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セイジ・オザワ松本フェスティバル ファビオ・ルイージ指揮 サイトウ・キネン・オーケストラ 2016年 8月19日 キッセイ文化ホール

セイジ・オザワ松本フェスティバルのオーケストラコンサートBプログラムの演奏会である。前日のAプログラムの前半に続き、指揮を執るのはファビオ・ルイージ。曲目はマーラーの交響曲第2番ハ短調「復活」である。
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彼は一昨年のオペラ「ファルスタッフ」でこの音楽祭に初登場した後、昨年はオーケストラ・コンサートで、ハイドンの82番「熊」とマーラー5番を指揮。その演奏については、昨年8月29日の記事でもご紹介した。そして今年もこの音楽祭に登場し、昨年に続いてマーラーの大作を指揮する。もともと音楽総監督である小澤征爾の名前と行動力に大いに依拠してきた音楽祭であり、日本人の若手から中堅を中心に何人もほかの指揮者が登壇したことはあるものの、3年連続で指揮するのはルイージが初めてであろう。人選にはいろいろな要素があって簡単によい悪いを決めつけるのは避けたいが、ここに登場する小澤以外の指揮者は、日本人でない方が何かと「座りがよい」ということもあるのかなぁ・・・、などと勝手に思いを巡らせている。まあともあれ、ファンとしては、ただ虚心坦懐に彼らの音楽に耳を傾けることで充分である。昨年の5番も熱演であったが、今回の2番は合唱・独唱を含むさらに規模の大きい作品であるだけに、ルイージとサイトウ・キネン・オーケストラの共演の成果に期待大である。これはリハーサルの様子。
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ルイージの音楽を聴いていつも感じるのは、どのような音楽においても、流麗な流れを作り出すことによって過剰な情緒性を排除し、メリハリをつけた音響によるドラマを過不足なく描き出すということだ。昨年のマーラー5番はまさにそのような演奏であったが、今年の「復活」も全く同じ印象だ。彼のマーラーは、日本人が大好きな(私もそのひとりだが)バーンスタイン的な混沌としたものではなく、もっと見通しがよくて切れ味のよいものになる。よいオーケストラで、またよいホールで聴けば、彼の音楽にはうむを言わせぬ説得力がある。今回の演奏、正直なところ、後者の「よいホール」という点に関しては、「あぁ、これがサントリーホールだったら!!」という思いに捕らわれたが、前者の点、「よいオーケストラ」という意味では、これはもう大満足と言ってよいであろう。私は昨年の記事で、管楽器の大部分を外国人が占めるという現状が、そもそも桐朋出身者による、小澤言うところの「同じ釜のめしを食った仲間」というサイトウ・キネン・オーケストラの理念に反するゆえ、その評価はよく考えるべきではないかといった厳しい内容のことを書いた記憶がある。だが、これをご覧頂く方に誤解頂きたくないのは、日本におけるクラシック音楽のイヴェントとしてのセイジ・オザワ松本フェスティバルの価値を考える上で、また、今後の発展を考える上で、このような問題意識には意味があると思うからこそ、人によっては異論もあろうことを承知で、昨年あえてそのようなことを書いてみたわけである。だが今回の演奏会を聴いて私の考えは変わってきた。つまり、質の高い音楽体験をするには、演奏家や裏方さんや資金や会場やあるいは聴衆の質に至るまで、様々な要素が必要になるわけだが、別に「日本人によるベストの演奏」にこだわらずとも、「日本で聴けるベストの演奏」でもよいではないか。つまり、弦楽器はたまたま日本人だけでも世界一流に伍していけるならそれでよし、管楽器については、日本人のトップの人たちと外国から参加するメンバーの混成がベストなら、それを続ければよい。但し、その海外からの参加者が、ただ金のためにやってくるのではなく、ここ松本での演奏に充実感と意義を見出してくれる必要があろう。その意味でこの音楽祭の成功を象徴するようなコメントを、例のホルンのラデク・バボラークがプログラムに載せているので、一部抜粋する。

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松本は本当に美しいところ --- 伝統に溢れ、温かくフレンドリーで、フェスティバルの期間はいつも、音楽と、音楽を導くインスピレーションに満ちています。(中略) 舞台上では高い集中力と純粋な喜び、そして終演後は、温泉や、あるいは居酒屋で、美味しい食事とビールとお酒と焼酎で愉快な打ち上げ! (中略) 松本はいつでも、地上の楽園です。
UNQUOTE
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海外から参加してくれるメジャープレーヤーがこのように感じてくれていることこそ、この音楽祭の大きな価値であり、それはそれで大いに意味があることではないか。聴く側にとっては何より、現在の日本のオケにおける課題である金管楽器の演奏にハラハラせずに聴けるだけでも、やはり海外メンバーをずらりと揃える意味はあろうというものだ(笑)。これは揶揄して言っているのではなく、日本のオケにもさらなる向上を期待したいがゆえのコメントだ。

