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マリインスキー劇場来日公演 ヴェルディ : 歌劇「ドン・カルロ」 (指揮 : ワレリー・ゲルギエフ / 演出 : ジョルジョ・バルベリオ・コルセッティ) 2016年10月10日 東京文化会館

マリインスキー劇場来日公演 ヴェルディ : 歌劇「ドン・カルロ」 (指揮 : ワレリー・ゲルギエフ / 演出 : ジョルジョ・バルベリオ・コルセッティ) 2016年10月10日 東京文化会館_e0345320_22145397.jpg
今やロシアだけでなく、まさに世界有数のオペラハウスとなった、サンクト・ペテルブルクのマリインスキー劇場の8回目の来日公演である。指揮を務めるのは、1988年以来この歌劇場の芸術監督であり、まさに現代において最も多忙な指揮者のひとりである今年63歳のワレリー・ゲルギエフ。このブログでは、昨年と今年の夏に開かれたPMFオーケストラの演奏会を採り上げた。今私の手元にあるこのオペラハウス(以前はキーロフ・オペラと称していたが、このキーロフとは、暗殺されたとはいえソヴィエト共産党の人物の名によるものであったので、ソ連崩壊後に現在の名称に改称したのであろう)の来日公演のプログラムは、今回のものを含めて6種。つまり、これまで2回の来日公演は聴き逃しているが、それ以外の6回は聴いているということになる。最初のものは1996年で、ページを繰ってみると「3年ぶり2回目の来日」とあるから、最初の来日は1993年。ゲルギエフ就任からたった5年後である。つまり日本の聴衆はこのオペラハウスと、それから、ゲルギエフという指揮者の世界への挑戦をリアルタイムで経験して来たことになる。そうそう、初来日の際にはプロコフィエフの「炎の天使」の日本初演があり、裸の人たちの出演があるということで、一般週刊誌で騒がれたものだ。

1996年の来日時のプログラムを見てみると、その曲目の過激さに打たれる。つまり、「カルメン」「オテロ」という名作に加え、ショスタコーヴィチの問題作「ムツェンスク郡のマクベス夫人」と、それを改訂した「カテリーナ・イズマイロワ」の両方を上演しているのだ。当時私は、その中から「カルメン」と「ムツェンスク郡のマクベス夫人」を見たものだ。その当時42歳のゲルギエフのインタビューが、当時はまだ存在したFM雑誌に載った記事がこれだ。さすがに若い。ちょっとユアン・マクレガーみたいですな。
マリインスキー劇場来日公演 ヴェルディ : 歌劇「ドン・カルロ」 (指揮 : ワレリー・ゲルギエフ / 演出 : ジョルジョ・バルベリオ・コルセッティ) 2016年10月10日 東京文化会館_e0345320_22360408.jpg
上記の通り、指揮者ゲルギエフもこのオペラハウスも、その後の活躍・発展は文字通り目覚ましい。だが、日本の景気動向はなかなかに厳しくて、かつてあれだけの多彩な曲目をこなしていたこのオペラハウスの引っ越し公演も、今回の演目はたったの2つ。しかもそれぞれ2回ずつしか公演がない。その2演目とは、ロシアのお国物の代表であるチャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」と、イタリアオペラの傑作ヴェルディの「ドン・カルロ」。いずれもゲルギエフの持ち味にぴったりの曲と言えるだろう。今回の客席は満員御礼とはならなかったものの、これだけの水準のオペラ上演を見ることができる東京は、やはり世界でも稀な都市、さらに言うならば、多分世界一の音楽都市であると言ってしまってもよいだろう。それから、オペラ上演はかつてより少ないとは言え、それでも今回は凝った曲目のオーケストラコンサートが4回開かれる点は特筆しておこう。

ヴェルディの傑作「ドン・カルロ」は、もともとはパリで初演されたフランス語による5幕のグランド・オペラであるが、その後改訂され、イタリア語4幕版が最もポピュラーとなっている。作曲者が中期から後期に差し掛かる頃の円熟の作品で、この後のヴェルディのオペラと言えば、「アイーダ」「オテロ」「ファルスタッフ」しかない。ヴェルディはもともと、ソプラノ歌手が高音域を駆け巡るような華麗なアリアはそう沢山は書いておらず、結構渋いバス・バリトンを主役に据えることもしばしば。そんな作曲家が同い年のワーグナーの作曲に刺激を受け、ただ美しい声を求めるのではなく、オペラに演劇的な要素をどんどん求めて行ったのは、歴史的必然ということだったのであろうか。この「ドン・カルロ」の際立った特徴は、男声同士の二重唱が多いこと。第1幕第1場からいきなり登場する、ドン・カルロとその盟友ロドリーゴの勇壮な二重唱は、その後の劇中でも何度か繰り返される。また、ロドリーゴとフィリッポ2世、ドン・カルロとフィリッポ、フィリッポと宗教裁判官、そしてまたドン・カルロとロドリーゴといった具合で、これでもかとばかりに(?)男同士の歌が聴かれる。その渋さがこのオペラのひとつの醍醐味で、ゲルギエフとマリインスキーはまた、軽妙洒脱というよりは重厚長大にその演奏の特長があるので、今回も、期待にかがわぬ素晴らしい充実感のある名演となった。

