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特別展古代ギリシャ 時空を超えた旅 東京国立博物館

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6月21日から開催中のこの展覧会、約3ヶ月近い期間も9月19日、つまりこの3連休で終わり。これは明らかに今夏行われたリオデジャネイロ・オリンピックの開催に合わせて開かれたものであろうと思うのだが、なんとなくそれほど大反響を呼んでいるようでもなかったこともあり、なかなか足を運ぶ機会がなかった。だが、展示品が実に325点、そのうちの9割が日本初公開となると、まぁそれは行っておかないといけませんね、と自分に言い聞かせ、例によって会期終了間近になってようやく現地に赴くこととなった(今後、長崎と神戸を巡回)。

私はギリシャには一度だけ行ったことがあるのだが、出張で訪れたアテネで、午後の空いた時間を使ってパルテノン神殿や博物館を見ただけである。それでも、ヨーロッパ文明発祥の地をこの目で見ることができたことは、今に至るも私の人生において大きな糧となっている。ただ、何分にも古い文明の遺跡であるので、パルテノンにしても、歴史の風雪になんとか耐えて、執念でかろうじて立っているという痛々しさを感じざるを得なかった。その後ヨーロッパ文明の中心地となったローマの壮大な遺跡群に比べると、街の規模も遺跡の残存具合もかなり差があり、華麗なるローマが日本における京都だとすると、アテネは古い奈良に喩えられるのではないかとの印象を持ったものだ。だが、ギリシャは多くの島からなる国であり、それぞれの都市国家が覇を競った場所。ほんの数時間アテネを歩いただけでは、もちろんその奥深さは分かろうはずもない。今回のような大規模な展覧会で、ギリシャ各地の時代も様々な遺品を目にすることで、見えてくることがあるだろう。こんな風景を思い浮かべて会場を歩こう。
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ところで、世界四大文明という範疇がある。言わずとしれた、メソポタミア文明、エジプト文明、インダス文明、黄河文明である。先史時代のことはまだまだ分からないことが多いが、紀元前 3,000年前後をこれらの文明が栄えた時代とすると、実はギリシャ文明もその頃には既に栄えていたらしく(エーゲ文明)、改めて考えれば、なぜギリシャ文明は四大文明に入らないのか、少々不思議である。私が時々取り出しては眺めている、高校時代に教材であった昔懐かしい吉川弘文館の「標準世界史年表」(横長の見開きで、ある時代に世界各地で何が起こっていたかを同時に見ることのできる年表) を開いてみると、最初のページにこれら四大文明やギリシャ文明が並んでいる。もっとも、そもそもこの四大文明という奴は既に古い概念であるとはよく聞く話だし、ネット上で「なぜギリシャは四大文明に含まれないのか」という疑問に対する答えを探すことはそれほど困難ではない。いずれにせよ、近代から現代に至るまで世界をリードして来た(今後何百年かの間にどうなるかは神のみぞ知るだが・・・、そもそも、どの神だよという点から話が始まるが 笑)ヨーロッパという地域で、名実ともに最初の高度な文明であることから、ある意味で別格扱いというのが西洋人の整理なのかもしれない。尚、「世界四大文明」という考えは、19世紀に中国の学者が言い出したということらしく、そうであれば、東洋に重点のある分類には、それなりの反西洋の意図があったと解釈するのは無理のないところだろう。

ともあれこの展覧会、さほど大きな作品は来ていないし、とにかくそれを見なければ一生悔やむような絶品がズラリと並んでいるかと言えばそうでもないのだが、それでも興味深い作品が多く、また体系だった分類で数々の展示品を並べており、ギリシャ文明のダイナミズムはよく理解できる。構成は以下の 8部。
1. 古代ギリシャ世界のはじまり
2. ミノス文明
3. ミュケナイ文明
4. 幾何学様式 ~ アルカイック時代
5. クラシック時代
6. 古代オリンピック
7. マケドニア王国
8. ヘレニズムとローマ