さて、ルイージの指揮に話を戻そう。低弦の大地を揺るがす響きで始まるこの曲、冒頭から既に過度な重量感は排除されているのを感じる。だが決して弱々しい音楽ではなく、盛り上がる箇所は充分な燃焼度を持って盛り上がる演奏である。出色は第2楽章で、音色は微妙に変化し、アクセルとブレーキを交互に踏みながら、ふと窓の外を見ると情景が変わっているといった感じの演奏。オケとの呼吸が合わないとこのようにはいかないであろう。ただ、ひとつ不満があったのは、合唱団と独唱者を、第2楽章と第3楽章の間に登場させたことだ。この曲はいわば第1楽章が第1部、残りの部分、つまり第2・3・4・5楽章が第2部という構成になっていて、作曲者自身、第1楽章終了後に少なくとも5分の間をあけることと指示している。従い、レントラー舞曲の第2楽章が終わってすぐにティンパニがドドンと鳴って第3楽章スケルツォに入って行くというその呼吸が大事であって、そこに合唱団と独唱者の入場時間を入れることで、音楽の流れは台無しだ。だが、そのような不満もつかのま、第3楽章の勢いよい皮肉な音楽から静かに第4楽章に移行する頃には、また流麗な音の流れが脈打っており、そうして怒涛の第5楽章に突入したのであった。
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今回の独唱者は、まずアルトが、日本が世界に誇る藤村実穂子。実は、もともとはクリスティーン・ゴーキーというやはり世界的な歌手の出演が予定されていたところ、体調不良により降板したため、藤村が登場したもの。いやしかし、これ以上ない代役が見つかったものである。安定感は抜群だ。
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そしてソプラノが、二期会の三宅理恵。この演奏では独唱者も合唱団(OMF合唱団)も全員暗譜であったが、彼女は合唱の中からソプラノのソロパートが浮かび上がるとき、両の掌を胸の前で合わせ、つまり合掌をしながら、美しくソロを歌いあげた。この曲のソプラノには大した見せ場があるわけではないが、合唱団との一体感と、ときにそこから浮かび上がる声量と技量が必要なので、意外と難しいであろう。それゆえ、彼女の自主性溢れる歌唱は素晴らしいと思った。
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このように音楽は進んで行き、いつ聴いても鳥肌立つような強烈な大団円に至る。ヴァイオリンが全身で高揚感を作り出し、管楽器が輝かしく鳴り響き、オルガンまで入るあのめくるめく音響は、本当にひとりの人間が、頭の中に鳴り響いていたものを紙に書いたとは思えない神々しさである。日本ではかなり頻繁に演奏されるマーラーの人気曲であるが、今回の演奏ほど奏者がそれぞれの持ち場で力を発揮する演奏には、そうそう出会えるものではない。ルイージとサイトウ・キネン・オーケストラは、夏の松本で、またひとつ大きな足跡を残したのであり、終演後には多くの聴衆がスタンディング・オベイションで演奏者たちの熱演を称えたのであった。きっとその後の居酒屋での打ち上げにおける「ビールとお酒と焼酎」は、さぞやおいしかったことでしょう!!

コンサートとは直接関係ない蛇足情報をひとつ。この音楽祭では例年、前年の成果を横長の冊子にまとめ、会場や街中の書店で販売している。豊富な写真や演奏の論評や、ここだけでしか手に入らない演奏の一部を収めたCDと、大変に内容豊富で、私は毎年楽しみにしているのである。ところが今年は会場でも書店でもその冊子を見かけなかったので、キッセイ文化ホールでグッズが販売されているコーナー横のInformationと表示のある場所にいた人に訊いてみると、音楽祭事務局では2,000円で販売しているという。ホール1階の事務所に連れて行かれ、段ボール箱から1冊出してもらって購入することができた。
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但し、今年から付録CDはついていない。なぜ売店で売らないのか尋ねたところ、フェスティヴァルのグッズという扱いではなくなったからとのこと。よく意味が分からないが、もしかすると、松本市の予算を使用している以上、なんらかの成果物が必要で、そのために毎年作成されているのかもしれない。それに、これは前年の内容に関するものなので、前年の演奏会やオペラに来ていない人にとっては、その場で買い求める意味があまりないとも言える。なので、あまり売れ行きもよくなかったのかもしれない。だが、私にとってみれば昨年の思い出として是非欲しかったもの。もし同様の思いをお持ちの方がおられれば、参考情報として下さい。

さて、既にして来年のプログラムが気になるセイジ・オザワ松本フェスティバルだが、せっかく5番、2番とルイージのマーラーを続けて演奏したのだから、これは是非ともシリーズ化して欲しい。ついでに東京でも2回か3回演奏会を開いて頂いても、絶対満員になると思う。今後のフェスティヴァルの発展のため、日本の音楽界のさらなる向上のため、なんとかそのようにして頂けないものであろうか。バボラークさん、東京にもよい居酒屋、沢山ありますよ!!

by yokohama7474 | 2016-08-20 12:43 | 音楽 (Live)