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藤原歌劇団公演 ビゼー : 歌劇「カルメン」(指揮 : 山田和樹 / 演出 : 岩田達宗) 2017年 2月 5日 東京文化会館

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このところ、東京はちょっとしたカルメン・ブームなのである。昨年 12月にはシャルル・デュトワ指揮の NHK 交響楽団が演奏会形式で採り上げたし、先月は新国立劇場で上演され、今月はこの藤原歌劇団の公演、そして来月は小澤征爾音楽塾の公演と、なんと 4か月連続で異なる上演がなされるほど、この「カルメン」が大人気なのである。その理由についてもっともらしく、女性の自由を求めるカルメンの生き方が人々の共感を呼んでいるからだとか、世界の右傾化による不安を情熱的な音楽で払拭したいという思いが蔓延しているだとか、まぁこじつけてもよいのだが、私の考えは単純。「カルメン」はそれだけ人気のあるオペラであり、重なるときはこんなもの、というだけだ。こんないい加減なことを言うと、評論家の先生方から怒られますかね (笑)。

ジョルジュ・ビゼー (1838 - 1875) が作曲したこの歌劇「カルメン」は、メリメの小説を原作とするフランス・オペラの代表作であり、古今東西のオペラの中でも屈指の人気作。どのくらい人気かというと、21世紀の極東の国で、4月連続で別々のメンバーで演奏されるくらい人気なのである (笑)。かく申す私も、このオペラは大好きであり、カルメンの紋切り型の妖艶さ、闘牛士エスカミーリョの尊大さ、ドン・ホセの情けなさ、ミカエラの消極性などに、見ていてイライラする瞬間も多々ありながら、何より管弦額曲としてよく知られる名曲を沢山含んでいる上、音楽自体が心理描写に長けているので、聴く度にやはり素晴らしい作品だなと納得するのである。例えば有名な威勢の良い前奏曲のあと、暗い運命のモチーフが現れるところや、第 1幕でカルメンがドン・ホセを誘惑して「ハバネラ」を歌い、合唱が茶化したあとの唐突な弦のドラマティックな調べ、終幕で、ホセによるカルメンの殺害を予告するような、闘牛場の喧騒がグニャッと折れ曲がる音楽、これらはいずれも天才のわざとしか言いようがない。実は作曲者ビゼーは、この作品の初演からわずか 3ヶ月後、36歳の若さで世を去っている。天才が心血を注いで書いた傑作、それがこの「カルメン」なのである。
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私がこの公演を見ようと決めたのは、もちろん指揮者が山田和樹であるからであった。このブログでも何度も彼の公演を採り上げて絶賛してきている、今年 38歳の若手指揮者。これまでオペラを指揮したことがあるのか否か知らなかったが、どうやらこれがオペラ・デビューであるようだ。なるほど、この素晴らしい指揮者の初オペラを体験できるとは、なんともラッキーなこと。
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ところでこの作品の上演方式には二種類あって、ひとつはオリジナル通り、いわゆるオペラ・コミック、つまり音楽の間にセリフの入る方法。もうひとつは、ビゼーの死後、友人のギローという作曲家が語りの部分をレチタティーヴォ (朗唱と訳される、音楽つきの語りのようなもの) に仕立てた版に基づく方法だ。原点ばやりの最近は前者の機会が多いように思うが、なにせセリフがフランス語であるから歌手には負担が大きいし、芝居の間は音楽が停まってしまうので、後者による上演の方がスムーズに進行するケースがある。特に今回の演奏の顕著な特徴は、スタッフ、キャストがひとりを除いてすべて日本人であること。このような場合は、やはりレチタティーヴォつきの方がよいと思う。そしてその唯一の外国人というのが、主役カルメンを歌うミリヤーナ・ニコリッチ。おっとこの写真は、先日見た悪魔的な映画「ネオン・デーモン」のワンシーンか?! (笑)
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彼女は旧ユーゴスラヴィアのセルビア生まれのメゾ・ソプラノ。ベオグラード歌劇場でデビューした後、2001年にミラノ・スカラ座の奨学金を得て、「オベルト」「タウリスのイフィゲニア」などではムーティのもとで歌っている。このカルメンも各地で歌っているようで、調べてみると、2011年にはルーマニアのブカレスト歌劇場の来日公演でも歌うはずであったが、震災の影響で公演自体が中止になってしまったようだ。なるほど、そのことはプログラム中のこの歌手の紹介欄には言及されていないが、本人には期するところもあるかもしれない。因みに今回の藤原歌劇団の「カルメン」は 3回公演があってダブルキャストが組まれている。このニコリッチは、初日の 2/3 (金) と、私の見た 2/5 (日) に出演。2/4 (土) の歌唱は、ゴーシャ・コヴァリンスカというポーランド人歌手が受け持った。

