもの。左端で日傘を持っているのは神官で、これは西アジア風。この小さい円盤の中に多様な文化の混じり合いがあるのだ。
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こんな可愛らしいヘラクレス像もある (紀元前 150年頃)。
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それから、日時計も発掘されていて、紀元前のこの土地の文明度に驚かされるのだ。
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第 3部、ティリヤ・テペは直径 100m、高さ 3 - 4mほどの遺丘 (これをテペと呼ぶらしい)。拝火教神殿や 6つの墳墓が発掘されている。この展覧会ではこれら墳墓からの発掘品の数々が並べられており、その多くは金細工であって圧巻だ。ひとつひとつ見て行くと本当に興味が尽きない。すごいのはこのドラゴン人物文ペンダント。金、トルコ石、ラピスラズリ、ガーネット、カーネリアン、真珠からなる。これも 1世紀のものというから恐れ入る。
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これは戦士像留金具。西洋でもない東洋でもない。なにか文明の根源といった印象の意匠である。
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靴留金具。複雑な作りだし、この人物の表情がなんともよいではないか。「あらよっ、怪獣に車を曳かせてます」という感じ。
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この牡羊像も素晴らしい。角を強調しているようだが、その表情は何かもの言いたげだ。「旦那、私は車は曳きませんぜ」ってか。
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これは短剣三本入鞘。スキタイ風というか、遊牧民の手になる雰囲気があるが、黄金地にトルコ石に卍模様に龍と、アジア的でもあり、中世ヨーロッパ的でもある。まさに文明の混交の産物ではないか。
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このアフロディーテの飾り板はどうだろう。なんとも強い表情だ。これは 6号墓の副葬品であるが、被葬者は 20歳前後の若い女性で、これは胸の中央に置かれていたもの。ほかにもキューピッドの耳飾りや女神のペンダントとオシャレだが、面白いのは胸の上にはさらに、中国・前漢時代の鏡が置かれていたそうだ。まさに文明の十字路!!
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そしてこの人物のかぶっていた冠がこれ。私はこれを見て、「あっ、これは古代韓国の冠だ!!」と声をあげてしまった。慶州あたりの古墳から出てきたものとそっくりではないか。
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今、この展覧会の図録を見てみると、奈良の藤ノ木古墳から出土した冠との類似が説明されている。その藤ノ木古墳の冠を復元したものがこれだ。もちろんこの展覧会には出品されていないが、まさに文明の伝播を実感する類似ではないか。
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と、興味尽きないティリア・テペの発掘品に感嘆の声をあげつつ、次の第 4部、ベグラムのコーナーに入ると、これはまた全く異なる内容で驚くのだ。年代を見てみると、ティリア・テペと同じ 1世紀となっているが、こちらは明らかにインド風であるのだ。例えばこれは、象牙製の「マカラの上に立つ女性像」。一種異様な生々しさで、その生命力に身震いする。
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これも象牙製の「門下に立つ女性の装飾板」。インドのサンチーの大塔の彫刻を思わせるではないか。そうか、この時代、既に仏教は生まれていて、インドから北西にも伝播していたのだな。なんというダイナミズムか!!
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そしてアフガニスタンの遺跡で侮れないのは、同じベグラムからの出土品から、全くヨーロッパ風のものもあるということだ。これは、「エロスとプシュケーのメダイヨン」。なんというリアルさ。ルネサンスのデラ・ロッビアを思わせるというと言い過ぎかもしれないが、これを作った人は天才であったろう。
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面白いのはこれだ。
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これは「魚装飾付円形盤」で、青銅の円盤の上に魚が浮き彫りのようになっている。実はこれは可動式で、紐が貫通して円盤の下につながっており、そこに重りがついていたらしい。円盤を回すとその重りによって魚が動くという楽しい仕掛け。会場には復元した円盤が置いてあり、実際に動かしてみることができる。考えてみれば、アフガニスタンは内陸の国で、海など見たことのない人がほとんどであっただろう。2000年前の人間の想像力に脱帽だ。

第 5部では戦乱の時代にアフガニスタンから流出してしまった文化財なのであるが、なんと、わが国に不法に入ってきたものであるようだ。よく知られているように、日本画家の故・平山郁夫は、この事態を嘆き、「流出文化財保護日本委員会」を設立してそのような文化財の収集・保護に努めた。そして 102点の文化財が近くアフガニスタンに返還されることになり、この展覧会ではそのうち 15点が展示されている。このような大理石のゼウスの足が、その痛々しい歴史を語っているが、そのゆるぎない存在感はどうだ。
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このように、アフガニスタンという国の歴史を物語る、素晴らしく多様性に富んだ貴重な文化財、東洋と西洋の混じり合う独特の美の世界を堪能する貴重な機会であった。人間の歴史においては、いかに栄えた文明でも、戦乱や経済の浮沈によって、残るもの消えるもの、様々だ。だが、このユーラシア大陸の巨大な文明の力は、何千年経っても命枯れることなく、脈々と保たれている。形あるものはいつか滅びるとは言うけれど、人々の努力によってその命が長らえることもあるのだ。世界で起こっている悲惨な現実を前にしても、せめてそのような思いを、なるべく忘れたくないものである。

by yokohama7474 | 2016-05-28 02:31 | 美術・旅行