なにせ展示品数325の大展覧会である。細かくご紹介して行くときりがないし、それぞれのセクションについてまとめるのも相当に骨が折れる。よって、川沿いのラプソディ(つまり、狂詩曲ですな)のタイトルを言い訳として、思いつくまま、興味深い展示品を適宜採り上げて行きたいと思う。

最初にお目にかけたいのは、このお尻。
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デフォルメされたなんともキュートなお尻であるが、後期新石器時代、紀元前実に 5300-4500年の制作と見られ、キュクラデス諸島のサリアゴス島の出土である。「サリアゴスの太った女性像」と呼びならわされているらしい。もちろん生命を生み出すのは女性であって、人間が自らの姿態を表し始めた時代には、生命の源に意識が行ったということなのだろうが、でも、こんなに尻を強調しなくても(笑)。もしかしたら、作った人たちもこれを見てゲラゲラ笑っていたのでは、と思いたくなる。見る人を幸せにするお尻である。それから、これはどうだろう。
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何やら顔のようにも見えるがさすがにそうではなく、乳房を持った粘土の容器である。このような形の容器はアンフォラと呼ばれ、展覧会ではこれを「乳房型突起装飾アンフォラ」と表記している。初期青銅器時代、紀元前2300-2000年頃の作品。私は本当に不思議に思うのであるが、アンフォラは実用的な容器であったはずなのに、なぜにこのような装飾を施したのであろうか。豊穣を祈った儀式的な発想なのだろうか。でもこのような作品を作った芸術家は、もしかしたら「いやらしい」「持つときに邪魔だよ」といった避難を回りから受け、でも自分の信念を貫いた勇気ある人だったのかもしれない(?)。いやそれにしても不思議な容器である。それから、このサントリーニ島出土の水差しは、乳首がついているのだが、水差しなのに胸を張っているではないか(笑)。紀元前17世紀のもの。すごい想像力だ。
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この展覧会では様々な容器や装飾品が展示されているが、やはり私の興味を惹くのは、このような人間の営みを感じさせるもの。ただその中でも、少し特殊なものもある。いわゆるキュクラデス文明によくあるこのような形態の彫刻は、お尻や乳房の人間性ではなく、そのシンプルな存在感で私の心を震わせる。
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時代の分類でいうと、初期キュクラデスII期(紀元前2800-2300年)頃のもの。高さ74.3cmなので、結構な大きさである。この時代の人間が、自分たちの顔をこのような形態で認識したということだろうか。洗練されすぎではないだろうか。私はアテネでも、それから仕事で何度か訪れたキプロスでもこの種の彫刻を沢山見たが、人間の形状を抽象化している神秘性に心底驚いたものだ。もちろん音楽好きなら、このような神秘性を舞台に転用した例として、サイトウ・キネン・フェスティバル松本の最初のオペラ公演、ストラヴィンスキーの「エディプス王」における演出家ジュリー・テイモアによる仮面を思い起こすことだろう。もちろんジュリー・テイモアの最も有名な演出作品は、ミュージカル「ライオンキング」である。
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上述の通り、今回の展覧会の面白いところは、ギリシャの中でも様々な時代に様々な場所で作られた遺品を幅広く紹介していることだ。これは一体なんだろう。
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真ん中にあるのはラグビーボールか???このような装飾はカマレス式と呼ばれているらしく、奢侈品であり権威の象徴であったと考えられている由。発掘されたのはあのミノス文明が栄えたクレタ島で、紀元前1750-1700年の作。クレタ島には、伝説のミノス王が牛頭人身のミノタウロスを閉じ込めたと言われるクノッソス宮殿の遺跡が実在している。行ってみたいなぁ。
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ミノタウロス神話が史実か否かについては詳しく知るところではないが、なんともロマンがあることは確かだし、上のような洗練されたデザインには驚嘆するのであるが、このような出土品もクレタ島からは出ていて驚かされる。
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これらは、やはり紀元前1700-1750年頃の作品。左端のものはなんと2階建ての建物の模型である。右のふたつは、飾り板。「町のモザイク」と呼ばれている。確かに建物を象っているようにも見える。これらより数百年時代が降るが、やはりクレタ島出土のこの見事な壺はどうだ。
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この展覧会ではほかにもいろいろとタコの装飾品が並んでいるが、これはとりわけ見事なもの。よくヨーロッパ人はタコを「悪魔の魚」と呼んで食べないと言われるが、ギリシャ人は全くの例外で、タコを食べるので、日本人にも親近感が沸く(笑)。だがそれにしても、紀元前15世紀のタコとは・・・。一方でクレタ島での造形は、いわゆるギリシャ彫刻より早い時代であるので、このような素朴な女神像も出土している。紀元前12世紀の作。アジア的と言うと言い過ぎかもしれないが、ヨーロッパ的というものが確立する前の造形であることが興味深い。
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そしてそして。牛頭の伝説を持つクレタ島で、こんなすごいものが出土している。
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冒頭に掲げたポスターにも掲載されているこの見事な作品は、牛頭形リュトン。紀元前1450年頃のものと言われている。模様のついていない部分は出土しなかった箇所を補ったものであるらしい。このリュトン(飲み物を入れる容器)はバラバラに壊されていたとのことで、何か呪術的な意味があったものと考えられている。いやそれにしても、時代を考えるとこの造形には鳥肌立つ思いである。ミノス文明における牛頭の意味はいかなるものであったのであろうか。

