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ストーンウォール (ローランド・エメリッヒ監督 / 原題 : Stonewall)

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この映画の監督は、ローランド・エメリッヒ。そう、あの「インデペンデンス・デイ」シリーズや米国版「ゴジラ」など、ハリウッドのデザスター (災害) 大作映画で知られるドイツ出身の映画監督だ。1955年生まれの 61歳。
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そのようなメジャーな作品の監督作品が、日本でたったひとつのマイナーな劇場でしか見ることができないと、誰が信じられようか。でもそれは本当のことである。この作品を現在上映しているのは、新宿のシネマ・カリテのみ。なぜそんなことになるのだろうか。私は今この瞬間に正しい答えを持ち合わせているのか否か確信はないが、この映画の内容が関係していることは確かであろう。ではこの映画のプログラムから、監督自身の言葉を引用しよう。

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この作品を撮ろうと思ったのは、自分自身がゲイだから、すべての疑問に自分が答えられると思ったからだ。自分の人生にも繋がることであり、実際にキャストの一部もゲイ。私たちは今も結婚する権利などを得るために闘い続けている。
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そうだったのか・・・。芸術家の世界ではゲイは決して珍しいことではないが、やはり世間一般においては少数派。かく言う私も、男子校出身なのでそのような趣味の同級生がいたり、社会人になってからも、カミングアウトした同じ業界の米国人から「恋人」の話を聞いたことは一度にとどまらないものの、ただ申し訳ないことに、その感覚にはどうしても理解が及ばないのであると白状しておこう。だが、いわば文化のひとつとしての同性愛に興味はあるし (例えば「雨月物語」とか、南方熊楠や江戸川乱歩の研究など)、それは動物にはない人間ならではの愛の進化形であるということは、分かっているつもりである。何より、個人の嗜好が差別の対象になってはいけない。時代は既にそれを許さないし、それは人種差別や性差別と変わらないものだと認定されているのだ。

映画の内容に入る前にどうしてもこのような長々した能書きが必要であるという事実が、この映画の公開が限定的であることと関係していよう。だが、そんな予備知識は一旦脇に置いて、この映画について少し語ってみたい。題名のストーンウォールとは、ニューヨークのダウンタウン、グリニッジ・ヴィレッジに実在するバーの名前で、1969年にここでゲイたちが警察に対して暴動を起こしたとのこと。実はこの場所は昨年、オバマ政権のもと、米国のナショナル・モニュメント、日本風に言えばさしずめ「史跡」ということであろうが、それに指定されたのである。英語では LGBT (Lesbian、Gay、Bisexual、Transgender の総称) という言葉があるらしいが、この場所はその LGBT 関連施設として初めてそのような公式な史跡指定を受けたとのこと。これは現在の Stonewall Inn。
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物語の舞台は1960年代後半。まさに世界も米国も波乱に満ちた時代である。インディアナの田舎町からニューヨークに出てくる青年ダニーを演じるのは、あのスピルバーグの「戦火の馬」で少年役を演じたジェレミー・アーヴァイン。大人になったというか、この作品の難しい役柄を自然に演じるだけの成長を果たしたと思う。
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主人公ダニーは故郷で同性愛的指向が発覚することで様々な侮蔑の対象となり、そして当時 LGBT のメッカであったグリニッジ・ヴィレッジに出てくる。これは実話に基づくストーリーであるが、当時の世相を表す言葉が、ダニーの妹から発される。大都会ニューヨークに行ったこともない彼女は、兄からの電話を受けて、かの地の有名人に会ったかと兄に訊くのであるが、字幕に出てくるアンディー・ウォーホル以外に、実際にはジャクリーン・オナシスの名前もその会話の中に出ている。JFK の暗殺は 1963年で、ジャッキーのオナシスとの再婚は 1968年。ヴェトナム戦争がどんどん泥沼に入って行き、ヒッピー文化が盛んになって行く時代。つまりここでは、世界の大きな潮流と個々人の生きざまが激しく交錯していたわけであり、もし何か個人に信念があるとすると、それを堅く信じて暮らすのでないと、どっちを向いて生きて行けばよいのかすら分からないような、不安の時代だったということではないか。現代の感覚では LGBT はもう少し裾野が広がっていると思うが、当時としては本当に、黒人や女性が社会的権利を求めて立ち上がったのと同じ感覚であったのだろう。当時の若者たちは本当に懸命に生きていたのだ。これは映画のシーンと実際の写真の比較。
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ローランド・エメリッヒという監督に対する私自身の多少屈折した思いは、昨年 8月 1日の「インデペンデンス・デイ リサージェンス」の記事に記したが、かつての悪い印象から最近では変わりつつある。それはまず一義的には「もうひとりのシェイクスピア」(2011年) という大変面白い映画を見ていたことによるのであるが、今回の作品 (実は「インデペンデンス・デイ リサージェンス」よりもこちらを先に制作している) も、この監督の内部に渦巻く創造性を実感させるもの。ストーリーもよく練られているし、また大変強い熱意を持った演出になっているのである。なので、これが実話に基づくストーリーであるか否かに関わらず、映画としての見ごたえはかなりのものであると言ってよいと思う。上に何の気なしに書いたことだが、ゲイとは人間だけに可能な進化した愛のかたち。多分この時代の若者たちは、人と人の間のつながりを求めて懸命に生きる中で、このような愛の形に目覚めて行ったということではないか。社会的なムーヴメントとしてのゲイ解放運動には様々な解釈が可能であろうが、恐らくひとつ確かなことは、個性に目覚めた自由人たちが社会に対してアピールしたということだ。そう考えると、翻って現代の我々は、さらに進んだ自由を追い求めているであろうか。どの国でも社会の閉塞感は否定しがたいものがあるように思うし、先が見えにくい時代であると思う。だからといって同性愛に走るべしと唱えるつもりはさらさらないが (笑)、このような過去の事実に目を向けることで、自由とは何かを改めて考えるきっかけにはなると思う。

そういえば、グリニッジ・ヴィレッジと言えば、「最後の一葉」で有名なオー・ヘンリーも暮らした街。もう 100年以上前から芸術家たちが集まる場所であったのだ。でも彼がゲイであったという話は聞いたことがない (やはり短編の名手で 8歳年下の英国の作家サキはそうであったらしいが)。そうすると文化の中のある部分は、常に流行りすたりがあるということだろう。あ、そういえばヴィレッジ・ピープルなどというグループがいましたね。昔は「村の人々」かと思っていたが (笑)、今になって分かることには、この場合の「ヴィレッジ」は、紛れもないグリニッジ・ヴィレッジのことだろう。調べてみると 1977年の結成。今年が実に結成 40周年ということだ。今でも公式サイトがあるので、未だ活動を継続しているようである。こういう息の長いバンド活動を見ると、米国の大衆文化の逞しさを思い知るのである。これも文化の諸相のひとつ (笑)。
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新政権下でも皆さん是非頑張って下さい!!

by yokohama7474 | 2017-01-09 00:35 | 映画