2017年 01月 27日
連祷 井上道義指揮 新日本フィル (歌 : 大竹しのぶ / ピアノ : 木村かをり) 2017年 1月26日 サントリーホール
さて、武満についてよく知っている人と知らない人とで、このコンサートへの面白みが変わってくるものと思う。まず題名だが、私はこれを見た瞬間、「なるほど、『れんとう』とは、『二つのレント』とかけているのだな」と思ったものである。果たしてポスターをよく見ると、"Rent" (賃料という意味ですな 笑) ではなく、"Lento" と書いてある。これは音楽用語で「緩やかに」の意。正規の音楽教育を受けなかった武満の 20歳の処女作が、「二つのレント」というピアノ作品であることは、武満ファンは先刻承知のはず。従ってこのコンサートの名前は、その記念すべき作品の題名「レント」と、没後 20年の祈り「連祷」をかけていると解釈した。しかも指揮は最近好調の井上道義で、彼はこのコンサートで「お話し」も担当するという。これはなんとしても出かけなくてはいけないコンサートである。
さて、このあと演奏された武満の作品は以下の通り。
死んだ男の残したものは (山下康介編曲、歌 : 大竹しのぶ)
二つのレント冒頭部分 (ピアノ : 木村かをり)
リタニ マイケル・ヴァイナーの追憶に (ピアノ : 木村かをり)
弦楽のためのレクイエム
グリーン
= 休憩 =
カトレーン
鳥は星型の庭に降りる
3つの映画音楽から 「ホゼー・トレス」から訓練と休憩の音楽 / 「他人の顔」からワルツ
これらはいずれも武満の初期から中期にかけての曲であり、しかも編成も様々。舞台上で楽器配置の転換をする間を利用して、口元にマイクをつけた井上があれこれの話をするという趣向で、これは実に興味深いものであった。井上独特の砕けた調子の、それでいながら真実味のこもったコメントの数々は、ちょっとほかでは聴けないもので、大変面白い。思い返してみると彼は、昨年このブログでもタン・ドゥンと三ツ橋敬子による再演をご紹介した「ジェモー」の世界初演を、尾高忠明とともに担当した指揮者であり、それ以外にも武満作品を採り上げるごとに作曲者との会話を経験しているわけで、その意味でも生前の武満の生の声を知る存在として貴重である。また井上も紹介していたが、武満の盟友であった小澤征爾が創設したこの新日本フィルというオケでは、1975年の「カトレーン」の世界初演をはじめ、小澤とともに積極的に武満作品を演奏してきたという歴史があり、実は井上自身も以前このオケの音楽監督であったという縁もあって、改めてこの演奏会の価値を認識するのである。
加えて面白いのは、大竹しのぶの登場だ。
そしてコンサートには、日本を代表するピアニストのひとりで、現代音楽を得意とする木村かをりが登場、武満の一度は失われた (そして最近楽譜が発見された) 20歳の処女作、「二つのレント」の冒頭部分と、その曲を 1989年に作曲者が記憶で再現し、亡き友人のマイケル・ヴァイナー (現代音楽演奏楽団としての先駆けであるロンドン・シンフォニエッタの創設者) に捧げた「リタニ」が演奏された。この「リタニ」はまさに「連祷」という意味であるらしく、武満自身が「レント」からの連想で思いついた題名である由。痛々しい抒情性に満ちた曲である。木村は、やはり武満作品をはじめとする同時代の音楽を極めて精力的に紹介した指揮者、故・岩城宏之の妻であり、既にかなりのヴェテランであるが、大変に美しい音色で、初期の武満作品の持ち味をしっかりと聴かせてくれた。
さてその後は武満の初期から中期の代表的な作品が 4曲、休憩を挟んで演奏されたわけだが、井上いわく、この頃の武満作品には、後期の曲のような比較的平明な美しさよりも、深い情緒があり、また必ず最後の方に聴衆の心をグッとつかむ印象的な箇所があって、好きだとのこと。なるほど分かるような気がするし、今回の新日本フィルのような精度の高い演奏で聴くと、その個性が実に雄弁に鳴っているのを聴き取ることができる。また井上は、武満の音楽には、伝統的な西洋音楽にはよく出てくる二項間の対立、例えば明と暗、善と悪、長と短といったものがほとんどないと指摘。それはあたかも、ヨーロッパの庭園が自然を切り拓いてきっちりとした展望を作り出すのに比べて、日本の庭園がどこから歩き始めてどこに向かってもよいようなものだと説明した。この指摘自体は目新しいものではないが、武満作品の上質な演奏に触れてみると、なるほどそれはわび・さびの世界に近いものがあり、改めて日本文化のひとつの精華であるその枯れた感覚との共通性を、まざまざと感じることができるのである。なので、武満の音楽は、きらびやかな金に彩られた北山文化ではなく、渋い色合いの東山文化に近い。もちろん、前者の代表は金閣寺。後者の代表は銀閣寺。なのでこの演奏会のポスターは銀色なのである。銀色の武満の肖像。