そして、展覧会ポスターの真ん中に据えられたこの絵は、サントリーニ島から出土した漁夫のフレスコ画。紀元前17世紀のもの。
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サントリーニ島というと、やはり壁画のフレスコ画である「ボクシングをする少年」で有名であるが、この絵は登場人物がひとりという点では少し不利かもしれないものの、まさに時空を超えた表現力に唖然とする。両手に魚を大量に抱えた漁夫は、その肉体美を誇示するかのように褐色の全裸姿をさらし、その髪型は、ふたつの房を残して剃り上げられている。図録の解説によると、「エーゲ美術のモニュメンタルな絵画の中でも最も重要な作品の1つ」とのこと。日本でもこのような面白そうな本の表紙として使われている。
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輻輳的なギリシャ文明の中でも有名なのが、ミュケナイ文明(ミケーネ文明)である。トロイ遺跡を発掘したハインリヒ・シュリーマンがアガメムノンのマスクを発見したとされるのがこのミュケナイである。もっともシュリーマン自身の功罪は昨今では様々に議論されているようだが、神話の世界と現実が交錯するイメージには、やはり抗いがたい魅力を感じる。この展覧会でも、このミュケナイの獅子門の複製が鑑賞者を見下ろしている。
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私の世代では、ミュケナイというよりミケーネという呼び方がしっくり来て、そのひとつの理由は、子供の頃に見ていたテレビアニメ、永井豪原作の「グレートマジンガー」の敵がミケーネ帝国であったからだ(笑)。
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だが実際に大人になってから見るこの展覧会で、ミュケナイ文明は、まあロボットは作れなかったかもしないが、高度な黄金の文明であったことを思い知る。この素晴らしい瑪瑙でできた剣の柄はどうだろう。紀元前1400年頃のもの。もちろん実用ではなく、装飾用であろう。
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そしてここでもタコをあしらった作品があるが、黄金製だ。紀元前16世紀後半の、ミュケナイの飾り板だ。
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紀元前900年頃からのギリシャ文明の様式を、幾何学様式と呼ぶらしい。ギリシャ文明のイメージのひとつの典型とも思われる、このような作風だ。紀元前750-725年頃のもので、ピュクシスという形態の壺である。副葬品で、馬は社会的ステイタスを表していると理解されている。卍型が見られるのも面白い。
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これなども、現代に作られたと言っても通用するようなキッシュな感性ではないか。紀元前7世紀半ば頃のオイノコエという形態の壺。描かれているのはライオンらしいが、私の目にはまるで、「チキチキマシーン猛レース」のケンケンのように見える(笑)。
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かと思うと、紀元前6世紀半ばに作られたこのセイレーン像の怪しいこと。ここでまた永井豪のマンガを例に引くのはやめておこう(笑)。もっともあれはシレーヌという名前ですがね。
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ギリシャの都市文明が発達する頃になると、哲学、演劇、また医学の分野などでも驚くべき成果が続々である。そもそも紀元前に作られた演劇が、その作者名とともに今日まで伝わっていること自体が信じがたい。アイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデスという悲劇作家やアリストファネスという喜劇作家は、高校の教科書にも出てくる名前だ。これは紀元前後に作成されたと見られる喜劇用の仮面で、「繊細な若者」。役者がこれをかぶり、観客たちが爆笑したのであろうか。