このような、たったひとりの外国人歌手を主役として、ほかは全員日本人という上演は、日本ならではだと思うが、内容はまずまず楽しめるものであったと思う。ニコリッチのカルメンは、終幕の表現力には一目置くべきものがあったし、その舞台映えする容姿を含め、カルメンらしさを出していたものの、歌唱自体は概して標準の出来であると思った。ドン・ホセ役の笛田博昭は、この役にしてはもっと声に甘さが欲しいようにも思ったが、声自体は大変に美しい。第 1幕のミカエラとの二重唱や、第 2幕の「花の歌」あたりでは、時折ほんのわずか不安定な感じがしないでもなかったが、終幕に向けて調子を上げて行った。エスカミーリョの須藤慎吾は、圧倒的とは言わないまでも、この役らしい気取りと威厳をうまく表現していた。そしてミカエラ役の小林沙羅は、昨年大晦日のミューザ川崎でのジルヴェスターコンサートの記事でも書いた通り、大変澄んだ声の持ち主であり、全体としてはよかったと思うが、部分的には、彼女ならもっとストレートに伸びる声を期待できたような気もした。だが、盗賊団の人たちも含め、アンサンブルオペラとしてのこの作品にそれぞれが真摯に向き合った熱演であり、聴衆が充分楽しめるレヴェルに達していたことは間違いない。これは会場で売っていた、ミニアーナ・ニコリッチと小林沙羅のサイン入り生写真。こういう記念の品にも、オペラのワクワク感があるのである。
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そして期待の山田和樹の指揮であるが、これは素晴らしかった。オケは、彼が正指揮者を務める日本フィル (通称「日フィル」) で、私は年明けから在京メジャーオケのほかの 6団体は聴いてきたものの、この日フィルは未だ聴いていなかったので、その意味でもちょうどよい機会になった。冒頭の前奏曲からしていかにも山田らしい溌剌とした音楽であり、次々と登場する名旋律をスムーズかつ充分な明晰さを持って歌い上げた。情熱渦巻くエスカミーリョの登場シーンや、大詰めの息詰まるような殺戮シーンもオケが雄弁に歌手をサポートし、合唱団の貢献もあって、作品の持てる力を解き放っていたと思う。山田の鋭敏な感覚が、全体の上演レヴェルを上げていたことは疑いないだろう。彼は今年 11月だったか、今度はドヴォルザークのこれも傑作オペラ「ルサルカ」を指揮するようなので、それも是非楽しみにしたい。

今回の演出についても簡単に触れておこう。演出家の岩田達宗 (たつじ) は、東京外大フランス語学科卒。劇団「第三舞台」で演劇人としてのキャリアをスタート、1991年から栗山昌良に師事し、1998年から 2年間ヨーロッパで研鑽を積んだとのこと。帰国後の活動は、この藤原歌劇団をはじめとする日本の団体がもっぱらであるようだが、大変多くの舞台を手掛けている人である。今回の「カルメン」では、群衆を巧みに使ってダイナミックな運動性を強調する一方、登場人物たちの愛憎関係は、オーソドックスな手法で手堅く描いていた (ただ、山の中のシーンでカルメンに、山歩きをするワンダーフォーゲル部員のような恰好をさせたのは、いかがなものか 笑)。そして舞台には常に赤い不気味な月が出ていて、地面にもその赤い投影が常に存在しているという趣向。演出家によるとこの月は、人々の想像を掻き立てる魔性のアイコンで、抑えられた情熱に火を点け、社会規範や法律が制御出来ない炎を導くもの。ビゼーもこの赤い月による異常な情熱に突き動かされて、この作品を書いたはずであるとのこと。なるほどそのイメージは理解できるが、だがシュトラウスの「サロメ」ならともかく (そもそも台本に不気味な月への言及もあるし)、「カルメン」においては、もちろん情熱は重要ではあっても、それは決して退廃的なものではない。自由を求める女は、月の魔力に動かされているのではなく、自己の解放を求める内なる欲求に突き動かされているがゆえに、この作品には人を感動させる何かがあるのだと思う。その点で、月に込められた演出の理念に関して異議ありというのが、私の率直な感想だ。だがもちろん、日本のオペラ界においては、実際に様々な上演がなされていることこそが重要で、聴衆は国際的な水準に照らしてそれぞれの成果と課題を認識して、そして何より、スタッフやキャストの揚げ足を取るのではなく、オペラを楽しむことこそが重要だと思う。その意味では、私は今回の上演を楽しんだので、それだけで満足です。

ところで私の周りには、「オペラに興味はあるけど、高くてとても・・・」と嘆く人が時折いる。だが今回私が鑑賞したこのオペラ、代金はたったの 3,000円。これなら誰でも簡単に払える値段である。この安い席は、それでいて舞台や指揮者はよく見えるし、音はバッチリ聴こえるのだ。それは、東京文化会館の最上階である 5階の、左右の席。これまでオペラを経験していない人でも、この席はお奨めである。この写真で見る通り、最上階はかなり高く、エレベーターはないのでその点の不便はあるが、この席から多くの音楽的な充実感を得ることが可能である。是非今後ご検討頂き、日本のオペラを盛り上げましょう。
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by yokohama7474 | 2017-02-06 00:46 | 音楽 (Live)