2016年 10月 10日
ズービン・メータ指揮 ウィーン・フィル 2016年10月9日 ミューザ川崎シンフォニーホール
ウィーン・フィルの過去の来日実績については、現在ではネットで調べることも可能であろうが、今回のコンサートのプログラムにきれいに1ページに収まった情報によると、1956年のパウル・ヒンデミット指揮での来日以来、実に今回が33回目。特に1991年以降今年までのの26年間を見ると、来日がなかったのは1998年、2002年、2007年、2012年の4回だけである。いかにこのオケが日本で絶大な人気を誇るかが分かろうというものだ。しかも、何度か指揮者の交代(1992年はカルロス・クライバー!!と発表されて結局実現せず、ジュゼッペ・シノポリが指揮した)もありながら、とにかく素晴らしい指揮者との素晴らしい共演を継続しているわけであり、日本を含めて世界のオケの水準が上がっている昨今、ウィーン・フィルならではのユニークな持ち味を失っていないとは、なんとも稀有なことではないか。
一方のメータであるが、20代の頃から世界の音楽界の最前線をひた走り続けてきた指揮者であり、日本でも知名度が高い。だがその一方で、音楽通の中で、彼の音楽に本当に心酔している人というのは、正直あまり多くないようにも思われる。私の場合も、録音で実演で、かなり多く接して来た指揮者でありながら、彼の音楽に衝撃を受けてモノも言えなくなったことは、あまりない(全くないとは言いませんよ)。だがそれでも、メータが来日して指揮するとなると、やっぱりスゴスゴと聴きに行ってしまうのである(笑)。とにかくその大きく堂々たる身振りから繰り出される豊麗な音には、理屈抜きで圧倒されるのだ。なので、私にとってはやはり好きな指揮者だ。若い頃のメータのイメージとして、ロサンゼルス・フィルとのリヒャルト・シュトラウス作曲「英雄の生涯」のジャケットを掲げておこう。精悍である。
モーツァルト : 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」K.527序曲
ドビュッシー : 交響詩「海」
シューベルト : 交響曲第8番ハ長調D.944
まず最初の「ドン・ジョヴァンニ」序曲であるが、コントラバス2本の小編成であるにもかかわらず、よく鳴っていましたよ。ガラ・コンサートのときに演奏された「フィガロの結婚」序曲と同じようなスタイルであるが、この「ドン・ジョヴァンニ」は、強烈かつ劇的な短調の和音で始まるので、メータの持ち味にはより合っていると思う。うーん、それにしても、昼間に東響を聴いて素晴らしいと思ったが、さすがにウィーン・フィルを数十秒聴いただけで、その独特のゆるい音の流れと絶妙な歌いまわしは、歴然たる世界無二の個性であると分かる。こういう音楽をほぼ毎年、いながらにして聴くことのできる日本の聴衆はなんと贅沢であることか。ところでこの「ドン・ジョヴァンニ」は、オペラの中では序曲は終結せず、そのままレポレロの歌につながってしまうので、コンサートでは適当な終結部をつけるのが通常なのであるが、今回の演奏、最後に冒頭の短調の和音(重々しい騎士長の登場の音楽)が返ってきて、そしてオペラ全体の終曲(ハッピーエンドの能天気な音楽)の一部を演奏して終わった。あらら、これは珍しいと思ってプログラムを調べても、誰の編曲であるかは書いていない。・・・だがその後、私の緩み切った脳みその奥底から、なにやら曖昧な記憶がモゾモゾと・・・。以前、沼尻竜典の指揮、東京オペラシティコンサートホールで同じ版を聴いたことがある。そうだ、フェルッチョ・ブゾーニの版ではないか。帰宅して調べると、それは2001年、ピアニスト、マルク=アンドレ・アムランを迎えて、そのブゾーニのピアノ協奏曲が日本初演されたコンサート。オーケストラは東京フィルであった。音楽評論家の長木誠司が解説していたことも思い出したぞ。しかしこの版の演奏は珍しい。道理で最初からメータがスコアを見て指揮していると思ったら、そういう事情であったのか。
そんなわけで、過去半世紀以上の長い付き合いのメータとウィーン・フィルは、その気心のしれたコンビぶりを発揮して、今回も素晴らしい音楽を我々に聴かせてくれたのであるが、盛大な拍手の中、ホルンが2名追加で舞台に入ってきて、アンコールが演奏された。メータは客席を振り返り、「ドヴォルジャーク、スラヴォニック・ダンス、ナンバー・エイト」と曲目を紹介。ドヴォルザークのスラヴ舞曲作品46の8が演奏された。これは野趣あふれる非常にポピュラーな曲で、チェリビダッケなどもアンコールとして愛奏していた。実はドヴォルザークのスラヴ舞曲集には2つあって、通し番号がついていないので、どの曲を何番と呼ぶのかは、ややこしい。なので、最初の曲集の8曲目のこの曲を果たしてナンバー・エイトと呼んでもよいものか。あ、でも、シューベルトの「ザ・グレイト」は今やナンバー・エイトとして定着したと上に書いた。ラグビーでも野球でも、ナンバー・エイトは中心選手の番号。栄光のナンバー・エイトというメータのメッセージだったのか(?)。
ともあれ、このメータのように親しみのある指揮者が元気で活躍してくれているというのは、嬉しいことだ。私の手元には、もともと2006年(メータ70歳の年)にドイツ語版が出版され、2009年に英訳版が出版された彼の自伝がある。