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これは有名なアリストテレスの肖像。1世紀後半のものらしいが、アテネのアクロポリスで、鼻も欠けずに出土した。
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驚くべきは、当時医者の治療を受けた部位が治癒すると、その部分をかたどった彫刻を奉納したらしい。このような耳とか乳房の彫刻が出土している。これはシュールなまでの雰囲気をたたえているではないか。
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展覧会はそれから、古代オリンピック及びその理念に関連する展示物のコーナーに入る。格闘や数々の競技が描かれた作品が並んでいるが、これは紀元前2-1世紀のブロンズ像で、エジプトのプトレマイオス5世がレスリングで敵を押さえつけているところ。素晴らしい保存状態で、本当に作られた時代が信じられない。
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面白いのは、当時実際に使われた垢掻き用のヘラが何点か展示されていること。肌につけた油や、競技・練習中に付着した砂を落とすために使われたらしい。これは2-4世紀のもの。なんという高い文明度!!
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若くして亡くなった競技者の墓碑が発掘されている。ステファノスという名前であることが判明している由。きっと愛犬をいつも連れて競技していたのであろう。実に紀元前360-370年頃のものという。この犬は、たまたまこの飼い主に巡り合ったがゆえに、時を超えてその姿を永遠に残すことになった幸運なヤツである。
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展覧会の最後には、アレクサンダー大王の東方遠征以降のヘレニズム時代の遺品が展示されている。我々がイメージするところのいわゆるギリシャ彫刻もあれこれ並んでいるが、私の目を引いたのはこれだ。2-3世紀の作とされるアフロディーテ像。1982年にアテネで発掘されたらしい。
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これ、何かに似ていないだろうか。そうだ、ルーヴルの至宝、ミロのヴィーナスだ。そちらは紀元前2世紀のものとされているので、恐らくは規範としての彫刻のスタイルがローマ時代に模倣されていったということなのであろう。その意味では、やはりオリジナルに比べると少し類型化しているようにも見える。だが私がここで感動するのは、写真も印刷術もない時代、脈々と続く芸術家の創作活動において、美の規範が伝承して行ったという、気の遠くなるような事実である。便利な時代になると、当時の芸術家と同じような強いモチベーションを維持するのは難しいのかもしれない。

と、ごく一部をご紹介するだけで大変な労力が必要な展覧会なのであるが、それだけ古代ギリシャ文明が奥深くまた幅広いということだろう。また現地を訪れる日を夢見て暮らして行こう。ま、とりあえず、朝からの観覧で空腹を覚えた私は、東京国立博物館内、東洋館の脇にある、ホテルオークラ経営のレストランで昼食を取ることとした。この展覧会期間中の特別メニューのひとつ、「ムサカセット」をオーダー。ムサカとは、ギリシャ風グラタンのようなもので、ズッキーニとかひき肉が入っていて、なかなかに美味でしたよ。
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by yokohama7474 | 2016-09-17 23:34 | 美術・旅行