今回の上演、もともとは5幕版での上演(但し、オリジナルのフランス語版ではなくイタリア語版)と発表された。当初のチラシは以下の通り。5幕版と明記され、演奏時間は休憩を含んで4時間20分とある。
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ところが今日の会場での演奏時間の表示はこちら。
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ええっと、14時開幕で終了18時だから、上演時間4時間。やはり当初の発表よりも1幕分、20分短縮されている。使用する版の変更の背景は定かではないが、この演出は2012年に5幕版で演奏され、今年のサンクト・ペテルブルクの白夜祭でも上演されたようだ。それにもかかわらず日本公演だけ違う版とはいかなることか。これは全くの私の推測で、間違っていても責任は持たないが(笑)、通常この劇場のアンサンブルには出ていないはずの、バス・バリトン界の世界の大御所、フェルッチョ・フルラネットの都合によるものではあるまいか。今回のポスターに載っている主要6キャストは以下の通り。このフルラネットは特別出演とのこと。
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繰り返しだが、フルラネットに合わせた版を選択したのか否か、本当のところは分からない。だが、もしそうだとしても、一向に構わないと言ってしまおう。理由のその1は、上記の表示では18時に終演となっていたところ、実際の終演時刻は18時20分をどのみち過ぎていたこと(笑)。理由第2は、こちらの方が重要なのだが、そのフルラネットがとてつもなく素晴らしかったことである。
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ここでいつものように脱線するが、私にとってこの歌手は、カラヤンが最後に舞台で指揮をしたオペラであるモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」でレポレロ役を歌ったことでまず印象に残ったのである。ザルツブルクで私がその舞台を見たのは、カラヤンの死の2年前、1987年のことであった。
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ところが今回のマリインスキー劇場来日プログラムの説明によると、彼の国際的キャリアの最初は、その前年、1986年にやはりザルツブルクでのカラヤンの指揮での、この「ドン・カルロ」のフィリッポ2世役であった由。そうすると彼にとってこの役は、30年前に世界につながる栄光をもたらしてくれた記念すべきものであるわけである。なるほど、それだけの価値はある。あれだけ朗々たる声量で深々と歌われる圧倒的なフィリッポ2世も珍しい。今回東京の聴衆は、歴史的な経験をしたと言っても過言ではないのではないか。

もちろん、その他のキャストもそれぞれに素晴らしく、マリインスキー劇場の現在の勢いをそのまま感じさせるものであった。題名役を歌った韓国人、ヨンフン・リーは、今や世界中の名門歌劇場で主要な役を演じているらしい。確かに声量も豊かで表現力も素晴らしい。ただ、飽くまで私の好みであるが、もう少し力を抜いて自然に歌えば、さらによくなるのではないだろうか。
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上のポスターにある通り、女声陣も皆、と言ってもこのオペラでの主要キャストは2人であるが(上の写真のうちの2人は同じ役のダブルキャスト)、見た目も歌も、まさに一級品。エボリ公女が「呪わしきこの美貌!!」とのたうち回るのも、なかなかの説得力でしたよ(笑)。それでは今日のエリザベッタ役、ヴィクトリア・ヤストレボヴァと、エボリ公女役、ユリア・マトーチュキナの写真をどうぞ。彼女らは女優かい?!いずれも長い名前で、なかなか覚えられないが・・・(笑)。
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マリインスキー劇場来日公演 ヴェルディ : 歌劇「ドン・カルロ」 (指揮 : ワレリー・ゲルギエフ / 演出 : ジョルジョ・バルベリオ・コルセッティ) 2016年10月10日 東京文化会館_e0345320_00204045.jpg
演出は、昨今増えているタイプの、シンプルな舞台であり、細部はそれなりに凝っていながら、音楽を邪魔しない中庸さも兼ね備えていた。別撮りした歌手の演技をプロジェクターで投影する点などは、私としてはあまり好きな方法ではないが、まあ全体の中ではそれほど目立つこともなかった点、安心して見ることができた。

そんなわけで、来日公演の規模はかつてより縮小したとはいえ、その内容はむしろ充実度を増しているとも見られるマリインスキー劇場。「オネーギン」の上演も楽しみだ。ゲルギエフさん、あなたは凄い!!
マリインスキー劇場来日公演 ヴェルディ : 歌劇「ドン・カルロ」 (指揮 : ワレリー・ゲルギエフ / 演出 : ジョルジョ・バルベリオ・コルセッティ) 2016年10月10日 東京文化会館_e0345320_00261743.jpg

by yokohama7474 | 2016-10-10 23:59 | 音楽 (Live)